2021年5月31日月曜日

日経「選球眼~交流戦で見たい好勝負」に感じた浜田昭八氏の限界

スポーツライターの浜田昭八氏にコラムを任せるのはやめた方がいい。31日の日本経済新聞朝刊スポーツ2面に載った「選球眼~交流戦で見たい好勝負」という記事を読んで改めてそう感じた。問題のくだりを見ていこう。

大阪城公園

【日経の記事】

交流戦は2005年に1カード3連戦を双方の本拠地で1度ずつ行う、1球団36試合制で始まった。試合が多過ぎて、リーグの独自性が失われるなどの声が出て、1球団24試合に減った。さらに15年から現行の1カード3連戦のみ、本拠地開催は隔年という方式になった。主力の人気投手と打者がすれ違うと、その年の対戦は見られない。

観客が多く、放送権料も多い巨人、阪神との対戦が交流戦のために減るのは、セ側にとって重大な問題だ。だが、パ側にもドラフトのくじ運に恵まれたとはいえ、目玉になる好選手は多い。交流戦を減らして、いい商品を見せないような状態にする手はない。

戦前、戦後の苦境を乗り越えてきたセの老舗チームの人気に寄りかかろうとするパ側の姿勢にも問題があろう。交流戦、日本シリーズの好成績をステータス向上の証しと振りかざすのもどうか。気を緩めると人気も実力もすぐに逆転する。


◎「パ側の姿勢にも問題」?

上記のくだりを読んで「なるほど」と思えただろうか。自分の読解力不足なのかもしれないが「戦前、戦後の苦境を乗り越えてきたセの老舗チームの人気に寄りかかろうとするパ側の姿勢にも問題があろう」という部分をどう解釈すれば良いのか分からなかった。

「交流戦を減らして、いい商品を見せないような状態にする手はない」と書いているのだから浜田氏は「交流戦」の減少を問題視しているはずだ。「パ側」が「セの老舗チームの人気に寄りかかろうとする」のならば「交流戦」を増やす原動力になる。なのになぜ「問題」なのか。

そもそも「パ側」が「セの老舗チームの人気に寄りかかろうと」しているのかも疑問だ。浜田氏自身も「気を緩めると人気も実力もすぐに逆転する」と書いている。ならば現時点で「人気も実力も」上なのは「パ側」だ。なのになぜ「セの老舗チームの人気に寄りかかろうとするパ側」との認識になってしまうのか。

ついでに言うと「パ側」は「交流戦、日本シリーズの好成績をステータス向上の証しと振りかざ」しているのか。個人的には、そうした報道に触れた記憶がない。「振りかざ」していると言える材料を浜田氏が持っているのならば具体的に書いてほしかった。

記事の続きを見ておこう。

【日経の記事】

それにしても、ロッテには「見せる」気概を示してほしかった。佐々木朗に佐藤輝敬遠を指示した場面。不振の次打者梅野隆太郎を打ち取り、作戦は成功した。だが、松井秀喜5敬遠のアマのトーナメントとは事情が違う。若い当事者2人の、ともに怒った「プロの顔」に救われたが……。


◎説明が足りないような…

ここでは「松井秀喜5敬遠のアマのトーナメントとは事情が違う」という説明が引っかかった。「松井秀喜5敬遠」を読者は当然知っているとの前提で書いているのだろう。しかし、そうとは限らない。日経には若い読者も少ないながらいるはずだ。そうした人たちへの配慮が足りない。

そういう意味でも浜田氏にコラムを任せるのは、やはり無理がある。


※今回取り上げた記事「選球眼~交流戦で見たい好勝負」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210531&ng=DGKKZO72420710Q1A530C2UU2000


※記事の評価はD(問題あり)。浜田昭八氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経のコラムで「リクエスト制度に大過なし」と浜田昭八氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_43.html

浜田昭八氏の理解力に問題あり 日経「選球眼~選手と首脳陣つなぐ本音」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_16.html

「プロゴルファーに複数年契約はない」と日経に書いた浜田昭八氏に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/blog-post_16.html

2021年5月30日日曜日

最低賃金で「3つの問題」を指摘した日経 水野裕司編集委員への疑問

30日の日本経済新聞朝刊総合4面に水野裕司編集委員が書いた「Views~先読み『最低賃金1000円』議論へ 古びた制度、賃上げの壁」という記事には色々と問題を感じた。内容を見ながら具体的に指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

菅義偉政権初となる最低賃金の引き上げをめぐる審議会の議論が6月下旬にも始まる。政府は全国平均で時給1000円への早期引き上げを掲げるが、新型コロナウイルス禍で労使の対立が激しさを増し、実現は容易ではない。議論の進め方や制度設計をめぐる3つの問題が浮かび上がる。

最低賃金は都道府県ごとに改定される。引き上げ幅の目安を、学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会が示す。

だが2020年は目安の提示を断念する異例の事態となった。コロナ禍による景気低迷で労使が合意できる水準を見いだせなかったためだ。公益委員が出した見解は「現行水準の維持が適当」というもので、議論は各都道府県の地方審議会にゆだねられた。全国平均の時給は前年から1円増の902円にとどまった。

中央審議会での議論が膠着状態に陥りがちな点が、第1の問題だ。公益委員は景気や雇用のデータを基に適切な上げ幅を探るというよりも、労使間の調整が役割になる傾向がある。労使対立が激しいと、どうしても目安は控えめになる。

英国では政府諮問機関の低賃金委員会が最低賃金の改定案を示す。これまでの引き上げが物価や企業の投資などに及ぼした影響を精査する。同委員会は20年10月、最低賃金を2.2%上げて8.91ポンド(約1370円)とするよう提案、英政府は今年4月に実施した。


◎どう変えたい?

「第1の問題」は「中央審議会での議論が膠着状態に陥りがちな点」だと水野編集委員は言う。だとしたら話は簡単だ。「全国平均で時給1000円への早期引き上げ」を是とするのならば「学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会」を「引き上げ」賛成派で固めればいい。しかし水野編集委員はそれを求めない。

そして「英国」の話を持ち出す。日本も「政府諮問機関」で「景気や雇用のデータを基に適切な上げ幅を探る」べきだと言いたいのかもしれない。しかし、それだと「議論が膠着状態」になるのを防げない。例えば学者だけをメンバーにして「景気や雇用のデータ」を分析するにしても、見解が一致するとは限らない。

続きを見ていこう。以下のくだりに最も大きな問題を感じた。

【日経の記事】

日本の第2の問題は、最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りないことだ。

英国は若年層を18~20歳、16~17歳などに分け、年齢が下がるに従い最低賃金を減額する。スウェーデンは産業別に労使が協議し、景況や技能水準を踏まえて最低賃金を決める。ドイツは職業訓練生の一部などが最低賃金の対象外だ。

日本の最低賃金は安倍前政権下での上げ幅が計150円を超えた。とはいえ現在の額の水準は英独仏の65~70%強にとどまる。

一方、急速な引き上げで、改定後に賃上げが必要になった労働者の比率(小規模企業ベース)は19年には16.3%に高まった。

「国際的にみて低い日本の最低賃金は今後も引き上げが必要だが、雇用への影響を抑える工夫が一層重要」(日本総合研究所の山田久副理事長)。生産性に見合う形で最低賃金が上がる制度設計が求められる。


◎本当に「工夫が足りない」?

「日本の第2の問題は、最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りないことだ」と水野編集委員は言う。本当だろうか。

「英国は若年層を18~20歳、16~17歳などに分け、年齢が下がるに従い最低賃金を減額する」らしい。きめ細かく分けているから「企業への影響を抑え」られると言いたいのだろう。しかし「最低賃金」に関して英国は全国一律で日本は都道府県別だ。地域の実情に応じて決めることで日本は「企業への影響を抑える工夫」をしているのではないか。

「スウェーデンは産業別に労使が協議し、景況や技能水準を踏まえて最低賃金を決める」らしい。日本でも「学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会」で「引き上げ幅の目安」を示すのだから「企業への影響を抑える工夫」としては似たようなものだ。

「ドイツは職業訓練生の一部などが最低賃金の対象外」と書いてあると日本に対象外のものはないような印象を受ける。しかし厚生労働省のホームページを見ると「基礎的な技能等を内容とする認定職業訓練を受けている方のうち厚生労働省令で定める方」は「最低賃金の減額の特例」が認められると出てくる。

結局「最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りない」と言える十分な根拠を水野編集委員は示せていない。

さらに最後まで見ていこう。

【日経の記事】

第3の問題は雇用の安全網の不備だ。職業訓練や職業紹介が充実していないと最低賃金を上げにくい。ハローワークの求人開拓力のテコ入れなどが急務だ。

最低賃金引き上げは格差拡大の抑制策として各国が重視する。成長力を失った企業を淘汰する効果も指摘される。日本の現行制度の骨格が固まってから40年余り。制度を立て直す時だ。


◎どういう関係?

「職業訓練や職業紹介が充実していないと最低賃金を上げにくい」という理屈が謎だ。労働側から見るとほとんど関係ない。「職業訓練や職業紹介が充実していない」から「最低賃金」を上げないでほしいと労働側が望む場合があるのか。経営側から見ても同じだ。「職業訓練や職業紹介が充実」してきたら「最低賃金」の引き上げに抵抗がなくなるものなのか。人件費の負担増が困るのならば、「職業訓練や職業紹介が充実」しても問題は解決しない。

「最低賃金」が上がると雇用が減るから「職業訓練や職業紹介」を充実させるべきとの考えなのだろうか。しかし「最低賃金」の引き上げが雇用の絶対数を減らすのならば「職業訓練や職業紹介」を充実させても、あまり意味はない。椅子取りゲームの椅子が減るのに、椅子取りゲームの参加者への「訓練」を充実させても椅子を取れる人は増えないはずだ。


※今回取り上げた記事「Views~先読み『最低賃金1000円』議論へ 古びた制度、賃上げの壁」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210530&ng=DGKKZO72412090Z20C21A5EA4000


※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司編集委員への評価もDを据え置く。水野編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html

理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post.html

日経 水野裕司上級論説委員の「中外時評」に欠けているものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_9.html

具体策は「労使」丸投げで「雇用と賃金、二兎を追え」と求める日経 水野裕司上級論説委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_17.html

2021年5月28日金曜日

色々と情報が足りない日経1面「ソニー、テレビ工場自動化」

28日の日本経済新聞朝刊1面に載った「ソニー、テレビ工場自動化 23年度めどコスト7割減」という記事には問題を感じた。入れておくべき情報が抜け過ぎている。これで1面に持ってくるのは辛い。電子版にはより長めの記事があるが、やはり肝心の情報は見当たらない。電子版の記事の全文を見た上で、何が足りないのか指摘したい。

熊本港

【日経の記事】

ソニーグループはテレビ事業の主力拠点のマレーシアで工場を大幅に自動化する。製品の設計から生産まで一体で進める事業体制の競争力強化を狙い、2023年度をめどに生産コストを18年度比7割減らす。韓国・中国勢の躍進で日本勢が地盤沈下するなか、同社は19年時点で世界シェア5位に踏みとどまっている。生産革新で事業基盤を強固にする。

電子機器では効率生産に強みを持つ中国や台湾の受託製造サービス(EMS)が台頭。ソニーもテレビ生産の一部を任せている。だが「最新技術を使った製品を早く安く生産できる」(ソニー)利点があるとして、高機能の先端商品を中心に内製を続ける方針だ。

首都クアラルンプール近郊の工場に初の無人生産ラインを導入した。残るラインの自動化も進める。ロボットは汎用品を使うが、要となる制御プログラムなどは独自開発する。ロボットが扱いにくい部材を使う工程などがあるため、完全無人化は難しいという。

数千人規模いる従業員は段階的に減らす。大半が有期契約のため、自動化の進展に合わせて満了時の再契約を見送る。

ソニーはマレーシアのペナン州にある音響機器工場を9月までに停止し、生産をテレビ工場に集約する。統合後、音響機器の生産ラインでも自動化に取り組む。マレーシアで自動化技術を確立し、ほかの地域の生産拠点に広げることも検討する。

英調査会社のユーロモニターインターナショナルによると、19年の世界の薄型テレビ市場でソニーは5.4%のシェアを持つ5位だった。首位の韓国サムスン電子(18.7%)や2位の韓国LG電子(15.2%)に水をあけられているが、高価格帯の製品を中心に一定の存在感を確保している。

日系企業が多い東南アジアでは人件費の上昇が続く。日本貿易振興機構(ジェトロ)の20年度の調査によると、マレーシアの製造業の作業員の人件費(諸手当や賞与含む)は年7048ドルと10年前から25%上昇した。

海外での製造業の立地を巡っては、米中貿易戦争に絡む地政学リスクや脱炭素に向けた再生可能エネルギーの調達のしやすさなども考慮されるようになりつつある。自動化技術が発達すれば、企業の立地の自由度が高まる可能性もある。


◇   ◇   ◇


入れておくべきなのに抜けていると思える材料を挙げてみる。

(1)「自動化」はいつ終わる?

「ソニーグループはテレビ事業の主力拠点のマレーシアで工場を大幅に自動化する」と冒頭で書いている。しかし、いつ完了するのか触れていない。「2023年度をめどに生産コストを18年度比7割減らす」との記述から「2023年度」に完了するとの推測はできるが、そこは明示してほしい。

「生産コストを18年度比7割減らす」という話も「首都クアラルンプール近郊の工場」に限ったものなのか「テレビ事業」全体なのか判断に迷う。前者だとは思うが…。


(2)ラインは何本ある?

「首都クアラルンプール近郊の工場に初の無人生産ラインを導入した。残るラインの自動化も進める」と書いているものの、「ライン」が何本あるか不明。この情報があれば、現時点での「自動化」の進展具合が分かるのに…。


(3)「自動化」は画期的?

「テレビ工場自動化」が凄いことなのかどうか記事からは判断できない。同業他社はどこもやっていないのならば1面にふさわしいネタだ。しかし、その辺りはスルーしている。あえてなのか、うっかりなのか。いずれにしろ問題がある。


(4)「無人生産ライン」と言う割に…

「首都クアラルンプール近郊の工場に初の無人生産ラインを導入した。残るラインの自動化も進める」と書く一方で「完全無人化は難しい」とも説明している。だとしたら「無人生産ライン」と言えるのか。「完全無人化」できなのならば、「無人生産ライン」がどの程度の「無人化」を実現しているのかは情報として欲しい。


(5)マレーシアで何割作ってる?

「マレーシアで工場を大幅に自動化する」というものの「テレビ事業」の中でどの程度の重みがあるのかが分からない。「マレーシアで自動化技術を確立し、ほかの地域の生産拠点に広げることも検討する」と書いているので他にも「生産拠点」はあるのだろう。「中国や台湾の受託製造サービス(EMS)」も利用しているらしい。

その中で「マレーシア」がどの程度の大きさなのかは知りたい。例えば生産台数ベースで8割を占める工場ならば「自動化」のインパクトは大きいだろう。逆に1割程度ならば大した話ではない。

記事の終盤では長々と背景説明をしているが、「自動化」についてしっかり書き込むのが先だ。それができてから余裕があれば背景説明もすればいい。


※今回取り上げた記事「ソニー、テレビ工場自動化 23年度めどコスト7割減」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ2831A0Y0A221C2000000/


※記事の評価はD(問題あり)

2021年5月27日木曜日

財政破綻が起きる「仕組み」は結局不明? 日経「大機小機~財政破綻を決めるのは誰か」

 27日の日本経済新聞朝刊マーケット総合面に載った「大機小機~財政破綻を決めるのは誰か」という記事は興味深いテーマを扱っている。ただ、説得力は感じなかった。全文を見た上で問題点を指摘したい。

筑後川と西鉄大牟田線

【日経の記事】

筆者は日本の財政は将棋に例えると既に詰んでいる、とみている。換言すれば、民主主義のシステムに基づいて、増税や歳出削減で財政バランスを取り戻すのは、もはや無理なところまで来ているのではないか。

しかし、どのようなメカニズムで財政破綻が発生するのか、その仕組みをイメージすることは難しい。そこで財政赤字のファイナンスが困難になる時点を決める要因が何かを考えてみたい。

日銀がゼロ金利を維持する限り、政府の借り入れコストはゼロである。仮に国債の市中消化ができなくなっても、日銀がゼロ金利で無制限に国債を購入すれば、財政赤字ファイナンスの問題は表面化しない。

しかし日本の財政を政府だけでみると判断を誤る。政府と日銀を統合したバランスシートで見てみよう。

政府赤字の相当部分は、日銀が発行する銀行券(お札)と民間銀行が持つ日銀当座預金に置き換えられてファイナンスされている。銀行券の大部分はわれわれが現金として持っており、日銀当座預金は民間銀行が日銀にお金を預ける形で、われわれの預金の裏付けになっている。

将来、日銀が物価の上昇を抑えるために短期市場金利を引き上げようとすると、日銀当座預金に利息を払う必要がある。例えば、市場金利を2%上げようとすれば、日銀当座預金に対して利息を2%つけなければならず、年10兆円もの利払い負担になる。

しかし、日銀が持っているのはゼロ金利の国債ばかりなので、利息を払うおカネがない。日銀は新たに借用証書を書き、利息を払い続けるという典型的な多重債務者と同じになる。こうした状況が何年か続けば、日本のお金を持ちたいと思う人は減っていく。

政府はゼロ金利の長期国債で借りているので、当面利払いは出てこないが、日銀に借金を押し付けて利息も払わせていることになる。

日銀はどこかの時点で信用をなくし、現預金から不動産、外貨、金などへのシフトが発生するだろう。どの時点で信用をなくすかについては、誰にも分からない。それを決めるのはわれわれ国民だ。国民が日銀券や民間銀行の預金を安心して持つ限り問題は表面化しない。しかし国民が愛想を尽かす時には日銀の信用は崩壊する。


◎結局、資金は尽きない?

「財政赤字のファイナンスが困難になる時点を決める要因が何かを考えてみたい」と筆者の山河氏は切り出している。しかし、その答えは明らかになっていない。「日銀はどこかの時点で信用をなくし、現預金から不動産、外貨、金などへのシフトが発生する」としよう。だからと言って「財政破綻が発生する」訳でも「財政赤字のファイナンスが困難になる」訳でもない。

「政府と日銀を統合」して考えた場合、「政府と日銀」の支払い能力がなくなった時に「財政破綻が発生する」はずだ。それがどういう形で起きるのか示してほしかった。しかし「国民が愛想を尽かす時には日銀の信用は崩壊する」と結論付けているだけで「日銀の信用」が「崩壊する」となぜ「財政赤字のファイナンスが困難になる」のかは教えてくれない。

「政府」が「日銀に借金を押し付けて利息も払わせている」状態になったとしても、「日銀」の支払い能力が限界に達しない限り「財政赤字のファイナンス」はできるはずだ。「政府と日銀」には日本円を創出する権限がある。金などの裏付けは必要ない。「政府と日銀」が「財政破綻」を望まないとの前提で考えれば「財政赤字のファイナンス」ができなくなる事態は考えにくい。

「日本の財政は将棋に例えると既に詰んでいる」と山河氏は見ている。それは、それでいい。であれば「財政破綻」は不可避のはずだ。なのに「どのようなメカニズムで財政破綻が発生するのか、その仕組みをイメージすることは難しい」らしい。不思議な話だ。本当に「詰んでいる」のか。「典型的な多重債務者」であれば、債務不履行に陥る「仕組みをイメージする」ことは容易だ。

日本円を無限に創出できる「政府と日銀」を個人の「多重債務者」と重ねて見ているから問題を見誤っているのではないか。

円建ての政府債務がどれだけ膨らんでも「政府と日銀」の資金が尽きて「財政破綻が発生する」ことはないーー。それが正しい答えだと思える。


※今回取り上げた記事「大機小機~財政破綻を決めるのは誰か」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210527&ng=DGKKZO72301650W1A520C2EN8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年5月26日水曜日

「デジタル空間に移住」「身体機能を機械に移植」との説明が苦しい日経「データの世紀」

「新たな技術が世界を大きく変えている」と訴えるのは日本経済新聞朝刊1面連載にありがちなパターンだ。しかし総じて説得力がない。26日の「データの世紀~グレートリセット(下)『バーチャル生活』人生の半分 デジタル化、進化か退化か」という記事にも無理を感じた。問題の事例を見ていこう。

アオサギ

【日経の記事】

それでもバーチャルがリアルを上回る新世界はもう止まらない。人類のさらなる進化か、それとも退化の始まりか。恐れ惑っているだけでは前に進めない。

英ロボット学者のピーター・スコット・モーガン氏(63)がデジタル空間に移住して1年半たった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されて以降、ほぼすべての身体機能を機械に移植した。アバターは顔も声もそっくりな「もう一人の自分」を体現する。

人工呼吸器がつながり、胃には栄養チューブ、結腸には人工肛門が着けられている。だが不便どころか、むしろ自分を「ピーター2.0」に更新できたと喜びを感じる。「デジタル空間の私は年を取らないし、あらゆる言語を話せる。これまでのキャリアで最もハードに働いているよ」

物理的な制約に縛られず、距離や時間、そしてあらゆるハンディをも乗り越えられる。うまく使いこなせば、デジタル空間は豊かな想像力を育む創造の場だ。より良いデータの世紀へ、どう考え、何を選び抜くか。一人ひとりの「グレートリセット」が始まる。


◎「移住」「移植」と言える?

「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者が「顔も声もそっくり」な「アバター」を「デジタル空間」に作った場合「デジタル空間に移住」と言えるのか。「リアル」の空間の自分が消えてしまうなら分かる。冬眠状態でもいいだろう。しかし記事に出てくる「モーガン氏」は今も「人工呼吸器がつながり、胃には栄養チューブ、結腸には人工肛門が着けられている」ようだ。現実の生活がしっかり残っているのに「デジタル空間に移住」と見なすのは苦しい。

「ほぼすべての身体機能を機械に移植した」との説明にも疑問を感じる。この「アバター」には呼吸、栄養消化、排便、排尿、発汗などの「身体機能」が本当にあるのか。「デジタル空間」でタンパク質などの栄養をどう取るのだろう。

「顔も声もそっくり」にしただけでは「ほぼすべての身体機能を機械に移植した」とは言い難い。それに「移植」であれば「リアル」の「モーガン氏」はその「身体機能」を失っていると考えるのが自然だ。栄養を吸収する機能を「移植した」のに今も「リアル」の世界で生きているとすれば不思議だ。

「デジタル空間に移住」とか「ほぼすべての身体機能を機械に移植」といった説明に無理があると考えるべきなのだろう。連載を担当した長尾里穂記者と綱嶋亨記者も、その自覚はあるかもしれない。しかし「バーチャルがリアルを上回る新世界はもう止まらない」などと大きく出ないと日経好みの1面連載に仕上がらない。なので、どうしても強引な描き方になってしまう。

長尾記者と綱嶋記者は「物理的な制約に縛られず、距離や時間、そしてあらゆるハンディをも乗り越えられる」と心の底から思えるのか。それとも記事の構成上そう書いてみただけなのか。改めて自問してほしい。


※今回取り上げた記事「データの世紀~グレートリセット(下)『バーチャル生活』人生の半分 デジタル化、進化か退化か」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210526&ng=DGKKZO72268540W1A520C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。長尾里穂記者と綱嶋亨記者への評価は暫定でDとする。

2021年5月25日火曜日

解説に無理がある日経「米、人種格差是正遠く~コロナ死亡率・住宅価格…」

 25日の日本経済新聞朝刊国際面に載った「米、人種格差是正遠く~コロナ死亡率・住宅価格…」という記事には無理を感じた。中身を見ながら具体的に指摘したい。

山に沈む夕陽

【日経の記事】

全米で「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)」運動が続く背景には、新型コロナウイルスでの死亡率や直近の失業率などで、黒人と白人との差が改めて浮き彫りになっている現実がある。バイデン米政権は格差是正を掲げ、企業も歩を合わせるが、道のりは険しい。

米疾病対策センター(CDC)によると、黒人の人口当たりのコロナ死亡率は白人の1.9倍だ。一方でワクチンの接種率は低い。米カイザー・ファミリー財団(KFF)が集計する17日時点でのワクチン接種率は白人42%に対し、黒人は28%にとどまり、人種別で最低だった。黒人は在宅勤務をしにくい接客業などに就く人が多く、接種に行く時間を捻出するのも難しい。ニューヨークに住む黒人女性は「仕事の時間の融通がきかない」とこぼす。


◎在宅勤務じゃないと接種が難しい?

「黒人は在宅勤務をしにくい接客業などに就く人が多く、接種に行く時間を捻出するのも難しい」から「ワクチン接種率」が低いと筆者ら(大島有美子記者、吉田圭織記者、野毛洋子記者)は見ているようだ。納得はできない。「接客業」で働いていても休日はあるはずだ。

米国のワクチン接種事情はよく分からないが、「接種」してもらえるのが平日だけならば、平日休みが多い「接客業」の方が「時間を捻出」しやすそうだ。曜日に関係なく「接種」できるのならば、仕事がない日に「接種」すれば済む。黒人の「ワクチン接種率」が低い原因は別にありそうな気がする。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

米国では低金利が住宅購入需要を刺激し、住宅価格が上がり続けている。だがそこにも「人種の偏見で説明できる大きな価格差が存在する」(インターネット不動産仲介のレッドフィンの担当者)。同社の調べでは、人口数上位10%の大都市では、黒人の多い居住区の住宅価格が白人の多い居住区と比べて2021年2月時点で5万5000ドル(約600万円)低かった。その差は遡れることが可能な13年以降で最大だ。犯罪率の差などが理由にある。


◎「人種の偏見で説明できる」?

「黒人の多い居住区の住宅価格」が低いことは「人種の偏見で説明できる」だろうか。「犯罪率の差」が住宅価格に反映されているのならば「人種の偏見」とは関係ない。「黒人の多い居住区」の住宅が「白人の多い居住区」と比べて狭かったり作りが貧弱だったりすれば、それらも価格差を生む。「人種の偏見」に理由を求めているのに、その根拠を示せていない。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

金融機関から住宅ローン申請を却下された割合は19年時点で黒人16%、白人7%と2倍超の開きがあった。「住宅価値で過小評価されている黒人居住区に政策でお金を回して、悪循環を断ち切るべきだ」(レッドフィンのチーフエコノミスト、ダリル・フェアウェザー氏)。住宅保有率の差も遡れる1994年以降、埋まっていない。


◎「過小評価」と言える?

「住宅価値で過小評価されている黒人居住区」と言い切るコメントを使っているが、「犯罪率の差」が原因で価格差が生じているのならば「過小評価されている」とは言い切れない。

「住宅保有率の差も遡れる1994年以降、埋まっていない」とも書いているが「住宅保有率」は高ければいい訳ではない。個人的には「住宅ローン」を抱えてまで持ち家にこだわるのは避けたい。

記事の終盤も見ておこう。

【日経の記事】

バイデン米政権は経済政策構想「米国家族計画」で格差の是正を目指す。企業や富裕層には増税とする一方、中低所得層の保育負担の軽減に2250億ドルを振り向けるなど、所得の再分配を促す。

企業も格差是正に向けた投資に積極姿勢だ。米銀最大手のJPモルガン・チェースは20年10月、5年で80億ドル(4万件)の住宅ローンを黒人やヒスパニック系向けに組成するとの目標を掲げた。スポーツ用品のナイキやグーグルなどIT(情報技術)も黒人など人種的マイノリティーの幹部起用を加速する方針。格差が格差を生む悪循環を断ち切れるかが課題となる。


◎「格差が格差を生む」?

米国では人種間の「格差が格差を生む悪循環」が起きているのかもしれない。しかし、今回の記事では、それを裏付ける材料を提示できていない。

ついでに「企業も格差是正に向けた投資に積極姿勢だ」という説明にも注文を付けたい。「住宅ローン」を提供するのならば「投資」というより「融資」だ。それに「住宅ローン」が「格差是正」につながるとは限らない。借金の負担が「格差」を広げる可能性もある。信用力の低さを反映して金利が高めに設定されている場合は、さらにその可能性が高まる。

全体として物の見方が単純で浅い印象を受けた。もっと深く多面的に考えて記事を書いてほしい。


※今回取り上げた記事「米、人種格差是正遠く~コロナ死亡率・住宅価格…」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210525&ng=DGKKZO72220500U1A520C2FF8000


※記事の評価はD(問題あり)。大島有美子記者への評価はDで確定とする。吉田圭織記者と野毛洋子記者への評価は暫定でDとする。

2021年5月24日月曜日

台湾有事「日本は是々非々の対応を」で逃げる日経 原田亮介論説主幹に伝えたいこと

長々と記事を書いて漠然とした主張しかできないのならば何のための「論説主幹」なのかーー。24日の日本経済新聞朝刊オピニオン2面に原田亮介論説主幹が書いた「核心~老いる中国と米の包囲網 日本は是々非々の対応を」という記事を読んで、そう感じた。

河口付近の筑後川

前半では中国の人口問題に触れているが、後半との関連は薄く、行数稼ぎに見える。そこは目をつぶるとしても台湾問題に関する歯切れの悪さは引っかかる。当該部分を見ていこう。

【日経の記事】

 米政権はそこで「責任の公平な分担」という要求への答えを各国に求めるだろう。台湾海峡問題への対応もその一つだ。台湾有事への備えや、中国のミサイルに対する抑止力強化が課題になる。日本国際問題研究所の佐々江賢一郎理事長は「米政権は中国に、有事には行動するというメッセージを出した。日本はそれに巻き込まれるという議論でなく、自らどう関わるかを決めないといけない」と話す。

例えば経済安全保障にかかわるサプライチェーンについて、民生用の旧来技術の貿易を規制すべきではないが、AIなどの先端技術で競争力を高める協力は惜しんではならない。温暖化ガスの問題では中国に「途上国扱い」の返上を一緒に迫るべきだろう。

一つ一つに是々非々で答えを出す必要がある。菅政権はワクチン接種と同時に、外交でも正念場を迎える。


◎で、台湾有事の際の「是々非々」とは?

「民生用の旧来技術の貿易を規制すべきではないが、AIなどの先端技術で競争力を高める協力は惜しんではならない。温暖化ガスの問題では中国に『途上国扱い』の返上を一緒に迫るべきだろう」などと原田論説主幹の考えを明確にしている部分もある。しかし肝心の「台湾有事の際に日本はどう対応すべきか」という問題からは逃げている。

「米政権は中国に、有事には行動するというメッセージを出した。日本はそれに巻き込まれるという議論でなく、自らどう関わるかを決めないといけない」という「日本国際問題研究所の佐々江賢一郎理事長」のコメントを紹介していることから推測すると「台湾有事の際に米国が中国と戦うならば日本も同盟国として参戦すべきだ」と原田論説主幹は思っているのではないか。日米同盟の強化(言い換えれば「米国への属国状態の強化」)を求める日経に「米国に逆らう」との選択肢があるとは考えにくい。

しかし、それを前面に出せば「台湾を守るためになぜ日本が戦争に巻き込まれなきゃいけないんだ」「日本は台湾を中国の一部と認めている。であれば中国の内戦なのに日本が武力介入するのはおかしい」といった批判を受けそうだ。

そして、原田論説主幹はこの手の批判に対する有効な答えを持っていないのだろう。だから態度を明確にせず「是々非々で答えを出す必要がある」「外交でも正念場を迎える」などと当たり障りのない結論を導いてしまう。

「台湾有事の際に米国が中国と戦っても日本は軍事面での協力は一切すべきではない」と主張するのが一番スッキリする。日米が台湾防衛のために中国と戦って自衛隊にも多数の戦死者が出る事態になった場合「台湾を守るためには仕方がない」と受け入れるのは難しい。

在日米軍基地や自衛隊基地を中心に日本が中国からの攻撃を受ける事態になれば「何のために台湾を守るのか」との疑問はさらに膨らむ。

「戦争を避けるため、日本を守るためには日米同盟が必要」と原田論説主幹は信じているだろう。しかし台湾有事の問題を掘り下げていくと、日米同盟にしがみついた結果として戦争に巻き込まれ日本が戦場となるリスクが高まる。

論説主幹という立派な肩書を付けてコラムを書くのならば、この問題に日経としての解を示すべきだ。それができないのならば後進に道を譲ってほしい。


※今回取り上げた記事「核心~老いる中国と米の包囲網 日本は是々非々の対応を」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210524&ng=DGKKZO72134850R20C21A5TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。原田亮介論説主幹への評価はDを維持する。原田論説主幹に関しては以下の投稿も参照してほしい。


「2%達成前に緩和見直すべき?」自論見えぬ日経 原田亮介論説委員長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_77.html

財政再建へ具体論語らぬ日経 原田亮介論説委員長「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_33.html

日経 原田亮介論説委員長「核心~復活する呪術的経済」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_20.html

日経 原田亮介論説委員長「核心~メガは哺乳類になれるか」の説明下手
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post.html

中国「中進国の罠」への「処方箋」が苦しい日経 原田亮介論説委員長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_57.html

「中台のハイテク分断に現実味」が苦しい日経 原田亮介論説委員長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_29.html

「長々」と続く昔話は行数稼ぎ? 日経 原田亮介論説委員長「核心」 
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_2.html