2020年4月28日火曜日

渡辺努東大教授が東洋経済に書いた記事に教えられたこと

「これはためになる」と思える記事が週刊東洋経済5月2・9日合併号に載っていた。東京大学大学院経済学研究科教授の渡辺努氏が書いた「経済学者が読み解く現代社会のリアル 第64回~コロナショックで物価は上がるか下がるか」という記事だ。
姪浜港(福岡市)※写真と本文は無関係です

コロナショックで物価は上がるか下がるか」に関しては「マスクなど部分的に上がる物もあるが、全体としては下げ圧力が上回る」と思っていた。ごく一般的な見方だろう。しかし「物価の研究者」である渡辺氏は違う。そのくだりを見ていこう。

【東洋経済の記事】

大事なのは、スペイン風邪では物価が10%上がったという事実だ。賃金も上昇した。なぜか。労働力が奪われたからだ。労働供給が減ることで労働が希少になり賃金が上がり物価が上がったのだ。

東日本大震災やスペイン風邪と同じくコロナも供給ショックだとすれば物価は上がるはずだ。これが筆者の思考の出発点だ。多くの人が信じる、コロナでデフレ再来というシナリオと明らかに異なる。

なぜ筆者の考え方が多くの人たちと異なるのかを簡単な例で説明しよう。モノとサービスを労働者が生産し、それを消費者が消費する状況を考える。

例えばサービスはラーメン店、モノはカップ麺だとしよう。コロナ感染が広がると人々は他人との接触を恐れラーメン店に通うのを控えるようになる。その代わりにスーパーでカップ麺を買って家で食べる。多くの人が「巣ごもり消費」に切り替え、サービス(ラーメン店)からモノ(カップ麺)へという代替が生じるのだ。

ここで注目したいのは、ラーメン店の店員やカップ麺の生産・販売・流通に関与する企業で働く労働者だ。消費者の需要がカップ麺へとシフトした結果、ラーメン店の生産は減少し、そこで働く人の労働投入も減少する。店員の一部は失業するだろう。

多くの人が現在議論しているのはこの現象だ。クレジットカードの取引履歴データを用いた経済指標である「JCB消費NOW」によれば、飲食や娯楽などのサービス業における需要は半減だ。ラーメン店の売り上げ減への補償や店員の賃金補償政策をめぐる議論もそこから出てきている。

しかし話はこれで終わりではない。カップ麺企業は需要が高まるので生産を増やさなければならない。需要が増えれば価格も上昇する。実際、スーパーの店頭での日次の物価を捉える指標である「日経CPINOW」によれば、物価は今年2月の最終週から上昇し始め、一時は日銀の目標値である2%にまで迫った。

カップ麺企業で働く労働者は、生産水準の引き上げのため頻繁に出勤することになる。賃金は多少上がるかもしれず経済的には決して悪くない。しかし健康面では、厳しい環境に置かれる。職場までの移動や職務の中で、ウイルス感染を防ぐために他人との距離を取ることが難しくなるためだ。

ラーメン店の店員は失業するなど経済的には苦しいかもしれないが、3密を回避できる。一方、カップ麺の労働者は3密から逃れられない。最終的に、カップ麺の労働者の一定割合が感染すると考えられる。その結果、カップ麺企業での労働投入が減り生産も減る。需要増にもかかわらず生産が減るので、価格の上昇が起きるのだ。


◎自分の浅さが分かる記事

誰もがそうだと思っているようなことを記事にする意義は乏しい。今回はその逆だ。「スペイン風邪では物価が10%上がったという事実」は確かに示唆に富む。

東日本大震災やスペイン風邪と同じくコロナも供給ショックだとすれば物価は上がるはずだ。これが筆者の思考の出発点だ」と渡辺氏は言う。この意外性が重要だ。なぜそうなるのかの説明にも説得力がある。自分の考えが浅すぎたと反省させてくれる内容だ。

記事の中で「物価の研究者である筆者が最近頻繁に聞かれるのが、コロナショックで日本はまたデフレに逆戻りですかという質問だ。これに対して筆者は肯定とも否定ともとれる受け答えをせざるをえない。筆者にはわからないからだ」とも渡辺氏は述べている。

渡辺氏でも「わからない」と感じているのだ。この問題を単純に捉えていた自分の愚かさを恥じるしかない。

そのことに気付けただけでも、この記事を読んだ意味があった。渡辺氏に感謝したい。


※今回取り上げた記事「経済学者が読み解く現代社会のリアル 第64回~コロナショックで物価は上がるか下がるか
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23523


※記事の評価はB(優れている)。渡辺努氏への評価も暫定でBとする。

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