2017年12月2日土曜日

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」

色々と問題が多い日本経済新聞朝刊1面の連載「生産性考」がようやく終わった。1日の最終回「危機を好機に(5)努力生かせぬ介護 社会保障こそ成長の源」という記事にも、やはり問題を感じた。まずは最初の事例を見ていこう。
平成筑豊鉄道 行橋駅(福岡県行橋市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

排水速度が通常の2倍の浴槽、利用者のリハビリ記録を一括管理するナビゲーションシステム。介護する人の負担軽減と、介護される人の快適さを高める先端機器がそろう。パナソニックエイジフリー(大阪府門真市)がさいたま市に開いたデイサービス施設だ。大手メーカーならではの技術力でサービス向上に挑む。

「人手と時間が必要な業務を効率化し、高齢者に手厚く寄り添う」。施設の女性職員は胸を張る。同社は職員1人のリモコン操作でベッドを車いすに変え、1分ほどで寝たきりの人を移せる体制も整えた。高齢者の転倒率の低さなど安全面もアピールする。

厚生労働省によると、2025年度に必要な介護職員は約253万人。対する供給見込みは約215万人で、38万人が不足する計算だ。介護ロボットの活用など生産性向上は担い手不足解消の切り札となる。

だが、介護は企業の創意工夫を十分生かせる仕組みになっていない。どのような状態の人に、どんなサービスを提供したかで介護の報酬は決まる。人員配置の基準も厳しく、デイサービスだと原則5人の利用者に職員1人が必要。ロボットも使い効率的にサービスを提供しても、人手は減らせない。エイジフリー社も拡大戦略の修正を迫られた。がんじがらめの決まりが企業を縛る


◎制度を知らずに参入した?

記事からは「介護は企業の創意工夫を十分生かせる仕組みになっていない」から「エイジフリー社も拡大戦略の修正を迫られた」と取れる。本当にそうなのか。

デイサービスだと原則5人の利用者に職員1人が必要」という決まりは以前からあるはずだ。なのに「エイジフリー社」は「職員1人」で6人以上の介護をする前提で事業を始めたのだろうか。だとすれば愚かすぎるが、ちょっと考えにくい。

2番目の事例にも注文を付けたい。

【日経の記事】

「筋トレを増やしましょう」。エムダブルエス日高(群馬県高崎市)のデイサービス施設。リハビリに励む40代男性に職員が声をかけ、専用メニューで後押しする。ただ健康体に近づけば、経営にはマイナスだ。要介護度が3から2になると、月の費用は約15万円から10万円程度に減り、事業者の収入も減る。北嶋史誉社長は「成果に報いる制度にしないと健康な高齢者は増えない」と嘆く。


◎ならばなぜ「筋トレ」を?

まず「成果に報いる制度にしないと健康な高齢者は増えない」という社長コメントを使うのならば、「リハビリに励む」のは「40代男性」ではなく、「高齢者」にしてほしかった。そうしなかったのは「筋トレ」などで「リハビリに励む」高齢者がほとんどいないからなのかもしれないが…。
福岡県立八女農業高校(八女市)※写真と本文は無関係です

そもそも「成果に報いる制度」になっていないのに、なぜ「エムダブルエス日高」では「リハビリに励む40代男性に職員が声をかけ、専用メニューで後押しする」のかとの疑問が湧く。「成果に報いる制度」にしなくても、事業者はきちんと利用者の「リハビリ」に取り組んでいることを示す事例になってしまっている。これでは記事の主張に説得力が出ない。

記事の終盤にも疑問を感じた。

【日経】

介護は工夫次第で生産性を高める余地が大きい。通所介護の利益率(税引き前)は月の利用者が300人以下だとマイナス4%だが、901人以上はプラス10%。資材の共同調達や組織集約が寄与する。介護事業に参入したSOMPOホールディングスの桜田謙悟社長も「事業者には一定の規模が必要」と説く。

だが、現実には零細な社会福祉法人が多く、産業としての経営効率は低い。日本生産性本部によると、就業者1時間当たりの実質労働生産性(15年)は、介護を含む「保健衛生・社会事業」が2671円。製造業(5228円)の半分だ。


◎結局どっちなの?

介護は企業の創意工夫を十分生かせる仕組みになっていない」「がんじがらめの決まりが企業を縛る」と書いていたのに、記事の後半では一転して「介護は工夫次第で生産性を高める余地が大きい」となってしまう。矛盾しているとは言わないが、ちょっと苦しい。

しかもその後に「事業者には一定の規模が必要」との「SOMPOホールディングスの桜田謙悟社長」とのコメントが出てくる。これを信じれば「零細な社会福祉法人」には「工夫次第で生産性を高める余地」が乏しいはずだ。

また、事業規模を大きくすれば労働生産性が上がるような印象を与える書き方をしているが、「通所介護の利益率」が高いからと言って「就業者1時間当たりの実質労働生産性」が高いとは限らない。ここはデータの使い方に問題を感じる。

今回の連載は最初から最後まで問題だらけだった。そうなった要因を取材班のメンバーはよく考えて今後に生かしてほしい。


※今回取り上げた記事「生産性考危機を好機に(5)努力生かせぬ介護 社会保障こそ成長の源
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171201&ng=DGKKZO24127180R01C17A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

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