2016年3月31日木曜日

日経ビジネス清水崇史記者は株式市場が分かってない?

この記者はマーケットのことが根本的に分かっていないのではないか--。そう思える記事が日経ビジネス3月28日号に出ていた。「シリーズ 財務が変える 第6回 企業のカタチ 日本航空(JAL) 資産効率高め『成長の壁』突破へ」という記事を書いた清水崇史記者は、日航のEV/EBITDA倍率について以下のように説明している。

【日経ビジネスの記事】
福岡空港で出発を待つ日本航空の航空機

日航は屈指の高収益体質にもかかわらず、この指標では業界内でも低位に甘んじている。世界の主要航空会社のEV/EBITDA倍率を見ると、欧米大手よりも総じてアジア勢の方が高い。

日航の同倍率は4.1倍。それに対して香港のキャセイ・パシフィック航空は6.7倍で、金融市場が企業の稼ぐ力を6.7年先まで期待していることを意味する。ANAHDは6.3倍、シンガポール航空は4.4倍だ。

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EV/EBITDA倍率は「金融市場が何年先まで企業に稼ぐ力を期待しているか」を示す指標ではない。単に「EV(企業価値)がEBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)の何倍か」を示しているだけだ。記事中の用語解説で書いているように「M&A(合併・買収)では投資を回収する期間の目安になる」とは言えるだろう。

EV/EBITDA倍率は「現状の利益水準が続くとすれば、買収後何年ぐらいで投資資金を回収できるか」の大まかな目安にはなる。しかし、買収時には「現状の利益水準が続く」との前提で考えるとは限らない。また、「投資資金を回収してしまえば、後は利益がゼロでも赤字でも構わない」と考えて買収するわけでもない。

これは買収を考えている投資家に限らない。株式市場では基本的に「限りなく遠い将来」まで見通して株価が形成されていると考えるべきだ(遠い将来になればなるほど、株式の現在価値に与える影響は小さくなるので、非常に遠い将来はほとんど無視してよい要素にはなる)。EV/EBITDA倍率が6.7倍だからといって「6.8年先以降の稼ぐ力には期待していない」とのコンセンサスが市場参加者にあるわけではない。

この記事に関しては以下の記述にも疑問を感じた。

【日経ビジネスの記事】

日航がEV/EBITDA倍率を引き上げる秘策はあるのか。斉藤典和・専務執行役員(CFO=最高財務責任者)は「分母のEBITDAに相当する収益力を高めるのが王道。その上で財務の健全性を維持しながら、分子のEVを左右する資本構成を検討していく」という。

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「そもそも日航はEV/EBITDA倍率の引き上げに取り組む必要があるのか」との疑問も湧くが、日航もその気のようなので、倍率引き上げを目指すとしよう。ならばEVはなるべく大きくし、EBITDAは小さくするのが「王道」だ。しかし、斉藤専務は「分母のEBITDAに相当する収益力を高めるのが王道」だと発言している。企業として「利益をなるべく少なくします」と言えないのは分かる。しかし、「倍率を引き上げるのに、分母を増やしてどうする」とツッコミは入れたくなる。

利益を増やせば株式時価総額が膨らむ方向に作用して、結果的にEV/EBITDA倍率が上がる可能性はある。しかし、そうなるとは限らない。利益を増やしながら倍率を高めるためには、利益増加を上回るペースで企業価値を高める必要があるが、記事からはその道筋が見えてこない。

清水記者は有利子負債を増やすことも倍率引き上げに寄与すると考えているようだ。これも単純にそうとは言えない。

【日経ビジネスの記事】

日航は本業の収益で投資に必要なキャッシュを賄う方針だが、日銀のマイナス金利導入で企業の資金調達コストは下がっている。焦点は、2003年以来、途絶えている社債の発行再開だ。社債などの有利子負債はEVを押し上げる効果も併せ持つ。

斉藤専務は「イベントリスク(災害や景気、テロに伴う旅客需要の急減」に備えて自己資本を厚くしておく必要がある。同時に、多様な資金調達も経営の課題だ」と話す。投資家の需要が旺盛な5年物などを軸に、最大500億円の社債発行を検討している。

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社債などの有利子負債はEVを押し上げる効果も併せ持つ」のは事実だが、日航の場合はどうか。「日航は本業の収益で投資に必要なキャッシュを賄う方針」らしい。だとすれば、社債発行で入ってきたカネは基本的に現預金として残ってしまう。記事でも触れているように「EV=株式時価総額+ネット有利子負債」だ。「ネット有利子負債=有利子負債-現預金」なので、有利子負債が増えても、その分が現預金として手元にあればネット有利子負債は変化しない。つまりEVも変わらない。

「いや。調達した資金はM&Aなどに使うんだ」と清水記者は言うかもしれない。その場合、ネット有利子負債は増えるし、投資がうまく行けば株式時価総額も増える可能性が高いので、EVの増加要因ではある。ただ、投資の成功が分母のEBITDAも増やしてしまうため、EV/EBITDA倍率が上向くかどうかはこれまた微妙だ。

こうやって見てくると、清水記者が株式市場などの仕組みをきちんと理解して記事を書いているのかどうか、かなり怪しい。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた清水崇史記者への評価はDで確定とする。清水記者については「昨年11月の対談を今頃載せる日経ビジネスの不見識」も参照してほしい。

2016年3月29日火曜日

脱線気味だが興味深い 東洋経済の特集「金融緩和中毒」

週刊東洋経済4月2日号の第1特集「効かないけどやめられない 金融緩和中毒」は興味深い内容だった。42ページにも及ぶ大作ながら、これと言ってツッコミを入れる部分も見当たらなかった。ただ、金融緩和絡みで40ページを超える特集を組むのは難しかったのか、途中からかなり脱線してしまう。ちなみに週刊エコノミスト4月5日号も「世界史に学ぶ金融政策」という金融緩和絡みの特集だが、こちらは脱線がない。その点で両誌を比べるとエコノミストに軍配が上がる。
菜の花が咲くJR久大本線(福岡県久留米市)
              ※写真と本文は無関係です

東洋経済も64~87ページは問題ない。ところが88~89ページの「ようやく『定義』が確立された段階の仮想通過」辺りから急速に金融緩和との関連が薄れていく。90~91ページの「吹き始めた解散風~消費増税再延期で同日選の虚実」は完全に政治関連記事だし(筆者も政治ジャーナリスト)、94~97ページの「米国論『トランプ大統領』でどうなる」、104~105ページの「英国EU離脱 是か非か」、106~107ページの「日中貿易 大転換の予感」なども金融緩和との関連はほぼない。

特集は必要ならば長くてもいい。しかし、テーマを「金融緩和」に定めたのならば脱線はなるべく避けるべきだ。脱線して42ページの特集にするぐらいならば、エコノミストのように合計26ページで脱線なしの方が望ましい。

今回の東洋経済の特集で最も注目すべき記事は、英国金融サービス機構(FSA)元長官のアデア・ターナー氏にインタビューした「日本はヘリコプターマネーに踏み込むべきだ」(72~73ページ)だろう。「正統派論客まで極論を語り始めた」と見出しにあるように、何となく最初から「ヘリコプターマネーなんてあり得ない」と思い込んでしまうが、よく考えてみるとターナー氏の主張に反論するのは意外に難しい。一部を紹介しよう。

【東洋経済の記事】

--具体的には?

私の提言はこうだ。たとえば、財務省が17年4月からの消費増税を行わないと宣言する。あるいは、国民の銀行口座に1人につき10万円を入れる。または商品券を発行する。1年以内に使わなければ、価値をなくしたり、一部を使えなくしたりする。さまざまなやり方がある。財源は中銀の紙幣増刷だ。

--ハイパーインフレのおそれは?

なぜハイパーインフレが気になるのか。たとえば日銀がヘリコプターからマネーを落としたとしよう。この額が100万円だったら、ハイパーインフレが起きる可能性は低い。しかし巨額の規模で行えばハイパーインフレが起きるかもしれない。効果的な刺激策になる場合とハイパーインフレの間の金額はないのか。答えは「ある」だろう。

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確かに答えは「ある」だ。ターナー氏はヘリコプターマネーのリスクも語っている。「ただし、政治リスクがある。いったんこれが可能であると認めてしまうと、政治家はつねに繰り返し大きな金額で行おうとするからだ。マネーファイナンスは薬と同じだ。決まった量を飲めば聞くが、過度に飲めば死に至ることもある」。本能的にヘリコプターマネーを恐れるのは「適量」を飲むことが極めて困難に思えるからだろう。だが、それでは「適量を飲むこともできる」との主張を退けるには力不足だ。


※色々と考える材料を与えてくれた点も含め、特集への評価はB(優れている)とする。暫定でD(問題あり)としていた野村明弘副編集長への評価は暫定でC(平均的)に引き上げる。山田徹也副編集長の評価はBを据え置く。

2016年3月28日月曜日

「消費回復するはず」の前提に疑問 日経「エコノフォーカス」

28日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に載った「エコノフォーカス~消費低迷、増税のせい? 
デフレ慣れ・可処分所得伸びず・耐久財需要先食い」という記事では、「個人消費がさえない」理由を藤川衛記者が探っている。「2014年4月の消費増税から間もなく2年がたつ」上に、「原油安や賃金の緩やかな改善といった好材料はあるのに、消費増税前の水準に戻らない」のは奇妙だとの問題意識が記事の出発点になっている。しかし、「個人消費は本来ならば回復するはずだ」との前提がそもそも成り立たないのではないか。

藤川記者は記事の最初の方で以下のように分析している。

虹の松原沿いの砂浜(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

個人消費がさえない。政府は3月の月例経済報告で個人消費の判断を「消費者マインドに足踏みがみられる」と下方修正した。原油安や賃金の緩やかな改善といった好材料はあるのに、消費増税前の水準に戻らない。1997年は増税直後にアジア通貨危機に見舞われたが、当時と比べても低迷は長引いている。消費はどうしてこんなに弱いのか

2014年4月の消費増税から間もなく2年がたつ。物価変動の影響を除いて比べるため国内総生産(GDP)統計の実質値を見ると、増税前の13年度に316兆円あった個人消費は14年度に307兆円に減った。「増税前の駆け込み需要の反動」と誰もが考えた。

だが個人消費はその後も戻らない。直近の15年10~12月期は年率換算で304兆円。14年度を下回る低空飛行が続く

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個人消費で「14年度を下回る低空飛行が続く」のは不思議だろうか。個人的には、当然だと思える。日経の2月8日の記事「実質賃金0.9%減 15年、物価上昇に賃上げ追いつかず」によると、実質賃金の「マイナスは4年連続」だ。名目賃金はわずかに増えても、それを上回って物価が上がっていれば、消費が振るわないのは当たり前だ。

消費低迷の理由を分析した部分にも疑問が残った。藤川記者が挙げた「理由」は以下のようになっている。

【日経の記事】

考えられる低迷の理由は、大きく3つある。

まず「デフレ慣れ」だ。値下げに慣れきった消費者は増税と物価上昇で節約志向を一層強めた。所得のうちどれだけ消費に振り向けたかをみる消費性向は増税前に75%程度だったが、直近は72%に下がり、消費者の財布のひもは堅くなった。

97年の消費税率の引き上げ幅は2%だったが、14年は3%と上げ幅が当時より大きく、駆け込み需要も想定以上に大きかった。買いだめを一気にしたツケともいえる。

2つ目は、税や保険料支出の急増だ。毎年のように国民年金保険料や厚生年金保険料が上がり、介護保険料や健康保険料も上がっている。せっかく賃金が上がっても保険料の増加が打ち消してしまう。安倍政権の3年間で税や保険料支出は5000円近く増えたが、可処分所得は2000円強の伸びにとどまる

第3に「消費喚起策」のはずの政策が需要を先食いした点だ。23日の記者会見で、石原伸晃経済財政・再生相は「家電エコポイントやエコカー減税が(需要の先食いに)結構効いている」と話した。耐久財消費は14年1~3月期に55兆円だったが、15年10~12月期は40兆円にとどまる。

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疑問を感じたのが最初の「デフレ慣れ」だ。よく「デフレマインドが染み付いた消費者はさらに値段が下がると思うからなかなか物を買わない」といった説明に出くわす。これが正しいとすれば、「物価上昇」に転じた時には買い出動しそうなものだ。しかし、藤川記者の説明は逆だ。だとすると「デフレの方が消費が活発になる」との考えなのだろう。これが間違いとは言わない。ただ、「インフレよりデフレの方が消費は増えやすい」との判断であれば、それを明示してほしかった。

理由の「2つ目」に挙げた「税や保険料支出の急増」は消費低迷の要因として納得できる。結局、「カネがないから消費も増えない」というだけの話だろう。


※記事の評価はD(問題あり)。藤川衛記者への評価も暫定でDとする。

日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事

キャナルシティ博多でのCharisma.comのサイン会
            ※写真と本文は無関係です
27日の日本経済新聞朝刊「日曜に考える」面に志田富雄編集委員(記事での肩書は論説委員)が書いていた「中外時評~繰り返す熱狂と悲観 長期の視点で資源投資を」というコラムは説得力のある内容だった。同じ資源ビジネス関連でも、25日の日経朝刊総合2面に西條都夫編集委員が寄せた解説記事「次代の経営者に重い宿題~収益の安定化/革新力の向上」とは完成度で圧倒的な差がある。西條編集委員は今回の「中外時評」を見習って改善を図ってほしい、

今回の「中外時評」では原油市場の動向を中心に現状を分析した上で、住友金属鉱山を例に取って資源関連事業のあるべき姿を示している。そのくだりを見ていこう。

【日経の記事】

過去10年で資源権益の獲得に動いた日本企業にも逆風は強い。ただ、そこには新たな好機もある。資源市場の熱狂が続いた5年前までは考えられなかった優良権益が市場に転がり出てくるからだ。

住友金属鉱山は2月、米鉱山大手フリーポート・マクモランから米モレンシー銅鉱山の権益13%(年間生産量で約6万2千トン)を10億ドルで追加取得すると発表した。会見に集まった記者の多くは不思議に思ったはずだ。なぜ、こんな環境で千億円を超す資源投資に動くのかと。

その答えも30年前にある。同社がモレンシー鉱山の権益を最初に取得したのは86年2月。住友商事と共同で15%の権益を7500万ドルで手に入れた。

当時の非鉄金属市場はどん底だった。85年には国際すず理事会による相場買い支え資金が枯渇し、ロンドン金属取引所(LME)が取引停止に追い込まれる「すず危機」が起きた。住友鉱の中里佳明社長は「米有力誌が『鉱山の死』を特集した」と悲観論が充満した時代を振り返る。

同社が86年に権益を買い取った時のLME銅相場は1トン1500ドル以下だ。銅相場は11年に1万ドル台の史上最高値を記録し、現在は5000ドル前後にある。市場に向き合う経験が長い人ほど相場の先行きは誰も分からないことを身にしみて知っている。

市場は熱狂と悲観を繰り返す。それに惑わされず、長期的な視点で将来に備えた投資が必要になる。資源を持たない日本はなおさらだ。

30年前に権益取得を決めた先輩に感謝したい――中里社長に大型投資の決断させたのも市場の教訓に違いない。

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資源価格が低迷している現状は日本の資源関連企業にとって好機とも言えることを、志田編集委員は住友金属鉱山の30年前の事例を基に説得力のある形で描き出している。

一方、西條編集委員は違う考えのようで、「業界の双璧である三菱商事と三井物産がそろって最終赤字に転落するのは、やはり衝撃的だ。資源以外の事業の育成を急ぎ、お得意の『稼ぐ力』を取り戻す必要がある」と説く。

もちろん、資源関連事業を縮小して非資源分野を拡充するのが「正解」である可能性はある。しかし西條編集委員の記事には「資源分野にさらに注力ではなぜダメなのか」「どんな非資源分野が有望なのか」という話は出てこない。資源関連の減損処理で赤字になったのを見て「非資源分野を拡充せよ」と単純に言っているだけだ。これでは編集委員という肩書を付けて解説記事を書く資格はない。


※「中外時評」に対する評価はB(優れている)。志田富雄編集委員への評価もBを維持する。西條編集委員の解説記事に関しては「何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説」を参照してほしい。

2016年3月27日日曜日

「ラップ型投信」に誘い込む日経 小川和広記者への疑義

業界関係者が熱心に記者へ働きかけているのだろう。日本経済新聞に「ラップ型投信」を薦める記事がまた出ていた。筆者は小川和広記者。26日の朝刊マネー&インベストメント面に載った「ラップ型投信、じわり拡大 ~信託報酬安めの商品も」という記事を読む限り、小川記者も投信を売り込もうとする側に取り込まれていると考えてよさそうだ。

記事の中身を見ながら、問題点を指摘していきたい。
福岡県うきは市の隈上川に咲く菜の花 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日銀によるマイナス金利政策の導入を受け、定期預金の金利がゼロ%目前に下がってきた。これまで株式や外貨への投資には消極的で、地元の地方銀行の定期預金などに資産を預けていた人の間で人気を集めているのが「ラップ型投資信託」だ。国内外の幅広い金融商品に分散することでリスクを低減しやすいうえ、少額から始められる点が魅力で、購入する人がじわじわと増えている

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人気を集めている」「購入する人がじわじわと増えている」と読者を訴えているが、具体的なデータは記事に出てこない。りそなの商品に関して「3月22日時点で販売額は3商品合計で200億円を超えた」との記述があるだけだ。「ラップ型投資信託」が本当に人気を集めているかどうかは記事からは読み取れない。

その後の説明にも疑問が湧く。

【日経の記事】 

ラップ型投信は富裕層向けの投資一任サービス「ラップ口座」の仕組みを投信に応用した商品だ。国内外の債券や株式などを組み合わせて「安定型」「成長型」など目標利回りに応じて複数の商品を用意している金融機関が多い。ラップ口座のようにプロと個別に相談して運用対象を決められないが、1万円から投資できるなど少額から始められる場合が多い。

これまでラップ型投信は数多くの金融商品を組み合わせている分、残高に応じてかかる信託報酬が年1~2%程度と比較的高めだった。運用成績次第では利益を得られなくなる可能性もあり、敬遠する人も多かった

こうした不満に応える商品の一つが、りそなホールディングス傘下の3行が1月末から販売を始めた「R246」だ。ラップ型投信として初めて目標利回りを明示し、購入者が考える運用目標に合った商品を選びやすい。

国内外の株式や債券、不動産投資信託(REIT)で運用する。目標利回りは短期金利プラス2%の「安定型」、同4%の「安定成長型」、同6%の「成長型」の3種類。信託報酬もそれぞれ年0.6%、1%、1.1%と最低水準だ。「短期売買でなく、中長期的な保有を促す」(りそなアセットマネジメントの西山明宏社長)商品だ。

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ラップ型投信」について「信託報酬が年1~2%程度と比較的高めだった」とまず書いている。ならば「R246」の信託報酬がその中で低い部類だとしても「1%」「1.1%」については「比較的高め」に分類すべきだ。発表資料を見るとR246は販売手数料も税抜きで1%(1億円未満の場合)かかるようだし、個人的には「ラップ型投信への不満に応えて改善してくれたな」とは思えない。

では、安定型の「0.6%」ならば魅力的だろうか。記事によると、安定型は7割を国内債券で運用するようだ。まず、「超低金利で運用難だから」と考えてラップ型投信を選んでいるのに7割を国内債券へ振り向けることに合理性が乏しい。しかも、場合によってはマイナスの利回りになりそうな国内債券への投資分についても0.6%の信託報酬を取られる。とても選択肢には入れられない。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

りそなは流行商品の販売を主眼に置いた営業から、運用資産の目標利回りを基に適切な資産配分を提案する営業への転換を進めている。今回の投信はこうした方針の下での中核商品という位置づけだ。日銀がマイナス金利政策の導入を発表した1月29日から取り扱いを始め、3月22日時点で販売額は3商品合計で200億円を超えた。

こうした商品を取り扱う動きは地銀にも広がっている。静岡銀行は昨年11月からドイツ銀行グループと共同で企画したラップ型投信の販売を始めた。主な投資先を上場投資信託(ETF)にすることで信託報酬を抑えた。商品名は「プラチナラップ」。静岡銀全店と静銀ティーエム証券、ドイツ証券で買える。

投資初心者向けの安定型と成長型から選択できる。安定型はリスクの低い先進国株式や国債、投資適格社債が投資対象で、3カ月ごとの基準価格をマイナス3%までに抑えることを目指す。下限の目安を設定する商品は珍しく、購入者の安心感に訴えかける狙いだ。京都銀行も今年1月から安定型と成長型の2種類の取り扱いを始めた。

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小川記者が2番目に紹介している「プラチナラップ」もひどい。この投信は販売手数料が何と3%(税抜き)。これだけで問題外だ。小川記者は知らないのか、知っていてあえて触れていないのか…。成長型の信託報酬は0.93%(同)だが、主な投資対象をETFとしているのでETFの信託報酬も含めて考えると実質的な負担は小さくない。低コストのETFに投資するならば、「ラップ型投資信託」を経由しない方が賢明だ。せっかくの低コストが台無しになってしまう。

小川記者は記事を以下のように結んでいる。

【日経の記事】

ラップ型投信は少額から分散投資ができるため、投資初心者が定期預金に代わる商品として検討しやすい。元本を割り込むリスクを認識したうえで、手数料や運用構成、目標利回りなどを比べながら、自分に最も合った商品を選びたい

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マイナス金利政策の導入を受け、定期預金の金利がゼロ%目前に下がってきた」からと言ってラップ型投信を検討する必要がそもそもない。「金利がほとんどゼロ」なのは最近始まった話ではない。「0.01%の定期預金金利ではさすがに寂しい」という人はまず個人向け国債(変動10年)を検討すべきだ。これなら0.05%の利回りは確保できるし、金利上昇にも対応できる。

そうした選択をすっ飛ばして「ラップ型投信は少額から分散投資ができるため、投資初心者が定期預金に代わる商品として検討しやすい」と書く小川記者は全く信用できない。リスク資産は金融資産の3割にとどめて残りは安全に運用したいと考える「投資初心者」がいた場合、自分ならば「3割をETF(「少額から」を希望するならば普通のインデックス投信)に充て、残りは預貯金と個人向け国債に回したら」と助言する。少なくともコスト面ではラップ型投信より圧倒的に有利だ。

しかし、小川記者は「ラップ型投信」に関して「手数料や運用構成、目標利回りなどを比べながら、自分に最も合った商品を選びたい」とまとめている。投資初心者には「小川記者(あるいは日経)を信じてはダメだ」と声を大にして訴えたい。

※記事の評価はD(問題あり)。小川和広記者への評価もDとする。

2016年3月26日土曜日

何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説

何も言っていないに等しい解説記事が25日の日本経済新聞朝刊総合2面に出ていた。筆者の西條都夫編集委員は「業界の双璧である三菱商事と三井物産がそろって最終赤字に転落するのは、やはり衝撃的だ」と述べた上で「資源以外の事業の育成を急ぎ、お得意の『稼ぐ力』を取り戻す必要がある」と求めている。しかし、具体的にどういった分野をどう伸ばすべきかは教えてくれない。
筑後川と夕陽(福岡県久留米市・朝倉市)※写真と本文は無関係です

商社5社減損1兆円」という記事に付けた解説記事「次代の経営者に重い宿題~収益の安定化/革新力の向上」の全文は以下の通り。

【日経の記事】

資源ビジネスへの傾斜を深めた総合商社の経営が転機を迎えた。業界の双璧である三菱商事と三井物産がそろって最終赤字に転落するのは、やはり衝撃的だ。資源以外の事業の育成を急ぎ、お得意の「稼ぐ力」を取り戻す必要がある

過去四半世紀、停滞を続けた日本経済だが、個別の業界や企業に焦点を絞ると、飛躍的に成長した例も少なくない。その代表格がいわゆる総合商社だ。三菱商事を例にとると、1990年度から99年度まで10年間の純利益の合計は3700億円にすぎないが、最近は単年度で4千億円以上の純利益を当たり前のように計上してきた。

桁違いの収益力の源泉は、以前のモノの売買を仲介するトレーディング(交易)会社の事業モデルから脱却し、天然ガスや原料炭など資源分野で直接投資に乗り出したことだ。1000億円単位の巨額の資本を投下して、地下に眠る資源の所有権を獲得。それを採掘して内外の電力会社や製鉄会社に供給することで、高収益を享受した。中国の需要爆発がもたらした商品市況の高騰が、プラスに働いたことも言うまでもない。

逆にいえば、資源価格が下がれば、過去の投資案件の価値が毀損し、大型の損失が出るのも必然だ。大切なのは損切りを短期で終わらせ、なるべく引きずらないことだ。バブル崩壊後の地価下落局面で、一部の商社は「これで最後」と言いながら何度も特別損失を出し、市場の信頼を失った苦い経験がある。

商社は過去にも何度か冬の時代を迎えながらも、時代に合わせて自己変革し、よみがえってきた。今必要なのは、非資源分野の充実と顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力の向上だ。ブルネイの液化天然ガス(LNG)プロジェクトのように、商社が海外の石油メジャーや需要家の電力会社とチームを組んで新境地を開いた案件も過去には多い。

三井物産で昨年上席役員32人を抜いて、安永竜夫社長が誕生するなど、大手商社の経営陣はいま代替わり期を迎えている。資源価格の乱高下に振り回されない確固たる事業基盤を築けるかどうかが、問われている

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商社に「今必要なのは、非資源分野の充実と顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力の向上」らしい。だが、「非資源分野の充実」が本当に必要なのだろうか。仮に、4~5年に一度は大幅な市況悪化に見舞われるとしても10年単位で見れば他の事業より大きな利益を得られるのが資源ビジネスだとしよう。その場合、権利取得の費用が安く済む今の時期に思い切って積極策に出るべきとの考え方もできる。

今必要なのは、非資源分野の充実」というならば、「資源ではなく非資源に人や資金を振り向けるべきだ」と言えるだけの根拠を示してほしい。例えば「ほとんどの株主は利益水準が低くてもいいから安定した収益構造を求めている」「資源ビジネスで大きな利益を得られる時代は終わった。今後、資源価格が元の高値に戻る可能性は低い」といったことが言えるのならば、「非資源分野の充実を進めるべきだ」との主張にも説得力が出てくる。

顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力の向上」が必要という話も、説明が不十分だ。現状は「顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力」が落ちていると考えればいいのか。しかし、記事からは何とも言えない。

西條編集委員によると「ブルネイの液化天然ガス(LNG)プロジェクトのように、商社が海外の石油メジャーや需要家の電力会社とチームを組んで新境地を開いた案件も過去には多い」らしい。しかし、それが途切れているのかどうかさえ判然としない。「イノベーション力が落ちている」との考えであれば、「確かに落ちているな」と思える材料を示してほしかった。

ついでに言葉の使い方でいくつか指摘しておきたい。

まず「商品市況の高騰」という使い方は推奨しない(かなり使われてはいるが…)。「市況」とは「市場の状況」という意味なので、市況そのものが上がったり下がったりするわけではない。今回であれば「商品相場の高騰」「商品価格の高騰」などを薦める。「市況」を使いたいならば「商品市況の盛り上がり」などとすれば問題ないだろう。

最後に読点の使い方に触れたい。「非資源分野の充実と顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力の向上」という部分は並立助詞の「と」が続く形で「充実顧客」となっており、読みにくい。この場合、「非資源分野の充実と顧客といっしょになって価値を創出するイノベーション力の向上」と読点を入れるだけでかなり読みやすくなる。


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価もDを据え置く。

2016年3月25日金曜日

これがワキ?日経「東ガス、ブラジル撤退」扱いに異議あり

嘘は書いていないのだろう。しかし、「ブラジル撤退」と言うのは大げさだし、紙面での扱いも大きすぎる。そう思えたのが、24日の日本経済新聞朝刊企業面に出ていた「東ガス、ブラジル撤退 エネ供給事業、北米・アジアに集中」という2番手(いわゆる「ワキ」)の記事だ。見出しに釣られて記事を読んだ読者は、この内容で納得してくれるだろうか。
福岡空港で出発を待つスターフライヤーの航空機
                ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

東京ガスはブラジルのエネルギー供給事業から撤退する。コージェネレーション(熱電併給)システムを活用した現地の商業施設・ホテル向けの事業を三井物産と共同で手掛けているが、自社主導の北米や東南アジアに経営資源を集中したほうが効率的と判断した。

東ガスは2012年に三井物産と共同で、現地エネルギー関連企業を買収。商業施設や製造拠点向けにエネルギー供給契約を結んでおり、14年度の売上高は1億レアル(約31億円)程度だった。

買収当時、事業会社には東ガス子会社が10%、三井物産が90%出資していた。現在の出資比率は不明だが、東ガスは近くすべての持ち分を三井物産に譲渡する。

ブラジルは五輪の開催などに向けてインフラ整備が進んでいる。停電が頻繁に発生、熱電併給システムの引き合いは増えている。ブラジル事業そのものは好調だが、東ガスにとっては少額出資のうえ、現地には2人の人員派遣にとどまり、国内事業などとの相乗効果が見込めないと判断した

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元々が東ガス子会社の出資比率は10%。その出資した企業の年間売上高も約31億円と小さい。また、「現地には2人の人員派遣」しかしていないという。基本的には、保有株式を三井物産に売って2人の社員を日本に帰すだけの話だ。「東ガス、ブラジル撤退 エネ供給事業」という見出しから受ける印象とは、かなり異なる。

この程度の話ならばベタ記事で十分だ。他にネタがないとも思えない。例えば、同じ面で小囲みにしている「クックパッド総会」の話をより詳しく報じる手もある。大したことのない話を強引に大きく見せようとすれば、読者の信頼をさらに失いかねない。日経にとっても得はないはずだ。

東ガスの記事に関して言えば、東ガス子会社からの出資額(あるいは三井物産への譲渡額)には触れてほしかった。ブラジル事業自体は好調なのに、なぜこの時期に持ち分を売却するのかも、もう少し突っ込んだ説明がほしい。「少額出資」なのは最初からだ。それでも当初は「国内事業などとの相乗効果」を見込んでいたのだろう。その後に何らかの変化があったはずだ。そこを説明すると記事にも深みが出る。


※扱いの大きさには疑問が残るが、記事自体に大きな問題はない。記事の評価はC(平均的)とする。

最終回が残念な日経1面「働きかたNext~世界が問う」

日本経済新聞朝刊1面で5回にわたって連載した「働きかたNext~世界が問う」は、第4回まで問題なさそうに思えた。しかし、第5回の「転職『35歳』の壁壊す 職場再生へ動き出せ」が残念な出来だった。「世界が問う」というタイトルにもかかわらず、海外絡みでは外資系と見られる菓子店の話があるぐらいだ。「欧米やアジアと比べたデータがあるだろ」と取材班のメンバーは言いたいのかもしれないが、ちょっと弱すぎる。
金鱗湖(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です

それ以上に気になったのが記事の中での「決め付け」だ。

【日経の記事】

(1)欧米に比べ人材流動化が進まない日本。転職を働き方を変える好機と捉える社会にできないか

(2)法政大学名誉教授の諏訪康雄(68)は「保守的だったミドルの転職を後押しすれば、日本全体が動き出す」と指摘する。働く6400万人が事情に応じて新たな働き方を自ら選ぶ。そんな社会を目指せば、日本の職場も再び輝く

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(1)が第1段落で(2)が最終段落だ。「日本社会=転職を働き方を変える好機と捉えない社会」との前提が取材班にはあるのだろう。捉える人と捉えない人がどの程度の比率で存在するのか確かなことは言えないが、「働き方を変える好機と捉える」人もかなりいるのは間違いない。前提の共有ができていないのに、まともな説明もなく「働き方を変える好機と捉える社会にできないか」と訴えられても困る。

結びの「そんな社会を目指せば、日本の職場も再び輝く」も同じだ。これは日経の1面企画にありがちな「取って付けたような結び」になっている。「日本の職場も再び輝く」と言うのだから、取材班には「日本の職場は輝いていない」との前提があるのだろう。その前提は読者と共有できているのか。「職場は輝いていない」と言える根拠を記事中で読者に提示しているとは思えない。

取材班は「働く6400万人が事情に応じて新たな働き方を自ら選ぶ」社会を目指せと訴える。だが、見方によっては既にそういう社会になっている。若年層の離職率の高さは社会問題になるほどだし、子育てが一段落してから労働時間の短いパートなどで働く女性も多い。もちろん企業の中途採用も当たり前にある。なのに「事情に応じて新たな働き方を自ら選ぶ」社会になっていないのは自明だと考えているのか。

記事には「リクルートによると日本の平均転職回数は0.87回。米国の1.16回はおろか、アジアでも最も少ない」との説明がある。「1.16回」だと「事情に応じて新たな働き方を自ら選ぶ」社会で、「0.87回」だとそうはならないのか。「0.87回」と「1.16回」にそんな決定的な違いはないだろう。

そもそも転職は多ければ多いほどいいのか。平均転職回数は「0.87回」よりも「1.16回」の方が望ましいのか。だとすれば、若者の離職率は高ければ高いほど良いのではないか。しかし、そう考える人は少数派だろう。

ついでに言うと、平均転職回数に関して「アジアでも最も少ない」との説明は感心しない。リクルートの2013年の調査によると、確かに調査対象となったアジア8カ国の中では日本の平均転職回数は最も少ないようだ。しかし、記事の書き方だと「アジアの全ての国の中で最低」と受け取れる。

また、調査の中には「最も少ないのが日本(0.87回)で、インドネシアの約半分である。ただし、いずれも1回前後と、大きな差とは言えない」とのコメントがある。その通りだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。ただし、連載全体の評価はC(平均的)とする。連載の担当デスクと思われる宮東治彦氏への評価はDを据え置くが、強含みではある。宮東氏に関しては「日経 宮東治彦デスクへの助言 1面『働きかたNext』」を参照してほしい。

2016年3月24日木曜日

ぐっちーさん「ニッポン経済最強論!」の雑な説明(2)

上位1%のエリートしか知らない ニッポン経済最強論!」(東邦出版)という本の内容に関して、さらに問題点を指摘していく。まずは第2章の「日本国債は強くて美しいのだ」から見ていこう。ここでは「間違いでは?」と思える記述があった。東邦出版への問い合わせと、それに対する回答を併せて見ていこう。
西南学院大学(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です


【東邦出版への問い合わせ】

「上位1%のエリートしか知らない ニッポン経済最強論!」という本の内容についてお尋ねします。79ページに「日本政府も全く同じで、確かに巨額の債務を持っていますが、資産超過、つまり借金総額より資産総額の方がはるかに多いという、世界で唯一の先進国なのです」と書いてあります。しかし、財務省のホームページを見ると、2013年度末の「国の貸借対照表」では、資産合計652兆円に対し負債合計1143兆円で債務超過です。このデータが絶対だとは言いませんが、「日本政府が資産超過」と思える根拠は見つけられませんでした。

78ページの「(日本の国債が安全な)理由は簡単で、元本も利息もすべて日本国民に返るからです」との説明にも疑問を感じました。日銀統計によると、2015年9月末時点で国債発行残高に占める外国人のシェアは9.8%に達しています。常識的に考えれば、外国人の保有分について「元本も利息もすべて日本国民に返る」とは思えません。

上記の2点に関する説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【東邦出版からの回答】

「日本政府が資産超過」という部分と、「元本も利息もすべて日本国民に返る」という部分についてお伝えいたします。

1.「国の貸借対照表」には民間の資産が計上されておりません。そして、民間は負債がありません。日銀の資金循環統計をご覧いただくとご理解が進むかもしれません。

2.国債発行残高の外国人シェアのなかには、外国人の顔をした日本人、つまり日本人の資金が海外で運用されているぶんがあります。それを考慮すると90.2%以上が「日本国民のもの」と予測されるため「すべて」という表現をしております。

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「国の借金」と「政府の借金」は別物といった話はよく聞くし、一理はある。ただ、今回の場合、「日本政府も全く同じで、確かに巨額の債務を持っていますが、資産超過、つまり借金総額より資産総額の方がはるかに多いという、世界で唯一の先進国なのです」と書いている。これだと「資産超過」なのは「日本政府」と考えるしかない。なのに「民間の資産」を含めて日本政府を「資産超過」と捉えているのだろう。この回答は理解できなかった。こちらの理解力不足の可能性はあるが…。

次の「国債発行残高の外国人シェアのなかには、外国人の顔をした日本人、つまり日本人の資金が海外で運用されているぶんがあります」というのは、その通りだろう。これもよく聞く話だ。ただ、本物の外国人がゼロだとは考えにくい。ゼロでないのならば「すべて」と書くのは乱暴だ。「ほぼすべて」ぐらいにすべきだ。

この辺りに「ぐっちーさん」の説明の雑さが出ている。例えば「ぐっちーさん」は誰かに無利子で100万円を貸した場合、98万円が返ってきたら「すべて」返済されたと考えるのだろうか。

第2章の「日本国債は強くて美しいのだ」には、他にも気になる記述があった。これには(3)で触れる。

※(3)へ続く。

2016年3月23日水曜日

週刊ダイヤモンド「不動産の割安偏差値」算出に残る疑問

週刊ダイヤモンド3月26日号の「ニッポンご当地まるごとランキング」はよく出来た特集だった。西日本に「女余り」の傾向があり、九州はそれが特に顕著だと示した「嫁が欲しくば九州に行こう? 男余り、女余りで地域格差」といった興味深い記事が並んでいて、飽きずに読めた。特集全体の完成度はかなり高い。
筑後川沿いに咲く菜の花と両筑橋(福岡県朝倉市) 
                 ※写真と本文は無関係です

ただ、特集Part 1「公的統計でここまでわかる」の中の「オープンデータから分かった不動産の『割安』地域はここ!」という記事は疑問の残る内容だった。記事では「統計分析を駆使し、オープンデータから不動産取引価格の『割安』な地域を導き出してみた」ようだが、そもそもどうやって「割安」を判断しているのか説明が不十分だ。

【ダイヤモンドの記事】

今回、本誌は不動産取引価格予測サイト「GEEO」を運営する統計調査会社、おたにの協力を得て、今後半年~1年以内に値上がりする可能性の高い地域を明らかにした

対象は、東京や横浜市、大阪市などの全国7大都市の138市区町。官公庁や民間企業が提供している公開情報(オープンデータ)から、現状で「割安」な地域を分析し、偏差値を出してランキング化した

(中略)この指標の肝は、中古住宅の実勢取引価格を中心にしていることである。そのため、「本来もっと高い値段で取引されているはずの地域や、開発余力のある地域が上位にくる傾向にある」(小谷祐一朗・おたに代表)。

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これを読んでも、どうやって「割安」を判断しているのか漠然としている。記事に付いている図の注記にも「7大都市の138市区町における中古住宅取引データおよびオープンデータ等を基に、現在割安な地域を分析、偏差値を出してランキング化した」と出ているだけで、具体的にどんなオープンデータを用いているのかは明らかにしていない。細かな計算方法を示せとは言わないが、もう少し算出基準を明らかにしないと、記事を参考にする気にはなれない。

この記事では「7大都市の138市区町」の中で最も割安なのが大阪市大正区だと紹介している。これに関する説明も、どうも腑に落ちない。

【ダイヤモンドの記事】

トップになったのが、冒頭の大阪市大正区だった。専門家の中には、オフィス需要が少なく大規模マンションのないような大正区が上位にくることに、首をかしげる人もいるかもしれない。

だが、この指標の肝は、中古住宅の実勢取引価格を中心にしていることである。そのため、「本来もっと高い値段で取引されているはずの地域や、開発余力のある地域が上位にくる傾向にある」(小谷祐一朗・おたに代表)。

その点、大正区は大阪市内でも注目度の低い地域であったからこそ、全国的にも『割安』な結果となったのである

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偏差値算出方法の最大のヒントは「中古住宅の実勢取引価格を中心にしていること」だ。あくまで推測だが、何らかの形で「不動産の本来価値」を算出し、それと「中古住宅の実勢取引価格」を比べているのだろう。しかし、割安な地域が分かったとしても、なぜそれが「今後半年~1年以内に値上がり」なのかは判然としない。

さらに言えば「割安=将来は上がる」と考えるのは早計だ。割安な状況は必ず解消されるとは限らないし、解消されるとの前提が正しいとしても、それは例えば他の地域の価格が下がることで割安度が平準化していく場合もある。そう考えると「大阪市大正区の不動産は割安ですよ。今後1年以内に値上がりする可能性が高いそうですよ」と言われても、眉に唾するしかない。

大正区は大阪市内でも注目度の低い地域であったからこそ、全国的にも『割安』な結果となったのである」という説明も妙だ。「注目度の低い地域ほど割安偏差値が高い」という傾向があるならばまだ分かる。しかし記事では以下のようになっている。

【ダイヤモンドの記事】

全国2位の福岡市中央区では、福岡空港の周辺規制の緩和によって、大規模開発がめじろ押しだ。今後10年間で30棟の民間ビルの建て替えを誘導するという「天神ビッグバン」計画を、福岡市が掲げているほどである。

3位の横浜市栄区も、鎌倉市にまたがるJR大船駅周辺や、東急建設による再開発の計画が明らかになるなど注目が集まっている

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上記のくだりを読む限り、「注目度の低い地域ほど割安偏差値が高い」という傾向は見当たらない。だとすると、大正区に関する説明は何だったのかと思えてしまう。記事に付いている東京23区の地図を見ても、割安偏差値が最も高いのが中央区で、最も低いのが荒川区。やはり「注目度の低い地域の偏差値は高い」と言える状況になっていない。

色々と注文を付けたが、この記事を除くと特集に目立った問題は感じなかった。全体的な完成度の高さを重く見て、特集の評価はB(優れている)とする。担当者のうち、田中博編集長と田島靖久副編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を、須賀彩子記者はE(大いに問題あり)を据え置く。浅島亮子副編集長、深澤献記者、ライターの嶺竜一氏は新規に暫定でBとする。  前田 剛副編集長と柳澤里佳記者は暫定Cから暫定Bへ引き上げる。暫定でBとしていた宮原啓彰記者と小島健志記者への評価はBで確定させる。


※田中編集長と田島副編集長への評価については「ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について」「週刊ダイヤモンドを格下げ 櫻井よしこ氏 再訂正問題で」などを参照してほしい。須賀記者に関しては「素人くささ漂う ダイヤモンド『回転寿司』止まらぬ進化」「週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言」「ロイヤル社長を愚か者に見せる週刊ダイヤモンド須賀彩子記者」などが参考になるだろう。

2016年3月22日火曜日

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(3)

日経ビジネス3月21日号の「スペシャルリポート~もう『カモ』とは呼ばせない マイナス金利下の投信運用術」という記事中には、「マイナス金利時代の2000万円、私ならこう運用する」とのタイトルでセゾン投信社長の中野晴啓氏が私見を語っているコラムがある。これに関して、問題点の指摘を続けたい。

キャナルシティ博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です
このコラムで特に気になったのが以下のくだりだ。

【日経ビジネスの記事】

マイナス金利時代に入ったことで、将来的なインフレーションは意識せざるを得ない。それでも日本のマクロ経済が成長軌道を取り戻すとは限らず、日本株の運用はインデックスが決して万能とは言えないと考えている。そこで、日本株ファンドは厳しい銘柄選別を前提とした資産構成のできるアクティブ型を選ぶ。

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まず「マイナス金利時代に入ったことで、将来的なインフレーションは意識せざるを得ない」が謎だ。「極端な金融緩和はインフレを招きやすい」とは言えるだろうが、マイナス金利政策の導入前から、これでもかというほど金融緩和は進んでいる。マイナス金利政策が始まったからと言って、インフレに対する意識を変える必要はないはずだ。

「低成長下でのインフレを意識する必要がある。その場合、日本株ファンドはインデックス型ではなくアクティブ型が好ましい」と中野氏は考えているようだが、その理由がまた奇妙だ。「インデックス型も万能ではないからアクティブ型を選びましょう」と言われて納得できるだろうか。万能ではないのはアクティブ型も同じだ。ならば、両者の長所や短所を比較した上で、どちらが好ましいかを判断すべきだろう。

例えば、「住むのは賃貸か持ち家か」を考える時に「賃貸も万能とは言えないので持ち家を選びましょう」という助言は役に立つだろうか。

アクティブ型について「厳しい銘柄選別を前提とした資産構成のできる」ものを選ぶべきだと説いているのも、役にも立たない助言だ。「ウチのファンドはいい加減な銘柄選別しかしてませんよ」と教えてくれる運用会社は皆無だろう。

仮に「厳しい銘柄選別=低成長下のインフレ局面でも市場平均を上回るパフォーマンスを確実に実現してくれる銘柄の選別」だとすると、そんな選別をしてくれるファンドを事前に探し出す方法は基本的にない(あるなら教えてほしい)。

ここまでかなり厳しく記事を論評してきた。ただ、記事の中には「ファンドラップに注意」「『回転』は結局、損になる」といった有用な話も入っている。それを大幅に上回って問題点が多かったのが悔やまれる。


※記事の評価はD(問題あり)。杉原淳一記者への評価もDを据え置く。杉原記者に関しては「『個人向け国債』を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者」も参照してほしい。

2016年3月21日月曜日

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(2)

日経ビジネス3月21日号の「スペシャルリポート~もう『カモ』とは呼ばせない マイナス金利下の投信運用術」という記事では、2人の専門家が「マイナス金利時代の2000万円、私ならこう運用する」というタイトルで私見を述べている。これがまたも読む価値のない内容だった。特にセゾン投信社長の中野晴啓氏のコメントは参考にすべきでない。と言っても中野氏に罪はない。筆者である杉原淳一記者の責任だ。投信を売っている会社の社長に資産運用の助言を求めてどうする。自社に都合のいい話をするに決まっているし、実際にそうなっている。
唐津城(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です

基本は長期投資、手数料に注意を」というタイトルのコラムの全文は以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

具体的な配分は、国際分散型バランスファンドと国際分散型株式ファンドに800万円ずつ。残りは日本株ファンドに200万円、預金に200万円という配分にする。私見だが、インデックス(代表的な株価指数に連動するよう運用する手法)型の国際分散投資ファンドは、単純な資産配分をしているものが多いと感じる。日本に偏った資産配分をしない運用方針のファンドを選ぶべきで、運用に詳しい独立系ファイナンシャルプランナーなどに相談するなどして見極める姿勢が必要だ。

マイナス金利時代に入ったことで、将来的なインフレーションは意識せざるを得ない。それでも日本のマクロ経済が成長軌道を取り戻すとは限らず、日本株の運用はインデックスが決して万能とは言えないと考えている。そこで、日本株ファンドは厳しい銘柄選別を前提とした資産構成のできるアクティブ型を選ぶ。

運用は長期投資を考えているので、頻繁に投信を買い替えるようなことはしない。相次ぐ金融緩和で世界中の運用利回りが低下傾向にあるため、手数料をいくら払うのかにも注意する。その意味でノーロード(販売手数料無料)かどうかというのは投信選びの大きなポイントとなる。

自分も同業なので誤解を恐れずに言えば、大手銀行や証券会社の系列ではない独立系の投信会社を選択肢に入れたいところだ。投信業界では販売サイドが親会社で、投信を作るのが子会社という企業グループが多い。この場合、「販売主導で投信が組成され、本当に顧客の利益を最優先できるのか」と疑問視する声がある

独立系はその心配がないし、さらに直販なら運用担当者からダイレクトな情報発信を得られることも魅力だ(談)

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セゾン投信が独立系投信会社なので、やはり「独立系の投信会社を選択肢に入れたいところだ」と語っている。社長であれば、そうなるのは仕方がない。そこは杉原記者が省いて記事にすればいいだけだ。「なるほど」と思える要素があれば、「自分たちを選ぶべき」との話に耳を傾ける意味もあるが、今回はそうなっていない。

中野社長は「独立系投信ならば販売主導で投信が組成されることはないので、顧客の利益を最優先できる」と言いたいのだろう。しかし、「同じ会社になっていれば販売主導にならない」とは言えない。社内で販売部門の力が強ければ、非独立系と同じ状況になり得る。そもそも営利企業で「本当に顧客の利益を最優先できるのか」大いに疑問だが…。

このコラムには他にも問題を感じた。それについては(3)で述べる。

※(3)へ続く。

2016年3月20日日曜日

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(1)

スペシャルリポート~もう『カモ』とは呼ばせない マイナス金利下の投信運用術」という記事が日経ビジネス3月21日号に出ていた。「もう『カモ』とは呼ばせない」とのタイトルとは裏腹に、新たなカモを生み出そうとしているかのような内容だった。筆者の杉原淳一記者は「マイナス金利で運用難→投信へ資金シフト」という前提で記事を構成している。しかし、この前提自体に問題がある。

梅の花(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
記事の一部を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

何も考えずに元本保証の預貯金にお金を入れておけば数%の金利が付く時代もあったが、それは遠い昔。いまや普通預金金利が年0.001%という銀行も少なくない。100万円を1年間預けても、利息は単純計算でわずか10円だ。マイナス金利時代に突入し、個人は資産運用と向き合わざるを得なくなっている。

では、どう資金を運用すればいいのだろうか。そもそもマイナス金利は、金融商品に大きな影響を与えている。銀行預金のような金融商品であるMMF(マネー・マネージメント・ファンド)。取り扱っていた資産運用会社は新規募集を停止するだけでなく、最近では相次ぎ償還している。主に短期の公社債で設計するという商品設計上、金利低下で利回りが見込めないためだ。貯蓄性を重視した一時払い終身保険の取り扱いをやめる保険会社も出ている。

とはいえ、初心者がいきなり個別株や先物取引などに手を出すのも難しい。そこで現実的な選択肢として浮かぶのが株式や債券などを組み込んだ投資信託だ。証券会社が販売を独占していた投信は、1998年に銀行などの窓口でも販売できるようになった。「個別株投資はリスクが高い」「忙しいので運用はプロに任せたい」といった個人投資家のニーズを吸い上げて市場が拡大。現在では個人投資家が資産運用する際の主力商品の1つとなっている。

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記事の冒頭で杉原記者は「マイナス金利の導入で低リスクの運用商品は姿を消した」と断定している。上記のくだりで触れたMMFの募集停止などがその根拠なのだろう。しかし「姿を消した」と言い切ってしまうのは明らかな誤りだ。日経BP社には以下の問い合わせを送っておいた。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス3月21日号の「スペシャルリポート~もう『カモ』とは呼ばせない マイナス金利下の投信運用術」という記事についてお尋ねします。筆者の杉原淳一記者は記事の書き出しで「マイナス金利の導入で低リスクの運用商品は姿を消した」と説明しています。これを額面通りに受け止めれば、低リスクの運用商品は現状では存在しないはずです。

しかし、個人向け国債の募集は3月も続いていますし、募集停止の方針も出ていません。MRFもマイナス金利政策の影響が及ばないように日銀が配慮しており、なくなる見込みは現状では薄そうです。個人向け国債やMRFは「低リスクの運用商品」ではないのでしょうか。さらに言えば、銀行預金も「低リスクの運用商品」として残っていますし、預金金利がマイナスになったわけでもありません。

個人向け国債やMRFを「低リスクではない」と考えるのも難しそうです。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌は読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しつつあります。メディアとして説明責任をしっかり果たしていただけるよう重ねてお願いします。また、1週間経過しても回答がない場合、記事の説明は誤りと判断させていただきます。

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いまや普通預金金利が年0.001%という銀行も少なくない。100万円を1年間預けても、利息は単純計算でわずか10円だ」と杉原記者は強調するが、普通預金の金利がほぼゼロという状況は最近始まったことなのか。マイナス金利政策によって預金金利がぼぼゼロからさらにゼロに近付いたからと言って、「マイナス金利時代に突入し、個人は資産運用と向き合わざるを得なくなっている」と考える必要があるのか。「金利はほぼゼロでいいから、安全性の高い銀行預金に金融資産は入れておきたい」と判断している個人が方針を改めなければならないような変化は起きていないはずだ。

しかし、杉原記者はMMFの募集停止などを持ち出した上で「とはいえ、初心者がいきなり個別株や先物取引などに手を出すのも難しい。そこで現実的な選択肢として浮かぶのが株式や債券などを組み込んだ投資信託だ」と誘導していく。「証券会社や銀行の回し者なの?」と聞きたくなるような書き方だ。

本当に「マイナス金利の導入で低リスクの運用商品は姿を消した」のならば、低リスクではない投信に誘導する手もある。しかし、預貯金も個人向け国債も「低リスクの運用商品」として残っている。それを知らないのならば、この手の記事を書く資格がないし、知っているのにあえて触れずに投信へと誘導するのならば、「金融業界の回し者」と思われても仕方がない。

この記事には他にも問題を感じた。それらについては(2)で触れる。

※(2)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2016年3月19日土曜日

ぐっちーさん「ニッポン経済最強論!」の雑な説明(1)

「日本は凄いんだ」と訴えるコンテンツはどうも好きになれない。しかし、食わず嫌いも良くないので、「上位1%のエリートしか知らない ニッポン経済最強論!」(東邦出版、2016年2月4日初版第1刷発行)という本を読んでみた。結論から言えば苦しい内容だった。全体を通して雑な説明が目立つし、「なるほど。日本経済は最強なんだな」とも思えなかった。

恵蘇八幡宮(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です
筆者は、雑誌の連載などでもよく見かける「投資銀行家ぐっちーさん」。この本には「こういう報道をする全国紙はもう、ボケているとしか思えない」などとメディアをこき下ろす記述も多い。それが間違いだとは言わないが、筆者にそんな主張をする資格があるのか疑問だ。まずは出版社に送った問い合わせの内容を紹介したい。

【東邦出版への問い合わせ】

「上位1%のエリートしか知らない ニッポン経済最強論!」という本に関して2点お尋ねします。

まず「先んじてアメリカ、欧州に対して日本市場を開放したので、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスを筆頭に多くの欧州勢が次々に乗り込んできて、あまり大したことのない日本人サラリーマンに何千万円もの報酬を払いました」という221ページの記述についてです。この説明では「モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスは欧州勢」となりますが、いずれも「米国勢」ではありませんか。例えば、ゴールドマン・サックスのホームページには「1869年に創業、ニューヨークを本拠地として、世界の主要な金融市場に拠点を擁しています」と出ています。

次は229ページの「三洋電機が倒産し、シャープも風前の灯火、ソニーも苦戦を強いられている大手家電商品メーカーはその典型と言っていいかもしれません」という部分です。三洋電機が経営危機に陥ったのは事実ですが、倒産には至らず2011年にパナソニックの完全子会社になっています。「三洋電機が倒産」とする根拠はあるのでしょうか。

上記の2点に関して回答をお願いします。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

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欧州勢」に関しては「欧米勢」と書いたつもりだったのだろうが、三洋電機に関しては筆者自身が「倒産した」と認識しているはずだ。だとしたら、「この人が書いていることを信じて大丈夫かな」と不安にはなる。

「事実上の経営破綻状態に陥ったところをパナソニックに救われたので、分かりやすさを重視して『三洋電機が倒産』」と表現しました」といった苦しい弁明はできるだろうが…。

本の中には他にも引っかかる記述が多数ある。それらは(2)以降で触れたい。問い合わせへの回答も届けば紹介する。

※(2)へ続く。

追記)上記の問い合わせに対しては東邦出版から回答があった。内容は以下の通り。

【東邦出版の回答】

お問い合わせの件、「欧州勢」は校閲ミスであり、「欧米勢」と表記するのが正しいですね。申し訳ございません。三洋電機に関しても、「倒産の危機に瀕し」と表記すべきでした。重ねてお詫び申し上げます。

2016年3月18日金曜日

1つだけ惜しい所が…週刊エコノミスト「マイナス金利」特集

マイナス金利には個人的に関心があるので、関連する記事をよく読んでいる。週刊エコノミストは質と量の両面で最も期待に応えてくれている経済メディアだ。3月22日号の特集「直撃! マイナス金利 地銀・ゆうちょ・信金+生保」も読み応えがあった。細かい論評は省くが、慶応大学経済学部の櫻川昌哉教授が執筆した「日銀のマイナス金利導入 銀行の信用創造が縮小しマネーサプライの減少招く」はマイナス金利の限界を納得できる形で解説しており、特に良かった。

大生寺(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です
ただ、SMBC日興証券株式調査部シニアアナリストの丹羽孝一氏が書いた「生命保険 長期的には経営の影響大 保険料の上昇圧力強まる」という記事には引っかかる記述があった。エコノミスト編集部への問い合わせの内容を紹介したい。

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト3月22日号の「生命保険~長期的には経営への影響大 保険料の上昇圧力強まる」という記事についてお尋ねします。気になったのは「保険料を上げないということは、会社の所有者である、上場会社であれば株主、相互会社であれば相互会社の持ち分価値を毀損させているということである。保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するかという価値判断の問題である」という説明です。ここからは「相互会社の所有者は相互会社そのもの」と読み取れます。しかし、「相互会社の所有者=社員(保険契約者)」ではありませんか。

「保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するか」という記述も解釈に迷いました。株式会社の場合は分かるのですが、相互会社の所有者を保険契約者とすると、保険契約者を重視することは同時に会社所有者の重視にもなるので、「保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するか」という問いかけ自体に意味がなくなります。

以上の2点に関して、記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすればどう解釈すべきかも教えてください。

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記事に何の問題もない可能性は低いだろう。回答があれば内容を紹介したい。丹羽孝一氏への評価は回答を見て考える。


※上記の問題はあるが、特集全体の完成度の高さを重視して特集の評価はB(優れている)とする。特集を担当した桐山友一記者と花谷美枝記者の評価も暫定でBとしたい。


追記)約1か月後に回答が届いた。「問い合わせから1カ月後に届いた週刊エコノミストの回答」を参照してほしい。

2016年3月17日木曜日

昔話の紹介だけ? 捻りゼロの日経1面コラム「春秋」

新聞の1面コラムというのは、練りに練った文章で多くの読者を感心させるものであってほしい。ところが日経のコラム「春秋」は逆だ。「ハワイ王国の第7代カラカウア国王」を取り上げた17日の記事では、「昔、こんなことがあったんですよ」と紹介しているに過ぎない。いくら何でも捻りがなさすぎる。

記事の全文は以下の通り。

筑後川と巨瀬川の合流地点近くの菜の花
           ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

「五代さま」こと五代友厚が北海道の「官有物払い下げ問題」で苦しい立場に立たされた明治14年。ハワイ王国の第7代カラカウア国王は世界一周の旅に出た。船便の関係で、一番近い大都市である米国のサンフランシスコにまず立ち寄り、次に訪れたのが日本だった。

公式の外遊となると儀礼などが面倒なことになるので、いわばお忍び。けれど行く先々で大歓迎を受けた。有史以来はじめて外国の国家元首を迎えたわが国も、下にも置かないおもてなしをしたと伝えられる。ときの外務卿(外相)井上馨は、悲願の不平等条約改正を実現するための突破口にしたい、ともくろんだらしい。

実際、カラカウア王はこのとき条約の改正に応じると表明し、井上らをいたく喜ばせた。国王はさらに随員にも明かさずひそかに明治天皇と会い、驚くべき提案をしたそうだ。一つはハワイと日本を軸とした連邦の結成。もう一つは王室と皇室の縁談。そして日本からハワイへの移民。135年前の3月中旬のことである。

連邦の結成と縁談を天皇は丁重に断ったが、移民には応じた。やがて移住が急増したことはよく知られている。国王の大胆な提案の背景には、米国にのみ込まれるのではないか、との不安があったとされる。それが現実のものとなったのは12年後だ。歴史に「もし」はない、というけれど、世が世なら、の思いに誘われる。

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想像だが、筆者は最近になってカラカウア国王と日本の関係を知り、「春秋」で紹介しようと考えたのだろう。それはそれでいい。だが、最近の国際情勢と絡めてみるといった工夫がないと、新聞の1面コラムとしては苦しい。

記事の導入も感心しない。「『五代さま』こと五代友厚が北海道の『官有物払い下げ問題』で苦しい立場に立たされた明治14年」という書き出しで記事は始まるが、その後の話と五代友厚に関係性は見当たらない。今回のような形で「五代友厚」を持ってくるならば、記事の中で「カラカウア王」と関連付ける構成にしたい。

NHK連続テレビ小説「あさが来た」で五代友厚に注目が集まったので、記事の冒頭に持ってきたのだろう。だが、読者の誰もが朝の連ドラを見ているわけではない。どうしても使いたいのならば、NHKの朝ドラで注目を集めていることを記事中で説明すべきだ。この辺りにも、筆者の工夫のなさが窺える。


※記事の評価はD(問題あり)。

MRFは「口座」の一種? 日経「マイナス金利、MRF除外」

MRFとは投資信託の一種だと思って生きてきた。その常識を覆すような記事が、16日の日本経済新聞朝刊総合2面に出ていた。「マイナス金利、MRF除外 個人の運用に配慮」という記事では「MRFは株式などの売却資金が一時的に置かれる口座」と言い切っている。これだと、どう読んでもMRFは「口座」だ。「口座」であれば当然に「投信」ではないはずだ。だが、どうも納得できないので、日経に問い合わせをしてみた。記事の中身と併せて紹介する。
佐田川と菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(総合2面)】

日銀は15日、マイナス金利政策を一部修正することを決め、証券会社の決済口座にあたるマネー・リザーブ・ファンド(MRF)に同政策を適用しない例外措置を導入した。元本割れで投資家が混乱する事態を避けるためだ。

MRFは株式などの売却資金が一時的に置かれる口座。一部が日銀当座預金に預けられ、マイナス金利政策で元本割れリスクが高まっていた。MRFの残高は約10兆円で、元本割れ部分を運用業界で穴埋めすると、年100億円規模の負担増になる可能性があった。

【日経への問い合わせ】

16日の「マイナス金利、MRF除外」という記事についてお尋ねします。記事中に「MRFは株式などの売却資金が一時的に置かれる口座」との説明が出てきます。しかし、MRFは短期の債券で運用する公社債投資信託の一種ではありませんか。証券取引の決済に使われるのは確かですが「口座」そのものではないはずです。日銀の黒田東彦総裁も記者会見でMRFについて「個人の株式投資など証券取引において決済機能を担っている」とは述べているものの、「MRF=決済口座」とは説明していないようです。

記事中の「証券会社の決済口座にあたるマネー・リザーブ・ファンド(MRF)」という説明にも同様の問題を感じます。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。1週間以内に回答がない場合、記事の説明は誤りと判断させていただきます。

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ちなみに、この日の日経朝刊では1面にもMRF関連の記事が載っていた。そこにも同じような説明がある。

【日経の記事(1面)】

証券会社の顧客の決済口座の役割を担うマネー・リザーブ・ファンド(MRF)は「個人の証券取引という面で非常に重要な役割を担っている」として、マイナス金利政策の対象外にすることを決めた。

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総合2面の記事に比べるとやや微妙だが、それでも「決済口座の役割を担うMRF」となっているので、「MRF=口座」との認識が記事の作り手にあるのだろう。

他のメディアがどう書いているのかも調べてみた。NHKとSankeiBizの16日付の記事では、以下のように説明している。

【NHKの記事】

投資家が取り引きに使うお金を一時的に預ける投資信託=MRFの資金について、日銀がマイナス金利を適用しないことを決めたことを受け、日本証券業協会の稲野和利会長は歓迎する考えを示しました。

【SankeiBizの記事】

日銀は15日開いた金融政策決定会合で、金融機関から預かる資金のうち、国債などの公社債などで運用される投資信託「マネー・リザーブ・ファンド(MRF)」に相当する額を、マイナス金利の適用対象から外すことを決めた。MRFは証券取引の決済機能を担っており、証券業界などは、マイナス金利によって元本割れすれば影響が大きいとして適用除外を求めていただけに、日銀の決定を歓迎している。ただ、厳しい運用環境は今後も続きそうだ。

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いずれも「MRFは投信の一種」という従来の常識に沿った説明をしている。日経が「MRFは口座の一種」と判断したのはなぜか。回答が届けば謎が解けるかもしれないが、望み薄ではある。


※日経からの回答が届かないとの前提で、記事の評価はD(問題あり)とする。回答があれば再検討する。

追記)結局、回答はなかった。

2016年3月16日水曜日

日経社説 「待機児童の解消」への知恵は政府任せ?

16日の日本経済新聞朝刊の社説「待機児童の解消急ぎ女性の力を生かせ」は本当に中身のない記事だった。日経の論説委員たちが、この社説に掲載の意味を見出しているのならば驚きだ。「あらゆる知恵を絞って対応しなければならない」と政府や自治体に呼びかけるだけでは待機児童の問題は解決しない。社説で取り上げるのならば、日経自身が「知恵」を示すべきだ。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

社説の中身を見ていこう。

【日経の社説】

「女性の活躍」はどこまで進むのか。それを占う試金石の一つが待機児童の解消だろう。保育所に入れない不満をつづった匿名ブログが多くの反響を呼び、改めて働く女性たちの関心が高いことを示した。

少子高齢化と人口減少が続く日本で、社会の活力を維持するためには、女性の力を生かすことが不可欠だ。安心して子どもを預けることができる保育サービスは、その前提条件となる。政府と自治体は待機児童の解消を求める声を真摯に受け止め、あらゆる知恵を絞って対応しなければならない

政府が対策をしてこなかったわけではない。2013年には、40万人分の保育サービスを17年度末までに整備し、待機児童をゼロにする方針を掲げた。15年秋には整備目標を50万人分に引き上げた。

だが、道はまだ途上だ。15年4月時点の待機児童の数は、約2万3千人いた。今春も都市部を中心に、まだ預け先が見つからない人は多くいる。生活が厳しく、新たに働きに出たい人も多い。こうした切実な声の高まりに、整備が追いついていない。

まずは早急に受け皿の拡大を図らなければならない。保育サービスには保育所のほか、19人以下の子どもを預かる小規模保育や、保育所と幼稚園の機能を併せ持つ認定こども園などがある。どんなサービスを増やすことができるのか。自治体は民間の力も生かしながら、地域の実情に応じて預け先を増やす必要がある

同時に、保育の担い手の確保も急がなければならない。保育士の資格を持ちながら、仕事の負担の重さなどから現場を離れてしまう人は少なくない。処遇の改善や教育・研修の充実などを通じ、意欲を持って働き続けることができるよう後押ししたい。

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この社説では「政府と自治体は待機児童の解消を求める声を真摯に受け止め、あらゆる知恵を絞って対応しなければならない」「自治体は民間の力も生かしながら、地域の実情に応じて預け先を増やす必要がある」と具体性に欠ける話が続く。

待機児童の解消」のために公費投入を増やすのであれば、財源を国債で賄うのか、他の支出を削るのか、考えなければならない。公費に頼らず問題解決を図るのであれば、どう「民間の力」を生かすのか社説で提言すべきだ。自らは何も処方箋を示さないまま「政府や自治体は知恵を絞って頑張れ」と呼びかけるだけでは説得力はない。

これほど不十分にしか論じていないのに、筆者は待機児童の話を早々に切り上げてしまう。社説の終盤は以下のようになっている。

【日経の社説】

もちろん、女性の力を生かすには、これだけでは十分ではない。男女問わず仕事と子育てを両立できるようにするためには、硬直的な長時間労働の見直しなどの、働き方改革が必要だ。いったん離職した女性が仕事に戻りやすくなる柔軟な労働市場も要る。

保育の拡充と働き方改革は、少子化対策としても重要だ。いずれも長年にわたり解決が持ち越しになってきた。今こそ政府は、必要な財源の確保や仕事と子育ての両立を阻む壁の解消に全力で取り組むべきだ。待機児童への関心の高まりを答えを出す契機にしたい。

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待機児童の話も中身がなかったが、それは上記のくだりでも変わらない。ここでも「今こそ政府は、必要な財源の確保や仕事と子育ての両立を阻む壁の解消に全力で取り組むべきだ」と書くだけで、財源の問題も含めて後は政府にお任せだ。日経の論説委員に妙案がないのを責めるつもりはない。ただ、自分たちが全く知恵を出せないのであれば、社説で待機児童の問題を取り上げるのは止めた方がいい。紙面を使って自らの無能さを宣伝しているようなものだ。

ついでに言葉の使い方をいくつか指摘しておこう。

◎「2013年には」が離れすぎ

2013年には、40万人分の保育サービスを17年度末までに整備し、待機児童をゼロにする方針を掲げた」という部分が読みにくかった。「2013年には」は「掲げた」に掛かっている。ただ、離れすぎている上に「17年度末までに」を間に挟んでいるので分かりにくい。これは「40万人分の保育サービスを17年度末までに整備し、待機児童をゼロにする方針を2013年に掲げた」とすると、ぐっと読みやすくなる。


◎無駄な「数」

15年4月時点の待機児童の数は、約2万3千人いた」とすると、「いた」のは「待機児童」ではなく「」になってしまう。「」を使うならば「15年4月時点の待機児童の数は、約2万3千人だった」だろうが、「」を使わない方がスッキリする。「15年4月時点で待機児童は約2万3千人いた」とするのがお薦めだ。

記事はできるだけ簡潔に書いてほしい。例えば「どんなサービスを増やすことができるのか」も「どんなサービスを増やせるのか」に改めると、かなりスリムになる。


◎複数の解釈が成り立つ書き方

今こそ政府は、必要な財源の確保や仕事と子育ての両立を阻む壁の解消に全力で取り組むべきだ」という部分も読みにくい。筆者は「必要な財源の確保」と「仕事と子育ての両立を阻む壁の解消」を並立関係にしたいのだろう。しかし、「必要な財源の確保」と「仕事と子育ての両立」を並立関係だと捉えて、「(その2つを)阻む壁の解消」と理解しても間違いとは言えない。文脈上も成り立つ。

文の構成が複雑なので、複数の解釈が可能になっている。ここは構成自体を見直した方がいいだろう。改善例を示しておく(注:完全に同義にはなっていない)。

【改善例】

今こそ政府は必要な財源を確保した上で、仕事と子育ての両立を阻む壁の解消に全力で取り組むべきだ。

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※記事の評価はD(問題あり)。

2016年3月15日火曜日

分析やや甘い東洋経済 又吉龍吾記者「そごう柏店撤退」(2)

東洋経済オンラインに3月13日付で載った「『そごう柏店』を撤退に追い込んだ過酷な事情 ベッドタウン百貨店『閉鎖ドミノ』の序章か」という記事の分析の甘さをここでは取り上げたい。まずは西武旭川店に関する又吉龍吾記者の分析を見ていこう。
合所ダム周辺(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済オンラインの記事】

百貨店は都心の大型旗艦店を除くと、苦しい状況が続いている。今回閉鎖する西武旭川店は、その顕著な例の1つだ。旭川市の人口は1998年(36.4万人)以降、少子化や転出超過で減少の一途をたどる。2015年9月末では34.5万人となった。こうした状況から、「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」(村田社長)。

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(1)で触れたように、普通に読むと「西武旭川店の撤退で旭川に百貨店は1店だけになるんだな」と思いそうになる。しかし、実際には百貨店は旭川から姿を消すようだ。村田紀敏セブン&アイ・ホールディングス社長の「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」という言葉は、裏返せば「地方都市でも1店舗であれば百貨店が存続できる」と示唆している。しかし旭川ではそうはならなかった。

記事では、旭川に百貨店がなくなることを伝えず、1店舗は残るかのような書き方をしていた。「旭川から百貨店が消える」と明示した上で「旭川で最後の百貨店になったのに、なぜ残存者利益を得て生き残れなかったのか」を掘り下げてみれば、記事の完成度はより高まったはずだ。

次に、そごう柏店の撤退を又吉記者がどう分析しているのかを見ていく。

【東洋経済オンラインの記事】

だが、柏市は事情が異なる。東京のベッドタウンである同市は、旭川市とは逆に人口が増加している。2016年3月時点の柏市の人口は41.4万人と、10年前から3.3万人増えている。にもかかわらず、そごう柏店を閉めるという決断に至ったのはなぜなのか。

会社側が理由に挙げるのは、競争環境の激化だ。

1973年10月にオープンしたそごう柏店は、駅を挟んだ向かい側に同時期に開業した柏高島屋、同じ東口で1964年から営業を始めていた丸井柏店と競い合う形で、成長を遂げてきた。売上高は1991年2月期に590億円とピークを迎えた。

が、2000年代に入ると、半径5キロ圏内に次々と大型のショッピングセンター(SC)が進出。イオンモール柏をはじめ、流山おおたかの森S・C、ららぽーと柏の葉が相次いで開業した。

こうした逆風に、そごう柏店も手をこまぬいていたわけではない。大型SCがファミリー層をターゲットに位置づけるのに対し、そごう柏店はシニア層にターゲットを絞った品ぞろえやサービスに力を注いできた。2012年には百貨店内にカルチャーセンターを誘致し、俳句や短歌、音楽やダンスの講座を開くなど、シニア客の流入を図った。

「これらの取り組みは一定の成果があり、シニア客に絞った売り上げは回復トレンドにあった」(そごう・西武)。ただ、結果としては、シニア層以外の施策が乏しく、店舗全体の売り上げの減少に歯止めをかけることはできなかった。直近の2016年2月期の売上高は115億円と、ピーク時の2割程度にまで落ち込んでしまった。

一方、これまでは家族客に狙いを定めてきた近隣の大型SCは、シニア層を含む3世代の囲い込みに注力し始めている

「フードコートはナショナルチェーンだけではなく、素材にこだわった付加価値の高いテナントも増やすことで、幅広い年齢層に受け入れられるようにしている」(ららぽーと柏の葉を運営する三井不動産)

こうした取り組みが功を奏し、ららぽーと柏の葉は開業直後の2008年度は168億円だった売上高が、2014年度は222億円にまで増加した。この勢いは柏に限ったことではない。全国各地の大型SCはおおむね順調に客数を伸ばしており、今後も未開拓地域への進出を続けていくとみられる。

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そごう柏店は、駅を挟んだ向かい側に同時期に開業した柏高島屋、同じ東口で1964年から営業を始めていた丸井柏店と競い合う形で、成長を遂げてきた」と又吉記者は書いている。そして高島屋と丸井は今も営業を続けている。高島屋や丸井ではなく、そごうが撤退するのはなぜなのか。そごうが目立って苦しいのか、それとも駅周辺全体が地盤沈下しているのか。その辺りが分かれば、記事への満足度はさらに高まったと思える。

SC好調の理由に関する説明もかなり雑だ。「フードコートはナショナルチェーンだけではなく、素材にこだわった付加価値の高いテナントも増やす」と言われても、具体的にどんなテナントを増やしているのかイメージしにくい。それに、このコメントからは「ナショナルチェーン=付加価値の高くないテナント」との印象も受けるが、そうは決め付けられないだろう。

最後に記事の結論部分にも注文を付けておく。

【東洋経済オンラインの記事】

セブン&アイHDの村田社長は「閉店する2店を除いた既存の百貨店については、黒字を確保できている」として、残る21店の百貨店については存続させる意向を示した。ただ、柏の事例のように近隣で競合SCの進出が相次げば、現在は黒字を維持している店舗も安泰とはいえない。人口増加が続く柏での撤退は、郊外都市における百貨店閉鎖ドミノの序章となるかもしれない

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人口増加が続く柏での撤退は、郊外都市における百貨店閉鎖ドミノの序章となるかもしれない」と聞くと、これまで郊外都市における百貨店閉鎖はほとんど起きていないような印象を受ける。しかし、セブン&アイ傘下の百貨店に限っても、西武春日部店が今年2月末で閉店となった。2012年1月には、そごう八王子店も閉めている。グループ外に目を移せば、さいか屋川崎店が2015年5月で営業をやめた。「郊外都市における百貨店閉鎖ドミノ」は既に起きているとも言える。

八王子市や川崎市でも人口は増えているのに、百貨店の閉店は現実になっている。「柏での撤退」に特別な意味を持たせて「郊外都市における百貨店閉鎖ドミノの序章となるかもしれない」と結論付けるのは、ちょっと無理がある。


※色々と注文を付けたが、記事の基礎的な部分はしっかりしている。少し工夫を加えるだけで優れた記事に生まれ変わるはずだ。記事の評価はC(平均的)。暫定でB(優れている)としている又吉龍吾記者への評価は据え置く。又吉記者については「セブン&アイ鈴木敏文会長の責任質した東洋経済を評価」も参照してほしい。

2016年3月14日月曜日

分析やや甘い東洋経済 又吉龍吾記者「そごう柏店撤退」(1)

東洋経済オンラインに3月13日付で載った「『そごう柏店』を撤退に追い込んだ過酷な事情 ベッドタウン百貨店『閉鎖ドミノ』の序章か」という記事は手堅くまとまっていて悪くない出来だったが、分析の浅さが気になった。記事では、セブン&アイ・ホールディングスが西武旭川店とそごう柏店の閉鎖を発表したのを受けて、両店が追い詰められた理由を探っている。ただ、「西武旭川店は人口減少、そごう柏店はショッピングセンターなどとの競争激化が響いた」という解説だけでは当たり前すぎる。筆者である又吉龍吾記者にはもう一歩踏み込んだ工夫を求めたい。
巨瀬川に咲く菜の花(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

まずは、誤解を招きかねない書き方を1つ指摘したい。これに関しては、東洋経済に問い合わせを送り、回答も届いたので記事と併せて紹介したい。

【東洋経済オンラインの記事】

百貨店は都心の大型旗艦店を除くと、苦しい状況が続いている。今回閉鎖する西武旭川店は、その顕著な例の1つだ。旭川市の人口は1998年(36.4万人)以降、少子化や転出超過で減少の一途をたどる。2015年9月末では34.5万人となった。こうした状況から、「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」(村田社長)。

【東洋経済への問い合わせ】

東洋経済オンラインの「『そごう柏店』を撤退に追い込んだ過酷な事情」という記事についてお尋ねします。記事では西武旭川店の閉鎖に関して「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」という村田紀敏セブン&アイ・ホールディングス社長の発言を紹介しています。これを読むと、西武旭川店の閉鎖後に旭川の百貨店は1店のみになると解釈したくなります。しかし、西武旭川店は旭川最後の百貨店だったのではありませんか。

旭川にマルカツデパートという商業施設はあるようですが、百貨店ではなくテナントビルのようです。北海道新聞も3月8日の「西武旭川9月末閉店 道北、百貨店空白に」という記事で「(西武旭川店の閉鎖により)道内人口第2の都市・旭川を中心とする道北は百貨店空白地帯となる」と言い切っています。

セブン&アイの村田社長は一般論として「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できない」と発言したのでしょう。しかし、今回の記事の流れで使ってしまうと「西武旭川店の閉鎖で旭川に百貨店は1店だけになる」との誤解を与えるのではありませんか。それとも、西武旭川店の閉鎖後も旭川に百貨店は残るのでしょうか。どう理解すればよいのか教えていただければ幸いです。

【東洋経済の回答】

当該段落では、大都市圏以外の地方都市における百貨店の状況について触れております。
「百貨店は〜続いている」は、その全体像について最初に触れております。「今回閉鎖する西武旭川店は〜34.5万人となった」では、旭川店における商圏人口の減少について触れております。最後の村田社長のコメントは、ご指摘いただいた通り、地方都市における百貨店の一般的見解について触れております。

つまり、当該段落では、「大都市圏以外の地方都市は、商圏人口の減少が続いており、百貨店は存続できたとしても、せいぜい1店舗程度という状況になっている」という内容になっております。

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まず、きちんと回答してくれた点を評価したい。ここが日経や週刊ダイヤモンドとは違うところだ。回答内容も基本的にはこれでいい。強いて言えば、「誤解を与えるのではありませんか」と聞いているので、それに関する見解が欲しかった。記事を改めて読んでも、今回のような書き方では「旭川には百貨店が1店残る」と解釈したくなる。どうすれば誤解を与えずに済むか、改善例を示しておく。

【改善例】

百貨店は都心の大型旗艦店を除くと、苦しい状況が続いている。今回閉鎖する西武旭川店は、その顕著な例の1つだ。旭川市の人口は1998年(36.4万人)以降、少子化や転出超過で減少の一途をたどる。2015年9月末では34.5万人となった。「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」(村田社長)と言われるが、旭川ではその1店舗さえも消えてしまう。

※この記事の「分析の浅さ」に関しては(2)で触れたい。

2016年3月13日日曜日

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)

12日の日本経済新聞朝刊1面に芹川洋一論説委員長が書いていた「『災後』の向こう拓くとき 東日本大震災5年」という記事を引き続き論評していく。記事全体を通じて気になったのが「決め付け」だ。例えば「中央集権で、官主導で、もたれ合いの戦後国家。それをあらため新しい日本を創ろうという方向が(震災後に)共有された」と言われて、「その通り。あの時は確かに国民全体で方向性を共有したな」と思えるだろうか。そもそも、中央集権や官主導を改めるという話は、震災との直接的な関係が乏しい。芹川論説委員長は記事の後半部分で、震災後に「災後コンセンサス」ができたとも述べている。これがまた怪しい。

【日経の記事】
スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店(福岡県太宰府市)
                    ※写真と本文は無関係です

われわれは「災後」のチャンスを逃したのである。だが悔やんでばかりいてもはじまらない。5年の時の流れの中で見えてきたものがあるのもまた事実だ。2つあるように思う。

ひとつは国力の回復が必要であるという考え方だ。経済力、政治力、技術力といったハードパワー。文化、情報発信のソフトパワー。その中身のあり方にはいろんな議論があっても、もういちどパワーを取り戻さないことには、この国に明日はないという認識である。

もうひとつはネット社会で「つなぐ」ことの大切さだ。人がつながる。企業がつながる。それは国内だけでなく海外までおよんで、グローバル社会に対応していく。共助社会によって新たなビジネスチャンスも生まれてくる。

これが日本社会の「災後コンセンサス(合意)」といっていい。ここから災後の向こうを切り拓(ひら)いていくしかない。

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国力の回復が必要」という国民的合意はあるのだろうか。例えば2011年10月に「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない~それでも豊かになれる新しい生き方」(著者=浜 矩子氏・ 橘木 俊詔氏)という本が朝日新書から出ている。これに限らず、無理して経済成長を追求する必要はないとの考え方はかなり広がっている。個人的にも、経済成長率なんてゼロ近辺で十分だと思う。

芹川論説委員長が成長志向だからと言って否定はしない。ただ、「国力の回復が必要」というのが「日本社会の災後コンセンサス」と言われると同意できないし、例えば「経済成長を加速させてGDPで中国を再び上回りましょう」などと呼びかけられても、賛成する気にはなれない。

もういちどパワーを取り戻さないことには、この国に明日はないという認識」を国民が共有していると考えているのならば、芹川論説委員長は世の中を知らなさすぎる。本屋を少しのぞけば「日本はこんなに凄いんだ」と訴える本がいくらでも見つかる。テレビ番組も同様だ。良い傾向とは思わないが、「もういちどパワーを取り戻さないことには、この国に明日はない」との社会的合意が得られているとは言い難い。

物事に対しては基本的に様々な意見がある。だから「社会的合意がある」といった解説は慎重にすべきなのに、芹川論説委員長にはそれができていない。

結論部分も引っかかった。

【日経の記事】

それにはほのかでもいいから未来が見えることだ。明日が明るい日だと思えれば人は前に進む。

「……/明日/何もかもを失くしても/明日/チューリップは 泥だらけの緑の葉を膨らませ/明日/赤黄白と いっせいに蕾(つぼみ)を開く/……」

詩人の佐々木幹郎氏が大震災後、元気になっていく世界を、との思いを込めてうたった「明日(あした)」と題する詩の一節だ。

もはや戦後でもなく、災後でもない社会へ。2020年の東京五輪のその先まで、とくに若い人たちが明日を信じられる日本にしていくこと。あれから5年。われわれに突きつけられた課題だ。

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最後の方で情緒的なぼんやりした話になっているが、これは良しとしよう。ただ、「もはや戦後でもなく、災後でもない社会へ」という呼びかけは引っかかる。「戦後」を終わらせて「災後」を始めなければならないのに、「災後国家」を作り上げられなかったという問題意識が芹川論説委員長にはあったはずだ。ならば、「これからでも遅くない。みんなで『災後国家』を築いていこう」といった展開になるのが自然だ。

しかし、なぜか「災後国家」は飛ばして次の段階を目指すらしい。それに「戦後でもなく、災後でもない社会」がどんな社会なのかの手掛かりもほとんどない。強いて挙げれば「若い人たちが明日を信じられる」社会なのだろう。だが、これは「災後」の枠組みの中でも可能なはずだ。それとも、芹川論説委員長が求めていた「災後国家」では、若者が明日を信じることはできなかったのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一論説委員長への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川論説委員長への評価については「日経 芹川洋一論説委員長 『言論の自由』を尊重?」を参照してほしい。

2016年3月12日土曜日

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)

「言いたいこともないのに、無理に捻り出した記事だから…」といった事情はあるのかもしれない。それを差し引いても、12日の日本経済新聞朝刊1面に載った「『災後』の向こう拓くとき 東日本大震災5年」という芹川洋一論説委員長の記事は苦しい内容だった。まずは「矛盾」とも言える記述を見ていこう。
唐津湾に浮かぶ高島(右)、鳥島(中)、大島(左、半島)
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

「『戦後』が終わり、『災後』が始まる」――。復興構想会議の議長代理をつとめた御厨貴・東大名誉教授がいみじくも言い切ったように、大震災は戦後を終わらせ、災後の新たな国づくりをしていくきっかけになるはずだった。

中央集権で、官主導で、もたれ合いの戦後国家。それをあらため新しい日本を創ろうという方向が共有された。経済のグローバル化やIT(情報技術)化の波に乗りおくれ「失われた20年」におちいった日本。閉塞状況から抜けだすチャンスでもあった。

しかし残念ながら戦後という枠組みはびくともしなかった。なぜ「災後国家」をつくり上げることができなかったのか。まずその点を問わなければならない。

第1に指摘できるのは危機意識の欠如だ。1923年の関東大震災は帝都直撃で危機は目の前にあった。東日本大震災は東北が中心だ。それも極めて広い範囲にわたった。ほどなく東京からは遠い地方の話になった。「風化被害」である。

第2は政官業とも、どん底の状態だったことがあげられる。政治は民主党政権で統治能力が、からきしなかった。しかも掲げていたのは脱官僚の旗。官も縮こまっていた。産業界にしてもリーマン・ショック後の不況にあえいでいる最中だった。

第3は東京電力・福島第1原子力発電所の事故だ。安全神話がもろくもくずれ、事故の収束は今なお遠い。科学への不信は近代文明そのものへの疑問に発展した。先が見えない社会の不安は、希望の芽さえもつんでしまった。

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東日本大震災の後に「中央集権で、官主導で、もたれ合いの戦後国家。それをあらため新しい日本を創ろうという方向が共有された」記憶はないが、取りあえず受け入れてみよう。それでも、当時の民主党政権に関する「しかも掲げていたのは脱官僚の旗」という説明は引っかかる。官主導を改める必要があって、震災でその必要性が国民の間で共有されたのならば、その時の政権が「脱官僚の旗」を掲げているのは願ったり叶ったりではないか。しかし記事からは「民主党が誤った旗を掲げていた」との印象を受けてしまう。

危機意識」に関して東日本大震災と関東大震災を比較しているのも気になった。「関東大震災の後に国民が危機意識を共有して日本を良い方向へと転換させた」という歴史があるならば、芹川論説委員長の主張もまだ分かる。しかし、普通に考えれば、関東大震災の後に日本は良い方向へと向かってはいないはずだ。

関東大震災は帝都直撃で危機は目の前にあった」が東日本大震災は違うという見方にも同意できない。福島での原発事故を受けて、首都圏に住む人の多くが西日本への避難を考えたはずだ。11日の日経の記事では、当時の首相だった菅直人氏の「日本が崩壊するかもしれない瞬間だった」とのコメントを紹介している。つまり政府首脳も首都圏の住民も強い危機意識を持っていたのだ。芹川論説委員長が当時何を見ていたのか分からないが、メディアからそこそこの情報を得ていれば、東京に居ても「危機は目の前にある」と実感できたはずだ。

国民的な危機意識の共有という点では、メディアが発達した段階で起きた東日本大震災の方が関東大震災の時よりもはるかに大きいだろう。芹川論説委員長は「日本を変えるのは東京の人間なんだ」という意識があるようなので、「国民的な危機意識の共有」に重きを置いていないとは思うが…。

原発事故を「『災後国家』をつくり上げることができなかった」理由の1つとしているのも奇妙だ。原発事故によって「科学への不信は近代文明そのものへの疑問に発展した」のならば、それは強い危機意識につながるはずだ。実際に原発に対する強い反発が震災後に生まれた。しかし芹川論説委員長はこれを「危機意識」と結び付けて考えず、「先が見えない社会の不安は、希望の芽さえもつんでしまった」と続けている。

芹川論説委員長の解説を信じるならば、希望の芽まで失う状況に陥っても、日本人は危機意識を欠如させたまま時を過ごしてきたことになる。本当にそうだろうか。個人的には「原発事故で希望の芽が摘まれてしまった」とは感じなかったが、希望の芽まで摘まれる状況になれば強い危機意識を持たずにはいられない。


※記事の後半部分に関しては(2)で述べる。

2016年3月11日金曜日

これが「クオリティー追求」の結果? 日経 企業ニュースの苦しさ

11日の日本経済新聞朝刊企業面に「掲載する意味の乏しいベタ記事」がまた出ていた。「モノタロウ、工具ネット通販 韓国で翌日配送を充実」という見出しなので、「韓国で翌日配送をどの程度充実させるのか」は必須のはずだ。しかし、記事には「今後大幅に増やす」と書いてあるだけだ。これでは苦しい。

筑後平野と耳納連山(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

MonotaRO(モノタロウ)は韓国で工具のインターネット通販事業を強化する。総面積が従来の約2倍の倉庫をこのほど新設、注文を受けた翌日に配送できる商品を今後大幅に増やす数年内に同国での売上高を2015年12月期の約5倍の100億円に増やす

モノタロウは間接資材のサイトを運営し、少数の工具でも割安に購入できる点が中小企業などに支持されている。15年度の売上高の9割以上が国内だが、部品メーカーなどと取引があり、需要増を見込める韓国で事業を強化する。

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やはり、この記事の柱となるのは「韓国での翌日配送の拡充」だ。例えば「現在20%の翌日配送の比率を4月から50%に高める」といった情報は要るし、それが無理だとしたら記事にするのは諦めるべきだ。そもそも「韓国で工具のインターネット通販事業を強化する」といっても、広めの倉庫を確保して翌日配送の比率を高めるだけならば、記事にする意義は乏しい。

総面積が従来の約2倍」と書いているのに、総面積の具体的な数値に触れていないのも、話の小ささを感じさせる。売上高を5倍に増やす時期が「数年内」とぼんやりしている点もマイナスだ。日経の企業ニュースに共通することだが、書き出しが「事業を強化する」となっている時点で、クオリティーの低さを予感させる。

日経の岡田直敏社長は今年1月5日の経営説明会で「(日経にとって)すべての土台となるのは『クオリティーの追求』」だと強調し、「クオリティー向上のために何をすべきか、編集局で徹底的に議論してもらいたい」と求めたそうだ。

それから2カ月以上が経過した。今回紹介したような質の低い記事が堂々と紙面を飾っている現状を、岡田社長はどう捉えているのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年3月10日木曜日

「シャトレーゼ」「三越伊勢丹」…日経のベタ記事に感じる問題

日本経済新聞で問題のある記事を最も簡単に探せるのが企業ニュースを掲載している面(企業総合面、企業面など)だ。その中でもベタ記事は特に完成度が低い。10日の紙面から2つの記事を取り上げて、課題を探ってみたい。
大分県日田市の三隈川(筑後川) ※写真と本文は無関係です

まず企業面の「シャトレーゼが中東にスイーツ輸出」という記事の全文を見ていく。

【日経の記事】

総合菓子メーカーのシャトレーゼ(甲府市)はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国にケーキなどのスイーツ商品を輸出する。現地企業と日本企業の合弁会社との間でフランチャイズ契約を結び、中東で初めて店舗を展開する


現地商社のINDEXホールディングと日本の中東関連商社、ksnコーポレーション(東京・墨田)の合弁会社、INDEXksnにケーキなどを瞬間冷凍して輸出する

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シャトレーゼが中東にスイーツ輸出」という話なのに必須情報である「いつから輸出するのか」が抜けている。本来ならば(1)輸出は初めてなのか(2)どの程度の輸出量になるのか(3)なぜUAE(あるいはドバイ)に目を付けたのか(4)「中東で初の店舗」ということは、中東以外になら海外店舗があるのか(5)いつから店舗展開を始めるのか(6)どの程度のペースで店舗展開するのか(7)なぜ自社で進出せず、他社にFC展開させるのか--なども盛り込みたいところだ。

これらの要素を20行に満たないスペースに入れるのはもちろん不可能だ。そこは多すぎるベタ記事を捨てて対応してほしい。10日の紙面では企業面と企業・消費面が見開きになっていて、2つの面に9本のベタ記事が載っている。これはちょっと多すぎる。必要のない記事は大胆に落として、載せる記事に関しては「入っている方が望ましい情報」をなるべく多く盛り込んでほしい。

10日の紙面にある企業関連のベタ記事で最も要らないと思えたのが企業・消費面の「銀座の免税店で高級腕時計販売 三越伊勢丹」だ。これも記事の全文を紹介したい。

【日経の記事】

越伊勢丹ホールディングスと日本空港ビルデングなどは9日、三越銀座店(東京・中央)の空港型免税店内に高級腕時計を扱うコーナー「タイムヴァレー」を開いた。「カルティエ」や「ゼニス」など7つの高級ブランドを販売する。取扱商品の平均価格は約200万円。

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三越銀座店の中に空港型免税店ができたという話ならば、記事にするのも分かる。しかし、空港型免税店の中に「高級腕時計を扱うコーナー」を新設したぐらいなら、わざわざ取り上げる必要はない。空いたスペースを活用してシャトレーゼのベタ記事に情報を加えていけば、要らないベタ記事が消える上に、シャトレーゼの記事は完成度が高まる。まさに一石二鳥だ(企業面と企業・消費面で記事の入れ替えが多少必要になるが…)。

さらに言えば、この「銀座の免税店で高級腕時計販売」に関しては三越伊勢丹が2日に発表したものだ。つまり、世に情報が出てから1週間以上が経過した段階で紙面に載せている。それを何のひねりもなく記事にする姿勢にも問題を感じる。二重の意味で三越伊勢丹の記事は「要らないベタ」だと思える。


※記事の評価はいずれもD(問題あり)とする。

2016年3月9日水曜日

「中間層の消費」には触れずじまい? 日経 田中陽編集委員

9日の日本経済新聞朝刊経済面に「経済観測~中間層の消費どうなる 消費税8% 痛税感なお」というインタビュー記事が出ていた。聞き手は田中陽編集委員で、しまむら社長の野中正人氏に消費動向などを語らせている。ただ、記事を最後まで読んでも「中間層の消費」を語っている部分が見当たらない。記事の一部を見ていこう。
松浦川河口部と虹の松原(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大ヒット商品が乏しいうえ暖冬の影響も重なりアパレル業界は苦境にある。消費の主役のはずの中間層はどのような買い物行動をとっているのか。実用衣料に強い、婦人服チェーン最大手、しまむらの野中正人社長に聞いた。

――年明けから株価が乱高下しています。消費に影響は出ていますか。

「一喜一憂するような感じではない。消費者は『買いたい』という気持ちは持っているが、一抹の不安を抱いている。足元では賃金が上がるかどうか、マイナス金利政策が世の中にどのような影響を及ぼすのか見定めている。先々は消費税率の引き上げや社会保障制度の行方が焦点だ」

「諸課題を消費者が納得感を持って受けとめれば消費は動き出す。今は背中を押してくれるだけの納得感がない」

――消費の地合いそのものはいかがですか。

「前回の5%から8%への消費税率引き上げの影響がまだ尾を引いている。5%時代の値札は消費税込みの総額表示だけだった。8%になって本体価格と税額を分けて表示したり本体と総額の両方を表示したりするところが出てきた。痛税感を意識せざるをえない。価格と価値のバランスを今まで以上に消費者は注視するようになっている」

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野中氏は消費全体を語ってはいるが、「中間層の消費」には言及していない。田中編集委員には「しまむらの利用者=中間層」との認識があるのかもしれない。しかし、常識的に考えれば低所得層の利用も少なくないはずだ。「いや違う。富裕層や低所得層はしまむらを全く利用しない。しまむらの社長が消費を語れば、それは『中間層の消費』についてなんだ」と田中編集委員が考えるのであれば、その点は明示すべきだ。

今回のインタビュー記事には他にも理解に苦しむ部分があった。

【日経の記事】


――どのような対策を。

「昨年半ばから前シーズンの商品を持ち越さないよう売れ残りは捨てた。売り場に新商品が入るようになり昨年9月以降、既存店売上高の前年同月比伸び率が2%を切った月はない」

「消費者の目は厳しく、1年前と同じ商品を販売しても手には取ってくれない。原材料が上がったからといって販売価格を上げても同じだ。素材、デザイン、機能などを消費者も納得してくれる価値のある商品は売れ行きがよい。裏地に起毛のある『裏地あったかパンツ』は昨シーズンは2900円だったが今シーズンは3900円にしても非常によく売れた

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消費者の目は厳しく、1年前と同じ商品を販売しても手には取ってくれない」の後が「販売価格を下げても同じだ」ならば分かる。しかし、野中氏は「販売価格を上げても同じだ」と語っている。元々手に取ってもらえない商品を値上げしたら、関心を持ってもらえないのは当然だ。「何を当たり前のことを…」との疑問は湧く。

その後の「裏地あったかパンツ」の例も腑に落ちない。これは「1年前と同じ商品」を価格を上げても売っても消費者が手に取ってくれているとも解釈できる。「『裏地あったかパンツ』は素材などが1年前とは違う」という話ならば、そこは触れてほしい。

野中氏の発言には矛盾を感じる部分もあった。

【日経の記事】

――アパレル業界全体が不振なのはなぜですか。

「大きなファッショントレンドがここ数年ないのが痛い。そのために価格競争に陥り、リスクを取ったトレンドの打ち出しをするところが少なくなった。ただアベノミクスによって極度な低価格志向は収まった。潮目は変わり、少しずつ特色のある商品を開発すればチャンスは大いにある」

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最初の方で野田氏はここ数年の傾向として「価格競争に陥り」と語っている。一方で「アベノミクスによって極度な低価格志向は収まった」とも述べている。「価格競争に陥ってはいるが、極度の価格競争ではない」との弁明はできるものの、かなり苦しい。

野田氏を責めているのではない。語り手を追及するような記事ならば話は別だが、インタビュー記事に登場する人物を「まともな人」に見せるのは、聞き手である記者の責任だ。今回、田中編集委員がその責任を果たしているとは言い難い。

最後に接続助詞「が」の使い方に触れておこう。

【日経の記事】

――地域別の商況は。

「関東南部、愛知、大阪、福岡などの大都市を抱える地域はいい。アベノミクスの恩恵を受けているのは大企業中心なのかもしれない。北海道や東北も健闘しているがガソリン価格の下落が追い風になった。この地域のロードサイド店の販売実績を下支えした」

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逆接でないところで接続助詞の「が」を使うのは好ましくないとされている。「北海道や東北も健闘しているがガソリン価格の下落が追い風になった」だと逆接の関係になっていない。「北海道や東北も健闘している。ガソリン価格の下落が追い風になった」とすれば簡単に問題を解消できる。田中編集委員が今後も記事を書いていくならば、覚えておいて損はない。

さらについでに言うと、ガソリン価格下落の恩恵は全国に及ぶはずだ。それが北関東や北陸では追い風にならないのに、北海道や東北ではしまむらの販売を下支えしているのはなぜか。「ガソリン」の話に触れるのならば、そこまで踏み込むべきだし、行数的に難しいとの判断ならば「ガソリン」の話は捨てて別の話題に紙幅を割いてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価もDを維持する。

2016年3月8日火曜日

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)

7日の日本経済新聞朝刊企業面に中山淳史編集委員が書いていた「経営の視点~シャープは生まれ変わるか 成熟産業を成長産業に」の問題点をさらに指摘していく。この記事ではセーレンの取り組みを紹介した後に、それをシャープの再建と関連付けて話を進めている。しかし、その「関連付け」に強引さが否めない。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

(セーレンの)川田達男会長はアイデアがあっても認めない上司と取っ組み合いになり、「何年も不遇をかこった」ことがある。だが、適任者が見当たらない中、社長を頼まれてから29年。成熟産業を成長産業に変えて、無名のセーレンを繊維業界の21世紀の勝者に押し上げた。

電機で言えば、セーレンは経営再建中のシャープ買収を近く決める台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業だ。買収を通じ、今後は世界で新しい経営モデルを模索する考えだろう。ではシャープがセーレンになれなかったのはなぜか。

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セーレンは成熟産業に属する老舗企業であり、サラリーマン経営者の川田達男会長が会社を変革させて今日の地位を築いたと言える。一方の鴻海は成長産業に属するオーナー経営の会社だ。創業者が一代で大企業へと急成長させたイメージがある。共通点がないとは言えないが、「確かに鴻海って電機業界のセーレンだな」とは感じない。

以下の説明も苦しさを感じた。

【日経の記事】

奈良県天理市に同社の歩みをたどる「シャープミュージアム」がある。館内を歩いてわかるのはシャープの歴史ある時期から一変することだ。創業から2000年代前半まではシャープペンシル、鉱石ラジオ、電卓と「国産初」や「世界一」がいくつもある。

だが、05年ごろからは展示内容が液晶の「サイズ」「画素数」に変わる。経営モデルの進化は停滞し、世界の速さ、規模についていけない経営体質を引きずりながらも、背伸びをして台湾や中国、韓国と取っ組み合いを続けた。時代を読み、変化を志向する意識が権力争いを演じた経営陣に希薄だったためだろう。

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創業から2000年代前半まではシャープペンシル、鉱石ラジオ、電卓と『国産初』や『世界一』がいくつもある」のに、05年ごろから「一変する」と中山編集委員は書いている。そうなのかもしれない。しかし、「シャープペンシル、鉱石ラジオ、電卓」を例に挙げられても困る。これらは1970年代より前に出ていた商品だ。「05年ごろ」を転換点と考えるのならば、2000年前後に開発した商品をせめて1つは入れてほしい。

ところで、今回の記事には「シャープは生まれ変わるか」という見出しが付いている。こういう見出しを付けた以上、筆者はそれに何らかの答えを出す必要がある。中山編集委員はその期待に応えているだろうか。記事の最終段落では以下のように記事を結んでいる。

【日経の記事】

セーレンに移った旧カネボウの事業(名称は「KBセーレン」)は自動車部品とともに屋台骨だ。社員の幸福感も高いという。ホンハイの傘下でどんな企業に生まれ変わるか。これで幸せになれると感じられる経営者や組織に巡り合えるといい。シャープ社員の奮起に期待したい

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セーレンの話を含めあれこれ書いて最後は「シャープ社員の奮起に期待したい」では残念すぎる。例えば「社員が甘えていたからシャープはダメになった。社員の意識改革が必要だ」といった内容だったのならば、「シャープ社員の奮起に期待したい」で結ぶ選択もあり得る。しかし、記事にそういう話は出てこない(シャープ経営陣に関する話はあるが…)。

ホンハイの傘下でどんな企業に生まれ変わるか。これで幸せになれると感じられる経営者や組織に巡り合えるといい」というのは、鴻海やシャープに詳しくない「素人」でも語れるレベルの話だ。わざわざ編集委員という肩書を付けて経済紙にコラムを書くのならば、「鴻海傘下入りは正しい選択なのか」「シャープ社員にとって歓迎すべき話なのか」について、中山編集委員なりの見方を示すべきだろう。

結局、見出しで打ち出した「シャープは生まれ変わるか」との問いには答えていない。手掛かりすら感じられなかった。これではダメだ。シャープ社員の奮起に期待する前に、中山編集委員自身が奮起してほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価もDを据え置く。

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)

ネタに困った末の苦し紛れの記事だとは思う。それにしても、7日の日本経済新聞朝刊企業面に中山淳史編集委員が書いていた「経営の視点~シャープは生まれ変わるか 成熟産業を成長産業に」 は問題の多い記事だった。まずは、筆者の知識不足ではないかと思われる部分について、記事内容と日経への問い合わせを見てほしい。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)

【日経の記事】

参加者の多くが「なぜこの会社?」と思ったのがセーレンだ。福井県に本社があり、2005年に産業再生機構傘下で再建を進めた旧カネボウから合繊事業を買収した。繊維産業が衰退する中でも業績は好調。シート用の素材も作り自動車部品メーカーの顔も持つ。

主催者側が注目したのが経営モデルだった。誕生したのはカネボウができて2年後の1889年。繊維大手から原糸を買い、染める「賃加工」の典型的企業だったが、不況をテコに織、編、縫製と16種類もある繊維の製造販売工程を買い集め、一貫体制を築いた。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 中山淳史様

3月7日の「経営の視点」という記事についてお尋ねします。記事の中で中山様はセーレンについて「繊維大手から原糸を買い、染める『賃加工』の典型的企業だった」と説明されています。しかし、これには2つの問題を感じました。

まず染色加工は一般的に「原糸」ではなく「生地」に対して行うものです。後述する会長コメントから考えても、セーレンで糸染めは仮にあってもごく一部だと思われます。では「生地を買って染める」のが「賃加工」かと言えば、そうではありません。「賃加工」の場合、生地を買うのではなく、商社など発注元から預かって染色し、その対価として加工賃を得るという取引になります。

PRESIDENT Onlineの記事の中でセーレンの川田達男会長も「セーレンは染色加工を専門とし、取引先から預かった生地を指示どおりの色や柄に染める委託賃加工を生業としていました」と述べています。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠を教えてください。

ついでで恐縮ですが、見出しにもなっている「成熟産業を成長産業に」という説明についても問題点を指摘させていただきます。中山様は記事中で川田会長について「成熟産業を成長産業に変えて、無名のセーレンを繊維業界の21世紀の勝者に押し上げた」と解説されています。

ここで言う「成熟産業」が「繊維産業」を指すのであれば川田会長が「成熟産業を成長産業に変えた」とは言えません。日本の繊維産業が衰退傾向から脱し切れていないのは周知の事実です。中山様自身も記事の中で「(セーレンは)繊維産業が衰退する中でも業績は好調」と書いています。川田社長は「成熟企業を成長企業に変えた」かもしれませんが、繊維産業全体を衰退から成長へと転換させるような働きはしていないはずです。

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中山編集委員は繊維業界の「賃加工」について、きちんと理解していないのだろう。そうではないのならば問い合わせに回答してほしいところだが、実現の可能性は極めて低い。

付け加えると、「無名のセーレンを繊維業界の21世紀の勝者に押し上げた」との説明にも中山編集委員の知識不足を感じる。セーレンが東証・大証の第1部に上場したのは1973年なので、少なくともその時点で「無名」から脱している。記事によれば川田会長がセーレンの経営を任されたのは29年前で、東証・大証の1部上場を果たした後だ。故に「無名のセーレンを繊維業界の21世紀の勝者に押し上げた」と川田会長を紹介するのは無理がある。

この記事には他にも問題がある。それらについては(2)で述べたい。

※(2)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2016年3月7日月曜日

セブン&アイ鈴木敏文会長の責任質した東洋経済を評価

週刊東洋経済3月12日号に「直撃 セブン&アイホールディングス会長 鈴木敏文 ヨーカ堂社長辞任から健康問題まで 戸井君と話したこと 病床で考えたこと」というインタビュー記事(担当は又吉龍吾記者と堀川美行記者)が出ていた。週刊ダイヤモンド2月13日号の「鈴木セブン&アイ会長初激白! ヨーカ堂 社長交代の真相と改革の行方」に比べると東洋経済の方が圧倒的に出来が良かった。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

ヨーカ堂の経営不振に関して鈴木氏自身の責任を問わなかったダイヤモンドに対して、東洋経済は「CEO(最高経営責任者)として会長自身の責任についてはどう考えていますか」と正面から斬り込んでいる。ここで言うCEOがセブン&アイCEOなのかヨーカ堂CEOなのか明示していないのは引っかかるが、それでも何も聞かないダイヤモンドよりは評価できる。

掲載時期から考えると、鈴木氏は両誌の取材を受ける時期を1カ月程度ずらしているのだろう。これは「ダイヤモンドのように優しいインタビュー記事にしないと、同じ時期に取材は受けないよ」との鈴木氏の警告とも解釈できる。仮にそうだとしても、東洋経済には今の姿勢を崩さないでほしい。

鈴木氏のインタビュー記事をまとめる上でのポイントは「ヨーカ堂の業績不振は自分のせいじゃない。自分以外の人間が悪いんだ」と訴える鈴木氏の経営者としての見苦しさを読者にうまく伝えられるかどうかだろう。その意味で今回の記事には合格点を与えられる。

記事の一部を見ていこう。

【東洋経済の記事】

--CEO(最高経営責任者)として会長自身の責任についてはどう考えていますか。

こっちも任命した責任は当然ある。しかし、CEOとして出した方針は間違っていない。

--CEOの進退を議論する話ではないということですか。

そうだよ。その証拠にセブンイレブンはどうか。同じ人間が具体的に「この商品を作れ、この商品を」と言っているのではなく、「こういう方針でやれ」ということを言っている。要するに業態は違っても言っていることは共通なんだよ。特にヨーカ堂の場合には、脱チェーンストアという理論を言ってきたが、脱チェーンストアになっていないのが影響している。

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ここでは「CEO=ヨーカ堂のCEO」という前提で考えてみたい。「ヨーカ堂の業績がどれだけ悪化しても、CEOとして出した方針が間違っていなければ責任を取る必要はない」という話が本当ならば、ヨーカ堂のCEOは永遠に責任を取らずに済む。例えば「消費者に支持される店を作って、消費者が必要とする商品を並べなさい。その上で経費を抑えて十分な利益率を確保する売り方をしていけば、きちんと利益が出せるはずです」とでも指示を出しておけば大丈夫だ。

この方針は間違っていないし、誰でも出せる。そして、うまくいかない場合はCEOの方針を守れない人間の責任になる。そんな都合のいい言い訳が企業経営で一般的に受け入れられるかどうかは少し考えれば分かるはずだ。しかし、セブン&アイの絶対的権力者である鈴木氏には、その辺りが見えなくなっているのだろう。

東洋経済のインタビュー記事では、鈴木氏の徹底した責任逃れ体質をうまく浮かび上がらせていた。特に以下のくだり(鈴木氏の発言部分)が印象に残った。

【東洋経済の記事】

だから、編集の人たちも批判できないよね。物まねのような記事を書くのではなくて、新しい現象を見つけて、それを記事にするのじゃなかったら、みんな買ってくれないよ。「そんなこと?」と思うでしょ。みなさんによくわかってもらえるように言うけど、今、何で雑誌の売れ行きが伸びないの? 一生懸命、書いて編集しているはずなのにね。

僕は(出版取次大手の)トーハンの経営にかかわっているから、雑誌のことは、よくわかっている。人のことは、みんな簡単に記事にできる。「なぜ変わらないんだ」と書くけど、自分でやってみたらいいよ。それは本当に難しいこと。付け加えると、本質をわかっている記事は読んでもらえるが、評論家の書いた記事は読まれないと言っておきたい。

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端的に言えば「自分たちだって雑誌が売れてないだろ。ヨーカ堂の経営がうまくいかないからって、こっちを批判するな」というのが鈴木氏の主張だ。そういう圧力をかけることがどれほど見苦しいか、鈴木氏には判断できないようだ。例えば開幕から最下位を独走しているプロ野球チームの監督が「メディだって経営はうまくいってないだろ。だから自分の采配を批判するような記事は書けないよな」と言い出したら、世の中の人は「なるほど」と受け止めてくれるだろうか。

最後に記事の書き方について細かい注文を付けておきたい。記事の冒頭での「同社」の使い方が気になった。

【東洋経済の記事】

セブン&アイ・ホールディングス(HD)に衝撃が走った。年明け早々、傘下のイトーヨーカ堂の戸井和久社長が就任から1年半で突如辞任し、前任の亀井淳顧問が社長に復帰した。昨年は物言う株主として知られる米ファンド、サード・ポイントが同社の株式を取得し、ヨーカ堂の分離を主張した。同社の行く末はどうなるのか。自身の健康問題を含め、鈴木敏文会長を直撃した。

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同社=記事中で直前に出てきた会社」という原則を守って記事を書いてほしい。上記の例では、最初の「同社」に直前で最も近いのが「サード・ポイント」で、その次が「イトーヨーカ堂」だが、筆者は「同社セブン&アイ」のつもりで書いているはずだ。

2つ目の「同社」も直前にあるのは「ヨーカ堂」だが、筆者は「同社=セブン&アイ」と言いたいのだろう。今回は実際に読んでいて「この『同社』はどの会社を指しているのかな」と迷ってしまった。


※記事の評価はB(優れている)。堀川美行記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Bに引き上げる。又吉龍吾記者への評価は暫定でBとする。

2016年3月6日日曜日

いきなり解読困難 日経1面「大震災から5年~再生への闘い」

この時期に恒例の「震災物」はあまり好みではないのだが、朝刊1面トップに持ってきていることもあり、6日の日本経済新聞の「大震災から5年~再生への闘い(1) 復興 日本の映し絵」を読んでみた。これが最初から解読に苦しむ内容で、終わりまで読むのが辛かった。準備の時間はたっぷりあったのだから、もう少し完成度を高めて世に送り出すべきだろう。
久留米市立南筑高校(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例から見ていく。

【日経の記事】 

2011年3月11日の東日本大震災から間もなく5年。1万8千人超の犠牲者を出した惨劇を胸に、新たな日常が芽生え始めた。震災の傷はあちこちに残るが、立ち止まっているわけにもいかない。復興の行方はこの国の再生への課題とも重なる。

その瞬間、そばにいた兄を振り返る余裕はなかった

11年3月11日午後3時20分、岩手県大槌町。浪板観光ホテルリゾート社長の千代川茂(63)は轟音(ごうおん)と共にホテルの階下から押し寄せた津波に、脇目も振らず坂の上へ走った

それでも、最大20メートルの津波に巻き込まれ、気を失った。15分後に意識を取り戻したが兄の姿が見当たらない。避難先で迎えた夜、自問した。「私は兄を見捨てたのか」。町に戻ると、足元の残骸から誰とも判別できない遺体の一部がのぞいていた。妹とホテルの従業員3人もなくなった。そう聞いたが涙すら出ない。心は凍り付いていた。

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まず「ホテルの階下から押し寄せた津波に、脇目も振らず坂の上へ走った」との説明がよく分からない。素直に考えると、千代川さんはホテルの上の方の階にいて、「階下から押し寄せた津波」に危機感を持ったのだろう。上の階にいたのならば、津波が押し寄せている階下に逃げる選択はない。当然、屋上など建物の上部に逃げるはずだ。しかし、ホテルの上の階にいたはずの千代川さんはなぜか「脇目も振らず坂の上へ走った」らしい。どうやってホテルの上の階から「坂の上へと走れる場所」に行けたのだろうか。特殊な状況を想定すればあり得なくもないが、記事からは推測さえ困難だ。

私は兄を見捨てたのか」と千代川さんが自責の念にかられるのもやや無理がある。津波に飲み込まれる瞬間に「兄を振り返る余裕」がないのは当然だし、「津波に巻き込まれ、気を失った」千代川さんに兄を助ける余力があったとは思えない。「本人がそう思っているんだから」と言われればそれまでだが、記事で使うのであれば「自分も同じ状況に遭遇していたら同じような自責の念を抱いただろうな」と共感できる話にしてほしかった。

ここでは「その瞬間=千代川さんが津波に飲み込まれる瞬間」と便宜的に仮定してみたが、「その瞬間=千代川さんが津波を目にして坂の上に逃げ出す瞬間」との解釈も成り立つ。こうした曖昧で読者を迷わせる書き方は避けてほしい。

2番目の事例も疑問が残る内容だった。

【日経の記事】

千代川が奈落に沈んでいたころ東京電力福島第1原子力発電所ではメルトダウン(炉心溶融)が発生。放射性物質拡散の恐怖が日本列島を覆った。

日本が主権国家でなくなる」。首相だった菅直人(69)は焦った。メルトダウンの収拾の遅れに業を煮やした駐日米大使ジョン・ルース(61)が「米国の専門官を首相官邸に常駐させるべきだ」と求めた時のことだ。

この国そのものが瀬戸際に追い詰められている」。経済産業相だった海江田万里(67)は菅のつぶやきを聞きながら「第二の占領」という言葉が脳裏にちらついたことを覚えている。

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この国そのものが瀬戸際に追い詰められている」というカギカッコのところが「菅のつぶやき」なのか海江田万里氏の思いなのか判然としない。7割ぐらいの確率で「菅のつぶやき」だとは思うが、「日本が主権国家でなくなる」が「菅のつぶやき」だとの解釈もできそうだ。

原発事故への対応として「米国の専門官を首相官邸に常駐させるべきだ」との米国側の求めに応じると「日本が主権国家でなくなる」という話も、これだけだと説得力に欠ける。例えばコメント部分が「米国の専門官を首相官邸に常駐させて、米国主導で事態を収拾すべきだ」なってくれば話は変わってくる。一方で、別室に待機していて必要に応じて情報を共有するぐらいであれば、米国の専門官が官邸に一時的に常駐しても日本の主権を揺るがすとは思えない。

この調子で3月11日まで連載が続くのだろう。そう考えるとかなり心配ではある。

※記事の評価はD(問題あり)。

2016年3月5日土曜日

安易な作り目立つ日経のコラム「銘柄診断~ヤマダ電機」

日本経済新聞朝刊マーケット総合面に「銘柄診断」というコラムがある。普段はあまり読まないのに、たまたま目を通してみたら、作りが安易で驚いた。こんな完成度で勘弁してもらえるのならば記者は楽だが、長い目で見れば記者にとっても日経にとってもマイナスにしかならない。反省を促す意味で、5日の「ヤマダ電、4年4カ月ぶり高値 今期業績改善を好感」という記事のどこが安易なのか列挙してみたい。

唐津城(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

4日、ヤマダ電機の株価が9日続伸し、596円と2011年11月以来4年4カ月ぶりの高値を付けた。16年3月期は店舗改装の効果などで大きく業績が改善する見通し。好業績を好感した個人投資家などの買いが集まった

4日は断続的に小口の買いが入った。今期の連結純利益の見通しは331億円で、前期比3.5倍に回復する。店舗の改装を進めたところ、パソコンやデジタルカメラといった利幅の薄い商品の販売が減り、採算の良い白物家電の売れ行きが好転した。値引き販売も抑えており、売上高総利益率は28.8%と前期比2.5ポイント改善する見通しだ。

売り上げが平日より多い週末に接客技術の高い従業員を勤務させるといった人員配置の見直しを進めており、販管費も減少する。SMBC日興証券の並木祥行氏は「17年3月期は会社が目指す30%の粗利率を達成する可能性が高い」とみて目標株価を700円に設定している。

アナリスト予想の平均(QUICKコンセンサス)によると、17年3月期の連結純利益は今期見通し比3割増の420億円の見込み。「昨年春に不採算店を閉鎖した効果が一巡し、来期の収益の伸びは今期より鈍くなる」(国内大手証券)との見方がある。買い一巡後はいったん利益確定売りが膨らむ可能性もありそうだ。

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◎「9日続伸」の説明になってる?

この記事には株価のグラフが付いていて、1月末からの動きが分かる。2月17日に506円の安値を付けた後、3月4日には596円まで戻している。例えば2月17日にヤマダ電機が業績予想を上方修正したのならば、記事のような説明もあり得る(その場合、上方修正があったことを明示する必要はある)。

しかし「今期の連結純利益の見通しは331億円で、前期比3.5倍に回復する」との見通しをヤマダ電機が発表したのは昨年11月だ。なのに「好業績を好感した個人投資家などの買いが集まった」と言われても納得できない。

筆者に言わせれば「特に材料なんかない。市場全体の上げに引っ張られただけだ」となるのかもしれない。だったら、なぜヤマダ電機を取り上げたのかという話になる。記事に付けたグラフを使って分析するのならば、「なぜ2月中旬から上げに転じたのか」に説得力を持たせる必要がある。


◎なぜ「販管費も減少」?

売り上げが平日より多い週末に接客技術の高い従業員を勤務させるといった人員配置の見直しを進めており、販管費も減少する」という説明も謎だ。接客技術の高い従業員を週末に勤務させても、全体として人が減るわけでもないし、販管費を削減する効果はなさそうに思える。「平日の人員配置を思い切って減らす」といった話があるのならば、そこは触れるべきだ。


◎そこは織り込み済みでは?

来期の収益の伸びは今期より鈍くなる」ことを理由に「買い一巡後はいったん利益確定売りが膨らむ可能性もありそうだ」と記事を締めているが、この説明は無意味だ。QUICKコンセンサスは公表されているのだから、「17年3月期の連結純利益は今期見通し比3割増の420億円」というのがアナリストの平均的な見方であることは株価に織り込み済みだ。

筆者の中には「直近の株価上昇は今期業績の好調さを織り込む過程」「今後は来期業績を織り込んでいく」との考えがあるのかもしれない。しかし、株価とは基本的に遠い将来まで見通して形成されていると考えるべきだ。今後「利益確定売りが膨らむ可能性」はもちろんある。しかし、それを「来期の業績の伸びが鈍化するとの見方があるから」と単純に説明していては、市場関連記事を書く記者としては半人前だ。


※記事の評価はD(問題あり)。このレベルでしか記事を供給できないならば、「銘柄診断」はコラム自体を休止した方がいいだろう。

2016年3月4日金曜日

「絶望には早過ぎる」は誰を想定? 日経 武智幸徳編集委員

なでしこジャパンの五輪出場が危うくなっている。それを受けて日本経済新聞の武智幸徳編集委員が4日の朝刊スポーツ面に「アナザービュー~絶望には早過ぎる」という記事を書いていた。この記事は2つの点で気になった。まず、誰が「絶望」しつつあるのかだ。もう1つは、「なでしこ」の今後の戦い方を考える上で、2年前の男子のワールドカップ(W杯)でのギリシャが参考になるのかという点だ。
久留米大学御井学舎(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】

サッカー女子日本代表の「なでしこジャパン」が窮地に立っている。大阪で開催中のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選で1分け1敗と出遅れて、出場権獲得が危うい状況だ。

(中略)とはいえ、試合はまだ3試合もある。どうも日本は「自力」での出場が険しくなると途端に悲壮感にとらわれ、視野も狭くなるが、チャンスが残っている間はどんな状況であれ「絶望的」と呼ぶには早過ぎるだろう

2年前の男子のワールドカップ(W杯)ではギリシャが見事だった。2戦を終えて日本と同じ1分け1敗の最下位から最終戦でコートジボワールに勝って決勝トーナメントに2位で進出した。

少しでも得失点差を改善しようとゴールと勝利の二兎(と)を追った日本がコロンビアに大敗したのに対し、ギリシャはひたすら勝利だけを求めて辛抱強く戦い、黄金を手に入れた

今回の最終予選もあくまでも6チームによる総当たりである。リーグ戦の一つの勝ち、負け、引き分けはその都度リーグ内に微妙な相互作用を引き起こし、時に苦境に立つチームに思わぬ活路を開くことがある。

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韓国戦後の報道などを見る限りでは「出場は厳しくなったが諦める必要はない。まだチャンスはある」というのが一般的な見方だと思えた。ならば「絶望には早過ぎる」と書くのは早過ぎる(中国に負けた第3戦の後であれば問題はなさそうだが…)。「いや。韓国戦後でも絶望しつつある人がかなりいた」と武智編集委員が思ったのならば、その根拠に触れてほしかった。絶望に傾いているのは選手なのかファンなのかメディアなのか、それとも武智編集委員自身なのか。

例えばJリーグで開幕3連敗したチームに関して「絶望する必要はない」と論じられても、多くの人は「そもそも誰も絶望していないのでは?」と感じるだろう。「なでしこ」の場合はもう少し深刻だが、韓国に引き分けた段階ならば「絶望には早過ぎる」のは、武智編集委員に教えてもらわなくても、ほとんどの人が理解していたのではないか。

さらに引っかかったのがギリシャの例だ。「絶望してもおかしくない状況を見事に切り抜けた例」としてギリシャを取り上げているように見えるが、これは苦しい。

W杯ブラジル大会1次リーグC組では実力的にコロンビアが頭1つ抜けていると言われていた。最終戦はギリシャ対コートジボワールと日本対コロンビア。日本の敗北を前提とすれば、最終戦でのギリシャは勝つだけでよかった。つまり、実質的には“自力”で決勝トーナメントに進出できる状況だったのだ。

だとすれば、ギリシャは「ひたすら勝利だけを求めて」戦うのが当然だ。グループ内で最強のコロンビアに勝っても1点差だと1次リーグ敗退が濃厚な日本とは「絶望」への距離が違いすぎた。韓国戦後の「なでしこ」とも差がある。

ちなみに「チャンスが残っている間はどんな状況であれ『絶望的』と呼ぶには早過ぎるだろう」との武智編集委員の意見には賛成できない。例えばリーグ戦が残り10試合という状況で「首位のチームが10連敗して最下位のチームが10連勝した場合に限って、他チームの動向によっては最下位チームにも優勝の可能性がある」という場合、「最下位チームの優勝は絶望的」と呼んでも「早過ぎる」とは思わない。武智編集委員は同意してくれないだろうが…。


※記事の評価はC(平均的)。武智幸徳編集委員への評価はDを据え置く。武智編集委員については「日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?」「日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?」「『骨太の育成策』を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?」も参照してほしい。

2016年3月3日木曜日

褒めたつもりが逆の結果に? 日経1面「新産業創世記」

日本経済新聞朝刊1面の連載「新産業創世記~難題に挑む」の内容が一段と辛くなってきた。3日掲載の第4回は「『安さ』二の次 服作る人も幸せに 私の価値観で買う」との見出しを付けて「フェアトレード」などを取り上げている。最初の事例が「カジュアル衣料大手、ストライプインターナショナル」。この会社の取り組みを褒めているつもりがもしれないが、記事の書き方だとストライプインターナショナルが悪徳企業にも見えてしまう。

問題のくだりは以下のようになっている。
筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「この工場もダメか」。カジュアル衣料大手、ストライプインターナショナル(岡山市)取締役の長瀬泰典(45)が手にするリストには、千を超える中国など海外工場の名前が並ぶ。そのほとんどは赤や灰色に塗られている。監査不合格。これまで合格したのはたった1割だ。

最新の流行を早く、安く――。世界を席巻するファストファッション。担い手は新興国の工場だ。だが2013年、バングラデシュで縫製工場の建物が崩壊して千人以上が亡くなる事故が発生。劣悪な労働環境が明るみに出ると、批判の矛先はアパレル産業に向かった。

同社もファストファッションで成長したが、社長の石川康晴(45)は「ビジネスモデルを大きく変えるしかない」と腹をくくった。その一歩が、14年9月に始めたブランド「KOE」だ。理念は「着る人も、つくる人も、幸せになる服」。児童労働や強制労働、公害のない工場とだけ取引する

理念の浸透はこれからだ。1月下旬、記者は都内の店で購入客に話を聞いたが、知っている人はいなかった。時間がかかるのは覚悟のうえ。KOEは、労働に見合う価格で商品を買い取り、生産者の生活向上を支える「フェアトレード(公正な貿易)」が広がる欧米で普及をめざす。

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まず、「ストライプインターナショナル」に関しては、旧社名が「クロスカンパニー」だと記事に入れた方がいい。社名変更は3月1日で新社名は浸透していないし、旧社名はかなり知られている。その辺りの配慮ができないところが日経らしい。

ここから本題に入ろう。ストライプインターナショナルはビジネスモデルを大きく変えて「児童労働や強制労働、公害のない工場とだけ取引する」そうだ。裏返すと、これまでは児童労働や強制労働が当たり前の工場で製品を作らせていたのだろう。意地悪な見方をすれば、生産を委託する工場で児童労働や強制労働があっても見て見ぬふりをして低価格を実現するビジネスモデルを採用していたと言える。

しかも「児童労働や強制労働、公害のない工場とだけ取引する」のは「KOE」というブランドだけのようだ。素直に考えれば、他のブランドでは児童労働や強制労働があっても見て見ぬふりを今も続けているのだろう。

本当にそうならば、ストライプインターナショナルは結構ひどい会社に見える。これはあくまで記事を素直に解釈すればという話だ。記事の書き方に問題があって状況を正しく伝えきれていない可能性も高いが…。

ついでに「語順」について触れておこう。

【日経の記事】

ロスアルトス店(カリフォルニア州)で放し飼いで育った鶏の卵などを購入していたジョニー・エバンズ(40)は「一定の基準を満たした生産者からしか仕入れないから信用する」と語る。

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上記の書き方だと「ロスアルトス店で鶏を放し飼いしている」とも解釈できる。筆者は「ロスアルトス店で~購入していた」と伝えたいのだろう。今回の場合、読者に誤解を与える危険性は小さいが、危険性ゼロの方が好ましいのは当然だ。「放し飼いで育った鶏の卵などをロスアルトス店(カリフォルニア州)で購入していたジョニー・エバンズ」と語順を変えれば問題は簡単に解決する。

世に出る前に社内の多くの人間がチェックしている朝刊1面の連載でこうした記述が最後まで残ってしまうのは、日経の実力の低さの表れだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。