太刀洗レトロステーション(福岡県筑前町) ※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
国が大号令をかけると国営、民間を問わず企業が一斉に動き出す。そんな「開発独裁」はかつての日本にも似た体制だが、中国の規模はケタ違いだ。経済協力開発機構(OECD)によると、15年の中国の研究開発投資額は4088億ドル(約45兆円)と米国(5029億ドル)に迫る。
家電から工場まで搭載が進む人工知能(AI)。米AI学会での研究発表件数(10~15年)は日本の75件に対し、中国は413件にのぼり、米国との共同研究も80件を発表した。大艦巨砲の大国に、どう対峙していくべきか。
日本の研究開発投資額は16年度で18兆円余り。21世紀に入ってほぼ横ばいだ。限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ結果、質の高い論文を数える世界ランキングで日本の順位はあらゆる研究で下がった。
文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、13~15年の世界順位は10年前と比べて材料科学は3位から6位、化学は3位から5位に落ちた。産業革命を支える計算機・数学は9位から13位、基礎生命科学は5位から11位と深刻だ。
強みを出せる研究分野を見極められるかが勝負になる。だが、科学技術政策の司令塔となる総合科学技術・イノベーション会議(議長=安倍晋三首相)は「重点的な資源配分」を総合戦略でうたいつつ、まず官民が率先して取り組む研究だけでもAIやセンサーからロボット、防災までずらりと並べる。
米中という2つの大国が巨額の資金を使って競う姿が鮮明になってきた世界。国家主導で力ずくで米国に近づこうとする中国の戦略が、イノベーションにつながるかはわからない。
しかし、日本が思い切った選択と集中を進めなければ世界で埋没していく。日本がイノベーションを通して世界で存在感を保つには、これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある。
◇ ◇ ◇
疑問点を列挙してみる。
◎「中国の規模はケタ違い」?
年間の「研究開発投資額」は中国が「約45兆円」で日本が「18兆円余り」らしい。これで「中国の規模はケタ違い」だと言えるのか。「ケタ違い」ならば10倍以上の差は欲しい。しかも中国の「研究開発投資額」は米国よりも小さい。
福岡県立朝倉高校(朝倉市)※写真と本文は無関係です |
◎なぜ中国と「対峙」?
記事では中国に焦点を当て「大艦巨砲の大国に、どう対峙していくべきか」と問題提起している。そもそもなぜ「対峙」する必要があるのか。「対峙」とは「対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること」(デジタル大辞泉)という意味だ。
記事には「米AI学会での研究発表件数(10~15年)は日本の75件に対し、中国は413件にのぼり、米国との共同研究も80件を発表した」との記述もある。米中が協力しているのならば、日中も協力すればいいではないか。
百歩譲って中国とは「対峙」すべきならば、米国も同じではないのか。「研究開発投資額」では米国が中国を上回っている。「米中という2つの大国が巨額の資金を使って競う姿が鮮明になってきた」のに、2番手の中国に絞って「どう対峙していくべきか」を検討する意味はあるのか。
◎「戦略のないままつぎ込んだ」?
日本は「18兆円余り」の「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ」と記事では断定している。これは常識的には考えにくい。「18兆円余り」のうち7割程度は企業によるものだ。日本のあらゆる企業が「戦略のないまま」研究開発に資金を「つぎ込んだ」りするだろうか。
多くの企業にはそれなりの「戦略」があるはずだ。取材班では何の根拠があって「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ」と言い切ったのか。
◎政府に目利きを期待?
記事では「強みを出せる研究分野を見極められるかが勝負になる」との考えに基づいて「思い切った選択と集中」を求めている。その役割は「科学技術政策の司令塔となる総合科学技術・イノベーション会議」が担うのだろう。個人的には賛成しかねる。市場の将来予測は現場感覚がある民間企業でも難しい。政府に目利きとしての能力を期待するのは無謀だ。
例えば「AIとバイオにだけ研究開発資金をつぎ込みます。日本の未来をこの2分野に託します。他の分野には一切の支援をしません」と政府が宣言した時、「『思い切った選択と集中』ができたな。これで『日本がイノベーションを通して世界で存在感を保つ』条件が整った」と取材班のメンバーは感じるだろうか。
◎見直すべき「成功体験」とは?
記事の結びに「これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある」と出てくる。この「成功体験」とは何を指すのだろう。21世紀に入ってからは「限られた資金を戦略のないままつぎ込んだ結果、質の高い論文を数える世界ランキングで日本の順位はあらゆる研究で下がった」のだから、21世紀の「成功体験」ではないはずだ。
最初は「1946年から 49年まで,第2次世界大戦後の経済復興のための重点生産政策として実行された」(ブリタニカ国際大百科事典)という「傾斜生産方式」が思い浮かんだ。
この時は「経済復興に必要な諸物資,資材のうち石炭,鉄など,いわゆる基礎物資の供給力回復が最も急務であるという観点から,これら部門に資金,人材,資材などを重点投入する政策をとった」(同)。
ただ、「傾斜生産方式」は言ってみれば「思い切った選択と集中」なので、取材班が求める方向と一致する。記事では「これまでの成功体験を大胆に見直す必要がある」と言うのだから辻褄が合わない。結局、見直すべき「成功体験」とは何を指すのかよく分からなかった。
※今回取り上げた記事「ニッポンの革新力~世界から考える(5)大艦巨砲で迫る中国 勝てる分野選び集中」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171223&ng=DGKKZO24976470S7A221C1MM8000
※記事の評価はC(平均的)。連載全体の評価もCとする。企業面の関連記事の最後に「西岡貴司、加藤宏志、飛田雅則、早川麗、深尾幸生、鈴木壮太郎、伊原健作、多部田俊輔、吐田エマ、森田淳嗣、矢後衛、太田順尚、新井重徳、花房良祐、松井基一、安西明秀、辻隆史、松田直樹が担当しました」と出ていた。筆頭に名前がある西岡貴司氏を連載の責任者だと推定し、西岡氏への評価を暫定B(優れている)から暫定Cへ引き下げる。
※「ニッポンの革新力」に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「いびつ」が見えぬ日経「ニッポンの革新力~いびつな起業小国」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_4.html
「ヒット商品はインド発」に偽りあり 日経「ニッポンの革新力」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_20.html
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