2016年12月8日木曜日

「サービス残業」の数字が凄い日経「社長100人アンケート」

8日の日本経済新聞朝刊1面のトップを飾った「社長100人アンケート 長時間労働『是正中』8割 残業に事前許可制 19時前退社を奨励」という記事は、気になる点が色々とあった。まず最初の2段落を見てみよう。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

国内主要企業が長時間労働の是正に積極的に取り組んでいることが、日本経済新聞社が7日にまとめた「社長100人アンケート」で分かった。経営者の8割弱が「是正に着手した」と回答。「管理職の意識改革」「残業の事前許可」などを取り組みの柱にし、慣行に風穴を開けようとしている。労働力人口減少が避けられないなか、企業競争力の維持には働き方改革が急務であるとの危機感が浮き彫りになった。(関連記事と回答者一覧を企業面、詳細を8日付日経産業新聞に)

 国内主要企業の社長(会長、頭取などを含む)を対象に、3カ月に1度、アンケートを実施している。今回の調査期間は11月16日~12月2日。146社が回答した

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146社が回答した」のに「社長100人アンケート」と名付けるのは、かなり苦しい。

さて、最も気になったのは、この後だ。

【日経の記事】

働き方改革は「アベノミクス新3本の矢の柱」と位置づけられ、安倍晋三首相自らが先頭に立つ「働き方改革実現会議」で議論を進めている。長時間労働是正は改革テーマの9項目の一つだ。

経営者の76.7%が「是正に着手した」と答え、「是正を検討」「すでに是正した」を合わせると96.5%に上った

長時間労働の大きな要因が残業だ。是正の具体的な取り組み(複数回答)を聞いたところ、「ノー残業デーの設定」(77.6%)、「サービス残業の撤廃」(62.1%)などの回答が多かった

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目を引いたのが「『サービス残業の撤廃』(62.1%)」だ。分母が146社全てなのか、「是正に着手」と回答した企業なのか、「是正に着手」「是正を検討」「すでに是正した」と回答した企業なのか、明確ではない。146社が分母の場合、調査対象となった主要企業の6割以上で、少なくとも最近までは「サービス残業」があったことになる。

言うまでもなく、サービス残業は違法だ。日本を代表する企業で、今も根強くサービス残業が残っていると、企業自らが教えてくれているのに、日経はサラッと流している。そこが残念だが、いかにも日経らしい。

今回の調査では「長時間労働」の定義が不明なのも引っかかるが、それ以上に気になるのが「長時間労働を元々させていない」という企業がどの程度あるのか分からない点だ。

是正に着手した」が76.7%、「是正を検討」「すでに是正した」が合計で19.8%、残りの3.5%に「是正する気がない」「長時間労働を元々させていない」が入っていると推測できる。

現時点で長時間労働の実態がないのは「長時間労働を元々させていない」と「すでに是正した」だが、こうした企業が何%なのかは記事からは読み取れない。この辺りの数字は欲しい。

できれば「是正する気がない」と回答した割合も知りたい。是正する気がない企業の経営者がどうコメントしているか載っていれば、さらに好ましい。ただ、企業に寄り添う傾向の強い日経にそこまで求めるのは酷ではある。

最後に記事の最終段落に絡んで、要望を述べておきたい。

【日経の記事】

電通社員の過労自殺が注目を集めるなか、経営者の現状打破に対する意欲は高まっている。日本電産の永守重信会長兼社長はアンケートに対して「海外グループ会社は残業がほとんどゼロでも利益をあげており、日本でもできると信じている」とコメント。創業以来の働き方を改め、仕事のムリ・ムダをなくし2020年度の残業ゼロ達成をめざしている。

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今回の調査に回答した企業には「電通」も入っている。ならば、「電通社員の過労自殺が注目を集めるなか」で、電通社長がどうコメントしたのかは入れてほしかった。特段のコメントがなかった場合、なかったことを伝えるだけでも意味がある。これも、企業に寄り添うのが当たり前の日経にとってハードルは高いが…。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年12月7日水曜日

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」

相関関係があるからと言って因果関係があるとは限らないし、AとBの間に因果関係があるとしても「AだからB」と「BだからA」の2通りがある--。経済記事を書く者であれば、ここは頭に入れておきたい。だが、往々にしてご都合主義の結論を導いてしまう。週刊エコノミスト12月13日号の特集「息子、娘を守れ 電通過労自殺 ブラック企業」もその一例だ。
JR成田駅(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

特集の中の「データで見る働き方最前線」という記事の一部を見ていこう。

【エコノミストの記事】

女性管理職割合と業績は、女性管理職割合が1%上昇した場合、2年連続増収する確率が0.52%上昇するという結果になった。女性が活躍できる環境は「女性管理職割合の上昇」→「2年連続増収の確率上昇」と段階を経て、企業業績を押し上げることが明らかになった。

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まず言葉の使い方に触れたい。「増収する」には違和感がある。「2年連続増収となる確率」などとした方が良いだろう。

話を戻そう。特集を担当した酒井雅浩記者と大堀達也記者は帝国データバンクの2015年の調査を基に、女性管理職割合と企業業績の間に因果関係があると結論付けている。これは妥当だろうか。

まず気になるのが、記事に付けた「図2」には「環境整備と業績に相関関係」というタイトルが付いていることだ。前述したように、相関関係が確認できても因果関係があるとは限らない。なのに、なぜか「女性管理職割合」を増やせば「企業業績を押し上げる」と言い切っている。

時期が不明なのも引っかかる。2015年の調査なので、14年度の数字を使っている可能性が高い。仮に「女性管理職割合の上昇」は14年度の数字を13年度と比べたものだとしよう。そして「2年連続増収」は13年度と14年度の連続増収だと見なしてみる。

この場合、記事のような因果関係を見出すのはかなり無理がある。14年度に女性管理職を増やした効果で業績が上向くとしよう。その多くは15年度以降に出てくるはずだ。14年度にも多少は影響するかもしれないが、13年度には関係しない。

12年度に女性管理職比率を上げた企業は13年度と14年度に関して連続増収になる確率が高かった」というのならば、因果関係を検討するに値する。だが、そうした記述は見当たらない。

百歩譲って因果関係があるとしても、「業績の良い企業は経営面での余裕があるので女性管理職比率の引き上げに取り組む傾向が強い」という関係かもしれない。こちらの因果関係ではなく「女性管理職割合の上昇」→「2年連続増収の確率上昇」という流れを担当記者らは選んでいるが、その理由は不明だ。

この因果関係の問題は「投資家目線で問う 働き方改革 注目15社の本気度」(筆者は楽天証券経済研究所所長の窪田真之氏)という記事でも感じた。

【エコノミストの記事】

働き方改革には、生産性を高める効果もある。「会社にいる」ことではなく、「決められた役割を果たす」ことが問われるようになるからだ。従業員の役割分担を明確にし、多様な働き方で貢献できるようにすることで、多様な人材が会社に貢献できる「働き方の構造改革」が必要になる。

私がある会合で、働き方改革や女性の活用に真剣に取り組む企業は「買い」と話したところ、「業績が良く、株価が上昇している企業だからこそ、働き方改革にコストをかけるゆとりがあるのでは」と反論した人がいた。いまだに、採用の現場で起こっている現象を理解できていない経営者も多い。

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業績が良く、株価が上昇している企業だからこそ、働き方改革にコストをかけるゆとりがあるのでは」と反論した人が間違っているならば、それでもいい。だが、なぜ間違っていると断定できるのかは説明してほしかった。根拠を示さずに反論を退けられても、窪田氏の主張に賛同する気にはなれない。

窪田氏の「働き方改革や女性の活躍に真剣に取り組む企業は『買い』」との解説にも疑問が残る。記事の冒頭では「働き方改革や女性の活用に真剣に取り組む企業は『買い』だ。働き方改革の進んでいる企業に投資することで、東証株価指数(TOPIX)を上回るパフォーマンスを得られる傾向が強まると考えている」と言い切っている。

こんな単純な方法で「東証株価指数(TOPIX)を上回るパフォーマンスを得られる傾向が強まる」のならば話は簡単だ。TOPIXを高い確率でアウトパフォームできるアクティブファンドが簡単に作れる。だが、本当にそんなおいしい話があるのか。

働き方改革や女性の活躍に真剣に取り組む企業」を集めて、過去何年間かの株価推移を比べればTOPIXを上回っているかもしれない。だが、それは今後を占う上で有用な情報とは言い難い。広く知られているように、株式投資に関しては、ある銘柄群の過去のパフォーマンスが良かったからと言って、今後の上昇確率が他の銘柄群よりも高いとは言えない。TOPIXを上回るかどうかは、日本株のどの銘柄群も基本的に五分五分だ。

もちろん「働き方改革や女性の活躍に真剣に取り組む企業」への投資が例外である可能性もゼロではない。だが、現時点では何とも言えない。窪田氏が「買い」と信じているのならば、それを否定はしない。とは言え、窪田氏を信じて投資する気にもなれない。「東証株価指数(TOPIX)を上回るパフォーマンスを得られる傾向」を見つけ出すのは、そんなに簡単ではないはずだ。


※特集全体の評価はD(問題あり)。酒井雅浩記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ、大堀達也記者への評価はCからDへ引き下げる。今回の特集については以下の投稿も参照してほしい。

「解雇の金銭解決」は得策? 週刊エコノミスト特集に疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_85.html


※酒井記者と大堀記者については以下の投稿も参照してほしい。

週刊エコノミストの特集「家は中古が一番」に異議あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

2016年12月6日火曜日

日経「マネー底流潮流」で永井洋一NQN編集委員に苦言

NQNの永井洋一編集委員には期待している。日経にマーケット関連記事を書いている編集委員の中では、書き手としての能力が最もあると見ているからだ。だが、6日の夕刊マーケット・投資2面に載った「マネー底流潮流~日本株は来年の本命か」は頂けない。「日本株は来年の本命か」と問題提起しているのに、この問題をまともに論じていない。

日本女子大学(東京都豊島区) ※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

米大統領選でトランプ氏が勝利してから今週で1カ月が経過する。景気拡大への期待を先取りした日米株式市場の「理想買い」は一巡し、トランプ政策の実効性を見極める局面が近づいているようにみえる。一方、グローバルマネーには大移動の兆しがある。海外では「来年の本命は日本株」の見方が浮上している。

「割高な米株のバブルが崩れるのは時間の問題」(JPモルガン証券の足立正道シニアエコノミスト)。巨額の財政支出への期待に基づいた米金利上昇(債券価格の下落)、株高、ドル高に市場関係者の多くはなお疑心暗鬼だ。国際取引所連盟(WFE)のデータとMSCIオールカントリー・ワールド指数から試算した世界の時価総額は、10月末から11月28日までの間、0.7%しか増えていない。

重要なのはトランプ氏の「米国第一主義」に引き寄せられるように米国へと資金が還流している点、運用先に困ったマネーが、債券から株式へと動き始めた点だ。米投資信託協会(ICI)によれば米国投信(上場投信を含む)への資金流出入差額は株式型が年初から10月までに1160億ドル(13兆円)の流出だったが、11月単月(22日時点)では230億ドル(2.6兆円)の流入となった。債券型は10月までに2080億ドル(23兆円)の流入が11月は90億ドル(1兆円)の流出だ。

海外で日本株への評価が再び高まっている点も見逃せない。米モルガン・スタンレーのストラテジスト、アンドリュー・シーツ氏は11月27日付のリポートで、「ドル高や金利上昇の悪影響を考えると米株市場は過度に楽観的。2017年の株式の本命は日本だ」と指摘した。スパークス・グループの阿部修平社長は「日本企業の収益成長力は他と比べ高い」と指摘する

雇用の移動を通じて先進国の中間層から新興国へと所得移転が進んだのがグローバル化の特徴だ。新興国の経済成長は原油価格を押し上げて産油国を潤し、産油国資金が世界の株式や不動産に回った

自国の利益を優先し、中間層の復活を掲げたトランプ氏の登場で、こうしたマネーの流れにブレーキがかかることを市場は織り込み始めている。全方位型から集中型へ――。選別投資の時代が始まろうとしている中、日本株が輝きを増す可能性がある

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記事を読めば「日本株は来年の本命か」どうか判断できるだろうか。結局、この問題を論じているのは以下のくだりぐらいだ。

米モルガン・スタンレーのストラテジスト、アンドリュー・シーツ氏は11月27日付のリポートで、『ドル高や金利上昇の悪影響を考えると米株市場は過度に楽観的。2017年の株式の本命は日本だ』と指摘した。スパークス・グループの阿部修平社長は『日本企業の収益成長力は他と比べ高い』と指摘する」    

まず一言。「指摘した指摘する」と「指摘」を繰り返すのは上手くない。

本題に入ろう。モルガン・スタンレーのリポートは「2017年の株式の本命は日本」と言っているらしいが、「なぜ他の国ではなく日本だとリポートで結論付けたのか」を永井編集委員は教えてくれない。

その代わりなのか「スパークス・グループの阿部修平社長」の「日本企業の収益成長力は他と比べ高い」とのコメントが出てくる。これが唯一の根拠だ。これだけで「日本株は来年の本命か」を判断するのは無理がある。

まず「日本企業の収益成長力は他と比べ高い」のは、いつの話なのか。来年の「収益成長力」と考えるのが自然だが、何とも言えない。

仮に来年の「収益成長力」だとして、他の市場と比べてどのぐらい高くて、それはなぜなのか辺りの解説は欲しい。さらに言えば、来年の「収益成長力」見通しが他市場より高いとしても、それが市場コンセンサスであれば株価には織り込まれているはずだ。織り込まれているのかいないのか、織り込まれていないとすれば、それはなぜかも知りたいところだ。

余計な前置きが長々と続くのに、本題にはわずかしか触れていないのが、この記事の特徴だ。それで「選別投資の時代が始まろうとしている中、日本株が輝きを増す可能性がある」と結論付けても説得力はない。

気になった点をもう1つ挙げたい。「全方位型から集中型へ」という解説だ。

新興国の経済成長は原油価格を押し上げて産油国を潤し、産油国資金が世界の株式や不動産に回った」というのが、これまでの動きだと思われる。だが「トランプ氏の登場で、こうしたマネーの流れにブレーキがかかることを市場は織り込み始めている」と永井編集委員は分析する。

まず前段が苦しい。今年7月の日経の記事では、オイルマネーについて「昨年以降の原油安で国の財政状態が悪化。流動性の高い日本株などの資産を売る動きが広がった」と書いていた。そんなに前の話ではない。産油国資金が世界中の株価や不動産価格を押し上げるのが、米大統領選前の潮流だっただろうか。

これまでは「全方位型」だったとの説明も引っかかる。世界の株式市場で一斉に上げ相場となっていたのならば分かる。だが、過去1年(11月25日終値時点)で見ても、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、トルコ、韓国などは下げている。一方、米国や英国は株高だ。ブラジルやアルゼンチンでは主要株価指標で見て3割を超える上昇となっている。

これでもマネーの流れは「全方位型」だったと言えるのか。仮に言えるとしたら、「集中型」とは何だろう。どちらも「株高の国もあれば株安の国もある」という点で同じではないか。

今回は苦言を呈する形となったが、永井編集委員への期待は消えていない。次は気を引き締めて優れた記事を完成させてほしい。


※記事の評価はC(平均的)。永井洋一編集委員への評価は暫定B(優れている)から暫定Cへ引き下げる。永井編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

他の筆者も見習うべき永井洋一NQN編集委員の大胆さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_81.html

期待を込めて永井洋一NQN編集委員へ注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_14.html

2016年12月5日月曜日

「解雇の金銭解決」は得策? 週刊エコノミスト特集に疑問

週刊エコノミスト12月13日号の特集「息子、娘を守れ 電通過労自殺 ブラック企業」には色々と問題を感じた。ホワイトカラー・エグゼンプションを労働者にもメリットが多い制度であるかのように紹介する日経ほどではないが、エコノミストの記事にも日経と似たような問題が横たわる。
大分城址公園(大分市) ※写真と本文は無関係です

まずは「非正社員を減らす鍵は解雇ルールの透明化」という記事の一部を見ていこう。この記事は東京大学大学院経済学研究科教授である川口大司氏の談話をまとめたものだ。

【エコノミストの記事】

つまり、日本では解雇ルールが透明でないために、企業は不当解雇となった場合の損害賠償などリスクが大きい。そうしたリスクを背負わないために、最初から正社員の入り口を絞ることになる。これが非正社員が増えている理由だ。

正社員の入り口を広げるには、まず正社員の出口を広げる必要がある。必要なのは、解雇規制の緩和というよりは、透明化だ。

具体的には金銭解決を認めるようにして、勤続年数に応じた解決金の相場を決めるというのが1つの方法だ。

各国の雇用に関する統計データを見ると、雇用規制が厳しい国ほど解雇される社員も少ないが、新規採用になる社員も少ないという結果が出ている。つまり、労働市場の流動性が低くなるのだ。

金銭解決のルールを決めても、急に会社が解雇をし始めるわけではない。

解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もあるので、金銭解決の導入で一方的に解雇規制が緩和されるわけではないことにも留意したい

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疑問点を列挙してみる。

◎「金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」?

金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」可能性はあるだろう。だが、「各国の雇用に関する統計データを見ると、雇用規制が厳しい国ほど解雇される社員も少ないが、新規採用になる社員も少ないという結果が出ている」だけでは根拠として弱い。

正社員100人が解雇され100人が新規採用になる場合と、正社員10人が解雇され10人が新規採用になる場合、どちらが非正社員を減らす効果が大きいだろうか(解雇された正社員は別の会社で非正社員になり、正社員の新規採用では非正社員を雇うとする)。これは同じだ。出口を広げれば入り口が広がるとしても、正社員の枠自体が増えなければ意味はない。

雇用規制が厳しい国ほど正社員比率が低い」というならば話が変わってくるが、川口氏はそうしたデータを提示していない。


◎「すぐに解雇される正社員」に意味ある?

金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」と仮定しよう。その場合、正社員になる意味はかなり乏しくなる。非正社員よりも正社員が好まれる理由の大きな部分は「仕事がなくなる心配が少なく、将来を見通しやすいから」ではないか。それが「ある程度の金額を払えば自由に解雇できる」となってしまえば、非正社員とあまり変わらなくなる。言ってみれば「社員全員の非正社員化」だ。そんな状況で非正社員が減って“正社員”が増えたとしても、評価に値するとは思えない。


◎制度が変わっても利用しない?

金銭解決のルールを決めても、急に会社が解雇をし始めるわけではない」と川口氏は言うが、何か根拠があるのか。ルール導入後すぐに利用しようとする会社が出てきても不思議ではない。制度を変えようと訴えているのに、「すぐに制度を利用する会社などない」と考える方が不自然だ。「制度が変わってもそんなに心配要りませんよ」と訴えたいのかもしれないが、だったら裏付けが欲しい。


◎それで「出口」は広がる?

解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もあるので、金銭解決の導入で一方的に解雇規制が緩和されるわけではないことにも留意したい」という説明にもズルさを感じる。

金銭解決の導入解雇規制の緩和」っていうわけじゃないんですよ。条件次第では「解雇規制の強化」にもなるんですよ。そんなに悪いもんじゃありません--とでも言いたいのだろう。確かに「解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もある」。だが、川口氏は「正社員の入り口を広げるには、まず正社員の出口を広げる必要がある」と主張していたはずだ。

解決金の水準を高くすれば「出口を広げる」効果はなくなる。「金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」と訴えているのだから、「解決金の水準を高くし過ぎては意味がない。企業が不要な社員の解雇をためらわずに済む金額に抑える必要がある」などと解説すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。川口大司氏が執筆した記事ではないので、川口氏への評価は見送る。今回の特集については以下の投稿も参照してほしい。

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_7.html

東洋経済のリテラシーに不安が…特集「情報の裏側」

週刊東洋経済12月10日号の特集「ググるだけではカモられる 情報の裏側」では、冒頭で「毎日接する情報洪水の舞台裏と、その荒波をうまく泳ぐ実践スキルを紹介する」と謳っている。そう言うからには、担当記者ら(島大輔記者、田嶌ななみ記者、又吉龍吾デスク、中山一貴記者、菊地悠人記者、倉沢美左記者、許斐健太記者、杉本りうこ副編集長)が情報を読み解く能力はかなり高いはずだ。ところが、そうとも言い切れない記述が特集の中に出てくる。
杖立温泉(熊本県小国町) ※写真と本文は無関係です

Part1 情報の深層~口コミ ネット メディア 人を惑わす情報洪水」という記事の一部を見てほしい。

【東洋経済の記事】

米国の有力メディアはトランプ支持の動きを十分に察知できなかった。投票直前の世論調査でトランプ氏の勝利を予想できたのは、ロサンゼルス・タイムズ紙が主導する調査チームだけ(左ページ図表4)。ほかは程度の差こそあれ、クリントン優勢と伝えた。こうした現地メディアを介して米国の世論を「孫引き」した日本のメディアにとって、当落はさらに予見不可能だった。

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図表4には「米大統領選の世論調査はほとんど外れた-主要メディアの投票直前時点の調査結果-」というタイトルが付いている。図を見ると、支持率でトランプ氏がクリントン氏を上回っているのは7つの世論調査のうち「ロサンゼルス・タイムズなど」だけだ(クリントン氏44%、トランプ氏47%)。

これを基に「米国の有力メディアはトランプ支持の動きを十分に察知できなかった。投票直前の世論調査でトランプ氏の勝利を予想できたのは、ロサンゼルス・タイムズ紙が主導する調査チームだけ」と筆者は読み取っている。これは正しいのだろうか。

特集に出てくる「池上彰 ニュースのプロの選別眼と盲点 私がトランプ当選を見抜けなかった理由」というインタビュー記事にヒントがある。池上氏は以下のように語っている。

【東洋経済の記事】

総得票数を見れば、ヒラリー・クリントン氏はトランプ氏より200万票も多く獲得しており、全米の世論調査は間違ってはいなかった。ただ、選挙人が選ぶという仕組みでクリントン氏は勝てなかった。ここでメディアは読みを外しました。

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池上氏の分析に異論はない。総得票数ではクリントン氏が上回ったのだ。世論調査に関しては、筆者の分析とは逆に「ロサンゼルス・タイムズ紙が主導する調査チームだけ」が選挙結果と合っていないとも言える。

付け加えると、支持率を調べる世論調査は勝敗を「予想」しているわけではない。支持率が分かるだけだ。米国の大統領選挙の制度上、勝敗を予想するためには州ごとの状況分析が不可欠だ。

最初に記事を読んだ時、「トランプ氏の勝利を予想できたのは、ロサンゼルス・タイムズ紙が主導する調査チームだけ」と書いてあったので、主要メディアが州ごとの分析をした上で勝敗を予想したのかと思ってしまった。しかし、図表4には「支持率」しか出ていない。仮に主要メディアが世論調査と同時に勝敗予想もしているのであれば、それは明記すべきだ。

自分たちが手掛けた特集をしっかり読み込んでいれば、今回のような問題のある情報分析にはならなかったはずだ。読者に情報を読み解く「実践スキル」を伝授する前に、自分たちのスキルをしっかりと磨いてほしい。


※特集全体の評価はC(平均的)。担当者への評価は以下の通りとする。

島大輔記者(暫定B→暫定C)
田嶌ななみ記者(暫定B→暫定C)
又吉龍吾デスク(暫定B→暫定C)
中山一貴記者(暫定C→C)
菊地悠人記者(暫定C)
倉沢美左記者(暫定C)
許斐健太記者(Cを維持)
杉本りうこ副編集長(Cを維持)

2016年12月4日日曜日

「日本は外向き」? 日経ビジネス秋場大輔副編集長に問う

日経ビジネス12月5日号に「ニュースを突く~内向き志向、日本は人ごとか」というコラムが載っている。タイトルからも分かるように、「少なくとも現時点では、日本は内向き志向ではない」との前提で筆者の秋場大輔副編集長は話を進めている。だが、この前提自体が怪しい。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分は以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

そもそも足元の失業率が3%強とほぼ完全雇用の状態にあるし、初等教育の段階から「資源の少ない我が国は自由貿易体制の下で成長を遂げ…」といった考え方を刷り込まれているから、米国や英国のような内向き志向に転じることはないと思うかもしれない

しかし、豊かさを享受できないと考える人が増えているのは事実。いつ不満が爆発してもおかしくはない。「まさか」とは思うが、そのまさかが米国や英国では起きている。

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日本は難民や移民の受け入れに消極的だ。つまり「内向き志向」と言える。政府はそうでも国民は違うのだろうか。朝日新聞による昨年12月の世論調査では「日本が難民を積極的に受け入れた方がよいと思うか」との問いに対し、「積極的に受け入れた方がよい」は24%にとどまり、「そうは思わない」が58%に達した。

日本の難民や外国人労働者の受け入れ制限についてどう思うか」という質問でも似たような結果が出ている。「もっと受け入れる方がよい」は22%で、「今のままでよい」の65%を大幅に下回る。この調査からは、国の「内向き志向」を国民も支持する構図が浮かび上がる。

貿易に関しても「内向き志向」は根強い。「初等教育の段階から『資源の少ない我が国は自由貿易体制の下で成長を遂げ…』といった考え方を刷り込まれている」と秋場副編集長は言い切っているが、そもそも日本は「自由貿易体制」になっているのか。

自由貿易」とは「国家が商品の輸出入についてなんらの制限や保護を加えない貿易。輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」(大辞林)を指すはずだ。

日本はコメや乳製品で「自由貿易」を実現しているだろうか。そもそも「自由貿易」体制の下ではTPPなど必要ない。すでに「自由貿易」の仕組みは整っているのだから。今の日本は自由貿易体制ではないし、コメなどの輸入自由化には農業関係者らの強い抵抗もある。

内向き志向」が少ないから「不満が爆発」しないのではなく、国の政策が国民の「内向き志向」に応えているから、「不満が爆発」しないと捉える方が自然だ。

ついでにもう1つツッコミを入れてみたい。

【日経ビジネスの記事】

グローバリズムの進展は何をもたらしたのか。一部の大企業だけが潤ったという事実が一つ。国際競争を勝ち抜くため、多くの企業で人件費の抑制という事象も起きた。

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グローバリズムの進展」が過去にあったかどうか怪しいが、あったとしよう。それで潤ったのは「一部の大企業だけ」なのか。例えば、中国の1人当たりGDPは過去20年で大幅に増えている。中国人が全体として経済的に豊かになっているのは、「一部の大企業」に勤める人だけが引っ張った結果なのか。それとも秋場副編集長の言う「グローバリズムの進展」とは別の要因で中国は豊かになったのか。

断定はできないが、「一部の大企業だけが潤った」との説明は違う気がする。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた秋場大輔副編集長への評価はDで確定とする。秋場副編集長については以下の投稿も参照してほしい。

「まず日経ビジネスより始めよ」秋場大輔副編集長へ助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_14.html

享年77は「早世」? 日経ビジネス秋場大輔副編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/77.html

2016年12月3日土曜日

「低アルコール飲料(RTD)」の範囲が謎な日経の記事

低アルコール飲料(RTD)」がどういう飲料を指すか具体的に分かるだろうか。恥ずかしながら「RTD」という略語は3日の日本経済新聞朝刊 企業・消費面の「低アルコール飲料拡充 サントリースピリッツ 来年販売1割増」という記事を読むまで知らなかった。この用語を使うのは問題ない。ただ、記事を読むとRTDが何を指すのか分からなくなってしまう。
大分駅(大分市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

サントリースピリッツは、低アルコール飲料(RTD)の新商品を相次ぎ投入する。主力缶チューハイ「マイナス196℃」の定番商品を今月中旬から順次刷新するほか、17年1月に高級RTDの「こくしぼりプレミアム」の新商品も発売する。RTDの17年の販売を前年比1割増の7100万ケースに伸ばす。

ビールなどの代わりに飲む人が増え、急拡大するRTD市場の成長を取り込む。マイナス196℃はレモンなど定番の5種類を刷新するほか、新たにブドウも加える。アルコール度数が9%の商品が主力で、食中酒として人気が高い。

果汁と果皮を漬け込んだ酒でつくるこくしぼりプレミアムも注力する。1月31日に「ぜいたく檸檬」(350ミリリットル税別170円)を発売し、品ぞろえを増やす。高級RTDは17年は前年見込みの2倍にあたる160万ケース超まで伸ばす

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記事では「アルコール度数が9%の商品」をRTDに含めているので、少なくとも9%以下であれば「低アルコール飲料」なのだろう。また「ビールなどの代わりに飲む人が増え、急拡大するRTD市場の成長を取り込む」との記述からは「ビール≠RTD」と解釈できる。ここで分からなくなる。

ビールのアルコール度数は一般的に5%程度だ。9%以下にしっかり入っている。なのにRTDではないようだ。だとしたら、RTDとは何なのか。調べてみると「《ready to drink》蓋を開けてすぐにそのまま飲める飲料。特に、缶酎ハイや瓶入りカクテルなど、割る手間のかからないアルコール飲料を指す」(デジタル大辞泉)となっていた。

これを信じれば、RTDにはそもそも「低アルコール」という意味がない。また「割る手間のかからないアルコール飲料を指す」のであれば、ビールも入ってくる。もちろん、定義が定まっていない面もあるだろう。だとすれば、「低アルコール飲料(RTD)」をどういう定義で使っているのか、記事中で記者自身がしっかり説明すべきだ。それがないので、読む側も混乱してしまう。

推測だが、「RTD=サントリースピリッツにとってのRTD」との前提で記事を書いたのだろう。だが、ほとんどの読者は「サントリースピリッツにとってのRTD」が何かを理解していないはずだ。

この問題は「高級RTDは17年は前年見込みの2倍にあたる160万ケース超まで伸ばす」という記述にも感じる。記事では、何を以って「高級」とするのか謎だ。「高級RTDの『こくしぼりプレミアム』」と出てくるので「こくしぼりプレミアム高級RTD」とは分かるが、それ以外にも高級RTDがあるかどうか判断できない。

しかも新たに発売する高級RTDは「350ミリリットル税別170円」らしい。個人的には「その値段で『高級』なの?」との疑問も残った。

ついでに、日本語としてやや拙い部分を指摘したい。

果汁と果皮を漬け込んだ酒でつくるこくしぼりプレミアムも注力する」と書くと、「こくしぼりプレミアム」自体が「注力する」ように見える。実際は、注力される対象のはずだ。「つくるこくしぼり」と平仮名が続いて、商品名との境界が分かりにくいのも気になる。「果汁と果皮を漬け込んだ酒でつくる『こくしぼりプレミアム』にも注力する」と直せば問題はなくなる。

高級RTDは17年は前年見込みの2倍にあたる160万ケース超まで伸ばす」という文は、「」が続くのが上手くない。「前年見込み」も微妙に引っかかる。16年は17年の「前年」なので、正しいと言えば正しいのだが、16年が終わっていないのに「前年」とするのは、できれば避けたい。例えば「17年には高級RTDを今年の見込みの2倍に当たる160万ケース超まで伸ばす」としてはどうだろう。

こうした細かい点について、企業報道部のデスクが丁寧に指導してくれる可能性は低い。記者自身が自覚を持って技術を高めてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。