2016年9月30日金曜日

「購入」と「売却」を間違えた?日経ビジネス「時事深層」

あれこれ検討してみたが、「売却」と「購入」を間違えたとの結論にしか辿り着けなかった。日経ビジネス10月3日号「時事深層 INSIDE STORY~日銀の新緩和策に市場は冷淡 進む財務悪化、単年度赤字も」という記事には、「(日銀は)元本以上の高値で国債を購入することはできない」との説明が出てくる。これが誤りなのかどうか考えてみたい。
佐賀大学(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と日経BP社への問い合わせは以下の通り。

ちなみに記事の担当は田村賢司主任編集委員、武田健太郎記者、安藤毅編集委員の3人。問題の多い書き手と認定している田村主任編集委員の名前があるのも引っかかる。

【日経ビジネスの記事】

日銀は今、金融調整になる国債の償還前売却は実施していない。つまり元本以上の高値で国債を購入することはできない。初めから損を確定させたような取引なのである。その損失分を、国債が償還されるまでの期間で毎期、会計上は償却費を計上していく。それが、前期は約8000億円に上り、本来なら2兆円以上得られたはずの利息収入が大幅に目減りした。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス10月3日号「時事深層 INSIDE STORY~日銀の新緩和策に市場は冷淡 進む財務悪化、単年度赤字も」という記事についてお尋ねします。記事には「日銀は今、金融調整になる国債の償還前売却は実施していない。つまり元本以上の高値で国債を購入することはできない」との記述があります。「国債を購入」は「国債を売却」の誤りではありませんか。そうでないと、文脈から考えて辻褄が合いません。

「元本」を「投資した金額」と考えると、「元本=買値」となるので、元本(日銀が買う金額)を上回る高値で購入できないのは自明です。わざわざ説明する話ではないでしょう。記事では言う「元本以上」とは「国債の額面以上」との意味だと思えます。その場合、日銀は「元本以上の高値で国債を購入」し続けているので、事実と整合しません。

記事では、「初めから損を確定させたような取引」で生じる日銀の損失(償却費)について「前期は約8000億円」と説明しています。これは日銀が「元本以上の高値で国債を購入すること」から生じる損失ではありませんか。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。誤りの場合、次号での訂正記事の掲載もお願いします。

御誌では、読者からの間違い指摘を握りつぶし、ミスを認めずに闇へと葬り去る事案が後を絶ちません。読者から購読料を得ているメディアとして、責任ある対応を心がけてください。

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日経ビジネス編集部の対応は「無視」だろう。その場合、誤りと断定するしかない。「編集部の何人もの人間が目を通しているはずなのに、こんな単純なミスするかな。こちらが何か見落としているのかも」という思いも残るが…。


※この記事には他にも気になる点がある。それらについては「『日銀の新緩和策』分析に難あり 日経ビジネス『時事深層』」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post.html)で述べる。記事や筆者らへの評価もそこで決めたい。

追記)結局、回答はなかった。10月10日号に訂正記事の掲載は確認できなかった。

2016年9月29日木曜日

ヨイショ特集に傾く週刊ダイヤモンド田中博編集長へ助言

「そういう手順で特集を組んでいたら、ヨイショ系の特集ばかりになってしまうだろうな」と思わずにはいられなかった。週刊ダイヤモンド10月1日号の特集「凄いネスレ~世界を牛耳る食の帝国」について、編集後記に当たる「From Editors」で田中博編集長が振り返っている。その内容を見た上で、田中編集長に助言をしてみたい。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの「From Editors」】

ひょうたんから駒──。今号の特集に至るまでの経緯を振り返ると、こんなことわざがピッタリときます。  6月中旬、食品担当の若手記者が持ち込んだスイス取材はまったく別の企業が対象。物見遊山気分を戒めるため「ついでだからネスレに特集ができないか打診を」と難易度の高い注文を付けました。  本社トップのインタビューはもちろん、財務、M&A、商品展開、海外進出などネスレの強みを徹底的に分析した特集をしたくて、思いっ切り高めの球を投げてみたのです。待つこと数週間、本人の答えは「ネスレは前向きです」。実は、彼の本当の苦難はそこからだったのですが、扉をこじ開けた粘りに感服。今は鉄は熱いうちに打てということわざが身に染みます。

【田中博編集長への助言】

10月1日号の「From Editors」を拝読しました。同号のメイン特集である「凄いネスレ」は「若手記者が持ち込んだスイス取材」の話を聞いた田中様が「物見遊山気分を戒めるため『ついでだからネスレに特集ができないか打診を』」と命じたことがきっかけで生まれたのですね。

これは頂けません。田中様の説明通りであれば「食品担当の若手記者が持ち込んだスイス取材」がなければ、ネスレ特集は生まれていなかったはずです。特集で何を取り上げるべきかは、編集部の問題意識から出発してほしいのです。「海外出張する記者がいるから、そのついでに」では、あまりに安易です。

もう1つ気になるのが「ネスレに特集ができないか打診を」と田中様が述べている点です。今回の「From Editors」を読む限り、「ネスレが前向きならば特集を組めるが、そうでなければ諦める」との印象を受けます。これは「ついで」に特集を企画するよりも、さらに大きな問題があります。

「ネスレが前向きな場合に限って特集を組める」となってしまうと、どうしてもネスレを持ち上げる特集になってしまいます。「この企業の素晴らしさを伝えたい」との動機で特集を組む場合もあるでしょうから、「ヨイショ系」が絶対ダメだとは言いません。

ただ、このやり方だと、企業に対する厳しめの特集を組むのは非常に難しくなります。「御社を大々的に取り上げたいと考えています。協力してもらえませんか」と打診しておいて、記事で厳しく企業を批判するのは難しいでしょうし、相手にも失礼です。

企業を特集で取り上げる場合、まずは「この会社を取り上げるべきだ」との思いから出発すべきです。そして取り上げると決めたら、その企業が取材を拒否しても特集を組むべきです。企業に対しては「御社を特集します。厳しい内容になるかもしれませんが、御社の言い分もきちんと載せるので社長インタビューをお願いできませんか」などと要請すべきです。

取材を拒否されても、ネスレのような上場企業であれば公開情報は容易に手に入ります。企業が取材に協力してくれなくても、取引先、元社員、証券アナリストなどを幅広く取材すれば、記事は作れるはずです。

かつてのダイヤモンドには、企業との関係悪化も厭わない危険な香りの漂う特集が珍しくなかった気がします。「経済ジャーナリズムの鑑だ」などと感心しながら記事を読んだ記憶が残っています。しかし、最近は「落語」「歌舞伎」といった脱線企画が目立つだけでなく、セブン&アイホールディングスなどの企業を取り上げた特集でもヨイショ系が目に付きます。

「鉄は熱いうちに打て」というのはその通りです。田中様にこの助言が影響を与える可能性は低いでしょう。しかし、ダイヤモンドには高い志を失っていない「若手記者」もいるはずです。彼ら彼女らが「取材協力を得られなくても、批判的な切り口でこの企業を取り上げたい」と提案してきた時には、どうか耳を傾けてあげてください。輝きを失った週刊ダイヤモンドが再生するための手掛かりが、そこにはあるはずです。

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※特集「凄いネスレ」については「『Prologue』から苦しい週刊ダイヤモンド特集『凄いネスレ』」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/prologue.html)「『ヨイショ』に無理が目立つ週刊ダイヤモンド『凄いネスレ』」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_27.html)を参照してほしい。田中博編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。この評価については「田中博ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_22.html)で述べている。

日銀担当 石川潤記者への信頼が揺らぐ日経「真相深層」

日本経済新聞の石川潤記者をこれまで高めに評価してきた。日銀関連の記事の完成度が安定していたからだ。しかし29日の朝刊総合1面に載った「真相深層~黒田総裁、こだわった『2%超』 日銀の異次元緩和、長期戦の構え 任期越える縛り、過去を教訓に」という記事を読むと、やや不安になってくる。気になったのは記事の終盤だ。
佐賀西高校(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

日銀総裁機関説――。黒田総裁に近い幹部の間でこんな言葉がはやっている。日銀総裁はテクノクラート(専門知識のある高級官僚)にすぎず、与えられた課題(物価2%)を解くことに専念すべきだという総裁の考え方を指したものだ。

日銀総裁であるという気負いが、政策を曲げてはいなかったか。任期を意識して焦ったり、逆に遠慮したりせず、最善の判断を心がけるべきだと総裁は考えている。

金融緩和が限界に迫る一方、政府の構造改革の動きは鈍い。総裁機関説に基づけば、政府への露骨な注文を避ける黒田総裁の態度は当然だろう。だが、日銀総裁は政府にものを申さないでいいのか。総裁が投げかける問いへの答えはまだ出ていない

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日銀総裁は政府にものを申さないでいいのか」と問題提起しているのだから、記事を読む限りでは「黒田総裁は政府にものを申していない」と考えるしかない。しかし、22日の朝刊1面の記事では石川記者自身が「『構造改革を引き続きしっかりやっていただきたい』。黒田総裁は21日の記者会見でこう付け加えた」と書いている。

記者会見でこれだけ明確な発言をしているのに「日銀総裁は政府にものを申さないでいいのか」と問いかけても意味はない。既に「ものを申している」のだから。

黒田総裁が政府に注文を付けたのは21日の会見が初めてではない。例えば、2013年04月25日付でロイターはこう報じている。「黒田東彦日銀総裁は25日午後の参議院予算委員会で、国債の信用維持には政府が財政健全化の道筋をつけ、財政構造改革を進めることが重要とし、政府の取り組みに期待感を表明した」。

公の場でこれだけ発言しているのだから、安倍晋三首相との会談などでは、さらに突っ込んだ注文を付けていてもおかしくない。そのぐらいは石川記者ならば当然分かりそうなものだが、1週間前に自分で書いた記事の内容をなぜか自分で否定してしまった。

石川記者は信頼に足る書き手なのか。「総裁が投げかける問い」と同じように「答えはまだ出ていない」。


※記事の評価はD(問題あり)。石川潤記者への評価はC(平均的)を据え置くが、弱含みではある。

2016年9月28日水曜日

これぞ経済誌の特集 エコノミスト「人口でみる世界経済」

週刊エコノミスト10月4日号の特集「人口でみる世界経済」は完成度が高かった。30ページにわたる大型特集だが、飽きずに読める。ツッコミどころもほとんど見当たらない。経済誌の特集はこうあってほしい。記事の作り手として未熟さが目立った週刊ダイヤモンド10月1日号の特集「凄いネスレ」とは好対照だ。今回のエコノミストの特集を担当した黒岩亜弓記者に敬意を表したい。
大隈記念館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

人口問題を取り上げた経済記事では、人口減少をマイナスの事象と捉えて、人口を増やすにはどうしたらよいのかを論じるものが多い。だが、今回の特集はそうした前提に囚われない構成になっていた。その点も評価したい。

例えば日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏が執筆した「『デフレの正体』を世界に~日本 中国 シンガポール 米国の人口動態から読む世界経済の行方」という記事では、以下のように述べている。

【エコノミストの記事】

そもそも人口減少は悲観するべきことではなく、むしろ将来への希望だ。地球は際限ない人口増加に耐えられない。日本を含む東アジアや欧州で、戦争や疫病が原因ではなく自然に人口が減り出したことは、食料や水、エネルギーの不足を遠ざけ、人類の生物種としての存続の可能性を広げている。しかも減少はごくゆっくりだ。今の出生数から言えば日本の人口はいずれ7000万人程度までは減るが、それでも欧州との比較では最大級であり、小国に転落するわけではない。

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まさにその通りだ。個人的には、日本の人口は1000万人もいれば十分だと思う。「人口減を食い止める対策を進めないと、日本人は消滅する」などと危機感を煽る人もいるが、戦争や疫病ではなく各人の選択の結果として子供が減り、日本列島から日本人がいなくなるのであれば、それでも構わないと考えている。

日本列島に住む人の数が2億、3億と増えていく未来には「破滅」の香りが漂う。人口減少にはもちろんマイナスの側面もあるが、総合的に見れば「どんどん増えるよりはるかにマシ」ではないか。

特集の中にあるグナル・ハインゾーン氏へのインタビュー記事「ユース・バルジ テロの原因は『人口の不均衡』アフリカ、中東発の危機が多発」 の中で同氏が興味深い数値を示している。ちなみに、記事に出てくる「ユース・バルジ」とは「若者の膨らみ」という意味らしい。

【エコノミストの記事】

日本に関していえば、江戸時代末期(1870年ごろ)3000万人強だった人口は、1930年ごろに6500万人と倍増した。1家族に5人子供がいることが普通で、ユース・バルジの状態にあった。そのとき、日本は何をしただろうか。隣国を侵略したのだ。

現在、先進国はどこも少子化で、1人しかいない子供を戦争に送って戦死させるわけにはいかない。家族が絶えてしまうからだ。

このように、その国が戦争に向かうのかどうかについて、ユース・バルジをさらにわかりやすく説明しようと、私が考案したのが「戦争指標」だ。男性の年齢階層のうち、55歳から59歳までの間もなく引退を迎えるグループと、15歳から19歳までのこれから社会で競争していくグループの2つを比較し、どれだけ社会に活躍する場が生まれるかを測る指標だ。

1000人が引退して年金受給者になれば、社会の中に1000人分のポジションが空くはずだ。単純に計算し、2つのグループの人数が1対1であれば、次の世代に仕事があるということだ。ちなみに日本の戦争指標は0.82。つまり1000人が引退したとき、若者は820人しかいないため、理論上は全員が仕事に就けるということだ。

アフリカの戦争指標をみてみよう。最悪のザンビアは7.0.ウガンダ、ジンバブエは6.9だ。ザンビアでは1000人分の職業を巡り、7000人の若者が競い合わなければならない。戦争指標が3以上の国は、若者の社会不安が大きいと言え、何らかの形で暴力に訴える危険性が高い。

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個人としては「人口減少歓迎派」なので、少子化も容認というより歓迎している。「少子化対策は要らない。出生率を引き上げようなどとは考えず、生まれてきた子供を社会全体で大事に育てていけばいい」との立場だ。

ハインゾーン氏の分析は「若者がたくさんいる社会」の問題点を浮き彫りにしている。こうした点はもっと注目されていい。日本に関しては「自分たちが未成年だった頃よりも、今の子供は大切にされている」と感じることが少なくない。少子化が子供たちを大切にするインセンティブを社会に与えているのだろう。「若者が少ない社会」は必ずしも悪くない。

少子化が進んで人口が減れば、1人当たりの国土面積は増えていく。いずれは食糧自給を達成し農産物の輸出超過国になる道も開けてきそうだ。しかし、そうした点には光を当てず「このままでは経済が縮小して日本は衰退する。少子化対策を進めて子供を増やさなければ…」といった前提で作っている経済記事が多すぎる。今回のエコノミストの特集は人口問題の切り口という点でもバランスが取れていた。


※特集全体の評価はB(優れている)。黒岩亜弓記者への評価も暫定でBとする。

2016年9月27日火曜日

「ヨイショ」に無理が目立つ週刊ダイヤモンド「凄いネスレ」

週刊ダイヤモンド10月1日号の特集「凄いネスレ~世界を牛耳る食の帝国」は色々と問題が多かった。「Prologue~なぜネスレは凄いのか」については既に述べたので、ここでは「Part 1~世界を買いまくる! 王者の哲学」を取り上げる。まずは「“21世紀の石油”で覇権握る 水から約1兆円稼ぐ勝者の理」という記事の一部を見てほしい。
つづら棚田(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

だが、こうした投資が花開き、本格的に収益に大きく貢献するようになったのは90年代後半以降のこと。それまで30年以上も冬の時代を過ごした。それでも投資を継続できたのは彼らに「勝利の法則」があったからだ。

それが徹底した長期戦略だ。陳腐に聞こえるが、ネスレはこの原則を1866年の創業来150年にわたり愚直に守り続けてきた。08年からCEOを務めるポール・ブルケは本誌の取材に対し「ネスレが今これだけの企業になったのは、長期的視点で経営を行ってきたからだ」と断言する。

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これを読むと、ネスレは長い「冬の時代」があっても諦めずに「投資を継続」する企業だと思える。「徹底した長期戦略」を「創業来150年にわたり愚直に守り続けてきた」のだから。ところが、同じ「Part 1」の「売却候補はこうして仕分ける 独自ツール『アトラス』の全貌」を読むと、話が違ってくる。

【ダイヤモンドの記事】

ところが2012年以降、ネスレは4年間で総額約26億スイスフラン、現在の為替で約2600億円分の事業を売りまくった。とりわけ13年にCEO(最高経営責任者)のポール・ブルケが、成功している事業へ資源を集中させるために低調な事業の売却を加速すると公言してからは、売却の嵐。約20件が処分された。

中略)グリーンゾーンに分布されたセルは、魅力があって競争力を持つものが多く、それらは成長を加速させるために資源を投入すべきビジネスに位置付けられる。

魅力が少ないレッドゾーンに仕分けられると、ビジネスの修正を迫られる。結果として売却されたのが表「ネスレが売却した事業」にあるビジネスだ。また、日本では15年に缶コーヒー事業から撤退した。

資金や人材などのリソースは、基本的にレッドゾーンのビジネスからグリーンゾーンのビジネスへと振り向けられる

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上記の説明を信じるならば、「低調な事業」に「資金や人材などのリソース」を投入しないでさっさと売却するのがネスレの方針だと言える。だったら今は、「冬の時代」が続く不採算事業に「投資を継続」したりしないはずだ。なのに「30年以上も冬の時代を過ごした」事業に投資を続けたことを例に挙げて「徹底した長期戦略」と言われても困る。

“21世紀の石油”で覇権握る 水から約1兆円稼ぐ勝者の理」という記事から、もう1つ奇妙な記述を取り上げてみたい。

【ダイヤモンドの記事】

ネスレは長期戦略を貫き続けるために、短期利益を求める株主に対してヘッジを行っている

時価総額世界13位の超巨大企業でありながら、金融資本主義の本丸で、短期利益の追求に敏感な米ニューヨーク証券取引所には上場していない。加えて英ロンドンや東京の株式市場からも撤退し、上場先を四半期決算の開示義務のないスイスに絞っている。この時点で、短期志向の株主をスクリーニングしている

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まず「短期利益を求める株主に対してヘッジを行っている」が分かりにくい。「ヘッジを行う」と日本語で言う場合、「損失回避のための取引をしておく」といった意味になる。だが、それでは「株主に対してヘッジを行っている」が何を言いたいのか理解できない。英単語の「hedge」には「垣根を作る」という意味があるので、そう解釈すれば成り立つ。ただ、日本語の中に組み込む場合、「ヘッジする=垣根を作る」と考える人は稀有だろう。

やや話が逸れるが、この特集には余計な横文字が目立つ。「ヘッジを行っている」は「壁を作っている」とでもすれば、かなり分かりやすくなる。「スクリーニングしている」も「選別している」で事足りる。別のインタビュー記事の中には「なぜネスレ日本はターンアラウンドできたのですか」との質問も出てくる。これも「方向転換できたのですか」で十分だ。

本題に戻ると、ニューヨーク、ロンドン、東京の各市場に株式を上場しないことで「短期志向の株主をスクリーニングしている」との説明にも疑問が残った。スイスには「短期志向の株主」がほとんどいないというなら分かる。だが、そうしたデータは記事には出てこない。「上場先を四半期決算の開示義務のないスイスに絞っている」と書いているだけだ。

「四半期決算の開示義務がないのだから、短期志向の株主もほぼいない」と筆者が考えているのであれば甘すぎる。日本も以前は四半期決算の開示義務がなかったが、その当時も短期志向の株主は珍しくなかった。

今回の特集は基本的に「ヨイショ系」だ。個人的には好みではないが、「ヨイショ系だからダメ」とは言わない。ただ、この特集はヨイショに無理が多すぎる。


※特集全体の評価はD(問題あり)。「Prologue~なぜネスレは凄いのか」については「『Prologue』から苦しい週刊ダイヤモンド特集『凄いネスレ』」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/prologue.html)を参照してほしい。特集を担当した臼井真粧美副編集長、泉秀一記者、土本匡孝記者への評価もそこに記している。

2016年9月26日月曜日

「Prologue」から苦しい週刊ダイヤモンド特集「凄いネスレ」

週刊ダイヤモンド10月1日号の特集のタイトルは「凄いネスレ~世界を牛耳る食の帝国」。「落語」や「歌舞伎」をメインの特集に据えるなど経済誌としての看板を下ろしかけているダイヤモンドとしては、貴重とも言える経済物の特集だ。しかし、中身は苦しい。最初の記事となる「Prologue~なぜネスレは凄いのか」で早くも躓いている。
中津城(大分県中津市)※写真と本文は無関係です

記事の問題点について問い合わせを送ったので、その内容を見てほしい。いつものパターンであれば、ダイヤモンドの対応は「無視」だろう。送信から丸1日が経過しているが、回答はない。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 泉 秀一様 臼井真粧美様 土本匡孝様

10月1日号の特集「凄いネスレ~世界を牛耳る食の帝国」の中の「Prologue~なぜネスレは凄いのか」という記事についてお尋ねします。30ページには「アップル、グーグル、フェイスブック──。この20年の間に米シリコンバレー発で誕生したIT企業はわれわれの生活を一変させ、うなぎ上りに企業価値を高めた」との記述があります。これを読む限り、アップルは「この20年の間に米シリコンバレー発で誕生したIT企業」のはずです。しかし、26ページの世界時価総額ランキング(2016年)でアップルの「設立・創業年」は「1976年」となっており、辻褄が合いません。「この20年の間に」は「一変させ」にかかっているとの可能性も考慮しましたが、ちょっと無理があります。

同じページの「(ネスレは)今年150周年を迎えた長寿企業で、赤字は創業来1度のみ。常に右肩上がりの成長を果たしてきた超優良企業でもあるのだ」との説明にも疑問が残ります。報道によると、ネスレの2015年12月通期は売上高が前期比3%減、純利益が37%減だったようです。これでは「常に右肩上がりの成長を果たしてきた」とは言えません。オーガニックグロースで見れば「右肩上がりの成長」を維持しているというのであれば、その点を読者に明示すべきです。注釈なしに「右肩上がりの成長」と述べている場合、通常の売上高や純利益で判断するのが自然です。

上記の2点に関して、記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、同じ記事の中に出てくる「プールや洗車に使用する水は人の権利ではない」というピーター・ブラベック氏(ネスレ会長)の発言は意味不明です。「水」が「権利」ではないのは当然です。この部分はどう理解すればよいのでしょうか。例えば「プールや洗車に使用する水に人の権利は及ばない」ならばまだ分かります。ただ、これだと「洗車時に水を使う権利を人は持たない」と解釈できるので、かなり極端な主張になってしまいます。

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最初の「20年」問題については「アップル=この20年の間に米シリコンバレー発で誕生したIT企業」と思い込んでいたのか、「この20年の間にわれわれの生活を一変させ」と言いたかったのか微妙なところだ。後者の場合、書き方が上手くない。改善例を示しておく。

【ダイヤモンドの記事】

アップル、グーグル、フェイスブック──。この20年の間に米シリコンバレー発で誕生したIT企業はわれわれの生活を一変させ、うなぎ上りに企業価値を高めた。

【改善例】

アップル、グーグル、フェイスブック──。米シリコンバレー発で誕生したIT企業はこの20年の間にわれわれの生活を一変させ、うなぎ上りに企業価値を高めた。

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2番目の「常に右肩上がりの成長を果たしてきた」に関しては、仮にオーガニックグロースで見れば「右肩上がり」だとしても、説明不足が目に余る。ここからは推測だが、筆者はネスレの15年通期の減収減益を知らずに記事を書いたのではないか。業績に関するネスレのニュースリリースを見ると「2015年: オーガニックグロースは4.2%。営業利益は為替の要因を除いた実質ベースで10ベーシズポイント改善」などと、「オーガニックグロース」「為替の要因を除いた実質ベース」などの表現が目立つ。会社側のそうした説明に引っ張られて、「素」の決算内容を確認しなかったと考えれば腑に落ちる。

3番目の問題である「プールや洗車に使用する水は人の権利ではない」という意味不明のコメントについては、特集の中のブラベック氏へのインタビュー記事から、趣旨を推測できなくもない。

【ダイヤモンドの記事(インタビュー)】

私は飲料水や衛生上必要な水へのアクセスは人間の権利であると唱えてきました。ただ、水の全使用量を見るとそれ以外、つまり洗車やゴルフコースの維持などでの使用が98.5%を占めています。だから水の使用に責任を持つべきであり、水の価値を高めるべきだと言っているんです。

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この部分は言いたいことが伝わってくる。「プールや洗車に使用する水は人の権利ではない」というのは「飲料水や衛生上必要な水へのアクセスは人間の本来持つ権利と言えるが、プールや洗車に使用する水についても同じ権利が与えれていると考えるのは間違いだ」との趣旨だろう。結論としては、ダイヤモンド側の言葉足らずが過ぎる。

それほど長くない記事の中に、これだけ多くの問題点があるということを3人の記者には重く受け止めてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でC(平均的)としていた臼井真粧美副編集長の評価は暫定Dに引き下げる。泉秀一記者への評価はDを据え置く。土本匡孝記者への評価は暫定でDとする。

追記)結局、回答はなかった。

「人手に頼らない分析」を描けていない日経「市場の力学」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「市場の力学~挑む機関投資家」は苦しい展開が続いている。26日の第2回「原油量・天気…全てが材料 サバイバル 機械VS機械」では、「高速取引で瞬時に材料が消化される今の時代は、人手に頼らない情報集めと分析が勝負の分かれ目になる」と言い切っている。しかし、記事にはその解説に反する事例が目立つ。
下関市立下関商業高校(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

原油価格が戻り歩調を強めた8月。それをいち早く予見するデータを作った会社がある。米シリコンバレーのオービタル・インサイトだ。

同社は衛星写真を買い取り、米国や中東、中国など世界に2万ある原油タンクの貯蔵量を日々測定している。タンクの屋根は落とし蓋のように原油に浮いているので、屋根の高さで貯蔵量を見極められる。屋根が低ければ在庫が少ないことになり、需給逼迫を予測できるというわけだ

データを受け取る顧客はヘッジファンドなど約70。駐車場の車の数で小売店の繁閑も測っているが、「石油関連が最も需要がある」(ジェームズ・クラウフォード最高経営責任者=CEO)。

株価は経済の鏡とされ、経済にかかわる森羅万象は株価の材料になる。高速取引で瞬時に材料が消化される今の時代は、人手に頼らない情報集めと分析が勝負の分かれ目になる

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気になった点を挙げてみる。

◎原油の話をしていたような…

まず、「原油価格」の話をしていたのに、唐突に「株価は経済の鏡とされ、経済にかかわる森羅万象は株価の材料になる」と言われても困る。「駐車場の車の数」は株式投資に使うのかもしれないが、やはり苦しい。「市場価格は」「商品や株式の価格は」などとすべきだ。


◎「いち早く予見」?

原油価格が戻り歩調を強めた8月。それをいち早く予見するデータを作った」と言い切っているが、どうも怪しい。例えば「衛星写真が捉えた7月の在庫状況から見ると、8月には原油相場が1バレル5ドル以上の上昇となる」といった情報を7月時点で提供していたのならば納得できる。しかし、記事から分かるのは「世界に2万ある原油タンクの貯蔵量を日々測定している」という程度の話だ。

原油相場は「原油タンクの貯蔵量」だけで決まるわけではない。貯蔵量のデータも踏まえて「8月には戻り歩調になる」と総合的に判断したのが人間ならば「人手に頼らない分析」とは言えない。


◎「需給逼迫を予測できる」?

屋根が低ければ在庫が少ないことになり、需給逼迫を予測できるというわけだ」という分析は浅すぎる。例えば、現状では需給逼迫と市場が認識していないのに、タンクの屋根の高さが通常よりかなり低かったとしよう。この場合「今後、需給は逼迫する」と言い切れるだろうか。答えは「分からない」だ。

衛星写真」は現状を教えてくれるに過ぎない。在庫は一時的に少ないだけで、大増産の動きが出ているところかもしれない。そもそも需給は需要と供給で決まるので、需要がどうなるのかも考える必要がある。

オービタル・インサイトのデータは投資の参考にはなるだろう。だが、「需給逼迫を予測できる」とは言い難い。「すごい話なんですよ」と訴えたい気持ちが強すぎて、話が大げさになっている。

続いて出てくる事例はさらに苦しい。

【日経の記事】

英国の欧州連合(EU)離脱決定で世界の市場が荒れた6月24日。米ヘッジファンドのデータ・キャピタル・マネジメントは淡々と利益を生んだ。用いたのは天気やニュースの音声などのデータだ。天気が悪ければ現状を変えたい強い意志を持つ人しか投票に行かないとみて、離脱派有利と予想。楽観論から欧州株が値上がりしたところで空売りをかけた

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これは一体何が新しいのか。「気象情報から投票日は天気が悪いと予想→離脱派有利とみて欧州株を空売り」という話ならば、特に目新しさはない。「機械VS機械」でもないし「人手に頼らない情報集めと分析」とも言い難い。

そもそも「投票日の天気が悪い」との予測が正しくて「天気が悪ければ現状を変えたい強い意志を持つ人しか投票に行かない」との分析が当たっているとしても、「だから離脱派が勝つ」とは言い切れない。離脱派有利と見て空売りを仕掛けるのは、結局は「賭け」だ。データ・キャピタル・マネジメントに関しては「データを分析した上で賭けに出て、それに勝った」という以上の意味が感じられない。

英国の欧州連合(EU)離脱決定」という歴史的な出来事に絡んで勝負に出たのだから「淡々と利益を生んだ」との説明も適切ではない。こういう表現は、日常的に小さな利益を積み重ねているような状況で使うべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。連載の第1回については「『黒い白鳥』はどこ? 日経1面『市場の力学』の苦しい中身」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_98.html)を参照してほしい。

2016年9月25日日曜日

「黒い白鳥」はどこ? 日経1面「市場の力学」の苦しい中身

経済記事の中に「革命」「パラダイムシフト」といった言葉を見つけたら、疑って読んだ方がいい。多くの場合、大した変化は起きていない。最近で言えば「黒い白鳥(ブラックスワン)」も仲間に入れていいだろう。あり得ないと思われたことが起きた時に使う言葉だが、これもピッタリ当てはまる事例はまれだ。25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学挑む機関投資家(1) 絡み合う異次元リスク 『黒い白鳥』解けぬ緊張」も例外ではない。
赤間神宮(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の方を見てみよう。

【日経の記事】

国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が振るわない。将来の生活に対する不安が現役世代を節約に走らせているからだ。ここで国民の年金や保険の運用を託された機関投資家が頑張れば不安は薄れ、景気を底上げできる。だが彼らは今、異次元のリスクに直面し、それを乗り越えようと懸命にもがく。

今年8月、統計学では千年に1度の確率でしか発生しない珍事が債券市場を襲った。7月に史上最低の年0.015%を付けた30年物国債金利が、わずか1カ月で0.5%に迫る勢いで急上昇(価格は下落)したのだ。

「市場が金融緩和や財政の限界を察知すれば、同じことは起こり得る」。東京海上ホールディングスの原田英治運用企画グループリーダーは身構え、南欧債務危機など過去の金利上昇局面のメカニズムを洗い直した。

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「国債利回りが1カ月で0.5%近く上がった」と聞いたら、「そんなことあり得るのか。短期間でそれほどの急上昇が怒るとは…」と驚くだろうか。債券市場を見慣れている人ならば「そのぐらいは普通に動くだろう」と思いそうな気がする。ところがこれが「統計学では千年に1度の確率でしか発生しない珍事」らしい。

記事に嘘はないのだろう。ここからは推測になるが「千年に1度」というのは上昇率で分布を見ているのではないか。0.015%から0.5%になると利回りは「1カ月で33倍以上」だ。確かに33倍以上になるのは「千年に1度の確率」かもしれない。だが、これを「異次元のリスク」と言われて納得できる人は少ないのではないか。

ウォールストリートジャーナルは2014年10月17日付の記事で欧州の国債利回りについてこう書いている。「中でも際だって売られているのがギリシャ国債だ。10年債利回りは、今年最低の水準から3.22%も驚異的に上昇し8.73%に達した。この利回り上昇の大半はここ1週間程度でのことだ」。これに比べたら「わずか1カ月で0.5%に迫る勢いで急上昇」した日本の「30年物国債」などかわいいものだ。

「機関投資家は異次元のリスクに直面している」という前提で強引に記事を作ったために、苦しい展開に陥っているように見える。それは2番目の事例にも言える。

【日経の記事】

異例の事態は株式市場でも頻発する。5%急落した日本水産株が1分後に値を戻す。そんなフラッシュ・クラッシュ(瞬時の急落)は「7月25日~8月5日に7銘柄であった」。りそな銀行の資産運用部門で売買執行を担う平塚崇グループリーダーはこう証言する。原因は特定されていないが、コンピューターによる超高速取引の誤動作とする見方は根強い。

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頻発」しているなら「異例の事態」でもないような気もするが、それは良しとしよう。ただ、「5%急落した日本水産株が1分後に値を戻す」との説明だけで「そんなフラッシュ・クラッシュ(瞬時の急落)」と言われても困る。どの程度の時間をかけて「5%急落」が起きたのかは書くべきだ。

しかも、記事の書き方だと「急落した後にすぐ値を戻す=フラッシュ・クラッシュ」とも取れる。だが、値を戻すことは「フラッシュ・クラッシュ」の一部ではないはずだ。説明が上手くない。

フラッシュ・クラッシュは「7月25日~8月5日に7銘柄であった」らしいが、日本水産のようにすぐに「値を戻す」のであれば、投資家にとって問題はほとんどない。これも「異次元のリスク」と言うほどの話とは思えない。

さて、いよいよ「ブラックスワン」が登場する。

【日経の記事】

信用収縮で投資家が多額の損失を被った2008年のリーマン・ショックでは、想定外の事態を表す「黒い白鳥(ブラックスワン)」出現と騒がれた。あれから8年。緩和マネーは世界にあふれ、あらゆる市場や国が複雑に絡み合うようになった。共振の度合いは格段に大きくなり、自動取引の急速な普及がそれに拍車をかける。

今年6月。市場予想に反し英国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まった。結果を受けた24日、世界の株式時価総額はドイツのGDPに相当する330兆円分が1日で吹き飛んだ

21日の日銀の金融政策決定会合では「黒い白鳥は現れなかった」(第一生命保険で運用リスクを管理する綱孝裕課長)。日銀が想定外の混乱を与えないよう、市場との対話にカジを切った面もある。

だが緊張は解けない。焦点は11月の米大統領選。保護主義的な経済政策を訴えるトランプ氏が勝てば、周辺国の経済は打撃を受ける。「中南米国債への投資は減らすべきか」。第一生命はそんな議論も真剣に始めた。

運用管理システムを提供する米MSCIは各国が保護主義政策をとった場合の金利、株価の動きを予測するプログラムを開発し、10月にも配信する。英国民投票後、「大衆迎合主義(ポピュリズム)の広がりが経済に与える影響を計測してほしい」との要望が年金などから相次いだからだ。

黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている。「想像力を最大限働かせるしかない」(農林中央金庫・統合リスク管理部の福田浩昭副部長)。機関投資家の苦悩は続く。

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この書き方だと「英国のEU離脱」は「ブラックスワン」だと取材班は判断しているようだ。確かに「市場予想に反し英国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まった」とは言える。しかし接戦になるのは分かっていた。だとすれば離脱の可能性は十分にあったわけで、これを「ブラックスワン」と見なすは無理がある。

黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている」と書いており、米大統領選でトランプ氏が勝つことも「ブラックスワン」に入れているのだろう。劣勢ではあるかもしれないが、トランプ氏勝利の可能性は世界中の多くの人が認識している。やはり「ブラックスワン」とは言い難い。

結局、記事を最後まで読んでも、機関投資家が「異次元のリスク」に直面しているようには見えない。「黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている」とも感じられない。なのに「機関投資家の苦悩は続く」と結論付けても説得力はないに等しい。


※記事の評価はD(問題あり)。

どうした小田嶋隆氏? 日経ビジネス「盛るのは土くらいに」

日経ビジネスが届いたら小田嶋隆氏の「pie in the sky~絵に描いた餅ベーション」だけは必ず目を通すようにしている。同誌の書き手の中では抜きんでた存在だ。だが9月26日号の「盛るのは土くらいに」を読んで少し不安になった。あまりに非現実的なことを書いていたからだ。それは都知事報酬の半減に関するくだりで出てくる。
柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

小池都知事は、9月9日の定例会見で、「東京大改革実現に向け、自ら身を切る覚悟、姿勢を示すため」に、都知事報酬を半額にする条例案を提出することを発表している。

知事は、リーダーが率先して覚悟を示すことで、都政全般に波及効果が及ぶことを期待しているのだろう。が、私は、知事報酬削減の効果が波及したらしたで、かえって厄介なことになると思っている。仮に、都知事にならって副知事の報酬を下げる圧力が生じ、さらに都議会議員や都の職員の報酬が順次削減される流れになったらこれはもう目も当てられない。当然、給与削減のトレンドは民間にも波及するだろうし、そうなったら消費不況どころか、恐慌がやって来かねない

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都知事の給与半減がどんな影響を社会に与えるかは、厳密に言えばやってみなければ分からない。だが、「消費不況どころか、恐慌がやって来かねない」はいくらなんでも大げさだ。「都知事の給与半減が実現しても、それを主な原因とする恐慌は起きない」と個人的に保証してもいい。

都議会議員や都の職員の報酬が順次削減される」ぐらいのことはあり得る。だが、「当然、給与削減のトレンドは民間にも波及する」とは思えない。影響はあってもごくわずかだろう。

例えば、河村たかし名古屋市長は市長の給与を約3分の2の年間800万円に減額しているらしい。それが例えば同じ愛知県に本社を置くトヨタ自動車で賃金の大幅引き下げにつながっているだろうか。名古屋市内で激しい消費の落ち込みが起きただろうか。

名古屋市長と東京都知事では影響力が違うとか、河村氏と小池氏では政治力に差があるとか、色々と言えることはあるかもしれない。だが、「当然、給与削減のトレンドは民間にも波及する」と言える根拠に乏しいのも確かだ。

そもそも知事にそれほどの影響力があるのならば、報酬の倍増をお願いしたくなる。そうなれば民間にも給与アップの流れが波及して、景気回復どころか空前の好景気を期待できる。だが、それが「絵に描いた餅」に過ぎないのは小田嶋氏にも分かるだろう。

1990年代に大手金融機関が相次いで破綻しても、2008年にリーマンショックがあっても、2011年に大震災が起きて重大な原発事故を誘発しても、日本で「恐慌」は起きなかった。なのに都知事の給与半減で「恐慌がやって来かねない」と煽るのは、明らかに「盛り過ぎ」だ。今回の小田嶋氏のコラムのタイトルを借りて言うならば「盛るのは土くらいに」してほしい。


※今回のコラムの評価はC(平均的)。小田嶋隆氏への評価はA(非常に優れている)を据え置くが、弱含みではある。

2016年9月24日土曜日

日経らしい雑な作り「ウエストHD、東南アで省エネ事業」

23日の日本経済新聞朝刊企業面に「ウエストHD、東南アで省エネ事業 三菱UFJ銀などと」という完成度の低い記事が出ていた。記事の全文を見た上で問題点を列挙してみたい。
中津城(大分県中津市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

太陽光発電施工大手のウエストホールディングス(HD)は三菱東京UFJ銀行グループなどと組み、東南アジアで企業の省エネ事業を始める。タイで新会社を設立し、コンサルティングから設備の提供まで手掛ける。温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の年内発効が有力となり東南アジアでも省エネ需要が拡大するとみて、日本のノウハウを海外で活用する。

タイで省エネ支援会社を資本金3000万円で設立した。ウエストHDが49%、三菱東京UFJ銀行グループのタイ投資会社が10%、みずほ銀行、三井住友銀行、りそな銀行の現地投資会社が各8%ずつ出資した

まずは現地の日系法人の事務所や工場に売り込む。太陽光発電設備や発光ダイオード(LED)照明、高効率の空調機器を提供する。ウエストHDが機器の導入費用を全額負担する代わりに、省エネにより削減できた光熱費の一部を受け取る

現地の金融機関と関係が深い各行のネットワークを通じて、顧客の情報を集める。銀行と組むことで、支援先企業が発電設備を設ける際に資金調達面での協力がしやすいとみている。顧客は光熱費を半分以下に抑えられ、契約期間終了後は機器をそのまま引き取れる。

今後は日系企業だけでなく、現地企業にも売り込む。将来は他の東南アジア諸国へも省エネ支援事業を広げ、2018年度までに新会社で累計100億円の受注を目指す。ウエストHDが海外進出するのは初めて。日本企業ではNTTファシリティーズも東南アジアで省エネ支援サービスを始めている。

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◎いつから「始める」?

東南アジアで企業の省エネ事業を始める」という話なのに、いつから始めるのか記事を最後まで読んでも分からない。「When」を抜く日経の“伝統芸”がここにも見える。ついでに言うと「なぜ東南アジアなのか」も欲しい。「温暖化対策の国際枠組み『パリ協定』の年内発効が有力」というのは東南アジア固有の要因ではないはずだ。


◎出資比率 残りの「17%」は?

ウエストHDが49%、三菱東京UFJ銀行グループのタイ投資会社が10%、みずほ銀行、三井住友銀行、りそな銀行の現地投資会社が各8%ずつ出資した」のであれば、残りの17%はどうなったのか。「不明」でもいいから、残る出資者に触れてほしい。


◎「支援先企業が発電設備を設ける」?

ウエストHDが機器の導入費用を全額負担する代わりに、省エネにより削減できた光熱費の一部を受け取る」という仕組みならば、顧客は資金を用意する必要がない。しかし、「銀行と組むことで、支援先企業が発電設備を設ける際に資金調達面での協力がしやすいとみている」とも書いている。これはよく分からない。ウエストHDのサービスとは別に「支援先企業が発電設備を設ける際」という話かもしれないが、記事の説明だけでは何とも言えない。


◎「まずは日系」で「今後は日系以外にも」?

まずは現地の日系法人の事務所や工場に売り込む」と書いてあるので、当面は日系企業に絞って売り込んでいくのだと思っていたら、「今後は日系企業だけでなく、現地企業にも売り込む」と矛盾するような説明が出てくる。

推測すると、新会社は設立済みなので、既に売り込みは始めているのだろう(その場合、「省エネ事業を始める」ではなく「省エネ事業を始めた」とすべきだ)。当初は日系企業を中心に営業活動をしてきたが「今後」は日系以外にも手を広げようとしている--。そう考えると辻褄は合う。実際どうなのかは分からないが、いずれにせよ記事の説明に問題があるのは間違いない。

この記事は企業面のワキ(2番手のニュース記事)になっている。2番手の記事でこれほど完成度が低いのは日経らしいとも言えるが、褒められた話ではない。このままレベルの低い記事を垂れ流し続けるつもりなのか。特に企業報道部の部長・デスクには奮起を促したい。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年9月23日金曜日

せっかくの「訂正とお詫び」が中途半端な週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」に誤りがあった問題で、9月24日号に「訂正とお詫び」が載っていた。誤りを握りつぶさずに訂正した点は評価できるが、対応はやはり不十分だ。これまでの経緯を、9月11日に送った問い合わせ、ダイヤモンドの「訂正とお詫び」、9月22日に送ったダイヤモンドへの指摘の順で見てほしい。
山口県下関市側から見た関門橋 ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド 雑誌編集局・局長 鎌塚正良様 編集長 田中博様  北濱信哉様 村井令二様

2016年9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」についてお尋ねします。165ページの記事でヤフーについて「広告収入も順調だ。ディスプレー広告が前年から3割近く増加したことにより16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める」と書いています。なのに、記事中の「広告関連売上高」というグラフで「ディスプレー広告」を見ると、15年3月期に1500億円程度だったのが16年3月期には1400億円程度に減っており、記事中の説明と矛盾します。

一方、グラフで見る限り「検索連動型広告」は16年3月期に増えています。ところがヤフーの16年3月期決算説明資料によると「検索連動型広告」は7.7%減の1404億円、「ディスプレー広告」は29.4%増の1264億円となっていました。グラフでは「ディスプレー広告」と「検索連動型広告」が入れ替わっているのではありませんか。そう考えると全て辻褄が合います。

ついでにもう1つ指摘します。記事では「16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める」と説明しています。しかし、ヤフーの決算説明資料では、「2669億円」について「スマートフォン経由比率 41.4%」となっており、記事の「約44%」とは合いません。

上記の指摘について、御誌の見解を教えてください。記事の説明に誤りがあれば、訂正記事の掲載もお願いします。

御誌では記事中のミスの握りつぶしが常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある対応を心がけてください。


【ダイヤモンドの「訂正とお詫び」】

本誌9月17日号165ページ「広告関連売上高」の図の凡例中、ディスプレー広告を薄い紫色に、検索連動型広告を濃い紫色に入れ替えます。また、同ページ3段目5行目のスマホ広告の売上高比率を「約41%」に訂正します。


【ダイヤモンドへの指摘】

週刊ダイヤモンド 雑誌編集局・局長 鎌塚正良様 編集長 田中博様  北濱信哉様 村井令二様

9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」の中の誤りについて、9月24日号に「訂正とお詫び」が載っていました。この件で2点を指摘しておきます。

まず、訂正が中途半端です。「16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める」との説明に関して「約44%」を「約41%」に訂正したのは問題ありません。ただ、この数字は記事中のグラフにも使っています。なのでグラフの「スマホ広告売上高比率」の「16年」の数字が誤っていることも読者に伝えるべきです。その上で、御社のサイトに出ている当該記事のグラフ自体を修正してください。

もう1つは読者への回答です。「グラフでは『ディスプレー広告』と『検索連動型広告』が入れ替わっているのではありませんか」「ヤフーの決算説明資料では、『2669億円』について『スマートフォン経由比率 41.4%』となっており、記事の『約44%』とは合いません」と指摘してきた読者がいるはずです。その問い合わせに対して、きちんと回答しましたか。無視を決め込んでいませんか。

週刊ダイヤモンドは購読料を支払ってくれる読者がいるからこそ成り立っているのです。記事中の誤りとは、言い換えれば「製品の欠陥」です。「欠陥のある製品を絶対に出すな」とは言いません。ミスは付き物です。なのでミス自体を責めるつもりもありません。しかし、欠陥を指摘されても無視を貫くという御誌の態度は改めるべきです。

「訂正とお詫び」を載せた案件に関して読者から指摘を受けた場合、常識的に考えれば謝罪が必要でしょう。そこはプライドが許さないというのであれば、誤りを認めるだけでもいいのです。そこから逃げ回っている限り、いつまで経っても「まともなメディア」には戻れません。なぜこうした事態を招いてしまったのか編集部で「総括的な検証」をした上で、かつての輝きを取り戻してください。期待しています。

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ダイヤモンドの「訂正とお詫び」は嫌々出している感が強く出ている。読者本位で考えれば、何の記事でどう間違えたのかをもう少しきちんと伝えたくなるはずだ。グラフの「44%」の問題も含めて改善例を示してみる。

【「訂正とお詫び」の改善例】

本誌9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」で、165ページの「広告関連売上高」の図に誤りがありました。凡例中、ディスプレー広告を薄い紫色に、検索連動型広告を濃い紫色に入れ替えます。同じ図で「スマホ広告売上高比率」の「16年」の数値が「44%」となっているのは「41%」の誤りでした。同様に同ページ3段目5行目のスマホ広告の売上高比率が「約44%」となっているのを「約41%」に訂正します。

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※この件に関しては「グラフに明白な誤り 週刊ダイヤモンドのソフトバンク特集」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_12.html)も参照してほしい。

2016年9月22日木曜日

日銀「総括的検証」発表後の日経朝刊に感じる物足りなさ

日銀による「総括的な検証」の公表を受けて、22日の日本経済新聞朝刊ではこの問題を大きく取り上げている。よく言えば手堅くまとまっているものの、悪く言えば当たり障りのない予定調和的な中身だった。1面の解説記事「緩和生かす構造改革を」を執筆したのは経済部の石川潤記者。「この大事な時に編集委員たちは何をしているのか」と思わなくもないが、石川記者の記事自体に大きな問題はない。とは言え、内容は「金融緩和だけではダメ。構造改革をしっかりやるべきだ」という、これまでに何度も聞いたような話だ。
水田に浮かぶ墓(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

そんなことを考えていたら、日経の電子版に「日銀、マイナス金利温存の深謀遠慮  取材班キャップ座談会」(9月22日付)という興味深い記事が目に付いた。その一部を見てみよう。ちなみに、発言の主が「日銀」となっているのは「日経の日銀キャップ」を指す。

【日経の記事】

デスク 記者会見での黒田東彦総裁は精彩を欠いた。市場が「どうせ何もできない」と足元を見透かしていて、それに対する回答としては不本意だったのでは。

日銀 たしかに黒田総裁が追い詰められている感はある。昨年12月に金融緩和の「補完措置」を打ち出したときにミソがついてしまい、黒田総裁の“オーラ”が薄れてしまった。そうなると相場が思ったように動いてくれないという悪循環に陥ってしまった。そこから抜け出すために考え出したのが7月の上場投資信託(ETF)の購入であり、今回の「サプライズなし」の政策だった気がしている。当初、マーケットを意のままに操っていた黒田総裁からすると、それがもうできず、逆にマーケットに催促される構図になっているというのはその通りだ。

デスク 負けを認めたということ

日銀 そうなんでしょう。長所であり短所でもあるが、黒田総裁は軌道修正がうまい。ここで突っ張っても負けるだけと思ったら、そこは修正するということ。

デスク リフレ派は資金供給量を2倍に増やせば期待インフレ率も高まると主張してきたが、その論理は破綻しかけていると見る向きもある

日銀 その通り。日銀の主流派はリフレ派の論理を最初から信じていなかったし、量の拡大を主張してきた岩田規久男副総裁や原田泰審議委員も今回は賛成に回っている。彼らが自ら論理の破綻を認めた結果だ。この3年半の状況を見れば認めざるを得なかったということだと思う。

デスク 日銀の事務方が今回は主張を通したということか

日銀 緩和をぶっ壊してはいけないという思いが事務方も強かったので、彼らの思い通りというと言い過ぎだが、そうした思いが黒田総裁やリフレ派を引っ張ったとは言えると思う

デスク 岩田副総裁は納得したのかな。

日銀 最終的には納得したということなんでしょう。岩田副総裁より原田審議委員の方が激しかったみたいだけど。

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今回、日銀が「総括的な検証」を発表したのだから、それを受けて日経には「総括的な検証」を総括的に検証してほしかった。紙の新聞では「新たな金融緩和の枠組み」に紙幅を割いたこともあり、「総括的な検証」に対する論評が十分ではなかった。

だが、上記の「キャップ座談会」ではかなり踏み込んだ発言が出ている。それを朝刊の紙面作りでも生かしてほしかった。例えば、「『負け』認めた黒田総裁」「リフレ派の論理破綻明らかに 事務方主導で軌道修正」といった見出しが朝刊を飾っていたら、かなり読み応えがあったはずだ。

せっかくなので朝刊1面の解説記事にもコメントしておく。

【日経の記事】

「金融政策だけではバランスの取れた成長につながらない」。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は8日の記者会見で20カ国・地域(G20)サミットの声明を引用。構造改革こそが重要だとのメッセージを発した。

金融緩和との相乗効果を引き出す構造改革をどう進めるか。安倍政権は働き方改革を経済政策の軸に据えるが、生産性を高める抜本策を示せるかは未知数。「構造改革を引き続きしっかりやっていただきたい」。黒田総裁は21日の記者会見でこう付け加えた。

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日銀が掲げる「物価の2%目標」は「バランスの取れた成長」とは別物だ。マイナス成長下で物価上昇率が2%を超える可能性は十分にあるし、物価上昇率が1%程度のまま「バランスの取れた成長」を実現する道もある。

ECBのドラギ総裁は「バランスの取れた成長」のためには「構造改革こそが重要」と訴えたのだろう。だが、構造改革を進めれば物価上昇に結び付くわけではない。そこは分けて論じてほしい。

安倍政権は働き方改革を経済政策の軸に据えるが、生産性を高める抜本策を示せるかは未知数」と石川記者は書いている。ここからは「生産性を高める抜本策を実施すれば、2%の物価上昇が実現し、バランスの取れた成長につながる」との考えが透けて見える。

ただ、構造改革は物価を押し上げるものばかりではない。むしろ物価下落につながる可能性が高い。例えば、働き方改革を進めて、解雇規制を緩め、残業代なしでの残業を容易にしたら、物価が上がるだろうか。直接的に物価を押し上げる力はないだろう。下げる方ならば多少は期待できるが…。

日経がよく実現を訴える「規制改革」も同様だ。誰でも自由に自動車の相乗りサービスを始められるような規制緩和をしたら、タクシー料金は上がるだろうか。こうした改革が日本経済にプラスに働くとしても、物価上昇に寄与するかどうかは別だ。「日本経済にとって構造改革の推進が重要だ」と考えるのならば、「2%の物価目標にこだわるのは意味がないし、かえって有害」という結論に辿り着くのが自然だと思える。


※朝刊1面の「緩和生かす構造改革を」の評価はC(平均的)。暫定でCとしていた石川潤記者への評価はCで確定とする。同記者については日経の中でかなり優秀な書き手に入ると見ている。電子版の「キャップ座談会」への評価はB(優れている)とする。

2016年9月21日水曜日

週刊エコノミスト「ぶらり日本経済」で鹿島茂教授に疑問

週刊エコノミスト9月27日号の特集「ぶらり日本経済」は悪くない出来だった。もっとも「永田町周辺~消える『権力の館』 角福戦争、小泉vs中曽根の砂防会館」(筆者は東京新聞デスク長の清水孝幸氏)と「原発の闇~角栄ブームと土地転がし 柏崎刈羽から目白に運ばれた4億円」(筆者は元朝日新聞政治部長の羽原清雅氏)の2本は、「ぶらり日本経済」というより「ぶらり日本政治」に近いが…。
佐賀県立美術館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

そんな中で、明治大学教授の鹿島茂氏が書いた「丸の内~岩崎と渋沢の買収合戦 海から陸に転じた三菱」には、以下のような気になる記述があった。

【エコノミストの記事】

「『岩崎彌之助伝』によると、弥之助と荘田平五郎は丸の内をたんにビジネス街にするだけではなく、劇場や美術館を建設する意図を持っていたが、諸般の事情で建設には至らなかったという。このうち、美術館は近年、三菱一号館美術館の建設によって実現を見たが、劇場はいまだ実現にこぎつけていない。

よって、三菱地所による「常盤橋街区再開発プロジェクト」にまだ検討の余地が残されているなら、多少とも演劇にかかわる人間として、岩崎と荘田の頭にあったに違いない「東京ブロードウェー計画」をぜひとも取り入れていただきたいと思う。世界の首都で劇場街を持たないのは東京くらいなのだから。

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世界の首都で劇場街を持たないのは東京くらいなのだから」という説明は二重に引っかかる。まず、「東京以外の首都には劇場街があるのか」について考えてみたい。

米国には「ブロードウェー」と呼ばれる劇場街があるようだが、これは首都ワシントンではなくニューヨークだ。ワシントンにも「劇場街」があるのかもしれないが、そうだとしても「世界の首都で劇場街を持たないのは東京くらい」だとは考えにくい。

例えば、平壌(北朝鮮)やティンプー(ブータン)に「劇場街」があるのかなとは思う。太平洋に浮かぶ島国の首都はどうだろう。行ったことはないので断定はできない。ただ、いずれの首都にも本格的な「劇場街」があるとは想定しにくい。

「どんな首都にだって小さいながらも劇場街はある」という可能性は否定しない。ただ、それを言えば東京も同じではないか。実際に日比谷を「劇場街」と呼ぶ向きもあるようだ。「日比谷は規模が小さすぎる。あれは劇場街ではない」と言うのであれば、「ワシントンを含め東京以外の首都はどうなのか」となってしまう。やはり「世界の首都で劇場街を持たない」ケースは東京以外にも多数ある気がする。


※特集全体の評価はC(平均的)。

2016年9月20日火曜日

業者の具体名はなし? 日経「FX業者、慎重な取引要請」

「何これ?」と思わせるようなベタ記事が20日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に出ていた。「FX業者、慎重な取引要請 日米金融会合控え」という記事では、具体的にどの「FX業者」が「要請」しているのか触れていない。これでまともな記事と言えるだろうか。
佐賀大学(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(全文)】

 日米の中央銀行が9月20~21日に金融政策を決める会合を開くのを控え、外国為替証拠金(FX)取引の業者が顧客に対し、相場急変に備えて慎重な取引を呼びかけている。日銀による金融政策の「総括的な検証」と、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ判断が円相場を大きく動かす材料になる可能性がある。

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外国為替証拠金(FX)取引の業者が顧客に対し、相場急変に備えて慎重な取引を呼びかけている」と書くのであれば、業者の具体名は不可欠だ。「製薬会社が慎重な服薬を呼びかけ」という見出しの記事があったとして、どの製薬会社が呼びかけているのか明らかにしなくても読者に納得してもらえるだろうか。

慎重な取引」も疑問が残る。普通に考えれば、「日銀による金融政策の『総括的な検証』と、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ判断が円相場を大きく動かす」局面でも慌てて動くなという「呼びかけ」なのだろう。

だが、相場が自分の思惑と反対の方向に大きく動いている時に「慎重な取引」を心がけていたら、ロスカットの水準に近づいてしまう。ロスカットになった後で「業者の呼びかけに応じて慎重な取引を心がけたからロスカットになってしまった」と訴えても、業者が何とかしてくれるとは思えない。

そうではないのならば「呼びかけ」は無責任とも言える。「『慎重な取引』とはそういう意味ではない」というのであれば、そこは説明が要る。「呼びかけ」ている主体の具体名も明らかにせずに、今回のような内容の記事を載せるのは感心しない。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年9月19日月曜日

関西知らずが目立つ週刊ダイヤモンド「関関同立」特集

週刊ダイヤモンド9月24日号の第2特集「関関同立~関西に君臨するトップ私学を完全解剖」は、関西への理解のなさが目立った。誤りと言える記述もあったので、まずはダイヤモンドへの問い合わせを見てほしい。特集の取材班に入っている岡田悟記者は関西学院大学出身だから、関西には土地勘があるはずだが…。
瑞松院(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 岡田 悟様 藤田章夫様 大根田康介様  西田浩史様

9月24日号の第2特集「関関同立」についてお尋ねします。「立命館の大阪進出で幕開け 関西地区の壮絶な地殻変動」という記事に以下の記述があります。

「加えて、茨木市や高槻市、吹田市など北摂エリアは、立命館大にとってライバルになり得る私立大学が少ない。中でも茨木市は、都心部で唯一、難関私大が存在しない関西最後の空白地帯だった。兵庫県からもJR一本で通うことができる立地を手中に収め、その地位を盤石なものにする構えだ」

「都心」とは「大都市の中心部」という意味なので「茨木市」を「都心部」に含めるのは誤りだと思えますが、ここでは受け入れて「茨木市=都心部」だとしましょう。その場合、例えば門真市や寝屋川市も「都心部」に入ってくるはずです。しかし、門真市には大学が存在しません。寝屋川市には摂南大学と大阪電気通信大学がありますが、これは御誌の「総合難易度」でも低い方に入っており、「難関私大」とは言えません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでにもう1つ指摘しておきます。

記事では「立命館大は北海道にも系列高校を有するなど全国展開に積極的で、他県に出ることをいとわない校風だ。だが、わざわざライバルがひしめく大阪に進出する決断を下したのには、三つの理由がある」と書いています。しかし、「三つの理由」の説明の中で「(進出した大阪の)茨木市や高槻市、吹田市など北摂エリアは、立命館大にとってライバルになり得る私立大学が少ない」と矛盾するような説明をしています。これではライバルの多い地域に出たのか少ない地域に出たのか、よく分かりません。

整合性の問題にも十分に気を配りながら記事を書くように心がけてください。

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茨木市」を「都心」としたのは、言葉の意味が分かっていないのか、関西を知らないのか微妙ではある。記事には他にも「関西のことが分かっていないのかな」と思える部分がある。

茨木進出の理由としてダイヤモンドはこう書いている。「二つ目は、グローバル化に伴い大阪の制覇を目指していることだ。大阪は関西の中でも、とりわけアジアとの関係が強い地域。『アジア太平洋地域に位置する日本の学園』を標榜する立命館大にとって、大阪への進出はグローバル化への試金石だ」。

百歩譲って「大阪への進出はグローバル化への試金石」だとしよう。だったら大阪市内に出るべきだ。茨木市にキャンパスができても「グローバル化」に影響はなさそうに思える。

さらに言えば、茨木への進出に関して「兵庫県からもJR一本で通うことができる立地を手中に収め、その地位を盤石なものにする構えだ」と説明しているのも引っかかる。これを読むと「それまではJR一本で通える立地を手にしていなかった」との印象を受ける。しかし、立命館の本拠地である京都の衣笠キャンパスには「兵庫県からもJR一本で通うことができる」。

ついでに、特集に載せた地図や表の中の説明にもツッコミを入れておきたい。

113ページの「仁義なき陣取り合戦」という地図では、立命館大学の大阪進出の影響を解説している。この中で「関西大学(千里山)」には「ちょっと影響で済んだ」との説明が付いている。これは「ちょっとの影響で済んだ」とすべきだ。「」が抜けている。

114~115ページの「関関同立・全53学部『序列マップ』」では、同志社大学の「京田辺キャンパスグループ」に対して「将来近くにリニアの駅ができて将来人気がアップ?」との説明を付けている。

将来」を重ねているのがまず拙い。「将来近くにリニアの駅ができて人気がアップ?」で十分だ。個人的には「リニアの駅ができて人気がアップ?」という発想がよく分からなかった。リニアの駅ができると「リニアで通学できるから京田辺キャンパスを選ぼう」という学生が増えるのだろうか。


※特集全体の評価はD(問題あり)。岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。藤田章夫記者は暫定でDとする。暫定Dとしていた大根田康介記者はDで確定させる。暫定C(平均的)の西田浩史記者は暫定Dに引き下げる。岡田記者のF評価については「こっそり『正しい説明』に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_96.html)を参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年9月18日日曜日

日経企業面「国内フォークリフト大手」まとめの問題山積

日本経済新聞の企業報道部は「まとめ物」の記事を作るのが苦手だ。18日の朝刊企業面「国内フォークリフト大手 新興国市場に照準 豊田織機など」という記事も問題山積だった。そもそも「まとめる」だけの事実がないのに、強引に仕上げてしまっている印象を受ける。
角島大橋(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

国内のフォークリフト大手が新興国市場の開拓を進める。豊田自動織機は傘下の台湾メーカーの製品を販売する地域を広げ、販売台数を2020年に現在の2倍以上に増やす。三菱重工業は傘下企業の事業を再編・統合し、東南アジアと中国で事業基盤を固める。フォークリフトは日本メーカーが世界シェアの3分の1を握る。成長市場を取り込み、競争力を維持する。

世界最大手の豊田織機は、15年に傘下に収めた台湾のタイリフトが生産する価格競争力が高い製品をインド、アフリカ、東南アジアで販売する方針だ。各地で製品の実証試験を始めた。現在、タイリフト製品の市場は台湾と中国にほぼ限られているが、拡大する

各地で豊田織機の販売網を活用し、傘下に新たにタイリフト製品の販売会社を設立することも検討する。タイリフト製品の販売台数は15年に1万台弱だったが、20年には2万~3万台に増やす。20年にグループの世界シェアを25%まで高める。

三菱重工は傘下のニチユ三菱フォークリフトやユニキャリアホールディングスの事業を再編する。ニチユ三菱はシンガポールで旧三菱重工系と旧ニチユ系の販売統括会社を統合同国やマレーシア、豪州で販売網を一本化する。製品を増やすほか、重複機能を省きコストを下げる。

今春に加わったユニキャリアとの間でも再編を進める生産・販売拠点を統廃合し、調達も一本化する方針で、約10%の世界シェアを積み増す

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問題点を列挙してみる。

◎2社だけで「まとめ」?

国内のフォークリフト大手が新興国市場の開拓を進める」という話でまとめるのであれば、「国内のフォークリフト大手」が最低でも3社は欲しい。しかし、今回の記事に出てくるのは「豊田自動織機」と「三菱重工業」だけだ。これでは苦しい。どうしても2社で記事を仕上げるならば、書き出しは「国内のフォークリフト大手の豊田自動織機と三菱重工業が新興国市場の開拓を進める」などとして、2社に絞った話だと明示してほしい。


◎三菱重工は「新興国市場に照準」?

三菱重工の事例は「新興国市場に照準」とか「新興国市場の開拓を進める」といった類の話には見えない。本来ならば、新興国を重点的に攻めるような事例が要る。ところが、出てくるのが「販売網を一本化」とか「生産・販売拠点を統廃合」といった内容だ。「新興国市場の開拓を進める」ことと無関係とは言わないが、かなり苦しい。

三菱重工に関しては、最初の段落で「東南アジアと中国で事業基盤を固める」と書いているが、読み進めると「同国(シンガポール)やマレーシア、豪州で販売網を一本化する」となり、話が噛み合わなくなってくる。これでは「東南アジアと豪州で事業基盤を固める」だろう。ただ、「豪州」は「新興国」とは考えにくいので、記事の趣旨と合わなくなってしまう。


◎「When」が抜け過ぎ

日経の企業関連記事の悪しき伝統とも言える「When抜き」が、今回も複数ある。「世界最大手の豊田織機は、15年に傘下に収めた台湾のタイリフトが生産する価格競争力が高い製品をインド、アフリカ、東南アジアで販売する方針だ」と書いているが、いつから「販売する方針」なのかは不明だ。

ニチユ三菱はシンガポールで旧三菱重工系と旧ニチユ系の販売統括会社を統合、同国やマレーシア、豪州で販売網を一本化する」件についても、時期を教えてくれない。「(ユニキャリアとの間で)生産・販売拠点を統廃合し、調達も一本化する」のも、いつからかは謎だ。


◎直近の数字がないと…

20年にグループの世界シェアを25%まで高める」と言われても、現状がどうなっているかが分からないと辛い。「10%→25%」と「22%→25%」では、なかり印象が違ってくるはずだ。

約10%の世界シェアを積み増す」も分かりにくい。現状の世界シェアが「約10%」で、それを「積み増す」とも解釈できるが、世界シェア10%分を今のシェアに「積み増す」と言いたいのかもしれない。前者の可能性が高そうだが、どちらかだと断定できる材料は記事中にはない。


今回の記事では、まず豊田自動織機の話を取材してきて、その後に「同業他社の動向も加えて、まとめ物に仕上げよう」と考えたのだろう。しかし、使える事例が見当たらず、「使いにくい事例」でさえも三菱重工ぐらいしかなかったのではないか。それでも強引に「まとめ物」にしたのが、この記事の苦しさの源だと思える。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年9月16日金曜日

尖閣問題の解説も苦しい日経ビジネス山川龍雄編集委員

日経ビジネスの山川龍雄編集委員はやはり苦しい。4月18日号に「ニュースを突く(資産運用)~タンス預金は正しい選択か」という問題の多い記事を書いていたのに続いて、今回は「国際情勢」でツッコミどころ満載の解説をしている。9月19日号の「ニュースを突く~キャベツとサラミで尖閣に迫る中国」という記事の中身を見ながら、問題点を列挙してみる。
海峡ゆめタワー(山口県下関市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

中国の海洋進出は、「サラミスライス戦略」と表現することもある。精肉店からサラミソーセージを丸ごと1本盗み出すと、店主に気付かれてしまうが、薄くスライスして盗めば気付かれない。つまり中国は、相手が軍事行動に出ないギリギリの行動を繰り返し、時間をかけて南シナ海や東シナ海を実効支配しようとしている。

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尖閣問題で中国が「サラミスライス戦略」を採っているとしよう。これは、相手に気付かれずに少しずつ盗んでいく戦略なので、気付かれたら失敗だ。しかし、中国は尖閣諸島の領有権を堂々と主張している。山川編集委員も書いているように「尖閣諸島周辺で中国公船の領海侵犯が相次いでいる」し、日本も中国の動きを警戒している。これでは尖閣に関して「サラミスライス戦略」が成功する余地はない。

時間をかけて南シナ海や東シナ海を実効支配しようとしている」という説明も引っかかる。「東シナ海を実効支配」とはどういう状況を指すのだろうか。ここでは「東シナ海全域を自国の領海のように支配すること」と仮定してみる。

そうなると尖閣だけでなく沖縄本島や長崎・五島列島の周辺も中国の事実上の「領海」となってしまう。本当に中国はそんなところまで「実効支配」しようとしているのだろうか。現実的には考えにくい。

以下のくだりも引っかかった。

【日経ビジネスの記事】

小原氏は「中国は太平洋への出口として、南シナ海や東シナ海を確保しておきたい。目的は、米軍に捕捉されずに太平洋に核ミサイルを積んだ潜水艦を出せる状況を作り出すことだ」と指摘する。だからこそ、南沙諸島や尖閣は譲れない「核心的利益」なのだ。

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ここで出てくる「小原氏」は「小原凡司・東京財団研究員(元駐中国防衛駐在官)」のことだ。小原氏のコメントを信じるならば「尖閣を支配すれば潜水艦をこっそり太平洋に出せるかもしれないが、尖閣を諦めてしまえば、こっそり出るのは不可能」という状況にあるはずだ。

こちらも軍事の専門家ではないので、専門家の見方に文句を付けるのは気が引けるが、それでも小原氏のコメントは信用できない。

例えば2015年9月9日付で共同通信は以下のように伝えている。

【共同通信の記事】

海洋進出を強める中国海軍対策で海上自衛隊と米海軍が、沖縄を拠点に南西諸島の太平洋側を広範囲にカバーする最新型潜水艦音響監視システム(SOSUS)を敷設、日米一体で運用していることが9日、防衛省、海自への取材で分かった

東シナ海、黄海から太平洋に出る中国潜水艦を探知可能。冷戦時代、日米が津軽、対馬海峡に旧ソ連潜水艦監視用の旧型SOSUSを設置したことは判明していたが、対中国にシフトした新システムの存在が明らかになったのは初めて。

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現時点で「海上自衛隊と米海軍」が「東シナ海、黄海から太平洋に出る中国潜水艦を探知可能」ならば、尖閣の領有権がどうなろうと「米軍に捕捉されずに太平洋に核ミサイルを積んだ潜水艦を出せる状況を作り出すこと」はできない。

共同通信によると「太平洋の最新型SOSUSは、沖縄県うるま市の米海軍ホワイトビーチ基地内にある海自沖縄海洋観測所が拠点」なので、「米軍に捕捉されずに太平洋に核ミサイルを積んだ潜水艦を出せる状況」を中国が作りたいのならば、沖縄にある米軍基地の能力を削ぐ必要がある。

共同通信の記事が事実ではないとしても、こっそり太平洋に出られるかどうかは相手の監視能力次第だ。尖閣の実効支配は、この問題に限って言えば「核心的」ではないはずだ。

山川編集委員の専門分野が何なのかは分からないが、「資産運用」でも「国際情勢」でもきちんとした記事にはなっていない。書き手として能力に疑問符が付くのは間違いないだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた山川龍雄編集委員への評価はDで確定とする。山川編集委員については「日経ビジネス『資産運用』は山川龍雄編集委員で大丈夫?」も参照してほしい。

2016年9月15日木曜日

日経1面「三菱商事、ローソンを子会社化」に欠けた視点

15日に日本経済新聞朝刊1面のトップを飾った「三菱商事、ローソンを子会社化 TOB検討 1400億円超、コンビニ2強追う」という記事は腑に落ちない内容だった。子会社化の理由について「ローソンをてこ入れする」などと書いているが、ローソンを助けるためだけならば、TOBによる子会社化は必要ないし、役に立ちそうもない。
福沢諭吉旧居(大分県中津市) ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】

三菱商事はコンビニエンスストア3位のローソンを子会社化する。TOB(株式公開買い付け)を実施、出資比率を現在の33%から51%に高めることを検討している。買収額は少なくとも1400億円を超える。三菱商事は食材など世界的な調達網を生かしてローソンの商品力を強化すると同時に、電力小売りや金融などのサービスも共同展開し上位2社を追う体制を整える

コンビニ業界では、1日にファミリーマートとユニーグループ・ホールディングスが経営統合して、ローソンを売上高で抜いて2位に浮上した。圧倒的な強さを見せる業界首位のセブン―イレブン・ジャパンとの差も開きつつある。三菱商事はローソンへの経営関与を強めて巻き返しを急ぐ

三菱商事はファイナンシャルアドバイザー(FA)を選定して検討を進めており、週内にも正式決定する可能性がある。ローソンの14日の株価(終値)は7410円。プレミアムを上乗せした価格で市場から買い集める。第三者割当増資と組み合わせる可能性もある。早ければ年内に子会社化の手続きを済ませる見通し。

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TOBに1400億円超を投じても、ローソンにカネが入るわけではない。「第三者割当増資と組み合わせる可能性もある」ので、実際には多少入ってくるかもしれないが、資金面での支援が目的とは考えにくい。

食材など世界的な調達網を生かしてローソンの商品力を強化すると同時に、電力小売りや金融などのサービスも共同展開」したいのならば、今の出資比率でも問題なくできる。ローソンが三菱商事との協力に難色を示している場合は「経営関与を強めて巻き返しを急ぐ」のも分かるが、そういう状況でもなさそうだ。企業面の関連記事での「16年6月には三菱商事出身の竹増貞信氏が社長に就任。三菱商事から多数の社員も出向していたが、さらに結びつきを強める」との説明からも問題のない関係が窺える。

記事の後半部分にも色々と子会社化後の強化策が出てくるが、どれもTOBによる子会社化が必要そうには見えない。

【日経の記事】

三菱商事は2012年に約4200億円を投じてチリの銅鉱山の権益を取得した。近年では、これに次ぐ大型投資となる。

三菱商事は子会社化することで、店舗数で業界3位に転落したローソンをてこ入れする。現在は店の1日当たりの売上高は平均50万円台半ばで、業界首位のセブンイレブンに比べ1割強少ない。収益力で2強に追いつくためには、商品力強化とともに、各店舗の経営管理など三菱商事の資金力やノウハウが必要と判断したもようだ

具体的には、三菱商事は出資する食品メーカーや弁当・総菜などの生産委託業者との連携を強化して、ローソン向けの専用工場を増やし商品力を高める。振り込みなど決済サービスを中心にした金融事業も強化するほか、割安な電力プランの店頭での取り次ぎなども強化してローソンの集客力を高める

経営を担う人材の派遣もこれまで以上に増やす。食材や物品の調達ノウハウなどを各販売店に指導するほか、上位2社に比べ遅れている海外展開についても三菱商事の人材を活用する

 将来的にはローソンとスーパーとの連携もめざす。三菱商事は約2割出資するライフコーポレーションをはじめ、北海道・東北の大手スーパーのアークスなどに社員を出向させている。こうしたスーパーの人気商品を採用したり、商品や物流の相互活用などを検討したりする見通し。調剤薬局やドラッグストアとの融合や介護施設との連携も深めていく考えだ。

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出資する食品メーカーや弁当・総菜などの生産委託業者との連携を強化して、ローソン向けの専用工場を増やし商品力を高める」のに子会社化が必要だろうか。「振り込みなど決済サービスを中心にした金融事業も強化するほか、割安な電力プランの店頭での取り次ぎなども強化してローソンの集客力を高める」場合はどうだろうか。いずれも出資比率33%のままで問題なく進められる。「ローソンとスーパーとの連携」もそうだ。

企業面の関連記事「三菱商事、グループ力結集  ローソンを子会社化へ 海外出店拡大に弾み」の解説にも同様の疑問が残る。

【日経の記事】

三菱商事による子会社化で弾みが付きそうなのが、これまで出遅れてきた海外への出店だ。ローソンは海外では中国を中心に8月末で926店舗を展開する。海外で約4万店舗のセブンイレブン、6千店舗超のファミマには大きく見劣りする。

ローソンは今年7月には中国・上海で記者会見を開き、竹増社長が20年までに海外店舗数を最大で5千店に引き上げる目標をぶち上げた。中国で3千店体制を築くほか、ベトナムへの進出も検討する。

海外での出店拡大には店長などの人材のほか、現地での取引先の開拓など課題も多い。

今後は三菱商事が海外で持つ幅広い事業拠点や人材と連携して目標達成に弾みを付ける見通しだ。

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なぜ子会社化によって「海外への出店」に弾みが付くのか理解できない。「今後は三菱商事が海外で持つ幅広い事業拠点や人材と連携して目標達成に弾みを付ける見通し」と言うが、三菱商事とローソンにその気があるのならば、子会社化しなくても「連携」はできる。繰り返すが、TOBでの子会社化ならばローソンにカネは入らない。海外出店の拡大に向けたローソンの資金不足解消が狙いならば、子会社化するにしても増資が柱になるはずだ。

素直に考えれば、三菱商事は関連会社のローソンを子会社化することで自社の連結業績により大きく貢献させようとしているのだろう。だが、日経の記事では三菱商事側の視点が欠けている。ネタ元に遠慮してあえて書かなかったのかもしれないが…。

ちなみに1面には「商社はコンビニとの関係を深める」とのタイトルが付いた図が載っている。「三菱商事→ローソン」は出資比率が「33.4→51」なので分かる。だが「伊藤忠商事→ユニー・ファミリーマートHD」は「33.4%」で変化なしだ。「三井物産→セブン&アイHD」に至っては、変化なしで出資比率もわずか「1.8%」。これを基に「商社はコンビニとの関係を深める」と言われても説得力はない。

1面の記事でもう1つ。「現在は店の1日当たりの売上高は平均50万円台半ばで、業界首位のセブンイレブンに比べ1割強少ない。収益力で2強に追いつくためには、商品力強化とともに、各店舗の経営管理など三菱商事の資金力やノウハウが必要と判断したもようだ」との説明も気になった。

この書き方だと「店の1日当たりの売上高」でローソンは「2強」に劣っているような印象を受ける。しかし、ローソンはファミリーマートやサークルKサンクスより「店の1日当たりの売上高」で上回っているはずだ。

さらに言えば、「収益力で2強に追いつくためには、商品力強化とともに、各店舗の経営管理など三菱商事の資金力やノウハウが必要と判断したもようだ」という部分はやや意味不明だ。筆者の意図を推測した上で、改善例を作ってみた。

【改善例】

収益力で2強に追いつくためには、三菱商事の資金力やノウハウを生かして各店舗の経営管理や商品力などを強化する必要があると判断したもようだ。

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最後に、文の作り方で助言しておきたい。1面の記事の以下のくだりは「強化」を繰り返しているところが上手くない。改善例と併せて見てほしい。

【日経の記事】

振り込みなど決済サービスを中心にした金融事業も強化するほか、割安な電力プランの店頭での取り次ぎなども強化してローソンの集客力を高める。

【改善例1】

振り込みなど決済サービスを中心にした金融事業のほか、割安な電力プランの店頭での取り次ぎなども強化してローソンの集客力を高める。

【改善例2】

振り込みなど決済サービスを中心にした金融事業も強化するほか、割安な電力プランの店頭での取り次ぎなども増やしてローソンの集客力を高める。

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※関連記事も含めて記事の評価はD(問題あり)。いずれ発表になるネタを事前に書くのは「百害に対して一利しかない」と判断しているので、発表前に書いた点はプラスに評価していない。

2016年9月14日水曜日

週刊エコノミスト特集「シン・円高」のタイトルに異議あり

週刊エコノミスト9月20日号の特集「シン・円高」は参考になる記事も多い。だが、映画「シン・ゴジラ」に引っかけたタイトルには賛成できない。その理由を述べてみる。
山口県下関市側から見た関門橋 ※写真と本文は無関係です 

◎理由その1~分かりにくい

映画「シン・ゴジラ」を劇場で観ていたこともあり、個人的には「シン・円高」というタイトルに分かりにくさは感じなかった。大ヒット映画なので世間の認知度も高いだろう。だが、映画を知らない人も当然いる。そういう人にとっては意味不明のタイトルだ。表紙には、福沢諭吉の背中がゴジラ化しているイラストを載せているが、これも「シン・ゴジラに引っかけたんだな」と一瞬で分かるものではない。


◎理由その2~必要性が乏しい

シン・ゴジラ」の「シン」が何を指すかは明確ではないようだが、ここでは「新」との前提で話を進める。「シン・円高」とのタイトルを付けるのであれば、「これまでの円高とは違う新たな円高」「ゴジラの衝撃に匹敵するような超弩級の円高」などを描いていなければおかしい。しかし、特集はそうした内容に乏しい。

特集の冒頭で谷口健記者と池田正史記者はこう書いている。「今年のドル・円相場は、すでに約20円の円高が進んだ。当面は円高基調になる可能性も出てきた」。これでは「確かに『シン・円高』だな」とは到底思えない。

そもそも記事にはゴジラがほとんど出てこない。簡単な映画の説明を特集に差し込んで、その中で「日米金融政策が生み出す円高の衝撃は、ゴジラをも上回る?」と述べているだけだ。これで「シン・円高」というタイトルを付けるのは無理がある。「話題の映画に安易に乗っかった」と言われても仕方がない。

「人目を引くタイトルでないと雑誌が売れない」との反論はあるかもしれない。分かりにくくて必要性が乏しくても「シン・円高」というタイトルにすれば大幅な販売の上積みが可能ならば、「正解」なのかもしれない。ただ、読む側の立場で言えば、納得できないものは残る。

ついでに、特集に関していくつか注文を付けておく。

◎「円高」は「弱気相場」?

表紙には「シン・円高」のタイトルの下に「日銀の総括的検証が呼び込む弱気相場」との文字が見える。「弱気相場」とは下げ基調の相場を指す言葉だ。円を基準に見るならば、円高を「弱気相場」と表現するのは奇妙だ。筆者らの言いたいことは分かるが…。


◎「大統領選50日以内」とは?

谷口記者と池田記者が書いた「黒田総裁の言動に『異変』 日米金融会合で一段の円高も」という記事には「図2 1990年以降はリーマン・ショック直後を除き、大統領選50日以内に大きな金融政策変更はない」というタイトルの付いたグラフが載っている。「大統領選50日以内」とはどの時期を指すのだろうか。「大統領選までの50日以内」か「大統領選から50日以内」のどちらかだと思うが判然としない。

記事には「大統領選前に大きな金融政策の方向性は変えていないのは歴然である」とのくだりがあるので、「大統領選50日以内大統領選まで50日以内」との推測はできる。だが、分かりにくいのは確かだ。「大統領選前の50日間に大きな金融政策変更はない」などとしてほしかった。


◎「企業の経常収支」?

黒田総裁の言動に『異変』 日米金融会合で一段の円高も」という記事からもう1つ。「日本総研の試算でも、16年度の平均レートが1ドル=102円で推移すれば企業の経常収支は前年度比5%減少する」という説明が引っかかる。「経常収支」とは国際収支に絡んで出てくる用語で、企業業績では基本的に使わない。単純に言い換えるならば「経常損益」だろう。今回の記事の場合は「企業の経常利益は前年度比5%減少する」とした方が良さそうだ。


◎輸入が減ったから人民元切り下げ?

富士通総研主任研究員の柯隆氏が書いた「SDR入りでも消えないジレンマ 元切り下げは政府の有効手段」という記事の中に理解できない記述があった。

【エコノミストの記事】

中国政府は2015年8月、人民元の対ドルレートを切り下げ、国際金融市場に大きなショックを与えた。日本では、12年から続いた円安進行を止め、円高へ折り返す転機となった。

なぜ人民元の為替レートを下落させる必要があったのか。最大の要因は、15年に輸入が前年比13.2%のマイナス成長になった点である。さらに、16年に入っても、貿易の減速は止まっておらず、1~6月は輸入だけでなく輸出もマイナス成長となった。

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記事の説明を信じるならば「輸入減に危機感を持ち、輸入促進のために自国通貨の為替レートを引き下げた」という流れになる。ただ、一般的に言えば自国通貨安政策は輸出促進を狙ったものだ。

色々と考えてみたが、筆者の意図は理解できなかった。「風が吹けば桶屋がもうかる」的な説明は可能かもしれないが、この記事では「最大の要因は、15年に輸入が前年比13.2%のマイナス成長になった点である」と書いてすぐに輸出へ話が移っているので解読が困難だ。

時期の問題もある。「15年に輸入が前年比13.2%のマイナス成長になった」ことを理由に「2015年8月、人民元の対ドルレートを切り下げ」るのでは時期が合わない。15年8月の時点では15年の輸入の減少率が「13.2%」だとは分かっていないはずだ。


※長くなってきたのでこの辺りで終わりにするが、特集の中には他にも色々と問題点が目に付いた。特集全体の評価はD(問題あり)とする。暫定でDとしていた谷口健記者への評価はDで確定とする。暫定Cの池田正史記者は暫定Dに引き下げる。谷口記者に関しては「市場分析に難あり 週刊エコノミストの谷口健記者」でも触れている。

※今回の特集に関しては「利上げ検討『世界でFRBだけ』?週刊エコノミストへの疑問」も参照してほしい。「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」という説明の誤りを指摘している。

2016年9月13日火曜日

肝心なことが抜けた日経「保険販売、手数料が高騰」

「着眼点は悪くないのに肝心なことが抜けている記事」と言えばいいのだろうか。13日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「保険販売、手数料が高騰 初年度『100%』の異常値も 保険ショップに生保が支払い」は惜しい内容だった。保険ショップが受け取る販売手数料について「高騰している」と冒頭で述べているのに、過去と比べてどの程度の「高騰」なのか筆者の渡辺淳記者は教えてくれない。
青の洞門(大分県中津市) ※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

いろいろな保険会社の商品を取り扱う保険ショップが、商品を売るごとに生命保険会社から受け取る販売手数料が高騰している。契約者が年間支払う保険料の合計額に対する手数料の比率は60~90%もざらで、100%に達する例もある。銀行で始まった保険の販売手数料開示の流れが広がるきっかけになりそうだ。

 「販売手数料100%」――。ある保険会社が保険ショップに示した書類には、50歳未満の来店客に保険料の払込期間が30年以上の医療保険を売れば、年間の保険料に相当する金額を手数料として支払うと記されている。

月々の保険料が3000円なら年3万6000円を支払う計算。契約者が50~59歳なら92%、60歳以上だと66%に下がる。一概に比べられないが投資信託の販売手数料は約2%、自動車・火災保険でも15~20%程度とされる。

ただこの取り決めは初年度に限られる。保険ショップが得る手数料は、次年度からは保険料年額の2~5%程度に落ち着く。生保は契約時の高い手数料で保険ショップの“売る気”を引き出し、長期にわたって受け取る契約者からの保険料で、初年度の持ち出し分を回収するしくみだ。

ある業界関係者は「100%は破格だが、60~90%に設定している保険会社は少なくない」と明かす。ほかにも生保が販売に力を入れる11月や年度末の3月になると「キャンペーン」と称した手数料の上乗せもある。

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やはり、手数料の相場が本当に「高騰している」かどうかは読み取れない。他にも上記のくだりでいくつか指摘しておこう。まず「いろいろな保険会社の商品を取り扱う保険ショップが、商品を売るごとに生命保険会社から受け取る販売手数料が高騰している」という文は読点の使い方が上手くない。この書き方だと「保険ショップが高騰している」と解釈したくなる。読点はない方がまだいい。ただ、それでは読みづらいので改善例を示してみたい。

【改善例】

いろいろな保険会社の商品を取り扱う保険ショップに対し販売実績に応じて生命保険会社が支払う販売手数料が高騰している。

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また、記事では「生保は契約時の高い手数料で保険ショップの“売る気”を引き出し、長期にわたって受け取る契約者からの保険料で、初年度の持ち出し分を回収するしくみだ」と書いている。なぜ「初年度の持ち出し」が発生するのだろうか。手数料率が100%だとしても、それだけならばギリギリで「持ち出し」にはならない。経費を含めると初年度は赤字だとは思うが、「持ち出し」であれば手数料率で100%を超えてほしい。

記事の後半部分も注文なしとしない。

【日経の記事】

手数料競争が過熱している背景にあるのは保険ショップの普及だ今や国内2000店を超え、生保販売の1割強を占める有力な販売チャネルに育っており、生保には無視できない存在になっている。多様な商品を取りそろえる保険ショップで自社商品を販売員に勧めてもらうのは至難の業。商品でなかなか違いを打ち出すのが難しいなか、手数料を他社より高めに設定するのが販売員の目を引く早道というわけだ

「高額の手数料を受け取れる保険商品ばかり勧められているのではないか」。保険加入のために来店した顧客の意向をくみ、必要な情報を提供するよう義務づけた改正保険業法が5月末に施行された背景には、消費者側のこんな不信感があった。別の関係者は「もちろん販売側に原因はあるが、手数料漬けにした保険会社にだって非はある」と批判する。

銀行については外貨建て保険や変額年金などの運用型商品で保険会社が支払う手数料を10月から開示する動きが広がりつつある。不透明な手数料を明らかにしようとする流れは、がん保険や医療保険を取り扱う保険ショップにおよぶのではないか。そう身構える関係者が増えている。

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手数料が「高騰」している理由の説明も今一つだ。「商品でなかなか違いを打ち出すのが難しいなか、手数料を他社より高めに設定するのが販売員の目を引く早道」というのは以前から変わっていないはずだ。ここにきて手数料が高くなる理由にはならない。

保険ショップの普及」も手数料上昇の理由になるかどうかは微妙だ。普及の過程でショップ経営の巨大企業が育ってくれば、保険会社との力関係が強くなることはあるだろう。ただ、店舗数が増える中でショップ間の競争が激化する場合、「販売手数料は低くてもいいから保険を扱わせてほしい」という動きが出てもおかしくない。記事からは、その辺りの事情が読み取れない。


※記事の評価はD(問題あり)。渡辺淳記者への評価も暫定でDとする。ただ、記事全体から渡辺記者の持つ問題意識は伝わってきた。後は書き手としての技術をしっかりと身に付けてほしい。そうすれば、レベルの高い記事を生み出せるはずだ。

利上げ検討「世界でFRBだけ」?週刊エコノミストへの疑問

「今の世界で利上げを検討できる状況にあるのは米国のFRBだけだ」と言われたら納得できるだろうか。週刊エコノミスト9月20日号の記事で、みずほ銀行国際為替部チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は「FRBだけ」を強調している。だが、実際は違うようだ。
中津城(大分県中津市) ※写真と本文は無関係です

問題の記述を見ていこう。

【エコノミストの記事(1)】

FRBが「世界で唯一利上げを模索できる中央銀行」であることを標榜し、ドル高を引き受けてくれたからこそ4年連続の円安は実現したのである。

【エコノミストの記事(2)】

結局、「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」という前提が変わらない以上、FRBが再び利上げに前向きになれば(たとえ実際に利上げをしなくても)世界中の“運用難民”がドル建て資産に殺到することは不可避である。

【エコノミストの記事(3)】

当面は「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」という事実が変わりそうにないため、こうしたドル全面高に始まる「ドル高の罠」からFRBは抜けることはできず、それゆえにドル高相場も持続しえない、というのが筆者の見立てである。

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これに対し、以下の内容でエコノミスト編集部に問い合わせを送った。

【エコノミストへの問い合わせ】

9月20日号の特集「シン・円高」についてお尋ねします。特集の中の「ドル独歩高を許容しなくなった米国 連続利上げは難しい」という記事の中で、筆者の唐鎌大輔氏(みずほ銀行国際為替部チーフマーケット・エコノミスト)は「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」と繰り返し述べています。しかし、そうは思えません。例えば、野村證券は8月22日時点での南アフリカランド相場の見通しに絡んで以下のように解説しています。

「金融政策においては、2015年7月以降、累計1.25%ポイントの利上げにより政策金利は7.00%に引き上げられました。野村證券では、SARBが11月に0.25%ポイントの利上げを実施し、2016年末の政策金利は7.25%になると予想します」  (注)SARB=南アフリカ準備銀行

8月26日には「南アフリカ準備銀行(中央銀行)のミネル副総裁は26日、インフレ率は高止まりし通貨ランドの大幅な変動が物価に影響していると指摘し、中銀の利上げサイクルは終了していないとの見解を示した」とロイターが報じています。

6月30日にはメキシコも0.5%の政策金利引き上げに踏み切っています。こうした点を考慮すると「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」とは考えられません。

唐鎌氏は「FRBが『世界で唯一利上げを模索できる中央銀行』であることを標榜し、ドル高を引き受けてくれたからこそ4年連続の円安は実現したのである」とも書いています。しかし「4年連続の円安」の間にもFRB以外の多くの中央銀行が利上げに踏み切っています。実際に利上げをしているのですから、当然に「利上げを模索できる中央銀行」でもあったはずです。

そもそもFRBが「世界で唯一利上げを模索できる中央銀行」だと本当に標榜してきたのかとの疑問も残ります。常識的に考えれば、FRBがそうしたことを公言するとは思えませんし、個人的にもそうした報道に触れた記憶はありません。

FRBに関する唐鎌氏の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとすれば、その根拠も併せて教えてください。

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エコノミスト編集部からは問い合わせした当日に返事が来た。そこには「編集部の意図としましては、主要な先進国においてFRBだけが利上げを検討できる中央銀行という意味で編集いたしました。その点、説明不足であった点は否めないと存じます」と書かれていた。やはり「今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」という状況ではなさそうだ。

しかも南アフリカやメキシコはG20のメンバーでもあり、言ってみれば主要国だ。そこを抜いて「世界で唯一」とするのは、どう考えてもまずい。

今の世界で利上げを検討できるのがFRBだけ」ではないとの前提に立てば、「FRBが『世界で唯一利上げを模索できる中央銀行』であることを標榜」してきたとの説明も誤りだと考えるべきだろう(FRBが唐鎌氏と同じ事実誤認をしている可能性もゼロではないが…)。

何となく「唐鎌氏=ダメな書き手」と思わせる話になってしまったが、記事自体は参考になる内容で、「FRBだけ」の問題がなければ平均を上回る出来だった。今後もエコノミストに寄稿してほしい書き手だ。

今回の記事から判断すると、十分な確認をせずに必要以上の断定をしてしまう傾向が唐鎌氏にはあるのだろう。だが、プロの書き手ではないのだから、その辺りは編集部でカバーしてあげてほしい。


※記事の評価はC(平均的)とする。「FRBだけ」の問題がなければB(優れている)だった。唐鎌大輔氏の書き手としての評価も暫定でCとする。なお、「シン・円高」という特集全体の評価は「週刊エコノミスト特集『シン・円高』のタイトルに異議あり」で述べる。

2016年9月12日月曜日

グラフに明白な誤り 週刊ダイヤモンドのソフトバンク特集

週刊ダイヤモンド9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」に明らかな誤りがあった。「稼ぎ頭の期待かかる国内通信 ワイモバイル躍進の痛し痒し」という記事でヤフーの「ディスプレー広告が前年から3割近く増加」と書いたのに、同じページのグラフでは「ディスプレー広告」の売り上げが明らかに減っている。どうもグラフが間違っているようだ。
つづら棚田(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分とダイヤモンドへの問い合わせを併せて見てほしい。

【ダイヤモンドの記事】

ついにヤフーの時代が終わるのか──。15年3月期の決算を見て業界関係者からはそんな驚きの声が上がった。17期連続で増収増益を達成してきた同社の売り上げが、微増にとどまったからだ。

インターネット検索のガリバー企業であり、ネット広告における媒体シェアの過半を占めるヤフー。かつては売上高の6割近くを広告収入に依存していた。だがスマートフォンへの対応に遅れた同社の成長は急ブレーキ。誰もが「ヤフー帝国」の終わりを予感した。

しかしヤフーは立ち止まらなかった。宮坂学社長自らが音頭を取り「スマホファースト」(パソコンよりまずスマホ向けにサービスを開発すること)をけん引。昨年5月にはスマホ向けサイトとアプリを刷新し「PCの呪縛」から脱却を図った。その結果、直近ではスマホ経由のサービス利用が約64%を占めるようになった。

広告収入も順調だ。ディスプレー広告が前年から3割近く増加したことにより16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める。ヤフー全体の営業利益も16年3月期には2000億円の大台を超えた。


【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド 雑誌編集局・局長 鎌塚正良様 編集長 田中博様  北濱信哉様 村井令二様

2016年9月17日号の特集2「巨額買収のカラクリ ソフトバンク3.3兆円の梃子」についてお尋ねします。165ページの記事でヤフーについて「広告収入も順調だ。ディスプレー広告が前年から3割近く増加したことにより16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める」と書いています。なのに、記事中の「広告関連売上高」というグラフで「ディスプレー広告」を見ると、15年3月期に1500億円程度だったのが16年3月期には1400億円程度に減っており、記事中の説明と矛盾します。

一方、グラフで見る限り「検索連動型広告」は16年3月期に増えています。ところがヤフーの16年3月期決算説明資料によると「検索連動型広告」は7.7%減の1404億円、「ディスプレー広告」は29.4%増の1264億円となっていました。グラフでは「ディスプレー広告」と「検索連動型広告」が入れ替わっているのではありませんか。そう考えると全て辻褄が合います。

ついでにもう1つ指摘します。記事では「16年3月期の売上高は2669億円。そのうちスマホ広告の売上高は約44%を占める」と説明しています。しかし、ヤフーの決算説明資料では、「2669億円」について「スマートフォン経由比率 41.4%」となっており、記事の「約44%」とは合いません。

上記の指摘について、御誌の見解を教えてください。記事の説明に誤りがあれば、訂正記事の掲載もお願いします。

御誌では記事中のミスの握りつぶしが常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある対応を心がけてください。

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スマホ広告の売上高は約44%」と「スマートフォン経由比率 41.4%」が矛盾しない可能性はあるだろう。だが、「ディスプレー広告」に関しては、どう考えても記事の説明とグラフが整合しない。単純ミスでもあり、ミス自体を責めるつもりはない。指摘に対して誤りを認め、次号で訂正すれば済む話だ。ただ、それができないのがダイヤモンドのダメなところだ。

これまでの経緯を考慮すると、ダイヤモンドからの回答はないだろう。だが、訂正を載せる可能性はわずかにある。なので、次号での対応は確認したい。

問題の記事については、「誤り」以外にも注文を付けておきたい。

気になったのは「インターネット検索のガリバー企業であり、ネット広告における媒体シェアの過半を占めるヤフー。かつては売上高の6割近くを広告収入に依存していた」というくだりだ。問題は2つある。

まずヤフーは「インターネット検索のガリバー企業」なのか。「ガリバー企業」の定義は明確ではないので、違うとは言わない。ヤフーは国内ではネット検索のトップ企業ではあるのだろう。ただ、グーグルも大きな存在感がある。スマホのネット検索ではヤフーを超えたとの情報もあるようだ。そういう状況でヤフーを「インターネット検索のガリバー企業」と言われると違和感が拭えない。

もう1つは「かつては売上高の6割近くを広告収入に依存していた」という説明だ。こう書くのならば、その後に依存度をどう落としたのか教えてくれると思ってしまうが、最後まで読んでも直近の広告依存度は不明だ。

付け加えると「かつて」がいつかも分からない。また、筆者は「6割」を「依存度が高すぎる」と判断しているようだが、数字だけ見るとそれほど高すぎる感じはない。例えば、あるテレビ局の広告依存度が6割と聞いたらどう思うだろうか。「結構、多角化が進んでいるんだな」との感想を抱いてもおかしくない。

6割」が高すぎるならば、「4割」はどうなのだろう。「4割ならば高すぎない」と判断する場合、「なぜ6割はダメで4割は良いのか」の説明が欲しくなる。


※グラフに誤りがあるとの前提で「稼ぎ頭の期待かかる国内通信 ワイモバイル躍進の痛し痒し」という記事の評価はE(大いに問題あり)とする。特集を担当した北濱信哉記者への評価はEを据え置く。村井令二記者への評価も暫定でEとする。北濱記者に関しては「ヤフー関連の訂正記事に見える週刊ダイヤモンドの不誠実」も参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。ただ、9月24日号には「訂正とお詫び」が出ていた。「本誌9月17日号165ページ『広告関連売上高』の図の凡例中、ディスプレー広告を薄い紫色に、検索連動型広告を濃い紫色に入れ替えます。また、同ページ3段目5行目のスマホ広告の売上高比率を『約41%』に訂正します」との内容だった。

2016年9月11日日曜日

資源高は良いこと? 日経「商品市況が回復傾向」への疑問

例えば、新聞をめくっていて「失業率が上昇 10%台を回復」との見出しを目にしたら、どう感じるだろうか。「失業率が上がるって望ましいこと?」と疑問を抱く人も多いはずだ。「回復」とは「悪い状態になったものが、もとの状態に戻ること」(デジタル大辞泉)なので、この言葉はある種の価値判断を伴ってしまう。その点を念頭に置いて、10日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面の「商品市況が回復傾向 日経・東商取指数、3週ぶり高水準 」という記事を読んでほしい。
佐賀城本丸歴史館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

商品市況が回復傾向だ。東京商品取引所の上場商品で構成する日経・東商取商品指数は9日、217.39となり3週間ぶりの高水準になった。ロイター・コアコモディティーCRB指数も8日、185.63と2週間ぶり水準になった。在庫減少などを受け原油相場が大幅高となったのが波及。資源関連株の押し上げ要因にもなっている。

原油の国際指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は同日、1バレル47ドル台の2週間ぶり高値を付けた。米エネルギー情報局(EIA)が8日発表した米国内の原油在庫が1999年以来となる大幅な減少となった。中国が同日発表した8月の貿易統計で原油輸入量が前年比24%増えたこともあり、需給が締まるとの見方が広がった。

銅や石炭など他の資源も在庫の減少やドル安を受け値上がり傾向となっている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの芥田知至主任研究員は「米国の早期利上げが遠のいたとの見方から、投資家が若干リスクオンの姿勢に傾いている」と指摘する。

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商品相場は高い方が好ましいとは限らない。立場による。記事では「商品市況の回復傾向」をもたらしたのが原油、銅、石炭などの資源価格の上昇だと説明している。資源国ではない日本にとって、資源高は全体で見ればマイナス要因だ。もちろん資源関連の権益を持っている商社、資源価格の上昇に賭けている投資家などにとっては歓迎できない事態ではある。ただ、日経としてはそちら側に回る理由はないはずだ。なのに、「資源価格の上昇=好ましいこと」との前提で記事を書くのは頂けない。

ついでに記事の後半部分にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

資源価格の上昇を受け、9日の株式市場では恩恵を受ける企業が相次いで年初来高値を更新した。日立建機が9カ月ぶり、三菱商事が10カ月ぶりの高値をつけたほか、コマツも13カ月ぶりの高値まで買われた。

中国景気に対する過度な不安が後退していることも投資家心理の改善につながった。東洋証券の大塚竜太ストラテジストは「売られすぎていた株を中立に買い戻す投資家の動きも株価を下支えしている」と話す。

ただ、先行きは不透明だ。米国の原油在庫の減少はハリケーン襲来による一時的なものとの見方が多く「原油相場がさらに上がる感じではない」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之氏)という。原油との相関関係が高い資源関連株についても「ここから更に買い進む動きにはなりづらい」(楽天証券の窪田真之チーフ・ストラテジスト)との指摘が出ていた。

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売られすぎていた株を中立に買い戻す投資家の動きも株価を下支えしている」というコメントの意味が理解できなかった。「売られすぎていた株を中立に買い戻す」とは、具体的にどういうことだろう。長年にわたって市場関連記事を読んできたが、「中立に買い戻す」との表現に触れたのは初めてだと思う。

株価に「中立水準」のようなものがあって、それを下回った銘柄をその価格水準にまで引き上げると理解すればいいのか。それとも投資家にとって本来保有すべき金額が「中立水準」としてあって、その金額になるように買いを入れるという話だろうか。

だが、どちらも考えにくい。前者については、単独の投資家の買いで「中立」を回復できるなら話は別だが、現実的ではない。後者の場合、例えば本来はポートフォリオの中で10%の比率を占める状況を「中立」としていたのに、株価が下がって5%になってしまったので買いを入れて調整するのなら分かる。ただ、記事では「買い戻す」と書いている。これは一般的には「空売りの手じまい買い」だ。だとすると、いくら買い戻しても保有金額の引き上げにはつながらない。

結局、何が言いたいのか解読できなかった。おそらく、東洋証券の大塚竜太ストラテジストが何となく発した言葉を、記者があまり考えずにそのままコメントとして使ってしまったのだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年9月10日土曜日

日経「国際自動車 観光タクシーのサービス拡大」の無意味

よくあることではあるが、掲載する意味のない記事が日本経済新聞朝刊企業面に出ていた。10日の「国際自動車 観光タクシーのサービス拡大」というベタ記事は、ニュースとしての価値がほぼゼロだ。日経における粗製乱造の悪しき“伝統”は着実に受け継がれていると見るべきだろう。
秋月城跡近くの桜(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

全文は以下の通り。

【日経の記事】

タクシー大手の国際自動車(東京・港)は東京都内をタクシー運転手が案内するサービスを拡大する現在予約件数は月20~60件にとどまっているが、2020年までに380件に伸ばす。観光タクシーはガイド料など追加的な収入が見込める。

同社はツイッターに日本語と英語の2種類のアカウントをつくり、専用サイトに掲載する記事などを投稿している。英語版のフォロワーは1万8000人いるという。

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東京都内をタクシー運転手が案内するサービスを拡大する」というならば、具体的にどうサービスを拡大するのかが欠かせない。例えば「運転手の人数」「対応できる言語」「案内できるコース」などを増やすといった話が考えられる。しかし、記事には「現在予約件数は月20~60件にとどまっているが、2020年までに380件に伸ばす」と書いてあるだけだ。これは単なる「目標」に過ぎない。新しい取り組みがないのならば「願望」と言った方が正確だ。

しかも、第2段落に意味がない。ツイッターでの取り組みは既にやっていて、その結果として「現在予約件数は月20~60件にとどまっている」はずだ。ツイッターの話を入れるならば、それがどう「2020年までに380件に伸ばす」ことと関係してくるのか説明すべきだ。「英語版のフォロワーは1万8000人いるという」と現状を報告されても、それが「観光タクシーのサービス拡大」とどう結び付くのか見えてこない。

まともな書き手を目指すのであれば、上記の記事を一読して「このままでは載せる意味がない」と判断できなくてはダメだ。企業の発表も多くネタには困らないはずの土曜日朝刊でこのレベルの記事を堂々と載せているのだから、記者はもちろんデスクも記事の問題点には気付いていないのだろう。それが日経の今の実力と言える。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

まず「汝自身を知れ」日経ビジネス飯田展久編集長に助言

「自分たちのことを棚に上げて、よく言えたものだ」と悪い意味で感心した。日経ビジネスの飯田展久編集長が9月12日号に「編集長の視点~テレビは裸の王様か 既得権からの解放を」という記事を書いている。この件で飯田編集長に助言するならば「汝自身を知れ」だろうか。

まずは、記事の一部を見てみよう。
柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

放送免許を持っていることや、長らく「メディアの王様」と称されたことで、テレビ局にも様々な既得権益が生まれてきたのも事実です。視聴者や広告主にテレビ離れが起こっているのは、既得権益にあぐらをかき、コンテンツ製作力が落ちてきていることも背景にあるような気がしてなりません。特に地上波のテレビ番組は魅力を失っています。視聴率という不思議な物差しで優劣を決める従来型の発想から抜け切れない限り、凋落傾向に歯止めはかからないでしょう。

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放送免許を持っていることや、長らく『メディアの王様』と称されたことで、テレビ局にも様々な既得権益が生まれてきたのも事実です」と書くと、日経ビジネスは既得権益と無関係のような印象を受ける。しかし、雑誌は再販売価格維持制度の対象だ。独占禁止法の適用除外となっている。これは新聞も同様だ。つまり、飯田編集長の出身母体であり日経BP社の親会社である日経もこの恩恵を受けている。

テレビ局について「既得権益にあぐらをかき、コンテンツ製作力が落ちてきている」と指摘するのならば、自分たちはどうなのか。「既得権益は得ているが、コンテンツ製作力は落ちていない」という場合、なぜテレビ局は別なのか。

ちなみに、個人的には日経ビジネスのコンテンツ製作力は落ちていないと思う。低位安定だ。日経ビジネスは記事中のミスを次々と握りつぶすし、読者から誤りの指摘を受けても平気で無視している。そんな雑誌の編集長に「特に地上波のテレビ番組は魅力を失っています」などと、他のメディアへの口出しをする資格があるのか。そんな雑誌の編集長だからこそ、自分たちのことは棚に上げて物が言えるのかもしれないが…。

視聴率という不思議な物差しで優劣を決める従来型の発想から抜け切れない限り、凋落傾向に歯止めはかからないでしょう」というくだりにも問題がある。

これはズルい書き方だ。「視聴率」で優劣を決めるやり方はダメだと言っているのだが、根拠を述べていない。「不思議な物差し」と言うだけで、どこがどう「不思議」なのかは素通りしている。

「脱・視聴率がテレビ局の凋落に歯止めをかける条件」と主張するだけで、視聴率の代わりに何を使えばいいのかは教えてくれない。

また、見出しには「既得権からの解放を」と出てくる。これは本文のどこから取ったのか不明だが、「既得権益」の具体例としては「放送免許を持っていること」ぐらいしか見当たらない。

なので、飯田編集長の主張に従って、あるテレビ局が放送免許の返上を決めて「既得権益」から解放されたとしよう。さらに、「視聴率は今後一切、番組作りやCM単価決定の参考にしない」と宣言する。その場合、「凋落傾向にある業界の中で、このテレビ局だけは衰退を免れそうだ」と思えるだろうか。それとも凋落に拍車が掛かりそうだろうか。

9月12日号の特集のタイトルは「テレビ地殻変動」。飯田編集長が書いた「編集長の視点」もこの特集を受けたものだ。特集は全部読んだが、「編集長の視点」で残った疑問は解消しなかった。


※記事の評価はD(問題あり)。飯田展久編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価については「『逃げ切り』選んだ日経ビジネス 飯田展久編集長へ贈る言葉」を参照してほしい。

2016年9月8日木曜日

グラウカス問題 待たせた割に期待外れの日経「真相深層」

8日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~空売り投資家、日本標的に 伊藤忠・サイバーダイン株急落」は期待外れだった。この件で米グラウカス・リサーチ・グループの動きが明らかになってから1カ月半近くが経っている。米シトロン・リサーチに関しても約4週間になる。掲載の時期が今なのは問題ない。だが、時間をかけたのならば、完成度への期待も高くなる。今回の記事がそれに応えているとは思えない。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

具体的に記事の中身を見てみよう。

【日経の記事】

上場企業の業績などに疑義を唱えるリポートを公表し、株価下落でもうける新手の投資家が日本企業を標的にし始めた。自らは事前にその企業の株券を借りて売却(空売り)し、株価が下がれば買い戻して利益を得る。狙われた伊藤忠商事と医療用ロボット開発のサイバーダインは株価が一時急落。今後も他企業が対象になる可能性がある。

7月27日。米グラウカス・リサーチ・グループが伊藤忠の会計処理に疑問を呈し、投資判断を「強い売り」とするリポートを公表、同社株を空売りしていることも明らかにした。これを受け伊藤忠株は10%急落。同社は反論コメントを出し、8月2日の決算会見で改めて鉢村剛・最高財務責任者が「会計処理はすべて適正だ」と主張した。

次は8月。空売り専門の米調査会社シトロン・リサーチが15日付リポートで、サイバーダインについて下品な絵も交えて「株価は過大評価」とこきおろした。株価は16日に急落。会社側は「分析が非常に浅く事実誤認を含む」との見解を示した。

これら空売り会社の素顔は分かりにくい。どの規模で空売りを仕掛けているのかなども明らかにしていない。グラウカスは2011年の設立後、米国や香港、シンガポールなどでも同様の空売りを仕掛けてきたが、米国ではほぼ無名に近い

一方のシトロンは米国では有力な空売り会社の一角とされる。最近はカナダ製薬大手バリアント・ファーマシューティカルズ・インターナショナルの会計処理を疑問視した。シトロンはバリアントを「製薬業界のエンロンか」と呼び、同社株を急落に追い込んだ。

米国ではこうした空売り勢は珍しくない。現実に不正会計問題につながった例もある。米マディー・ウォーターズ・リサーチが11年、カナダで上場する中国の木材会社が資産を水増ししていると指摘。会社側は12年に上場廃止に追い込まれた。

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記事の前半は、これまでの流れのおさらいだ。大きな問題はないが、「ほぼ無名に近い」という表現は引っかかった。「ほぼ無名だ」か「無名に近い」で十分だ。「ほぼ無名に近い」だとダブり感が出る。

問題はこの後だ。

【日経の記事】

そもそも、こうした手法に問題はないのか

今回の空売り勢は財務諸表などを基にリポートを作成した。日本取引所グループでインサイダー取引などに目を光らせる自主規制法人幹部は「公表情報に基づいたリポートで、しかも空売りしていると自らのポジションを宣言している。一般論だがインサイダーとは言いにくい」と困惑気味だ

伊藤忠のリポートを一読した証券取引等監視委員会の幹部は「非常にうまい表現をしている」とつぶやいた。断定的な表現を避け、あくまで自身の分析を主張することで「風説の流布」とならない配慮を感じたという

日本取引所グループの清田瞭グループ最高経営責任者も「若干、倫理的に疑問を感じるところもある」と否定的ながら慎重に言葉を選ぶ。“本場”米国でも米証券取引委員会(SEC)のメアリー・ホワイト委員長は「空売り投資家は合法的」との立場だ。

ただ一連のリポートには甘い分析や、単なる見解の相違と取れる内容もある。国内証券アナリストからは伊藤忠のリポートについて「説明会などでも議論した内容。企業価値にも影響はない」、サイバーダインにも「会社側の反論は妥当」といった声も上がる。

海外では訴訟も起きている。グラウカスの調査責任者、ソーレン・アンダール氏はネットを通じた会見で「提訴されたことはない」と話した。だがグラウカスは14年、台湾の上場企業に対するリポートを巡って損害賠償訴訟を受け、敗訴した。グラウカスは賠償命令を無視し続けている。

香港では8月、シトロンが12年に公表した香港上場企業に対する空売りリポートを巡り、現地金融当局が「不公正取引に当たり過失があった」と断じた。金融市場の不正を審議する当局が後日、処分を下す見通しだ。

株価も空売り勢の思惑通りに動く例ばかりではない。シトロンは6月、米フェイスブック株を標的に売りをあおったが、株価は上昇した。グラウカスが「株価は半値になる」とした伊藤忠も5日にリポート公表前の株価を回復、意図した利益は得られていないようだ。

私見か、風説か。監視委は空売り勢の進出後、海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている

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空売りファンドの手法に問題はないのかを論じるのが、この記事の柱だろう。そして結論は「私見か、風説か。監視委は空売り勢の進出後、海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている」となっている。

空売りファンドのリポートも不正取引の要件も明らかになっているのだから、取材した上で問題ありかなしかの判断を下してほしかった。繰り返すが、そのための時間もあったはずだ。なのに自らの判断は明らかにしないまま記事を締めている。

それを受け入れたとしても、この結論には納得できない。「私見か、風説か」と書くと、どちらの可能性もあるように思えるが、少なくともグラウカスに関しては答えが出ているのではないか。

伊藤忠のリポートを一読した証券取引等監視委員会の幹部は『非常にうまい表現をしている』とつぶやいた」と記事にも書いている。「断定的な表現を避け、あくまで自身の分析を主張することで『風説の流布』とならない配慮を感じた」と規制当局の幹部が言っているのだから、「風説の流布」に当たるとは考えにくい。

海外での訴訟の話も出てくるが、海外で違法だと日本でも違法となるわけではない。「風説の流布」に当たるかどうかも、あくまで日本の法律に照らして判断するはずだ。なのに「海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている」と書いている。これだと「グラウカスのやり方は日本では『風説の流布』に当たるのかも」と読者に思わせてしまう。だが、そこを疑う根拠を記事では示していない。

私見か、風説か」微妙だと記者らが判断しているのであれば、それが分かるような書き方をすべきだ。日経のこれまでの記事を読むと、日経として空売りファンドを否定したい気持ちはあるものの、その根拠を見出せない感じがする。それは今回の記事からもにじみ出ている。

法的には問題なくても、それ以外の問題があるというのなら、そこを重点的に論じるべきだ。「一連のリポートには甘い分析や、単なる見解の相違と取れる内容もある」と言い切っているのに、具体的な内容には触れていない。そして「国内証券アナリストからは伊藤忠のリポートについて『説明会などでも議論した内容。企業価値にも影響はない』、サイバーダインにも『会社側の反論は妥当』といった声も上がる」と標的になった企業をかばうような書き方をしている。

かばうのはいい。だが、具体的にどこが「甘い分析」なのか、なぜ「会社側の反論は妥当」なのか、判断の材料を読者に示していない。これでは何とも言えない。「日経は伊藤忠やサイバーダインの味方で、空売りファンドに不快感を持っているんだろうな」とは伝わってくるが…。


※記事の評価はC(平均的)。記事の担当者は「成瀬美和、川瀬智浄、ニューヨーク=山下晃、台北=伊原健作」となっていたが、主要な部分は成瀬記者と川瀬記者が担ったと推測できるので、山下記者と伊原記者への評価は見送る。暫定でCとしていた成瀬記者と川瀬記者への評価はCで確定させる。

※グラウカス問題に関しては「米グラウカスの伊藤忠リポートに関して日経に求めるもの」も参照してほしい。

2016年9月7日水曜日

「陸上男子400メートルリレー」で事実誤認?日経「十字路」

6日の日本経済新聞夕刊でDRCキャピタル代表取締役の青松英男氏が「陸上男子400メートルリレー」について「これまでメダルを取れるとは想像もできなかった競技」と説明していた。これには事実誤認があると思えたので、日経へ以下の問い合わせを送っておいた。日経からの回答はないだろう。
合所ダム(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

6日夕刊マーケット・投資2面の「十字路~経営オリンピック」という記事についてお尋ねします。記事の冒頭に「リオデジャネイロ五輪で日本代表選手が、陸上男子400メートルリレーなどこれまでメダルを取れるとは想像もできなかった競技で、メダルを獲得できたのは素晴らしかった」との記述があります。しかし、陸上男子400メートルリレーは2008年の北京五輪でも日本が銅メダルを獲得しており「これまでメダルを取れるとは想像もできなかった競技」ではありません。「想像もできない」どころか既にメダルを取っていたのです。

筆者である青松英男DRCキャピタル代表取締役は北京五輪での銅メダル獲得を知らなかったのでしょう。そうでなければ、記事のような書き方はしないはずです。記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠を教えてください。

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ついでに追加で記事に注文を付けておきたい。記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

リオデジャネイロ五輪で日本代表選手が、陸上男子400メートルリレーなどこれまでメダルを取れるとは想像もできなかった競技で、メダルを獲得できたのは素晴らしかった。これらメダリストに共通しているのは、世界の競争水準に合わせた科学的方法で誰よりも練習してきたことである。

さて、経営オリンピックがあるとしたら、日本企業は団体戦でメダルどころか入賞にもはるかに及ばないだろう。まず代表的競技種目である株主資本利益率(ROE)で見ると、平均で欧州企業が15%程度、米国企業は20%程度なのに対して、日本企業は7%台である。日本企業は株主が期待する最低限のリターンすら出せていないのである。

問題は経営者が今後メダルを本気で取りにいく気構えがあるとは思えないことだ。例えば、5兆円に及ぶ空前の横並びの自社株買い。株主還元のためと言いながら、実の狙いはROEの分母である株主資本を減少させ、ROEを高く見せるだけのだまし討ちである。自社株買いは、本来株主全体が持つ経済的権利の対象である利益を、一部株主の元本買い取りで社外へ流出させており、残る株主にとっては還元ではなく剥奪でしかない。選手の身体をむしばむドーピングと似ている

自社株買いが正当化されるのは、株価水準が本来の企業価値より著しく低いと判断される時だけである。ROEの低い日本では、資金を投資して株主が期待するリターンを生み出すという経営者使命を放棄する敗北宣言だ。

日本企業のROEが低いのは主に利益率が低いためだ。販売管理費率が高いのである。そこにはIT(情報技術)を活用せず非効率な営業活動、しがらみにとらわれて途中で見切りのできない網羅的な研究開発などの問題が横たわっている。これらを世界基準で改善し、ぜひメダルを取りにいってほしい。


◎日本企業は「入賞」も無理?

青松氏は「経営オリンピックがあるとしたら、日本企業は団体戦でメダルどころか入賞にもはるかに及ばないだろう」と述べて、その後に日本企業のROEの低さを嘆いている。ROEについてはそうかもしれないが、「株式時価総額」の団体戦ならばどうか。米中に次ぐ銅メダルは取れそうだ。少なくとも「入賞にもはるかに及ばない」レベルではない。「日本はあらゆる種目でダメ」と受け取れる書き方は正確さに欠ける。


◎自社株買いが「ドーピング」ならば…

青松氏は自社株買いを「選手の身体をむしばむドーピングと似ている」と感じているようだ。ちなみに、米国では日本とは比べ物にならない規模で自社株買いが起きている。ならば米国の高いROEも「ドーピング」の結果ではないのか。ドーピングによって生まれた記録ならば、米国の得た「メダル」に価値はないし、そこに負けたからと言って恥じる必要もないはずだ。


◎自社株買いは「剥奪」?

この記事で最も気になったのが「一部株主の元本買い取りで社外へ流出させており、残る株主にとっては還元ではなく剥奪でしかない」との説明だ。理論的には「自社株買いは株主価値に中立」とされている。

例えば、10人の株主が1株1億円ずつ出資して10億円の現金を保有する企業を作ったとしよう。単純化のために事業活動はしないと仮定する。この時の1株当たりの価値は1億円のはずだ。ここで自社株買いをして1億円で1株を買い入れて消却する。その場合、企業価値(保有する現金)は10億円から9億円に減るが、株主も1人減るので1株当たりの価値は1億円で変わらない。

この会社の株主だった場合「残る株主にとっては還元ではなく剥奪でしかない」と感じるだろうか。上場企業であれば、アナウンスメント効果による株価上昇も期待できる。「剥奪でしかない」と言い切る青松氏の説明には納得できなかった。


◎「著しく」割安なときだけ?

自社株買いが正当化されるのは、株価水準が本来の企業価値より著しく低いと判断される時だけである」との説明にも同意できない。「著しく」がどの程度かは不明だが、10%は「著しく」に該当しないとの前提で考えてみよう。

先に述べた「10億円を保有する企業」では適正株価が1億円だ。これを9000万円で買い入れたらどうなるか。企業価値は9億1000万円になるので、残った9株には1株当たり1億100万円超の価値がある。つまり株主価値が向上している。自社株買いが正当化できるのは「著しく低いと判断される時だけ」との主張にも同意はできない。


◎ROEも「利益率」では?

日本企業のROEが低いのは主に利益率が低いためだ」という説明は不親切だ。ROE自体が一種の「利益率」なので、これではまともな説明になっていない。青松氏は「売上高純利益率が低いためだ」と言いたいのだろうが…。

ちなみに売上高純利益率が低くても、株主資本を増やさずに売り上げを伸ばせるのならばROEは高められる。売り上げが伸びないとの前提であれば話は別だが、そうでなければ薄利多売の収益構造でも高いROEを実現する余地は十分にある。

ついでに言うと「販売管理費率」という言葉の使い方も気になる。「販売管理費」とは「販売費および一般管理費」の略なのだろう。これを略するならば「販管費」としてほしい。「販売費および一般管理費」とは「販売を管理する費用=販売管理費」ではないはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。DRCキャピタル代表取締役の青松英男氏への評価も暫定でDとする。

追記)結局、回答はなかった。

2016年9月6日火曜日

日経1面ワキ「日本車、アフリカ攻略」の苦しく乏しい中身

6日の日本経済新聞朝刊1面に載った「日本車、アフリカ攻略 トヨタ、戦略車を刷新 日産、販売店3倍に」という記事は、ワキ(その面で2番手のニュース記事)にするのは苦しい中身だった。見出しから判断すると、この記事は「トヨタ、戦略車を刷新」と「日産、販売店3倍に」という二本柱でできているはずだ。ところがこの柱がどうも頼りない。
石垣山観音寺(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

まずトヨタに関するくだりを検証してみよう。

【日経の記事】

日本の自動車各社がアフリカで生産・販売を拡大する。トヨタ自動車が約440億円を投じ、南アフリカで新興国向け戦略車を新型車に順次切り替える。日野自動車は西部の中核市場であるコートジボワールでトラック販売に参入する。足元では資源安や景気減速が逆風だが、今後10年で市場規模は倍増する試算もあり「最後のフロンティア市場」を開拓する。

 トヨタは中近東・アフリカで最大の生産拠点とする南アのダーバン工場で新興国戦略車「IMV」生産を増強する。約440億円を投じ11年ぶりに新型車に切り替える。同シリーズのピックアップトラック「ハイラックス」などの生産台数を年間12万台から14万台に増やし、南ア国内に加えアフリカ各国や欧州にも輸出する

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日本車、アフリカ攻略 トヨタ、戦略車を刷新」という見出しを目にしたら「トヨタはアフリカ向けの戦略車を刷新するんだろうな」と思わないだろうか。実際に「刷新」するのは「新興国戦略車」の「IMV」だ。アフリカ専用モデルではないし、「刷新」は1年以上前の話のようだ。新興国向けの戦略車をモデルチェンジしたのならば、それをアフリカにも投入するのは当然だ。「刷新」から1年以上遅れての投入を「アフリカ攻略 トヨタ、戦略車を刷新」と見るのは、いかにも大げさだ。

しかも「南アのダーバン工場で新興国戦略車『IMV』生産を増強する」「同シリーズのピックアップトラック『ハイラックス』などの生産台数を年間12万台から14万台に増やし~」と書いているが、増産の時期には触れていない。

さらに言うと記事では「『ハイラックス』など」を増やすとなっているものの、記事に付けた地図には「新興国戦略車を刷新 『ハイエース』を増産」となっている。「ハイラックス」も「ハイエース」も両方増やすのかもしれないが、地図だけ見ると「ハイエース限定の増産」に見える。

次に日産について見ていこう。

【日経の記事】

アフリカ最大の市場である南アでは、日産自動車も新興国向けブランド「ダットサン」の製品の販売を増やす。このほどダットサン販売店を2014年比3倍の約90カ所まで拡大し、アフリカ全体のシェアは14年の約7%から17年3月期に10%まで引き上げる目標だ

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これも苦しい。「日産、販売店3倍に」というのは今後の話かと思ったら、過去の話だった。「3倍」も比べているのは「2014年」で2年も前だ。しかもシェアに関しては、なぜか「14年」の暦年と「17年3月期」を比べている。

この後の話はほとんど中身がない。一応、記事を最後まで見ていこう。

【日経の記事】

商用車メーカーもアフリカ事業を拡大する。日野自動車は17年、コートジボワールでトラック販売を始める。三菱ふそうトラック・バスはコンテナなど重量物をけん引する「トラクター」をケニアで発売した。

国際自動車工業連合会によると、アフリカの15年の自動車販売は155万台だった。資源安などが響き前年比8%減り、世界全体に占める割合も2%程度だ。ただ10年前と比べると4割近く増え、今後も所得水準の向上で販売増が見込まれる。

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最初の段落で「日野自動車は西部の中核市場であるコートジボワールでトラック販売に参入する」と書いているが、その後は記事の終盤に「日野自動車は17年、コートジボワールでトラック販売を始める」とほぼ同じ内容を繰り返しているだけだ。これだけしか触れる気がないのなら、最初の段落で日野自動車を盛り込む必要はない。

今回の記事ではまずトヨタの話を仕入れてきて、「これを基に、日本車のアフリカ市場開拓に関するまとめ物の1面候補にできないか」と考えたのだろう。だが、トヨタの話がインパクトに欠ける上に、他社にも目ぼしい事例は見当たらない。なのに色々な事情があって強引に1面へ持ってきてしまった--。きっと、そんなところだろう。

「まとめ物」を完全には否定しない。例えば、「アフリカの経済成長が昨年から加速しており、日本の自動車メーカーも今年に入って相次いで工場の新設や増設に乗り出している」といった話なら分かる。

しかし、今回の記事にそういう雰囲気はない。「足元では資源安や景気減速が逆風」なのだ。そこを「今後10年で市場規模は倍増する試算もあり『最後のフロンティア市場』を開拓する」とやや強引に「成長市場」にしてしまう。そして肝心の日本メーカーの事例には大した話がない。だったら「まとめ物」にするのは諦めるべきだ。記事にするとしても、1面に持っていくのは無理がある。

こんな中身の乏しい「まとめ物」を1面ワキにしなくても、日銀総裁の5日の講演に関する記事(朝刊総合2面に掲載)など、代役はいくらもいるはずだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年9月5日月曜日

内閣府を妄信?日経「働く女性、労働時間短い国ほど多く」

「役所の言うことを何も疑わないで書いたんだろうなぁ…」と思える記事が5日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に出ていた。「働く女性、欧州で5割超 労働時間短い国ほど多く 内閣府分析」という記事では「労働時間が短い国ほど働く女性の割合が高い傾向がある」と言い切っているが、どうも怪しい。
早稲田大学(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

内閣府は労働時間が短い国ほど働く女性の割合が高い傾向があるという分析をまとめた。年間労働時間が1719時間の日本は女性の労働参加率が経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均並みの48%にとどまる。一方、年間労働時間が1371時間と少ないドイツが52%など、欧州諸国では働く女性が5割を超す国が多かった。

内閣府がOECD加盟国を対象に、年間労働時間と女性の労働参加率の関係を調べた。年間労働時間が1612時間のスウェーデンが64%、1646時間のフィンランドも58%と、北欧は女性の労働参加率が高い。これに対し、2113時間の韓国が49%、1725時間のイタリアは35%にとどまった。

労働参加率が高い国は育児と仕事を両立しやすい制度も充実している。ドイツやフィンランド、デンマークなどは残業時間を休暇に振り替える仕組みがあり、年次休暇を消化しやすい。スウェーデンには子供が8歳になるまで労働時間を短縮できる制度がある。

1419時間で54%のオランダは働き方の多様化を進めたことが女性就労の増加につながった。女性のパート比率が76%と欧州連合(EU)平均の32%よりも高いが、賃金や昇進では正社員と同じ権利を保証する。

内閣府は労働時間の短縮だけでなく、自宅で働くテレワークなども女性の就労拡大につながるとみている。

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この記事には「欧州では女性の労働参加率が高い」というタイトルが付いた表が載っている。そこでは2015年時点での「年間労働時間」と「女性の労働参加率」を比べている。各国の数値は以下のようになっている。

◆「年間労働時間」と「女性の労働参加率」

ドイツ(1371 52.4)
オランダ(1419 54.5)
デンマーク (1457 54.1)
スウェーデン(1612 64.4)
英国(1674 54.5) 
日本(1719 48.1)
米国(1790 53.7)
韓国(2113 49.9)

これを見て「確かに、労働時間が短い国ほど女性の労働参加率が高い」と思えるだろうか。

この中で労働時間が最も短いのはドイツだが、労働参加率では8カ国中6位。労働時間が2番目に長い米国よりも労働参加率は低い。一方、労働参加率でトップのスウェーデンは労働時間の短さでは4番目に過ぎない。労働参加率では他国を大きく引き離している割に、労働時間は長めだ。

表からは「働く女性、労働時間短い国ほど多く」といった傾向は読み取りにくい。OECD加盟国の中から記事の趣旨に合うように8カ国を選んでいるはずだ。それでもこのレベルなのだから、「年間労働時間」と「女性の労働参加率」に相関関係はないか、あっても非常に小さい気がする。

仮に相関関係があっても因果関係があるとは限らない。因果関係があるとしても「労働時間が短いから女性の労働参加率が高まる」のではなく「女性の労働参加が増えると労働時間が減る」という関係かもしれない。そうした問題もあるので、この手のデータの扱いには慎重であるべきだ。「内閣府が言ってるんだから…」と思考停止するようでは困る。

内閣府は労働時間が短い国ほど働く女性の割合が高い傾向があるという分析をまとめた」のであれば、それを記事にするなとは言わない。だが、内閣府の分析の妥当性は記事にする段階できちんと検討すべきだ。

「分析内容に注文を付けるような文言を記事に入れたら、これからネタがもらえなくなる」という反論があるかもしれない。それに対しては「ネタがもらえなくなっても仕方がない」と答えるしかない。役所の言い分を疑いなく垂れ流すだけの役割しか果たせないのなら、メディアとしての存在意義はない。


※記事の評価はD(問題あり)。