2020年8月27日木曜日

ミス握り潰し常習犯の日経が「ありのままを説明したらどうか」と訴えても…

遅刻の常習犯が「時間を守れ」と訴えても説得力はない。他者の行動に注文を付けるならば、自らの行動をまず律する必要がある。その意味で27日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」は辛い。読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が当たり前の日経に「『ありのまま』を説明したらどうか」と「検察当局」に求める資格があるだろうか。
大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「その罪を犯した人間が、自分の心の径路(けいろ)をありのままに現(あら)わすことが出来たならば、(中略)総(すべ)ての罪悪というものはないと思う」――。夏目漱石は大正2年(1913年)、「模倣と独立」と題した講演で語った。人は生きていれば、過ちを犯す。救いはあるのか。

第一高等学校での講演の翌年、「こころ」の連載が始まる。友人を裏切り、死に追いやった「先生」は、自らの心の履歴を語り手の「私」に包み隠さず打ち明ける。漱石が言う罪とは、刑法犯のみならず、良心に恥じる「やましさ」も含む。どう向き合うべきなのか。漱石文学のテーマで、今も広く読み継がれるゆえんだ。

この人たちはどうだろう。昨年7月の参院選をめぐる買収事件で、公職選挙法違反に問われた衆院議員の河井克行・前法相と妻の案里・参院議員の公判が始まった。検察側は冒頭陳述で現金を受け取った100人の地方議員らの実名を読み上げた。河井夫妻はもちろん、買収された面々にも世の厳しい視線が注がれている。

本来、起訴されて当然だからだ。捜査に協力するかわりに刑事処分を減免する司法取引の対象は、経済犯罪などに限られる。法に基づかない暗黙の取引なのか。この事件の特異な点は、検察当局も、やましさを抱えていることだ。漱石が説くように、「ありのまま」を説明したらどうか。刑事司法の透明性を守るためにも。



◎人のことを言う前に…

人は生きていれば、過ちを犯す」のはその通りだ。新聞社も新聞を作り続ければ、必ずミスは起こる。そこを責めるつもりはない。「過ち」を認めて訂正を出せば済む話だ。

しかし日経では多くの間違い指摘を当たり前のように握り潰してきた。「そんなことはない」と明確に反論できる日経関係者はいないはずだ。「良心に恥じる『やましさ』」を日経も抱えている。

春秋」の筆者がそのことを知っているかどうかは分からない。

検察当局も、やましさを抱えていることだ。漱石が説くように、『ありのまま』を説明したらどうか。刑事司法の透明性を守るためにも」と堂々と書いているのだから、日経の「やましさ」に気付いていない可能性もかなりある。

だとしたら、これから行動を起こしてほしい。「春秋」を任されているのだから、社歴は長く、社内でもかなりの影響力を持つ立場にいるはずだ。

「ミスの握り潰しを続けていたら、紙面で何を訴えても説得力がなくなる。自分たちの『やましさ』を無くすためにも、まずは間違い指摘への対応について『ありのまま』に読者へ説明していこう」

周囲にそう訴えてほしい。「そんなことしたって何も変わらない」「俺の仕事じゃない」などと言い訳したくなるなら、それはそれでいい。ただ「『ありのまま』を説明したらどうか」などと紙面で他者に求めることは二度としないでほしい。


※今回取り上げた記事「春秋」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200827&ng=DGKKZO63092930X20C20A8MM8000


※記事の評価はC(平均的)

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