2022年1月19日水曜日

「ギャンブルはハイリターン」と週刊エコノミストで解説した愛宕伸康氏の誤解

ギャンブルは株式投資よりも高いリターンを得られるだろうか。その可能性は低いと見るべきだが、いちよし証券上席執行役員チーフエコノミストの愛宕伸康氏はギャンブルの方がリターンが高くなるとの考えらしい。週刊エコノミスト1月25日号の「Q1 『投資』と『ギャンブル』の違いは?~お金を投じる目的で考える」という記事で以下のように説明している。

阪急神戸三宮駅

【エコノミストの記事】

ここでは、金融商品の具体的なリスク特性には言及しないが、図(注:リスクとリターンの関係を示したもの)のゼロ近辺にリスクとリターンの最も小さい「預貯金」が位置することに異論はないだろう。そしてリスクが大きくなるにつれて「債券(国債)」「投資信託」「株式」の順にリターンが大きくなり、最後に「ギャンブル」が位置するとイメージできる。

◎ギャンブルはハイリターン?

記事には「市場は、有価証券の短期売買でさや取りを狙う行為を投機と呼び、胴元が寺銭を取るギャンブルとは区別している」との記述がある。なのでここでは「ギャンブル=胴元に寺銭を取られる賭け事」と考えたい。

例えば競馬だ。寺銭の割合(控除率)を20%とすると馬券を買った人の期待リターンはマイナス20%だ。株式の期待リターンがプラスだとすれば、明らかに競馬はリターンが低い。リスクがそれなりに大きいとすればハイリスク・ローリターンと見るべきだ。

リスクの大きさに見合ってリターンも大きくなるのならば、ギャンブルに投資資金を投じるのは必ずしも悪いことではない。まともな投資対象と見なされないのは、リスクの高さとは裏腹にローリターン(しかもマイナス)だからだ。そこを愛宕氏は理解していないのか。

付け加えると「リスクとリターンの最も小さい」のが「預貯金」で、その次に「リスク」が小さいのが「債券(国債)」という説明もおかしい。

「国債」と「預貯金」で言えば「国債」の方がリスクは小さい。日本の政府と民間銀行のどちらが破綻リスクが小さいかは言うまでもない。ただ1000万円以下の「預金」は政府が保護してくれるので「国債」と同程度のリスクと言える。


※今回取り上げた記事「Q1 『投資』と『ギャンブル』の違いは?~お金を投じる目的で考える」


※記事の評価はD(問題あり)

2022年1月18日火曜日

「日経本紙・電子版購読数261万」記事に過去との比較がないので調べてみたら…

データを見せる記事では過去との比較が重要だ。改めて説明するまでもない。しかし18日の日本経済新聞朝刊社会面に載った「日経本紙・電子版購読数261万」という記事には、その比較がない。「日本経済新聞は半年ごとに最新の部数、購読数を紙面と電子版でお知らせしています」と言うものの、これではあまりに不親切だ。比較をしないのは「減っているところを見せたくない」との意図からだろう。そこで今回の記事に半年前との比較を加えてみた。

大阪取引所

【日経の記事】

日本経済新聞社は17日、2021年12月の「日本経済新聞」朝刊販売部数(日本ABC協会公査)と22年1月1日時点の「電子版」有料会員数との合計が261万1735(半年前比2%減)だったと公表しました。電子版の有料会員数は79万7362(同1%減)でした。また、日経電子版の有料会員数に、日経産業新聞、日経MJ、日経ヴェリタスの紙面ビューアー契約数、人事ウオッチとNIKKEI Financialの契約数を加えた「デジタル購読数」は、1月1日時点は87万189(同1%減)です。

日本経済新聞は半年ごとに最新の部数、購読数を紙面と電子版でお知らせしています。


◎きちんと伝えた方が…

「朝刊販売部数」と「『電子版』有料会員数との合計」をメインで見せるのならば、せめてこの数字だけでも比較を見せたらどうか。中途半端な伝え方が残念だ。

カッコ内の比較は過去の記事に出ていた数値をこちらで調べて出してみた。比較するのは前年同期でも構わない。日経朝刊+電子版有料会員で見ると、前年同期比で5%のマイナス。「電子版の有料会員数」と「デジタル購読数」はプラスだが、紙の新聞の減り方がきつく補えていない。

ちなみに「『日本経済新聞』朝刊販売部数」は1年前に比べて18万部近く減っている。減少率は9%。これだけ減り方が急だと経営面では厳しい。それでも、きちんと伝えた方がいい。報道機関なのだから。


※今回取り上げた記事「日経本紙・電子版購読数261万」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220118&ng=DGKKZO79299450X10C22A1CT0000


※記事の評価はD(問題あり)

2022年1月17日月曜日

福井村田製作所の工場が一部停止しても「生産に影響なし」の理由が謎な日経の記事

17日の日本経済新聞朝刊ビジネス面に載った「福井村田製作所の工場、コロナで一部停止~再びクラスター」という記事は理解に苦しんだ。全文は以下の通り。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

村田製作所は16日、生産子会社の福井村田製作所(福井県越前市)で従業員の新型コロナウイルスの感染が拡大し、15日から一部で操業を停止したと明らかにした。同社によると県から感染者集団(クラスター)が発生したと認定された。工場では主力の積層セラミックコンデンサー(MLCC)などを生産するが「生産や出荷に影響はない」(同社)としている。

福井村田製作所では1月に入って新型コロナの感染者が増えていた。全従業員約8千人のうち、感染者は16日に5人増え、累計で116人となった。自宅待機者も累計1256人にのぼる。クラスターが発生したのは武生事業所(同市)の生産棟の一部フロアで、約260人が働いている。

感染拡大を受けて、福井村田製作所は全従業員を対象に1日約1千人の規模で自主的なPCR検査を実施している。同社では2021年8月にも大規模なクラスターが発生し、一時すべての生産ラインを停止していた。同社は「多くの方に迷惑をかけ、おわびする」としている。


◎「影響はない」?

「福井村田製作所」では「一部で操業を停止した」のに「生産や出荷に影響はない」らしい。在庫があれば「出荷に影響はない」かもしれないが、「生産」には「影響」が出そうなものだ。なぜ「一部で操業を停止」しても「生産」への「影響」をゼロに抑えられるのか。その説明は欲しい。記者は取材時に疑問を持たなかったのか。

気になる点は他にもある。「生産や出荷に影響はない」はずなのに、「多くの方に迷惑をかけ、おわびする」という「福井村田製作所」のコメントが出てくる。実は「生産や出荷に影響」が出ているのか。それとも「2021年8月にも大規模なクラスターが発生し、一時すべての生産ラインを停止していた」ことへの今さらながらの「おわび」なのか。あるいは今年に入って再び「クラスターが発生」したことを顧客ではなく地域社会に「おわび」しているのか。

色々と分からない記事だった。

個人的には「生産や出荷に影響はない」のならば、「おわびする」必要はないと感じる。


※今回取り上げた記事「福井村田製作所の工場、コロナで一部停止~再びクラスター」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220117&ng=DGKKZO79267670W2A110C2TB0000


※記事の評価はD(問題あり)

2022年1月14日金曜日

日経1面「東証再編 市場はよみがえるか(下)」に見える矛盾

14日の日本経済新聞朝刊1面に載った「東証再編 市場はよみがえるか(下)止まらぬ地盤沈下~強い企業へマネー導く」という記事には矛盾を感じた。まず以下のくだりを見てほしい。

田主丸町中央公園

【日経の記事】

地盤沈下の一因は上場企業の水ぶくれだ。「上場企業が多すぎて売買が分散し、全体が割安になってしまっている」(仏コムジェスト・アセットマネジメントのリチャード・ケイ氏)。国内総生産(GDP)比の上場企業数は米や独の4~6倍にのぼる。米国では上場廃止の理由の7割がM&A(合併・買収)。弱い企業が買収されながら新陳代謝が進む。


◎「全体が割安」になる?

「上場企業が多すぎて売買が分散し、全体が割安になってしまっている」との見方に同意できない。だとすれば日本の「上場企業」を「割安」な値段で買収できるはずだ。そうした動きが日本では乏しい一方で、米国では「弱い企業が買収されながら新陳代謝が進む」とすれば「割安」企業が多いのはむしろ米国の方ではないか。

基本的に「上場企業」の株式が「割安」な価格で長期にわたって放置されることはないと見るべきだ。放置されていればアービトラージャーが現れるはずだ。そうならない特殊な環境になっているのならば、その説明が欲しい。

さらに続きを見ていこう。


【日経の記事】

細るマネーを伸びる企業に振り向けるべく、今回、東証は一計を案じた。

「プライム市場にいるだけでは経済的なメリットは得られない工夫をこらした」。ある金融庁幹部は東証株価指数(TOPIX)から流動性の低い銘柄を除外する決断をこう位置づける。TOPIXは東証1部全銘柄で構成する国際的にも特異な指数のために、成長力の乏しい企業も指数連動運用で買われてしまう。この問題に手を打ち、マネーの拡散を防ぐ狙いだ。

ただ、絞っても1500社程度。「もっと絞り込まないと本当に成長性のある企業が育たない」(京都大学の川北英隆名誉教授)。時価総額上位100社の創業からの「年齢」は日本は約80歳。デジタル時代の勝ち組が増えた60歳代の米欧や30歳未満の中国に比べて老いている。新陳代謝が進む市場設計が急務だ。

「逆ピラミッドを変えなければ」。金融庁や有識者が議論を進めているのが、東証1部は水ぶくれしているのに新興市場は小さく未公開株の取引はほぼない日本の市場構造だ。

米国は上場企業とは別に1万社以上の未公開企業の株式が取引され、有望ベンチャーへの投資も厚い。内部統制など負担が高まる上場の前に成長段階に沿って資金調達できる構造が新陳代謝を支える。


◎「売買が分散」してもいい?

「売買が分散」するのはまずいかのように書いていたのに「米国は上場企業とは別に1万社以上の未公開企業の株式が取引され、有望ベンチャーへの投資も厚い」と米国を持ち上げている。

日本では「未公開株の取引はほぼない」のだから、「株式が取引され」ている企業は米国の方が圧倒的に多いはずだ。だとしたら米国でもかなり「売買が分散」している。なのに「売買が分散」すること自体を問題視すべきなのか。



※今回取り上げた記事「東証再編 市場はよみがえるか(下)止まらぬ地盤沈下~強い企業へマネー導く」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220114&ng=DGKKZO79206130U2A110C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2022年1月13日木曜日

「レジ袋の卸値上昇」を描いてる? 日経 田中浩司記者「価格は語る~レジ袋『有料』で卸値上昇」

13日の日本経済新聞朝刊マーケット商品面に田中浩司記者が書いた「価格は語る~レジ袋『有料』で卸値上昇 需要減でも店側には利益 原料高の転嫁しやすく」という記事は興味深く読めた。しかし肝心の「レジ袋」の「卸値上昇」の説明に問題が多い。「レジ袋の需要は急減しているが、なぜか卸値は上昇している」というのが記事の柱なのだから、ここはしっかり伝えてほしい。

ハクセキレイ

まず気になるのが、グラフに「原料の高純度ポリエチレン」の値動きを使っていることだ。記事の趣旨から考えても「レジ袋」の「卸値」の動きを見せるべきだ。

「高密度ポリエチレンの国内価格は20年7月に約10%下落したが、21年に入って原油・ナフサ(粗製ガソリン)の高騰を受けて12月までに約28%上昇した」と「原料」についてはそこそこ詳しく価格動向を書いているのに「レジ袋」の「卸値上昇」の情報は見当たらない。関連がありそうと思えるのは以下のくだりぐらいだ。


【日経の記事】

これを受け、福助工業(愛媛県四国中央市)や大倉工業などフィルム・レジ袋大手が高密度ポリエチレンフィルムの転嫁値上げを表明。21年12月までにレジ袋有料化の直後から3割弱上昇した。


◎「レジ袋」の「卸値」は?

「高密度ポリエチレンフィルム」についてはメーカーが原料高の「転嫁値上げを表明」し価格が「3割弱上昇した」らしい。ただ、これは「高密度ポリエチレンフィルム」のメーカー出荷価格の話だ。「レジ袋」は「高密度ポリエチレンフィルム」から作るのだろう。なので「レジ袋」の一段階前の話と言える。

付け加えると「卸値」とは「卸売商が小売商に商品を売り渡す場合の値段」(日本国語大辞典)だ。「レジ袋」を仕入れた「卸売商」が売値を上げなければ「レジ袋」の「卸値上昇」とはならない。しかし、そういった話は出てこない。

記事には「レジ袋」に関して「小売事業者の仕入れ値は、サイズや取引量にもよるが、1枚1円前後といわれる」との記述がある。これが「卸値」だと思われる。

記事には以下の事例も出てくる。


【日経の記事】

首都圏に食品スーパー約130店を展開するいなげやは現在、店頭で1枚5円と2円で提供しているレジ袋の仕入れ価格の引き上げを受け入れることを決めた。メーカーとの価格交渉の席に着いた担当者は「無料のサービスとして配っている時ならおいそれとのめなかっただろう」と話す。


◎「卸売商」は介在してる?

「いなげや」は「メーカーとの価格交渉」で「レジ袋の仕入れ価格の引き上げ」を決めたようだ。断定はできないが「メーカー」と直接取引していて「卸売商」は介在していないようにも見える。この辺りも引っかかる。

「レジ袋」と「高密度ポリエチレンフィルム」。「卸値」とメーカー出荷価格。田中記者はその辺りをきちんと整理しないまま記事を書いてしまった印象がある。「レジ袋」の「卸値」をメインに据えるのならば「卸売商」の「レジ袋」販売価格がどう変化したのか、しっかり説明してほしい。


※今回取り上げた記事「価格は語る~レジ袋『有料』で卸値上昇 需要減でも店側には利益 原料高の転嫁しやすく」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220113&ng=DGKKZO79156430S2A110C2QM8000


※記事の評価はD(問題あり)。田中浩司記者への評価も暫定でDとする。

2022年1月12日水曜日

日経も「5類」支持へ? 「感染症法、なお『結核並み2類』」という記事に感じた希望

2020年の段階から「新型コロナウイルス対策はやりすぎ。従来のインフルエンザと同等の扱いでいい」と訴えてきたが、日本経済新聞もようやくその考えに近づいてきたようだ。12日の朝刊総合1面に載った「感染症法、なお『結核並み2類』~沖縄では保健所パンク」という記事は希望が持てる内容だった。一部を見てみよう。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

感染症法は疾病を感染力や致死率などで分類して必要な措置を定めている。オミクロン型は重症化率が従来のデルタ型に比べて低く、いまの厳しい措置がリスクに見合っていない可能性もある。

新型コロナは「新型インフルエンザ等感染症」に位置づけられ、結核などと同じ「2類相当」とされる。この分類を見直し、季節性インフルエンザと同じ「5類」に見直すべきだとの声もある。

仮に5類に扱いを引き下げれば、保健所が感染者を一人ひとり把握したり、入院措置や外出自粛を求めたりすることもなくなる。海外での流行を受けて、入国時の隔離や停留を求める水際措置を講じることもなくなる。

保健所の逼迫が軽減するなどのメリットがある半面、感染の広がりが追えなくなったり、医療費の自己負担が発生するなどデメリットも生じる。

オミクロン型は重症化率が低いとはいえ、これから重症者が増えるリスクは残る。毒性の強い別の変異型があらわれる可能性もある。政府は現状の分類を維持しつつ乗り切る構えだが、保健所業務の抜本的な見直しなどは先送りになっている。

日本は政策判断の根拠があいまいという課題を引きずる。国内外の情報を集約し、経済社会活動と感染対策の両立が可能な道筋をデータに基づいて模索する必要がある。


◎明確に「5類」を求めてはいないが…

「結核などと同じ『2類相当』」はやりすぎで「『5類』に見直すべきだ」と日経が明確に打ち出している訳ではない。ただ「その方向に動くべきではないか」との問題意識は覗える。

新型コロナウイルスは当初から重症化リスクが低い。「オミクロン型」では、それがさらに低くなっているようなので、もはや「ただの風邪」と見るべきだ。日経は「5類」にする「デメリット」として「感染の広がりが追えなく」なることを挙げるが、ただの風邪の「感染の広がり」を細かく追う必要はない。

「医療費の自己負担」を「デメリット」と見るのもどうかと思う。「医療費の自己負担」はあるのが当たり前で、普通の状態に戻るだけだ。日経は財政再建を支持しているのだから、この立場から言えば財政負担が減るという意味で「メリット」とも言える。

「5類」への見直しを日経が紙面で求めてくれれば微力ながら応援するつもりだ。今後の記事に期待したい。


※今回取り上げた記事「感染症法、なお『結核並み2類』~沖縄では保健所パンク」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220112&ng=DGKKZO79127820S2A110C2EA1000


※記事の評価はC(平均的)

2022年1月11日火曜日

文藝春秋「女性首相は我慢しない」に感じたブレイディみかこ氏の誤解

文藝春秋2月号にライター・コラムニストのブレイディみかこ氏が書いた「女性首相は我慢しない」という記事には思い込みの強さを感じた。一部を見ていこう。

カモ

【文藝春秋の記事】

日本は外圧で変わる国なので、米国に女性大統領が生まれたら、日本も変わらざるを得なくなるでしょうけどね。おじさん首脳同士のホモソーシャルな付き合いで何とかする政治が通用しなくなりますから。


◎「おじさん首脳同士」なら何とかなる?

記事には「安倍晋三、森喜朗といった『おじさん政治』を象徴する人々」との記述があるので、今回の記事での「おじさん」には60代以上の男性も含むとの前提で考えてみる。

ブレイディみかこ氏は「おじさん首脳同士のホモソーシャルな付き合いで何とかする政治が通用」してきたと見ているようだ。これは無理がある。

日米関係に限定しても「だったらなぜ日米開戦を止められず日本は壊滅的な敗戦を経験したのか」との疑問が湧く。戦争という事態に至ったのに「おじさん首脳同士のホモソーシャルな付き合い」で「何とか」なったと見るべきなのか。

少し現代史を振り返れば分かるはずだ。国の「首脳」はほとんどが「おじさん」だったが、「おじさん首脳同士のホモソーシャルな付き合い」で戦争を回避できた訳ではない。悲惨な戦争を人類は繰り返してきた。

続きを見ていこう。


【文藝春秋の記事】

2021年「世界ジェンダー・ギャップ報告書」によると日本は世界で120位でした。日本の上の119位はアンゴラで、その上にはギニアやガーナがランクインしています。もちろん日本はG7では最下位。しかも政治分野だけだとさらに147位まで下がります。


◎なぜアフリカの国を並べた?

「日本の上の119位はアンゴラで、その上にはギニアやガーナがランクインしています」とアフリカの国を3つ並べたのはなぜか。「もちろん日本はG7では最下位」というくだりなどから推測すると「アンゴラ」や「ギニア」や「ガーナ」のような遅れた国にも負けていると訴えたかったのだろう。だが「アンゴラ」「ギニア」「ガーナ」が「負けてはマズい国」と言える根拠は示していない。こういう形で国を列挙するのは感心しない。

さらに言えばジェンダーギャップ指数(2020年)で9位はルワンダ、12位はナミビアだ。「G7」で言えばドイツが10位に入っているが、残りの6カ国は全てルワンダとナミビアより下に位置する。だからと言って「G7」各国は危機感を持つべきなのか。

男女格差はあってもいい。例えば保育士志望者の90%以上が女性だとして、採用時に男女同数を目指すべきだろうか。あるいは保育士志望の女性に「保育士なんか目指すな」と働きかけるのが望ましいのか。個人の自由な選択に任せた結果として男女格差が生じるのならば、その格差は放置でいい。

記事の結論部分にも注文を付けておきたい。


【文藝春秋の記事】

「生きづらい」という言葉を日本の女性からよく聞きますが、生きづらさが政治と繋がっていると意識している人は少ない印象です。自分さえ我慢すればいいんだ、とみんなが思うから、結局は何1つ改善されない。職場や家庭で女性が生きづらさを引き受け、こういうものだと諦めていれば、真の意味で女性を代弁する政治リーダーも出てこないでしょう。それらは繋がっているからです。日本も、階層を越えて女性たちが連帯し、今より生きやすくなる政治を求める時期に来ているのでは。連帯に必要なのも、階層や意見の違う女性の靴を履くエンパシーです。その中から、おじさんの「駒」じゃない女性政治指導者が出てくるだろうと思います。


◎女性はひたすら耐える存在?

「先進国なのに極端に女性の政治進出が遅れている日本」の現状をブレイディみかこ氏は嘆くが、状況認識が根本的に間違っている気がする。昨年4月7日付のプレジデントオンラインの記事では男女の幸福度の差を論じている。これを基に考えたい。

「世界価値観調査」で「幸福度について女性から男性を引いた値、すなわち『幸福度女性優位』のランキング」を見ると日本は2位で「前回、前々回の結果は、それぞれ、世界1位、世界11位だった」らしい。これ以外の調査結果も踏まえた上で記事では「日本の女性の幸福度が男性を上回る程度は、まず間違いなく、世界トップレベルにあるといってよいであろう」と結論付けている。

「『生きづらい』という言葉を日本の女性からよく聞きます」というブレイディみかこ氏の言葉に嘘はないだろう。しかし、個人的な経験から全体像を決め付けてしまうのは危険だ。男女の比較で言えば「生きづらさ」をより強く抱えているのは男性の方と見るのが自然だ。

ここから「日本では男性に比べて女性が幸福度の面で恵まれた状況にあるので、女性の政治進出が進まないのでは」との仮説が成り立つ。「生きづらさ」があるのに「自分さえ我慢すればいいんだ、とみんなが思う」状況にあるとは考えにくい。女性差別的なコンテンツなどを激しく批判する女性は珍しくない。なのに「自分さえ我慢すればいいんだ、とみんなが思う」ほど日本女性は我慢強いと見るべきなのか。

日本で「女性の政治進出」が進まないのは端的に言えば女性のやる気が乏しいからだ。選挙制度は男女平等で有権者では女性が多数派だから、その気になれば女性は「連帯」して多くの議席を獲得できる。なのにその意思が弱いのは「幸福度女性優位」が世界トップクラスで、現状を政治の力で変えたいと願う女性が少ないからと考えると腑に落ちる。


※今回取り上げた記事「女性首相は我慢しない」


※記事の評価はD(問題あり)