ついに、こんな記事を書くようになってしまったのか--。文藝春秋6月号の「
スクープ 会長室に出入りし、浜松町の本社を闊歩していた 東芝前会長の『イメルダ夫人」という記事を読んで悲しくなった。仰々しい見出しに反し中身はスカスカだ。筆者は以前に日本経済新聞社で編集委員を務めていたジャーナリストの大西康之氏。「
スクープ」の文字が哀愁を帯びて見える。
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桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です |
記事は12ページにも及ぶが、「
イメルダ夫人」に触れた部分は合計で2ページにも満たない。それだけでも苦しいのに、実際の内容がさらに辛い。その部分を見ていこう。
【文藝春秋の記事】
名門WHにとって東芝など「自分たちのモノマネで稼ぐ田舎企業」に過ぎず、「我々にアドバイスするなど片腹痛い」というわけだ。WHの業績を改善しろとせっつく東京本社との板挟みにされたのがWHの目付け役として送り込まれた志賀である。志賀は英語が得意でなかったこともあり、自分たちのやり方を変えようとしないWHの経営陣を全く制御できなかった。
「せめて英語だけでも何とかしたい」と考えた志賀は、現地で英語と日本語に堪能な通訳兼秘書を募集する。採用されたのはFという女性だった。志賀は重要な会議や出張にも必ずFを連れていくようになる。飛行機の席はいつも志賀の隣。つまりビジネスクラス以上である。
やがてFは「秘書以上の存在」になった。2人は結婚し、米メジャーリーグ、ピッツバーグ・パイレーツの選手が隣人という豪華マンションで華やかな新婚生活を始めた。
志賀は既婚で3人の子供があるが、ピッツバーグに赴任するかなり前に離婚しており、Fとの結婚に問題はない。だが、Fの振る舞いには問題があった。英語が堪能なFはWHの生え抜き経営陣と親密になり、WHにとって都合のいい話がFを通じて志賀に吹き込まれた。
原子力部門の部下たちは、志賀がFの言いなりであり、Fに「あの人だめね」と言われたら出世はないとみた。若手有志は2人が結婚した時、金を出し合って贈り物をした。お返しはティファニーの豪華な置物だったという。
かつてWHの財務担当役員だった平田政善が東芝本社のCFO(最高財務責任者)になった時には、Fは「平田さんが偉くなれたのはうちの人のおかげ」と社内で吹聴していたという。
志賀がFに熱を上げている頃、WHは暴走していた。受注した米国、中国の計8基は建設計画の見直しが繰り返され、完成時期が際限なく後ろにずれていく。それに伴い、人件費や建設コストは膨れ上がる。だが、志賀を骨抜きにされた東芝には、正確な情報が入らない。
志賀は部下の椅子を蹴り上げるなど、パワハラ紛いの言動が増えていく。
「Fと再婚してから人が変わってしまった」(東芝関係者)
2015年、志賀は東京に呼び戻される。PC部門のバイセル取引などによる粉飾決算問題で西田、佐々木、田中の歴代3社長と2人の元CFOが次々に辞任し、原発がわかる経営幹部がいなくなったからだ。2016年6月に東芝会長に就任した志賀は、WHの日本法人ウェスチングハウス・エレクトリック・ジャパンにFのポジションを作らせ、自分の会長室にFを出入りさせた。派手な服装で浜松町の東芝本社を闊歩するFに社員は眉をひそめ「WHのイメルダ夫人」と呼んだ。
結局、志賀は今年2月に東芝会長を辞任した。
◇ ◇ ◇
大西氏は「
F」という女性について「
振る舞いには問題があった」と言うが、わざわざ雑誌で取り上げて「
スクープ」と銘打つほどの「
問題」があるとは思えない。順に検証してみる。
◎Fの行動その1~都合のいい話を吹き込んだ?
「
Fの振る舞いには問題があった」と書いた直後に「
英語が堪能なFはWHの生え抜き経営陣と親密になり、WHにとって都合のいい話がFを通じて志賀に吹き込まれた」と出てくるので、これが問題の核心だと思える。だが、具体的にどんな話を吹き込んだのか触れていない。これでは問題があったかどうか論じようがない。
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福岡県立京都高校(行橋市)※写真と本文は無関係です |
志賀氏の通訳だったのならば「
WHの生え抜き経営陣と親密に」なっても不思議ではないし、悪いことではない。通訳なのだから「
WHにとって都合のいい話」を「
WHの生え抜き経営陣」がしてきたら、その内容をきちんと伝えるのがFの仕事とも言える。
例えば、「粉飾決算を続けている事実を知りながら、あたかも業績が好調なように偽の情報を流していた」と言うのならば問題視するのも分かる。だが、そうした話は出てこない。
◎Fの行動その2~人事に介入した?
「
原子力部門の部下たちは、志賀がFの言いなりであり、Fに『あの人だめね』と言われたら出世はないとみた」と大西氏は書いている。これは単に「
原子力部門の部下たち」の見方を紹介しているだけだ。Fが人事に口出ししていたと判断できる材料がまずない。
百歩譲って介入していたとしよう。だが、それに問題があるとも思えない。「あいつ使えません。飛ばしてください」などと上司に進言するのは必ずしも悪いことではない。Fは社内の人間だ。社内の人事権者に自分の意見を伝えたとしても基本的に問題はない。
「
かつてWHの財務担当役員だった平田政善が東芝本社のCFO(最高財務責任者)になった時には、Fは『平田さんが偉くなれたのはうちの人のおかげ』と社内で吹聴していたという」とのくだりも、何が問題なのか謎だ。事実関係が記事の通りだとしても、あくまで志賀氏が平田氏を引き上げただけだ。Fの介入を裏付ける話は出てきていない。
◎Fの行動その3~志賀氏を変えてしまった?
志賀氏が「
Fと再婚してから人が変わってしまった」としても、再婚が原因だとは断定できない。仮に再婚が原因で志賀氏が「
変わってしまった」としても、再婚相手のFを責めるのは無理がある。いい大人が自分の判断で再婚したのだから、それで経営者としてダメになったのであれば志賀氏自身の問題だ。
◎Fの行動その4~派手な服装で社内を闊歩?
「
2016年6月に東芝会長に就任した志賀は、WHの日本法人ウェスチングハウス・エレクトリック・ジャパンにFのポジションを作らせ、自分の会長室にFを出入りさせた」という記述にも、問題視すべき点が見当たらない。記事を読む限り、Fは志賀氏と結婚する前からウェスチングハウスで働いていたはずだ。ならば、その日本法人に「
ポジション」があっても問題ない。「
自分の会長室にFを出入りさせた」ことも、業務上の必要があれば咎められない。
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中村学園大学(福岡市城南区)
※写真と本文は無関係です |
「
派手な服装で浜松町の東芝本社を闊歩するFに社員は眉をひそめ『WHのイメルダ夫人』と呼んだ」というくだりに至っては単なる悪口だ。「
派手な服装」かどうかは主観によるし、仮に派手でも、就業規則にでも違反していない限り本人の自由だ。
こんな書き方が許されるならば、相手を悪く言うのは簡単だ。例えば、大西氏に関しても「
でかい態度で日経社内を闊歩するその姿を見て、周囲は眉をひそめ『日経の金正恩』と呼んだ」と書ける。態度がでかいかどうかは主観によるし、「
日経の金正恩」と呼ばれていないとの証明はできない。だが、そんな悪口を文章にしても建設的とは思えない。
ついでにもう少し注文を付けてみよう。
◎「イメルダ夫人」の説明は?
記事では「
イメルダ夫人」に関する説明なしに「『
WHのイメルダ夫人』と呼んだ」と出てくる。これは苦しい。「
イメルダ夫人」がどんな人物で、どんな点がFと符合するのかは記事中で説明すべきだ。見出しにも「
イメルダ夫人」を使っているのだから、そこはきちんと書いてほしい。
◎Fはなぜ匿名?
Fを匿名にする意味が理解できなかった。Fは志賀氏の妻なのだから容易に個人を特定できる。それを匿名にする意味は乏しい。東芝の経営問題でFの存在が重要だと言うのならば、実名を出して論じても問題はない。「中身の乏しい悪口の類だから、実名を出すのは申し訳ない」という配慮でも働いたのだろうか。
※記事の評価はE(大いに問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。
文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html
※大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。
日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html
大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html
東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html
日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html
FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html