2020年1月31日金曜日

日経1面トップ「日本製鉄、呉の高炉休止」に注文

31日の日本経済新聞朝刊1面トップを飾った「日本製鉄、呉の高炉休止~生産能力1割削減
世界で供給過剰」という記事にはいくつか引っかかる点があった。まず「高炉休止」なのかという問題だ。最初の段落では以下のように書いている。
姪浜港(福岡市)に停泊中のフラワーのこ
         ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本製鉄は呉製鉄所(広島県呉市)に現在2基ある高炉(総合2面きょうのことば)を休止する方針を固めた。国内の生産能力を1割削減する。同製鉄所は鋼板製造ラインも含めた将来の全面閉鎖も検討する。鉄鋼業界は保護主義の広がりと中国企業の大増産で市況が悪化し、日本勢のアジア向け輸出の競争も激しい。世界的に生産能力は過剰で、競争力の低い製鉄所の淘汰が広がる可能性がある。(関連記事企業2面に)



◎「廃止」の方が…

休止」とは「仕事・活動などを、一時休むこと。また、動きが止まること」(デジタル大辞泉)という意味なので、「高炉休止」と聞くと「廃炉ではない」との印象を受ける。しかし記事では「生産能力を1割削減」「(製鉄所の)全面閉鎖も検討」などと書いている。ここから判断すると廃炉となるのだろう。だとしたら「高炉廃止」の方がしっくり来る。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

世界鉄鋼協会によると、2019年の世界の粗鋼生産量は18億6990万トン。経済協力開発機構(OECD)の推計では18年時点の世界の鉄鋼業の生産能力はこれを約4億トン上回る。日本の粗鋼生産量の4倍の過剰能力を世界で抱えている計算だ。日本国内も約3割の過剰能力を抱える。


◎なぜ背景説明を前に?

第2段落でいきなり背景説明に移る。最近の日経の記事でよく見るパターンだ。ニュース記事の作り方の原則に反しているし、個人的にも好みではない。しかも、記事の終盤で再び背景説明が出てくる。最後にひとまとめにした方がいい。

次は第3段落だ。

【日経の記事】

日鉄は2月7日にも呉製鉄所の高炉休止を発表する。数年以内に実施する。同製鉄所の粗鋼生産量は19年3月期で273万トン。生産能力はグループ全体の7%に相当する。呉の高炉は1基を残し能力を増強する計画だったが2基とも休止する方針に転換した。北九州市の1基も21年3月末の休止を決めており、グループの国内の生産能力は現在の5400万トンから1割程度減る見通しだ。


◎ちょっと話が…

呉製鉄所(広島県呉市)に現在2基ある高炉」はどちらもこれまで「休止」が決まっていなかった。そして「2基」の「休止」によって「生産能力」が「1割削減」になる--。最初の段落を読んだ時はそう理解した。

しかし、第3段落で話が変わってくる。「呉の高炉は1基を残し能力を増強する計画だったが2基とも休止する方針に転換した」らしい。今回は「1基」の「休止」が新たに決まっただけだ。しかも「北九州市の1基」も合わせての「1割削減」らしい。

最初の段落では話を大きく見せたのだろう。1面トップなので気持ちは分かるが、お薦めしない。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

呉製鉄所は子会社の日鉄日新製鋼が運営し、自動車の高機能鋼板などを製造する。規模がグループ内の他の製鉄所と比べ小さく、製鉄所全体の閉鎖も検討する



◎何が残る?

現在2基ある高炉」を「休止」しても「製鉄所全体の閉鎖」とはならず「鋼板製造ライン」が残る可能性があるのだろう。しかし「高炉」がないのにどうやって「鋼板製造」が可能なのかよく分からない。加工工程を残すのであれば、そう書いてほしい。

ここからは最後の2段落を見ていく。

【日経の記事】

閉鎖の場合、1000人程度いる従業員は配置転換を含め検討するもようで、協力会社を含めた3000人以上の雇用に影響する可能性がある。高炉のある製鉄所を全面閉鎖すれば日鉄グループの創業以来、初めてとみられる

鉄鋼業界の経営環境は急速に悪化している。米国が鋼材への輸入関税を引き上げ、米国に向かっていた製品がアジアや欧州でだぶついた。最大の生産国である中国は、政府の景気刺激策で過去最高のペースで鉄の増産を続ける。鉄鉱石など原材料価格は高止まりする一方、市況の低迷が続く二重苦に直面している。欧州では経営破綻も起きた。


◎なぜ「みられる」?

高炉のある製鉄所を全面閉鎖すれば日鉄グループの創業以来、初めてとみられる」と「みられる」を付けているのが引っかかった。「創業以来、初めて」かどうか確認できなかったのか。簡単に確認できそうな話だと思えるが…。


※今回取り上げた記事「日本製鉄、呉の高炉休止~生産能力1割削減
世界で供給過剰
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200131&ng=DGKKZO55071770R30C20A1MM8000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月30日木曜日

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…

30日の日本経済新聞朝刊オピニオン2面に載った「Deep Insight~『核の傘』代を求める米政権」という記事はツッコミどころが多かった。筆者は秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)。記事を見ながら問題点を指摘していきたい。
水鏡天満宮(福岡市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

外国との同盟は、米国の資産ではなくコストだ。こう信じるトランプ米大統領は、海外に駐留する米軍経費に加え、米軍本体の運用費の一部も、同盟国に払わせるつもりのようだ。

米メディアによると、トランプ政権は駐留経費の負担を約5倍に増やすよう韓国に迫り、今年から交渉に入る日本にも現状の約4倍の増額を求めようとしている。その是非を考える以前の問題として、物理的に無理な話である

防衛省の試算によると、駐留経費の日本の負担はすでに8割を超える(2015年度)。ブッシュ(子)政権当時、米側が公表したデータでも、日本の負担率は約75%、韓国は約40%にのぼる。

日本は在日米軍駐留の関連経費として、19年度予算で約3900億円を割いた。この中には基地の光熱水料から住宅補修費、そこで働く労働者の福利費なども含まれる。さらに増やすとすれば、「米軍兵士の給料を払うくらいしかない。それでは日本の傭兵(ようへい)のようになってしまう」(日本の安保担当者)。


◎「物理的に無理な話」?

駐留経費の日本の負担」を「現状の約4倍」にするのは「物理的に無理な話」だと秋田氏は言うが、「物理的」には十分に可能だ。「駐留経費の日本の負担はすでに8割を超える」ことを根拠としているような書き方だが、米国に直接カネを渡せば「負担」は無限に増やせる。「物理的」な限界はほぼない。「4倍」を大きく超える「負担」も「物理的」には可能だ。

付け加えると「米軍兵士の給料を払うくらいしかない。それでは日本の傭兵(ようへい)のようになってしまう」という「日本の安保担当者」のコメントも的外れだ。

米軍兵士の給料を払う」とその「米軍兵士」が米国ではなく日本の指揮下に実質的に入るのならば「日本の傭兵(ようへい)のようになってしまう」と言える。しかし、日米の力関係を考えれば、米国が指揮権を手放すとは思えない。

記事の続きを見ていこう。


【日経の記事】

トランプ氏は本気のようだ。安倍晋三首相はこれまでの日米首脳会談で、日本は8割超を負担していると重ねて説いてきた。トランプ氏はその場では聞き置く姿勢を見せるが、次の会談で再び、現状に不満をこぼすという。

いったい大統領の本音はどこにあるのか。政権の内幕を探ると、これまでの同盟の本質を変えかねない新たな路線が浮かび上がる。

複数の外交筋によると、トランプ政権による韓国への増額要求には、駐留経費だけでなく、韓国の安全のために提供する核戦力と通常戦力の費用の一部も含めているという。詳細は伏せられているが、驚くべきは核戦力の一部費用まで徴収する方向で検討していることだ。

米国が同盟国保護のために提供する核戦力は「核の傘」と呼ばれる。米本土の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、海外に配備された核爆弾とそれらを搭載する爆撃機、核ミサイルを積んだ原子力潜水艦……。「核の傘」を保つにはこうした兵器を運用せねばならず、確かに膨大な予算がかかる。

世界中の標的に照準を定め、いつでも核戦力を使えるようにするには、巨大な統制システムも維持しなければならない。

核戦力に加えて、米軍は空母やイージス艦、軍用機といった通常戦力も海外に展開し、脅威に目を光らせている。韓国や日本に負担増を求めるのは、これらの恩恵を受けている分、コストも一部払ってほしいと考えるからだ。

米軍を世界警察に例えれば、米国はこれまで「交番」を置く地域に、その費用の一部肩代わりを求めてきた。今度は、警察本体の運営にかかわる費用も一部払えといっているようなものだ。

トランプ政権は今後、欧州の同盟国にも、似た要求を突きつけるだろう。米政府筋によると、昨年来、欧州各国との同盟関係についても調べ上げ、どのくらい負担増を求めるか精査してきた。

米政権が本気でこの方針を強行すれば、同盟国の米国離れを招き、トランプ氏が望む「偉大な米国」と逆の結末を招く恐れがある。

そもそも、「核の傘」の最大の目的は、米国自身を守ることにある。同盟国がその恩恵を受けているのは事実としても、コストのどこまでが米国分で、どこからが同盟分と切り分けるのは難しい



◎それは基地も同じでは?

核の傘」について「コストのどこまでが米国分で、どこからが同盟分と切り分けるのは難しい」と秋田氏は言う。それは「海外に駐留する米軍経費」も同じだろう。なのに「駐留経費の日本の負担はすでに8割を超える」形で負担を分け合っている。「核の傘」では同じ対応ができないと考える理由はない。
西鉄甘木線(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

さらに記事を見ていく。

【日経の記事】

それでも米国が「核の傘」の代金を要求するなら、核戦力の詳細がどうなっているのか、同盟国には一定の情報を知り、運営に意見を言う権利がある。

元国防総省高官によると、核システムを共有する一部の欧州諸国などを除けば、米国は同盟国といえども、核戦力の詳細を明かしていない。国家の存亡にかかわる超重要機密だからだ

仮に、同盟国が核戦力の費用分担に応じるとしても、米国がこの秘密主義を変えることはないだろう。同盟国の側からみれば、口出しできないのに費用だけ徴収される「代表なき課税」に近い



◎「一部の欧州諸国」に明かしているのならば…

一部の欧州諸国」に「核戦力の詳細を明かして」いるのならば、他国には絶対に明かせない「超重要機密」とは言い難い。「核戦力の費用分担に応じる」条件として「核戦力の詳細」を開示するように求めてもいいのではないか。

国家の存亡にかかわる」と言われたら「一部の欧州諸国には開示してるじゃないか。開示がどうしても無理だと言うんならカネは出さないよ」と返せばいい。

記事の終盤も見ておこう。

【日経の記事】

そうなれば、同盟国の間には、自前の核を持った方がよいと考える意見が出てくるかもしれない。

韓国ギャラップが17年9月、韓国内で実施した世論調査によると、韓国による核保有について、6割が賛成と答えた。中央日報など韓国メディアは19年、核保有の是非を論じるコラムを載せている。

米国の同盟国に核保有の動きが出れば、核不拡散体制がほころび、北朝鮮やイランに核放棄を強いる論拠も弱まる。「非核三原則」を堅持する日本の安全保障にも悪夢の筋書きだ。

では、韓国や日本はどうするか。米国が「核の傘」代を徴収するという前例をつくらないためにも、当面の交渉は米軍の純粋な駐留経費だけに対象を絞り、「核の傘」や通常戦力の維持費分担については別の交渉に移し替えるのが一案だろう。そのうえで11月の米大統領選の結果を見極めればよい



◎なぜ交渉に応じる?

米国が『核の傘』代を徴収するという前例をつくらない」ことが重要ならば、交渉を求められても断固拒否すべきだ。なのに、なぜか「『核の傘』や通常戦力の維持費分担については別の交渉に移し替えるのが一案だろう」となってしまう。

そして最終段落では以下のように締めている。

【日経の記事】

トランプ氏が大統領に再選されれば、時間稼ぎは難しくなるだろう。その場合、北大西洋条約機構(NATO)諸国と日韓で連携し、トランプ氏の方針に抵抗を試みるしかない


◎「抵抗」するだけ?

抵抗を試みるしかない」という結論が辛い。徹底的に「抵抗」するとどうなるのかを考えてほしかった。日経のような日米同盟絶対主義の考えでは、結局は米国に従うという結論になるはずだ。

それはそれで1つの考え方だ。だったら、そう書いてほしい。「それでも米国が負担増を求めてきたら従うしかない。結局、日本には安全保障面で米国に逆らう選択肢はないのだ」とでも書けばいいのではないか。

そこを濁しているのが残念だ。日米同盟絶対主義は日本から見れば属国体制容認主義とも言える。そのことを認めずに話を進めるから説得力がなくなってしまう。

日本が米国の属国ではないのならば「駐留経費は十分に払っている。増額交渉には応じない。核兵器の維持費などの負担は論外。それが不満ならば日本から出ていってくれ」と米国に言えば済む話だ。

駐留経費の日本の負担」を「さらに増やすとすれば、『米軍兵士の給料を払うくらいしかない。それでは日本の傭兵のようになってしまう』(日本の安保担当者)」と秋田氏も訴えていたはずだが…。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『核の傘』代を求める米政権
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200130&ng=DGKKZO54992760Z20C20A1TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はE(大いに問題あり)を維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

2020年1月29日水曜日

野菜の栽培装置が「ディスラプション」を起こすと訴える日経の無理筋

ディスラプション」をテーマに連載するのは避けた方がいいと繰り返し指摘してきた。しかし日本経済新聞の朝刊ディスラプション面で連載が終わる気配はない。29日の「Disrupution 断絶の先に 第10部 地球に生き続ける(4)畑は店内 レタスは捨てない」という記事も苦しい内容だった。
博多リバレインモール(福岡市)
     ※写真と本文は無関係です

ディスラプション(創造的破壊)」が感じられるかどうか最初の事例を見ていこう。

【日経の記事】

私たちの健康な暮らしに欠かせない食事。2050年、世界の人口が98億人まで増えたとき、地球は必要な食料を供給できるのだろうか。世界で生産される年40億トンの食べ物のうち3分の1が食卓に届く前に失われている。作りすぎたり腐らせたりしているムダをなくし、いつか到来する「地球の限界」を超えていかなければならない。ディスラプション(創造的破壊)を起こして、課題を解決しようとするスタートアップなどが、新たな食の循環型社会を切り開こうとしている

ドイツ・ベルリンのスーパー、エデカには、来店客に人気の一風変わった売り場がある。緑鮮やかなレタスやイタリアンバジルが並ぶ「畑」だ。

売り場の後ろに控える約2メートル四方の冷蔵ケースの中には、人工の光で照らされた野菜が青々と実る。時折、スタッフがやってきて、食べごろのみずみずしい野菜を選んで、てきぱきと売り場に並べていく。

この野菜の栽培装置は、2013年創業の独スタートアップ、インファームが開発した。遠い他国や地方の畑から、店に届くまでに傷んでしまう野菜をどうしたら少なくできるのか。インファームが見いだした答えは「店の中に畑を持ち込む」ことだった。都市近郊の拠点で苗まで育てておき、後は店内の専用ケースの中で育て「完成品」とする。離れていた畑と店が近づけば、輸送コストや廃棄ロスは減る。燃料から生じる二酸化炭素(CO2)も減らせる。一石二鳥だ

インファームの「畑」は600を超える。スーパーだけでなく、レストランにも広がり始めた。英仏など欧州6カ国に続き、2019年には米国にも進出し、小売り大手クローガーと組んだ。日本でも参入の準備を進めている。


◎小さな改善かもしれないが…

やはり「ディスラプション(創造的破壊)」と呼ぶには事例が弱い。「野菜の栽培装置」が普及して、いずれは世界の畑のほとんどが不要になると言えるのならば「ディスラプション」でいい。しかし、そういう話は出てこない。

一部の作物を「店内の専用ケースの中で育て『完成品』とする」のは「廃棄ロス」を減らす1つの方法だろう。だが、問題を一気に解決できるインパクトはない。それらの積み重ねが世界を変えていく面はあるとしても「ディスラプション」ではない。変化は連続的で緩やかなものになるはずだ。

「小さな積み重ねが世界を変える」などと訴えれば説得力があるのに「ディスラプション(創造的破壊)を起こして、課題を解決しようとするスタートアップなどが、新たな食の循環型社会を切り開こうとしている」と大きく構えるから苦しくなる。この連載の宿命だ。

野菜の栽培装置」に関する説明には他にも問題を感じた。

輸送コストや廃棄ロスは減る」と書いているが、「ドイツ・ベルリンのスーパー、エデカ」でどの程度の効果があったのか触れていない。なぜ肝心のデータを見せないのか。分からないのならば、そこは正直に記してほしい。

遠い他国や地方の畑から、店に届くまでに傷んでしまう野菜をどうしたら少なくできるのか」とも書いているが、傷みやすい「レタス」などを「遠い他国」から持ってくる量は限定的だろう。であれば「野菜の栽培装置」で減らせる「輸送コスト」が大きいとは思えない。

しかも「都市近郊の拠点で苗まで育て」るので「店の中」では完結しない。結局は「輸送コスト」が残ってしまう。「野菜の栽培装置」を買う必要があるし、「店内の専用ケースの中で育て『完成品』とする」過程では電気代もかかりそうだ。

最も近いところから仕入れる方が安く付くケースも多いだろう。そういう面にも記事では触れていない。

燃料から生じる二酸化炭素(CO2)も減らせる。一石二鳥だ」とも言い切っているが、「売り場の後ろに控える約2メートル四方の冷蔵ケースの中には、人工の光で照らされた野菜が青々と実る」との説明から判断すると、かなりの電力消費になりそうだ。そこを考慮せずに「一石二鳥だ」と評価して良いのか。

他の事例にも問題を感じたが、長くなるのでやめておく。最初の事例だけでも、この記事の苦しさは明らかだ。


※今回取り上げた記事「Disrupution 断絶の先に 第10部 地球に生き続ける(4)畑は店内 レタスは捨てない
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200129&ng=DGKKZO54809540U0A120C2TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。潟山美穂記者、渋谷江里子記者、白石透冴記者への評価も暫定でDとする。

2020年1月28日火曜日

説明に無理がある日経 藤田和明編集委員「一目均衡~次世代に資本のバトンを」

ネタに困って苦し紛れに書いたのだろう。日本経済新聞の藤田和明編集委員が28日の朝刊 投資情報面に書いた「一目均衡~次世代に資本のバトンを」は強引さの目立つ内容だった。記事の後半を見ていこう。
福岡県立福岡高校(福岡市)
     ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

高い理念を掲げ、実際のビジネスで成長軌道に乗る新興企業が目立ってきた。すでに上場したレノバは再生可能エネルギー事業を手掛ける。ラクスルは印刷や広告・物流など中小企業の課題をシェアリングで解決する。

中小型株運用で実績を上げてきたアセットマネジメントOneの岩谷渉平氏は大きな変化を感じている。金融危機前の起業ブームのような、うかれた雰囲気が経営者にまるでない。「特に30代のトップの社会問題への意識は高い」

自分の職業を考える時期に金融危機や東日本大震災が重なったせいか。正面から社会的課題に向き合う。資本も自分のものではなく、他人から託されたとの思いが強い。

その姿勢が周囲を動かす。「上の世代が自分では実現できなかったバトンを、若いリーダーに託し始めたようにみえる」と岩谷氏。レノバの会長には第二電電(現KDDI)を創業した千本倖生氏が就いている。資本の出し手側も多くは上の世代。年齢の逆転現象が明らかに起きている

エンジェルジャパン・アセットマネジメントの柳葉徹氏も、企業訪問を重ねるなかで新たな経営者像をみている。「経済価値と社会価値の両立を自然に考える世代だ。高いビジョンに、この指止まれで人が集まる」

振り返れば2000年代はまだライブドアのような新勢力の台頭に、旧世代の抵抗があった。今や資本をうまく生かせる新たな担い手に渡す土壌は整いつつある。日本全体でみた資本の再配置だ。

5年、10年先にはそうした企業の中から、日本経済を描き直す主役が育ってくるはずだ。バブル高値から30年。GAFAのような巨大企業の不在を嘆くより、いま動き出した歯車をしっかり前に、着実に進めるときだろう。


◎バトンを託してる?

上の世代が自分では実現できなかったバトンを、若いリーダーに託し始めた」例として「レノバの会長には第二電電(現KDDI)を創業した千本倖生氏が就いている」と書いたのだろう。

しかし「会長」職にあるのならば「若いリーダーに託し始めた」とは言い切れない。「上の世代」が現役で頑張っている事例に使う方がまだしっくり来る。

さらに言えば「千本倖生氏」を「第二電電(現KDDI)を創業した」と紹介するのも苦しい。KDDIのサイトで「第二電電の概要」を見ると「母体は京セラ、創業者は稲盛和夫」となっており「千本倖生氏」を「創業者」とは認定していない。

藤田編集委員の説明だと「第二電電」を「千本倖生氏」が1人で「創業」したような印象を受ける。「千本倖生氏」を強引に「創業者」と見なすとしても「稲盛和夫氏とともに」ぐらいは入れてほしい。

さらに理解に苦しむのが「資本の出し手側も多くは上の世代。年齢の逆転現象が明らかに起きている」というくだりだ。エンジェル投資に関して言えば「資本の出し手側も多くは上の世代」というのは「2000年代」でも、さらに遡っても変わらない気がする。しかし藤田編集委員は「年齢の逆転現象が明らかに起きている」と断定している。

記事を素直に解釈すると、以前は「資本の出し手側」の「多く」が「下の世代」だったのに、最近は「上の世代」が「資本の出し手側」に回る「年齢の逆転現象」が「起きている」のだろう。

しかし、常識的には考えにくい。以前は「資本の出し手側」の「多く」が「下の世代」だったと判断できる材料は記事中にも見当たらない。

大した変化が起きていないのに重要な転換点を迎えたかのように書こうとして無理が生じ、よく分からない説明になってしまったと考えるべきだろう。

今回の記事にも及第点は与えられない。


※今回取り上げた記事「一目均衡~次世代に資本のバトンを
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200128&ng=DGKKZO54892390X20C20A1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和明編集委員への評価はDを維持する。藤田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html

改善は見られるが…日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_2.html

「中国株は日本の01年」に無理がある日経 藤田和明編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/01.html

「カラー取引」の説明不足に見える日経 藤田和明編集委員の限界
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_37.html

東証は「4市場」のみ? 日経 藤田和明編集委員「ニッキィの大疑問」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_28.html

合格点には遠い日経 藤田和明編集委員の「スクランブル」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_10.html

2020年1月27日月曜日

日経女性面でのクオータ制導入論が「非論理的」な上野千鶴子氏

認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)の上野千鶴子理事長」は以前から雑な主張が目立つ。27日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「男女平等、日本は過去最低 上野千鶴子氏に聞く~仕組みが意識を変える 『風土合わない』は非合理的/骨抜きの法律 効果はゼロ」という記事でも、その傾向は変わらない。
東公園(福岡市)※写真と本文は無関係です

『風土合わない』は非合理的」に関する発言を見ていこう。

【日経の記事】

――20年に女性管理職を30%にするという目標も達成は難しそうです。

「最初に聞いたときはなぜ50%じゃないの?と思いました。ただ、意思決定の場に女性がもっと入っていく必要があることは確かです

他の国は強制力のあるクオータ制を導入して社会を変えてきました。過渡期に一時的にでも強制力のある制度を作ることは大きな意味がありますが、日本では『クオータ制は日本の風土に合わない』と否定的です

『日本の風土に合わない』という言葉が意味するのは『合理的な説明ができない』ということです。論理的に答えられないから質問をシャットアウトするために使うのです


◎「上野千鶴子理事長」は論理的?

上記の発言だけでも色々と問題がある。

まず「意思決定の場に女性がもっと入っていく必要があることは確かです」との主張に根拠が見当たらない。

他の国は強制力のあるクオータ制を導入して社会を変えてきました」と書いているが、どこの国が「クオータ制を導入」しているのかも触れていない。上記のやり取りだと、多くの国で「女性管理職」に関して「クオータ制を導入」している印象を受ける。

個人的には「女性管理職」に関して「クオータ制を導入」している国を知らない。自分の知識不足かもしれないので、そういう国が多数あるのならば具体名を教えてほしかった。

日本では『クオータ制は日本の風土に合わない』と否定的です」とも上野氏は言うが、これも本当にそうなのか疑問だ。日本国民の多数意見であるかのように説明しているが、根拠はあるのか。例えば「クオータ制は日本の風土に合わない」との意見が8割といった調査結果があるのならば、示してほしい。

女性管理職」に関する「クオータ制」には個人的には反対だ。「合理的な説明」は簡単にできる。

まず性差別だからだ。男女は平等であるとの価値観に基づけば、男女どちらかを優遇するのは差別に当たる。「クオータ制」を導入する場合、「男女平等の原則は国として捨てる」との合意形成をすべきだ。

クオータ制」が男女双方に新たな問題を生じさせることも反対の理由として挙げたい。「クオータ制がなければ俺が昇進できていたのに…」という不満が男性側にはたまりやすい。女性にとっては「あいつはクオータ制があったから管理職になれたんだ」と低くみられやすくなる。

どうしても導入するならば、こうした点を補って余りあるほどの効果が欲しい。「女性管理職」に関して「クオータ制」を導入すると、その効果で実質経済成長率が継続的に2桁に乗るといった話ならば、多少は導入賛成に傾く。しかし大した効果がないのならば「クオータ制」はなしでいい。

なお、企業の取締役に関して「クオータ制」を導入したノルウェーに関しては「女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆された」との研究結果があるらしい(「原因と結果の経済学」より)。だとしたら「女性管理職」に関して「クオータ制」を導入すべきとの主張にはさらに説得力がなくなる。

結局、「クオータ制」の導入の必要性を「論理的」に説明できていないのは上野氏の方ではないか。


※今回取り上げた記事「男女平等、日本は過去最低 上野千鶴子氏に聞く~仕組みが意識を変える 『風土合わない』は非合理的/骨抜きの法律 効果はゼロ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200127&ng=DGKKZO54800540U0A120C2TY5000


※記事の評価は見送る。上野千鶴子氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「ダイバーシティー推進で企業はもうかる」と断定する上野千鶴子氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_22.html

2020年1月26日日曜日

長者番付トップ50に「バブル世代」はゼロ? 日経「大機小機」に疑問

フォーブスジャパン」の「19年における日本の長者番付トップ50」には当時54歳の人物が3人いる。一般的に言えば「バブル世代」だ。しかし日本経済新聞のコラム「大機小機」の筆者である甲虫氏は「売り手市場であった80年代末から90年代初頭に社会に出た『バブル世代』のランク入りがゼロであった」と言い切っている。
亀山上皇銅像(福岡市)※写真と本文は無関係

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

25日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「大機小機~就職氷河期世代のスーパースター」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

『フォーブスジャパン』で19年における日本の長者番付トップ50をみると、その大半が65歳以上の高齢者であるなか、就職氷河期世代である40代前半(41歳から45歳)が既に5人もランク入りしている。これは、売り手市場であった80年代末から90年代初頭に社会に出た『バブル世代』のランク入りがゼロであったのとは好対照である

当該ランキングを見ると、楽天の三木谷浩史氏(5位)、光通信の重田康光氏(6位)、オープンハウスの荒井正昭氏(49位)の名前があります。この時点での年齢はいずれも54歳となっているので「売り手市場であった80年代末から90年代初頭に社会に出た『バブル世代』」に当てはまるはずです。

『バブル世代』のランク入りがゼロ」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「就職氷河期世代である40代前半(41歳から45歳)」との説明も引っかかりました。「40代前半」は「40歳から44歳」です。「就職氷河期世代」と「バブル世代」が「好対照」となるように、ご都合主義的に線を引いていませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界最強のビジネスメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「大機小機~就職氷河期世代のスーパースター
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200125&ng=DGKKZO54837780U0A120C2EN2000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年1月25日土曜日

前田道路と前田建設を「親子」としていた日経がやっと軌道修正

25日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~株主の圧力、亀裂深める 前田道路、前田建設TOBに反対 『買収から守る』に疑念」という記事を読んで少し安心した。この件に関して日経は当初「『親子上場』する両社が対立」などと間違った説明をしていた。しかし、今回の記事では両社を「親子」とは捉えていない。
旧福岡県公会堂貴賓館(福岡市)
      ※写真と本文は無関係です

最初の段落は以下のようになっている。

【日経の記事】

道路舗装事業などを手掛ける前田道路は24日、ゼネコン準大手の前田建設工業が21日から実施中のTOB(株式公開買い付け)に対し、反対を表明した。独立を保ちながらも資本関係はあった両社の決裂が決定的になった。亀裂の深まりをもたらしたのは自ら圧力を強めただけでなく、両社の交渉にも影響をもたらした物言う株主の存在だ。



◎正しい認識だが…

独立を保ちながらも資本関係はあった両社の決裂が決定的になった」との説明に問題は感じない。

ただ「亀裂の深まりをもたらしたのは自ら圧力を強めただけでなく、両社の交渉にも影響をもたらした物言う株主の存在だ」という文は拙い。「AだけでなくB」という形を上手く作れていない。「もたらした」を繰り返しているのも気になる。改善例を示しておく。

【改善例】

亀裂が深まったのは自ら圧力を強めたためではあるが、両社の交渉に影響をもたらした物言う株主の存在もあった。

◇   ◇   ◇

ついでにもう1つ。記事には「この直前に、前田建設はオアシスから、いくつかの選択肢を迫られたという」との記述がある。「選択を迫られた」ならば分かるが「選択肢を迫られた」との表現には不自然さを感じる。

話を戻そう。今回の件を総括して、記事の終盤では以下のように書いている。

【日経の記事】

20~50%を出資する事業会社が大株主の上場企業は244社と多い。子会社ではないため経営の独立性は高く、ともすると大株主と戦略を巡り対立しやすい。伊藤忠商事とデサントが代表例だ。

物言う株主は資本関係の見直しを日本市場の大きな投資テーマとみている。株主の圧力のなかで関連企業が資本関係を巡って対立する構図は、あちこちに広がりそうだ。



◎やっとまともな方向へ…

子会社ではないため経営の独立性は高く」という説明も、今回の件と整合する。「親子」であれば、親の支配権が確立しているので、「前田建設」と「前田道路」のような問題は基本的に起きない。今回はどちらかと言うと「親子」ではないが故の対立だ。

それを「『親子上場』する両社が対立する異例の展開となる」と認識してしまうと、根本から間違ってしまう。日経もやっと軌道修正したようだが、「親子」の問題と最初に捉えてしまったのは経済紙として恥ずかしい。

ちなみに「『親子上場』する両社が対立する異例の展開となる」との説明は誤りではないかと日経に問い合わせて4日が経つが、やはり回答はない。


※今回取り上げた記事「真相深層~株主の圧力、亀裂深める 前田道路、前田建設TOBに反対 『買収から守る』に疑念
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200125&ng=DGKKZO54800740U0A120C2EA1000


※記事の評価はC(平均的)。堤健太郎記者と四方雅之記者への評価も暫定でCとする。


※今回の件に関しては以下の投稿も参照してほしい。

前田道路と前田建設は「親子上場」と誤解させる日経の罪
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_21.html

2020年1月24日金曜日

「総花的」なインタビュー記事が残念な日経 佐藤大和編集委員

24日の日本経済新聞朝刊 金融経済面に載った「シティ マイケル・コルバットCEOに聞く~最大のリスクは日欧 決済機能 GAFAと協調」という記事は残念な出来だった。記事には「総花的ではなく、強みをもつ分野で戦略を研ぎ澄ませることこそが、これからの金融機関経営に問われる」という「コルバットCEO」の発言が出てくるが、このインタビュー記事こそまさに「総花的」で焦点が絞れていない。筆者の佐藤大和編集委員は大いに反省してほしい。
東公園の日蓮上人銅像(福岡市)
       ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら問題点を指摘していく。

【日経の記事】

米金融大手シティグループのマイケル・コルバット最高経営責任者(CEO、59)は日本経済新聞記者と会い、緊迫する中東情勢について「(原油や株式など)金融市場に及ぼす影響への警戒は怠れない」としたうえで、焦点の米国経済は「もちこたえられそうだ」と強気の見方を示した。むしろマイナス金利など日欧の金融政策の手詰まりが将来の「最大のリスク」と警鐘を鳴らした。



◎何のためのインタビュー?

インタビュー記事を書くのならば、取材の段階から「今回は何を語ってもらうのか」を明確にする必要がある。そうでないと「総花的」になりやすい。そして記事の最初の段落でインタビューの狙いを読者に示すべきだ。

上記の記述では狙いがはっきりしない。最初は「世界経済全般について語らせるつもりなのかな」と感じた。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

米国は年明け3日、イランの革命防衛隊の司令官を殺害。報復を誓ったイランは民間機を撃墜する失態を犯し、中東情勢は混沌としている。

「この先の展開は不透明要因が多いのは事実。ただし個人消費がけん引する米国経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)はかなり強い。『雇用』と『住宅』が安定しているからだ」

株式投資もさることながら、米中間層の資産の中核は住宅だ。2008年のリーマン危機では住宅市場が崩壊し、米国は深刻な景気後退局面に突入した。

足元では米連邦準備理事会(FRB)がすでに金融引き締めを停止して緩和に転換。失業率も過去最低水準で推移する。

「FRBの方針転換は、米国よりも海外経済の動向に対応したのだろう。心配なのは米国よりも、むしろ米国外の経済・金融政策運営だ。いずれ訪れる景気後退局面に日本や欧州は一体どう対応するのか

マイナス金利政策を導入している日欧は政府債務も膨らみ、構造改革の動きは鈍い。トランプ政権下の大型減税や歳出拡大に伴う財政悪化への懸念は募るが、日欧の経済成長率は米国に大きく見劣りする。


◎なぜ深掘りしない?

最大のリスクは日欧」と最も大きな見出しで打ち出したのだから、これがインタビューの肝となるはずだ。しかし「心配なのは米国よりも、むしろ米国外の経済・金融政策運営だ。いずれ訪れる景気後退局面に日本や欧州は一体どう対応するのか」と出ているだけだ。

これだけでは「最大のリスクは日欧」と言われても納得できない。「日欧」発の経済危機の発生リスクが高まっているのか。なぜそう言えるのか。発火点となるのは「日欧」のどの市場なのか。その辺りを深掘りすべきだ。しかし、あっさりと通り過ぎてしまう。
能古島から見た福岡市 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「金融デジタル化の潮流は利用者と金融機関の双方の利便性を高める。シティの戦略の柱は3つ。まず独自にIT投資を加速する。さらにIT企業との提携を深化する。そして必要とあればIT企業を買収するなどして技術を取り込む」

アマゾン・ドット・コムやアップルなど「GAFA」は金融ビジネスへの進出を加速している。フェイスブックは独自のデジタル通貨の発行構想を打ち出した。「しかしGAFAはあえて銀行になりたいわけではないはずだ」とみる。

巨大プラットフォーマーと対峙するのではなく連携する。「彼らが最も重視しているのは決済機能。そこは既存の銀行にノウハウがある」からだ。昨年、シティはグーグルとの提携に踏み切った。グーグルの利用者に当座預金口座を提供する。

「総花的ではなく、強みをもつ分野で戦略を研ぎ澄ませることこそが、これからの金融機関経営に問われる」

広範な海外拠点の半面、米国内のリテール金融網が弱いシティは市場評価(株式時価総額)でJPモルガン・チェースなどになお劣後する。


◎二兎を追う者は…

今度は経営戦略の話になっている。しかも、かなり漠然とした話だ。見出しでは「決済機能 GAFAと協調」となっているが、「コルバットCEO」はそう発言していない。「昨年、シティはグーグルとの提携に踏み切った。グーグルの利用者に当座預金口座を提供する」という佐藤編集委員の解説から取ったのだろう。

それを責めるつもりはない。「コルバットCEO」の発言にこれといった中身がないので見出しを付ける側も苦労したのだろう。

そういう発言しか引き出せないのは、佐藤編集委員の責任だ。焦点を絞って突っ込んだ質問を放っていれば、こうはならなかった気がする。

記事の終盤では「コルバットCEO」の発言さえ出てこない。

【日経の記事】

とはいえコルバット氏が、リーマン危機下で破綻寸前に追い込まれたシティ再生と株価回復を実現した手腕への評価は高い。戦線がのび切っていた海外事業のリストラ対象の象徴は日本だった。旧日興コーディアル証券に続き、歴史ある日本のリテール銀行の売却も断行した。

12年にCEOに抜てきされてからコルバット氏の在任期間は10年に迫る。後任をめぐる最有力候補は経営コンサルタント出身のジェーン・フレーザー・シティグループ社長(52)だ。

米有力企業で女性CEOは珍しくないが、いまだに「男社会」のウォール街は批判を浴びている。コルバット氏がナンバー2まで登用してきた彼女の処遇が注目を集めそうだ



◎なぜそこを聞かない?

コルバット氏がナンバー2まで登用してきた彼女の処遇が注目を集めそうだ」と思うならば、なぜ「ナンバー2まで登用してきた彼女」について「コルバット氏」に語らせないのか。「『男社会』のウォール街」について話してもらってもいい。

インタビュー記事の主役はあくまで取材相手の発言だ。解説を加えるなとは言わないが、主従が逆転してはダメだ。そこを佐藤編集委員は分かっているのか。

佐藤編集委員がインタビュー記事を書く機会は今後もあるだろう。次回は焦点を絞った深みのある記事に仕上げてほしい。


※今回取り上げた記事「シティ マイケル・コルバットCEOに聞く~最大のリスクは日欧 決済機能 GAFAと協調
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200124&ng=DGKKZO54775100T20C20A1EE9000


※記事の評価はD(問題あり)。佐藤大和編集委員への評価も暫定でDとする。

2020年1月23日木曜日

「コンビニ 飽和にあらず」に説得力欠く日経 中村直文編集委員

23日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~コンビニ 飽和にあらず 昨年末、店舗数が初の減少 省人化が成長の必須条件に」という記事は「飽和にあらず」に関して説得力が欠けていた。
水鏡天満宮(福岡市)※写真と本文は無関係です

中村直文編集委員が書いた記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

コンビニエンスストアの店舗数が2019年末の時点で初めて減少した。人手不足に伴う出店抑制が原因だが、市場が飽和したわけではない。逆に伸びる市場に対しコンビニ各社が対応を誤ったことが大きい。

日本フランチャイズチェーン協会によると、19年末のコンビニ大手7社の店舗数は5万5620店で18年末に比べ123店減少した。3強を見るとセブン―イレブン・ジャパンが288店の純増、ローソンはほぼ横ばい、ファミリーマートが127店の純減だ。

注目したいのは、店舗数こそ減ったものの、市場は底堅いという点だ。年間売上高は全店ベースで11兆1608億円と前年比1.7%増。既存店も微増で初めて10兆円を超えた。昨年は消費税率引き上げに伴い、キャッシュレス決済で大半の店で割引できる仕組みも導入された。追い風が吹いての増収ともいえるが、コンビニが飽和したとみるのは早計だ

コンビニを取り巻く環境は悪くない。キャッシュレス決済はさらに普及するだろう。硬貨での支払いが多いコンビニはむしろキャッシュレスでより使いやすくなり、今後もコンビニでの買い物を後押しするのは間違いない。平均世帯人数が減り、単身世帯が夫婦と子供の世帯を上回る時代。女性の社会進出もさらに進むとみられる



◎それでまだまだ成長市場?

見出しでは「コンビニ 飽和にあらず」と思い切りがいいが、記事を読むと「コンビニが飽和したとみるのは早計だ」とややトーンダウンしている。「飽和にあらず」の根拠は「キャッシュレスでより使いやすくなり、今後もコンビニでの買い物を後押しする」ことが柱で、「平均世帯人数」の減少や「女性の社会進出」も追い風だと見ているようだ。

それで「コンビニ 飽和にあらず」と言われてもとは思う。コンビニ1店当たりの売上高は頭打ち傾向が定着している。そして今回「店舗数が2019年末の時点で初めて減少した」。既存店を大きく伸ばせないとの前提に立てば「まだまだ全体の店舗数を増やしていけるのか」がポイントだ。この点に関して中村編集委員は答えを出していない。

飽和」に関しては以下の記述もある。

【日経の記事】

市場の飽和というのは、子供の数が減り、ランドセルの販売個数が減っているような状態を指す。セブンイレブンでは売り上げが前年同月を上回る既存店が多い。コンビニで売り上げを伸ばせるかどうかは企業努力の差が大きいといえる。


◎減ってないと「飽和」じゃない?

市場の飽和というのは、子供の数が減り、ランドセルの販売個数が減っているような状態を指す」という説明は誤りではないが、問題はある。「ランドセルの販売個数」が仮に横ばいでも、それ以上に伸びる余地がないならば「市場の飽和」だ。

それに、人口が減って全体の店舗数が減少に転じたのだから、「コンビニ」も店舗数ベースでは「ランドセル」のような動きになっていると言える。

セブンイレブンでは売り上げが前年同月を上回る既存店が多い」などと個別企業の話を持ち出しても「市場の飽和」が起きているかどうかは分からない。「飽和」した市場でも他社のシェアを奪えば個別企業の成長は可能だ。だからと言って「飽和にあらず」とは言えない。

コンビニで売り上げを伸ばせるかどうかは企業努力の差が大きい」のは当然だ。それはほとんどの読者が分かっているはずだ。問題は「飽和にあらず」と言えるかどうかだ。

今回の記事では「飽和にあらず」とは思えなかった。ほぼ「飽和」状態で、それゆえに「店舗数が初の減少」となったと理解する方が自然ではないか。


※今回取り上げた記事「真相深層~コンビニ 飽和にあらず 昨年末、店舗数が初の減少 省人化が成長の必須条件に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200123&ng=DGKKZO54692140S0A120C2EA1000


※記事の評価はD(問題あり)中村直文編集委員への評価はDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html

渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_23.html

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_29.html

日経 中村直文編集委員「業界なんていらない」ならば新聞業界は?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_5.html

「高島屋は地方店を閉める」と誤解した日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_23.html

野球の例えが上手くない日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_15.html

2020年1月22日水曜日

「ターゲット・デート・ファンド」を前向きに取り上げる日経に異議あり

21日の日本経済新聞夕刊1面に載った「投信の運用配分、年齢に応じて 若い時は株多く、徐々に債券シフト~残高1000億円超え」という記事は、金融業界に寄り添った筋の悪い内容だ。「ターゲット・デート・ファンド」を前向きに紹介しているのはあえてなのか。だとしたら読者への背信行為だ。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

年齢に応じて運用資産の配分を自動的に変える投資信託「ターゲット・デート・ファンド(TDF)」が人気だ。若い時は株を多く、その後は債券を増やして安定運用を目指す。企業型確定拠出年金(DC)での採用を中心に国内の残高は1月に入り初めて1000億円を超え、1年間で6割増えた。老後の資産づくりの手段として注目されている。

TDFは「2035年」「40年」など運用の目標年を定めており、投資家は引退する年に近い投信を選ぶ。例えば最大手の運用会社ブラックロックでは20代では株などリスクの高めな資産が6割を占めるが、30代から徐々に比率が下がり60代の退職時には2割となる。資産を国内外の株式や債券に分散する一般的な投信に比べ運用コストは高いが、運用担当者の判断で組み入れ銘柄を個別に入れ替える「アクティブ投信」より低い

投信評価会社の三菱アセット・ブレインズによるとDC向けが残高全体のうち940億円強を占める。ソニーやグンゼがDCの運用商品として選べるよう取り入れている。加入者が特に運用商品を選ばない場合に自動的にTDFで資金を運用する企業もある。

ブラックロックや野村アセットマネジメントなどでは、40~50代が定年退職までの運用を見越して買うケースが多い。「それまで資産運用に熱心ではなく、預金の比率が高い年齢層が資金を投じている」(ブラックロック・ジャパンの内藤豊・商品開発部長)という。

米国では180兆円規模の資産がTDFで運用されている。日本のDCに使える投信の残高は全体で13兆円にすぎず、TDFもまだその1%に満たない。19年に、老後資金が2000万円不足すると指摘した試算が話題になり、長期の資産形成につながる投信として関心を集めているようだ


◎なぜ前向きに紹介?

ターゲット・デート・ファンド」を記事で取り上げるなとは言わない。しかし今回のように前向きに取り上げるのは感心しない。「長期の資産形成につながる投信として関心を集めているようだ」などと書くと「だったらDCではTDFで運用してみようかな」と考える投資初心者が出てきそうで怖い。「絶対にやめろ!」と声を大にして言いたい。

まずコストに問題ありだ。「資産を国内外の株式や債券に分散する一般的な投信に比べ運用コストは高い」のならば、さっさと選択肢から外すべきだ。

最大手の運用会社ブラックロック」が手掛ける「LifePathファンド2035/2045/2055」の目論見書を見ると、購入時手数料が税込みで3.3%もかかる。ノーロードの投信も多い中で、投資のスタート段階から3%以上の元本を失ってもよいと考える人の気が知れない。

しかも、このファンドはスタート時で40%、最終的には80%を債券で運用するイメージだ。債券での運用部分にも信託報酬はかかってくる。現時点では非常に低い利回りしか期待できない債券運用で、さらに信託報酬を差し引かれたらどうなるか。「ターゲット・デート・ファンド」への投資を検討する場合、そこは考慮してほしい。

0.3%台の信託報酬は、債券部分の運用が多い点を考慮すると決して安くない。株式部分はETFでの運用が中心なので、その信託報酬も間接費用として掛かってくる。

結局、特にいいところはない。「ターゲット・デート・ファンド」と言われると「老後の資産づくりの手段」として良さそうな雰囲気は出る。しかし、あくまでイメージだ。

長期の資産形成につながる投信」などと勘違いして投資対象にしないよう心掛けたい。


※今回取り上げた記事「投信の運用配分、年齢に応じて 若い時は株多く、徐々に債券シフト~残高1000億円超え
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200121&ng=DGKKZO54632860R20C20A1MM0000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年1月21日火曜日

前田道路と前田建設は「親子上場」と誤解させる日経の罪

日本経済新聞が「親子上場」の問題を好んで取り上げるのは自由だ。ただ「親子」でないものまで「親子上場」にしてしまうのは感心しない。「前田道路」と「前田建設」が「親子」ではないと記事の作り手は分かっているはずだ。なのに今回の「同意なきTOB」の問題を「親子上場」と絡めるのは罪深い。
姪浜港(福岡市)のフラワーのこ
      ※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。


【日経への問い合わせ】

20日付で日経電子版に載った「前田建設、前田道路にTOB~『親子』で異例の対立」という記事についてお尋ねします。記事では「準大手ゼネコンの前田建設工業は20日、持ち株比率で24%強を保有する前田道路を連結子会社にする方針を発表した」「前田建設は前田道路の筆頭株主で、前田道路を持ち分法適用会社にしている」と記しています。

これが正しければ、現時点で「前田道路」は「前田建設」の子会社ではありません。つまり「親子」関係になっていません。しかし「『親子上場』する両社が対立する異例の展開となる」と書いていて、見出しでも「『親子』で異例の対立」と打ち出しています。「前田道路」と「前田建設」を「『親子上場』する両社」とするのは誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

21日の日本経済新聞朝刊総合2面に載った「同意なきTOB、企業の選択肢に 価値向上へ活発化~前田建設・前田道路『親子』で対立」という記事では、本文には「親子」の文字が見当たらないものの、見出しでは「『親子』で対立」と打ち出しています。

さらに「ファンド、親子上場解消に収益機会~株価上昇見逃さず」という解説記事も付けています。「前田道路」と「前田建設」が「親子」だと誤解させる紙面になっていませんか。

同意なきTOB、企業の選択肢に」という記事にはもう1つ誤りがあります。それは以下の記述です。

前田道路は1930年に設立した高野組(高野建設)が前身でもともと前田建設とは関係がなかった。グループ会社となったのは、62年に同社が会社更生法の適用を申請したことがきっかけ。前田建設が救済に動き、01年に現在の資本関係となった経緯がある

この構成だと「同社」=「前田建設」となってしまいますが、「会社更生法の適用を申請した」のは「前田道路」のはずです。「同社」の使い方が不適切なために誤った説明になっていませんか。

御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界最強のビジネスメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事

前田建設、前田道路にTOB~『親子』で異例の対立
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54589020Q0A120C2000000/


同意なきTOB、企業の選択肢に 価値向上へ活発化~前田建設・前田道路『親子』で対立
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200121&ng=DGKKZO54608240Q0A120C2EA2000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)

2020年1月20日月曜日

「処方箋」を自らは示さない日経社説「格差是正の政策を誤っていないか」

日本経済新聞の社説が相変わらず苦しい。20日の朝刊総合・政治面に載った「格差是正の政策を誤っていないか」という社説では通常2本建ての構成を1本にしているが、中身は乏しい。「格差是正の政策」について「問題は処方箋である」と言うものの、日経は具体的な「処方箋」を示していない。社説の後半部分を見ていこう。
西鉄甘木線の大城駅(福岡県久留米市)
         ※写真と本文は無関係です

【日経の社説】

問題は処方箋である。主要国では有効な解決策を示せない既存の政治に見切りをつけ、安易なポピュリズム(大衆迎合主義)になびく国民が増えている。憂慮すべき事態といわざるを得ない。

とりわけ深刻なのが米国だ。20日で就任から3年となる共和党のトランプ大統領は、不公正な貿易や大量の移民流入こそが庶民の生活を圧迫していると訴え続けてきた。そんな指導者に喝采を送り、11月の大統領選での再選を望む支持者が少なからずいる。

民主党の大統領候補選びでは、中道派のジョー・バイデン前副大統領が先頭を走るが、左派のバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員と接戦を演じる。富裕層や大企業に大幅な増税を求め、庶民のための国民皆保険や公立大学無償化の財源に回すという、左派の公約が多くの支持を得ている証拠だ。

共和党は貿易や移民をやり玉に挙げる排外的な右派のポピュリズムに覆われつつある。民主党は強者を敵視し、弱者にばらまく左派のポピュリズムに侵食され始めた。これでは世界を主導する超大国の先行きが思いやられる。

欧州では右派のポピュリズム、中南米では左派のポピュリズムがはびこる。その形は様々だが、格差に苦しむ庶民の不満に起因しているのは米国と同じだろう。

特定のスケープゴート(いけにえ)をたたき続ければ、確かに庶民の留飲は下がるかもしれない。だがグローバル化やデジタル化の現実を直視せず、排外主義やばらまきに頼ることが、根本的な問題の解決になるとは思えない。

トランプ氏の保護貿易や移民制限はヒト、モノ、カネを呼び込む米国の磁力を弱め、中長期的な成長の基盤を損なっている。少子高齢化の進展や生産性の停滞に悩む欧州も、貿易や移民に背を向けて活力を保つことはできない。

サンダース氏やウォーレン氏が唱える国民皆保険なども、巨額の財源を要する非現実的な公約だ。これを富裕層や大企業への大増税で賄えば、経済全体を失速させる恐れがある。欧州ではいったん導入した富裕税を撤回した国が少なくない。資本逃避などの弊害も無視できないからである。

必要なのはもっとバランスのとれた政策だ。グローバル化やデジタル化の恩恵を存分に引き出し、経済全体のパイを拡大するとともに、適切な所得再分配や安全網の拡充、労働・教育制度の改革などを通じて庶民の生活も底上げする。政府が地に足の着いた施策を確実に実現し、包摂的な経済や社会をつくる努力を続けたい

米経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは「株主第一主義」を見直し、労働者や地域社会の利益を従来以上に尊重する方針を示した。企業がこれを実行に移し、庶民がポピュリズムに傾くのを抑える必要もあるのではないか。

米経済学者のブランコ・ミラノビッチ氏は最近の論文で、より公平な「民衆の資本主義」への進化が問われると訴えた。チャーチルが説いた資本主義の欠点を克服できるかどうかは、今後も世界の主要課題であり続ける。


◎相変わらず抽象的で…

必要なのはもっとバランスのとれた政策」と訴えているが、具体的にどうすればいいのかは不明。「グローバル化やデジタル化の恩恵を存分に引き出し、経済全体のパイを拡大するとともに、適切な所得再分配や安全網の拡充、労働・教育制度の改革などを通じて庶民の生活も底上げする」ことに異論はないが、そのためにどんな「政策」を打ち出すべきか社説からは見えてこない。

グローバル化やデジタル化の恩恵を存分に引き出し、経済全体のパイを拡大する」ことに米国は成功しているように見える。少なくとも日本よりは上だろう。それでも「安易なポピュリズム(大衆迎合主義)になびく国民が増えている」のならば、さらに「経済全体のパイを拡大」しても問題は解決しない気がする。

適切な所得再分配や安全網の拡充、労働・教育制度の改革などを通じて庶民の生活も底上げする」という話も抽象的だ。「適切な所得再分配や安全網の拡充」とは具体的にどういうものなのか。

富裕層や大企業に大幅な増税を求め、庶民のための国民皆保険や公立大学無償化の財源に回すという、左派の公約」が「巨額の財源を要する非現実的」なものだと言うならば、「適切な所得再分配や安全網の拡充」のための「政策」とはどんなものなのか日経自身が「処方箋」を示すべきだ。

政府が地に足の着いた施策を確実に実現し、包摂的な経済や社会をつくる努力を続けたい」といった漠然とした主張を展開するだけならば、紙面を大きく割いて社説を載せる意義はない。


※今回取り上げた社説「格差是正の政策を誤っていないか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200120&ng=DGKKZO54579670Z10C20A1PE8000


※社説の評価はD(問題あり)

2020年1月19日日曜日

「日米安保」「伊方原発」…毒にも薬にもならない日経の社説は廃止でいい

日本経済新聞の社説は廃止が望ましい。19日の朝刊総合1面に載った社説2本を読んで改めてそう感じた。毒にも薬にもならない社説で紙面を埋めるのは無駄だ。
能古港(福岡市)※写真と本文は無関係です

まず「日米安保60年の絆を形骸化させるな」という社説を見ていこう。「日本と米国がいまの安全保障条約を結んで60年の節目を迎えた」ことを受けて以下のように訴えている。

【日経の社説】

自民党には「日米同盟によって中国を力で押し返す」といった勇ましい声をあげる向きもあるようだ。それが本当に民意なのか。米軍だって日中の無用な紛争に巻き込まれたくはないだろう。

トランプ米大統領は在日米軍の撤退をほのめかしてきた。日本ではいわゆる思いやり予算の増額を引き出すためのブラフと軽視されがちだが、他国の安保まで面倒見切れないと考える米国民が増えているのは事実だ。ポスト・トランプ政権でも傾向は変わるまい。

大事なのは、日米が等しく利益を得られる同盟に育てていくことだ。寄りかかりすぎず、遠ざけもせず。還暦の同盟を形骸化させてはならない



◎抽象的過ぎて…

還暦の同盟を形骸化させてはならない」という主張が抽象的過ぎる。「形骸化」の傾向が見られるのか。それをどうやって測るのか。社説からは判断できない。

大事なのは、日米が等しく利益を得られる同盟に育てていくことだ」とも書いている。これまで「日米」どちらの「利益」が大きかったのか。それをどうやって測るのか。やはり何も手掛かりがない。

寄りかかりすぎず、遠ざけもせず」も具体性に欠ける。結局、ぼんやりした話のままだ。これを読者に届ける意味はあるのか。

次は「見通せない原発の運転計画」という社説を見ていく。「四国電力の伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを認めた広島高裁の判断」を受けたものだ。


【日経の社説】

広島高裁は、規制委が示した活断層と火山の影響評価の両方に問題があるとした。火山に関しては阿蘇山の大規模噴火で降り注ぐ火山灰などの量の想定が小さすぎ、規制委の判断は不合理だとした。

火山の影響をめぐっては、17年の運転差し止めの際、高裁が規制委の指針の不備を指摘して指針見直しにつながった。さらに改善すべき点がないかを、規制委は絶えず点検する必要がある。

広島高裁の判断は、他の原発訴訟の行方にも影響する可能性がある。国のエネルギー基本計画は、原発を重要な基幹電源と位置づけている。しかし運転計画が定まらない原発が増えれば、エネルギー政策が行き詰まりかねない

電力会社は審査基準を満たすのはもちろん、住民らとの意思疎通をよくして信頼獲得へ全力をあげるべきだ。規制委も司法判断を謙虚に受け止め、原発の安全性向上へ一層努力してほしい


◎なぜ立場を鮮明にしない?

社説で取り上げるならば「広島高裁の判断」を支持するかどうかは絶対に入れたい。この部分は支持するが、この部分は不支持といった形でもいい。とにかく日経としての主張を明確に打ち出すべきだ。そのための社説ではないのか。

しかし今回の社説では、そこを曖昧にして逃げている。「広島高裁の判断」を支持したくはないが、否定できる材料も持っていないのだろう。だから逃げたのならば、社説のテーマに取り上げないでほしい。

広島高裁の判断」を否定しないまま「しかし運転計画が定まらない原発が増えれば、エネルギー政策が行き詰まりかねない」と困った感じは見せている。

それで結論が「電力会社は審査基準を満たすのはもちろん、住民らとの意思疎通をよくして信頼獲得へ全力をあげるべきだ。規制委も司法判断を謙虚に受け止め、原発の安全性向上へ一層努力してほしい」では…。

改めて言うまでもない当たり前のことを書いているだけだ。こんな当たり障りのない主張を読者に届けて心が痛まないのならば、その論説委員は書き手としての引退を考えるべきだ。

やはり、日経の社説は廃止が望ましい。


※今回取り上げた社説

日米安保60年の絆を形骸化させるな
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200119&ng=DGKKZO54574170Y0A110C2EA1000


見通せない原発の運転計画
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200119&ng=DGKKZO54574070Y0A110C2EA1000


※社説の評価はいずれもD(問題あり)

2020年1月18日土曜日

佐々木融氏からアイデア拝借? 日経 清水功哉編集委員「安全通貨 円の変質」

週刊東洋経済の1月18日号に「マネー潮流~ドル円相場が動かなくなった要因」という記事が載った。筆者はJPモルガン・チェース銀行市場調査本部長の佐々木融氏。「円という通貨の変動幅が小さくなっている理由の1つとして、円が以前ほど『安全通貨』と呼ばれるような動きをしなくなったことが挙げられる」と解説していた。

三井中央高校(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係
記事では「他の国も低金利になってしまったため、高金利通貨と呼べるような通貨がなくなり、キャリートレードが活発に行われなくなっている」「円よりもユーロのほうが低金利になっており、キャリートレードを行うとしても、円ではなく、ユーロを売る市場参加者が増えている」などと背景も含め丁寧に説明していた。

「ためになる良い記事だな」と思っていたら、その約1週間後の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面(1月18日付)に「『安全通貨』円の変質~市場緊迫時も買い鈍く」というよく似た内容の記事を見つけた。

こちらの筆者は日経の清水功哉編集委員。「市場でリスク回避ムードが強まると買われる――。そうした円の特質が薄れてきたとの声が聞かれる」と冒頭で打ち出している。

読み進めていくと以下のくだりが出てくる。

【日経の記事】

物価低下圧力が他の国にも広がれば、円だけが低金利通貨ではなくなる。これも円の変質を招く。

「円よりユーロを借りて手掛けるキャリー取引の方が増えてきた」(JPモルガン証券の佐々木融氏)。マイナス金利政策で、日銀(短期政策金利マイナス0.1%)より欧州中央銀行(中銀預金金利マイナス0.5%)の方が積極的な姿勢を印象付けているためだ。リスクが高まったときの円買い戻しも従来の規模では起きにくくなった。


◎アイデアをそっくり頂いた?

佐々木融氏」のコメントを見て合点がいった。清水編集委員は記事の柱となるアイデアを「佐々木融氏」からそっくり頂いた可能性が高い。東洋経済の記事が出ることを知らなかったのかもしれないが、出てからでも別の話で書き直す時間的な余裕はある。

ただ、「佐々木融氏」に頼って今回の記事を書き上げたのならば、元々ネタに困っていたはずだ。1週間に満たない期間で、新たにアイデアを考えて記事にするのは難しかったのかもしれない。

清水編集委員に関しては「面白いことは書かないが、手堅くまとめるのは上手い」と評してきた。日経の編集委員の中で書き手としての評価は低くない。それでもアイデアが湧いてこないで四苦八苦しているのだとすると「訴えたいこと」を持っている書き手はかなり貴重な存在だと思える。

それでも、マネー&インベストメント面の分析記事は「訴えたいこと」を持っている書き手に任せてほしい。


※今回取り上げた記事

マネー潮流~ドル円相場が動かなくなった要因
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/22648


『安全通貨』円の変質~市場緊迫時も買い鈍く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200118&ng=DGKKZO54515100X10C20A1PPE000


※東洋経済の記事の評価はB(優れている)。佐々木融氏への評価はBを据え置く。日経の記事の評価はC(平均的)。清水功哉編集委員への評価もCを据え置く。清水編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

企業にデフレ心理? 日経 清水功哉編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html

危ないことをサラッと書く日経 清水功哉編集委員への期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_48.html

「強固なデフレ心理」がある? 日経 清水功哉編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_20.html

「円高・株安=市場混乱」と日経 清水功哉編集委員は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_31.html

2020年1月17日金曜日

日経「エコノミスト360°視点」に見えるBNPパリバ 中空麻奈氏の実力不足

以前から指摘しているが、BNPパリバ証券市場調査本部長の中空麻奈氏に記事を書かせるのは避けた方がいい。17日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~債券バブルに崩壊の足音?」という記事を見ても、そう判断するしかない。中空氏はマーケットに関する理解が決定的に欠けている気がする。
のこのしまアイランドパークの「思い出や」(福岡市)
            ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら指摘していく。

【日経の記事】

マイナス金利が続いている。2020年の金融政策見通しを考えるとき、マイナス金利が終わる可能性は相当低いと見るべきだろう。これからの高齢化と貯蓄率上昇を踏まえると、30年にかけても金利は低位で推移すると想定される。これが金融市場の岩盤のような役割を果たすことはほぼ間違いない。

こうした状況を背景に、金融市場では債務が積み上がっている。構造的な低成長、低金利が中期的に続くなかでは、コストの安い負債は有利な資金調達手段で、債務が膨張したのは当然の帰結だ。しかも、投資家がリターン確保を意図したことから、19年現在、シングルAからトリプルAまでの高格付け債務の発行残高が2兆ドルを少し割るのに対し、トリプルBの債務残高は2.8兆ドル超にのぼる。さらに低格付けのハイイールド債、低格付け企業向けの融資であるレバレッジドローンの残高は合わせて2.4兆ドル強となっている。リスクのある債務の残高が増えていることを理解しておく必要がある


◎数字の見せ方が…

リスクのある債務の残高が増えていることを理解しておく必要がある」と言いながら、「リスクのある債務の残高」がどのくらい増えているのか書いていない。「19年現在」の「残高」を見せているだけだ。これは辛い。

シングルAからトリプルAまでの高格付け債務の発行残高が2兆ドルを少し割るのに対し、トリプルBの債務残高は2.8兆ドル超にのぼる」と言われても、ほとんどの人はこれが異常なのかそうでないのか判断できない。数字の見せ方が下手すぎる。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

そうなると共通の問いは「いつ」「何を理由に」バブル的様相が崩壊するのか、である。正確な答えの用意などあるはずもないが、無理を重ねた市場にひずみが出ることは歴史が証明している。

では、いつなのか。債務残高が膨張しても流動性が回る限りデフォルトはしない。投資家にとって、米国企業債務も中国債務もレバレッジドローンも投資対象であり続け、償還されることになる。現時点でレバレッジドローンの償還のピークは24年、中国社債は21年である。そう考えれば、少なくとも20年中に問題が起きることはないだろう



◎「流動性が回る」?

経済記事を人並み以上に読んできたつもりだが「流動性が回る」という表現には初めて接した。そもそも「流動性」は「回る」ものなのか。

高い流動性を維持できている限りデフォルトはしない」との趣旨だと仮定して考えてみよう。この場合、「ハイイールド債」といった金融商品の「流動性」について言っていると理解したくなる。しかし金融商品の「流動性」がいくら高くても、企業の返済能力が落ちていけば「デフォルト」は起きる。

なので「企業が必要な資金を調達できている限りデフォルトはしない」と言いたいのかなとも考えてみた。これだと筋は通るが「流動性が回る限りデフォルトはしない」をかなり拡大解釈している感じはある。

さらに引っかかるのが「現時点でレバレッジドローンの償還のピークは24年、中国社債は21年である。そう考えれば、少なくとも20年中に問題が起きることはないだろう」という解説だ。「償還のピーク」を迎えない限り「問題が起きることはないだろう」と見ているようだ。

これはよく分からない。「償還のピーク」でなくても市場に大きなインパクトを与える「デフォルト」は起き得る。それが市場の混乱を招いても不思議ではない。しかも「中国社債は21年」に「償還のピーク」を迎える。「償還のピーク」が危険な時期ならば、その前年の「20年中」もそこそこ危ないのではないか。

記事を読む側としては「中空氏にまともな分析を期待するな」と思っておくべきだろう。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~債券バブルに崩壊の足音?
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200117&ng=DGKKZO54465740W0A110C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。中空麻奈氏への評価はDで確定とする。中空氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

BNPパリバの中空麻奈氏に任せて大丈夫? 東洋経済「マネー潮流」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/bnp.html

2020年1月16日木曜日

日経九州経済面「JTB、人材派遣参入~ワールドHDと提携」は問題山積

16日の日本経済新聞朝刊 九州経済面に載った「JTB、人材派遣参入~ワールドHDと提携」という記事は問題だらけだ。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)のコスモス
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

JTBは人材サービスのワールドホールディングス(HD)と提携し、旅館ホテル業界への人材派遣・紹介事業に本格参入する。人手不足に悩む宿泊施設や観光施設向けに社員の採用や繁忙期の人材確保を支援するほか、現場リーダーの育成研修、施設運営の請負も手掛ける。

両社の子会社が出資して設立した人材支援会社、JWソリューション(東京・港)に、JTBが37.5%、ワールドHDが50%を2月にそれぞれ直接出資する。JTBは旅行事業で培った法人顧客とのネットワークを生かし、人材関連事業の拡大を目指している。

ワールドHDは各地の中堅人材会社を束ねて観光産業の就職を志望する人を安定的に集めた上で、統一研修などで派遣人材の質を高める。

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみる。

(1)なぜ九州経済面に?

JTB、人材派遣参入」がニュースならば、「なぜ九州経済面に載せるのか?」との疑問は湧く。記事を読んでも謎は解けない。「ワールドホールディングス」が福岡市に本社を置いているからだとは思うが、記事からは読み取れない。

基本的には九州経済面に向かないニュースだ。どうしてもと言うならば「ワールドホールディングス」が福岡市の会社だと示した上で、九州での「JWソリューション」の事業が今後どうなるのかに触れたい。


(2)「本格参入」と言える?

まず見出しが「人材派遣参入」なのに、中身を見ると「本格参入」になっていて騙された感じがある。

それに「両社の子会社が出資して設立した人材支援会社、JWソリューション」が既にあって「旅館ホテル業界への人材派遣・紹介事業」をしっかりやっているのならば、立派に「本格参入」できているのではないか。

今は実験段階という可能性も考えられるが、記事にそうした記述はない。日経の記事で「本格参入」の文字を見つけたら要注意と繰り返し指摘してきた。この記事もその典型だ。


(3)「ワールドHDと提携」も実現済みでは?

JTBは人材サービスのワールドホールディングス(HD)と提携し、旅館ホテル業界への人材派遣・紹介事業に本格参入する」と書いてあると、「JTB」と「ワールドHD」が新たに提携関係を築くと理解したくなる。

しかし、先述したように「両社の子会社が出資して設立した人材支援会社、JWソリューション」が既にある。つまり今回新たに「提携」する訳ではない。

結局、今回は「JWソリューション」が事業拡大のために増資するという話なのだろう。それを強引に盛り上げて「JTB、人材派遣参入~ワールドHDと提携」としたために、問題山積みとなってしまった気がする。

付け加えると、記事で増資額に触れていないのも感心しない。「JTB」と「ワールドHD」が明らかにしていないのならば、その点は明示してほしい。


※今回取り上げた記事「JTB、人材派遣参入~ワールドHDと提携
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54408240V10C20A1LX0000/


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2020年1月15日水曜日

色々と気になる週刊エコノミスト「東大女子 女子学生比率2割の壁」

週刊エコノミスト1月21日号の「東大女子 女子学生比率『2割』の壁~イノベーション阻害の要因にも」という記事には色々と疑問を感じた。記事を見ながら具体的に指摘したい。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
        ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

首都圏出身の男子学生が多くを占める東京大学。「偏ったクラスターの人間ばかりが集まると、発想が閉じてしまう」。研究室から数多くの起業家を輩出している東大大学院情報学環の暦本純一教授は、人材の偏りがイノベーション(技術革新)の阻害につながることを危惧する。

東大の発表資料によると、2019年度入試の合格者は37%が東京都内、59%が関東圏の高校出身者だった。東大の「関東地方大学化」は年々顕著になっている。入学者数の女子学生が占める割合は17年度に一時的に20%を上回ったものの、その後再び低迷し、19年度は18%にとどまった。

世界の主要大学や他の旧帝大と比べても東大の「異常さ」は突出している。

この事実を東大はどう受け止めているのか。ジェンダー論が専門で、東大の女子学生を増やす取り組みに関わってきた瀬地山角教授は、「都心アッパーミドル家庭の男子だけが集まることで、格差が固定化される恐れがある」と指摘する。東大は官僚や法律家、経営者の養成機関であり、最大の研究者養成機関でもある。「政策立案に関わる人材、広く社会を見渡す必要がある人材を送り出している大学で、性別にこれだけの偏りがあるのは、日本の将来を考えても問題だ」と危惧する。


◎東大を過大評価しているような…

まず「都心アッパーミドル家庭の男子だけが集まる」という「瀬地山角教授」の認識が引っかかる。「37%が東京都内」なので「都心アッパーミドル家庭」の出身者が占める比率を仮に20%としよう。このうちの2割が「女子」だとすると「都心アッパーミドル家庭の男子」はわずか16%。なのに「都心アッパーミドル家庭の男子だけが集まる」と言われてもとは思う。

都心アッパーミドル家庭の男子だけが集まることで、格差が固定化される恐れがある」との見方にも賛成できない。「東大に行けば裕福になる、そうでなければ裕福になれない」との前提を感じるが、本当にそうなのか。成績優秀な関西の学生が東大を目指さず京大に進む傾向が強まったとしても、そこから「格差が固定化」といった話につながりそうな気はしない。

偏ったクラスターの人間ばかりが集まると、発想が閉じてしまう」という「東大大学院情報学環の暦本純一教授」のコメントにも疑問を感じる。例えば北海道出身者と東京出身者はそんなに「クラスター」が違うものなのか。東京出身者10人の集団よりも、異なる都道府県出身者10人の方が「発想が閉じ」ないものなのか。個人的な経験で言えば、日本人の中にそれほど大きな差は感じない。

男女に関しては、2割弱も女性がいるのならば「偏ったクラスターの人間ばかりが集まる」状況とも言い難い。

記事の続きを見ていこう。

【エコノミストの記事】

東大はさまざまなバックグラウンドのある学生を集めるため、16年度入試から初の推薦入学制度を導入。推薦できるのは高校1校当たり男女各1人までとするなど、性別の偏りを回避する策を盛り込んだ。17年度からは、自宅からの通学が困難な女子学生を対象に、民間住居を100室程度用意し、月額3万円の家賃補助を支給している。それでも女子学生は増えない。

地方の優秀な女子学生が地元国立大学の医学部に進む傾向が高まっているとされる。瀬地山教授は「若者たちの地元志向が高まり、東大離れが進んでいるとしたら致し方ない。ただ、女子にその傾向が顕著なのは、女子がいまだに教育投資の対象とみられていない現実があるからではないか」と言う。



◎どういう理屈?

若者たちの地元志向が高まり、東大離れが進んでいるとしたら致し方ない。ただ、女子にその傾向が顕著なのは、女子がいまだに教育投資の対象とみられていない現実があるからではないか」という「瀬地山教授」のコメントも気になる。

女子」学生が自らの意思で「地元志向」を強めているのならば、それは「女子」の自由な選択の結果だ。なのになぜ「女子がいまだに教育投資の対象とみられていない現実がある」と見るのか謎だ。

周囲の意向によって「地方の優秀な女子学生が地元国立大学の医学部に進む傾向が高まっている」のならば、なおさら「女子がいまだに教育投資の対象とみられていない」と考える必要はない。「教育投資の対象とみられていない」のに、「女子学生」が「地元国立大学の医学部」へ進学できるだろうか。

さらに続きを見ていく。

【エコノミストの記事】

一方、「女子は東大そのものに魅力を感じていないという面もあるのでは」というのは、『ルポ東大女子』などの著書のある教育ジャーナリストのおおたとしまささんだ。「男子は競争社会のトップに立ちたいという意識が根強いが、女子はそんなブランドは必要とせず、シビアに何が学べるか、どんな学生生活を送れるかといった視点で大学を選んでいる」と指摘。「もっとわくわく感を作り、例えばお茶の水女子大と連携協定を結ぶ、といった斬新なことをする必要がある」と話す。


◎これまた謎な提案が…

もっとわくわく感を作り、例えばお茶の水女子大と連携協定を結ぶ、といった斬新なことをする必要がある」という「おおたとしまささん」のコメントも理解に苦しむ。「お茶の水女子大と連携協定を結ぶ」と東大に「わくわく感」が生まれるのか。

百歩譲って「わくわく感」が生まれたとして、それが「女子」学生の増加につながるのか。「地元国立大学の医学部」を目指す「女子」が「お茶の水女子大と連携協定を結ぶ」ぐらいのことで「わくわく感」を抱いて志望校を変えるものだろうか。

話は逸れるが「人材の偏りがイノベーション(技術革新)の阻害につながる」ので好ましくないと考えるのならば、「お茶の水女子大」はすぐに共学化すべきだ。男子学生0%だと「イノベーション(技術革新)の阻害」は東大の比ではない。

個人的には「人材の偏りがイノベーション(技術革新)の阻害につながる」かどうかは微妙だとは思うが…。


※今回取り上げた記事「東大女子 女子学生比率『2割』の壁~イノベーション阻害の要因にも
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200121/se1/00m/020/058000c


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月14日火曜日

日経朝刊1面「国内投信、指数型が過半」に感じたご都合主義

14日の日本経済新聞朝刊1面に載った「国内投信、指数型が過半~昨年、低コスト志向で」という記事は引っかかる内容だった。全文を見た上で具体的に指摘したい。
三井中央高校(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

個人向けの代表的な金融商品である投資信託で、日経平均株価、米S&P500種株価指数といった指数に連動する「パッシブ投信」の純資産が2019年に初めて過半になった。老後のための資産形成に動き出した投資家を中心に、運用コストの低い指数型を選ぶ傾向が強まっている

パッシブ投信は、株式や債券などの指数を構成する銘柄を機械的に買い、値動きをその指数に連動させる。銘柄選別してより高い収益を狙う「アクティブ投信」に比べて手間がかからない分、投資家が負担する「信託報酬」が低いのが特徴だ。

19年は「老後2000万円問題」を契機に投資家の裾野が広がった。長期で安定収益が狙える商品としてパッシブ投信の需要が一段と強まった。

三菱アセット・ブレインズ(東京・港)によると、19年末のパッシブ投信の純資産(確定拠出年金やラップ口座専用は除く)は50兆9500億円と前年末に比べて29%増加。6%増の43兆9500億円だったアクティブ投信を初めて上回った。

パッシブの純資産は過去5年で3倍強になった。この間に約24兆円のETF(上場投資信託)を購入した日銀の影響を除いても7割増だ

一方、アクティブ投信は10年代半ばまで人気だった毎月分配型の減少が目立つ。超低金利下の運用難で分配金が引き下げられ、解約が相次いだ。

投資家負担の信託報酬は、単純平均で純資産に対して年0.71%のパッシブ投信がアクティブ投信の1.36%を下回る。最近では0.1%前後のものも少なくない。

米国でもパッシブ投信に資金が流入している。米モーニングスターによると、米国株を投資対象とする投信では昨年8月に初めてパッシブが過半となった。米国投信全体では4割にとどまる。


◎日銀がメインでは?

国内投信、指数型が過半」 となったことをメインに据える場合、その要因としては「この間に約24兆円のETF(上場投資信託)を購入した日銀の影響」を前面に押し出すべきだ。「低コスト志向」の高まりを背景に「パッシブ投信』の純資産」が増えていると訴えたいのならば「日銀の影響」を除いて「純資産」を見た方がいい。

日銀が「この間に約24兆円のETF(上場投資信託)を購入した」らしいので、含み益も含めて約30兆円が日銀の保有分と仮定しよう。この場合、日銀以外が保有する「パッシブ投信』の純資産」は20兆円程度にとどまり、「43兆9500億円だったアクティブ投信」を大幅に下回る。

それだと話が盛り上がらないので「日銀の影響」を除かずに「純資産」を見たのだろう。気持ちは分かるが、ご都合主義的な面は否めない。

付け加えると「確定拠出年金やラップ口座専用は除く」としたのも謎だ。「三菱アセット・ブレインズ」の都合なのかもしれないが、「個人向けの代表的な金融商品である投資信託」の動向を分析するならば、「日銀の影響」を除き「確定拠出年金やラップ口座専用」は含めるのが適切ではないか。


※今回取り上げた記事「国内投信、指数型が過半 昨年、低コスト志向で
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200114&ng=DGKKZO54339300T10C20A1MM8000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月13日月曜日

「フィンランドは少子化克服」と誤解した日経社説「出生86万 逆転への道」

人口維持に必要な合計特殊出生率は2.07らしいので「少子化を克服した」かどうかは、ここを基準にしたらどうかと個人的には考えている。これが絶対の基準とは言わないが、日本と出生率で大差ないとされる「フィンランド」を「少子化を克服した国」とするのは強引すぎる。しかし、日本経済新聞の社説では堂々とそう書いている。
能古港(福岡市)に停泊中のフラワーのこ
        ※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。


【日経への問い合わせ】

13日の日本経済新聞朝刊 総合・政治面に載った「出生86万 逆転への道(上) 子供産みたくない社会に未来なし」という社説についてお尋ねします。問題としたいのは「少子化を克服した国はもっと先をゆく。フィンランドなどは、ベビーカーを押しながら運賃を片手で払うのは危ないという配慮からベビーカー連れの乗客を無料にしている」との記述です。

社説を信じれば「フィンランド」は「少子化を克服した国」のはずです。2019年10月19日付の「最高レベルの子育て政策も無駄? 急減するフィンランドの出生率」というフォーブス ジャパンの記事では以下のように記しています。

「(日本と)同じように出生率の急激な低下に頭を悩ませている国がある。北欧のフィンランドだ。国連の幸福度ランキングで2年連続トップを維持している国だが、これまでも高福祉の国として子育て政策には力を入れてきた。しかし、2002年から2010年まで順調に伸ばしていた出生数も、その後、急減している。フィンランドの大手メディア、ヘルシンギン・サノマットは『少子化が進みすぎて、近々人間の出生数よりも子犬の出生数が上回るだろう』と予測している

他のメディアなどの情報によると、「フィンランド」の合計特殊出生率は1.42の日本と同水準まで低下しているようです。本当に「フィンランド」は「少子化を克服した国」と言えますか。

少子化を克服した」かどうかに明確な基準はないとしても、日本を「少子化を克服できていない国」と捉えている以上、出生率が日本と同水準の国を「少子化を克服した国」と見なすのは無理があります。

フィンランド」を「少子化を克服した国」とした社説の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、社説の内容には偏見を感じました。まず、最初の段落です。

少子化が猛スピードで進んでいる。2019年に生まれた日本人の赤ちゃんは86万4千人と、一気に90万人を大きく割り込んだ。この流れを逆転させて人口小国の汚名をすすぐために、少子化対策を総動員するときだ

人口小国」は「汚名」なのですか。「人口」が少ないことは恥ずべきなのですか。日本は世界11位の「人口」を有するので、それを「人口小国」とすれば、ほとんどの国が「人口小国」になってしまいます。「人口小国」を「汚名」とするのは、他国への配慮に欠けるとは思いませんか。

人口」が少なくても、国民が豊かに幸せに暮らしていれば、それで良いのではありませんか。色々な考え方があるのは分かりますが、日本を「人口小国」と見なして「汚名をすすぐ」べきだと訴えるのは、かなり偏った見方だと感じました。

次に「女性活躍の流れは推し進めるべきだが、同時に家庭内での育児や家事を女性が一手に担わされている」との記述です。これは事実関係としても間違っています。男女共同参画白書(平成30年版)によると「平成28年における6歳未満の子供を持つ夫の家事・育児関連に費やす時間(1日当たり)は83分」です。「0分」ではありません。

家庭内での育児や家事」を男性も担っているのは常識的にも明らかです。なのになぜ「家庭内での育児や家事を女性が一手に担わされている」と言い切ったのですか。「家庭内での育児や家事を女性の方が多く担っている」などとすべきでしょう。

今回の社説は最後に「女性が子どもを産めない社会に未来はない」と訴えています。それはそうでしょうが、日本は「女性が子どもを産める社会」です。「2019年に生まれた日本人の赤ちゃんは86万4千人」と社説でも書いています。「女性が子どもを産めない社会」で「86万4千人」もの「赤ちゃん」が生まれてくるでしょうか。

社説の筆者が日本を「女性が子どもを産めない社会」と見ているのならば明らかな誤解です。そうした点も考慮して今後の紙面を作ってください。

問い合わせは以上です。「フィンランド」に関しては回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界最強のビジネスメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた社説「出生86万 逆転への道(上) 子供産みたくない社会に未来なし
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200113&ng=DGKKZO54103190X00C20A1PE8000


※社説の評価はE(大いに問題あり)

本当に「主要都市ほど深刻化」? 日経「空き家、東京・世田谷区が最多」

12日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「空き家、東京・世田谷区が最多~全国主要都市で深刻」という記事には説得力を感じなかった。まずは「全国主要都市で深刻」かどうかを検討してみる。
西鉄甘木線の大城駅(福岡県久留米市)
         ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

全国の空き家を市区町村別にみると、最も空き家数が多いのは東京都世田谷区の約4万9000戸となった。2位は同大田区で、東京23区や県庁所在地市が上位に並んだ。管理不全の空き家が地域の課題となっているが、主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる。空き家率では過疎が進む地域が高かった。

総務省の2018年の住宅・土地統計調査の確定値に基づいて分析した。居住者がいない住宅のうち、リゾート地などに多い別荘を除いて算出。空き家数と、総戸数に占める空き家数の比率を示す空き家率をランキングした。

世田谷区内は東急世田谷線沿線や祖師谷地区など、戸建てや比較的小さい集合住宅が集まる地域で65歳以上の人口の割合が高い。区によると、空き家はこうした地域で目立つという。区の担当者は「旧耐震基準の住居も多く、区も対策を講じている」と説明する。

空き家数の上位10自治体をみると、東京以外で最も多いのは鹿児島市の約4万7000戸で、大阪府東大阪市や宇都宮市が続いた。県庁所在地市が4市入った。

一方、空き家率の比率が高い市区町村は夕張市や歌志内市、三笠市と、北海道でかつて炭坑として栄えた自治体が上位に入った。石炭産業の衰退で住民が減り、使われなくなった住戸が残っている様子が読み取れる。山口県周防大島町や和歌山県串本町など、都市部から離れた地域も3割前後の空き家率だった。


◎「主要都市ほど深刻化」と言える?

とりあえず「空き家が増えるのは問題が多い」と仮定する。この場合「深刻化」の度合いをどう測るべきだろうか。

記事では「空き家数」と「空き家率」を「ランキング」している。この2つならば当然に「空き家率」で見るべきだ。「空き家率」5割の村があって「空き家数」は1000戸だとしよう。「東京都世田谷区の約4万9000戸」に比べれば「空き家数」は49分の1。だから「東京都世田谷区」の方が問題は「深刻化」しているとは言い切れない。

しかし記事では「空き家数」を前面に出して「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と書いている。かなり苦しい。

空き家率では過疎が進む地域が高かった」のならば、「深刻化」しているのは「主要都市」よりも「過疎が進む地域」と見るべきだ。「それでは当たり前過ぎる」と思ったのだろうが、だからと言ってご都合主義的にデータを扱うのは頂けない。

また「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と言い切っているのに、「主要都市」の多くが「ランキング」外なのも引っかかる。

空き家数」で見るのを是とする場合でも、札幌市、仙台市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市などが入っていないのに「主要都市ほど深刻化」と言えるのか。「東京以外で最も多いのは鹿児島市の約4万7000戸で、大阪府東大阪市や宇都宮市が続いた。県庁所在地市が4市入った」といった程度で「主要都市ほど深刻化している様子が読み取れる」と断言できるのは悪い意味で凄い。

ここから記事を最後まで見ていこう。

【日経の記事】

空き家の解消は自治体共通の課題だ。各自治体は空き家の取引を仲介するサービス「空き家バンク」などを導入するが、住宅業界では新築志向が根強く、利用は乏しい。東京大学の浅見泰司教授(都市住宅論)は「住宅問題だけでは解決できない」として、住居に認められている固定資産税の減免措置などの見直しも必要と指摘する。

大和不動産鑑定の竹内一雅主席研究員は「自然災害が空き家増を引き起こす一因になりうる」と警戒する。被災地は地価が下落するケースがあり、こうした地域は新たな入居者が現れにくくなる。自然災害が相次ぐなか、空き家が増える可能性が高まっている。


◎空き家が増えるのは、そんなに問題?

空き家が増えても何の問題もないとは言わない。誰も管理しない空き家が崩れかかって隣家に損害を与えるといったケースはあるだろう。

だが、全体で見てそれほど大きな問題なのかなとは思う。記事では「空き家が増えるのは問題」との前提に立っていて、具体的に何が困るのかには触れていない。記事の説明に従えば、空き家問題が最も「深刻化」しているのは「世田谷区」のはずだ。「世田谷区」ではどんな問題が起きているのか具体的に説明してほしかった。

個人的に空き家問題をそれほど深刻に考えていないのは、「家が足りない」よりは「家が余っている」方が好ましいと見ているからだ。

自宅の隣にある家には人が住んでいる。ここが空き家になったら「嬉しい」と思う。その家が朽ちていっても、建物が近接していないので特に困らない。自宅の周辺でどんどん空き家が増えていっても嫌な感じはない。どちらかと言えば歓迎だ。

そう感じるのは自分だけなのだろうか…。


※今回取り上げた記事「空き家、東京・世田谷区が最多~全国主要都市で深刻
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200112&ng=DGKKZO54298260Q0A110C2EA1000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月11日土曜日

「精度85%のがん検査」に意味ある? 日経 大下淳一記者に問う

11日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「ビジネスTODAY~尿・血液でがん発見、実用化 ヒロツバイオ、15種判定/東芝、来年にも精度99%」という記事は悪い出来ではない。ただ「尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービス」を前向きに取り上げるのはやや無理があると思える。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
          ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら具体的に指摘したい。

【日経の記事】

企業が尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービスに相次ぎ乗り出す。九州大学発のスタートアップが1月、尿を使って15種類のがんを探るサービスを始めた。東芝や東レは2021年以降に血液での実用化を急ぐ。体液検査は世界で開発が進んでおり、日本勢は精度の高さが強み。料金は現在の画像診断と同程度かそれよりも割安なケースが多い。がんの早期発見の手段がより身近になりそうだ。

九大発スタートアップで医療サービスを手掛けるHIROTSUバイオサイエンス(ヒロツバイオ、東京・港)。6日から尿を使った解析サービスを始めた。胃や大腸など15種類のがんに罹患(りかん)している場合、「いずれかのがんにかかっている」と判定する。検査人数に対して正しく判定できる精度は85%としている。

尿を活用して幅広い種類のがんを調べるサービスは世界初という。がんを見つけるのは体長1ミリメートルの線虫で、尿に含まれるがんの匂いに集まる性質を応用する。同社の検査を受けられる病院を1月中に発表する予定だ。一般の人が支払う検査料金は1回当たり約1万円となる見込み。



◎これに1万円払う?

ヒロツバイオ」の検査では「正しく判定できる精度は85%」に過ぎないので使い物にならない。「がんかも」と思った時に自宅で数百円で検査するのならば「精度は85%」でもまだ許せるが…。これに「1万円」を払う人がいるのかとは思う。

しかも「15種類」のうち「いずれかのがんにかかっている」と「判定する」だけなので、「がんに罹患」と「判定」された場合はさらに色々と検査を受けるのだろう。「ヒロツバイオ」には申し訳ないが、記事の説明が正しいのであれば、避けるべき検査と言うほかない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

名古屋大学発スタートアップのイカリア(東京・文京)は、肺がんなどの種類を特定するサービスを始める。複数の種類のがんを対象とし、どれにかかっているかを突き止める。精度は90%を超えるといい、「年内に一般の人が利用できるようにする」(同社)。

がんの発見に使うのは体液に含まれ、遺伝子の発現を調節する機能を持つ物質である「マイクロRNA(リボ核酸)」。これを解析するチップなどでがんの種類を見分ける。料金は数年以内に3万円以下に下げる考え。



◎「早期発見」と言える?

記事の冒頭には「企業が尿や血液などの体液から、がんを早期発見する検査サービスに相次ぎ乗り出す」と出ていた。「イカリア」の場合、「肺がんなどの種類を特定するサービス」ならば「がんを早期発見する検査サービス」と言えるのかとの疑問は残る。

しかも、これも「精度は90%を超える」程度。やはり、それほど役立ちそうな感じはない。

では、「精度」が「99%」ならばどうか。その事例も記事には出てくる。

【日経の記事】

血液による検査も今後始まる。東芝のサービスは乳がんなど13種類のがんのどれかにかかっていれば、がんに罹患していること自体を99%の精度で判定可能という。21~22年に人間ドックなどで実用化し、費用は2万円以下に抑える計画だ。



◎「99%」と聞くと凄そうだが…

がんに罹患していること自体を99%の精度で判定可能」と聞くと凄そうだが、実際には誤判定の方が多くなりやすい。具体例で考えてみよう。

10万人が検査を受けて、この中に「がんに罹患している」人が100人いるとしよう。「99%の精度」なので100人中99人が検査で陽性となる(確率通りの結果になると仮定)。1%の確率で間違えるのだから、残りの9万9900人の中からも999人が陽性との検査結果を受け取ることになる。

結局、約1100人が陽性となるが、本当に「がんに罹患している」人は約100人と、陽性と出た人の1割にも満たない。だから無駄とは言わないが、「99%の精度」は意外と大したことがない。

今回の記事では終盤で検査の問題点にも触れている。その部分も見ておこう。

【日経の記事】

ただし体液検査には課題もある。誤判定や、がんを見逃すリスクがなお残る。画像診断では見つからないほど早期のがんを発見した場合、これまで以上に多くの検査が必要になる恐れもある。

各社は当面、保険のきかない自由診療として検査サービスを提供する考え。保険がきく医療とどう組み合わせて活用するかは大きな課題だ。精度の向上に加え、早期発見が治療成績の向上や医療費の削減につながったのかというエビデンス(証拠)を蓄積することが欠かせない



◎それはその通りだが…

間違ったことは書いていない気がする。ただ「治療成績の向上」については慎重に評価する必要がある。「早期発見」が進むほど、がん全体での生存率は高まるはずだ。「早期」のがん患者は放置していても、「早期」でないがん患者よりも長生きする可能性が高いだろう。がん患者に占める「早期」の比率が高まれば、5年生存率といった数値も向上していくのが当然だ。それを単純に「治療成績の向上」とは評価できない。いわゆるリードタイム・バイアスの問題だ。

その辺りは筆者の大下淳一記者も分かっているかもしれないが、念のために注意喚起しておく。「エビデンス(証拠)」の評価には慎重であってほしい。それがメディアの役割でもある。


※今回取り上げた記事「ビジネスTODAY~尿・血液でがん発見、実用化 ヒロツバイオ、15種判定/東芝、来年にも精度99%
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200111&ng=DGKKZO54299940Q0A110C2TJC000


※記事の評価はC(平均的)。大下淳一記者への評価も暫定でCとする。

2020年1月10日金曜日

最低賃金引き上げ率「5%」の根拠を示さないデービッド・アトキンソン氏

デービッド・アトキンソン氏の最低賃金引き上げ論をこれまで何度も批判してきた。その最大の理由は引き上げ幅と期間が具体的でないことだ。10日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~生産性向上の痛みから逃げるな」という記事では「20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」と訴えており、多少は具体的になってきた。しかし主張に説得力があるとは言い難い。
のこのしまアイランドパーク(福岡市)
     ※写真と本文は無関係です

当該部分を見ていこう。

【日経の記事】

生産性の問題を考察すればするほど、進むべき道が見えてくる。経済学の大原則たる規模の経済をシンプルに考えるべきだ。企業が大きくなればなるほど、全体として生産性が上がる。女性の活躍も進む。最先端技術が普及する。輸出が増える。賃金が上がる。有給休暇も取れる。

人口が減る日本で企業の規模を拡大するには、合併・統合を進めることになる。取るべき対策は、合併・統合で企業のオーナーが得をする税制の確立である。さらに、合併・統合に消極的な経営者の背中を押すために、20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ

人口減少社会にあっては、人口増加時代にできた中小企業に対する考え方と政策は変えざるを得ない。358万社(19年中小企業白書)もある中小企業の全てが日本の宝であり、日本経済を支えているという、人々が好む神話はもう要らない。

今年こそ、生産性に大きく貢献する中堅企業、成長する中小企業やイノベーションを起こす中小企業に絞って徹底的に応援しよう。生産性向上に努めない企業の応援は直ちにやめるべきだ。町工場の人情話のようなエピソードをもてあそぶのでなく、エビデンス(実証)に基づいた議論が展開されることを祈りたい


◎「5%」が最適と言える「エビデンス」は?

20年こそ最低賃金を5%引き上げ、東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」とアトキンソン氏は言うが、なぜ「5%」なのかは教えてくれない。「エビデンス(実証)に基づいた議論が展開されることを祈りたい」と思うのならば、「5%」が引き上げ幅として最適だと言える「エビデンス」を示してほしい。

東京と地方の最低賃金のギャップも縮小させるべきだ」との考えに基づくと、一律「5%」の引き上げは好ましくないはずだ。そこをどうすべきかも書いていない。

人口が減る日本で企業の規模を拡大する」ことが必要と言うならば、「合併・統合で企業のオーナーが得をする税制の確立」で十分ではないか。強いムチが必要な場合は、規模拡大に消極的な企業に重税を課せば済む。「最低賃金」の引き上げという間接的な手法にこだわる理由もよく分からない。

やはり今回も「アトキンソン氏の最低賃金引き上げ論に耳を傾ける必要はない」と考えるべきだろう。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~生産性向上の痛みから逃げるな
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200110&ng=DGKKZO54217010Z00C20A1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。デービッド・アトキンソン氏への評価もDを据え置く。アトキンソン氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/d.html

改めて感じたアトキンソン氏「最低賃金引き上げ論」の苦しさ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_10.html

日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_11.html

相変わらず説明に無理があるデービッド・アトキンソン氏の記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_7.html

2020年1月9日木曜日

基本的な認識を誤った日経社説「米国とイランは中東を再び戦場にするな」

9日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「米国とイランは中東を再び戦場にするな」という社説は、筆者が基礎的な知識を持たずに書いているのではないか。「中東を再び戦場にするな」と訴えているのだから、直近の「中東」は「戦場」ではなかったとの認識なのだろう。
筑後川サイクリングロード(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

しかし8日付の記事で日経自身が「ロシアのプーチン大統領は7日、中東シリアの首都ダマスカスを電撃訪問し、アサド大統領と会談した。会談では内戦が続くシリアの復興に向けた成果を確認した」と報じている。

中東」に属する「シリア」で「内戦」が続いていることを社説の筆者は知らないのか。それとも「シリア」は「中東」ではないと勘違いしているのか。いずれにしても社説を任せるべき書き手とは思えない。

度重なる戦禍に見舞われてきた中東を、再び戦場にしてはならない」と書いた筆者に、社内の誰もツッコミを入れなかったのか。裸の王様化した論説委員がいるのならば、誰かが「王様は裸だ」と言ってあげてほしい。


※今回取り上げた社説「米国とイランは中東を再び戦場にするな
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200109&ng=DGKKZO54171830Y0A100C2EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2020年1月8日水曜日

相変わらず「創造的破壊」を描けていない日経「Disrupution 断絶の先に」

ディスラプション(創造的破壊)」をテーマに連載を続ければ必然的に苦しい内容になるので早期の打ち切りを--と求めてきたが、その気はないようだ。日本経済新聞朝刊ディスラプション面で「Disrupution 断絶の先に」の第10部が始まった。8日の「地球に生き続ける(1)争いなき世界 方程式が導く」という記事でも「ディスラプション(創造的破壊)」を描けているとは思えない。
のこのしまアイランドパークのコスモス
       ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ながらツッコミを入れてみたい。まずは冒頭の事例について考える。

【日経の記事】

サボテンが林立する米アリゾナ州の砂漠を抜けると、丘の上に近未来を感じさせる建物が現れた。かつて火星での自給自足を想定し、外部と遮断して科学者8人が暮らした実験施設「バイオスフィア2」だ。「ピラミッド型の構造物には、熱帯雨林の森や砂漠が広がっているんだ」。アリゾナ大学が引き継いだ施設で、ジョン・アダムス副所長が指を指す。東京ドームのグラウンドと同程度の広さに、人工の海や草地まである。まさに「ミニ地球」だ。現実の地球は分断が進み、ミニ地球で生きる試行錯誤は現代の問題解決にも通じる。

1991年から2年間にわたる実験は、施設に男女4人ずつの科学者がこもった。自ら作物を栽培し、ヤギや鶏を育てた。実験は、酸素濃度の急低下や食料不足に見舞われ、生態系が崩れた末に行き詰まった。「壮大な無駄だった」というのがこれまでの大方の見方だ

それから30年近くがたち、人類は地球という「密室」でかつての「失敗」をふたたび犯す危機にさらされている。覇権争いを繰り広げ、地球温暖化対策でも足並みが乱れる。バイオスフィア2とは「第2の生命圏」を意味する。火星移住を目指す過去の実験では問題が幾つもあったが、すべてにおいて人と人がどれだけ争いを減らし、協調できるかが試された。問われたのは、火星に移り住むことよりも、むしろ、この地球の環境、すなわち「バイオスフィア1」で集団生活するための心構えだ

米国と中国の経済摩擦、緊迫する中東情勢、日本と韓国のすれ違い……。1989年に東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」が崩れた後もあつれきが生じている。自らの利益や快適な暮らしを求めるのは自由だが、無自覚に他人に犠牲を強いていないだろうか。グローバル化で国家や企業、個人の利害が複雑にからみあい、みんなで協力し苦難を乗り越える方法論の研究はこれまでになく重要になっている。人間関係の本質に迫る実験は、かつてのミニ地球に代わり、進化を遂げたコンピューター上に舞台を移してより深化する。


◎肝心な話が…

バイオスフィア2」について「実験は、酸素濃度の急低下や食料不足に見舞われ、生態系が崩れた末に行き詰まった。『壮大な無駄だった』というのがこれまでの大方の見方」と筆者ら(猪俣里美記者と加藤宏志記者)は書いている。これは問題ない。

しかし、読み進めると「人と人がどれだけ争いを減らし、協調できるかが試された。問われたのは、火星に移り住むことよりも、むしろ、この地球の環境、すなわち『バイオスフィア1』で集団生活するための心構えだ」と出てくる。

「だったら最初の説明は何なの?」と聞きたくなる。「問題が幾つもあった」のだとしても、最大の「問題」が人間同士の「争い」だったのならば、そこを最初からしっかり説明すべきだ。

施設に男女4人ずつの科学者がこもった」結果、どんな「争い」が生じて「協調」が難しくなったのか記事には説明がない。今回の記事の趣旨からして、そこが最も重要なはずだ。何のために「米アリゾナ州」まで足を運んだのか。それこそ「壮大な無駄」ではないか。

次は「ディスラプション(創造的破壊)」に関する記述を見ていく。

【日経の記事】

人類は社会や政治を発達させて、争いを抑えるべきなのだろう。英科学誌「ネイチャー」によると、スペインの研究者が哺乳類1000種類以上について同種の争いが死を招く割合を調べたところ、哺乳類が平均0.3%だったのに対し、社会性や領土意識のある霊長類は2%と際立って高かった。進化で受け継いだ暴力性は、人知でしか制御できない。

「駆け引きは愛の世界でも起こりうる」。静岡大学の竹内勇剛教授は漫画などで見かける愛情表現の「ツンデレ」から、信頼関係を育むコツを読み解こうとしている。ふだんは素っ気なく、たまに優しくなるのがツンデレ。「ツンデレする側は、本当は『関係を築きたい』と思っている」。「ツン」と「デレ」の強さを数値で示すプログラム(方程式)をつくり、2人の信頼度を計算した。ツンのタイミングと頻度を変えながら、どこかでデレを強くすると一気に信頼度が上がった。ツンを続け、デレへの期待が極度に高まると関係が破綻する兆候が表れた。恋人同士の関係から国家のつばぜり合いまで、関係が崩壊する兆しや緊張緩和の機会を見極め、ためらわずに手を打つことの大切さを物語る。人と人の絆を深める法則探しは、人類最大のディスラプション(創造的破壊)への挑戦だ。成就した先に、争いのない世界が広がる

宇宙航空研究開発機構(JAXA)と資生堂は、密室の共同生活実験で、ストレスで顔がゆがむ現象を発見した。顔のパーツの角度などが表すゆがみ度は入室前の最大約3倍だった。資生堂の研究では、ストレスを受けた人の手からガス状物質が出て、他人に疲れや混乱が伝わった。「ある物質でストレスに伴う物質の匂いは隠れます」(資生堂の勝山雅子博士)。争いに科学で挑む動きは少しずつ広がっている。


◎「創造的破壊」と言える?

瞬間移動装置が実用化されて自動車メーカーや航空機メーカーが経営破綻し、新興の瞬間移動装置メーカーが新しい市場のリーダーになるといった話ならば「ディスラプション(創造的破壊)」と呼べるだろう。既存市場の「破壊」であり「創造的」でもあるからだ。

今回の場合はどうだろう。「人と人の絆を深める法則探しは、人類最大のディスラプション(創造的破壊)への挑戦だ。成就した先に、争いのない世界が広がる」と筆者らは訴える。

争いのない世界」を取りあえず「(軍事的な)争いのない世界」と仮定しよう。実現すれば悪くない話だ。しかし、そこに「破壊」は見えない。軍事的な「争い」がなくなり平和が訪れた時に「破壊」だと感じる人がいるのか。「戦争状態を破壊したんだ」といった主張もできなくはないが、かなり苦しい。

それに「人と人の絆を深める法則探し」が「成就」したとしても「争いのない世界が広がる」とは思えない。「『ツン』と『デレ』の強さを数値で示すプログラム(方程式)」を使って、どうすれば「争い」を避けられるかの「法則」が見つかったとしよう。そして、ものすごく賢いAIが常に適切な助言を与えてくれると仮定する。

その場合、各国の指導者はその助言に従うだろうか。「イランの司令官を殺害するとイランとの関係が決定的に悪化します」とAIが助言したら、米国のトランプ大統領は自制したのか。「米国への軍事的報復はイランの国益を損ないます」とAIが助言したら、イランの指導者はそれに従うのか。

争い」を避ける方が双方にとって国益が大きくなるとしても、だから「争い」を避けるとは限らない。感情的な問題があるからだ。「成就した先に、争いのない世界が広がる」と本気で筆者らは思っているのだろうか。

筆者らは記事を「争いに科学で挑む動きは少しずつ広がっている」と締めている。「成就した先に、争いのない世界が広がる」という話に比べると、かなり小さくなった感じはある。大したことのない話を大きく見せている自覚は筆者らにもあるのだろう。

ディスラプション(創造的破壊)」に絡めないと記事が成り立たないので、そこに関わる部分はどうしても大げさになる。結果として内容が苦しくなり説得力もなくなる。

この連載に関する結論は同じだ。「ディスラプション(創造的破壊)」をテーマにする限り、優れた記事にするのは極めて難しい。早期に打ち切るべきだ。



※今回取り上げた記事「Disrupution 断絶の先に 第10部~地球に生き続ける(1)争いなき世界 方程式が導く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200108&ng=DGKKZO53872460X21C19A2TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。猪俣里美記者と加藤宏志記者への評価はDで確定とする。両記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「余命がわかる」には程遠い日経「Disruption断絶の先に」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/disruption.html

2020年1月7日火曜日

「ROE神話」に説得力欠く日経1面連載「逆境の資本主義」

日本経済新聞朝刊の正月連載「逆境の資本主義」は全体として見れば悪くない。正月企画にありがちなエピソード至上主義ではないし、作り手の問題意識も伝わってくる。ただ、7日の「(6)揺らぐ企業のROE神話 その利益に大義はあるか」という記事は説得力に欠けた。

三井中央高校(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です
冒頭の事例から「ROE神話」の存在を読み取れるか見ていこう。

【日経の記事】

「目標としていた3億ドル(約330億円)を上回るコスト削減を達成しました」。設備の老朽化から大規模な山火事と大停電を繰り返した米カリフォルニア州の電力・ガス大手、PG&E。それなのに、2017年の年次報告書には誇らしげにこう書いてあった。

コスト削減の効果でROE(株主資本利益率)は17年に一時10%を超えた。だが、地球温暖化で森林地帯の乾燥が進むなか、電線の更新など安全維持に必要な投資を怠ったツケは巨額の損失となって跳ね返った。同社は損害賠償などで300億ドル超の債務を抱える可能性があるとして経営破綻し、再建途上にある。

「ROE神話」の暴走が根底にある。「株主のための利益追求」が資本主義における企業の責務だと米経済学者ミルトン・フリードマンは62年の著書「資本主義と自由」で主張した。この考えが米国などで広がり、株主のためにいかに稼いだかを示すROEが重視されるようになった。

ROEを高めるには研究開発や設備投資によって利益を増やしていくのが王道。だが、経営者はROEが下がれば株主からの退任圧力にさらされかねない。資金を自社株買いに回し、資本を減らしてROEを力ずくで押し上げるという危うい選択に走りがちだ。そうなれば、将来の成長や安全、環境保護への投資は後回しになり、従業員への還元もおろそかになる。


◎「ROE神話の暴走が根底にある」?

『ROE神話』の暴走が根底にある」と言い切っているが「PG&E」が「ROE神話」に縛られていたと取れる記述は見当たらない。

コスト削減」を「誇らしげに」語っただけならば「ROE」重視かどうかも微妙だ。「『ROE神話』の暴走が根底にある」と訴えるのならば、とにかく「ROE」さえ高めれば全てが上手く行くと「PG&E」が信じていたことを示さないと苦しい。

行き過ぎた「コスト削減」によって短期的に利益を大きく見せようとしたのならば「利益至上主義」の方がしっくり来る。「ROE神話」をテーマにするならば「資金を自社株買いに回し、資本を減らしてROEを力ずくで押し上げる」手法を選んで破滅した事例を持ってくるべきだ。

そこは取材班も分かっているとは思う。適当な事例が見つからなかったので「PG&E」の話を使ったのだろう。だが、それでは記事に説得力が出ない。そこが惜しい。


※今回取り上げた記事「逆境の資本主義(6)揺らぐ企業のROE神話~その利益に大義はあるか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200107&ng=DGKKZO53991670Q9A231C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)

2020年1月6日月曜日

2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」

2020年も日本経済新聞の大林尚上級論説委員は苦しい内容の記事を読者に届け続けるのだろう。6日の朝刊オピニオン面に載った「核心~選挙巧者のボリスノミクス」という記事を読むと、そう思わずにはいられない。
のこのしまアイランドパークのコスモス(福岡市)
           ※写真と本文は無関係です

今回のテーマは「ボリスノミクス」。「シンガポールのような割り切った規制と税制によって外資の呼び込みに弾みをつける。これを仮にボリス(※英国のボリス・ジョンソン首相)の経済政策『ボリスノミクス』と名づけよう」と切り出した大林上級論説委員は、以下のように話を進めている。


【日経の記事】

英国はビッグバン(金融大改革)の発祥国だ。その旗をふったサッチャーにならい、ITと金融サービスが融合したフィンテックを操るスタートアップを英政府が全力で後押しするのも、ボリスノミクスだ。チャレンジャー銀行と呼ばれる個人取引に特化したアプリ銀行は、その政府方針が生みだした。店を持たず、預金者は取引のすべてをスマートフォンのアプリですませる。英当局は矢継ぎ早に銀行免許をあたえている

そのひとつmonzo(モンゾ)の場合、口座を開くときの本人確認は運転免許証をスマホにかざせば2分とかからない。ほどなくデビットカードが届く。日常の支払い、送金、給与振り込みなどはアプリで完結する。友達との割り勘もさっとできる。

利用者のメリットは2点。まず、取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く。週末も支払いや送金が滞りなくすんだのが確認できる。使う側の安心と銀行側の信用を保つしかけだ。もうひとつは、手数料をほとんど取られない。英国外で支払いに使ったときの為替手数料はゼロだ。

ヘビーユーザーのある会計士は「モンゾは暮らしを変えた」と話す。確実、柔軟、安価の3拍子をそろえたチャレンジャー銀行は、既存行には大いなる脅威。「ただのプリペイドカード会社があっという間に銀行業を営むようになる。当局のフィンテック支援あればこそだ」。こう語るのは、口座をもてない低所得者に、手取り給料を小口化して決済サービスを提供するドレミング英国法人の吉房純輝・最高経営責任者だ。日本銀行出身の吉房氏は、当局の本気度が日本に乏しいのを知る。


◎「ボリスノミクス」と呼べる?

ボリス・ジョンソン首相が就任後に始めた経済政策を「ボリスノミクス」と呼ぶならば分かる。しかし、ずっと前から続いていてジョンソン首相も継承しているだけならば「ボリスノミクス」と称するのは無理がある。

大林上級論説委員は「フィンテックを操るスタートアップを英政府が全力で後押しするのも、ボリスノミクスだ」と言い切り「チャレンジャー銀行」の1つとして「monzo(モンゾ)」を紹介している。

他のメディアの記事を見ると「モンゾ」は2015年に創業したようだ。ジョンソン首相の就任は19年。「チャレンジャー銀行」に「英当局」が「矢継ぎ早に銀行免許をあたえている」とすれば、それはジョンソン首相が始めたこととは考えにくい。なのに「ボリスノミクス」と言えるのか。

それに、「ボリスノミクス」とは「シンガポールのような割り切った規制と税制によって外資の呼び込みに弾みをつける」ものだったはずだ。

チャレンジャー銀行」に関して、英国がどんな「割り切った規制と税制」を採用したのか大林上級論説委員は教えてくれない。「外資の呼び込み」に成功した話も出てこない。

モンゾは暮らしを変えた」という「ヘビーユーザーのある会計士」のコメントも説得力に欠ける。「利用者のメリットは2点」で、「まず、取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く」らしい。

百歩譲ってこれが便利なサービスだとしても「暮らしを変え」る力があるとは思えない。それに、店舗での「取引」でレシートなどの「明細」を「間髪をおかず」にもらえることは珍しくない。個人的には、「取引すると間髪をおかず明細がスマホに届く」としても、そんなに便利だとは感じない。

手数料をほとんど取られない」のは助かるが、これも「暮らしを変え」る力があるか疑問だ。また、何を収益源にしているのか記事で説明していないのも感心しない。

記事の前半で行数稼ぎとも思えるフリを長々とする余裕があるのならば、この辺りはしっかり書き込んでほしかった。

それを大林上級論説委員に求めるのは酷なのかもしれないが…。


※今回取り上げた記事「核心~選挙巧者のボリスノミクス
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200106&ng=DGKKZO53929300X21C19A2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/100.html

株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html

日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html