筑後川昇開橋(佐賀市・福岡県大川市) ※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
トヨタ自動車が「空飛ぶクルマ」の実用化に向けて、社内の若手有志が中心になって進めてきたプロジェクトに資金拠出する方針を固めた。米国の新興企業や航空機会社が相次ぎ参入を表明するなど、今最も注目を集める分野だ。次世代モビリティー(移動手段)論争が熱を帯びるなか、「空」が有力な選択肢として浮上している。
空飛ぶクルマは従来、有志団体「カーティベーター」のメンバーが勤務時間外に開発を進めてきた。資金はネットで広く支援を募るクラウドファンディングなどに頼っていた。今回、トヨタやグループ会社が4千万円規模の資金を提供することで大筋合意した。
今後は複数のプロペラを制御し機体を安定させる技術を確立し、2018年末までに有人飛行が可能な試作機を完成させる計画だ。東京五輪が開催される20年の実用化を目指す。
◎過去の記事との整合性は?
これを読むと、トヨタは「空飛ぶクルマ」の開発について会社としてはやっていなかったと取れる。だが、2014年10月3日の「革新力 The Company 第5部~トヨタ『空飛ぶ車』 誰も傷つけない未来 社会を動かす(1)」という記事で日経は以下のように書いている。
【日経の記事(2014年)】
富士山の麓。トヨタ自動車の東富士研究所でひそかに「空飛ぶ車」の研究が進んでいる。
詳細は伏せられているが、プロペラを使ってホーバークラフトのように浮く車を念頭に技術開発を急いでいる。まるでSF映画だがトヨタは大まじめだ。「空を飛べば道路での衝突事故も無くなる。これは安全な車づくりの一環だ」(関係者)
◇ ◇ ◇
この記事を信じるならば、14年の段階で社業として「『空飛ぶ車』の研究」を進めていたはずだ。しかし、今回の1面の記事では「空飛ぶクルマは従来、有志団体『カーティベーター』のメンバーが勤務時間外に開発を進めてきた」と書いている。「東富士研究所」での技術開発も並行して進めていたのかもしれないが、今回の記事を読む限りそうは思えない。どちらかの記事の説明に問題があるのは確実だ。
平尾台(北九州市)※写真と本文は無関係です |
さらに続きを見ていこう。
【日経の記事】
クルマは進化を続けて利便性を高めてきたが、排ガスによる環境問題や新興国などの渋滞は深刻だ。ひずみ解消へ自動車各社は電気自動車(EV)や燃料電池車など新たな動力源のクルマを開発、自動運転の研究も進めている。
◎これで渋滞解消できる?
EVや燃料電池車、あるいは自動運転によって「新興国などの渋滞」を解消できるような書き方をしている。しかし、これらが普及しても「渋滞」の解消には結び付かない気がする。むしろ、自動運転が普及すると渋滞がひどくなるのではないか。自動運転の場合、法定速度をきちんと守るようなプログラムになるはずだ。そういう車が多数派になれば、全体の流れが遅くなり渋滞は増えると考える方が自然だろう。
次のくだりは説明がさらにおかしい。
【日経の記事】
個人の移動手段として空飛ぶクルマがにわかに注目を集めるのは、従来の延長線上ではない形で、現在の自動車が抱える問題を解決できると期待されているからだ。道路そのものが不要になれば、渋滞はなくなる。垂直で離着陸できれば滑走路も不要だ。人の動き、流れが劇的に変わる可能性を秘める。
◎「空飛ぶクルマ」で「渋滞はなくなる」?
「筆者の奥平和行編集委員はちゃんと考えて記事を書いているのかなぁ…」と心配になる中身だ。まず「空飛ぶクルマ」の登場によって「道路そのものが不要に」なるとの発想が謎だ。「空飛ぶクルマ」とは「飛行も走行もできる乗り物」ではないのか。この理解でよいのならば、「空飛ぶクルマ」が普及しても走行するための「道路」は要る。
筑後川(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です |
「空飛ぶクルマは道路を走らない。そして、全てのクルマが空飛ぶクルマになる」との非現実的な前提で考えてみよう。その場合は「渋滞はなくなる」だろうか。答えは「なくなる可能性は非常に低い」だと思える。
例えば、イベント会場で駐車場のスペースを大幅に上回る「空飛ぶクルマ」が一気に押し寄せたとしよう。その場合、駐車場の周辺で「渋滞」が発生するはずだ。
単に「空飛ぶクルマ」が通行するだけの空間でも「渋滞」は起こり得る。「空飛ぶクルマ」は主に低空飛行することになるだろう。そこに多数のクルマが流れ込めば、道路でなくても移動速度は低下を強いられる。
奥平編集委員は自分のクルマだけが「空飛ぶクルマ」になるようなイメージを持っているのではないか。その場合は自分だけ「渋滞」とサヨナラできそうだが…。
最後に「事業の推進体制」に関する疑問を述べておきたい。
【日経の記事】
カーティベーターは12年、現代表の中村翼氏が社外のビジネスコンテストに参加したのをきっかけに発足。オーダーメードのEVという計画で優勝し、その後、アイデアを練り直すなかで空飛ぶクルマにたどり着いた。
「わくわくするモビリティーを実現したい」。こんな思いに賛同し、デザインや機械設計などを担当する約30人が加わる。グループ外からもドローン(小型無人機)の開発で実績を持つ三輪昌史徳島大准教授らが参画した。ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者、孫泰蔵氏らも支援者に名を連ねる。
一方、事業の推進体制はなかなか固まらなかった。開発加速のために独立やベンチャーキャピタルからの資金調達なども模索するが、思い通りに進まない。15年半ばにはトヨタ幹部に支援を直訴するが、具体的な動きにはつながらなかった。「悔しい」。メンバーのひとりは漏らしていた。
トヨタの研究開発に対する姿勢が徐々に変わり始める。15年11月に技術系の新興企業に投資するファンドを設立することを決め、16年に入ると外部の専門家をトップに据えた人工知能(AI)の研究開発子会社を米国に設立した。
◎「事業の推進体制」は固まった?
「空飛ぶクルマ」に関して「事業の推進体制」は固まったのだろうか。固まったとすれば、どんな体制になったのか。記事を読んでもよく分からない。
うきは市役所(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です |
冒頭で「トヨタ自動車が『空飛ぶクルマ』の実用化に向けて、社内の若手有志が中心になって進めてきたプロジェクトに資金拠出する方針を固めた」と書いてあったので、トヨタが自ら「空飛ぶクルマ」の開発に乗り出すのかと最初は思った。
しかし「ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者、孫泰蔵氏らも支援者に名を連ねる」といった説明を読むと「トヨタは支援者の一角を占めるだけ」とも取れる。トヨタが中心となって開発するのか、多少の資金援助をするだけなのかは明確にしてほしかった。
常識的に考えれば「トヨタやグループ会社が4千万円規模の資金を提供する」だけでは、「20年の実用化」は難しいだろう。他の支援者がどの程度の資金を出すのかといった情報が記事に入っていれば「事業の推進体制」がどんなものかイメージできるのだが、全く手掛かりがない。
※今回取り上げた記事「『空飛ぶクルマ』離陸 トヨタが支援 20年の実用化目標」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170514&ng=DGKKASDZ08ICG_Z00C17A5MM8000
※記事の評価はD(問題あり)。奥平和行編集委員への評価も暫定でDとする。
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