2018年5月29日火曜日

「増配は増配のおかげ」? 週刊エコノミストの誤り

増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ」という見出しの意味が分かるだろうか。何度考えても理解できなかったので、以下の内容で週刊エコノミスト編集部に問い合わせを送ってみた。
土石流被災家屋保存公園(長崎県島原市)
            ※写真と本文は無関係です


【エコノミストへの問い合わせ】

慶応義塾大学ビジネス・スクール准教授 斎藤卓爾様  週刊エコノミスト編集部 担当者様

週刊エコノミスト6月5日号の「株主総会直前! ここが変だよ企業統治~増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ 減益局面では通用せず」という記事についてお尋ねします。

まず「増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ」という見出しの意味が理解できませんでした。「増配のおかげ」で「増配・自社株買い」ができているとの趣旨だとは思いますが、「増配のおかげで増配する」では意味が通じません。「足元では利益の増加ペース以上に配当を増やす傾向もうかがえるが、日本企業の株主還元の拡大は収益の拡大に支えられている側面が強い」といった記事中の説明から判断すると「増配のおかげ」は「増益のおかげ」の誤りではありませんか。

記事自体は興味深い内容でした。せっかくの機会ですので、いくつか気になった点を追加で指摘させていただきます。

(1)「配当政策」について

では配当と自社株買いは株価にどのような影響を与えるのだろうか。理論的には、米経済学者のフランコ・モディリアーニとマートン・ミラー(両氏ともノーベル経済学賞を受賞)が、税金や取引コストが存在しないといった条件下では、配当政策の変更は株主の富に影響を与えないことを示している

配当と自社株買いは株価にどのような影響を与えるのだろうか」と問題提起した後で「配当政策の変更は株主の富に影響を与えないことを示している」と書くと「自社株買いは影響を与える」と示唆しているように見えます。しかし、記事では結局、自社株買いについても「理論上は何ら株主全体の富に影響を及ぼさない」と結論付けています。ならば「配当政策」ではなく「株主還元策」などと表現した方が適切だと思えます。


(2)「誰も信じてくれない」について

仮に、経営者が今後業績が上向くと考えているときに、それを信用できる形で社外の人間に伝えようと考えた際、どうすればよいだろうか。『今後業績が上向きます』と言うだけでは、誰も信じてくれない」との説明も引っかかりました。強気の業績見通しを公表するだけで株価が上昇することは珍しくありません。

ロイターは5月17日付の記事で「ユー・エム・シー・エレクトロニクスが大幅反発。2020年度の連結営業利益が2017年度の25億円の2倍に当たる50億円を目指すとする中期経営計画を16日に発表し、好感されている」と伝えています。増配や自社株買いには触れていないのに、「業績を上向かせる」とする会社の中期経営計画を信じて株を買った人がいると推測できます。

増配や自社株買いにアナウンスメント効果があるとの見方を否定するつもりはありませんが「『今後業績が上向きます』と言うだけでは、誰も信じてくれない」と断定するのは言い過ぎだと感じました。


(3)「企業統治の問題」について

増配や自社株買いが株価上昇につながる理由の2番目には疑問が残りました。記事では「企業統治に問題のある企業では、経営者は現金を株主のためではなく、自らのために使用すると考えられる」と記した上で以下のように解説しています。

ミシガン大学のディットマー教授らは、米国企業の保有する現金がどのように評価されているのかを分析している。彼女らによると、企業統治が優れている場合は1ドルの現金保有が1・62ドルと評価されているのに対して、企業統治に問題があると考えられる場合は0・42ドルと評価されていることを示している。つまり良い企業統治の下では会社が保有している現金が事業に投資されリターンを生むと期待されているのに対して、悪い企業統治の下では現金が無駄遣いされると市場は見ているのである。このような場合、投資予定のない余剰現金を株主に還元することで、無駄遣いの可能性を自ら断ち、ひいては企業統治が機能していると市場からみなされるのである

企業統治に問題がある」企業の株価が増配・自社株買いで上昇するのは分かります。一方、「良い企業統治」を実践している企業が増配・自社株買いを発表した場合、株価にはネガティブな影響が出るはずです。しかし「良い企業統治をしている企業の自社株買いだから株価にはマイナスに働いた」といった話はあまり聞きません。その辺りはどう理解すればよいのでしょうか。


(4)「純利益が黒字」について

図2は東証1部上場企業のうち、純利益が黒字である企業群のDOE(株主資本配当率=配当÷株主資本)とROE(株主資本利益率=当期純利益÷株主資本)、配当性向(配当÷当期純利益)の中央値の推移を示している」というくだりの「純利益が黒字」という表現に違和感を覚えました。「純損益が黒字」とした方が自然ではありませんか。


(5)「米国 消えゆく株主還元」について

米国 消えゆく株主還元」という見出しで小さなコラムを付けていますが、「米国で株主還元が消えつつある」とは思えない内容でした。「米国企業の株主還元は、かつては日本と同様に配当が中心であった。しかし、1990年代半ば以降は自社株買いが中心となっている」としても、株主還元が消えかかっているとは言えません。

記事によると、米国の2012年の「総株主還元額は5585億ドル(当時のレートで44兆円超)」で、「日本企業による株主還元額は16年度で16兆円と報道されている」ようです。時期が多少異なりますが、米国の株主還元額は日本の2倍以上です。なのに「米国 消えゆく株主還元」と見出しで打ち出してよいのでしょうか。

問い合わせは以上です。「増配のおかげ」に関しては回答をお願いします。誤りであれば、次号で訂正を載せる必要があります。週刊エコノミスト編集部では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「株主総会直前! ここが変だよ企業統治~増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ 減益局面では通用せず
https://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180605se1000000045000


※見出しを除く記事の評価はC(平均的)。斎藤卓爾氏への評価は暫定でCとする。

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