2019年4月6日土曜日

東芝「株価1万円には増配不可欠」と日経 浜岳彦次長は言うが…

東芝が株価1万円を実現するには「安定的な増配も欠かせない」と日本経済新聞の浜岳彦企業報道部次長は言う。しかし、どうも理屈が合わない。5日の朝刊投資情報面に載った「東芝、株価1万円説の虚実 新中計スタート~利益4000億円達成なら 株主還元や役員刷新 焦点」という記事で、浜次長は以下のように解説している。
浦山公園の桜(福岡県久留米市)
    ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

経営再建中の東芝が新たなスタートをきった。2020年3月期から始まる5カ年の中期経営計画では、連結営業利益の目標を4000億円とした。こうした収益増や足元の財務を前提とすると、潜在的な株価は現在の3倍に相当する1万円になるとの見方もある。ただ、実現には市場が求める株主還元や前期の20倍に相当する利益の達成、経営陣強化といった3つのハードルを乗り越える必要がある。

「(経営陣が正しい指導力を発揮すれば)株価は1万1000円以上」。東芝株を5%持つ米ファンド、キング・ストリート・キャピタル・マネージメントは強調する。他のファンドからも「1万円は夢物語ではない」との声がある。計算上の株式価値は現在の時価総額の2兆円を大きく上回る6兆円になるためだ。

東芝は5年後に営業利益4000億円を見込むが、減価償却費は1000億円規模とみられる。このため実際の稼ぐ力を示すEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は5000億円になる。これにEV/EBITDA倍率(同業大手の独シーメンスで10倍程度)を乗ずると企業価値はざっと5兆円になる。

さらに現預金から有利子負債を差し引いたネットキャッシュは1兆円規模のプラスになる見通し。4割出資する東芝メモリホールディングスの新規株式公開(IPO)に伴う持ち分売却収入が入る可能性が高いからだ。これを加えた株式価値は約6兆円。発行済み株式総数(5億4400万株)で割ると、株価は1万円を超える水準になる。

ただこうした潜在力が実際の株価に反映されるのは簡単ではない。市場が求める複数の要求に対し、適切な解を示していく必要があるためだ。

まず一段の還元拡大だ。東芝は現在、総額7000億円の自社株買いを実施中だが、ファンド勢からは1兆円以上への増額を求める声が目立つ。同社は前期に復配したばかりだが今後の安定的な増配も欠かせない



◎増配は逆効果では?

EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は5000億円」で「ネットキャッシュは1兆円」。これが「株価は1万円を超える水準になる」ための条件だ。異論がなくもないが、ここでは論じない。気になるのは「1万円」を実現するために「安定的な増配も欠かせない」と書いている点だ。

EBITDA5000億円」と「ネットキャッシュ1兆円」を実現した時の適正株価が「1万円」を超えるのならば、その数字を達成すればいいだけだ。なぜ「安定的な増配も欠かせない」のか。「ファンド勢」が求めているからなのか。

安定的な増配」をせずに「ファンド勢」に見放されたとしても、「EBITDA5000億円」と「ネットキャッシュ1兆円」を実現した東芝の適正株価が1万円を超えるのならば、「ファンド勢」が手放した株には1万円以上で買い手が付くだろう。

増配」は現金の流出を招くので「ネットキャッシュ」にはマイナスに働く。「ファンド勢」の求めに応じて気前よく増配していたら「ネットキャッシュ1兆円」を大きく割り込むかもしれない。そうなれば「1万円」の前提が崩れてしまう。

この辺りをどう見るのか十分に検討しないまま浜次長は記事を書いてしまったのではないか。デスクとして記者を指導する立場になったのだから、隙のない記事に仕上げてほしかった。


※今回取り上げた記事「東芝、株価1万円説の虚実 新中計スタート~利益4000億円達成なら 株主還元や役員刷新 焦点
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190405&ng=DGKKZO43357000U9A400C1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。浜岳彦記者への評価もDで確定とする。浜記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「ソニーがフル生産しない理由」が謎の日経「会社研究」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/01/blog-post_70.html

「新・物言う株主」が新しくない日経 浜岳彦記者の「スクランブル」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_15.html

2019年4月5日金曜日

基礎力の欠如が見える日経「ハイデイ日高が税引き益1%増」

業績関連記事を書くための基礎が身に付いていないと思える記事が、5日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に載っていた。「ハイデイ日高が税引き益1%増 今期単独31億円」というベタ記事だ。全文を見た上で問題点を指摘したい。
筑後川沿いの桜と菜の花(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ラーメン店「日高屋」を展開するハイデイ日高は4日、2020年2月期の単独の税引き利益が前期比1%増の31億円になる見通しだと発表した。季節メニューの充実などで既存店の売上高は前期並みを見込む。一方、人件費が膨らむほか、米など食材費が増加。売上高原価率は27.3%と前期比0.3ポイント上がる

売上高は435億円と前期比4%増える見通し。日高屋や焼き鳥店「焼鳥日高」の出店を増やす。人件費増に対応し、券売機を新店に加え既存店にも順次、試験的に導入する予定だという。



◎増益理由が…

ハイデイ日高」の「2020年2月期の単独の税引き利益が前期比1%増の31億円になる見通しだ」というのが記事の柱だ。「ほぼ横ばい」「増益」のどちらで見るか微妙だが、ここでは「増益」の前提で話を進める。

その場合「なぜ増益見通しになるのか」は必須だ。しかし、記事からはその理由が読み取れない。

既存店の売上高は前期並み」で「人件費が膨らむほか、米など食材費が増加。売上高原価率は27.3%と前期比0.3ポイント上がる」らしい。ここまで読むと減益になりそうな雰囲気だ。

売上高は435億円と前期比4%増える見通し」なので、「新店の寄与で増益確保」という話かもしれない。ただ、あくまで推測だ。肝心の材料を読者に提示していないのに「人件費増に対応し、券売機を新店に加え既存店にも順次、試験的に導入する予定だという」などと重要性の低い話を書いて記事を締めてしまう。

記事の書き方としては「持っている材料をとりあえず並べてみました」といったレベルだ。

業績関連記事を書く基礎的な技術を身に付けていれば、どうなるか。以下のようなプロセスを経て構成が決まるはずだ。

(1)「増益と見るか横ばいと見るか」を決める。ここでは「増益」とする。

(2)あくまで「微増益」なので、これを「健闘」と捉えるか「苦戦」と捉えるかを決める。ここでは「苦戦」とする。

(3)「増益ではあるが1%増と苦戦しそうだ」と読者に伝えるための構成を考える。

ざっとこんな感じだ。構成としては「既存店売上高は横ばい。新店の寄与で増益は確保するものの、人件費や食材費の増加で原価率が上昇して利益の伸びを抑える」といった流れか(繰り返すが「新店の寄与で増益確保」はあくまで推測)。

この記事を書いた記者は、こうした点をあまり考えずに行数を埋めたのだろう。そしてデスクもきちんと指導できなかった。日経編集局内の誰かが「まだ基礎が身に付いていないよ」と記者に教えてあげてほしい。


※今回取り上げた記事「ハイデイ日高が税引き益1%増 今期単独31億円
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190405&ng=DGKKZO43338800U9A400C1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。

「起業家的な発想」がある? 日経1面「働き方進化論(3)」

日本経済新聞朝刊1面の連載「働き方進化論~原石を逃すな」が相変わらず苦しい。5日の「(3)『熱血』を呼び覚ませ」という記事では「東京海上日動火災保険」の事例が特に引っかかった。

筑後川沿いの桜(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

3月25日、東京都千代田区の東京海上日動火災保険の本社ビルでグループの若手有志の会Tib(ティブ)が開かれた。人の心理は合理的ではないという行動経済学の実験などを踏まえ、どうすれば客に保険の価格に割高感を抱かせないかなどを示した。同社の企業商品業務部長、河村卓(49)は「起業家のような自由な発想が新鮮。会議ではでてこない」と話す。

荒地竜資(26)は同世代の若手社員らに「工夫すれば、やりたいことはできるんだと言いたい」という。人事部などにも話をしながら18年に同期とともに活動し始めた。参加者は20代を中心にした21人。部長陣とも会社をよりよくするための議論を重ねた。「変えたい思いは部長も我々も同じ」と感じた。


◎どこに「起業家的な発想」?

起業家的な発想」という小見出しの後に上記の事例が出てくる。しかし「行動経済学の実験などを踏まえ、どうすれば客に保険の価格に割高感を抱かせないかなどを示した」ことのどこが「起業家のような自由な発想」なのか。「学者のような発想」ならば、まだ分かるが…。

実際には「若手有志の会Tib(ティブ)」から「起業家のような自由な発想」が生まれているのかもしれない。しかし、それを読者に納得させる材料を持ってこないと「起業家のような自由な発想が新鮮」というコメントが生きてこない。

同社の企業商品業務部長」は「会議ではでてこない」発想だと「若手有志の会Tib(ティブ)」を評している。なのに「3月25日」には「東京海上日動火災保険の本社ビルでグループの若手有志の会Tib(ティブ)が開かれた」らしい。これは「会議」ではないのか。

会議」ではない可能性も残るが、だとしたらそれが分かる書き方をすべきだ。

記事からは「若手有志の会Tib(ティブ)」が会社を全体としてどう「変えたい」のか分からないのも引っかかる。「保険の価格」の見せ方を「変えたい」だけではないはずだ。どういう「」なのかは記事中に欲しい。総じて話が抽象的だ。

ついでに冒頭の「東急不動産」の事例にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

会社の「当たり前」を捨てて若手の目線で眺めれば、全く違った風景が浮かんでくる

今夏に東京・南青山から渋谷に本社を移す東急不動産。移転プロジェクトチームは20~30代を中心にした約40人の社員からなる。「新しいことに挑む風土に変える。グループや社外の企業と連携を強めていかなくては」。高橋大輔(34)はこれを機に働きやすい環境をつくろうと意欲を燃やす。

「もっといろいろなことができるはず」。東急不は鉄道会社が発祥でお堅い印象が強い。東急ハンズなど競争力があるグループ会社との連携が不十分にみえた。「もったいない」

グループ会社の人の交流の場となるフリースペースをつくる。渋谷らしく、社員全員の服装をスタートアップ企業風のビジネスカジュアルにする――。社長の大隈郁仁(60)ら経営陣も「今後30~40年働く人が考え決めるべきだ」と背中を押す。



◎「全く違った風景」?

会社の『当たり前』を捨てて若手の目線で眺めれば、全く違った風景が浮かんでくる」と大きく出たものの、その根拠となる「東急不動産」の事例はかなり弱い。

グループ会社の人の交流の場となるフリースペースをつくる。渋谷らしく、社員全員の服装をスタートアップ企業風のビジネスカジュアルにする」--。その程度で「全く違った風景が浮かんでくる」と言われてもとは思う。

事例の弱さを責めるつもりはないが、大したことのない事例を大きく見せるのは避けてほしい。


※今回取り上げた記事「連載働き方進化論~原石を逃すな(3)『熱血』を呼び覚ませ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190405&ng=DGKKZO43361690U9A400C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年4月4日木曜日

記事内容に「納得感」欠く日経「働き方進化論(2)」

4日の日本経済新聞朝刊1面に載った「働き方進化論~原石を逃すな(2)『スパルタ』にも納得感」という記事は、その内容に「納得感」がなかった。特に「串カツ田中」の事例が苦しい。記事では以下のように書いている。
久留米成田山の桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

串カツ田中ホールディングスの「小伝馬町研修センター店」(東京・中央)。3月中旬の昼すぎ、従業員が仕込み作業に追われていた。この日勤務していた10人の大半は新入社員。指導役は付くが原則として新人で店を切り盛りする。

「先輩のチェックで不合格になることが減ってきた」。2月に入社した柴田洸樹(30)はやっと仕事に慣れてきたように感じている。約30種類ある串揚げは最適な揚げ加減がそれぞれ違う。調理のほか、接客や売り上げ管理など業務は幅広く、戸惑った。だがスタートが同じ同期なら、競争心を持ちつつ助け合いながら成長できるという。

センター店での勤務は1~2カ月。2017年度までは新入社員は3日間の座学研修だけで、店舗への配属後も十分なスキルが身につかず、離職者が少なくなかった。「『仕事はやりながら覚えろ』では通用しづらくなっている」(串カツ田中取締役の織田辰矢=32)。自分たちだけで切り盛りし、失敗すれば厳しく指導される。「スパルタ」式で訓練される新人だけの店だからこそ、自ら考えて動く力が養われる。

人材サービス、エン・ジャパンの研修コンサルタント、横田昌稔(44)は「今の若者は行動の理由や目的を明示しなければ動かない」と指摘する。理不尽なことでも昇進と引き換えに我慢してきた年長者と違い、自分の成長に役立つという納得感をほしがる。


◎「スパルタ」式ならば…

『スパルタ』式」とは言うものの、その内容については「失敗すれば厳しく指導される」と書いてあるだけだ。これだと「確かにスパルタ式だな」とは思えない。見出しでも「『スパルタ』にも納得感」と打ち出したのだから、ここは「納得感」のある材料を提示してほしかった。

串カツ田中取締役」の「『仕事はやりながら覚えろ』では通用しづらくなっている」というコメントも引っかかる。流れとしては、「小伝馬町研修センター店」で働く「新入社員」は「仕事はやりながら覚えろ」スタイルではないと取れる。しかし「自分たちだけで切り盛り」しているのならば「仕事はやりながら覚え」ているのではないか。

エン・ジャパンの研修コンサルタント」の「今の若者は行動の理由や目的を明示しなければ動かない」というコメントも記事の中で浮いている。「串カツ田中」の事例が「今の若者」に「行動の理由や目的を明示」しているのならば、このコメントは効いてくる。しかし「小伝馬町研修センター店」で「行動の理由や目的を明示」している場面は出てこない。

さらに言えば「行動の理由や目的を明示」すれば「納得感」が得られるのならば、それは「3日間の座学研修」でもできるはずだ。「小伝馬町研修センター店」での「『スパルタ』式」の教育が有効だと見なす根拠にはならない。

今の若者は行動の理由や目的を明示しなければ動かない」との決め付けはコメントなのでまだ許すとしても「理不尽なことでも昇進と引き換えに我慢してきた年長者」との断定は感心しない。自分は「年長者」に入ると思うが、職場において「理不尽なことでも昇進と引き換えに我慢」した経験は一度もない。少数派かもしれないが、記事では「年長者」を一括りにし過ぎだ。しかも、どの年代より上を指しているかも不明だ。

記事の続きにも問題を感じた。

【日経の記事】

18年版の労働経済白書によると、日本の職場内訓練(OJT)の実施率は男性が50.7%、女性は45.5%だった。昔と違い、働きながらスキルを身につける機会は減った。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均(男性55.1%、女性57.0%)を下回る。

OJTの実施率は生産性と正の相関関係があるとされる。若手の合意も得ながら現場で鍛える手法を企業は探らなくては、競争力も落ちる



◎因果関係はある?

OJTの実施率は生産性と正の相関関係がある」としても、因果関係があるとは限らない。なのに「若手の合意も得ながら現場で鍛える手法を企業は探らなくては、競争力も落ちる」と断定してよいのか。

昔と違い、働きながらスキルを身につける機会は減った」と言い切っているのも引っかかる。何の根拠も示していないし、「」がいつを指すのかも分からない。ほとんどの仕事は「働きながらスキルを身につける」ものだと思えるが、その「機会は減った」らしい。本当なのか。

やはり、この記事では「納得感」が得られない。


※今回取り上げた記事「働き方進化論~原石を逃すな(2)『スパルタ』にも納得感
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190404&ng=DGKKZO43304400T00C19A4MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年4月3日水曜日

「創造的破壊」が見えない日経の新紙面「ディスラプション」

今回は「失敗が約束されている新紙面」とでも言うべきか。日本経済新聞朝刊で「ディスラプション面」が新設された。日経は2017年1月に朝刊1面で「断絶を超えて」という連載をやっている。それと似たコンセプトのようだ。当時の連載に関しては「失敗が約束されている正月企画」と評した。連載では「昨日までの延長線上にない『断絶(Disruption)』の時代が私たちに迫っている」と訴えていたが、記事の内容は「断絶」には程遠かったからだ。
浦山公園の桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

今回の新紙面に関しては「先端技術から生まれた新サービスが既存の枠組みを壊すディスラプション(創造的破壊)。従来の延長線上ではなく、不連続な変化が起きつつある現場を取材し、経済や社会、暮らしに及ぼす影響を探ります」との説明が末尾にある。

ディスラプション」に「『創造的』破壊」という訳語を当てるのが適当なのか疑問も残るが、そもそも「先端技術から生まれた新サービスが既存の枠組みを壊すディスラプション」は簡単に起きるものではない。「断絶」よりは「創造的破壊」の方がまだありそうだが、3日の「第1部 ブロックチェーンが変える未来(1)国土破れてもデータあり」という記事を読んでも「創造的破壊」は感じられなかった。

記事の前半を見てみよう。

【日経の記事】

バルト海に面した人口130万人余りのエストニアが、世界で最も進んだ電子政府を実現している。ブロックチェーン技術で行政のデータが改ざんされない仕組みを築いた背景には、外国による占領の歴史があった。デジタル空間にデータを保存できれば、たとえ国土は消えても国は残る――。ディスラプション(創造的破壊)の先に、北欧の小国が築いた新しい「国家」は未来の社会へのヒントを示している。

スカンジナビア半島の対岸に位置するエストニアの首都タリン。世界遺産の旧市街のカフェで、大学生のアナスタシア・ウィラさん(19)がパソコンに向かっていた。国民に付与されるIDカードの情報を入力し、議会選の投票を10分足らずで済ませた。預金残高や病院の受診記録など、自分のデータは全てIDにひも付いている。「子どもの頃からIDカードを使ってきた。情報は守られており、不安はない」

エストニアは2000年代以降、住民登録や納税、教育、子育てなどあらゆる行政手続きを電子化した。国民にIDを割り当て、手続きは24時間、インターネットで完了する。3月の議会選では投票した人の2人に1人がネット経由だった。ネットでできないのは、結婚と離婚、不動産売買だけ。電子化による費用削減効果は国内総生産(GDP)の2%に上る。

IDカードは運転免許証や保険証を兼ね、欧州連合(EU)域内ではパスポート代わりにもなる。恩恵は国民にとどまらない。非居住者が電子上の国民になれる「e―レジデンシー制度」を14年に始めた。仮想国民も国民と同様に法人を設立したり銀行口座を開設したりできる。すでに165カ国から5万人が登録し、6600社が設立された。日本からも安倍晋三首相ら2500人が登録している。


◎「創造的破壊」がある?

ブロックチェーン技術で行政のデータが改ざんされない仕組みを築いた」結果として色々と便利になりました。「電子化による費用削減効果は国内総生産(GDP)の2%」に達します。「恩恵は国民にとどまらない」ものがあります--。

悪くない話だ。しかし「既存の枠組みを壊すディスラプション(創造的破壊)」には見えない。

筑後川沿いの桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です
政府が国民に行政サービスを提供するという「既存の枠組み」は壊れていない。基本的には「電子化」が進んだだけだ。「創造的破壊」であれば、衝撃的な「破壊」が欲しい。「既存の枠組み」の範囲であっても、「自治体を廃止し、自治体職員も全員解雇。行政サービスは電子政府を中心に国が全て直接手掛けることにした」などと書いてあれば、「創造的破壊」だと思えるが…。

エストニア」の「電子政府」の話は、日経を含め様々なメディアが取り上げてきた手垢の付いたテーマでもある。それを新紙面の第1回に持ってきていることも、今後の苦しい展開を示唆している。

ついでに言うと「デジタル空間にデータを保存できれば、たとえ国土は消えても国は残る」との説明にも疑問が残った。記事の終盤に以下の記述がある。

【日経の記事】

18年には同じNATO加盟国のルクセンブルクに「データ大使館」を開設した。国民の情報を国外に保管すれば万一、国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残るとの考えからで、ルクセンブルク以外の国での増設も検討している。政府のIT戦略を統括するシム・シクト最高情報責任者(CIO)は「国の核を失わないまま、国を世界に開くことができた」と語る。

エストニアはブロックチェーンを活用して、領土という概念に縛られないデジタル国家を築き上げた。透明性の高い制度に魅せられて、世界中から優秀な人材が集まり、次々と起業することで経済成長を遂げている。ディスラプションの先に小国エストニアがつかんだソフトパワーこそ、データの世紀に国を繁栄へと導く国家戦略となっている。



◎「行政を執り行えれ」る?

まず「国民の情報を国外に保管すれば万一、国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残る」という部分は「保管すれば~執り行えれば」と仮定表現が2つ出てきて不自然な感じがする。

本題に入ろう。「国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残る」としよう。だが、「エストニア」は「電子上で行政を執り行え」るだろうか。

結婚と離婚、不動産売買」は電子化されていないので無理だ。「エストニア」国内の国民に「IDカード」を新規に付与するのも難しい。それに「侵略」した側が「IDカード」を使った手続きをできないように何らかの手を打つ可能性も高い。

何を以って「国家は残る」とするかは微妙だが、「行政」関連のデータや手続きに限っても、かなり不完全になるのは確実だ。

最後に記事の書き方で注文を付けておきたい。

【日経の記事】

エストニアが電子大国への道を急いだのは国家存亡の危機感からだ。欧州とロシアの境に位置し、要衝の地である同国は13世紀にデンマークが侵攻して以降、ドイツやスウェーデン、ロシアによる支配が相次いだ。


◎「欧州とロシアの境」?

欧州」に明確な定義はない。だが、ウラル以西のロシアは「欧州」とするのは、かなり一般的だ。ちなみに外務省は「欧州」にロシアを含めている。なので「エストニア」を「欧州とロシアの境に位置し~」と説明されると引っかかる。

記事では「エストニア」を「北欧の小国」とも書いていた。これも間違いではないが、個人的にはバルト三国を「東欧」に入れたい。

上記のくだりで、もう1つの問題が「同国」だ。「欧州とロシアの境に位置し、要衝の地である同国」と書いた場合「同国ロシア」となってしまう。筆者は「同国エストニア」のつもりだろう。


※今回取り上げた記事「第1部 ブロックチェーンが変える未来(1)国土破れてもデータあり
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190403&ng=DGKKZO42776850S9A320C1TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。筆者である小川知世記者への評価も暫定でDとする。

2019年4月2日火曜日

日経 菅野幹雄氏「トランプ再選 直視のとき」の奇妙な解説

2日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に菅野幹雄氏(本社コメンテーター)が書いた「『トランプ再選』直視のとき」という記事は説得力に欠ける内容だった。記事の内容を見ながら、具体的に指摘したい。
ビューホテル平成と桜(福岡県うきは市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

新元号が「令和」に決まり、英国は欧州連合(EU)の無秩序離脱という惨事の瀬戸際にある。世界で歴史が動くなか、米国のこの判断も今後の針路を左右する。

◎気持ちは分かるが…

気持ちは分かるが、強引に「新元号」を持ってきた感じはある。それはいいとして、問題は以下のくだりだ。

【日経の記事】

20年11月3日の米大統領選挙まで1年7カ月。民主党の対抗候補も始動したばかりだ。大統領選の結果をうんぬんするのはもちろん早すぎる。だが私はトランプ氏再選という多くの国が内心歓迎しない展開を、今から「逆説」として直視しておくべきだと考える


◎どっちなの?

大統領選の結果をうんぬんするのはもちろん早すぎる」と菅野氏は言う。「別に早すぎないような…」と思って読み進めると「私はトランプ氏再選という多くの国が内心歓迎しない展開を、今から『逆説』として直視しておくべきだと考える」と言い出してしまう。「うんぬんするのはもちろん早すぎる」と書いた直後に自ら「うんぬん」してどうする。

ついでに言うと「トランプ氏再選という多くの国が内心歓迎しない展開」を「直視」するのは「逆説」ではないだろう。「逆説」についてデジタル大辞泉では「一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を言い表している表現。『急がば回れ』など。パラドックス」と説明している。

例えば「多くの国がトランプ氏の再選を歓迎しないからこそ、トランプ氏は2期目を託すにふさわしい人物と言える」といった話ならば「逆説」でいいだろう。しかし、今回の記事はそうした類の話ではない。

例えば「台風直撃は住民にとって歓迎できない事態だ。だからこそ台風の直撃を直視する必要がある」というのは「逆説」と言えるだろうか。菅野氏の言う「逆説」はこれに似ている。

菅野氏はさらに奇妙な解説をしていく。

【日経の記事】

都合の悪い未来は見たくないものだが、現段階でトランプ氏再選の事態を見据え、それに備えておく意味はある。

確実に起こりうるのは米欧関係の決定的な冷却、そして多国間の連携や国際機関の弱体化だ。安全保障でもトランプ氏が米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどに動くかもしれない。FRB理事に大統領選の経済顧問を指名したのは、組織の独立性も顧みず周辺を「トランプ色」の人事で染めようとする予兆だ。


◎「確実に起こりうる」?

確実に起こりうるのは米欧関係の決定的な冷却」と菅野氏は言う。現状は「決定的な冷却」に当たるのか不明だが、そこまで「冷却」していないとしよう。1期目には「決定的な冷却」に至らなかったのに、2期目で「決定的な冷却」に「備えておく」べきだろうか。
久留米城跡の桜(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

安全保障でもトランプ氏が米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどに動くかもしれない」と心配するのも謎だ。もちろん可能性はゼロではない。しかし、これも1期目で「日本」では大した動きがなかったのに、2期目での「見直し」を警戒する理由が分からない。

日本」への「駐留の見直し」が基地返還などを伴う「駐留」の大幅削減ならば個人的には大歓迎だが、「トランプ氏再選」でもそういう事態にはならないと予言しておきたい。

FRB理事に大統領選の経済顧問を指名したのは、組織の独立性も顧みず周辺を『トランプ色』の人事で染めようとする予兆だ」との説明も引っかかる。「組織の独立性も顧みず周辺を『トランプ色』の人事で染めようとする」行為そのものではなく、まだ「予兆」なのか。既に「指名した」のならば「予兆」と見るのは苦しい気がする。

記事の結論にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

先進国でトランプ氏と最も近い首脳関係を築いた安倍晋三首相。日本は「トランプ再選」の事態に身構えるだけでなく、その関係を世界や日本の安定にどう生かすか先取りして考えるべきだ


◎自分が教えてあげたら…

トランプ氏と最も近い首脳関係を築いた安倍晋三首相」と言うが、報道から判断すると親分である「トランプ氏」に従順なだけのように見える。「その関係」を「世界や日本の安定」に生かす道などあるのか。親分に従うしか選択肢はなさそうだ。従順でいることが「日本の安定」につながるとの考えもあるだろうが…

その関係を世界や日本の安定にどう生かすか先取りして考えるべきだ」と主張するならば、菅野氏が具体的に助言してほしい。「安倍晋三首相」が記事を読む可能性は十分にあるのだから。

「安倍さん、何とかしっかり考えてね」程度の話ならば「本社コメンテーター」などと大層な肩書に顔写真まで付けてコラムを書く意味はない。


※今回取り上げた記事「『トランプ再選』直視のとき
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190402&ng=DGKKZO43184160R00C19A4TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。菅野幹雄氏への評価もDを据え置く。菅野氏については以下の投稿も参照してほしい。

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html

日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_11.html

英EU離脱は「孤立の選択」? 日経 菅野幹雄氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_30.html

「金融緩和やめられない」はずだが…日経 菅野幹雄氏の矛盾
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トランプ大統領に「論理矛盾」があると日経 菅野幹雄氏は言うが…
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2019年4月1日月曜日

具体的「ゴール」見えぬ日経 石鍋仁美編集委員の「経営の視点」

1日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~ポスト働き方改革の行方 時短はゴールではない」という記事は、具体性に欠ける内容だった。「時短はゴールではない」と見出しで打ち出しているが、筆者の石鍋仁美編集委員にも「ゴール」の明確な形は見えていないようだ。
流川桜並木(福岡県うきは市)
   ※写真と本文は無関係です

説明として成立しているのか疑問を感じるくだりもあった。まずはそこから見ていこう。

【日経の記事】

新しい枠組みで若者らは生き生きと働き、暮らせるか。働く人と経営者の双方から疑問の声が伝わる

1つはワークとライフの線引きだ。デートはともかく結婚、子育てとなると時間は不足し心のゆとりも失う。「賃金は支払われなくても家事や育児は本来ワーク」と働き方を研究する常見陽平・千葉商科大学国際教養学部専任講師。仕事と子育て以外に自分の時間も確保できるべきだと説く。

金融大手の経営者は仕事と私生活を分け、前者を減らすことがベストか自問する。「思い切り仕事に打ち込みたい若者も多い」が、政府の方針に沿い残業を禁じ早く帰宅させる。その結果、横並び意識が薄い外資系企業に優秀で意欲の高い若者が流れると嘆く



◎「横並び意識」の問題なら…

働く人と経営者の双方から疑問の声が伝わる」と言うものの「働く人」からの「疑問の声」は見当たらない。「常見陽平・千葉商科大学国際教養学部専任講師」も「働く人」ではあるが、あくまで「働き方を研究する」立場からの意見だ。

それに、なぜ「1つはワークとライフの線引きだ」となるのか謎だ。「家事や育児は本来ワーク」(個人的には同意しないが…)であり「仕事と子育て以外に自分の時間も確保できるべきだ」との判断ならば、「線引き」は難しくない。「仕事」「家事」「育児」が「ワーク」で、それ以外が「ライフ」だ。

これで「線引き」は決まるが、それで「仕事と子育て以外に自分の時間も確保できる」ようになるわけでもない。ならば本当に「ワークとライフの線引き」が問題なのか。

さらに分からないのが「金融大手の経営者」の話だ。「政府の方針に沿い残業を禁じ早く帰宅させる」と「横並び意識が薄い外資系企業に優秀で意欲の高い若者が流れる」という。

まず、政府は企業に「残業を禁じ」るよう求めているのか。そんな「政府の方針」は聞いたことがない。

百歩譲って、残業禁止が「政府の方針」で、「横並び意識が薄い外資系企業」は「政府の方針」に従わないとしよう。その影響で「優秀で意欲の高い若者」が「外資系企業」に流れて困るのであれば、「横並び意識」を改めれば済む話だ。

こんな経営者の声をわざわざ記事で取り上げる石鍋編集委員の気持ちが理解できない。「経営の障害になっているのに、なぜ『横並び意識』を捨てられないのですか?」とでも聞いてほしかった。

そして石鍋編集委員は具体性に欠ける結論を導く。

【日経の記事】

労働時間短縮という形だけにこだわれば意欲ある人材を逃がす。短時間でも窮屈な仕事環境ならストレスは大きい。一人ひとりの価値観や事情を組み込んだきめ細かい仕組みこそが生産性と満足度を上げる。今から始まる新たな働き方は一つの通過点にすぎない。



◎具体策を示せば…

一人ひとりの価値観や事情を組み込んだきめ細かい仕組みこそが生産性と満足度を上げる」のかもしれない。だが「そんな制度が作れるの?」と思う。石鍋編集委員はその疑問には答えないまま、「今から始まる新たな働き方は一つの通過点にすぎない」と記事を締めてしまう。

リンデンホールスクール(福岡県太宰府市)
          ※写真と本文は無関係です
一人ひとりの価値観や事情を組み込んだきめ細かい仕組み」が必要だと感じたならば、具体的にどんな制度か考えて記事に盛り込むべきだ。思い付かない場合、記事で論じるのは避けてほしい。

「財政再建と経済成長を両立させながら、国民の誰もが幸福に暮らせるための社会保障制度を作り上げていくべきだ」と誰かが主張したとしよう。異論はないが「どうやって?」とは聞きたくなる。「具体案はないよ」と返ってきたら、その人の意見に耳を貸す気にはなれない。

石鍋編集委員には、それに似たものを感じる。


※今回取り上げた記事「経営の視点~ポスト働き方改革の行方 時短はゴールではない
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190401&ng=DGKKZO43037730Y9A320C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はDを据え置く。石鍋編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_31.html

ダイバーシティー必要論に根拠乏しい日経 石鍋仁美編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_27.html