2019年6月7日金曜日

インドのCPI上昇率は「2%以下」? 日経 早川麗記者に問う

3%以下」と書くべきところを「2%以下」と誤ったのではないかと思える記述を日本経済新聞の朝刊で見つけた。単純ミスを責めるつもりはないが、間違いならば訂正は出すべきだ。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
久留米市の千光寺(あじさい寺)
       ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 早川麗様

7日の朝刊国際2面に載った「インドが利下げ~3会合連続 9年ぶり5%台に」という記事についてお尋ねします。記事では「(インドの)消費者物価指数(CPI)の上昇率は18年11月から2%以下で推移し、中銀が中期目標とする『4%前後』の許容範囲内にある」と説明しています。

しかし記事に付けた「インフレ懸念後退で相次ぎ利下げ」というタイトルのグラフを見ると「インドの消費者物価指数(前年同月比)」は直近で約3%と明らかに「2%」を上回っており、矛盾しています。

調べてみると、グラフの数値は合っているようです。記事の「18年11月から2%以下」という記述を「18年11月から3%以下」と直せば、実際の「CPI」の動きと辻褄が合います。「消費者物価指数(CPI)の上昇率は18年11月から2%以下で推移」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「インドが利下げ~3会合連続 9年ぶり5%台に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190607&ng=DGKKZO45778060W9A600C1FF2000


※記事の評価はD(問題あり)だが、当該部分以外に大きな問題はない。早川麗記者への評価は訂正などの対応を見て決めたい。

「最適価格、中銀の役割問う」が苦しい日経「Neo economy」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「Neo economy~広がる異世界」は、日経が好む「世界が一変する」系の企画だ。新たな技術によって革命が起き、社会の仕組みや人々の暮らしが一変すると説くのだが、ほとんどが無理のあるストーリー展開になってしまう。
久留米市の千光寺(あじさい寺)
       ※写真と本文は無関係です


7日の「(3) 見え始めた『見えざる手』 最適価格、中銀の役割問う」という記事も例外ではない。まず最初の事例が苦しい。

【日経の記事】

平日の午後4時半。バンコクの焼肉店「ムー・アンド・モア」では、日が沈む前から3組の客が夕食をとっていた。「かつてはガラガラの時間帯」(店主)をレストラン予約アプリ「イーティゴ」が変えた。料理の価格が時間帯ごとに変わり、夕食時の前をアプリで予約すれば通常の半額だ。

時間帯によって見込まれる客数と店側が期待する利益率を掛け合わせ、30分ごとの最適な割引率をはじく。空席率7割とされる外食産業。ドイツ出身のマイケル・クルーセル最高経営責任者(CEO)は「埋まる席は最高価格、空席は最低価格で」を徹底し、店の利益の最大化をめざす。

需要の変化をデータでとらえ、最適な値段を瞬時にはじく。航空運賃などから始まった「ダイナミック・プライシング」という変動価格が経済全体に広がる。慶大の坂井豊貴教授は、需要と供給に応じて市場で合理的に価格が決まるという「教科書の世界に世の中が近づいてきた」とみる。


◎自分でできるような…

『かつてはガラガラの時間帯』(店主)をレストラン予約アプリ『イーティゴ』が変えた」と書いているが、似たようなことは「イーティゴ」に頼らなくてもできる。「ガラガラの時間帯」の価格を下げればいいだけだ。「店主」の判断でできる。

イーティゴ」を使うと「埋まる席は最高価格」が実現するような印象を受けるが、これも無理がある。「夕食時の前をアプリで予約すれば通常の半額」になるとすれば「通常」の価格でも「埋まる席」の一部を「半額」で埋めてしまっている。なのに「埋まる席は最高価格」なのか。

さらに言えば「夕食時の前をアプリで予約すれば通常の半額」と決まっているのならば、この部分は「ダイナミック・プライシング」とは言えないだろう。「ダイナミック・プライシング」ならば、様々な割引率が適用になるはずだ。

もう1つ気になるのが「空席は最低価格」という説明だ。「最低価格」の定義が明確ではないので、とりあえず「店が許容できる最低価格」としよう。この場合「空席は最低価格」に意味があるだろうか。

空席」に関して「店が許容できる最低価格」が5000円で「客が許容できる最高価格」が1万円だとしたら、店としては「イーティゴ」を通じて1万円と提示するのが合理的だ。しかし「空席は最低価格」の原則に従うと店には5000円しか入ってこない。

記事の結論部分にも注文を付けておこう。

【日経の記事】

ところが価格が頻繁に小刻みに動き、市場の需給を効率的に映し出し始めた。物価統計という従来の尺度ではその実態をつかめない。いつも最適な水準に向かって価格が落ち着いていく経済では、物価の安定を目標に金融政策を運営する意味は薄れる。見えざる手に導かれて最適化する価格はモノやサービスの価値だけでなく、金融政策のあり方さえも問い直している。



◎「金融政策」の「意味は薄れる」?

筆者は「市場の需給を効率的に」価格に反映できれば物価は安定すると思っているのだろう。「最適な水準に向かって価格が落ち着いていく」としても、それが「物価の安定」につながるとは限らない。

株式市場を考えれば分かる。上場株に関しては「価格が頻繁に小刻みに動き、市場の需給を効率的に映し出し」ているのに、バブルが発生したり相場急落を招いたりの連続だ。「物価の安定」が必要なことならば「いつも最適な水準に向かって価格が落ち着いていく経済」であっても「金融政策」の意味は薄れない。

逆から考えてみてもいい。例えばハイパーインフレが起きたベネズエラ。「ダイナミック・プライシング」をしっかり根付かせておけばハイパーインフレを防げただろうか。あるいは「ダイナミック・プライシング」の力でハイパーインフレを抑え込めるだろうか。

物価の安定を目標に金融政策を運営する」ことを中央銀行が放棄して無茶をすればハイパーインフレは起こり得る。それを防ぐ手段として「ダイナミック・プライシング」はほぼ無力だと思える。「Neo economy~広がる異世界」の取材班のメンバーはどう考えるだろうか。


※今回取り上げた記事「Neo economy~広がる異世界(3) 見え始めた『見えざる手』 最適価格、中銀の役割問う
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190607&ng=DGKKZO45363510Y9A520C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年6月6日木曜日

日経 村山恵一氏の限界見える「Deep Insight~注目 シェア人類の突破力」

本社コメンテーター」という肩書で記事を書いている日本経済新聞の書き手では、村山恵一氏に最も安定感がある。しかし6日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~注目 シェア人類の突破力」という記事は苦しい内容だった。書くことがなくて四苦八苦して紙面を埋めた印象だ。書き手としての限界が見えてきた感は否めない。
久留米市の千光寺(あじさい寺)
       ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら気になった点を指摘したい。

【日経の記事】

世界が注目するなか上場を果たした米ライドシェアの2社、ウーバーテクノロジーズとリフトの株価がさえない。優良ドライバーの囲い込みや研究開発に費用がかさみ、黒字化の道筋が不鮮明なためだ。両社を取りまいていた強い高揚感は市場から消えた。

しかし、シェア社会への移行が不可逆的なのは明白だろう。個別企業の盛衰は経営手腕に左右されるが、シェアそのものは歴史の必然といえる。

いま起きているシェアの潮流は、さまざまな構造変化が積み重なった結果だ。3つ挙げたい

まずインターネットの普及で人や物の大規模なマッチングが可能になった。相互評価を導入した競売サイトの定着は、見ず知らず同士でも取引できることを示した。

次にスマートフォンが日常に根づいたこと。いつでもどこでもほしいものが手に入るオンデマンドを支えるインフラが整った

そして環境の移り変わりの加速だ。何かを「所有」してそれに縛られるより、状況に応じて「利用」するほうが柔軟で合理的との考え方が広がった。


◎「構造変化」の説明が…

構造変化」を「3つ挙げたい」と言うが「スマートフォンが日常に根づいたこと」を挙げるのならば、最初の「インターネットの普及」は要らない。2つはまとめていい。例えば「カーナビの普及で世の中が変わった」と訴えたい時に「まず自動車が普及し、それにカーナビが付いたことで社会が変わった」と説明する必要があるだろうか。

3番目の「環境の移り変わりの加速」は何を言いたいのか謎だ。強引に読み解けば、世の中の「考え方」が急速に変化しているということか。だとしたら、「考え方」に関してなぜ「移り変わりの加速」が起きているのかの説明は欲しい。

さまざまな構造変化が積み重なった結果だ。3つ挙げたい」と大きく構えた割に、誰でも分かるようなことを長々と書いているだけだ。行数稼ぎの臭いがする。

ついでに言うと「いつでもどこでもほしいものが手に入るオンデマンドを支えるインフラが整った」と村山氏は書いているが、そんな「インフラ」は整っていない。例えば東京の日経本社にいて日本各地の人気ラーメン店のラーメンが「手に入る」だろうか。遠隔地の場合、大半は断られるだろう。

そもそも「ほしいもの」が何でも「手に入る」ようには永遠にならない。例えば、日経の首脳陣が朝日新聞社や読売新聞社を買収したいと考えたとしよう。「スマートフォン」を使えば、非上場の新聞社の株式を自由に買えるだろうか。試してみれば「いつでもどこでもほしいものが手に入るオンデマンドを支えるインフラ」が整っていないと実感できるはずだ。

記事をさらに見ていく。

【日経の記事】

もっと便利で快適にとエスカレートするのが人の性(さが)。そういう欲求とテクノロジーの発展が交差し、シェアが巨大なうねりになる。

ここで個人的な体験を書く。米国に留学していた2004年、カーシェアサービス、ジップカーの会員になった。必要なときネットで予約しアパートに備えられた車に乗った。つかまえにくいタクシーや手続きが面倒なレンタカーに比べ手軽で重宝した。だが、とにかくさっと移動したいという場合には、それさえまどろっこしい。

当然、野心的な起業家はこれを放っておかない。スマホをリモコン代わりに車を呼び寄せるライドシェアは出現すべくして出現した。現在、出張中の米国で私の主たる交通の手段だ。

シェアの対象は家やオフィスに及び、多くのユニコーン誕生がエネルギーの大きさを物語る。SNS(交流サイト)を通じ、コミュニティーの面白さを再発見したことも人々をシェアに駆り立てる。



◎行数稼ぎの臭いが…

上記のくだりは全て不要だ。「個人的な体験」をわざわざ書いている意味がない。ここでも行数稼ぎの臭いがする。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

ライドシェアこそ規制に阻まれているが、日本でも熱量は着実に増している。

台所やリビングを皆でシェアする施設が都会や地方に点在する。広さが四畳半で車輪のついた「走る部屋」で好きな施設を巡りながら暮らす――。パナソニックが30年の住まいの一形態として描く姿だ。社会に問いかけ、自社テクノロジーの活用を探る。

考案した若手デザイナーたちに話を聞いた。多機能なマイホームを構えたり家電を買いそろえたりすることに共感できず、定住はリスクとさえ思うという。華やかな経済成長を知らず、助け合いが自然。倹約目的ではなく、人とのつながりに豊かさを感じるがゆえのシェアだ。こんな発言もあった。「45歳以上の人にはわからない


◎「45歳以上の人にはわからない」?

まず「パナソニックが30年の住まいの一形態として描く姿」に新しさがない。キャンピングカーを自宅代わりにして、キャンプ場などを利用しながら暮らすのと大差ない。
新丸の内ビルディング(東京都千代田区)
       ※写真と本文は無関係です

さらに引っかかるのが「45歳以上の人にはわからない」とのコメントだ。明らかな偏見と言える。「45歳以上の人」で、こうした暮らしを魅力的に感じる場合も当然あるはずだ。それに44歳と45歳に明確な断層があるとも考えにくい。

記事をさらに見ていく。

【日経の記事】

起業も相次ぐ。20代の2人が設立したatsumari(あつまり)がシェアするのは楽器。音楽好きや楽器職人を結びつける。

ある推計では認知度アップなど条件がそろえば、国内シェア市場は30年度に11兆円を超す。


◎「起業も相次ぐ」と言うなら…

起業も相次ぐ」と言うならば、それを見せる必要がある。しかし出てくるのは「atsumari」の事例だけ。これでは「起業も相次ぐ」根拠とはならない。事例が1つだけならば、起業件数を見せるといった工夫が要る。

国内シェア市場は30年度に11兆円を超す」との説明も、いきなり「11兆円」と言われても多いのか少ないのか判断しにくい。他の市場との比較を入れたりしてほしかった。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

シェア社会を本物にする力として目を引くのは、仕事に対する新しい価値観の台頭だ。

料理デリバリーのウーバーイーツで配達員をする尾崎浩二氏を見てみよう。自由に働けていいと始めたが、やがて感じたのは個人事業主という立場から生じる孤独や不安。ほかの人も悩んでいるはずと、ネット上にグループをつくり、事故に備えた保険やウーバー以外の仕事について情報交換した。メンバーは450人に達した。

5月にはこれを発展させ、配達員の福利厚生向上や店舗との関係強化をめざす協会を立ち上げた。配達員のための会社を設け、飲食店経営にも挑戦する。「個人が一致団結すれば何か起こせる」。コミュニティー運営がやりがいになっている。少額融資で個人の自立を促すグラミン日本の支援を受けることも決まった。


◎どこに「新しい価値観」?

尾崎浩二氏」のどこに「仕事に対する新しい価値観」が見出せるのか理解できなかった。「個人事業主という立場から生じる孤独や不安」は目新しいものではないだろう。同じ境遇の人間が集まって協力するのも、ありがちだ。「個人が一致団結」して社会をより良い方向に変えようとするのも「新しい価値観」とは言い難い。

この後、話はシェアから離れていく。

【日経の記事】

最近ベンチャー企業の取材に行くと、よそでも働いているという人によく会う。生活費を捻出するためあくせく、といった悲壮感漂う話ではない。キャリア形成のための副業・複業だ。特定の会社に漫然としがみつくのではなく、多様な職のポートフォリオを組み立てるべきときが来ている。

だから、社会に眠るニーズを掘り起こし、新種の仕事を編み出すシェアには重みがある。自分のスキルを生かし、顧客の評価をヒントに腕を磨き、励みや喜びにする人がいる。「福業」だ。



◎「シェア」との関連付けに強引さが…

副業」が増えているから「新種の仕事を編み出すシェアには重みがある」と村山氏は言う。間違ってはいないが、強引に「シェア」と絡めている印象はある。「自分のスキルを生かし、顧客の評価をヒントに腕を磨き、励みや喜びにする」のは「シェア」に限った話ではない。

ここから最後まで一気に見ていく。

【日経の記事】

人工知能(AI)やロボットによるオートメーション化が進み、働き手には逆風とされる。ライドシェア大手もドライバーに頼らない自動運転に投資する。といって個人は弱者とは限らない。増加するシェアピープルからは、したたかさ、たくましさを感じる。社会を革新する原動力たりえる。

シェアはサービスの安全性確保に課題を抱え、既存産業との摩擦もあるが、尻込みしてはいられない。世界はシェアを前提とした行動や発想に大きく振り子を振り、何がどこまで可能か試している。背を向ければ、個人も企業も国も進化の機会を逃す。

人的、物的な資源の効率利用につながるシェアは気候変動や貧困の対策、地域再生にプラスだ。新しい社会づくりのまっただ中にいるという時代認識をもとう



◎そう訴えたいなら…

シェアは気候変動や貧困の対策、地域再生にプラスだ」と言うが、その根拠は示していない。なのに「新しい社会づくりのまっただ中にいるという時代認識をもとう」と言われても困る。

シェア」が広がっていて、そこに関わっている人たちは「仕事に対する新しい価値観」を持っている(これにも説得力はないが…)とは書いている。しかし「気候変動や貧困の対策、地域再生にプラス」かどうかは何とも言えない。

ウーバー」の契約ドライバーの窮状なども報じられており、「シェア」が新たな「貧困」を生み出しているようにも見える。村山氏は「違う」と言うかもしれないが、この問題を記事では論じていない。なのに最後に「気候変動や貧困の対策、地域再生にプラス」と断定されて「なるほど」とは思えない。

このレベルの記事を顔写真付きで「本社コメンテーター」という肩書を付けて読者に届ける意味があるか。村山氏にはよく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~注目 シェア人類の突破力
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190606&ng=DGKKZO45726650V00C19A6TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。村山恵一氏への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。村山氏については以下の投稿も参照してほしい。

「日本の部長、データを学べ」に説得力欠く日経 村山恵一氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_16.html

2019年6月5日水曜日

日経「金融力@ビジネス(2)」に感じる白壁達久記者の力量不足

メルカリ社長兼最高執行責任者(COO)の小泉文明(38)」を取り上げた「金融力@ビジネス(2) 『伴走』して起業家導く メルカリ・小泉社長、資金調達で強み」という記事が日本経済新聞朝刊企業2面に載っている。しかし「なるほど」と思える内容ではない。筆者の白壁達久記者は以下のように説明している。
長崎水辺の森公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

小泉の持論は「ナンバー2が優秀な会社は成長する」というものだ。「事業モデルが斬新で最初の資金調達に成功しても、セカンドやサードのファイナンスが難しいから」と説く。



◎説明になってる?

まず「セカンドやサードのファイナンス」は横文字が多過ぎる。「その後の調達が難しいから」などと言い換えてほしい。「小泉」氏も求められれば言い換えに難色は示さないだろう。

なぜ「セカンドやサードのファイナンスが難しい」のか謎だが、そういうものだと受け入れても、ゆえに「ナンバー2が優秀な会社は成長する」という「持論」に納得はできない。

セカンドやサードのファイナンス」を「ナンバー2」が担うとは限らない。「ナンバー1」でも「ナンバー3」でもいいはずだ。なのになぜ「ナンバー2が優秀な会社は成長する」となるのか。企業社会に「ナンバー2」が「ファイナンス」という決まりも慣例もないと思えるが…。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

「自分の手でもっと小さな会社を大きく成長させたい」という衝動に駆られ、小泉はミクシィを退職し、スタートアップ支援を経て13年に創業間もないメルカリに入る。

メルカリがフリマアプリの後発ながらライバルを抜き去った隠れた要因には資金調達がある。アプリの認知や利用拡大のために広告枠を買うと決めて資金調達に奔走し、14.5億円という創業1年の企業には巨額の資金調達に成功した。投資する立場で企業を見ていた証券時代の経験を基に、CMの費用対効果や収支の見通しを精緻に示して投資家の信頼を得た。



◎「持論」を証明してる?

記事が成り立つためには「14.5億円という創業1年の企業には巨額の資金調達」が「セカンドやサードのファイナンス」でなければならない。しかし記事からは何番目の「ファイナンス」なのかも不明だ。「創業1年の企業には巨額の資金調達に成功した」という書き方は初の「資金調達」だと示唆しているようにも感じる。

問題は他にもある。話の流れとしては、「小泉」氏以外の人物が「資金調達」に失敗したのに、その後に登場した「小泉」氏が「資金調達」を成功させる展開でないと苦しい。

現実はそういう流れだったのかもしれないが、記事ではそうは書いていない。これだと「ナンバー2が優秀な会社は成長する」「セカンドやサードのファイナンスが難しいから」という話が生きてこない。

白壁記者にもう少し書き手としての力量があれば、説得力のある記事に仕上がった気がする。


※今回取り上げた記事「金融力@ビジネス(2) 『伴走』して起業家導く メルカリ・小泉社長、資金調達で強み
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190605&ng=DGKKZO45695270U9A600C1TJ2000


※記事の評価はC(平均的)。白壁達久記者への評価も暫定でCとする。

2019年6月4日火曜日

奥田由意氏のアイドル分析が雑な週刊ダイヤモンド「使える哲学 」

週刊ダイヤモンド6月8日号の特集「仕事に必須の思考ツール~使える哲学 」に出てくる「米津玄師はニーチェ、星野源はアリストテレス!?~哲学で読み解くJポップ」という記事は雑な分析が目立った。大阪大学国際共創大学院学位プログラム推進機構特任助教である戸谷洋志氏のコメントを使いながら、ライターの奥田由意氏が以下のように「アイドルグループ」を分析してみせる。
旧内外クラブ記念館(長崎市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

Jポップの哲学からの考察は、形而上学的なテーマだけではなく、社会事象を考える上でも有効だ。

例えば、アイドルグループ、AKB48のライバル的存在として結成された乃木坂46と欅坂46の歌詞は、日本社会の変化を反映している

2000年代後半に登場したAKB48は、選挙投票による競争をゲーム化することで脚光を浴びた。「競争をしないはずのゆとり世代のアイドルが、ハングリーな競争を繰り広げるところが支持を得た」(同)のだ。

しかし、東日本大震災でこの流れは変わる。くしくも乃木坂46の結成は11年8月だ。AKB48と異なり乃木坂46のセンターは、ファンではなく運営が決める。メンバーは競い合わず、人気投票もない。「戦いのない世界に戻りたい。ポスト3・11の協調重視の流れが見て取れます」(同)。



◎色々と誤解が…

AKB48と異なり乃木坂46のセンターは、ファンではなく運営が決める」と書いてあると「AKB48」は「運営」ではなく「ファン」が「センター」を決めると理解したくなる。それは年1回の選抜総選挙(2019年は開催見送り)後のシングルだけだ。「AKB48」も基本的には「センターは、ファンではなく運営が決める」。記事の説明は誤解を招く。

乃木坂46」に関する「メンバーは競い合わず」という説明は完全に間違いだ。どのシングルでも選抜と選抜以外に振り分けられるので「メンバー」内の競争は常にある。

そもそも「乃木坂46」は「AKB48のライバル的存在として結成された」のだから「戦い」に身を置くのが前提だ。なのに「戦いのない世界に戻りたい。ポスト3・11の協調重視の流れが見て取れ」るのか。

さらに続きを見ていく。

【ダイヤモンドの記事】

18年のヒット曲「シンクロニシティ」では、「言葉を交わしていなくても 心が勝手に共鳴するんだ 愛を分け合って」「いつしか心は一つになる…」と、人間は自然に理解し合えるという世界観が色濃い

「これはハーバーマスの政治哲学を思わせる普遍主義の考え方。敵や敵意はない、他者はいない、コミュニケーションできない人はいないことが前提です」(同)

ハーバーマスは、マルクスの影響を受けた社会学者で、コミュニケーションによって望ましい社会が到来する可能性を探った。人々が対話を重ねる「公共性」によって、合意に達したものが真理であると説く。

この乃木坂46に対し、体制と闘う反抗のアイドルとして15年に結成されたのが欅坂46だ。17年のヒット曲「不協和音」には、「僕はyesと言わない(中略)最後の最後まで抵抗し続ける」「君はyesというのか 軍門に下るのか」といった歌詞がある。団結して闘うのだという明確なメッセージが打ち出されている

戸谷氏は「敵を否定することで結束を固め、闘うことで自由や自分の存在意義を求める世相の表れ」とみる。そしてそれは、共同体が外部を否定することで内部を維持、強化する、デリダの洞察を想起させるという。相対化の視点である。

流行りのJポップの背後に哲学あり。ぜひお気に入りの一曲を分析してほしい。



◎日本社会は劇的に「変化」した?

乃木坂46と欅坂46の歌詞は、日本社会の変化を反映している」と奥田氏は言うが、どんな「変化」なのかは明確ではない。強引に読み解けば「人間は自然に理解し合えるという世界観」が支配する社会から「敵を否定することで結束を固め、闘うことで自由や自分の存在意義を求める」社会へと「変化」したということか。

この劇的な「変化」は「欅坂46」が結成された「15年」から「不協和音」が発売された「17年」にかけて起きたのだろう。ずっと「日本社会」で生きてきたが、そんな急激な変化が起きた印象はない。

ポスト3・11の協調重視の流れ」では「戦いのない世界に戻りたい」と願ったのに、わずか数年で「闘うことで自由や自分の存在意義を求める」方向に社会の意識が変わったのか。「3・11」の前は「戦い」を肯定する社会だったと取れるので、短い間に何度も急激な変化が起きている。

それを裏付ける材料を奥田氏は持っているのか。この手の分析は多少は主観的な要素が入ってもいいとは思うが、それにしても強引すぎる。

さらに言えば時系列的な問題もある。「乃木坂46」から「欅坂46」へという流れで「日本社会の変化」を見ているのに、取り上げたのは「乃木坂46」が「18年のヒット曲」で「欅坂46」が「17年のヒット曲」だ。「乃木坂46」の曲が先に出ていないと、話の展開としては苦しい。

結局、深く考えずに話を作ってしまったということだろう。


※今回取り上げた記事「米津玄師はニーチェ、星野源はアリストテレス!?~哲学で読み解くJポップ
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/26668


※記事の評価はD(問題あり)。奥田由意氏への評価も暫定でDとする。

2019年6月3日月曜日

水無田気流氏のマネーポスト批判に無理がある日経「ダイバーシティ進化論」

3日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~専業主婦の年金巡る記事に批判 女性分断 あおらないで」という記事で、詩人・社会学者の水無田気流氏が無理のある主張を展開している。記事を見ながら問題点を指摘したい。
長崎大学病院(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ウェブ雑誌「マネーポストWEB」の5月5日付の記事「働く女性の声を受け『無職の専業主婦』の年金半額案も検討される」がネット上で批判を浴びた。夫の厚生年金に加入し、年金保険料を支払わずに基礎年金をもらうことができる専業主婦、つまり「第3号被保険者」に関するものだ。

記事によると、共働きの妻や働く独身女性からの「保険料を負担せずに年金を受給するのは不公平」という不満が根強くあるため、政府は第3号被保険者の縮小を閣議決定し、厚生年金加入要件を緩和した。パート就業者らの加入が進めば「最後は純粋に無職の専業主婦が残る」わけだが、今後は「無職の妻」からも保険料を徴収する案などが浮上しているという。

これに対し、働く女性たちを中心に「勝手に私たちの声を代弁するな」とネット上で不審や怒りの声が挙がった。そもそも政府がパート就業者や専業主婦から保険料を徴収する検討を進めているのは財源不足が主要因であり、働く女性の要望によるものではない。仮にそうだとすれば、なぜ待機児童問題は一向に解消されず、家事育児サービス利用費の税制控除も導入されず、女性の平均給与は男性の約半分の水準のままなのか。依然、家事・育児・介護負担は女性に偏り、やむを得ず離職するケースも多いという社会の構造的課題を無視した記事、との批判も目についた。



◎「働く女性の要望によるものではない」?

マネーポストWEB」の記事に対して「勝手に私たちの声を代弁するな」と「不審や怒りの声が挙がった」らしい。本当に記事では「勝手に私たちの声を代弁」したのだろうか。当該部分を見てみよう。

【マネーポストWEBの記事】

第3号については共稼ぎの妻や働く独身女性などから「保険料を負担せずに年金受給は不公平」という不満が根強くあり、政府は男女共同参画基本計画で〈第3号被保険者を縮小していく〉と閣議決定し、国策として妻たちからなんとかして保険料を徴収する作戦を進めている。

◇   ◇   ◇

代弁」とは「本人に代わって意見・要求などを述べること」(デジタル大辞泉)だ。記事は「共稼ぎの妻や働く独身女性」の側に立って「国策として妻たちからなんとかして保険料を徴収する」ように求めている訳ではない。

不満が根強くあり」と書いているだけだ。「この不満に政府は応えるべきだ」などと記事で主張しているのならば「代弁」でいいだろうが、そういう作りにはなっていない。

『勝手に私たちの声を代弁するな』とネット上で不審や怒りの声が挙がった」としても、少し考えれば誤解に基づく「怒り」だと気付けるはずだ。しかし水無田氏はこうした「不審や怒りの声」に理解を示している。そこが躓きの始まりだ。

さらに「政府がパート就業者や専業主婦から保険料を徴収する検討を進めているのは財源不足が主要因であり、働く女性の要望によるものではない」と断定している。これも根拠に欠ける。

2014月7月12日付の「配偶者控除の見直し、『賛成』女性8割(Wの質問)」という記事で日経の武類祥子編集委員(当時)は以下のように記している。

【日経の記事】

税制以外の専業主婦世帯優遇策も、あわせて見直さないと効果はないとの意見も出た。

具体的には、国民年金の保険料を年収130万円未満のサラリーマンの妻は負担しなくてよい「第3号被保険者」制度についての批判が目立った。「第3号被保険者制度を廃止して、働くか、配偶者が自分と妻、あわせて2人分の年金保険料を払うかに変更したほうがよい」(30代女性)など、抜本的な見直し策を求める声が出た。

◇   ◇   ◇

この「30代女性」が専業主婦という可能性もゼロではないが、「第3号被保険者を縮小していく」ように求める「働く女性」が存在するのは確実だろう。しかし水無田氏は「働く女性の要望によるものではない」と言い切る。

「第3号被保険者を縮小していくように求める『働く女性』は確かにいるが、政府はそうした声に応えているわけではない。ただ財源を確保したいだけだ」という反論は考えられる。この可能性もゼロではない。ただ、そう言い切れる根拠を水無田氏は示していない。

仮にそうだとすれば、なぜ待機児童問題は一向に解消されず、家事育児サービス利用費の税制控除も導入されず、女性の平均給与は男性の約半分の水準のままなのか」とは書いている。

第3号被保険者の縮小」が「働く女性の要望によるもの」ならば、「待機児童問題」は「解消」に向かい「家事育児サービス利用費の税制控除」が「導入」され、「女性の平均給与」は「男性」と同水準になるはずだと水無田氏は考えているのだろう。

これは的外れな考えだ。例えば「国民の要望に応えたい」と願う政府があって、国民の要望は「第3号被保険者の縮小」、消費税廃止、財政赤字解消、GDP倍増の4つだとしよう。

このうち「第3号被保険者の縮小」だけが実現した場合、「国民の要望によるものではない」と断定してよいだろうか。政府が「できるだけ国民の要望に応えたい」と考えていたとしても、実現の難易度には差がある。要望に応えるのが正しい選択なのかという問題もある。

その辺りを無視した水無田氏の主張は根本的に間違っている。

政府の真意を確認していないのならば「働く女性の要望によるもの」かどうかの答えは「分からない」が妥当だ。

さらに記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

記事は「働く女性VS無職の専業主婦」の対立をあおっているが、私見では典型的な女性の「分断統治」の目線である。現在は出産・育児で離職しても再就職する女性が多数派で、生涯専業主婦の女性はむしろまれだ。現実的とはいえない対立図式を前提に女性たちを恣意的に分断し「女の敵は女」の利害対立を敷衍(ふえん)する言説こそ「女性の最大の敵」といえる

批判に対して同誌は、5月21日付で「働く主婦と専業主婦を分断しているのは国(厚労省)である」との弁明記事を掲載した。素朴な疑問だが同誌の「主体」はどこにあるのか。「国のいうことをそのまま伝えただけ、悪いのは全部国ですよ」との姿勢は、ジャーナリズムとしても大いに疑問である。

言説への責任感こそが、マスメディアへの信頼の源泉ではないのか。ダイバーシティ推進のためにもそろそろ「女の敵は女」というような不毛な議論はやめにしてほしい。



◎「対立をあおっている」?

5月5日付の記事」を水無田氏はきちんと読んだのか。「『働く女性VS無職の専業主婦』の対立をあおっている」とは思えない。政府の方針を解説した記事だ。既に述べたように「勝手に私たちの声を代弁するな」という批判自体が的外れだ。
震動の滝(大分県九重町)※写真と本文は無関係

さらに言えば「現実的とはいえない対立図式を前提に女性たちを恣意的に分断し『女の敵は女』の利害対立を敷衍(ふえん)する言説こそ『女性の最大の敵』といえる」との主張もおかしい。

現実的とはいえない対立図式を前提に」している「言説」ならば影響力は非常に弱いはずだ。なのになぜ「女性の最大の敵」になるのか。

それに「『女の敵は女』の利害対立を敷衍(ふえん)する言説」を展開するのが女性だった場合はどうなるのか。そうなると水無田氏はその女性を「女性の最大の敵」として批判するはずだ。その批判がさらに「女の敵は女」を証明することになり、「利害対立を敷衍(ふえん)する」結果になりそうだ。

その手の主張をするのが女性だった場合は沈黙を守り、男性だったら批判するという選択になるのだろうか。そうなるとご都合主義が過ぎる。どっちに行っても苦しそうな気がする。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~専業主婦の年金巡る記事に批判 女性分断 あおらないで
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190603&ng=DGKKZO45524590R30C19A5TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。水無田気流氏への評価もDを据え置く。水無田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経女性面「34歳までに2人出産を政府が推奨」は事実?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/34.html

日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_5.html

日経女性面で誤った認識を垂れ流す水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_30.html

「男女の二項対立」を散々煽ってきた水無田気流氏が変節?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_58.html

2019年6月2日日曜日

冒頭から拙さ目立つ日経 藤井一明経済部長の「Deep Insight」

日本経済新聞社で経済部長になるには激烈な出世競争を勝ち抜く必要がある。長時間労働を厭わず早耳筋的な情報を追いかける勤勉さや、上司に歯向かわない従順さは必須だ。しかし、経済コラムの優れた書き手である必要はない。藤井一明経済部長が朝刊オピニオン面に書いた「Deep Insight~フリーランスが崩す岩盤」という記事を読むと、それが分かる。
グラバー園の旧リンガー住宅(長崎市)
       ※写真と本文は無関係です

Deep Insight」を「本社コラムニスト」だけでなく部長や編集委員にも書かせるのは賛成だ。ただ、訴えたいことを持っている優れた書き手に限るべきだ。少なくとも藤井部長は外した方がいい。記事の冒頭から拙さが目立つ。

記事の問題点については日経に送った以下の問い合わせを見てほしい。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞 経済部長 藤井一明様

1日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~フリーランスが崩す岩盤」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは最初の段落です。藤井様は以下のように説明しています。

平成が幕を下ろすのを待ち構えていたかのように、JR東日本の労働組合から組合員が大量に流出している。2018年2月に約4万6千人いた最大労組の組合員数は改元を間近に控えた19年4月で約1万1千人にまで落ち込んだ。ほかの労組も含め、加入している人の割合を示す組織率はかつての9割から3割に急落した

平成が幕を下ろすのを待ち構えていたかのように、JR東日本の労働組合から組合員が大量に流出している」のであれば、「平成が幕を下ろ」した直後から「組合員が大量に流出」しているはずです。

しかし記事では「改元を間近に控えた19年4月で約1万1千人にまで落ち込んだ」と書いているだけで「平成が幕を下ろ」した後の「流出」に触れていません。

そもそも「19年4月」に近い時期に「大量に流出」したわけでもありません。藤井様も書いているように「直接のきっかけは一時浮上したストライキの不発」です(このくだりにも問題があります。後で触れます)。

2018年4月10日付の東洋経済オンラインの記事では「JR東日本(東日本旅客鉄道)の最大労働組合『東日本旅客鉄道労働組合』に異変が起きている。今年2月中旬以降、この1カ月余りの間に約2万8000人もの組合員が脱退しているというのだ。今年1月時点では約4万6000人(社員の約8割が加入)もいた組合員が半減以下になるという、かつてない異常事態だ」と書いています。「大量に流出」したのは昨年の「2月中旬以降」のようです。

だとすると「改元」と絡めるのはさらに厳しくなります。「平成が幕を下ろすのを待ち構えていたかのように、JR東日本の労働組合から組合員が大量に流出している」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

直接のきっかけは一時浮上したストライキの不発」という説明にも注文を付けておきます。この書き方だと「一時浮上したストライキ」が「不発」に終わったから、それを不満に思う組合員が「大量に流出」したと理解したくなります。

しかし2018年7月30日付の朝日新聞の記事では「今年の春闘で当時の執行部が経営側にストライキ権の行使を通告したのをきっかけに、同労組の運営に対する強い反発が広がったためとみられる」と「大量に流出」した理由を説明しています。東洋経済オンラインの記事にも同様の記述が見られます。これらが大筋で正しいとすると「(大量脱退の)直接のきっかけは一時浮上したストライキの不発」との説明はかなり問題があります。厳しく言えば間違いです。

さらに言えば「ほかの労組も含め、加入している人の割合を示す組織率はかつての9割から3割に急落した」との説明も感心しません。なぜ「かつて」と時期をボカしているのですか。どの程度の期間で「急落した」のかは読者に示すべきです。

そもそも「かつて」と比べるのが好ましくありません。今回は「2018年2月に約4万6千人いた最大労組の組合員数」が急減したという話をしているのですから、この間の「組織率」の「急落」をまず見せるべきでしょう。その上で「かつて」との比較も出すかどうか検討すべきです。

藤井様は経済部長として記者だけでなくデスクも指導する重要な職責を担っています。記事を書くのであれば、書き手としての力量を記者やデスクに示し「この人に指導されたい」と思わせる必要があります。残念ながら、今回の記事はそのレベルに達していないと感じました。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として責任ある行動を心掛けてください。

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追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~フリーランスが崩す岩盤
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190601&ng=DGKKZO45528630R30C19A5TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。藤井一明経済部長への評価も暫定でDとする。