2020年9月7日月曜日

「大国の対立」がコロナによって「前倒しで現実」に? 日経1面連載「パクスなき世界」への不安

 日本経済新聞朝刊1面連載で特に危険なのが「世界一変系」だ。今を時代の転換点と捉え「革命」や「パラダイムシフト」が起きて世界が一変すると説く。日経はこの手の連載を繰り返してきた。だが、そんなに頻繁に世界が一変する訳もなく、どうしても説得力に欠けてしまう。

7日のに始まった「パクスなき世界」もそうだ。第1回の「成長の女神 どこへ~コロナで消えた『平和と秩序』」という記事の書き出しは「世界は変わった」。「コロナ」は世界を一変させた面もあるが、やはり危険な香りが漂ってくる。最初の段落を見てみよう。

大雨で冠水した福岡県久留米市内
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

世界は変わった。新型コロナウイルスの危機は格差の拡大や民主主義の動揺といった世界の矛盾をあぶり出した。経済の停滞や人口減、大国の対立。将来のことと高をくくっていた課題も前倒しで現実となってきた。古代ローマの平和と秩序の女神「パクス」が消え、20世紀型の価値観の再構築を問われている。あなたはどんな未来をつくりますか――。


◎無理があるような…

記事の言う通りならば「経済の停滞や人口減、大国の対立」は「将来のことと高をくくっていた課題」だったのに「新型コロナウイルスの危機」によって「前倒しで現実となってきた」のだろう。だが、いずれもコロナ以前から盛んに「課題」として議論されてきた問題だと思える。

これが「世界一変系」連載の辛いところだ。「経済の停滞や人口減、大国の対立」といった問題は以前からあったのに、急に世界が変わって「前倒しで現実となってきた」と訴えないと、なぜ今この連載をやるのかという意義付けをしにくい。

20世紀」は米国が「パクス」で、21世紀には「パクス」が消えた。だから「20世紀型の価値観の再構築を問われている」というのが取材班の基本認識なのだろう。だが、21世紀に入って20年近くが経過している。「パクスなき世界」に人々は慣れていると捉える方が自然だ。なのになぜ今になって「20世紀型の価値観の再構築を問われている」のか。

新型コロナウイルスの危機」によって米国という「パクス」が突然姿を消したのならば「価値観の再構築」が必要かもしれない。しかし、そうではないはずだ。

記事の続きを見ていこう。


【日経の記事】

人々は同じ嵐に遭いながら同じ船に乗っていない」。米ニューヨーク市の市議イネツ・バロン氏は訴える。同市は新型コロナで約2万4千人もの死者を出した。

市内で最も所得水準の低いブロンクス区の死亡率を10万人あたりに当てはめると275。最も高所得のマンハッタン区の1.8倍だ。3月の都市封鎖後も低所得者が多い地区の住民は「収入を得るため外出し、ウイルスを家に持ち帰った」(同氏)。命の格差が開く。


◎同じ船に乗っているような…

市内で最も所得水準の低いブロンクス区の死亡率」が「最も高所得のマンハッタン区の1.8倍」だとしても「同じ嵐に遭いながら同じ船に乗っていない」とは感じない。

高所得」だから安全地帯にいるわけでも、「低所得」だと必ず座して死を待つ訳でもない。「所得水準」によって「死亡率」にある程度の差が出るのは、個人的にはそれほど気にならない。「1.8倍」ならば許容範囲内だと感じる。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

危機は、成長の限界に直面する世界の現実を私たちに突きつけた

古代ローマ、19世紀の英国、そして20世紀の米国。世界の繁栄をけん引する存在が経済や政治に秩序をもたらし、人々の思想の枠組みまで左右してきた。ローマの女神にちなみ、それぞれの時代の平和と安定を「パクス」と呼ぶ。だが今、成長を紡ぐ女神がいない。

パイが増えず、富の再分配が働かない。米国の潜在成長率は金融危機が起きた2008年に戦後初めて1%台に沈み、一定の教育を受けた25~37歳の家計所得は18年に6万2千ドルと89年の水準を4千ドル下回った。「子は親より豊かになる」神話は崩れ、中間層が縮む。「米国は富裕層と低所得層からなる途上国型経済となった」(経済史家ピーター・テミン氏)


◎新型コロナと関係ある?

成長を紡ぐ女神がいない」「パイが増えず、富の再分配が働かない」という見立てが正しいとしよう。しかし根拠として挙げている数字は「18年」のものだ。「成長の限界に直面する世界の現実」は「新型コロナウイルスの危機」が「突きつけた」ものなのか。新型コロナの問題が起きる前から21世紀は「パクス」なき時代だったはずだ。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

国際通貨基金(IMF)によると、先進国全体の実質成長率は1980年代、90年代の年平均3%から2010~20年は同1%に沈む。低温経済が世界に広がり、格差への不満をテコに独裁や大衆迎合主義が民主主義をむしばむ。中国やロシアなど強権国家の台頭を許す隙が生じ「パクスなき世界」を混乱が覆う。


◎具体性に欠けるが…

低温経済が世界に広がり、格差への不満をテコに独裁や大衆迎合主義が民主主義をむしばむ」と書いているが、具体例は出てこない。「独裁」が現実になっているのであれば「民主主義をむしばむ」どころか「民主主義」は機能不全と言える。

大衆迎合主義」に関しては、それが広がったからと言って「民主主義をむしばむ」と判断するのは早計だ。例えば「財政赤字を気にせず減税する」という主張を掲げる政党があって、これが「大衆迎合主義」に当たるとしよう。この政党を国民の多くが支持した結果、政権を獲得した。それは「民主主義をむしばむ」動きと言えるのか。

その後、「無茶な減税はまずい。財政健全化を進めるべきだ」と考える軍の指導者がクーデターを起こして軍事政権を打ち立てた場合「民主主義」は守られたことになるのか。取材班でよく考えてほしい。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

経済成長の柱の一つは人口増だった。18世紀以降の産業革命は生産性を高め、19世紀初めにやっと10億人に届いた世界人口はその後125年で20億人に達した。第2次大戦後の60年代に世界の人口増加率は2%を超え、日本などが高成長した。

すでに伸びは鈍り、今後の人口増の多くもアフリカが占める。世界人口は2100年の109億人を頂点に頭打ちとなる。コロナ禍はそんな転換期の人類を襲った


◎「転換期」と言える?

コロナ禍はそんな転換期の人類を襲った」と書いているが、現在が「転換期」と言える理由が謎だ。「世界人口は2100年の109億人を頂点に頭打ちとなる」のならば「転換期」は80年後ではないのか。

あるいは人口の「伸び」が鈍った時が「転換期」なのか。記事に付けたグラフによると「人口増加率」が頭打ちとなったのは20年以上前のようだ。今を「転換期」と捉えるのは、やはり無理がある。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

経済のデジタル化も「長期停滞」の一因となる。今秋の上場へ準備する中国の金融会社、アント・グループ。企業価値は2000億ドル(約21兆円)と期待され、トヨタ自動車の時価総額に並ぶ。10億人超が使う決済アプリ「支付宝(アリペイ)」が価値の源泉だ。

組織を支えるのは技術者を中心に約1万7千人。トヨタの連結従業員数約36万人を大きく下回る。豊かさを生む主役がモノからデータに移り、成長企業も大量の雇用を必要としない。一部の人材に富が集中し、低成長と格差拡大が連鎖する


◎「成長企業も大量の雇用を必要としない」?


成長企業も大量の雇用を必要としない」と書いているが「アント・グループ」は「約1万7千人」を雇用しているらしい。これを「成長企業も大量の雇用を必要としない」と見るべきなのか。

そこに無理があるから「トヨタ自動車」と比較しているのだろう。だが業種や事業形態が異なる企業を比較しただけで「成長企業も大量の雇用を必要としない」と結論付けるのは感心しない。

アント・グループ」のような「成長企業」が数多く生まれて、それぞれが1万人規模の雇用を生み出す世界では「低成長と格差拡大が連鎖する」とは限らないのではないか。

記事はまだ続くが、長くなったのでこの辺りでやめておく。結論としては「世界一変系の日経1面連載はやはりツッコミどころが多い」でいいだろう。


※今回取り上げた記事「パクスなき世界(1)成長の女神 どこへ~コロナで消えた『平和と秩序』

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200907&ng=DGKKZO62882320R20C20A8MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年9月6日日曜日

「テレビ、大手新聞」を「偏向メディア」と断じる週刊東洋経済 大崎明子氏の「偏向」

週刊東洋経済の大崎明子氏(肩書は本誌コラムニスト)が9月12日号に書いた「ニュースの核心~新型コロナの恐怖をあおる偏向メディアの罪」という記事は罪深い。「テレビ、大手新聞といった主要メディア」を「偏向メディア」と断罪しているが、その批判は週刊東洋経済にこそ向けられるべきではないか。

大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

問題のくだりを見ておこう。


【東洋経済の記事】

 実は4月ごろから、新型コロナウイルスは無症状感染者が多いため、感染は広がりやすいが死者数は比較的少ない感染症ではないかと指摘する声が専門家の間から出ていた。ところが、テレビ、大手新聞といった主要メディアはもっぱら「恐怖のウイルス」という報道を一致して続け、その姿勢は偏向と呼ぶしかないものだった

もとより視聴率狙いのワイドショーは100%の精度が保証されないPCR検査で国民全員を検査し、隔離しろなどと人権軽視の主張を続けた。中立報道を旨とするNHKや民放のニュース番組、大手新聞も重症者や死者の少ないことにはほとんど言及せず、感染拡大ばかり喧伝した。また、「何十万人死ぬ」「ニューヨークやミラノのようになる」「PCR検査数が少ないから日本の対策は失敗」といったコメントをする識者ばかりを出し続けた。そうしたあおり報道によって、過剰な恐れ、感染者に対する差別が広がったのだ。

ネット上には、「反対の指摘をしたら放送時にカットされた」「あたかも別の意見のように切り取られて使用された」「(テレビや新聞の依頼に)異なる見解を述べたらボツにされた」などの研究者や医師たちのコメントがあふれた。

こうした中で、人々はネットなどで感染症の専門家による最新の論文や意見を集め、メディアが大々的に取り上げる意見に疑問を持ち始めた。新型コロナに関する多くの情報・知見が整理されていくにつれ、人々はメディアの呪縛から解かれ、テレビ・新聞離れ、受信料支払い拒否がさらに加速するのではないかと予想している。


◎一括りにして大丈夫?

テレビ、大手新聞といった主要メディア」を一括りに全て「偏向メディア」と位置付けている。東洋経済の報道内容には触れていないが、言外に「雑誌はまともなメディア」とこれまた一括りにしている印象を受ける。まず、そんなにきれいに分かれるものかとの疑問が湧く。

また「雑誌=非主要メディア」と括るのも解せない。例えば週刊文春の影響力は「大手新聞」を時に上回る。

では本当に「偏向」していたのか。「中立報道を旨とするNHKや民放のニュース番組、大手新聞も重症者や死者の少ないことにはほとんど言及せず、感染拡大ばかり喧伝した」と大崎氏は言うので、まずは「NHK」から検証していこう。

NスペPlusというサイトに5月20日付で載った「新型コロナウイルス ビッグデータで闘う」という記事は「2020年5月17日(日)に放送された内容を基に」しているらしい。この中に以下の記述がある。

【NHKの記事】

なぜ日本では、感染者数や死亡者数が少ないのか?

論文ビッグデータの分析により、これから研究が発展していく分野も見えてきた。そのなかで山中伸弥さんがいま注目しているキーワードが「BCG」だ。


◎しっかり伝えているのでは?

この記事では「新型コロナウイルス感染症による死者数(100万人あたり)」というグラフも使って、欧米に比べ日本の死者数が少ないことにきちんと触れている。NHKスペシャルという注目度の高い番組でしっかり伝えていても「重症者や死者の少ないことにはほとんど言及せず、感染拡大ばかり喧伝した」と批判を浴びなければならないのか。

8月6日付で「コロナ入院患者の死亡率 国内は英米より低い 解析結果が公表」という記事もNHKは出している。これでも「ほとんど言及せず」なのか。

大手新聞」でも「重症者や死者の少ないこと」に「言及」した記事は容易に見つけられる。例えば日本経済新聞は「遺伝子や疾患、死亡率に影響か~新型コロナ、アジア低く 文化・習慣の違いも」という5月20日付の記事で「新型コロナウイルス感染症では、日本を含むアジア地域の死亡率の低さが目立つ。高いのは米欧だ。主要国で比べると人口当たりの死亡者数には100倍以上の差がある」と伝えている。

中立報道を旨とするNHKや民放のニュース番組、大手新聞も重症者や死者の少ないことにはほとんど言及せず、感染拡大ばかり喧伝した」と断じるならば「NHKや民放のニュース番組、大手新聞」の報道内容をかなり詳しく調べる必要がある。大崎氏はそこを怠っているのではないか。

推測だが、自分がたまたま見た「テレビや新聞」から受けた印象で断罪してしまったのではないか。だとしたら「本誌コラムニスト」といった肩書を付けてコラムを書くのは危険すぎる。


※今回取り上げた記事ニュースの核心~新型コロナの恐怖をあおる偏向メディアの罪」https://premium.toyokeizai.net/articles/-/24608


※記事の評価はD(問題あり)。大崎明子氏への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。大崎氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


東洋経済に載った木内登英氏のインタビュー記事が興味深い
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/08/blog-post_23.html

「1人当たり成長率」って何? 東洋経済 大崎明子氏への質問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_41.html

2020年9月5日土曜日

「歴代最長の次は安定か混沌か」に答えを出さない日経ビジネス安藤毅編集委員

雑誌は「遅いメディア」だ。誌面を作る上でこの認識は欠かせない。 「安倍首相、電撃辞任」といった注目度の高い話だと、読者もネットやテレビなどでかなりの情報を仕入れた上で雑誌を手に取ると考えるべきだ。そこで読んでもらうためには何らかの付加価値が要る。

大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
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その点で日経ビジネス9月7日号の緊急特集「安倍首相、電撃辞任~『歴代最長』の次は安定か混沌か」に合格点は与えられない。特に安藤毅編集委員が書いた「ポスト安倍、路線継承が濃厚」という記事は辛い。

特集の最初で「コロナ禍の折、この後に待ち受ける日本の政治・経済のシナリオは再び安定か、混沌か。早期の次期衆院選の可能性もちらく中、危うさばかりが目立つニッポンの道のりを展望する」と宣言したのだから「安定か混沌か」に安藤編集委員なりの答えを出すべきだ。

しかし記事ではこれまでの経緯を振り返って行数を稼いだ後、以下のように記事を締めている。


【日経ビジネスの記事】

自民党執行部は9月14日に新総裁を選出。16日に臨時国会を召集し、首相指名選挙を行う方向で検討している。

一方、15日にも立憲民主党や国民民主党などによる新党の結党大会が開かれる予定だ。政権と野党勢力が新たな体制となり、今の衆院議員の任期満了が約1年後の21年10月に迫る中、衆院解散・総選挙の時期が次の焦点になってくる。

「新総裁選出の御祝いムードを追い風に早期に解散に踏み切るか、それとも当面は新型コロナ対応などを重視し、来年の任期満了近くの選挙になるか。このどちらかの可能性が大きい」

自民内ではこんな見立てが語られている。仮に来年秋の選挙となれば、来年9月にもう一度行われる次の総裁選で「選挙の顔」として別の総裁を選ぶ可能性もある。

今年初めに誰も予想しなかったような政治・経済状況となる中、永田町は本格的な「政治の季節」に入った。先に待つのは安定、混沌のどちらだろうか


◎結局「成り行き注目」では…

この後に待ち受ける日本の政治・経済のシナリオは再び安定か、混沌か」という問題提起に対し、安藤編集委員が出した答えは「先に待つのは安定、混沌のどちらだろうか」。「AとBのどちらになるのか」との問いに「AとBのどちらになるんでしょうね」と返して、答えになるのか。

全く分からないのならば、そう書いてくれた方がまだ納得できる。「これまでのところ、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長、菅義偉官房長官が出馬の意向を固めた。選挙戦はこの3氏を軸に展開される公算が大きくなっている」「両院議員総会方式は石破氏に不利に働くとの見方が根強い」「今回の日経調査でも浮き彫りになったように岸田氏は世論調査で支持率が伸び悩んでいる。発信力が弱いとの指摘があり、巻き返しに懸命だ」といった広く言われている話を改めて読み進めてきたのは、その後に「安定か、混沌か」に関して安藤編集委員にしか書けない分析が出てくると期待したからだ。

しかし安藤編集委員は「先に待つのは安定、混沌のどちらだろうか」で逃げてしまう。こんな成り行き注目型の結論で良ければ、素人でも出せる。「自分は何のために政治の世界を取材してきたのか」を改めて自問してほしい。

安定か、混沌か」に明確な答えを出せとは言わない。条件付きでもいい。だが「先に待つのは安定、混沌のどちらだろうか」ではダメだ。安藤編集委員はそのことに早く気付いてほしい。


※今回取り上げた記事「安倍首相、電撃辞任~『歴代最長』の次は安定か混沌か」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00733/


※記事の評価はD(問題あり)。安藤毅編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。安藤編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「キャメロン発言が示唆に富む」? 日経ビジネス安藤毅編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_11.html

2020年9月4日金曜日

「全要素生産性はむしろ下がっている」? 誤解を招く日経「途上の経済政策(4)」

12年10~12月期」と比べて「全要素生産性はむしろ下がっている」と日本経済新聞が書いている。しかし記事に付けたグラフを見ると「年率換算の前期比上昇率」は低水準ながらもプラスを維持している。記事の説明は正しいのだろうか。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です



【日経への問い合わせ】

4日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「途上の経済政策(4)成長の地力 高まらず~古びた規制や慣行 壁に」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「経済の地力を示す潜在成長率は1~3月期に0.9%と政権発足当時の12年10~12月期(0.8%)とほぼ同じ。技術革新などを反映する質的な成長要因である全要素生産性はむしろ下がっている」との記述です。

これを信じれば「全要素生産性」は「12年10~12月期」と比べて「下がっている」は


ずです。記事に付けたグラフを見ると「全要素生産性」の「年率換算の前期比上昇率」は「12年10~12月期」が1.0%。直近の2020年1~3月期が0.4%で、この間ずっとプラスを維持しています。つまり「全要素生産性」は「上がって」います。

全要素生産性はむしろ下がっている」との説明は誤りではありませんか。「全要素生産性の上昇率はむしろ下がっている」と伝えたかったのかもしれませんが、そうは書いていません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。グラフに誤りがあるという可能性も残ります。いずれも問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので「国内企業は円安や法人税率引き下げなどの恩恵を受けながら、総じて成長投資には動かず内部留保を膨らませた」との記述にも注文を付けておきます。この書き方だと「内部留保」とは「成長投資」に向かわなかった分が蓄積したものとの印象を読者に与えてしまいます。

これに関しては、2018年9月8日付の御紙の記事でも「(内部留保は)現預金など手元資金そのものと思われがちだが、設備投資やM&A(合併・買収)に使われ、子会社の株式や機械設備などに形を変えている場合もある」と注意喚起しています。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある対応を心掛けてください。


◇  ◇  ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「途上の経済政策(4)成長の地力 高まらず~古びた規制や慣行 壁に


※記事の評価はD(問題あり)

2020年9月3日木曜日

焦点絞れず具体性も欠く日経「大機小機~日本の凋落をどう防ぐか」

コラムを執筆する場合、何に焦点を当てるかはしっかり考える必要がある。3日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「大機小機~日本の凋落をどう防ぐか」という記事は、そこができていない。具体性に欠ける話をあれこれ並べただけの内容になってしまっている。
筑後川(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

記事を見ながら問題点を指摘していく。

【日経の記事】

安倍晋三長期政権は経済・外交両面で負の遺産を残している。成長が見込めないまま巨額の債務を次世代に持ち越した。戦後75年経っても近隣諸国と融和できず、米中新冷戦に手をこまぬいている。次の首相は安倍路線を継承するだけではすまない。コロナ危機で鮮明になった日本の凋落(ちょうらく)をどう防ぐかが問われる

プラザ合意から35年。G5(先進5カ国)時代の主役だった日本は、5G(第5世代通信規格)時代には脇役に甘んじている。世界の国内総生産(GDP)のシェアは12%から5%に落ち込んだ



◎テーマ設定はできたが…

記事のテーマは「日本の凋落をどう防ぐか」で、「凋落」の度合いは「世界の国内総生産(GDP)」に占める「日本」の「シェア」で決めるようだ。それはそれでいい。この問題をしっかり論じているか見ていこう。


【日経の記事】

アベノミクスは脱デフレのカンフル注射としては一定の効果はあったが、弊害が大きすぎた。金融の超緩和でも物価目標は達成できず、地方銀行などの経営難を招いた。

なにより日銀が大量の国債購入による財政ファイナンスに走り、政治に財政ポピュリズムがまん延した。先進国で最悪の日本の財政危機は2度の消費税率引き上げだけでは克服できない。コロナ危機に財政出動は必要だが、あくまで「賢い支出」であるべきだ


◎じゃあどうする?

ここで具体性に欠ける話が出てくる。「先進国で最悪の日本の財政危機は2度の消費税率引き上げだけでは克服できない」とは書いているが、どうすれば「克服」できるかには触れていない。

コロナ危機に財政出動は必要だが、あくまで『賢い支出』であるべきだ」との主張に関しても、何が「賢い支出」なのかを明確にしないと意味はない。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

肝心の成長戦略は空回りするばかりで、コロナ危機で「IT(情報技術)後進国」が露呈した。雇用増も非正規雇用が中心で、格差拡大の懸念もある。コロナ禍でテレワークは避けられないが、ワーケーションには疑問が残る。会社でも家でも休暇でも働けというのでは家族はどうなるのか。

コロナ危機で政治に求められるのは科学的精神と人道主義である。政治が前に出すぎることがいかに危険かトランプ米政権が証明した



◎やはり具体性が…

肝心の成長戦略は空回りするばかり」と言うが、どう見直すべきかは示していない。「コロナ危機で政治に求められるのは科学的精神と人道主義である」という話もやはり具体性には欠ける。「政治が前に出すぎることがいかに危険かトランプ米政権が証明した」とも書いているが、「政治が前に出すぎること」が具体的に何を指すのか謎だ。

さらに見ていく。

【日経の記事】

そのトランプ大統領との蜜月関係は日米同盟を深化させる半面で「米国第一主義」を容認する結果になった。地球温暖化防止のためのパリ協定やイラン核合意からの離脱、中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄などを真正面から批判できなかったのは、同盟国として大きな問題だった。

香港問題など中国の強権化には警告すべきだが、中国包囲網に加わり米中新冷戦をあおるのは避けることだ。日本が主導すべきは、環太平洋経済連携協定(TPP)をてこにアジア太平洋に協調の枠組みを築くことである。



◎結局、どうする?

ここは少し具体性がある。ただ、「中国包囲網に加わり米中新冷戦をあおるのは避ける」方向に行く場合、「日米同盟」はどうするのかという問題がある。「日米同盟を深化させる」ことは諦めて、米国には「中国と仲良くしよう。日本は中国包囲網には加わらないから」とキッパリ言うべきなのか。そこは明確にしてほしかった。

ここから、いよいよ結論に入る。「日本の凋落をどう防ぐか」には一応の答えが出る。

【日経の記事】

首相を永田町の論理で決めれば、国民の政治不信は続き国際社会の信認も失う。日本の凋落を防ぐ大前提は民主主義の確保である。



◎それが答え?

日本の凋落を防ぐ大前提は民主主義の確保である」。そうかもしれない。だが、「世界の国内総生産(GDP)」に占める「日本」の「シェア」を維持していく具体策とは言えない。

首相を永田町の論理で決めれば、国民の政治不信は続き国際社会の信認も失う」というのも漠然とした話だ。どういうやり方だと「首相を永田町の論理で決め」たことになるのか言及していない。

具体性に欠ける話をあれこれしただけで、肝心の「日本の凋落をどう防ぐか」については、これと言って策を示していない。筆者の「無垢」氏にも策はないのだろうが、見出しに釣られた一読者としては徒労感だけが残った。


※今回取り上げた記事「大機小機~日本の凋落をどう防ぐか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200903&ng=DGKKZO63364390S0A900C2EN2000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年9月2日水曜日

せめて見出しに「日経」の文字を…日経「国安法違反事件、周庭氏が出頭」の背信

日本経済新聞がどんなメディアなのかよく分かるベタ記事が2日の朝刊国際面に載っている。「国安法違反事件、周庭氏が出頭」というその記事では日経自身が重要な当事者だ。しかし、見出しに「日経」を示す文字はない。読者への背信行為だと思える。例えば朝日新聞はこの件を伝える記事に「周庭氏を再聴取 警察、日経新聞の意見広告を問題視?」という見出しを付けている。常識的な判断だ。
大雨で増水した大分県日田市の三隈川(筑後川)
            ※写真と本文は無関係です

腰を引けるだけ引いたように見える日経の記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

【香港支局】香港国家安全維持法違反の疑いで逮捕、保釈された民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏は1日、香港警察に出頭し、聴取を受けた。聴取後に記者団に「8月に逮捕された時に証拠の一つとして2019年に日本経済新聞に載せた香港民主化運動に関する広告を見せられた」と話した。「もし日経への広告が証拠となるのならばかげている」とも語った。

香港紙・明報などの報道によれば、香港警察は日本経済新聞社の香港現地法人を訪問したとされる件について「裁判所が出した資料提出命令を8月に執行した。捜索はしておらず(命令に)取材関係の資料は含まれていない」と回答している。日経広報室は「法的な理由でコメントを差し控える」としている。

周氏は8月10日に香港国家安全維持法違反の容疑で逮捕された。1日、保釈の条件として警察署に出頭した。

香港の民主派は19年8月に日経や米ニューヨーク・タイムズ、仏ルモンド、独フランクフルター・アルゲマイネなどに意見広告を掲載した。


◎ずっと「コメントを差し控える」つもり?

この問題は他のメディアも報じるので日経としても無視はできない。ただ、できるだけ関わりたくない--。上記の記事からはそんな姿勢が読み取れる。「法的な理由でコメントを差し控える」という「日経広報室」のコメントだけを出して、後はこの問題への言及を避けていく意向なのだろう。

日経自身が捜査の対象となる可能性もあるので、難しい問題を抱えているのは分かる。その点を差し引いても、今回の報道は残念だ。少なくとも見出しに「日経」の文字は入れられたはずだ。

実際に「2019年に日本経済新聞に載せた香港民主化運動に関する広告」を証拠として「周庭」氏が罪に問われた場合も、日経はずっと腰が引けた態度で臨むつもりなのか。その時には自身のメディアとしての存在意義が今以上に問われる。

ちなみに日経は6月30日付の社説で以下のように訴えている。

【日経の社説】

香港国家安全維持法は中国内だけで通用してきた共産党政権による国家安全の考え方を香港にも適用する内容である。その司令塔として香港行政長官をトップとする「国家安全維持委員会」を新設し、顧問を中央政府から送る。

香港の治安維持を担う中国政府の出先機関「国家安全維持公署」も置く。国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力と結託して危害を及ぼすと見なす犯罪などは直接、対処できる。

今後は香港民主派の政治団体が取り締まり対象になる恐れもあり、既に活動に支障が出始めた。従来、街頭デモで抗議を表明してきた香港の有権者も萎縮している。平和的デモさえ許可しない時代錯誤の措置は看過できない


◎主張に責任を持つならば…

香港国家安全維持法」によって「平和的デモさえ許可しない時代錯誤の措置は看過できない」というのが日経の立場だ。「もし日経への広告が証拠となるのならばかげている」と「周庭」氏は訴えている。

日経はどう考えるのか。「ばかげている」「看過できない」と見るのか。それとも中国側の措置に理解を示すのか。どちらを選んでもいい。だが、腰を引いてやり過ごそうとするのだけはやめてほしい。


※今回取り上げた記事「周庭氏を再聴取 警察、日経新聞の意見広告を問題視?
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200902&ng=DGKKZO63324270R00C20A9FF8000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年9月1日火曜日

日本では「まともな抗がん剤治療ができない」日本医科大学教授 勝俣範之氏の衝撃発言

日本医科大学教授の勝俣範之氏が週刊東洋経済9月5日号の特集「がん治療の正解」の中で恐ろしいことを語っている。「『先進医療』に惑わされるな~標準治療は最高レベルの治療」という記事の当該部分を見ていこう。
大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

日本のがん治療の課題として、抗がん剤治療に当たる腫瘍内科医の少なさが挙げられる。日本では臓器別の診療科が医療の中心にあって、がんでも、診療科が中心的な役割を果たしている。ところが欧米では臓器の専門医とは関係なく、全身を診る腫瘍内科医が抗がん剤を処方する。腫瘍内科の専門医資格を持つのは日本が1300人なのに対し米国では1万7000人。日本のこの数では、まともな抗がん剤治療ができない。欧米では抗がん剤治療を行えるのは腫瘍内科医に限られるが、日本は外科の医師も処方できる。腫瘍内科医の仕組みが定着しないのは、大学の医局制・講座制の名残であろうが、早急に改善する必要がある。



◎「まともな抗がん剤治療ができない」なら…

勝俣氏の見方が正しいとの前提で考えてみよう。日本では「まともな抗がん剤治療ができない」。なのに「抗がん剤治療」を選択することに合理性があるのか。

標準治療とは『並の治療』ではなく、日本では健康保険が適用される、最も効果が期待できる『最高レベルの治療』だ」とも勝俣氏は言う。そうかもしれない。ただ「抗がん剤治療」に関しては同時に「まともな」治療ではないはずだ。

まとも」ではないが、現状では「最高レベル」ということだろう。「抗がん剤治療」に副作用がないのならば、「まとも」ではなくとも「最高レベル」の治療に賭けるべきかもしれない。しかし実際には副作用がある。医師の近藤誠氏のように「固形がんに抗がん剤は効かない」と断言する人もいる。さらに「腫瘍内科医」の少なさゆえに「まともな抗がん剤治療ができない」とすれば「がんになっても抗がん剤治療はできるだけ避ける」が合理的な判断ではないのか。


※今回取り上げた記事「『先進医療』に惑わされるな~標準治療は最高レベルの治療
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/24539


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