2021年9月30日木曜日

「カルテルを容認」してでも物価を上げるべき? 日経「解読 経財白書(3)」

「物価は安定しているより、しっかり上昇した方がいい」という前提の記事を最近よく目にする。30日の日本経済新聞朝刊 経済・政策面に載った「解読 経財白書(3)デフレ体質 根強いまま~値上げに動けぬ企業多く」という記事もそうだ。しかし、どうも納得できない。記事の全文を見た上で理由を述べたい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

デフレ脱却を掲げたアベノミクスが始まって8年以上が経過し、物価上昇率は恒常的なマイナス圏からは脱した。だが米欧に比べれば伸びは鈍い。2021年度の経済財政白書は、日本のデフレ体質が根強く残る理由として値上げを強く回避する企業の姿勢があると分析した。

白書は価格の「上がりにくさ」を調べるため、価格の変動率が前年比マイナス0.5~プラス0.5%とゼロ近傍にある品目が消費者物価指数(CPI、総合)を構成する品目でどれほどの割合になっているのか計算した。1990年代後半まではおおむね10~20%の割合で推移していた。だが物価上昇率がマイナスとなった99年には50%程度まで増加した。

政府・日銀が13年に2%の物価上昇率を目標に据えた後も、価格が据え置かれた品目の割合は高止まりしている。白書は「いまだに企業の価格決定には粘着性が高く、ゼロ近傍期待形成には変化は見られていない」と指摘した。

東大の渡辺努教授は「政策当局者も研究者も、日本の企業が値上げをこれほど避けているとは思っていなかった」と漏らす。

その上で「価格形成の粘着性が問題なら、その行動を変えるにはどうすればよいかをさらに分析し、直接効果がある政策を立案する必要がある」と述べる。

渡辺教授が提案するのは名目賃金上昇率の目標設定だ。仮に物価上昇率2%、生産性上昇率2%を目指すなら、4%の賃上げ目標を政府・日銀で共有する。「時限的に業界内で値下げを回避するカルテルを容認するのも一案だ」という。

企業が価格を決める手法や過程は複雑で、POS(販売時点情報管理)など様々なデータを使った分析も進んでいる。渡辺教授は「白書全体にいえるが、政府統計だけでなく、民間の非伝統的データをもっと活用した分析に取り組んでほしい」と注文する。

政府の経済分析も従来の枠組みにとらわれない試みが重要になる。


◎「価格形成の粘着性が問題」?

物価上昇率は恒常的なマイナス圏からは脱した。だが米欧に比べれば伸びは鈍い」と聞くと「物価上昇率」は高い方がいいと感じる。しかし同意できない。日経自身が28日の記事で「インフレ懸念再燃、米金利1年半ぶり、原油3年ぶり高値」と伝えている。物価が「ゼロ近傍」で安定していて「インフレ懸念」も強くない日本の状況は悪くない。

なのに「デフレ体質 根強いまま」と問題視してしまう。しかも、本当に「デフレ体質」が「根強いまま」ならば、物価の「下がりやすさ」を伝えればいいのに「上がりにくさ」に着目してしまう。そして「価格の変動率が前年比マイナス0.5~プラス0.5%とゼロ近傍にある品目が消費者物価指数(CPI、総合)を構成する品目でどれほどの割合になっているのか」で「デフレ体質」を見てしまう。

上がりにくさ」が強固ならば「インフレ回避体質」とでも呼んだ方がいい。「いまだに企業の価格決定には粘着性が高く、ゼロ近傍期待形成には変化は見られていない」とすると、物価の持続的安定が見込めて良いのではないか。

ところが「時限的に業界内で値下げを回避するカルテルを容認するのも一案だ」という自由競争を制限するようなコメントまで出てくる。「東大の渡辺努教授」は「価格形成の粘着性が問題なら~」とも発言しているが、なぜ「価格形成の粘着性が問題」なのかは教えてくれない。個人的には、そこに「問題」は感じない。「カルテルを容認」してまで物価を上げる必要はない。

渡辺教授が提案するのは名目賃金上昇率の目標設定だ」という話から推測すると「賃金を上げるためには物価が上がらなければ」との問題意識があるのだろう。

だが物価と賃金がともに2%上がっても、ともに横ばいでも、実質的な差はない。物価が2%上がれば賃金はそれ以上に上がる訳でもない。

次の首相となる岸田文雄氏も「デフレ脱却が最優先」などと述べているらしい。日本の物価はずっと「ゼロ近傍」で安定していて問題はない。

なぜ、そんなに物価を上げたがるのか。謎だ。


※今回取り上げた記事「解読 経財白書(3)デフレ体質 根強いまま~値上げに動けぬ企業多く

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210930&ng=DGKKZO76180940Q1A930C2EP0000


※記事の評価はC(平均的)

2021年9月29日水曜日

週刊エコノミストでの「ハイパーインフレ」予測に無理がある藤巻健史氏

フジマキ・ジャパン代表取締役の藤巻健史氏はまともな書き手だった記憶がある。しかし週刊エコノミスト10月5日号に載った「異次元緩和の帰結 絵空事ではない『日銀破綻』~預金通帳の『紙くず』リスク」という記事を読むと強引な煽りが目に付く。中身を見ながら具体的に指摘したい。

西鉄大牟田線と夕陽

【エコノミストの記事】

現在1ドル=110円前後で推移するドル・円相場について、筆者は「円安」だと認識していない。国力に比べて、かなりの「円高」だと捉えている。日本はこの40年来、「世界の主要国で断トツの低成長」であり、その原因は円が日本の実力に比べて強すぎたことにある。

だが、「国力に比べて強すぎる円」は近い将来、暴落し、制御不能なインフーションに陥る「ハイパーインフレ」を招くと考えている。現在の日本円は無価値となり紙幣や預金通帳は、ただの紙くずになってしまうだろう


◎政府もなくなる?

百歩譲って「ハイパーインフレ」が「近い将来」起きるとしよう。しかし、なぜ「現在の日本円は無価値」となるのか。実質的な価値が大幅に下がったとしても「無価値」となるのは解せない。政府や自治体が「日本円」での納税を認めなくなるということか。米ドルなどでの納税を求められるのか。それとも政府が消えてなくなるのか。どちらも考えにくいが…。

続きを見ていく。


【エコノミストの記事】

通常の「インフレ/デフレ」は、商品やサービスの需給関係によって起きるが、ハイパーインフレ発生のメカニズムは通常の需給では説明できない。それは、中央銀行の信用が失墜し、通貨の信認が失われる事態により発生する。中銀の信用失墜は、中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われることによって起きるのだ

そのような事態を避けるため、「通貨の番人」たる矜持(きょうじ)を忘れなかったかつての中銀は、価格が大きく下落する可能性のある金融資産を決して保有しなかった。

ところが、今の日銀は上場投資信託(ETF)に買い入れを通じて日本株の「最大の株主」になっている。また、保有国債の大部分は償還期限10年の長期債(21年7月末で534兆円中、504兆円保有)だ。世界の主要な中銀で、金融政策目的で株式を保有しているのは日銀だけであり、バランスシート(貸借対照表、総資産約723兆円)に対して長期国債をこれほどまでに保有しているのも日銀だけである(図)。中短期の国債に比べても同じ幅の金利上昇、例えば1%であっても長期債のほうが値段の下落幅が大きくリスクが高い。

中には「中銀が債務超過になったら、政府が資本補てんすればいい」という識者がいるが、とんでもない暴論だ。もしそのようなニュースが世界に流れたら、その途端に円の売り浴びせが起こり、日銀には対抗手段がない。日本政府は毎年、歳出が税収を大幅に上回る財政赤字が続いており、国民から徴収した税金で、失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができないからだ


◎色々と違うような…

中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われること」によって「通貨の信認が失われる事態」が生じて「ハイパーインフレ」に陥り「現在の日本円は無価値」になると藤巻氏は見ている。

無価値」になるとの説明に無理があることは既に述べた。ここでは、それ以外の部分の問題点を見ていこう。

まず日銀が「近い将来」に「債務超過に陥る」と言えるだけの材料が乏しい。日本株の暴落が起きるのならば「上場投資信託(ETF)」を大量に保有する日銀の財務内容は悪化するが、暴落が「近い将来」に起きる理由は示していない。

保有国債」については、「金利上昇」が価格下落につながるのはその通りだが、そもそも日銀が「金利」をコントロールしている。日銀には長期金利を抑え込む力があるし、その力をこれまでに証明している。なのになぜ国債の「価格が大きく下落する」リスクを心配する必要があるのか。

百歩譲って「近い将来」に日銀が「債務超過に陥る」としよう。しかし「債務超過に陥る」と「ハイパーインフレ」になるとの見立ても説得力がない。1997~2000年にチリ中央銀行は債務超過に陥ったが、物価上昇率に大きな変化は起きなかったらしい。中央銀行の債務超過はそれほど珍しくない。

中央銀行が「債務超過」になっても「ハイパーインフレ」に至らないケースが多いとすれば、それでも日本が「ハイパーインフレ」になると信じる理由は何なのか。今回の記事からは見えてこない。

中銀が債務超過になったら、政府が資本補てんすればいい」という意見を「とんでもない暴論」と見るのも苦しい。

そのようなニュースが世界に流れたら、その途端に円の売り浴びせが起こ」ると藤巻氏は言うが、その根拠は示していない。仮に「売り浴びせ」が起きるとしよう。それでかなり円安になったとしても「通貨の信認が失われる事態」の原因となっていた「中銀」の「債務超過」は解消する。そこで円が下げ止まって「ハイパーインフレ」は回避できると見る方が自然だ。

日本政府は毎年、歳出が税収を大幅に上回る財政赤字が続いており、国民から徴収した税金で、失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができない」との理屈も謎だ。仮に「国民から徴収した税金」で「資本補てん」しなければ「ハイパーインフレ」が回避できないとしよう。

財政赤字が続いて」いるからと言って政府が徴税能力を失っている訳ではない。「ハイパーインフレ」回避が国民の大きな関心事になれば増税への理解も得られやすい。「失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができない」と決め付けるには材料不足だ。

記事の続きを見ていこう。


【エコノミストの記事】

そもそも日本の財政状況は、公的債務残高が国内総生産(GDP)比で237%(2020年)と、ワースト2位のイタリア(同133%)と比べてもG7(先進7カ国)の中で突出して悪い。この状況を13年3月に就任した黒田東彦総裁と日銀執行部が、「異次元緩和」という名のもと、実質的な「財政ファイナンス」を開始し、財政破綻の危機を先延ばしにした。

財政ファイナンスとは、「中央銀行が通貨を発行して国債を引き受けること」で、財政法5条で禁止されている。現在の日銀は市中から国債を買い入れており、直接引き受けではないとしている。黒田総裁は記者会見などで異次元緩和が「財政ファイナンスではない」と繰り返し説明している。とはいえ、発行中の国債の53%も日銀が保有する現状は、実質的な引き受けであり、財政ファイナンスと言わざるを得ない。


◎「財政破綻の危機」?

現状を「実質的な『財政ファイナンス』」と見ることに異論はない。しかし「財政破綻の危機を先延ばしにした」とは思えない。政府・日銀には日本円を無限に生み出せる力がある。なのに円建ての政府債務に関して「財政破綻の危機」などあるのか。

さらに続きを見ていく。


【エコノミストの記事】

異次元緩和の結果、日銀は資産に計上する国債と、負債側の日銀当座預金残高を急増させた。巨額に保有する国債の保有利回りは、20年度下半期で0・199%と0・2%を割っている。米国債では一晩で動くような幅で上昇すれば、評価損が発生してしまうし、評価損もまた巨額となりうる。日銀は、国債は満期まで持つ目的で保有し、時価評価する必要がない「償却原価法」で評価しており、「評価損は発生しない」と説明している。だが、肝心なのは日銀の自己認識ではなく、外部からの評価だ。外資系金融機関の審査部は、取引先の財務内容を常に時価会計で評価する。

日銀法で「物価の安定」を義務づけられている日銀は、国内でインフレが進行すれば、短期政策金利を引き上げねばならないが、現状では日銀当座預金への付利金利の引き上げしか方法はない。539兆円もの巨額の日銀当座預金残高に付利すれば、1%ごとに5・39兆円もの金利支払い増となる。20年度の日銀の純利益が約1兆4500億円で、損失に備えるための引当金勘定等が10・8兆円しかないのだから、政策金利を引き上げれば赤字決算となり、債務超過に陥りかねない。

日銀が債務超過になれば外資は撤退するだろう。日銀口座に資金残高を置くことが本部から禁止される。これは致命的だ。日本は国内で保有しているドル以外に、新たにドルを獲得する手段がなくなることになるからだ。ドルに交換できない通貨など世界中の誰もが受け取らなくなる。


◎「日銀が債務超過になれば外資は撤退」?

日銀が債務超過になれば外資は撤退するだろう。日銀口座に資金残高を置くことが本部から禁止される」と藤巻氏は言う。これに関して「あり得ない」と言える根拠を持っている訳ではない。しかし怪しい感じはする。中央銀行が債務超過に陥った国で必ず「外資は撤退」してきたのか。その辺りの材料が欲しい。

外資」が「撤退」すると「日本は国内で保有しているドル以外に、新たにドルを獲得する手段がなくなる」という話も信じがたい。米国に何かを輸出して、その代金を「ドル」で受け取るのは不可能になるのか。それとも輸出自体ができなくなるのか。

何らかの理由で輸出が不可能になるとしても、訪日外国人に土産物店などが「ドル」での支払いをお願いすることはできそうだ。そうやって「ドル」を得たとしても「日本」が「新たにドルを獲得」したとは言えないのか。

さらに記事見ていこう。


【エコノミストの記事】

筆者が今、注視しているのは、米長期金利の動向だ。米国が資産価格の上昇継続による資産効果で、日本のバブル期のような狂乱経済(1985~90年)を迎えれば、米国の消費者物価指数はかなりの上昇をするだろう。バブル当時の日本には、強烈な円高進行(84年末1ドル=251・58円、87年末は同122円)というすさまじいデフレ要因が存在したが、今の米国にはそうした歯止めとなる要素がない。

米長期金利が上昇すれば、日米長期金利差拡大でドル高・円安が進行する。エネルギーや食料価格などの輸入物価が上がり、長年デフレが続いてきた日本も、いよいよインフレが避けられなくなる。それでも、日銀は利上げという政策手段を「開封」することができない。債務超過になってしまうからだ。


◎単純に考えすぎでは?

まず「米長期金利が上昇すれば、日米長期金利差拡大でドル高・円安が進行する」という見方が単純すぎる。高金利通貨はインフレ率も高い傾向があるので、基本的には通貨安となりやすい。米国に関しても「消費者物価指数はかなりの上昇をする」から「長期金利が上昇」と見ているのならば、短期的にはともかく中長期的な「ドル高・円安」の心配はあまり要らない。

ここでも百歩譲って「ドル高・円安」になるとしよう。だからと言って「日本も、いよいよインフレが避けられなくなる」と見るのも早計だ。異次元緩和の開始後なども「ドル高・円安」となったが、日本の「インフレ」率に大きな動きはなかった。今回だけは「日本も、いよいよインフレが避けられなくなる」と見るべき理由があるのか。

記事の終盤も見ておく。


【エコノミストの記事】

必死に長期金利上昇を抑えようとするだろうが、その場合、物価はとどまることなく上昇してしまう。悪性インフレの進行だ。もし日銀が長期金利を抑えきれなければ債務超過となり、円が大暴落すると同時に、ハイパーインフレが現実味を帯びる。今まで日本、日銀に本格的な通貨危機が起きなかったのは、ひとえに景気低迷が続き、金利を上げる必要がなかったからに過ぎない。


◎債務超過回避でもハイパーインフレ

悪性インフレ」=「ハイパーインフレ」との前提で言うと、日銀は「長期金利上昇を抑え」て「債務超過」を回避するのに、なぜ「ハイパーインフレ」になってしまうのか。「ハイパーインフレ」は「中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われること」で引き起こされるのではないか。

インフレが進行する中で日銀が「必死に長期金利上昇を抑え」れば実質金利はマイナスになる。個人的には歓迎しない事態だが、実質金利がマイナスになるだけで「物価はとどまることなく上昇してしまう」という理屈がよく分からない。そういう事例があるなら教えてほしい。

いよいよ結論部分だ。


【エコノミストの記事】

インフレを抑える能力のない日銀は、すでに中銀の体をなしていない。悪性インフレ鎮静化の過程で日銀は廃止され、新しい中銀を創設せざるを得ないだろう。第二次世界大戦後のドイツで、ハイパーインフレ収束のために、かつての中銀ライヒスバンクが廃止され、健全な債務内容の新中銀ブンデスバンクが作られたのと同じ道である


◎誤解してない?

第二次世界大戦後のドイツで、ハイパーインフレ収束のために、かつての中銀ライヒスバンクが廃止され、健全な債務内容の新中銀ブンデスバンクが作られた」という説明を信じれば「ドイツ」は「第二次世界大戦後」にも「ハイパーインフレ」を経験しているはずだ。

しかし「ドイツ」の「ハイパーインフレ」は1920代前半の話だ。そして「かつての中銀ライヒスバンク」の下で収束を見ている。藤巻氏の認識は違うのではないか。

最後に、自分も予言しておこう。藤巻氏の言う「近い将来」がどの程度か分からないが、仮に5年以内だとしよう。

「日本で5年以内にハイパーインフレが起きることはない」

これが自分の予言だ。どちらが正しいか、5年以内に分かるはずだ。


※今回取り上げた記事「異次元緩和の帰結 絵空事ではない『日銀破綻』~預金通帳の『紙くず』リスク

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211005/se1/00m/020/025000c


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年9月28日火曜日

「女性の理工系人材」育成のためには男性差別もありと日経は訴えるが…

 28日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「育てたい女性の理工系人材」という社説では「女性の理工系人材」の少なさを「日本の大きな損失ではないだろうか」と問うている。そんな疑問を持つ必要はない。中身を見ながら、その理由を述べてみたい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の社説】

これは日本の大きな損失ではないだろうか。経済協力開発機構(OECD)は、2019年に大学などの高等教育機関に入学した学生のうち、STEM(科学・技術・工学・数学)分野に占める女性の割合を公表した。

工学系では日本は16%(加盟国平均26%)、自然科学系では27%(同52%)だった。比較可能な36カ国のなかで、日本が最も低い。女性の理工系人材の育成が遅れていることは明らかだ。性別ゆえに個人の可能性が制約され、進学をためらわせる壁があるなら、なくさねばならない


◎適正な女性比率がある?

この手の話で引っかかるのは、すぐに海外と比較したがることだ。「工学系では日本は16%」で「加盟国平均26%」だとしても「だから日本は低すぎる」と問題視すべきなのか。それぞれの国の個性が出ているだけだろう。

性別ゆえに個人の可能性が制約され、進学をためらわせる壁があるなら、なくさねばならない」という考えには基本的に同意できる。ただ、社説を最後まで読んでも「進学をためらわせる壁」があるとは思えない。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

まずは、「理工系は男性」という根強いステレオタイプだろう。本人が興味を持っていても、親や教師が後ろ向きで、諦めてしまう女子生徒は少なくない

現状の数の少なさゆえに、目標となるロールモデルがおらず、将来のイメージを持ちにくい面もあろう。小中高のうちから広く理工系の人と出会えるイベントなどを増やし、魅力を伝えていく工夫が大学や企業には求められる。


◎そんな教師いる?

理工系は男性」という「根強いステレオタイプ」がそんなに残っているのか疑問だ。「」はともかく「教師が後ろ向き」で「女性が理系なんてやめとけ。文系に変更しろ」などと言うのだろうか。ゼロとは言わないが、そういう「教師」が今も珍しくないと筆者はどうやって確認したのだろう。調査結果などの根拠を示してほしかった。

そもそも「工学系では日本は16%、自然科学系では27%」も女性がいるのならば「理工系は男性」という「ステレオタイプ」を維持する方が難しい。

現状の数の少なさゆえに、目標となるロールモデルがおらず、将来のイメージを持ちにくい面もあろう」という説明も納得できない。そもそも「目標となるロールモデル」が必要なのかとの疑問もあるが、仮に要るとしよう。だからと言って同性でなければならないのか。例えば、ピカソの絵を見て衝撃を受けて画家を目指せるのは男性だけなのか。

百歩譲って同性の「ロールモデル」が不可欠だとしよう。しかし身近にいなくてもいいはずだ。お笑い芸人を目指す上で身近にお笑い芸人がいる必要はない。メディアを通じて関心を持ったお笑い芸人を「ロールモデル」にできるはずだ。

インターネットを含め、これだけ情報が簡単に得られる時代なのだから「理工系」に関心を持った女性は少しネット検索するだけで「ロールモデル」の候補を見つけられるはずだ。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

とりわけ大学の役割は大きい。まだ一部だが、女性を対象にした推薦入試枠を設けたり、入学の支援金制度を設けたりする大学もある。男性への逆差別という声もあるが、あまりに女性が少ない現状を考えれば妥当だ。


◎性差別を容認するほどの話?

男性への逆差別」になってもいいから「女性」を優遇すべきだと筆者は考えているようだ。「あまりに女性が少ない現状を考えれば妥当」なのか。「自然科学系では27%」という女性比率が低すぎると言える根拠は何なのか。OECD加盟国の平均を下回っていると男性を差別してでも引き上げなければならないのか。

高等教育機関」における「自然科学系」の入学定員が100人だとしよう。成績だけで選んだら男性が73人で女性が「27」人になったとする。しかし「女性が少なすぎる」との判断で男性23人を不合格とし、成績が上位100人に入れなかった女性の中の23人を合格とする。

これで男女の比率は同じになる。ただ、成績では上位100人に入っていたのに男性であることを理由に不合格になった23人は哀れだ。そうした性差別を制度として導入するのが「妥当」なのか。筆者には改めて考えてほしい。

社説を最後まで見ていこう。


【日経の社説】

研究を続けられる環境整備も欠かせない。3月に閣議決定された「科学技術・イノベーション基本計画」は、大学などに女性研究者の新規採用や登用について数値目標の設定や公表を促した。研究者として力をつける時期と子育て期は重なりやすい。両立のためのサポート体制や、研究資金の公募などで配慮した仕組みづくりも急務だ。もちろんセクハラなどを根絶することは大前提だ。

多様性があってこそ、新たなイノベーションが生まれ、技術の発展にもつながる。デジタル分野を中心に、優れた人材は企業で奪い合いになっている。産官学あげて、理工系に進む女性を後押ししたい


◎「多様性」は必要条件?

多様性があってこそ、新たなイノベーションが生まれ、技術の発展にもつながる」と筆者は言う。性別に関して「多様性」がないと「新たなイノベーション」は生まれないのか。

常識的に考えれば「新たなイノベーション」は個人でも生み出せる。「多様性」は必要条件ではない。男性数人でスタートアップを立ち上げた時に、性別の「多様性」がないから「新たなイノベーション」は生まれないと断言できるのか。

産官学あげて、理工系に進む女性を後押ししたい」と筆者は社説を結んでいる。性別や文系理系の別なく子供たちが自分にあった進路を選べるように「後押ししたい」と考える自分とは相容れないのかもしれない。


※今回取り上げた社説「育てたい女性の理工系人材

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210928&ng=DGKKZO76106430X20C21A9EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2021年9月27日月曜日

自らは「民間の知恵」を出さない日経 藤井彰夫論説委員長に「望むこと」

27日の日本経済新聞朝刊オピニオン2面に藤井彰夫論説委員長が書いた「核心~『第100代首相』に望むこと」という記事に絡めて「日経の論説委員長に望むこと」を記してみたい。記事の終盤を見ていこう。

耳納連山と夕陽

【日経の記事】

(新首相への)3つ目の要望が「新政策ビジョン」の策定だ。平成時代はバブル崩壊後の混乱からの再生にもがき苦しんだ30年だった。戦後の高度成長を支えた昭和モデルは賞味期限をすぎたのに新たな成功モデルはつくれなかった。

暗い未来予測だけでなく日本を元気にする将来ビジョンがあったほうがよい。絵空事ではなくデータや根拠に裏付けられた実効性が伴うものだ。策定には霞が関だけでなく民間の知恵も結集したい。政府内に政策会議が乱立しているが、思い切って再編し将来ビジョンをつくる会議を設けてはどうだろうか。


◎日経が「将来ビジョン」を打ち出そう!

日経の論説委員の多くは社説であっても明確な社論を打ち出したがらない。判断が難しい問題になると「しっかり議論を」で逃げてしまう。これでは意味がない。藤井論説委員長も例外ではないようだ。

今回の記事でも「暗い未来予測だけでなく日本を元気にする将来ビジョンがあったほうがよい」とは言うものの、具体策は示していない。

策定には霞が関だけでなく民間の知恵も結集したい」と思うのならば、まずは「民間の知恵」の1つとして日経が「日本を元気にする将来ビジョン」を打ち出してほしい。その上で新首相に「将来ビジョン」の策定と実行を迫るべきだ。

日本を元気にする」という抽象的な表現も引っかかる。これが「日本の経済成長力を高める」という意味ならば、有効な「ビジョン」を打ち出すのは困難だし、打ち出す必要もないと個人的には思う。

しかし藤井論説委員長は「あったほうがよい」との立場だ。日経には多くの記者もいて「知恵」も出せるはずだ。論説委員長という役職にありながら「将来ビジョンをつくる会議を設けてはどうだろうか」などと政府頼みでいいのか。

追加で注文を付けておきたい。記事は以下のように続いて終わる。


【日経の記事】

東京五輪・パラリンピックは時代の分水嶺になるのではないか」と冨山和彦・経営共創基盤グループ会長は言う。昭和への郷愁を残した五輪と、若いアーティストらの活躍が目立ったパラリンピックの開会・閉会式を比べ、ネット上では後者に新時代の息吹を感じたという意見が目立った。オリパラを通じ若い日本人アスリートの活躍に勇気づけられた人も多い。大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍には目を見張るものがある。

必要なのは若者たちがいきいきと活躍できる昭和から令和への経済社会のバージョンアップだ。自民党総裁選から総選挙までの2カ月間は日本の将来にとって極めて重要な時期だ。与野党とも大きな将来ビジョンを示し、骨太な政策論争を繰り広げてほしい。


◎色々と分からないことが…

上記のくだりは説明が足りなさ過ぎて何が言いたいのかよく分からない。

東京五輪・パラリンピックは時代の分水嶺になるのではないか」とのコメントを使っているが「オリパラ」を境にどう「時代」が変わるのか謎だ。

強引に解釈すれば「オリパラ」前は「若者たちがいきいきと活躍でき」ない時代で、これからは違うということか。しかし「大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍」は「オリパラ」前に起きている。

しかも「五輪」は「昭和への郷愁を残し」ていたらしい。「新時代の息吹を感じ」られたのが「パラリンピックの開会・閉会式」限定ならば、「時代」の変化も限定的となりそうなものだ。なのに「オリパラ」が「時代の分水嶺になる」のか。

必要なのは若者たちがいきいきと活躍できる昭和から令和への経済社会のバージョンアップだ」という書き方も上手くない。これだと「若者たちがいきいきと活躍できる」が「昭和」を修飾しているように見える。

必要なのは、若者たちがいきいきと活躍できる令和へと、昭和モデルを脱却して経済社会をバージョンアップさせることだ」などと直せば問題は解消する。

さらに疑問は残る。「大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍」にも見られるように「令和」では「若者たちがいきいきと活躍できる」状況が既に実現している。なのになぜ「令和への経済社会のバージョンアップ」が「必要」なのか。

実は「若者たちがいきいきと活躍できる」環境は整っていないとの認識なのか。しかし、そう取れる記述は見当たらない。

色々と疑問が残る中で「与野党とも大きな将来ビジョンを示し、骨太な政策論争を繰り広げてほしい」と「しっかり議論を」型の結論に至ってしまう。

まずは日経の論説委員長として日本の将来に関する「大きな将来ビジョンを示し」てほしい。それが一読者として藤井論説委員長に「望むこと」だ。


※今回取り上げた記事「核心~『第100代首相』に望むこと

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210927&ng=DGKKZO76028760U1A920C2TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。藤井彰夫論説委員長への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。藤井論説委員長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現状は「自由貿易体制」? 日経 藤井彰夫編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html

北欧訪問の意味がない日経 藤井彰夫論説委員「中外時評」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_12.html

農産物の「自由貿易」は望まない日経 藤井彰夫編集委員の矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_28.html

2021年9月26日日曜日

日刊ゲンダイDigitalで財政破綻の危険性を論じた松島修氏の誤解

投資助言会社社長の松島修氏がどんな人物なのか分からないが、財政問題に関して誤った認識を持っているのは確実だ。25日付の日刊ゲンダイDigitalに載った「富を拡大するインテリジェンス2.0~日本の国債は国民の貸し付けだから安心なのか 麻生大臣かつて『ギリシャとは違う』と発言」という記事を見ながら問題点を指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日刊ゲンダイDigitalの記事】

興味深いことに、世の中で大事なところに混乱があります。

財政問題も何が正しく、何が間違っているのか分からない状態が長年続いています。

2014年に麻生太郎氏(当時、副総理兼財務大臣・金融担当大臣)が、日本の国債が1000兆円の大台が近づいてきたことから「日本が破綻する」という報道に反対し、「日本国債のほとんどは日本人が買っており、国債は国民の借金ではなく国民の貸し付け。ギリシャとは違う。などから、破綻の心配はない」と発言しました。

多くの人がそれを信じ、今でも信じている人は多いですが、この発言には正しい部分と間違った部分があります

正しい部分は「日本はギリシャと違い、ギリシャ国債を買っている多くはギリシャ国民以外の外国人、日本国債を買っているのはほとんど日本人」だということです。

従って国が破綻すると、ギリシャは外国人への返済ができず、日本は国民への返済ができなくなります。

国をひとつの家族として考えると分かりやすいです。

家族の中で父親が放蕩し、銀行負債を1億円抱え、破産したとします。

父親が破産しても家族が連帯保証していなければ家族全体の資産は減りません。

しかし、父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります

困るのは家族です

前者がギリシャで、後者が日本です。

国債は国民の貸し付けなので、破綻したら一番困るのは貸付者である国民です。


◎「家族として考えると分かりやすい」?

この発言(麻生氏の発言)には正しい部分と間違った部分があります」と言いながら「間違った部分」には言及していない。「正しい部分」以外が「間違った部分」だとすると「破綻の心配はない」という発言を「間違った部分」と捉えているのだろう。しかし、間違いと言える根拠は示さずに「破綻の心配」がある前提で話が進んでいく。

政府は「破綻」を望まないとの前提で言えば、「破綻の心配」は要らない。「日本国債を買っているのはほとんど日本人」だからではない。政府・日銀は日本円を無限に創出できるからだ。松島氏はこの点を理解していないのか。あるいは、あえて無視しているのか。いずれにしても問題がある。

国をひとつの家族として考える」のも好ましくない。「父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります」と松島氏は例を挙げている。

この場合「父親」が政府で「母親」が国民なのだろう。しかし「父親」は日本円を創出する力を持っていない。この点で政府とは決定的に異なる。仮に「父親」が無限の通貨発行権を持っていたとしよう。「放蕩」が「破産」に結び付くだろうか。「父親」は簡単に「1億円」を生み出して「母親」に返済できるはずだ。

ちなみに、普通の「家族として考え」た場合も松島氏の解説には「間違った部分」がある。

困るのは家族です」という結論だ。「家族」の財政状況で負債を無視して資産だけで「考え」たために誤った説明になっている。

父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります」という説明に問題はない。ただ、「父親」の負債も「1億円」減る。純資産ベースで変化はない。

他に資産・負債がないと仮定すると、この「家族」の純資産は最初からゼロだ。「家族」の中で考えると「母親」は「困る」かもしれないが、「父親」は借金から解放される。全体として見て「困るのは家族」という認識は明らかに間違っている。

松島氏の言うことは信じるな。とりあえず、この結論でいいだろう。


※今回取り上げた記事「富を拡大するインテリジェンス2.0~日本の国債は国民の貸し付けだから安心なのか 麻生大臣かつて『ギリシャとは違う』と発言

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/295142


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年9月25日土曜日

ルルを「風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし」と日経「春秋」は言うが…

薬を必要以上にありがたがる人は多い。個人の自由ではあるが、記事の書き手ならば科学的根拠に基づいてストーリーを作ってほしい。その点で25日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」に及第点は与えられない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

「クシャミ3回ルル3錠」。有名なこのキャッチコピーが登場したのは1956年にさかのぼるという。風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし。そんなセールスポイントをたくみに表現した「古典」だ。どこででも買える大衆薬ならではの広告だろう。

薬を体の中に入れる方法は3つある。口から飲みこんだ成分が小腸で吸収されて効果を発揮するのが、こうした風邪薬など内用薬。かたや目薬、点鼻剤、さまざまな塗り薬や座薬は外用薬だ。これらに比べると、体に針を刺して血管や筋肉に薬剤を入れる注射薬はいささか面倒をともなう。点滴となるとさらに厄介である。


◎誤解があるような…

大衆薬」の「ルル」について「風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし」と筆者は信じているようだ。しかし「ルル」を含め風邪薬に「風邪」を治す力はないとされている。「ルル」も効能としては「かぜの諸症状の緩和」をうたっているだけだ。

2020年11月22日付の時事通信の記事によると「市販のかぜ薬について、使用者の65%が『ウイルスを倒す効果がある』と誤解していることが武田コンシューマーヘルスケア(東京)の調査で分かった」らしい。「春秋」の筆者も誤解している1人かもしれない。

後半を見ていく。


【日経の記事】

新型コロナウイルスの軽症者を治療する手立てとして、いま注目の「抗体カクテル療法」は残念ながら点滴だ。病院以外でも対応できるようになってきたが限界はあろう。そんななかで待望久しい内用薬が、年内にも登場しそうだという。日本でいつ承認されるのか、効き目はどうなのか、これほど関心の高い話題はない。

「クシャミ3回――」なみに手軽に服用できて、軽症のうちにコロナ退散となれば画期的である。このウイルスが地上に現れてまもなく2年がたつ。飲み薬の実用化は、延々と続く戦いのゲームチェンジャーになるかもしれない。楽観は禁物だが、マスクで覆った顔を少しばかりほころばせている人がたくさんおられよう。


◎ワクチンは期待外れだったのに…

風邪は「ひきはじめ」に「ルル」を「退散」してくれるから怖くない。「新型コロナウイルスの軽症者」向けにも「ルル」のような「飲み薬」があれば「軽症のうちにコロナ退散」となり問題解決ーー。そんな認識を上記の説明からは感じる。

飲み薬の実用化」に至ったとしても「ルル」レベルの効き目しかないならば「ゲームチェンジャー」にはなり得ない。

飲み薬」に期待するなとは言わないが、「ゲームチェンジャー」を待望しているのならば、なぜワクチンが「ゲームチェンジャー」になれなかったのかを考えてほしい。

昨年12月9日の記事では「新型コロナワクチンの接種が8日、英国で始まり、『集団免疫』をもたらすとの期待が高まっている。人口の3分の2以上が免疫を獲得すれば、パンデミックが終息するとの予測もある」と日経は伝えていた。

治療薬で言えば、今回の「春秋」でも触れているように「抗体カクテル療法」を含めいくつかの承認済みだ。それでも社会全体としての「コロナ退散」には至っていない。なのに「飲み薬」ならば「ゲームチェンジャー」になるのではと見ているのか。

楽観は禁物」と言いながら「楽観」が溢れ過ぎているような…。


※今回取り上げた記事「春秋」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210925&ng=DGKKZO76055230V20C21A9MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年9月23日木曜日

乏しい根拠でCEOを強引に批判するFACTA「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」

FACTAによる経営者批判は総じて品性と説得力に欠ける。10月号に載った「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」という記事もそうだ。冒頭で「前任と現任CEOの『自己チュー』で経営はガタガタ。創業100周年を迎えられるのか」と打ち出している。最後まで読んでも「前任と現任CEOの『自己チュー』」と「営はガタガタ」について「なるほど」と思える材料が出てこない。

夕暮れ時の筑後川

中身を見ながら具体的に指摘したい。


【FACTAの記事】

今年で創立90周年を迎えたブリヂストンの迷走が止まらない。経営トップの悪政が2代続き、人心が離れているからだ。

「やはりトヨタ自動車系だったか」。昨年までブリヂストン常務執行役員として経営戦略を担っていた井出慶太が7月1日付でダイハツ工業へ転職した人事を見て、ブリヂストンの社内ではそんな声が広がった。

「うちでは豊田章男から最も信頼されている人物」。井出について、ブリヂストン社内ではそんな評価があった。国内のタイヤ販売を担っていた時にトヨタを担当して実績を上げ、モータースポーツを通じて章男と仲良くなった。広報部長時代にはマスコミともうまく付き合い、次世代の有力候補とも言われた。

そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である。石橋の社内評は「冷徹でパワハラ気質」。これに嫌気がさして、有能な幹部や社員が続々と社を去っているが、井出はその象徴ともいわれる


◎それだけ?

石橋の社内評は『冷徹でパワハラ気質』」らしい。「冷徹」は悪いことではないし「パワハラ気質」も単純にダメとは言えない。「パワハラ」の扱いは難しい。「部下に対して厳しい言葉でダメ出しをする上司」は「パワハラ気質」かもしれないが、ひたすら優しければいい訳でもない。

上記のくだりに「石橋」氏が「パワハラ」をしたと言える根拠は見当たらない。「そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である」と断定しているが、「石橋」氏と「井出」氏の間で具体的に何があったのかも不明。これでは苦しい。

有能な幹部や社員が続々と社を去っている」という話についても、人数には触れていないし、「石橋」氏の「パワハラ」が原因だと断定できる根拠も示していない。まともな材料がないのに「石橋」氏を「パワハラ」社長のように描いてメディアとしての良心が痛まないのか。

続きを見ていこう。


【FACTAの記事】

「雰囲気が悪くなったのは石橋の前任の津谷正明がCEOとなってからだ」とベテラン社員は指摘する。以来、約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう

荒川詔四が社長から会長となり、後任として津谷がCEOになったのは12年。交代にあたって津谷は「会長の荒川、COO(最高執行責任者)になる西海和久と共に三頭体制で経営に臨む」と宣言したが、翌年、荒川をあっさりと相談役に退かせた。当時、荒川が相談役に退いたのは健康上の理由とされたが、「本人は健康そのものだった。その証拠にその後、キリンホールディングスの社外取締役や日本経済新聞社の監査役になっている」と同社OBは言う。

津谷は16年にブリヂストンを指名委員会等設置会社に移行させた。指名委員会と報酬委員会のメンバーは全て外部、監査委員会も過半数を社外取締役にしたため、「先進的なガバナンス体制を築いた」と評価されたが内実は違う。「津谷は権力志向がことのほか強かったが、それゆえ社内に人望がなかった。3つの委員会ポストを何も知らない社外取締役に任せる方が楽だったに過ぎない」(同)


◎どこが「醜悪」?

約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう」と言う割に最初から「醜悪」さが伝わってこない。「荒川をあっさりと相談役に退かせた」というだけでは「醜悪」かどうか判断できない。そもそも「権力闘争」があったのかも疑問だ。「健康上の理由」で退いた可能性も残る。退いたときは「健康上」の問題を抱えていて、その後に回復したのかもしれない。

本人は健康そのものだった」という「同社OB」のコメントも使っているが、「健康」状態は外から見ているだけでは判断できない。

そして以下のように続いていく。


【FACTAの記事】

津谷の評判を貶めたのは妻で、慶応大学の教授を務めた典子の存在もあった。「典子は夫の海外出張にしばしば同伴した。しかし世話役に就いた社員が気にくわないと、すぐに告げ口した。社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」(同社幹部)


◎関係ある?

醜悪な権力闘争」を見ていくのではなかったのか。話が脱線している。「社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」と言うのならば「夫人」が「醜悪な権力闘争」で果たした役割を描くべきだ。

さらに見ていく。


【FACTAの記事】

津谷は18年12月にCOOの西海を退任させ、後任に財務や経営企画で評価を上げた江藤彰洋を起用した。当初は津谷の「子飼い」とみられた江藤だが「今でも社内で評価が高い荒川の薫陶を受け、そもそも津谷とはそりが合わない」(ベテラン社員)。江藤も1年半後にCOOの座を追われた


◎「醜悪な権力闘争」はまだ?

なかなか「醜悪な権力闘争」の話にならない。「江藤も1年半後にCOOの座を追われた」らしいが、それだけでは「権力闘争」があった根拠にならないし「醜悪」さも見えてこない。

長くなるが、続きを最後まで一気に見ていく。


【FACTAの記事】

その津谷よりも酷いという評判の現CEOはどのようにして上り詰めたのか。

ブリヂストンは創業者の石橋正二郎が1906年に父親から引き継いだ仕立物業が前身で、31年、福岡県久留米市に本社を置いた時が創業とされる。現CEOの石橋は創業家と同姓で、孫正義や堀江貴文などを輩出した福岡の名門、久留米大学付設高校を卒業している。だから創業家出身者と思われがちだが縁もゆかりもない。

静岡大学人文学部を卒業した石橋がブリヂストンに入社したのは77年。頭角を現したのは米国事業に携わってからだ。

ブリヂストンは88年に米ファイアストンを買収した。当時世界のタイヤ業界は米グッドイヤーと仏ミシュランが2強として君臨、ブリヂストンは3位につけていたが、上位2社には大きく差をつけられていた。

その穴を埋めるべく、3300億円という当時では巨額の資金を投じてファイアストンを手に入れたが、同社の経営は赤字の垂れ流し。そんなところへ89年に送り込まれたのが石橋だった。断行したのが人員整理などのリストラ。「かなり強引な手口だったようだが、それでファイアストンは持ち直した。これが石橋の成功体験となってしまい、現在の強権的な経営につながっている」と先のOBとは別のOBは振り返る。

石橋は03年に帰国、国内のタイヤ事業に従事した。しかし本人を中心とした「石橋軍団」によるパワハラで退職者が続出。これを見ていた当事社長の荒川が「石橋は許せない」と激怒、冷遇されるようになった。

これで前途は断たれたかにみえたが、前CEOの津谷が実権を握ったことで息を吹き返した。決め手になったのは、津谷がこだわった東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したことだ

ブリヂストンは10年にF1のスポンサーから撤退しており、これで年間100億円近い費用が浮くことになった。津谷は代わりに10年契約で数百億円に及ぶといわれた五輪最高位スポンサーに色気を見せるようになった。社内ではF1よりも費用対効果が悪いとさんざんな評判だったが、石橋の奮闘で願いが叶い、その見返りとばかりに石橋CEOは誕生した

実権を握った石橋がまず直面したのが業績悪化だ。20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ

もっともファイアストンで強烈なリストラを断行した石橋にとって赤字転落はむしろ追い風。ブリヂストンで同じことをやればいいだけのことだからだ。実際、世界約160カ所にある生産拠点を4割減らすとぶち上げ、さっそくフランスや南アフリカの工場を閉鎖した。

石橋の追い風はもう一つある。赤字転落の責任を、自身を引き上げた津谷ら旧経営陣に押し付けられたことだ。実際、石橋は「コスト構造が問題。経費も膨らみ、企業体質が甘い」と言い放ち、今年3月には津谷を追い出した。「荒川さんと違って津谷さんは経済界での付き合いがほとんどなく、人脈も乏しい。社内ではあれだけやりたい放題だったのに、早くも過去の人になってしまった」と関係者は言う。

「石橋さんの愛読書が、稲盛和夫さんが利他の心や謙虚さの重要性を説いている『心。』というのはブラックジョーク以外のなにものでもない」

幹部はそう笑うが、自社の内情を他人事のように言うのは、石橋の最側近である現COOの東正浩が、「独善的な人物」とこれまた散々な評判で、諦観するしかないからだ。果たして創業100年にブリヂストンは存続しているのか。タイヤの名門がもぬけの殻になろうとしている。(敬称略)


◎どこが「自己チュー」?

やはり「醜悪な権力闘争」の話になっていない。「東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したこと」が「決め手」になって「石橋CEOは誕生した」のならば「醜悪な権力闘争」とは程遠い。

今年3月には津谷を追い出した」とも書いているが、ここでも「権力闘争」があった根拠を示していない。当然に「醜悪な権力闘争」にも見えない。

冒頭で打ち出した「自己チュー」に関しても具体的な材料が見当たらない。「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラで退職者が続出」と言うだけで、「自己チュー」かどうか判断のしようがない。しかも「本人」の「パワハラ」ではなく「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラ」だ。さらに苦しい。

結局「前任と現任CEOの『自己チュー』」が記事からは浮かび上がってこない。

では「営はガタガタ」なのか。8月10日付の日本経済新聞は以下のように伝えている。

ブリヂストンは10日、2021年12月期の連結最終損益(国際会計基準)が3250億円の黒字(前期は233億円の赤字)になりそうだと発表した。2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する

20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ」とFACTAは言うが、今期は「7年ぶりに過去最高」の純利益となる見通しだ。「営はガタガタ」な感じはない。

8月10日の発表なので10月号の記事で「2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する」という話をFACTAが盛り込むことは余裕でできたはずだ。

しかし、あえてそこには触れず「20年12月期」の「赤字」を強調している。都合の悪い事実は無視するご都合主義と批判されても仕方がない。

こんな雑な記事で「自己チュー」などと書かれた「前任と現任CEO」には心から同情する。



※今回取り上げた記事「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』

https://facta.co.jp/article/202110003.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)