2020年4月6日月曜日

「鎖国への誘惑」あり得る? 日経 太田泰彦編集委員「経営の視点」

日本経済新聞の太田泰彦編集委員は経済記事の書き手として問題が多い。6日の朝刊企業面に載った「経営の視点~鎖国への誘惑を断てるか ウイルスが引き裂く世界」という記事を読んでも、その評価は変わらない。記事を見ながら問題点を指摘していく。
筑後川橋(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】  

マスクが足りなければ、中国からの供給に頼るほかない。その中国は人道支援の名を借りて、マスク外交で他国に貸しをつくろうとしている。マスクのようなありふれた製品ですら国家戦略の武器となる。



◎国内でも作れるような…

マスクが足りなければ、中国からの供給に頼るほかない」と冒頭で言い切っているが同意できない。3月31日付の日経の記事によると「アイリスオーヤマ(仙台市)は6月から国内でマスクの生産を始める」らしい。不足分を国内生産などで補う手も当然ある。

続きを見ていく。

【日経の記事】

新型コロナウイルスがあぶり出したのは「つくる側が買う側に勝る」という不条理な力学だ。感染の拡大が止まらなければ、人工呼吸器や医薬品は奪い合いとなるかもしれない。それらの製品を生産して輸出できる国や企業は、地政学的に強い立場になるだろう。



◎状況次第では?

新型コロナウイルスがあぶり出したのは『つくる側が買う側に勝る』という不条理な力学だ」という説明もおかしい。ならばなぜ原油相場は急落したのか。「つくる側」が安値で売りたがっているからか。

つくる側が買う側に勝る」かどうかは基本的に需給次第だ。需給が緩んでいれば「買う側」優位となるし、供給不足ならば「つくる側」優位。それが市場経済の原則だ。個人的には「不条理」を感じない。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

通商問題といえば、これまでは輸入を阻む関税にばかり関心が集まっていた。だが非常時には、外国への供給を止める輸出制限が焦眉のリスクとなる。供給を断たれる恐怖が世界中を覆えば、各国は備蓄と自給自足に向かって走り出す。鎖国への誘惑である



◎そんな「誘惑」ある?

人工呼吸器や医薬品」が不足して「備蓄と自給自足に向かって走り出す」動きはあるだろう。だからと言って、それを「鎖国への誘惑」と捉えるのは飛躍が過ぎる。

日本で考えれば分かる。「人工呼吸器や医薬品」を抱え込むために「鎖国」を選ぶ場合、原油や食料はどうやって確保するのか。

さらに記事を見ていく。

【日経の記事】

いつの日かコロナ危機が去った後、世界は自由で開かれたグローバリゼーションの軌道に戻れるだろうか。楽観的にはなれない理由がいくつもある。

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は3月16日、イタリアのコンテ首相と電話会談し「健康のシルクロード」を建設すると宣言した。直ちに送り込んだのが、マスクや検査キットなどだ。欧州の人口の半分を奪ったペストの歴史が念頭にあったに違いない。

病原菌は14世紀に中国からシルクロード経由で流れ込んだ。中国と欧州を結ぶ現代の「一帯一路」も、災禍を運ぶルートと見られるのではないか。そう考えた習政権は、危機を逆手にとり看板を「インフラ」から「健康」にすげ替えた。


◎決め付けて大丈夫?

ペスト」に関して「病原菌は14世紀に中国からシルクロード経由で流れ込んだ」と太田編集委員は断言している。しかし日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事の保坂修司氏が書いた日経ビジネスの記事では「黒死病の発生源は中央アジアとされることが多いが、正確にいうと、実ははっきりしない」「中央アジアで発症したものが、東は中国、西は中東、欧州へと拡大していったという分析も可能だ」と解説している。となると、太田編集委員の説明を信じる気にはなれない。

太田編集委員の記事をさらに見ていく。

【日経の記事】

トランプ米大統領は慌てたのだろう。30日にコンテ首相に電話し、1億ドルの物資供給で対抗した。感染を抑え込めず経済が弱った国を舞台にして、米中が援助を競い合う構図である



◎悪くない話では?

記事の流れから判断すると「米中が援助を競い合う構図」を太田編集委員は否定的に捉えているのだろう。だが、悪くない話ではないか。

供給を断たれる恐怖が世界中を覆えば、各国は備蓄と自給自足に向かって走り出す。鎖国への誘惑である」と憂慮していたのではないか。「米中が援助を競い合う構図」は「鎖国」とは逆方向の動きに見える。

最後まで一気に見ていこう。

【日経の記事】

ウイルスの前線は、アフリカ大陸やアジア各地へと移動しつつある。人類共通の敵と戦うべき時なのに、米中の覇権競争の戦場もウイルスを追って世界に拡散していく。

国際情勢はコロナで視界不良となった。では舞台裏に目を凝らしてみよう。トランプ大統領は26日、米国が台湾を外交面で強力に支持する通称「台北法案」に署名、同法は成立した。建前だった「一つの中国」政策から台湾の独立性を認める方向へと、大きく舵(かじ)を切る内容だ。

ワシントンの動きに呼応するように、半導体受託生産で世界最大の台湾積体電路製造(TSMC)が米国に最先端工場建設を検討していることが明らかになった。同社はクアルコム、エヌビディア、華為技術(ファーウェイ)など米中双方の大手の生産を受託する。

太平洋をまたぐ供給網が交差するのが台湾である。米国の目には、台湾が技術流出の抜け穴と映る。現に中国企業は台湾から技術者を大量に引き抜き、半導体の国産化を急ぐ。封鎖した武漢市でも、半導体工場だけは止めなかった。

たった一種のウイルスが国境の意味を変えた。技術的な鎖国を目指し、生産を国内に囲う大国の動きが加速する。マスクの供給不安は、そんな近未来の世界の姿を暗示している。日本企業に備えはあるだろうか。


◎「技術的な鎖国を目指し」てる?

台湾積体電路製造(TSMC)が米国に最先端工場建設を検討していること」が「技術的な鎖国を目指」す動きだと太田編集委員は捉えているのだろう。

だが「台湾が技術流出の抜け穴」と見ているのならば「半導体受託生産」から台湾企業を外す必要がある。台湾企業が「米国に最先端工場」を作ったとしても「技術流出」は防げそうもない。

さらに言えば「台湾積体電路製造(TSMC)が米国に最先端工場建設を検討していること」と「台北法案」の関連付けも強引だ。「ワシントンの動きに呼応するように」と書いているが、「台北法案」が「台湾の独立性を認める方向へと、大きく舵(かじ)を切る内容」だとすると、「米国に最先端工場」を「建設」することと直接的な関係は感じられない。

そもそも「台湾の独立性を認める」動きと「技術的な鎖国」に何の関係があるのか。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な関係があるのならば、記事中に説明が欲しい。

太田編集委員は「たった一種のウイルスが国境の意味を変えた」と大きく出ている。しかし結局、記事中にそれを裏付ける材料は見当たらない。



※今回取り上げた記事「経営の視点~鎖国への誘惑を断てるか ウイルスが引き裂く世界
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200406&ng=DGKKZO57601970S0A400C2TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_18.html

日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_12.html

日経 太田泰彦編集委員の辻褄合わない「TPPルール」解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/tpp.html

「日本では病院のデータ提供不可」と誤解した日経 太田泰彦編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_26.html

「イノベーションが止まる」に無理がある日経 太田泰彦編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_25.html

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