2015年12月31日木曜日

10~12月最優秀記事は東洋経済「TSUTAYA 破壊と創造」

自分が2015年10~12月に読んだ経済記事の中で、最優秀記事は週刊東洋経済10月31日号の巻頭特集「TSUTAYA 破壊と創造」としたい。筆者の杉本りうこ記者が増田宗昭カルチュア・コンビニエンスクラブ社長に厳しく質問を浴びせたインタビュー記事が特に優れていた。10月24日号の深層リポート「アシックス 知られざる改革」では、ヨイショが過ぎる記事を常盤有未記者と共同で書いていた杉本記者だが、TSUTAYA特集では一転して批判精神にあふれる記事を完成させている。

JR久留米駅前の時計(福岡県久留米市) 
           ※写真と本文は無関係です
最優秀の書き手は12月18日付で日経ビジネスオンラインに「ピース・オブ・警句~新聞の軽減税率適用について」を載せた小田嶋隆氏とする。新聞社の関連メディアで新聞の軽減税率適用を厳しく論じた点を高く評価した。これを載せた日経ビジネスへの評価も加味して小田嶋氏を第一に挙げたい。

一方、10~12月の最悪記事は週刊ダイヤモンド11月21日号の「数字で会社を読む(ハイデイ日高)」となる。間違い指摘を黙殺したのは他にも多数あり、それらも問題があるのは当然だが、ダイヤモンドの記事は間違いと思える部分以外でも非常に問題が多かった。この記事を書いた須賀彩子記者を最悪の書き手にも認定したい。こちらの間違い指摘がその通りなのか若干自信がないので書き手としての評価はE(大いに問題あり)に留めているものの、総合的に問題を感じたという意味では須賀記者が一番だ。

須賀記者の名誉のために言っておくと、ハイデイ日高の記事の後に載った記事にはほとんど問題を感じなかった。「素人くささが目立つ」と須賀記者を評したが、改善の兆しは見える。今後に期待したい。


※上記の内容については「『TSUTAYA特集』に見えた東洋経済 杉本りうこ記者の迫力」「ヨイショが過ぎる東洋経済『アシックス 知られざる改革』」「日経ビジネスの英断? 『新聞の軽減税率』批判コラム掲載」「週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言」などを参照してほしい。

2015年12月29日火曜日

「内部留保=現預金」? 日経「大機小機」に見える誤解

「内部留保=現預金」という誤解はよく見られるが、経済紙である日本経済新聞も例外ではないのは残念だ。29日の朝刊マーケット総合2面に載った「大機小機~企業の内部留保は『地震保険』か」も誤解が疑われる記事の1つだ。
早稲田大学大隈庭園(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経の記事】

先日、東証1部上場の中堅製造業の経営者から非常に興味深い話を聞いた。東日本大震災で工場が被災したが、地震保険の保険金を請求しても様々な除外規定によって厳しく査定されて減額された。結局、保険金は想定していたよりも少額で、その後は保険料の値上がりもあって割に合わなくなった。

この企業は震災後は地震保険に加入していないが、今後も地震活動が活発になるかもしれないので被災したときの事業再開の備えは必要だ。そこで「自衛手段として内部留保を分厚く蓄えておくしかない」と、この経営者は話す。

震災や最近頻発している台風や水害などの経験から、大規模な自然災害への危機感は企業の間で強まっているはずである。企業が賃上げや投資を控えて内部留保をためる理由は「自己保険」という意識もあるのではないか。

もちろん各企業が内部留保をため込むことは、経済全体にとっては非効率である。もともと地震保険は地震や津波のリスクを広く国内、あるいは再保険によって国外にも分散し、企業が過剰な内部留保をためないように誘導する機能があったはずである。地震保険が今より使いやすいものになれば企業は過剰な内部留保を削減し、賃上げや投資にもっと資金が回るのではないかと思われる。

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内部留保は現預金として残る部分もあるが、多くは設備投資などに回る。この前提で書いていれば、上記のような説明にはならないはずだ。

地震で被災した時の備えに「内部留保を分厚く蓄えておく」と言っても、それが工場になっているならば「被災したときの事業再開の備え」になるどころか、被災対象になってしまう恐れが大きい。コメントしている中堅製造業の経営者にも「内部留保=現預金」との誤解があるのだろう。

企業が賃上げや投資を控えて内部留保をためる」との記述からも「内部留保に回す=投資には回らない」との誤解を感じる。「各企業が内部留保をため込むことは、経済全体にとっては非効率である」との説明に関しては基本的に間違っている。社会に有用な設備投資に内部留保が回っている状態を想定すれば、「非効率」とは言えないはずだ。

地震保険が今より使いやすいものになれば企業は過剰な内部留保を削減し、賃上げや投資にもっと資金が回るのではないかと思われる」との説明にも、やはり「内部留保に回す=投資には回らない」との前提が見え隠れする。結局、この記事では「内部留保」を「現預金」に置き換えれば問題がほぼ解決する。


※記事の評価はD(問題あり)。

2015年12月28日月曜日

日経から久々の回答 「金相場、下げ止まり」

26日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面のアタマ記事「ポジション~金相場、下げ止まり  米利上げで『安全資産』買い戻し インドなど現物需要も」に関する問い合わせに対して、久々の回答が日経から届いた。日経から反応があったのは9月以来。あの時は「良い変化が生じているのか」と期待したものの、再び「無視」に戻ってしまっていた。今回も少し様子を見る必要はある。
高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

この件では「日経のメディアとしての体質を考慮すると回答が届く可能性は極めて低い」と見ていた。結果的には、良い方向に予想が外れたことになる。

「問い合わせ」と「回答」は以下の通り。

【日経への問い合わせ】

「金相場、下げ止まり」という記事についてお尋ねします。記事では「米国の利上げ決定前日の15日、金の売り建玉が14万枚を超えていた。過去最大の規模にまで膨らんだことで、買い戻しが入りやすい状態になっている」と書かれています。しかし、当時のNY金市場の売り建玉は39万枚に達していたようです。大口投機家の売り建玉は「14万枚超」ではありますが、記事の書き方だと「NY金市場全体の売り建玉が14万枚超」と判断するしかありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

付け加えると、「14万枚超」が市場全体の売り建玉だった場合は同数の買い建玉が必ず存在するので、「買い戻しが入りやすい状態」になることの裏返しとして手じまい売りも出やすくなります。一方「14万超」が大口投機家の売り建玉であれば、同時期に大口投機家の買い建玉も15万枚を超えていました。この場合も「買い建玉を手じまう動きにはなぜ注目しないのか」との疑問が残ります。「過去と比べて買い越し幅が小さい」といった事情があれば、その点にも触れるべきでしょう。


【日経からの回答】

平素は日経グループのサービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。お問い合わせについて、下記のとおり回答させていただきます。

いつも日本経済新聞をご愛読頂き、ありがとうございます。このたびは、記事について大変貴重なご指摘を賜り、誠にありがとうございました。今後の紙面づくりの参考にさせて頂きたいと思います。なお、記事では本記冒頭部分で「欧米のファンドは相場の底値をつかんだ」と書きましたように、記事全般を通じてファンドの動きについて紹介したものであることもご理解頂ければ幸いです。今後とも日本経済新聞をよろしくお願いします。

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回答の内容が不十分なのは言うまでもない。インドの現物市場の話も出てくるし、「記事全般を通じてファンドの動きについて紹介したもの」とは考えにくい。百歩譲ってそうだとしても、「米国の利上げ決定前日の15日、金の売り建玉が14万枚を超えていた」との記述の近くに「ファンド」の文字さえ見当たらない。これでは、14万枚超の売り建玉を「ファンドの売り建玉」と判断するのは困難だ。

とは言え、回答が届いた点は高く評価したい。記事の問題を率直に認められるようになればさらに好ましいが、大事なのは筒井恒記者がきちんと記事を書けるようになることだ。記事から判断する限り「この書き方じゃダメだぞ。読者に誤解を与えるし、厳しく言えば間違いだろ」と教えてくれる人は社内にいないのだろう。ならば外から助言するしかない。

今回の指摘をきっかけに、筒井記者が記事の書き方を学んでくれるとよいのだが…。


※今回の件では「日経『金相場、下げ止まり』で筒井恒記者に感じた不安」も参照してほしい。

2015年12月27日日曜日

日経「金相場、下げ止まり」で筒井恒記者に感じた不安(2)

26日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面のアタマ記事「ポジション~金相場、下げ止まり  米利上げで『安全資産』買い戻し インドなど現物需要も」について、引き続き問題点を指摘していく。まずは、これまでも取り上げてきた「金は安全資産か」を論じたい。記事では以下のように書いている。

東京・西新宿のビル ※写真と本文は無関係です
◎「金=金融資産」?

【日経の記事】

ただ、足元では「原油安によるリスクオフで『安全資産の金』が買われた」(マーケットアナリストの豊島逸夫氏)。来年の利上げペースは緩やかになるとみるファンドは金を「安全資産」として売買する姿勢を強めた。

中略) 中国でも株安や為替の人民元安基調を背景に、安全資産として金を選択する投資家が増えた。上海黄金交易所の保管庫からは次々に金塊が引き出されている。

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安全資産」をどう定義するかにもよるが、「元本割れのリスクが極めて小さい資産」という一般的な定義に従えば、金が安全資産でないのは明らかだ。金を「安全資産」として取り上げるのであれば、どういう意味で「安全」なのか説明が欲しい。

豊島逸夫氏のように金投資を薦める立場の市場関係者が「金は安全資産」と訴えるのは分かるし、責めるつもりもない。しかし、日経の記者はそれを鵜呑みにしてはダメだ。記事を見る限り、筒井記者は市場関係者の「金=安全資産」との刷り込みに何の疑いもなく染まっているのだろう。


◎ドル高は強材料?

【日経の記事】

金相場が下げ止まった。保有していても利息がつかない金は米国の政策金利の引き上げが決まったことで、2年間続いた下げ傾向が一服し、先物市場で買い戻される場面が目立ってきた。インド市場で現物の買いが上向くなど、雰囲気が変わった。ただ、ドル高基調を背景に相場が上昇気流に乗るという見方は少なく、金市場は端境期に差しかかろうとしている。

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ドル高基調を背景に相場が上昇気流に乗るという見方は少なく」と書いてあったら、ドル高は金相場にとって強材料だろうか。それとも弱材料だろうか。普通に考えれば強材料だと思える。しかし、記事の最後の方に「ドル高基調は金相場の上値を抑える」と書いてあるので、実際は弱材料のようだ。

筒井記者は「相場が上昇気流に乗るという見方はドル高基調の影響で少なく」などと言いたかったのだろう。記事を書く上での基礎的な技術が身に付いていないので、読者に誤解を与える拙い書き方になってしまっている。

記事とグラフが合っていないのも気になる。記事では「2年間続いた下げ傾向が一服」と書いているのに、金相場のグラフは今年10月以降のもので、10月前半に上昇してから下げに転じる展開になっている。過去2年間のグラフにすれば「2年間続いた下げ傾向が一服」と読者も実感できたはずだ。この辺りは配慮が欠けている。


◎意味のない結論

【日経の記事】

ただ、ドル高基調は金相場の上値を抑える。金融機関などのアナリストがまとめた予想でも、16年の上値は1200ドル程度が大勢で、まだ慎重さが残る。ひとまず金市場で売りの宴は収束の気配だ。年が明け、次の局面が始まる可能性もある

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市場関連記事で使っている「可能性がある」には、ほとんど意味がない。上記の「年が明け、次の局面が始まる可能性もある」もそうだ。自分が筆者ならば、もっと明確に断定できる。「年が明け、次の局面が始まる」と言い切ってもいい。“予言”が外れる心配はないだろう。

年が明ければ次の局面が始まるのは当たり前だ。それにわざわざ「可能性がある」を付ける意図が理解できない。しかも、これは記事の結論部分だ。こんな当たり前のことを訴えるために、記事中で言葉を費やしてきたのか。筒井記者には、そこをしっかり考えてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。筒井恒記者の評価も暫定でDとする。

2015年12月26日土曜日

日経「金相場、下げ止まり」で筒井恒記者に感じた不安(1)

26日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面のアタマ記事「ポジション~金相場、下げ止まり  米利上げで『安全資産』買い戻し インドなど現物需要も」は、筆者である筒井恒記者の市場に関する理解度に不安が残る内容だった。本来ならば、商品部の担当デスクがきちんと修正すべきだが、デスクも分かっていないのだろう。そこに日経の抱える問題の根深さがある。

福岡市博物館(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
まず、最も問題があるくだりから見ていく。

【日経の記事】

ニューヨーク市場では米国の利上げ決定前日の15日、金の売り建玉が14万枚を超えていた。過去最大の規模にまで膨らんだことで、買い戻しが入りやすい状態になっている。金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏は「買い戻しが散発して金相場は徐々に切り上がっていく」とみる。ニューヨーク相場は利上げ公表でいったん売られて安値をつけた17日から25ドル上げている。

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ニューヨーク市場では米国の利上げ決定前日の15日、金の売り建玉が14万枚を超えていた」と書いてあったら、普通は「NY金市場全体で売り建玉が14万枚超」と理解するだろう。まずは、この前提で考えてみる。NY金市場全体の売り建玉が14万枚ならば、買い建玉も必ず14万枚になる。「過去最大の規模にまで膨らんだことで、買い戻しが入りやすい状態になっている」との説明はおかしくないが、裏返しで買い方の手じまい売りも出やすくなる。「いや、売りは出にくくて買いのみが入りやすい理由がある」と筒井記者が考えているのならば、その理由を説明すべきだ。

そもそもNY金の売り建玉が12月15日に14万枚程度だったのかどうか怪しい。調べてみると、当時の総取組高(=売り建玉の合計)は約39万枚。大口投機家は買い建玉が約15万枚で売り建玉が約14万枚のようなので、記事で言う「14万枚超」は大口投機家に限った売り建玉の可能性が高い。しかし、記事中にそうした説明はない。

また、大口投機家の売り建玉が14万枚超だとしても、それを上回る買い建玉がある。これも「15万枚の買い建玉を手じまう過程で出てくる売りは気にしなくていいのか」との疑問が残る。記事からは、売り建玉だけが一方的に膨らんでいるような印象を受ける。

日経には以下の内容で問い合わせを送っておいた。日経のメディアとしての体質を考慮すると回答が届く可能性は極めて低い。

【日経への問い合わせ】

「金相場、下げ止まり」という記事についてお尋ねします。記事では「米国の利上げ決定前日の15日、金の売り建玉が14万枚を超えていた。過去最大の規模にまで膨らんだことで、買い戻しが入りやすい状態になっている」と書かれています。しかし、当時のNY金市場の売り建玉は39万枚に達していたようです。大口投機家の売り建玉は「14万枚超」ではありますが、記事の書き方だと「NY金市場全体の売り建玉が14万枚超」と判断するしかありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

付け加えると、「14万枚超」が市場全体の売り建玉だった場合は同数の買い建玉が必ず存在するので、「買い戻しが入りやすい状態」になることの裏返しとして手じまい売りも出やすくなります。一方「14万超」が大口投機家の売り建玉であれば、同時期に大口投機家の買い建玉も15万枚を超えていました。この場合も「買い建玉を手じまう動きにはなぜ注目しないのか」との疑問が残ります。「過去と比べて買い越し幅が小さい」といった事情があれば、その点にも触れるべきでしょう。

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※この記事に関しては(2)でさらに指摘を続ける。

2015年12月25日金曜日

何かズレてる週刊ダイヤモンド「篠田真貴子×青野慶久」対談

週刊ダイヤモンド12月26日号の特集「2016総予測」の中に「対談 働き方を変えよう! 篠田真貴子(東京糸井重里事務所CFO)×青野慶久(サイボウズ社長)」という記事がある。これが、何かと世の中全般とのズレを感じさせる内容で、随所にツッコミを入れたくなった。 篠田、青野の両氏を責めるつもりはない。それよりは、対談を仕切った清水量介記者がもう少し何とかできなかったのかとは思う。

では、順にツッコミを入れていこう。
JR久留米駅(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です
                 

◎「会社は与えてくれる存在ではない」?

【ダイヤモンドの記事】

篠田 でも、高度成長期と違って、伸びる会社、つぶれる会社がはっきりしています。つぶれなくたって、寿命と働く期間が長いわけですから、その間に会社の主力事業がまったく違うものに何度も変わることは珍しくなくなるでしょう。

何も、子育てとか、介護を経験しなくても、仕事や働き方って、どんどん変わっていくんですよ。

それなのに、今は鍛えられていない。学校って何かを与えられる所なんだけど、会社は自分で選んでいて、与えてくれる存在ではないはず。ほんとは、社会人2~3年目に「今の状況は自分で選んでいる」という感覚をつかまないといけないと思うんですが、大企業ではなかなかそれが実感しにくい。

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学校って何かを与えられる所なんだけど、会社は自分で選んでいて、与えてくれる存在ではないはず」という発言が引っかかる。「学校は与えてくれるが、会社は与えてくれない」「会社は自分で選ぶが、学校は自分で選ばない」との前提を感じるからだ。

例えば学校が知識を与えてくれる場だとすれば、会社も似たようなものだ。多くの知識や経験を与えてくれるし、おまけにカネまでくれる。「会社は自分で選んでいて」に関しても、ほとんどの人は高校や大学も自分で選んでいるはずだ。学校と対比させる形で「会社は自分で選んだ」と強調する意味があるだろうか。

高度成長期と違って、伸びる会社、つぶれる会社がはっきりしています」という断定も気になった。そんなにはっきりしているのなら、3年以内につぶれる上場企業を教えてほしいものだ。空売りで一儲けできそうな気がする。本当に分かるならばだが…。


◎飲み歩くのは「無」?

【ダイヤモンドの記事】

青野 単純に「長時間をやめましょう!」ではなくて、それで浮いた時間で何をするか。残りの時間を何に充てるかという発想が大事です。結局、会社の仲間と毎日飲み歩くというのでは、意味がない

他の業種の人と会う、あるいは、家事育児で社会参加することも学びになります

篠田 そうなんですよ! 子育てって社会人のスキルとして生きないわけがないんですよ。家庭で過ごす時間って“無”じゃない

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家庭で過ごす時間って“無”じゃない」のは確かだろうが、それで言えば「会社の仲間と毎日飲み歩く」のも「」ではない。「会社の仲間と飲みに行くのが無意味で、他業種の人と会ったり家庭で過ごしたりするのは有意義」と決め付けること自体に「意味がない」と思えるが…。


◎嫌いな上司でも論理は通じる?

【ダイヤモンドの記事】

青野 だいたい、子育てに比べると、会社の人間関係って楽に感じますから。嫌だなあと思う相手でも「ちょっといいでしょうか、これやってくれないでしょうか」と丁寧に言えば、動いてくれます。でも、子供に「ちょっと、歯を磨いてくれないでしょうか」と丁寧に言っても聞きやしない。

篠田 嫌いな上司でも論理は通じますもんね。子供は台風とか、自然現象と同じですから(笑)。

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本人たちの体験から得た実感なのだから否定はしないが、随分と恵まれた職場環境なのだなとは感じた。「嫌だなあと思う相手でも『ちょっといいでしょうか、これやってくれないでしょうか』と丁寧に言えば、動いてくれます」と青野氏は言う。社長が頼めば、それは動いてくれるだろう。丁寧に言わなくても、やってくれる公算大だ。しかし、普通の社員が丁寧に言ったとしても、動いてくれない人はどの会社にもたくさんいる。そこに思いを巡らせてほしかった。

嫌いな上司でも論理は通じますもんね」に関しては「それは上司に恵まれましたね」と言うほかない。「ごちゃごちゃ理屈を言わずにとにかくやれ」などと命じられずに会社人生を送ってこれたのならば羨ましい限りだ。

東芝で上からプレッシャーをかけられて不正会計に関与した人たちに「嫌いな上司でも論理は通じますもんね」と同意を求めたら、何と言うだろうか。

こんな感じで、全体的に「この2人は世の中のことが分かっているのかな」というムード漂う対談になっている。清水記者が間に入って色々と質問してあげれば、こんな浮世離れした内容にはならなかったと思うのだが…。

※記事の評価はC(平均的)。清水量介記者の評価は暫定でF(根本的な欠陥あり)を維持する。F評価については「『3年で株価3倍』? 週刊ダイヤモンド 清水量介記者に問う」を参照してほしい。

2015年12月24日木曜日

日経ビジネス 特集「シェアリングエコノミー」に2つの誤り?(2)

日経ビジネス12月21日号の特集「世界の常識 日本を急襲 シェアリングエコノミー」について、引き続き問題点を見ていく。

早稲田大学大隈記念講堂(東京都新宿区)
           ※写真と本文は無関係です
◎“エアビービジネス”は危険? それとも安全?

【日経ビジネスの記事(38ページ)】

ホテルの供給不足が叫ばれる中、“エアビービジネス”を手掛ける業者が増え続ければ、粗悪な物件の貸し出しや安全管理の不徹底など、様々なトラブルも起きかねない

【日経ビジネスの記事(43ページ)】

「2015年の夏季シーズンには世界で1700万人がエアビーを利用し宿泊したが、何らかの緊急対応を必要としたのは300件のみ。99.998%の旅行者は安全面で問題がなかった」。そう、オーギル氏(注:エアビーのアジア地域の公共政策担当者)は胸を張る。同期間、世界中のホテルでどれだけの緊急事態が起きたか知るすべもないが、エアビーより少ないことは明らか。「民泊だから危険」というのは誤解と言っていい

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記事では、日本でアパートの7部屋を借りエアビーを通じて貸し出している女性の話が出てくる。その後で「“エアビービジネス”を手掛ける業者が増え続ければ、粗悪な物件の貸し出しや安全管理の不徹底など、様々なトラブルも起きかねない」と警鐘を鳴らしている。しかし、これは奇妙だ。

ビジネスでやっている物件はトラブルが多いというなら分かる。しかし、「99.998%の旅行者は安全面で問題がなかった」のならば、ビジネスでやっている物件も「ほとんど問題なし」なのだろう。なのになぜ“エアビービジネス”だけ問題視するのか。「持ち家を貸し出す場合は粗悪な物件が出てこない」とも言えないはずだ。粗悪な物件が出てくる確率に明確な差があるのならば、そこを説明してほしい。記事を読んだ限りでは、“エアビービジネス”だけをなぜ危険視するのか理解できなかった。

ついでに言うと「夏季シーズン」には「IT技術」にも似たダブり感がある。そこそこ定着しているのかもしれないが…。

※上記のくだりに出てくる「エアビーより少ない」は「エアビーより多い」でないと成立しない気がする。これに関しては(1)で述べた。


◎ガソリン代が節約できる?

【日経ビジネスの記事(33ページ)】

それでも、黄さんはコミュートを気に入っている。

「コミュートはお金目的ではない。自宅周辺の客に出会えるので友人を作ることができるし、営業時のガソリン代も節約できて、環境にもいい」

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黄さんは車で取引先から会社や自宅に戻る時に、そのルートの途中で車に乗りたい人がいれば乗せて収入を得ている。それが「コミュート」だ。これで「営業時のガソリン代」が節約できるだろうか。営業で車を走らせる距離はコミュートを使っても基本的に変化しないので、ガソリン代も変わらないはずだ。コミュートで得た収入をガソリン代に充てることはできるが、それは「ガソリン代の節約」ではない。黄さんが実際にそう言っているとしても、そのままコメントとして使うのは問題がある。


◎嫌な革命が起きる?

【日経ビジネスの記事(33ページ)】

地球上で移動している全ての車の空席と目的地を把握することで、自動車交通システム全体の劇的な最適化を図る--。これこそがウーバーがやろうとしている革命の本質だ。タクシーのように見える今は仮の姿であり、革命への通過点に過ぎない。

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上記のような事態になれば、非常に大きな変化ではある。ただし、個人的には「嫌な革命」としか思えない。

ウーバーが「全ての車の空席と目的地を把握する」未来では、空席と目的地の情報をウーバーに与えることが当然に義務化されているはずだ。車に乗るたびに目的地を入力しなければならないのは面倒だし、それをウーバーに知らせるのも気が進まない。しかし、「革命」が成就すれば例外はないのだから、ウーバーに情報を提供するほかない。

そんな未来が訪れないように祈りたい。

※特集全体の評価はD(問題あり)。記事中の誤りを握りつぶす場合、書き手の評価はF(根本的な欠陥あり)とすべきだが、3人の役割分担が明確ではないので、今回は井上理記者 中尚子記者 齊藤美保記者の評価を暫定でDとする。

追記)問い合わせに対して日経BP社から「ご指摘の誤りについては、誌面で訂正いたします」との回答があった。

2015年12月23日水曜日

日経ビジネス 特集「シェアリングエコノミー」に2つの誤り?(1)

日経ビジネス12月21日号の特集「世界の常識 日本を急襲 シェアリングエコノミー」は力作と言えば力作だ。海外も含めて取材はしっかりできている。新しい動きを伝えたいとの熱意も伝わってきた。ただ、特集を評価する上で全体としてプラスとマイナスのどちらが優勢かと言えば、やはりマイナスが勝る。記事中に誤りと思える記述が2カ所あったのも減点対象だ。間違いかどうか日経BP社に問い合わせを送ったので、その内容から見ていこう。

【日経BP社への問い合わせ(1)】
高良山(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です


井上理様 中尚子様 齊藤美保様

12月21日号の特集「シェアリングエコノミー」についてお尋ねします。31ページの記事で米ウーバーテクノロジーズについて「月に4回以上、営業するドライバーは世界で110万人以上。彼らが客を運んだ回数は月1億回を超える。『旅客を担う組織』として考えれば、世界最大手と言える」と書かれています。しかし、例えば首都圏でのJR東日本の在来線利用者は1週間で1億1462万人と推定されています(JR東日本企画調べ)。1カ月だと4億人を軽く超えます。旅客輸送規模の指標となる「輸送人キロ」で見れば、さらに差が開くでしょう。

「世界最大手」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすればその根拠を教えてください。

日経ビジネス編集部では、記事中の誤りを握りつぶすのが当たり前になりつつあります。これは読者への明らかな背信行為であり、メディアとしての自殺行為でもあります。井上様、中様 齊藤様には、記事の書き手としての適切な対応をお願いします。


【日経BP社への問い合わせ(2)】

井上理様 中尚子様 齊藤美保様

12月21日号の特集「シェアリングエコノミー」についてお尋ねします。43ページの記事で「同期間、世界中のホテルでどれだけの緊急事態が起きたか知るすべもないが、エアビーより少ないことは明らか。『民泊だから危険』というのは誤解と言っていい」と書かれていますが、「エアビーより多い」でないと展開として不自然です。

このくだりでは、今年夏のエアビー利用者のうち緊急対応を必要としたのは全世界で300件と少ないことを紹介した上で「民泊だから危険との見方は誤りだ」と訴えているはずです。世界中のホテルの緊急事態の方が件数で明らかに下回るのであれば「だったらホテルの方が安心なのでは?」という話になってしまいます。

「エアビーより少ない」は「エアビーより多い」の誤りと考えてよいのでしょうか。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も教えてください。

今回の特集に対しては、米ウーバーテクノロジーズを「『旅客を担う組織』として考えれば、世界最大手」と説明したことについても「誤りではないか」と指摘しました。19日に問い合わせを送ったものの、まだ回答を頂いていません。

1つの特集で2つの誤りがあっても、個人的にはそれほど大きな問題だとは思いません。ただし、指摘を無視して誤りを握りつぶすのであれば話は別です。井上様、中様、齊藤様の記者人生の中で消し去れない汚点となるでしょう。その点を十分に考慮した上で、適切な対応をしてください。

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記事には他にも気になる点があった。それらに触れた上で、特集全体と3人の記者に対する評価を考えたい。

※(2)へ続く。

追記)問い合わせに対して日経BP社から「ご指摘の誤りについては、誌面で訂正いたします」との回答があった。

2015年12月22日火曜日

「3年で株価3倍」? 週刊ダイヤモンド 清水量介記者に問う

年末の経済誌はあまり読む気になれない。新年予測モノばかりだからだ。今年は東洋経済が「2016大予測」でダイヤモンドが「2016総予測」とほぼ同じタイトル。エコノミストも「世界経済総予測2016」で大差ない。そもそも経済の年間予測にあまり意味を感じられない上に、3誌の特集の方向性が似通っているので、さらに興味が減退する。そろそろ見直した方がよいのではないか。

東京都庁(東京都新宿区)からの眺め ※写真と本文は無関係です
そんな中で、ダイヤモンド12月26日・1月2日号の34ページの記事がいきなり引っかかった。以下はダイヤモンド編集部に送った問い合わせの内容だ。筆者の清水量介記者によると「何しろ、3年間で日本の株価は3倍に上昇」だそうだ。本当だろうか。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド 清水量介様

「結局どうなる!? 1億総活躍~矢ではなく的!? 新3本の矢の前途多難」という記事についてお尋ねします。記事ではアベノミクスに絡めて「何しろ、3年間で日本の株価は3倍に上昇」と説明しています。しかし、日経平均株価で見ると、安倍政権発足時が約1万円で現在は約1万9000円と2倍にもなっていません。政権発足後の最高値でも2万1000円に届かないのですから、「3年で3倍」はさすがに無理があります。政権獲得が決まった2012年12月の総選挙の直前と比べても現状で2倍ぐらいです。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視した上で記事中の誤りを握りつぶす対応が常態化しています。記事が誤りであれば、誤りを認めて訂正記事を載せればいいのです。正しければ、読者に対しその根拠を示せば済みます。書き手として何を為すべきか改めて自問してみてください。

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清水記者は「来る日も来る日も終電間際まで仕事が終わらず、朝も6時前から自宅で原稿を書いていました」と今回の特集の執筆を振り返っている。疲れがたまり過ぎて「3年間で日本の株価は3倍」と書いてしまったのだろうか。単純なミスなので、あまり気にする必要はない。間違いを認めて訂正を出せば大丈夫だ(「記事に問題なし」と主張する手ももちろんある)。しかし、それを怠ってだんまりを決め込んでしまえば、記者失格の烙印を押されても文句は言えない。

田中博編集長にも「記事中の間違いを握りつぶすのはそろそろ止めませんか」とお願いしておく。軽減税率の議論に絡んで「税制に公平は求めませんが、せめて公正であってほしいと思うのは私だけでしょうか。亡国の道を歩んでいる気がしてなりません」と田中編集長は嘆いている。しかし、税制を嘆く前に、メディアとしての自らの欺瞞を嘆くべきだろう。「滅びへの道を歩いているのは、読者への背信行為を続ける自分たちの方だ」とは思わないのか。


※清水量介記者が本心でどう思っているかは分からないが、指摘を無視するならば書き手としての評価はF(根本的な欠陥あり)とするほかない。記事の評価はD(問題あり)とする。

追記)週刊ダイヤモンド編集部からの回答はなかったが、「日本の株価は3倍」を「日本の株価は2倍ほどに」へ訂正する旨の「訂正とお詫び」が1月9日号に掲載された。清水記者への評価は暫定でDとする。

2015年12月21日月曜日

日経 小平龍四郎編集委員の拙さ感じる「けいざい解読」(2)

20日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に小平龍四郎編集委員が書いていた「けいざい解読~株価支える統治改革 次の課題は取締役会」という記事の問題点をさらに見ていく。

モード学園コクーンタワー(東京都新宿区)
          ※写真と本文は無関係です
◎なぜ「取締役会」に注目?

【日経の記事】

「改革2年目」の課題は何だろうか。

統治指針は「取締役会評価(ボードエバリュエーション)」や「ESG(環境・社会・統治)問題への対応」など、なじみの薄い海外の制度や概念も詰めこまれている。企業はそしゃくする力が求められる。

表面的に規則を守るだけでなく、ガバナンスの実効性を高めることも重要になってくる。注目されそうなのは取締役会のあり方だ

コンサルティング会社エゴンゼンダーの調べでは、東証1部上場企業が1回当たりの取締役会に要する時間は平均1.7時間。この結果について、同社の佃秀昭社長は「日本の取締役会は報告事項も多いため、中長期の成長戦略の議論に十分に時間を割くのは難しい」と指摘している。取締役会の議題を簡素化し、中身のある議論を増やすといった地道な改革も大切になってくる

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まず、なぜ「注目されそうなのは取締役会のあり方だ」と言えるのかよく分からない。「取締役会に要する時間は平均1.7時間」というのは、おそらく「短い」と言いたいのだろう。だから「取締役会のあり方」が問われているのだろうか。これが平均3時間に増えたら「改革が進んだ」となるのだろうか。会議は長ければいいわけではない。

取締役会の議題を簡素化し、中身のある議論を増やすといった地道な改革も大切になってくる」と小平編集委員は言う。しかし、簡素化した結果として1.7時間で済んでいる可能性はないのか。上記のくだりを繰り返し読んでみても「改革2年目は取締役会のあり方が重要だな」とは、とても思えなかった。


◎2014年のラインキングでは?

【日経の記事】

海外にも目を向けたい。アジア各国・地域は監督当局の主導で、日本の統治指針に似たコードの導入に動いている。大手運用会社で構成するアジアン・コーポレート・ガバナンス協会(ACGA)の企業統治評価で日本は11カ国中、香港とシンガポールを下回る3位。マレーシアなどにも追い上げられている。

ガバナンス改革にはアジア全域に広がる競争の側面がある。株価の上昇が続く日本も、改革の短期の成果に満足している余裕はない。

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この流れで「企業統治評価で日本は11カ国中、香港とシンガポールを下回る3位」と書いてあると、6月以降の企業改革の進展を受けて3位と評価されたような気がしてしまう。しかし、これは2014年のランキングのようだ。同年9月26日の日経の記事には「香港が拠点の投資家団体アジア企業統治協会(ACGA)と投資銀行CLSAは25日、2014年のコーポレートガバナンス(企業統治)ランキングを発表した。国・地域別では香港とシンガポールが首位で並び、日本は前回12年調査の4位から3位に順位を上げた」との記述がある。

14年のランキングを使うなとは言わないが、「14年」は明記してほしい。あえて触れなかったのならば、「書き手としてモラルが低い」と言われても仕方がない。

最後に1つ。「日本は11カ国中、香港とシンガポールを下回る3位」と書くと香港を国と見なしていることになってしまう。「日本は11の国・地域の中で香港とシンガポールを下回る3位」などとした方がよい。


※記事の評価はD(問題あり)。小平龍四郎編集委員の評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価の理由については「基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念」を参照してほしい。

日経 小平龍四郎編集委員の拙さ感じる「けいざい解読」(1)

20日の日本経済新聞 朝刊総合・経済面に小平龍四郎編集委員が無理のある記事を書いていた。「けいざい解読~株価支える統治改革 次の課題は取締役会」という記事によると、「企業統治改革の進展」が株価上昇の要因になっているらしい。しかし、よく考えてみると合点がいかない。

水天宮(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
まずは記事の前半部分を見てみよう。

【日経の記事】

安倍晋三首相が2012年12月26日に再び政権を握ってから間もなく3年が経過する。アベノミクス(安倍内閣の経済政策)には批判も増えてきたが、こと株式市場の見方は決して悪くない。

日経平均株価は12年末から今年12月中旬までに約80%上昇。同期間の米ダウ工業株30種平均や独DAX指数の上昇率を大きく上回った。2016年も日本株の堅調を予想する声は多い。

株価上昇の理由として多くの市場関係者があげるのは「企業統治(コーポレートガバナンス)改革の進展」だ。ゴールドマン・サックス証券のキャシー・松井氏は「日本株のストラテジストを25年間続けているが、一番の驚きはアベノミクスでガバナンス改革が進んだことだ」と語る。

改革が進んだ直接のきっかけは、今年6月から東京証券取引所が上場企業に「企業統治指針」を適用したことだ。同指針は「社外取締役の選任」や「株主との対話促進」など73の原則から成る。全体として企業経営に市場の規律を反映させようとする内容のため投資家が歓迎した。

金融庁は指針適用の実態を調べるためのフォローアップ会合を開いている。9月に東証が会合に提出した資料によると、2人以上の社外取締役を選任する一部上場企業の割合は全体の48%と、過去5年間の平均(16%)の3倍になった。

統治指針の適用で企業の姿勢が急激に変化した今年を投資家が「ガバナンス改革元年」と好意的に呼ぶのは、そうした実例に基づく。

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記事を素直に解釈すれば「6月からの企業統治指針の適用→企業統治改革の進展→株価上昇」という流れが起きたのだろう。しかし6月に2万円を超えていた日経平均株価は、今や1万9000円前後まで下げている。企業統治指針の決定が3月5日のようなので、この時期まで遡ってみても、株価は現在とほぼ同水準だ。

小平編集委員が言うように「改革が進んだ直接のきっかけは、今年6月から東京証券取引所が上場企業に『企業統治指針』を適用したこと」であり、「統治指針の適用で企業の姿勢が急激に変化した」のであれば、この半年で株価はもっと上がってよいのではないか。

そもそも株価の変化を見る期間が適切だとは思えない。記事では「日経平均株価は12年末から今年12月中旬までに約80%上昇」と書いた上で、株価上昇の要因を「企業統治改革」に求めている。しかし、今年が「ガバナンス改革元年」ならば、株価も今年をベースに見るべきだ。ここ1年以内の動きで過去3年間の株価上昇を説明するバランスの悪さに小平編集委員は気付かないのだろうか。

「政権発足当初から企業統治改革の動きがあって、それが株価の上昇を支えてきたんだ」と言いたいのならば、記事中でそこをしっかり説明すべきだ。今回のような書き方には、どうしても拙さを感じてしまう。

この記事には他にも問題を感じる。残りは(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2015年12月20日日曜日

日経ビジネスの英断? 「新聞の軽減税率」批判コラム掲載(2)

12月18日付で日経ビジネスオンラインに小田嶋隆氏が書いていた「ピース・オブ・警句~新聞の軽減税率適用について」というコラムと、17日の日本経済新聞の社説「『民主主義のコメ』として」を材料に、新聞の軽減税率について述べてみたい。

消費税の増税を主張した新聞社が新聞に軽減税率の適用を求める--。これがいかに恥ずべき主張かは誰でも分かる。「国を守るために徴兵制を導入すべきだ」と声高に叫ぶ新聞社が「報道の使命を果たすため、新聞社の社員は兵役を免除してほしい」と求めているようなものだ。こんな新聞社がどんな末路を辿るかは自明だ。
福岡ヤフオクドーム(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

その辺りを日本経済新聞の論説委員も少しは分かっているのだろう。17日の社説には若干の遠慮を感じる。

【日経の社説】

この問題をかんがえるとき参考になるリポートがある。日本新聞協会の諮問を受けた法学者らによる「新聞の公共性に関する研究会」(座長・戸松秀典学習院大名誉教授)が13年9月にまとめた「新聞への消費税軽減税率適用に関する意見書」がそれだ。

「新聞は誇るべき日本の文化である」「新聞は日本全土のいたるところでサービスを受けられるようになっており、このユニバーサル・サービスこそが日本の民主主義の支柱であり、基盤である」と新聞への軽減税率の適用を是認した内容である。

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日本新聞協会の諮問を受けた法学者らによる」ものならば、実態としては新聞業界の主張を代弁しただけだろう。それでも「自分たちが言ってるんじゃないんです。外部の方が新聞は『民主主義の基盤』だと言ってるんです。だったら、軽減税率の適用を受けてもおかしくないですよね」と日経の論説委員は訴えたいようだ。

これは、ややずるい書き方だが、「新聞社以外の人間が求めるから新聞に軽減税率を適用する」というのが基本線だとは思う。日本国民の圧倒的多数が「軽減税率を適用するならまず新聞に」と願っているのならば、軽減税率の適用に異論はない。

だが、現実はそれとは程遠い。1年ほど前、慶応大学の男子学生に「軽減税率が適用されるのは食品の他には新聞だけって決まったらどう思う」と尋ねたら、「新聞社が裏でうまいことやったんだなと思いますね」と返ってきた。多くの人がそう認識している中で、新聞社が軽減税率の適用を受け入れたらどうなるだろう。

日経ビジネスオンラインのコラムで小田嶋隆氏は次のように書いている。「新聞の定期購読料金の2パーセントに当たる金額が、一定の程度、新聞読者の新聞離れを回避させ、新聞社の経営状態の改善に寄与するのだとして、果たしてそれらが、その2パーセントを獲得するために彼らが失いつつあるものを補い得るものなのか。それを判断するのはまだこれからだ」。

「軽減税率の適用で新聞社が失うものは得るものより遥かに大きい」と個人的には思える。もう後戻りはできないはずだ。今回の日経の社説では「新聞は綿密な取材による真実の探求を通じて政府や企業などの統治に鋭く目を光らせ、権力をチェックする役割を果たす必要がある」と書いている。しかし、完成度の低い記事を垂れ流し、間違いを指摘されてもだんまりを決め込む日経に「真実の探求」や「権力のチェック」を語る資格はない。

なのに「民主主義の基盤」などと自らを称して軽減税率の適用を当然視する。その先に見通せるのは暗澹たる未来だけだ。


※かなり話がそれたが、日経ビジネスオンラインの「ピース・オブ・警句~新聞の軽減税率適用について」と、その筆者である小田嶋隆氏への評価はA(非常に優れている)とする。記事の誤りを握りつぶしている点などを考慮すると日経ビジネスに高い評価は与えられないが、今回のコラム掲載に関しては改めて敬意を表したい。

2015年12月19日土曜日

日経ビジネスの英断? 「新聞の軽減税率」批判コラム掲載(1)

12月18日付で日経ビジネスオンラインに小田嶋隆氏が「ピース・オブ・警句~新聞の軽減税率適用について」という非常に興味深い記事を書いていた。このコラムが衝撃なのは、新聞への軽減税率適用に対する厳しい批判記事を、日経ビジネスという新聞社系のメディアが掲載した点だ。外部ライターによるものとはいえ、日経グループの常識からすると、載るはずのないものが堂々と載っている。驚きを禁じ得ない。

筑後川の河川敷(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
なぜ載ったのか。(1)うっかり載せてしまった(2)朝日新聞が池上彰氏のコラムの掲載見送りで痛い目に遭ったので、同じ轍を踏むのはまずいとの判断が働き、日経本社の了承も得て掲載した(3)日経ビジネス独自の判断で、リスクを承知の上であえて掲載した--のいずれかだろう。当ててみろと言われれば(1)に賭けたくなる。ただ、(2)(3)の可能性も捨て切れない。記事の誤りを握りつぶす日経ビジネスの飯田展久編集長には最低ランクの評価を下しているが、「俺が責任を取るから気にせず載せろ」とでも言ってのけたのならば、捨てたものではない。

まずは小田嶋氏のコラムと17日の日経の社説「『民主主義のコメ』として」を対比させてみよう。


【日経の社説】

この問題をかんがえるとき参考になるリポートがある。日本新聞協会の諮問を受けた法学者らによる「新聞の公共性に関する研究会」(座長・戸松秀典学習院大名誉教授)が13年9月にまとめた「新聞への消費税軽減税率適用に関する意見書」がそれだ。

「新聞は誇るべき日本の文化である」「新聞は日本全土のいたるところでサービスを受けられるようになっており、このユニバーサル・サービスこそが日本の民主主義の支柱であり、基盤である」と新聞への軽減税率の適用を是認した内容である。

「民主主義のコメ」としての新聞の位置づけだ。これは決して特別なことではない。欧米先進国で新聞に減免制度が導入されているのをみれば分かる通りである


【日経ビジネスの記事(小田嶋氏のコラム)】

率直に申し上げて、「経営が苦しいので、増税は勘弁してください」というのなら、まだ分からないでもない。

ところが、彼らは、「知識への課税は、民主主義の維持発展を損なう」「欧米では知識には課税しないのが常識」「国民に知識と教養を普及しているわれわれへの課税は問題だ」と、自らへの減税を要求している。それが、人にものをお願いする人間の態度だろうか

12月16日付けの記事で、新聞への軽減税率適用の報道を受けて、白石興二郎日本新聞協会長は、以下のように述べている。

「--略-- 新聞は報道・言論によって民主主義を支えるとともに、国民に知識、教養を広く伝える役割を果たしている。このたびの与党合意は、公共財としての新聞の役割を認めたものであり、評価したい。 --略--(こちら)」

このコメントを虚心に読んで、反発を感じない新聞読者がどれほどいるだろう。

いや、新聞が、読者に知識や情報を提供していることは事実だと思う。ジャーナリズムが、民主主義を支える重要な柱のひとつであることもまた、その通りなのだろう。

ただ、免税を求める側の人間が、「自分たちは、知識の源泉だから」「われわれこそが、民主主義の守護者だから」ということを理由にそれを求めるのは、ものの言い方としてどうかしていると思う。控えめに言っても、驕り高ぶっているんじゃないかと感じる

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改めて読んでみても「日経の社説の内容を真っ向から否定するようなコラムを日経ビジネスはよく出せたな」と思う。「つい、うっかり」の可能性はあるが、基本的には英断と評価すべきだろう。

せっかくの機会なので「新聞への軽減税率適用」の問題を(2)では論じてみたい。

※(2)へ続く。

2015年12月18日金曜日

紙面もフィンテックバブル? 日経「日立 スマホで現金引き出し」

「フィンテック」と見出しに付けられれば、あまり内容は問わないということだろうか。18日の日本経済新聞朝刊企業面に載っていた「日立 スマホで現金引き出し フィンテック進出」は疑問が残る内容だった。革新性に欠ける中身でも宣伝のために日立が発表するのは分かる。しかし、日経はもう少し考えて紙面化すべきだ。記事の疑問点を列挙してみたい。
久留米市役所(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

日立製作所は金融とIT(情報技術)を融合したフィンテック関連事業に進出する。第1弾としてスマートフォン(スマホ)にキャッシュカード機能を持たせる金融機関向けサービスを17日に始めた。カードがなくてもスマホをかざせばATMで現金を引き出せる。2018年度にフィンテック関連事業で800億円の売上高を目指す。

「日立モバイル型キャッシュカードサービス」の名称で提供する。スマホ用の専用アプリを開発し、読み取り装置を付けたATMにスマホをかざすことで利用できるシステムを構築する。

店舗での振込時の伝票記入や押印を不要にもできるという。残高照会などネット銀行と同等の機能もスマホで利用可能にする

同サービスだけで18年度までに10法人程度の顧客を獲得し、100億円の売上高を目指す。

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◎疑問その1~「進出する」?

サービスを17日に始めた」のであれば「フィンテック関連事業に進出する」ではなく「進出した」だろう。


◎疑問その2~これまでは「伝票記入や押印」が必要だった?

店舗での振込時の伝票記入や押印を不要にもできるという」と書いてあると、現状では店舗での振り込み時に「伝票記入や押印」を必ず求められているような印象を受ける。しかし店舗内のATMを使って振り込みをすれば今でも「伝票記入や押印」は不要だ。

日立のニュースリリースから判断すると、記事を書いた記者は「店舗での振込時」ではなく「窓口での振り込み時」と言いたかったのかもしれない。だとしても、現金での振り込みであれば「押印」は必要ないはずだ。多少の例外はあるかもしれないが…。


◎疑問その3~スマホでネットバンキングは使えなかった?

残高照会などネット銀行と同等の機能もスマホで利用可能にする」という説明も引っかかる。まず「残高照会」はネット銀行でなくてもできるので、なぜ枕詞に採用しているのかとは思う。また、現状でもスマホでネットバンキングは利用できるはずだ。わざわざ「ネット銀行と同等の機能もスマホで利用可能にする」と書いているのか理解に苦しむ。

日立のニュースリリースから推測すると、「日立のモバイル型キャッシュカードサービスで利用者が登録を済ませれば、別に申し込まなくてもネットバンキングを利用できるようになる」という話かもしれない。

結局、銀行の利用者から見てこのシステムにどんなメリットがあるかと言うと、財布からキャッシュカードが消えることだろう。ただ、クレジットカード機能付きのカードであれば、カードで持っておきたいとのニーズも強いはずだ。窓口での銀行振り込みで「伝票記入や押印」が不要になるのもメリットと言えばメリットだ。しかし、それならネットバンキングを使えば済む。窓口に出向く必要もない。

結論として、日立の新サービスは大した話ではなさそうだ。「フィンテック第1弾」とうたってニュースリリースを出した日立の広報手法をほめるべきなのかもしれないが…。

※記事の評価はD(問題あり)。

2015年12月17日木曜日

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)

16日の朝刊経済面に載った「カルテル捨てたOPEC ~原油安、改革競争迫る」に関して、筆者である大林尚編集委員への助言をさらに続ける。

東京都庁(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です
◎「改革競争迫る」はどうなった?

【日経の記事】

原油安は中東の政情を揺さぶるので望ましくないという意見がある。たしかに産油国の財政は圧迫されるが、生産だけが中東のおはこではない。

ペルシャ湾のとば口、フジャイラは人口18万。アラブ首長国連邦(UAE)を構成する7首長国のひとつだ。油田は抱えていないが、83年開港のフジャイラ港が石油業界で存在感を高めている。

ホルムズ海峡の外という地政学上の利に加え、アブダビの陸上油田とを結ぶ総延長380キロの油送管が12年に稼働し、世界からタンカーが寄港するようになった。積み出し先はインド、東南アジア、アフリカ、地中海諸国など。夕暮れ時、沖合にずらり停泊する数十隻のタンカーが連なって放つ灯火が圧巻だ。

探鉱・開発・生産を上流、精製・販売を下流と呼ぶ慣例にならえば、フジャイラは貯蔵・給油・積み出しなど中流で稼ぐのを国家戦略に定めた。豊かな油田群を後背に持つ石油ハブとして、相場変動に左右されにくく、透明性が高い経営体質をつくるのが課題だ。

資源バブルの崩壊が中東やロシアに改革競争を迫り始めた。回り回って、それは消費国も潤す。

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見出しにある「改革競争迫る」を大林様が具体的に説明したのが上記のくだりでしょう。しかし、これは「原油安が改革競争を迫った例」と言えるでしょうか。原油価格の下落傾向は2014年の後半から顕著になりました。一方、フジャイラについては「油送管が12年に稼働し、世界からタンカーが寄港するようになった」と書いてあります。だとすると「フジャイラは貯蔵・給油・積み出しなど中流で稼ぐのを国家戦略に定めた」のが事実だとしても、それは最近の原油安と関係ないのではありませんか。

ロシアの改革競争については「『このままだとゼロ成長だ。資源依存経済の構造改革が必要だ』というプーチン大統領の言をまつまでもない」との記述はあるものの、改革の中身には触れていません。大林様は「資源バブルの崩壊が中東やロシアに改革競争を迫り始めた」と訴えているものの、その内容は謎のままです。これは頂けません。

フジャイラに関して「相場変動に左右されにくく、透明性が高い経営体質をつくるのが課題だ」とも大林様は書いています。「経営体質」と表現しているので政府系企業にでも言及しているのかなとは思いますが、それが何なのか説明はしていません。記事全体を通して、説明が具体性に欠ける上に不十分と言えます。大林様は若手記者の手本となるべきベテランのはずです。しかし、今回の記事はお世辞にも手本にすべき出来とは言えません。

最後に間違い指摘を1つしておきたいと思います。日経では間違い指摘の握りつぶしが常態化しています。今回の指摘に関しても対応がなされない場合、大林様の書き手としての評価は最低ランクとするほかありません。書き手としてあるべき対応をお願いします。日経に送った問い合わせの内容は以下の通りです。


【日経への問い合わせ】

編集委員 大林尚様

「カルテル捨てたOPEC」という記事についてお尋ねします。記事には「ペルシャ湾のとば口、フジャイラは人口18万」との記述があります。しかし、フジャイラは「ペルシャ湾のとば口」にあるとは思えません。「ペルシャ湾のとば口」に当たるのがホルムズ海峡ですが、記事中で大林様はフジャイラについて「ホルムズ海峡の外という地政学上の利」があると説明されています。フジャイラは「ペルシア湾岸に領土をもたず、海岸線はすべてオマーン湾に面する」(ブリタニカ国際大百科事典)のです。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠を教えてください。

せっかくの機会なので「浮利」についても指摘をさせていただきます。大林様は「世界から資金を吸い寄せて成長する英国経済にとってロシアマネーは浮利」「日本の資源会社や商社も、一部が痛い目に遭った。先週は世界の株式市場で資源関連株がぐらついた。これらは『浮利経済』が正常に復する過程で現れた副作用である」と書かれています。

しかし、単に原油高で産油国や関連企業が潤っただけならば「浮利=まともなやり方でない方法で得る利益。あぶく銭」とは呼べないでしょう。ロシアマネーで潤った英国も同様です。

それとも大林様は、1バレル100ドルで原油を売って得た利益は「浮利」で、40ドルで売れば「正常」と考えているのでしょうか。主観の問題でもあるので「間違いだ」とは言えませんが、そこの線引きに合理性はありません。

お忙しいところ恐縮ですが、「フジャイラ」については回答をお願いします。

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※記事の評価はE(大いに問題あり)。問い合わせが無視されるとの前提で、大林尚編集委員への評価はEからFへ引き下げる(回答があった場合はEを据え置く)。

追記)結局、回答はなかった。

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)

16日の朝刊経済面に載った「カルテル捨てたOPEC ~原油安、改革競争迫る」に関して、筆者である大林尚編集委員への助言を続ける。

専念寺(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎もっと具体的に書こう~その2

【日経の記事】

身近なプラス効果は石油製品の値下がりだ。レギュラーガソリンの店頭価格は11月末に1リットル130円(全国平均)を切り、さらに下がっている

石油は工業製品や食品・医薬品に化ける基礎物質。大半を輸入に頼る日本にとって、正の効果は思いのほか大きい。いわば財源いらずの減税に等しく、恩恵は消費者・産業界のみならず政府や地方自治体も享受する。

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正の効果は思いのほか大きい」と書いてあるので、予想以上の大きさを具体的に見せてくれるのかと思いました。しかし、「恩恵は消費者・産業界のみならず政府や地方自治体も享受する」と当たり前の話をしているだけです。

レギュラーガソリンの店頭価格は11月末に1リットル130円」は具体的な数字ではありますが、過去との比較がありません。どの程度の下落なのか見せてあげなければ「身近なプラス効果」があるとは伝わりにくいでしょう。


◎インフレを考慮しないと…

【日経の記事】

1973年、石油輸出国機構(OPEC)が示し合わせて原油価格を4倍につり上げ、日本経済を狂乱物価の大混乱に陥れた。そのとき油価は15ドルほど。40年あまりを経て経済の懐は深くなった

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そのとき油価は15ドルほど。40年あまりを経て経済の懐は深くなった」というくだりでは、「オイルショックの時に原油が高いと大騒ぎしたけれど、今よりはるかに安かったんだ。日本経済の懐も深くなったもんだなぁ」と訴えたいのでしょう。ただ、40年前と今では物価水準が大きく異なります。物価変動を考慮せず名目価格で40年前と比べて「経済の懐は深くなった」などと感想を述べても、あまり意味はありません。


◎「原油安は長引くとみてよかろう」?

【日経の記事】

そのOPECが価格、量の両面でカルテル機能を放棄したのは、今月ウィーンで開いた総会の結果からも明白だ。もし生産上限枠に合意していたとしても、非OPEC産油国の市場シェアが過半を占める現状では、合意に重みはない。原油安は長引くとみてよかろう

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OPECがカルテル機能を失いつつあるし、価格決定権を持とうにも市場シェアが半分未満なので「原油安は長引くとみてよかろう」と大林様は大胆に予想しています。例えば「原油相場が100ドルを超えていた2014年前半まではOPECが強力な価格支配力を持っていて、市場シェアも9割を超えていた」といった状況があったのならば、大林様の分析に頷けます。しかし、OPECの価格支配力が強くないのも、シェアが半分に満たないのも、かなり前からの話ではありませんか。にも拘らず原油相場が100ドルを超えていた時期があったのです。だとすると「原油安は長引くとみてよかろう」とあっさり結論付けてしまうのは、浅すぎる分析だとは思いませんか。

記事には他にも問題点があります。残りは(3)で述べます。

※(3)へ続く。

2015年12月16日水曜日

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)

日本経済新聞の大林尚編集委員が書く記事はいつも問題が多い。16日の朝刊経済面に載った「カルテル捨てたOPEC ~原油安、改革競争迫る」もその例に漏れない。「改革競争迫る」と見出しに付いているものの、改革競争を迫られている状況をまともに描けていない。今回は記事の中身を紹介しつつ、大林編集委員に助言する形で問題点を浮き彫りにしてみたい。

高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です
◎もっと具体的に書こう ~その1

【日経の記事】

原油価格がおよそ7年ぶりの安値水準にある。ニューヨーク市場の先物相場は1バレル(159リットル)30ドル台の半ば。2008年に記録した最高値の4分の1だ。影響は正負の両面で広く及んでいる

まずマイナス面。ブランド店が軒を並べるロンドン・ニューボンド街の有名宝石店は、常連客の出身地別に中国系、中東系、ロシア系の資産家が上得意だが、ロシア系の出足が鈍った

「このままだとゼロ成長だ。資源依存経済の構造改革が必要だ」というプーチン大統領の言をまつまでもない。世界から資金を吸い寄せて成長する英国経済にとってロシアマネーは浮利。この宝石店は中東系の客足が細るのも覚悟している

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上記のくだりでは「ロンドン・ニューボンド街の有名宝石店」を持ち出す意味がほとんどありません。記事には「ロシア系の出足が鈍った」というぼんやりした情報が出てくるだけです。例えば「ロシア系の客は8月以降ほぼ消えた。そのせいで今年の店全体の売り上げは前年を4割近く下回りそうだ」などと書いてあれば「原油安の影響が随分と出てるんだな」と納得できます。記事を書くときは、できるだけ具体的な情報を読者に提供するように心がけてください。

付け加えると「この宝石店は中東系の客足が細るのも覚悟している」との記述が気になりました。原油安が宝石店の客足にマイナスの影響を及ぼすのであれば、ロシア系だけでなく中東系の客足も鈍るはずです。なぜ中東系は「これから」なのでしょうか。この辺りも、読者に余計な疑問を抱かせないように書きましょう。


◎資源高騰で得られるのは「浮利」?

【日経の記事】

日本の資源会社や商社も、一部が痛い目に遭った。先週は世界の株式市場で資源関連株がぐらついた。これらは「浮利経済」が正常に復する過程で現れた副作用である。

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浮利」とは「まともなやり方でない方法で得る利益。あぶく銭」(大辞林)です。大林様は「英国経済にとってロシアマネーは浮利」と断定し、日本の商社が資源ビジネスで痛い目に遭ったり、資源関連株が値下がりしたりするのも「『浮利経済』が正常に復する過程で現れた副作用」だと解説しています。

しかし、資源を開発して販売するのは「浮利」を追う行為なのでしょうか。相場高騰時に得られる大きな利益は「浮利」でしょうか。まっとうなやり方で資源開発によって得た利益であれば「浮利」とは考えにくい気がします。原油に関しては、1バレル100ドルで売って得た利益は「浮利」で、30ドル台の価格が「正常」なのでしょうか。

何となくのイメージで「浮利」だとか「正常」とか語っていませんか。何を以て「浮利」と呼ぶのか、もっとじっくり考えてみるべきです。

記事の後半部分にも問題はあります。それについては(2)で述べます。

※(2)へ続く。

2015年12月15日火曜日

フィンテックは「第4の革命」? 日経ビジネスの煽りを検証(3)

日経ビジネス12月14日号の特集「知らぬと損するフィンテック~もう銀行には頼らない」では、PART1の「知っている中小企業は強い~フィンテック巧者が成功を収める理由」でフィンテックを6つに分けて解説している。すでに4つに関しては「革命」と呼ぶほどのインパクトがないとの結論に達した。残りの2つを見ていこう。
早稲田大学の大隈庭園(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です

5番目は「指紋決済~絶対になくならない財布」だ。

【日経ビジネスの記事】

カードやスマホにいくら高度なセキュリティーがかけてあっても、無くしたり、盗まれたりしてしまえば元も子もない。対する指紋決済は無くなることがなく、他人に不正利用されることもない。警視庁の調べでは2014年の現金の落し物は都内で約33億円にも上ったが、指紋決済の普及でこれが激減する可能性がある。

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まず、現金の落し物が激減する可能性は低いだろう。現在でも現金を持ち歩く必要性はかなり薄れている。クレジットカードや電子マネーが普及しているからだ。電子マネーがカードから指紋認証に切り替わっても「現金の落し物」を減らす効果はない。問題は指紋決済が普及するかどうかではなく、現金決済が減少するかどうかだ。指紋決済を使えるような店舗では、クレジットカードや電子マネーを現状でも使える可能性が高い。なので、現金の落し物を激減させる効果はかなり限定的と見るべきだ。

最後は「ビッグデータ与信~事故後も保険料据え置き」を見てみる。

【日経ビジネスの記事】

対するテレマティクス保険が審査するのは「今」。急加速や急減速の回数、GPS(全地球測位システム)を使った走行距離の計測や高速道路などの利用の有無、ハンドル操作、乗車時間といったデータで保険料を決める。(中略)テレマティクス保険が実現すれば、こうした「濃淡」を見極めることができ、「究極のパーソナライズされた保険が可能だ」(アクサ損害保険の輪島氏)。普段は安全運転を徹底していたドライバーが万が一事故を起こしても、保険料が据え置きになる可能性もある。

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普段は安全運転を徹底していたドライバーが万が一事故を起こしても、保険料が据え置きになる可能性もある」という話はかなり実現の可能性が低そうだが、仮にあるとしよう。それならば、運転の危険度が増したとの理由で無事故なのにどんどん保険料が上がる可能性もあるはずだ。メリットだけを強調する記事の書き方は感心しない。

個人的にはテレマティクス保険に魅力を感じない。膨大な個人情報を保険会社へ手渡すことになるからだ。保険料に響く可能性を考慮しながら運転するのも面白くない。保険料が従来の半額以下にならない限り検討対象にはしないだろう。

ここまで見てきた範囲では、フィンテックに「革命」と呼べるほどの凄さは感じられない。PART2の「『農業』『産業』『IT』に次ぐ第4の革命、世界一変 巨大銀行も抗えず」という記事には「フィンテックの銀行業務に対する主な影響」という表が付いている。これを見る限り、強引に「革命」に仕立て上げようとしているとしか思えない。

例えば「決済」については「店舗・サイトにカード決済機能(手数料1~10%)」から「無料のカード決済が普及」へと変化するらしい。特集に出てくる決済サービス「SPIKE」については確かに「月100万円まで手数料は無料」と書いてある。しかし100万円を超える部分は有料だ。いずれは全面的に無料になるなら確かに凄いが、そうではないだろう。

資産運用」に関してはさらに話がショボい。「専門家が指南。手数料率1.5~2.5%」から「コンピューターが指南。手数料率1%未満」への微妙な変化だ。せめて「0.1%未満」にはなってほしい。筆者である染原睦美、杉原淳一、飯山辰之介の各記者は、こんなわずかな変化を本当に「革命」だと感じたのだろうか。

記事では「フィンテックはメガトン級の破壊力を持つ革命。見て見ぬふりはもはやできない」と結んでいる。見て見ぬふりをするつもりはないが、今回の特集から「メガトン級の破壊力」は感じられなかった。

日経の1面企画もそうだが、新たな動きを「革命」として紹介していたら「この記事は怪しい」と思ってほぼ間違いない。革命なんてめったに起きるものではない。しかし、記事の中では革命の大安売りが散見される。大したことのない話を大きく見せたい時に経済記事で多用される言葉が「革命」だと覚えておいてほしい。


※今回の記事に関する評価はD(問題あり)。染原睦美記者と飯山辰之介記者への評価は暫定でDとする。杉原淳一記者は暫定Dを維持する。間違い指摘を握りつぶしたのだから、本来ならば筆者はF(根本的な欠陥あり)とすべきだが、当該部分を執筆した記者が特定できないことなどを考慮して、3人とも暫定でDとする。

2015年12月14日月曜日

フィンテックは「第4の革命」? 日経ビジネスの煽りを検証(2)

日経ビジネス12月14日号の特集「知らぬと損するフィンテック~もう銀行には頼らない」(26~43ページ)が訴えるようにフィンテックは「農業革命、産業革命、IT革命に次ぐ第4の波」と言えるほどのインパクトを持つのか。特集のPART1「知っている中小企業は強い~フィンテック巧者が成功を収める理由」ではフィンテックを6つに分けて解説している。クラウドファンディングとトランザクションレンディングに関しては、既に述べたように、記事から判断する限り「革命」と呼べるよう代物ではない。残りの4つはどうか。

谷津干潟(千葉県習志野市) ※写真と本文は無関係です
3つ目は「クラウド財務管理」だ。「経理課のコストを50分の1に」という見出しを付けて以下のように書いている。

【日経ビジネスの記事】

(インターネット経由で会計処理を自動化できるクラウド会計ソフトの)freeeの最大の特徴は、簿記や会計の専門知識がなくても、経費の処理から決算書類の作成まで、ほぼ自動でできること。例えば銀行口座やクレジットカードのデータを取り込み、勘定科目などをプログラムが自動推測して仕分ける。利用料は個人事業主なら月980円、法人は1980円。経理の担当者を雇う余裕のない中小企業や個人事業主は「経理にかかるコストを50分の1に減らすことができる」(佐々木社長)ようになり、経営資源の再配分が可能だ。

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会計ソフト自体は昔からある。もちろん「freee」は色々と進化している面もあるのだろう。しかし、会計ソフトで経理作業を簡素化できるといった話ならば「革命」ではない。個人事業主の中には既存の会計ソフトを使って自分で経理作業をしている人も多いはずだ。そういう人も「経理にかかるコストを50分の1に減らすことができる」とは思えないが…。

4つ目は「0円決済ツール」。こちらの見出しは「明日からでも商店主になれる」だ。この記事も疑問が多い。

【日経ビジネスの記事】

東京・下北沢でオーダーメードの自転車を扱うライダーズカフェはこの冬、導入していたPOS(販売時点情報管理)端末を撤廃する予定だ。スマホでカード決済できる「コイニー」を使うだけで十分だと考えたためだ。顧客平均単価が7~8万円の同社では、売り上げの5割以上がクレジットカードで決済されている。カードが利用できないのは論外だが、月額費用もかからず、スマホだけあれば明日からでもすぐに決済が開始できるメリットは非常に大きいという。

下北沢店を開業するに当たって導入したPOS端末には初期費用として18万円、月額利用料3万円がかかった。「コストや利便性を考えれば、もう既存のPOS端末に戻る選択肢はあり得ない」とライダーズカフェの飯塚航生氏は語る。10月にオープンした吉祥寺店では、オープン当初からPOSレジは導入しなかった。

開業資金はほとんど不要で誰もが今日からでも商店主になれる日は既にきている。

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開業資金はほとんど不要で誰もが今日からでも商店主になれる日は既にきている」という説明は無理がある。店舗利用不可の賃貸物件に住んでいる人が今日から商店主になろうとしても難しいだろう。クレジットカード決済の仕組みを無料で導入できるとしても、不動産関連の費用などをフィンテックがゼロにしてくれるとは思えない。

一戸建ての持ち家があれば、「今日からでも商店主になれる」かもしれない。ただし、それは「コイニー」を使って低コストでカード決済ができるといった話とは関係が乏しい。商店主になる場合、現金しか受け付けないとの選択がある。現金決済のみにすれば、「コイニー」を使うよりも低コストで店を始められるだろう。そう考えると、商店主になることに関してフィンテック「革命」をもたらしてくれる可能性は低い。

上記のくだりには他にも気になる点があった。日経BP社に問い合わせを送ったので、同社からの回答と併せて紹介したい。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 染原睦美様 杉原淳一様 飯山辰之介様

12月14日号の特集「知らぬと損するフィンテック」についてお尋ねします。33ページの記事で「スマホで決済できる『コイニー』」について「月額費用もかからず、スマホだけあれば明日からでもすぐに決済が開始できるメリットは非常に大きいという」と説明されています。しかし、「コイニー」のサイトによると、審査などの関係で申し込みから利用開始までに1週間程度はかかるようです。「スマホだけあれば明日からでもすぐに決済が開始できる」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

ついでで恐縮ですが、今回の特集で気になった点をいくつか指摘しておきます。26ページに「前年度の売り上げが赤字でも」と書かれています。売り上げが赤字になることはありません。「前年度の損益が赤字でも」などとすべきでしょう。

31ページにはジャパンネット銀行の融資に関して「貸し倒れを防ぐために高利率にならざるをえない」との記述があります。一般的には、高利率にしても貸し倒れを防ぐ効果は見込めません。返済すべき金額が増えるので、貸し倒れはむしろ起きやすくなると考えるべきです。筆者は「貸し倒れに備えて高利率にせざるをえない」と言いたかったのかもしれませんが、そうは書いていません。


【日経BP社からの回答】

お問い合わせいただきました件につきましては日経ビジネス編集部としての判断で、鹿毛様への回答は控えさせていただきます。

何卒、よろしくお願い申し上げます。

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問い合わせから5時間ほどで回答が届いた。何を問い合わせても「回答は控えさせていただきます」で済ませる方針が固まったのだろう。日経が「ほぼ無視」なのだから、日経ビジネスも歩調が合ってきたとも言える。上記の問い合わせを無視するメディアに明るい未来が開けているかどうかは、飯田展久編集長を含め編集部の人間にも理解できるはずだ。しかし、プライドが邪魔してメディアとして望ましい対応ができないのだろう。

残念ではあるが、足を踏み入れてはならない向こう側へ堕ちてしまった人たちを嘆いても仕方がない。まともな書き手を育てるためにも、今回の特集に関する指摘をさらに続けよう。

※(3)へ続く。

フィンテックは「第4の革命」? 日経ビジネスの煽りを検証(1)

フィンテックに関する記事を最近よく目にする。どれを読んでも「フィンテックですごいことが起きそうだ」という気にはならないが、なぜだか記事の多くは「フィンテックで世の中が激変する」と訴えてくる。日経ビジネス12月14日号の特集「知らぬと損するフィンテック~もう銀行には頼らない」(26~43ページ)もその1つ。筆者(染原睦美、杉原淳一、飯山辰之介の3記者)は「それはまさに『革命』。農業革命、産業革命、IT革命に次ぐ第4の波だ」と煽ってくる。IT革命から次の革命までの間隔が短すぎる気はするし、そもそもフィンテックはIT革命の一部ではないかとも思うが、まあいい。本当に新たな「革命」が起きているのか、特集の中身から探ってみよう。

須佐能袁神社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経ビジネスの記事】

フィンテックという造語は聞いたことがある。「でも、それが何なのか分からない」という御仁も多いことだろう。例えば、魅力的なアイデアがあれば、手元資金がゼロでも起業できる。前年度の売り上げが赤字でも、昨日の売り上げが50万円あれば融資を受けられる。財務管理や決済手段にお金をかけずに済む。それを可能にするのがフィンテックだ。

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まず初歩的な問題を指摘をしておく。「売り上げが赤字」はおかしな表現だ。「損益が赤字」などと書いてほしい。

次にフィンテックが「革命」なのかを見ていこう。記事では「魅力的なアイデアがあれば、手元資金がゼロでも起業できる。前年度の売り上げが赤字でも、昨日の売り上げが50万円あれば融資を受けられる」とフィンテックのすごさを綴っている。

ただ、特集の中には、魅力的なアイデアを武器に手元資金ゼロで起業した人の話は出てこない。記事が取り上げたフィンテックはクラウドファンディングのことだ。時計店「Knot」を手掛ける会社がクラウドファンディングで資金を調達した話は出てくる。ただ、「新会社を設立して時計の試作品を作るまでにかかった数百万円は手元資金で賄った」とすれば、手元資金ゼロでの起業でないのは明らかだ。

「手元資金ゼロでの起業など無理」と訴えたいのではない。極端に言えば、誰でも手元資金ゼロで起業できる。例えば「便利屋を始めたので、何か頼みたいことがあったら言って」と知人に伝えれば事業は始まる。資金調達の面でクラウドファンディングは役に立つかもしれない。ただ、起業支援に関しては公的な融資制度もかなり整っている。フィンテックは資金調達の選択肢を増やすだろうが、起業に関して「革命」を起こしてはくれないだろう。

次に「前年度の売り上げが赤字でも、昨日の売り上げが50万円あれば融資を受けられる」ことの新規性はどうだろうか。これに関して「トランザクションレンディング~赤字でもお金が借りられる」という記事では以下のように述べている。

【日経ビジネスの記事】

ジャパンネット銀行から今年7月に借り入れたお金は70万円。ウェブ上の申し込みフォームに数項目の企業情報を入れただけで、2日後には「70万円を融資する」という通知があり、3日後には口座へ入金があった。

驚くのは、ゼロステーションが2014年まで赤字決算で、今年2月時点の売り上げが10万円だったことだ。融資を受けたおかげで売り上げは順調に推移。10月には300万円のローンを申請し、満額回答以上が返ってきた。11月には売り上げが400万円にまで拡大した。

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特集の冒頭で持ち出した「前年度の売り上げが赤字でも、昨日の売り上げが50万円」が上記のくだりでは「2014年まで赤字決算で、今年2月時点の売り上げが10万円」になっている理由はよく分からない。「今年2月時点の売り上げが10万円」という説明も「1~2月の売り上げ」なのか「2月の売り上げ」なのか判然としない。とは言え、この辺りの問題はここでは論じない。

赤字企業への融資はフィンテックなしには難しいかどうかを考えよう。例えば2014年6月29日の日経に載った「三井住友銀、赤字ベンチャーにも融資」という記事では以下のように説明している。

【日経の記事(2014年6月29日)】

三井住友銀行は7月から日本政策金融公庫と組み、ベンチャー企業に成長の初期段階から融資する。赤字が続いていたり、売上高がゼロだったりしても、有望な技術を持つ企業には共同で資金を出し、取引先も紹介する。創業間もない時期から成長を支援し、将来の融資拡大や新規株式公開(IPO)業務の受託につなげる。

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規模の小さい赤字企業が融資を受けにくいのは確かだろうが、融資を受けられないわけではないと上記の記事が教えてくれている。それをメガバンクのような既存の金融機関が手掛けているのだから、赤字企業がフィンテックを使って融資を受けたとしても驚くような話ではない。

ジャパンネット銀行の融資について「貸し倒れを防ぐために高利率にならざるをえない」と書いてあるのも気になった。これだと、中小企業の経営者が個人で消費者金融から借りるのと大きな差はない。結論として、「融資の分野でフィンテックが革命を起こしてくれる可能性は低い」と言わざるを得ない。

ついでに指摘しておくと、貸出金利を高くしても「貸し倒れを防ぐ」効果はないだろう。「貸し倒れを防ぐために高利率にならざるをえない」のではなく「貸し倒れに備えるために高利率にならざるをえない」のだと思うが…。

特集には他にも問題点があるが、長くなってきたので残りは(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2015年12月13日日曜日

説明不足だらけの日経1面「働きかたNext~老いに克つ」(2)

12日の日本経済新聞朝刊1面に載った「働きかたNext~老いに克つ(1) 4人で正社員1人分 時間と体力、補い合う」の説明不足について引き続き見ていく。

モード学園コクーンタワー(東京都新宿区)
           ※写真と本文は無関係です
◎本当に「1人の仮想労働者を生み出す」?

日本点字図書館が作る障害者用の音声書籍。文字データはネットを通じ全国のシニアが確認する。協力する東大教授、広瀬通孝(61)の狙いは能力や時間に応じて複数のシニアと仕事をマッチングし、1人の仮想労働者を生み出すサービスだ。

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文字データの確認をネット経由で複数のシニアにやらせるのは分かる。しかし、それを進めると「1人の仮想労働者」が生まれるだろうか。それぞれのシニアは独立した労働者だし、もちろん「仮想労働者」でもない。100人で作業を分担するなら、そこには100人のリアルな労働者が存在するはずだが…。「1人の仮想労働者を生み出すサービス」というならば、それを納得できるような説明をしてほしい。


◎「個々の店舗対応では無理」な理由は?

「もはや個々の店舗対応では無理だ」。コンビニ最大手のセブンイレブンはシニア雇用を本部主導に切り替えた

福岡県や大阪府などと協力。業務も見直し、最短2時間から働けるようにした。柏原安堂町店(大阪府柏原市)の北山靖美(63、写真)もその一人。週2日各2時間、高齢者宅に弁当を届け、見守りも行う。「ありがとうと言われるとうれしい」

シニア従業員は今や全国で約2万人。セブン&アイ・ホールディングス会長の鈴木敏文(83)は「年齢は関係ない。市場の変化に合わせて働き方も変える」と強調する。

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今回の記事で最も説明が足りないのが上記のくだりだ。いきなり「もはや個々の店舗対応では無理だ」というコメントが出てくるが、なぜ「個々の店舗対応では無理」なのか記事の中に理由が全く出てこない。誰のコメントなのかも不明だ。

シニア雇用を本部主導に切り替えた」という話も分かりにくい。本部がシニアを直接雇うのか、募集を本部がやってくれるのか、具体的に何を変えたのかを書いていない。「最短2時間から働けるようにした」ことについても、従来はどうだったのかに触れていないので変化の度合いを実感できない。いつから「最短2時間」にしたのかも書いていない。

業務も見直し」という説明もあるが、これまた具体的な内容は紹介していない(最短2時間への変更が「業務の見直し」なのかもしれないが、ちょっと考えにくい)。「福岡県や大阪府などと協力」する内容も不明だ。「ひょっとすると2時間勤務が可能なのは大阪府と福岡県にある店舗だけなのでは」との疑問も湧くものの、もちろん記事中に答えはない。「これでもか」という勢いで次々と説明を省き、非常に漠然とした内容に仕上げている。

事例を詰め込み過ぎる今のやり方を続ける限り、第2回以降も説明不足は頻発するだろう。朝刊の1面を使ってこのレベルの記事を垂れ流し続ける罪深さを取材班には感じてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。

2015年12月12日土曜日

説明不足だらけの日経1面「働きかたNext~老いに克つ」(1)

日本経済新聞朝刊1面で「働きかたNext~老いに克つ」という連載が始まった。第1回の「4人で正社員1人分 時間と体力、補い合う」は説明不足が目立つ。日経1面企画でよく見られる「事例の詰め込み過ぎ」→「説明不足」というパターンから今回も抜け出せていない。どこが問題なのか記事を順に見ていこう。

東京都庁の展望室(東京都新宿区)からの眺め
※写真と本文は無関係です
◎「平均年齢は73歳」は何の「平均」?

【日経の記事】

買い物や参拝客のシニアでにぎわう東京・巣鴨。取材班は60歳以上の男女50人に「何歳まで働きたいか」尋ねてみた。

 「まだ社会とつながっていたい」「孫の小遣いを稼ぎたくて」。平均年齢は73歳。65歳を超えても働きたい人や実際に働いた人は6割に上った。

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上記の「平均年齢は73歳」は「何歳まで働きたいか」という質問に対する回答を平均した結果だろう。しかし、質問対象となる「60歳以上の男女50人」の平均年齢とも解釈できる。迷う余地のない書き方を選ぶべきだ。


◎細かく分けるとカバーできる?

【日経の記事】

「趣味の時間もあり、今が良いペース」。千葉県柏市の特養ホーム「柏こひつじ園」で働く新井裕子(72)は元公務員。カフェ運営と食事補助で週3日、計8時間働く

同施設では、掃除や洗濯などの業務を細かく分けた。シニア約40人が10班に分かれ、1回2時間の勤務シフトを自分たちで組む。体調が悪いときは誰かがカバーする。時間と体力を補い合い、「シニア4人で正社員1人分」働く仕組みを作った。

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掃除や洗濯などの業務を細かく分けた」ことと「『シニア4人で正社員1人分』働く仕組み」の関係がよく分からない。「体調が悪いときは誰かがカバーする」のであれば、特定の業務に特化させるやり方は望ましくない。しかし「掃除や洗濯などの業務を細かく分けた」のであれば、各人の業務は細分化されている気がする。これで、どうやって互いにカバーしているのか謎だ。どこか説明に欠けている部分があるのだろう。

それに「シニア4人で正社員1人分」という説明も腑に落ちない。記事に出てくる新井裕子さんは「週3日、計8時間」の労働だ。週40時間の労働力を確保するためには5人の「新井さん」が要る。もちろん各人の労働時間にバラツキはあるだろうが、なぜ「4人」と言い切っているのかはやはり謎だ。

正社員1人分」という表現もやや引っかかる。非正規でもフルタイムで働いている人はいるのだから、「シニア4人でフルタイム労働者1人分」などの方が好ましい。

記事の後半部分にも説明不足は見られる。それらについては(2)で述べたい。

※(2)へ続く。

2015年12月11日金曜日

日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?

11日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に武智幸徳編集委員が説得力を欠く記事を書いていた。「アナザービュー~プレーオフ 是か非か」というコラムでは、米国のプレーオフ制度を「よくできているなあ」と感心する一方で、日本の制度を「『怪しい王者』を生み出すリスクを制度に内包している」と批判的に捉えている。しかし、この解説はかなり怪しい。経済関連ではないが、今回はこの記事を論評してみる。

高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
                ※写真と本文は無関係です
まずは記事の内容を見てほしい。

【日経の記事】

プロ野球のクライマックスシリーズやJリーグのチャンピオンシップ、いわゆるプレーオフ制は「怪しい王者」を生み出すリスクを制度に内包している。今季はプロ野球はソフトバンク、Jリーグは広島という誰からも後ろ指を指されないチャンピオンが誕生して本当に良かったと思う。

レギュラーシーズンの後にプレーオフを行って頂点を決めるやり方は米国のプロスポーツでは当たり前。それが理にもかなっている。米大リーグならリーグを2つに分割した上でさらに東、中、西と地区にも分けてレギュラーシーズンを戦う。リーグの垣根を越えた交流戦などはあるが、どのチームがその年に一番強いかは結局プレーオフをしないと分からない。

球団数の多さを逆手にとって群雄割拠の状態にあえて置き、プレーオフという「天下統一」の夢の階段を上らせる。そんな中国の春秋戦国時代と一脈相通じるような構造を見るにつけ、「よくできているなあ」と感心するのである

それに比べると我が方のプレーオフは、一回り対戦して全部の格付けが済んだ後に屋上屋を架すように行われる成績的には本来、王を名乗る資格のない者が頂点に立つ可能性もあり、「僭称(せんしょう)」というカビくさい言葉さえ突きつけたくなる

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武智編集委員は「それに比べると我が方のプレーオフは、一回り対戦して全部の格付けが済んだ後に屋上屋を架すように行われる」と米国との違いを嘆く(ちなみに、Jリーグはともかく日本のプロ野球は「全部の格付けが済んだ後」のプレーオフとは言い難い)。しかし、米大リーグのプレーオフの仕組みを知っていれば、こんな書き方はしないだろう。

2015年のナリーグを例に取ろう。中地区1位のカージナルスに加えて、同2位のパイレーツ、同3位のカブスがプレーオフに進出。カブスはパイレーツとカブスを相次いで破り、リーグ優勝決定シリーズに進出した。ここで敗退するが、カブスがワールドシリーズを制していれば、武智編集委員の言う「怪しい王者」が誕生していた。中地区3位という結果が出ているのに、プレーオフでさらに中地区の上位チームと対戦するのは、まさに「屋上屋を架す」やり方だろう。

プレーオフ進出へのハードルの高さに差はあっても、「『怪しい王者』を生み出すリスクを制度に内包している」点で、日本のプロ野球も米大リーグも同類だ。地区3位でもワールドシリーズの勝者となれる米大リーグを「成績的には本来、王を名乗る資格のない者が頂点に立つ可能性」がないと武智編集委員は言い切れるのか。

今回のコラムでは日米のプレーオフを比べているものの、日本は「プロ野球のクライマックスシリーズやJリーグのチャンピオンシップ」が出てくるのに、米国は「米大リーグ」だけだ。これではバランスが悪いので、米国のプロサッカーのプレーオフにも目を向けてみよう。

11月13日のスポニチの記事では以下のように書いている。

【スポニチの記事】

今年20チーム体制となったMLSは全34ゲームのレギュラーシーズンの結果により、イースタンとウェスタンの2カンファレンスから上位6チームずつがプレーオフを争っている。

プレーオフはトーナメント方式で、各カンファレンスの3位と6位、4位と5位がワンゲーム・マッチの1回戦を行い、その勝者が1、2位チームと2回戦を、そしてその勝者同士でカンファレンス・チャンピオンをいずれもホーム&アウェー形式で争う。そのうえで最終的なMLS王者を決めるのが恒例のMLSカップで今年は12月6日の開催が予定されている。

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これだと各カンファレンス6位でも王者になれる。やはり「成績的には本来、王を名乗る資格のない者が頂点に立つ可能性」があり、武智編集委員の言う「怪しい王者」が誕生しやすい。「怪しい王者」を作らないようにしたいならば、各カンファレンス1位同士が戦って雌雄を決すれば済む。しかし、そうはなっていない。

武智編集委員に改めて問いたい。「それでも米国のプロスポーツのプレーオフを『よくできているなあ』と思いますか。米国では『怪しい王者』が生まれる心配はないのですか」。


※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員への評価もDを維持する。

「ザ・モルツ大失速」? 週刊ダイヤモンド泉秀一記者に問う(2)

週刊ダイヤモンド12月12日号の「Inside(食品) サントリー、ビール事業に暗雲  大型新商品『ザ・モルツ』大失速」という記事の問題点をさらに指摘していく。まずは「スタンダードビール市場への本格進出」について述べたい。事実関係を調べると、「本格進出」が本当かどうか疑わしくなってくる。
高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

11月上旬、大手小売りチェーンの一部店舗から、サントリービールの大型新商品「ザ・モルツ」がひっそりと消えた。

今年9月、サントリーはスタンダードビール市場への本格進出を宣言し、満を持して「ザ・モルツ」を投入。テレビCMには人気ダンスユニットの「EXILE TRIBE」を起用するなど、大量の広告投資と低価格攻勢でビール売り場を“ジャック”した。

ところが、発売当初こそコンビニエンスストアやスーパーマーケットの店頭をにぎわせたものの、11月以降「ザ・モルツ」の販売数量は急失速。「もう、ベンチマークする必要性はない。戦況は平常運転に戻った」とある競合メーカー幹部は言い切る。

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今年9月、サントリーはスタンダードビール市場への本格進出を宣言し、満を持して『ザ・モルツ』を投入」と泉秀一記者は書いている。素直に解釈すれば、サントリーはスタンダードビールを実験的にしか手掛けていなかったが、9月から本格的に生産・販売するようになったのだろう。ただ、日経の6月23日の記事を読むと迷いが生じる。

【日経の記事】

サントリービールは23日、通常のビールを29年ぶりに全面刷新すると発表した。1986年から販売してきた「モルツ」を終了して、9月に新たに「ザ・モルツ」を売り出す。これまで高級ビールのザ・プレミアム・モルツと第三のビールの金麦に注力しており、通常のビールは手薄だったが、シェア拡大に向け攻めに出る。

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日経の記事が正しければ、「ザ・モルツ」は「モルツ」の後継商品に過ぎない。1986年から「モルツ」を売ってきたのであれば「スタンダードビール市場への本格進出」は言い過ぎだ。ひょっとすると、「ザ・モルツ」の前に「モルツ」があったことを泉記者は知らないのではないか。以下のくだりからはそう推測できる。

【ダイヤモンドの記事】

それだけではない。「実は、サントリーが抱える悩みはもっと深い」と同社幹部は漏らす。「スタンダードビール『ザ・モルツ』の失速が、虎の子の『ザ・プレミアム・モルツ』のブランドイメージを毀損するリスクがある」(同幹部)というのだ。

そもそも、既にプレミアム価格帯の商品を持ちながら、同ブランドでスタンダード価格帯の商品を後から投入するのは異例中の異例。「『ザ・モルツ』不調のイメージが、『プレモル』へ悪影響をもたらしかねない」と競合のマーケティング担当者も指摘する。

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既にプレミアム価格帯の商品を持ちながら、同ブランドでスタンダード価格帯の商品を後から投入するのは異例中の異例」と泉記者が書いているのは奇妙だ。スタンダード価格帯の「モルツ」は1980年代からあったのだ。と言うより、スタンダード価格帯の「モルツ」が最初にあって、その後にプレミアム価格帯の「ザ・プレミアム・モルツ」を投入したのではないか。その辺りを考えると、泉記者が状況を正しく理解している可能性は低い。

最後に、言葉の使い方にも注文を付けておこう。泉記者は横文字を使い過ぎだ。「スタンダードビール」「スタンダード価格帯」を注釈なしに用いるのは感心しない。例えば「スタンダードビールと呼ばれる中級品」「中価格帯」とすれば、かなり分かりやすくなる。

もう、ベンチマークする必要性はない」というコメントの「ベンチマーク」も使う必要は乏しい。コメントなのでどうしても「ベンチマーク」を使いたいと考えるならば、せめて訳語は入れてほしい。さらに言えば「“ジャック”した」も「“占拠”した」の方が伝わりやすい。

泉記者はほとんど意識せずに記事中で横文字を使っているのだろう。今からでも遅くない。必要最低限に抑える努力をしてほしい。それでも、かなりの横文字が記事には出てくるはずだ。

※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた泉秀一記者への評価はDで確定とする。

2015年12月10日木曜日

「ザ・モルツ大失速」? 週刊ダイヤモンド泉秀一記者に問う(1)

週刊ダイヤモンド12月12日号の「Inside(食品) サントリー、ビール事業に暗雲 大型新商品『ザ・モルツ』大失速」という記事が引っかかった。「大失速」と断定している割にその根拠がほとんど見当たらないからだ。他社の報道ともあまり整合しない。大失速している可能性もあるにはあるのだが、筆者である泉秀一記者の話の進め方がどうも怪しい。

福岡城跡から見た福岡市内 ※写真と本文は無関係です
まずは記事の中身を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

11月上旬、大手小売りチェーンの一部店舗から、サントリービールの大型新商品「ザ・モルツ」がひっそりと消えた

今年9月、サントリーはスタンダードビール市場への本格進出を宣言し、満を持して「ザ・モルツ」を投入。テレビCMには人気ダンスユニットの「EXILE TRIBE」を起用するなど、大量の広告投資と低価格攻勢でビール売り場を“ジャック”した。

ところが、発売当初こそコンビニエンスストアやスーパーマーケットの店頭をにぎわせたものの、11月以降「ザ・モルツ」の販売数量は急失速。「もう、ベンチマークする必要性はない。戦況は平常運転に戻った」とある競合メーカー幹部は言い切る。

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11月以降『ザ・モルツ』の販売数量は急失速」と書いているのに具体的なデータはない。「失速」の根拠を強いて挙げれば「大手小売りチェーンの一部店舗から『ザ・モルツ』がひっそりと消えた」ことだろう。しかし、「一部店舗」がどの程度の規模なのかも、消えた理由も分からない。

11月23日の日経MJではダイヤモンドと正反対とも言える評価をしていた。「ザ・モルツ」について「発売から2カ月強。当初12月末までの約4カ月間で200万ケース(大瓶20本換算)の販売を目指していたが、11月初旬にはその目標を達成。計画を300万ケースにまで上方修正した」とも書いている。

急失速」が「11月以降」だとすれば、2つの記事に矛盾はない。ただ、日経MJがきちんとデータを示しているのに対し、ダイヤモンドにはそれがない。そうなると、ダイヤモンドの記事を信頼するのが難しくなる。

さらに謎なのが「サントリーは『5年後に年間1000万ケースを狙う』と意気込むが、現実には達成が難しい状況に追い込まれている」という説明だ。そもそも、発売から3カ月しか経っていないのに「(目標の)達成が難しい状況」と考えるのは、かなり気が早い。

発売から4カ月の目標が300万ケースなので、単純計算では年間900万ケース。「5年後に年間1000万ケース」という目標はそこそこ現実的だ。これを非現実的と思えるほど販売は「大失速」していると泉記者が判断したのならば、記事中でその根拠を示すべきだ。

記事には他にも気になる部分がある。それらについては(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2015年12月9日水曜日

「逃げ切り」選んだ日経ビジネス 飯田展久編集長へ贈る言葉

日経ビジネスへの間違い指摘に関して「編集部としての判断で、回答は控えさせていただきます」との興味深い“回答”を得た。「編集部としての判断」ならば編集長にメッセージを送っておくべきだと考え、以下の内容を問い合わせフォームから送信しておいた。「(消費者の不満や批判に関して)『逃げ切り』は通用しなくなっており、むしろ大きな代償を支払うことになる」と書いたばかりの雑誌の編集長が、読者の間違い指摘からの「逃げ切り」を図る決断をしたのだとすれば、あまりに皮肉な話だ。
ビューホテル平成(福岡県朝倉市)からの眺め 
                ※写真と本文は無関係です

◆飯田展久編集長へ贈る言葉◆

11月27日に日経ビジネスの記事中の誤りを指摘し、返事がないので12月6日に再度問い合わせを送ったところ、8日に日経BP社から返信がありました。そこには「お問い合わせいただきました件につきましては日経ビジネス編集部としての判断で、回答は控えさせていただきます」と綴られていました。これは飯田様の判断でもあるとの前提で、私見を述べさせていただきます。

私が問題にしたのは、日経ビジネス11月30日号のハイデイ日高に関する記事です。同社について「毎年40店の出店を続ける」「年間30~40店舗をコンスタントに出店している」と筆者の河野紀子記者は書いていました。しかし、実際の出店数は2013年2月期が23店、14年2月期が35店、15年2月期が25店と、直近3期のうち2期で30店未満でした。「毎年40店を出店」でも「年間30~40店舗をコンスタントに出店」でもなかったのです。

記事の説明が正しいのならば、回答ではその根拠を述べれば済みます。編集部として回答を控えるのは、「反論はできないが間違いを認めるのも嫌だ」と考えているからでしょう。こうした対応に問題はないのでしょうか。それを教えてくれる記事が、実は日経ビジネス12月7日号に出ています。「今どきの流儀2 ~『逃げ切り』狙わず即対応」という記事の中で「消費者の不満や批判を放置し、時間の経過とともに沈静化するのを待つ。SNSの影響力が強まる中で、そんな『逃げ切り』は通用しなくなっており、むしろ大きな代償を支払うことになる」と自ら訴えているのです。

ハイデイ日高の記事で誤りがあったのに、飯田様は謝罪も訂正もせず「逃げ切り」を図っています。非常に高い確率で、実際に逃げ切れるでしょう。しかし、本当にそれでよいのでしょうか。その答えも先ほどの記事の中にあります。「適切に対応しなくても不祥事に対する批判が運よく収まることもあるだろう。だが、その時に原因を解決しなければ、問題は後に『倍返し』となって再発することを、肝に銘じる必要がある」。

自分たちの紡ぎ出した言葉に忠実であろうとすれば、何をなすべきかは自明なはずです。それでも飯田様は「逃げ切り」にこだわりますか。

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※飯田展久編集長に対する評価はF(根本的な欠陥あり)とする。問題の記事を書いた河野紀子記者については、不本意ながら不適切な対応を強いられている可能性もあるが、暫定でC(平均的)としていた評価をFに引き下げるしかない。河野記者については「ダイヤモンドに圧勝 日経ビジネス『企業研究 ハイデイ日高』」を参照してほしい。

2015年12月8日火曜日

「103万円の壁」は税制の問題? 日経「税金考」への疑問(2)

6日の日本経済新聞朝刊1面の「税金考~試される政治(2)選挙のワナ 先送り誘発 再考の時」について、言葉の使い方で注文を付けておきたい。問題としたいのは「年収103万円以下の専業主婦世帯などの税金を軽くする配偶者控除の見直し先送りが固まったためだ」というくだりだ。この件では日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介する。送信から既に2日が経ったが反応はない。いつものパターンならば、回答は届かないはずだ。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後平野 
                ※写真と本文は無関係です
【日経への問い合わせ】

記事中に「年収103万円以下の専業主婦世帯などの税金を軽くする配偶者控除の見直し先送りが固まったためだ」との記述があります。しかし、「配偶者控除」に関する「年収103万円以下の専業主婦世帯などの税金を軽くする」との説明は誤りではありませんか。この制度は控除対象配偶者の年収が103万円以下の場合に所得控除が受けられるもので、「世帯収入103万円」は基準とはなりません。世帯収入103万円以下でも控除はもちろん受けられますが、そこが境目ではありません。

筆者は「年収103万円以下の専業主婦がいる世帯」と言いたかったのかもしれません。ですが「年収103万円以下の専業主婦世帯」をそう解釈するのは困難です。また「専業主婦」は基本的に無収入なので「年収103万円以下の専業主婦」は間違いではないにしても奇妙です。やはり「年収103万円以下」なのは「専業主婦世帯」と解釈すべきでしょう。

今回の場合、例えば「夫婦どちらかの年収が103万円以下の世帯の税金を軽くする配偶者控除」などとすれば問題は解決します。記事の説明で問題がないとの判断であれば、その根拠を教えてください。

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「制度を理解していないわけではなく書き方が下手なだけ」という話だとは思う。ただ、新聞の顔ともいえる朝刊1面で、しかも時間をかけてじっくり推敲できる企画記事でこれでは厳しい。

※記事の評価はD(問題あり)。

2015年12月7日月曜日

「103万円の壁」は税制の問題? 日経「税金考」への疑問(1)

6日の日本経済新聞朝刊1面に載った「税金考~試される政治(2)選挙のワナ 先送り誘発 再考の時」に解せない記述があった。配偶者控除に関する「103万円の壁」が人手不足を助長するような書き方をしているが、「103万円の壁」が税制上の障壁でないのは以前に「税金考」の中で自ら解説していたはずだ。自分たちが書いたことを忘れてしまったのだろうか。

まずは6日の記事から見てみよう。
大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(12月6日)】

「また先送りですか」。保育事業大手、ポピンズの中村紀子最高経営責任者(CEO)が安倍政権に怒っている。年収103万円以下の専業主婦世帯などの税金を軽くする配偶者控除の見直し先送りが固まったためだ

パートで保育士として働く主婦は秋口になると「103万円の壁」を超えないよう労働時間を減らす。人手不足時代に弊害が大きい制度だ。「今年はやらないといけないよな。毎回先送りじゃ、やる気がないと思われる」。安倍晋三首相は春先にこう漏らし財務省は具体策の検討に着手した。

改革機運は半年ともたなかった。「あれは来年以降に先送りだ」。秋風が吹き始めた9月下旬。政府・与党幹部は今年末に決まる来年度税制改正大綱に配偶者控除の見直しが入らないと明かした。「配偶者控除を見直すと、選挙を手伝ってくれる50歳代の主婦の負担が増える。来年夏の参院選前にはできない」と閣僚の一人は解説する。

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103万円の壁」を超えると税負担が増えて手取り額が減ってしまうのならば上記の説明に違和感はない。しかし、6月1日の「税金考~『103万円の壁』、企業手当にも 専業主婦世帯優遇」という記事では以下のように解説している。

【日経の記事(6月1日)】

税金には社会の実情に合わせたさまざまな軽減制度がある。専業主婦世帯の税負担を軽くする「配偶者控除」はその代表例だ。

控除とは「差し引く」の意味だ。配偶者控除は年収が103万円以下の妻(夫)がいる場合、夫(妻)の所得から38万円を差し引く。所得が減る分、所得税率をかけて計算する税金も軽くなる。

逆に、103万円を超えたとたんに控除がなくなると、夫の税負担が急に重くなり夫婦合計の手取額が減る懸念が生じる。いわゆる103万円の壁だ。

実際には妻の年収が103万円を超えても141万円まで緩やかに控除額を減らしていく「配偶者特別控除」がある。例えば、年収が120万円の場合、夫の所得から差し引けるのは21万円。少しずつ控除枠が減るため、夫婦の収入が増えているのに手取りが減る逆転現象は生じない

だが、多くの企業は「妻の年収103万円まで」を基準に配偶者手当を支給している。そもそも、配偶者控除は専業主婦が多かった1960年代に出来た制度。共働きの夫婦が多数派になった今も、専業主婦世帯を優遇する仕組みが形を変えながら生き永らえているのが実態だ。

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6月1日の記事が正しければ、「パートで保育士として働く主婦は秋口になると『103万円の壁』を超えないよう労働時間を減らす」という事態は税制面からは生じない。企業の配偶者手当が絡む関係で「103万円の壁」を超えないように労働時間を調整するのは合理性があるが、これは税制とは別問題だ。

税制を見直せば配偶者手当の支給基準を見直す企業も出てくるかもしれない。そういう効果を前提にしているのであれば、12月6日の記事中でもきちんと説明すべきだろう。

記事には他にも問題がある。日経に問い合わせを送ったので、その内容と併せて(2)で言及したい。

※(2)へ続く。

2015年12月6日日曜日

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…

6日の日本経済新聞朝刊総合・政治面のコラム「風見鶏~防衛費5兆円どう使う」は首を傾げたくなる内容だった。筆者の大石格編集委員は「今後の日本の戦争は勝つにせよ、負けるにせよ、ミサイルを何発か撃てばおしまいだ」と断定しているが、その根拠は薄弱だ。まず、記事の中身を見てみよう。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

2007年の中越沖地震では新潟県にある自動車部品工場が被災して供給がストップ。自動車メーカーは長期間、操業停止に追い込まれた。よほどの離島を別にすれば、国内のどこかが戦場になった時点で日本経済は立ちゆかない。今後の日本の戦争は勝つにせよ、負けるにせよ、ミサイルを何発か撃てばおしまいだ

となると、専守防衛の概念も変わらざるを得ない。敵軍が上陸してくるまで傍観している場合ではない。

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敵軍が上陸してくるまで傍観している場合ではない」と訴えたいので「ミサイルを何発か撃てばおしまい」と言い切ってしまったのだろう。大石編集委員がその根拠としているのは、中越沖地震での自動車メーカーの操業停止だ。しかし、この説明は非常に苦しい。

日経の過去の記事によると、2007年の中越沖地震の影響で「トヨタなど国内12社の完成車工場が1週間程度止まった」そうだ。まず、1週間程度の操業停止を「長期間、操業停止に追い込まれた」と表現するのは、かなり大げさだ。「1週間程度=長期間」を認めるとしても、自動車メーカーの操業停止で日本経済が壊滅的な打撃を受けたとは言い難い。

日本は2011年の東日本大震災でさらに大きな被害を受けた。重大な原発事故まで引き起こした東日本大震災を経ても、日本経済はそれなりに持ちこたえている。「ミサイルを何発か撃てばおしまい」と諦める理由はない。さらに言えば、日本経済が立ちゆかなくなっても、日本(あるいは日本人)が「おしまい」になるわけではない。そのぐらいは大石編集委員にも分かるはずだが…。

記事の結論部分も納得できなかった。

【日経の記事】

1915年から16年にかけて中東のガリポリ半島で英軍とトルコ軍がぶつかった。第1次大戦で有数の激戦というだけでなく、陸海空戦力が初めて一体運用された戦いとして知られる。同大戦は戦争の姿を変えたが、これもその一つだ。

それから1世紀。再び戦争は変わりつつある。米軍は海空一体のエア・シー・バトルに向け、編成替えを進める。日本にも同じような名前の部隊はできたが、自衛隊全体を劇的につくり変えるには至っていない。

ソウカエンは近年、離島奪還作戦も披露するようになったが、ミリオタが喜ぶのは相変わらず10式戦車の華麗なスラローム射撃などである。航空決戦時代に大艦巨砲にこだわった旧軍の愚行を笑えるだろうか

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再び戦争は変わりつつある。米軍は海空一体のエア・シー・バトルに向け、編成替えを進める」という説明が引っかかる。「再び戦争は変わりつつある」例として「海空一体のエア・シー・バトル」を大石編集委員は挙げる。以前は海は海、空は空で分かれて戦っていたというなら分かるが、「第一次世界大戦で既に陸海空戦力が一体運用されていた」と大石編集委員自身が書いている。なのに、ここに来ての「海空一体」の何が新しいのか。

エア・シー・バトル」とは、米国が中国の軍拡に対応して考えている戦略らしい。それなりに新しい部分はあるのだろうが、「戦争は変わりつつある」と言い切るならば、「確かに変わりつつあるな」と納得できる材料を記事中に提示してほしかった。

最後の段落はさらに引っかかる。「ソウカエン(総合火力演習)は近年、離島奪還作戦も披露するようになった」のならば、時代の変化に合わせて自衛隊も対応を進めていると考えられる。なのに大石編集委員は「旧軍の愚行を笑えるだろうか」と結ぶ。「ミリオタが喜ぶのは相変わらず10式戦車の華麗なスラローム射撃など」だからのようだ。ミリオタが何を喜ぶかは基本的に関係ないはずだ。それとも「ミリオタが離島奪還作戦を喜ぶようにならないと、大艦巨砲にこだわった旧軍の愚行を自衛隊は笑えない」とでも大石編集委員は考えているのだろうか。

社内の立場上、大石編集委員はかなり好き勝手なことが書けるのだろう。だからと言って、根拠薄弱な主張を垂れ流していいわけではない。次に記事を書くときには「断定できるだけの根拠があるのか」を厳しく自らに問いかけてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを据え置く。同編集委員については「日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?」も参照してほしい。

日経ビジネス「村上氏、強制調査」田村賢司編集委員の浅さ

「こんな記事を書いていて給料をもらえるなら楽な仕事だな」と思える記事が日経ビジネス12月7日号に出ていた。。「村上世彰氏、強制調査 アクティビスト活発化に警戒感」という見出しの付いたコラムのタイトルは「時事深層」。だが、お世辞にも「深層」を描いているとは言い難い。筆者の田村賢司主任編集委員は記事の冒頭でこう述べる。「直接の容疑は特定銘柄の株価を下げた相場操縦だが、見方は錯綜する。再び活発に動き始めたアクティビストへの当局の懸念があるのではという声も強い」。しかし、なぜ当局が「アクティビスト活発化に警戒感」を抱くのか、記事からは浮かび上がってこない。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
記事には以下のような説明がある。

【日経ビジネスの記事】

2012年末に誕生した安倍晋三政権は昨年、投資家の行動指針を定めたスチュワードシップ・コードなどを制定。かつて「もの言わぬ株主」と言われた大手生命保険会社が投資先企業との対話を充実させ、ROE(自己資本利益率)の向上などを求めるようになった。

挑発するような物言いの村上氏と機関投資家には、企業との対峙の姿勢に違いがある。しかし企業に対する要望は似たようなもので、村上氏のスタイルに時代が追い付いてきたとも言える

そのタイミングでの強制調査。なぜ、当局は村上氏に再び目を付けたのか。容疑の詳細は明らかにされていないが、市場では東京スタイルなどを傘下に持つTSI株の今年夏の値動きから、大量の空売りを仕掛けて株価を下げる「売り崩し」や、市場の引け近くに低い値段の注文を出して終値を意図的に下げる「終値関与」が疑われている。

市場関係者が注目するのは、金融庁の意向だ。「最近、アクティビストと呼ばれるファンドの動きが活発になっている。それも影響しているのだろうか」。米国のヘッジファンド、インダス・キャピタル・アドバイザーズ代表のハワード・スミス氏はこう言う。

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アクティビストと呼ばれるファンドの動きが活発になっている」のはいいとしても、それをなぜ金融庁が警戒するのか謎だ。記事によれば「村上氏のスタイルに時代が追い付いてきたとも言える」らしい。ならば、アクティビストの動きが活発になっても、金融庁は懸念を抱かなくなるのが自然だ。もちろん、そうならない場合もあるだろう。安倍政権の意図と金融庁の方向性にズレがあっても不思議ではない。

ただ、記事にはそこの説明がない。そもそも金融庁がアクティビストの動きを警戒しているのかどうかも漠然としている。記事の中で唯一の根拠はインダス・キャピタル・アドバイザーズ代表のハワード・スミス氏のコメントだ。と言っても同氏は「それも影響しているのだろうか」と言っているだけだ。これだと「よく分からないけど何か関係があるのかなぁ」といったレベルの話だ。

記事の最後を田村編集委員は次のように結んでいる。


【日経ビジネスの記事】

株を安く買えるのが何より好きな人」。村上氏をよく知る人物は、その手口の裏に同氏の性格もあるのではと見る。村上氏の動きが、アクティビストの復活に神経をとがらせる当局の警戒感を誘った可能性は十分にある

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何が言いたいのか分かりにくい部分もあるが、田村編集委員としては「村上氏の動きが、アクティビストの復活に神経をとがらせる当局の警戒感を誘った可能性は十分にある」と感じているようだ。しかし、記事中にその根拠は見当たらない。強いて上記のくだりから推測すると、村上氏が「株を安く買えるのが何より好きな人」だから金融庁は村上氏を警戒するようになったのだろう。

これも謎だ。株式に投資する上で「株を安く買えるのが何より好きな人」であっても何の問題もない。逆に「少しでも高く買いたい」という人がいたら会ってみたい。株を安く買うのが好きな人が株を安く買おうとすると金融庁という役所は警戒するのだろうか。違うとは言わないが、もしそうなら「なぜ警戒するのか」を田村編集委員は解説すべきだ。

ついでに1つ指摘しておきたい。「村上氏をよく知る人物は、その手口の裏に同氏の性格もあるのではと見る」と書いているが、これはまずい。今回の件では具体的に村上氏のどういう取引が問題となっているのかよく分からない。田村編集委員も「容疑の詳細は明らかにされていない」と述べている。具体的な手口が分からないのに「その手口の裏に同氏の性格もあるのでは」というコメントを載せるのはどういう了見なのか。

記事のレベルの低さに同情の余地は乏しい。(1)強制調査が明らかになってから執筆までに時間的な余裕があった(2)「主任編集委員」というご利益のありそうな肩書を付けて書いている(3)「時事深層」という深い分析記事であることをアピールするようなタイトルを付けている--といった点を考慮すると、容認できる出来ではない。

記事には「金融庁がアクティビストを警戒しているのか」を探った形跡が見当たらない。本来ならば金融庁関係者のコメントが欲しいところだ。その上で、時代の流れに逆らうような「警戒感」をなぜ金融庁が抱くのか、田村編集委員なりの分析を示してほしかった。どちらも無理ならば「主任編集委員」の肩書は返上すべきだ。

※記事の評価はD(問題あり)。田村賢司主任編集委員の評価もDを据え置く。田村編集委員については「間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事」も参照してほしい。

2015年12月5日土曜日

柏・工藤はSB? 日経 吉田誠一編集委員 D評価の理由

2日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に載ったコラム「フットボールの熱源~難解で意地悪なリーグ」を論評した際に、筆者の吉田誠一編集委員への評価をD(問題あり)とした。今回の「フットボールの熱源」だけを対象にすれば酷な評価だが、過去の記事を考慮すると「D」に落ち着く。その記事が2012年4月8日の「J1第5節--柏・工藤、鮮やか初ゴール」だ。以下に全文を紹介する。

【日経の記事】
英彦山神宮奉幣殿(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

▽…シュートを打つ思い切りがなくなっていると感じていたという。「だから、きょうは遠い所、角度のない所からでも打っていこうと決めていた」と柏のFW工藤

33分、相手DFが処理を誤ったボールが足元に落ちてきた。迷わず前に運び、右外から強引なシュートで先制点。「DFが内側にいたので切り返すより、そのままシュートだと思った。GKはあそこから打ってくると思わなかったはず」。鮮やかな今季初ゴールを「今までの僕になかった形」と喜んだ。

この日は2トップの一角ではなく右外での先発SB工藤の攻撃参加を生かすことに気を使いつつ、守備でも大きく貢献した。「このポジションもできるという手応えをつかんだ」。実直さが持ち味だけに、本来のポジションでなくても精力を使い果たす。 =札幌ドーム

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問題は「FW工藤」の後に「SB工藤」が出てくることだ。ちなみに、この日出場した柏の選手に「工藤」は1人しかいない。結論から言うと、「SB工藤」は「SB酒井」の誤りである可能性が極めて高い。理由としては(1)柏のホームページに工藤自身が「サイドハーフとして出場」とコメントしていた(2)工藤は攻撃側の選手でSBを務める可能性は低い(3)右サイドにはSBが本職の酒井が出場していた(4)スポーツ紙に出ていた布陣でも右SBは酒井になっていた--などが挙げられる。

間違いではないかとの指摘に対して、当時の運動部のデスクはかなり無理のある回答をしてきた。「最初の『FW工藤』は工藤がFW登録だからそう表記した。その後の『SB工藤』は記者が試合を見て、この日の工藤はSBとしてプレーしていると判断したからそう書いた。だから間違いではない」といった趣旨だった。そして、記事の筆者は吉田誠一編集委員だと記憶している。

運動部デスクの説明に無理があるのは、記事の書き方からも分かる。記事では工藤のポジションを「2トップの一角ではなく右外」と書いている。これを「SB(サイドバック)」と解釈する人はまずいないだろう。百歩譲ってSBだとしても、記事の説明を信じるとSB工藤自身が「SB工藤の攻撃参加を生かすこと」になる。繰り返すが、柏の工藤は1人しか出場していない。一方、「SB酒井」の誤りだと考えると、全てがうまく説明できる。

間違いは誰にでもある。それでダメな書き手だと断じるつもりはない。しかし、弁明があまりに苦しすぎた。それで良しとしているのであれば、吉田編集委員を書き手として高く評価する余地はない。


※「フットボールの熱源~難解で意地悪なリーグ」については「JリーグCS『誤解』あった? 日経 吉田誠一編集委員に問う」を参照してほしい。

2015年12月4日金曜日

道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉

記事中の間違い指摘を無視したことがほぼ確定した週刊東洋経済の西村豪太編集長代理へ東洋経済オンラインの問い合わせフォームを通じて以下のメッセージを送っておいた。雑誌の編集者として道を踏み外した西村氏を軌道修正させることは、もうできないだろう。編集部内で西村氏に続く人間が出てこないよう祈るしかない。

英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
◆西村豪太編集長代理へ贈る言葉◆

編集長代理 西村豪太様

週刊東洋経済11月14日号の巻頭特集「緊迫 南シナ海!」に関して2015年11月12日に問い合わせをした者です。

問い合わせでは「仮に米中軍の衝突でマラッカ海峡経由のシーレーンが遮断されれば、原油の最大の輸入国である中国への供給不安も顕在化する。そうなれば世界の石油市場は売り手市場へ一変するだろう」との記述に関して「中国への供給不安が顕在化した結果として売り手市場に一変するのはおかしい。むしろ買い手市場になるはずで、記事の説明は誤りではないか」と指摘しました。

問い合わせから3週間が経過しても回答がないことを考えると「記事の説明は誤りだが、それを認めたくないので無視した」と推定するしかありません。

同じ時期に送った別の問い合わせでは、副編集長の方からすぐに回答を頂きました。なので、編集部全体が読者の問い合わせに不誠実な対応をしているとは思っていません。今回の特集では、西村様の他に許斐健太記者と秦卓弥記者が担当者として名を連ねていました。肩書などから考えて、記事中の誤りを握りつぶす決断をしたのは西村様なのでしょう。

指摘を無視したくなる気持ちは分かります。だからと言って看過はできません。西村様が取った行動は読者への背信行為だからです。

「記事中の間違い」は、言い換えれば「商品の欠陥」です。例えば自動車の安全性に関する欠陥を車のオーナーから指摘されても問題を放置している自動車メーカーがあったらどう思いますか。

今回の件でさらに問題なのは、西村様が許斐記者と秦記者を道連れにしたことです。誤りを握りつぶしたのは3人の連帯責任との見方も成り立ちます。ただ、許斐記者と秦記者は西村様の指示には基本的に逆らえないでしょう。2人が内心では「こんな対応はおかしい」と思いながらも間違いの握りつぶしに加わっているとしたら、同情を禁じ得ません。

西村様は今回の件で雑誌の編集者として越えてはならない一線を越えてしまいました。本当はそこから引き戻してあげたいのですが、そんな力は私にもありません。そこで最後にお願いです。一線を越えたその場所には1人でそっと居続けてください。それこそが、西村様にできる週刊東洋経済への最大の貢献となるはずです。

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※この件に関しては「東洋経済よ お前もか…『緊迫 南シナ海!』で問い合わせ無視」を参照してほしい。

2015年12月3日木曜日

「ラップ型投信」になぜ好意的? 日経 野口和弘記者の罪(2)

2日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「躍進ラップ型投信、実力は  タイプ3種類、成績様々」という記事の問題点をさらに論じていく。「こんなコストが高いラップ型投信を筆者の野口和弘記者はなぜ好意的に紹介しているのか」との疑問点から話は始まっている。なので、野口記者の立場から考えうる反論を想定して「それでもラップ型投信がダメな理由」を述べたい。
英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

◎比率を固定しないから「ラップ型」?

今回の記事では、ラップ型投信とバランス型投信を比較して「大半のバランス型が各資産の構成比率を固定しているのに対し、ラップ型は市場環境の変化に応じて比率を変動させる」と説明している。だからと言って、投資額の2%近くを手数料として毎年支払う価値があるとは思えない。運用側が構成比率を変えてくれても、コストに見合うような見返りが期待できるわけではない(比率の変更が吉と出るか凶と出るかは基本的に五分五分という意味)。一方、信託報酬が高くなることは投資家にとって明らかなマイナス要素だ。

投資初心者には「高い信託報酬を払うぐらいならば、資産構成比率なんて自分で適当に決めて、国債とETFで運用しろ」と助言したい。かなり乱暴な意見ではあるが、それでも高コストのラップ型投信を選ぶよりはるかにマシだ。投信を売る側のカモになる事態も避けられる。

記事によると、ラップ型投信の「シンプル型」は「各資産の市場平均と運用成績が近いインデックス投信などに再投資する」らしい。つまり、投資家から見ると、インデックス投信の信託報酬を差し引かれたところから、さらにラップ型投信の信託報酬を取られる。だったら、多少機動的でなくても、自分でインデックス投信を組み合わせる方が合理的だ。


◎自分で考えなくて済むから「ラップ型」?

自分であまり考えなくて済むことに魅力を感じて高い手数料を支払う人はいるかもしれない。「ラップ口座」ならば、確かに投資家はあまり考えなくて済む。しかし、「ラップ型投信」は言ってみれば普通の投信だ。債券比率の高いものがいいのか、ヘッジファンドを組み込んだものがいいのかなど、色々と投資家側で考える必要がある。

記事の中でも、楽天証券経済研究所の篠田尚子氏の「投資先の比率やコストも確認し、損しても理由が納得できるほどの知識を持ってほしい」というコメントを紹介している。要は自分で運用方針を検討する手間がかかる。ならば、高コストのラップ型投信に頼らず、自分で資産配分を決めた方が合理的だ。


最後に、「この説明はおかしい」と思えたくだりを1つ紹介しておこう。


【日経の記事】

3つ目は「大幅変動型」だ。三菱UFJ国際投信の「バランス・イノベーション(ファーストラップ・ささえ)」が当てはまる。

ラップ型投信は柔軟な運用とはいえ、短期間に投資比率を変える幅は10%前後だ。このファンドは株式相場が急落した8月下旬、株式の投資比率を7月末の32%からゼロ(株式抑制型の場合)とし、安全資産を増やした。「とにかく損をしたくない」という投資家に向いた商品と言えそうだ

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自分なら「とにかく損をしたくない」という投資家に「バランス・イノベーション(ファーストラップ・ささえ)」を薦めたりはしない。記事中の表によると、この投信は購入時手数料2.16%、信託報酬1.13~1.40%で、やはり高コストだ。これらのコストも含めて考えると、損をする確率は5割前後に達するはずだ。自分だったら、「とにかく損をしたくないのならば、とりあえず個人向け国債で運用してろ」とでも投資初心者には言う。野口記者は「とにかく損をしたくないなら、国債よりもバランス・イノベーションだよ」と自信を持って助言できるだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた野口和弘記者への評価はDで確定とする。

「ラップ型投信」になぜ好意的? 日経 野口和弘記者の罪(1)

2日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に「躍進ラップ型投信、実力は  タイプ3種類、成績様々」という投資初心者が読んではいけない記事が出ていた。筆者の野口和弘記者はラップ型投信を好意的に紹介し、選び方も指南してくれている。しかし、ラップ型投信は明らかにダメな投資商品だ。野口記者は無知なのか、それとも業界の回し者なのか。記事を見ながら考えていこう。

【日経の記事】
英彦山(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

資産運用を金融機関に一任するラップ口座を投資信託の形にした「ラップ型投信」が急拡大している。少額投資非課税制度(NISA)などを機に1本で株式や債券などにリスクを分散して投資したい個人の入門商品となっている。同じラップ型投信でもファンドの運用方法や値動き、コストは異なる。運用をすべて任せられる納得の1本を見つけるには、中身もしっかり比較した方がよさそうだ。

「投資を始めたいが、何を買えば良いか分からない」「投資に手間暇をかけたくない」。そんな投資初心者たちのニーズをつかんだのがラップ型投信だ。

ドイチェ・アセット・マネジメント資産運用研究所によると、ラップ型投信の合計残高は10月末で9286億円と1年で3.5倍に膨らんだ(グラフA)。ドイチェ・アセットの藤原延介氏は「ラップ口座の簡易版」と呼ぶ。

ラップ口座とは証券会社や信託銀行などの営業員と「年○%なら損しても仕方ない」という範囲を相談すれば、金融機関が投資先や資産配分を決め、預かった資金を安定運用するサービスだ。ただラップ口座は最低で300万~500万円からしか投資できない。そこで1万円程度からでも投資できる商品として、ラップ型投信が誕生した。

両者はコストや選択できる運用の幅も違う。ラップ口座は購入時の手数料が原則かからず、運用手法も多様だ。簡易版であるラップ型投信は、購入時に1~2%の手数料を払う場合が多い。シリーズごとに安定型、普通型、成長型などあらかじめ定められた3つ程度のタイプから選ぶ。

「長期運用ならラップ型投信の方が安くなりやすい」(藤原氏)という。ラップ型投信は残高に応じた管理手数料(信託報酬)がラップ口座より0.5~1%安いものが多いからだ。

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これだけ読むと、投資初心者にはラップ型投信が向いているのかなと思ってしまいそうだ。「1万円から投資できるし、長期運用ならラップ口座より手数料も安いし…」などと考える読者がいても不思議ではない。しかし、ラップ型投信は結局、コスト高めの投信に過ぎない。記事中の「代表的なラップ投信シリーズ」という表を見ると、7本の投信の信託報酬は1.04~2.05%で、お世辞にも安くない。おまけに5本は購入時にも手数料がかかる。

例えば一番上に出ている「コア投資戦略ファンド」は購入時手数料が2.16%で信託報酬が1.49~1.98%。100万円を投じれば、最初の年に手数料で約4万円を失う計算だ。ETF(上場投資信託)ならば信託報酬が0.1%前後の商品も珍しくない。ETFでなくても、最近は信託報酬の低い非上場のインデックス投信もある。

野口記者がラップ型投信を前向きに紹介するのならば、ETFなどに比べてはるかにコストの高いラップ型投信をなぜ選択肢に入れるのか論じるべきだ。記事ではラップ型投信を始めから選択肢に入れて、その中からどうやって自分に合った商品を選べばいいのか解説している。しかし、投資の知識がそこそこある記者ならば、これはダメな商品だと分かるはずだ。

記事で紹介している「みずほラップファンド」は国内債券の比率が40%もある。この投信の信託報酬は2.05%。長期金利が0.3%程度と極めて低水準なのに、国内債券の4割部分にも2%超の信託報酬がかかると考えると、とても投資対象として選択肢に入れる気にはなれない。

では、ラップ型投信の高コストを正当化できる根拠はないのだろうか。それを(2)で検討したい。

※(2)へ続く。