2016年1月14日木曜日

「認知症でも長く働ける」?日経1面「医 出づる国」への疑問

認知症でも長く働ける」という見出しに釣られて、13日の日本経済新聞朝刊1面「医 出づる国~国民病に負けるな(2)認知症でも長く働ける  環境整備急ピッチ」という記事を読んでみた。結論から言えば「認知症患者が長く働くのは、やはり難しそうだ」との感想しか持てなかった。「治療薬の開発も新たなステージに入ってきた」とも書いているが、これも大きく前進しているとは思えない。

早稲田大学大隈庭園(東京都新宿区)
           ※写真と本文は無関係です
この中身ならば「認知症でも長く働ける」「治療薬の開発も新たなステージに入ってきた」と訴えるよりも、「様々な試みは続いているが、現実は厳しい」と話を進めた方が説得力はある。

まずは「認知症でも長く働ける」かどうかを見ていこう。

◎これで「認知症でも長く働ける」と言われても…

【日経の記事】

昨年末の昼下がり、東京都町田市の自動車販売店でそろいの赤いジャンパー姿の男性6人が展示車を洗い始めた。タイヤのホイールも乾いたぞうきんで磨き上げ、30分ほどで5台の車が輝きを取り戻した。

6人のうち5人は認知症の患者で、町田市のデイサービス施設「DAYS BLG!」から派遣された。「ここに来るようになって元気になった」。約3年前から通う奥公一さん(74)は笑顔を見せる。

認知症になると仕事を辞める人が多く、65歳未満で発症した場合の離職率は8~9割とされる。収入だけでなく、社会との接点も途絶えがちだ。この施設は認知症の人に働く場を提供しようと、NPO法人理事長の前田隆行さん(39)が開設。洗車のほか、青果問屋での野菜の皮むきなどの仕事があり、前田さんは「認知症の人ができることはたくさんある」と話す。

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上記の説明では、雇用形態がはっきりしない。「派遣」と書いてあると「派遣社員」かと思うが、派遣元が「デイサービス施設」なので違う気がする。調べてみると「DAYS BLG!」がやっているのは有償ボランテイィアのようだ。ボランティア活動に謝礼が支払われる仕組みなのだろう。これを「働いていない」とは言わない。しかし「認知症でも長く働ける」事例としては苦しいだろう。

ついでに言うと「65歳未満で発症した場合の離職率は8~9割」では意味不明だ。例えば「発症から1年以内の離職率は8~9割」ならば分かる。しかし、期間が示されないと、数値が高いのか低いのか判断できない。それに「59歳で発症した人が60歳定年で辞めた」という場合、大きな問題は感じない。「認知症発症後、定年を待たずに離職したり解雇されたりした人の比率が8~9割」と言いたいのかなとは思うが、だとしたら説明不足が甚だしい。

以下のくだりにも問題を感じた。

◎「身近にいる誰かが認知症という時代」は未来の話?

【日経の記事】

身近にいる誰かが認知症という時代はすぐそこに迫っている。厚生労働省によると、2025年には約700万人と推計され、65歳以上の5人に1人を占める。認知症の人を隔離せず、街の中へ――。そういう社会に変わらなければ、つらい思いをするのは患者ばかりではない。

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取材班の時代認識には首を傾げたくなる。「身近にいる誰かが認知症という時代はすぐそこに迫っている」と書いているのだから「身近にいる誰かが認知症という時代はまだ訪れていない」との認識だろう。認知症患者は現在でも500万人近くいるようだ。「身近にいる誰かが認知症という時代」に入ったかどうかを判断する上で、500万人と700万人の間に線を引く意味があるとは思えない。

認知症の人を隔離せず、街の中へ――。そういう社会に変わらなければ、つらい思いをするのは患者ばかりではない」との記述もおかしい。この書き方だと、現状では認知症患者は隔離されていて街の中には出ていけないことになる。しかし、現実には「認知症を発症したら直ちに隔離されて街の中には出なくなる」といった状況にはない。そのぐらいは常識で分かるはずだが…。

◎「治療薬の開発」はどこに?

治療薬の開発も新たなステージに入ってきた。

大阪市立大などのチームは最先端の国際研究DIAN(ダイアン)の日本版を年内に始める。将来、ほぼ確実に「家族性アルツハイマー病」になる特定の遺伝子を持つ未発症者約30人に協力を要請。アミロイドβ(ベータ)などの原因物質の状態を数年かけて観察して、発症のメカニズムや薬の効果を調べる

同大学の森啓・特任教授(田宮病院顧問)は「研究が進めば、ほかの多くの認知症の人たちにも貢献できる」と期待する。

血液中に現れるアミロイドβに関係する物質の変化に注目するのは、国立長寿医療研究センターだ。ノーベル化学賞受賞者の田中耕一・島津製作所シニアフェローと組み、数滴の血液で発症の前兆を見つける検査法の開発に取り組む

現在は十数万円の費用がかかる陽電子放射断層撮影装置(PET)を使うか、脊髄への注射が必要な検査でしか調べられず「負担が大きかった」(同センターの柳沢勝彦研究所長)。

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日本版DIANの場合は「治療薬の開発」というステージに至っていない。しかも、先行している国際研究があって、その日本版をやるという話らしい。これが「新たなステージ」ならば、先は長そうだ。

国立長寿医療研究センターのケースも「数滴の血液で発症の前兆を見つける検査法の開発に取り組む」だけだとすると、「治療薬の開発」ではない。記事を最後まで読んでも、「認知症も治療薬の開発がかなり進んでいるようだし、画期的な新薬が出てきそうだな」という雰囲気は感じられない。

結局、「なぜ強引に前向きな内容にしたのか」との疑問が解けない記事だった。

※記事の評価はD(問題あり)。

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