2017年12月31日日曜日

週刊エコノミストが無視した12の間違い指摘(2017年)

週刊エコノミストが間違い指摘を無視するようになって、ほぼ1年が経った。数えてみたら、この間に12件の問い合わせを回答なしで済ませている。2017年も今日で終わりなので、まとめの意味も込めて週刊エコノミストの金山隆一編集長に改めて回答を求めてみた。
にじの耳納の里(福岡県うきは市)の猫バス
           ※写真と本文は無関係です


【週刊エコノミストへのメール】

週刊エコノミスト編集長 金山隆一様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

2018年1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」という記事の中で「含み益」となっているのは「含み損」の誤りではないかとの問い合わせを2017年12月26日にしました。

筆者である野口悠紀雄氏からは「正しくは『含み損』です」「編集部に訂正掲載を依頼します」との回答をいただいています。しかし、12月31日の段階で御誌からの回答は届いていません。

定期購読者から間違い指摘を受け、筆者も誤りを認めているのに、読者への回答はしないとの御誌の姿勢に正しさはあるのでしょうか。

御誌からの回答が最後に届いたのは今年の1月23日でした。その後、金山様が書いた記事に関して「東芝を『総合重機』に含めるのは誤りではないか」との趣旨の問い合わせをして以降、御誌は完全無視の姿勢を貫いています。

今日は2017年最後の日です。そこで、御誌が今年無視した12の問い合わせを改めて送っておきます。こうした指摘を無視するのがメディアとしてあるべき態度なのか、もう一度考えてみてください。


◆問い合わせ~その1

2月28日号の「From Editors」についてお尋ねします。気になったのは以下の記述です。

「計算ミスだけでは到底ありえない巨額の損失が日本を代表する総合重機で頻発している。3件は、三菱重工業が米系企業から受注した大型客船、東芝の原子力米子会社ウェスチングハウスによる米S&Wの買収、三菱重工業と日立製作所の火力発電事業の統合会社が引き継いだ南アフリカの火力発電所の損失だ」

上記の3件のうち、2件目の「東芝の原子力米子会社ウェスチングハウスによる米S&Wの買収」に関しては「日本を代表する総合重機」による「巨額の損失」とは言えないのではありませんか。一般的に「日本を代表する総合重機」としては三菱重工業、IHI、川崎重工業などが挙がります。東芝は「日本を代表する総合電機」だとは思いますが、「総合重機」ではないでしょう。

記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◆問い合わせ~その2

4月4日号の特集「ハウジングプア」についてお尋ねします。33ページに「空き家問題は、地方都市の過疎化した地方都市の話ではなく」との記述があります。これは「空き家問題は、過疎化した地方都市の話ではなく」の誤りではありませんか。


◆問い合わせ~その3

4月18日号の「すごい新素材~セルロースナノファイバー 紙おむつ、化粧品から自動車まで 1兆円市場にらみ量産化へ」という記事についてお尋ねします。筆者でジャーナリストの吉田智氏は記事の中で「日本が世界に誇る炭素繊維は、商用化までにほぼ半世紀を費やした」と書いています。

炭素繊維協会のホームページによると、国内の先行企業である東レが「炭素繊維の研究に着手」したのが1961年で、「"トレカ"の商品名でCF商業生産開始」が1971年です。これを基に判断すると「商用化までほぼ10年」です。東レのホームページには「大阪工業技術試験所 進藤昭男博士が炭素繊維を発表。これがPAN系高性能炭素繊維の始まりです(1961年)」との記述もあります。ここから考えても「日本が世界に誇る炭素繊維」の出発点は1961年頃でよいはずです。「商用化までほぼ半世紀」だとすると、商用化の時期は2010年頃になってしまいますが、あり得ません。「日本が世界に誇る炭素繊維は、商用化までにほぼ半世紀を費やした」という記事の説明は誤りだと理解してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


◆問い合わせ~その4

6月6日号の特集「お金が増えるフィンテック」についてお尋ねします。「第1部 おつりを投資に回す 意識せずに資産を増やす」という記事には「フィンテックは不動産投資の形も変えた。ロードスターキャピタル(東京都中央区)は、これまで個人ができなかった大型不動産への投資を可能にするサービス『オーナーズブック』を運営している」との記述があります。さらに「日本では個人が投資できる不動産は、マンションや『REIT』(不動産投資信託)が中心で、数億円規模以上の大きな投資案件は、機関投資家の独占市場だった」とも説明しています。

しかし、個人はREITを通じて「大型不動産への投資」がこれまでも可能だったのではありませんか。REITは「多くの投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設、マンションなど複数の不動産などを購入し、その賃貸収入や売買益を投資家に分配する商品」(投資信託協会)です。REITが投資対象とする「オフィスビルや商業施設」はほとんどが「数億円規模以上の大きな投資案件」なので、ロードスターキャピタルの登場によって「これまで個人ができなかった大型不動産への投資」が可能になったとは思えません。

「REITの場合、大型不動産を保有しているのは個人ではない。個人による大型不動産への投資はあくまでREITを通した間接的なものだ」との反論はできます。ただ、それはロードスターキャピタルのサービスも同様です。記事にも「集めた資金は、不動産を保有する借入人に、不動産担保ローンとして貸し付け、利息を得る」と書いてあります。

「これまで個人ができなかった大型不動産への投資」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◆問い合わせ~その5

6月27日号の特集「AIで増えるお金と仕事」に出てくる「第1部 マネー編 誰でもAIで“賢い”投資家 ロボアドバイザーが自動で運用」という記事についてお尋ねします。

まずは「金融ベンチャー企業『お金のデザイン』が提供するロボット・アドバイザー(ロボアド)サービス『THEO(テオ)』」のコストについてです。記事では「(テオの)手数料は運用資産の残高に対して1%。ETFの買い付けコストや信託報酬はすべて含まれる」と説明しています。

一方、同社のホームページでFAQを見ると「THEOでの運用にはどのような費用がかかりますか?」との問いに対する答えが「お客さまにご負担いただく費用は、お預かり資産に対して一定の割合で頂く投資一任報酬・購入ETFにかかる諸経費・そして運用資金をご送金頂く際の送金手数料となります」となっています。

さらに「ETFにかかる諸経費とは何ですか?」との問いに対しては「ETFという商品を組成する運用会社にお支払いいただく報酬を指します。ETFで運用を行う際には避けて通ることのできない『経費』です。ETFの値動きの中で自動的に差し引かれて、お客さまに間接的にご負担いただいている費用です」と答えています。

つまり投資家は「運用資産の残高に対して1%(投資一任報酬)」の他に「ETFの信託報酬(購入ETFにかかる諸経費)」を負担していると考えられます。「(テオの)手数料は運用資産の残高に対して1%。ETFの買い付けコストや信託報酬はすべて含まれる」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

次に「ファンドラップ」についてです。記事では「対象顧客は金融資産を数千万円以上持つ層で、最低投資金額は通常1000万円以上」と解説しています。調べて見ると、ダイワファンドラップや日興ファンドラップは最低投資金額が300万円で、楽ラップ(楽天証券)に至っては10万円のようです。他のメディアでもファンドラップに関して「300万~500万円を最低投資額として申し込みを受け付ける金融機関が多い」(日経)などと紹介しています。

「最低投資金額は通常1000万円以上」との説明は誤りだと思えます。控え目に言っても不正確な記述ではありませんか。御誌の見解を教えてください。



◆問い合わせ~その6

8月8日号の「丸の内、八重洲の不動産異変」という記事についてお尋ねします。記事には「(還元利回りが)3%前半に限りなく近い取引事例もある。森ヒルズリート投資法人が森ビルからの「虎ノ門ヒルズ森タワー」(港区)の取得を3月に発表した際の還元利回りは3.1%だった」との記述があります。「3%前半」(「3%台前半」との趣旨でしょう)は「3.0~3.5%」辺りを指すはずです。だとすると、「3.1%」は「3%前半に限りなく近い」というより「3%前半」そのものです。

「虎ノ門ヒルズ森タワー」に関して「3%前半に限りなく近い取引事例」とするのは誤りではありませんか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。



◆問い合わせ~その7

8月8日号の「Jリート 売りに回る投信や金融機関 分配金利回り上昇で『買い時』」(筆者はアイビー総研代表の関大介氏)という記事についてお尋ねします。関氏はJリートに関して「投資に当たっては基本的に利回りが高い方が望ましいが、極端に株価が安い銘柄は、増資の際に『投資口の希薄化』が起きる可能性がある」と説明しています。これを信じれば「株価(投資口価格)が極端に安い銘柄でない限り、『投資口の希薄化』が起きる可能性はない」と読み取れます。しかし、全ての銘柄は増資の際に「投資口の希薄化」の可能性から逃れられないはずです。記事の説明は不正確であり、厳しく言えば誤りだと思えます。御誌の見解を教えてください。


◆問い合わせ~その8

8月15・22日合併号の「関西検察立て直したエース 地方大出身の星となるか」という記事についてお尋ねします。

記事では最高検監察指導部長の北川健太郎検事を取り上げ「北川氏は金沢大卒業。地方国立大出身者は、官僚では極めて異例だ」と説明しています。本当にそうでしょうか。「官僚=キャリア官僚」と捉えた場合でも、地方国立大出身者は珍しくないと思えます。まず「地方国立大=首都圏以外の国立大」と定義した場合、京都大学や大阪大学が入ってくるので「極めて異例」でないのは自明です。「地方国立大=三大都市圏以外の国立大」としても、北海道大、東北大、九州大の出身者が数多くいるので「極めて異例」とは言えません。

定義としては無理がありますが「地方国立大=三大都市圏以外の国立大で旧帝大を除く」とした場合どうでしょうか。国家公務員総合職の2017年度採用試験の合格者を見ると、岡山大34人、広島大24人と20位以内に2校が入っています。官僚の中では少数派かもしれませんが「極めて異例」と言うほどではありません。「地方国立大出身者は、官僚では極めて異例だ」との説明は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


◆問い合わせ~その9

9月19日号の特集「異次元緩和の賞味期限」の中の「マイナス金利再来リスク」という記事についてお尋ねします。

まず、冒頭の「量的緩和の持続性が乏しくなれば、日銀が再びマイナス金利を導入する可能性が高まる」という記述です。ここからは「マイナス金利は一度導入されたが、現在は解除されている」と読み取れます。しかし、マイナス金利政策は2016年に導入された後、解除されず現在に至っています。記事には「日銀は対抗上、マイナス金利の深掘りも選択肢に入れざるを得なくなっている」との記述もあるので「再びマイナス金利を導入」とは「マイナス金利の深掘り」を指すのでしょう。しかし、当然ながら「深掘り」はマイナス金利の再導入には当たりません。記事の冒頭の説明は誤りではありませんか。控え目に言っても「不正確な説明」だと思えます。

次は「16年2月のマイナス金利はエコノミストから評価されたものの~」という部分です。クレディ・スイス証券チーフ・エコノミストの白川浩道氏は御誌の16年4月5日号に「マイナス金利の副作用 イールドカーブのフラット化で金融機関の資金利益が悪化」とのタイトルで寄稿し、「少し長い目でみれば、マイナス金利政策が国内銀行貸し出しに縮小圧力をもたらすという事態は避けられない」などと厳しい評価を与えています。

16年2月16日号の記事では、ニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次氏が「異次元緩和の総括なき、政策変更と批判されても仕方ない」「効果は限定的だろう」などと否定的な見解を示しています。もちろん前向きに評価するエコノミストもいたのでしょうが、単純に「16年2月のマイナス金利はエコノミストから評価された」と言い切ってしまうのは誤りではありませんか。



◆問い合わせ~その10

10月17日号の特集「まるわかり中国」の中の「注目ポイント3 経済 1人当たりGDPが22年ぶり減少 『中所得国の罠』突破が最大の課題」という記事についてお尋ねします。記事には以下の記述があります。

「中国がさらなる改革を推進する目的は、経済成長を持続可能にする体制を構築するためだ。しかし、その制約要因となるのが『中所得国の罠(わな)』の問題である。中所得国の罠とは、開発途上国が低賃金という優位性を生かして高成長を続け、中所得国の水準まで発展した後、人件費の水準が高まる一方で、産業の高度化が伴わず、国際競争力を失ってしまい、経済成長の停滞が続くという状態を指す。ブラジルや南アフリカなど世界の多くの開発途上国は中所得国の罠にはまっていると言われている。この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」

気になったのは「この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」という部分です。記事では「国際通貨基金(IMF)によると、ドルベースでの中国の1人当たりGDPは、16年は8113ドル(約90万円)と既に中所得国の水準に入っている」との説明も出てくるので、真家様は1人当たりGDPをベースに「罠を克服して先進国入りした」かどうかを判断していると思われます。

そこで世界各国の1人当たりGDP(IMF調べ、2016年)を見ると、日本は22位、韓国は28位でした。一方、シンガポールは10位で日韓を上回っています。

また、内閣府の「世界経済の潮流 2013年II」という資料では「長期の高度成長を遂げたのちに中所得国の罠に陥った諸国としてアルゼンチン、ブラジル、チリ、マレーシア、メキシコ、タイ、安定成長を続けた諸国・地域として日本、アメリカ、韓国、香港、シンガポールを中国との比較対象に取り上げる」との記述もあり、シンガポールを「中所得国の罠にはまらなかった国」として取り上げています。

「この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」という記事中の説明は誤りではありませんか。シンガポールは「罠を克服」したアジアの国と言えるはずです。記事の説明で問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。



◆問い合わせ~その11

12月12日号の特集「すぐに使える新経済学」の中で、友野様が書かれた「五つのキーワードで解説 行動経済学でわかる私たちが不合理な理由」という記事についてお尋ねします。記事では「サンクコスト」に関して以下のように解説しています。

「バイキング料理で料金の元を取ろうとして食べ過ぎてしまったことはないだろうか。バイキング料理に5000円払ってしまったら、もう5000円は戻ってこない。このように、既に支払ってしまって、回収不能なコストを『サンクコスト』と言う。このコストには金銭ばかりでなく、時間や労力も含まれる。合理的な選択では、サンクコストである5000円のことは忘れて、どれだけ食べれば適切なのかだけを考えて食べる。カロリー摂取量を気にしていたり、ダイエット中だったりしたら、そこそこで食べるのをやめればよい。しかし、つい食べ過ぎてしまうのは、もう戻らない5000円にとらわれて非合理的な選択をするサンクコスト効果のためだ。私たちが陥りがちな強固なバイアスの一つと言われている」

「サンクコスト」とは「すでに支出され、どのような意思決定をしても回収できない費用のこと」(デジタル大辞泉)を指します。「バイキング料理に5000円」を払う場合、食べることによって投資を「回収」できるはずです。食材の原価で回収度合いを計算するとしましょう。5000円が「サンクコスト」ならば、食べ始めた段階で「回収不能」となっているはずです。しかし、本人の健康などに問題が生じない範囲で原価5000円分の食事ができれば投資は「回収」できます。ゆえに「サンクコスト(どのような意思決定をしても回収できない費用)」とは言えません。

「このコストには金銭ばかりでなく、時間や労力も含まれる」とするのであれば、「回収」にも「食事の楽しさ」などを含めてよいでしょう。そうなれば、さらに「回収」は容易になります。

バイキング料理に支払った5000円を「サンクコスト」とする説明は誤りではありませんか。控えめに言っても、例として不適切だと思えます。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◆問い合わせ~その12

2018年1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」という記事についてお尋ねします。記事には「(日銀が)金利増による支払増を避けるためには、国債を売却して当座預金残高を減らす必要がある。しかし、そうすると含み益が現実化してしまう。それが具体的にどの程度の損失になるかは、国債保有額、償還までの残存期間、そして、金利上昇幅による」との記述があります。

「含み益が現実化してしまう」のであれば、「利益」が出そうなものですが、「それが具体的にどの程度の損失になるかは~」と「損失」の話が続きます。この後にも「(国債を)一気に売却しても満期持ちしても、損失額は大きくは変わらないということになる」などと出てきます。記事中の「含み益」は「含み損」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


--御誌が無視した問い合わせは以上です。改めて回答を求めます。



◇   ◇   ◇

2018年は良い方向に変化してほしいものだ。

※金山隆一編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_8.html

駐車違反を応援? 週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_29.html

読者との「約束」守らぬ週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_8.html

2017年12月30日土曜日

「シュート選ぶな 反則もらえ」と日経 武智幸徳編集委員は言うが…

サッカーについての豊富な知識は持ち合わせている訳ではない。ただ、29日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に載った「アナザービュー~覚悟の芽育つ指導を」という記事の説明には疑問を感じた。サッカーでは、フリーキックを得ることが「パスやシュート」でゲームを進めるより常に好ましいのだろうか。筆者の武智幸徳編集委員は以下のように書いている。
鎮西身延山本佛寺の大本堂(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ハリルホジッチ監督は「日本の選手は反則(FK)を取ることもできない」とよく嘆く。監督はそれをずる賢さの欠如と見るが、私はそれも技術不足の一種に思える。

日本の選手はボールを運ぶ途中でDFが近づいてくると、もうワンタッチ余計に持てば反則がもらえそうでも、衝突する前にパスやシュートを選んでしまう。「ボールを失うことは最大の悪」という育成年代でのしつけの影響か……。

そういう回避癖がついた選手に接点での強さ、紙一重で相手をかわす技術が身に付くはずがない。プレーが軽く見え、主審も反則を取りにくいだろう。肝心な場面で「打席に入らなくていい」というような指導から、覚悟の芽が育っていくようにも思えないのだ。


◎「シュート」選んじゃダメなの?

「シュートコースが空いた。ちょっと距離があるけどミドルシュートが狙えそう」という場面で相手チームの「DFが近づいて」きたら「もうワンタッチ余計に」ボールを持ってFKを得るのが常に正しい選択なのか。個人的には、「パスやシュート」を選んだ方が得点の確率が高そうならば、「もうワンタッチ余計に」持たずにゴールを目指してほしい。

衝突する前にパスやシュートを選んでしまう」のは野球で言えば「打席に入らない」ようなものだと武智編集委員は考えているようだ。これにも同意できない。相手DFが近づいてくる前に日本代表の選手が「シュートを選んで」ゴールが決まった時に、武智編集委員は「何やってるんだよ。打席に入って勝負しろよ」と嘆くのか。

ついでに、野球に関して武智編集委員に1つ認識を改めてもらいたいことがある。

【日経の記事】

野球選手が技術の習得に熱心なのは、打者と投手の1対1の戦いの繰り返しで成り立つ、この競技の特性を考えると当然なのかもしれない。サッカー日本代表のハリルホジッチ監督の言葉を借りれば、まさに「デュエル(決闘)」の連続。

敬遠の四球以外、この戦いは不可避なので、投げる側も打つ側も腹を決めて立ち向かうのみ。その戦いに勝つために、「特打ち」のような個人技を伸ばす練習もふんだんに組み込まれている。



◎「敬遠以外は不可避」?

敬遠の四球以外、この戦いは不可避なので、投げる側も打つ側も腹を決めて立ち向かうのみ」と書いているが、違う気がする。「敬遠」を「デュエル(決闘)」の回避とするのならば、他にも「回避」はある。大量リードしたチームの投手が9回を残して打席に立つ場合、全く打つ気なく凡退することは珍しくない。あれは「デュエル(決闘)」には程遠い。



※今回取り上げた記事「アナザービュー~覚悟の芽育つ指導を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171229&ng=DGKKZO25237250Y7A221C1UU8000

※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_21.html

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_43.html

日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_76.html

「骨太の育成策」を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_87.html

「絶望には早過ぎる」は誰を想定? 日経 武智幸徳編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_4.html

日経 武智幸徳編集委員はサッカーと他競技の違いに驚くが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_2.html

日経 武智幸徳編集委員は「フィジカルトレーニング」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_14.html

W杯最終予選の解説記事で日経 武智幸徳編集委員に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html

2017年12月29日金曜日

野口悠紀雄氏のミス対応に見える優れた書き手の条件

長きにわたって、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏を高く評価してきた。その野口氏の記事に続けてミスを見つけたので、記事を載せた週刊ダイヤモンドと週刊エコノミストに問い合わせを送ってみた。
久留米成田山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

まず週刊ダイヤモンドは問い合わせを完全無視。18日に間違いを指摘したのに、ネット掲載分さえ修正しなかった。そこで野口氏本人に問い合わせを試みた。以下はそのやり取りだ。野口氏の対応は、優れた記事の書き手に相応しいものだった。

~野口氏への問い合わせ~

早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄様

突然、メールで失礼します。様々な媒体で野口様の記事を拝読している鹿毛と申します。

今月18日に以下の内容で週刊ダイヤモンド編集部に問い合わせを送りましたが、26日までに回答を受け取っていません。野口様のところに、この問い合わせは届いているのでしょうか。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

12月23日号「『超』整理日記 Number 886~神の問い掛けにこそ答える価値がある」という記事の中の「常識的な答えは、『選択を変えても変えなくても勝てる確立は同じ』ということだ」とのくだりに出てくる「確立」は「確率」の誤りではありませんか。誤りの場合は次号に訂正を出してください。回答をお願いします。



単純な変換ミスだと思えますが、いかがでしょうか。次号に訂正も出ていませんでした。回答・訂正をしなかった事情も教えていただけると助かります。

さらに今日、週刊エコノミスト編集部に以下の内容で問い合わせを送っています。こちらにも回答していただければ幸いです。

【エコノミストへの問い合わせ】

2018年1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」という記事についてお尋ねします。記事には「(日銀が)金利増による支払増を避けるためには、国債を売却して当座預金残高を減らす必要がある。しかし、そうすると含み益が現実化してしまう。それが具体的にどの程度の損失になるかは、国債保有額、償還までの残存期間、そして、金利上昇幅による」との記述があります。

含み益が現実化してしまう」のであれば、「利益」が出そうなものですが、「それが具体的にどの程度の損失になるかは~」と「損失」の話が続きます。この後にも「(国債を)一気に売却しても満期持ちしても、損失額は大きくは変わらないということになる」などと出てきます。記事中の「含み益」は「含み損」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。
大牟田駅(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です


問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


~野口氏からの回答~

私の記事をご覧いただき、ありがとうございます。12月26日(火) 付けのご連絡、ありがとうございます。

1『週刊ダイヤモンド』、12月23日号「『超』整理日記 Number 886~神の問い掛けにこそ答える価値がある」の中の「確立」は、正しくは「確率」です。

2.『エコノミスト』1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」の中の「含み益」は、正しくは「含み損」です。

以上2点、編集部に訂正掲載を依頼します。ご指摘をありがとうございました。

◇   ◇   ◇

野口氏は誤りを認めているし「編集部に訂正掲載を依頼します」と明言している。なのに、29日午前の段階で週刊ダイヤモンドはネット掲載分を「確立」のまま放置している。週刊エコノミストも問い合わせから丸2日以上が経った段階で回答なしだ。次号で訂正が載るかどうかは微妙だが、「間違い指摘を無視したい」という両誌の意思は強固なようだ。


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。ただ、瑣末なミスであり、きちんと誤りを認めている。そうした点を総合的に判断して、野口悠紀雄氏への評価はA(非常に優れている)を据え置く。

2017年12月28日木曜日

「2017年まで」ウーバーを敵なしと見る日経ビジネスの根拠

今は2017年12月だ。この月に出た雑誌に「2017年まで、ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった米ウーバーテクノロジーズ」と書いてあったら、「ウーバー」が「飛ぶ鳥を落とす勢いだった」のはいつまでだと感じるだろうか。日経ビジネス12月25日・1月1日合併号の「今週のピックアップ~記者の眼 ウーバー失速の原因を看破していた競合トップ」という記事では、その点が気になった。
白壁通り(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

日経BP社への問い合わせと同社からの回答を続けて見てほしい。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 大西孝弘様

12月25日・1月1日合併号の「今週のピックアップ~記者の眼 ウーバー失速の原因を看破していた競合トップ」という記事についてお尋ねします。記事の冒頭に「2017年まで、ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった米ウーバーテクノロジーズ」との記述がありますが「2017年まで」で正しいのでしょうか。

記事ではウーバーについて「自滅しています」と記しています。であれば2017年には「飛ぶ鳥を落とす勢い」ではなくなっているはずです。記事の末尾に「詳しくは『日経ビジネスオンライン』をご覧ください」とあるので、そちらも確認しました。そして以下の記述を見つけました。

2017年はライドシェアの勢力図が激変した年だった。2016年までは米ウーバーテクノロジーズの独走態勢になりつつあったが、スキャンダルによって自滅。代わりに各地域発祥のライドシェア企業が盛り返した

上記の説明を信じれば、ウーバーが「ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった」のは「2016年まで」です。ちなみに日経ビジネスオンラインの記事の冒頭には「2017年まで、ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった米ウーバーテクノロジーズ」との記述は見当たりません。

今週のピックアップ」に出てくる「2017年まで」は「2016年まで」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「2016年まで、ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった米ウーバーテクノロジーズ」と訂正しても問題は残ります。ウーバーが中国事業を売却すると明らかになったのは2016年8月です。現地の競合企業に事業を売却する形で撤退を決めたのですから、この時点で「飛ぶ鳥を落とす勢い」とは言えません。訂正記事を掲載する場合は、その点も考慮してください。



【日経BP社の回答】

米ウーバーテクノロジーズがいつまで「飛ぶ鳥を落とす勢い」だったのかにつきましては、いくつか見方があると思います。
風治八幡宮(福岡県田川市)※写真と本文は無関係です

記事を執筆した記者は、潮目が変わったのは2017年2月頃だと判断しております。理由は以下の通りです。

当時までは、同社は様々なトラブルを抱えながらも成長を続けていました。しかし2017年2月、元社員が社内でのセクハラ被害をブログで告発したことから、米国でウーバーのアプリをスマートフォンから削除する「サービス不買運動」が広がりました。これを契機に様々な不祥事が次々と明るみになり、不買運動が広がり、事業拡大にブレーキがかかりました。

こうした背景から、日経ビジネスオンラインでは「2017年はライドシェアの勢力図が激変した年だった。2016年までは米ウーバーテクノロジーズの独走態勢になりつつあったが、スキャンダルによって自滅…」と表現しました。

また、記事で主に言及している米国では、ウーバーに対する不買運動が起きるまで、ウーバーの利用者が急増してリフトとの差が広がり、独走態勢になりつつあった、と理解しております。

日経ビジネスの紙面では、紙幅の制限から少ない文字数で表現するため、文章を変えております。2017年2月までは同社の攻勢が続いていたことを表すため、「2017年まで、ライドシェアの世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった米ウーバーテクノロジーズ…」としました。

ご指摘をふまえ、今後とも読者に分かりやすい表現で、執筆や編集に努めたいと思っております。


◇   ◇   ◇

苦しい弁明なのは読んでもらえれば分かるので、ここで詳しく触れるつもりはない。回答では認めていないが、大西記者は「2016年まで」とするつもりが「2017年まで」と表記してしまったのだとは思う。

とは言え、上記の弁明は苦しいながらも破綻はしていない。22日(金)に問い合わせをして、回答が届いたのが27日(水)なので、時間をかけて弁明を考えたのだろう。こちらの推測通りならば単純なミスなので、強く責めるつもりもない。「次からは気を付けてね」といった程度の話だ。


※今回取り上げた記事「今週のピックアップ~記者の眼 ウーバー失速の原因を看破していた競合トップ


※記事の評価はD(問題あり)。単純ミスの可能性が高く、回答も届いた点を考慮して大西孝弘記者への評価は暫定C(平均的)を据え置く。

2017年12月27日水曜日

編集後記を社内へのお礼に使う週刊ダイヤモンドに異議あり

週刊ダイヤモンドの「From Editors」という編集後記は誰に向けて書いているのだろうか。常識的に考えれば「読者に(To Readers)」だ。しかし、12月30日・1月6日合併号に清水量介副編集長が書いていたのは、多くが身内を労うものだった。
袋田不動尊(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です

その全文は以下の通り。

【ダイヤモンドの記事】

今回の「総予測」特集は、超大作となりました。

何しろ、2017年版の倍近く、31人の経営者に登場いただきました。応じてくださった企業の皆さま、ありがとうございました。

また、執筆いただいた著者の方々、そして、社内の関係各所、制作・デザイナーさんたち、校正の方々、普段ご迷惑をお掛けしている印刷所の方々、編集庶務の浜野さんにもこの場を借りてお礼を申し上げます

最後に編集部の記者の皆さん、お疲れさまでした。皆さんの力なしでは、この量と質は絶対に実現できませんでした。本当にありがとうございました!

読者の皆さま、18年も何卒よろしくお願い致します。


◎社内で済ませた方が…

取材に応じてくれた「31人の経営者」に感謝するのは分かる。社外の「著者」、「印刷所の方々」ぐらいまではまだ許せる。だが、後は社内の関係者へのお礼ばかりだ。こういう気遣いは社内で済ませてほしい。

最後に編集部の記者の皆さん、お疲れさまでした。皆さんの力なしでは、この量と質は絶対に実現できませんでした。本当にありがとうございました!」といった類のことは、編集部の忘年会ででも言えば十分だ。わざわざ読者に伝える意味はない。

そして最後に取って付けたように「読者の皆さま、18年も何卒よろしくお願い致します」と言われても、読者ファーストな感じは伝わってこない。

せっかくなので、清水副編集長を含めダイヤモンド編集部に一読者から今年最後のお願いしておこう。

編集部の皆さん、2017年の最後にお願いがあります。読者からの間違い指摘を無視し続けるのは、そろそろやめませんか。皆さんの力なしでは、ダイヤモンドをまともなメディアに戻すことはできません。本当に何とかしてほしいのです。18年こそは何卒きちんとした回答をよろしくお願い致します


※「From Editors」の評価はD(問題あり)。清水量介副編集長への評価はDで確定とする。

2017年12月26日火曜日

「出資した」話を「出資する」と表現する日経の騙し記事

25日の日本経済新聞朝刊企業面では、トップの記事にも2番手の記事にも同じ「騙しの手法」を使っている。「過去の話をあたかも将来の話のように見せる」という技だ。2つの記事に共通しているのだから「うっかり」とは考えにくい。まずはトップの「大塚HD、血液製剤に参入  バイオVBに出資 iPS細胞で血小板」という記事を見てみよう。
平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大塚ホールディングス(HD)が血液製剤事業に参入する。産業革新機構などとともに、万能細胞「iPS細胞」から血小板を作るバイオベンチャーのメガカリオン(京都市)に出資する。血液製剤の一種の血小板製剤は止血に必要だが、全量を献血に頼っており、人口減が進めば不足するとの懸念がある。量産技術を確立し、2020年の事業化を目指す。

 中略)メガカリオンが実施した第三者割当増資を引き受け、大塚HD傘下の大塚製薬と大塚製薬工場があわせて10億円を出資した。大塚グループの持ち株比率は約10%で、以前から出資している産業革新機構の50%強に続く第2位株主となる。他にもシスメックス、シミックホールディングス、京都製作所、佐竹化学機械工業が出資。メガカリオンは37億円を調達した


◎「出資」は「する」? 「した」?

最初に「血液製剤事業に参入する」「メガカリオン(京都市)に出資する」と出てくるので、まだ「参入」も「出資」していないと感じてしまう。ところが読み進めると「大塚HD傘下の大塚製薬と大塚製薬工場があわせて10億円を出資した」「メガカリオンは37億円を調達した」と過去形になっている。「出資する」のか「出資した」のか、矛盾すると言われても仕方がない。

次に2番手の「ニチイ学館、中国で認知症の高齢者介護 まず北京で開業」という記事も検証してみる。

【日経の記事】

国内介護最大手のニチイ学館は中国で認知症の高齢者に特化した居住型介護サービスを始める。富裕層が対象で北京市内に初の施設を開業、上海市など他の大都市でも展開する。日本で運営する認知症向けグループホームのノウハウを生かし、共同生活を通じて認知症の緩和を目指す。中国の介護事業の柱に育てる。

今月中旬に北京で全23床の施設を開いた。月額利用料金は日本円換算で40万円以上。職員が入居者と一緒に料理を作ったり、昔の出来事を思い出すことを繰り返したりして、認知症の症状の軽減を図る。


◎「始める」で正しい?

ニチイ学館は中国で認知症の高齢者に特化した居住型介護サービスを始める」と書いてあるので「サービスはまだ始まっていない」と理解したくなる。「北京市内に初の施設を開業、上海市など他の大都市でも展開する」との記述からも「今後の話」との印象を受ける。
うきは市役所(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

しかし、次の段落では「今月中旬に北京で全23床の施設を開いた」となってしまう。だったら「認知症の高齢者に特化した居住型介護サービス」は「始める」ではなく「始めた」とすべきだ。

「最初から過去形にするとニュース記事としての価値をアピールしにくい」という気持ちは分かる。だからと言って「騙し」とも言える手法を用いていいわけではない。こんな作り方をしていたら、結局は読者の信頼を失ってしまう。

正直に「参入した」「出資した」「サービスを始めた」と書けばいいではないか。それがどうしても嫌ならば、月曜の企業面ではニュース記事を極力減らして企画モノで埋める手もある。「読者を欺くような手法はご法度」との前提で紙面作りを見直してほしい。


※今回取り上げた記事

大塚HD、血液製剤に参入  バイオVBに出資 iPS細胞で血小板
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171225&ng=DGKKZO25019400U7A221C1TJC000

ニチイ学館、中国で認知症の高齢者介護 まず北京で開業
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171225&ng=DGKKZO25019140U7A221C1TJC000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。「大塚HD、血液製剤に参入」という記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

10%出資で「参入」と言える? 日経「大塚HD、血液製剤に参入」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/10.html

2017年12月25日月曜日

10%出資で「参入」と言える? 日経「大塚HD、血液製剤に参入」

25日の日本経済新聞朝刊企業面に「大塚HD、血液製剤に参入 バイオVBに出資 iPS細胞で血小板」という大げさすぎる記事が載っている。記事を最後まで読むと「大塚HD、血液製剤に参入」 は言い過ぎだと感じる。具体的に見ていこう。
素盞鳴神社(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大塚ホールディングス(HD)が血液製剤事業に参入する。産業革新機構などとともに、万能細胞「iPS細胞」から血小板を作るバイオベンチャーのメガカリオン(京都市)に出資する。血液製剤の一種の血小板製剤は止血に必要だが、全量を献血に頼っており、人口減が進めば不足するとの懸念がある。量産技術を確立し、2020年の事業化を目指す

血液製剤には血小板製剤のほか酸素欠乏に対応する赤血球製剤など複数の種類がある。従来、輸血では採血されたままの血液を使う全血製剤が主流だったが、現在は赤血球や血小板など必要な成分だけを輸血することが多い。

メガカリオンが実施した第三者割当増資を引き受け、大塚HD傘下の大塚製薬と大塚製薬工場があわせて10億円を出資した。大塚グループの持ち株比率は約10%で、以前から出資している産業革新機構の50%強に続く第2位株主となる。他にもシスメックス、シミックホールディングス、京都製作所、佐竹化学機械工業が出資。メガカリオンは37億円を調達した。


◎10%出資で「参入」?

バイオベンチャーのメガカリオン(京都市)に出資」して「持ち株比率は約10%」を確保したことを以って「大塚ホールディングス(HD)が血液製剤事業に参入」と判断しているようだ。子会社化したのならば「参入」でいいだろう。だが「約10%」の出資では苦しい。厳しく言えば、読者を騙している。

出資しただけではなく、大塚HD自身が「血液製剤事業」を手掛けるのならば、もちろん「参入」に当たる。最初の段落で「量産技術を確立し、2020年の事業化を目指す」とも書いている。主語を明示していないが、「事業化を目指す」のは大塚HDと解釈するのが自然だ。なので、この可能性を探ってみよう。

記事の続きは以下のようになっている。

【日経の記事】

大塚製薬は細胞の培養技術、大塚製薬工場は血小板の保存液のノウハウを生かし、メガカリオンなどと協力して、量産技術確立を目指す

大塚HDの医薬品事業はピーク時に6千億円以上を売り上げた抗精神病薬「エビリファイ」の特許切れ以降、過渡期にある。抗がん剤など次の柱を育てるほか、先端分野にもいち早く投資し、収益源の多様化を目指す。

メガカリオンは調達資金を臨床試験(治験)のほか、量産体制の整備に使う。19年内に国内で臨床試験を始め、20年の事業化を目指す方針で年5千パックほどの製造が可能な生産ラインを全国に設置する。米国など海外展開も進める。


◎「事業化」するのは大塚HD?

大塚製薬は細胞の培養技術、大塚製薬工場は血小板の保存液のノウハウを生かし、メガカリオンなどと協力して、量産技術確立を目指す」との記述からも、「量産技術を確立し、2020年の事業化を目指す」主体は大塚HDで、「メガカリオンなど」が大塚HDを支えるとの見方でいいように思える。
福岡県立京都高校(行橋市)※写真と本文は無関係です

ところが、さらに読み進めると「メガカリオンは調達資金を臨床試験(治験)のほか、量産体制の整備に使う」と出てくる。ならば「量産体制」を整えようとしているのは「メガカリオン」になる。日経の記事だけでは何とも言えないので、「メガカリオン」が25日に発表したニュースリリースの一部を見てみよう。ここでは社長が以下のようにコメントしている。

【メガカリオンの社長コメント】

「今回の資金調達を通して、これらコア要素技術を有する事業会社に株主として参加頂き
資本関係を築くことにより、当社が進めるヒト iPS 細胞由来の血小板製剤の商業化が、より一層緊密かつ強固な体制で進められることとなりました。京都大学 iPS 細胞研究所の江藤浩之教授との共同研究の下、大塚グループ 2 社とは製法改良並びに製剤の長期保存を企図した保存液の開発、京都製作所とは精製・濃縮工程の自動システムの開発、佐竹化学機械工業とは MKCL 培養および血小板産生の大量・効率化、シスメックスとは品質評価・担保方法の確立とその自動化、シミックとは非臨床および臨床試験の実施支援と薬事対応を共同で実行して参ります」


◎結局、「血液製剤に参入」ではないような…

この社長コメントからは、「量産技術を確立し、2020年の事業化を目指す」主体はやはり「メガカリオン」だと判断できる。「大塚グループ 2 社とは製法改良並びに製剤の長期保存を企図した保存液の開発」を「共同で実行して」いくのであれば、「大塚HD、血液製剤に参入」 とは言い難い。

今回の件は、素直に表現すれば「メガカリオン、血液製剤事業化に向け37億円調達~大塚グループなど出資」とでもすべきだ。しかし、それでは大きな話にならないので、強引に「大塚HD、血液製剤に参入」 としてしまったと推測できる。記事の作り手としてのモラルに問題ありだ。


※今回取り上げた記事「大塚HD、血液製剤に参入  バイオVBに出資 iPS細胞で血小板
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171225&ng=DGKKZO25019400U7A221C1TJC000

※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「出資した」話を「出資する」と表現する日経の騙し記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_26.html

2017年12月24日日曜日

日本は「気がつけば格付け先進国」? 日経 竹内弘文記者に問う

24日の日本経済新聞朝刊総合2面に載った「気がつけば格付け先進国 日本企業、75%がA格 米の2倍 成長より借金返済 市場は低評価 」という記事は、まず見出しが目を引いた。「格付け先進国」とは聞き慣れない言葉だ。先進的かどうかを何で判断するのだろう。そう思って記事を読むと、日本を「格付け先進国」と言い切っているくだりはない。以下の記述から「先進国」と見出しに付けたようだ。
宝満川(福岡県久留米市・佐賀県鳥栖市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

1998年にA格以上は58%だったが、99年に50%に低下。財務強化を狙い投資より借金返済を急いできた。米主要企業はシングルA格以上の比率が4割前後で、日本企業の格付けは先進国のトップランナーになった





◎「シングルA格以上の比率」で決まる?

筆者の竹内弘文記者は「シングルA格以上の比率」が高いと「前を走っている」、低いと「後ろを走っている」と判断しているようだ。その考えに基づき「日本企業の格付けは先進国のトップランナーになった」と断言している。

この考えには賛成できない。企業経営とは格付けの高さを競うものではない。AA格の企業はA格の企業の前を走っていて、A格の企業はAA格の企業に追い付こうと頑張っている訳ではない。

記事の中で竹内記者も「日立製作所は円滑な資金調達にA格は不可欠と言うが『むやみに上げることは最適ではない』とも話す」「京都大学の川北英隆客員教授は『財務戦略は企業ごとに異なるはず』と話す」などと書いている。だったらなぜ「日本企業の格付けは先進国のトップランナーになった」と表現してしまったのか。

記事には他にも気になる部分があった。

【日経の記事】

日本企業の信用力を示す格付けが右肩上がりに上昇している。高格付けの目安となる「A格」以上の比率は足元で75%に達した。約4割の米国の2倍だ。バブル経済の崩壊以降、借金に苦しんだ日本企業は強い財務を経営課題に据えた。気が付けば上場企業の過半が実質無借金で世界屈指の高格付け国になった。その裏側で成長投資が不足し企業価値を示す株価では海外に及ばない。四半世紀に及ぶ財務戦略の転換を迫られている。

 格付投資情報センター(R&I)の格付けを取得した上場企業約450社を集計した。シングルA格とダブルA格は計75%と過去最高の比率。10年間で10ポイント上昇した。米S&Pグローバルの格付けでも8割を占める


◎なぜR&I格付けで比較?

R&Iの格付けを取得した上場企業約450社を集計」して「75%」という数字を出し、それを「米国の2倍だ」と紹介している。これは解せない。米国の格付けはR&Iのものではないはずだ。他に方法がないなら分かるが「米S&Pグローバルの格付けでも8割を占める」と書いている。だったら「S&Pグローバルの格付け」を使って比較すればよいのではないか。「R&Iは日経のグループ企業だから」との配慮が働いているのかもしれないが…。
うきはアリーナ(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係

さらに言えば「気がつけば格付け先進国」「日本企業の格付けは先進国のトップランナーになった」と打ち出しているのに、米国以外との比較がないのも引っかかる。今回の記事には「シングルAに格上げとなった主な企業」というタイトルの表が付いている。こんなものを載せる余裕があるのならば、「日本企業の格付けは先進国のトップランナー」だと納得できる「米国以外のデータ」を示してほしかった。

米国との比較では、要因分析に「市場の厚み」という視点が抜けているのではないかとも感じた。社債市場は日本より米国の方が大きく、特に低格付けのハイイールド債では圧倒的な差があると言われている。記事でも「日立製作所は円滑な資金調達にA格は不可欠と言う」と触れているように、日本では低格付けだと債券発行が難しい。これが米国との差に表れている面もあるのではないか。

日本では財務体質の悪い企業は債券発行を目指さないので格付けも取得しない。一方、米国では低格付けでも債券発行が容易なので積極的に格付けを取得する。こうした傾向があれば、日米で企業の財務体質に大きな差がなくても「シングルA格以上の比率」には大差が付いてしまう。その辺りも含めて分析してほしかった。



※今回取り上げた記事「気がつけば格付け先進国 日本企業、75%がA格 米の2倍 成長より借金返済 市場は低評価 
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171224&ng=DGKKZO25012220T21C17A2EA2000


※記事の評価はC(平均的)。竹内弘文記者への評価も暫定でCとする。

2017年12月23日土曜日

色々と疑問が残った日経「ニッポンの革新力~世界から考える」

日本経済新聞朝刊1面の連載「ニッポンの革新力~世界から考える」が23日で終わった。最終回の「(5)大艦巨砲で迫る中国 勝てる分野選び集中」という記事にも色々と引っかかる部分があったので指摘してみる。
太刀洗レトロステーション(福岡県筑前町)
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

国が大号令をかけると国営、民間を問わず企業が一斉に動き出す。そんな「開発独裁」はかつての日本にも似た体制だが、中国の規模はケタ違いだ。経済協力開発機構(OECD)によると、15年の中国の研究開発投資額は4088億ドル(約45兆円)と米国(5029億ドル)に迫る。

家電から工場まで搭載が進む人工知能(AI)。米AI学会での研究発表件数(10~15年)は日本の75件に対し、中国は413件にのぼり、米国との共同研究も80件を発表した。大艦巨砲の大国に、どう対峙していくべきか。

日本の研究開発投資額は16年度で18兆円余り。21世紀に入ってほぼ横ばいだ。限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ結果、質の高い論文を数える世界ランキングで日本の順位はあらゆる研究で下がった。

文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、13~15年の世界順位は10年前と比べて材料科学は3位から6位、化学は3位から5位に落ちた。産業革命を支える計算機・数学は9位から13位、基礎生命科学は5位から11位と深刻だ。

強みを出せる研究分野を見極められるかが勝負になる。だが、科学技術政策の司令塔となる総合科学技術・イノベーション会議(議長=安倍晋三首相)は「重点的な資源配分」を総合戦略でうたいつつ、まず官民が率先して取り組む研究だけでもAIやセンサーからロボット、防災までずらりと並べる。

米中という2つの大国が巨額の資金を使って競う姿が鮮明になってきた世界。国家主導で力ずくで米国に近づこうとする中国の戦略が、イノベーションにつながるかはわからない。

しかし、日本が思い切った選択と集中を進めなければ世界で埋没していく。日本がイノベーションを通して世界で存在感を保つには、これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある

◇   ◇   ◇

疑問点を列挙してみる。

◎「中国の規模はケタ違い」?

年間の「研究開発投資額」は中国が「約45兆円」で日本が「18兆円余り」らしい。これで「中国の規模はケタ違い」だと言えるのか。「ケタ違い」ならば10倍以上の差は欲しい。しかも中国の「研究開発投資額」は米国よりも小さい。
福岡県立朝倉高校(朝倉市)※写真と本文は無関係です


◎なぜ中国と「対峙」?

記事では中国に焦点を当て「大艦巨砲の大国に、どう対峙していくべきか」と問題提起している。そもそもなぜ「対峙」する必要があるのか。「対峙」とは「対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること」(デジタル大辞泉)という意味だ。

記事には「米AI学会での研究発表件数(10~15年)は日本の75件に対し、中国は413件にのぼり、米国との共同研究も80件を発表した」との記述もある。米中が協力しているのならば、日中も協力すればいいではないか。

百歩譲って中国とは「対峙」すべきならば、米国も同じではないのか。「研究開発投資額」では米国が中国を上回っている。「米中という2つの大国が巨額の資金を使って競う姿が鮮明になってきた」のに、2番手の中国に絞って「どう対峙していくべきか」を検討する意味はあるのか。


◎「戦略のないままつぎ込んだ」?

日本は「18兆円余り」の「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ」と記事では断定している。これは常識的には考えにくい。「18兆円余り」のうち7割程度は企業によるものだ。日本のあらゆる企業が「戦略のないまま」研究開発に資金を「つぎ込んだ」りするだろうか。

多くの企業にはそれなりの「戦略」があるはずだ。取材班では何の根拠があって「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ」と言い切ったのか。


◎政府に目利きを期待?

記事では「強みを出せる研究分野を見極められるかが勝負になる」との考えに基づいて「思い切った選択と集中」を求めている。その役割は「科学技術政策の司令塔となる総合科学技術・イノベーション会議」が担うのだろう。個人的には賛成しかねる。市場の将来予測は現場感覚がある民間企業でも難しい。政府に目利きとしての能力を期待するのは無謀だ。

例えば「AIとバイオにだけ研究開発資金をつぎ込みます。日本の未来をこの2分野に託します。他の分野には一切の支援をしません」と政府が宣言した時、「『思い切った選択と集中』ができたな。これで『日本がイノベーションを通して世界で存在感を保つ』条件が整った」と取材班のメンバーは感じるだろうか。


◎見直すべき「成功体験」とは?

記事の結びに「これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある」と出てくる。この「成功体験」とは何を指すのだろう。21世紀に入ってからは「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ結果、質の高い論文を数える世界ランキングで日本の順位はあらゆる研究で下がった」のだから、21世紀の「成功体験」ではないはずだ。

最初は「1946年から 49年まで,第2次世界大戦後の経済復興のための重点生産政策として実行された」(ブリタニカ国際大百科事典)という「傾斜生産方式」が思い浮かんだ。

この時は「経済復興に必要な諸物資,資材のうち石炭,鉄など,いわゆる基礎物資の供給力回復が最も急務であるという観点から,これら部門に資金,人材,資材などを重点投入する政策をとった」(同)。

ただ、「傾斜生産方式」は言ってみれば「思い切った選択と集中」なので、取材班が求める方向と一致する。記事では「これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある」と言うのだから辻褄が合わない。結局、見直すべき「成功体験」とは何を指すのかよく分からなかった。


※今回取り上げた記事「ニッポンの革新力~世界から考える(5)大艦巨砲で迫る中国 勝てる分野選び集中
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171223&ng=DGKKZO24976470S7A221C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。連載全体の評価もCとする。企業面の関連記事の最後に「西岡貴司、加藤宏志、飛田雅則、早川麗、深尾幸生、鈴木壮太郎、伊原健作、多部田俊輔、吐田エマ、森田淳嗣、矢後衛、太田順尚、新井重徳、花房良祐、松井基一、安西明秀、辻隆史、松田直樹が担当しました」と出ていた。筆頭に名前がある西岡貴司氏を連載の責任者だと推定し、西岡氏への評価を暫定B(優れている)から暫定Cへ引き下げる。


※「ニッポンの革新力」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「いびつ」が見えぬ日経「ニッポンの革新力~いびつな起業小国」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_4.html

「ヒット商品はインド発」に偽りあり 日経「ニッポンの革新力」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_20.html

2017年12月22日金曜日

どうしたFACTA? 高島屋広報室長らに根拠薄弱な個人攻撃

今回もFACTAに載った「メディアとしての品性を疑いたくなる記事」を取り上げたい。1月号の「インサイド~30代女性社員押し潰した高島屋の『社内SNS』」という記事は、根拠の乏しい個人攻撃にしか見えない。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【FACTAの記事】

11月中旬、日本橋高島屋の売り場に、1人の30代女性社員が職場復帰した。来店客に笑顔を振りまく彼女だが、管理部門にいたのに顧客部門にいきなり移るのは珍しいという。事情を知る同僚は「彼女はもともと、エース級と目されていたが、パワハラで休職していたのです」と明かす。

関係者によると彼女は休職前、高島屋の管理部門が集まる茅場町のオフィスで社内報の編集を担っていた。広報経験者とはいえ、自ら取材・撮影・執筆するのは初めてのことなので、2016年に配属された当初から「大丈夫か」と心配されたという。

前任者が12年間も担当してきた社内報を、彼女が一人で作ることになり、前任者は「広報室副室長」という新設ポストに収まり、彼女のお目付け役になった。その上司に当たる室長(女性)は「社長のお気に入り」(ある社員)であり、彼女は配属直後から、室長と副室長に厳しく叱責される姿が目撃されている

17年夏以降、彼女の業務量が急増する。室長と副室長が社内SNS「ローズスマイル」を立ち上げ、その編集と運営を、彼女に押しつけたからだ。社員と一部取引先がパスワードで鍵をかけたサイトを閲覧でき、「社内のコミュニケーションを活性化する」との触れ込みで始めたSNSだが、登録率は5%にも満たない不人気だ。関係者は「新味がなく看板倒れ。対面販売が第一の百貨店がSNSでコミュニケーションを図る発想に違和感を覚える人が多い」と言う。

プレッシャーに苦しむ彼女は体調を崩し、夏から秋にかけて休職に追い込まれた。ところが、彼女の休職中も、広報室は「社内SNSでコミュニケーションの質と量を高める」と自画自賛したうえ、外部講演を募集するなど成果をアピールする始末。さすがに「部下を潰したサイトを社外宣伝するとは思いやりがなさすぎる」と、関係者は絶句する

◇   ◇   ◇

記事が標的にしているのは高島屋の「広報室副室長」と「室長(女性)」だ。経営陣でもないこのクラスの人物を取り上げる意味があるのかも疑問だが、それを受け入れるとしても記事の内容は看過できない。記事ではこの2人が部下に「パワハラ」をしたと断定的に描いている。名前は伏せているものの、役職を明記しているのだから、関係者には誰のことか明白なはずだ。
古賀病院21(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

2人のパワハラが明らかな事実ならば、まだ分かる。だが「彼女は配属直後から、室長と副室長に厳しく叱責される姿が目撃されている」といった程度の根拠しか記事では示していない。仮に「彼女」が「厳しく叱責され」たとしても、それだけでは「パワハラ」とは言い難い。個人を特定できる形で「パワハラ」をした人物だと断定的に描くならば、もっと明確な根拠を示すべきだ。

室長(女性)」に関する「『社長のお気に入り』(ある社員)であり」との記述も、本筋と関係ないところで「室長(女性)」を攻撃しようとする意図を感じる。この手の記事を載せるFACTA編集部の気が知れない。

部下が「パワハラで休職」したのに、「広報室副室長」と「室長(女性)」が責任を問われていないというのならば、「パワハラ」の明確な証拠を示して処分を求めればいい。それをせずに「『部下を潰したサイトを社外宣伝するとは思いやりがなさすぎる』と、関係者は絶句する」などと「思いやり」の問題に持っていくのも感心しない。高島屋の広報室内の「思いやり」の問題は、FACTAが取り上げるべき話なのか。

それに「サイトを社外宣伝する」のは、サイトの「編集と運営」を担ってきた「彼女」の功績を称える「思いやり」とも思える。少なくとも自分だったら、自分が関わってきたサイトを称賛されて悪い気はしない。


※今回取り上げた記事「インサイド~30代女性社員押し潰した高島屋の『社内SNS』
https://facta.co.jp/article/201801008.html

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年12月21日木曜日

FACTAの品性疑うユーストリーム元社長「年収暴露」記事

FACTA1月号に載った「インサイド~社内メールで『年収暴露』悲惨なユーストリーム元社長」という記事は、のぞき見趣味的な要素が強く、メディアとしての品性を疑いたくなる中身だった。短い記事なので全文を見てみよう。
原鶴温泉(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【FACTAの記事】

「本年度の年収は2千万円を超えない予定ですが、確定申告の必要があります……」

11月6日、ソフトバンクの全社員に向け、1通の電子メールが送られた。送り主はソフトバンクの人事・労務業務を請け負うグループ会社「SBアットワーク」の社員。ある幹部社員からの問い合わせメールに返信する際、設定を誤って全社員に一斉メールを送信したようだ。

図らずも2千万円未満という年収を晒されてしまった「ある幹部社員」とは、中川具隆(ともたか)氏(61)。2年前までライブ動画配信サービス「Ustream(ユーストリーム)」を手がけたソフトバンク子会社、ユーストリーム・アジアの元社長だ。ユーストリームは「ももいろクローバーZ」など人気アーティストのライブ配信に力を入れ、最盛期には月1700万ページビューを達成。だが、スマホ対応が遅れたことからジリジリと利用者が減り、ソフトバンクが15年12月に米国本社へのサービス返上を決め、その後米IBMに買収された。

最盛期には数千万円級の年収を手にしていたであろう中川氏。わずか数年で1千万円台にまで実入りが減っただけでなく、その事実が全社員の知るところになったのはいささか気の毒ではあるが、社内の情報通は「意図的な誤爆メールだったのでは」と深読みする。

その背景には、ソフトバンクが17年8月に新設した「シニア転進補助制度」が関係している。50~55歳で退職すると1千万円、56~59歳には500万円を「転職や起業などの挑戦を支援する目的」として支給するいわば早期退職奨励制度のこと。ソフトバンクには退職金制度がなく、こぞって応募すると期待されたが、それほどでもなかった模様。そこで、「中川さんの今の状況を知らしめることでシニア層に制度利用を促す狙いがあったのではないか」(社内情報通)というわけだ。メールには「医療費控除(10万円以上)が発生」とも書かれており、健康状態まで「ストリーム配信」されてしまった中川氏は悲惨という外ない。

◇   ◇   ◇

国道210号線沿いのコスモス(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です
中川氏の年収が「2千万円未満」という情報に大きな意味はない。誤送信で「年収を晒されてしまった」のであれば、それを面白がって記事にするのは趣味が悪い。「『医療費控除(10万円以上)が発生』とも書かれており、健康状態まで『ストリーム配信』されてしまった」などと、報じる価値のない個人情報を記事にする姿勢にも賛同できない。

そもそも「2千万円未満」の年収は61歳という年齢を考えれば悪くない。2000万円を若干下回る水準だと仮定すれば、かなり高いと言える。記事では中川氏を「幹部社員」と表現しているだけで、現在の役職には触れていない。仮に部長クラスだとしても2000万円弱ならば十分だ。

記事では、年収を晒すだけでは苦しいと感じて「シニア転進補助制度」と絡めてみたのだろう。だが、「中川さんの今の状況を知らしめ」たとしても、社員に「制度利用を促す」効果はないだろう。「子会社の社長を務めた人でも、社長退任後は61歳で年収2000万円を切る」と知ったからと言って、「50~55歳で退職すると1千万円、56~59歳には500万円」を得て会社を去ろうと考えるだろうか。書いた本人も分かっているとは思うが、無理筋だ。


※今回取り上げた記事「インサイド~社内メールで「年収暴露」悲惨なユーストリーム元社長
https://facta.co.jp/article/201801032.html

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年12月20日水曜日

「ヒット商品はインド発」に偽りあり 日経「ニッポンの革新力」

取材班のメンバーにも自覚はあると思うが、20日の日本経済新聞朝刊1面に載った「ニッポンの革新力~世界から考える(2)ヒット商品はインド発 持たぬ強みで先頭に」という記事は苦しい内容になっている。「ヒット商品はインド発」と見出しで打ち出しているものの「インド発」の「ヒット商品」は出てこない。「新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる」とも書いているのに、そうした事例も見当たらない。
ビューホテル平成(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を見てみよう。

【日経の記事】

インドで普及が進むライドシェア(相乗り)サービス「OLA(オラ)」。車の後部座席では、乗客が専用端末で映画や音楽を楽しみながら渋滞をやり過ごす。こんな風景にIT(情報技術)の巨人、米マイクロソフトが目を付けた。

「我々はオラと一緒に知的で生産性の高い体験を提供する」。マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)がインドのベンチャーと提携したのは、新技術やサービスが「新興国発」で広がる傾向が顕著だからだ。

ライドシェアはスマートフォン(スマホ)のアプリで一般の人の車を呼ぶサービス。市場を開いたのは米ウーバーテクノロジーズだが、インドでは渋滞やタクシーの不明朗会計といった問題にも有効なため、急速に普及が進む。

国内の中小零細事業者の保護のために外資規制がなお残るインドは、小売業などでサービスの質が見劣りする。だが既存の法制度が存在しない新分野は話が別だ。不満を抱える消費者がライドシェアやインターネット通販に飛びつき、一足飛びに広がる。

インドでサービスを磨き世界への展開を探るマイクロソフト。新技術やサービスがまず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がるのが常道だったが、この原則は崩れてきた

スマホのようなIT機器からライドシェアといった新サービスまで、ときには先進国と新興国の順番が逆転するのが今の状況だ。新興国から世界的なサービスを生み出す「リバース・イノベーション」の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる



◎ライドシェアは「インド発」?

ライドシェアが「インド発」のサービスならば「ヒット商品はインド発」でいいだろう(厳密に言えば「サービス」だが…)。だが「市場を開いたのは米ウーバーテクノロジーズ」だと記事で認めてしまっている。

だとすると、ライドシェアは「新技術やサービスがまず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がる」という従来の「原則」に従っている。なのに、なぜか「まず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がるのが常道だったが、この原則は崩れてきた」との結論になってしまう。

新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』」が広がっているとの仮説に基づいて取材を進めてみたものの、適切な事例が見つからなかった--。事情としては、そんなところか。その場合は記事のコンセプトを練り直す必要がある。なのに軌道修正せずに走ってしまって、失敗作が出来上がったのではないか。

ついでに2番目の事例も見ておこう。

【日経の記事】

「親指を置くだけで支払いができます」。ムンバイ市内のある婦人服店は6月、こんな決済システムを導入した。店員のジャヤンティラルさんは「現金もクレジットカードも要らない。便利だよ」と笑う。すでに全体の4割の来店客が利用しているという。

「アーダールペイ」と呼ぶシステムを主導するのはインド政府だ。活用するのは独自の生体認証。国民の指紋情報などを登録して12ケタのID番号も付与する。これを活用すれば、店頭では専用端末に指をあてるだけで支払いが済む。

戸籍の整備が不十分で銀行口座を開けない国民も多いインド。インフラ不足を解消するために国が音頭をとれば、過去の遺産やしがらみがない分、新しいサービスが一気に広がる。英アーンスト・アンド・ヤングによると、金融とITを融合するフィンテックの普及率はインドで52%に達し、日本の14%を大きく引き離す。


◎これが「リバース・イノベーション」?

これも「ヒット商品はインド発」の事例になっていない。出てくるのは「商品」でも「サービス」でもなく、政府が主導する「システム」だ。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

百歩譲ってこれを「インド発」の「商品」だとしよう。だが「新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』」の例とは言えない。インド以外への広がりが見られないからだ。「『リバース・イノベーション』の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる」と記事は訴えるが、「リバース・イノベーション」の事例は非常に乏しいのだろう。でないと、この記事の苦しさをうまく説明できない。

ついでに言うと「アーダールペイ」の説明にも疑問が残った。記事の書き方だと「銀行口座を開けない国民」も「アーダールペイ」を使えば「店頭では専用端末に指をあてるだけで支払いが済む」と理解したくなる。しかし、銀行口座を持たない人から、どうやって事後に代金を徴収するのかとは思った。仮に「指をあてるだけで支払いが済む」のが口座を持つ人限定だとすれば、記事の説明では誤解を招く。

付け加えると「フィンテックの普及率はインドで52%に達し、日本の14%を大きく引き離す」との説明も不十分だ。この説明で何が分母か分かるだろうか。「全国民のうちフィンテックを利用できる環境にいる人の比率」かもしれないし、「数あるフィンテック関連サービスの中で、国内で利用できるサービスの比率」の可能性もある。もう少しきちんと説明してほしい。

ここまで来たら、最後まで見ていこう。

【日経の記事】

日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く。そんなかつてのビジネスモデルは限界が来ている。

後発であるがゆえにイノベーションが急速に育つ沃地は豊富にある。新天地に飛び込んで新たな知見を獲得し、それを日本に呼び込んで革新力に生かす知恵が問われる。



◎やはり説得力が…

日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く。そんなかつてのビジネスモデルは限界が来ている」という説明がまず引っかかった。「かつてのビジネスモデル」ならば、既に過去のものなので「限界が来ている」も何もないはずだ。「武士が特権階級として権力を独占するかつての統治システムは(現代日本では)限界が来ている」と言うのに似ている。

また、「日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く」やり方に「限界が来ている」とも考えにくい。仮に「限界が来ている」のならば、日本の自動車産業の命脈は尽きたと言える。その割には、そこそこ元気だ。この記事にはやはり説得力がない。


※今回取り上げた記事「ニッポンの革新力世界から考える(2)ヒット商品はインド発 持たぬ強みで先頭に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171220&ng=DGKKZO24820390Z11C17A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2017年12月19日火曜日

文句の付けようがない東洋経済の特集「ネット広告の闇」

週刊東洋経済12月23日号の特集「ネット広告の闇」には文句の付けようがないない。健全な批判精神に基づき、綿密な取材を重ねて説得力のある内容に仕上げている。特集を担当した杉本りうこ副編集長、緒方欽一記者、渡辺清治記者に敬意を表したい。中でも、特集の主要部分を手掛けた杉本副編集長には、記事の書き手として特別な力を感じる。
平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

杉本副編集長が筆者となっている「広告でむしろイメージが損なわれる 日本企業が軽視する ブランド毀損リスク」という記事の一部を見ていこう。

【東洋経済の記事】

今回本誌は、ブランド価値を損なうおそれのある問題サイトを四つ選び、日本の大手企業の広告配信があるか確認した。4サイトはいずれも、広告価値毀損測定の世界最大手・インテグラル・アド・サイエンス(IAS)により、サイト全体またはサイト内の一部コンテンツによるブランド毀損リスクが、同社の定める中程度以上と分類されている。

4サイトとも、リターゲティング広告(リタゲ広告、34〜35ページ)が配信される広告枠を設置しており、閲覧者の過去のネット利用履歴を反映した広告が自動的に表示される。企業が指定して配信する広告枠ではないが、配信禁止サイトのブラックリストを作成したり、一定のリスク要素(アダルト、暴力的、政治的偏向など)に抵触するサイトを排除したりすることは可能だ。今回は結果が特定の人間の検索履歴に左右されないよう記者8人で確認作業を行った。

◇   ◇   ◇

上記の調査結果を広告主の企業に知らせた結果が素晴らしい。記事の続きは以下のようになっている。

【東洋経済の記事】

右ページ画像1.のブライトバート・ニュース・ネットワークは有名。トランプ米大統領の元側近で8月まで首席戦略官・上級顧問だったスティーブン・バノン氏がトップを務め、極右というべき偏向した視点に立ったニュースを主に掲載している。右派有権者層には読者が一定程度おり、この4サイトの中では最もメディアの体を成しているが、米国の大手企業は配信を忌避するメディアだ。このサイトにはトヨタ自動車、日本航空(JAL)、村田製作所、キヤノン、LIXILグループの広告が表示された。

トヨタは日本の大手広告主の中で特にブランドマネジメントに厳しいことで知られる。「出稿全般について、ブランド毀損になりうる不適切サイトへの掲載には対策を講じているが、指摘されたサイトについては認識していなかった。対応を検討する」(広報部メディアリレーション室)。

JALは、「グーグルの広告配信システム(GDN)を介して自動配信されており、通常はグーグルのアルゴリズムで配信先から排除される。グーグルに報告し、改善を依頼した」(広報部)と明らかにした。

また求人広告が表示された村田製作所は、「このようなサイトへの広告掲載は避けるべき。ネット広告に関しては出稿部門に任せており、ブランドマネジメント対策は特に講じられていなかった。リスクに関して周知徹底を図る」(広報室)と答えた。

2.のDcガゼットは、「保守系の最高のニュースソース」をうたう英文ニュースサイト。米国では2016年の大統領選で、事実に基づかず、かつ投票行動に影響する報道をした「フェイクニュースサイト」として認識されている。米メディア大手CBSは、フェイクニュースの代表例としてこのサイトを紹介している。同サイトでは、ソニー傘下の通信事業会社・ソニーネットワークコミュニケーションズや、全日本空輸(ANA)の広告が確認された。

ソニーネットワークは、「このメディアに配信されていることは認識していなかった。アドネットワークによる掲載と思われ、委託先の広告代理店に削除を依頼する」(コーポレートコミュニケーション室)と回答。ANAも「配信先の除外設定(ブラックリスト化)をしていたが、本サイトへは未対応だった」(広報部)と本誌の取材に答えている。

◇   ◇   ◇

トヨタ自動車、JAL、村田製作所、ソニーネットワークコミュニケーションズ、ANAなどに、当該企業も関知していなかった問題点を気付かせている。「記者8人で確認作業を行った」のだから杉本副編集長だけの功績ではないが、それでも見事だ。
福岡県立精神医療センター太宰府病院(太宰府市)
            ※写真と本文は無関係です

今回の特集の「大量に並ぶ同一広告 その広告、割に合っていますか?」という記事(筆者は緒方欽一記者)では「ある掲示板サイト」に大量に並ぶKDDIの広告を具体例として取り上げ、「費用面の問題だけでなくブランドイメージの毀損につながりかねない。閲覧した人からすると『KDDIはなぜこんなに多く出しているのか』と疑問を持たれる掲載となっているので、何らかの対処をしたい」とのコメントをKDDIの広報部から引き出している。多くの企業にネット広告の問題点を認識させたという意味でも、今回の特集は評価に値する。

東洋経済は読者からの間違い指摘を当たり前のように無視するなど問題も多い。その元凶と思われる西村豪太編集長も健在のようだ。だが、今回のような特集を生み出せる力を持っていることも否定できない事実だ。東洋経済に限っては、良貨が悪貨を駆逐してくれるよう祈ろう。


※今回取り上げた特集「ネット広告の闇

※特集の評価はB(優れている)。杉本りうこ副編集長と渡辺清治記者への評価はBを維持する。緒方欽一記者への評価はBで確定とする。杉本副編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「TSUTAYA特集」に見えた東洋経済 杉本りうこ記者の迫力
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_27.html

「2.5次元」で趣味が高じた東洋経済「熱狂!アニメ経済圏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/25.html

2017年12月18日月曜日

まとめ物の体成さぬ日経「ホームセンター、ペット売り場強化」

ここまで完成度の低い記事を世に送り出して、関係者は特に気を病むこともないのだろうか。18日の日本経済新聞夕刊総合面に載った「ホームセンター、ペット売り場強化 大和ハウス系、店舗3倍に」という記事は「まとめ物」のはずだが、その体を成していない。
鳥越製粉(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

ホームセンター各社がペット販売を注力している。大和ハウス工業グループのロイヤルホームセンターは珍しい動物などを取り扱う店舗を今後3倍に増やすほか、コーナン商事もペット対応店舗を初出店。インターネット通販では生き物であるペット分野は手を出しにくいため、差別化が図りやすい。来店頻度向上による顧客の囲い込みにつなげる。

ロイヤルホームセンターは、店内のペット売り場を広げた強化型店を2020年度までに現在の3倍の18店舗まで増やす。ペット売り場は「アニマルシティ」と名付け、300万円する珍しいオウムなどを販売するほか、毛を整えるトリミングのスペースやペットが宿泊するペットホテル、運動スペースのドッグランなども設ける。希望すればフクロウなど動物にも触れ合うことが可能だ。

現在実験的に営業している店舗は客数が15%増えているほか、ペット関連商品のついで買いなどが増えて客単価も200円上がるなど好調だ。


◎まとめる気ある?

ホームセンター各社がペット販売を注力している」と書いているので、「いくつかのホームセンターに関してペット販売の話が出てくるのだろう」と読者は思ってしまう。しかし、記事には2社しか登場しない。しかも「コーナン商事」に関しては「ペット対応店舗を初出店」と最初の段落で触れただけだ。実質的には「ロイヤルホームセンター」の1社ものだ。これは辛い。
福岡県立久留米聴覚特別支援学校(久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

「最初はもっと色々書いていたが、スペースの関係で後ろの方が載らなかった」と言うのならば、書き出しなどを1社ものの書き方に修正すべきだ。こんな記事を平気で最終版まで載せていては、新聞社として記事作りの基礎的な能力を疑われても仕方がない。

ついでに細かい点もいくつか指摘したい。

ホームセンター各社がペット販売注力している」のくだりは、「ペット販売注力」の方が自然だと思える。「注力」を「力を注ぐ」と言い換えると分かってもらえるのではないか。「注ぐ」のは「ペット販売」ではなく「」のはずだ。「ペット販売」は力を注がれる側だ。

毛を整えるトリミングのスペースやペットが宿泊するペットホテル」に関しては「毛を整えるトリミングのスペースやペットが宿泊するペットホテル」と読点を入れた方がいい。

また、簡潔に記事を書く上で「ことが可能」は基本的に使わなくていい。「動物にも触れ合うことが可能だ」は「動物にも触れ合える」で事足りる。



※今回取り上げた記事「ホームセンター、ペット売り場強化 大和ハウス系、店舗3倍に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171218&ng=DGKKZO24752900Y7A211C1EAF000

※記事の評価はD(問題あり)。

「働きやすさ」の格付けになってる? 日経スマートワーク経営調査

大がかりで無駄な調査と言えばいいのだろうか。18日の日本経済新聞朝刊1面トップに「『働きやすさ』収益に直結 Smart Work本社調査 格付け上位40社の4割が最高益」という記事が載っている。「スマートワーク経営調査」とは「上場企業・有力非上場企業602社を『働きやすさ』の視点で格付けした」ものらしいが、「働きやすさ」との関連はかなり乏しい。ゆえに「『働きやすさ』収益に直結」との関係も見出しにくい。
JAにじ耳納の里(福岡県うきは市)
           ※写真と本文は無関係です

調査について記事では以下のように説明している。

【日経の記事】

多様で柔軟な働き方の実現、新規事業などを生み出す体制、市場を開拓する力の3要素によって組織のパフォーマンスを最大化させる取り組みを「スマートワーク経営」と定義した。調査ではコーポレートガバナンス(企業統治)などの経営基盤も加えて各社の総得点を算出し、格付けした


◎「働きやすさの視点で格付け」なのに…

調査では「多様で柔軟な働き方の実現、新規事業などを生み出す体制、市場を開拓する力の3要素」に「コーポレートガバナンス(企業統治)などの経営基盤も加えて各社の総得点を算出し、格付けした」という。

これらの中で「働きやすさ」と直接の関係があるのは「多様で柔軟な働き方の実現」だけだ。4要素のうち3要素で「働きやすさ」との関連が薄いとなると、「『働きやすさ』の視点で格付けした」とは言い難い。

百歩譲って「働きやすさ」の格付けになっているとしても、以下の説明には納得できなかった。

【日経の記事】

総得点の偏差値が65以上の40社には、コニカミノルタやダイキン工業、アサヒグループホールディングス、花王、イオン、NTTドコモなどが名を連ねる。

40社のうち、6割強の26社(未上場の2社を除く)が今期の純利益で増益を見込む。4割の17社(同)は過去最高を更新する見通し。上場企業全体では、最高益を見込む企業は24%だった


◎因果関係を断定するなら…

朝刊1面トップの見出しで「『働きやすさ』収益に直結」と打ち出したのだから、その根拠はしっかりと説明してほしい。上記のくだりから「『働きやすさ』収益に直結」と判断できるだろうか。
旧三池炭鉱宮浦坑煙突(福岡県大牟田市)
        ※写真と本文は無関係です

記事では「収益」を「過去最高を更新する見通し」かどうかで見ている。「総得点の偏差値が65以上」だと「4割」が更新見通しで「上場企業全体では、最高益を見込む企業は24%だった」という。

これは比較対象が適切ではない。比較するならば、上場企業のうち今回の調査に協力した「587社」の何割が最高益の更新見通しとなっているかを見るべきだ。業績不振の問題企業は、こうした調査に回答したがらない傾向が強そうだと推測できる。ゆえに上場企業全体で見ると最高益比率が低く出たのかもしれない。「587社」をベースにすると最高益比率が「4割」近くに上がる場合、記事の根幹が揺らぐ。

実は「上場企業全体」が「調査に回答した上場企業全体」を指しているという可能性も、わずかながら感じる。だとしたら、それが明確に伝わる書き方を選ぶべきだ。

また、「働きやすさ」と「収益」に因果関係があるとしても、それは記事で言うような「社員の能力を最大限に引き出す経営が、高い成長につながっている」のではなく「収益性の高さが働きやすさを実現させる余裕を生み出している」のかもしれない。そうした可能性はきちんと考慮したのだろうか。

今回の調査が「働きやすさ」の格付けになっているとしても、「『働きやすさ』収益に直結」と言い切るためには、以上のような問題がある。さらに今回は「働きやすさ」と関連が薄い項目を3つも加えている。これでは「働きやすさ」と「収益」の関係を測るデータとしては使えない。「新規事業などを生み出す体制」や「市場を開拓する力」の優れた企業を選び出せば、最高益比率が高くなりやすいのは当然だ。

スマートワーク経営調査は今回が初めて」らしい。初回での打ち切りを推奨したい。


※今回取り上げた記事「『働きやすさ』収益に直結 Smart Work本社調査 格付け上位40社の4割が最高益
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171218&ng=DGKKZO24653800U7A211C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2017年12月17日日曜日

保険料抜きで就業不能保険の実力探る日経 佐藤初姫記者

16日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「稼ぎ時『働けない』に備え 保険、家計を長期カバー」という記事は、端的に言えば広告の域を出ていない。筆者の佐藤初姫記者は最初の段落で「家計の緊急事態に対応する就業不能保険の実力を探った」と謳うものの、記事には「実力」を測る上での重要な要素が抜けている。
福岡大学(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経の記事】

 「いざという時に家族を路頭に迷わせるわけにはいかない」。さいたま市に住む自営業、久我貴秀さん(37)は3年前、がんで父親を亡くした。10年以上闘病する様子を間近で見て、自分と家族を守るための保険の必要性を痛感した

マイホーム購入を機に加入を検討していたところ、T&Dホールディングスの太陽生命保険の担当者が飛び込みで営業に来た。がんなど三大疾病を含む幅広い病気を保障対象とする点だけでなく、仕事ができなくなった時の家族の暮らしのことも想定した保険に入るべきだと考えた。給付金が出る保険だった。

(中略)就業不能保険は特別な事情で働くことができなくなる事態、いわゆる「機会損失」に着目している。収入が減る部分を保険で補い、その後も家計を支える。

(中略)久我さんのように自営業者や非正規雇用者など国民健康保険加入者だと対象外。久我さんが加入した太陽生命の「働けなくなったときの保険」では、50歳までの契約で、毎月30万円を給付金もしくは年金の形で受け取れる。要介護1以上に認定されると一時金300万円、受取合計額は満期までで4980万円となる。

最大手の日本生命保険は10月に「もしものときの…生活費」を発売した。2カ月半ですでに契約件数5万件を突破。好調な滑り出しの背景には、「もしも」の対象を広げたことにある。

日生は、この保険の対象に会社員や自営業者だけでなく、専業主婦(専業主夫)も加えている。家事が出来なくなることも、その家庭・家計にとっての重大な損失と認定する。認可保育園の費用や外食費、ハウスクリーニング代などを給付金で補えるようにした。

ケガや病気のほかに、精神・神経疾患の場合も保障対象とした。60日以上働けない状態が続いた場合、保険金の支払いを始める。今のところ契約者は30~40代の働き盛りの男性が多いというが、「主婦層や非正規社員からの契約も想像以上あり、驚いた」(神山亮弘商品開発課長)と話す。

住友生命保険は、大手でいち早く就業不能保険に対応した。2015年に「未来デザイン ワンアップ」の取り扱いを始め、契約件数は累計85万件に達している。働けない状態が30日続くと保険金の支払いが始まる。他社の商品が支払い開始までの期間を60日に設定する所が多いなか、早い段階で保険金を受け取れる特長がある。

公的な制度と連動しており、障害年金の等級や介護保険の要介護2以上に認定されると、保険金の支払い対象になる。仮に加入者の状態が回復しても、契約年齢に達するまで支払いが続くのもこの商品の特徴だ。奈良県に住む20代の女性は9月、結婚を機に夫婦そろってワンアップに加入。親族から来年2月の出産を控え保険への加入を勧められたという。「これから子どもができることを考えると、夫や自分に何かがあっても保険に入っていると安心できる」と話す。


◎保険会社に恩がある?

自分と家族を守るための保険の必要性を痛感した」「これから子どもができることを考えると、夫や自分に何かがあっても保険に入っていると安心」などと、保険会社のパンフレットに出てきそうな文言が続く。佐藤記者は保険会社に何か恩でもあるのだろうか。
田川伊田駅(福岡県田川市)※写真と本文は無関係です

就業不能保険」だから、働けなくなった時に「保障」があるのは当然だ。問題は保険料との兼ね合いで魅力的かどうかだ。「50歳までの契約で、毎月30万円を給付金もしくは年金の形で受け取れる」としても、その保険に入るべきかどうかは保険料を見なければ判断できない。なのに、佐藤記者は保険料に全く触れず、「就業不能保険」の「保障」について延々と述べている。これでどうやって保険の「実力」が探れるのか。

記事では最後の段落で、申し訳程度に注意喚起している。

【日経の記事】

もっとも就業不能保険はほぼすべてが掛け捨てタイプで、支払った分は原則戻ってこない。就業不能と認定する定義も会社ごとに異なり、加入時に確認する必要がある。いずれにせよ「健康」に勝る保険などない点は忘れてはいけない。



◎そこを論じないと…

就業不能と認定する定義も会社ごとに異なり」というのは、その通りだろう。だが、そこを個別に見ていかないと「就業不能保険の実力を探った」ことにはならない。

保険料、就業不能の認定基準、保障内容、それらを総合して「実力」が決まってくるはずだ。仮に「就業不能保険」はどの会社の商品も魅力的だと佐藤記者が感じたのならば、そう判断した根拠を示すべきだ。「ダメなものも良いものもある」のならば、具体的にどこがダメでどこが良いのか踏み込んでほしい。

今回のような記事内容では、保険会社の利益代弁者と受け取られても仕方がない。紙面の性格から言っても、記事は保険会社のためではなく読者(保険契約者、あるいは保険契約を考えている人)のために作るべきだ。今回それができているとは言い難い。


※今回取り上げた記事「稼ぎ時『働けない』に備え 保険、家計を長期カバー
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171216&ng=DGKKZO24682570V11C17A2PPE000

※記事の評価はD(問題あり)。佐藤初姫記者への評価も暫定でDとする。

2017年12月16日土曜日

コメントの主は誰? 日経ビジネス 東昌樹編集長に注文

日経ビジネスの東昌樹編集長を高く評価している。ただ、12月18日号「PROLOGUE 編集長の視点~麻布→東大より賢い? そこに『心』はあるか」という記事は分かりにくかった。記事の最初の方を見てみよう。
ソラリアステージ(福岡市中央区)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

麻布→東大の君より賢いの?

風呂掃除なら勝てると思いますが

米国にいる日経新聞の後輩記者が書いたグーグルグループのAI(人工知能)の記事に驚きました。「アルファゼロ」というAI。ご存じでしょうか。5月に囲碁で中国の最強棋士を破った「アルファ碁」の後輩のようなものです。アルファ碁では最初に人間の棋譜を学習させましたが、アルファゼロはルールを教えただけ。あとは自己対戦で自ら学習。わずか8時間でアルファ碁を超えてしまったというのです。


◎コメントの主は?

記事の冒頭にコメントを使うこと自体に問題はない。だが、誰の発言なのかは、記事中ですぐに明らかにしてほしい。今回の記事では「麻布→東大の君より賢いの?」「風呂掃除なら勝てると思いますが」というやり取りが誰と誰の間で交わされたのか明示していない。

最初に読んだ時は「AI(人工知能)の記事に驚きました」との記述から「コメント部分はAIの記事の一部を抜き出したのだろう」と推測した。しかし、それだと話がうまく噛み合わない。じっくり検討すると、記事を読んだ東編集長が「米国にいる日経新聞の後輩記者」に連絡して「麻布→東大の君より賢いの?」と聞き、後輩記者が「風呂掃除なら勝てると思いますが」と返したのだろうと思えてくる。

記事の最初にコメントを使うと、読者は発言の主を知らずにまずコメントを読まされる。なので、その後の記述ですぐにコメントの主を知らせてあげるべきだ。そうしないと読み進める上で不安を感じてしまう。

今回の記事では、続きの部分も引っかかった。

【日経ビジネスの記事】

論文を読むと、1秒間に読む手の数は格段に少なくなっており、無駄な「思考」が減っています。さらに将棋で2時間、チェスでも4時間で世界最強レベルに到達しました。いろんな仕事ができ、複雑な状況にも対応できるようになる道が見えてきました。中国棋士を破ってわずか半年。AIのステージがもう変わってしまったようです。


◎何の論文?

何の説明もなく「論文を読むと」と出てくる。「記事」には既に触れているので「記事を読むと」なら分かるが、「論文を読むと」となっているので面食らった。「論文」に触れるのならば、どこの「論文」なのか読者に教えてくれないと困る。

きちんとした記事を書くためには「この説明で読者に伝わるだろうか」との恐れを常に抱く必要がある。今回の記事には、その恐れが感じられなかった。


※今回取り上げた記事「PROLOGUE 編集長の視点~麻布→東大より賢い? そこに『心』はあるか
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/223796/121300133/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。同じ12月18日号に載った「編集長インタビュー~合従連衡の時代ではない木本茂氏(高島屋社長)」という記事は興味深く読めたし、大きな問題はなかった。こちらはC(平均的)と評価する。東昌樹編集長への評価はB(優れている)を維持する。

2017年12月15日金曜日

高裁は「ゼロリスク」要求? 日経に続く「無理ある論理展開」

2日続けて似たような「無理ある論理展開」が日本経済新聞朝刊に出てきた。まずは14日の総合2面に載った「再稼働 再び司法の壁 伊方原発運転差し止め エネ政策に影響も」という解説記事だ。「広島高裁が四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを認めた仮処分決定」について、以下のように解説している。
筑後川と耳納連山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

1基が再稼働すると1カ月で数十億円の収益改善効果がある。電力会社は津波対策や耐震補強などの安全対策に多額の投資を続け、地元対策も進めてきた。再稼働が認められても司法判断によって簡単に停止する事態になれば、電力会社の経営にとって大きな打撃だ。

自然災害に対して「ゼロリスク」を求めれば、安全対策にさらに多額の投資が必要で、電力会社にとって大きな負担だ。経産省は再稼働に消極的になることを懸念する。


◎広島高裁は「ゼロリスク」を求めてる?

記事の書き方だと、広島高裁は「ゼロリスク」を求めているようにも取れる。実際には、当然ながら「ゼロリスク」など求めていない。日経の記事によれば「過去最大規模のVEI7や同6レベルの噴火を想定すべきで、伊方原発の対策は不十分と結論づけた」だけだ。「ゼロリスク」を求めるならば、どんな「対策」も意味がない。原発をなくすしかない。

「『ゼロリスク』を求めるなんて無茶だ。だから高裁の判断はおかしい」と読者に思ってほしいのは分かるが、「ゼロリスク」など司法は求めていないのだから前提に無理がある。

15日の朝刊で気になったのは総合1面の「構造問題に踏み込みが足りない税制改革」という社説だ。

【日経の社説】

所得税改革では、高所得のサラリーマンの給与所得控除を縮小し、誰もが適用になる基礎控除を拡充した。働き方の変化にあわせた見直しは必要だが、所得の高い層の負担を、際限なく増やしていけば経済の活力をそぐ恐れもある。また、サラリーマンに比べて遅れている自営業者の所得把握などの努力も必要だ。


◎所得の高い層の負担を「際限なく」増やす?

所得の高い層の負担を、際限なく増やしていけば経済の活力をそぐ恐れもある」という説明が引っかかる。日経としては「高所得のサラリーマン」への増税に反対なのだろう。それはそれでいい。だが「所得の高い層の負担を、際限なく増やしていけば経済の活力をそぐ恐れもある」との説明は無理がある。

鹿毛病院(佐賀県鳥栖市)※写真と本文は無関係です
ここまで「際限なく」負担が増えてきたわけでも、今後に「際限なく」負担が増えると見込まれているわけでもない。なのに「所得の高い層の負担」が「際限なく」増えているか、あるいは増えていくかのように書いている。

この論理展開は、先述した「自然災害に対して『ゼロリスク』を求めれば~」のやり方と似ている。「前提」を自分の都合ですり替えている。「公務員が多すぎる。10%程度の人員削減を進めるべきだ」との主張に対し「公務員をゼロにすれば国は大混乱する」と反論しているようなものだ。


※今回取り上げた記事

再稼働 再び司法の壁 伊方原発運転差し止め エネ政策に影響も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171214&ng=DGKKZO24598520T11C17A2EA2000

社説「構造問題に踏み込みが足りない税制改革
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171215&ng=DGKKZO24667170U7A211C1EA1000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。

2017年12月14日木曜日

「金融業界の回し者」日経 田村正之編集委員に好ましい変化

金融業界寄りの姿勢が目立つ日本経済新聞の田村正之編集委員に関して、少し前に「『金融業界の回し者』から変われそうな気もする」とコメントした。やはり変化は起きているようだ。田村編集委員が筆者だと推定できる13日夕刊マネーダイニング面の「やりくり一家のマネーダイニング~投信の本当のコストは 信託報酬を大幅超過も 」という記事からは、期待が現実になってきた印象を受ける。
宝満川(福岡県久留米市・佐賀県鳥栖市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見ていこう。

【日経の記事】

幸子 ただし保有コストって信託報酬だけじゃないのよ。ほとんど知られていないんだけど、実際にはほかにも、銘柄を売買する際の手数料や外貨建て資産の保管費用などがかかるの。これらを合計した「実質コスト」で見ると、信託報酬の水準を大きく上回ることもあるわ。長期で思わぬ負担増になりかねないので注意が必要よ。

恵 実質コストってどれくらいかかるの?

幸子 投信評価会社モーニングスターの調べでは、国内株式で運用する投信の実質コストは平均で年1.45%。アクティブ型とインデックス型を総合した信託報酬の平均1.29%より、1割強高い計算ね。

良男 結構差があるな。

幸子 新興国株式で運用する投信の平均だと信託報酬の1.36倍の年2.11%にもなるわ。個別にみるとさらに高いものも多いの。ある日本株のファンドだと、信託報酬が2.19%なのに実質コストはなんとその4.2倍の9.3%弱よ

恵 えっ……。どんな投信の実質コストが高くなるの?

幸子 いくつか傾向があるわ。まず一つは新興国関連ね。売買手数料や外貨建て資産の保管費用が先進国に比べて高くなりがちなの。2番目は、売買頻度が高いアクティブ投信かしら

恵 アクティブ型が高い理由は?

幸子 投信では組み込む銘柄を売ったり買ったりするでしょ? その売買手数料は信託報酬には含まれないのよ。でも実際には費用がかかっているから、実質コストには入ってくるわ。インデックス型に比べて頻繁に株式を売買することが多いアクティブ型では売買手数料がかさみ、実質コストが高くなりがちね。アクティブ型投信は長期では6~7割がインデックス型に成績が負けると言われるわ。信託報酬が高めであるだけでなく、売買手数料がかさみがちなこともその原因の一つなのよ。

恵 ただしインデックス型でも、実質コストが信託報酬の2.4倍の3.47%に達する中国株投信が表にあるわ。気をつけなきゃね。


◎唯一惜しいのが…

上記のくだりは基本的には金融業界寄りではなく、読者(あるいは投資家)寄りの解説となっている。実質コストに着目するのは悪くないし、「売買頻度が高いアクティブ投信」の実質コストが高くなりやすいと明言しているのも好感が持てる。業界寄りの書き手だと、業界にとって旨みの大きいアクティブ投信を好意的に紹介するケースが多い。
八坂神社(北九州市)※写真と本文は無関係です

唯一惜しいのが「ある日本株のファンドだと、信託報酬が2.19%なのに実質コストはなんとその4.2倍の9.3%弱よ」と高コストの投信の名前を伏せている点だ。会話形式の本文はこれでもいいが、記事に付けた「信託報酬と実質コストの大きい主なファンド」という表でも「日本株a投信(ロング・ショート型)」「南アフリカ株b投信」などと、取り上げた6つの投信全てで具体名を伏せている。ちなみに「日本株a投信(ロング・ショート型)」が「実質コストはなんとその4.2倍の9.3%弱」の投信に当たる。

表の注記によると実質コストは「モーニングスターによる10月末時点の試算」だ。記事では実質コストの実績について「モーニングスターのサイトで見られるわ」と「幸子」に語らせている。ならば、「日本株a投信(ロング・ショート型)」についても具体名と実質コストがサイト内で分かるはずだ。記事中でも具体名を伏せる必要はない。

「高コスト投信として新聞に名前を出されたら、関係者が気を悪くしないか」などと田村編集委員は心配したのだろう。その辺りにまだ金融業界寄りの姿勢が残っている気がする。

ただ、全体として評価できる内容であることに変わりはない。田村編集委員には投資に関する豊富な知識があるのだから「金融業界の回し者に逆戻りしてなるものか」という強い気持ちを持ち続ければ、今回のような記事をもっと世に送り出せるはずだ。今後に期待したい。


※今回取り上げた記事「やりくり一家のマネーダイニング~投信の本当のコストは 信託報酬を大幅超過も 」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171213&ng=DGKKZO24570340T11C17A2NZKP00


※記事の評価はB(優れている)。ただ、田村正之編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_20.html

リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_1.html

無意味な結論 日経 田村正之編集委員「マネー底流潮流」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_26.html

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_24.html

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_84.html

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_64.html

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_10.html

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_58.html)

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_2.html

「投信おまかせ革命」を煽る日経 田村正之編集委員の罪(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_3.html)

運用の「腕」は判別可能?日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_21.html

「お金のデザイン」を持ち上げる日経 田村正之編集委員の罪
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_61.html

「積み立て優位」に無理がある日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_6.html

「金融業界の回し者」から変われるか 日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_26.html

2017年12月13日水曜日

ミナミはキタより「1カ所集中」と東洋経済 梅咲恵司記者は言うが…

週刊東洋経済12月16日号に載った「産業リポート~訪日客が殺到する大阪・ミナミの熱気と困惑」という記事は興味深く読めたが、「訪日客はなぜ、ミナミに集中するのか」の分析が甘いと思えた。筆者の梅咲恵司記者は以下のように説明している。
筑後川の恵蘇宿橋(福岡県朝倉市・うきは市)
          ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

「『キタ』(同じく大阪の代表的な繁華街である梅田周辺)も訪日客がかなり増えたが、ミナミほどの混雑ではない」(訪日客の集客支援事業を手掛けるイロドリの福島将人代表)。三菱総合研究所の推計を見ても、関西圏では心斎橋や難波、つまりミナミが訪日客の間で特に人気なのがわかる(61ページ図左下)。そのため、訪日客がミナミに集中し、そうした人々で街がごった返しているのだ。

訪日客はなぜ、ミナミに集中するのか。その理由は複数ある。

一つ目は、独特の街並みが訪日客には新鮮に映る点だ。イロドリの福島代表は「“This is 大阪”という雰囲気がミナミにはあり、“インスタ映え”する撮影スポットもたくさんある。キタはこのような場所が少ない」と語る。実際、グリコやかに道楽の看板前で多くの訪日客が記念撮影をしている。



◎だったら京都は?

関西圏では心斎橋や難波、つまりミナミが訪日客の間で特に人気」となっている理由を「独特の街並みが訪日客には新鮮に映る点」に求めているが、だったら京都の方が圧倒的に上ではないか。「グリコやかに道楽の看板」はあるものの、ミナミには京都を上回るほどの「独特の街並み」があるとは思えない。

梅咲記者の解説で最も引っかかったのが、次に取り上げる2番目の「理由」だ。

【東洋経済の記事】

二つ目は、買い物や食事のできる店が集まっていて便利な点。徒歩圏内に高島屋や大丸などの百貨店、ユニクロやH&M、ほかにもドラッグストア、100円ショップなどが立ち並ぶ。名物のお好み焼きやたこ焼き、ラーメン、回転ずしといった飲食店も数多く、訪日客は効率よく観光を楽しめる。一方で、キタはミナミほど一カ所に集まっておらず、施設間の移動も地下街を使うことが多いので、訪日客が迷ってしまうケースがあるようだ。


◎キタの方が「集まって」いるような…

買い物や食事のできる店」が「キタはミナミほど一カ所に集まって」いないと記事では言い切っている。だが、どちらかと言えば「キタ」の方が集まっている感じがある。
平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

記事に付けた「関西圏の主要エリアへの訪日客推計数」(出所は三菱総合研究所)というグラフでもキタは「梅田・大阪駅周辺」となっているのに、ミナミは「心斎橋」と「難波」に分かれている。地下鉄御堂筋線で言えば、キタは1駅だが、ミナミは2駅にまたがる。

残りの「理由」を見ていこう。

【東洋経済の記事】

関空からミナミまで移動時間はおよそ40分というアクセスのよさも有利。さらに、「ミナミは早い段階からプロモーションを強化し、街をブランド化した。エリアマネジメントが奏功している」と、三菱総研の小泉洋平主任研究員は分析する。


◎結局、アクセスでは?

結局、「関空からミナミまで移動時間はおよそ40分というアクセスのよさ」が決定的な要因ではないかと感じた。記事では、「(大阪への訪日客が増えている)背景には、関西国際空港への格安航空会社(LCC)の誘致がある」と述べている。ならば、関空へのアクセスが良いミナミは、キタや京都より有利だ。

エリアマネジメント」の影響もあるのかもしれないが、記事のような具体性の欠ける説明では何とも言えない。

ついでに他にも少し注文を付けておきたい。記事の続きは以下のようになっている。

【東洋経済の記事】

こういった複数の要因から、多くの訪日客がリピーターとしてミナミを訪れる。三菱総研の調査では、「心斎橋や難波を再び訪問したい」と回答した訪日客の割合は5割前後と、大阪城や通天閣などほかの観光スポットよりも高かった。大阪市によると、訪日団体客を乗せてミナミに到着する観光バスの数は、15年の1日平均266台から16年は同196台に減っている。最初は団体旅行で訪日した外国人が、LCCを使った個人旅行でミナミを再訪しているという行動が浮かび上がる



◎なぜ「キタ」と比べない?

上記のくだりでは「『心斎橋や難波を再び訪問したい』と回答した訪日客の割合」を「大阪城や通天閣」と比べている。なぜキタと比べないのか。三菱総研では当然にキタについても再訪意向を調べていて、差はほぼない。ちなみにUSJも同水準だ。
鳥栖プレミアム・アウトレット(佐賀県鳥栖市)
           ※写真と本文は無関係です

大阪城や通天閣などほかの観光スポットよりも高かった」と書くと、ミナミが他を圧倒しているような印象を受けるが、比較対象を恣意的に選んでいるだけだ。「ほかの観光スポットよりも高かった」と言いながら、具体的な差を見せないのも感心しない。

さらに言うと「観光バス」に関する説明もおかしい。

訪日団体客を乗せてミナミに到着する観光バスの数は、15年の1日平均266台から16年は同196台に減っている」としても「最初は団体旅行で訪日した外国人が、LCCを使った個人旅行でミナミを再訪しているという行動が浮かび上がる」とは限らない。

単に「団体客」が減って、最初から「個人旅行」を選ぶ外国人が増えているのかもしれない。データをご都合主義的に解釈している可能性がかなりある。


※今回取り上げた記事「産業リポート~訪日客が殺到する大阪・ミナミの熱気と困惑


※記事の評価はC(平均的)。梅咲恵司記者への評価も暫定でCとする。

2017年12月12日火曜日

日経「JR九州、設備点検にドローン導入」に足りないもの

12日の日本経済新聞朝刊企業総合面に載った「JR九州、鉄道設備点検にドローンを導入」というベタ記事には、肝心な情報が抜けている。「鉄道設備点検」へのドローン導入が鉄道業界でどの程度進んでいるかは、何としても入れてほしかった。こうした新たな試みを紹介するニュース記事では、「初」かどうかが極めて重要だ。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

JR九州は鉄道設備の安全管理に小型無人機(ドローン)を導入する。通常、従業員の目視で安全確認していた線路の点検などで活用する。ドローンを線路に沿って飛行させ、カメラなどセンサーで異常がないか確認する。設備の点検業務に関わる人員を削減できるほか、時間をかけずに安全確認ができると期待されている。ドローンを使った事業開発支援のエアリアルラボ(東京・港)と組み、2018年3月にも実証実験を始める計画だ。人工知能(AI)の技術を活用し、ドローンを自律飛行させる。

◇   ◇   ◇

鉄道設備の安全管理に小型無人機(ドローン)を導入する」のが世界初とか日本初ならば、ニュースの価値は高い。「JRグループで初」でも、そこそこのニュースだ。一方、多くの鉄道会社が既に当たり前に導入しているのならば、価値はかなり低い。

記事の扱いからは後者だと推測できるが、その場合も他社が当たり前に導入している事実は盛り込んでほしい。そうでないと、この記事をどう受け止めていいのか迷ってしまう。

他社による先行事例が多数あるとしても、例えば「ドローンを自律飛行させる」検査手法は新しいのかもしれない。記事を書くときは「この話は画期的なのか」「どこに目新しさがあるのか」を考え、それを読者へ的確に伝える努力をすべきだ。

今回の記事を書いた記者にはそうした「意義付け」への意識が低いのではないかと心配になった。もちろん、十分な指導ができていない企業報道部デスクの責任も重い。


※今回取り上げた記事「JR九州、鉄道設備点検にドローンを導入
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171212&ng=DGKKZO24510940R11C17A2TI1000


※記事の評価はD(問題あり)。

2017年12月11日月曜日

「最後の砦はパナとソニー」の説明が苦しい大西康之氏

週刊東洋経済12月16日号の特集「パナソニック 100年目の試練」の中に「最後の砦はパナとソニー 日本から電機メーカーが消える日」という苦しい内容の記事が出てくる。筆者は、何かと問題の多いジャーナリストの大西康之氏。まず「日本から電機メーカーが次々と消えつつある」との説明には根拠が乏しいし、「最後の砦はパナとソニー」との主張も説得力を欠く。
弥生が丘駅(佐賀県鳥栖市)※写真と本文は無関係です

まずは「日本から電機メーカーが次々と消えつつある」かどうか検証しよう。

【東洋経済の記事】

日本から電機メーカーが次々と消えつつある

海外原発事業の巨額損失で経営危機にある東芝は今年11月、テレビ事業を中国の海信(ハイセンス)グループに売却することを決めた。売却金額はわずか129億円。パソコン事業を台湾の華碩電脳(エイスース)に売却する方向で交渉しているとも報じられた(東芝は否定)。白モノ家電事業はすでに中国の美的集団(マイディア)に売った。総合電機メーカーとしての東芝は解体・消滅した

東芝だけではない。2011年にはNECがパソコン事業を中国のレノボに売却し、18年には富士通もパソコン事業を同じレノボに売却する。12年には三洋電機の白モノ家電事業が中国の海爾(ハイアール)に買われ、16年にはシャープが台湾の鴻海(ホン ハイ)精密工業の傘下に入った


◎どの会社が「消えた」?

上記の説明を読んで「日本から電機メーカーが次々と消えつつある」と思えただろうか。個人的には「消えた会社がほとんど出てこない」と感じた。実質的に消えたと言えるのは三洋電機ぐらいか(法人としては残っているようだが…)。シャープも消えたとは言い難い。外資の傘下に入った企業を「消えた」と称するならば、日産自動車も「消えた」ことになるが、そう感じる人は稀だろう。

東芝は「総合電機メーカー」ではなくなりつつあるが、東芝メモリ売却後も「電機メーカー」としては存在する。NECと富士通も、パソコン事業を売却したからと言って電機メーカーでなくなるわけではない。結局、「日本から電機メーカーが次々と消えつつある」との説明にまともな根拠は見当たらない。

次は「最後の砦はパナとソニー」を検証したいところだが、他にも色々と問題を感じたので、少し寄り道してそちらを見ていこう。


【東洋経済の記事】

日本の電機業界が国際競争力を失った要因の一つは、NTTと東京電力など電力10社の設備投資への依存体質にある

戦後の復興期から高度成長期、そしてバブル期まで、NTTと電力10社の設備投資は電機メーカーを潤し続けた。ピーク時の1993年にはNTTと電力10社の設備投資を合わせると9兆円に及び、海外の案件はほぼゼロだった。電電ファミリー(NEC、富士通、日立製作所など)、電力ファミリー(東芝、日立、三菱重工業など)と呼ばれた総合電機メーカーは、NTTや東電が求めるスペックどおりに電話交換機や発電タービンを造っていれば、莫大な利益を手にすることができた。


◎三菱重工業は「総合電機」?

電電ファミリー(NEC、富士通、日立製作所など)、電力ファミリー(東芝、日立、三菱重工業など)と呼ばれた総合電機メーカー」と書くと「三菱重工業」も「総合電機メーカー」だと解釈できる。だが、常識的には「総合重機」には入れても「総合電機」には含めない気がする。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です

記事の続きを見ていこう。

【東洋経済の記事】

NTTや電力10社から得た利益を元手に各社は白モノ家電、半導体、パソコン、液晶パネル、薄型テレビ、携帯電話などの研究開発と設備投資を進め、80〜90年代に世界市場を席巻した。ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのピカデリーサーカスといった世界主要都市の一等地に「TOSHIBA」「SANYO」といった日本の電機メーカーのネオンサインが輝いた。


◎三洋電機も「ファミリー」?

このくだりからは「SANYO=三洋電機」も「電電ファミリー」か「電力ファミリー」に属していたと取れる。だが、実際は違うのではないか。大西氏も記事の中で三洋電機を「ファミリー」として挙げていない。

次の説明にも問題を感じた。

【東洋経済の記事】

しかし、白モノ家電の世界市場はハイアール、ハイセンス、マイディアといった中国勢に奪われた。半導体は韓国のサムスン電子、台湾のTSMCに完敗し、液晶パネルと薄型テレビは韓国のサムスンとLG電子に市場を奪われた。携帯電話はスマートフォンへの移行が遅れ、アップル、サムスンに主導権が移った。東芝は今年11月、タイムズスクエアの広告を取りやめることを決めた。

これらの敗因は、通信と重電を本業としながら副業的に半導体や液晶パネルといった“鉄火場”の市場に踏み込んでしまったことにある。「ここで負けたら倒産」という追い込まれた状況に身を置いている専業メーカーに対し、日本の総合電機には「負けても国内の通信・重電がある」という甘えがあった。それが勝負どころで一気呵成の投資ができない意思決定の遅さや、造ったものは何が何でも売りさばくというマーケティング努力の不足につながった。


◎サムスンは「専業メーカー」?

記事の説明を素直に信じれば「韓国のサムスン電子」は「『ここで負けたら倒産』という追い込まれた状況に身を置いている専業メーカー」のはずだ。その割には「半導体」「液晶パネルと薄型テレビ」「携帯電話」などと色々な所で社名が出てくる。それに、サムスンほどの優良企業が「スマホで負けたら倒産」といった「追い込まれた状況に身を置いている」とは考えにくい。

さらに言えば、「液晶パネルと薄型テレビ」などではソニーやパナソニックなど「NTTや電力10社から得た利益を元手に」しにくい収益構造の日本勢も優位に立てなかった。「NTTと東京電力など電力10社の設備投資への依存体質」に敗因を求めても、なぜソニーやパナソニックもダメだったのかが説明できない。

さて、かなり引用が長くなるが、ここから「最後の砦はパナとソニー」に説得力があるかどうかを見ていこう。

【東洋経済の記事】

日本の電機メーカーで生き残る可能性があるのは、NTTと電力10社に依存せず成長してきた独立系のパナソニックとソニーかもしれない。日本勢の大半が中国メーカーとの競争をあきらめた白モノ家電分野において、ファイティングポーズを取っているのがパナソニックであり、日本メーカーの中で唯一、アルファベット(グーグルの親会社)、フェイスブック、中国の騰訊(テンセント)などが支配するインターネットプラットフォームの分野で戦える可能性を残したのがソニーである。

ソニーの武器は、オンラインゲームサービス「プレイステーションネットワーク」にいる7000万人(17年3月期末時点)の月間利用者だ。頻繁に自社のサイトを訪れる利用者が7000万人いれば広告媒体としての価値を持ち、そこにゲームだけでなく音楽、映画、フィンテック(金融・保険)などのコンテンツを載せることで薄く広く、恒常的に収益を得ることができる。平井一夫社長が言う「リカーリング型ビジネス」だ。こうしたビジネスに付随するデータを蓄積すれば、ビッグデータの活用による新たなマーケティングも可能になる。プレステのユーザー層がネットビジネスのプラットフォームになるわけだ。

グーグルやフェイスブック、テンセントは何億人もが利用するプラットフォームを構築することで、莫大な収益を上げている。日本企業の中でプラットフォーマーになる可能性があるのはヤフー、楽天、そしてソニーの3社である

ただ、パナソニックにプラットフォーマーとしての存在感はない。ゲーム事業の好調などでソニーは18年3月期に20年ぶりに営業最高益を更新する見通しで、パナソニックは時価総額でもソニーに水をあけられている。

パナソニックに生き残りの可能性があるとすれば、メガサプライヤーの道だろう。電機産業の付加価値は半導体やディスプレーを世界中のアッセンブラー(組立業者)に供給するメガサプライヤーと、利用者を抱え込むプラットフォーマーの両端に偏り、その中間に位置するアッセンブラーの稼ぎは減っていく。

付加価値が減る一方で、デバイスの需要数はケタ外れに増えていく。IoTが生活や産業に浸透していく過程で社会は現在の何倍、何十倍という数の半導体、ディスプレー、バッテリー、モーターを必要とする。その生産を一手に引き受けるのがメガサプライヤーである。現在でいえば半導体のTSMC、液晶パネルのサムスンなどがそれに当たる。

パナソニックにとって最大のチャンスはバッテリーだ。同社は米国の電気自動車(EV)大手、テスラにリチウムイオン電池を供給している。両社が共同で運営する電池工場の「ギガファクトリー」(ネバダ州)は、同工場を除く世界のリチウムイオン電池生産量と同等の生産量を持つ。

問題は、パナソニックが電池のメガサプライヤーになりきれるかどうかである。テスラのイーロン・マスクCEOは今後の需要増に備え、「この規模の電池工場を7〜10カ所作りたい」と語っている。10カ所なら投資総額は5兆円。現状の負担割合で考えると、パナソニックの負担は2兆円に及ぶ。

パナソニック経営陣にはまだプラズマや液晶パネルへの巨額投資で失敗した記憶が生々しく残っており、「これ以上テスラのギャンブルには付き合えない」との声もある。立ち止まるべきか、それとも一段と踏み込むべきか。津賀パナソニックは今後、難しい判断を迫られることになる。


◎「パナとソニー」以外は生き残れない?

日本の電機メーカーで生き残る可能性があるのは、NTTと電力10社に依存せず成長してきた独立系のパナソニックとソニーかもしれない」と言うぐらいだから、「パナソニックとソニー」以外の電機メーカーが生き残る望みはほぼないと大西氏は考えているのだろう。だが、なぜ2社以外はダメなのかが謎だ。
原鶴温泉(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

NTTと電力10社に依存」してきた会社は生き残りの可能性がないと大西氏は言いたいのだろう。だが「NTTや東電が求めるスペックどおりに電話交換機や発電タービンを造っていれば」利益が得られるのならば、成長は見込めなくてもその分野で生き残れるのではないか。「そうした分野は需要が減るし、今後は利益も見込めない」といった状況があるのならば、記事中で解説すべきだ。

大西氏が「電電ファミリー」と「電力ファミリー」の両方に含めた「日立製作所」は電機業界では勝ち組だとされる。記事では触れていないが、三菱電機も勝ち組に入る。こうした「電機メーカー」は十分に生き残りの可能性がありそうだ。「違う」と大西氏が考えるのならば、それはそれでいい。だとしたら、「なぜ日立や三菱電機は生き残りの候補に入らないのか」はしっかり解説すべきだ。そこにまともに触れないで、「パナソニックとソニー」に候補を限定されても困る。

ついでに言うと「日本企業の中でプラットフォーマーになる可能性があるのはヤフー、楽天、そしてソニーの3社である」との記述も引っかかった。メルカリは入れなくていいのだろうか。


※今回取り上げた記事「最後の砦はパナとソニー 日本から電機メーカーが消える日

※記事の評価はD(問題あり)。大西康之への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html

「東芝に庇護なし」はどうなった? 大西康之氏 FACTA記事に矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/facta.html