2022年4月29日金曜日

プロ野球に疎い日経 武智幸徳編集委員が書いたコラムに見える誤解

プロ野球に詳しくないおじさんが最近の大谷翔平や佐々木朗希の活躍を見て思い付いたことを書いてみたーー。29日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に武智幸徳編集委員が書いた「アナザービュー~大型選手が先入観崩す」という記事は、そんな内容だ。詳しくないからか誤解もある。全文を見た上で指摘したい。

夕暮れ時のうきは市

【日経の記事】

二刀流で活躍する米大リーグの大谷翔平(エンゼルス)、日本のプロ野球であわや2試合連続完全試合をやってのけそうになった佐々木朗希(ロッテ)の活躍を見るにつけ、爽快な気分になる。身長193センチの大谷、190センチの佐々木が躍動する姿はダイナミズムにあふれ、「大男総身に知恵が回りかね」というような固定観念も木っ端みじんにしてくれる

大谷のフットワーク、佐々木のしなやかな身体操作と腕の振りを見ていると、例えばこの二人がテニスをしていたら、大型化が進む現在のあちらの世界でもロシアのメドベージェフにもサーブだけなら負けないんじゃないかと夢想してしまう。

優れたアスリートは、その競技を選んだことで開かれた可能性と同時に、閉ざされた可能性についても想像をかきたててくれるわけだ。

大谷や佐々木のような日本人の大型アスリートの出現は決して"突然変異"ではない気もしている。彼らのようなタレントは実は昔からバレーボールやバスケットボールのような競技に潜んでいたと思うのだ。ただ野球界に流れて来なかっただけで

子供の頃から体がひときわ大きいとコーディネーション能力が備わるまでその体を持て余しがちになる。それで機敏な動きを求められる野球やサッカーになじめず、高さを生かせる競技に進む。

身体のサイズという面から見ると、団体球技はいろんな体格の選手が自分に合ったポジションで花を咲かせ、それなりにダイバーシティー(多様性)を実現させているのだろう。「大きければ大きいほど良いってもんじゃない」というのはスポーツの妙味で、小柄なメッシ(アルゼンチン)に励まされ、「小さいから」といって諦めずに頑張るサッカーキッズは世界中にいることだろう。

競技をする側にも指導する側にも、その競技に適正のサイズ感のようなものが先入観としてある。そして大きな子供ほどその振り分けの対象になりやすい。大谷や佐々木も、そういう意味で励ましを与える存在なのかもしれない。「大きいから」といって「この競技には向いてない」なんて考える必要はないということを。大谷や佐々木に触発され、彼らのような大きな投手、打者が日本からさらに出てくる気がする。


◎「野球界に流れて来なかった」?

今回の記事で最も引っかかったのが「大谷や佐々木のような日本人の大型アスリートの出現は決して"突然変異"ではない気もしている。彼らのようなタレントは実は昔からバレーボールやバスケットボールのような競技に潜んでいたと思うのだ。ただ野球界に流れて来なかっただけで」という部分だ。

日本が優勝した2009年のWBCを武智編集委員は見ていないのだろう。この時はダルビッシュ有投手と岩隈久志投手がエース格。共に身長は190センチ台だ。

野球界」でも「大谷や佐々木のような日本人の大型アスリート」は10年以上前から当たり前にいた。190センチ以上の身長がある「日本人」自体が稀なので、プロ野球でも人数はそれほど多くないだろう。しかし「バレーボールやバスケットボール」と同等かそれ以上に「野球界」は「日本人の大型アスリート」を取り込んでいたと感じる。

ついでに言うと「身長193センチの大谷、190センチの佐々木が躍動する姿はダイナミズムにあふれ、『大男総身に知恵が回りかね』というような固定観念も木っ端みじんにしてくれる」というくだりも気になった。

『大男総身に知恵が回りかね』というような固定観念」を武智編集委員が持っていたということだろう。明らかな偏見で時代錯誤が過ぎる。

サッカーが専門分野の武智編集委員にスウェーデン出身で身長190センチ超えのイブラヒモビッチ選手などはどう映ったのか。足技も華麗との印象があるが、それでも「『大男総身に知恵が回りかね』というような固定観念」を払拭するには至らなかったのか。

となると武智編集委員のサッカーに関する見識にも不安が出てくる。


※今回取り上げた記事「アナザービュー~大型選手が先入観崩す」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220429&ng=DGKKZO60450170Y2A420C2UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員への評価もDを維持する。武智編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

テレビ観戦で思い付いたことを並べただけ? 日経 武智幸徳編集委員「アナザービュー」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_25.html

日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_76.html

「骨太の育成策」を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_87.html

「絶望には早過ぎる」は誰を想定? 日経 武智幸徳編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_4.html

日経 武智幸徳編集委員はサッカーと他競技の違いに驚くが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_2.html

日経 武智幸徳編集委員は「フィジカルトレーニング」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_14.html

W杯最終予選の解説記事で日経 武智幸徳編集委員に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html

「シュート選ぶな 反則もらえ」と日経 武智幸徳編集委員は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_30.html

「ドイツでは可能な理由」を分析しない日経 武智幸徳編集委員の不思議https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_29.html

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_21.html

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_43.html

2022年4月28日木曜日

週刊ダイヤモンドでのMMT批判が苦しいSMBC日興証券の森田長太郎氏

説得力のあるMMT(現代貨幣理論)批判記事を探しているが、まだ見つけられていない。週刊ダイヤモンド4月30日・5月7日号にSMBC日興証券チーフ金利ストラテジストの森田長太郎氏が書いた「コロナ禍『MMTの大実験』~得られた財政金融政策の教訓」という記事も期待外れだった。一部を見ていこう。

四山神社

【ダイヤモンドの記事】

本家本元の米国ではこのところ、MMTの唱道者たちの存在はかなり影が薄くなっているようだ。

それも当然、新型コロナウイルス感染拡大危機下の2年間でMMTの主張を地で行くような膨大な規模の財政拡張が行われた結果、米国は約40年ぶりの深刻なインフレに直面している


◎「MMTの主張を地で行くような膨大な規模の財政拡張」?

MMTの主張を地で行くような膨大な規模の財政拡張が行われた結果、米国は約40年ぶりの深刻なインフレに直面している」と森田氏は言う。これを読むと「膨大な規模の財政拡張」をすべきというのが「MMTの主張」だと理解したくなる。しかし明らかに誤りだ。

インフレ」を抑えられる範囲で必要な「規模の財政拡張」をためらうべきではないとMMTでは考える。「米国は約40年ぶりの深刻なインフレに直面している」のだとしたらMMTが避けるべきと考える「膨大な規模の財政拡張が行われた」と言える。

さらに見ていく。


【ダイヤモンドの記事】

米国で有名なMMT論者の1人であるステファニー・ケルトン(米ニューヨーク州立大学教授)は、2月上旬の米ニューヨーク・タイムズ紙の記事の中で、過大な財政拡張政策が想定外のインフレの一因となっている現状を指摘され、苦しい弁明を行っている

といっても、教授はMMTの誤りを認める発言をしているわけではなく、インフレよりひどいことはまだあるではないかとも語っている。


◎「苦しい弁明」とは?

ケルトン」氏が「苦しい弁明を行っている」と森田氏は言うが、どこがどういう理由で「苦しい」のかは説明していない。こういう書き方は感心しない。

さらに見ていく。


【ダイヤモンドの記事】

MMTの代表的な主張を改めて列挙すると、(1)政府の財政支出は納税のために必要な貨幣を家計や企業に供給するものであり、貨幣供給の主体は政府である。それ故財政収支を均衡させる必要性はない。(2)国債発行は中央銀行の政策金利コントロールのためにも必要であり、中央銀行は政府と一体化したものとして見るべきだ。(3)独自通貨を発行する国家にはデフォルトは存在しないーーといったものだ。

このうち(2)は、実際の金融市場における中央銀行のオペレーションが日本では国債発行に対して従属的に行われていることは事実だ。だがだからといって、そのことで中央銀行の独立性と結び付けて考える実務者はいない。この点についてのMMTの説明はおよそ意味を持たないものだ

◎「意味を持たない」のはどっち?

中央銀行は政府と一体化したものとして見るべき」という「主張」に対し「MMTの説明はおよそ意味を持たない」と森田氏は断言する。しかし、その説明がかなり意味不明だ。「およそ意味を持たない」説明をしているのは森田氏の方ではないか。

中央銀行は政府と一体化したものとして見るべき」という主張に対して「独立性」が高いからその見方は適切ではないと森田氏は言いたいようにも見える。ならば「独立性」が高いと言える根拠を示せばいい。ところが、そうはしない。

そのことで中央銀行の独立性と結び付けて考える実務者はいない」としても、それは「独立性」が高い根拠とはならない。親会社と子会社の関係で考えてみよう。親会社が子会社を支配している場合「一体化したものとして見るべき」との主張は妥当性がある。

子会社の従業員がどう「考える」かは関係ない。子会社の経営が親会社に「従属的」かどうかで判断すべきだ。例えば「日銀の総裁人事に政府は関与できないのに政府と一体化したものとして見るべきとの主張はおかしい」といった話ならば分かる。だが、現実はそうではない。

森田氏の主張には強引さが否めない。さらに見ていこう。


【ダイヤモンドの記事】

また、(3)はデフォルトの定義上の問題であり、紙くずの価値しかなくなった国債を発行し続けることができるということをもってデフォルトしないと主張する意味もあまりないだろう。


◎「定義上の問題」?

(3)はデフォルトの定義上の問題」なのか。広い意味で「財政破綻」にハイパーインフレを含めるケースはあるが「デフォルトの定義上の問題」はほぼない。「債務不履行」でいいだろう。

強い通貨主権を持つ国が自国通貨建ての国債で「デフォルト」を強いられることはないというMMTの主張には「意味」がある。国債発行を膨らませれば、どこかで「デフォルト」が発生しるのではないかとの懸念が広く共有されていたからだ(今も残っている)。この誤解を解く意味でMMTの果たした役割は大きい。

結局、森田氏のMMT批判には説得力がない。結論はやはりこれでいい。


※今回取り上げた記事「コロナ禍『MMTの大実験』~得られた財政金融政策の教訓


※記事の評価はD(問題あり)

2022年4月26日火曜日

相変わらずの「日米同盟強化」に説得力欠く日経 秋田浩之氏「Deep Insight」

日本経済新聞の秋田浩之氏が26日の朝刊オピニオン面に「Deep Insight~抗うウクライナ、日本に教訓」という記事を書いているが、きちんと「教訓」を得ているとは感じられなかった。中身を見た上で具体的に指摘したい。

筑後川

【日経の記事】

ロシアに抗(あらが)うウクライナの戦いから教訓をくみ取り、安全保障政策に生かしていくことが大切だろう。

日本の当局者や識者らの見方をまとめると、とりわけ大事な教訓は次の3つに集約される。第1は、いくら多くの友好国に囲まれていても、有事に本当に頼りになるのは同盟国であるという厳然たる事実だ。米欧はウクライナに武器を渡しても、一緒には戦わない。軍事同盟であるNATOの加盟国ではないからだ


◎同盟国であれば戦う?

有事に本当に頼りになるのは同盟国」だという「教訓」を「ウクライナの戦いから」得られるだろうか。「米欧はウクライナに武器を渡しても、一緒には戦わない」のはその通りだ。しかし「同盟国」だったら「一緒に」戦ってくれたかどうかは分からない。「ロシアと戦えば第3次世界大戦になる。それは避けたい」と米国が考えるのならば同盟国を見捨てる手もある。「同盟国は守る」と米国が言明しても信用はできない。

しかし秋田氏は以下のように話を進めてしまう。


【日経の記事】

日本はオーストラリアやインド、英国、フランスと安全保障協力を深めてきた。日米豪印による4カ国「Quad(クアッド)」の枠組みも強めている。これらも大事な協力だが、日本に防衛義務を負う米国との同盟にとって代わることはできない。日米同盟をさらに強めることが先決だ

◎それでも「日米同盟強化」?

日米同盟をさらに強めることが先決だ」と相変わらずの主張を展開している。「日米同盟」があれば米国は日本を守ってくれるし、戦争のリスクを最小化できると言えるのならば分かる。

しかし台湾有事に米国が軍事介入すれば、日本は米国に強いられる形で中国の“内戦”に介入する可能性が高い。それが現実になりそうな時に日本はどうすべきか、秋田氏は自分の意見を明らかにすることから逃げているように見える。

日米同盟をさらに強めることが先決」と信じているのならば、台湾有事の際に米国と一緒に中国と戦うべきなのかを明らかにしてほしい。特に、日本が攻撃を受けていない段階でどうするのかが鍵だ。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

第2の教訓は、成句に例えるなら「天は自ら助くる者を助く」である。ウクライナを各国が支援するのは、国民が決してあきらめず、戦っているからだ。

ウクライナ軍がロシアへの抵抗をあきらめ、あっという間に崩れてしまったら、外国は助けようがない。この事実は、自力で防衛する体制を整えることがどれほど大切か、日本に教えている。

2010年代半ば、当時の安倍晋三首相は防衛省幹部らに内々、次のような趣旨の指示を伝えた。「尖閣諸島が侵攻された時、最もやってはならないのは即座に米国に連絡し、助けを要請することだ。まず、日本が自力で守ろうとしなければ同盟は働かない

同じことは他の日本の領土・領海にも当てはまる。日本に自衛の意志と能力が乏しかったら、米国は大きな危険を冒してまで守ろうとはしないだろう


◎やはり米国は同盟国も守らない?

日本に自衛の意志と能力が乏しかったら、米国は大きな危険を冒してまで守ろうとはしないだろう」と秋田氏は言う。つまり「日本に自衛の意志と能力が乏しかったら」米国は「同盟国」を見捨てるということだ。「自衛の意志と能力が乏し」いかどうかを判断するのは米国だ。そんな頼りない「日米同盟をさらに強める」意味があるのか。

尖閣諸島が侵攻された時、最もやってはならないのは即座に米国に連絡し、助けを要請することだ。まず、日本が自力で守ろうとしなければ同盟は働かない」という「安倍晋三」氏の発言も「日米同盟」の頼りなさを裏付けている。

尖閣諸島が侵攻された時」に在日米軍はその動きを察知できない前提なのだろう。しかも日本がしっかり「自力で守ろう」とした後でないと「同盟は働かない」。そんな頼りない「日米同盟」のために、費用負担までして軍事基地を置かせる意味があるのか。

さらに記事を見ていく。


【日経の記事】

そして今後、課題になるのが、核抑止力のあり方だ。ロシアの核戦力は米国を威嚇し、ウクライナへの直接介入を阻んでいる。だが、米国の核はロシアを止められず、侵攻を防げなかった。

同じ構図を、台湾海峡に当てはめたらどうなるだろう。米国は中国との核戦争を恐れて介入できない一方で、中国は米国の核に抑止されず、台湾に侵攻する……。こんな事態も絵空事ではない

オーストラリアの国防情報機関で副長官を務めた豪戦略政策研究所(ASPI)のマイケル・シューブリッジ部長も、こう語る。「ロシアの核抑止力は米国に効いているのに、NATOの核はプーチン氏のおぞましい侵略を止める抑止力を発揮していない。同じことが中国との関係で起きないよう、豪州や日本は米側と核抑止力の信頼性の強化策を考えるべきだ」


◎「絵空事ではない」?

米国は中国との核戦争を恐れて介入できない一方で、中国は米国の核に抑止されず、台湾に侵攻する……。こんな事態も絵空事ではない」と秋田氏は言う。「絵空事ではない」のは当然だ。「ウクライナの戦いから教訓」を得なかったのか。同盟国でなければ米国は「一緒には戦わない」と認識したのではないのか。

ウクライナの戦い」から「教訓」を得たのならば「台湾有事で米国は台湾を軍事支援するが対中戦争には踏み切らない」と見るのが自然だ。これをメインシナリオに据えたい。秋田氏は違う考えなのか。

ロシアの核抑止力は米国に効いている」とすれば、中国の「核抑止力」も「米国に効いている」はずだ。つまり「尖閣諸島が侵攻された時」に米国が日本を助けない可能性はかなり高いと言える。

色々考えると「米国は頼りにならない。日米同盟は役立たず。属国路線は早期に修正を」となってしまう。秋田氏が違う考えならば、それはそれでいい。ただ「日米同盟をさらに強めることが先決」という主張は根拠が乏しすぎる。そこを改めて考えてほしい。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~抗うウクライナ、日本に教訓」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220426&ng=DGKKZO60301930V20C22A4TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_11.html

日経 秋田浩之氏「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」に見える矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/deep-insighttpp.html

台湾有事の「肝」を論じる気配が見えた日経 秋田浩之氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/11/deep-insight.html

「弱者の日本」という前提が苦しい日経 秋田浩之氏の「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/01/deep-insight.html

「大国衝突」時代に突入? 日経 秋田浩之氏「大国衝突、漂流する世界」の無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/blog-post_23.html

2022年4月25日月曜日

月面再着陸「最短2025年」は「野心的」? 日経 松添亮甫記者に望むこと

個人的には「人類はまだ月に行っていない」と思っている。その立場から25日の日本経済新聞朝刊ニュースな科学面に松添亮甫記者が書いた「人を再び月へ 火星も視野~米新型ロケット、初夏以降に試験飛行」という記事を興味深く読んだ。一部を見ていこう。

那珂川

【日経の記事】

約50年前の「アポロ計画」以来の人類の月面着陸を目指した米国主導の「アルテミス計画」が進む。持続的な月面開発だけでなく、初の火星有人探査も視野に入れ、多くの企業が参加する一大プロジェクトだ。コストや技術などの課題はあるが、月面再着陸を「最短2025年」とする野心的な目標の達成に注目が集まる。


◎どこが「野心的」?

1960年代に始まったアポロ計画は旧ソ連との冷戦の中、国威発揚の意義が大きく、初の月面着陸そのものが目標となっていた。69年の初着陸から72年までに12人の宇宙飛行士を月に送り込んだが、それ以降、探査は途絶えた」とも松添記者は解説している。

月面再着陸」は「1960年代」に実現したことへの再挑戦だ。今は2020年代。この間の科学技術の発達を考えれば容易な課題だろう。なのに実現は「最短2025年」。どこが「野心的な目標」なのか。

アルテミス計画」は「米国が2019年に提唱した有人月面探査計画」で、当初は2024年に人類を月に送り込むはずだった。それが「最短2025年」になり、今では2026年以降になる公算が大きいと言われている。

何かおかしくないか。「69年の初着陸から72年までに12人の宇宙飛行士を月に送り込んだ」のは米国だ。その担い手となった「米航空宇宙局(NASA)」が消えてなくなった訳でもない。なのに「1960年代」にできたことを再現するのに四苦八苦して延期に次ぐ延期となっている。

こうなると、やはり疑問が浮かぶ。本当に「69年の初着陸から72年までに12人の宇宙飛行士を月に送り込んだ」のか。「人類はまだ月に行っていない」と考えれば辻褄が合う。「米航空宇宙局(NASA)」にとっても未知の領域に挑む難事業だから苦戦を強いられているのではないか。

松添記者はそこに疑問を持っているようには見えない。「69年の初着陸から72年までに12人の宇宙飛行士を月に送り込んだ」という話を事実だと見るのならば、それでもいい。なぜ「1960年代」にできたことが2020年代前半の「米航空宇宙局(NASA)」はできなくなっているのか。

そこを今後の記事で伝えてほしい。

「延期に次ぐ延期となり2020年代中の月着陸はない」

これが自分の見立てだ。松添記者はどう見る?


※今回取り上げた記事「人を再び月へ 火星も視野~米新型ロケット、初夏以降に試験飛行

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220425&ng=DGKKZO60230110S2A420C2TJN000


※記事の評価はC(平均的)。松添亮甫記者への評価も暫定でCとする。

2022年4月23日土曜日

ワクチン推しから撤退を始めた日経社説「4回目接種は効果を吟味せよ」への注文

 強力なワクチン推しからの撤退に日本経済新聞が乗り出したようだ。23日の朝刊総合1面に載った「4回目接種は効果を吟味せよ」という社説からは、そう読み取れる。撤退は悪くない。ただ、ワクチン推しの中で訴えてきた内容との整合性は問われる。今回の社説を材料に、この問題を考えてみよう。

大刀洗町

社説の全文は以下の通り。

【日経の社説】

国や自治体で新型コロナウイルスワクチンの4回目接種に向けた準備が進む。拙速に始めるのではなく、科学的知見から効果を吟味してほしい。なぜ2度も追加接種(ブースター接種)が必要かを明確に示さなければならない

政府は3回目の接種を完了した割合が5割と道半ばにもかかわらず、4回目の開始を急ぐ。「第6波」の到来の際、高齢者らへの追加接種が遅れて感染を広げたとの反省に立つからだ。

3月中旬、4回目分として米ファイザー、米モデルナから計1億4500万回分を購入すると発表。厚生労働省が自治体に5月までに準備を終えるよう通知した。

ワクチンは感染症対策の切り札だが、数カ月の間隔で繰り返し打ち続けることに免疫学の専門家から慎重な意見もある。海外の先行例からオミクロン型には感染予防効果に限界があることも判明した。4回目の有効性を判断するデータも十分とはいえない

米国では3月末、50歳以上や免疫不全の人を対象にファイザー製、モデルナ製による4回目接種が始まった。欧州の医薬品当局は80歳未満で免疫機能に問題がなければ、接種は時期尚早との考えだ。

科学的な妥当性が定まっていない証しであり、政策的な思惑から判断が分かれたといえる。

自民党の作業チームは4回目接種に関する提言をまとめた。重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人に限って進めるべきだとした。当面、全年代で一律の接種は必要はないとの考えだ。

新型コロナワクチンは本来、感染よりも症状の悪化を防ぐためにある。3回目接種のまま時間が経過すると入院・重症化リスクがどの程度高まるのか、2度目のブースター接種でその値がどの程度下がるのか。厚労省の専門分科会は国内外のデータを分析、精査する必要がある。

年齢や基礎疾患の有無で対象を絞り込んで接種を始めるとしても、政府は何のために4回目を実施するかを丁寧に説明すべきだ。


◎話が変わってない?

今回の社説で最も引っかかったのが「新型コロナワクチンは本来、感染よりも症状の悪化を防ぐためにある」という部分だ。日経は「ワクチン接種率の向上→集団免疫への獲得」という情報を盛んに流していた時期があった。あれは何だったのか。

昨年7月3日の社説でも「ワクチンの効果見極めには科学的な分析・検証結果を待たねばならず、集団免疫確保には時間を要する」と「集団免疫確保」に期待を持たせていた。「本来、感染よりも症状の悪化を防ぐためにある」のならば、当時からそう伝えるべきだ。途中で考えを変えたのか。

今回の社説の中でも矛盾を感じる。「『第6波』の到来の際、高齢者らへの追加接種が遅れて感染を広げた」と言えるのならば「ワクチン」には感染予防効果があるはずだ。「感染よりも症状の悪化を防ぐためにある」という説明と整合しない。「政府」に誤解があるのならば、その点には触れるべきだ。

海外の先行例からオミクロン型には感染予防効果に限界があることも判明した」という解説にも同じ問題がある。「感染よりも症状の悪化を防ぐためにある」のならば「感染予防効果」を期待する方がおかしい。

なぜ2度も追加接種(ブースター接種)が必要かを明確に示さなければならない」とも日経は訴えている。ならば最初の「ブースター接種」では、その必要性が「明確に示さ」れたのか。

今年2月2日の「接種の加速へ国は前面に立て」という社説では「海外の知見によると、追加の接種によって入院予防効果が改善する。オミクロン型が大流行している今こそ、接種を急がねばならない」と「ブースター接種」を急がせていた。

オミクロン型」では重症化リスクの低さが当初から伝えられていたのに、その前から重症化リスクが低かった若者にも「ブースター接種」を急がせる合理性があったのか。

4回目接種」になって人が変わったように「なぜ2度も追加接種(ブースター接種)が必要かを明確に示さなければならない」と訴えても説得力はない。

結局「新型コロナワクチン」は期待外れで「感染症対策の切り札」とはなれなかった。世の中の流れに合わせて、日経もワクチン推しからの撤退を進める考えだろうが感心しない。なぜ強力なワクチン推しを続けてしまったのか。日経に反省と検証を求めたい。


※今回取り上げた社説「4回目接種は効果を吟味せよ」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220423&ng=DGKKZO60272660T20C22A4EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2022年4月20日水曜日

「抜かれる」「落とす」を容認しない坂夏樹氏の新聞記者論に異議あり

15日付でプレジデントオンラインに載った 「昔は宝くじ以上の競争倍率だった…憧れの職業だった『新聞記者』がここまで没落したワケ」という記事には全く共感できなかった。筆者は元全国紙記者の坂夏樹氏。坂氏のような考えの人物が新聞社の幹部クラスにはまだ大勢いるのだろう。それが「『新聞記者』がここまで没落したワケ」ではないのか。

夕暮れ時のうきは市

特に引っかかった部分を見ていく。

【プレジデントオンラインの記事】

一人当たりの仕事の負担はどんどん増えているのに、休日を増やせるわけがない。「どんなことをしても休日をとれ」という指示が「抜かれても、落としてもいいから記者を休ませろ」という“具体的でわかりやすい”指示になったわけだ。

「抜かれても、落としてもいい」などと口にしなければならない幹部には大いに同情する。しかし、新聞記者が絶対口にしてはいけない言葉だ。禁句を口にして指示した罪はとても重い。

新聞記者に対して「君はもう記者でなくてもいいよ」と死刑宣告したようなものだ。

誤解のないようにしてもらいたい。100~200時間の基準外勤務をしなければ、新聞記者とは言えないなどという気はまったくない。

海外には1日8時間勤務でしっかりと取材して良質の報道をしているジャーナリストがたくさんいる。長時間労働は当たり前と考えている新聞記者は、社会の感覚からズレており、よい取材はできないし、よい原稿が書けるわけがない。

しかし、「抜かれる」ことと「落とす」ことを容認してはいけない

ましてや休みを取るための代償として「特ダネはいらないし、特落ち(他社が扱ったニュースを自社だけ落とすこと)もOK」などと公言するのは言語道断だ。


◎「特ダネはいらないし、特落ちもOK」でいい!


待っていれば発表されるネタに関しては「抜かれても、落としてもいい」。「長時間労働の是正のためには仕方がない」といった消極的な理由ではない。

抜かれても、落としてもいい」という発言を「新聞記者」への「死刑宣告」と捉える坂氏のうな考えが新聞をダメにしてきたと思えるからだ。

『抜かれる』ことと『落とす』こと」が「容認」されないとなると「新聞記者」はどんな行動に出るだろうか。例えばトヨタ自動車の担当記者ならば「トヨタの首脳陣に嫌われたらネタがもらえない。首脳陣の機嫌を損ねないような記事を書かないと」となるのが自然だ。そんな記者に「良質の報道」を期待できるだろうか。

『抜かれる』ことと『落とす』こと」が部数に大きく響くというならば「容認」できないのもまだ分かる。しかし、ほとんど関係ないと言われている。

社会的意義が大きいというのならば、これまた分かる。しかし「待っていれば発表されるネタ」を発表前に報じる社会的価値はほぼない。当然だろう。「A社とB社が合併」という記事を発表前に載せたからといって社会が良くなる訳ではない。

特落ち(他社が扱ったニュースを自社だけ落とすこと)」ももちろん「OK」だ。坂氏は「特落ち」が嫌いなようだが、そもそも「他社が扱ったニュース」は「自社」も扱うべきなのか。その横並び意識が要らない。

坂氏の言う「他社」とは新聞社のことだろう。しかし新聞社だけで考えても意味がない。新聞社もネットに先に情報を出したりしている。朝刊を並べて「他紙には載っているのにウチだけ載っていない」などと気にして何になる。

これは読者ベースで考えれば昔からそうだった。ネットの普及で、さらに意味がなくなってきた。やはり「抜かれても、落としてもいい」で「OK」だ。

『抜かれる』ことと『落とす』こと」を嫌えば、取材先に忖度するのが当たり前になってしまう。近年、政治家絡みの不祥事などの「特ダネ」の多くは週刊文春など新聞以外のメディアから出てくる。

取材先にとって不都合な「特ダネ」なぜ新聞社から生まれにくいのか。そこを坂氏には考えてほしかった。


※今回取り上げた記事「昔は宝くじ以上の競争倍率だった…憧れの職業だった『新聞記者』がここまで没落したワケ

https://president.jp/articles/-/56554


※記事の評価はC(平均的)

2022年4月18日月曜日

ハイパーインフレ回避の道はあえて無視? 藤巻健史氏の主張に無理がある週刊エコノミストの記事

フジマキ・ジャパン代表取締役の藤巻健史氏が週刊エコノミスト4月26日号で無理のある主張を展開している。「奇策~ハイパーインフレと日銀 新中央銀行、新通貨しかない」という記事では、編集部も苦しいと思ったのか見出しに「奇策」 とは入れている。その一部を見ていこう。

夕暮れ時の筑後川

【エコノミストの記事】

インフレとハイパーインフレの発生原因は全く違う。インフレは需給のアンバランスで起こるが、ハイパーインフレは中央銀行の信用失墜で起こる。他国が現在直面している危機はインフレだが、日銀が直面している危機はハイパーインフレリスクなのだ。深刻度も異次元である。

中略)要は、日銀が金融引き締めをしようとすると、日銀自身が債務超過に陥ってしまうのだ。債務超過は中央銀行の信用失墜の最たるものであり、そのような中央銀行が発行する通貨は暴落し、ハイパーインフレに進む。

一方、債務超過を恐れて引き締めを回避すれば、インフレはますます加速する。もはや袋小路だ。金融引き締めができなくなった中央銀行は、すでにその体を成していない。日本は悪性インフレかハイパーインフレに陥らざるを得ないのだ。

このような状態になった時に考えられる対処法は以下の三つだ。いずれも日銀の負債の圧縮にほかならない。

(1)法定通貨を円からドルに換える、(2)1946(昭和21)年のように預金封鎖・新券発行を行う、(3)第二次世界大戦後のドイツのように中央銀行の取り換えを行う──。

私は(3)の手法が適切だと思っている。46年は終戦後だが、日本はまだ明治憲法下だった。私有財産権が確立された現憲法下で(2)を行った場合、後に訴訟が頻発する可能性がある。一方、(3)では日銀の倒産・解散なので、倒産会社の負債が消滅するだけだ。私有財産権を犯したとのクレームは回避できる。

この手法を取るには、日銀を残務処理機関として残し、新中央銀行から新通貨で資本投入を受ける。その新紙幣1枚を、例えば福沢諭吉1万円札1000枚と交換するのだ。財務内容が健全な中央銀行が創設されればハイパーインフレは終息するし、国民の塗炭の苦しみと交換に究極の財政再建が成される。終戦後のドイツで国力、供給能力などは何も変わっていないのにライヒスバンク(旧中央銀行)を廃し、代わりにブンデスバンク(新中央銀行)を創設し、ハイパーインフレが沈静化されたことで、実証されている。


◎悪性インフレの場合も?

実際は大したことは起きないと思うが、百歩譲って「日銀自身が債務超過に陥ってしまう」と「ハイパーインフレに陥らざるを得ない」としよう。その場合に「新中央銀行」の創設といった話が出るのは分かる。

だが、日銀には「債務超過を恐れて引き締めを回避」する選択肢がある。その場合は「悪性インフレ」に進むはずだ。ならば、ここで止まればいいだけだ。

なのに、なぜか「財務内容が健全な中央銀行が創設されればハイパーインフレは終息するし、国民の塗炭の苦しみと交換に究極の財政再建が成される」と「ハイパーインフレ」に進む前提では主張を展開してしまう。

国民の塗炭の苦しみと交換に究極の財政再建が成される」必要はない。「悪性インフレ」に留めておけばいい。日銀には長短金利をコントロールする力がある。なのに、なぜ「苦しみ」が大きくなる「ハイパーインフレ」をえあえて選ぶのか。藤巻氏の主張は今回も説得力がない。


※今回取り上げた記事「奇策~ハイパーインフレと日銀 新中央銀行、新通貨しかない」https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220426/se1/00m/020/021000c


※記事の評価はE(大いに問題あり)。藤巻健史氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「中央銀行が信用を無くす最たるものは債務超過」と訴える藤巻健史氏の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/blog-post_8.html

週刊エコノミストでの「ハイパーインフレ」予測に無理がある藤巻健史氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/09/blog-post_29.html