2016年1月31日日曜日

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾

日経ビジネスの大西康之編集委員がまた問題ある記事を書いていた。2月1日号の「ニュースを突く~シャープが『倒産』しないワケ」という記事で、大西編集委員は「民間企業を救えるのは民間の活力だけだ」と結んでいる。ところが、記事注の説明には矛盾が見える。
高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
                ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

JALは企業再生支援機構(現地域経済活性化支援機構)から3500億円の出資を受けた。営業を続けながら再建を進めるために、政府の与信が必要だった。だが、JAL再建に関わった支援機構の幹部はこう振り返る。

「複雑な債権債務関係を解きほぐすうえでは、会社更生法の威力が絶大だった。間に裁判所が入ることで、政府や政治家からのノイズを遮断して再建手続きを進めることができた」

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JALには「営業を続けながら再建を進めるために、政府の与信が必要だった」のであれば、立ち直る過程で国の支援が助けになったはずだ。

民間企業を救えるのは民間の活力だけだ」という結論は、他の事実関係からも他の否定できる。大西編集委員の主張が正しいのならば、経営不振に陥った場合、国が支援しても結局は立ち直れないはずだ。ところが、2003年に公的資金の注入を受けて実質的に国有化された りそなホールディングスは、昨年に前倒しで公的資金を完済した。それでも「民間企業を救えるのは民間の活力だけ」と言えるだろうか。

「私的整理よりも公的整理の方が再建はうまくいきやすい」という話ならば分かる。ただ、それを「民間企業を救えるのは民間の活力だけだ」と言ってしまうと辻褄が合わなくなる。

今回の記事には、他にも間違いだと思える記述がある。

【日経ビジネスの記事】

・スポンサー企業が見つからなければ、一度倒産して出直すのが市場のルールである。

・繰り返しになるが、債務超過に陥った会社がスポンサーを見つけられなければ倒産するのが市場のルールである。

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この説明は明らかにおかしい。例えば債務超過に陥った企業が経費削減と新製品投入で自力での黒字化を果たしても何の問題もない。自らの力で債務超過を解消した場合、大西編集委員は「スポンサーを見つけられなかったのだから、一度は倒産すべきだ」と考えるのだろうか。そんな「市場のルール」はどこにもない。

さらに言えば、これまで繰り返し述べているように、大西編集委員には記事を書く資格がそもそもない。今回の記事でも取り上げているシャープと鴻海精密工業(台湾)の提携に関して、日経の紙面で「日本の電機大手として初めての国際提携」と堂々と間違えたにもかかわらず握りつぶした過去が大西編集委員にはある。

今回の日経ビジネスの記事で大西編集委員はこう訴えている。「スポンサー企業が見つからなければ、一度倒産して出直すのが市場のルールである。日本には会社更生法と民事再生法という立派な倒産法がある。これを適用して、従業員、債権者、取引先などが公平に痛みを分かち合う。その上で再起を期すのだ」。ならば、これに沿って大西編集委員にメッセージを送ろう。

記事に誤りがあれば、それを素直に認めて訂正するのがメディアとして当然の責務である。日経には「取材・報道に際しては、中正公平に徹し、編集権の独立を堅持し、迅速で正確な情報を提供する」という立派なルールがある。これに従い、自らの行動に誤りがあったことを認めて読者へ謝罪し、再発防止に努める。その上で書き手としての再起を期すのだ--。

この声が大西編集委員に届くだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。この評価に関しては「日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由」を参照してほしい。上記の間違い握りつぶしを詳しく説明している。

2016年1月30日土曜日

説明が不正確かつ不十分 日経1面「背水のマイナス金利」

日銀がマイナス金利政策に踏み出したのを受けて、30日の日本経済新聞朝刊は関連記事が各面にあふれた。しかし、マイナス金利の適用部分に関する説明には不満が残った。1面の「背水のマイナス金利 日銀、異次元緩和を強化 総裁『必要なら追加措置』」というトップ記事を見てみる。

【日経の記事】
水天宮(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

黒田総裁は「従来の量的・質的金融緩和に金利という選択肢も追加し、金融緩和を進める」と強調した。銀行が当座預金に預けるお金のうち、2月16日から新たに預ける分にマイナス0.1%の金利を付ける。マイナス金利ではお金を預ける方が金利を支払うことになり、銀行が日銀にお金を預けると預金が減る。

中略)ただ一方で、マイナス金利には副作用もある。金利の大幅低下で銀行の収益力が落ち、中小企業向け融資などが抑えられる恐れがあることだ。日銀は銀行収益への配慮で当座預金残高を3つに分け、既に預けている分は従来通り0.1%のプラス金利を付ける

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日銀は銀行収益への配慮で当座預金残高を3つに分け」と書いてあると、3つの分類が気になる。しかし、この記事の中に答えはない。仕掛けには「日銀当座預金を3分割してプラス・ゼロ・マイナス金利を適用」と出ているものの、ゼロとマイナスをどうやって分けるのかは1面の記事では分からない。

政治面の「政策決定の内容」まで辿り着くと「3分割」の基準が分かる。「詳細を1面で解説しろ」とは言わないが、マイナスとゼロをどう使い分けるのかは1面でも触れてほしかった。

1面の記事では「2月16日から新たに預ける分にマイナス0.1%の金利を付ける」と書いている。これだと「2月16日から新たに預ける分」は全てマイナス金利になると解釈したくなる。しかし、ゼロ金利部分も増えていくようなので、正確には「2月16日から新たに預ける分の一部」にマイナス金利を適用するのだろう。だとすると、1面の記事は説明が不正確かつ不十分だ。

マイナス金利の副作用に関する説明も腑に落ちない。「金利の大幅低下で銀行の収益力が落ち、中小企業向け融資などが抑えられる恐れがあることだ」と書いているが、超低金利下で「金利の大幅な低下」が起きる余地はあるのか。「大幅」の基準は人それぞれなので、何とでも弁明はできるだろう。ただ、マイナス金利政策のインパクトを過大に伝えている印象は否めない。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年1月29日金曜日

週刊ダイヤモンドをBBBへ格下げ  東洋経済はAに格上げ

週刊ダイヤモンドと週刊東洋経済を毎週読む習慣が身に付いたのはいつだったか、明確な記憶はない。少なくとも20年以上は読み続けてきた。そして、いつの頃からか「ダイヤモンドが上で東洋経済が下」との序列ができた。「表紙のタイトルを見ただけで読みたくなる特集が多く、内容でも期待に応えてくれる」という点で、ダイヤモンドはずっと東洋経済を凌駕していた。
東京都庁(東京都新宿区)からの眺め
          ※写真と本文は無関係です

ところが、ここ数年で状況が変わってきた。まず、ダイヤモンドの誌面の質が落ちている。2015年5月30日号の特集「鈴木敏文の破壊と創造」のようなヨイショ記事がやたらと目立つ。売れ行きが良かったからといって15年7月18日号でやったマイナンバー特集を11月21日号で再び前面に押し出したのは、最近の志の低さと無縁ではないだろう。

さらには、メディアとしての説明責任も果たせていない。15年6月13日号の「お詫びと訂正」に関して訂正記事にも誤りがあると指摘したところ、それ以降はこちらからの全ての問い合わせを無視するようになった。その間に指摘した記事中の誤りも多くは握りつぶされている。これでは「自分たちはまともなメディアではない」と公言しているようなものだ。

もちろん東洋経済も手放しには褒められない。しかし、ダイヤモンドと比べるとどうしても光り輝いて見える。15年10月31日号の「TSUTAYA 破壊と創造」、今年1月16日号の「独占追跡~村上強制調査」--。他人に薦めたくなるような優れた記事は、ダイヤモンドではなく東洋経済から生まれてきている。単なる偶然とは思えない。

昨年4月時点での格付けはダイヤモンドが「A」で東洋経済が「A-」。昨年6月に両誌が「A-」で並び、今回ついに逆転するに至った。自分の中で20年以上続いてきた「日本で最も優れた経済メディアは週刊ダイヤモンドである」という前提は脆くも崩れたのだ。


◆経済メディア格付け(2016年1月29日時点)

週刊東洋経済(A)
週刊ダイヤモンド(BBB)
週刊エコノミスト(BBB)
FACTA(BBB)
日経ビジネス(BB+)
日本経済新聞(BB)
日経ヴェリタス(BB)
日経MJ(BB-)
日経産業新聞(BB-)


※購読料に見合う完成度が期待できる媒体をBBB以上、期待できない媒体をBB以下として格付けした。今回は東洋経済をA-からAへ、ダイヤモンドをA-からBBBへ変更した。

2016年1月28日木曜日

市場分析に難あり 週刊エコノミストの谷口健記者

週刊エコノミスト2月2日号に載った「止まらない世界同時株安~アベノミクスに立ちはだかる原油暴落、米利上げ、中国失速」は分析の甘さが目立つ記事だった。筆者の谷口健記者は市場関連記事を書く上で知識が不十分だと思えた。まずは、最も気になった「アベノミクスが犯した2つの間違い」について見ていく。
久留米大学附設高等学校(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

豊島氏は、15年6月がアベノミクス相場の最高値だったと言い切る。今年前半は、上値が1万7000円、下値が1万4500円まで、レンジ(値幅)が下がったと予想する。その根拠はアベノミクスが犯した2つの間違いだ。

「1つ目の間違いは、アベノミクスが当初に掲げた『三本の矢』を達成する前に、『新・三本の矢』にすり替えたこと。そして、東芝の不正会計問題で日本企業全体のガバナンス(企業統治)に疑いの目を持たれ、東芝は氷山の一角ではないかという信用不安を生んでいる」(豊島氏)

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豊島&アソシエイツ代表の豊島逸夫代表は「東芝の不正会計問題」を「アベノミクスが犯した2つの間違い」の1つとは考えているようだ。しかし、これは無理がある。安倍政権の政策変更によって東芝が不正会計へのインセンティブを持ってしまったのならば分からなくもないが、東芝の件はそうした問題ではない。谷口記者はコメントとして使う時に「おかしい」と感じなかったのだろうか。

『三本の矢』を達成する前に、『新・三本の矢』にすり替えた」との豊島氏のコメントも謎だ。「三本の矢」とは「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「成長戦略」の3つを指す。効果はともかく、どれも実行には移されている。そういう意味では「達成した」とも言える。「達成していない」と主張するならば、具体的に何を達成できていないか言及してほしい。

新・三本の矢」と違って「三本の矢」は目標というより手段だ。だから、そもそも達成することに意義が乏しいような気もするが…。

原油市場に関する説明にも疑問が残る。

【エコノミストの記事】

原油急落を前に石油輸出国機構(OPEC)の盟主・サウジは、手をこまねいているばかり。サウジはじめOPEC加盟国が協調して減産に動けず、価格調整の役割を放棄している。これによって、原油の価格決定権をニューヨークの投機筋に譲ってしまった

その投機筋は「原油先物を空売りしては買い戻しの繰り返しで1バレル30ドル台でも左うちわで利益が出ており、20ドル台に入ってもまだ空売りする余裕がある」(市場関係者)。これが原油安が止まらない理由で、その原油リスクを嫌気して株安が進んだ構図だ。

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OPECが価格決定権を市場に譲ってしまったのは、最近の話ではない。遅くとも1990年代にはそうなっていた。記事の書き方だと、ごく最近までOPECが価格決定権を持っていたような印象を受ける。

投機筋が原油先物で売りを仕掛けるから原油安が進むという説明も納得できない。投機筋全体で見るとNY原油市場では買い越しとなっている。しかも、昨年末に比べると買い越し幅は拡大している。記事を読むと普通は「投機筋が大きく売り越している」と思ってしまうのではないか。投機筋が買い越しで、買い越し幅も拡大傾向であれば「投機筋が売りを仕掛けるから、原油安が進む」という説明では辻褄が合いにくい。

谷口記者はNY原油市場の建玉明細をチェックした上で記事を書いたのだろうか。きちんと目を通していれば、今回のような書き方にはならないはずだ。

言葉の使い方についても2つ指摘しておきたい。

【エコノミストの記事】

・2014年秋から始まった原油安は、今年に入っても下がり続けている

・日銀の量的緩和第3弾(QQE3)をめぐっては、政府周辺からも期待感が漂う。

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原油安は~下がり続けている」は拙い表現だ。「2014年秋から始まった原油安は、今年に入っても続いている」などとしてほしい。

日銀の量的緩和第3弾」については、略語を「QQE3」とするのであれば「量的質的緩和第3弾」と表記すべきだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。谷口健記者への評価も暫定でDとする。

2016年1月27日水曜日

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事

投資関連記事に関しては「投資初心者に薦めたくなる記事か」という視点で見ることが多い。その点では27日の日本経済新聞朝刊マネー&インベスト面に田村正之編集委員が書いていた「波乱相場、うまく乗り切る~市場に居続け、資金分散」は合格点だ。 「株式・為替相場が世界的に波乱の展開となっている」中で「長期の資産形成につなげるにはどうすべきか」をうまく解説している。

大分川と由布岳(大分県由布市)※写真と本文は無関係です
日経の投資関連記事でよく気になるのが、ドルコスト平均法を持ち上げすぎるところだ。ざっくり言うと、ドルコスト平均法は投資家にとって不利でも有利でもない。今回、田村編集委員は以下のように説明している。

【日経の記事】

定額積み立ては安値の局面で自動的に多くの株数を買えるため、投資継続の精神的な支えにもなる。一括購入とどちらが有利かは値動き次第だが、資産が乱高下しながら長期で上向いていく場合は報われやすい

例えば海外先進国株(値動きはグラフC参照)に連動する投信にリーマン・ショック直前の08年8月末から毎月積み立てをしていた場合、今年1月21日時点の資産は総投資額に比べ7割弱増えている。下落時に安値で買っていたため平均コストが低くなっている。

ただし積み立ては投資期間の終盤に価格が上向いていないと利益が出にくい。例えば米利上げに伴う資金流出などでリーマン・ショック前の水準まで下がったのが新興国株。同様に積み立てていた場合、現在は利益がほぼ消えている。高齢になるにつれ、価格変動の大きな資産への集中投資は積み立てでも避けたい。

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ドルコスト平均法を勧めてはいるものの「一括購入とどちらが有利かは値動き次第だが、資産が乱高下しながら長期で上向いていく場合は報われやすい」とバランスの取れた書き方をしている。

リバランスに関する記述にも改善が見られた。以前に田村編集委員が書いた記事では色々とツッコミを入れたが、今回の記事は抑えが効いている。

※「リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う」参照。

【日経の記事】

高くなった資産を売ったり安くなった資産を買い増したりして元の配分比率に戻すのが「リバランス」。値動きのブレの大きさを当初の想定に戻すのが主な狙いだが、収益率も長期では改善しやすい。割高になった資産を一部利益確定し、割安になった資産を買うことにつながるからだ。

著名投信ブロガーで資産運用の著書もある40代の会社員、水瀬ケンイチ(ハンドルネーム)さんは年に1度、正月明けにリバランスを実施している。「税負担を避けるために売りを出さず、ボーナスなどで比率が下がった資産を買い増して配分を戻している」

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以前の記事のように「個人投資家は例えば年に1度、誕生日や正月などに資産を見直すといった方法がよさそうだ」と一般化して書かずに、個人投資家である水瀬ケンイチ氏のやり方として「正月明けにリバランスを実施している」例を紹介しているのは好ましい。水瀬氏は著書で「実際は、目標アセットアロケーションからそんなに大きく乖離していなかったため、リバランスしなかった年もけっこうあります」とも述べている。そこまで紹介できればもっと好ましいのだが、それでも解説記事として十分にバランスは取れている。

ついでなので、記事の書き方で初歩的な助言をしておこう。「ボーナスなどで比率が下がった資産を買い増して配分を戻している」と書くと「ボーナスの影響で比率が下がった」とも解釈できる。これは「比率が下がった資産をボーナスなどで買い増して配分を戻している」と直せば問題は解決する。

さらについでに言うと、田村編集委員の記事には今回に限らずやたらと「イボットソン」が出てくるのが気になる。今回の記事で言えば以下のくだりだ。


【日経の記事】

とはいえグラフCでリーマン・ショック(2008年9月)以降の各資産の値動きを見ると変動の大きさがわかる。急落時に予想外の損失を出さないために重要なのが、「資産の最大損失額をイメージし、大きすぎる場合は投資額や配分を修正すること」(金融助言会社イボットソン・アソシエイツ・ジャパンの小松原宰明・最高投資責任者)。


【日経の記事】

優遇税制では値上がりが大きい資産ほど恩恵を受けやすい。イボットソンが1970~2013年を対象にした試算では、異なる年を起点に100万円を海外株に5年間ずつ投資した場合、通常の2割課税に比べ、非課税なら手取りが平均11万円多かった。海外債券は値上がりが小さく、非課税効果は5万円だった。

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使うなとは言わないが、使いすぎるとイボットソンの言いなりのような印象を持たれてしまう。しばらくはイボットソンに頼らないでマネー&インベスト面の記事を書いてみてはどうだろう。


※記事の評価はB(優れている)。田村正之編集委員の評価はD(問題あり)からC(平均的)に引き上げる。

「孤高のココイチ」書いた東洋経済 常盤有未記者に助言(2)

週刊東洋経済1月30日号に載った「個客対応力が支持の秘密だった 孤高のココイチここにあり!」について、筆者である常盤有未記者への助言を続ける。

早稲田大学大隈庭園(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です
◆常盤有未記者への助言◆

今回の記事を読んでいて「あれ? どう解釈すればいいの?」と迷った部分があります。経営者の交代に関する説明です。

【東洋経済の記事】

年間5000時間以上勤務するハードワークを続けてきた宗次氏だが、02年には53歳の若さで経営から退き、創業者特別顧問となる。「来期から社長をやらせてほしい」。前年の秋、副社長だった浜島氏からそう申し出があったためだ。

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上記のくだりを読むと、経営のバトンは宗次氏から浜島氏に渡ったと思ってしまいます。しかし、読み進めると「跡を継いだ妻が社長の時代」という記述に出くわして混乱してしまいました。それぞれ書いていることは間違いではないのでしょうが、説明としては不十分です。

説明に矛盾を感じるところもありました。記事中には「社長就任後は宗次氏に1回も相談したことはない」という浜島社長のコメントが出てきます。しかし浜島社長へのインタビュー記事では以下のような発言があります。

【東洋経済の記事】

創業者の哲学は「理論より実践」。思想は受け継いでいるが表現はちょっと変えて、「社是・ミッション・経営目的」の3つをもって理念とします、と話をして認めてもらった

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話をして認めてもらった」のが社長就任前という可能性もゼロではありませんが、「社長就任後に創業者と相談したことはあるのではないか」と疑問が湧きます。

私は普通の経営者を知らない。宗次徳二しか知らないもん」という浜島社長のコメントも引っかかりました。記事にもあるように、宗次徳二氏は社長の座を妻に譲っているはずです。ならば浜島社長は「宗次徳二以外の経営者」を知っているはずです。「宗次徳二しか知らないもん」と浜島社長は実際に言っているのでしょうが、注釈なしにそのまま記事にしてしまうのは感心しません。

なぜ多くの人に愛されるのか~壱番屋カレー作りのヒミツ」という記事もいくつか気になった点があります。まず「栃木工場は、壱番屋の重要拠点。潜入取材した」との説明です。取材だと明かさずに栃木工場に入り込んで写真を撮ってきたのならば「潜入取材」でしょう。でも、誌面を見る限りではこっそり写真を撮っているとは思えません。本当に「潜入取材」だったのですか。

写真とその解説も栃木工場の工程を見せているだけで、「カレー作りのヒミツ」を探っているとは思えませんでした。そもそも「あくまで『家庭用カレーの大型版』(栃木工場の青木義宏工場長)にすぎない」のであれば、これほど大掛かりに工程を紹介する意義は乏しいでしょう。


※色々と注文を付けたが、全体として大きな問題はないので記事の評価はC(平均的)とする。暫定でD(問題あり)としていた常盤有未記者の評価は暫定Cへ引き上げる。常盤記者には「もっと批判精神を持って記事を書いてほしい」と以前に助言した。今回の記事にも批判精神はあまり感じられないが、以前のような過剰なヨイショも見られない。その点で一歩前進と言える。常盤記者に関しては「ヨイショが過ぎる東洋経済『アシックス 知られざる改革』」も参照してほしい。

2016年1月26日火曜日

「孤高のココイチ」書いた東洋経済 常盤有未記者に助言(1)

週刊東洋経済1月30日号に載った「個客対応力が支持の秘密だった 孤高のココイチここにあり!」は出来の悪い記事ではない。ただ、カレーハウスCoCo壱番屋について「カレー店では完全な1強」「その存在は圧倒的だ」と書いているのに、「なぜそこまでココイチが強いのか」の説明が物足りない。筆者の常盤有未記者に言わせれば「個客対応力が支持の秘密」なのだろうが、分析が甘すぎる。常盤記者への助言という形で記事に注文を付けてみたい。

筑後川サイクリングロード(福岡県久留米市)
               ※写真と本文は無関係です
◆常盤有未記者への助言◆

孤高のココイチここにあり!」という記事では、ココイチをカレー店チェーンの中での「完全な1強」と説明しています。記事によると、店舗数はココイチが1380店で2位のゴーゴーカレーが約70店なので、「1強」は疑いようがありません。では、なぜココイチが強いのでしょうか。それを説明してるのが以下のくだりです。

【東洋経済の記事】

ココイチを展開する壱番屋の浜島俊哉社長も、「うちが扱っているカレーは家庭で食べられる味。そういう意味では参入障壁はない」と言ってのける。だからこそ、自分だけの組み合わせを楽しめるカスタマイズが肝になる。「家庭ではちょっと面倒だなということをうちがやっている。カレーライスを作るときにトンカツ揚げないでしょう?(笑)。子どもの辛さに合わせるとお父さんが我慢することになる」。

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記事には「ココイチのカレーが人気を集める最大の理由は、ご飯の量、辛さと甘さ、上にのせる具材などを思う思いに注文できるカスタマイズ方式にある」とも書いているので、「ココイチの競争力の源泉はカスタマイズ方式」と常盤記者が見ているのは間違いないでしょう。

例えばココイチが最近になって注目を集め始めた新興チェーンならば、この説明でいいかもしれません。しかし、ココイチは歴史も長く、しかもカレー店では「完全な1強」なのです。カスタマイズ方式が強さの秘密ならば、真似するところが出てきても不思議ではありません。普通に考えれば、模倣はそれほど難しくなさそうです。

「いや。そうじゃない。簡単には真似できない。非常に難しいことなんだ」というのであれば、そこを解説すべきです。カスタマイズ方式が他のチェーンでもよく見られるのならば、「ココイチのカスタマイズは他社とどう違うのか」「なぜ他社はココイチと同じやり方にしないのか」を分析してほしいのです。

記事には他にも気になった部分があります。それについては(2)で述べます。

※(2)へ続く。

「ドル円の名目実効為替レート」? 週刊ダイヤモンドの誤りか

週刊ダイヤモンド1月30日号の緊急特集「株・原油・為替…相場総崩れの真相」の中に「名目実効為替レートで見てもドル円は15年6月を底に反転」という謎の記述があった。ダイヤモンド編集部に間違い指摘をしたが、丸1日経っても回答はない。これまでのパターンでいけば黙殺だろう。記事を担当した大坪雅子記者、竹田孝洋副編集長、前田剛副編集長には、メディアとしての適切な対応を期待したい。

問い合わせの内容は以下の通り。
「とんこつラーメン発祥の地」のモニュメント(福岡県久留米市)
               ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド1月30日号の14ページの記事についてお尋ねします。記事では「名目実効為替レートで見てもドル円は15年6月を底に反転しており、円高トレンドが続いていることが分かる」と解説しています。しかし12ページの記事にもあるように「名目実効為替レート」とは複数の通貨に対する為替相場を貿易量で加重平均したものです。なので「名目実効為替レートで見てもドル円は~」では意味が通じません。「円」の名目実効為替レートは2015年6月を底に上昇へ転じているようなので、記事中の「ドル円」を「円」に直せば問題は解消しそうです。「ドル円の名目実効為替レート=ドルの名目実効為替レート&円の名目実効為替レート」という可能性も検討しましたが、解釈として無理がありますし、文脈とも合致しません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も教えてください。御誌では読者からの間違い指摘に回答しない対応が常態化しています。メディアとして責任ある対応をお願いします。

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単純なミスなので、誤りを認めて「今後は気を付けます」などと回答すれば済む話だと思うのだが…(「間違いではない」との回答でももちろん構わない)。やはりダイヤモンド編集部の不要なプライドが障壁になっているのだろう。

上記のくだりを除けば、記事自体に大きな問題はない。しかし、積極的に評価できる要素も見当たらない。分析としては特に目新しい部分がなく、これまでの流れのおさらいといった内容になっている。

分析記事は結論部分が大切だ。それによって、筆者が何を訴えたかったのか分かる。ところが、今回の特集の中にある「日本経済はどうなる?~ 円高・株安続けば景気腰折れ 1月末の追加緩和はあるか?」という記事の結論はほとんど意味がない。訴えたい何かがないのに記事を書いているから、こうなるのだろう。

【ダイヤモンドの記事】

円高・株安がさらに進み、春闘の賃上げが不十分に終われば、消費マインドが冷え込んで景気が腰折れするリスクは高まるだろう。

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これを読むと「それはそうでしょうね。わざわざ言われなくても分かってますよ」と返したくなる。「こんな結論を導くために、あれこれ言葉をつないできたのか」と筆者には問いたい。

例えば「販売不振が深刻になって業績が一段と悪化すれば、株価下落のリスクはさらに高まるだろう」とか「攻撃陣の得点力不足が続いて、守備陣の連携もうまくいかなければ、予選敗退の可能性は高まるだろう」といった説明に意味を感じるだろうか。「そんな当たり前すぎる話をされても…」と思うのが自然だ。


※記事の評価はD(問題あり)。大坪雅子記者の評価はDを据え置く。竹田孝洋副編集長、前田剛副編集長は暫定でDとする。回答も訂正もなしの場合は3人をF(根本的な欠陥あり)とする方向で検討したい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年1月25日月曜日

週刊ダイヤモンド 無理ある特集「三菱最強伝説」の矛盾

週刊ダイヤモンド1月30日号の「三菱最強伝説」は無理のある特集だった。三菱グループを「世界でもトップクラスの企業集団」「トヨタをしのぐ」などと持ち上げているが、周知のように三菱グループは韓国の財閥のような一体感のある企業グループとして組織されているわけではない。それを「巨大コングロマリットである三菱グループを一つの『企業』と見なすと、売上高の合計は58兆円にもなる。これは世界最大の売上高を誇る米小売りのウォルマートをはるかに上回る」と強引に比較した上で「最強」と称える意味は乏しい。

しかも、特集には辻褄の合わない説明も出てくる。
新宿センタービル(東京都新宿区)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

しかし、三菱自動車が経営破綻寸前に陥った際、グループの総力を挙げて支援に動いたように、緊急時に強固な結束力を誇るのが金曜会の特徴だ

もし今後、金曜会のメンバー企業が経営危機に陥った場合、金曜会はどう動くか。メンバー企業の現役社長の一人は断言する。

「今起こってもやっぱり支援する。親睦団体は建前で、緊急時は別。スリーダイヤを守るためなら、絶対に結束するのが金曜会という組織だ


【ダイヤモンドの記事】 

また、日本郵船や東京海上日動火災保険など、「三菱」の名を冠さないグループ企業は、金曜会に対する帰属意識そのものが薄い。

三菱自動車が経営危機に陥った際、グループの主要企業である郵船や東京海上にも支援を要請したが、われ関せずで袖にされた」と三菱商事OBは語る。

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三菱グループの最高決定機関 金曜会の知られざる権力構造」という記事では「緊急時に強固な結束力を誇るのが金曜会の特徴だ」と書いている。一方で「結束力は住友より劣る? 三菱内部の意外な不仲企業」という記事では、緊急時にグループの主要企業(日本郵船や東京海上)が結束しようとしなかった実態を描いている。これは矛盾と言うほかない。

今回の特集には「国宝を愛でよう 三大財閥コレクション」という記事が3ページも付いていて、三菱、住友、三井のコレクションをこれでもかと紹介していた。財閥の歴史ぐらいならば、まだ付き合って読む気になるが、美術品にまで脱線するのは遊びが過ぎる。


※特集の評価はD(問題あり)。山口圭介副編集長と鈴木崇久記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。両者については「『頭取ランキング』間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応」を参照してほしい。重石岳史記者の評価は暫定でDとしたい。

2016年1月24日日曜日

日経ビジネスでJフロント奥田務氏が語る「自画自賛」への疑問

大丸やJフロントリテイリングで長くトップの座にあった奥田務氏は、経営者として過大評価されている印象がある。高い競争力を持つ百貨店を育て上げたわけでもないのに、なぜか「成功した経営者」として取り上げられることが多い。日経ビジネス1月25日号の「有訓無訓」というコラムでもJフロントリテイリング相談役の肩書で登場し、大丸と松坂屋の経営統合に関して自画自賛している。しかし、中身はツッコミどころが多い。具体的に指摘してみよう。

高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎経営統合のスピードが凄い?

【日経ビジネスの記事】

そこからが速かった。10か月後に持ち株会社としてJ・フロントリテイリングを発足させ、さらに2年半で統合作業を終えました。当初は発足から3年を予定しましたが、リーマンショックが起きて半年繰り上げたのです。

なぜ、経営統合がこれほど早くできたのか。

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「経営統合に合意してから10か月後に持ち株会社を設立し、その2年半後に統合作業を完了」と聞いたら、「なぜ、経営統合がこれほど早くできたのか」と問いたくなるだろうか。遅いとは言わないが、驚くほどのスピードではない。

例えば、ファミリーマートがam/pmを子会社化したのは2009年12月で、2年以内にブランド統一作業を終えている。Jフロントの場合、「大丸」「松坂屋」のブランドはそのままなので、もっと早く統合できてもいいはずだ。もちろん大丸と松坂屋の方が時間を要する要素はあるだろう。しかし、自ら誇れるほどのスピードで統合したかと言えば、かなり怪しい。

奥田氏は経営統合が早く進んだ理由を4つ挙げているが、これも説明としておかしい。


◎「関係ない人も入ると無責任になる」?

【日経ビジネスの記事】

2つ目は、プロジェクトチームを作らなかったことです。関係ない人も入って無責任になるからです。総務は総務、経理は経理と、ライン組織ですべてを決めさせました。

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「関係ない人も入ると無責任になる」という説明が理解に苦しむ。責任者を決めておけばいい話だ。「総務や経理には無関係」という人が社内にいるのか疑問も残るが、仮に営業の人間は総務に無関係だとしよう。しかし、プロジェクトチーム内では自由に意見を言わせればいいではないか。そして最後は責任者が決断する。「総務の業務に関して営業の人間の案を採用したから上手くいきませんでした」と言い訳してきた時には「責任者はお前で、最終的には自分で決断したんだろ」と言えば済む。なぜJフロントでは、その程度のことができないのか。

さらに言えば、プロジェクトチームを作るよりライン組織で決めた方が責任が明確になるとしても、それが経営統合に要する時間の短縮につながるとは限らない。「関係ない人も入ると議論が長引いて物事を決めるのに時間がかかる」といった説明ならば納得できるが…。


◎それは「いいとこ取り」では?

【日経ビジネスの記事】

そして4つ目が、制度やシステムでは両者のいいとこ取りをしなかったことです。分野ごとに、大丸のやり方か、松坂屋か、優れている方に片寄せしました。

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「制度やシステムは全て大丸のやり方を通した」と言うのならば「両者のいいとこ取りをしなかった」と言えるだろう。しかし、分野ごとに選んだのならば基本的には「両者のいいとこ取り」だ。

この記事には、奥田氏の経営者としての限界を感じさせるような話も出ていたので、それも紹介しておこう。

◎「統合か相手を食うしかない」?

【日経ビジネスの記事】

百貨店業界も同じです。日本は豊かになり、ライフスタイルはガラリと変わりました。ファッションではなく住まいや余暇にカネを使うようになった。それは世界中の傾向で、ファッション中心の総合型百貨店は1980年代には成長の芽がなくなりました。日本的な高級店として生き残っているのは、ロンドンのハロッズやパリのギャラリーラファイエットなど数えるほど。もはや文化遺産です。

そのうえ日本は市場が縮小しているのに、店舗数が多すぎる。だからもう、統合か、相手を食うか、それしか選択肢はない。

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ファッション中心の総合型百貨店は1980年代には成長の芽がなくなりました」と奥田氏は言う、だったら店の中身を変えればいいではないか。「(消費者が)ファッションではなく住まいや余暇にカネを使うようになった」のならば、それに合わせて取扱商品を大胆に変えるのも手だ。なのに奥田氏は漫然と「ファッション中心の総合型百貨店」を続けてきた。それが不思議でならない。松坂屋とくっついて体を大きくする前に、なぜ時代の変化に合わせて大丸を脱皮させなかったのか。経営者として時間は十分にあったはずだ。

日本は市場が縮小しているのに、店舗数が多すぎる」と奥田氏は嘆くが、経営統合を進めてもそれだけでは店舗数は減らない。統合すれば店舗の魅力が増すわけでもない。結局、奥田氏は長く大丸とJフロントで経営の舵を握ってきたものの、強い競争力を有する事業(例えばセブン&アイホールディングスにとってのコンビニ事業)を育成できなかった。奥田氏を経営者として評価するときに、そのことを忘れるべきではない。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年1月23日土曜日

せっかく面白いテーマなのに…日経「広がるマイナス金利」(2)

日本経済新聞の朝刊経済面で連載した「広がるマイナス金利」について、引き続き問題点を指摘していく。21日の「(下)預金するとお金減る 欧州の試み、成否見えず」は説明に難がある。特に問題を感じたのが以下のくだりだ。
福岡市博物館(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

マイナス金利政策は個人に恩恵もある。日本では変動金利で過去最低水準の年0.6%ほどの住宅ローンが話題だが、欧州はさらに先を行く。ポルトガルやスペイン、イタリアではマイナス金利の住宅ローンが登場。マイナス金利政策の効果もあり、欧州の国債はマイナス金利だ。銀行はそんな国債を買うよりも多少のマイナス金利なら融資を増やした方がいいと考え始めている

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まず「欧州の国債はマイナス金利だ」という説明は不十分だ。欧州の国債が全てマイナスの利回りなら、この書き方でいい。しかし、日経の他の記事によるとドイツの10年物国債利回りは0.50%前後のようだ。例えば「欧州の国債は多くがマイナス金利だ」とすれば問題は解消する。

期間長めの国債の利回りはプラスだとすれば「なぜそういう国債を買わずにマイナス金利の住宅ローンで融資を増やそうとするのか」との疑問が残る。「ポルトガルやスペイン、イタリアではマイナス金利の住宅ローンが登場」というのは事実だろう。だとすると、何か説明が抜けているのではないか。ここは紙幅を割いてしっかり論じてほしかった。

以下のくだりも説明が不十分だ。

【日経の記事】

「銀行税」で銀行の体力が弱れば、銀行はリスクを取ってお金を貸し出しづらくなる。みずほ銀行の唐鎌大輔氏は「金融を緩和するはずのマイナス金利が逆に引き締め効果をもたらしかねない」と警鐘を鳴らす。さらにマイナス金利の解除時には融資現場で大きな混乱を招くことになる

日本でも物価低迷を受け、マイナス金利導入が話題に上る。ただ邦銀は量的・質的金融緩和で大量の資金を日銀に預けており、「もしマイナス金利を採用したら、銀行経営への打撃は欧州の比ではない」(東短リサーチの加藤出社長)。

日銀の追加緩和手段である国債購入はいずれ限界を迎える。ECBの融資拡大が甘い蜜のように映れば、日本でもマイナス金利論が勢いを増す可能性は否めない

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さらにマイナス金利の解除時には融資現場で大きな混乱を招くことになる」と唐突に出てくるのが気になった。どういう混乱を招くのかも、なぜ混乱するのかも分からない。こんな書き方しかできないのなら、このくだりはなくていい。

結論に至る流れも良くない。「マイナス金利が逆に引き締め効果をもたらしかねない」「マイナス金利を採用したら、銀行経営への打撃は欧州の比ではない」というコメントを紹介しているのだから、結論としては「マイナス金利論が勢いを増したとしても実現の可能性は低そうだ」などの方がしっくり来る。

ECBの融資拡大」にも唐突感がある。記事にはECBによる融資拡大の話は出てこない。「ECBによると、ユーロ圏の民間向け銀行融資は昨年3月に2年11カ月ぶりに前年同月比で増加に転じた。昨年11月時点では同1.2%増と、11年11月以来4年ぶりの高い伸びを記録した」との記述はあるが、これは「ECBの融資拡大」とは言い難い。結局、「ECBの融資拡大」の謎は解けなかった。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年1月22日金曜日

せっかく面白いテーマなのに…日経「広がるマイナス金利」(1)

日本経済新聞朝刊経済面で連載していた「広がるマイナス金利」は期待外れだった。面白いテーマだけに、きっちり分析できれば興味深い記事に仕上がったはずだ。しかし、マイナス金利そのものを論じているとは言えない部分も目立つ。さらには説明が足りなかったり不正確だったりで、すんなり読めなかった。まずは19日の「(上)マイホーム 夢の功罪 家計・企業、リスクはらむ」から問題点を見ていこう。

吉野ヶ里歴史公園(佐賀県吉野ヶ里町) ※写真と本文は無関係です
◎住宅ローンの話が長すぎる

【日経の記事】

世界的な金融市場の動揺を背景に、長期金利が急低下している。14日には長期金利の指標になる新発10年物国債利回りが一時、0.19%と過去最低水準を更新。より期間の短い国債の取引では、お金の貸し手が借り手に支払う通常とは逆の「マイナス金利」も徐々に広がり始めている。

 「マイホームに手が届くかな」。都内で派遣社員として働く中村聡美さん(仮名、34)は目を輝かす。会社員の夫と1歳の娘の3人家族。金利が大きく下がったことでマンション購入が手の届くところに近づいた。

夢を引き寄せたのは住宅ローン金利の大幅低下だ。三井住友信託銀行が1月から新規顧客向けの変動金利を年0.6%に下げたほか、三菱東京UFJ銀行とみずほ銀行も年0.625%と過去最低になった。1000万円借りても月々の金利は5000円ほど。家族の外食1回分よりも安い。

昨年12月6日に三菱地所レジデンスが京都市で売り出した「億ション」の第1期販売は即日完売になった。西日本で最高値の7億4900万円の物件もあっさり売れた。抽選倍率は3億2900万円の3LDKが5倍に達するなど、購入の申し込みが殺到した。

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日本の住宅ローン金利は下がったとはいえマイナスにはなっていない。なのに、3段落も使って住宅ローンやマンションの売れ行きの話をしている。これは無駄だ。それほど長い記事ではないのだから、さっさと本題に入ってほしい。


◎調達コストも下がってる?

【日経の記事】

住宅ローン金利の基になる市場金利は歴史的な低水準にある。過去最低を記録した10年債利回りだけでなく、2年債利回りはマイナス0.03%まで落ち込んでいる。金融機関は住宅ローン金利が0.6%でも利ざやを得られる格好だ。

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上記の書き方だと「マイナス金利で資金調達できるので金融機関は住宅ローン金利が0.6%でも利ざやをしっかり確保できている」と解釈したくなる。しかし、預金金利はかなり前からほぼゼロとは言えマイナスにはなっていない。ローン金利0.6%でも利ざやは得られるだろうが、金融機関は利ざやが縮小して苦しくはなっているのではないか。「違う。利ざやは縮小していない」と言うなら、どういう仕組みなのか説明してほしかった。


◎これはマイナス金利の話?

マイナス金利は当分続きそうだ。日銀は年80兆円ずつ国債を買い続けており、2016年の国債購入額は償還分も合わせて120兆円。短期債を除いた政府の年間発行額とほぼ同額に上る。既に5年債も0.01%とマイナス金利目前だ。

ただ「国債取引が極度に減ると、金利が思いがけず跳ね上がるリスクが強まる」(日銀幹部)。予期せぬ金利の高騰は住宅ローンや設備投資の返済負担の急拡大などを通じ、家計や企業の資金繰りを大きく狂わす危険性も秘めている。

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「国債の流動性が極端に減ると、思わぬ負の影響が出るかも」というのが記事の結論だ。しかし、これはマイナス金利の話とは言い難い。国債の利回りがマイナスにならなくても流動性は時に枯渇するし、マイナス金利がなくなれば流動性の問題が解決するわけでもない。筆者は「マイナス金利に関して何を訴えたいか」を明確に自覚しないで記事を書いているのだろう。

ついでに言うと「住宅ローンや設備投資の返済負担の急拡大」という表現は舌足らずだ。住宅ローンは「返済」するものだが、設備投資は「返済」の対象ではない。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年1月21日木曜日

日経「ニュース解剖」に見える志田富雄編集委員の安心感

日本経済新聞の志田富雄編集委員が書く記事には安心感がある。「何なんだこの記事は」と思った記憶がない。21日の朝刊 視点・焦点面に載った「ニュース解剖~中国発資源安、見えぬ底 全面安の国際商品相場 資金逆流で増幅、設備の整理カギ」という記事も同じだ。商品市場に関する知識も、記事としてまとめる能力も十分と言える。日経の編集委員の中で、そう思わせてくれる人は珍しい。

高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
                  ※写真と本文は無関係です
ただ、関連記事として載っている「メジャー、一段と巨大に シェール淘汰・再編へ」(筆者は稲井創一記者と西岡貴司記者)との整合性が今一つだ。具体的に見てみよう。

◎スーパーサイクルは続いてる?

【日経の記事】

通常の変動を超越する「スーパーサイクル」とも呼ばれた相場上昇は原油が08年、銅や鉄鉱石、金が11年に最高値を記録するまで続いた。

資源価格の振れが大きい「スーパーサイクル」時代を乗り越えるのも体力があってこそ。価格の谷を越えた先に、一段と巨大化した海外のメガメジャーが支配する世界が待っている可能性は高い。

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志田編集委員の記事を読むと「スーパーサイクルとは相場上昇に関する言葉で、2011年には終わった」と解釈したくなる。しかし、関連記事からは「スーパーサイクルには上げも下げもあるし、今も続いている」と読み取れる。

◎シェール関連企業の淘汰は進んでる?

【日経の記事】

・残る道は過剰設備の解消や企業の淘汰だ。原油安を招いた米国のシェール関連企業はここまで予想外のしぶとさを見せた

・米国で原油・ガス掘削会社の破綻が相次いでいる。米エネルギー専門サイト、フューエル・フィックスによると、15年の1年でテキサス州に本社を置く掘削会社の破綻は20社に達した。大半がシェール企業だ。生産した原油販売に収入を依存するシェール企業は原油価格が急落すると、売上高も急減し、資金繰りに窮しやすい。

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志田編集委員の記事からは「シェール関連企業の破綻はこれまでわずかだった」との印象を受けるが、関連記事を読むと「シェール関連企業がどんどん潰れてるんだな」と思ってしまう。「15年の1年でテキサス州に本社を置く掘削会社の破綻は20社」で「大半がシェール企業」だとしても、それを「米国のシェール関連企業はここまで予想外のしぶとさを見せた」と評する余地はある。ただ、矛盾しているように見えるのも確かだ。

2つの記事の整合性に関しては、3人の筆者よりも担当デスクの責任が大きい。ただ、大刷りができた段階では、筆者も互いに整合性の問題をチェックすべきだ。


※関連記事も含めた記事の評価はB(優れている)。志田富雄編集委員への評価もBとする。稲井創一記者(ニューヨーク支局)と西岡貴司記者に関しては、暫定でB(優れている)としたい。

見出しに釣られて日経「新興国の失業率悪化」を読むと…

見出しに釣られて記事を読んでしまい「引っかかってしまった」と後悔することがある。20日の日本経済新聞夕刊1面に載った「新興国の失業率悪化 昨年5.6%、資源安が影 ILO『社会不安広がる懸念』」はそんな記事の1つだ。見出しに間違いはない。記事によると、新興国の失業率は確かに悪化している。しかし、わずか0.1ポイントだ。「ほぼ横ばい」と言ってもいい。

早稲田大学大隈庭園(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

【ダボス(スイス東部)=原克彦】国際労働機関(ILO)が19日発表した2015年の世界の失業率は5.8%と前年に比べ横ばいだった。先進国は6.7%と同0.4ポイント改善したものの、人口が多い新興国で5.6%と同0.1ポイント悪化。特にロシアが0.6ポイント、ブラジルは0.4ポイントとそれぞれ大幅に失業率が上がった。ライダー事務局長は「商品相場の下落に伴う新興国の減速が世界の雇用に影響している」と警戒を促した。

先進国は日米英のほかにドイツやイタリアも雇用情勢が改善し、失業率は総じて低下した。ただし資源国のオーストラリアは6.3%と同0.2ポイント上昇した。新興国ではロシアとブラジルのほかに南アフリカやトルコも雇用が悪化。中国は4.6%で横ばいだが、ILOは16年に同0.1ポイント上昇すると予想する。

世界の失業者数は15年に1億9710万人にのぼった。16年は労働可能な人口が増えるため失業者は1億9940万人に増えるとみている。

ILOは新興国や途上国での雇用情勢の悪化で社会不安が広がる危険性が増していると指摘。20日にスイス東部で始まる世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも議論を促す。東南アジアで74%、アフリカ南部でも70%の労働者が失業手当などの社会保険を受けられない状態にあることも問題視している。

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これは整理担当者にとって見出しの付けづらい記事だ。「世界の失業率 15年は横ばい」では「なぜ1面なのか」という話になってしまう。1面らしくするために「新興国の失業率悪化」としたのだろう。代償として、見出しに大げさ感が出ている。

中身を見る限り、1面に持ってくるような話とは思えない。1面に持ってくるならば、1面の記事として見出しが付けやすいような書き方をすべきだ。ただし、今回のILOの発表内容ではかなり苦しいだろう。最も大きく動いているのが「先進国」なので、「先進国で失業率低下」を柱に据えるしかないが、「資源安を受けて新興国で失業率低下」という話に比べてインパクトに欠ける。1面で囲み記事にしようとすれば、結局どこかに無理が出てしまう。

ついでに言うと、原記者が「ILOは新興国や途上国での雇用情勢の悪化で社会不安が広がる危険性が増していると指摘」と書いているのも気になった。記事に付いたグラフを見る限り、15年の失業率は途上国で横ばい。2016年と17年の予想は、新興国も途上国もこれまた横ばいだ。だとしたら「雇用情勢の悪化で社会不安が広がる危険性が増している」のはなぜなのか。記事の中に答えは見当たらない。

余談ではあるが、ILOが新興国と途上国を分けて数字を出しているのは興味深い。どういう基準で新興国と途上国を分類しているのか、グラフに注記でも入れてくれると助かるのだが…。

※記事の評価はC(平均的)。原克彦記者への評価も暫定でCとする。

2016年1月20日水曜日

週刊エコノミストの記事は「女性は数学苦手=偏見」と言うが…

週刊エコノミスト1月26日号に「サイエンス最前線~男の脳と女の脳 『女性は数学が苦手』という偏見」と題した納得できない記事が出てきた。筆者は理研脳科学総合研究センター元チームリーダーの永雄総一氏と同研究センター研究員の青木田鶴氏だ。専門家なので知識は十分にあるのだろうが「女性は数学が苦手というのは偏見だ」との結論ありきで話を進めているとしか思えなかった。

記事で筆者らは以下のように述べている。

樹木に覆われた空き家(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です
【エコノミストの記事】

数学を例にしよう。女性では数学が苦手な人が多いというのが、国際的にも多くの人が共有する印象である。事実、数学や物理の学会も国際的に男性の方が大多数を占める。しかしながら米国で1980年代に12歳の児童を対象に行われた調査では、800点満点で700点以上の数学(算数)の試験の高得点者は男児が13対1と圧倒的に多いにもかかわらず、平均点は男女ともほとんど変わらなかった。

また、12年の経済協力開発機構(OECD)の統計では、我が国でも数学の平均点の男女差は800点中わずか12点でしかない。にもかかわらず女性は数学が苦手という間違った思い込みが広まっている理由として次のことが考えられる。現代の教育システムでは入試のような重要な節目では数学(算数)がある種の選抜指標になっており、数学に特に秀でた男性が成功する確率が高くなる。このことが累積すると、女性に数学で最高度の教育を得られるチャンスが少なくなり、その結果女性の数学や物理のエキスパートが生まれにくくなっているのだろう。やはり冒頭で述べたような巷で想定されているような男女差を作っているのは、脳そのものではなく、教育や社会システムかもしれない。

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OECDの調査結果などを基に筆者らは「女性は数学が苦手という間違った思い込み」と断定している。しかし、これは根拠薄弱だ。日経の記事によると、OECD事務次長のマリ・キヴィニエミ氏は「大多数の国・地域において数学は女子が男子より劣っていた。OECD平均で約10点の差がある。日本は特に得点差が大きい」と述べている。統計学的に有意な差があるから、こうした発言が出てくるのだろう。

朝日新聞は以下のように報道している。

【朝日新聞の記事】

OECD平均でみると、「数学的な知識の応用」は男子が女子より強く、「科学者のように考える」ことが求められる質問では女子の苦戦が目立つ。日本では12年PISAの数学的リテラシーは男子が女子を18点上回り、科学的リテラシーで11点、問題解決能力も19点男子が女子を上回った。

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「女性は数学が苦手」という一般的な印象はOECDの調査でも裏付けられたと考える方が自然だ。日経の記事に付いているグラフでは、OECD加盟国のうち数学で男子が女子を上回っている国が31カ国。逆はわずか3カ国だ。しかも日本は6番目に男性の優位性が高い。日本人で「女性は数学が苦手」と思っている人がいても「それは偏見ですよ」と断じるのは無理がある。「偏見だ」と断定する方がよほど偏見に近い。

エコノミストの記事に出てくる「女性は数学が苦手という間違った思い込みが広まっている理由」も納得できない。「現代の教育システムでは入試のような重要な節目では数学(算数)がある種の選抜指標になっており、数学に特に秀でた男性が成功する確率が高くなる」という説明はやや意味不明だ。

入試で選抜指標になっているのは数学だけではない。国語も英語も同じだ。なのに、なぜ「女性は国語や英語が苦手」という印象は持たれないのか。「数学に関しては、男性の方が優秀な人が多いから」ならば、それこそ「女性は数学が苦手」を認めているようなものだ。

筆者らは「このことが累積すると、女性に数学で最高度の教育を得られるチャンスが少なくなり、その結果女性の数学や物理のエキスパートが生まれにくくなっているのだろう」と推測している。しかし、米国での80年代の調査に関して「(12歳の児童では)高得点者は男児が13対1と圧倒的に多い」と述べている。最高度の教育を受ける前に、上位層では圧倒的な男女差が付いている。だとすれば「女性の数学や物理のエキスパートが生まれにくくなっている」のは、「教育や社会システム」のせいではなく「脳そのもの」に原因を求める方が自然だ。12歳までに男女でこれほど圧倒的な差が付くような教育になっているとは考えにくい。

ついでに、記事の中で「この説明はおかしい」と思えたところを指摘しておく。

【エコノミストの記事】

また男女の脳の大きさに差があるからといっても、大きい脳が必ずしも優秀だとはいえない。有名な例として、2万円以上前に滅亡したネアンデルタール人は我々より1割くらい大きい脳を持っていたことが知られている。

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上記の記述では「現代人はネアンデルタール人より優秀な脳を持っている」との前提を感じる。しかし、ネアンデルタール人がどの程度の知的能力を持っていたかは、よく分からないようだ。現代人より優秀だった可能性も当然に残っているだろう。原始的な暮らしをしていたから脳も劣っていたとは限らないはずだ。「大きい脳が必ずしも優秀だとはいえない」のはその通りだろうが、ネアンデルタール人の例が適当だとは思えない。もし使いたいならば「ネアンデルタール人は現代人より知的能力が劣っていたことが証明されている」と読者に示すべきだ。

今回の記事には、エビデンスを積み上げて主張を構築しているというよりも、最初に訴えたい主張があって、それに沿うエビデンスを集めようとしている印象がある。だから説得力がなく、ご都合主義的な説明になってしまうのだろう。

※記事の評価はD(問題あり)。永雄総一氏と青木田鶴氏への評価も暫定でDとする。

2016年1月19日火曜日

原油安は世界経済に「逆風」? 日経 大越匡洋記者に問う

19日の日本経済新聞朝刊1面に載った「逆風の世界経済(1)中国不安、震源は製造業~過剰設備解消進まず 止まらぬマネー流出」という記事は、基本的によく書けていた。しかし、気になるところもある。原油安を世界経済にとっての「逆風」と位置付けている点だ。まずは筆者である大越匡洋記者(北京支局)がどう書いているのか見てみよう。

【日経の記事】 
石橋文化センター(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

中国経済の減速を震源とした市場の混乱が収まらない。18日の東京株式市場で日経平均株価は3カ月半ぶりに1万7千円を割り込んだ。原油価格も低迷し、米国市場で一時12年ぶりの安値となる1バレル28ドル台をつけた。世界経済に逆風が吹きつけ、足踏みを続ける日本経済は耐久力が試される。

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今回の記事を読むと「原油安は世界経済にとってマイナス」と解釈したくなる。上記の最終版(14版)では微妙な書き方になっているが、12版では「原油安や地政学リスクといった逆風が世界経済に吹きつけ~」と言い切っていた。

原油安は世界経済全体で見ればプラスに働くというのが従来の常識だ。IMFや世界銀行も「原油安が世界経済の成長率を押し上げる」との試算を出している。その状況が変わってきたのだとしたら、「従来の常識が覆り、原油安が世界経済の成長率を押し下げる要因になっている」と言明してほしかった。そうではなく、マイナス面に目を奪われて全体としてどう影響するのかを考えていないとすれば、分析としては不十分だ。

日本経済にとっても原油安は全体としてプラスに作用しそうだが、「マネー・資源 揺さぶる」という関連記事にはそうは書いていない。

【日経の記事】

「古い中国」を震源とする原油安は一時1バレル28ドル台をつける水準まで進んだ。中国経済の減速と市場の動揺が共振し続ければ、足踏みを続ける日本経済も下押しされる

日本経済新聞社の総合経済データバンク「NEEDS」の試算では、中国の成長率が6%に減速し、円相場が1ドル=115円、原油価格が1バレル30ドルになると、16年度で1.7%を見込む実質成長率は1%にとどまる

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これも「原油安が続けば日本の成長率も落ち込む」と解釈するのが自然だ。しかし、世界経済はともかく日本経済にとって原油安がマイナスとは考えづらい。原油高が日本経済にとってプラスになるのならば、非常に興味深い変化だ。そこはしっかり分析してほしかった。

※記事の評価はC(平均的)。暫定でCとしていた大越匡洋記者への評価はCで確定とする。

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解

受刑者全体の出所後の再収監率は40%強だが、受刑者の中で希望して高等教育を受けた人の再収監率は2%だとしよう。この場合、受刑者全員に高等教育を受けさせると再収監率を劇的に下げられるだろうか。答えは「分からない」だ。多少は下がるかもしれないが、全体の再収監率を2%にできると期待するのは楽観的すぎる。

由布岳(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です
しかし、週刊ダイヤモンド1月23日号「World Scope【from 米国】 受刑者に高等教育 収監者が急増する米刑務所の処方箋」という記事で産経新聞の松浦肇編集委員は「高等教育を受けさせれば、再収監率が40%ポイント低下する」と言い切っている。この説明に説得力はあるだろうか。「米バード大学が主催している受刑者向けの大学課程『バード・プリゾン・イニシアチブ(BPI)』」に関して、記事の中身を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

若年化と禁固刑の長期化が加速して受刑者が社会復帰力を失い、半分程度の確率で再犯者となる。このため、米国では受刑者が200万人を超え、年に800億ドル規模とされる犯罪取り締まり・収監費用が社会負担になっている。

一方で、BPIで学位を取得した350人の受刑者の再収監率は2%にすぎない。「学位を取得できると就職活動に有利になる上、精神面でも成熟する」(リーブマン部長)からだ。

ニューヨーク州だと、受刑者1人に掛かる予算は年4万ドル超。高等教育を受けさせれば、再収監率が40%ポイント低下するので、4万ドルに40%を掛けた1万6000ドルの財政削減(高等教育を受けた受刑者1人当たり)が期待できる。

BPIの場合、授業費用は年6000ドルなので、1万6000ドルからこのコストを差し引くと、ネットで1万ドルものプラス効果(同)を社会にもたらす。これは、立派な社会政策だ。

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学位を取得できると就職活動に有利になる上、精神面でも成熟する」という効果はもちろん期待できる。しかし、考慮すべきは「高等教育を受けようとする受刑者=再犯リスクの低い受刑者」という傾向がないかどうかだ。

常識的に考えれば、高等教育を受けようとする受刑者は社会復帰への意欲も知的能力も高いと推測できる。ならば、再収監率は高等教育なしでも低くなるはずだ。全体との差は「もともとの再犯リスクの低さ」と「高等教育の効果」の両方がもたらしたものだろう。ただ、どちらがどの程度の影響を与えているのかは何とも言えない。

ランダムに選んだ受刑者に高等教育を受けさせた結果、再収監率が2%だったのならば、全体に広げた時に劇的な効果が期待できる。しかし、どういう基準で受刑者を選んでいるのか記事では触れていない。なのでウォール・ストリート・ジャーナルの記事を参考にしたい。


【ウォール・ストリート・ジャーナルの記事】

2001年に始まったバード・プリズン・イニシアチブは能力とやる気のある受刑者に教養教育を行うことを目的としている。プログラムの担当者によると、プログラムに参加するには作文と面接の審査を受ける必要があり、競争率は約10倍だという。

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これが事実ならば、「高等教育を受けている受刑者は元から再犯リスクが低い」と見て間違いないだろう。「能力とやる気」を審査され、それに合格した受刑者しか高等教育は受けられないのだから。「BPIの場合、授業費用は年6000ドルなので、1万6000ドルからこのコストを差し引くと、ネットで1万ドルものプラス効果を社会にもたらす」と松浦編集委員は計算している。しかし、仮に再収監率の差の半分は「元々の資質」だとすると、一転して費用対効果では割が合いにくくなる。

記事はBPIのローラ・リーブマン部長への取材を基に書いているようだ。それは悪くないが、相手の言うことを鵜呑みにしすぎているのではないか。BPIの関係者であれば、当然に「BPIには大きな効果が期待できる」と訴えてくるはずだ。それを冷静に受け止めて分析できていれば「再収監率が40%ポイント低下する」とは書かないはずだが…。

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もDを据え置く。書き手として今のままではダメだと肝に銘じてほしい。

2016年1月18日月曜日

思い切りが凄い 週刊ダイヤモンドに載った高島修氏のコメント

1月にドル円レートが116円を割り込めば、百パーセント追加緩和に踏み切るだろう」--。週刊ダイヤモンド1月23日号の「DIAMOND REPORT~日本銀行の追加緩和観測浮上  中国ショックで露呈 脆弱相場の真のリスク」という記事(筆者は大坪稚子記者と前田剛記者)に、驚くほど思い切りのいいコメントが載っていた。発言の主はシティグループ証券チーフFXストラテジストの高島修氏。今まで様々な経済記事でたくさんの市場関係者の予測を目にしてきたが、ここまで言い切ったのは記憶にない。

記事の中身は以下の通り。
JR久大本線 日田駅(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

そんな中、鍵を握るのはドル円レートだ。海外ヘッジファンドがリスクオフの円買いを進めていることもあり、年初から円高に振れている。さらに円高が進めば、企業業績の悪化懸念から日本株はさらに下がる。今年7月に参議院選挙を控える安倍政権にとっては、株価下落は何としても避けたいところだ。

そこで浮上してきたのが、日本銀行の追加緩和観測だ。右図で示したように、名目実効円相場は前回の追加緩和時と同じ円高水準に接近している。「1月にドル円レートが116円を割り込めば、百パーセント追加緩和に踏み切るだろう」(高島修・シティグループ証券チーフFXストラテジスト)。

年初の急落で、リスクに過敏に反応する相場の脆弱性があらわになった。16年の大波乱相場は、まだ始まったばかりだ。

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まず高島氏のコメントで驚くのは「100%」と言い切っている点だ。「100%」には逃げ場がない。その点で「99%」とは決定的に違う。「116円を割り込めば」という条件も凄い。例えば「1月に100円を割り込めば」ならば、まず実現しないので「その場合は100%追加緩和がある」と断定しても予測が外れる可能性はほぼゼロだ。しかし「116円割れ」はすぐに実現してもおかしくない。先週には116円台半ばまで円高が進行する場面もあった。

「なぜ116円割れだと追加緩和なのか」「なぜ100%と断言できるのか」は謎だが、よほどの根拠と自信がなければ、ここまでの発言はできないはずだ。予測が的中するかどうかだけでなく、高島修氏にも注目していきたい。


※記事の評価はC(平均的)。大坪稚子記者への評価はD(問題あり)を維持するが、引き上げの方向で注視していく。前田剛記者への評価は暫定でCとしたい。大坪記者に関しては「週刊ダイヤモンド 『ギリシャ危機』訂正記事に見出す希望」を参照してほしい。

2016年1月17日日曜日

昨年11月の対談を今頃載せる日経ビジネスの不見識

読者を馬鹿にしているとしか思えない対談記事が日経ビジネス1月18日号に載っていた。ゴールドマン・サックス証券チーフ・エコノミストの馬場直彦氏とBNPパリバ証券投資本部長の中空麻奈氏が2016年の世界経済について語り合うという内容だが、両氏に罪はない。むしろ被害者だ。

中央公園(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
馬場氏は「専門家が読み合う~世界経済は薄日が差すか、まだら模様に」という記事の中で「米原油先物ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)で1バレル40ドル前後という状況があと数カ月ぐらい続くとみています」と発言している。年明け後に30ドルを割り込むところまで下げているのに「あと数カ月は40ドル前後で推移するでしょう」と予測するのは、専門家として致命的。「現状を把握できていません」と公言しているようなものだ。

なぜこんな「珍予測」が紙面に出てしまったのか。記事の末尾に「日経ビジネス『徹底予測フォーラム2016』での対談や講演を編集しました」と書いてある。「これが怪しそうだな」と思って調べてみると、フォーラムの開催は2015年11月25日。つまり馬場氏の予測は2カ月近く前のものだ。

そう考えると、記事にはおかしな点が他にもある。聞き手の清水崇史記者は「日本の実体経済に回復の実感がない中で株高、円安、金利低下が進んでいます。乖離状態はいつまで続きますか」と質問している。金利低下はいいとしても、年明け後は株安で円高と見るべきだ。これも昨年11月の話ならば合点が行く(「乖離」があるかどうかは疑問も残るが、ここでは論じない)。

今回の問題にはどう対処すればよかったのか。いくつか選択肢を検討してみよう。

◎掲載日を早める

これがベストだろう。ファーラム開催から間を置かずに掲載していれば、記事の内容が同じでも問題は生じなかったはずだ。


◎問題部分を削る

1月18日号での掲載が前提条件ならばどうか。時間の経過に伴い陳腐化した部分を除いて構成すれば、問題は生じない。ただし、対談の根幹部分だと、削れば済むという話ではなくなる。


◎注記を付ける

どうしても陳腐化した内容を載せる必要がある場合、※印などを付けて「昨年11月25日時点での見解です」などと読者に知らせる手もある。今回も記事の末尾にフォーラムの開催日を入れておけば「昨年11月時点での予測だとは読者には明示している」と弁明できる。

ただ、馬場氏の予測は既に「外れ」が明確になっている。それをわざわざ1月18日号で読者にさらす必要があるのかという問題はある。しかし、注記なしで「現状認識もきちんとできていない人」と思わせるよりは好ましい。

※記事の評価はD(問題あり)。聞き手の清水崇史記者が編集を担当したとの前提で、同記者への評価も暫定Dとする。

円はドルより「安全」?日経 松崎雄典記者の1面解説記事

円とドルはどちらが「安全」だろうか。常識的に考えれば、ソブリン格付けでも上回る「基軸通貨ドル」の方が安全なはずだ。しかし、日本経済新聞証券部の松崎雄典記者は「円の方が安全」と考えているのだろう。17日の日本経済新聞朝刊1面の「市場の動揺収まらず ~中国不安や原油安が共振  米景気へ波及懸念も」という記事の中で以下のように書いている。
吉野ヶ里歴史公園(佐賀県吉野ヶ里町)
          ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

投資家の不安心理を示す「VIX指数」は15日に3カ月半ぶりの水準にまで上昇。投資マネーは「安全資産」に殺到し、円相場は1ドル=116円台半ばまで上昇した。市場が不安から脱する道筋はなお見えない。

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上記の説明が成立するためには「ドルで持っておくより円の方が安全」という前提が要る。「絶対に違う」とは言わない。ただ、松崎記者が本当にそう思っているのならば、簡単でもいいので理由を説明してほしかった。

リスクオフの局面で円が買われやすいのは事実だろう。しかし、「円の方がドルより安全だからリスクオフの局面で買われやすい」と説明するのは無理がある。円がドルに対して買われた理由は安全性以外のところにあるはずだ。

この手の解説は日経に限った話ではない。例えば朝日新聞ニューヨーク支局の畑中徹記者も16日の記事で「15日のニューヨーク外国為替市場は、比較的安全な資産とみられている円を買ってドルを売る流れが強まり、円相場は一時、1ドル=116円51銭まで値上がりした」と書いている。これに対しても「ドルの方が『比較的安全』なのでは?」とツッコミを入れたくなる。


※他に大きな問題はなかったので、日経の記事への評価はC(平均的)とする。松崎雄典記者への評価はD(問題あり)を据え置く。

2016年1月16日土曜日

空売りは「入れる」もの? 日経の記事で岩切清司記者に問う

「買い」は「入れる」もので「売り」は「出す」ものだと思ってきた。なぜかと言えば「そう教えられたから」としか言いようがないが、「買い入れ」「売り出し」という言葉から考えても妥当な判断だろう。ところが、15日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資面にNQNニューヨークの岩切清司記者が書いた「ウォール街ラウンドアップ~『運用のプロ』にも及ぶ売り連鎖」という記事では「空売りを入れた」となっていた。問題のくだりを見てみよう。

三隈川(筑後川)沿いの「ひなの里 山陽館」(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

15日の米ダウ工業株30種平均は大幅反落し、約4カ月半ぶりの安値を付けた。相場の先行きに対する警戒サインが点滅し始めたことを嫌気し、売りの連鎖は「運用のプロ」にまで及んだ。

「機関投資家は米株の持ち高を急いで減らし、ヘッジファンドがそれに乗じて空売りを入れた」(ウェドブッシュ証券のマイケル・ジェームズ氏)。投資家が一斉に売りを出したきっかけは経済指標の悪化だ。

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投資家が一斉に売りを出した」とも書いているので、岩切記者としても常に「売りを入れる」と表現するわけではなさそうだ。「空売り」だと「入れる」にしたくなる気持ちも分からないではない。「空売りを出す」ではしっくり来ない感じがするのだろう。上記の場合、「ヘッジファンドがそれに乗じて空売りを仕掛けた」とするの正解だと思える。

ついでにもう1つ、言葉の使い方で注文を付けておこう。

【日経の記事】

しかし、ここにきて安値を更新する現実味が増すと「相場の底割れを意識する関係者が増えた」(証券会社のトレーダー)。米市場は週末に3連休を控える。連休中に何が起こるかわからない不安感が投資家を持ち高整理へと押しやった。

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週末に3連休」という表現が引っかかる。この3連休は16日(土)、17日(日)、18日(月)が休みになるものだ。これを「米市場は週末に3連休を控える」と言えるだろうか。仮に日曜を「週末」に含めるとしても、月曜は明らかに週末ではない。「米市場は週末から3連休となる」ならば問題はないのだが…。

同じ面の商品概況(筆者は不明)でも「15日のシカゴ穀物市場でトウモロコシと小麦が上げた。今週末の3連休を前に、ファンドが利益確定のための売り持ち解消の買いを入れた」と書いている。これもやはり「月曜は週末なの?」との疑問が湧く。


※細かい注文を付けたが、記事の内容に大きな問題はない。記事の評価はC(平均的)とする。岩切清司記者への評価はD(問題あり)を据え置くが、引き上げの方向で注視していく。岩切記者に関しては「岩切清司記者の安易さ目立つ日経『ウォール街ラウンドアップ』」も参照してほしい。

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点

15日の日本経済新聞朝刊1面に滝田洋一編集委員が「『リーマン』の教訓 今こそ」という解説記事を書いていた。色々と気になる部分があるので、問題点を記事の構成に沿って指摘してみたい。

高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎例えに加えたい一言

【日経の記事】

映画館で観客が出口に殺到するような光景だ。リスクにおびえたマネーが株式や商品から離れ、安全資産と信じる先進国の国債へと走る。中国の失速と原油安が混沌の渦を引き起こしている。

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映画館の例えは「なぜ殺到するのか」を入れた方がいい。「火事が起きた映画館で観客が出口に殺到するような光景だ」などとすれば、かなり良くなる。


◎誤解を招く「サーキットブレーカー・ショック」

【日経の記事】

昨年8月の人民元ショックが第1波とすれば、先週の上海株の「サーキットブレーカー(取引停止)・ショック」が引き起こしたのは、混乱の第2波である。経済規模が米国の3分の2に迫る中国経済の先行きが読めない。金融市場の中身も透明性に欠ける。そんな危惧が根っこにある。

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サーキットブレーカー(取引停止)・ショック」という言い方は誤解を招く。サーキットブレーカーは株価下落に拍車を掛けたかもしれないが、根本的な原因ではないはずだ。


◎金は「主な国際商品」ではない?

【日経の記事】

原油など主な国際商品の底割れは、中国をはじめ新興国の需要冷え込みを織り込んだものだ。中国の輸出入は共に落ち込んでいる。モノの動きは鈍り、代表的な海運市況のバルチック指数は初めて400を割った。

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原油など主な国際商品の底割れ」と書いているのに、記事に付いているグラフでは米利上げ後に金が値上がりしている。滝田編集委員は「主な国際商品」に金を含めていないのだろうか。

代表的な海運市況のバルチック指数」という表現も引っかかる。「バルチック海運指数」は「海運市況」ではない。例えばロイターの記事では「ばら積み船運賃の国際市況を示すバルチック海運指数」としていた。これならば問題はない。


◎「皮肉にも」?

【日経の記事】

折しも米連邦準備理事会(FRB)がゼロ金利を解除したのを機に、新興国からの投資資金の引き揚げが際立つ。ドル相場が押し上げられることで、皮肉にも米企業の輸出採算が圧迫され、米国株の重圧となっている。

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「利上げによってドル安に誘導しようとしていたのに、結果的にはドル高になってしまった」という展開ならば「皮肉にも米企業の輸出採算が圧迫され~」と書いてもいいだろう。しかし、ドル高要因になることは百も承知の上で利上げに踏み切っているはずだ。「皮肉」でも何でもないだろう。


◎「パーフェクトストーム」使う必要ある?

グローバルな「パーフェクトストーム(暴風雨)」。日本も圏外にはいられない。国際投資で損失の広がった外国人投資家は、含み益が残る日本株の換金売りに走っている。「日本株買い・円売り」の取引が解消される過程で、いきおい円には上昇圧力がかかる。

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グローバルな『パーフェクトストーム(暴風雨)』」と横文字を並べる必要があるだろうか。「世界的な市場の混乱から日本も逃れられない」ぐらいで十分だ。


◎「リーマン・ショックの再来」?

【日経の記事】

リーマン・ショックの再来か」。著名投資家のジョージ・ソロス氏は一連の連鎖の先に、2008年型の危機の再来を危ぶむ。当時に比べ日米欧の金融機関は外部負債を抑え、自己資本も格段に拡充されている。

その代わり、中国など新興国の企業や金融機関が外部負債を膨らませ、行き詰まっている。商品相場上昇の「スーパーサイクル」に幕が引かれ、ブラジルやロシアはマイナス成長が続き、サウジアラビアなど中東産油国は累卵の危うきにある。

年初来の市場はこうしたリスクを一気に織り込んでいる。資源輸出国を中心とした新興国の一角がデフォルト(債務不履行)に陥り、国際金融不安を引き起こすような事態をどう食い止めるか。万一の際にドル資金を供給する国際的な仕組みを用意する必要がある。

中国には人民元安を引き金としたアジア通貨危機を防ぐ責務を、認識してもらわねばなるまい。「中国からの資金逃避に歯止めがかからなければ、資本流出規制を容認せざるを得ないだろう」。そんな指摘さえ、金融当局者の間では出始めた。

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リーマン・ショックの再来か」というジョージ・ソロス氏のコメントを使っているものの、その後に先進国の金融機関への懸念は少ないと述べている。なのになぜ「リーマン・ショックの再来」になるのか。「新興国の一角がデフォルト(債務不履行)に陥り、国際金融不安を引き起こすような事態」を心配しているのならば「アジア通貨危機の再来か」の方がしっくり来る。そう思っていたら、滝田編集委員も「中国には人民元安を引き金としたアジア通貨危機を防ぐ責務を、認識してもらわねばなるまい」と書いていた。そして「リーマン・ショックの再来もあり得るな」と思えるような話は、最後まで出てこなかった。

中国からの資金逃避に歯止めがかからなければ、資本流出規制を容認せざるを得ないだろう」との説明も引っかかる。素直に読むと「現状では中国に資本流出規制はないが、資金逃避に歯止めがかからない場合は規制導入もやむを得ない」と解釈したくなる。しかし、中国に厳しい資本取引規制が今もあるのは周知の事実だ。「今ある規制に関して解除を求めない」との趣旨かもしれないが、結局はよく分からない。記事の書き方だと「資本流出規制を容認」する主体が明確ではないし、「金融当局者」も日中どちらの「当局者」なのか判然としない。もう少し分かりやすく書いてほしかった。


◎「金融、財政政策」の具体案は?

【日経の記事】

「蜂に刺されたようなもの」。日本の当局はリーマン破綻直後にそんな診断を下し、事態の展開に翻弄された。歴史は単純に繰り返さないにしても、傍観は禁物だ。金融、財政政策を含め、リスクに対処できる体制を整えることが、必要な局面である

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金融、財政政策を含め、リスクに対処できる体制を整えることが、必要な局面である」と書くのは簡単だ。問題は具体策だろう。日本の財政状態は非常に厳しく、日銀の金融政策にも手詰まり感があるのは滝田編集委員も分かっているはずだ。そんな中で「リスクに対処できる体制を整える」のはかなり難しいと思える。

「具体策は賢い誰かに考えてもらって…」という話ならば、あまりに無責任だ。「政府・日銀はしっかり準備をしておいてほしい」ぐらいの考えしかないのならば、編集委員という肩書を付けて署名入りで1面に解説記事を書く資格はない。

最後に1つ。「リーマン破綻直後」と滝田編集委員は書いているが、初出では「米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻直後」などと表記してほしい。このレベルの助言を必要とするところにも、書き手としての滝田編集委員の限界が見える。

※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

2016年1月15日金曜日

朝刊1面で「金=安全資産」と断定する日経の危うさ

15日の日本経済新聞朝刊1面のトップ記事「リスク回避、市場萎縮 長期金利最低0.190%~日経平均、一時1万7000円割れ」に付いているグラフが気になった。「リスク回避の動きが強まっている」とのタイトルを付けて「上海総合」「NY原油」「日経平均」「ダウ平均」を「リスク資産」に、「日本国債」「」「米国債」「ドル」「」を「安全資産」に分類している。しかし「金=安全資産」は疑問だ。
筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

ドル」「」も引っかかるが、ここでは触れない。記事で言うような「原油=リスク資産」「金=安全資産」との分類に意味があるのか考えてみよう。「安全資産=元本割れのリスクが極めて少ない資産」と定義すると、原油も金もリスク資産だ。「安全資産=信用リスクがない資産」とすれば、金も原油も安全資産になる。結局、資産としての安全性に原油と金で本質的な違いはない。

定期預金を解約して金を買う場合、抱えるリスクはかなり大きくなると考えるべきだ。日経の読者は「金=安全資産」と安易に信じないでほしい。

金に投資させたい側にいる業界関係者は日経の記者にも「金は安全資産なんですよ」と洗脳しようとしてくるだろう。しかし、記者がそれに乗せられてはダメだ。念のために言っておくと、記事の中では「投資マネーが安全資産とされる国債に流れた」「有事に買われる金」とは書いているが、「安全資産である金」といった説明はしていない。それが救いではある。

※グラフに問題があるので記事の評価はD(問題あり)とするが、グラフ以外に大きな問題は感じられない。

2016年1月14日木曜日

「三井物産、航空機製造に参入」? 日経に載った奇妙な記事

14日の日本経済新聞朝刊企業総合面に「小型航空機製造に参入 三井物産、米企業に出資」という奇妙な記事が載っていた。「えっ、商社が航空機製造に参入するの?」と思って読んでみると、どうも様子がおかしい。最近、日経の企業関連記事では発表モノであっても発表モノではないような書き方をするケースが多い。その辺りが影響している可能性もありそうだ。日経に問い合わせを送ったので、記事の全文と併せて見てほしい。

【日経の記事】
石橋文化センター(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

三井物産は13日、米小型航空機メーカーのクエスト・エアクラフト社(アイダホ州)が実施する第三者割当増資を引き受けて、小型航空機の製造・販売事業に乗り出す。クエスト社に約12億円出資し12.5%の株式を取得する。10人乗り前後の小型機は米国以外でも新興国の富裕層や観光客向けの需要が底堅いことから投資を決めた。

クエスト社は広島県を地盤に地域振興事業を手掛けるせとうちホールディングス(広島県尾道市)の全額出資子会社。三井物産によるクエスト社の第三者割当増資引き受け後の出資比率はせとうちHDが87.5%、三井物産が12.5%となる。クエスト社は10人乗りの単発プロペラ機を製造・販売し、2007年の発売以降、累計150機以上を納入している。農業や鉱山分野向けに加え、最近ではアジアを中心とする新興国の富裕層や観光用に活用され始めている。三井物産はせとうちHDと共同で国内外で小型機を販売していく。


【日経への問い合わせ】

「三井物産、小型航空機製造に参入」という記事についてお尋ねします。記事では「三井物産は13日、米小型航空機メーカーのクエスト・エアクラフト社が実施する第三者割当増資を引き受けて、小型航空機の製造・販売事業に乗り出す」と書いてあります。この書き方だと、増資を引き受けて小型航空機の製造・販売事業に乗り出したのは「1月13日」としか解釈できません。しかし、三井物産は13日付で「本年1月中に、Quest社へ10百万米ドルを出資し、全株式の12.5%を取得する予定です」と発表しており、13日時点では出資に至っていないことを明示しています。これは記事の説明と矛盾します。 

そもそも「実施する」「乗り出す」とこれからのことのように書いているのに、日付が「13日」と記事掲載の前日なのも不自然です。記者は「三井物産は13日に発表した」と言いたかったのではありませんか。第三者割当増資の実施日は記事の言う通り「1月13日」と理解してよいのでしょうか。それでよい場合、なぜ「実施した」「乗り出した」と過去形で書かなかったのかも教えてください。 

また、見出しにある「三井物産、小型航空機製造に参入」というのも誤りではありませんか。同社の出資比率は増資後も12.5%に過ぎません。増資後もせとうちHDが87.5%を保有するのであれば、「三井物産が小型航空機製造に参入」とは言い難いでしょう。例えば投資ファンドが航空機メーカーの増資を引き受けて出資比率が12%になった場合に「ファンドが航空機製造に参入」と解釈しますか。

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日経からは回答が届かないとの前提で、記事への評価はE(大いに問題あり)とする。

追記)結局、回答はなかった。

「認知症でも長く働ける」?日経1面「医 出づる国」への疑問

認知症でも長く働ける」という見出しに釣られて、13日の日本経済新聞朝刊1面「医 出づる国~国民病に負けるな(2)認知症でも長く働ける  環境整備急ピッチ」という記事を読んでみた。結論から言えば「認知症患者が長く働くのは、やはり難しそうだ」との感想しか持てなかった。「治療薬の開発も新たなステージに入ってきた」とも書いているが、これも大きく前進しているとは思えない。

早稲田大学大隈庭園(東京都新宿区)
           ※写真と本文は無関係です
この中身ならば「認知症でも長く働ける」「治療薬の開発も新たなステージに入ってきた」と訴えるよりも、「様々な試みは続いているが、現実は厳しい」と話を進めた方が説得力はある。

まずは「認知症でも長く働ける」かどうかを見ていこう。

◎これで「認知症でも長く働ける」と言われても…

【日経の記事】

昨年末の昼下がり、東京都町田市の自動車販売店でそろいの赤いジャンパー姿の男性6人が展示車を洗い始めた。タイヤのホイールも乾いたぞうきんで磨き上げ、30分ほどで5台の車が輝きを取り戻した。

6人のうち5人は認知症の患者で、町田市のデイサービス施設「DAYS BLG!」から派遣された。「ここに来るようになって元気になった」。約3年前から通う奥公一さん(74)は笑顔を見せる。

認知症になると仕事を辞める人が多く、65歳未満で発症した場合の離職率は8~9割とされる。収入だけでなく、社会との接点も途絶えがちだ。この施設は認知症の人に働く場を提供しようと、NPO法人理事長の前田隆行さん(39)が開設。洗車のほか、青果問屋での野菜の皮むきなどの仕事があり、前田さんは「認知症の人ができることはたくさんある」と話す。

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上記の説明では、雇用形態がはっきりしない。「派遣」と書いてあると「派遣社員」かと思うが、派遣元が「デイサービス施設」なので違う気がする。調べてみると「DAYS BLG!」がやっているのは有償ボランテイィアのようだ。ボランティア活動に謝礼が支払われる仕組みなのだろう。これを「働いていない」とは言わない。しかし「認知症でも長く働ける」事例としては苦しいだろう。

ついでに言うと「65歳未満で発症した場合の離職率は8~9割」では意味不明だ。例えば「発症から1年以内の離職率は8~9割」ならば分かる。しかし、期間が示されないと、数値が高いのか低いのか判断できない。それに「59歳で発症した人が60歳定年で辞めた」という場合、大きな問題は感じない。「認知症発症後、定年を待たずに離職したり解雇されたりした人の比率が8~9割」と言いたいのかなとは思うが、だとしたら説明不足が甚だしい。

以下のくだりにも問題を感じた。

◎「身近にいる誰かが認知症という時代」は未来の話?

【日経の記事】

身近にいる誰かが認知症という時代はすぐそこに迫っている。厚生労働省によると、2025年には約700万人と推計され、65歳以上の5人に1人を占める。認知症の人を隔離せず、街の中へ――。そういう社会に変わらなければ、つらい思いをするのは患者ばかりではない。

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取材班の時代認識には首を傾げたくなる。「身近にいる誰かが認知症という時代はすぐそこに迫っている」と書いているのだから「身近にいる誰かが認知症という時代はまだ訪れていない」との認識だろう。認知症患者は現在でも500万人近くいるようだ。「身近にいる誰かが認知症という時代」に入ったかどうかを判断する上で、500万人と700万人の間に線を引く意味があるとは思えない。

認知症の人を隔離せず、街の中へ――。そういう社会に変わらなければ、つらい思いをするのは患者ばかりではない」との記述もおかしい。この書き方だと、現状では認知症患者は隔離されていて街の中には出ていけないことになる。しかし、現実には「認知症を発症したら直ちに隔離されて街の中には出なくなる」といった状況にはない。そのぐらいは常識で分かるはずだが…。

◎「治療薬の開発」はどこに?

治療薬の開発も新たなステージに入ってきた。

大阪市立大などのチームは最先端の国際研究DIAN(ダイアン)の日本版を年内に始める。将来、ほぼ確実に「家族性アルツハイマー病」になる特定の遺伝子を持つ未発症者約30人に協力を要請。アミロイドβ(ベータ)などの原因物質の状態を数年かけて観察して、発症のメカニズムや薬の効果を調べる

同大学の森啓・特任教授(田宮病院顧問)は「研究が進めば、ほかの多くの認知症の人たちにも貢献できる」と期待する。

血液中に現れるアミロイドβに関係する物質の変化に注目するのは、国立長寿医療研究センターだ。ノーベル化学賞受賞者の田中耕一・島津製作所シニアフェローと組み、数滴の血液で発症の前兆を見つける検査法の開発に取り組む

現在は十数万円の費用がかかる陽電子放射断層撮影装置(PET)を使うか、脊髄への注射が必要な検査でしか調べられず「負担が大きかった」(同センターの柳沢勝彦研究所長)。

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日本版DIANの場合は「治療薬の開発」というステージに至っていない。しかも、先行している国際研究があって、その日本版をやるという話らしい。これが「新たなステージ」ならば、先は長そうだ。

国立長寿医療研究センターのケースも「数滴の血液で発症の前兆を見つける検査法の開発に取り組む」だけだとすると、「治療薬の開発」ではない。記事を最後まで読んでも、「認知症も治療薬の開発がかなり進んでいるようだし、画期的な新薬が出てきそうだな」という雰囲気は感じられない。

結局、「なぜ強引に前向きな内容にしたのか」との疑問が解けない記事だった。

※記事の評価はD(問題あり)。

2016年1月13日水曜日

こんな特集を待っていた 東洋経済「独占追跡 村上強制調査」

「こういうのを待っていたんだよ」と快哉を叫びたくなる記事が週刊東洋経済1月16日号に出ていた。巻頭特集「独占追跡~村上強制調査」がそれだ。村上世彰氏が相場操縦の疑いで証券取引等監視委員会の強制調査を受けた件では「一体、何が問題なの」という疑問が当初から強かった。今回の記事によれば、昨年12月4日に村上氏がホームページに反論を載せた後は同氏を犯人扱いする動きが止まり、「強制調査についての報道そのものがなされていない」という。

水天宮(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
この問題がずっと引っかかっていたので、特集は一気に読めたし、内容は期待に違わぬものだった。記事では、強制調査の対象となった2014年6月27日と7月16日のTSIホールディングス株取引について詳細に記述している。記事の内容が事実ならば、村上氏の取引に大きな問題は感じられない。記事は村上氏側の弁護士の協力を得て作られているようだし、証券取引等監視委員会に取材した形跡はない。なので「監視委員会の勇み足」とは断定できないものの、漠然としていた問題の輪郭がかなり浮かび上がってきたのは間違いない。

本誌が独自に追跡した情報のかぎりでは、誰も知らないような新事実が今後出てこないかぎり、相場操縦として世彰氏の刑事責任を問うのは容易ではなさそうだ」という記事の結論は納得できる。法律の専門家3人を使って「相場操縦」を解説させたのも、今回の件を理解する上で役立った。

日経ビジネス2015年12月7日号で「時事深層~村上世彰氏、強制調査 アクティビスト活発化に警戒感」という浅い分析記事を載せていた田村賢司主任編集委員などは、今回の特集を参考にしてほしい。「深層」と呼ぶに値する記事がどういうものか少しは分かるはずだ。


※特集の評価はA(非常に優れている)。書き手については暫定でBとしていた山田雄一郎記者と島大輔記者を暫定Aとする。暫定でCとしていた渡辺拓未記者も暫定Aに引き上げる。

※日経ビジネスの田村賢司主任編集委員については「日経ビジネス『村上氏、強制調査』田村賢司編集委員の浅さ」を参照してほしい。

2016年1月12日火曜日

日経「経営の視点」に関する関口和一編集委員への助言

日本経済新聞の関口和一編集委員は、お世辞にもしっかりした記事が書けるタイプではない。今後も編集委員として記事を書かせたいのならば、周囲の支援は欠かせない。特に担当デスクの役割が重要だ。先輩に当たる編集委員の記事にはデスクもほとんど手を入れないのが日経の悪しき伝統ではある。しかし、それではいつまで経っても質の高い新聞にはならない。幸いにも関口編集委員は聞く耳を持っているのだから、積極的に助言してあげてほしい。
水天宮の真木和泉像(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

そんなことを思ったのは11日の日経朝刊企業面に関口編集委員の書いた「経営の視点~クルマとITの融合 迫られる自前主義の転換」という記事が載っていたからだ。この記事の何が問題なのか。関口編集委員への助言という形で示してみよう。

◆関口和一編集委員への助言◆

◎「米の車大手」はどこへ?

実際、会場では独アウディと米クアルコム、独フォルクスワーゲンと韓国LG電子が提携を発表。トヨタ自動車も米シリコンバレーに今月設けた人工知能(AI)研究所の概要を公表するなど、話題は家電を超えたところにあった。

トヨタさんの展示が大きく変わった」。米テスラ・モーターズに蓄電池を供給するパナソニックの津賀一宏社長もトヨタの変身ぶりを指摘する。昨年は燃料電池車「ミライ」を発表し水素社会の未来をうたったが、今年は自動運転などを全面に掲げたからだ。

フォルクスワーゲンも電気自動車の新しい試作車を公開。乗用車部門の最高経営責任者、ハーバート・ディエス氏は「クルマは究極のモバイル端末だ」と強調し、ベンチャー企業などと組んでIT化に力を注ぐ戦略を発表した。

欧米の車大手が自動運転に傾斜した背景には、この分野でのグーグルやアップルの台頭が見逃せない。それぞれが「アンドロイド・オート」といった車載用のソフトを投入し、車市場を侵食し始めている。

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欧米の車大手が自動運転に傾斜した」と関口編集委員は書いていますが、「米国の車大手」が自動運転に傾斜している様子が記事には出てきません。「米テスラ・モーターズ」は大手ではないでしょうし、自動運転絡みの言及もありません。記事の内容をそのまま映すならば「日独の車大手が自動運転に傾斜した」とした方がよいでしょう。「欧米」と入れたいのならば、「米国の車大手」にも触れるべきです。

ついでに言うと「自動運転などを全面に掲げた」は「自動運転などを前面に掲げた」の方がよいでしょう。「全面に掲げた」で成り立たないとは言いませんが…。


◎ボッシュは何の会社?

【日経の記事】

一方、車側からIT化に力を注ぐのが独ボッシュだ。同社は家電やITにも強く、フォルクマル・デナー会長は「5万5千人いる技術者の3分の1は実はソフト開発者だ」と言う。ドイツの業界横断的な産業革新策「インダストリー4.0」でも旗振り役を担う。

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この書き方だとボッシュが何の会社なのか分かりません。「車側からIT化に力を注ぐ」と書いているので、ボッシュを知らない読者は自動車メーカーだと思ってしまうかもしれません。そこそこ有名な会社ではありますが、「読者はボッシュが何の会社か知っている」との前提で記事を書くのは不親切すぎます。


◎「通行可能なデジタル道路地図」?

では日本の車メーカーはどうか。アナログ時代の切磋琢磨(せっさたくま)型の競争を勝ち抜いてきた各社は今も縦割り意識や自前主義が強い。東日本大震災の際、被災地支援のためにカーナビ情報を持ち寄り通行可能なデジタル道路地図を作ったが、1カ月で終わってしまった。電気自動車の充電方式でも足並みがそろわなかった。

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通行可能なデジタル道路地図」は不自然な日本語です。これだと「通行可能」なのは「道路」ではなく「地図」になってしまいます。「通行可能な道路が分かるデジタル地図」などとすべきです。この辺りは関口編集委員の苦手な分野でしょう。積極的に周囲の協力を仰いでください。

さらに言えば「アナログ時代」にも問題を感じました。これは後で述べます。


◎「車の制御技術」を車外で使う?

【日経の記事】

車の制御技術やカーナビソフトなどは確かに企業の重要戦略だ。しかし各社の装置がバラバラなままではスマホ世代には使いにくく車内でしか使えなければ興味も持たれないだろう

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今回の記事で最も問題を感じたのが上記のくだりです。「車の制御技術」に関して関口編集委員は「車内でしか使えなければ興味も持たれないだろう」と解説しています。しかし、車外で車の制御技術を使うと言われてもイメージが湧きません。車の制御技術を他の分野に応用することは可能かもしれませんが、「それができなければ車のユーザーが興味を持ってくれない」というのは荒唐無稽な話に聞こえます。

また、車の制御技術で「各社の装置がバラバラなまま」では使いにくいのでしょうか。私も車に乗りますが、例えば車両安定制御や燃料噴射制御に関して「各社の装置がバラバラで使いにくい」と感じたことがありません。そもそも、制御技術に関する装置が同じかどうか一般のドライバーが気付けるものでしょうか。

最後に「アナログ時代」「スマホ世代」に触れておきます。結論から言うと、こういう言葉の使い方はお薦めしません。筆者と読者の間に共通認識が乏しいからです。「アナログ時代」と言われても私にはイメージが湧きません。「1970年代はデジタル時代ではないだろうな」ぐらいの認識です。「スマホ世代」も同様です。「40代とか50代まで入るのかなぁ…」と迷いが生じます。

どうしても使いたいならば「50代以下のスマホ世代」などと明示すべきです。この辺りの配慮のなさにも「自分が分かっていることは読者も分かっているはずだ」との前提が見え隠れします。記事を書くときは「読者に誤解なく伝わるだろうか。説明不足の面はないだろうか」と怖がり過ぎるぐらいに怖がってください。


※記事と関口和一編集委員に対する評価はいずれもD(問題あり)とする。

2016年1月11日月曜日

東洋経済の特集「最強の株・投信・ETF」に見えた高い完成度

週刊東洋経済1月16日号の第1特集「最強の株・投信・ETF」(46~95ページ)は完成度の高い力作だった。2015年9月19日号の特集「やり直し相場ではじめるETF超入門」が問題山積だったので不安はあったが、杞憂に終わった。調べてみると、特集の担当者は重なっていなかった。

福岡市博物館(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
ためになった記事としては「株式相場を左右するツイッター投資家の実態」「回転売買制限が現場を直撃~銀行員が内情を暴露 顧客開拓がしんどい」「優勝劣敗が明確に~独立系投信 真の実力(筆者は金融ジャーナリストの鈴木雅光氏)」などが挙げられる。

この手の特集で気になるのが、金融商品を売る側によって記事の内容が誘導されていないかどうかだ。これに関しても、今回は合格点と言える。「次の潮流は『ロボアド』に~ラップ口座の魅力と弱点(筆者はZUU社長兼CEOの冨田和成氏)」という記事では「購入のハードルが低いという点では今後、ファンドラップのニーズがさらに高まっていくだろう」と予想した上で以下のように解説している。

【東洋経済の記事】

ただし、気をつけるべきは手数料だ。ファンドラップの場合、購入した投信の信託報酬に加えて手数料がかかる。仮に投信の信託報酬が年1.5%、ファンドラップの手数料が年2%だったら、年3.5%のコストがかかる。そのため、期待リターンの低いファンドで運用したら、コスト負けしてしまう可能性がある。

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「期待リターンの高いファンドならば年3.5%の手数料でも問題ない」とも取れる書き方はやや気になるが、許容範囲内だろう。

冨田氏は最近注目されつつある「ロボ・アドバイザー(ロボアド)」を「投資家一人ひとりの投資目的やリスク許容度に合った最適なポートフォリオが提示され、さらには売買まで完結させられるという手軽さと手数料の低さが受け、米国では00年代後半から台頭してきている」と前向きに紹介している。

その程度のことに運用額の1%近い手数料を支払う価値はないと思うが、ロボアドに関しても記事では「ただし日本のロボアドはラップ口座に最適化した部分が強く、新世代富裕層を取り込むにはまだ力不足だ」と課題も指摘しており、バランスはそれなりに取れている。

結論としては、特集全体にツッコミどころが少なく、投資初心者でも読んでためになる内容になっていた。


※特集の評価はB(優れている)。担当した緒方欽一、鈴木良英、二階堂遼馬、島大輔の各記者については、緒方記者を暫定C(平均的)から暫定Bに引き上げ、他の3記者を新規に暫定Bとする。

2016年1月10日日曜日

日経ビジネス 小田嶋隆氏の「夫婦別姓」容認論に一言

日経ビジネス1月11日号でコラムニストの小田嶋隆氏が選択的夫婦別姓を賛成の立場から論じていた。「この問題で問われているのは、同姓か別姓かではなく一律か自由かだ」と同氏は訴える。「間違っている」とは言わない。ただ、「ならば、なぜ別姓に限って自由を認めるのか」との疑問が残る。記事には「ケチャップで食べる自由」という見出しが付いている。この例えで言えば「なぜケチャップ限定の自由なのか」ということだ。
谷津干潟(千葉県習志野市) ※写真と本文は無関係です

まずは「小田嶋隆の『pie in the sky』~絵に描いた餅ベーション」というコラムの一部を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

何を言いたいのかというと、問われているのは、「同姓か別姓か」ではなくて、「一律か自由か」だ、ということだ

たとえばの話、蕎麦は蕎麦つゆで食べる人が多数派なのだろうし、そのこと自体はこれからも変わらないはずだ。が、ケッチャップで食べたい人がいるのなら、勝手に食えばよい。と、少なくとも私はそう考えている。そして、わが国の法律は、ケッチャップで蕎麦を食べることを禁止していない。

ところが、結婚となると、法律は、夫婦別姓の選択を禁じている。

これまで通りに、蕎麦つゆで蕎麦を食べたい人たちの選択を妨げようというのではない。ケチャップで蕎麦を食べたい人の食べ方を許容しようではないかというだけの話だ。

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選択的夫婦別姓は現行制度よりは自由だろうが、「一律か自由か」で言えば「一律」に近いと感じる。「結婚後に夫か妻の姓しか選べない」という点では明らかに一律だ。本当に「自由」ならば、鈴木さんと佐藤さんが結婚して2人とも山田さんになってもいいはずだ。結婚に関係なくいつでも姓を変えるという「自由」も考えられる。

ケチャップで蕎麦を食べたい人の食べ方を許容しようではないか」という主張の延長線上には、マヨネーズもウスターソースも認めるのかという問題が横たわる。理屈としては「何でもあり」が最も通りがいい。「ケチャップは認めるが、マヨネーズはやり過ぎだ」では辻褄が合わない。

では、本当に「自由」がベストな選択なのか。個人的には「多くの人がそう望むならば声高に反対する気はないが、色々と面倒くさそうだな」とは思う。「姓に関しては完全に自由。姓なしでもいいし、新規に姓を作り出してもいい。使える漢字に制限はなく、外国語表記でも問題なし。結婚に限らず好きなタイミングで何回変えてもいい」という案を支持する人は稀だろう。

結局、この問題は「社会の好み次第」としか言いようがない。選択的夫婦別姓への支持が多ければ、そちらを選択すべきだろうし、少なければ止めた方がいい。「海外はこうだから」といった主張にも説得力は感じない。日本には日本のやり方があっていい。そして、「一律か自由か」の選択でもないような気がする。


※記事の評価はB(優れている)。小田嶋隆氏への評価はA(非常に優れている)を維持する。

2016年1月9日土曜日

息切れ? 第6回も苦しい日経正月企画「アジアひと未来」

日本経済新聞の正月企画「アジアひと未来」が段々と苦しい展開になってきた。第5回に続いて第6回の「国境なき民、世界駆ける」(8日付)もすんなり読めなかった。記事では、タイの石油化学大手インドラマ・ベンチャーズのグループ最高経営責任者(CEO)であるアローク・ロヒア氏を見出しで「4大陸またぐ『コーラ』の黒子役」と紹介している。本当に「黒子役」なのかをまず検討しよう。
東京都庁(東京都新宿区)からの眺め
           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

同社はペットボトル用樹脂(PET)で世界首位。飲料容器の6本に1本へ原材料を供給する。供給網は南米を除く4大陸に広がり、米コカ・コーラやペプシコの世界戦略の「黒子役」を担う

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コカ・コーラやペプシコが販売する飲料でペットボトルの素材を供給しているのがインドラマ・ベンチャーズのようだ。その場合、インドラマは「米コカ・コーラやペプシコの世界戦略の『黒子役』を担う」と言えるだろうか。

「黒子」とは「表に出ないで物事を処理する人」を指す。例えばコカ・コーラやペプシコの世界戦略の策定を実質的にはインドラマが仕切っているのならば「黒子役」でいいだろう。しかし、ペットボトルの素材メーカーならば、コカ・コーラやペプシコと直接の取引関係があるのかも微妙だ。供給するペットボトル用樹脂も特別なものではないのだろう。なのに「黒子役」と称するのは大げさすぎる。連載がかなり苦しい段階に差し掛かっているのではないか。

記事の結論部分も苦し紛れだと思える。

【日経の記事】

世界を駆ける印僑人脈は意外なところでつながる。ルクセンブルクが本拠の鉄鋼世界最大手、アルセロール・ミタルCEOのラクシュミ・ミタル(65)はロヒアの義姉の兄。共にインドネシアに住み着いたマルワリ商人の父同士が縁組した。息子2人は買収に次ぐ買収で世界の頂上に立った。

政治や経済、文化の各面で多様なアジアを結びつけてきたのが、それぞれ数千万人規模とされる華僑や印僑の地下水脈のような地縁・血縁関係だ。アジアの勃興と軌を一にして、華僑の陰に隠れがちだった印僑が産業の国際再編の歯車を回し始めた

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結びで「印僑が産業の国際再編の歯車を回し始めた」と締めると、何か最近の新たなトレンドのように思える。しかし、記事によればインドラマは「03年の米企業買収を合図に世界進出を始めた」らしい。アルセロール・ミタルにしても、ミタルとアルセロールの合併は2006年の話だ。今頃になって「アジアの勃興と軌を一にして、華僑の陰に隠れがちだった印僑が産業の国際再編の歯車を回し始めた」などと言われても説得力はない。

他にもいくつか問題があるが、この辺りで止めておく。連載の残りが隙のない記事になるように祈ろう。かなり不安が残るが…。

※記事の評価はD(問題あり)。

2016年1月8日金曜日

誤りも確信犯? 日経「なるほど投資講座」の藤野英人氏(2)

日本経済新聞夕刊マーケット・投資2面の「なるほど投資講座~長期投資のすすめ(3)投信は運用コストに注意」(筆者はレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長)について問題点をさらに指摘していく。

◎販売手数料3~5%に見合う投信?
専念寺(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

投資信託で注意を払う必要があるのは運用のコストです。コストには販売手数料と信託報酬の大きく2つがあります。販売手数料とは実際に投信を買った際に支払う手数料のことです。支払うのは一度きりですが、投資額に対して3~5%程度と高いものもあるので、商品の内容に見合っているか吟味が必要です。最近は販売手数料がかからない「ノーロード」と呼ばれる投信も増えています。

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販売手数料ゼロの投信もあるのに販売手数料3~5%を支払う意味があるのだろうか。個人的にはないと思う。藤野氏は「商品の内容に見合っているか吟味が必要です」と書いているので、場合によっては見合うものがあると判断しているようだ。ならば、どう「吟味」すればいいのか説明が欲しい。投資初心者の側に立つならば「販売手数料が3~5%もするような投信は最初から選択肢に入れるべきではない」ぐらいのことは書いてもらいたい。


◎シャープレシオが高いほど「運用の腕前が良い」?

【日経の記事】

アクティブ型の運用能力を測る材料として、やや専門的ですが「シャープレシオ」という数値に目を配りましょう。リターンをリスクで割って計算し、リスクにはリターンのばらつきを示す標準偏差を使います。リターンが年10%、標準偏差が8%なら、シャープレシオは1.25(=10÷8)です。数値が高いほど運用の腕前が良いことになります。同レシオは投信評価会社モーニングスターなどのサイトで確認できます。

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藤野氏はアクティブファンドを売っている会社の社長なので上記のような書き方になるのだろう。シャープレシオが高いほど運用の効率性が優れているのは認めるとしても、それが「運用の腕前」によるとは考えにくい。様々な実証研究によれば「ほとんど運」だ。これは投資初心者にとって感覚的に理解しにくい部分なので、特に声を大にして伝えたい。継続的に市場平均を上回る「実力」を持っている人が絶対にいないとは言い切れないが、いたとしても見分けるのは至難だ。

記事のように「数値が高いほど運用の腕前が良いことになります」と書けば、多くの投資初心者は「シャープレシオで運用者の実力が測れる」と誤解するだろう。これは罪深い。藤野氏がこの程度のことを知らないはずがない。やはり「確信犯」なのだろう。

確信犯だとすれば藤野氏自身を変えるのは難しい。アクティブファンドを売っている会社の経営者である藤野氏には、運用側にとって不都合な事実を伝えづらい事情がある。それが分かっていながら筆者に藤野氏を起用した日経の責任は重い。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。暫定でDとしていた藤野英人氏の書き手としての評価もEとする。ただし、問い合わせに対する回答がない場合はF(根本的な欠陥あり)とせざるを得ない。

追記)結局、回答はなかった。

誤りも確信犯? 日経「なるほど投資講座」の藤野英人氏(1)

レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長が筆者となっている日本経済新聞夕刊マーケット・投資2面の「なるほど投資講座~長期投資のすすめ」は酷い。第1回にも欠陥があったが、第3回の「投信は運用コストに注意」はさらに問題が多い。まず、基礎的なデータに嘘がある。藤野氏に投資の知識は十分あるはずだから、確信犯的に読者を間違った方向へ誘導しているのだろう。投資初心者には改めて「藤野氏の書いている記事は絶対に参考にするな」と伝えたい。
須佐能袁神社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

では、どこが「嘘」なのか。記事の当該部分と、日経への問い合わせの内容を見てほしい。

【日経の記事】

信託報酬とは運用会社や販売会社などに運用の対価として支払うコストです。運用資産に対して年0.5~3%程度の幅があります。投信を保有する間はずっと負担し続けるため、長期投資では運用成績に大きく響きます。信託報酬が1%の投信と3%の投信では、運用成績で年2%もの差がつくことになります。


【日経への問い合わせ】

7日付夕刊の「なるほど投資講座~長期投資のすすめ(3)」という記事についてお尋ねします。筆者の藤野英人氏は投資信託の信託報酬に関して「運用資産に対して年0.5~3%程度の幅があります」と説明しています。しかし実際には0.1%程度の信託報酬の投信は数多く存在します。「年0.5~3%程度」と「程度」を付けているので、信託報酬0.4%台の投信があっても許容範囲でしょう。しかし0.1%前後の投信があれば、「年0.5~3%程度」からは明らかに外れます。

記事でも紹介しているモーニングスターのサイトで確認すると「iシェアーズ TOPIX ETF」の信託報酬は0.08%です。ETFや債券型投信を除外してみても、信託報酬0.2%台の投信は見つけられます。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠を教えてください。

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記事には他にも問題を感じる。それらには(2)で言及する。藤野氏については「日経『なるほど投資講座』藤野英人氏は長期投資を推すが…」も参照してほしい。

※(2)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2016年1月7日木曜日

第5回で馬脚を露わす? 日経正月企画「アジアひと未来」(2)

6日の日本経済新聞朝刊1面「アジアひと未来(5)ネットの扉 世界に開くか」について、引き続き疑問点を挙げていく。

◎意思決定を頻繁にするとイノベーションが生まれる?

【日経の記事】
高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
                ※写真と本文は無関係です

馬は反論する。「会社が大きくなるとイノベーション(技術革新)は生まれにくくなるが、我々は違う」。取り出したスマートフォン上のチャット(会話)アプリには経営会議メンバー約30人がずらり。「月に1回の取締役会ではなく、1日に何度でも意思決定する

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「月1回の意思決定ではイノベーションは生まれにくいが、1日に何度も意思決定すると会社が大きくなってもイノベーションは生まれにくくならない」と馬氏は考えているのだろう。「意思決定の頻度を高めるとイノベーションが生まれやすくなる」という因果関係はあるのだろうか。もしあるのならば、それを記事中で示してほしかった。個人的には「そんな簡単な話ではないだろう」と思ってしまう。


◎「間違いなく技術革新」?

【日経の記事】

革新性は利用者が評価する。「アリババなしに事業は成り立たない」。ネット家電のCerevo(セレボ、東京・千代田)は少量製造の委託先工場をECサイトで見つける。社長の岩佐琢磨(37)は「数万の工場をネットで結ぶ仕組みは世界で他にない。間違いなく技術革新だ」と言う。

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数万の工場をネットで結ぶ仕組みは世界で他にない」としても、それを「技術革新」と呼ぶかは別問題だ。ネットで委託先工場を見つけるだけならば、技術的には大した話ではない。記事に出てくる岩佐琢磨氏は「間違いなく技術革新だ」と言っているのだろうが、発言をそのまま記事に使うのは感心しない。


◎布石を打ってる?

【日経の記事】

「周囲が思うほど我々が悪くないのは革新力、逆に良くないのが投資家との対話力」と馬は認める。米株主の大半は自社のサイトを使ったことがない現実がもどかしい

布石は打つ。米の技術ベンチャー、シンガポールポスト、インドの電子決済企業……。即断即決で大小の海外企業へ出資しつつ、ビッグデータ解析も急ぐ馬。「いずれ世界20億人が我々のサービスを使う時代が来る」と世界進出を誓う。

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米の技術ベンチャー、シンガポールポスト、インドの電子決済企業……。即断即決で大小の海外企業へ出資しつつ、ビッグデータ解析も急ぐ」ことがどうして「布石は打つ」と言えるのか理解に苦しんだ。、インドの電子決済企業に出資しても、米国の株主が自社のサイトを使うようになるとは思えない。「布石」は「投資家との対話力」の不足に対して打っているのかもしれないが、それとも直接の関連は感じられない。

「海外の投資家に自社の強さを分かってもらいにくいので、海外での事業展開を進めていくことで課題を克服しようとしている」と記事では言いたかったのだろう。しかし、上手く説明できていない。

付け加えると、注釈なしに「シンガポールポスト」を持ってくるのは好ましくない。最初に読んだ時、シンガポールの新聞社なのかと思った。調べてみると郵便事業を手掛ける会社のようだ。これを日経の読者にとって自明の事実と見なすのは無理がある。「郵便事業会社のシンガポールポスト」などと表記すべきだ。


◎「世界で通用するかは分からない」?

【日経の記事】

中国のネット利用者は6億5千万人と米国人口の2倍に達する。巨大な母国市場を背に、規模だけみれば世界上位に食い込む中国企業だが、閉じた市場で培った技術や戦略が世界で通用するかは分からない。馬が背負うのは中国産業界の課題そのものだ。

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閉じた市場で培った技術や戦略が世界で通用するかは分からない」との説明に整合性の問題を感じる。記事では、日本のネット家電会社の社長に「アリババなしに事業は成り立たない」「数万の工場をネットで結ぶ仕組みは世界で他にない。間違いなく技術革新だ」と語らせている。ならば「世界で通用する」可能性は非常に高いとみるべきだ。

もちろん「世界で通用するかは分からない」部分は残るだろう。しかし、記事の流れとしては「アリババは世界を席巻する力を十分に持っている」と読者に思わせたまま結論を導く方が自然だ。


※記事の評価はD(問題あり)。

第5回で馬脚を露わす? 日経正月企画「アジアひと未来」(1)

第4回まで順調に来た感のある日本経済新聞の正月企画「アジアひと未来」だが、6日朝刊1面に載った第5回「ネットの扉 世界に開くか」はツッコミどころの多い内容だった。ついに馬脚を露わしたのか。まずは記事の中身を見ていこう。

◎なぜ「100年後」?
東京都庁(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

昨年11月11日。米東部時間の午前9時半、通信回線を介してニューヨーク証券取引所の取引開始を告げる鐘を鳴らしたのは、約1万1千キロメートル離れた北京にいたアリババ集団会長、馬雲(ジャック・マー、51)だった。

100年後にまた鐘を鳴らしてほしい」。NY証取社長のトーマス・ファーリー(40)の激励に馬が応じた。「我々のサービスを通じて世界の変革に貢献したい」

数字の「1」が並ぶこの日を中国では「独身の日」と呼び、一大商戦となる。当日のアリババの電子商取引(EC)サイトの取引額は912億元(約1兆7千億円)。カンボジアの国内総生産(GDP)に匹敵する

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NY証取社長の「100年後にまた鐘を鳴らしてほしい」というコメントが謎だ。昨年11月に鐘を鳴らした馬雲氏が100年後に生きていないのは自明なのに、なぜ「100年後」なのか。例えば「111年後」ならば「1並び」で理解できる。しかし「100年後」では何のことか分からない。前後のやり取りを見れば「100年後」の理由が分かるのだろうが…。

カンボジアの国内総生産(GDP)に匹敵する」という比較もピンと来ない。例えば「韓国のGDPに匹敵する」だったら素直に「すごいな」と思えるが、「カンボジアのGDP」はいかにも小さそうだ。アリババの数字は1日のものなので、年間の数字であるGDPと比べるのも好ましくない。この辺りはもう少し工夫すべきだ。


◎「中国勢への異端視」で株価下落?

【日経の記事】

インターネットで取引相手を見つけたい企業・個人を吸い寄せ、創業16年で年4億人が利用する仕組みをつくり上げた馬。英語教師から身を起こした姿は「チャイナ・ドリーム」を体現する。14年9月のNY上場では史上最大の250億ドル(約3兆円)を資金調達した。

「中国株式会社」の顔となった馬に米市場は洗礼を浴びせた。上場後に1株119ドルをつけた株価は1年後、一時60ドル台まで下落。米投資情報誌バロンズは「さらに5割下がる可能性がある」と警告し、アリババは「根拠がない」と抗議した。

背景にあるのは中国勢への異端視だ。閉鎖的な13億人市場でアマゾン・ドット・コムのような米国のサービスをまねただけ――。売上高の9割が国内という内弁慶ぶりこそが中国経済の減速で株が売られた原因だった

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今回の記事で最も気になったのが「(アリババの株価下落の)背景にあるのは中国勢への異端視だ」という説明だ。「上場後に1株119ドルをつけた株価は1年後、一時60ドル台まで下落」したらしい。その原因が「中国勢への異端視」ならば、「119ドル」という高値がなぜ実現したのか。119ドルを付けた時点では異端視されておらず、その後に異端視が始まったと考えれば辻褄は合う。しかし、記事にそうした説明はないし、常識的にも考えにくい。

売上高の9割が国内という内弁慶ぶり」も上場前から分かっていた話だろう。記事では「なぜ1年で119ドルから60ドル台まで下落したのか」をまともに説明できていない。

ついでに言うと、「株価」に言及する場合に「1株の価格」なのは大前提だ。「上場後に1株119ドルをつけた株価」のくだりで「1株」は必要ない。

この記事には他にも問題を感じた。それらについては(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2016年1月6日水曜日

投資担当記者に薦めたい山崎元氏「信じていいのか銀行員」

投資関連の記事(日本経済新聞で言えばマネー&インベストメント面の記事など)を書く記者に読んでほしい本を見つけた。経済評論家の山崎元氏による「信じていいのか銀行員~マネー運用本当の常識」(講談社現代新書)がそれだ。銀行利用者や銀行員を想定読者としているが、経済メディアの人間にも読んでほしい内容になっている。
高良山(福岡県久留米市)からの眺め ※写真と本文は無関係です

特に、バランスファンドに関する記述が参考になると思えたので、一部を紹介しておく。

【本からの引用】

バランスファンドは「初心者向きだ」という声がある。また、2014年から導入されたNISAでは、5年間の非課税優遇期間中に対象資産を売却した場合に、非課税枠がその分だけ縮小してしまう制度設計になっている。運用期間を通じて資産配分を調整する投資行動を「リバランス」と呼ぶが、バランスファンドは、NISAでもリバランスを可能にするので、「NISAに向いた商品だ」と言う向きがある。マネー誌や経済新聞などのNISA関連記事に、こうした見解がしばしば掲載された

しかし、バランスファンドが「初心者向け」だというのは嘘だし、「NISAに向いている」というのは明白な誤りだ

(中略)リスクの把握が「難しい」ということは、少なくともバランスファンドは「初心者向け」ではない、ということだ。

バランスファンドを売る場合でも、金融機関はリスクについて説明しなければならないし、投資家はリスクを理解して投資すべきだ。「バランスファンドは初心者向けだ」と言うのは、「初心者は自分の投資のリスクを理解できなくても、コントロールできなくても構わない」と言っているのと同じだ。客はバカでいてくれる方が好都合だという、売り手側の汚い本音がそこには見える。商売の都合に目がくらんで、このことに気がついていない金融マンが少なくないのは残念なことだ。

(中略)NISA口座でバランスファンドを買うのも正しくない。

NISAは運用益が非課税になる仕組みなので、自分の運用全体の中で期待リターンの高い資産の運用をNISA口座に集中させることが「得」になる。

(中略)NISA口座内でバランスファンドに投資すると、NISAの非課税のメリットを薄めてしまうことになる。

これだけ明白な優劣があるのに、マネー誌や経済新聞が、あたかもバランスファンドがNISAの有力な選択肢であるかのような記事を載せるのは、記者が不勉強なのか、あるいは、しょせんは広告主である金融機関に迎合しているのか、何れなのか理由は分からないが嘆かわしい

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記者が不勉強なのか、あるいは、しょせんは広告主である金融機関に迎合しているのか」については、日経に限れば「不勉強だから」が理由の大部分を占めると思える。広告主を意識して記事を書いている記者はいないだろうが、取材先から言われたことを鵜呑みにしやすい傾向はある。経験の浅い記者で「NISAにはバランスファンドが向いています。なぜならば~」と丁寧に取材先から教えてもらって、それと反する記事を書ける例は稀有だろう。

「山崎氏の見解に従って記事を書け」とは言わない。しかし「バランスファンドは初心者向け」などと書く場合に、山崎氏の主張を否定できるだけの材料は揃えておいてほしい。

この本には「ドルコスト平均法はなんら『有利』ではない」「ラップはクソだ!」「長期投資でリスクは減らない」「損切り・利食いの目標設定は投資には不必要だ」「ヘッジファンドは田舎者が嵌まる」といった項目もある。これらは日経の投資関連記事などに書いてあることと反するものも多い。

山崎氏がこれまでに著作などで訴えてきたことと重なる部分は多いので、同氏の他の著作を参考にしてもいいだろう。ラップ型投信を前向きに紹介していた日経の野口和弘記者のような書き手には特に読んでほしい。


※本の評価はA(非常に優れている)。ダイヤモンドオンラインでのコラムなども含めて優れた記事を多く書いている山崎元氏に対する評価も当然ながらAとなる。

※野口和弘記者については「『ラップ型投信』になぜ好意的? 日経 野口和弘記者の罪」を参照してほしい。

2016年1月5日火曜日

日経「なるほど投資講座」藤野英人氏は長期投資を推すが…

5日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資2面に独立系運用会社レオス・キャピタルワークス社長の藤野英人氏が書いていた「なるほど投資講座~長期投資のすすめ(1) 息長く資産育てる」という記事には問題を感じた。投資初心者向けの記事であり、これを読んだ多くの人は「長期投資ならば報われるんだ」と思ってしまうだろう。しかし、前提条件が恣意的だ。藤野氏と同じやり方で長期投資の有効性を訴えるパターンはよく見る。投資初心者には「こういう誘導に引っかかるな」と助言したい。

早稲田大学(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です
具体的に問題部分を見ていこう。

【日経の記事】

今日買って明日売るような短期投資を否定はしませんが、それは手法の一つにすぎません。投資の本質とは未来を夢見て、長い時間をかけて資産を育てることなのです。相場が急落して資産が目減りする局面もあるでしょうが、息長く取り組めば収益を生む可能性が高いのは事実です。

日経平均株価に連動する投資信託を使い、1995年末に1万円で運用を始めたとします。毎月末に1万円ずつ追加購入すると、2015年末の資産は約360万円に増えていた計算です(手数料は無視)。投資額は240万円ですから1.5倍です。このほかに分配金ももらえます

過去20年間には強い逆風もありましたが、我慢すれば報われたのです。長期投資は人や会社にお金を託して未来を創ることです。思惑通り価値が高まれば資産も増えます。

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投資初心者に考えてほしい点を列挙してみる。

◎なぜ「95年末からの20年」なのか?

藤野氏は投資期間を「95年からの20年」と任意に選んで「我慢すれば報われたのです」と書いている。この場合は実際に報われたかもしれないが、全ての長期投資に当てはまるわけではない。例えば、バブル崩壊直前の1989年末から2009年末まで投資すれば、全く違った結果になる。1つの例を示して「長期投資なら報われる」と訴えるのであれば、考えうる最悪の期間で見るべきだ。

「確率的に見て長期投資の方が報われる」との考えであれば、それをデータで示す必要がある。「95年からの20年」はご都合主義的な前提条件と言われても仕方がない。


◎なぜ「手数料は無視」なのか?

記事中で断ってはいるものの、「手数料(信託報酬)」を無視するのは感心しない。インデックス投信の平均的な信託報酬で計算するのは、それほど手間ではないはずだ。「手数料を加味するとリターンが非常に低くなるので、長期投資の有効性を納得してもらいにくい。だから無視しよう」との判断が働いたのかと勘繰りたくなる。

手数料を含めるならば、分配金や税金も考慮していい。投資家にとってより重要なのは手数料・税金が引かれた後のリターンのはずだ。


◎なぜ「積み立て」なのか?

長期投資の有効性を事例で示すのに「毎月1万円の積み立て投資」を選んでいるのも気になった。長期投資について論じるならば、「積み立て」である必要はない。わざわざ条件に積み立て投資を組み込んでいるのを見ると「長期の積み立てで投資するのが得ですよ」と誘導しているようで気になる。長期投資が本当に有効ならば、なるべく早い時期に投資金額を膨らませた方が得なはずだ。

定額積み立ての「ドルコスト平均法」は投資家に不利ではないが有利でもない。ただ、資産をあまり持っていない投資家に継続的にカネを振り込ませて最終的な投資金額を積み上げさせるという意味では、投資商品を売る側にとって悪くない投資方法だ。なので「毎月1万円の積み立て投資」との前提条件には、好ましくない意図を感じてしまう。


◎まとめると…

投資初心者に「長期投資は有利ですか」と聞かれたら「売買手数料を抑えられるという意味では有利だ」と答えるだろう。逆に言えば、長期投資であっても頻繁に銘柄入れ替えなどをやってしまうと「有利」とは言い難くなる。「一時的に大きく相場が落ち込んでも長い目で見れば回復して報われる」といった話は、日本株はともかく米国株で見れば成立してきたはずだが、今後もそうなるとは限らない。あまり信じない方が無難だろう。

連載のタイトルは「長期投資のすすめ」なので、第2回以降も「長期投資は優れている」といった話が続くのは間違いない。少々心配ではある。


※記事の評価はD(問題あり)。藤野英人氏への評価も暫定でDとする。

2016年1月3日日曜日

日経1面企画「アジアひと未来」に見えた光明

新年に光明が見えたと評すべきだろう。日本経済新聞朝刊1面で正月企画「アジアひと未来」が始まった。2012~13年に連載していた1面企画「ネット人類未来」とタイトルが似ているし、中身は「アジアで活躍している人が世界を変えようとしているので、そういう人を紹介します」といった緩い雰囲気で、明確な問題意識は伝わってこない。しかし、日経1面企画の構造的問題に改善の兆しが見える点には注目したい。
梅林寺(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

10人以上の取材班を構成して連載する日経の1面企画には共通するパターンがある。(1)記者はまず記事に使えそうな事例をできるだけ多く集める(2)集めた事例を適当につなぎ合わせてデスクが記事に仕上げていく(3)事例はインパクトのあるものが優先される(4)インパクトのある事例をなるべく多く並べる--といったところだ。

これだけだと、それほど問題がないように見える。しかし、重大な欠陥が2つある。まずは「何を訴えたいのか」が希薄になる点だ。記者は、とにかく使えそうな事例を集めることを求められる。そしてデスクは、使えそうな事例をどうやって1本の記事に仕上げるのかに頭を絞る。

共通性がありそうな3つぐらいの事例があれば、それらで1本の記事を強引に完成させてしまう。記事には結論や主張らしきものも付いている。しかし、それは使えそうな事例を並べた上で、どういう結論ならば記事として成立するかという視点から捻り出されたものだ。

訴えたい結論に説得力を持たせるために具体的事実を積み重ねて作るのが本来の姿なのに、具体的事実の列挙に合う結論を後付けで考えるのだ。そのため、取って付けたような結論になる記事が続出してしまう。

もう1つの弊害は詰め込み過ぎだ。「まず事例」なので、集めた事例をなるべく多く並べて「しっかり取材してるでしょ」とアピールしがちになる。しかし、事例1つ当たりの行数が足りず説明不足に陥りやすい。

今年の「アジアひと未来」は「事例を集めて、とにかく詰め込んで」という作りにはなっていない。1日の第1回「目覚める40億人の力」では、3人のアジアの「ひと」を取り上げているが、過半はソフトバンクグループ副社長のニケシュ・アローラ氏の人となりを紹介する構成になっており、行数は十分に割けている。3日の「覇権を再び 野心隠さず」では、紹介する人をアジアインフラ投資銀行(AIIB)初代総裁の金立群氏に絞っている。日経の正月企画では考えにくい作りだ。

従来の方式をなぜ改めたのかは不明だが、社内でも多くの人がその問題点には気付いていたので、ようやく望ましい方向へ見直しが進んだのかもしれない。とにかく、明るい兆しが見えたのは確かだ。今後に期待しよう。

※第1回・第2回の記事に対する評価はC(平均的)。