2019年7月22日月曜日

「ダイバーシティー推進で企業はもうかる」と断定する上野千鶴子氏の誤解

日経ビジネス7月22日号の「有訓無訓~日本型雇用は岩盤規制だ 『男性稼ぎ主モデル』では 日本企業は沈没する」という記事では、NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長の上野千鶴子氏による雑な主張が目に付いた。特に引っかかったのが「ダイバーシティーを推進すると企業はもうかるということも結論が出ています」との記述だ。本当にそんな「結論」が出ているのか。
グラバー園の旧リンガー住宅(長崎市)
      ※写真と本文は無関係です

まずは2015年9月18日付でダイヤモンドオンラインに載った「ダイバーシティは会社の業績を悪化させる?」という記事の一部を見ていこう。この記事は「グレートカンパニー――優れた経営者が数字よりも大切にしている5つの条件」という本の内容を紹介したものらしい。

【ダイヤモンドオンラインの記事】

しかし研究調査では、人種・民族や性別の多様性がチームの業績にプラスの効果を確実にもたらすことが明らかにされていないのだ。実際、MITスローン経営大学院(通称MITスローンスクール)のトーマス・コーチャン教授の受賞した論文では、ダイバーシティに関する問題はいまだに予算が充てられるのが難しい状況だ、と結論が下されている。

五年にわたる研究調査に基づき、コーチャンとそのチームは次のように言いきった。「多様性が組織のなかで果たす役割を人々があまり意識していない場合、人種や性別が多様であっても、取り組んでいる仕事の業績に好影響はとくにないことがわかった

実は、ダイバーシティはチームのコミュニケーションによくない影響をもたらす場合があることが、多くの研究によって明らかにされているのだ。多様であるせいで、業績が低下したりチームメンバーの満足度が下がってしまったりする可能性もある。別の言い方をすれば、チームメンバーが仕事にもたらすさまざまな見方や行動、態度、価値観が、共有することに悪影響を及ぼす可能性がある、ということだ。

◇   ◇   ◇

この記事だけではない。「原因と結果の経済学」(著者は中室牧子氏と津川友介氏)という本では以下のように書いている。

【「原因と結果の経済学」から】

ノルウェーでは、女性取締役比率が2008年までに40%に満たない企業を解散させるという衝撃的な法律が議会を通過した。南カリフォルニア大学のケネス・アハーンらは、この状況を利用して、女性取締役比率と企業価値のあいだに因果関係があるかを検証しようとした。

(中略)アハーンらが示した結果は驚くべきものだ。女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆されたのだ。具体的には、女性取締役を10%増加させた場合、企業価値は12.4%低下することが明らかになった



◎何を根拠に断定?

上野氏は何を根拠に「ダイバーシティーを推進すると企業はもうかるということも結論が出ています」と断定したのだろうか。「ダイバーシティーを推進すると企業はもうかる」という見方を支持する調査もあるかもしれない。だが、そうではないものもある。その場合に根拠も示さず「結論が出ています」と言い切ってよいのか。上野千鶴子氏の主張は疑ってかかる必要がありそうだ。

上野氏の主張には他にも色々と疑問を感じた。記事の一部を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

はっきりと書いてください。「日本型雇用は岩盤規制だ」って。何で女性が企業の中で活躍できないのかというと、基本的に日本型雇用には組織的、構造的に女性を排除する効果があるからです。これを「間接差別」と言います。「女性を排除する」とは直接的にはどこにも書かれていないので。



◎「女性が企業の中で活躍できない」?

まず「女性が企業の中で活躍できない」という前提に同意できない。日本企業では多くの女性が働いていて、その「活躍」に支えられている面が大きいと感じる。「女性が企業の中で活躍できない」と上野氏が言うのならば、「活躍」の定義を示した上で、「活躍」できていないと断定できる根拠を示してほしい。

さらに記事を見ていく。

【日経ビジネスの記事】

あるシステムが、男性もしくは女性のいずれかの集団に著しく有利、もしくは不利に働くとき、それを「性差別」と言います。日本型雇用は「男性稼ぎ主モデル」。夫が一家の大黒柱となり、妻が家事と育児を一手に引き受けることが前提で、今日に至るまで結局、何も変わりませんでした

そんな企業社会に男性と同じ条件で女性に「入って来い」と言ってもムリです。男女雇用機会均等法や女性活躍推進法ができましたが、実効性のある罰則規定がありません。冗談みたいな法律ですよ。


◎そんな「前提」ある?

日本型雇用は『男性稼ぎ主モデル』。夫が一家の大黒柱となり、妻が家事と育児を一手に引き受けることが前提で、今日に至るまで結局、何も変わりませんでした」と上野氏は言う。本当にそんな「前提」があるのか。「今日に至るまで結局、何も変わりませんでした」という説明が正しいのならば、今でも日本企業で働く男性は「家事と育児」に一切関与していないのだろう。しかし、少なくとも今はそうした男性は稀だと思える。

そんな企業社会に男性と同じ条件で女性に『入って来い』と言ってもムリです」という説明にも同意できない。簡単な話だ。「女性」が「大黒柱」になって「」に「家事と育児」をやらせればいい。専業主夫になってもいいという男性はそこそこいる。「ムリ」と言うより、女性が「大黒柱」になりたがらない傾向が強いだけではないか。

そもそも「そんな企業社会に男性と同じ条件」で入ってくる女性はたくさんいるし、長く勤めて出世する人も珍しくない。「ムリ」なのになぜ大勢入ってくるのかを上野氏には考えてほしい。

さらに言えば、「日本型雇用は『男性稼ぎ主モデル』」で「夫が一家の大黒柱となり、妻が家事と育児を一手に引き受けることが前提」だとしても「男性もしくは女性のいずれかの集団に著しく有利、もしくは不利に働く」とは限らない。

上野氏は「男性稼ぎ主モデル」が「男性」に「有利」で「女性」に不利だと見ているのだろう。個人的には逆だと感じる。

日本企業はまるで、軍隊組織です」とも上野氏は述べている。「軍隊組織」のような「日本企業」で働くか、それとも「家事と育児を一手に引き受ける」か選べるのならば、迷わず後者だ。「家事と育児」に関われず、「軍隊組織」のような「日本企業」で60代半ばまで“兵役”を科されるのは、そんなに「有利」なことなのか。

上野氏に関しては、とりあえず「雑で強引な主張を展開する人物」と見ておくべきだろう。


※今回取り上げた記事「有訓無訓~日本型雇用は岩盤規制だ 『男性稼ぎ主モデル』では 日本企業は沈没する」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00113/00027/


※記事の評価はC(平均的)。ただ、人選には問題がある。

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