2024年2月1日木曜日

遅きに失した日経産業新聞の“廃刊”

日経産業新聞の休刊が発表された。遅すぎた感はあるが悪い話ではない。今回は日経産業新聞について論じてみたい。まずは1日の日本経済新聞朝刊1面に載った「お知らせ」を見ていこう。

宮島

【日経の「お知らせ」】 

ビジネスやテクノロジーの最先端トレンドを伝えてきた日経産業新聞が創刊50周年を迎えたのを機に、ビジネス報道を刷新します。「読みたい時に最新情報を得られる」電子版の特徴を生かし、企業の動きをより早く、深く報じていきます。日経産業新聞は3月29日付で休刊し、デジタル時代の情報発信力を高めます。(関連特集を掲載)

生成AI(人工知能)の台頭や地政学的なリスクの高まりなど、企業環境は目まぐるしく動いています。変化の波を映すニュースと、ニュースの内幕に迫る分析記事で「ビジネスの今」を伝えていきます。

電子版では今春、トップ画面のデザインを見直します。ビジネスニュースコーナー「ビジネスデイリー」を新設し、最新の企業情報にたどり着きやすくします。業界・テーマ別にコンテンツをまとめた一覧ページも設け、興味のあるコンテンツを見つけやすくします。国内外の企業の動きをきめ細かく報じてきた日経産業新聞の強みを電子版で受け継ぎ、次のビジネスのヒントを提示します。

電子版での報道に加え、テーマごとに深掘りした専門情報を有料メディア「NIKKEI Prime(日経プライム)」シリーズでお伝えしていきます。世界各地のデジタル規制やビジネスのトレンドを読み解くメディアを新たに立ち上げます。ビジネスニュース関連のPrimeシリーズでは第4弾となります。

朝刊紙面でもビジネス面を刷新し、ページ数を増やします。電子版で発信したよりすぐりのコンテンツを一覧性の高い紙面に収容しビジネスに役立つ多様な視点を提供していきます。


◎休刊を前面に出すべき

朝刊を見ると「ビジネス報道を刷新」という主見出しを目立たせ「電子版、企業情報を拡充」が2番手の見出しになっている。その下に「日経産業新聞、3月末で休刊」とようやく出てくる。「休刊」(事実上の廃刊だろう)という重要な判断をしたのなら、まずはそれをしっかり伝えるべきだ。本文も冒頭で「ビジネスやテクノロジーの最先端トレンドを伝えてきた日経産業新聞が創刊50周年を迎えたのを機に、ビジネス報道を刷新します」と書いており、日経産業新聞が「ビジネス報道を刷新」するのかと誤解しそうになる。「休刊」のイメージを弱めたかったのだろうが、読者に対して誠実な「お知らせ」にはなっていない。


◎日経産業新聞の罪

インターネット普及前には日経産業新聞にも、それなりの存在意義があった。日経が取材で集めた企業情報のうち日経本紙に収容できないものを有効活用できたし、その「余りもの」情報への需要もまだあった。しかしネットの普及で存在意義はほぼ失われた。日経産業新聞が提供してきたのは「ガラクタ情報」に近いが、その手の情報はネットで容易に手に入るようになった。日経本紙に載らない企業の発表なども、企業のホームページにアクセスすれば見られるようになった。そうした点を考えると日経産業新聞の歴史的な使命は1990年代で終わっていた。そこから休刊を決断するまでに20年以上を要したのは長すぎる。

日経にとって報道の質という点で日経産業新聞の罪は重い。まず記者を疲弊させてしまう。日経産業新聞の専属記者を置かず日経の記者に本紙にも日経産業新聞にも記事を書かせれば効率はいい。しかし記者の負担は増える。この負担の重さが本紙を含めた日経の企業ニュース記事の質に悪影響を与えてきた。

日経産業新聞よりも注目度の高い日経本紙への出稿に記者としては力が入る。そうなると日経産業新聞に関しては「何とか紙面を埋める」という感覚になりがちだ。結果として日経産業新聞は記者の中で「あまり書きたくないけど何とか埋めなければならない新聞」となってしまう。これで質の高い紙面が作れるはずがない。そしてネットの登場でとどめを刺された。有効な生き残り策があったとは思えない。21世紀に必要とされる新聞ではなかったのだ。その評価は、まだ生き残っている日経MJや日経ヴェリタスにも当てはまる。


※今回取り上げた「お知らせ」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240201&ng=DGKKZO78134540R00C24A2MM8000



2023年12月26日火曜日

親子上場は「日本特有の形態」? 日経 大西康平記者の誤解

記事中の誤りと見られる記述について久しぶりに日本経済新聞社へ問い合わせてみた。

宮島連絡船

日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 欧州総局 大西康平様

26日朝刊投資情報面に載った「一目均衡~『親子解消』に欧州マネー」という記事についてお尋ねします。「親子上場」に関して「日本特有の形態で少数株主利益が損なわれるとの批判が根強く、近年、親会社のTOB(株式公開買い付け)による完全子会社化が増えている」と大西様は説明しています。これが正しいならば海外に「親子上場」はないはずです。

しかし2019年11月5日号の週刊エコノミストの記事で一橋大学特任教授の藤田勉氏は「日本ほど活発でないが、親子上場は大陸欧州や南米を中心に海外でも広く存在する。海外の証券取引所で、親子上場を禁止している例はない」と述べており、大西様の説明と食い違います。

例えば日経は23年9月27日付で「アリババ、物流子会社を上場申請 香港で、過半保有は継続」と報じています。22年9月15日付では「テンセント音楽子会社、香港で重複上場へ」という日経の記事もあります。「ニューヨーク証券取引所(NYSE)との重複上場になる」との記述から判断するとNYSEも含めての「親子上場」と言えます。

大西様が「親子上場」を「日本特有の形態」と断定したのは誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある対応をお願いします。


◇   ◇   ◇


問い合わせは以上。回答はないだろう。

※今回取り上げた記事「一目均衡~『親子解消』に欧州マネー」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231226&ng=DGKKZO77255610V21C23A2DTA000


※記事の評価はD(問題あり)

2023年10月31日火曜日

何とか紙面を埋めただけの日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡~『北欧』が問うESGの真価」

日本経済新聞の小平龍四郎編集委員が苦しい。31日の朝刊投資情報2面に載った「一目均衡~『北欧』が問うESGの真価」 という記事の中身を見ながら問題点を指摘していく。

宮島連絡船


【日経の記事】

スウェーデンを足場に米欧アジアに投資をしてきたプライベートエクイティ(PE=未公開株)ファンド、EQTが日本で本格的に活動を始める。2021年に日本拠点を設置。22年にベアリング・プライベート・エクイティ・アジアと業務を統合し、パイオニアなどへの投資を引き継いだ。このほど首脳陣が来日し、日本の経済や産業を自らの目で確かめた。

1994年設立、資産規模2200億ユーロ(約35兆円)の北欧ファンドは、投資先の選定や価値向上において、ESG(環境・社会・企業統治)の要素を重視することで知られる。いわばPE版のESG投資家だ。

日本の証券会社の間で「ESGブームもそろそろ冷めようか」というこの時期、なぜ日本に来たのか。コニ・ヨンソン会長とマルクス・ワレンバーグ副会長に聞いてみた。

「地域社会や従業員への目配りを抜きに、投資のリターンは見込めない」(ヨンソン会長)「北欧では持続可能性を抜きに何ごとも成し遂げられない」(ワレンバーグ副会長)――。口ぶりににじむ確信は、スウェーデンの歴史にも裏づけられる。


◎答えになってる?

来日した「EQT」首脳に取材できることになったので「これで『一目均衡』を書けばいいや」と小平編集委員は思ったのだろう。それ自体は悪くない。しかし「上手く記事を作れそうにない」と感じたら潔く撤退してほしい。

『ESGブームもそろそろ冷めようか』というこの時期、なぜ日本に来たのか」を問うのは分かる。だが答えが辛い。「地域社会や従業員への目配りを抜きに、投資のリターンは見込めない」も「北欧では持続可能性を抜きに何ごとも成し遂げられない」も「この時期、なぜ日本に来たのか」の答えにはなっていない。取材時に「この時期、なぜ日本に来たのか」に関して明確な答えを引き出すことを小平編集委員が諦めたのならば「この時期、なぜ日本に来たのか」という問題提起も諦めるべきだ。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

EQTはスウェーデンの名門ワレンバーグ家から派生したファンドだ。家電のエレクトロラックスや通信のエリクソン、防衛のサーブなどスウェーデンを代表する多国籍企業を支えた同家の投資哲学を引き継いでいる。

通底するのは地政学的な緊張に向き合いつつ、決して大きくない母国市場を地盤にグローバル化を進めるしたたかさだ。ステークホルダー(利害関係者)への全方位の配慮は欠かせず、それを具現する手段がESGという位置づけだ。美辞麗句ではないし、金融商品のセールストークではありえない


◎なぜ「美辞麗句ではない」?

美辞麗句ではないし、金融商品のセールストークではありえない」と「EQT」を持ち上げているものの理由が分かりにくい。「地域社会や従業員への目配りを抜きに、投資のリターンは見込めない」「北欧では持続可能性を抜きに何ごとも成し遂げられない」という発言を受けた説明だろうが「美辞麗句」とも「金融商品のセールストーク」とも取れる。

EQT」に「地政学的な緊張に向き合いつつ、決して大きくない母国市場を地盤にグローバル化を進めるしたたかさ」があるのなら、事業拡大のために「美辞麗句」も「金融商品のセールストーク」も口から出てくる「したたかさ」はありそう。ただ今回の会長・副会長コメントは「当り障りのない内容」としか感じられない。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

そう考えると、北欧のESGプレーヤーが今の日本で活動を始めることには象徴的な意味を見いだせる

経済規模でドイツに抜かれる見通しとなり、新興国が追ってくる日本にあって、企業は自国に閉じこもってばかりでは生き延びられない。外に目を向ければロシア・ウクライナや、イスラエル・ハマスの紛争など、いたるところで地政学リスクが顕在化する。平和を前提にしたグローバル戦略はもはや成り立たず、それは数々の戦争や動乱に向き合ってきたかつての北欧の状況に重なる


◎「象徴的な意味を見いだせる」?

「取材で面白い話は聞けなかったが記事にはしなければならない」と突っ走ってしまうと強引なこじつけに頼りがちだ。小平編集委員も「北欧のESGプレーヤーが今の日本で活動を始めることには象徴的な意味を見いだせる」と打ち出してしまった。だが説得力はない。

企業は自国に閉じこもってばかりでは生き延びられない」と言うが、日本企業が「自国に閉じこもってばかり」ではないのは自明。グローバルに事業を展開する企業も多数ある。そんなことは小平編集委員も分かっているだろう。しかし、こじつけのためには今まで日本企業が「自国に閉じこもってばかり」いたかように書くしかない。

平和を前提にしたグローバル戦略はもはや成り立たず、それは数々の戦争や動乱に向き合ってきたかつての北欧の状況に重なる」という話も同様だ。「地政学リスクが顕在化する」のは今に始まったことではない。「数々の戦争や動乱に向き合ってきた」歴史は日本も嫌と言うほど持っている。

北欧のESGプレーヤーが今の日本で活動を始めること」に特に「象徴的な意味」は感じられない。そもそも「ESG」はどうなったのか。

終盤になると話はさらに漠然としてくる。


【日経の記事】

企業に環境や社会への配慮、人材の多様性が求められるのは、不確実性に満ちた世界を進むための感度を高め、持続力を高める必要があるからだ。欧州の投資家と話すと強く感じることだ。

反ESGの風が強まる米国も、企業の意識は鈍っていない。ナスダックの調べでは主要3000社の約8割が、23年第1四半期の決算説明でESG関連テーマを取り上げた。気候変動などのほか、サイバーセキュリティーや倫理といった項目もある。

米企業も持続可能性を求めるグローバル市場の圧力を強く受けている。政治的な思惑や流行は無関係だ


◎結局、何が言いたい?

記事はこれで全て。なぜか「米企業も持続可能性を求めるグローバル市場の圧力を強く受けている。政治的な思惑や流行は無関係だ」という米国の話が結論になってしまった。「結局、何が言いたいの?」と聞きたくなるような脱線した展開だ。小平編集委員としては「特に言いたいことなんてない。何とか話をまとめようとしてあれこれ書いただけだよ」といったところだろう。

基本的には手抜きの結果と見ているが、一生懸命に書いてこの出来ならば書き手としての引退を考えた方がいい。


※今回取り上げた記事「一目均衡~『北欧』が問うESGの真価」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231031&ng=DGKKZO75723980Q3A031C2DTC000


※記事の評価はD(問題あり)。小平龍四郎編集委員への評価はC(平均的)からDに引き下げる。小平編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「危機は常に『未踏』の場所から」が苦しすぎる日経 小平龍四郎編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/08/blog-post.html

「近づく百貨店終焉の足音」を描けていない日経 小平龍四郎編集委員の記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/blog-post_7.html

日経 小平龍四郎編集委員  「一目均衡」に見える苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_15.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_11.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_73.html

日経 小平龍四郎編集委員の奇妙な「英CEO報酬」解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_19.html

工夫がなさすぎる日経 小平龍四郎編集委員の「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_3.html

やはり工夫に欠ける日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html

ネタが枯れた?日経 小平龍四郎編集委員「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_20.html

山一破綻「本当に悪かったのは誰」の答えは?日経 小平龍四郎編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/10/blog-post_10.html

日経「一目均衡」に見える小平龍四郎編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_14.html

相変わらず問題多い日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_53.html

 何のためのインド出張? 日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post.html

2023年10月2日月曜日

「DXで医療再生」に説得力欠く日経 大林尚編集委員「核心~英独にみた医療DXの功罪」

日本経済新聞の大林尚編集委員は9月下旬に「健康保険組合連合会が両国(英独)へ派遣した調査団に同行する機会を得た」らしい。おいしい海外出張に見える。遊んできた訳ではないと示すために朝刊オピニオン面に「核心:英独にみた医療DXの功罪~EU水準に追いつけ日本」という記事を書いたのだろうが、出張報告の域を出ない出来だった。中身を見ながら注文を付けていく。

錦帯橋


【日経の記事】

20世紀に2度の大戦で死闘を繰り広げた英国とドイツは国の制度も好対照を成す

医療制度に関していえば、財源調達に英国が税方式を採っているのに対しドイツは社会保険方式だ。日本は明治中期以降、ドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクが制定した健康保険法を手本に、曲折を経ながらも制度を整えてきた。


◎無駄な対比

英国とドイツは国の制度も好対照を成す」と冒頭で書いているので英独比較が軸になるのかと思えるが、そういう構成にはなっていない。「健康保険組合連合会」の「調査団」が訪問したのが英独だったから英独の話を中心に記事をまとめただけだろう。それはそれでいいので読者に変な期待を持たせるような書き方はしない方がいい。「好対照」を軸に話を展開するなら「医療DX」でも「好対照」だと見せる必要がある。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

国内居住者すべてに健康保険への加入を義務づけ、加入者と家族は保険証を出せば原則どの医療機関にかかってもよいという独自の体制を完成させたのは1960年代。医療界が「世界に冠たる」という枕ことばで語る、この皆保険制度をうらやむ国は多い。

だが「冠たる」に値しないケースがままあることを、コロナ禍が浮き彫りにした。発熱外来で検査を受けられない。肺炎の症状を呈しているのに病院のICU(集中治療室)がみつからない。2021年夏には、産気づいた女性がコロナ感染を理由にして9つの産科に受け入れを拒まれ、やむなく自宅で早産したが、赤ちゃんが死亡するという悲劇があった。

少なくとも世界に引けを取らない水準への医療再生が岸田政権の政治課題だ。カギを握るのは、デジタル技術を縦横に生かす医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の深化である。


◎「世界に引けを取らない水準」?

世界に引けを取らない水準」がよく分からない。「産気づいた女性がコロナ感染を理由にして9つの産科に受け入れを拒まれ、やむなく自宅で早産」するような事態は世界水準では起きないのか。記事を読み進めると英国では「パンデミック初期、医療崩壊が現実になった」ようだ。となると英国と日本だけが世界水準を下回っているのか。その辺りが漠然としたまま「医療再生」の鍵が「医療DXの深化」だと言われても困る。

さらに見ていく。


【日経の記事】

医療情報は個人情報のなかでも最も慎重に扱われるべきものだ。堅牢(けんろう)な保護ルールを施し、デジタル化した医療データを治療や研究にもっと使いやすくする。病院の繁閑を誰もが手元のスマホで簡便・瞬時に確認できるようにする。どの国にもあてはまる目標であろう。

英独の取り組みはどうか。9月下旬、筆者は健康保険組合連合会が両国へ派遣した調査団に同行する機会を得た。日本以上にコロナに苦しんだ欧州である。医療再生にはDXが必要条件になるという方向性は英独に一致していた


◎「方向性は一致していた」なら…

医療再生にはDXが必要条件になるという方向性は英独に一致していた」らしい。改めて言うが、何のために冒頭で「20世紀に2度の大戦で死闘を繰り広げた英国とドイツは国の制度も好対照を成す」と書いたのか。

さらに見ていく。


【日経の記事】

ドイツのデジタル化の現状は日本に似ている。医療と健康に関するデジタルインフラを担う政府機関ゲマティークで、デジタル戦略とデータ標準化を統括するヘッヒャール氏は「わが国の医療サービスはEU(欧州連合)の他の国々より質が高い。それがあだになり、DXに取り組む動機が鈍っていた」と釈明した。


◎話が違うような…

わが国の医療サービスはEU(欧州連合)の他の国々より質が高い。それがあだになり、DXに取り組む動機が鈍っていた」という「ヘッヒャール氏」のコメントは引っかかる。素直に受け取ればドイツは「DX」劣等生でありながら「医療サービス」優等生だったはずだ。優等生なのになぜ「医療再生」が必要なのか。「DX」によって「医療サービス」優等生の優秀さがさらに高まるのなら分かる。しかし大林編集委員の見立てではドイツも「医療再生」が必要な状況のはずだ。どういうことなのか。

この後の説明も理解に苦しんだ。


【日経の記事】

EU水準に追いつこうと、ゲマティークが躍起になっているのが電子処方箋アプリの普及だ。患者はアプリに蓄積した医師の処方箋データをかかりつけの薬局に送信し、宅配便などで薬を受け取る。この利点は、日本でも大問題になっているポリファーマシー(多剤投与)の抑止にひと役買う可能性ではないか

いくつかの慢性疾患を患う高齢者があちこちの診療科をかけもち受診し、そのたびに薬を処方される。薬箱はあふれかえり、飲み合わせが悪かったり副作用リスクがわかりにくくなったりする。

個々の医師は診断に自信をもって処方しても、結果として患者は用法・用量を守るのが難しくなり、かえって健康を損なうおそれが強まる。合成の誤謬(ごびゅう)だ。処方箋アプリは長寿化が進行する日本にこそ必要だろう。


◎「ポリファーマシーの抑止にひと役買う」?

電子処方箋アプリの普及」が「ポリファーマシー(多剤投与)の抑止にひと役買う」と大林編集委員は見ているようだが、なぜそう言えるのか。日本では「お薬手帳」で「多剤投与」の状況をチェックできる。それでも「ポリファーマシー」の問題が起きているのに「電子処方箋アプリの普及」でなぜ状況が改善するのか。その「可能性」が十分だと見るならば、そこはもう少し詳しく説明すべきだ。

続きを見ていく。


【日経の記事】

ドイツにとっての決定的な刺激剤は、デジタル医療データのEU共通基盤「欧州ヘルスデータ・スペース」(EHDS)だ。22年5月、関連法案が欧州議会に提出された。完成すればEU市民は域内27のどの国でも自らの医療データを取り出し、医師の診察を受けられるようになる。

ドイツは国内のシステムをEHDSに接続する時期を25年に定めた。ゲマティークはデンマーク、スウェーデンなど北欧のデジタル先進国から医療DXのよい点を導入すべく試行錯誤を重ねている。日本もEUに入れてくれるなら医療DXが一気に進むのに、と話を聞きながら夢想した。


◎「医療DXのよい点」とは?

今回の記事を読んでも「医療DXのよい点」がよく分からない。「産気づいた女性がコロナ感染を理由にして9つの産科に受け入れを拒まれ、やむなく自宅で早産」するような事態を避けられると言いたいのかと思ったが、そういう話は出てこない。「ポリファーマシー」の問題を解決できそうな感じもしない。「EHDS」が「完成すればEU市民は域内27のどの国でも自らの医療データを取り出し、医師の診察を受けられるようになる」らしいが、そうなると何が良くなるのかは教えてくれない。「コロナ感染を理由」に「受け入れを拒まれ」る事態を防げるのか。そうではないとしたら、なぜ「EHDS」が「医療再生」に繋がるのか。

色々と疑問が湧く中で話は英国へと移る。


【日経の記事】

一方、16年の国民投票でEU離脱を選択した英国は、コロナ禍で受けた傷がドイツよりもはるかに深かった。医療制度を運営する国民医療制度(NHS)傘下の病院・診療所はパンデミック初期、医療崩壊が現実になった。

同国の医療DXは「医療も介護もデジタルファースト」をうたった19年のNHS長期計画が原点だ。これを足がかりに、医療崩壊に直面したジョンソン保守党政権はデジタル化を遮二無二推し進めた。ハンコック保健相(当時)は「全てのGP(家庭医)はリモート診察をデフォルトに」と宣言したが、のちに女性問題で辞任することになる。

独立系研究機関ナフィールド・トラストのカリー局長補佐は「デジタルで問題が魔法のように解消するという期待が政治家には強すぎる」と、冷ややかにみていた。

コロナ後、情勢が落ち着くにつれGP診療所で重い役割を果たすようになったのが、受診予約を入れた患者のトリアージを一手に引き受ける受付係だ。治療の優先順位だけでなく、診察は対面かオンラインか、担当するのはGPかナースプラクティショナー(診療看護師)か――などを仕分けしてゆく。

この機能を医療職以外が担うのには賛否あろうが、勤務医の働き方改革が迫られている日本の病院にも参考になる点はあろう。


◎どこが「DXで医療再生」?

医療再生にはDXが必要条件になるという方向性は英独に一致していた」はずなのに、英国に関しては「医療崩壊に直面したジョンソン保守党政権」が「デジタル化を遮二無二推し進めた」ものの上手くいかなかったという話になっている。なのに「医療再生にはDXが必要条件」なのか。「コロナ後、情勢が落ち着くにつれGP診療所で重い役割を果たすようになったのが、受診予約を入れた患者のトリアージを一手に引き受ける受付係」だとしたら「DX」が「医療再生」の原動力になっているようには見えない。

そして記事は以下のように終わる。


【日経の記事】

医療制度はどの国にも一長一短ある。日本とは対照的に、医療機関へのアクセスを厳格に制限しているNHSは、18週間以上の手術待ち患者を760万人抱えている。この英国医療最大の弱点をDXがどこまで救うのか。次なる課題である。


◎結局あまり意味がなさそうだが…

デジタル化を遮二無二推し進めた」英国では「18週間以上の手術待ち患者を760万人抱えている」らしい。なのに「この英国医療最大の弱点」を「DX」が救うのか。結局「DX」と「医療再生」はあまり関係なさそうという感想しか持てない。


※今回取り上げた記事「核心:英独にみた医療DXの功罪~EU水準に追いつけ日本」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD280TR0Y3A920C2000000/


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。大林編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

大林尚編集委員の「人口戦略」が見えない日経「核心~今年は島根県を失うのか」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/04/blog-post_4.html

年金70歳支給開始を「コペルニクス的転換」と日経 大林尚上級論説委員は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/70.html

「オンライン診療、恒久化の議論迷走」を描けていない日経 大林尚編集委員「真相深層」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_21.html

「財政破綻はある日突然」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」に見える根拠なき信仰https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_28.html


日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/100.html

株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html

日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html

2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/2020.html

2023年9月7日木曜日

店舗に張り付いて客単価を調べた日経の安西明秀記者は面白いかも

日本経済新聞の安西明秀記者は粗削りだが面白いかも。7日の朝刊 投資情報面に載った「記者の目:コメダ、群抜く収益力~損益分岐点比率低く 店舗数ドトール猛追、客単価の高さ強み」という記事を読んでそう感じた。ツッコミを入れながら中身を見ていきたい。

宮島連絡船

【日経の記事】

名古屋発祥の喫茶店「コメダ珈琲店」を展開するコメダホールディングスが首都圏で攻勢に出ている。店舗数はグループ1000店に達しスターバックスコーヒージャパンやドトールコーヒーを猛追する。ビジネス街でも豊富なメニューで居間でくつろぐような需要を掘り起こせるとみて、都心部を開拓しようとしている。

7月、JR新橋駅から徒歩3分のビルにコメダ珈琲店「新橋烏森通り店」が開業した。都内で働く50代会社員は「コメダは昔懐かしい雰囲気が好きで利用する」と話す。


◎具体的な数字を見せないと…

コメダホールディングスが首都圏で攻勢に出ている」と冒頭で打ち出したのだから、出店数などの数字を見せて「首都圏で攻勢に出ている」実態を読者に伝えないと。しかし出てくるのは「『新橋烏森通り店』が開業した」という話だけ。これでは辛い。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

いちよし経済研究所の鮫島誠一郎氏は新型コロナウイルス禍が本格化する前の2019年度の外食各社の損益分岐点比率を調べた。損益分岐点比率は売上高に対して利益が出る水準を示し、低いほど収益力が高い。ドトール・日レスホールディングスは83%だった。ファミリーレストランなど他の外食も70~90%程度だが、コメダは29%と群を抜いて低かった

コメダに財務的な強みをもたらすのは95%に達するフランチャイズチェーン(FC)だ。直営店は限られるため、実態は外食というよりもロイヤルティー収入も得る食品卸に近い。「コーヒーやパンは自社製造だが多額の設備投資は必要ない。店舗の建物など固定資産はFC側のものだ」(コメダ)。少ない資産と低いコストが収益力の高さとなっている。


◎FC比率の問題なら…

見出しでも「損益分岐点比率低く」と打ち出しているが、その要因が「FC比率が高いから」ならば、あまり意味はない。固定費負担が少ないのだから「損益分岐点比率」が低く出るのは当然。同じくらいのFC比率の同業他社と比べても「損益分岐点比率」が低いのかどうかが知りたい。

さらに見ていく。一番気になったくだりだ。


【日経の記事】

コメダの強みはそれだけではない。週末のお昼時、名古屋市の都心部・栄周辺にある3大チェーンの店舗で記者が合計100人の来店客の注文を観察した。ドトールコーヒーショップの客単価は約530円、スタバは約570円だったのに対し、コメダは約850円で客単価の高さが際立つ。


◎どうやって「観察」?

週末のお昼時、名古屋市の都心部・栄周辺にある3大チェーンの店舗で記者が合計100人の来店客の注文を観察した」らしい。各社が「客単価」を公表していないということか。安西記者の頑張りには敬意を表したい。ここまでやる記者はなかなかいないだろう。

ただ、実際にどうやって「観察」したのかは気になる。レジ近くの席に張り付いて店員が客に知らせる合計金額を聞き取っていたのか。ちょっと怪しい感じにはなりそう。

さらに続きを見ていこう。


【日経の記事】

コメダの客層は家族連れなどが多く食事を長時間楽しんでいる姿が目立つ。アイスコーヒー(480円)だけでなく、グラタン(910円)や熱々のパンにソフトクリームを乗せた看板スイーツ、シロノワール(680円)などフードが豊富だ。鮫島氏は「コメダの強みはフード。差異化できる」と指摘する。


◎これだけ?

コメダの強みはフード」というコメントを使っているが、記事の説明では「強み」は感じられない。「フードが豊富」なのが「強み」なら他社が追随するのは難しくなさそう。「いや難しい」という話なら、なぜそうなるのかを解説してほしい。

さらに見ていく。


【日経の記事】

コメダ珈琲店は1968年に名古屋で1号店を開業した。500店達成は13年で、それから10年間で店舗網を倍増させた。和風喫茶などの他業態や海外を除き、8月末時点で国内で944店のコメダ珈琲店を運営するが、コメダHDの甘利祐一社長は「首都圏をはじめ、国内にまだまだ出店余地がある」と意気込む。


◎首都圏以外の出店余地は?

首都圏をはじめ、国内にまだまだ出店余地がある」という社長コメントを使うのならば「首都圏」以外でどこに「出店余地」があるのかは触れてほしかった。

終盤を一気に見ていこう。


【日経の記事】

スターバックスコーヒージャパンは6月末で1846店を展開。ドトールコーヒーは「エクセルシオールカフェ」などを除いた主力業態の「ドトールコーヒーショップ」に限れば8月末で1067店で「ようやく背中が見えてきた」(事業会社コメダの木村雄一郎執行役員)。

コメダの24年2月期は売上高にあたる売上収益が前期比12%増の425億円、純利益が8%増の58億円で過去最高を見込む。営業利益率は外食では異例の20%を超え、自己資本利益率(ROE)も14%と高水準だ。

コメダは3年後にはグループ1200店を計画しており、今後は人手不足の中の接客教育など、居心地のいい空間を保つためのFC支援も欠かせない。さらなる飛躍には海外市場の攻略も重要だ。


◎「ようやく背中が見えてきた」?

ようやく背中が見えてきた」という発言は実際にあったのだろう。だが「944店」と「1067店」ならば大差はない。記事中で使うコメントとして適切なのか疑問が残る。

営業利益率は外食では異例の20%を超え」に関してはFC比率95%という店舗構成を考えると驚くような数字ではない。FC中心の同業他社の中でも「異例の20%を超え」ならば、そこを強調してもいいだろうが…。

結論部分にも不満が残る。「今後は人手不足の中の接客教育など、居心地のいい空間を保つためのFC支援も欠かせない。さらなる飛躍には海外市場の攻略も重要だ」と訴えたかったのならば「FC支援」や「海外市場の攻略」にも紙幅を割くべきだ。今回はそこは要らないと判断したのならば、別の結論にしないと説得力は生まれない。

「結論に説得力を持たせるために何を材料として提示すべきか」を意識して記事を書けば完成度の高い記事になりやすい。そのことを肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事「記者の目:コメダ、群抜く収益力~損益分岐点比率低く 店舗数ドトール猛追、客単価の高さ強み」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230907&ng=DGKKZO74225350W3A900C2DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。客単価を店舗に出向いて調べた頑張りを買って安西明秀記者への評価はC(平均的)とする。

2023年7月9日日曜日

長すぎる昔話は何のため? 日経の赤川省吾 欧州総局長「風見鶏~ポスト・プーチンの幻想」

7月9日の日本経済新聞朝刊総合3面に欧州総局長の赤川省吾氏が書いた「風見鶏~ポスト・プーチンの幻想」という記事は出来が悪かった。中身を見ながら赤川氏に記事の書き方を助言したい。まず長すぎる昔話を見ていこう。

宮島連絡船


【日経の記事】

ロシアの民間軍事会社ワグネルの反乱で、プーチン体制を支える軍・治安組織に亀裂があることが露呈した。ロシアはどこに向かうのか。東西冷戦下の共産諸国で起きた混乱を基に展望してみる。

今年2月、冷戦下のソ連・東欧ブロックを熟知する政治家が静かに人生の幕をおろした。ハンス・モドロウ、95歳。共産圏の中核国だった東ドイツの独裁政党・ドイツ社会主義統一党(SED)の幹部で、盟主ソ連を含む東側陣営に幅広い人脈を築いた人物である。

穏健派だったモドロウ氏の別名は「東独のゴルバチョフ」。東欧革命のうねりが最高潮に達した1989年、ドレスデン県第1書記(県知事)から閣僚評議会議長(首相)に就く。沈みゆく共産圏を立て直そうともがいたものの、まもなく東側陣営は瓦解した。

実はモドロウ氏をもっと早い段階で東独の国家指導者に担ぎ、ペレストロイカ(改革)を掲げるソ連指導者ゴルバチョフ氏とタッグを組んで共産圏を再興するという極秘計画があった。

策を練ったのは東独の秘密警察・国家保安省の退役将校。ソ連国家保安委員会(KGB)の協力のもとに当時、権勢を振るっていた保守強硬派の国家指導者ホーネッカーに対するクーデターを画策した。87年、首謀者が秘密裏に集まり、モドロウ氏に決起を促したと噂される。

生前のモドロウ氏に真偽を確かめたことがある

KGB高官らに求められて顔を出したことは認める一方、「体制転覆の話はしていない」。経済政策を巡る議論をしただけという。「私が国家を率いるのにふさわしい人物かクーデター派が見極める会合だったのだろう」(モドロウ氏)

結局、モドロウ氏は動かなかった。歴史に「もしも」は禁物だが、決起したら失敗していた。反乱の兆しをつかんだホーネッカーは、忠誠を誓う主流派の治安要員に監視させていた。

クーデター計画は幻に終わったが、国家の先行きへの危機感からエリート層が一枚岩でなくなった状況はいまのロシアに似る。東独は89年、市民が西独国境に押し寄せてベルリンの壁が崩壊した。

この策が練られた頃、ロシアのプーチン大統領はKGB職員として東独に駐在していた。上司が絡む密計を知っていた可能性がある。そうでなくてもエリートが割れれば指導者の威信に傷がつくことは東欧革命で自らが体験したはずだ。


◎バランスを考えよう!

ここまでの昔話で記事の3分の2を占める。さすがに長い。ベテランの筆者が書くコラムは昔話が長くなりやすい。「生前のモドロウ氏に真偽を確かめたことがある」という話をしたくて長々と思い出を語ってしまったということか。それでも「ロシアはどこに向かうのか」をこの昔話からきちんと「展望」できているならまだいい。しかし、そうはなっていない。

続きを見ていく。


【日経の記事】

疑心暗鬼の権力者は独裁化する。ある欧州主要国で外交政策を担当する与党重鎮は心配する。「ロシアはスターリン時代に逆戻りするかもしれない」

プーチン体制はいつまで続くのか。東独と異なり混乱を恐れるロシア国民は民衆蜂起ではなく耐乏を選ぶとの見立てが欧州では多い。軍・治安組織でワグネルに続く反逆が起きるかがカギを握る。

反乱は保守的すぎる独裁者の「終わりの始まり」となるだけで民主化へのカウントダウンとは限らない。ポスト・プーチンでただちに民主国家になるというのは甘い幻想だ


◎だったら何のために…

かつての「東ドイツ」と同じ道をロシアが辿るという見方ならば昔話をするのも分かる。しかし「東独と異なり混乱を恐れるロシア国民は民衆蜂起ではなく耐乏を選ぶとの見立てが欧州では多い」「ポスト・プーチンでただちに民主国家になるというのは甘い幻想だ」と赤川氏は書いている。だったら何のために「東ドイツ」の話を長々としたのか。

記事の終盤も見ておこう。


【日経の記事】

次の権力者がウクライナと停戦しても欧州は以前のようなロシア融和策に戻らない。「全占領地の返還」と「戦争犯罪の謝罪」がロシア制裁を解除する条件だと外交当局者は口をそろえる。高いハードルにより制裁の半ば恒久化が視野に入る。

中国はデリスキング(リスク低減)、ロシアはデカップリング(分断)。それが主要7カ国(G7)の外交指針となり、ロシア貿易はさらに制約が強まる。ロシアでの資源権益にこだわる日本に独裁国家と手を切る覚悟はあるだろうか


◎この結論では…

コラムを書く時は「何を訴えたいのか」をまず考えてほしい。それを結論部分に持ってくる。今回の記事で言えば「ロシアでの資源権益にこだわる日本に独裁国家と手を切る覚悟はあるだろうか」だ。結論に説得力を持たせられるように記事を組み立てるのが実力のある書き手だ。残念ながら赤川氏はその域に達していない。

ロシアでの資源権益にこだわる日本に独裁国家と手を切る覚悟はあるだろうか」といった話は最後に取って付けたように出てくる。赤川氏には「モドロウ氏」の昔話をしたいという考えが最初にあり、結論部分を適当に作って記事を締めたのだろう。だから昔話がやたらと長く、その昔話が結論部分とリンクしていない。それでは説得力のあるコラムにならないことに赤川氏は気付いていないのだろうか。


※今回取り上げた記事「風見鶏~ポスト・プーチンの幻想」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230709&ng=DGKKZO72611600Y3A700C2EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。赤川省吾 欧州総局長への評価もDとする。

2023年6月14日水曜日

日経 藤田和明上級論説委員の「中外時評~キーエンスを見抜いた投資家」に欠けていること

日本経済新聞の藤田和明上級論説委員が相変わらず苦しい。14日の朝刊オピニオン面に載った「中外時評~キーエンスを見抜いた投資家」という記事も中身が乏しかった。何が問題なのか。内容を見ながら助言したい。

錦帯橋

【日経の記事】 

大企業も多くは最初はベンチャーだ。屈指の高収益で知られるセンサー大手のキーエンス。株式上場は1987年10月で大阪証券取引所第2部だった。売上高はまだ100億円に満たなかったが、高い将来性を見抜いて上場直後から投資したファンドマネジャーがいる。現在はフィデリティ・ジャパンの副会長をつとめる蔵元康雄氏(87)だ。

蔵元氏は69年に米資産運用会社フィデリティに入社、同社最初の日本株アナリストとなり東京事務所を開設した。個々の企業を徹底的に歩いて調査し投資するフィデリティの哲学を、日本で実践した。

「面白い会社がある」。キーエンスの噂を耳にし、創業者の滝崎武光氏にアポの電話を入れた。返事は「日中は忙しいから18時に」。本社は大阪府高槻市。駅から住宅地を抜け、まだ規模の小さい当時の拠点も訪れた。

40%という高い売上高営業利益率に驚いた。工場を持たないファブレスで営業社員の大半がエンジニア。顧客のニーズを聞いて歩き、すぐ会社に報告して新製品を設計、直販する。中間マージンをそぎ落とす効率経営だった。

滝崎氏は当時40代。強い起業家精神と新製品開発へのひたむきな情熱にひかれた。しかも「社用車なし・接待なし・ゴルフなし」の3つのレスだという。極めて高いコスト意識に再度驚かされた。

大証2部上場時の時価総額は800億円弱。それがいま17兆円だ。35年で200倍以上になった。「株価ではなく、会社を買うのが投資の本質だ。はっきりした理念を持つ経営者の会社を選び、長期の成長に参画するのが株主になるということ」と蔵元氏はいう。


◎肝心なことを書かないと…

キーエンスを見抜いた投資家」として「蔵元康雄氏」を取り上げるなら、その実績はしっかり説明してほしい。「はっきりした理念を持つ経営者の会社を選び、長期の成長に参画するのが株主になるということ」と「蔵元康雄氏」は言っているのだから、かなりの資金を投じて長期保有し莫大なリターンを得たのだろう。しかし、その辺りの記述が見当たらない。

キーエンスの時価総額が「35年で200倍以上になった」のは分かった。問題は「蔵元康雄氏」が関わった「フィデリティ」のファンドだ。そこが「35年」でどうなったのかを見せるべきだ。ファンドが消えていたりキーエンス株を手放していたりした場合、記事の前提は崩れてしまう。それを隠すためにあえて触れなかったのか。それとも書き手としての力量不足で言及を怠ったのか。いずれにしても問題ありだ。

そもそも「上場直後」だと投資のタイミングとしてはそれほど早くない。「キーエンスを見抜いた投資家」ならば公募・売り出しに応募して「上場前」から投資していてほしい。「40%という高い売上高営業利益率に驚いた」のは「上場直後」なのだろう。だとしたら、むしろ遅い。

ついでに言うと「『社用車なし・接待なし・ゴルフなし』の3つのレスだという。極めて高いコスト意識に再度驚かされた」という説明も引っかかる。「ゴルフなし」が「極めて高いコスト意識」と何か関係あるのか。接待ゴルフ禁止ならば「接待なし」に含まれるはず。社内のゴルフコンペなども禁止していたのならば、休日の過ごし方にまで介入するダメな会社だ。藤田上級論説委員はその辺りが気にならないのか。

記事の続きを見ていこう。


【日経の記事】

キーエンスのほか、京セラやセコム、ニトリなど若き経営者に会って投資先に選んできた。「現在の貸借対照表ではなく、将来の損益計算書を考える」。5年、10年先をみて有望な企業を見いだし、資金面から応援することで成長の果実を得る。それが資産運用業の神髄だといえる。


◎上場直後に投資したのなら…

5年、10年先をみて有望な企業を見いだし、資金面から応援することで成長の果実を得る。それが資産運用業の神髄だといえる」のならば「上場直後」にキーエンス株を買った「蔵元康雄氏」のファンドはキーエンスを「資金面から応援」できていない気がする。「上場直後」に増資したとは考えにくい。「大阪証券取引所」が用意した流通市場でキーエンス株を買ってもキーエンスに「資金」は入らない。そこは藤田上級論説委員も分かるはずだ。

記事の結論にも注文を付けておこう。


【日経の記事】

目の前の株価だけをみれば常に揺れている。ただその底流で第2、第3のキーエンスのような物語が進んでいるはずだ。資産運用業を通じた個人マネーが企業の長期成長を支え、果実が配られる。そうしたストーリーの積み重ねが今後の日本に必要になる


◎そんな必要ある?

第2、第3のキーエンス」が存在するとして「資産運用業を通じた個人マネーが企業の長期成長を支え」る必要があるだろうか。「第2、第3のキーエンス」を探している個人投資家は個別株に投資すればいい(未公開株についてはここでは考えない)。「資産運用業を通じ」て投資する場合はアクティブファンドを買うことになるだろう。しかし手数料が高い。アクティブファンドの高コストを藤田上級論説委員はどうやって正当化するのか。「高いコストを補って余りあるほどリターンが高い」とはなっていないことを藤田上級論説委員も知っているはずだ。

資産運用業を通じた個人マネー」はインデックスファンドに向かうのが好ましい(天才的な眼力がある個人を除く)。そうなると「第2、第3のキーエンス」を探すような話ではなくなる。それではダメで「資産運用業を通じた個人マネー」がアクティブファンドに向かうべきだと藤田上級論説委員が考えるのならば、その理由を記してほしかった。個人投資家をアクティブファンドへ誘導すれば「資産運用業」界は潤うだろうが投資家のためにはならない。


※今回取り上げた記事「中外時評~キーエンスを見抜いた投資家

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230614&ng=DGKKZO71842690T10C23A6TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和明上級論説委員への評価はDを維持する。藤田上級論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

マーケットへの理解不足が目立つ日経 藤田和明編集委員の「スクランブル」https://kagehidehiko.blogspot.com/2023/04/blog-post_18.html

IT大手にマネーが「一極集中」と日経 藤田和明編集委員・後藤達也記者は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/it_26.html

「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html

改善は見られるが…日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_2.html

「中国株は日本の01年」に無理がある日経 藤田和明編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/01.html

「カラー取引」の説明不足に見える日経 藤田和明編集委員の限界
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_37.html

東証は「4市場」のみ? 日経 藤田和明編集委員「ニッキィの大疑問」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_28.html

合格点には遠い日経 藤田和明編集委員の「スクランブル」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_10.html

説明に無理がある日経 藤田和明編集委員「一目均衡~次世代に資本のバトンを」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_28.html

新型肺炎が「ブラックスワン」に? 日経 藤田和明編集委員の苦しい解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_4.html

「パンデミック」の基準は? 日経1面「日米欧、時価総額1割減」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/11.html

「訴えたいこと」がないのが透けて見える日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/09/blog-post_74.html