2016年11月27日日曜日

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員

第3回でいよいよ厳しくなってきた。日本経済新聞朝刊1面で連載している「内向く世界」という記事では、もはや「内向く世界」を論じていない。「『短期主義』の限界 突破口は技術革新」と見出しを付けた今回のテーマは「短期主義」。しかし、「短期主義」と「内向く世界」がどう関連するのか記事を読んでもよく分からない。その関係について、記事の冒頭で筆者の中山淳史編集委員がどう説明しているのか、まず見てみよう。
成田山新勝寺 三重塔など(千葉県成田市)
              ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「反グローバル、米国第一主義と気になる問題は多い」。トヨタ自動車の幹部は米大統領選後の世界をこう話す。

もう一つ注視するのは資本市場だ。資本主義はもうけ優先主義に陥り、格差を広げた。英EU(欧州連合)離脱や米国のポピュリズムにも影響したとされるそうした市場の短期主義は今後、別の国にも波及するのか

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資本主義はもうけ優先主義に陥り、格差を広げた」とは書いているが、「短期主義」が格差を広げて内向き志向を強めたのかどうかは説明していない。そう示唆しているように解釈できなくもないが、「短期主義EU離脱やポピュリズム」という流れがなぜ起きるのかは教えてくれない。

短期主義もうけ優先主義」「長期主義非もうけ優先主義」とは言い切れない。長期主義は長期での利益を極大化しようとする「もうけ優先主義」かもしれない。「もうけ優先主義」が格差を広げるのならば、「長期主義であれば格差は広がらない」と考える根拠は乏しそうだ。

中山編集委員は「短期主義の国=英米のみ」と考えているようだ。これが正しいのか疑問だが、仮にそうだとすると内向き志向は英米のみに表れてもよさそうなものだ。だが、実際はそうなっていない。なのに「短期主義」にこだわる意味があるのだろうか。

この記事は他も苦しい。続きを見ていく。

【日経の記事】

幹部は「(ドナルド・トランプ氏の勝利は)反グローバルより本音を語ったことへの支持」とみる。節度のない物言いがマネーと結びつけば、短期主義に一段と拍車がかかる可能性はある

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節度のない物言いがマネーと結びつけば、短期主義に一段と拍車がかかる可能性はある」という説明は理解に苦しんだ。「節度のない物言いがマネーと結びつけば」とは、どういう状況を想定しているのか。それで「短期主義に一段と拍車がかかる」流れとはどのようなものか。イメージするのも難しい。

「赤字企業は潰れてしまえ」とトランプ大統領が叫ぶと、赤字企業の株が一斉に売られて、企業の短期的な利益追求に拍車が掛かる--といった展開だろうか。可能性ゼロとは言わないが、現時点で心配すべき話とも思えない。

以下の説明も腑に落ちない。

【日経の記事】

だが、大きな流れとして資本主義が短期主義、長期主義のどちらに振れるかと言えば、「長期だ」と強調する。

根拠はここ4、5年の技術の進歩だ。コンピューターの情報処理能力が飛躍的に向上し、人工知能(AI)を載せた自動運転車やそれを使ったまだ見ぬ高付加価値なサービス産業が今後5~20年の間に多数出現する。

一方、AIが加速するのは「物理や化学分野の研究開発」とも言う。従来はできなかった解析がディープラーニング(深層学習)を使い、短時間で可能になりつつあり、両分野では「20世紀の発明、発見が陳腐化するような技術革新、新産業の誕生が相次ぐ。一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」と言う。

トヨタは2014年以降、「年輪経営」の呼称で長期経営を前面に打ち出してきた。厳しくなる環境規制対応、20~30年代に花開くとみられるAIなどに年間1兆円の研究開発費を充てる。

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記事では、これから長期主義に振れる理由を「ここ4、5年の技術の進歩」に求めている。「コンピューターの情報処理能力が飛躍的に向上」しているかららしい。では、5年ぐらい前までは「コンピューターの情報処理能力」の向上は停滞していたのか。そうではないだろう。

日経は1990年代から「IT革命で世界は大きく変わる」などと喧伝してきた。「まだ見ぬ高付加価値なサービス産業が今後5~20年の間に多数出現する」との期待は20年前にもあったはずだ。だとしたら英米ではなぜ「短期主義」が蔓延したのか。なぜ「AI」になると「長期主義」に振れるのか。記事の説明はあまりに雑だ。

20世紀の発明、発見が陳腐化するような技術革新、新産業の誕生が相次ぐ。一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」という匿名のトヨタ幹部のコメントをそのまま載せているのも感心しない。

人工知能では日本より米国の方が先行している印象がある。「実は違う」と中山編集委員が考えているならば、それでもいい。ただ、なぜ「一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」と言えるのかの説明は欲しい。「トヨタの幹部がそう言っているから」では話にならない。

今回の記事では匿名の「トヨタ自動車の幹部」のコメントが6回も出てくる。使い過ぎだ。これだけ使うならば、せめて実名にしてほしい。

以下のくだりも、トヨタに寄り添い過ぎだ。

【日経の記事】

一方で、同社の未来観と市場の理解には、ズレも生じている。例えば、「AA型種類株式」という新型株を昨年売り出した時だ。

新株は、5年間売却できない、などを条件に元本保証や有利な配当を約束した。「ディスラプティブ」と呼ばれる破壊的創造型技術の「今後20、30年を見据えた研究開発費に充てる資本に」と考えたが、短期売買の多い米欧投資家などからは「おとなしい日本人個人投資家を優遇し、選別している」と指摘が出た。

ただ、変化の兆しはある。AA株には約1千件の質問が寄せられた。一つ一つ丁寧に対話をした結果、約3分の2は「長期」に理解を示したとトヨタは言う。

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今後20、30年を見据えた研究開発費に充てる資本に」と考えて「AA型種類株式」を選んだという説明を中山編集委員はすんなり受け入れたのだろうか。普通株での公募増資でも「今後20、30年を見据えた研究開発費」には充てられる。普通株で調達した資金は「短期」で、AA型種類株式は「長期」と決まっているわけではない。

「株式の短期売買を手掛ける投資家を排除したい」という意味での「長期主義」からAA型種類株式を選ぶのは分かる。だが「20、30年を見据えた研究開発費に充てる」のが目的ならば、AA型種類株式を選択する必要性は乏しい。中山編集委員はどうやって納得したのだろうか。

最後に記事の結論部分も見ておく。

【日経の記事】

米国では、年輪経営が始まった14年に米コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーのトップ、ドミニク・バートン・マネジング・ディレクターが「長期に照準を」との論文を執筆。「情報革命で予想される雇用の喪失・流動化に備えるため、人の再教育に時間をかけよう」と企業の取締役会や機関投資家回りを始めた。

短期主義には経営にスピードを与え、産業の新陳代謝を促す効果もある。しかし、時間をかけて技術革新を生み出す長期の視点がなければ、資本主義は持続しない。そう確信する企業、個人が増えているのは確かだ

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時間をかけて技術革新を生み出す長期の視点がなければ、資本主義は持続しない。そう確信する企業、個人が増えているのは確かだ」と結論付けている割に、「増えている」根拠は示していない。強いて挙げれば、トヨタ幹部の話とマッキンゼーの論文か。しかし、どちらも「長期の視点がなければ、資本主義は持続しない」とは言っていない。

仮に事例が2つあるとしても「増えているのは確か」かどうかは、読者には判断のしようがない。中山編集委員がそう信じるのは自由だが、記事で結論を導くならば、もう少し説得力を持たせてほしい。今回の締め方では「確かに中山編集委員の言う通りだな」とは思えない。

仮に長期主義の重要性に気付いた「企業、個人が増えている」としても、それが「内向く世界」にどう影響するかはやはり見えてこない。企業や個人が長期的視点で技術革新に取り組むと、「難民や移民を積極的に受け入れようよ」「貿易もどんどん自由化しようよ」となるのだろうか。

マッキンゼーの論文では「情報革命で予想される雇用の喪失・流動化に備えるため、人の再教育に時間をかけよう」と呼びかけているはずだ。だとしたら、長期主義が根付いて資本主義の発展が確かになればなるほど、内向き志向が強まる可能性も十分あるのではないか。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価もDを据え置く。この連載は第4回以降があるようだ。先が思いやられる。中山編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

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