2021年9月9日木曜日

明らかな減少でも「高止まり」と書いてしまう日本経済新聞の拙さ

日本経済新聞は「高止まり」の使い方が上手くない。「高止まり」とは「相場や価格などが高値のままで下がらない状態をいう」(デジタル大辞泉)のだから「高値」と「下がらない」の2つが必要条件となる。しかし多くの記者は「下がったけれど高水準」という意味で使っている気がする。

夕暮れ時の筑後川

具体例を2つ挙げる。まずは7日の朝刊国際面に載った「タイ、観光再開を拡大~ 感染高止まり 経済と両立図る」という記事。「ワクチン接種が遅れるなか新規感染者数は高止まりしており」と書いているが、その後で「タイの1日当たりの新規感染者数は足元で1万4000人前後となり、連日2万人を超えていた8月中旬に比べて減少傾向にある」とも説明している。

減少傾向」ならば「下がらない状態」には当てはまらない。「新規感染者数は高い水準を維持しており」などとすれば問題は解消する。

次は9日朝刊総合2面に載った「総裁選が揺らす派閥政治 政策の求心力問う~資金など恩恵薄れ、縛りきかず」という記事を見ていく。そこでは以下のように記している。

派閥に入らない議員は89年には3%しかいなかった。2009年からの野党暮らしで36%まで増えた。12年末に政権復帰して派閥が盛り返したとはいえ、無派閥の割合は今も高止まりする

ちなみにこれは最終版(14版)。13版では「21年も無派閥の割合は17%程度と高止まりする」となっている。「無派閥の割合」が半減しているのに「高止まり」はどう見ても苦しいと思ったのか最終版では直近の数字を外している。

記事に付けた「自民党内の無派閥議員の割合」というグラフを見ても、明らかに「高止まり」ではない。「高値」と「下がらない」の2つが必要条件だと最初に書いたが、「無派閥の割合」に関しては条件を2つとも満たしていない。

この場合は「21年も無派閥の割合は17%程度と無視できない存在だ」などとすれば良いのではないか。

高止まり」を使うときには2つの必要条件を満たしているか必ず考えるべきだ。記者だけでなくデスクも肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事

タイ、観光再開を拡大~ 感染高止まり 経済と両立図る」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210907&ng=DGKKZO75505670W1A900C2FF8000

総裁選が揺らす派閥政治 政策の求心力問う~資金など恩恵薄れ、縛りきかず」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210909&ng=DGKKZO75587880Z00C21A9EA2000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)

2021年9月8日水曜日

「米『お節介外交』は終わるのか」に答えを出さない日経 大石格上級論説委員

日本経済新聞の大石格上級論説委員が書く記事はやはり出来が良くない。今回は、8日の朝刊オピニオン面に載った「中外時評~米『お節介外交』は終わるのか」という記事を材料に問題点を見ていこう。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】  

かつては孤立外交を標榜していた米国だが、20世紀に入ると2回の世界大戦やベトナム戦争などの局面で、常に介入を選択してきた。よくいえば世界の警察官であり、悪くいえばお節介外交である。


◎20世紀は「常に介入」?

これを読むと「20世紀」の米国は「常に(軍事)介入を選択してきた」と理解したくなる。例えば中越戦争(1979年)やチェチェン紛争(1994年~)に米国は「介入」したのか。

見出しにもなっている「お節介外交」の定義は明らかにはなっていないが、文脈から判断して「軍事介入」を指すとの前提で話を進めていきたい。

さらに記事を見ていこう。

【日経の記事】

アフガンとイラクで手いっぱいになった米国は以降、国際紛争への介入に消極的になった。新たな戦争を起こさないと公約して当選したオバマ大統領は、14年にロシアがクリミアを併合したときでも言葉で非難しただけだった。


◎「国際紛争への介入に消極的」?

米国が「国際紛争への介入に消極的になった」時期についても書き方が微妙だが、イラク戦争が始まった2003年以降と解釈しよう。大石上級論説委員の説明だと「オバマ大統領」の時代には「国際紛争への介入」をしていないような印象を受ける。実際には2011年以降のリビア内戦やシリア内戦に「介入」しているはずだ。なのに「国際紛争への介入に消極的」なのか。

大石上級論説委員が「自分には消極的に見える」というなら、それはそれでいい。だが見出しにもある「米『お節介外交』は終わるのか」との問いにはきちんと答えを出してほしかった。それができているのか。記事の終盤を見ていこう。


【日経の記事】

お節介外交はこのまま終わるのか。マッカーサー氏と同時代に活躍した米陸軍のジョージ・パットン氏が「闘争を愛し、痛みやぶつかり合いを愛し、勝者を愛し、敗者を認めない」と評した米国人気質まで変わるのだろうか。

答えの代わりに、もうひとつ映画を紹介したい。ベトナム戦争のさなかにつくられた歴史劇「ローマ帝国の滅亡」である。超大国になったローマだが、徐々に周辺国との戦いに疲れ始める。主人公のひとりがこう演説する。「蛮族の族長を処刑すれば、彼らの憎しみは永遠に消えない。憎しみは戦いを生む。戦いをやめよ」と。

脚本の背後にあるのは、1962年のキューバ危機後にケネディ大統領が提唱した米ソの共存共栄である。当時の演説でケネディ氏はこう訴えている。「私たちの求める平和はどんなものか。軍事力によって世界に強制的にもたらされるパクス・アメリカーナではない」

米中の対立が深まる現在、話し合い外交は弱腰と批判されがちだ。相手に侮られることなく、過剰な介入にもならない。ケネディ氏の言う平和を見いだすことができるだろうか


◎結局、答えは出したくない?

お節介外交はこのまま終わるのか」との問いに答えは出さず「答えの代わりに、もうひとつ映画を紹介したい」で逃げている。「お節介外交」が終わるかどうか大石上級論説委員の見方をなぜ明確に打ち出せないのか。後で「予想が外れた」と言われるのを恐れているのか。だとしたら「お節介外交はこのまま終わるのか」と問わないでほしい。

最後には「ケネディ氏の言う平和を見いだすことができるだろうか」と、さらに問いを発する形で終わっている。成り行き注目型の締めとも言える。

今回の記事を読む限り、大石格上級論説委員が新たに取材した形跡は窺えない。事実認識も怪しい。そして、自ら持ち出した問いに答えを出すことからも逃げている。

そろそろ後進に道を譲る時期が来ているのではないか。


※今回取り上げた記事「中外時評~米『お節介外交』は終わるのか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210908&ng=DGKKZO75532380X00C21A9TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大石格上級論説委員への評価もDを維持する。大石上級論説委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_30.html

具体策なしに「現実主義」を求める日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_4.html

自慢話の前に日経 大石格編集委員が「風見鶏」で書くべきこと
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_40.html

米国出張はほぼ物見遊山? 日経 大石格編集委員「検証・中間選挙」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_18.html

自衛隊の人手不足に関する分析が雑な日経 大石格編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_27.html

「給付金申請しない」宣言の底意が透ける日経 大石格編集委員「風見鶏」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/05/blog-post_74.html

「イタリア改憲の真の狙い」が結局は謎な日経 大石格上級論説委員の「中外時評」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_7.html

菅政権との対比が苦しい日経 大石格編集委員「風見鶏~中曽根戦略ふたたび?」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_18.html

「別人格」を疑う余地ある? 日経 大石格上級論説委員「中外時評~政治家は身内にこそ厳しく」

https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_17.html

日経「風見鶏~基本法花盛りの功罪」に感じる大石格編集委員の罪https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post_11.html

2021年9月7日火曜日

「誰も上昇できない」に無理がある週刊ダイヤモンドの特集「新階級社会」

週刊ダイヤモンド9月11日号の特集「新階級社会~上級国民と中流貧民」は問題が多かった。筆者ら(山本輝記者、濱口翔太郎記者、山口圭介編集長、浅島亮子副編集長)は社会が大きく変化していると訴えたいようだが無理がある。ここでは「Part1 日本版『カースト』の恐怖」という記事にツッコミを入れてみたい。

大山ダムの銅像

筆者らが考える「新階級社会」は以下の4段階からなる5つの階級で構成されている。

(1)資本家階級(従業員5人以上の企業の経営者・役員)

(2)新中間階級(被雇用の管理職・専門職・上級事務職)

(3)旧中間階級(自営業者・家族経営従事者)、正規労働者(被雇用の単純事務職・販売職・サービス職・マニュアル労働者)

(4)アンダークラス(パート主婦以外の非正規労働者)


そして記事の冒頭で以下のように記している。

【ダイヤモンドの記事】

日本社会は、格差社会よりもシビアな『階級社会』へ変貌を遂げていた。一握りの上級国民を除き、誰も上昇することができない理不尽な世界だ。その残酷な実態を明らかにする。


◎逆では?

今の日本は「一握りの上級国民を除き、誰も上昇することができない理不尽な世界だ」と断言している。「資本家階級」には「由緒正しき上級国民」という説明も付いているので「資本家階級」を除くと上の階級には「誰も上昇することができない」と筆者らは見ているのだろう。逆ではないか。

資本家階級」の上はないのだから原理的に「資本家階級」は「誰も上昇することができない」。上の階級に「上昇」する可能性があるのは(2)から(4)の人々だけだ。

記事に付けたピラミッド型の図には「今いる階級から転落するリスク大」という説明も付いている。図の作り方から判断すると「(全ての階級で)今いる階級から転落するリスク大」と言いたいのだろう。これもあり得ない。「アンダークラス」の人たちは「転落する」階級がもうない。

では(2)から(4)の人々が階級を上げるのは本当に不可能なのか。定義から判断すると、かなりの頻度で「上昇」は起きそうだ。

まず「アンダークラス」。3月の日本経済新聞の記事では「明治安田生命保険は1900人の女性契約社員を4月に正社員へ登用する」と伝えている。事実ならば、一気に「1900人」が「上昇」できている。こうした事例は他にもある。本当に「誰も上昇することができない」のか。

そもそも「アンダークラス」では「パート主婦以外」という条件が付いているので、パートで働いている女性が結婚してそのまま仕事を続けた場合は「アンダークラス」から上の階級に移るはずだ。

正規労働者」から「新中間階級」への移動も日常的に起きている。例えば百貨店で販売を担当している正社員は「正規労働者」だ。この正社員が管理職に昇格すると「被雇用の管理職」になるので晴れて「新中間階級」へと「上昇」する。それほど珍しい話ではない。

資本家階級」に上り詰めるのも難しくない。「従業員5人以上の企業の経営者・役員」になればいいだけだ。「新中間階級」に属している場合、「役員」に登用されればめでたく「資本家階級」の仲間入りだ。

起業して「従業員5人以上」の状況を作ってもいい。コンビニでも1店に「5人以上」のアルバイトはいるだろうから、脱サラしてコンビニのオーナーになり法人化すれば「資本家階級」に入れる。

そこで疑問が浮かんでくる。コンビニのオーナーになるだけで「由緒正しき上級国民」と言えるのか。記事によると「資本家階級」の貧困率は7.5%に達するという。貧困率の算出方法は示していないが、この7.5%の人たちは本当に「上級国民」なのか。

他にも疑問は浮かぶ。自営業者をひとまとめにして「旧中間階級」とするのも無理がある。例えば芸能人は基本的に自営業者だと思われるが、本職の仕事はほぼなくアルバイトで生計を立てている人もいれば、年収が億単位になる人もいるだろう。なのに全員を「旧中間階級」に入れるべきなのか。

最後に以下のくだりにもツッコミを入れておこう。


【ダイヤモンドの記事】

また、旧中間階級には、装飾品や衣服、家具など不要不急のものを扱う自営業者も多く、やはり経営難に陥っているケースも多い。


◎衣服や家具は「不要」

衣服、家具」は「不要不急のもの」なのか。少なくとも「不要」とは思えない。「しばらく購入を見合わせても大丈夫なもの」と言いたいのだろうが、説明が上手くない。


※今回取り上げた記事「Part1 日本版『カースト』の恐怖


※記事の評価はD(問題あり)。山本輝記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。濱口翔太郎記者への評価は暫定でDとする。山口圭介編集長への評価はB(優れている)からCへ引き下げる、浅島亮子副編集長への評価はDを据え置く。

2021年9月4日土曜日

コロナ楽観論者が医療システムに「テロ行為」? 小田嶋隆氏の衰えが辛い

コラムニストの小田嶋隆氏はやはり衰えが目立つ。日経ビジネス9月6日号に載った「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~『火事場泥棒は断言する』」という記事の問題点を指摘してみたい。今回の記事で最も気になるのは批判対象が特定できないことだ。記事の後半部分を見てみよう。

熊本港

【日経ビジネスの記事】

怖いのは、その一方で専門的知見を持たない素人が当てずっぽうで垂れ流す断言が、バカにならない影響力を発揮しつつあることだ。

あまたある断言の中には、たまたま「ある特定の状況下」での「特定の問題」をうまく説明している事例が転がっていたりする。と、その断言をカマした人物は、突然「すべてを見通している人間」に格上げになる。

「要するに」「つまるところ」「端的に言えば」「誰もあえて言わないことだが」てな調子の接頭辞とともに供給されるこれらの断言の中には、コロナ疲れで、予測や不安そのものを面倒に感じている人々の心を確実に捉える、ある種の痛快さが含まれている。しかも、非常によろしくないことに、これらの非専門家の口の端から漏れ出す無責任な断言は、多くの場合、立場上の、あるいは政治的な意図をはらんでいる。


◎具体例がないと…

上記のような書き方は感心しない。「怖いのは、その一方で専門的知見を持たない素人が当てずっぽうで垂れ流す断言が、バカにならない影響力を発揮しつつあることだ」という割に具体例は出てこない。ゆえに「断言をカマした人物」が「突然『すべてを見通している人間』に格上げになる」ような状況が本当に起きているのか検証しようがない。反論されるのが怖いのかもしれないが、これでは困る。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

私が懸念しているのは、昨年のいまごろ(つまり第1波から第2波に対応した緊急事態宣言が出されていた2020年の春から夏にかけて)しきりに対コロナ楽観論(「コロナはただの風邪」だとかの、慌てるヤツらが愚かなのだと達観した風の言い方)を半笑いで振りまいていた人々が、現今の医療逼迫を捕まえて、異口同音に「医療従事者の怠慢」「コロナを拒否する医療機関がいけない」「医療ムラを解体しなければこの問題は解決しない」といった、政治の無策の責任を現場(つまり、医療関係者)に押しつける立論を供給しはじめたことだ


◎コロナ楽観論者とは戦わないんじゃ?

2020年12月25日付の日経ビジネス電子版に載った「小田嶋隆の『ア・ピース・オブ・警句』 ~世間に転がる意味不明~来年が凡庸で退屈な一年でありますように」という記事で「コロナ楽観論」に関して小田嶋氏は以下のように書いていた。

論争から逃げているように見えてしまうのもシャクなので、あまりにもあたりまえで凡庸なお話ではあるが、以下、『コロナ楽観論』への反論をひととおり書き並べておくことにする。なお、この反論への反論にはお答えしない。理由はさきほども述べた通り、論争は、もっぱら異端の論を拡散せんとしている崖っぷちの人々の利益にしかならないからだ

コロナ楽観論」の批判だけして「反論への反論にはお答えしない」と逃げた小田嶋氏がまた「コロナ楽観論」者を批判するのはなぜか。「論争は、もっぱら異端の論を拡散せんとしている崖っぷちの人々の利益にしかならない」のではないのか。

前に書いたことを忘れているのだとは思うが…。

そして、やはり具体例は出てこない。「対コロナ楽観論を半笑いで振りまいていた人々」とは何人ぐらいいるのだろう。少なめに1000人としよう。その1000人が「異口同音」に「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給しはじめ」るとは考えにくい。そんなに見事に主張が揃うものか。それに小田嶋氏は1000人の「立論」をきちんと確認したのか。

「新型コロナウイルスは大きなリスクではないのに騒ぎすぎ」と訴えてきた自分は「コロナ楽観論」者に入れてもいいだろう。しかし「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給」したりはしていない。なのに「異口同音」なのか。

自分も含め「コロナ楽観論」的な主張の持ち主の多くは「感染症法上の扱いを5類に落とせ」と訴えている。「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給」している人がゼロとは言わないが、小田嶋氏の説明は違う気がする。

しかし、小田嶋氏の言う「対コロナ楽観論を半笑いで振りまいていた人々」が誰を指すのか不明なので検証は難しい。ここがズルいところだ。批判するならば、対象を具体的に挙げてほしい。

結論部分を見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

さらに彼らは「医療従事者に政治家が命令できる法律づくり」「政治によるトリアージの立法化」てなことを言い出している。防火への備えを軽視し、怠ったのみならず、放火に類する所業を為しておいての言い草は、わが国の医療システム、ひいては国民皆保険制度への公然たるテロ行為だと申し上げてよい。ていうか、よりによって今、医療関係者の足を引っ張ってどうする。“要するに”こういうことを言う人って「火事場泥棒」、もしくは「焼け太り」狙いなんじゃないのか?


◎強引すぎない?

批判の対象をぼかして反論から逃げているがゆえの安心感があるのだろうか。言いたい放題だ。しかし、なるほどとは思えない。

まず、なぜ「わが国の医療システム、ひいては国民皆保険制度への公然たるテロ行為だと申し上げてよい」のか。

『医療従事者に政治家が命令できる法律づくり』『政治によるトリアージの立法化」てなことを言い出し」ているからなのか。これらが実現したら「国民皆保険制度」が崩れると仮定しよう。だからと言ってなぜ「テロ行為」なのか。もっと直接的に「国民皆保険制度は廃止せよ」と訴えても「テロ行為」とは感じない。暴力も暴言もないのに「テロ行為」なのか。

防火への備えを軽視し、怠ったのみならず、放火に類する所業を為しておいて」とも言い切っているが、これもどうやって確認したのか。「コロナ楽観論」者全員の行動を小田嶋氏はチェックしているのか。

放火に類する所業」が何を指すのか明確ではないが、とりあえず「新型コロナウイルスを他者に感染させる可能性のある行動」としよう。この場合、小田嶋氏を含むほとんどの人が「放火に類する所業」に手を染めているはずだ。小田嶋氏はこの1年半ずっと自宅に籠って一歩も外に出ずに暮らしているのか。他人との直接対面を一切やめているのか。

書き手としての衰えが目立つ小田嶋氏は、人物や組織を名指ししての批判では反論に耐えられなくなっているのかもしれない。だとしたら、コラムニストから足を洗うことも検討すべきだ。誰でもいつかは引退するのだから。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~『火事場泥棒は断言する』

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00128/


※記事の評価はE(大いに問題あり)。小田嶋隆氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

どうした小田嶋隆氏? 日経ビジネス「盛るのは土くらいに」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_25.html

山口敬之氏の問題「テレビ各局がほぼ黙殺」は言い過ぎ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/06/blog-post_10.html

小田嶋隆氏の「大手商業メディア」批判に感じる矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_12.html

杉田議員LGBT問題で「生産性」を誤解した小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/lgbt.html

「ちょうどいいブスのススメ」は本ならOKに説得力欠く小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/ok.html

リツイート訴訟「逃げ」が残念な日経ビジネス「小田嶋隆のpie in the sky」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/pie-in-sky.html

「退出」すべきは小田嶋隆氏の方では…と感じた日経ビジネスの記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_16.html

「政治家にとってトリアージは禁句」と日経ビジネスで訴える小田嶋隆氏に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_10.html

「利他的」な人だけワクチンを接種? 小田嶋隆氏の衰えが気になる日経ビジネスのコラムhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_15.html

根拠示さず小林よしのり氏を否定する小田嶋隆氏の「律義な対応」を検証https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_28.html

小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した「コロナ楽観論批判」への「反論」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_29.html

「女性限定の反撃」は「罪」? 小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_25.html

「女性側に原因がないこともない」を「失言」と見なす小田嶋隆氏に異議https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_27.html

「彼女が中止のホイッスルを吹く日」に期待する小田嶋隆氏の矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_16.html

日経ビジネスでの橋下徹氏批判に見える小田嶋隆氏の「あまりにも粗雑な詭弁」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/08/blog-post.html

2021年9月3日金曜日

日経「米ETF、選別型が主流に」で後藤達也・北松円香記者に注文

3日の日本経済新聞朝刊グローバル市場面に載った「米ETF、選別型が主流に~指数型上回り個別銘柄にマネー 実態伴わない値動きも」という記事は興味深い内容だった。ただ、引っかかる説明もあった。記事を見ながら指摘したい。

熊本市の繁華街

【日経の記事】

米国で「アクティブ」と呼ばれる銘柄選別型の上場投資信託(ETF)が急拡大している。2021年はアクティブETFの新規上場が株価指数に連動する「パッシブ」を大きく上回る。開示義務が緩和されたほか、少数の銘柄に集中投資する手法が人気を集めているためだ。ただ、アクティブに資金が集中しすぎれば、企業の実態よりもマネーの動きで株価が左右されやすくなる


◎「資金が集中しすぎ」はどう判断?

アクティブに資金が集中しすぎれば」と書いているが、「資金が集中しすぎ」ているかどうかの判断基準は最後まで示していない。「パッシブ」への「集中」が問題なのは分かるが、「アクティブに資金が集中しすぎ」ることはないとも個人的には感じる。この問題は後で触れたい。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

米調査会社モーニングスターの集計によると、21年に上場したアクティブETFは9月1日時点で179本に対し、パッシブETFは98本にとどまる。既存のETFは「S&P500種株価指数」や「ナスダック100」などの株価指数に連動したパッシブが中心だったが、20年にはアクティブの上場数がパッシブを上回り、今年はさらにアクティブが勢いを増している。


◎金額ベースは?

今回の記事ではメインの見出しが「米ETF、選別型が主流に」となっている。「既存のETF」でも「20年にはアクティブの上場数がパッシブを上回り、今年はさらにアクティブが勢いを増している」のならば「主流」との見方を否定はできない。ただ、まずは金額ベースで見るべきだと感じる。しかし、金額でも「主流」かどうかには言及していない。そこは残念。

さらに見ていく。


【日経の記事】

アクティブETFの人気をけん引するのは米新興資産運用会社アーク・インベストメント・マネジメントのETFだ。「ハイテク株の女王」とも呼ばれるキャシー・ウッド氏が運営する旗艦ファンドの「アーク・イノベーション・ETF」は電気自動車(EV)のテスラを筆頭に50銘柄ほどの「破壊的革新」銘柄に集中投資する。


◎50銘柄に「集中投資」?

50銘柄ほどの『破壊的革新』銘柄に集中投資する」と書いているが、個人的には「50銘柄」だとあまり「集中」していない感じがする。「50銘柄」が「アクティブETF」としては「集中投資」だと言えるのならば、その裏付けとなるデータは欲しい。

少し飛ばして続きを見ていく。


【日経の記事】

ETFは取引がしやすく、手数料も安いため、個人投資家だけでなく、年金などからの投資も増えるため、運用会社も顧客の取り込みに力を入れている。


◎「ため」の繰り返しは避けよう!

1つの文の中で「手数料も安いため」「年金などからの投資も増えるため」と「ため」を繰り返しているので拙い印象を受ける。例えば「ETFは取引がしやすく、手数料も安いため、個人投資家だけでなく、年金などからの投資も増えており、運用会社も顧客の取り込みに力を入れている」とすれば問題は解消する。

今回の記事では「アクティブETF」の信託報酬に触れていないのも引っかかった。「ETFは取引がしやすく、手数料も安い」のはその通りだが「アクティブ」でも「パッシブ」並みの低コストなのか。だとしたら「パッシブ」にこだわる意味はなくなる。なので、そこも触れてほしかった。

話を「資金が集中しすぎ」問題に戻そう。


【日経の記事】

たとえばアークは資産規模が膨らんでも投資先を少数に絞っているため、個別銘柄への影響力が強くなりすぎる面もある。さらに、ユーチューブなどを通じて日々積極的に情報を公開しているため、個人投資家はアークの動向に追随しやすい。その分、アークのETFから資金が動けば、個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下してしまうことが既に何度もおきている


◎「個別企業の実態」に連動させたい?

記事を書いた後藤達也記者と北松円香記者には「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下してしまう」のは好ましくないとの前提があるのだろう。賛成はできない。

株式市場の価格発見機能は様々な参加者が様々な思惑で売買することで働く。ゆえに「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下」する場合もある。それでも自由な売買を認めた方が“正しい価格”にたどり着けると見ている(インサイダー取引などの例外はある)。

なので「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下」する事態に際しては、傍観で良いのではないか。中長期には、ほぼ“正しい価格”に収斂していくはずだ。

アーク」の件は「アクティブETF」の問題ではないとも感じる。同じようなことは「ユーチューブなどを通じて日々積極的に情報を公開」するカリスマ投資家でも起きうる。このカリスマ投資家が「投資先を少数に絞って」個別株を買っている場合、その「動向に追随」する投資家が出てきても不思議ではない。

昔で言えば仕手筋に提灯が付くようなものだ。そこを否定すると株式市場は機能しにくくなる。今回の記事では「アクティブETFへの資金集中は、株式市場全体を不安定にさせるおそれもある」と最後に書いている。「株式市場」は基本的に「不安定」だ。そして「安定」が常に好ましい訳でもない。

後藤記者と北松記者は同意してくれないだろうが…


※今回取り上げた記事「米ETF、選別型が主流に~指数型上回り個別銘柄にマネー 実態伴わない値動きも

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210903&ng=DGKKZO75399350S1A900C2ENG000


※記事の評価はC(平均的)。後藤達也記者への評価はD(問題あり)からCへ引き上げる。北松円香記者への評価は暫定でCとする。後藤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_87.html

日経 河浪武史・後藤達也記者の「FRB資産 最高570兆円」に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/frb-570.html

IT大手にマネーが「一極集中」と日経 藤田和明編集委員・後藤達也記者は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/it_26.html

日経 後藤達也・高見浩輔記者が書いた「先進国の債務、戦後最大」への注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_63.html

2021年9月2日木曜日

女性は起業できると思ってない? キャシー・松井氏が日経で語った奇妙な分析

2日の日本経済新聞朝刊ビジネス1面に載った「そこが知りたい~女性起業家どう増やす? キャシー・松井氏 『リーダーの道』学校教育で」という記事で「ESG(環境・社会・企業統治)を重視するベンチャーキャピタル(VC)ファンドを5月に立ち上げたキャシー・松井氏」が語っていた内容は引っかかるところが多かった。具体的に指摘してみたい。

夕暮れ時の筑後川

【松井氏の発言】

「VCファンドの投資先を探すミーティングをしているが、女性が創業した会社は10社に1社以下。経営陣に女性が入っていても、ビデオ会議の画面に映るのはほとんどが男性だ」

日本の女性は結婚して出産するという従来型の人生設計に縛られがちだ。国内トップ大学をみても学部生の女性比率は2割前後で、半数を占める欧米と比べて低い。起業ができると思っておらず、本人の適性と異なる進路を選んでいるのではないか


◎「トップ大学」は関係ある?

国内トップ大学」の「女性比率」が低いとしても、そこから「起業ができると思っておらず」となってしまうのが謎だ。「起業」するのは「国内トップ大学」出身者という思い込みでもあるのか。

日本の女性は結婚して出産するという従来型の人生設計に縛られがち」「本人の適性と異なる進路を選んでいるのではないか」という説明でも特に根拠は示していない。仮にその通りだとしても、自由意思で選んでいるのならば問題はない。

結婚して出産するという従来型の人生設計」が好みなら、それでいい。女性起業家を増やすために「『女性がリーダーになれる』と伝え続ける学校教育が重要だろう」と松井氏は言うが、特定の方向に子供を誘導するのは感心しない。「リーダー」を目指す方が「結婚して出産する」よりも好ましいと教育の場で洗脳するのは避けたい。

女性起業家が増えると社会にどのような変化を与えますか」という質問に松井氏が答えたところも見ておこう。


【松井氏の発言】

「女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向があるが、これはイノベーションに不可欠な要素だ。加えて、消費の多くを意思決定する女性の視点で新たなサービスや製品を生み出せば、従来はなかった市場を開拓できるかもしれない」


◎自分たちの「多様性」は?

女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向がある」というが根拠は示していない。松井氏が立ち上げた「VCファンド」のホームページで「Core Investment Team」の項目を見ると5人全員が女性。これが「経営チーム」に近いものだとすれば、性別の「多様性」はなさそうだ。本当に「女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向がある」のか。仮にそうなら、なぜ自分たちは例外なのか。

多様性」が「イノベーションに不可欠な要素」という見方は明らかにおかしい。そもそも「イノベーション」は個人でも起こせる。「チーム」でも性別などの「多様性」は「不可欠」ではない。世界初の有人動力飛行を成功させたライト兄弟は同質性が高そうだが、それでも大きな「イノベーション」を実現している。

個人的には属性で「多様性」を見ても意味がないと感じる。どんな人を集めても必ず「多様性」は生まれる。同じ大学・学部で同学年の男性5人がAI関連で起業すると決意した時に「多様性」に欠ける5人には「イノベーション」など生み出せる訳がないと松井氏は決め付けるのか。自分ならば「どんな5人が集まっても人はそれぞれかなり違う。多様性がないからとダメと決め付けてくる人の声など気にするな」と助言したい。

消費の多くを意思決定する女性の視点で新たなサービスや製品を生み出せば、従来はなかった市場を開拓できるかもしれない」という見方もどうかと感じた。既存の企業がこれまで「女性の視点」で「新たなサービスや製品」を生み出してこなかったのなら分かる。

しかし市場調査で女性の声を聞いたり商品開発のスタッフに女性を充てたりといったことは当たり前にある。なのに「女性起業家」に今さら「女性の視点」での「サービスや製品」を期待するのか。

もちろん新たな「女性起業家」が新規性の高い「サービスや製品」を生み出す可能性はある。しかし、それは商品開発に「女性の視点」を取り入れたからというより、その「女性起業家」個人の特性が生み出したものと見る方が当たっているだろう。

結局、性別にこだわる意味はあまりない。せっかく「VCファンド」を立ち上げたのならば「女性」に限らず優れた「起業家」を支援してほしい。


※今回取り上げた記事「そこが知りたい~女性起業家どう増やす? キャシー・松井氏 『リーダーの道』学校教育で

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210902&ng=DGKKZO75356920R00C21A9TB1000


※記事の評価は見送る

2021年9月1日水曜日

日経 下川真理恵記者に性差別制度としての「女子大」を論じてほしかったが…

韓国の徴兵制ほどではないが、日本の女子大学(特に国立女子大)は露骨な性差別制度と言える。この問題について日本経済新聞の下川真理恵記者がわずかに触れたものの、結局は「女子大の役割が改めて問われている」で逃げている。それが残念だったので、記事についていた「ご意見・情報」を求めるメールアドレスに意見を送ってみた。内容は以下の通り。

うきは市役所

【日経へのメール】

日本経済新聞社 下川真理恵様

1日付の日本経済新聞 朝刊大学面に載った「戸籍上は男性の性的少数者 女子大が門戸」という記事について意見を述べさせていただきます。今回の記事には「なぜ『女性限定』 問われる役割」という関連記事が付いています。「女子大」に関してまず「問われる」べきは「性的少数者」に「門戸」を開くかどうかはなく、関連記事で触れた「女子大」が「なぜ『女性限定』」なのかではありませんか。しかし下川様は「女子大の役割が改めて問われている」と述べただけで、この問題を掘り下げていません。

関連記事によると「女子大は現在、75校」あり、お茶の水女子大と奈良女子大は国立大学です。一方で男子大学は存在しません。つまり日本では、性別が男性というだけで大学の選択肢が女性より「75校」も少なくなります。しかも、ここには国立大学が含まれています。明らかな性差別です。

記事には「日本学術会議が『(TG学生が)女子校・女子大に進学できないのは学ぶ権利の侵害』とする提言を公表し、各大学で検討が進んだ」との記述があります。「TG(トランスジェンダー)学生」が「女子大に進学できないのは学ぶ権利の侵害」ならば、男子学生が「女子大に進学できない」のも「学ぶ権利の侵害」に当たるはずです。

男女平等の原則に基づけば、少なくとも国立の女子大は共学化すべきです。どうしても女子大として残したいのならば、共学の国立大学2校を男子校化する手もあります。

公的な教育において、あからさまな性差別が制度として残っていることを下川様はどう考えますか。この問題を改めて検討し、紙面で取り上げてはどうでしょうか。

せっかくの機会なので、記事に関して気になった点を2つ記しておきます。

日本女子大による「TG学生」の受け入れについて下川様は以下のように記しています。

検討を始めたのは15年、性同一性障害の子どもを持つ母親からの『付属中学を受験したい』との相談が契機だった。議論の末に受け入れは断念したが、母親の『審議してくれてありがとう』という言葉が背中を押し、対象を大学に限定して検討を継続した

『付属中学を受験したい』との相談が契機だった」のに、なぜ「対象を大学に限定して検討を継続した」のか記事では説明していません。「母親」の「言葉が背中を押し」たのならば「付属中学」を「対象」から外したのは解せません。何か理由があるのなら、説明が欲しいところです。

この後の記述も引っかかりました。

壁になったのは学内の理解だ。20年に実施した学生や教職員の意向調査では半数以上が受け入れに好意的だった一方、25%程度は『分からない』と答えた。『トイレや更衣室などが不安』『女性と偽って入学するのではないか』など不安の声も上がった。そこで啓発活動を強化。20年度からは『ダイバーシティーウイーク』期間を設けて専門家による講義を始めた。21年4月には学生主体の支援団体も発足した

女性と偽って入学するのではないか」といった「不安」は「啓発活動を強化」することで解消できるのですか。「女性と偽って入学」しようとする人を見分けられる仕組みになっており、そのことを「啓発」していくとの趣旨でしょうか。

戸籍上は男性でも性自認は女性」の人を「トランスジェンダー」とするのであれば「女性と偽って入学する(戸籍上も性自認も実は男性という人が入学する)」ことを防ぐのは困難です。「啓発活動」によって「不安」を解消できると下川様が確信したのならば、どんな「啓発活動」なのか触れた方が良かったでしょう。

私の意見は以上です。今後の参考にしていただければ幸いです。


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※今回取り上げた記事

なぜ『女性限定』 問われる役割

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210901&ng=DGKKZO75314990R30C21A8TCN000


戸籍上は男性の性的少数者 女子大が門戸

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210901&ng=DGKKZO75314940R30C21A8TCN000


※記事の評価はいずれもC(平均的)。下川真理恵記者への評価も暫定でCとする。