2016年8月17日水曜日

迷走止まらぬ日経1面「新産業創世記~そう、個人が主役」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「新産業創世記~そう、個人が主役」が予想通りに苦しい展開となっている。17日の第3回には「ファンによるファンのための… 挑戦的ものづくり」との見出しが付いている。記事の最初に出てくる「レゴブロック」の話はまだ分かるのだが、その後に迷走してしまう。全文を見た上で、記事の問題点を探ってみたい。
熊本県立済々黌高校(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(レゴ関連)】

東京都世田谷区のビルの一室。100平方メートル超の空間は色とりどりのレゴブロックであふれる。部屋の主の三井淳平氏(29)はデンマークの玩具メーカー、レゴグループの「認定プロビルダー」だ。ブロックで実物と見まがう精巧なオブジェを制作できる世界の愛好家13人がこの称号を持つ。

三井氏は企業からブロックを使う展示物の制作を引き受けるなど、大好きなレゴで生計を立てる。ブロックの組み方を指南するアプリも作った。

レゴにとってプロビルダーはただの広告塔ではない。「プロ」の看板で稼ぐのを認める代わりに、どんな仕事を引き受けたか報告してもらい、次の開発につなげる。

ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルなど世界の名建築を再現する「アーキテクチャー」シリーズ。主力商品に育った同シリーズは、プロビルダーが生みの親だ。

「自社開発では実験的なアイデアは生み出しにくい」。ヨアン・ヴィー・クヌッドストープ最高経営責任者(CEO、47)はこう言い切る。

2015年12月期までの5年間で売上高が約2倍となったレゴ。多角化の失敗で10年前は経営危機にあった同社を復活させたのは全世界で組織化した460万人の個人だ。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など往年の人気映画をテーマにしたヒット商品もレゴのファンがインターネット上に提案したものだ。

仕組みを整えたのは日本のCUUSOO SYSTEM。クリエーターの経験もある西山浩平氏(46)が1997年に起業した。投票で個人のアイデアを製品化するサービスを提供する。これにレゴが目を付けた。

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ここまでは大きな問題を感じない。苦しくなるのはこの後だ。レゴの話との関連はほぼないし、「そう、個人が主役」と思わせてくれる内容でもない。「ファンによるファンのための… 挑戦的ものづくり」とも違う。結局、何が言いたいのかよく分からないまま終わってしまう。

【日経の記事(レゴ関連の後)】

大量生産・大量消費が転換点を迎え、「従来のものづくりでは変化に追いつけない」とデロイトトーマツコンサルティングの岩渕匡敦執行役員(44)は指摘する。

少量多品種生産に挑む企業は元気だ。衣料品を生産するシタテル(熊本市)は通常300着程度が受注の最低単位とされる衣料品をわずか30着から引き受ける。134社の縫製工場と提携、工場の繁閑や技術力から依頼に合う発注先を自動で選ぶシステムを構築した。

「挑戦的で面白い商品を作れれば、新たな需要を創出できる」。河野秀和社長(41)は商品の個性を追求できる少量生産で、低迷するアパレル業界をもり立てようと意気込む。顧客は別注品を求めるセレクトショップなど300社に広がった。

2000年代以降、一足早く水平分業が進んだ電機業界も新たなメーカーのかたちを模索する。

パソコンや家電の生産を引き受けて成長してきた電子機器の受託製造「EMS」。世界大手のフレクストロニクス(シンガポール)は将来の顧客を米シリコンバレーに求める。現地に研究所を開き、製造業ベンチャーに資金やオフィスを貸し出すばかりか、研究開発も手伝う。もはや開拓する顧客は大手ではない

マイク・マクナマラCEOは米フォード・モーターの出身。大量生産の代名詞「T型フォード」を生んだ同社出身のマクナマラ氏が言う。「未来はここに眠っている

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上記のくだりに関して、レゴの話との関連が薄いこと以外の問題点を列挙してみたい。

◎「大量生産・大量消費が転換点」?

レゴの話との「つなぎ」で出てくるのが「大量生産・大量消費が転換点を迎え、『従来のものづくりでは変化に追いつけない』とデロイトトーマツコンサルティングの岩渕匡敦執行役員(44)は指摘する」との説明だ。今は「大量生産・大量消費が転換点を迎え」ている段階なのか。30年前ならまだ分かる。2016年になって、大量生産・大量消費がようやく転換点を迎えてきたと思っているならば、かなりマズい。

実際に取材班でそうと認識している人はいないはずだ。ならば、なぜこうした記述が出てくるのか。それはレゴの話とその後の事例の関連が非常に薄いからだろう。「シタテル」や「フレクストロニクス」の事例につなげるためには、レゴの話とどう関連するのか説明が必要になる。そこで出てきたのが「大量生産・大量消費が転換点を迎え」ているという話だ。

元々関連が乏しいものを強引に結び付けるのだから、当然に無理が生じる。「従来のものづくりでは変化に追いつけない」との漠然としたコメントも、バラバラの事例を結び付けるのが目的なので、記事に説得力を与える役割は果たしていないと思える。

◎「30着から引き受け」の何が新しい?

記事によると「衣料品を生産するシタテル(熊本市)は通常300着程度が受注の最低単位とされる衣料品をわずか30着から引き受ける」らしい。これは何が新しいのだろうか。そもそもオーダーメイドならば1着単位での生産だ。わざわざ「30着から引き受ける」企業を紹介して意味があるのか。「個人が主役」の趣旨に合うのも、個人経営の店が多いオーダーメイドの方だろう(「新産業」ではないが…)。

◎フレクストロニクスの「顧客」とは?

EMS世界大手のフレクストロニクスの話も分かりにくい。記事では「もはや開拓する顧客は大手ではない」と書いているが、代わりにどんな顧客を開拓するのかは曖昧だ。記事に出てくる「製造業ベンチャー」が新たな顧客なのだろうか。

記事では「現地に研究所を開き、製造業ベンチャーに資金やオフィスを貸し出すばかりか、研究開発も手伝う」と書いているので、フレクストロニクスはベンチャー支援事業でも始めたのだろう。ただ、それだけでは「新たなメーカーのかたち」にはなり得ないし、その程度のことで「未来はここに眠っている」と言われても説得力はない。

フレクストロニクスは支援するベンチャーを傘下に置いての新たな事業展開を考えているのかもしれない。だが、記事にはその辺りの説明がなく、ぼんやりした話で終わっている。そして毎度のことではあるが「個人が主役」にもなっていない。

事例をいくつか集めて強引につなげるという今のやり方を改めない限り、この連載の迷走は止まりそうもない。現実的な対応としては「新産業創世記」の連載自体をなるべく早く打ち切るべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

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