2020年1月13日月曜日

本当に「主要都市ほど深刻化」? 日経「空き家、東京・世田谷区が最多」

12日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「空き家、東京・世田谷区が最多~全国主要都市で深刻」という記事には説得力を感じなかった。まずは「全国主要都市で深刻」かどうかを検討してみる。
西鉄甘木線の大城駅(福岡県久留米市)
         ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

全国の空き家を市区町村別にみると、最も空き家数が多いのは東京都世田谷区の約4万9000戸となった。2位は同大田区で、東京23区や県庁所在地市が上位に並んだ。管理不全の空き家が地域の課題となっているが、主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる。空き家率では過疎が進む地域が高かった。

総務省の2018年の住宅・土地統計調査の確定値に基づいて分析した。居住者がいない住宅のうち、リゾート地などに多い別荘を除いて算出。空き家数と、総戸数に占める空き家数の比率を示す空き家率をランキングした。

世田谷区内は東急世田谷線沿線や祖師谷地区など、戸建てや比較的小さい集合住宅が集まる地域で65歳以上の人口の割合が高い。区によると、空き家はこうした地域で目立つという。区の担当者は「旧耐震基準の住居も多く、区も対策を講じている」と説明する。

空き家数の上位10自治体をみると、東京以外で最も多いのは鹿児島市の約4万7000戸で、大阪府東大阪市や宇都宮市が続いた。県庁所在地市が4市入った。

一方、空き家率の比率が高い市区町村は夕張市や歌志内市、三笠市と、北海道でかつて炭坑として栄えた自治体が上位に入った。石炭産業の衰退で住民が減り、使われなくなった住戸が残っている様子が読み取れる。山口県周防大島町や和歌山県串本町など、都市部から離れた地域も3割前後の空き家率だった。


◎「主要都市ほど深刻化」と言える?

とりあえず「空き家が増えるのは問題が多い」と仮定する。この場合「深刻化」の度合いをどう測るべきだろうか。

記事では「空き家数」と「空き家率」を「ランキング」している。この2つならば当然に「空き家率」で見るべきだ。「空き家率」5割の村があって「空き家数」は1000戸だとしよう。「東京都世田谷区の約4万9000戸」に比べれば「空き家数」は49分の1。だから「東京都世田谷区」の方が問題は「深刻化」しているとは言い切れない。

しかし記事では「空き家数」を前面に出して「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と書いている。かなり苦しい。

空き家率では過疎が進む地域が高かった」のならば、「深刻化」しているのは「主要都市」よりも「過疎が進む地域」と見るべきだ。「それでは当たり前過ぎる」と思ったのだろうが、だからと言ってご都合主義的にデータを扱うのは頂けない。

また「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と言い切っているのに、「主要都市」の多くが「ランキング」外なのも引っかかる。

空き家数」で見るのを是とする場合でも、札幌市、仙台市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市などが入っていないのに「主要都市ほど深刻化」と言えるのか。「東京以外で最も多いのは鹿児島市の約4万7000戸で、大阪府東大阪市や宇都宮市が続いた。県庁所在地市が4市入った」といった程度で「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と断言できるのは悪い意味で凄い。

ここから記事を最後まで見ていこう。

【日経の記事】

空き家の解消は自治体共通の課題だ。各自治体は空き家の取引を仲介するサービス「空き家バンク」などを導入するが、住宅業界では新築志向が根強く、利用は乏しい。東京大学の浅見泰司教授(都市住宅論)は「住宅問題だけでは解決できない」として、住居に認められている固定資産税の減免措置などの見直しも必要と指摘する。

大和不動産鑑定の竹内一雅主席研究員は「自然災害が空き家増を引き起こす一因になりうる」と警戒する。被災地は地価が下落するケースがあり、こうした地域は新たな入居者が現れにくくなる。自然災害が相次ぐなか、空き家が増える可能性が高まっている。


◎空き家が増えるのは、そんなに問題?

空き家が増えても何の問題もないとは言わない。誰も管理しない空き家が崩れかかって隣家に損害を与えるといったケースはあるだろう。

だが、全体で見てそれほど大きな問題なのかなとは思う。記事では「空き家が増えるのは問題」との前提に立っていて、具体的に何が困るのかには触れていない。記事の説明に従えば、空き家問題が最も「深刻化」しているのは「世田谷区」のはずだ。「世田谷区」ではどんな問題が起きているのか具体的に説明してほしかった。

個人的に空き家問題をそれほど深刻に考えていないのは、「家が足りない」よりは「家が余っている」方が好ましいと見ているからだ。

自宅の隣にある家には人が住んでいる。ここが空き家になったら「嬉しい」と思う。その家が朽ちていっても、建物が近接していないので特に困らない。自宅の周辺でどんどん空き家が増えていっても嫌な感じはない。どちらかと言えば歓迎だ。

そう感じるのは自分だけなのだろうか…。


※今回取り上げた記事「空き家、東京・世田谷区が最多~全国主要都市で深刻
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200112&ng=DGKKZO54298260Q0A110C2EA1000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月11日土曜日

「精度85%のがん検査」に意味ある? 日経 大下淳一記者に問う

11日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「ビジネスTODAY~尿・血液でがん発見、実用化 ヒロツバイオ、15種判定/東芝、来年にも精度99%」という記事は悪い出来ではない。ただ「尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービス」を前向きに取り上げるのはやや無理があると思える。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
          ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら具体的に指摘したい。

【日経の記事】

企業が尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービスに相次ぎ乗り出す。九州大学発のスタートアップが1月、尿を使って15種類のがんを探るサービスを始めた。東芝や東レは2021年以降に血液での実用化を急ぐ。体液検査は世界で開発が進んでおり、日本勢は精度の高さが強み。料金は現在の画像診断と同程度かそれよりも割安なケースが多い。がんの早期発見の手段がより身近になりそうだ。

九大発スタートアップで医療サービスを手掛けるHIROTSUバイオサイエンス(ヒロツバイオ、東京・港)。6日から尿を使った解析サービスを始めた。胃や大腸など15種類のがんに罹患(りかん)している場合、「いずれかのがんにかかっている」と判定する。検査人数に対して正しく判定できる精度は85%としている。

尿を活用して幅広い種類のがんを調べるサービスは世界初という。がんを見つけるのは体長1ミリメートルの線虫で、尿に含まれるがんの匂いに集まる性質を応用する。同社の検査を受けられる病院を1月中に発表する予定だ。一般の人が支払う検査料金は1回当たり約1万円となる見込み。



◎これに1万円払う?

ヒロツバイオ」の検査では「正しく判定できる精度は85%」に過ぎないので使い物にならない。「がんかも」と思った時に自宅で数百円で検査するのならば「精度は85%」でもまだ許せるが…。これに「1万円」を払う人がいるのかとは思う。

しかも「15種類」のうち「いずれかのがんにかかっている」と「判定する」だけなので、「がんに罹患」と「判定」された場合はさらに色々と検査を受けるのだろう。「ヒロツバイオ」には申し訳ないが、記事の説明が正しいのであれば、避けるべき検査と言うほかない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

名古屋大学発スタートアップのイカリア(東京・文京)は、肺がんなどの種類を特定するサービスを始める。複数の種類のがんを対象とし、どれにかかっているかを突き止める。精度は90%を超えるといい、「年内に一般の人が利用できるようにする」(同社)。

がんの発見に使うのは体液に含まれ、遺伝子の発現を調節する機能を持つ物質である「マイクロRNA(リボ核酸)」。これを解析するチップなどでがんの種類を見分ける。料金は数年以内に3万円以下に下げる考え。



◎「早期発見」と言える?

記事の冒頭には「企業が尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービスに相次ぎ乗り出す」と出ていた。「イカリア」の場合、「肺がんなどの種類を特定するサービス」ならば「がんを早期発見する検査サービス」と言えるのかとの疑問は残る。

しかも、これも「精度は90%を超える」程度。やはり、それほど役立ちそうな感じはない。

では、「精度」が「99%」ならばどうか。その事例も記事には出てくる。

【日経の記事】

血液による検査も今後始まる。東芝のサービスは乳がんなど13種類のがんのどれかにかかっていれば、がんに罹患していること自体を99%の精度で判定可能という。21~22年に人間ドックなどで実用化し、費用は2万円以下に抑える計画だ。



◎「99%」と聞くと凄そうだが…

がんに罹患していること自体を99%の精度で判定可能」と聞くと凄そうだが、実際には誤判定の方が多くなりやすい。具体例で考えてみよう。

10万人が検査を受けて、この中に「がんに罹患している」人が100人いるとしよう。「99%の精度」なので100人中99人が検査で陽性となる(確率通りの結果になると仮定)。1%の確率で間違えるのだから、残りの9万9900人の中からも999人が陽性との検査結果を受け取ることになる。

結局、約1100人が陽性となるが、本当に「がんに罹患している」人は約100人と、陽性と出た人の1割にも満たない。だから無駄とは言わないが、「99%の精度」は意外と大したことがない。

今回の記事では終盤で検査の問題点にも触れている。その部分も見ておこう。

【日経の記事】

ただし体液検査には課題もある。誤判定や、がんを見逃すリスクがなお残る。画像診断では見つからないほど早期のがんを発見した場合、これまで以上に多くの検査が必要になる恐れもある。

各社は当面、保険のきかない自由診療として検査サービスを提供する考え。保険がきく医療とどう組み合わせて活用するかは大きな課題だ。精度の向上に加え、早期発見が治療成績の向上や医療費の削減につながったのかというエビデンス(証拠)を蓄積することが欠かせない



◎それはその通りだが…

間違ったことは書いていない気がする。ただ「治療成績の向上」については慎重に評価する必要がある。「早期発見」が進むほど、がん全体での生存率は高まるはずだ。「早期」のがん患者は放置していても、「早期」でないがん患者よりも長生きする可能性が高いだろう。がん患者に占める「早期」の比率が高まれば、5年生存率といった数値も向上していくのが当然だ。それを単純に「治療成績の向上」とは評価できない。いわゆるリードタイム・バイアスの問題だ。

その辺りは筆者の大下淳一記者も分かっているかもしれないが、念のために注意喚起しておく。「エビデンス(証拠)」の評価には慎重であってほしい。それがメディアの役割でもある。


※今回取り上げた記事「ビジネスTODAY~尿・血液でがん発見、実用化 ヒロツバイオ、15種判定/東芝、来年にも精度99%
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200111&ng=DGKKZO54299940Q0A110C2TJC000


※記事の評価はC(平均的)。大下淳一記者への評価も暫定でCとする。

2020年1月10日金曜日

最低賃金引き上げ率「5%」の根拠を示さないデービッド・アトキンソン氏

デービッド・アトキンソン氏の最低賃金引き上げ論をこれまで何度も批判してきた。その最大の理由は引き上げ幅と期間が具体的でないことだ。10日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~生産性向上の痛みから逃げるな」という記事では「20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」と訴えており、多少は具体的になってきた。しかし主張に説得力があるとは言い難い。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
     ※写真と本文は無関係です

当該部分を見ていこう。

【日経の記事】

生産性の問題を考察すればするほど、進むべき道が見えてくる。経済学の大原則たる規模の経済をシンプルに考えるべきだ。企業が大きくなればなるほど、全体として生産性が上がる。女性の活躍も進む。最先端技術が普及する。輸出が増える。賃金が上がる。有給休暇も取れる。

人口が減る日本で企業の規模を拡大するには、合併・統合を進めることになる。取るべき対策は、合併・統合で企業のオーナーが得をする税制の確立である。さらに、合併・統合に消極的な経営者の背中を押すために、20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ

人口減少社会にあっては、人口増加時代にできた中小企業に対する考え方と政策は変えざるを得ない。358万社(19年中小企業白書)もある中小企業の全てが日本の宝であり、日本経済を支えているという、人々が好む神話はもう要らない。

今年こそ、生産性に大きく貢献する中堅企業、成長する中小企業やイノベーションを起こす中小企業に絞って徹底的に応援しよう。生産性向上に努めない企業の応援は直ちにやめるべきだ。町工場の人情話のようなエピソードをもてあそぶのでなく、エビデンス(実証)に基づいた議論が展開されることを祈りたい


◎「5%」が最適と言える「エビデンス」は?

20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」とアトキンソン氏は言うが、なぜ「5%」なのかは教えてくれない。「エビデンス(実証)に基づいた議論が展開されることを祈りたい」と思うのならば、「5%」が引き上げ幅として最適だと言える「エビデンス」を示してほしい。

東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」との考えに基づくと、一律「5%」の引き上げは好ましくないはずだ。そこをどうすべきかも書いていない。

人口が減る日本で企業の規模を拡大する」ことが必要と言うならば、「合併・統合で企業のオーナーが得をする税制の確立」で十分ではないか。強いムチが必要な場合は、規模拡大に消極的な企業に重税を課せば済む。「最低賃金」の引き上げという間接的な手法にこだわる理由もよく分からない。

やはり今回も「アトキンソン氏の最低賃金引き上げ論に耳を傾ける必要はない」と考えるべきだろう。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~生産性向上の痛みから逃げるな
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200110&ng=DGKKZO54217010Z00C20A1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。デービッド・アトキンソン氏への評価もDを据え置く。アトキンソン氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/d.html

改めて感じたアトキンソン氏「最低賃金引き上げ論」の苦しさ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_10.html

日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_11.html

相変わらず説明に無理があるデービッド・アトキンソン氏の記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_7.html

2020年1月9日木曜日

基本的な認識を誤った日経社説「米国とイランは中東を再び戦場にするな」

9日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「米国とイランは中東を再び戦場にするな」という社説は、筆者が基礎的な知識を持たずに書いているのではないか。「中東を再び戦場にするな」と訴えているのだから、直近の「中東」は「戦場」ではなかったとの認識なのだろう。
筑後川サイクリングロード(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

しかし8日付の記事で日経自身が「ロシアのプーチン大統領は7日、中東シリアの首都ダマスカスを電撃訪問し、アサド大統領と会談した。会談では内戦が続くシリアの復興に向けた成果を確認した」と報じている。

中東」に属する「シリア」で「内戦」が続いていることを社説の筆者は知らないのか。それとも「シリア」は「中東」ではないと勘違いしているのか。いずれにしても社説を任せるべき書き手とは思えない。

度重なる戦禍に見舞われてきた中東を、再び戦場にしてはならない」と書いた筆者に、社内の誰もツッコミを入れなかったのか。裸の王様化した論説委員がいるのならば、誰かが「王様は裸だ」と言ってあげてほしい。


※今回取り上げた社説「米国とイランは中東を再び戦場にするな
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200109&ng=DGKKZO54171830Y0A100C2EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2020年1月8日水曜日

相変わらず「創造的破壊」を描けていない日経「Disrupution 断絶の先に」

ディスラプション(創造的破壊)」をテーマに連載を続ければ必然的に苦しい内容になるので早期の打ち切りを--と求めてきたが、その気はないようだ。日本経済新聞朝刊ディスラプション面で「Disrupution 断絶の先に」の第10部が始まった。8日の「地球に生き続ける(1)争いなき世界 方程式が導く」という記事でも「ディスラプション(創造的破壊)」を描けているとは思えない。
のこのしまアイランドパークのコスモス
       ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ながらツッコミを入れてみたい。まずは冒頭の事例について考える。

【日経の記事】

サボテンが林立する米アリゾナ州の砂漠を抜けると、丘の上に近未来を感じさせる建物が現れた。かつて火星での自給自足を想定し、外部と遮断して科学者8人が暮らした実験施設「バイオスフィア2」だ。「ピラミッド型の構造物には、熱帯雨林の森や砂漠が広がっているんだ」。アリゾナ大学が引き継いだ施設で、ジョン・アダムス副所長が指を指す。東京ドームのグラウンドと同程度の広さに、人工の海や草地まである。まさに「ミニ地球」だ。現実の地球は分断が進み、ミニ地球で生きる試行錯誤は現代の問題解決にも通じる。

1991年から2年間にわたる実験は、施設に男女4人ずつの科学者がこもった。自ら作物を栽培し、ヤギや鶏を育てた。実験は、酸素濃度の急低下や食料不足に見舞われ、生態系が崩れた末に行き詰まった。「壮大な無駄だった」というのがこれまでの大方の見方だ

それから30年近くがたち、人類は地球という「密室」でかつての「失敗」をふたたび犯す危機にさらされている。覇権争いを繰り広げ、地球温暖化対策でも足並みが乱れる。バイオスフィア2とは「第2の生命圏」を意味する。火星移住を目指す過去の実験では問題が幾つもあったが、すべてにおいて人と人がどれだけ争いを減らし、協調できるかが試された。問われたのは、火星に移り住むことよりも、むしろ、この地球の環境、すなわち「バイオスフィア1」で集団生活するための心構えだ

米国と中国の経済摩擦、緊迫する中東情勢、日本と韓国のすれ違い……。1989年に東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」が崩れた後もあつれきが生じている。自らの利益や快適な暮らしを求めるのは自由だが、無自覚に他人に犠牲を強いていないだろうか。グローバル化で国家や企業、個人の利害が複雑にからみあい、みんなで協力し苦難を乗り越える方法論の研究はこれまでになく重要になっている。人間関係の本質に迫る実験は、かつてのミニ地球に代わり、進化を遂げたコンピューター上に舞台を移してより深化する。


◎肝心な話が…

バイオスフィア2」について「実験は、酸素濃度の急低下や食料不足に見舞われ、生態系が崩れた末に行き詰まった。『壮大な無駄だった』というのがこれまでの大方の見方」と筆者ら(猪俣里美記者と加藤宏志記者)は書いている。これは問題ない。

しかし、読み進めると「人と人がどれだけ争いを減らし、協調できるかが試された。問われたのは、火星に移り住むことよりも、むしろ、この地球の環境、すなわち『バイオスフィア1』で集団生活するための心構えだ」と出てくる。

「だったら最初の説明は何なの?」と聞きたくなる。「問題が幾つもあった」のだとしても、最大の「問題」が人間同士の「争い」だったのならば、そこを最初からしっかり説明すべきだ。

施設に男女4人ずつの科学者がこもった」結果、どんな「争い」が生じて「協調」が難しくなったのか記事には説明がない。今回の記事の趣旨からして、そこが最も重要なはずだ。何のために「米アリゾナ州」まで足を運んだのか。それこそ「壮大な無駄」ではないか。

次は「ディスラプション(創造的破壊)」に関する記述を見ていく。

【日経の記事】

人類は社会や政治を発達させて、争いを抑えるべきなのだろう。英科学誌「ネイチャー」によると、スペインの研究者が哺乳類1000種類以上について同種の争いが死を招く割合を調べたところ、哺乳類が平均0.3%だったのに対し、社会性や領土意識のある霊長類は2%と際立って高かった。進化で受け継いだ暴力性は、人知でしか制御できない。

「駆け引きは愛の世界でも起こりうる」。静岡大学の竹内勇剛教授は漫画などで見かける愛情表現の「ツンデレ」から、信頼関係を育むコツを読み解こうとしている。ふだんは素っ気なく、たまに優しくなるのがツンデレ。「ツンデレする側は、本当は『関係を築きたい』と思っている」。「ツン」と「デレ」の強さを数値で示すプログラム(方程式)をつくり、2人の信頼度を計算した。ツンのタイミングと頻度を変えながら、どこかでデレを強くすると一気に信頼度が上がった。ツンを続け、デレへの期待が極度に高まると関係が破綻する兆候が表れた。恋人同士の関係から国家のつばぜり合いまで、関係が崩壊する兆しや緊張緩和の機会を見極め、ためらわずに手を打つことの大切さを物語る。人と人の絆を深める法則探しは、人類最大のディスラプション(創造的破壊)への挑戦だ。成就した先に、争いのない世界が広がる

宇宙航空研究開発機構(JAXA)と資生堂は、密室の共同生活実験で、ストレスで顔がゆがむ現象を発見した。顔のパーツの角度などが表すゆがみ度は入室前の最大約3倍だった。資生堂の研究では、ストレスを受けた人の手からガス状物質が出て、他人に疲れや混乱が伝わった。「ある物質でストレスに伴う物質の匂いは隠れます」(資生堂の勝山雅子博士)。争いに科学で挑む動きは少しずつ広がっている。


◎「創造的破壊」と言える?

瞬間移動装置が実用化されて自動車メーカーや航空機メーカーが経営破綻し、新興の瞬間移動装置メーカーが新しい市場のリーダーになるといった話ならば「ディスラプション(創造的破壊)」と呼べるだろう。既存市場の「破壊」であり「創造的」でもあるからだ。

今回の場合はどうだろう。「人と人の絆を深める法則探しは、人類最大のディスラプション(創造的破壊)への挑戦だ。成就した先に、争いのない世界が広がる」と筆者らは訴える。

争いのない世界」を取りあえず「(軍事的な)争いのない世界」と仮定しよう。実現すれば悪くない話だ。しかし、そこに「破壊」は見えない。軍事的な「争い」がなくなり平和が訪れた時に「破壊」だと感じる人がいるのか。「戦争状態を破壊したんだ」といった主張もできなくはないが、かなり苦しい。

それに「人と人の絆を深める法則探し」が「成就」したとしても「争いのない世界が広がる」とは思えない。「『ツン』と『デレ』の強さを数値で示すプログラム(方程式)」を使って、どうすれば「争い」を避けられるかの「法則」が見つかったとしよう。そして、ものすごく賢いAIが常に適切な助言を与えてくれると仮定する。

その場合、各国の指導者はその助言に従うだろうか。「イランの司令官を殺害するとイランとの関係が決定的に悪化します」とAIが助言したら、米国のトランプ大統領は自制したのか。「米国への軍事的報復はイランの国益を損ないます」とAIが助言したら、イランの指導者はそれに従うのか。

争い」を避ける方が双方にとって国益が大きくなるとしても、だから「争い」を避けるとは限らない。感情的な問題があるからだ。「成就した先に、争いのない世界が広がる」と本気で筆者らは思っているのだろうか。

筆者らは記事を「争いに科学で挑む動きは少しずつ広がっている」と締めている。「成就した先に、争いのない世界が広がる」という話に比べると、かなり小さくなった感じはある。大したことのない話を大きく見せている自覚は筆者らにもあるのだろう。

ディスラプション(創造的破壊)」に絡めないと記事が成り立たないので、そこに関わる部分はどうしても大げさになる。結果として内容が苦しくなり説得力もなくなる。

この連載に関する結論は同じだ。「ディスラプション(創造的破壊)」をテーマにする限り、優れた記事にするのは極めて難しい。早期に打ち切るべきだ。



※今回取り上げた記事「Disrupution 断絶の先に 第10部~地球に生き続ける(1)争いなき世界 方程式が導く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200108&ng=DGKKZO53872460X21C19A2TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。猪俣里美記者と加藤宏志記者への評価はDで確定とする。両記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「余命がわかる」には程遠い日経「Disruption断絶の先に」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/disruption.html

2020年1月7日火曜日

「ROE神話」に説得力欠く日経1面連載「逆境の資本主義」

日本経済新聞朝刊の正月連載「逆境の資本主義」は全体として見れば悪くない。正月企画にありがちなエピソード至上主義ではないし、作り手の問題意識も伝わってくる。ただ、7日の「(6)揺らぐ企業のROE神話 その利益に大義はあるか」という記事は説得力に欠けた。

三井中央高校(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です
冒頭の事例から「ROE神話」の存在を読み取れるか見ていこう。

【日経の記事】

「目標としていた3億ドル(約330億円)を上回るコスト削減を達成しました」。設備の老朽化から大規模な山火事と大停電を繰り返した米カリフォルニア州の電力・ガス大手、PG&E。それなのに、2017年の年次報告書には誇らしげにこう書いてあった。

コスト削減の効果でROE(株主資本利益率)は17年に一時10%を超えた。だが、地球温暖化で森林地帯の乾燥が進むなか、電線の更新など安全維持に必要な投資を怠ったツケは巨額の損失となって跳ね返った。同社は損害賠償などで300億ドル超の債務を抱える可能性があるとして経営破綻し、再建途上にある。

「ROE神話」の暴走が根底にある。「株主のための利益追求」が資本主義における企業の責務だと米経済学者ミルトン・フリードマンは62年の著書「資本主義と自由」で主張した。この考えが米国などで広がり、株主のためにいかに稼いだかを示すROEが重視されるようになった。

ROEを高めるには研究開発や設備投資によって利益を増やしていくのが王道。だが、経営者はROEが下がれば株主からの退任圧力にさらされかねない。資金を自社株買いに回し、資本を減らしてROEを力ずくで押し上げるという危うい選択に走りがちだ。そうなれば、将来の成長や安全、環境保護への投資は後回しになり、従業員への還元もおろそかになる。


◎「ROE神話の暴走が根底にある」?

『ROE神話』の暴走が根底にある」と言い切っているが「PG&E」が「ROE神話」に縛られていたと取れる記述は見当たらない。

コスト削減」を「誇らしげに」語っただけならば「ROE」重視かどうかも微妙だ。「『ROE神話』の暴走が根底にある」と訴えるのならば、とにかく「ROE」さえ高めれば全てが上手く行くと「PG&E」が信じていたことを示さないと苦しい。

行き過ぎた「コスト削減」によって短期的に利益を大きく見せようとしたのならば「利益至上主義」の方がしっくり来る。「ROE神話」をテーマにするならば「資金を自社株買いに回し、資本を減らしてROEを力ずくで押し上げる」手法を選んで破滅した事例を持ってくるべきだ。

そこは取材班も分かっているとは思う。適当な事例が見つからなかったので「PG&E」の話を使ったのだろう。だが、それでは記事に説得力が出ない。そこが惜しい。


※今回取り上げた記事「逆境の資本主義(6)揺らぐ企業のROE神話~その利益に大義はあるか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200107&ng=DGKKZO53991670Q9A231C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月6日月曜日

2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」

2020年も日本経済新聞の大林尚上級論説委員は苦しい内容の記事を読者に届け続けるのだろう。6日の朝刊オピニオン面に載った「核心~選挙巧者のボリスノミクス」という記事を読むと、そう思わずにはいられない。
のこのしまアイランドパークのコスモス(福岡市)
           ※写真と本文は無関係です

今回のテーマは「ボリスノミクス」。「シンガポールのような割り切った規制と税制によって外資の呼び込みに弾みをつける。これを仮にボリス(※英国のボリス・ジョンソン首相)の経済政策『ボリスノミクス』と名づけよう」と切り出した大林上級論説委員は、以下のように話を進めている。


【日経の記事】

英国はビッグバン(金融大改革)の発祥国だ。その旗をふったサッチャーにならい、ITと金融サービスが融合したフィンテックを操るスタートアップを英政府が全力で後押しするのも、ボリスノミクスだ。チャレンジャー銀行と呼ばれる個人取引に特化したアプリ銀行は、その政府方針が生みだした。店を持たず、預金者は取引のすべてをスマートフォンのアプリですませる。英当局は矢継ぎ早に銀行免許をあたえている

そのひとつmonzo(モンゾ)の場合、口座を開くときの本人確認は運転免許証をスマホにかざせば2分とかからない。ほどなくデビットカードが届く。日常の支払い、送金、給与振り込みなどはアプリで完結する。友達との割り勘もさっとできる。

利用者のメリットは2点。まず、取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く。週末も支払いや送金が滞りなくすんだのが確認できる。使う側の安心と銀行側の信用を保つしかけだ。もうひとつは、手数料をほとんど取られない。英国外で支払いに使ったときの為替手数料はゼロだ。

ヘビーユーザーのある会計士は「モンゾは暮らしを変えた」と話す。確実、柔軟、安価の3拍子をそろえたチャレンジャー銀行は、既存行には大いなる脅威。「ただのプリペイドカード会社があっという間に銀行業を営むようになる。当局のフィンテック支援あればこそだ」。こう語るのは、口座をもてない低所得者に、手取り給料を小口化して決済サービスを提供するドレミング英国法人の吉房純輝・最高経営責任者だ。日本銀行出身の吉房氏は、当局の本気度が日本に乏しいのを知る。


◎「ボリスノミクス」と呼べる?

ボリス・ジョンソン首相が就任後に始めた経済政策を「ボリスノミクス」と呼ぶならば分かる。しかし、ずっと前から続いていてジョンソン首相も継承しているだけならば「ボリスノミクス」と称するのは無理がある。

大林上級論説委員は「フィンテックを操るスタートアップを英政府が全力で後押しするのも、ボリスノミクスだ」と言い切り「チャレンジャー銀行」の1つとして「monzo(モンゾ)」を紹介している。

他のメディアの記事を見ると「モンゾ」は2015年に創業したようだ。ジョンソン首相の就任は19年。「チャレンジャー銀行」に「英当局」が「矢継ぎ早に銀行免許をあたえている」とすれば、それはジョンソン首相が始めたこととは考えにくい。なのに「ボリスノミクス」と言えるのか。

それに、「ボリスノミクス」とは「シンガポールのような割り切った規制と税制によって外資の呼び込みに弾みをつける」ものだったはずだ。

チャレンジャー銀行」に関して、英国がどんな「割り切った規制と税制」を採用したのか大林上級論説委員は教えてくれない。「外資の呼び込み」に成功した話も出てこない。

モンゾは暮らしを変えた」という「ヘビーユーザーのある会計士」のコメントも説得力に欠ける。「利用者のメリットは2点」で、「まず、取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く」らしい。

百歩譲ってこれが便利なサービスだとしても「暮らしを変え」る力があるとは思えない。それに、店舗での「取引」でレシートなどの「明細」を「間髪をおかず」にもらえることは珍しくない。個人的には、「取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く」としても、そんなに便利だとは感じない。

手数料をほとんど取られない」のは助かるが、これも「暮らしを変え」る力があるか疑問だ。また、何を収益源にしているのか記事で説明していないのも感心しない。

記事の前半で行数稼ぎとも思えるフリを長々とする余裕があるのならば、この辺りはしっかり書き込んでほしかった。

それを大林上級論説委員に求めるのは酷なのかもしれないが…。


※今回取り上げた記事「核心~選挙巧者のボリスノミクス
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200106&ng=DGKKZO53929300X21C19A2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/100.html

株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html

日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html