2020年11月27日金曜日

MMT否定論が雑な神樹兵輔氏「経済のカラクリ~知らないと損をする53の“真実”」

 MMT否定論で説得力のあるものを見たことがないと繰り返し述べてきた。「経済のカラクリ~知らないと損をする53の“真実”」という本でも筆者の神樹兵輔氏が否定論を展開しているが、やはり苦しい。「10~なぜMMTは経済学者に否定されるのか?」という記事の一部を見ていこう。

大阪城公園のイチョウ

【本の引用】

しかし、国債を増発していけば、いつか金利が上がり(国債価格は下落)、通貨の信認を失い、輸入物価急騰でハイパーインフレのリスクが懸念されます。ゆえに名だたる経済学者たちがMMTは経済理論ではないと否定的です。

ケルトン教授は、インフレの兆しがあれば、財政支出を取り止めるだけでよく、インフレを過度に恐れるなと反論しています。

中略)世界銀行のリポート「許容できない債務」には、国債は海外民間投資家の保有比率が、20%を超えると価格が急落する懸念が高まるとしています。

海外投資家は、日本の悪い情報があれば逃げ足が速く、レバレッジ(てこの原理で投資金額を増やすために借金をすること)をかけて一斉に売り抜けます。国債価格が急落する(金利急騰)恐れがあるのです。日本国債はすべて円建てとはいえ、海外からの借金が怖いのはギリシャ危機でも明白です。近年の日本国債の海外保有比率は9%と過去最高です。

まだまだ余裕がありそうですが、残高が膨らみ続けると金利急騰のリスクもあり、MMTはただの徒花だった--となるかもしれません。


◎否定になってる?

この本でも触れているように「MMT」では「インフレにならない限り財政赤字は問題ない」と考える。だとすると「ハイパーインフレのリスクが懸念され」るから「名だたる経済学者たちがMMTは経済理論ではないと否定的」なのは謎だ。「インフレ」になる可能性は「MMT」も排除していない。これでは否定になっていない。

「インフレを警戒して財政赤字を抑えておかないければ必ずハイパーインフレになる。インフレ率5%とか10%の段階でインフレを抑えようとしても無理」と言えるのならば「MMT」の否定にはなる。しかし神樹氏もそうは主張していない。

「MMT」について「『自前の通貨をもつ国は、自国通貨建てでいくら国債を発行しても、債務不履行にはないらない』という理論」とも神樹氏は書いている。仮に「ハイパーインフレ」が現実になったとしても「債務不履行」になる訳ではない。むしろ既存の債務に関しては負担が軽くなる。

「(国債の)残高が膨らみ続けると金利急騰」が起きるとしよう。しかし「自前の通貨をもつ国」は「自国通貨建て」で際限なく「国債を発行」できるので「ハイパーインフレ」にならない場合でも「債務不履行」は起きないはずだ。

「海外からの借金が怖いのはギリシャ危機でも明白」と神樹氏は言うが「ギリシャ」は「自前の通貨をもつ国」ではない。「MMT」の否定論を展開するのならば「自前の通貨をもつ国」の事例を持ってくるべきだ。

さらに言うと日本の場合「残高が膨らみ続けると金利急騰のリスクもあり~」という見方が当てはまらない。日銀が長期金利も0%近辺にほぼ固定しているからだ。「海外投資家」が一斉に日本国債を売却したとしても、日銀ならばその全てを購入して長期金利の上昇を抑える力がある。

「それは無理」と神樹氏は考えているのだろうか。実際に日銀は狂ったように国債を買い続けてきた。この能力に限界があると考える理由はないはずだ。あるなら教えてほしい。

結局、神樹氏も「MMTはただの徒花だった--となるかもしれません」と断定を避けて逃げている感じがある。「MMT」の否定は難しい。今回もこの結論でいいだろう。


※今回取り上げた本「経済のカラクリ~知らないと損をする53の“真実”」


※本の評価はD(問題あり)

2020年11月26日木曜日

IT大手にマネーが「一極集中」と日経 藤田和明編集委員・後藤達也記者は言うが…

26日の日本経済新聞朝刊1面トップは「危機下の株高、IT主導~NY株、初の3万ドル 緩和マネーが一極集中」という記事が飾っている。日経は「IT」株へのマネー「一極集中」というストーリーを好むが、いつも説得力がない。今回の説明も見ておこう。

日田市を流れる串川

【日経の記事】

今回は再びIT株がけん引する。採用銘柄のアップル、マイクロソフトに加え、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、フェイスブックの5社で時価総額は7.1兆ドル(約750兆円)と、日本株全体を上回る。

ダウ平均が2万ドルから3万ドルへと50%上昇した間に、5社の時価総額は3倍近くに膨らんだ。米国株全体に占める比率も17%と一極集中が進む。


◎17%で「一極集中」?

「5社の時価総額」が「米国株全体に占める比率」が90%に達しているのならば「一極集中」でいいだろう。だが「17%」ではそれほどでもない。しかも「5社」だ。「五極」とも捉えられる。

「5社の時価総額」が「3倍近く」になる一方で「5社」以外の「時価総額」がほぼ横ばいならば、新規の「マネー」に関しては「一極集中」かもしれない。だが記事にそうした記述はない。今年に入ってからのテスラの株価急騰などを見ていると「5社」に「一極集中」と見るのは無理がありそうだ。

ついでに以下の記述にも注文を付けておく。


【日経の記事】

米国株の主役は5年ほどの周期で入れ替わってきた。ダウ平均が初めて1万ドルに乗せた1999年の後はインターネットの普及でIT(情報技術)株が脚光を浴びた。00年代半ばは金融株、10年前後はエネルギー株が市場の立役者だった。

今回は再びIT株がけん引する。採用銘柄のアップル、マイクロソフトに加え、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、フェイスブックの5社で時価総額は7.1兆ドル(約750兆円)と、日本株全体を上回る。


◎5年周期ならば…

「5年ほどの周期で入れ替わってきた」と打ち出すのならば2015年前後の話は欲しい。しかし、なぜかそこを飛ばして「10年前後」から現在へ飛んでしまう。だったら「5年ほどの周期」と言わない方がいい。

また、記事では1万ドル(1999年)、2万ドル(2017年)、3万ドル(2020年)という節目を突破した時の時価総額ランキングを表にして載せているが「5年ほどの周期で入れ替わってきた」と解説しているのだから2010年、2015年、2020年という「5年ほどの周期」で見せてほしかった。


※今回取り上げた記事「危機下の株高、IT主導~NY株、初の3万ドル 緩和マネーが一極集中」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201126&ng=DGKKZO66650140W0A121C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和明編集委員と後藤達也記者への評価はDを据え置く。


※後藤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_87.html

日経 河浪武史・後藤達也記者の「FRB資産 最高570兆円」に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/frb-570.html

※藤田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html

改善は見られるが…日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_2.html

「中国株は日本の01年」に無理がある日経 藤田和明編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/01.html

「カラー取引」の説明不足に見える日経 藤田和明編集委員の限界
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_37.html

東証は「4市場」のみ? 日経 藤田和明編集委員「ニッキィの大疑問」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_28.html

合格点には遠い日経 藤田和明編集委員の「スクランブル」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_10.html

説明に無理がある日経 藤田和明編集委員「一目均衡~次世代に資本のバトンを」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_28.html

新型肺炎が「ブラックスワン」に? 日経 藤田和明編集委員の苦しい解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_4.html

「パンデミック」の基準は? 日経1面「日米欧、時価総額1割減」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/11.html

「訴えたいこと」がないのが透けて見える日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/09/blog-post_74.html

2020年11月24日火曜日

ベトナムで「巨大IT企業」が育ってる? 日経「データの世紀」の無理ある分析

24日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に載った「データの世紀~国またぐ情報、日本は劣勢 米欧中3極競う」という記事では分析に無理を感じた。一部を見ていこう。

筑後川の夕暮れ

【日経の記事】

アジアの新興国の躍進が著しい。01年時点と比べると、シンガポールのデータ量は約3千倍、ベトナムは約23万倍になった。対照的に日本は約225倍にとどまる。16年までに両国にデータ量で抜かれ、さらに差をつけられた。

日本の出遅れについて、世界のデータ流通に詳しい経済協力開発機構(OECD)経済産業諮問委員会の横沢誠氏は「日本型のデータビジネスはグローバルに開発されていない」と指摘する。

日本はヤフーや楽天、LINEなど有力なネット企業を抱えるが、LINEなど一部が東南アジアに進出しているのを除き、大半は国内での展開にとどまっている。グーグルやフェイスブックなど世界的にサービスを提供する企業を持たないことが、日本の越境データの伸びに直結しなかった可能性がある。

東南アジアではシンガポールなどが国際ビジネス拠点として急成長している。中国系の動画サービスが急速に普及していることも、東南アジア諸国と中国のデータ量の押し上げにつながった一因とみられる。

中略)データ量が増えた国では、いずれも巨大IT(情報技術)企業が育っている。中国は「BAT」と呼ばれる百度(バイドゥ)、アリババ集団、テンセントなどが次々に世界に進出した。シンガポールも政府主導の外資導入策で国際ビジネスが盛んになった。


◎ベトナムから「巨大IT企業が育っている」?

「グーグルやフェイスブックなど世界的にサービスを提供する企業を持たないことが、日本の越境データの伸びに直結しなかった可能性がある」と書いているが、それはデータ量が急増した国として取り上げた「シンガポール」や「ベトナム」も同じだろう。

「データ量が増えた国では、いずれも巨大IT(情報技術)企業が育っている」とも解説している。「ベトナム」にはGAFAや「BAT」に匹敵する「巨大IT企業」があるのか。「シンガポール」に関しても具体的な「巨大IT企業」の名前を挙げずに「政府主導の外資導入策で国際ビジネスが盛んになった」とごまかしているのは「巨大IT企業」が育っていないからではないのか。

記事によると「中国系の動画サービスが急速に普及していることも、東南アジア諸国と中国のデータ量の押し上げにつながった一因」らしい。裏返せば国内のサービスで国内需要をカバーすれば「越境データの伸び」は抑えられるはずだ。日本の「越境データの伸び」が鈍いとすれば、そうした要因もあるのではないか。

国内のIT企業が健闘しているから「越境データの伸び」が鈍いとしたら「国またぐ情報、日本は劣勢」という単純な見方で良いのかとの問題も出てくる。その辺りに記事では触れていない。分析としては甘いと言わざるを得ない。


※今回取り上げた記事「データの世紀~国またぐ情報、日本は劣勢 米欧中3極競う」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201124&ng=DGKKZO66547700U0A121C2NN1000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年11月23日月曜日

減価償却や引当金の計上でANAは「巨額の資金が必要」と書いたFACTAの誤解

FACTA12月号の「『雇用守る』ANAに勝算ありや」という記事におかしな記述があった。「航空機の売却や人員削減には、資産の減価償却や退職給付引当金の計上で巨額の資金が必要だ」という説明は意味不明だと思える。FACTAには以下の内容で問い合わせを送っている。

福岡市を流れる那珂川
【FACTAへの問い合わせ】

FACTA編集人兼発行人 宮嶋巌様

12月号の「『雇用守る』ANAに勝算ありや」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

「コロナ危機がリーマンショックよりも長期の航空需要低迷を招くのは確実であり、特にANAはリストラの深掘りを迫られるだろう。航空機の売却や人員削減には、資産の減価償却や退職給付引当金の計上で巨額の資金が必要だ」

上記の記述は厳しく言えば意味不明です。「航空機の売却や人員削減には、資産の減価償却や退職給付引当金の計上で巨額の資金が必要だ」と書いていますが「減価償却や退職給付引当金の計上」を進めるための「資金」は必要ありません。会計上は費用・損失となるもののキャッシュアウトは伴わないはずです。

「人員削減」に関しては「退職給付引当金」を「計上」した後で実際に「退職」金を支払う段階になると「資金」が必要になりますが「引当金の計上」に限れば「資金」は不要です。

「航空機の売却」に関しては「資金」の手当てなしで完了できるはずです。売却損が出るとしても売却代金相当が「資金」として入ってきます(諸経費などはここでは考慮しません)。常識的に考えても分かるはずです。生活が苦しくなって、500万円で買った車を100万円で「売却」するとしましょう。この場合に「売却」のために「資金」の手当てが「必要」ですか。

記事では「航空機の売却」のためには「減価償却」しなければならないので「巨額の資金が必要」と説明しているのでしょう。ここは、さらによく分かりません。「航空機」を「売却」すれば資産が減るので「減価償却」の負担はむしろ軽くなります。売却前に一気に「減価償却」する訳でもありません。

「航空機の売却や人員削減には、資産の減価償却や退職給付引当金の計上で巨額の資金が必要だ」との記述は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

参考までに、筆者が伝えたかったことを推測して改善例を考えてみました。

「航空機の売却や人員削減には、資産の売却損や退職給付引当金の計上を伴うため巨額の損失が避けられない」

どうでしょうか。問い合わせは以上です。回答をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視して記事中のミスを放置する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「『雇用守る』ANAに勝算ありや」

https://facta.co.jp/article/202012007.html


※記事の評価はD(問題あり)

2020年11月22日日曜日

日経ビジネスで「罰則付きクオータ制」の導入を求める上野千鶴子氏に考えてほしいこと

日経ビジネス11月23日号に載った「時事深層~日経ビジネス電子版『Raise』で議論 『おっさん粘土層』を壊せ」という記事を読むと「クオータ制」導入論は相変わらず非論理的なものが多いと感じる。「社会学者の上野千鶴子氏は『罰則付きクオータ制』の導入で『女性登用を阻む“おっさん粘土層”を壊せ』と訴え」ているらしいが、記事中でまともな論理展開はしていない。

大阪市中央公会堂

記事の全文は以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

安倍晋三前政権が掲げた「女性活躍」の方針を引き継いだ菅義偉政権。だが、進まぬ現実に政策は後退気味だ。2020年までに女性管理職比率を30%にするという方針は「20年代の可能な限り早い時期」に先送りされている。社会学者の上野千鶴子氏は「罰則付きクオータ制」の導入で「女性登用を阻む“おっさん粘土層”を壊せ」と訴える。

菅義偉首相は政権発足後の初めての所信表明演説で「これまで進めてきた女性活躍の勢いを止めてはなりません」と語ったが、現実は厳しい。11月11日に開催した男女共同参画会議で、安倍晋三前政権が掲げた「2020年までに女性管理職比率30%」という目標を「20年代の可能な限り早い時期」に先送りすることを改めて確認した。帝国データバンクによる調査では同比率は8%弱。「女性活躍」という政策の歩みの遅さは深刻だ。

日経ビジネス電子版の議論の場「Raise(レイズ)」のシリーズ「みんなで考える日本の政策」では、ジェンダー問題が専門の上野千鶴子氏へのインタビューを基に、読者とともにジェンダーギャップ解消の政策について考えてきた。インタビューの上・下には合計で約60件のコメント(16日時点)が寄せられ活発な議論が交わされている。

19年末に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数では、日本は153カ国中、過去最低の121位。こうした現状に上野氏は、「ぼうぜんとしている」と語り、「16年に女性活躍推進法が施行されたが、全く実効性がない。努力目標だけで罰則規定がないから」と指摘。組織内の管理職などの一定比率を女性に割り振る「クオータ制」を、罰則規定付きで導入する必要性を訴えた。

上野氏の主張にはおおむね好意的な意見が多数を占めている。SunValleyさんは「クオータ制、大賛成です。(中略)やはりクオータ制のような社会構造的なシステムを導入せずには、変わりません」と賛同する。

一方で、クオータ制だけでは不十分という意見も多数あった。wkb48さんは「『女も雇ってやる』みたいな意識でクオータ制なんて導入してもだめで、優秀な女性さん、ぜひ一緒に働いてください、って頭を下げるくらいの気持ちじゃないとだめですよ。危機感が足りなすぎる」と指摘する。「僕は従来の大企業にクオータ制を強制するよりも、女性が起業して新しい産業を作る方が現実的だと思います」(kazuhikoさん)と既存の組織には期待できないとの声も。みずおさんは、「大事なことは数合わせに走ることではなく、時間はかかりますが女性の社会進出への意識と周囲の理解を高めることが結局は重要」とコメントした。

政策の実効性を高める方法の提案もあった。小西光春さんは、女性管理職の登用率などに応じて税率が変化する「女性活躍推進税」を地方自治体が導入するなどして、女性が活躍している企業を誘致・支援する政策を提案した。

上野氏は、団塊世代の男性中心の価値観が団塊ジュニア世代で再生産され、「おっさん粘土層」となって女性の登用を阻んでいると懸念する。この悪循環を断ち切るには何が必要か。引き続き、読者の皆さんの意見をお待ちしている。


◎何のための「クオータ制」?

「クオータ制」は何のために必要なのか。「女性管理職比率30%」を企業に強制するとどんな利益があるのか。そこを論じることなしに「女性管理職比率30%」を目指すべきとの前提で話が進んでいるのが気になる。

「女性管理職比率30%」を達成すると株価が上がるのか、GDPが飛躍的に増えるのか、あるいは国民の幸福度が増すのか。その辺りを明らかにしないで「クオータ制」を「罰則規定付きで導入する必要性を訴え」られても困る。

「女性管理職比率30%」を義務付ける「クオータ制」は明らかに男女差別だ。男女平等の原則を崩してまで「クオータ制」を導入するならば、マイナスを補って余りある大きなメリットが欲しい。しかし、それがあるようには思えない。「ジェンダーギャップ指数」は多少上向くかもしれないが「指数」が上向いても大多数の国民に直接のメリットはない。

「おっさん粘土層」の話も根拠に欠ける。「上野氏は、団塊世代の男性中心の価値観が団塊ジュニア世代で再生産され、『おっさん粘土層』となって女性の登用を阻んでいると懸念」しているらしいが「おっさん粘土層」が存在するという根拠を記事中で示していない。

それに「団塊世代の男性中心の価値観が団塊ジュニア世代で再生産」されているのならば「おっさん粘土層」と呼ぶのはおかしい。「団塊世代」も「団塊ジュニア世代」も約半数は女性だ。女性の中にある「男性中心の価値観」も当然に「女性の登用を阻んでいる」はずだ。女性管理職が「女性の登用を阻んでいる」場合もあるし、女性社員が「女性の登用」を望まない場合も当然あるだろう。

それとも、同じ「世代」の「価値観」が男女で全く異なるという話なのか。ちょっと考えにくいが、もしそうならその根拠も示してほしい。

自分は男女平等主義者だが、平等が全てに優先するとは考えていない。「クオータ制」の導入で社会の様々な問題が一気に解決するのならば「女性管理職比率100%」という極端な差別を受け入れてもいいとさえ思う。

問題は「クオータ制」がもたらすメリットだ。今のところ男女平等の原則を崩してまで導入する意味は見出せない。「上野氏」には「クオータ制」を導入するとどんないいことが待っているのかぜひ教えてほしい。


※今回取り上げた記事「時事深層~日経ビジネス電子版『Raise』で議論 『おっさん粘土層』を壊せ」

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00837/?P=1


※記事の評価は見送る

2020年11月21日土曜日

「オンライン診療、恒久化の議論迷走」を描けていない日経 大林尚編集委員「真相深層」

日本経済新聞の大林尚編集委員に記事を書かせるのはやめた方がいいと繰り返し指摘してきた。しかし日経にその気はないようだ。21日の朝刊総合1面にも「真相深層~初診『かかりつけ医』に限定 オンライン診療、恒久化の議論迷走 英には似て非なる『家庭医』」という記事を書いている。そして例によって完成度は低い。「菅義偉首相が指示したオンライン診療解禁の恒久化をめぐり、政府内の議論が迷走気味だ」との書き出しで始まるが、最後まで読んでも「政府内の議論が迷走」している話は出てこない。

御堂筋イルミネーション2020

記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

菅義偉首相が指示したオンライン診療解禁の恒久化をめぐり、政府内の議論が迷走気味だ。医療機関へのアクセス向上という視点で捉えられがちなオンライン診療だが、本格的な普及段階に入れば医師資格のあり方にもかかわってくる可能性がある。キーワードは「かかりつけ医」と似て非なる「家庭医」である。

かかりつけ医が政策の焦点に浮上した。10月30日の田村憲久厚生労働相の記者会見が契機だ。

「オンライン診療は安全性と信頼性をベースに初診も含めて進める。首相から恒久化という言葉ももらっている。普段かかっているかかりつけ医を対象に初診も解禁というか、恒久化すると3者で合意した」

3者は、河野太郎規制改革相、平井卓也デジタル改革相を含めた3閣僚を指す。オンライン診療は安倍政権時の4月、規制改革推進会議(首相の諮問機関)がコロナ禍を受けて特命タスクフォースを新設し、収束までの特例として全面解禁した。感染リスク対策の意味合いが強かったが、首相の恒久化指示で政府の動きが慌ただしくなった。

日本医師会を中心に医療界には全面解禁への慎重論が強い。医師会はかねて、かかりつけ医の普及に熱心だ。意を受けた厚労省は、タレントのデーモン閣下が「気軽に相談できるかかりつけ医をもちましょう」と勧める広告動画をつくり、東京メトロの車内モニターなどで流している。

問題はかかりつけ医の定義だ。医師会のウェブサイトには「何でも相談でき、最新の医療情報を熟知し、必要なときに専門医や専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的能力を有する医師」とある。こんな名医が自宅や勤め先の近くにいて平時から健康管理を任せられれば、誰だって心強い。

日本医師会総合政策研究機構(日医総研)が9月にまとめた意識調査によると、かかりつけ医がいる人は55%。年齢別では70代以上の83%に対し、20代は22%だ。普段あまり医者の世話にならない若年層が低いのは当然だが、20代の31%が「いるとよいと思う」と答えた。この割合は前回調査より高い。日医総研はコロナの影響があるのではと推測する。


◎そもそも「議論」はあった?

この記事からは「政府内の議論」があったのかどうか読み取れない。それで「迷走」しているかどうか分かるはずもない。「普段かかっているかかりつけ医を対象に初診も解禁というか、恒久化すると3者で合意した」のは分かる。だが、これだけでは「迷走」には程遠い。そして話は「医師会」という「政府」外へと移ってしまう。

「政府内の議論が迷走」しているかどうか。記事の後半も見ておこう。


【日経の記事】

英国にはGP(ジェネラル・プラクティショナー)と呼ばれる資格がある。日本語なら「家庭医」といったニュアンスだ。すべての人が自宅近くの診療所に勤務する家庭医を1人登録し、初期診療はその家庭医に診てもらうのを原則とする。

同国の国民医療制度(NHS)の家庭医になるには医学部卒業後に基礎研修を受け、最短3年の専門研修が義務づけられている。指導医から一定の評価が得られれば一人前として登録される。いくつもの診療科の治療をこなし、手に負えない患者は素早く病院の専門医につなぐのが使命だ。

日本医師会は「患者と対面して五感を研ぎ澄ませて診察する方が見落としなどのリスクを小さくできる」などを根拠に、とくに初診時の対面原則を崩そうとしない。むろん対面診療の重要性に異論はない。病状や患者が置かれた環境で対面でなければならない場面はある。一方、デジタル技術の飛躍的な革新で対面を上回る効果を発揮するオンライン診療が可能になるケースも出よう。

医師会関係者は「日本の医学教育はオンライン診療を想定しておらず、医学生は対面診療が基本と教わる。オンライン診療がなし崩しに広がれば医療の質が下がる心配が強い」とも話す。裏を返せば、医学教育にもデジタル化が前提の改革が必要になるのではないか。デジタル専門教育を受けた医師なら初診からのオンライン診療を認めるとの考え方も成り立つ。

かかりつけ医の範囲が曖昧なままオンライン初診を認める厚労相の方針は果たして機能するのか。仮に英国のような家庭医資格の創設を俎上(そじょう)に載せるなら、それはそれで意義深い改革になるかもしれない。


◎「医師会」や「英国」の話の前に…

「医師会」や「英国」の話をあれこれとしているが「政府内の議論が迷走」していると判断できる記述はない。そして「かかりつけ医の範囲が曖昧なままオンライン初診を認める厚労相の方針は果たして機能するのか」と終盤で問いかける。しかし「かかりつけ医の範囲が曖昧なまま」なのかどうか記事で説明はしていない。「医師会」や「英国」の話をする前に、そこをしっかり解説すべきだ。

「かかりつけ医の範囲」はどう「曖昧」なのか。「かかりつけ医の範囲」が「曖昧なまま」になる過程でどういう「政府内の議論」があったのか。そこを描けば「迷走」だと読者も納得できるかもしれない。しかし、記事では何も触れていない。

記事の途中では「問題はかかりつけ医の定義だ。医師会のウェブサイトには『何でも相談でき、最新の医療情報を熟知し、必要なときに専門医や専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的能力を有する医師』とある」とも書いている。なのになぜ「政府」が「かかりつけ医」をどう定義しているのか言及しないのだろう。

「医師会のウェブサイト」にどう書いているかは、それほど重要ではない。問題は「政府」がどう「かかりつけ医の範囲」を決めるかだ。そこの説明を省いて、重要性の薄い話を長々と書けるのは悪い意味で凄い。

やはり大林編集委員に記事を任せるのはやめた方がいい。結論は今回も変わらない。


※今回取り上げた記事「真相深層~初診『かかりつけ医』に限定 オンライン診療、恒久化の議論迷走 英には似て非なる『家庭医』」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201121&ng=DGKKZO66521430R21C20A1EA1000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
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株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html

日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html

2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」
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年金70歳支給開始を「コペルニクス的転換」と日経 大林尚上級論説委員は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/70.html

2020年11月20日金曜日

「大麻合法化」否定論に合理性を欠く日経1面コラム「春秋」

合理的に物事を考えるのは意外と難しい。日本経済新聞で朝刊1面コラム「春秋」の執筆を任されるほどの人物からば難なくやれそうだが、実際にはそうでもない。20日の「春秋」を読めばよく分かる。全文を見た上で問題点を指摘したい。

秋の大阪城

【日経の記事】

欧米では、海外では、としきりに向こうの事情を並べたあげく、どうもこちらは遅れているなあと嘆く――。こういう物言いを、昔は「ではのかみ」と揶揄(やゆ)したものだ。時代劇などに出てくる「出羽守」のもじりである。言葉はすたれたが、いまもお仲間は少なくない。

まかり間違えば、外国のよからぬ風俗にまで共感することになろう。そこでいささか気になるのは薬物である。さきの米大統領選に合わせた住民投票で、ニュージャージー、アリゾナ、サウスダコタ、モンタナの4州は嗜好品としての大麻の合法化を決めた。すでに11の州と首都ワシントンで解禁されており、流れは急だ。

カナダとウルグアイは国全体で合法化、ニュージーランドも国民投票で否決はしたが賛否は拮抗した。こんな情勢を眺めて「あちらでは」とのたまう向きがいるかもしれぬ。解禁の背景には、大麻が社会にまん延したため禁止は現実的でなくなったという実態がある。当局の管理下に置いて「産業化」する窮余の策なのだ。

日本のほうがはるかに健全なのだから、勘違いしてはなるまい。むしろ合法化した方面から「ニッポンでは」とうらやましがられていい。そういえば「出羽守」の同類に「引換券」がある。「それにひきかえ」とやたら比較する論法のことだ。「覚醒剤やコカインは怖い。それにひきかえ大麻は……」。その考えこそ怖い。


◎「大麻がダメ」の根拠は?

「欧米では、海外では」と持ち出して「海外」に合わせるべきだと訴えるのが必ずしも正しくないのはその通りだ。「海外では合法化の流れになっているから日本でも大麻を合法化しろ」との主張は確かに説得力に欠ける。しかし「だから大麻の合法化は避けるべき」との結論にはならない。

筆者が「大麻の合法化はダメ」と考えるのならば、その根拠を示すべきだ。しかし今回の記事では何の根拠も示していない。

例えば、酒やタバコには依存性があり健康にも害がある。なのに日本では合法だ。大麻についても依存性や健康被害などの要素を酒やタバコと比較して、合法化すべきかどうかを論じてほしい。

記事を読む限り、筆者には「大麻=良くないもの、合法化すべきでないもの」との前提があり、それを正当化するために話を作っているように見える。「結論ありき」は合理的に物事を考える上での大きな障壁だ。今回の記事には、その障壁を感じる。

「『覚醒剤やコカインは怖い。それにひきかえ大麻は……』。その考えこそ怖い」--。この「論法」が通用するのならば、色々な物を非合法化の対象にできる。「『覚醒剤やコカインは怖い。それにひきかえ酒は……』。その考えこそ怖い」。だから「酒」も非合法化すべきだとなる。「酒」をゲームやスイーツに置き換えてもいいだろう。

ついでに言うと「欧米では、海外では、としきりに向こうの事情を並べたあげく、どうもこちらは遅れているなあと嘆く」のは日経のお家芸でもある。社説でも「デジタル後進国」からの脱却を訴えていたはずだ。

人の振り見て我が振り直せ--。この言葉を改めて噛み締めてほしい。


※今回取り上げた記事「春秋」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201120&ng=DGKKZO66451420Q0A121C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)