2019年1月8日火曜日

失敗作と評価するしかない日経正月企画「新幸福論 Tech2050」

日本経済新聞朝刊1面の連載「新幸福論 Tech2050」がようやく終わった。8日の「(7)考える葦 未来の原点」に注文を付けながら、連載を総括したい。
唐津城(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係

まず最初の事例を見ていく。

【日経の記事】

インド生まれのタンメイ・バクシ君(15)。5歳でプログラミングを覚え、9歳でスマートフォン(スマホ)用アプリを開発。11歳のときに世界最年少で米IBMの人工知能(AI)ワトソンの開発に加わった。

この天才少年は学校に通わない。カナダの自宅を訪れると、地下に作った「研究室」で一人、黙々とプログラミングに取り組んでいた。学校の教育は「同じカリキュラムで生徒をひとくくりにしていると思う」。これでは才能があっても十分に伸ばせない。

AIに魅せられたバクシ君は、15歳にして新たな教育ツールの開発を進める。生徒がオンラインで学習を進めると、AIがそれぞれの生徒の学び方を分析。質問に最適な答えを出す。世界中で発表される最新の学術論文まで目配りして個別に必要な情報を選び、アップデートを続ける。目指すのはいわば徹底的に個人に最適化した「学校」だ。

動画配信サイト「ユーチューブ」のバクシ君のチャンネルには30万人近くが登録し、彼の講義に耳を傾ける。2050年までにAIの知が人間に追いつくという予測も飛び交う。学び方を変える必要性を感じる人たちが集まってくる



◎「個人に最適化」昔からあるような…

バクシ君」が開発する「教育ツール」が仮に「徹底的に個人に最適化した『学校』」だとしても、「個人に最適化した」ところに目新しさは感じない。家庭教師は「個人に最適化した」教育とも言えるし、日本では個別指導塾も珍しくない。

動画配信サイト『ユーチューブ』のバクシ君のチャンネルには30万人近くが登録し、彼の講義に耳を傾ける」のであれば、こちらの方が「同じカリキュラムで生徒をひとくくりにしている」感はある。

付け加えると「2050年までにAIの知が人間に追いつくという予測も飛び交う。学び方を変える必要性を感じる人たちが集まってくる」との記述も納得できなかった。

2050年」以降に「AIの知」が「人間」を超えるのならば、そもそも「プログラミング」などを学ぶ必要があるのかとの問題が生じてくる。AIに「プログラミング」してもらえば済む。なぜ「学び方を変える」ことで対応するのか謎だ。

「AIの知性で解決できない問題は残る。そこは人間の知性でしか解決できない」と言うのならば「AIの知が人間に追いつく」との説明に疑問が湧く。

さらに付け加えると、訳語なしに「アップデート」を使うのは感心しない。日経の読者には高齢者が多いことを考慮すべきだ。「余計な横文字は使わない。使わざるを得ない場合も丁寧な説明を心掛ける」と意識して記事を作ってほしい。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

人間の能力は技術の発展と反比例し衰えているとの見方がある。スマホなどの普及は、便利さの代償として考える力を奪うという懸念だ。自然人類学者で総合研究大学院大学の長谷川眞理子学長は「情報を自分の力で取捨選択する時間が減ってきた」と危惧する。



◎そんな傾向ある?

自然人類学者で総合研究大学院大学の長谷川眞理子学長は『情報を自分の力で取捨選択する時間が減ってきた』と危惧」しているらしい。取材班はそれを真に受けてしまったのか。
仮屋湾(佐賀県玄海町)※写真と本文は無関係です

自宅で動画を観たいと思った時、昭和の終わり頃の子供は「地上波のテレビでどのチャンネルを選ぶか」を考えれば済んだ。自分に選択権がない場合、「情報を自分の力で取捨選択」する術すらなかった。

今はテレビのチャンネル数が増えただけでなく、スマホで「ユーチューブ」を観るといった選択肢もある。無数の選択肢からどの動画を観るか選んでいるのが、今の子供だ。なのに「情報を自分の力で取捨選択する時間が減ってきた」と言えるのか。

次は記事の後半を一気に見ていく。

【日経の記事】

社会にAIの浸透が進み、学生が卒業後に入る職場も減っていく。「工業化社会に適した従来の人材作りは意味がなくなる」(立命館アジア太平洋大学の出口治明学長)。AIに新たな仕事を与えるような発想力がなければ、「人間は衰えていく」(出口氏)。

対策が必要だ。楽天の創業メンバーで元副社長の本城慎之介氏は新しい学校の立ち上げを準備する。20年4月の開校をめざす「軽井沢風越学園」(長野県軽井沢町)。3歳から15歳の子どもが同じ校舎で学ぶ。

伝統的な学年や時間割にこだわるつもりはない。理科の実験なら何時間目といった区切り方をせず、気が済むまでやらせる。本城氏は「AI時代に人間にしかできない役割を発見するには、人間特有の遊びや寄り道が欠かせない」と話す。

「人間は葦(あし)にすぎない。だが、考える葦である」。フランスの哲学者パスカルは「パンセ」の中で、人間の弱さを指摘した上で、考えることができるために尊厳があるとした。さらに「すべての人間は幸福を求める。これこそ人間のあらゆる行動の動機である」とも語った。

テクノロジーが人間に大きな力を与えるとき、人間の存在意義は何になるのか。答えは一つとは限らない。だが答えを求めて考え続ければ未来の幸せをつかむ手掛かりは見つかるはずだ



◎取って付けた「幸福論」が辛い…

今回の連載の最大の問題は「まともに幸福を論じていない」ことにある。最終回もそれは変わらない。記事の終盤で「すべての人間は幸福を求める」という「哲学者パスカル」の言葉を引用し「テクノロジーが人間に大きな力を与えるとき、人間の存在意義は何になるのか。答えは一つとは限らない。だが答えを求めて考え続ければ未来の幸せをつかむ手掛かりは見つかるはずだ」と連載を締めている。

個人に最適化した」教育の話の後で、取って付けたように「答えを求めて考え続ければ未来の幸せをつかむ手掛かりは見つかるはずだ」と言われても「なるほど」とは思えない。

新幸福論 Tech2050」というタイトルを付けるならば「技術革新によって幸福の概念が揺さぶられているんだな」と思える話が欲しい。最終回も「AIの発達に応じて教育はどう変わるべきか」という教育論にしかなっていない。解決策が「個人」への「最適化」だとすれば、それがどう「幸福」に影響するのかを論じるべきだ。

答えを求めて考え続ければ未来の幸せをつかむ手掛かりは見つかるはずだ」との意見に異論はない。だが、そんなことは改めて教えてもらわなくても分かる。取材班が「新幸福論 Tech2050」をテーマに取材を続けて最後に導き出した結論が「考え続ければ何とかなるよ」的なものならば、連載は失敗作だったと評価するしかない。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050(7)考える葦 未来の原点
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190108&ng=DGKKZO39583690Q8A231C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載全体の評価もDとする。今回の連載に関しては「渡辺康仁、前村聡、西岡貴司、上阪欣史、鈴木輝良、堀田隆文、新井重徳、生川暁、加藤宏志、川上尚志、栗本優、小園雅之、佐藤亜美、佐藤初姫、佐藤浩実、高尾泰朗、舘野真治、深尾幸生、丸山大介、宮住達朗、村越康二、八木悠介、兼松雄一郎、細川倫太郎、強矢さつきが担当します」と出ていた。「渡辺康仁」氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「産業革命」の説明に矛盾あり 日経正月企画「新幸福論Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050.html

「空飛ぶクルマ」で「痛勤一変」? 日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_4.html

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech20504.html

「ブロックチェーンで銀行口座」の説明が苦しい日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_6.html


※渡辺氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_22.html

2019年1月7日月曜日

理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」

日本経済新聞の水野裕司編集委員が7日の朝刊企業面に書いた「経営の視点~人手不足に近づく限界 今こそ『学歴不問論』」という記事は理屈が合っていない。
呼子大橋(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係


記事中で「15~64歳の女性の就業率は既に70%を超え、主要先進国に遜色ない。日本総合研究所は女性とシニアの潜在労働力を足元の就業者数の6%程度とみており、これらの就労が進んでも『22年ごろには労働供給が限界に来る』と予測する」と記した上で「これまで光を当ててこなかった人材の活用余地も大きい。たとえば高卒者だ」と水野編集委員は訴える。

本当に「高卒者」は「人材の活用余地も大きい」と言えるだろうか。日経は2018年5月19日付の「99.7% 都内の高卒就職内定率、好調」という記事で以下のように報じている。

【日経の記事(2018年5月19日)】

高卒者の就職が好調だ。東京労働局によると、2018年3月末に東京都内の高校を卒業した人の就職内定率は99.7%(3月末時点)だった。比較可能な1994年以降で最高。都内の新規高卒者約11万人のうち、就職希望者は6%にすぎない。人手不足が深刻になるなか、大卒者の採用が難しい中小企業は現代の「金の卵」に熱視線を送っている。

東京だけが突出して高いわけではなく、福井県など100%の地域もある。全国平均も99.3%で過去最高となった。都内には大学が多くあり、進学する生徒が多数派。「なんとなく就職、という選択肢があまりない」(同局職業安定課)ことから、就職を選んだ高卒者の働く意欲は高いという。小さなパイに多くの中小企業の求人が集中し、引く手あまたの状況だ。



◎既に「光」が当たっているような…

働く能力も意欲もあるのに就職できない「高卒者」が毎年何万人も生まれているのならば「これまで光を当ててこなかった人材の活用余地も大きい。たとえば高卒者だ」と書くのも分かる。しかし「全国平均」の「就職内定率」が「2018年3月末」で「99.3%」と「過去最高」になっているのならば、「高卒者」の「活用余地」は非常に小さい。

小さなパイに多くの中小企業の求人が集中し、引く手あまたの状況」下で、企業がいくら「学歴不問」にして「高卒者」の採用に意欲を見せても、日本全体の「人手不足」は解消しそうもない。「女性とシニア」の活用が限界に近付いてきたから、次は「高卒者」でと水野編集委員は考えているようだが、「高卒者」の雇用情勢を誤解しているのではないか。

水野編集委員が「高卒者」に触れた部分を見ておこう。

【日経の記事】

同時に、これまで光を当ててこなかった人材の活用余地も大きい。たとえば高卒者だ。うどん店「丸亀製麺」などを運営するトリドールホールディングスは高卒、大卒の区別なく昇進できる仕組みにした。16~18年に約200人の高卒者を採用。複数の店長を兼務する高卒社員が既にいる。

18年春に高校を卒業し就職した人は18万6千人で、これは大卒就職者の4割強の規模。「学歴を問わず、期待をしっかり伝えれば、高卒者は貴重な戦力になる」(リクルートワークス研究所の古屋星斗研究員)。ベンチャー企業ではデータサイエンティストの高卒社員も登場している。

日立製作所は19年4月、教育研修を担うグループ企業を統合し、人工知能(AI)など最先端ITを操る人材を養成する新会社を設立する。国内外30万人の社員をデジタル武装させる。100年余りの歴史がある社員教育の刷新となる。

世界経済の先行きは混沌としている。変化に対応できないときのリスクは大きい。従来のやり方にとらわれない一手が求められる。



◎漂う「偏見」の香り

上記のくだりでは「高卒者」に対する「偏見」が透けて見える気がする。
グラバー通り(長崎市)※写真と本文は無関係

まず「学歴を問わず、期待をしっかり伝えれば、高卒者は貴重な戦力になる」という「リクルートワークス研究所の古屋星斗研究員」のコメントが引っかかる。「高卒者」が「貴重な戦力になる」のは、あくまで「学歴を問わず、期待をしっかり伝え」るという条件付きなのか。

「総合職は大卒が条件。高卒採用は一般職のみ」と告知して「高卒者」を採用した場合でも「貴重な戦力になる」人はいくらもいると思えるが…。

ついでに言うと「日立製作所」の事例は何のために入れたのか謎だ。流れとしては「日立製作所」も「高卒者」の活用に乗り出したといった話になるはずだ。しかし「人工知能(AI)など最先端ITを操る人材を養成する新会社を設立する。国内外30万人の社員をデジタル武装させる」などと書いているだけで、「高卒者」との関連は見えない。「学歴不問論」から外れてしまっている。

最後に、日経が「学歴不問論」を唱える矛盾にも触れておきたい。

日経の定期採用の募集要項では「応募資格」を「①日本の四年制大学・大学院を2020年3月までに卒業・修了見込みまたは既卒の方②海外の大学・大学院に在籍している方(交換留学は除く)は日本の四年制大学・大学院と同等の学位で、2020年3月までに卒業・修了見込みまたは既卒の方」としている。「高卒ではダメ」と言うことだ。

日経社員の採用に関して水野編集委員の権限が及ばないのは分かる。しかし「日経が学歴不問論を唱える矛盾」は意識して記事を書いてほしい。例えば「記者採用で大卒以上の学歴を求めている日経に『学歴不問論』を唱える資格はあるのかとの批判を覚悟の上で~」といった記述があれば、印象はかなり変わってくる。


※今回取り上げた記事「経営の視点~人手不足に近づく限界 今こそ『学歴不問論』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190107&ng=DGKKZO39628190U9A100C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司編集委員への評価もDを据え置く。水野編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html

2019年1月6日日曜日

「ブロックチェーンで銀行口座」の説明が苦しい日経「新幸福論 Tech2050」

日本経済新聞朝刊1面の連載「新幸福論 Tech2050」がさらに苦しくなってきた。6日の「(5)『国境』決めるのは自分」という記事も、まともな説明になっていない。最初に出てくる「少数民族ロヒンギャ」の事例から見ていこう。
名護屋城跡(佐賀県唐津市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「国家に支配されないコミュニティをテクノロジーの力で作る」。マレーシアの首都クアラルンプール。起業家のムハンマド・ヌール氏の口調に熱がこもる。

 ヌール氏は少数民族ロヒンギャの出身。ロヒンギャはミャンマーで迫害され、マレーシアやバングラデシュに逃れた難民は100万人規模とされる。1982年にミャンマーの国籍を失い、自分自身を証明するすべを持たない。「銀行の口座を開けず、学校にも行けない」と語る同氏はこう続ける。「この状況を打破できる技術が現れた。ブロックチェーンだ」

仮想通貨の基盤技術であるブロックチェーンは参加者が互いに承認する仕組み。日本の戸籍など国による証明に代わって、IDで個人を特定する。国家が介在しない生活圏がサイバー空間に生まれ、銀行口座を開いて働けるようになる。「人々が経済的に自立できる」とヌール氏は話す。



◎なぜ銀行口座が開ける?

そもそも「自分自身を証明するすべを持たない」状況に陥った「少数民族ロヒンギャ」の難民が「ブロックチェーン」によって「銀行の口座」を開ける仕組みがよく分からない。

少なくとも日本では「『ブロックチェーン』の技術を使って『IDで個人を特定』できます。パスポートなどの身分証明書は持っていないし、国籍も失っています。それでも口座を開設したいのですが…」と銀行の窓口で相談しても「開設は無理です」と言われるはずだ。マレーシアではできると言うのならば、日本との制度の違いは説明すべきだ。

さらに言えば「ブロックチェーン」を使えば「IDで個人を特定」できるという説明も理解に苦しむ。例えば「ロヒンギャ」の難民であるA氏が「ブロックチェーン」の力を借りて口座を作るとしよう。A氏はこれを機に「B」という名前で活動したいと考えている。

A氏が「私の名前はBです」と虚偽の申告をした場合、「ブロックチェーン」の技術を用いると「この人物の本名はBではなくAです」と教えてくれるのだろうか。「ブロックチェーン」に詳しくないので断定はできないが、考えにくい気はする。

判別ができないのならば、偽名での銀行口座開設が可能になるので問題が多い。判別可能ならば、どういう仕組みなのかが知りたい。

国家が介在しない生活圏がサイバー空間に生まれ、銀行口座を開いて働けるようになる」という説明も謎だ。「銀行口座」を開くのならば「国家が介在しない」とは言えない。日本ならば預金金利に課税される。資産凍結の対象になる可能性もゼロではない。

働けるようになる」のであれば、所得税も取られそうだ。なぜ「国家が介在しない生活圏」と言えるのか説明が欲しい。どこの国の規制も受けない「サイバー空間」限定の銀行に口座を開いて「サイバー空間」で働くとの趣旨なのか。記事からは判断が難しい。

次の事例も問題なしとしない。

【日経の記事】

「国家は丸ごとデジタル化できる」。ヌール氏と相似形の未来を見据える人物がスイスにいる。起業家ダニエル・ガシュタイガー氏は母国の全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる事業を進める。投票から税の申告、省庁への問い合わせまで、スイスという国が手のひらに収まる



◎無理な話では?

全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる」のは無理だと思える。例えば、税金滞納者の保有する高級外車を差し押さえる「行政手続き」を実行する場合、どうやって「スマートフォンで済ませる」のか。
平和祈念像(長崎市)※写真と本文は無関係です

百歩譲って「全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる」ことができるとして、それで「スイスという国が手のひらに収まる」と考えるのも理解できない。この表現を用いるのならば、「スイス」全体を所有または支配している状況が欲しい。

ついでに記事の終盤も見ておく。

【日経の記事】

国家とは何か。「万国に共通する絶対的な善、正義を備える」。古代ギリシャの哲学者プラトンは理想の国家像についてこう説いた。だが人類はいまだその理想を実現していない。それどころか21世紀初頭の今、国境をひたすら固める自国第一主義や新たな覇権国家出現の可能性を人類は目にしている。

「共通の利害を持った人々が集まるサイバー共同体は、未来の世界で大きな役割を果たすだろう」。国際基督教大学の岩井克人特別招聘教授は語る。国境を決めるのは自分自身――。距離が消える究極のグローバル化の先に、人類はまったく新しい社会を切り開く。


◎「新幸福論」はどうなった?

今回は結局「国家論」になってしまった。「新幸福論」を展開する気はないのか。だったら最初から別のタイトルでやってほしかった。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050(5)『国境』決めるのは自分
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190106&ng=DGKKZO39585160Q8A231C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載全体の評価もDとする。今回の連載に関しては「渡辺康仁、前村聡、西岡貴司、上阪欣史、鈴木輝良、堀田隆文、新井重徳、生川暁、加藤宏志、川上尚志、栗本優、小園雅之、佐藤亜美、佐藤初姫、佐藤浩実、高尾泰朗、舘野真治、深尾幸生、丸山大介、宮住達朗、村越康二、八木悠介、兼松雄一郎、細川倫太郎、強矢さつきが担当します」と出ていた。「渡辺康仁」氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「産業革命」の説明に矛盾あり 日経正月企画「新幸福論Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050.html

「空飛ぶクルマ」で「痛勤一変」? 日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_4.html

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech20504.html

失敗作と評価するしかない日経正月企画「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_8.html


※渡辺氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_22.html

2019年1月5日土曜日

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」

5日の日本経済新聞朝刊1面に載った「新幸福論 Tech2050(4)資源制約からの解放」という記事の内容は苦しかった。4回目ともなるとネタも尽きてきたのか強引な説明が目立つ。記事の終盤を見ながら問題点を指摘したい。
田島神社(佐賀県唐津市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

現代に入っても穀物メジャーや産油国と手を結ぶ石油メジャーといった勢力が富を蓄積。今も関税や地域紛争など様々な形で資源を巡る攻防が続く。世界経済の勝者は資源を持つ者だ


◎日本は敗者?

世界経済の勝者は資源を持つ者だ」とすれば、日本が「勝者」になれる可能性はほぼない。原油生産はわずかで食料自給率も低い。しかしGDPでは世界2位の座を長く維持し、今でも3位だ。「世界経済の勝者は資源を持つ者だ」とは言い切れないことを日本は証明しているのではないか。

シンガポールも同じだ。シンガポールは「世界経済の勝者」ではないのか。それとも「資源を持つ者」なのか。個人的には、「資源」は乏しいのに「世界経済の勝者」になった国だと思えるが…。

ついでに言うと「穀物メジャーや産油国と手を結ぶ石油メジャーといった勢力が富を蓄積」という書き方は上手くない。「『穀物メジャーや産油国』と手を結ぶ石油メジャー」と理解しそうになる。「穀物メジャーや」の後に読点を打つべきだ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

食やエネルギーを誰もが作れる時代が到来すればどうなるか。京都大学の広井良典教授は「勢力図が変わるゲームチェンジが起こりうる」とみる。

その兆しはある。地中海の小国、マルタ共和国は仮想通貨の取引量で世界トップ級に躍り出た。規制緩和で先駆ける同国に世界中の事業者が注目する。

人口は約40万人で天然資源に乏しく、穀物自給率も1割ほど。だが「小国」であることは不利にならない。むしろ大国より既存産業の利害を気にせず動ける身軽さが武器になる。


◎説明になってる?

マルタ」の話は説明として成立していない。「食やエネルギーを誰もが作れる」ようになることとの関連が見えないからだ。

伐株山園地(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係です
むしろ「食やエネルギーを誰もが作れる時代が到来」しなくても「小国」による「ゲームチェンジが起こりうる」事例になっている。

最後の段落も見ておこう。

【日経の記事】

技術の進化は「持つ国」と「持たざる国」の境界線を崩し、持たざる国に逆襲の機会をもたらす。食とエネルギーの充足が平等になったとき、豊かさを生む力は社会や生活の可能性を広げる知のあり方に移る。



◎「幸福論」になってる?

初回から気になっていたのだが、4回目まで読んで懸念は確信に変わった。「新幸福論」というタイトルなのに連載の担当者らは「幸福論」をしっかり展開する気はなさそうだ。

今回も「食とエネルギーの充足が平等になったとき、豊かさを生む力は社会や生活の可能性を広げる知のあり方に移る」と記事を締めているが、「幸福とは何か」を論じているわけではない。今回の連載は「新未来論」とでもした方が内容と合っている。

なぜ企画段階で「新幸福論」としたのか謎だ。このタイトルを選んだ以上は、毎回しっかりと「幸福」を論じてほしい。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050(4)資源制約からの解放
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190105&ng=DGKKZO39583170Q8A231C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年1月4日金曜日

「空飛ぶクルマ」で「痛勤一変」? 日経「新幸福論 Tech2050」

空飛ぶクルマ」という言葉には、未来を劇的に変えてくれると信じさせる何かがあるのだろう。これをテーマにした記事の多くが、説得力に欠ける中身になってしまう。4日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「新幸福論 Tech2050~空飛ぶクルマ 3次元移動、痛勤一変」もそうだ。
玄海エネルギーパークの観賞用温室(佐賀県玄海町)
          ※写真と本文は無関係です

空飛ぶクルマ」が「痛勤一変」をもたらすと筆者は本気で信じているのだろうか。記事の全文を見た上でツッコミを入れていきたい。

【日経の記事】

勤勉なビジネスパーソンを悩ませる朝の通勤ラッシュ。この現代社会の問題をテクノロジーが解決してくれる日が近づいている。カギを握るのは「空飛ぶクルマ」がもたらす日々の移動の3次元化だ

「トーキョーでも満員電車に乗る機会は減るだろう」。2015年設立のスタートアップ、ヴィマナ・グローバル(リヒテンシュタイン)。イブゲニ・ボリソフ最高経営責任者(CEO)は実証実験の現状を説明しながら予告する。

ヴィマナが開発中の空飛ぶクルマは標準タイプで4人乗り。8つのプロペラを備え、垂直に離着陸するため滑走路がない場所でも使える。パイロットは不要で、自動システムが他の機体と通信しながら衝突を回避する。試作機で飛行試験を進めており、20年以降に量産に乗り出すという。

現代の大都市では朝夕は自動車が渋滞を引き起こし、電車は通勤・通学客であふれかえる。「モビリティー(移動手段)が2次元から3次元に移行するのは必然だ」。ボリソフCEOは、地上のインフラが飽和した先に普及するのは、空を含めた3次元空間の移動だとみる。

米ボーイングや欧州エアバスから、ライドシェアの米ウーバーテクノロジーズ、中国のイーハンまで空飛ぶクルマの実現を目指す企業は多い。50年ごろには、見上げた空に多数のクルマが行き交っている光景が現実になっている可能性はある。

無人運転の空飛ぶクルマがオフィスまで連れて行ってくれるなら、通勤時間は大幅に短縮されそうだ。いま都内で働く人の平均通勤時間は40分ほど。この時間でオンライン学習をするか、映画を見るか。自己研さんに生かせるかでライバルと差が付く。「痛勤」から解放されても、新たな悩みが出てくるかもしれない。

◇   ◇   ◇

気になった点を列挙してみる。

(1)「空飛ぶクルマ」と言える?

そもそも「ヴィマナが開発中」の製品は「空飛ぶクルマ」と言えるのか。記事に付けた写真を見ると車輪は確認できないし、車幅が広すぎて公道を走れないように見える。

垂直に離着陸するため滑走路がない場所でも使える」のはヘリコプターでも同じだ。「パイロットは不要で、自動システムが他の機体と通信しながら衝突を回避する」のだとしても「空飛ぶクルマ」より「自動運転のヘリコプター」に近い。

空飛ぶクルマ」に明確な定義はないのだろうが、個人的には「公道で離発着できて公道を走れるクルマ」でないと苦しい気がする。


(2)「通勤時間は大幅に短縮」できる?

無人運転の空飛ぶクルマがオフィスまで連れて行ってくれるなら、通勤時間は大幅に短縮されそうだ」と筆者は言う。本当にそう信じているのか。
早稲田アリーナ(東京都新宿区)※写真と本文は無関係です

50年ごろには、見上げた空に多数のクルマが行き交っている光景が現実になっている」としよう。日経の本社がある東京・大手町周辺も「空飛ぶクルマ」だらけだ。それで「通勤時間は大幅に短縮」できるのか。

空飛ぶクルマ」が「プロペラを備え、垂直に離着陸する」としたら、巻き起こす風の問題があるので都心での「離着陸」はビルの屋上がほとんどになるだろう。仮に数百人の社員が「空飛ぶクルマ」で通勤するだけでも朝の屋上は混雑しそうだ。

そもそも数百台の「空飛ぶクルマ」をどこに収容するのかという問題も生じる。自動車での通勤さえ社員に認めていない都心の会社で「空飛ぶクルマ」での通勤ができるのか。

そう考えると「『空飛ぶクルマ』を使うより電車通勤の方が早いし確実。離発着のスペースもないし…」といった話になりそうだ。

なのに、なぜか「勤勉なビジネスパーソンを悩ませる朝の通勤ラッシュ。この現代社会の問題をテクノロジーが解決してくれる日が近づいている」と筆者は言い切ってしまう。これが「空飛ぶクルマ」という言葉の持つ力なのか。


(3)結局、今と同じでは?

いま都内で働く人の平均通勤時間は40分ほど。この時間でオンライン学習をするか、映画を見るか。自己研さんに生かせるかでライバルと差が付く。『痛勤』から解放されても、新たな悩みが出てくるかもしれない」と記事の最後に出てくる。

これは今も同じではないか。電車通勤を前提に考えれば、今でも「この時間でオンライン学習をするか、映画を見るか。自己研さんに生かせるかでライバルと差が付く」。自分では運転しないのだから、自動運転の「空飛ぶクルマ」でも電車通勤でも、乗っている間に「オンライン学習」はできる。

百歩譲って「空飛ぶクルマ」で通勤時間が短縮できるとしても、大きな変化はない。自宅でも電車内でも「オンライン学習」は可能だ。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050~空飛ぶクルマ 3次元移動、痛勤一変
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190104&ng=DGKKZO39583310Q8A231C1TJC000

※記事の評価はD(問題あり)。連載全体の評価もDとする。今回の連載に関しては「渡辺康仁、前村聡、西岡貴司、上阪欣史、鈴木輝良、堀田隆文、新井重徳、生川暁、加藤宏志、川上尚志、栗本優、小園雅之、佐藤亜美、佐藤初姫、佐藤浩実、高尾泰朗、舘野真治、深尾幸生、丸山大介、宮住達朗、村越康二、八木悠介、兼松雄一郎、細川倫太郎、強矢さつきが担当します」と出ていた。「渡辺康仁」氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「産業革命」の説明に矛盾あり 日経正月企画「新幸福論Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050.html

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech20504.html

「ブロックチェーンで銀行口座」の説明が苦しい日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_6.html

失敗作と評価するしかない日経正月企画「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_8.html


※渡辺氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_22.html

2019年1月3日木曜日

「紀元前5000年ごろ」の文献にワインが登場と週刊ダイヤモンドは言うが…

ワインが初めて文献に登場するのはいつか。週刊ダイヤモンドによると「紀元前5000年ごろ」らしい。一方、サントリーは「紀元前2000年頃」としている。どちらが正しいのか答えは見えている気もするが、週刊ダイヤモンドには以下の内容で問い合わせを送った。
仮屋湾(佐賀県玄海町)※写真と本文は無関係です

ちなみに問題の記事は「『教養としてのワイン』の著者、渡辺順子氏に、(ビジネスパーソンが)最低限身に付けるべき教養を聞いた」ものだ。なので渡辺氏の認識が間違っている可能性もかなりある。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

渡辺順子様 週刊ダイヤモンド 重石岳史様 小栗正嗣様 前田剛様 相馬留美様

1月12日号の特集「変わります! ニッポンの『酒』」に出てくる「ビジネスパーソンが身に付けるべきワインの教養」という記事についてお尋ねします。「教養1-ワインの歴史と宗教」では「紀元前5000年ごろ メソポタミア文明の文献にワイン醸造が登場」となっています。

一方、サントリーのホームページでは「ワインの歴史」について「ワインが初めて文献に登場したのが、紀元前2000年頃」と説明した上で以下のよう記しています。

最古の文献"ギルガメッシュ叙事詩" 紀元前2000年頃に成立したメソポタミアの英雄詩"ギルガメッシュ叙事詩"の中に『ウトナピシュティム(旧約聖書のノア)は 船大工たちに牛や羊を殺して与え、葡萄ジュース、(赤葡萄)酒、油、白葡萄酒を飲ませて、方舟をつくらせた』旨の記述があります

サントリーの説明が正しければ「メソポタミア文明の文献にワイン醸造が登場」するのは「紀元前5000年ごろ」ではなく「紀元前2000年頃」です。

世界大百科事典によると「シュメール系楔形文字の最古資料はメソポタミア南部の遺跡ウルクの第IV層で発見された絵文字に近い古拙文字で、前3100年ころに比定されている」そうです。文字の始まりがこの頃と言われているので「紀元前5000年ごろ」に「メソポタミア文明の文献」はなかったか、あってもまだ発見されていないはずです。

紀元前5000年ごろ メソポタミア文明の文献にワイン醸造が登場」という記事の説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、どの「文献」に「ワイン醸造が登場」するのか教えてください。「ビジネスパーソンが身に付けるべきワインの教養」と見出しでも打ち出しているのですから、「ビジネスパーソン」が間違った「教養」を身に付けないためにも、誤りがあればきちんと訂正すべきです。

御誌が読者からの間違い指摘を無視し続けた平成の世も間もなく終わります。新たな時代へと踏み出す前に、これまでの悪習を断ち切ってみませんか。日本を代表する経済メディアとして間違い指摘にどう対応すべきなのか。新年を迎えたのを機に、改めて考えてみてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。次号での訂正もなかった。

※今回取り上げた記事「ビジネスパーソンが身に付けるべきワインの教養
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/25516

※記事の評価はD(問題あり)。

2019年1月2日水曜日

「産業革命」の説明に矛盾あり 日経正月企画「新幸福論Tech2050」

日本経済新聞朝刊の正月1面企画「新幸福論 Tech2050」の関連記事として1日の特集面に載せた「第5の革新 飛躍に点火 『頭脳資本主義』が価値を生む」は問題が多かった。まず、記事の説明と図に矛盾が目立つ。

今回の連載に関しては「渡辺康仁、前村聡、西岡貴司、上阪欣史、鈴木輝良、堀田隆文、新井重徳、生川暁、加藤宏志、川上尚志、栗本優、小園雅之、佐藤亜美、佐藤初姫、佐藤浩実、高尾泰朗、舘野真治、深尾幸生、丸山大介、宮住達朗、村越康二、八木悠介、兼松雄一郎、細川倫太郎、強矢さつきが担当します」と出ていた。記事に問題がないか全員でじっくり考えてほしい。
浜離宮恩賜庭園(東京都中央区)※写真と本文は無関係

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

1日の日本経済新聞朝刊特集面に載った「新幸福論 Tech2050第5の革新 飛躍に点火 『頭脳資本主義』が価値を生む」という記事についてお尋ねします。質問は以下の4つです。

<質問1> 第1次産業革命について

記事では「18世紀後半には蒸気機関の発明で力強い動力を獲得して第1次産業革命が起き、19世紀には石油と電気などのエネルギーが第2次産業革命をもたらした」と説明しています。しかし、記事に付けた図を見ると「2 第1次~第2次産業革命」は「800年 火薬」から始まっています。こちらを信じれば「第1次産業革命が起き」たのは「18世紀後半」ではなく「800年」頃です。

どちらかの説明が間違っているのではありませんか。いずれも正しいとすれば、どう解釈すればよいのでしょうか。

<質問2> 第3次産業革命について

記事では「20世紀中ごろからのコンピューターの導入で人の限界を超えた演算が可能となり、最新の技術が数年単位で入れ替わる第3次産業革命を迎える」と説明しています。これを信じれば「第3次産業革命」が起きたのは「20世紀」に入ってからです。

しかし図では「3 第3次産業革命」が「1450年 活版印刷」で始まっています。「第1次産業革命」と同じパターンの矛盾です。これも、どちらかの説明が誤りではありませんか。いずれも正しいとすれば、どう解釈すればよいのでしょうか。

<質問3> 「技術革新の速度」について

記事には「文字が生まれて情報が広がるようになると、技術革新の速度は数十年単位となった」との記述があります。文字の歴史は5000年以上あるようなので、5000年前には「技術革新の速度は数十年単位」となっていたはずです。本当に「技術革新」が何千年も前から「数十年単位」で起きていたのですか。少なくとも図では「1万年前 農耕牧畜文化」から「800年 火薬」まで「技術革新」が見当たりません。

<質問4> 「装置で限界を超える」について

図には「2030年ごろ 装置を使い人の能力の限界を超える」との説明文があります。「生身の人間では不可能なことも装置を使えば可能になるのが2030年頃」と言いたいのでしょう。

しかし、ずっと前から実現しているのではありませんか。例えばマラソンに関して「人の能力の限界」が約2時間だとしましょう。バイクや車を使えば、多くの人が42キロメートルを1時間もかけずに走れます。これは「装置を使い人の能力の限界を超える」例ではないのですか。

コンピューターで膨大な量の計算をしたり、酸素ボンベを用いて長く海に潜ったりするのも同様です。「2030年ごろ」まではどんな「装置」を使っても「人の能力の限界を超え」られないと考えるべき理由があるでしょうか。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050第5の革新 飛躍に点火 『頭脳資本主義』が価値を生む
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190101&ng=DGKKZO39594270R31C18A2M10700


※記事の評価はD(問題あり)。連載全体の評価もDとする。「渡辺康仁」氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「空飛ぶクルマ」で「痛勤一変」? 日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_4.html

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech20504.html

「ブロックチェーンで銀行口座」の説明が苦しい日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_6.html

失敗作と評価するしかない日経正月企画「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_8.html


※渡辺氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_22.html