2021年8月10日火曜日

日経 川崎なつ美記者の「無意識の偏見」が垣間見える「Women’sトレンド」

女性問題を扱った記事で「無意識の偏見」という言葉を見つけたら要注意だ。9日の日本経済新聞朝刊女性面に川崎なつ美記者が書いた「Women’sトレンド~10代、無意識に思考制限?」という記事は特に問題が多かった。中身を見ていこう。

大バエ灯台

【日経の記事】

ガールスカウト日本連盟(東京・渋谷)の調査で、女子高校生の48%が「男子は女子よりも理数系の能力が高い」と考えていることが分かった。だが、国際学力調査の結果によると、日本の女子の理数系の得点は他国の男子よりも高い。同連盟は「『女の子はこういうものだ』とのメッセージを日々無意識に受け取り、思考が制限されている」と指摘する。


◎強引な比較に意味ある?

男子は女子よりも理数系の能力が高い」と「考えている」人は間違っているのだろうか。「国際学力調査」の結果では、日本に限っても世界でも「男子」の「理数系の得点」が「女子」を上回っているとしよう。この結果を基にすれば「男子は女子よりも理数系の能力が高い」と認識するのが自然だ。「差はない」とか「女子の方が上だ」と認識する方が無理がある。

しかし川崎記者はそう思っていないようだ。「日本の女子の理数系の得点は他国の男子よりも高い」と驚くような比較を持ち出してくる。「国内では男子が上だが、世界的に見れば差はない」といった話なら分かる。そうではなく「日本の女子の理数系の得点」を「他国の男子」と比べている。

例えば「女性の所得は男性に比べて少ないのか」との問いに対して「少なくない。日本の女性の平均所得は北朝鮮の男性の平均所得を上回っている」といった比較に意味があるだろうか。

ガールスカウト日本連盟」の「『女の子はこういうものだ』とのメッセージを日々無意識に受け取り、思考が制限されている」とのコメントも謎だ。「男子は女子よりも理数系の能力が高い」と認識している「女子」はマインドコントロールでも受けているようなコメントだ。しかし「国際学力調査」の結果が「男子」優位を裏付けているのならば、ごく自然に状況を認識しているだけだ。「差がない」「女子の方が上」と認識している「女子」の方が誤った「メッセージ」を受け取っている可能性が高い。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

調査は2020年6~7月にインターネットで実施し、700人の回答を得た。「女子は男子よりも料理ができたほうがいい」と考える人は44%にのぼった。一方で、女子も「経済的な自立が必要」「大学教育を受けることが重要」と答えた人もそれぞれ95%を超えた。高等教育や経済的自立は男女の差なく必要だと感じている一方で、家庭内の役割には無意識の思い込みがあるようだ


◎なぜ「無意識」?

家庭内の役割には無意識の思い込みがあるようだ」と川崎記者は言う。「女子は男子よりも料理ができたほうがいい」と考える人に「思い込み」があるとしても、なぜそれが「無意識」になってしまうのか。「女子はやっぱり料理ができなくっちゃ」と普段から公言している女性でも「無意識」なのか。

むしろ「女子は男子よりも料理ができたほうがいい」という考えを「家庭内の役割」として捉えているところに川崎記者の「無意識の思い込み」があるのではないか。「男性をつかまえる上では料理ができた方がいい。でも結婚したら料理はしない」と考える女性がいてもおかしくない。

今回の記事では「10代でも無意識の偏見がある」とのタイトルで表を載せており、そこには「女子も経済的な自立が必要(98%)」「女子も大学教育を受けることは重要(96%)」「男子は女子よりも理数系の能力が高い(48%)」「女子は男子よりも料理ができたほうがいい(44%)」という4つの項目がある。

女子は男子よりも料理ができたほうがいい」という考えを川崎記者は「無意識の偏見」だと見ているのだろう。しかし無理がある。事実に反している訳ではないからだ。あくまで個人の価値観の問題だ。それに、自らの利益を増やすという意味で正しい考えとなる可能性もある。

「料理の技術が高い女性は男性からの評価が高く、高年収の男性と結婚する確率が高まる。一方、男性は料理の技術を高めても女性に評価されない」という傾向が確認できる場合、高年収男性との結婚を望む女性にとって「女子は男子よりも料理ができたほうがいい」という考えは明らかに正しい。

女子も経済的な自立が必要」「女子も大学教育を受けることは重要」「女子は男子よりも料理ができたほうがいいとは言えない」ーー。川崎記者はそう信じているのだろう。そこを否定するつもりはない。しかし、自分と反する考えを「偏見」とみなすのはやめた方がいい。上記の3つは基本的に価値観の問題だ。

「高年収の男性と結婚して専業主婦になるのが夢」という価値観が間違っている訳ではない。そういう女性が「女子に経済的な自立が必要とは限らない」と考えているとしても「偏見」とは言えない。むしろ「女子も(全員が)経済的な自立が必要」という考えの方が「偏見」に近い。「経済的な自立」なしに楽しく有意義な人生を送る道は明らかにある。

こうやって見てくると「無意識の偏見」の持ち主は川崎記者の方だと思えてくる。「そんなことはない。なぜならば~」と川崎記者は反論できるだろうか。


※今回取り上げた記事「Women’sトレンド~10代、無意識に思考制限?」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210809&ng=DGKKZO74558380W1A800C2TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。川崎なつ美記者への評価も暫定でDとする。

2021年8月9日月曜日

「1964」との比較が苦しい日経 大島三緒氏の東京五輪解説

東京五輪の閉幕を受けて9日の日本経済新聞朝刊1面に大島三緒氏が書いた「続『1964』の夢と現実」という記事には無理を感じた。「1964」の東京五輪との比較がかなり苦しい。記事を最初から見ていこう。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

57年後の日本に「東洋の魔女」はいなかった

8月2日のバレーボール女子1次リーグ最終戦。日本代表はドミニカ共和国に敗れ、四半世紀ぶりに決勝トーナメント進出を逃した。ため息をついた人は多いはずだ。

1964年の東京五輪で全国を沸かせ、戦後昭和の成功物語を象徴する女子バレーチーム「東洋の魔女」――。

さきごろは菅義偉首相も栄光を語っていたが、五輪をやれば日本中が高揚し、きっと明るい未来がやってくると思わせる魔力が、たしかに彼女たちの歴史にはある。

そんなDNAを継ぐチームの退場が、こんどの五輪をめぐる光景に重なるのだ


◎女子バレーでの比較に意味ある?

1964年の東京五輪」は盛り上がったが、その再現はならなかったーー。大島氏はそう訴えたいのだろう。そこで「女子バレー」を取り上げて、今回は「四半世紀ぶりに決勝トーナメント進出を逃した」と嘆いている。

女子バレー」を語る記事なら、それでいい。しかし、この記事では東京五輪を総括しているはずだ。ならば「女子バレー」の敗退に焦点を当てて「57年後の日本に『東洋の魔女』はいなかった」と言い切っていいのか。

金メダルのソフトボール。格上を破って決勝に進出した女子バスケット。こうしたところまで視線を広げれば「57年後の日本にも『東洋の魔女』はいた」とも言える。男子も含めて多くの日本選手が活躍し過去最多となる58個のメダルを獲得したのに、「女子バレー」のみを「1964年の東京五輪」と比べて「そんなDNAを継ぐチームの退場が、こんどの五輪をめぐる光景に重なるのだ」と言われても「なるほど」とは思えない。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

競技会自体は、長丁場をよく乗り切ったものだと思う。これほどの巨大イベントをそつなく運営したのは日本の「現場の力」である。

名場面も多かった。地の利も寄与したにせよ、日本選手の活躍のなんと目覚ましかったことか。バスケットボール女子準々決勝での劇的な逆転シュートは、今風に言えば「鳥肌が立った」。銀メダルへとつながった奇跡だ。


◎「1964」と大差ないような…

大島氏も「バスケットボール女子準々決勝での劇的な逆転シュートは、今風に言えば『鳥肌が立った』」らしい。だとすれば、やはり「東洋の魔女」はいたと見る方が自然だ。「きっと明るい未来がやってくると思わせる魔力」が1964年の「東洋の魔女」にあったとすれば、それは今回も同じではないか。

バスケットボール女子」チームには、勝利を信じて努力すれば「きっと明るい未来がやってくると思わせる魔力」がなかったのか。多くの10代選手がメダルを獲得したスケートボードは日本の「明るい未来」を期待させてくれるものではなかったのか。

1964年の東京五輪」に関する記憶はないので断言はできないが、選手たちの活躍に国民の多くが勇気づけらたという点で大差ない気がする。なのに「女子バレー」を今大会の象徴として取り上げるべきなのか。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

しかし、それでも「1964」がもたらしたような多幸感は社会に見いだせない。聖火が消えて、コロナ禍の日常に引き戻されるだけでなく、そもそも往時との落差があまりにも大きいのである

この大会をなぜ、なんのために開催するのか。問われ続けた大義は曖昧なまま現在に至る。通奏低音として流れていたのは、やはり64年の再来を望む意識だろう。五輪の呪縛が、政治家や官僚を捉えて離さないともいえる。


◎「1964」を覚えてる?

大島氏は1982年に日本経済新聞社に入社したらしい。だとしたら「1964」の記憶はほぼないはずだ。なのに「『1964』がもたらしたような多幸感は社会に見いだせない」と言い切っている。当時の「多幸感」は何で確認したのだろうか。

聖火が消え」た後に「日常に引き戻される」のは「1964」も同じだ。「コロナ禍」はないにしても、当時の暮らしが今よりずっと貧しかったのは間違いない。「往時との落差があまりにも大きい」と大島氏は言うが、根拠となるデータは示していない。本当に、そんなに「落差」があるのか。

この大会をなぜ、なんのために開催するのか。問われ続けた大義は曖昧なまま現在に至る」という問いにも、あまり意味を感じない。そもそも五輪を開催するのに「大義」が必要なのか。例えばサッカーW杯の開催に「大義」が要るのか。スポーツの大会を開くのにいちいち「大義」を明確にさせるべきなのか。大島氏には、そこを考えてほしい。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

このパンデミックは、そういう幻想を揺るがせた。続「1964」への疑念は名古屋や大阪への招致時にも生じていたが、コロナ禍はそれを噴出させた。人々は競技に感動しても、五輪という仕掛け自体には酔っていない


◎なぜそう言える?

人々は競技に感動しても、五輪という仕掛け自体には酔っていない」と大島氏は言うが、これまた根拠は示していない。「競技に感動」したのならば「五輪という仕掛け自体」に酔ったとも言えるのではないか。

国を代表してトップアスリートが戦いメダルを争うという「仕掛け自体」に酔わないで「競技に感動」することが、そもそもできるのか疑問だ。

記事の終盤を見ていこう。


【日経の記事】

つかの間の夢から覚めれば、コロナ対応に手間取り、デジタル化は大きく遅れ、多様性尊重も掛け声ばかりという現実が目の前にある。そして急速な高齢化を伴った人口減が進んでいく。

どんなにカラ元気を出しても昭和には戻れない。しかし皮肉にも、この異形の五輪は、日本人にようやく64年幻想からの脱却を果たさせるかもしれない。それは戦後史の転換点ともなる変化だ。

連日の熱戦を眺めて感じ入ったのは、若いアスリートたちの自由さである。「この競技が大好き」。国や社会の重圧と闘った「東洋の魔女」が持てなかった言葉だろう


◎昭和は良かった?

どんなにカラ元気を出しても昭和には戻れない」との記述から、大島氏が「昭和」を肯定的に捉えているのが分かる。「昭和には戻れない」のは確かだが、戻れたとしたら国民は喜ぶだろうか。

1964」の日本にはインターネットも携帯電話もない。固定電話さえも十分に普及していない。テレビも多くは白黒だ。番組の録画など当然にできない。都市部では大気汚染などの公害問題が深刻化している。セクハラ、パワハラといった概念もない。体罰などにもずっと寛容だ。21世紀の暮らしに慣れた日本人が、そんな社会に本当に戻りたいだろうか。

この異形の五輪は、日本人にようやく64年幻想からの脱却を果たさせるかもしれない」と大島氏は言うが「64年幻想」など、そもそもあるのか。「五輪の呪縛が、政治家や官僚を捉えて離さない」のかどうかは分からないが、50代以下の「日本人」にはそもそも「1964」の記憶がない。個人的には「64年幻想」など全く持っていない。

記事の結びにも注文を付けておきたい。「東洋の魔女」は「この競技が大好き」という気持ちを持てなかったと大島氏は見ているようだ。これも根拠は示していない。勝手な推測で今の「若いアスリート」と比べて良いのか。

国や社会の重圧と闘った」のは今の「若いアスリート」も同じだ。開催反対の声が大きかっただけに「国や社会の重圧」は別の意味でも強かった。「1964」にはなかったSNSを通じた直接的な個人攻撃という問題も今はある。

1964」と今回の東京五輪の「落差」が大きいとの前提の方が記事をまとめやすいのは分かる。しかし、その比較には説得力がなかった。

ついでに言うと署名が「論説委員会 大島三緒」となっていたのが気になった。なぜ「論説委員」ではなく「論説委員会」なのか。「論説委員会」の総意としての記事という意味なのか。その説明は欲しかった。


※今回取り上げた記事「続『1964』の夢と現実」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210809&ng=DGKKZO74627620Z00C21A8MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。 大島三緒氏への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。大島氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「出口」見えたのでは? 日経 大島三緒論説委員「出口見えぬ学術会議問題」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_19.html

2021年8月7日土曜日

時間はかかっても間違い指摘に真摯に対応した日経ビジネス

アジアの先進国」に関する間違い指摘に日経ビジネスがきちんと対応できるか不安視していたが、杞憂だった。7月10日の問い合わせ→7月14日の回答→7月27日の再問い合わせ→8月5日の回答…という順番で経緯を見ていきたい。

筑後川と夕陽

【日経ビジネスへの問い合わせ】

日経ビジネス編集部 担当者様

7月12日号に載った「世界の最新経営理論 ウリケ・シェーデの再興THE KAISHA(1)『20ー80現象』から脱却せよ~『日本経済は強い』は正しい」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「(日本は)アジアの先進国の中では、韓国、台湾を上回り、1人当たりGDPが最も高い」との記述です。

IMFの分類に従うと「アジアの先進国」に該当するのは日本、韓国、台湾、シンガポール、イスラエルの5カ国(ここでは台湾を国と見なします)となります。「OECD加盟国=先進国」との前提も検討しましたが、これだと台湾が漏れてしまうため記事の内容と整合しません。またOECD加盟国の中には一般的に先進国と見なされない国も含まれています。

アジアの先進国」を上記の5カ国とした場合、「1人当たりGDPが最も高い」のはシンガポールではありませんか。2位がイスラエルで日本は3位にとどまるはずです。

2020年8月3日付の「逆・タイムマシン経営論 第3章 遠近歪曲トラップ~『日本はダメ』という言説を疑え! 判断を惑わす罠を回避するには?」という御誌の記事によると、2018年の1人当たりGDPでシンガポールが世界8位となっています。5つの「アジアの先進国」の中で唯一の10位以内です。つまり「アジアの先進国」の中で日本の「1人当たりGDPが最も高い」とは言えません。

今回の記事では2017年のデータを基にしているのかもしれませんが、日本の3位は変わらないはずです。イスラエルに関しては「中東はアジアではない」といった解釈が成り立つ余地はあります。しかしシンガポールを「アジアの先進国」から除くのはかなり難しそうです。「OECD加盟国ではないから」とすると、なぜ「台湾」を「アジアの先進国」に含めたのかという問題が生じます。

「(日本は)アジアの先進国の中では、韓国、台湾を上回り、1人当たりGDPが最も高い」との記述は誤りと見て良いのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【日経ビジネスの回答】

貴重なご指摘をありがとうございます。調査の上、対応を検討いたします。


【日経ビジネスへの再問い合わせ】

日経BP社 担当者様 

お問い合わせ回答 [No.#210710-000129]についてお尋ねします。

7月10日に問い合わせた件に関して同月14日に以下の回答をいただきました。その後、調査を踏まえた回答が届くのだと理解していましたが、2週間近くが経過しても連絡がありません。

(1)14日の回答が最終回答と考えてよいのでしょうか。

(2)14日の回答が最終回答だとすると、間違い指摘に対して事実上のゼロ回答だと言えます。記事の説明に誤りがあったかどうかをなぜ明らかにできないのでしょうか。

記事中の誤りは、販売している商品の欠陥とも言えます。定期購読者に対する適切な対応をお願いします。


【日経ビジネスの回答】

平素は、日経ビジネスをお読みいただきありがとうございます。

お問い合わせの件につきまして、8月9日号にて、

日経ビジネス7月12日号96ページで「アジアの先進国の中では、韓国、台湾を上回り、1人当たりのGDPが最も高い」とあるのは、「アジアの中では、1人当たりのGDPが韓国、台湾を上回っている」の誤りでした。

との訂正を出させていただきました。

今後とも、日経ビジネスをよろしくお願いします。


◇   ◇   ◇


時間がかかり過ぎているとは思うが、間違い指摘への対応として大筋で問題はない。ミス放置が目立つ日本経済新聞は見習ってほしい。


※今回取り上げた記事「世界の最新経営理論 ウリケ・シェーデの再興THE KAISHA(1)『20ー80現象』から脱却せよ~『日本経済は強い』は正しい」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00123/00099/


※記事の評価はD(問題あり)

2021年8月6日金曜日

2%の物価目標が2008年にあった? 岩田一政 日本経済研究センター理事長に問う

6日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~インフレか スタグフレーションか」という記事には色々と気になる点があった。誤りと思える記述もあったので以下の内容で問い合わせを送っている。

夕暮れ時の筑後川

【日経への問い合わせ】

日本経済研究センター理事長 岩田一政様  日本経済新聞社 担当者様

6日の朝刊オピニオン面に岩田様が書いた「エコノミスト360°視点~インフレか スタグフレーションか」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

東京などが4回目の緊急事態宣言下にある日本は、2020年度に巨額の補正予算を組んだが、30兆円が次年度に繰り越され、景気過熱とはかけ離れた状況にある。景気の現状は、景気後退下の物価上昇(スタグフレーション)に陥った08年夏ごろまでの時期に似ている。この時、原油価格は140ドルとなり、円安持続もあって物価上昇率は2%に達した。しかし、交易条件悪化により所得が海外に流出したため、収益が圧縮されて景気後退に陥り、インフレ目標達成を喜ぶ声はなかった

日銀が「2%」の「インフレ目標」を設定したのは2013年です。しかし記事では「08年夏ごろ」に「物価上昇率」が「2%に達した」ことに触れて「インフレ目標達成を喜ぶ声はなかった」と記しています。この書き方だと「08年夏ごろ」には「2%」の「インフレ目標」を導入していたと取れます。

08年夏ごろ」に「2%」の「インフレ目標」があったと取れる説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので他に気になった点を記しておきます。

まず「インフレか スタグフレーションか」という見出しが引っかかります。記事でも説明しているように「スタグフレーション」は「景気後退下の物価上昇」なので「スタグフレーション」であれば当然に「インフレ」となります。「良いインフレか スタグフレーションか」などとした方が良いでしょう。

さらに言えば、この記事では「(良い)インフレか スタグフレーションか」を論じてはいません。「景気の現状は、景気後退下の物価上昇(スタグフレーション)に陥った08年夏ごろまでの時期に似ている」と述べているだけです。

そもそも「似ている」のかも疑問です。「08年夏ごろ」には「物価上昇率は2%に達した」のに、今年6月の物価上昇率は0.2%でほぼ横ばいです。原油相場は堅調かもしれませんが「スタグフレーション」を心配するような「インフレ」には程遠い状況です。

問い合わせは以上です。「インフレ目標達成を喜ぶ声はなかった」との記述に関しては回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210806&ng=DGKKZO74534410V00C21A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年8月4日水曜日

データの扱いに無理がある日経「会社員、平日昼も五輪熱中」

4日の日本経済新聞朝刊ビジネス1面に載った「会社員、平日昼も五輪熱中~野球ドミニカ戦、視聴割合3倍に」という記事はあまり意味がないと感じた。全文を見た上で問題点を指摘したい。

室見川

【日経の記事】

東京五輪のテレビ中継を会社員も平日昼間に自宅観戦していることが調査会社の分析で分かった。人気の野球日本代表戦では、会社員らの視聴割合が通常の約3倍に上昇。女子スケートボードの金メダル獲得でも同様に上昇した。

テレビの視聴動向を調査するTVISION INSIGHTS(ティービジョンインサイツ、東京・千代田)が五輪の中継番組について視聴動向を分析した。消費者の協力のもと家庭のテレビにセンサーをつけ、1時間単位で60秒以上テレビを注視した人の割合を集計した。

7月28日開催の野球の日本対ドミニカ共和国戦では、試合終盤の午後3時台、中継したNHK総合を会社員やパート・アルバイト、自営業者など有職者の5.2%が視聴した。五輪開会前、同時刻同チャンネルの会社員視聴割合が平均1.6%だったのに対し、約3倍に増えた

新種目のスケートボード女子ストリートが行われた26日午後0時台も5.9%に達し、13歳の西矢椛選手が日本史上最年少で金メダルを獲得した午後1時台も4.7%が視聴した。


◇   ◇   ◇


気になった点を列挙してみる?


(1)「会社員、平日昼も五輪熱中」と言える?

会社員の5%が「平日昼も五輪」をテレビ観戦したとしよう。それで「会社員、平日昼も五輪熱中」と言えるのか。裏返せば95%は「平日昼」に「五輪」を見ていない。


(2)最初から分かっていることでは?

記事では「東京五輪のテレビ中継を会社員も平日昼間に自宅観戦していることが調査会社の分析で分かった」と新たな事実を見つけ出したような書き方をしている。「平日昼」に「五輪」をテレビ観戦している「会社員」がある程度いるのは誰でも分かる。それをニュースとして打ち出されても困る。


(3)「会社員」と言い切って大丈夫?

会社員やパート・アルバイト、自営業者など有職者の5.2%が視聴した」というデータだけでは「会社員」の動向はつかめない。なのに表ではこの「5.2%」を「会社員」の数値としている。これは正確さに欠ける。「会社員」に絞った場合、「視聴した」割合が「有職者」全体の「5.2%」を大きく下回っている可能性はある。

記者としては「平日昼間に自宅で五輪を見る会社員など以前はいなかったのに今回は違う」と伝えたかったのだろう。

だとしたら「会社員」限定の数値が欲しい。それをリオデジャネイロ五輪の時などと比較すれば、意味のある記事にできたはずだ。しかし数値は「有職者」全体のもので、しかも「五輪開会前、同時刻同チャンネル」の「視聴割合」との比較。それで「会社員、平日昼も五輪熱中」と打ち出すのは、さすがに無理がある。


※今回取り上げた記事「会社員、平日昼も五輪熱中~野球ドミニカ戦、視聴割合3倍に」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210804&ng=DGKKZO74473420T00C21A8TB1000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年8月3日火曜日

「無理ゲー社会」で橘玲氏が指摘したMMTの弱点は違うような…

今回も橘玲氏の「無理ゲー社会」という本を取り上げたい。その中で引っかかったのがMMT(現代貨幣理論)に関する記述だ。「この理論の当否は本書では立ち入らない」と橘氏は言うが、その後の内容を見るとMMTに懐疑的なのが分かる。

夕暮れ時の筑後川

まず違うと思えたのが「『増税なしの財政拡張』を唱えるMMTは『そんなことをすれば財政が破綻して年金制度が崩壊する』という批判に極めて脆弱」との説明だ。

MMTは『主権通貨を発行する政府は破産し得ない』とし、アメリカや日本のような主権通貨を持つ国は、(インフレになるまで)無制限に財政を拡張できると主張する」と橘氏も書いている。つまり単純に「増税なしの財政拡張」を唱えている訳ではない。インフレを抑えるためには増税も選択肢になる。なので「『増税なしの財政拡張』を唱えるMMT」という説明は舌足らずだ。

では「増税なしの財政拡張」を続ける前提であれば、「財政が破綻して年金制度が崩壊する」という批判にMMTは「極めて脆弱」と言えるだろうか。

日本は「主権通貨を持つ国」だから、MMTの立場からは「財政が破綻して年金制度が崩壊する」心配は要らないという結論になる。

日本円を創出しているのは政府・日銀だ。金本位制ではないので裏付けとなる資産は必要ないし、創出規模に限界はない。「主権通貨を持つ国」は外貨建ての政府債務に縛られていないので、自国通貨を創出して自国通貨建ての債務を簡単に返済できる。

財政が破綻」しないとしてもハイパーインフレになるのではと心配する向きもあるかもしれない。政府がMMTに基づいて政策を実行するならば、その心配も要らない。MMTはインフレを問題視する。繰り返しになるが、どんな時も「増税なしの財政拡張」を求める訳ではない。インフレを抑えるためには増税や財政支出削減もありとの立場だ。

橘氏の説明とは逆に「『インフレにならない限り増税なしの財政拡張を進めても良い』とするMMTは『そんなことをすれば財政が破綻して年金制度が崩壊する』という批判にも簡単に反論できる」と見るべきではないか。橘氏にはそこも考えてほしい。


※今回取り上げた本「無理ゲー社会


※本の評価はB(優れている)

2021年8月2日月曜日

ベーシックインカム導入を無理筋とみる橘玲氏「無理ゲー社会」に異議あり

橘玲氏の「無理ゲー社会」という本は興味深く読めた。しかし納得できない部分もある。今回は「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」の問題を考えてみたい。

夕陽

UBI受給対象者を国民に限定したとしても大きな混乱が予想される。それは、『日本人』の家族をいくらでも増やせるからだ」と橘氏は言う。「アフリカや中南米、東南アジア、南アジア」などで「日本人男性」が現地の女性と結婚して「日本人」の子供を増やしていけば多額の「UBI」が得られると述べた上で、こうした行動に走る「日本人の男が何万人、何十万人と出てきたら、いったいどうなるのか?」と橘氏は問う。そして以下のように結論付けている。

こうした事態を避けようと思えば、誰が『日本人』で誰がそうでないかを厳密に区別するほかない。たとえば国家が『日本人遺伝子』を決めて、それを70%超保有している場合にしかベーシックインカムの支給対象にはしない、とか。これはまさに『優生学』そのもので、UBIの理想が実現すれば、わたしたちは人類史上もっともグロテスクな『排外主義国家』の誕生を目にすることになる

この問題の解決方法はかなり簡単だ。「ベーシックインカムの支給対象」を「日本国籍を有する国内在住の者」と定めれば済む。橘氏が想定するケースでは「日本人男性」が現地女性と結婚して子供を作り続けるので、子供たちもほとんどがその国に住むはずだ。なので「支給対象」から外れていく。

「国内在住」の定義をどうするかという問題はあるが、島国の日本では出入国の管理はかなりやりやすい。例えば、1カ月以上海外に滞在する場合は「支給対象」から外れるようにすれば、海外で生まれて海外で暮らし続ける子供に「ベーシックインカム」を「支給」するケースはほぼなくなるだろう。

もう1つアイデアがある。ITを活用する方法だ。「ベーシックインカム」は各人のスマホやマイナンバーカードに電子マネーのような形で「支給」してはどうか。

この場合、日本国籍を有する全員を「支給対象」としても問題ない。その代わりに電子マネーが使えるのは国内の実店舗のみで有効期限を1カ月などと限定する。

ネット販売には利用できない。他者にスマホやマイナンバーカードを渡しての利用は違法とする。ITを活用すれば「海外にいるはずの人間が国内の実店舗で買い物をしている」と検知できるだろうから、スマホやカードを親戚などに代理利用させるケースもほぼ防げるはずだ。「ベーシックインカム」の有効期間を短くすれば、たまに日本に来て爆買いして帰るといった行動も取れない。

個人的には「ベーシックインカム」を支持している。導入に当たっては、この電子マネー方式で現物支給に近い形にするのが望ましいと見ている。

スーパーでは使えるが、百貨店では使えない。牛丼屋では使えるが高級フランス料理店では使えない。そんな具合だ。線引きの難しさはあるが、贅沢な消費行動には使えないように設計する。

そうなると財源問題もかなり解決する。国民全員に月10万円の電子マネーを支給したとしても、高級品を好む富裕層などには意味のないものになる。有効期限が過ぎれば電子マネーは消失する。実質的には「中低所得層への現物支給」に近い形になる。消失分を考慮すれば、インフレ圧力もかなり抑えられる。それでも、年収や資産に関係なく「支給」するという「ベーシックインカム」の骨組みは守られる。

どうだろうか。本当に「UBIの理想が実現すれば、わたしたちは人類史上もっともグロテスクな『排外主義国家』の誕生を目にすることになる」のか。橘氏には改めて考えてほしい。


※今回取り上げた本「無理ゲー社会


※本の評価はB(優れている)