2019年2月19日火曜日

「トランプ大統領の横柄さは問題にならない」と誤解した岡本純子氏

トランプ大統領」はここ数年、世界で最も多くの批判を集めている人物かもしれない。にもかかわらず、コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏は「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」と信じているようだ。東洋経済オンラインの記事でそう言い切っている。
伐株山園地(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係です

そこで、以下の内容で問い合わせを送った。

【東洋経済新報社への問い合わせ】

東洋経済オンライン担当者様 コミュニケーション・ストラテジスト 岡本純子様

2月19日付の「日本に『女性のリーダー』が生まれない深刻理由~『女性に意欲がない』というのは本当なのか」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならないが、ヒラリー・クリントンが声を上げて叫べば、『ヒステリックだ』とバッシングにあう

2018年5月6日付の記事でAFP通信は以下のように報じています。

<記事の引用>

ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が全米ライフル協会(NRA)の年次総会で述べた2015年の仏パリ同時襲撃事件をちゃかした発言に、フランス国内で怒りが広まっている。

トランプ氏は4日、米テキサス州ダラス(Dallas)で開かれたNRAの年次総会で自由奔放に演説。フランスの銃規制法にも触れ、パリ市民に銃の購入が許されていたら事件は防げたと述べて「パリでは銃を持った人が誰もいない。130人もの犠牲者と、とてつもない数の人たちが恐ろしいけがを負ったことをみな覚えている。だが、これまで誰も彼らについて話していないじゃないか」などと語り、さらには「彼らは銃で武装したごく少人数のテロリスト集団によって残忍に殺害された。犯人たちは時間をかけて一人ずつ、銃で撃ち殺していったのだ」と述べると、「バーン。こっちへ来い。バーン。次はお前だ。バーン」などと銃を発砲する襲撃犯のまねをした。

これらトランプ氏の発言を受けてフランス外務省は5日、第2次世界大戦(World War II)以降のフランスで最も多くの犠牲者を出した2015年11月13日のパリ同時襲撃事件に対する「トランプ米大統領の発言に強い不快感を表明するとともに、事件の犠牲者に敬意を払うよう求める」とする声明を発表。事件当時の仏大統領、フランソワ・オランド(Francois Hollande)氏ら仏政治家たちもこうした批判に加わり、ツイッター(Twitter)にはトランプ氏への怒りを表明する事件の生存者らの投稿が殺到した。


--引用は以上です。トランプ氏の「人をバカにしたような横柄なコミュニケーション」が「問題」になった例は他にも多数あります。「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」との説明は明らかな誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、見出しで「『女性に意欲がない』というのは本当なのか」と打ち出しているのに、この問題への答えらしきものが見当たりません。これは読者を欺くやり方だと思えますが、いかがでしょうか。以上の2点について回答をお願いします。

東洋経済新報社では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

男性の場合、『有能』であれば、『温かみや好感度』についてはさほどなくても許されてしまうところがある」のに「女性リーダーにとって『温かみや好感度』の欠落は致命的だ」との主張に説得力を持たせようとして、岡本氏は「トランプ大統領」と「ヒラリー・クリントン」を例に出している。ただ、事実関係を無視しすぎだ。

普通の知識と判断力を持っていれば、「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」と言えるかどうかは分かるはずだ。岡本氏には書き手としての基礎的な能力に疑問を感じた。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「日本に『女性のリーダー』が生まれない深刻理由~『女性に意欲がない』というのは本当なのか
https://toyokeizai.net/articles/-/266169


※記事の評価はD(問題あり)。岡本純子氏への評価も暫定でDとする。

2019年2月18日月曜日

「日の丸半導体」の敗因分析が雑な日経 西條都夫編集委員

18日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~平成日本 失速の研究 日の丸半導体 4つの敗因」という記事で西條都夫編集委員が雑な分析を披露している。「日の丸半導体」の「敗因」として「総合電機の一部門」だったことが「足かせ」になったと西條編集委員は言う。この分析に説得力はあるだろうか。記事の前半部分を見てみよう。
八坂川(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

「逃がした魚は大きい」というが、平成の日本にとって逃した魚の代表は半導体だろう。米ICインサイツによると、1990年(平成2年)に日本勢の世界シェアは49%に達したが、2017年には7%まで落ち込んだ。米ガートナーが毎年発表する世界の半導体上位10社からも18年には日本企業が姿を消した。

半導体の重要性は言うまでもない。平成の初めに世界市場は約500億ドルだったが、18年は10倍近い4779億ドル(世界半導体市場統計)に伸びた。英エコノミスト誌は「データが21世紀の石油なら、それを有効活用するための半導体は内燃機関に相当する」とデジタル社会の中核技術に位置づけた。民生だけでなく国防でも戦略性は高く、米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも故ないことではない。

なぜこれほど重要な領域で日本は敗戦を喫したのか。識者に取材し、4つの敗因をまとめてみた。

一つは「組織と戦略の不適合」だ。日本の有力半導体企業のほとんどは総合電機の一部門として出発した。当初はそれが一種の事業ふ化装置としてうまく機能したが、ビジネスが大きくなり、迅速で思い切った決断が必要になると、とたんに足かせに転じた

ベテランアナリストで、今は日立製作所の社外取締役を務める山本高稔氏は「雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった。投資決断が常に何歩か遅れ、規模も小さく、競争からはじき飛ばされた」。



◎だったらサムスンは?

総合電機の一部門」だったために「迅速で思い切った決断が必要になると、とたんに足かせに転じた」と西條編集委員は解説する。しかし「米ガートナーが毎年発表する世界の半導体上位10社」でトップのサムスン電子も半導体は「総合電機の一部門」だ。

東芝メモリを売却した影響で「上位10社」からは外れたようだが、東芝も「総合電機の一部門」で半導体を手掛けて稼ぎ頭に育てた。「雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった」のであれば、サムスンも東芝も敗れ去っているはずだ。

サムスンが「総合電機」として半導体事業を成功させていることを西條編集委員は知らないのか。だとすれば「日の丸半導体」の「敗因」を分析する資格はない。知っているのにあえて無視したのならば手抜きが過ぎる。

ついでに記事の書き方で西條編集委員に2つ助言したい。

(1)二重否定は避けよう

日経は社内で「二重否定は使わない」と定めているはずだ。絶対に使うなとは言わないが「米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも故ないことではない」というくだりで二重否定を使う必要性は感じられない。「米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも当然だ」などとしても問題は生じない。大したことを書いているわけでもないので、説明は簡潔にしてほしい。


(2)主語と述語を考えよう

ベテランアナリストで、今は日立製作所の社外取締役を務める山本高稔氏は『雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった。投資決断が常に何歩か遅れ、規模も小さく、競争からはじき飛ばされた』」と西條編集委員は書いている。

この場合、主語の「山本高稔氏」を受ける述語が見当たらない。「山本高稔氏は競争からはじき飛ばされた」では意味が通じない。「山本高稔氏は『……』とみている」などとしないと成立しない。

例えば「イチローは『開幕戦で結果を残せなかったら引退する』」といった書き方ならば、コメントで文が終わっていても主語と述語の関係に問題は生じない。しかし、「山本高稔氏」のくだりはそうではない。

この手の助言をベテランの編集委員にしなければならないのが日経の辛いところだ。記者教育が不十分な上に、「きちんとした記事を書ける人だけが編集委員になれる」という仕組みにもなっていない。 西條編集委員だけの問題ではない。


※今回取り上げた記事「経営の視点~平成日本 失速の研究 日の丸半導体 4つの敗因
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190218&ng=DGKKZO41242510T10C19A2TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西條編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

春秋航空日本は第三極にあらず?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_25.html

7回出てくる接続助詞「が」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_90.html

日経 西條都夫編集委員「日本企業の短期主義」の欠陥
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_82.html

何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_26.html

日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_28.html

タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_17.html

日経「一目均衡」で 西條都夫編集委員が忘れていること
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_14.html

「まじめにコツコツだけ」?日経 西條都夫編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_4.html

さらに苦しい日経 西條都夫編集委員の「内向く世界(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_29.html

「根拠なき『民』への不信」に根拠欠く日経 西條都夫編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_73.html

2019年2月17日日曜日

日経ビジネスに問う「知的障害者は家庭では必要とされない?」

日経ビジネス2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」は問題が多かった。企画の方向性自体は悪くないが、これだけ粗が目立つと高い評価は与えられない。
山地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

筆者らには以下の内容で問い合わせを送った。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 北西厚一様 佐伯真也様 武田健太郎様 広田望様 古川湧様

2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」の中の「PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法」という記事についてお尋ねします。記事では「日本理化学工業」の「大山泰弘会長」が「住職」から聞いた話を以下のように紹介しています。

人間の究極の幸せは、『(1)愛されること、(2)褒められること、(3)役立つこと、(4)必要とされること』。施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない

これが全ての人に当てはまる話なのか、「日本理化学工業」で働く「知的障害者」に限定した話なのか微妙ですが、狭く考えて「知的障害者」に関するものだとしましょう。

だとしても「施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」とは思えません。「知的障害者」は家庭で家事を手伝ったりしても「褒められること」も「役立つこと」もないのでしょうか。「愛される」存在であれば、それだけで「必要とされ」そうです。なのに「家庭」では決して「必要とされること」がないのでしょうか。答えは明らかです。しかし記事では「大山泰弘会長」だけでなく筆者も「住職」の話をありがたく受け入れてしまっています。

施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」という説明は誤りではありませんか。また、今回のような偏見に満ちた誤った考え方を無批判に紹介するのは、「知的障害者」とその家族、さらには「知的障害者」を支える施設の関係者に対して配慮に欠けると思えますが、いかがでしょうか。

ついでで恐縮ですが、特集の中の「PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻」という記事にも注文を付けさせていただきます。記事ではまず「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」と記しています。これを信じれば「参加者の増加は続いているが、増加率は鈍化傾向」となっているはずです。しかし、記事にはこれを裏付けるデータが出てきません。また「伸び悩む(増加の勢いが衰える)」だけならば「同窓会行かない症候群」という話自体が怪しくなってきます。

記事には以下の記述もあります。

同窓会幹事代行サービスを手掛ける笑屋(東京・千代田、真田幸次代表取締役)によると、日本では現在、『同窓会の小規模化』が進行しているという。同社が20~50代の男女1107人を対象にしたアンケート調査によると、2010年の時点で既に89%の人が『50人以上の同窓会に参加した経験がない』と回答

笑屋」は「『同窓会の小規模化』が進行している」と分析しているだけです。これだと「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」かどうかの手掛かりにはなりません。さらに言えば「アンケート調査」は「同窓会の小規模化」の裏付けにもなっていません。「同窓会の大規模化」が起きていても調査結果と矛盾はないからです。

そもそも「調査」自体が9年前のものです。「既に89%の人が~」と書いていますが、その後にこの比率が高まったというデータは示していません。また、「中高年」に限った数字でもありません。「中高年」に関しては、記事の中で上記の話に続いて以下のように説明しています。

特に参加率が低いのが50代で、温泉旅行の予約サービスを運営するゆこゆこホールディングス(東京・中央、池照直樹社長)の調査によると、この世代の参加率は24.8%にとどまるという

記事を素直に読めば「50人以上の同窓会」への「50代」の「参加率は24.8%」と理解したくなります。しかし「20~50代」で「参加した経験」ありは11%しかいないので「24.8%」であれば「特に参加率が低い」とは言えません。

別々の調査を一体であるかのように紹介したため、こうした問題が生じたのでしょう。「ゆこゆこホールディングス」のデータは2016年の「シニアの同窓会に関する調査」から持ってきたと思われます。

この「調査」によると「この1年間の同窓会参加状況」は「50代24.8%、60代42.5%、70代以上62.2%と、高年齢者ほど参加している」ようです。

御誌の記事では調査時期が不明な上に「この1年間」だと示していません。「特に参加率が低いのが50代」と書くと、全世代の中で「50代」が特に低いと理解したくなりますが、この調査では「シニア」のみが対象です。様々な意味で、データの見せ方に問題があります。

なぜこうなったのかは想像できます。「中高年」に「同窓会行かない症候群」が広がっているとの仮説を立てて、それを裏付けるデータを探したのでしょう。しかし適当なデータは見つけられなかった。だから、いくつかのデータを強引に並べて、それらしく書いてしまった。そんなところではありませんか。気持ちは分かりますが、お薦めしません。

「きちんとした説得力のある記事を読者に届けたい」との気持ちを持っているならば、この手のごまかしからは距離を置くべきです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

回答に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「知的障害者は家庭では必要とされない?」に日経ビジネスが回答
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_21.html

※今回取り上げた記事

PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00037/

PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00034/


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

北西厚一(暫定D→D)
佐伯真也(暫定D→D)
武田健太郎(Dを維持)
広田望(暫定D→D)
古川湧(暫定C→暫定D)

2019年2月16日土曜日

「人事は原則、発表を待て!」 日経の高島屋 社長人事報道に思うこと

「まだ、こんなことやってるのか。社長人事は原則として発表を待つべきなのに…」--。高島屋の社長人事に関する日本経済新聞の報道を見てそう感じた。
日本橋高島屋S.C.(東京都中央区)

日経は15日夕刊4版総合面に「高島屋社長に村田常務が昇格 内外の重点事業にメド」という記事を突っ込んでいる(つまり1版と3版には入れていない)。そして16日の朝刊企業面には「高島屋、グループと連携強化 社長に村田常務」という記事を載せた。

朝刊の記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

高島屋は15日、村田善郎常務(57)が3月1日付で社長に昇格する人事を正式発表した。木本茂社長(62)は子会社で不動産開発を手掛ける東神開発(東京・世田谷)の会長に転じ、鈴木弘治会長(73)は留任する。同日都内で開いた記者会見で村田氏は、「(新たな)ビジネスモデルを作るのが大きな課題」と決意を述べた。

高島屋は2016年にベトナム、18年にタイに出店し、日本橋店(東京・中央)の新館を完成させた。このタイミングでの交代について木本氏は「在任5年で刺激のあるプロジェクトを立ち上げられたことで区切りがついた」と説明。村田氏を選んだことについては「経営企画などを経験しておりリーダーシップを発揮してくれる」とした。

村田氏は労働組合の委員長を務め、海外店舗立ち上げにもかかわった。国内百貨店を取り巻く環境は厳しいが、「(行政などと進める)まちづくり戦略を推進するため東神開発との相乗効果を高める」と強調。グループ会社との連携を強化して、新たなビジネスモデルを作り上げる考えだ。

14年まで11年社長を務めた鈴木氏は、会長として経営を監督する立場を継続する。木本氏は東神開発の会長を鈴木氏から引き継ぎ、高島屋がグループ戦略上重視する商業施設開発や街づくりを担う。



◎「鈴木氏の長期政権」をなぜ論じない

そこそこ行数がある記事なのに「鈴木弘治会長(73)は留任する」「14年まで11年社長を務めた鈴木氏は、会長として経営を監督する立場を継続する」と会長留任に関してはサラッと触れているだけだ。

鈴木弘治会長」が高島屋の最高権力者なのは衆目の一致するところだろう。今回の人事で最も重要なのは「鈴木弘治会長」が「留任する」点だと思える。長期政権を築いた末に逮捕されたゴーン被告に関して日経は「独裁者に変貌」「いつしか暴君と恐れられる存在に」などと事件発覚後に解説し、長期政権の危険性を訴えていた。なのに、なぜ「鈴木弘治会長」の問題を論じないのか。

夕刊4版に記事を入れられたのが「鈴木氏」からの情報提供のおかげかどうかは分からない。だが、その可能性は十分にある。人事取材でお世話になってしまえば、仮に「鈴木氏は暴君だ」と記者が感じていても、それを記事に反映させるのは難しくなる。

そもそも夕刊4版に記事を入れる意味が乏しい。まず4版読者は日経読者の一部に過ぎない。自分は夕刊3版地域に住んでいるので、4版に記事を入れてもらっても関係ない。それに、高島屋は今回の人事を15日の午後には発表している。4版読者も夕刊が自宅に届くころには、人事をネットでも確認できる。

関係者に取材して夕刊4版に入れるために担当記者はかなりの労力を使ったはずだ。なのに読者に及ぶプラスはわずかだ。一方で、取材で協力してくれた人に恩ができるために報道内容の制約を受けるというマイナスが生じてしまう。

結局、メリットよりもデメリットがはるかに上回る。上記の記事に関しても、一読者の立場で言えば「実質ナンバー2の交代を夕刊に入れるなんてどうでもいい。それより鈴木氏が長くトップに立つことのマイナス面はどうなのか。これを機にしっかり検証してほしかった」と思う。

なので改めて訴えたい。不祥事関連など特殊な場合を除いて社長人事は発表待ちでいい。そんな取材に時間を割く暇があるならば、読書でもして書き手としての実力を高めてほしい。

記者にしてみれば「そんなこと言われても会社の方針だから…」となるだろう。それは分かる。問題は編集局の幹部だ。「自分たちの記者時代は朝夕刊の最終版に特ダネを入れることに全力を注いできた。それを無駄だと言うのか」との思いはあるだろう。だが、社長人事を発表前に報じることに社会的意義はほぼない。読者ニーズも極めて小さいだろう。一方で報道内容が縛られるリスクは大きい。そして記者は無駄に疲弊する。

合理的に判断すれば、どの道を選ぶのが正しいのか。過去を断ち切って考えてほしい。


※今回取り上げた記事「高島屋社長に村田常務が昇格 内外の重点事業にメド
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190216&ng=DGKKZO41329010V10C19A2TJC000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年2月15日金曜日

「金融先物の父」は複数いる? 日経1面連載「データの世紀」

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事は全体として強引な説明が目立った。故に説得力を欠く内容になっている。日経には以下の内容で問い合わせを送った。問題点があまりに多過ぎて、かなり長くなった。それでも指摘し切れなかった。取材班のメンバーは「なぜこうなってしまったのか」をしっかり考えてほしい。
 酢屋の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 阿部哲也様 植松正史様 西岡貴司様 川合智之様 兼松雄一郎様 栗原健太様 平本信敬様 伴正春様 寺井浩介様 野毛洋子様 多部田俊輔様 渡辺絵理様

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事についてお尋ねします。記事では「米国金融取引所(AFX)のリチャード・サンダー最高経営責任者(CEO)」を「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる『金融先物の父』」と紹介しています。

米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループの「沿革」を見ると「業界初の金融先物である、外国通貨先物取引を7通貨で開始」したのが1972年です。また「金融先物の父」としてはレオ・メラメド氏が知られています。「サンダー」氏が「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる」のだとしたら、「金融先物の父」である可能性はかなり低そうです。本当に「金融先物の父」ならば、1970年代に「通貨先物取引」を始めたことで知られている方が自然です。

また、2018年9月13日付の「投資道場~異文化体験が投資眼養う 『若者よ、世界を旅しよう』 金融先物の父、メラメド氏がメッセージ」という日経の記事では「米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループ名誉会長のレオ・メラメド氏(86)」を「金融先物の父」と呼んでいます。

金融先物の父」が2人いるのも奇妙な話です。そして、「メラメド氏」の方が「金融先物の父」と呼ばれる条件を満たしていると思えます。「サンダー」氏を「金融先物の父」と紹介したのは誤りではありませんか。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にもいくつか疑問点を挙げておきます。

(1)「指標化」できますか?

記事では「原油や金と異なり、データの価値は量や重さで測れない。だがサンダー氏は確信を持つ。『データの動きをインデックス(指標)化して見えるようにすれば、取引できるはずだ』」と書いていますが、どうやって「インデックス(指標)化して見えるように」するのか謎です。個人的には無理だと感じます。

サンダー氏」を取材して皆さんが「インデックス(指標)化」は十分に可能だと判断したのならば、そこは読者に説明した方が良いでしょう。


(2)「見える化」できてますか?

記事では「意識するのは中国だ。15年創設の貴陽ビッグデータ交易所は2千社が金融や医療、物流など4千種類ものデータを相対で売買する。米中の有力取引所がデータの『見える化』を競う」と書いていますが、これのどこが「見える化」なのか謎です。「4千種類ものデータを相対で売買」するだけならば、「見える化」にはなりません。

どんな「データ」がいくらで取引されたか誰でも分かる仕組みになっているのならば「見える化」と言ってもいいでしょう。しかし記事中にそうした説明はありません。

付け加えると「米中の有力取引所」との説明も引っかかりました。記事で取り上げた「米国金融取引所(AFX)」を日経電子版で検索してみても今回の記事しか出てきません。本物の「有力取引所」であれば考えにくい話です。話を盛り上げるために「米国金融取引所(AFX)有力取引所」「サンダー氏金融先物の父」として描いたのではとの疑いが残りました。


(3)「判断が甘かったのは明白」ですか?

以下の説明にも問題を感じました。

米フェイスブックがインスタグラムを買収した7年前、各国の競争当局は容易にこれを承認した。『従業員13人。売り上げもない。広告の競争を大きく阻害しない』。当時の英当局の審査資料には記されている。判断が甘かったのは明白だ。インスタグラムは写真共有サイトとして世界の標準を握り、利用者と広告出稿が急増した。18年の企業評価額は1千億ドル(11兆円)。買収時の100倍だ

判断が甘かったのは明白」でしょうか。「英当局」は「広告の競争を大きく阻害しない」と「判断」しただけです。「広告出稿が急増」したり「企業評価額」が「買収時の100倍」になったりしても「判断が甘かった」根拠とはなりません。

判断が甘かったのは明白」と断定するのならば、「広告の競争を大きく阻害」している実態を描くべきです。それが難しいから「企業評価額」などを並べてごまかしたのではありませんか。


(4)4社で走っても「独走」ですか?

記事には「00年以降、米グーグルなど『GAFA』が買収に投じた額は10兆円規模。対象の大半は将来競合しそうな新興企業だった。データを測る力で独走してきた巨人だが、競争関係がゆがめば不利益を被るのは個人だ」との記述があります。

GAFA」は連携して活動する1つの企業グループではありません。4社が先頭集団を形成して走っていたとしても「独走」とは言えません。「並走してきた巨人たち」などとした方が好ましいでしょう。


(5)「データの対価」と言えますか?

記事には「GAFAのお膝元、米カリフォルニア州で『消費者プライバシー法』が20年に施行する。企業が悪質な情報漏洩を起こせば、ユーザーは『100~750ドルを賠償請求できる』。欧州や日本も導入していない『データの対価』を認める」との記述もあります。

浜離宮恩賜庭園(東京都中央区)※写真と本文は無関係
消費者プライバシー法」が「情報漏洩」に関して「賠償請求」を認めているとしても「『データの対価』を認める」と見なすのは無理があります。記事の説明から推測すると「100~750ドル」は「データの対価」ではなく、「情報漏洩」に伴う損失への「賠償」でしょう。

また、日本には個人情報保護法があり「悪質な情報漏洩」で損害を受けた場合、「ユーザー」は企業に「賠償請求」できます。「消費者プライバシー法」が「『データの対価』を認める」ものならば、日本も同じような制度を「導入」していると思えます。


(6)誰にとっての「実行不能」ですか?

記事では「住民立法として発案された当初は『最大3千ドルを請求できる』内容だった。『実行不能。世界から孤立してしまう』。焦ったGAFAが強力なロビー活動で押し返した。だが無料で膨大な個人データを集められる状況は、いつまで続くか分からなくなりつつある」とも書いています。

まず「最大3千ドル」でも「100~750ドル」でも決定的な差はありません。「最大3千ドル」だと「実行不能。世界から孤立してしまう」のであれば、「100~750ドル」でも同じではありませんか。

実行不能。世界から孤立してしまう」という部分も解釈に迷いました。これは「GAFA」にとって「実行不能。世界から孤立してしまう」なのでしょうか。それとも「米カリフォルニア州」にとってでしょうか。どちらにしても「実行不能」で「世界から孤立してしまう」とは思えません。

GAFA」は「悪質な情報漏洩」を発生させた時に、「最大3千ドル」の支払いもできない程の貧乏企業ですか。かなりの人数に「3千ドル」を払っても余裕で存続できそうです。


(7)「新独占に風穴」が開きますか?

記事の最後を「スマートフォンの普及などとともに生まれた新独占。その恩恵を享受してきた巨人も盤石ではない。データの価値を見定める力は新独占に風穴を開け、次の秩序への一歩になる」と皆さんは締めています。

これも謎です。「米カリフォルニア州」の住民が「悪質な情報漏洩」に関して「自分の場合は750ドルの損害に相当する」などと「見定める」ようになると「GAFA」の「新独占に風穴」が空きますか。ほとんど関係なさそうです。しかし記事からは「消費者プライバシー法」の事例以外に「データの価値を見定める力は新独占に風穴」に関する手掛かりは見当たりません。

「何を訴えたいか」が明確になっていないのに紙幅を埋めてしまったのではありませんか。「だから説得力に欠ける取って付けたような結びになった」と考えると腑に落ちます。

記事には「『市場価値』が独走止める」との見出しも付いています。しかし記事を最後まで読んでも「『市場価値』が独走止める」と納得できる話は出てきません。「結論部分に説得力を持たせるためには、どんな構成にすればよいのか」を十分に考えて企画記事を書く習慣を付けてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190215&ng=DGKKZO41294930U9A210C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の責任者を阿部哲也氏だと推定し、同氏への評価を暫定でDとする。

2019年2月14日木曜日

「鉄道会社の淘汰の時代」に説得力なし 東洋経済 大坂直樹記者

週刊東洋経済2月16日号の特集「最強の通勤電車」の中の「じわり広がる鉄道各社間の格差 鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」という記事は看板に偽りありだ。記事を最後まで読んでも「鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」とは感じられない。
田島神社(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係

冒頭で「大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている」と打ち出し、「大手私鉄16社とJR東日本の関東圏在来線、JR西日本の近畿圏在来線について2009年度の輸送人キロを100とした場合の17年度までの状況」を分析しているので、記事で言う「鉄道会社の淘汰」とは「大手鉄道会社」に関するものだろう(大手以外に言及したくだりは記事中にない)。「淘汰」に関しては、記事の終盤に唐突に出てくる。そこを見ていこう。

【東洋経済の記事】

一方で、鉄道各社は設備投資額を年々増やしている(図3の上)。車両の更新・改良、運転保安設備整備、踏切の改良といった安全面の投資に加え、エレベーター、エスカレーター、ホームドアの設置といったサービス面の投資に力を入れている。

06年施行のバリアフリー新法は、20年度までに全国の主要3575駅にエレベーター、エスカレーターなどを設置し、段差を解消することを求めている。18年3月末時点で約9割の駅に設置され、目標達成が見えてきた。

ホームドアの設置駅数も増え、800駅の設置目標に対して18年3月末時点で725駅が設置済みだ(図4の左)。しかし、設置済みの駅には利用者が少ない駅も多く、国が求める利用者10万人以上の駅では約6割がホームドア未設置だ(図4の右)。
 そんな中でホームドア設置に力を注ぐのが東京メトロだ。25年度までに全路線全駅への設置を目指す。丸ノ内線、日比谷線などでの新型車両の導入にも積極的で、他社と比較すると設備投資の大きさが際立つ(図3の下)。

設備投資額が東京メトロに次いで大きいのが東急電鉄だ。沿線には、自由が丘や二子玉川といった人気のエリアが多く、高橋和夫社長は「想定以上に沿線人口が増えている」と語る。それゆえ鉄道の混雑率が高いという悩みを抱えるが、それ以外のサービス改善でカバーしようと投資を惜しまない。ホームドアも東横線と田園都市線の全駅に19年度中に設置予定だ。

沿線の魅力が高まれば、ほかの地域から人口が流入し、鉄道利用者を増やし続けることができる。そのためには、鉄道の安全性やサービス改善は欠かせない。

長期にわたる設備投資額が将来生き残る路線を決めるといっても過言ではない。鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある


◎説得力ゼロでは?

鉄道各社」の「設備投資」についてあれこれ書いた後で「長期にわたる設備投資額が将来生き残る路線を決めるといっても過言ではない」と導いているのは分かる。問題は最後の「鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある」だ。これに説得力を持たせる材料はほとんどない。

鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある」との結論に説得力を持たせるためには、「大手鉄道会社」の一部で単独での生き残りが難しくなっている状況を描く必要がある。しかし、記事にはそうした記述は見当たらない。「大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている」としても、「鉄道会社淘汰の時代」が「始まりつつある」と言える訳ではない。

鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」と見出しでも打ち出しているのだから「近い将来、淘汰される大手鉄道会社が出てきてもおかしくないな」と読者に思わせる内容にすべきだ。

この記事に関しては前半にも問題を感じた。そこも見ておく。

【東洋経済の記事】

大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている。図1「輸送人キロ」(乗客数に各人の利用距離を乗じたもの)で比較してみよう。大手私鉄16社とJR東日本の関東圏在来線、JR西日本の近畿圏在来線について2009年度の輸送人キロを100とした場合の17年度までの状況だ。

最も伸びたのは東京メトロ。堅調な景気を背景にビジネス利用が増えており、インバウンドなどの観光利用者が上乗せされた。

2位は阪神電鉄。09年の阪神なんば線開業で沿線の利便性が向上し、利用者が増えた。3位京成、4位名鉄はどちらも空港アクセス鉄道が絶好調だ。

一方で、17位の西鉄、18位の近鉄は09年度よりも利用状況が悪化した。西鉄は福岡が地盤。近鉄は路線距離が私鉄最大で、2府3県にまたがる。東京、大阪という大都市を外れると、大手鉄道会社といえども安泰ではない


◎話が違うような…

引っかかるのは「東京、大阪という大都市を外れると、大手鉄道会社といえども安泰ではない」という解説だ。「4位名鉄」は「空港アクセス鉄道が絶好調」らしい。しかし「東京、大阪という大都市を外れ」ている。

一方、「18位の近鉄は09年度よりも利用状況が悪化した」ものの「大阪」からは「外れ」ていない。どうも話が違う。

結局、この記事ではまともな分析ができていない。筆者の大坂直樹記者に猛省を促したい。


※今回取り上げた特集「最強の通勤電車
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/19932


※特集全体も当該記事も評価はD(問題あり)。大坂直樹記者への評価も暫定でDとする。

2019年2月13日水曜日

大腸内視鏡検査を「有用」と断言する井手ゆきえ氏の誤解

医学ライターの井手ゆきえ氏は「信じてはいけない書き手」と言えそうだ。週刊ダイヤモンド2月16日号に載った「カラダご医見番 ライフスタイル編 Number 434~陰性だったら次は10年後 大腸内視鏡検査の間隔」という記事には様々な問題を感じた。記事の全文を見た上で具体的に指摘したい。
平和公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

受けたくない検査の一つに大腸内視鏡検査がある。

事前の食事制限や下剤の服用のほか、検査時に鎮静剤を使うので、検査後の自動車運転が禁じられるなどわずらわしい。

さらに、頻度はまれだが検査に伴う“偶発症”として、出血や腸管穿孔(腸に穴が開くこと)、激しい腹痛などのリスクのほか、検査時の投薬による死亡例も報告されている。早期発見のためとはいえ、偶発症リスクに何度も曝されるのは勘弁してほしいものだ。どの程度の間隔で大腸内視鏡検査を受けるべきなのだろう。

先日、米国の保健維持組織の一つ「KPNC」から、この疑問に答える調査の結果が報告された。

同調査は、1998~2015年の利用者のうち、平均的大腸がんリスクを有する50~75歳の125万1318人(男女比は1対1、平均年齢55.6歳)が対象。大腸内視鏡検査で陰性とされた1万7253人(陰性群)と、非検査群25万9373人とで、大腸がんの発症と関連死を追跡した。

ちなみに、平均的な大腸がんリスクとは、50歳以上、腸管の良性腫瘍やポリープ、炎症性腸疾患の既往なし、大腸がんの家族歴がない、である。

追跡1年後、大腸がんの発症率は陰性群で、10万人・年当たり16.6、10年後は同133.2だった。一方、非検査群の追跡1年後の発症率は同62.9、12年以上で同224.8だった。

米国の診療ガイドラインでは、大腸内視鏡検査の結果が陰性だった場合、検査間隔を10年としている。その10年で区切って解析した結果、陰性群の大腸がん発症リスクは非検査群に対し46%、関連死リスクは88%低下していた

つまり、大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用であり、検査結果が陰性だった場合は、少なくとも10年間は非検査群より安心できるわけだ。

がん化リスクが低い腺腫が1、2個ある、という場合もきちんと切除すれば陰性とほぼ同じ。

平均的な大腸がんリスクの持ち主の大腸内視鏡検査は、がん化が疑われる病変が見つからない限り、10年に1回で十分である。

◇   ◇   ◇

(1)エビデンスとしての有効性は?

記事の書き方から推測すると「KPNC」による調査はランダム化比較試験ではなさそうだ。だとすれば、エビデンスとしての有効性は低い。調査結果を記事に使うなとは言わないが、ランダム化比較試験でないならば、その点を明示すべきだ。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
     ※写真と本文は無関係です

なのに「この疑問に答える調査の結果が報告された」と、決定的なエビデンスが見つかったような書き方をしている。これは感心しない。ランダム化比較試験ではない場合、健康に自信がない人、健康管理が面倒な人が「非検査群」に偏ってしまい、「検査」の影響以外の要因で「発症率」などに差が出てしまいやすい。


(2)「陰性群」と比べて意味ある?

陰性群」と「非検査群」を比べ意味があるのか。「非検査群」には「検査をすれば陽性になる人」が最初から含まれている。これでは、その後の「発症率」が高く出るのは当然だ。ランダム化比較試験にした上で「非検査群」と「検査群」を比べるべきだ。

仮に「非検査群」も「検査群」も10年間で100人中10人が「大腸がん」になるとしよう。最初の検査で陽性(単純化のために「陽性=がん確認」と考える)となるのは5人とする。これを「陰性群」と「非検査群」で比べてしまうと、「陰性群」は95人中5人(約5%)が発症する。一方の「非検査群」は100人中10人(10%)だ。

陰性群」の発症率は「非検査群」の約半分だ。だからと言って「大腸がん」になるリスクを検査が下げてくれているとは言い難い。

ついでに言うと「陰性群の大腸がん発症リスクは非検査群に対し46%、関連死リスクは88%低下していた」というくだりの「低下していた」が引っかかる。「低かった」とすべきだろう。


(3)「死亡リスクを下げる」?

つまり、大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」と井手氏は断定している。この説明に問題があるのは既に述べてきた通りだ。

付け加えると、「大腸内視鏡検査」に「(大腸がんの)関連死リスク」を下げる効果があるとしても「死亡リスクを下げるという意味で有用」とは言い切れない。「関連死」以外の「死亡リスク」を考慮する必要があるからだ。ここは正確に書いてほしい。

「大腸がん関連で死ぬリスク」を減らせても「大腸がん関連以外で死ぬリスク」で相殺されれば意味がない。そして、がん検診には「がん以外での死亡も含めた総死亡率を下げる効果は確認できない」との研究報告がある。なのに「大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」と言い切ってしまうのは罪深い。


(4)「10年に1回で十分」?

百歩譲って「大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」だとしよう。その場合、「10年に1回で十分」と言えるだろうか。井手氏は「非検査群」との比較を基に「10年に1回で十分」と判断したようだ。これは解せない。

「1年に1回」の群は「10年に1回」の群に比べて大幅に「死亡リスク」が低いとしよう。この場合「10年に1回で十分」と考えるべきか。常識的には「1年に1回」を推奨すべきだろう。しかし記事には、こうした比較がない。それで「10年に1回で十分である」と言われても納得できない。


※今回取り上げた記事「カラダご医見番 ライフスタイル編 Number 434~陰性だったら次は10年後 大腸内視鏡検査の間隔
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/25790


※記事の評価はD(問題あり)。井手ゆきえ氏への評価はDで確定とする。井手氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「最大18時間は絶食」で意味通じる?  週刊ダイヤモンドに疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/18.html