2022年3月31日木曜日

週刊エコノミストで異次元緩和の「実験結果」を冷静に分析した門間一夫氏に同意

 元日銀理事の門間一夫氏の発言で構成した週刊エコノミスト4月5日号の「異次元緩和を問う② 実験がかき消した金融政策への期待」という記事は納得できる内容だった。

耳納ハングライダー発進基地から見た夕陽

一部を見ていこう。

【エコノミストの記事】

(異次元緩和という)実験によって、二つのことが明確に分かった。ひとつは、日本では、中央銀行ができることを全部やってもインフレ率を上げるのは難しいこと。もうひとつは、2%物価目標が達成できなくても特に問題はないこと。戦後2番目の長さの景気拡大局面となり、近年になく労働市場は改善した。

この現実によって、「金融緩和の不足が経済低迷の原因」という見方は完全に消えた。金融政策は、昨年の自民党総裁選でも衆院選でも話題にならず、政府と日銀の緊張関係もなくなった。日銀への批判が減ったことよりも、日本経済の課題は金融政策では解決できない、と多くの人々が納得するようになったことが、とても重要かつ建設的な変化だった。


◎今や達成できた方が問題のある「目標」に

個人的には物価は安定していてほしい。「物価目標」を導入するならば、0%に目標を設定したい。しかし日銀の黒田東彦総裁は「2%物価目標」にこだわり「異次元緩和」へと突き進んだ。

結果として「実験」は失敗に終わったのだが、皮肉にもここに来て原油高などの影響で「2%物価目標」が達成されようとしている。そして政府は物価高に対する緊急対策の策定に動いている。

よく考えればおかしな話だ。「2%物価目標」が達成されそうなのだから、コストプッシュ型であるとしても前向きに捉えるのが自然だ。しかし完全に逆。物価上昇率が0%近辺で安定している時には物価に対して国民の不満は小さかった。そして「2%物価目標」が達成されようとする状況下で不満が高まっている。

そう考えると「2%物価目標」は目標として掲げるべきものだったのかとの疑問が湧く。「2%物価目標が達成できなくても特に問題はない」という門間氏の指摘はその通りだ。さらに踏み込んで「2%物価目標は達成しない方が好ましい」と見てもいい。

門間氏の見方に注文を付けたい部分もある。そこも見ておく。


【エコノミストの記事】

(異次元緩和の)コストや副作用については、人によって見方が分かれる。緩和の副作用が生じないよう、日銀はうまくリスクマネジメントできていると私は評価している。だからこそ、日銀に対する決定的な批判はなく、政府や与党から「もういい加減にやめろ」とも言われない。効果もわずかだが副作用もわずか、ただ続けているだけ、というある種の日常風景に、異次元緩和は既になっているのではないか。その意味ではもう「異次元」ですらない

出口の損失見通しは、その時の物価や金利の前提による。ただ、出口に向かう時は2%目標が達成されているわけだから、その分、名目成長率も上がって税収も増えているはずである。日銀の損失は政府が事実上補填(ほてん)することになるが、税収も増えているのだから、コストにはならない。

名目成長率が上がっていないのに金利を上げなければならない、という極端なケースもないわけではない。自然災害などで大混乱が起き、生活必需品の不足で大インフレになるような場合だ。しかし、その時は異次元緩和のコストなどと平和に語っていることなどできない。自然災害等に対し供給体制を強靭(きょうじん)なものにしておくことは、本当に重要だ。


◎「副作用」はそこそこ大きいのでは?

効果もわずかだが副作用もわずか、ただ続けているだけ、というある種の日常風景に、異次元緩和は既になっているのではないか。その意味ではもう『異次元』ですらない」という見方には大筋で同意できる。ただ今年に入って状況が変わってきている。

名目成長率が上がっていないのに金利を上げなければならない、という極端なケースもないわけではない」と門間氏は言う。その「極端なケース」(それほど「極端」とは感じないが…)が現実になりつつあるのではないか。

自然災害などで大混乱が起き、生活必需品の不足で大インフレになるような場合」とまでは行かないが、好ましくない物価上昇は起きている。「異次元緩和」の一環として日銀が長期金利をゼロ%近辺に押さえ付けていることが円安を加速させている面もある。

それを考慮すると「効果もわずかだが副作用もわずか」から「効果もわずかで副作用はかなりある」に移行しつつあると感じる。直近の状況を踏まえた門間氏の分析に注目したい。


※今回取り上げた記事「異次元緩和を問う② 実験がかき消した金融政策への期待」https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220405/se1/00m/020/062000c


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2022年3月30日水曜日

日経は「円安悪循環」の今こそ日銀に政策変更を求めよう!

30日の日本経済新聞朝刊では1面に「円安悪循環 警戒強まる~一時125円台、理論値も急低下 経済政策の転機に」という記事(大塚節雄記者)を載せ、金融経済面の記事でも解説をしている。「円安」は好ましくないというスタンスを明確にしてきたと取れるが、日銀に政策変更を迫る姿勢は見えない。28日の円急落を受けた社説も出ていない。何を遠慮しているのか分からないが、今こそ日経として日銀に政策転換を求めるべきだ。

耳納連山の電波塔

1面の記事では「円安が急加速し、円の下落と経常収支の悪化が共振作用を起こす『円安スパイラル』への警戒が強まっている」「直接のきっかけは日米の金融政策の方向性の違いだ。日銀は28日に金利上昇を食い止めようと無制限の国債購入策を発動し、29日も2度にわたり買い入れた。米連邦準備理事会(FRB)は高インフレ鎮圧へ急激な金融引き締めに動く構えで、米金利は急伸している」と書いている。

日本経済にとって「円安」はメリットよりデメリットが上回ると見ていて、その「直接のきっかけ」を日銀の「無制限の国債購入策」が作っているとの判断ならば、それだけでもやめさせれば良さそうだ。しかし、そうは訴えない。

日銀は『円安が経済・物価にプラスとなる基本的な構図は変わっていない』と繰り返す。だが円安の恩恵を受けるのは一部の輸出企業や海外資産を多く持つ富裕層などに偏る。大多数の個人や中小企業は『痛み』を味わう。円安の悪循環は痛みをさらに鋭くする」と日銀に批判的ではある。

筆者は大塚記者だが、この記事を1面トップに据えたのだから、日経全体の方向性も「円安誘導は好ましくない」となっていい。しかし金融経済面に載せた「日銀、円と金利で板挟み~市場に為替介入観測も」という解説記事では日銀に理解を示している。

米国などと異なり、インフレ圧力が賃金上昇につながっていない日本では、緩和の手を緩めることは難しい」と言うが、「緩和」が「賃金上昇」にあまり効果がないことは実証済みではないのか。

基本的に為替相場は市場任せでいい。それは長期金利も同じだ。日銀は強引に長期金利を抑え込んでいる。それが悪い「円安」を呼び込んでいるのならば、わざわざ市場機能を壊す意味はない。長期金利も市場に任せよう。日経には、そう訴えてほしい。

ついでの提案だが、現状は2%の物価目標を撤回する好機だ。「これをやめると円高になる」との懸念が以前はあった。本当にそうなるとは思わないが、本当にそうなったとしても今ならプラスに評価できる。オーバーシュート型コミットメントという的外れな政策にも縛られずに済む。

「日銀は今こそ長期金利への介入をやめよ」

社説の見出しはこんなところでどうか。日経が一歩踏み出してくれることを望む。


※今回取り上げた記事

円安悪循環 警戒強まる~一時125円台、理論値も急低下 経済政策の転機に」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220330&ng=DGKKZO59520480Q2A330C2MM8000

日銀、円と金利で板挟み~市場に為替介入観測も」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220330&ng=DGKKZO59518170Z20C22A3EE9000

2022年3月29日火曜日

女子大を「ジェンダーの枠がない環境」と藤田盟児 奈良女子大教授は言うが逆では?

女子大は問題を抱えた存在だ。「男子大のない日本に国立女子大があるのは明らかな性差別」とこれまでも訴えてきた。国立女子大を前向きに捉えようとすると、どうしても無理が生じる。29日の日本経済新聞朝刊教育面に載った「広く学び『創造』目指す~女子大初の工学部、構想を聞く」という記事でも、「学部長に就任する」藤田盟児奈良女子大学教授がおかしな主張を展開している。そこを見ていく。

巨瀬川のカモ

【日経の記事】

――女性エンジニアの必要性が高まっています。

「産業革命が蒸気機関から始まったように、人間の筋肉を機械に置き換えたのがかつての工業だった。だが20世紀後半から、コンピューターという脳を使った工業、工学に転換した。メカ、つまり筋肉の工学は男性向きだが、プログラミングなど脳の工学は男女等しく興味の対象になる


◎根拠ある?

筋肉の工学は男性向き」「脳の工学は男女等しく興味の対象になる」という決め付けが引っかかった。根拠となる調査結果などは示していない。偏見の臭いがする。

それ以上に気になったのが以下のくだりだ。


【日経の記事】

――創造には多様性が必要です。女子しかいない環境はマイナスでは。

異質な人間を混ぜるだけで何かが起こると単純に考えてはいけない。創造は形式化されたものの見方、習慣化した考え方の枠を外したときに起こる。それを可能にする知識と技術を身につける訓練が必要だ。私たちはそれらをSTEAMのA、アートで養う」

「そのためにはジェンダーの枠がない環境も有効だ。私の専門は建築史で、新しい町や建築は従来の形式を外したときに生まれることを知っている。(男性のいない環境で)ジェンダーという既成の枠組みを外したときに女性の創造性はより発揮される。これが女子大の価値だと思う


◎逆では?

創造には多様性が必要」とは思わない。1人でも「創造」はできる。一卵性双生児が協力して何かを「創造」することもできるはずだ。そこにメンバーの「多様性」はほぼない。

なので「異質な人間を混ぜるだけで何かが起こると単純に考えてはいけない」という藤田教授の意見に賛成だ。ただ、その後におかしな話になっている。

そのためにはジェンダーの枠がない環境も有効だ」「(男性のいない環境で)ジェンダーという既成の枠組みを外したときに女性の創造性はより発揮される」などと藤田教授は訴えている。

女子大」=「ジェンダーの枠がない環境」と見ているようだが、普通に考えれば逆だ。学生は女性に限るという「ジェンダーの枠」をあえて設けたのが「女子大」だ。

男性のいない環境」では「ジェンダーという既成の枠組み」が外れるという考え方も理解に苦しむ。「女子大」にいる時だけは女子学生が自らを「女性でも男性でもない存在」と認識するということか。ちょっと考えにくい。

百歩譲って「ジェンダーという既成の枠組みを外したときに女性の創造性はより発揮される」としよう。ならば「創造性」が求められる状況では女性に対して「男性のいない環境」を提供すべきなのか。「女子大」を正当化しようとして無理な主張になっている気がする。


※今回取り上げた記事「広く学び『創造』目指す~女子大初の工学部、構想を聞く」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220329&ng=DGKKZO59453800Y2A320C2CK8000


※記事の評価は見送る

2022年3月28日月曜日

追加接種「4回目、5回目」へと誘導する日経 越川智瑛記者の罪

「高い効果あり」と一度思ってしまったら後には引けないということか。28日の日本経済新聞朝刊ニュースな科学面に越川智瑛記者が書いた 「4回目接種 拙速に注意?~間隔短いと免疫の回復限定的か」という記事を読んで、そう感じた。

大山ダムの銅像

新型コロナウイルスワクチン」の効果に関しては懐疑的な見方が広がっている。そこは越川記者も分かっているのだろう。「4回目接種」について以下のように記している。


【日経の記事】

イスラエルでは3回目接種から4カ月以上たった60歳以上や医療従事者、持病などでリスクが高い人を対象に、1月から4回目接種を進めている。その結果の一部が研究論文などで報告され始めた。まだ小規模な初期分析とはいえ、3回目接種による免疫を底上げする効果と比べると4回目接種はやや見劣りする。

イスラエルの大規模病院、シェバ・メディカル・センターなどのグループは医療従事者に対する4回目接種の効果や安全性を分析した。ファイザー製の3回目接種から4カ月後に154人がファイザー製、120人がモデルナ製を接種した。減っていた抗体の量は4回目接種で回復するが、3回目接種後のピークをわずかに超える程度だった。変異型「オミクロン型」の感染を阻害する中和抗体の量は従来型やデルタ型に対する中和抗体より大幅に少ない。

3回目接種だけの人と比べた場合、4回目接種が無症状を含む感染を防ぐ効果はファイザー製で30%、モデルナ製で11%にとどまった。発症予防効果はファイザー製で43%、モデルナ製は31%だった。論文では「若くて健康な医療従事者の4回目接種はわずかな効果しかない可能性がある」と考察している。

免疫から逃れやすいオミクロン型の流行によって、3回目接種の意義は大きくなった。2回接種と比べて抗体が増え、免疫細胞の働きも活発になる。感染や発症だけでなく、重症化を防ぐ効果も改善する。その後、重症化予防はほぼ維持されるが、感染や発症の予防は再び徐々に弱まる。しかし、4回目接種は期待ほどの効果が得られない可能性が出てきた


◎効果が期待しにくいなら…

免疫から逃れやすいオミクロン型の流行によって、3回目接種の意義は大きくなった」とは思えないが、ここでは置いておく。「若くて健康な医療従事者の4回目接種はわずかな効果しかない可能性がある」という「論文」が出ていて「4回目接種は期待ほどの効果が得られない可能性が出てきた」と越川記者自身も見ているのならば「4回目接種」については対象者を大幅に狭めるなどの対策を考えたいところだ。しかし、話はそうならない。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

イスラエルの追加接種には特殊な面もある。2回目接種から3カ月後に3回目、さらに4カ月後に4回目と短い間隔で接種を重ねているからだ。新型コロナワクチンは1、2回目や2、3回目の接種の間隔が長いほうが抗体の質などがよくなることが研究で明らかになってきた。

大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授の宮坂昌之さんは「抗体をつくる免疫細胞が成熟するために一定の時間が必要になる」と指摘する。イスラエルはデルタ型やオミクロン型の流行を抑えるために追加接種を急いだが、間隔が短すぎたせいで効果が不十分になった可能性があるわけだ


◎漠然とした話が頼り?

新型コロナワクチンは1、2回目や2、3回目の接種の間隔が長いほうが抗体の質などがよくなることが研究で明らかになってきた」という話に越川記者は頼りたいようだ。

しかし「抗体の質」が「よくなる」と「感染を防ぐ効果」や「発症予防効果」はどうなるのか不明。「接種の間隔」をどの程度にすれば良いのかも触れていない。「接種の間隔」が空くほどワクチンの効果が減衰するのではなかったのか。だとすれば「接種の間隔」は短くしても長くしてもダメという結論になりそうだ。その辺りも越川記者は説明していない。

イスラエル」で「4回目接種」の効果があまり出なかったのは「接種の間隔」が短かったからだと考えて、やはり日本でも「4回目接種」を推進と訴えたいらしい。

記事は以下のように続く。


【日経の記事】

現行のワクチンは従来型の新型コロナウイルスに対して開発されたものだ。追加接種の効果を高めることを狙い、ファイザーやモデルナはオミクロン型に合わせて開発した特化型ワクチンの臨床試験(治験)に取り組んでいる。モデルナは10日、現行ワクチンとオミクロン特化型を組み合わせた「2価」ワクチンの治験も始めたと発表した。

第三者の査読を受ける前の論文だが、サルやマウスの動物実験の報告では特化型の追加接種の効果は現行ワクチンと大差がなかった。動物実験の結果は人での実際の効果と必ずしも一致しないものの、特化型が最適とは限らない。現行ワクチンの追加接種を4回目、5回目と当面続けることが現実的かもしれない


◎「4回目、5回目と当面続ける」?

現行ワクチンの追加接種を4回目、5回目と当面続けることが現実的かもしれない」と越川記者は言う。その理由は「特化型の追加接種の効果は現行ワクチンと大差がなかった」から。「特化型」に期待しないのはいいとしても、なぜ「現行ワクチンの追加接種を4回目、5回目と当面続ける」方向に持っていこうとするのか。

感染者数や死者数の推移を世界的に見ると、ワクチン接種の効果が極めて乏しいと判断するのが妥当だ。ワクチンへの期待も大きく萎んでいる。越川記者がそれに同意しないのならば「ワクチンはこんなに素晴らしい効果を上げている。4回目、5回目も大きな効果が期待できる」と言えるだけの根拠を示してほしい。

むしろ逆のデータが出てきているのに、「接種の間隔」が短かったからかもという弱い根拠に頼って「現行ワクチンの追加接種を4回目、5回目と当面続けることが現実的かもしれない」と書いてしまうのは罪深い。

ワクチン」が大きな健康被害を人々に与えているのは間違いない。それを上回るメリットがあったと見るべき根拠もない。ならば「追加接種」に関してはデメリットをしっかり伝えるべきだ。乏しい根拠で「4回目、5回目」へと誘導しようとする越川記者の罪は重い。


※今回取り上げた記事 「4回目接種 拙速に注意?~間隔短いと免疫の回復限定的か

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220328&ng=DGKKZO59383040V20C22A3TJN000


※記事の評価はD(問題あり)。越川智瑛記者への評価も暫定でDとする。

2022年3月25日金曜日

2月と3月でウクライナ情勢の分析を一変させた日経 吉野直也政治部長の厚顔

日本経済新聞の吉野直也政治部長には自らの不明を恥じるつもりはないようだ。25日の朝刊政治・外交面にも「Angle~プーチン氏の妖気の正体 日本に迫る平時の防衛」という記事を書いている。これを読むと吉野部長はずっと前から色々とお見通しだったように見える。

夕暮れ時の筑後川

そのくだりを見ていこう。

【日経の記事】

政治家にはそれぞれに独特の雰囲気がある。これまで取材対象として日米両国の多くの政治家に接し、それを体感した。その政治家たちとは明らかに異質だと思ったのはロシアのプーチン大統領だ。

10年前の2012年にメキシコのロスカボスで開いた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)。会議終了後、再登板したばかりのプーチン氏の記者会見に初めて出席した。前方に座り、プーチン氏の様子をできるだけ近距離で観察しようと試みた。

プーチン氏が会見場に現れた瞬間にえも言われぬ妖気を感じた。会見にはラブロフ外相をはじめ大勢のロシア政府の高官が陣取った。すぐ近くにいたラブロフ氏の神妙な表情をみて、プーチン氏の執務の日常がなんとなく想像できた。

中略)ロシア軍がウクライナに侵攻してから1カ月がたった。プーチン氏が自らの欲望のためにウクライナ国民を無差別に大量殺りくする非道な行為はテロともいえる。10年前に違和感を覚えたプーチン氏の妖気の正体をみた気がした


◎それを伝えた?

後出しじゃんけん的な内容ではある。「10年前に違和感を覚えたプーチン氏の妖気」を吉野部長は当時の記事で伝えたのだろうか。伝えていない場合「今さら言われても」とは感じる。

そもそも「10年前に違和感を覚えたプーチン氏の妖気」を覚えているならば、米国による警告が始まった時点で「ウクライナ侵攻は高い確率で起きる」と感じたはずだ。しかし2月11日付の「Angle 弱い米国がもたらす世界~『二正面』放棄の仮想と現実」という記事では、むしろ逆の見方をしていた。

そこも見ておこう。


【日経の記事(2月11日)】

ウクライナ情勢の緊迫というのは、米ロ融和の仮説と真逆になる。プーチン氏が米側の思惑を逆手にロシアの値をつり上げているようにも映る。

米ロ接近が長い目でみてあり得るとの考えに立つと、ウクライナの軍事的な緊張は、小競り合いがあったとしても、大規模な紛争に発展しないことになる


◎なぜこんなに間違えた?

予測が外れたことを責めるつもりはない。だが、1カ月前の同じコラムで「米ロ接近が長い目でみてあり得るとの考えに立つと、ウクライナの軍事的な緊張は、小競り合いがあったとしても、大規模な紛争に発展しないことになる」と書いたのならば、なぜ見誤ったのかには触れてほしい。

米ロ接近が長い目でみてあり得る」状況は今も変わらない。あらゆる2国間関係は「接近が長い目でみてあり得る」。それを「大規模な紛争」が起きない十分条件と見るのならば、「大規模な紛争」は世界から消えるだろう。

吉野部長の分析は翌月に大きく変わる。3月25日の記事に戻ろう。


【日経の記事】

プーチン氏が戦争を決断したのは、米国の不介入が大きい。ロシア軍がウクライナ国境に集結した時点で戦争を抑止することはできなかった。


◎だったらなぜ「戦争不可避」と見なかった?

ロシア軍がウクライナ国境に集結した時点で戦争を抑止することはできなかった」と見るのならば2月11日の記事を書く段階で戦争は避けられないと判断できたはずだ。「米国の不介入」も「ロシア軍がウクライナ国境に集結」していることも、この時点で報じられていた。

繰り返すが、予測が外れるのはいい。だからと言って雑な分析を記事で披露して、何もなかったかのように解説するのは感心しない。

さらに記事を見ていく。


【日経の記事】

「有事に至る前に戦力を集中していなければ、いざという時に戦えない」。自民党の小野寺五典安全保障調査会長は指摘する。平時の防衛の重要性だ。

日本国内では平時に米軍が緊急参集し、民間空港などに常駐して大規模な部隊展開をするための法制度が整っていない。安全保障関連法にいわゆる平時の想定がないためだ。プーチン氏の戦争は日本の法制度の抜け穴も浮き彫りにする。

防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は「政治指導者が自己責任による判断ができるかどうかで法制度の問題ではない。事態認定を早くすればいい」と語る。

指導者が事態認定を早くするにしても世論の一定の支持は欠かせない。プーチン氏の戦争に関連して日本の国民一人ひとりが自国の抑止力について理解を深め、考える必要がある。


◎米軍が守る前提?

日本国内では平時に米軍が緊急参集し、民間空港などに常駐して大規模な部隊展開をするための法制度が整っていない」と吉野部長は問題視する。

自衛隊はどうなったのか。「民間空港」は「平時」から「米軍が緊急参集」して守るべきとの考えなのか。なぜ自衛隊は蚊帳の外なのか。その説明が欲しい。

日経は安全保障面での属国路線を強く支持しているので「平時からも米国の軍隊が日本で自由に活動すべき」というスタンスなのだとは思う。それも1つの考え方ではある。いっそ「平時から安全保障に関する全権を米国政府に託すべきだ」と訴えてはどうか。今とそれほど変わりないような気もするが…。


※今回取り上げた記事「Angle~プーチン氏の妖気の正体 日本に迫る平時の防衛」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220325&ng=DGKKZO59376900V20C22A3PD0000


※記事の評価はD(問題あり)。吉野直也政治部長への評価はDを維持する。吉野部長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

おかしな分析を連発…日経 吉野直也政治部長の「Angle~弱い米国がもたらす世界」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/angle.html

トランプ氏の発言を不正確に伝える日経 吉野直也記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_7.html

トランプ大統領「最初の審判」を誤解した日経 吉野直也次長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_13.html

日経 吉野直也記者「風見鶏~歌姫がトランプ氏にNO」の残念な中身
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/no.html

漠然とした訴えが残念な日経 吉野直也政治部長「政策遂行、切れ目なく」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/blog-post_29.html

日経が好んで使う「力の空白」とは具体的にどんな状況? https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/blog-post_30.html

2022年3月23日水曜日

FACTA「『追加接種』遅延で『大量死』招いた元凶」に感じた上昌広 医療ガバナンス研究所理事長の怪しさ

FACTA4月号に医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が書いた「『追加接種』遅延で『大量死』招いた元凶」という記事には問題を感じた。この見出しからは「追加接種」の「遅延」がなければ「大量死」は防げたという印象を受ける。しかし中身を見ると、どうも怪しい。

夕暮れ時の筑後川温泉

当該部分を見ていこう。

【FACTAの記事】

オミクロン株感染による死亡者が増加している。今年に入り、既に6427人が亡くなった(3月6日現在)。2月22日の死者数は322人で、第5波までのピークの216人(昨年5月18日)を大きく上回っている。

なぜ、こんなに亡くなるのだろうか。それは、追加接種が遅れたからだ。追加接種は、オミクロン株対策の要だ。米ロサンゼルス市によれば、追加接種により感染リスクは44%、入院リスクは77%減少した。ところが、英オックスフォード大学が提供するデータベース「Our World in Data」によれば、日本の第6波のピークである2月9日までに追加接種を終えていたのは、国民の7.9%に過ぎなかった。昨年9月現在の日本の高齢化率(65才以上人口の割合)は29.1%だから、7割以上の高齢者が追加接種を受けることなく、第6波を経験したことになる。

主要先進7カ国(G7)における、オミクロン株流行のピークの時点での追加接種完了率は、高い順に独(55.1%)、英(51.1%)、仏(46.7%)と続く。日本についで低い米でも25.2%の国民が接種を終えている。米国の高齢化率は16.6%だから、日本以外のG7諸国は、オミクロン株流行前に高齢者の接種を終えていたことになる


◎根拠になってる?

なぜ、こんなに亡くなるのだろうか。それは、追加接種が遅れたからだ」と断定しているものの、まともな根拠は示せていない。「米ロサンゼルス市によれば、追加接種により感染リスクは44%、入院リスクは77%減少した」とは書いている。だが死亡リスクの低減効果には触れていない。これでは「なぜ、こんなに亡くなるのだろうか」に対する答えは出せない。しかも「米ロサンゼルス市」のデータだ。なぜ日本で見ないのか。

追加接種完了」者と、それ以外を比較すると感染者の致死率はどうなるのか。まずは、そこが知りたい。

日本以外のG7諸国は、オミクロン株流行前に高齢者の接種を終えていたことになる」とも上氏は書いている。となると人口比で見た日本の死亡者は「G7」の中で圧倒的に高くなるのが自然だ。しかしネットに出てくるデータを見ると、米国は2月の段階で新規の死者数が3000人を超える日がある。人口比で見ても日本より米国の方がはるかに死亡者が多い。

追加接種で先行した韓国の悲惨な状況などを含めて考えると「追加接種」に大した効果はなさそうだ。むしろ「追加接種」が死亡者を増やすと見る方が無理がない。

医療ガバナンス研究所理事長」という肩書から推測すると、上氏もこの辺りの状況は把握しているはずだ。なのに、「なぜ、こんなに亡くなるのだろうか。それは、追加接種が遅れたからだ」と言い切ったのか。そこに胡散臭さを感じる。


※今回取り上げた記事「『追加接種』遅延で『大量死』招いた元凶」https://facta.co.jp/article/202204022.html


※記事の評価はD(問題あり)

2022年3月21日月曜日

FACTA「日経新聞『看板記者』が続々退社」を読んで思うこと

FACTA4月号に載った「日経新聞『看板記者』が続々退社/中堅記者にあらゆる仕事の皺寄せ/追い詰められ病院に駆け込むぐらいなら……」という記事は興味深いが、色々と疑問も湧いた。中身を見ながらコメントしたい。

夕暮れ時の筑後川温泉

【FACTAの記事】

日本経済新聞社で若手、中堅記者の退職が相次いでいる。

昨年1年で約40人、今年に入りすでに10人以上が辞めた。そのなかには同社でツイッターの最多フォロワー数を誇る看板記者もいる。入社して数年の若手が辞めていく傾向は、ここ十数年変わらないが、入社後10年前後で近い将来に編集局の柱となる中堅の離脱は昨春に実施した編集体制の再編以降で顕著となっている。


◎肝心な数字が…

中堅の離脱は昨春に実施した編集体制の再編以降で顕著となっている」と言うならば「中堅の離脱」に関する「昨春」以降とその前の比較が欲しい。今回の記事では「若手、中堅記者の退職」全体で見ても、「昨年」以降がその前と比べてどの程度の増加なのか読み取れない。

続きを見ていく。

【FACTAの記事】

従来の紙面製作に加えて電子版コンテンツの拡充を進めたことで記者の業務量が激増、人材流出でさらに負担が増すという悪循環に陥っている。


◎漠然とした話をされても…

電子版コンテンツの拡充を進めたことで記者の業務量が激増」と言うが、いつに比べてどの程度の「激増」なのか。「昨春に実施した編集体制の再編」と関係があるのか。その辺りの説明はほしい。

さらに見ていく。


【FACTAの記事】

毎年の新規採用数に相当する記者が去っていくという組織として危機的状況にあるにも関わらず、井口哲也編集局長をはじめとする編集局幹部の危機感は薄いという。この流れは加速こそすれ、止まることはないだろう。


◎「危機的状況」なの?

毎年の新規採用数に相当する記者が去っていくという組織として危機的状況」という説明が引っかかる。「毎年の新規採用数」との比較だけでは何とも言えない。記事でこの後に触れているが中途採用などとの兼ね合いもある。

さらに見ていく。


【FACTAの記事】

3月上旬、編集局内に衝撃が走った。

日銀キャップを務めている男性記者が退社を申し出たためだ。2004年入社で年齢は40歳そこそこ。金融市場を担当する旧証券部の出身で、ニューヨーク駐在中の20年春に始めたツイッターはチャートなどを多用した分かりやすいマーケット解説で人気を博し、フォロワー数は37万を超える。SNS時代における同社の看板記者と言える貴重な存在だった。ほかにも旧経済部で最年少キャップを務めた中堅記者ら取材現場を仕切るキャップクラスが続々と会社をあとにした。若手はともかく中堅に対しては会社側も引き止めたというが、翻意させることはできなかったという。

問題は退職者だけではない。心身に支障をきたす記者も増えているというのだ。

あるニュースグループでは、若手記者の不足で中堅にあらゆる仕事の皺寄せがいった結果、首が回らなくなって体調不良を訴え仕事を休むことになったという。病院に駆け込まざるを得ないほど追い詰められている記者が出てきているということだ。


◎問題は増減では?

体調不良を訴え仕事を休む」記者はいつの時代もいるだろう。「病院に駆け込まざるを得ないほど追い詰められている記者が出てきている」のは好ましくはないが、組織の問題として見るならば、その人数の増減が知りたい。しかし、そうした情報は見当たらない。

続きを見ていく。


【FACTAの記事】

日経は電子版の有料会員が約80万人にのぼるなど斜陽産業である新聞業界の中では勝ち組と言われている。給与水準は業界内ではトップクラス。編集職場であれば30代半ばで年収1000万円は固い。にも関わらず、退職者が後を絶たないのはなぜか。理由は大きく3つありそうだ。

一つ目は業務量の増加だ。

同業他社に比べて電子版が順調とはいえ、収益の柱は未だ販売部数約180万部の紙面。記者は電子版向けと紙面向けの取材と執筆を同時並行で進めなければならない。加えて一部記者には紙面や電子版のレイアウト、見出しをつけることにまで仕事の範囲は広がっているといい、とても若手の面倒を見る余裕がもてない状況だという。


◎ここも具体性が…

業務量の増加」も具体性に欠ける。「記者は電子版向けと紙面向けの取材と執筆を同時並行で進めなければならない」というのは「電子版」を創刊した時から続いている。「一部記者には紙面や電子版のレイアウト、見出しをつけることにまで仕事の範囲は広がっている」とも書いているが「紙面や電子版のレイアウト、見出しをつけること」も基本的には記者の仕事だ。紙の新聞で言えば整理記者が担当する。記者の中での分業が崩れている面はあるのだろうが、FACTAの説明だけでは「業務が増えて大変そう」とは実感できない。

続きを見ていく。


【FACTAの記事】

二つ目は社内の風通しの悪さ。

昨春に断行した経済部や政治部などの「部」を解体し「政策」「金融・市場」などのユニットに統合した編集体制の再編が、現場感覚のないユニット長を増やすだけの失敗に終わったことも職場環境の悪化に拍車をかけた。新設のユニット長も部長に代わるグループ長も編集局長ら幹部の指示を黙って聞き入れるだけ。結果的に幹部らの現場を無視した放言とも言える指示が議論されることのないまま記者にまで降りてきて、現場が振り回される事態が続出しているという。


◎以前の「部長」は違った?

編集体制の再編が、現場感覚のないユニット長を増やすだけの失敗に終わった」との説明も引っかかる。販売や広告の社員を「ユニット長」に据えた訳でもないだろう。基本的には編集局の社員が「ユニット長」になっているはずだ。なのになぜ「現場感覚」がなくなるのか。これも説明が欲しい。

編集局長ら幹部の指示を黙って聞き入れるだけ」という傾向があるのは「ユニット長」「グループ長」も以前の「部長」も似たようなものではないか。そこに劇的な変化があるとは思えない。

さらに見ていく。


【FACTAの記事】

若手、中堅が日々、編集幹部の指示に右往左往するデスクやキャップを目にしていれば「こうはなりたくはない」と思うのは自然だろう。退職者の転職先を見ると、ベンチャーやIT、一般企業の広報、地方公務員など他業種ばかり。旧態依然とした企業風土を残す同業他社に移るケースは稀だ。

三つ目は現場への締め付けの強化だ。

編集体制の再編は、記事化するにあたり「最後の砦」となるチェック機能の低下をも招いた。てにをはや固有名詞の間違い、事実関係を確認する校閲、紙面のレイアウトを手掛ける紙面編集の人員が減らされたことでイージーなミスを見逃すことが多くなり、訂正を乱発する事態になった。しかし、編集幹部は記者のチェックが甘いのが主因だとして訂正を出すごとに記者とその原稿を見るデスクに研修を受けさせる「日勤教育」を導入。細かい失敗を責める文化が定着してしまったという。


◎これも以前からでは?

日経に「訂正」を嫌う「文化が定着」しているのは確かだ。それが読者からの間違い指摘の無視や、記事中のミス放置に繋がっている。「訂正」を一大事と考えず、ミスをした「記者」や「デスク」を責めないという方向に舵を切るべきだ。

FACTAの記事を読むと、最近になって「細かい失敗を責める文化が定着してしまった」との印象を受けるが、そうではない。日経の悪しき伝統だ。

記事の終盤も見ておく。


【FACTAの記事】

現場は阿鼻叫喚の様相だが、編集幹部はそれほど危機感を抱いていないというから驚きを通り越して呆れてしまう。

あるベテラン社員は「編集幹部は中途採用で賄えばいいと大上段に構えている節がある。ただ、いくら優秀な記者を中途で採用できても、十年かけて育てた記者の経験値には代えられない。彼らも記者経験があるのに、こんな当然の事実にも考えが及ばないようだ」と嘆息する。

現場の一線にいる中堅記者の声は悲痛そのものだ。

「あらゆる理不尽に耐えて仕事をしているというのに、編集幹部は踏ん反り返って思いつきの指示を出すだけ。若手、中堅記者が辞めていく責任は、働きやすい環境を整えようとしない編集幹部にあるはず。誰も何も責任を取らないのはおかしい」

果たして、これらの声は幹部たちの耳に届くのだろうか。


◎そんなに生え抜きは大事?

いくら優秀な記者を中途で採用できても、十年かけて育てた記者の経験値には代えられない」という「ベテラン社員」のコメントには同意できない。「十年かけて」日経色に染めれば、その「経験値」で良い記事が書ける訳ではない。「優秀な記者を中途で採用」できれば、同程度に「優秀な記者」の代わりにはなる。日経色に染まっていないという点では好ましいとも言える。

誰も何も責任を取らないのはおかしい」という「中堅記者」のコメントも引っかかる。「若手、中堅記者が辞めていく責任」を誰かが取るべきなのか。「中途採用で賄え」ているのならば業務には支障が出ていないはずだ。

あらゆる理不尽に耐えて仕事をしている」と「中堅記者」が感じているのならば、まず自らが動くべきだ。「改善が見られないければ退職する」との決意があれば、声を上げるのも怖くないだろう。

表面的には大人しくして「あらゆる理不尽に耐えて仕事をしている」のならば、日経の記者という仕事には「あらゆる理不尽」を上回るメリットがあるのではないか。

日経に構造的な問題があるのは確かだ。しかし、黙っていても何も解決しない。変えたいと願うなら、少しだけでも声を上げよう。それが後輩のためにもなる。


※今回取り上げた記事「日経新聞『看板記者』が続々退社/中堅記者にあらゆる仕事の皺寄せ/追い詰められ病院に駆け込むぐらいなら……」https://facta.co.jp/article/202204037.html


※記事の評価はD(問題あり)

2022年3月20日日曜日

昔話が機能していない日経 坂本英二編集委員の「風見鶏~運河に並んだロシア国旗」

昔話がやたらと多いのが日本経済新聞の政治コラム「風見鶏」の特徴だ。20日の朝刊総合3面に坂本英二編集委員が書いた「風見鶏~運河に並んだロシア国旗」という記事はその典型。今の政治を語るための材料としてきちんと機能しているならば、昔話が多少長くてもまだ許せる。しかし今回の記事もそうはなっていない。

夕暮れ時のうきは市

順に中身を見ていこう。

【日経の記事】

ロシア大統領の執務室があるクレムリンの建物を訪れたことがある。「赤の広場」に面した通用口から歩いて数分。1998年9月、首相を退いたばかりの橋本龍太郎氏に同行し、当時のエリツィン大統領がにこやかに出迎えた。

今年に入ってプーチン大統領は、白い美しい柱が印象的なその部屋で各国要人と相次いで会談した。平和への訴えを冷徹な表情で拒む姿は、旧ソ連時代への先祖返りを思わせた。

ロシア軍のウクライナへの全面侵攻は世界に衝撃を与えた。日本政府がかつてない危機感を示すのは、今回の事態が戦後外交の基軸である「国連中心主義」と「日米同盟」を共に揺さぶっているからだろう。

自民党の小野寺五典元防衛相は「米国が世界の警察官をやめてしまった。力による現状変更をやってはいけないという国際社会のルールをロシアが破り、しかも堂々とやり抜けている」と危機感を口にする。

与野党で日本有事の際に「核の傘」が機能するかが論争になっている。安倍晋三元首相は自国領域に米国の核兵器を配備し、共同運用する北大西洋条約機構(NATO)型の「核シェアリング(共有)」の議論もタブー視すべきではないとの立場だ。

自民党の高市早苗政調会長に非核三原則への考え方を尋ねた。持たず・つくらずは堅持しつつ、持ち込ませずに関して「有事に日本を守りにきた米軍に寄港を認めるとか、党としての議論を止めるべきではない」との答えだった。


◎何のための昔話?

冒頭の「クレムリンの建物を訪れたことがある」という話は丸々なしでいい。試しに第3段落から読んでみてほしい。この昔話が不要だと分かるはずだ。

昔話の後、一応は「自民党の小野寺五典元防衛相」や「自民党の高市早苗政調会長」に色々と語らせて今の状況と関連付けている。ここから坂本編集委員が日本の選ぶべき道を論じるのかと思いきや、再び昔話へと戻っていく。


【日経の記事】

日本は悲惨な敗戦を出発点とし、近隣国の脅威とならないよう努力してきた。それなのに気づけば核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされている。どこでボタンをかけ違ったのか

外交取材の中で、記憶に残る光景がある。98年5月、英国バーミンガムで主要8カ国(G8)首脳会議が開かれた。ロシアが初めてサミットの正式メンバーとなり、祝賀のためのロシア国旗が春光まぶしい運河にずらりと並んでいた。

元外務省欧亜局長の東郷和彦氏は「旧ソ連崩壊後のロシアは民主主義や資本主義を学ぼうとし、日本への期待も大きかった」と証言する。懸案の北方領土交渉は92年に宮沢政権、98年に橋本政権、2001年に森政権でそれぞれ一時は前進するかに見えた。

東郷氏が米欧とロシアの対立を決定づけたと考えるのが、08年にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議だ

アルバニアとクロアチアの加盟を決め、旧ソ連のウクライナとジョージアの参加を継続協議とした。「プーチン氏はレッドラインを越えるぞとはっきり言ったが、NATOの東方拡大は立ち止まらなかった」

主権国家が誰と協力し同盟を結ぶかは本来自由であるはずだ。一方で隣国の軍事的な動きを見過ごせないことは、米国の62年のキューバ危機への対応などが証明している。自壊する帝国の悲哀を味わったロシアは、強権的な行動を積み重ねていく。


◎「ボタンをかけ違っ」てる?

気づけば核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされている。どこでボタンをかけ違ったのか」と坂本編集委員は問いかける。「ボタンをかけ違」えなければ「核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされ」ることはなかったと信じているのだろう。しかし「中国、北朝鮮」に関しては何も語っていない。

ロシア」については「08年にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議」で「ボタンをかけ違った」と見ているようだ。しかし「NATOの東方拡大」がなければ「ロシア」が「核兵器」を放棄したと思える根拠は示していない。

ソ連時代からずっと「ロシア」の「核兵器」は日本にとって「直接の脅威」だった。坂本編集委員は違う認識なのか。「NATOの東方拡大」をきっかけに「直接の脅威」になったと見ているのか。あるいは「NATOの東方拡大」がなければ「脅威」は消えていたはずだと言いたいのか。そう信じているのならば、せめて根拠は示してほしい。

しかし、そこを深掘りすることなく3つ目の昔話が出てくる。


【日経の記事】

プーチン政権が誕生した2000年ごろ、橋本元首相に対ロ外交を優先課題とした理由を聞いたことがある。即答だった。

「北方領土を取り戻したいと思った。でもそれだけじゃない。米国や中国と交渉するにしても、ロシアという外交カードが1枚増える意味は大きいんだ」

ロシアのウクライナでの蛮行は決して許されない。安倍政権の対ロ外交に期待してきた自民党幹部は「様々な努力もすべて水泡に帰した。仕方がない」と話す。日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない。


◎またもや要らない昔話が…

2000年ごろ、橋本元首相に対ロ外交を優先課題とした理由を聞いた」というのも要らない昔話だ。この話を飛ばして「自壊する帝国の悲哀を味わったロシアは、強権的な行動を積み重ねていく」から最後の段落につなげてみてほしい。何の問題もないと分かるはずだ。

前後の話と関連が乏しい「浮いたエピソード」になってしまっている。どうしても昔話がしたかったのか。行数稼ぎのためなのか。いずれにしても感心しない。

そして結論が辛い。「日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない」という誰でも言えるような凡庸で当り障りのない結びとなっている。

こんな結論を導くために3つも昔話を持ち出したのか。だから「運河に並んだロシア国旗」という主張の見えない見出しになっているのだろう。見出しを付けた担当者の苦心がうかがえる。

「コラムを書く時には結論から考えよう。自分は何を訴えたいのか。それは独自性のあるものなのか。そこをしっかり検討した上で、結論に説得力を持たせるのに役立つ材料を選ぼう」

坂本編集委員にはそう助言したい。ウクライナ問題を取り上げたいという出発点は悪くない。そこでいくつも昔話を思い付いたのだろう。「昔話を並べて、適当に結びを考えればコラム一丁上がり」といった意識で記事を書いていないか。そういう考え方ではレベルの高いコラムにはならない。

「そうは言われても『日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない』くらいのことしか主張が浮かんでこない」と感じるならば、そろそろ書き手としての引退を考えるべきだ。


※今回取り上げた記事「風見鶏~運河に並んだロシア国旗」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220320&ng=DGKKZO59255350Q2A320C2EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。坂本英二編集委員への評価も暫定でDとする。

2022年3月17日木曜日

韓国の動向を見ても「追加接種で感染を減らせる」と日経は訴えるのか

新型コロナウイルス感染の第6波の収束ペースが緩やかなのはワクチンの3回目接種が遅れているからだと日本経済新聞は疑わない。しかし、様々な情報を総合すると、そういう結論にはならないはずだ。特に韓国に目を向けてほしい。その意味で17日の朝刊国際2面に載った「韓国コロナ感染 世界最悪~1日40万人超、制限緩和は継続」という記事は参考になる。

有明海

記事によると「韓国政府はオミクロンの特性を踏まえて、重症化しやすい60歳以上の8割超がワクチンのブースター接種(追加接種)を完了したことで各種の行動制限を緩和した」らしい。全体の接種率も6割を超えているようだ。それでも「感染者数は今や欧米各国を上回り、世界最悪」で「重症者数や死者数も過去最多水準」。「追加接種」に大きな効果があるとは思えない。

なのに12日の「3回目接種、4月完了は主要都市の1割」という日経の記事では「(3回目接種の遅れが)第6波収束を遅らせる一因にもなっており、接種加速は急務だ」「3回目接種を加速するにはモデルナ製の安全性や有効性に関し、住民にわかりやすく情報を伝えることが不可欠だ」と書いている。

そもそも「追加接種」で感染拡大を防げるのか。「モデルナ製」でもファイザー製でも、そんなに「有効性」は高いのか。追加接種で先行した韓国の動向をしっかり分析すべきだ。

追加接種」に大した効果がないことは日経も薄々感じているはずだ。15日の「第6波の感染減少ペース、日本は遅く~追加接種進まず」という記事では「接種の遅れだけでは説明できない面もある。3回目接種率は米国も日本も3割前後で同水準なためだ」とは書いていた。それでも同じ記事で「日本の感染減少が勢いを欠く理由の一つとして、ワクチン追加接種の遅れが挙げられる」と言い切ってしまう。

日本の「3回目接種率」は「3割前後」だが、感染者は緩やかな減少傾向。一方、6割超が「3回目接種率」を終えた韓国の「感染者数は今や欧米各国を上回り、世界最悪」で新規感染者が増え続けている。それでも「追加接種」によって感染者減少を加速させられると見るのか。だとすると、もはや信仰だ。

韓国の動向に触れた17日の記事でも「ワクチン接種が遅れた18歳以下が26%を占め」などと「追加接種」の効果を示唆する書き方をしている。韓国に関しては「『追加接種』を進めた結果、感染が広がってしまった」と見る方が、まだ説明が付く。

追加接種」を進めてもあまり意味はない。その判断に日経も傾くべきだ。「いや大きな効果ある」と言うのならば、韓国と日本を比較した上で、その根拠を示してほしい。


※今回取り上げた記事

韓国コロナ感染 世界最悪~1日40万人超、制限緩和は継続」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220317&ng=DGKKZO59140770W2A310C2FF2000

3回目接種、4月完了は主要都市の1割」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC087SD0Y2A300C2000000/

第6波の感染減少ペース、日本は遅く~追加接種進まず」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220317&ng=DGKKZO59140770W2A310C2FF2000


※記事の評価は見送る

2022年3月16日水曜日

本当にロシア通? 週刊エコノミストでの分析が苦しい下斗米伸夫 神奈川大教授

神奈川大学特別招聘教授の下斗米伸夫氏はロシア政治の専門家らしい。しかし週刊エコノミスト3月22日号の「核心ウクライナ危機~中距離ミサイルが7分でモスクワに 隣国の『核武装』恐れたプーチン」という記事では、専門家らしからぬ分析を展開している。一部を見ていこう。

船小屋温泉大橋

【エコノミストの記事】

ロシアにとってウクライナのNATO加盟問題は安全保障上の危機だ。旧ソ連時代は、中距離弾道ミサイルがモスクワに届くまで30分かかった。仮にNATOが中距離ミサイルをウクライナに配備すると、わずか7分でモスクワが攻撃されてしまうことになる。このためプーチン氏はウクライナのNATO加盟は「レッドライン(越えてはならない一線)」と考えている。「ウクライナはあくまで中立でなければならない」というのがプーチン流の論理だ。


◎バルト3国はどうなる?

中距離弾道ミサイルがモスクワに届くまで30分」と「7分」では、そんなに違うのかとも思うが、そういうものだとしよう。

ウクライナのNATO加盟」によって、「7分」が可能となる条件が初めて整うのならば「レッドライン」との説明も理解できる。しかしバルト3国が既に「NATO加盟」を果たしている。

バルト3国でモスクワに最も近いラトビアに「中距離ミサイル」を「配備すると、わずか7分でモスクワが攻撃されてしまう」はずだ。バルト3国の「NATO加盟」は2004年。なぜこの時はプーチン氏にとっての「レッドライン」にならなかったのか。モスクワに近いところまで「NATO加盟」国が迫っているという状況は「ウクライナのNATO加盟」が実現してもしなくても変わらない。

ロシア政治が専門なのに、下斗米氏はそこを疑問に思わないのか。

ロシア政治については素人ながら言わせてもらうと「ウクライナはあくまで中立でなければならない」と「プーチン氏」は考えていないはずだ。ウクライナ占領を実現させた後は「中立」的な立場を許さないだろう。ロシア寄りになるか、ロシアの一部になるか。「中立」はあっても名目的なものとなると見ている。

下斗米氏の説明を素直に信じれば、敗戦後のウクライナは「中立」国となるはずだが…。


※今回取り上げた記事「核心ウクライナ危機~中距離ミサイルが7分でモスクワに 隣国の『核武装』恐れたプーチン

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220322/se1/00m/020/049000c


※記事の評価はD(問題あり)

2022年3月14日月曜日

ミス放置は「よきガバナンス」の結果?週刊東洋経済の西村豪太編集長に考えてほしいこと

週刊東洋経済の西村豪太編集長がプーチン大統領を批判した上で「よきガバナンス」の大切さを説いている。読者からの間違い指摘を当たり前のように無視してきた西村編集長こそ「よきガバナンス」の対極にいるのではないか。3月19日号の「編集部から」で西村編集長が書いた全文は以下の通り。

有明海

【東洋経済の記事】

ウクライナでのロシア軍の暴虐ぶりはエスカレートする一方です。プーチン大統領の行動は擁護が不可能な段階に来ました。一介の情報機関員がここまでの独裁者に成り上がったのは実に不思議ですが、彼に権力を集中することで得をする人がそれなりにいたからでしょう。

独裁が長期化すると、トップにモノを言える人がどんどん減り、果ては裸の王様になります。その危うさがまた人を遠ざける負の連鎖の下で、トップの持つ情報が著しく偏ったのは想像にかたくありません。ロシア政治だけではなくどこにでも当てはまります。組織がよきガバナンスを維持することの大切さを改めて痛感しています


◎悪い冗談では…

悪い冗談ではと言いたくなるような内容だ。

読者からの間違い指摘を無視し続けることは西村編集長にとって「よきガバナンス」なのか。記事中のミスを放置するのは「よきガバナンス」の結果なのか。

前号の記事に関しても1週間前に間違いを指摘したが回答はない。訂正も出ていない。そもそも週刊東洋経済は誌面に訂正を出さない。

目次のところに「訂正についてはhttp://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/をご覧ください」と小さく出ているだけだ。

ホームページを開いても「訂正一覧」のような場所があって、過去の訂正が一気に見られる訳ではない。そもそも、どうやって訂正を見つければいいのかの案内もない。

訂正を探そうする場合、バックナンバーの目次をそれぞれ開いて確かめるしかない。訂正があれば目次の一番下に出てくる。これも、そのバックナンバーの目次を開かないと見えない仕組みになっている。

この辺りにも西村編集長の気持ちがよく出ている。

「記事に間違いがあれば読者にきちんとお知らせしなければ」という意識はないはずだ。「本当ならば訂正なんかなしにしたい。そうもいかないので、できるだけ探しにくい場所に申し訳程度に載せておけ」といった考えなのだろう。これも「よきガバナンス」の表れなのか。

中身を見ると数字や固有名詞に関する訂正が多い。自分たちの実力不足を晒すような本格的な訂正は、目立たない場所であっても載せたくないのだろう。なので多くの間違い指摘を無視する対応がやめられない。

東洋経済の編集部にも、この状況をおかしいと感じる記者はいるはずだ。しかし西村編集長という「トップにモノを言える人」はいないのだろう。いても西村編集長が耳を貸すとは思えない。

それでも伝えたい。「組織がよきガバナンスを維持することの大切さを改めて痛感して」いるのならば、読者からの間違い指摘には真摯に対応しよう。

ミスがあったのならば認めて訂正を出す。問題がないと判断したのならば、その旨を説明する。それだけの話だ。そんなに難しくはない。

前号に関する間違い指摘を改めて載せておく。これに回答することから「よきガバナンス」を始めてはどうか。このまま「悪しきガバナンス」を続けて良いのか自問してほしい。

「人の振り見て我が振り直せ」

西村編集長には改めてこの言葉を贈りたい。「プーチン大統領の行動」から学べば、自分が何を変えるべきかは見えてくるはずだ。


【前号に関する東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 編集長 西村豪太様

3月12日号の「Inside USA/FROM The New York Times~ロシアのウクライナ侵攻で問われるNATOの存在意義」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

「ロシアがウクライナの占領、およびベラルーシの基地を維持することに成功した場合、ロシア軍はバルト海とポーランドの国境からスロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部まで広がり、NATOにとって東側の国境防御が著しく困難になる」

記事の説明を信じれば「ウクライナの占領、およびベラルーシの基地を維持することに成功した場合」には「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部」にも「ロシア軍」が駐留するはずです。しかし3カ国はNATO加盟国です。「ウクライナ」と「ベラルーシ」が「ロシア軍」の勢力下に入ったとしても、同時に隣国の3カ国まで「ロシア軍」が「広が」るとは思えません。

「The New York Times」の説明が間違っている可能性もありますが、誤訳ではないかと見ています。「バルト海とポーランドの国境」という表現も「バルト海とポーランド」の間に「国境」がある訳ではないので、やや意味不明です。その辺りも含めて、筆者が何を言いたいか推測してみました。

「ロシア軍はバルト3国から、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアまで、これらの国の目前に広がり、NATOにとって東側の国境防御が著しく困難になる」

この説明ならば腑に落ちます。「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア」にも「ロシア軍」が広がると取れる記述は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も教えてください。

同じ号の「編集部から」で「フェイク情報が横行する時代に『合理的な思惟』を支えるための報道の重要さを肝に銘じています」と西村様は記しています。

しかし御誌では、読者からの間違い指摘を無視して記事中のミスを放置する対応が常態化しています。それは「フェイク情報が横行する時代」に「フェイク情報」を放置する行為です。「合理的な思惟」に頼れば、編集長として何をなすべきか見えてくるはずです。

まず基礎を固めましょう。今回の問い合わせに回答することから始めてみませんか。「報道の重要さを肝に銘じ」るのは、それからで十分です。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「編集部から


※記事の評価はD(問題あり)。西村豪太編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西村編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_4.html

「過ちて改めざる」東洋経済の西村豪太新編集長への手紙
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_4.html

訂正記事を訂正できるか 東洋経済 西村豪太編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_25.html

「巨大地震で円暴落」?東洋経済 西村豪太編集長のウブさ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/01/blog-post_19.html

金融庁批判の資格なし 東洋経済の西村豪太編集長
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_19.html

「貿易赤字の解消」で正解?東洋経済 西村豪太編集長に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_72.html

編集長時代はミス黙殺 コラムニストとしても苦しい東洋経済 西村豪太氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/blog-post_24.html

ミス放置を続ける東洋経済 西村豪太編集長が片付けるべき「大きな宿題」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_6.html

ミス放置を続ける東洋経済の西村豪太編集長こそ「当事者能力なきトップ」では?https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post_6.html

「なぜ道を誤ったのか」東洋経済の西村豪太編集長は自分の経験を後世に伝えようhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/12/blog-post_13.html

ロシア軍が「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部」に? 東洋経済へ問い合わせhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2022/03/blog-post_9.html

2022年3月13日日曜日

台湾ではなく日本が「極東のウクライナ」と日経ビジネス山川龍雄編集委員は言うが…

日経ビジネス3月14日号に山川龍雄編集委員が書いた「ニュースを突く~日本は極東のウクライナ」という記事は説得力がなかった。中身を見ながら、あれこれツッコミを入れてみたい。

耳納連山に沈む夕陽

【日経ビジネスの記事】

人口約4000万人の主権を持った国家、ウクライナが侵攻を受けた。暴挙に出たのは、国連の拒否権を持つ安全保障常任理事国、ロシアだ。厳しい制裁を受けると、プーチン大統領は核兵器の使用までほのめかした。


◎「国連の拒否権を持つ安全保障常任理事国」?

まず言葉の使い方。「国連の拒否権を持つ安全保障常任理事国」が引っかかった。「国連の拒否権」が舌足らずだし「安全保障常任理事国」とはあまり言わない。「安保理常任理事国」だろう。これを踏まえて直すと「国連の安全保障理事会での拒否権を持つ常任理事国」といったところか。

続きを見ていく。


【日経ビジネスの記事】

我々は第2次世界大戦以来、見なかったような光景を目の当たりにしている。軍事大国の独裁者が理性を失えば、地球規模の危機に発展しかねないことを改めて思い知った。軍事侵攻と経済制裁のチキンレースの行方は誰にも分からない。


◎「第2次世界大戦以来、見なかったような光景」?

ここでは「我々は第2次世界大戦以来、見なかったような光景を目の当たりにしている」という説明が引っかかった。悲惨な戦争は「第2次世界大戦」の後も繰り返し起きている。シリア内戦は記憶に新しい。山川編集委員は何を指して「我々は第2次世界大戦以来、見なかったような光景」と言っているのか。

今回の記事で最も気になったのが以下のくだりだ。


【日経ビジネスの記事】

地球儀を半周動かせば、欧州で起きている惨事が、対岸の火事でないことが分かる。ロシア、中国、北朝鮮と対峙する日本は地政学上、「極東のウクライナ」とも呼べる存在だ

安倍政権時代、日露は27回の首脳会談を重ね、北方領土交渉に臨んだ。今思えば、当時の日本の見通しが、甘かったことが分かる。北方領土は今、ロシアによる軍事拠点化が進む。

北朝鮮は先ごろ、ウクライナ情勢の隙を突くかのように弾道ミサイルを発射した。今年に入って8回目だ。近年、実験を繰り返す兵器は、「極超音速」など、いずれも日本の防衛システムでは迎撃困難なものが目立つ。

ウクライナはもともと世界第3の核保有国だった。冷戦後、核を放棄することで、ロシアなどと和平の覚書を交わした。今回の情勢を見て、北朝鮮は「核保有こそ身を守る最強の手段」と意を強くしたはずだ。

そして中国。ウクライナ侵攻が続く中でも、台湾や尖閣諸島周辺で軍事的威嚇を止める気配はない。台湾有事となれば、沖縄などに米軍基地を置く日本は無関係ではいられない


◎「極東のウクライナ」は台湾では?

今回の「ウクライナ侵攻」に絡めて気になるのは、やはり「台湾」だ。しかし「極東のウクライナ」は「台湾」ではなく「日本」だと山川編集委員は言う。「極東」で最も「侵攻」の対象になりそうなのが「日本」なら分かる。だが、どう考えても「台湾」だろう。「日本」は韓国よりも下かもしれない。

なぜ「台湾」でなく「日本」が「極東のウクライナ」なのか説明が欲しかった。「ウクライナ侵攻」に絡めて気の利いたことを書こうとして捻り出したのが「日本は極東のウクライナ」という筋立てだろうか。だが、無理がたたって説得力を失う結果になっている。


※今回取り上げた記事「ニュースを突く~日本は極東のウクライナ

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00108/00169/


※記事の評価はD(問題あり)。山川龍雄編集委員への評価もDを維持する。山川編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス「資産運用」は山川龍雄編集委員で大丈夫?
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/04/blog-post_20.html

尖閣問題の解説も苦しい日経ビジネス山川龍雄編集委員

http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_16.html

「早めに新興国押さえたFIFA」が苦しい日経ビジネス山川龍雄編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/fifa.html

「タクシー券」の例えが上手くない日経ビジネス山川龍雄編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_15.html

2022年3月11日金曜日

最初は威勢が良かったが… ロシア経済制裁巡る日経社説の早すぎる変節

新聞社に「社論を変えるな」とは言わない。しかし、大きな情勢変化もないのに短期間で主張が変わってしまうと、信用はなくなる。11日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「エネ制裁は供給安定を前提で」という社説はまさにそうだ。まずはロシアによるウクライナ侵攻が始まった直後の2月25日の「世界はロシアの暴挙を許さない」という社説を振り返ろう。

夕暮れ時の大刀洗町

【日経の社説(2月25日)】

世界はいま、冷戦後最大の危機の淵に立たされていると認識すべきだ。国連を含め国際社会はロシアを止めるため団結するときだ。

その意味で米国、欧州、日本など主要国が機密情報を共有し、制裁強化で足並みをそろえているのは心強い。

日本の役割は重大だ。日本は北方領土問題を解決し、平和条約を締結すべくロシアと長年にわたって交渉を続けてきた。他国の主権を侵害するような国と交渉を進める環境ではなくなった。いまは米欧と結束して、ロシアに部隊撤収を迫る強い姿勢を示していくことこそが、国益にかなう道だ

ロシアは天然ガス、石油などの輸出大国であり、制裁する側も大きな影響を受ける。とはいえ、ためらっている猶予はない。多くの国が制裁の輪に加わるよう主要国は努力してほしい。


◎わずか半月で勢いが…

米国、欧州、日本など主要国が機密情報を共有し、制裁強化で足並みをそろえているのは心強い」「米欧と結束して、ロシアに部隊撤収を迫る強い姿勢を示していくことこそが、国益にかなう道だ」「ロシアは天然ガス、石油などの輸出大国であり、制裁する側も大きな影響を受ける。とはいえ、ためらっている猶予はない。多くの国が制裁の輪に加わるよう主要国は努力してほしい」とかなり強く経済制裁を求めている。日本経済への悪影響も覚悟している。しかし半月経つとすっかり勢いがなくなってしまう。


【日経の社説(3月11日)】

米国がロシア産の石油や天然ガスの輸入を禁じた。英国も年末までに原油の輸入をやめる。

ロシアからのエネルギー供給が滞れば、需給逼迫や価格高騰などの影響が世界に及ぶ。しかし、エネルギー産業はプーチン大統領の力の源泉である。ウクライナで続く暴虐に圧力をかけるにはそこに切り込むことがやむを得ない。

ただし、ロシアへの依存度を考えると、簡単に同調できない国も少なくない。日本もその一つだ。供給の安定を最優先としながら、連携を探るべきだ


◎変わり過ぎでは?

制裁強化で足並みをそろえているのは心強い」「米欧と結束して、ロシアに部隊撤収を迫る強い姿勢を示していくことこそが、国益にかなう道だ」と訴えていたのに早くも「簡単に同調できない国も少なくない。日本もその一つだ」となってしまう。

米国がロシア産の石油や天然ガスの輸入を禁じた。英国も年末までに原油の輸入をやめる」のならば、日本も同調して「強い姿勢を示していくことこそが、国益にかなう」のではないのか。「制裁する側も大きな影響を受ける」と覚悟していたのではないのか。

米国が「一緒に禁輸しなくてもいいよ」と理解を示してくれると日経も一気に腰が引けたということか。

供給の安定を最優先」と考えるのならば「ためらっている猶予はない。多くの国が制裁の輪に加わるよう主要国は努力してほしい」などと訴えたのが間違いだった。

弱気に転じた日経の主張をもう少し見ていこう。


【日経の社説(3月11日)】

日本は原油の約4%、液化天然ガス(LNG)の約8%をロシアから輸入する。重要なのはロシアの収入に打撃を与えることだ。自らの経済を混乱させては元も子もない。ロシアとの原油・LNG取引を精査したうえで、減らせるところは協力を考えるべきだ。


◎意味不明では?

重要なのはロシアの収入に打撃を与えることだ。自らの経済を混乱させては元も子もない」という説明は、厳しく言えば意味不明だ。日本経済が「混乱」すると「ロシアの収入に打撃を与えること」ができないという関係が成り立つならば分かる。しかし、そうではない。日本経済の「混乱」と引き換えに「ロシアの収入に打撃を与える」可能性も十分にある。「多くの国が制裁の輪に加わる」場合は、可能性がさらに高まる。

だからこそ「ためらっている猶予はない。多くの国が制裁の輪に加わるよう主要国は努力してほしい」と2月24日の社説では訴えたはずだ。

半月が経過して「ためらっている猶予」ができたのか。違うはずだ。早すぎる変節は読者の信頼を損ねる。弱気に出るなら、最初から弱気でいてほしい。


※今回取り上げた社説「エネ制裁は供給安定を前提で

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220311&ng=DGKKZO58988420R10C22A3EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2022年3月9日水曜日

ロシア軍が「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部」に? 東洋経済へ問い合わせ

久しぶりに週刊東洋経済の記事中の誤りを指摘してみた。問い合わせの内容は以下の通り。

床島用水路

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 編集長 西村豪太様

3月12日号の「Inside USA/FROM The New York Times~ロシアのウクライナ侵攻で問われるNATOの存在意義」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

ロシアがウクライナの占領、およびベラルーシの基地を維持することに成功した場合、ロシア軍はバルト海とポーランドの国境からスロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部まで広がり、NATOにとって東側の国境防御が著しく困難になる

記事の説明を信じれば「ウクライナの占領、およびベラルーシの基地を維持することに成功した場合」には「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア北部」にも「ロシア軍」が駐留するはずです。しかし3カ国はNATO加盟国です。「ウクライナ」と「ベラルーシ」が「ロシア軍」の勢力下に入ったとしても、同時に隣国の3カ国まで「ロシア軍」が「広が」るとは思えません。

The New York Times」の説明が間違っている可能性もありますが、誤訳ではないかと見ています。「バルト海とポーランドの国境」という表現も「バルト海とポーランド」の間に「国境」がある訳ではないので、やや意味不明です。その辺りも含めて、筆者が何を言いたいか推測してみました。

ロシア軍はバルト3国から、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアまで、これらの国の目前に広がり、NATOにとって東側の国境防御が著しく困難になる

この説明ならば腑に落ちます。「スロバキア、ハンガリー、ルーマニア」にも「ロシア軍」が広がると取れる記述は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も教えてください。

同じ号の「編集部から」で「フェイク情報が横行する時代に『合理的な思惟』を支えるための報道の重要さを肝に銘じています」と西村様は記しています。

しかし御誌では、読者からの間違い指摘を無視して記事中のミスを放置する対応が常態化しています。それは「フェイク情報が横行する時代」に「フェイク情報」を放置する行為です。「合理的な思惟」に頼れば、編集長として何をなすべきか見えてくるはずです。

まず基礎を固めましょう。今回の問い合わせに回答することから始めてみませんか。「報道の重要さ肝に銘じ」るのは、それからで十分です。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「Inside USA/FROM The New York Times~ロシアのウクライナ侵攻で問われるNATOの存在意義

https://toyokeizai.net/articles/-/515033


※記事の評価はD(問題あり)

2022年3月8日火曜日

「男女の賃金格差」が「経済成長阻む」と強引に見せる日経朝刊1面の記事

8日の日本経済新聞朝刊1面に載った「男女の賃金格差、解消遅れ 日本女性、男性の74%~経済成長阻む一因に」という記事には色々と問題を感じた。筆者ら(天野由輝子記者と北爪匡記者)は「男女の賃金格差」を「解消」すべきものと信じており、その根拠として「経済成長阻む」と訴えたいようだ。しかし説得力はない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

福岡県小郡市

【日経の記事】

男女の賃金格差が埋まらない。とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく、1年間で女性は男性の74%しか稼げていない。管理職や高収入の専門職に女性が少ないことが主因だ。8日は女性の社会進出のため国連が定める国際女性デー。危機感を抱く日本企業では格差を調べたり昇級の差をなくしたりする動きもある。

2020年にフルタイムで働いた日本の労働者の所定内給与は男性が33万8800円だったのに対し、女性は25万1800円にとどまった。

男性の1年分の収入を得るために女性がどれだけ追加で働く必要があるかを示す指標「イコール・ペイ・デイ」(18~19年)を計算すると、フルタイムで1月1日から働き始めた場合、男性の12月末の賃金に追いつくために日本の女性はさらに112日働かなければならない。格差が小さいノルウェーは17日だ。


◎国際比較が漠然としてるが…

とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく」と書いているが、世界全体で見ても「格差」が大きいのかどうかは教えてくれない。記事に付けたグラフを見ると韓国は「イコール・ペイ・デイ」で150日を超えており、日本の「112日」を大きく上回る。となると「とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく」と見るのは苦しい。「とりわけ韓国は欧米に比べ格差が大きく」ならば、まだ分かる。

続きを見ていく。


【日経の記事】

格差の要因は複雑に絡み合う。「管理職のほか、医師や弁護士など高収入の専門職に女性が少ないことが響いている」(米シカゴ大学の山口一男教授)。例えば、医師の女性割合は21%と、経済協力開発機構(OECD)諸国で最低レベルだ。保育士など女性が9割以上を占める多くの職業は年収が全平均(487万円)を下回る。

さらに、女性の就業率は7割に達したものの、不安定で低賃金になりがちな非正規の比率が54%と男性の22%に比べ高く、格差を一段と広げる。


◎問題ないのでは?

そもそも「男女の賃金格差」はなくすべきなのか。女性が「高収入の専門職」を目指す上で差別があるのならば取り除くべきだ。差別がない前提で言えば「女性割合」は高くても低くてもいい。男性は「保育士」よりも「医師や弁護士」を目指したがり、女性は逆ならば、それはそれで問題ない。例えば「弁護士」を目指す割合が男女同数だとしても、司法試験などで成績上位者の男性比率が高いのならば、「女性割合」が低くなるのが道理だ。

自由に選択できて平等な条件で競えることが重要だ。その結果としての「男女の賃金格差」は放置でいい。

こうした考えに反論するために筆者らは「経済成長」との関連付けを考えたのではないか。「男女の賃金格差」を放置していたら「経済成長」できなくなると訴えて「賃金格差」解消へと向かいたいのだろう。そこも見ていく。


【日経の記事】

男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い。女性が能力開発できず、格差が生じる環境を放置することが経済成長を損ねる恐れがある

米スタンフォード大学の研究者らの分析では、米国の1960~2010年の国内総生産(GDP)成長のうち20~40%は優秀な女性や黒人が労働市場に加わったことが寄与した。職業選択が自由にできなかった層の活躍が成長を押し上げた。


◎色々と問題が…

まず「男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い」と言えるのか。記事中に根拠は見当たらない。「男女の賃金格差が大きい国は生産性が低い」とタイトルを付けたグラフでは、米国とイタリアを除けば相関関係があるように見える。しかし13カ国の比較では苦しい。

OECDのデータから算出」と言うが加盟38カ国の中から、なぜこの13カ国を選んだのか。「時間当たりの労働生産性」を2020年のデータで見ると、コロンビア、メキシコ、コスタリカ、チリ、ギリシャが加盟国の下位5カ国だ。しかし、これらの国はグラフに出てこない。

できれば世界全体で見て相関関係を確認したい。OECD加盟国に限るとしても13カ国だけを選ぶのは不自然だ。相関関係があるように見える国を恣意的に選んだのではないか。

百歩譲って「男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い」としよう。だからと言って因果関係があるとは限らない。因果関係があるとしても「労働生産性」が「低い」と「男女の賃金格差」が大きくなるという方向での因果関係かもしれない。そこも譲って「男女の賃金格差」が大きいと「労働生産性」が低下するという因果関係が成立するとしよう。しかし、「労働生産性」が低下すると「経済成長を損ねる」とは限らない。

グラフでは「時間あたりの労働生産性」で見ている。「時間あたりの労働生産性」が低下しても、労働時間が増えれば1人当たりの「労働生産性」は向上できる。

格差が生じる環境を放置することが経済成長を損ねる恐れがある」と筆者らが思うのならば、実質経済成長率と「男女の賃金格差」の関係を見る方が早い。なのに、なぜ「時間あたりの労働生産性」を選んだのか。経済成長率との比較では、筆者らにとって好ましい相関関係を見つけられなかったのではないか。

成長率の高い新興国で「男女の賃金格差」が日本と変わらないかそれ以上という状況は当たり前にありそうな気がする。

米国の1960~2010年の国内総生産(GDP)成長のうち20~40%は優秀な女性や黒人が労働市場に加わったことが寄与した」という説明も苦しい。「優秀」かどうか、どうやって判断したのかとも思うが「米スタンフォード大学の研究者らの分析」は正しいとしよう。しかし、これは「優秀な女性や黒人が労働市場に加わった」話であり「男女の賃金格差」を縮小させた話ではない。

なのに、このデータを記事に差し込んだのは、筆者らにとって都合のいい「分析」が見当たらなかったからだと考えると腑に落ちる。

男女の賃金格差」と経済成長にあまり関係がなさそうなのは、経験的にも分かるはずだ。高度経済成長期という時代が日本にあったのは筆者らも知っているだろう。この時期に「男女の賃金格差」は小さかったのか。「賃金格差」が拡大するにつれて成長率が落ちていったのか。

その関係をぜひ調べてほしい。「男女の賃金格差」が「経済成長」を「阻む」ものなのか。答えが見えてくるはずだ。


※今回取り上げた記事「男女の賃金格差、解消遅れ 日本女性、男性の74%~経済成長阻む一因に

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220308&ng=DGKKZO58875800Y2A300C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。天野由輝子記者への評価はDを維持する。北爪匡記者への評価はDで確定とする。両記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「育児男女差→出生率低下に影響」が苦しい日経1面「チャートは語る」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/1.html


※天野記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性議員を増やしたいと願う日経 天野由輝子記者に考えてほしい3つのことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/11/blog-post_8.html

2022年3月7日月曜日

昔話の長さに芹川洋一論説フェローの限界が透ける日経「核心~令和臨調、3度目の挑戦」

延々と昔話を続けて、最後に少しだけ現状にコメントして記事を締める。日本経済新聞のベテランの書き手にありがちなパターンだ。7日の朝刊オピニオン面に論説フェローの芹川洋一氏が書いた「核心~令和臨調、3度目の挑戦 なるか衰退日本の立て直し」という記事もそうだ。約3分の2を昔話に充てている。

両筑橋架け替え工事現場

昔話の後の結論部分を見ていこう。

【日経の記事】

令和臨調がめざす第1は、政党や国会のあり方など90年代以降の改革のバージョンアップにあたる「統治構造改革2.0」だ。

次に国内総生産(GDP)の2倍超にのぼる債務残高をかかえる財政・社会保障制度の改革である。3つ目は人口減少と超高齢化を直視した国土構想の戦略だ。

それぞれ部会をつくり各界の識者に参加を求め、3年がかりで提言をまとめていく。

民間政治臨調からずっと事務局を担当してきた日本生産性本部の前田和敬理事長は次のように語る。

「平成デモクラシーの制度を検証し、運用がおかしくなっているところはあらため、担い手の政党と政治家のあり方もただしていくことで、日本を立て直していくきっかけをつかみたい」

制度、運用と来て、こんどは担い手を組み込んだ政治改革の総仕上げができるかどうか。そう平たんな道行きでないのは過去の経験が物語るとおりだが、手をこまぬいていたらこの国がもっと沈んでいくことだけはまちがいない


◎これだけ?

令和臨調」に関する簡単な説明をした後で「制度、運用と来て、こんどは担い手を組み込んだ政治改革の総仕上げができるかどうか。そう平たんな道行きでないのは過去の経験が物語るとおりだが、手をこまぬいていたらこの国がもっと沈んでいくことだけはまちがいない」と書いて記事は終わりだ。

何のための「論説フェロー」なのか。「令和臨調」の内情に鋭く切り込む分析を見せてもいい。「令和臨調」が進めようとする「担い手を組み込んだ政治改革の総仕上げ」に関して独自の視点で助言してもいい。そこに紙面を割くべきだ。

しかし「手をこまぬいていたらこの国がもっと沈んでいくことだけはまちがいない」と毒にも薬にもならない話で記事を締めてしまう。具体的に訴えたいことはないので、昔話で行数を稼いで何とかコラムをまとめたのだと思える。

訴えたいこともなく独自の分析も難しいのならば、そろそろ後進に道を譲ってはどうか。論説委員長、論説主幹、論説フェローと肩書を変えてコラムを書き続けているが、余人をもって代えがたい書き手とも思えない。そろそろ引退の時期だ。


※今回取り上げた記事「核心~令和臨調、3度目の挑戦 なるか衰退日本の立て直し

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220307&ng=DGKKZO58784270U2A300C2TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一氏への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_21.html

「改憲は急がば回れ」に根拠が乏しい日経 芹川洋一論説主幹
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_29.html

論説フェローになっても苦しい日経 芹川洋一氏の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_24.html

データ分析が苦手過ぎる日経 芹川洋一論説フェロー
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_77.html

「政権の求心力維持」が最重要? 日経 芹川洋一論説フェローに問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_79.html

「野党侮れず」が強引な日経 芹川洋一 論説フェローの「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_18.html

「スペイン風邪」の話が生きてない日経 芹川洋一論説フェロー「核心」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/blog-post_27.html

日経 芹川洋一論説フェローが森喜朗氏に甘いのは過去の「貸し借り」ゆえ?https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_11.html

日本の首相に任期あり? 菅首相は安倍政権ナンバー2? 日経 芹川洋一論説フェローに問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/09/2.html

2022年3月5日土曜日

男性のみ兵役義務がある韓国を「男性優位社会」と断定する日経の記事に思うこと

4日の日本経済新聞朝刊国際面に載った「〈格差と葛藤 韓国大統領選〉(上)かすむ20代女性『イデニョ』 若い男性層、強まる影響力~野党・尹氏は『女性家族省廃止』」には引っかかるものを感じた。どこに焦点を当てどの側に立つかは筆者の勝手ではある。だが差別に苦しんでいる側を軽く扱う姿勢は支持できない。

両筑橋

記事の前半を見ていく。

【日経の記事】

2月26日、ソウルきっての若者の街、弘大(ホンデ)。保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補の遊説では、熱心に声援を送る若い男性の姿が目立った。

「文在寅(ムン・ジェイン)政権は公正を叫びながら自分の利益を追求し、社会を分断させた。尹氏なら公正と常識を取り戻してくれる。友達もほとんどが尹氏支持だ」。演説を聞きにきた大学生の男性は語る。

韓国で近年、政治勢力として急速に台頭するのが「イデナム」(20代男性を指す略語)だ。韓国はなお男性優位社会だが、男女平等の教育を受けて育った若い男性の認識は異なる。男性だけの兵役義務や一定以上の女性比率を義務付けるクオータ制などで、男性が逆差別を受けているとの不満が爆発している


◎韓国は「男性優位社会」?

韓国はなお男性優位社会」だと記事では断言しているが、根拠は示していない。何を基準にするかで「男性優位社会」かどうかは変わってくるはずだ。「男性だけの兵役義務」という強烈な性差別があるのだから、それを打ち消して余りある男性優遇がない限り「男性優位社会」だとは思えない。さらに国会議員の比例代表に関して「一定以上の女性比率を義務付けるクオータ制」まで導入しているのならば「女性優位社会」と見るのが自然だ。

男女平等の教育を受けて育った」人ならば「不満が爆発」するのは当然だろう。「逆差別」というより単なる性差別だ。女性も「男女平等の教育を受けて育った」はずなのに「男性だけの兵役義務」はおかしいと声を上げないのか。

記事の続きを見ていこう。


【日経の記事】

こうした声をすくい上げているのが尹氏だ。一時は著名フェミニストを要職に迎え女性票を狙ったが、20代男性のアイコンである李俊錫(イ・ジュンソク)党代表と選挙協力で合意してからはイデナムに焦点を絞った。

「女性家族省廃止」――。尹氏は1月7日、自身のフェイスブックにたった7文字のメッセージを載せた。同省は若い男性から文政権の女性優遇政策の象徴と受け止められている省庁だ。

韓国メディアによると、尹氏は遊説で男女が平等に恩恵を享受する「ジェンダー予算」に30兆ウォン(約2兆9000万円)が使われていると指摘。その一部を回すだけで北朝鮮の核の脅威を食い止められると発言した。女性団体からは猛抗議を受けたが、イデナム結集には一役買った。

一方、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補は歯切れが悪い。2月25日の韓国ギャラップの世論調査では20代男性の与党支持が15%にとどまる一方、「イデニョ」(20代女性を指す略語)は29%だ。李在明氏の潜在的支持層といえるが、ジェンダー政策を強調すればイデナムの支持を失いかねないジレンマがある。

民主党は3人の自治体首長がセクハラ事件を起こしたが、被害者でなく身内をかばい猛批判された苦い記憶がある。「女性の味方」を名乗りにくい事情もある。

イデナムの影響力が強まるなか、イデニョはいま、何を思うのか。ソウルの学生街で話を聞いてみると、考え方も意中の候補もさまざまだった。

イデナムと呼ばれる人びとが女性の人権をおとしめることに熱を上げているようで残念」。大学生の金施演(キム・シヨン)さん(20)は語る。「尹候補は女性家族省の廃止を掲げるが、廃止ではなく改革を主張する候補もいるし、ジェンダー平等を掲げる候補もいる。公約をみて選びたい」


◎徴兵での性差別をどう思うか聞いてほしい

イデナムと呼ばれる人びとが女性の人権をおとしめることに熱を上げているようで残念」という「金施演(キム・シヨン)さん」のコメントを今回のような形で使うのは感心しない。このコメントを入れたいならば「イデナムと呼ばれる人びとが女性の人権をおとしめることに熱を上げている」と取れる具体例が欲しい。

それより知りたいのが「イデニョ」である「金施演(キム・シヨン)さん」が「男性だけの兵役義務」をはじめとする性差別制度をどう見ているのかだ。「ジェンダー平等を掲げる候補」を好意的に見ているのならば「男性だけの兵役義務」はおかしいと感じるのが当然だと思えるが…。

記事に出てくるもう1人の「イデニョ」の発言も見てみよう。


【日経の記事】

大学院生の李銀美(イ・ウンミ)さん(26)は「主要4候補のうち、女性や障がい者など疎外された側に配慮する候補に投票したい」という。イデニョの意見を総合すると、人物よりも公約重視、尹氏には批判的で、まだ候補を決めていない人もいた。


◎どこが「疎外」?

李銀美(イ・ウンミ)さん」のコメントも、このまま使うのは頂けない。「女性」を「疎外された側」と断定しているものの、その根拠は見当たらない。「男性だけの兵役義務」があり、国会議員に関しても「一定以上の女性比率を義務付けるクオータ制」を導入済み。しかも「若い男性から文政権の女性優遇政策の象徴と受け止められている省庁」である「女性家族省」まであるらしい。なのになぜ「女性」は「疎外された側」と言えるのか。「優遇」されている側と見るのが自然だ。

筆者は韓国の「女性優遇政策」を支持したい気持ちがあるのだろう。それはそれで尊重したい。しかし根拠も示さず「韓国はなお男性優位社会」と断定した上で、女性側の根拠薄弱なコメントをそのまま使うのは好ましくない。

男性だけの兵役義務」が明らかな性差別なのは筆者にも分かるはずだ。韓国ではそれを上回る圧倒的な女性差別制度があるのならば記事の中で説明してほしい。「そんな強烈な女性差別はない」と思えるのならば、あからさまな性差別に苦しむ韓国の男性にもっと寄り添ってはどうか。

今の韓国に「男性だけの兵役義務」などの性差別制度は必要なのか。それを改めて考えてほしい。


※今回取り上げた記事「〈格差と葛藤 韓国大統領選〉(上)かすむ20代女性『イデニョ』 若い男性層、強まる影響力~野党・尹氏は『女性家族省廃止』

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220304&ng=DGKKZO58767720T00C22A3FF8000


※記事の評価はD(問題あり)

2022年3月3日木曜日

「オミクロン株の致死率『インフルよりも高い』」と分析したアドバイザリーボード有志の怪しさ

厚生労働省に新型コロナウイルス感染症対策について助言する専門家組織『アドバイザリーボード(AB)』の有志」がまとめたという「新型コロナのオミクロン株と季節性インフルエンザの病気の重さを比較した分析結果」には怪しさを感じた。2日付の「オミクロン株の致死率『インフルよりも高い』~専門家組織が見解」という毎日新聞の記事を基に問題点を指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

専門家有志」は「現時点の致死率は『オミクロン株が、季節性インフルエンザよりも高いと考えられる』とした」らしい。一方で「専門家有志は分析の前提として、二つの感染症は感染者数の数え方や死亡者の定義が異なることなどから、『比較するのは困難』」とも述べているらしい。「比較するのは困難」なものを「比較」して「現時点の致死率は『オミクロン株が、季節性インフルエンザよりも高いと考えられる』」と結論付けるのは適切なのか。

正確な「比較」は難しいが「致死率」で圧倒的な差があるからと言うなら、まだ分かる。しかし「季節性インフルは複数の方法で致死率を推計したところ、0・006~0・09%だった。一方、今年1月以降の累積死亡者数と累積陽性者数から計算したオミクロン株の致死率は2月21日時点で、0・13%と推定された」らしい。

0・09%」も「0・13%」も大差ない。ほぼ0.1%だ。「オミクロン株の重症度がこれまでの株に比べて低いことなどから、一部の専門家から季節性インフルと同程度との意見が出ていた」ために、これに反論しようと「専門家有志」は頑張ったのだろう。だが数値だけを見れば「季節性インフルと同程度」のリスクとの見方で問題ないと裏付けている。

比較するのは困難」という点を重視するならば「現時点の致死率」について「オミクロン株」と「季節性インフルエンザ」のどちらが高いとも言えないとなるはずだ。

仮に「季節性インフルエンザ」の「致死率」が低い方の「0・006%」で、「オミクロン株」が「0・13%」だとしよう。いずれにしても「どちらもそれほど恐れる必要のないウイルス」との判断でいい。

こういう「分析結果」を出してくるということは「『アドバイザリーボード(AB)』の有志」には新型コロナウイルスが「季節性インフルエンザ」と同程度に見られては困る事情があるのではと疑いたくなる。


※今回取り上げた記事「オミクロン株の致死率『インフルよりも高い』~専門家組織が見解

https://mainichi.jp/articles/20220302/k00/00m/040/321000c


※記事の評価は見送る

2022年3月2日水曜日

ワクチン推しゆえか「高齢者3回目接種、6割止まり」の理由に触れない日経の罪

5w1Hをしっかり伝えることがニュース記事では重要だとされる。2日の日本経済新聞朝刊 経済・政策面に載った「高齢者3回目接種、6割止まり~『2月完了』想定より遅れ 小児向けは本格化へ」という記事で「WHY」に当たるのは「高齢者3回目接種」がなぜ「6割止まり」なのかだ。そこを日経はきちんと伝えているだろうか。前半部分を見ていこう。

耳納連山

【日経の記事】

新型コロナウイルスワクチンの高齢者への3回目接種が予定通りに進んでいない。2月末までに打ち終えたのは約1848万人で、接種対象の約6割にとどまる。総務省が1月下旬に公表した調査では、自治体の97%が2月末までに希望する対象者への接種を「終了見込み」と回答していた

専門家は国内の新規感染は2月上旬がピークだったとみる。ただ減少ペースは鈍く重症者数も高止まりしており、接種による予防効果の引き上げが急務となっている

2回の接種を終えた高齢者は約3300万人だ。このうち2893万人が2月末までに3回目接種の対象となった。3月にはさらに349万人が接種時期を迎える。後藤茂之厚生労働相は1日の参院予算委員会で今後の目標について問われ「できる限り早く進めていく」と述べるにとどめた。

政府は1日100万回の接種目標を掲げている。国のワクチン接種記録システム(VRS)の3月1日公表時点の集計によると、報告日ベースでは200万回を超える日もあったが、接種日別では2月18日の95万回が最多だった。


◎ワクチン推しだとしても…

接種による予防効果の引き上げが急務となっている」と書いているので日経のワクチン推しは続いているのだろう。自分と意見は異なるが、それはそれでいい。ただ「新型コロナウイルスワクチンの高齢者への3回目接種が予定通りに進んでいない」理由の分析は客観的にすべきだ。なのに記事には「接種対象の約6割にとどまる」理由が見当たらない。

総務省が1月下旬に公表した調査では、自治体の97%が2月末までに希望する対象者への接種を『終了見込み』と回答していた」とも書いているが、実際にどの程度の「自治体」が「希望する対象者への接種を『終了』」させたのかは教えてくれない。

とりあえず「希望する対象者への接種」はほとんどの「自治体」で終わっているとの前提で考えよう。この場合「高齢者への3回目接種」が「接種対象の約6割にとどまる」のは4割近い「高齢者」が「3回目接種」を「希望」しなかったからだろう。

重要な話だ。だがワクチン推しの日経にとっては都合が悪い。だから言及を避けたのか。だとしたら報道機関としては失格だ。うっかり言及するのを忘れたのだとしたら実力不足が過ぎる。いずれにしても問題ありだ。

そして記事は「接種スピード」の「地域差」へと話を移してしまう。


【日経の記事】

接種スピードは地域差が大きい。高齢者も含めた自治体の人口に対する接種率は政令市で15ポイント以上の差がある。岡山市は4人に1人以上が接種を終えたが、政令市で最も低い横浜市は11.8%だ。

「人口の多い横浜市でも接種加速への協力をお願いしたい」。2月半ばに山中竹春市長とオンラインで意見交換した堀内詔子ワクチン相はこう要請した。横浜市は一般高齢者への接種を始めたのが1月末と遅かった影響が続く

接種率が14.8%と都道府県で最も低かったのは秋田県だった。担当者は降雪の影響で転倒や落雪のリスクが高く、高齢者が外出しづらいのではないかとみている

接種率が高い地域は準備をいち早く進めてきた。例えば20%超の群馬県は1月中旬に大規模会場2カ所を相次ぎ開設。県内すべての市町村に接種券の早期発送を求めるなど、地域全体で取り組んだ。


◎悪い意味で上手い

高齢者も含めた自治体の人口に対する接種率」をベースに話を「地域差」に移してしまう。その中に「横浜市は一般高齢者への接種を始めたのが1月末と遅かった影響が続く」「(秋田県の)担当者は降雪の影響で転倒や落雪のリスクが高く、高齢者が外出しづらいのではないかとみている」といった話を組み込み、「高齢者への3回目接種」が進まないのは「自治体」の対応の遅れや「降雪の影響」であるかのように書いている。

接種を済ませていない「高齢者」も「接種」を希望しているとの前提は崩したくないのだろう。しかし、それを前面に出すと、さすがに無理が出る。そこで、こういう書き方にしたのか。だとしたら悪い意味で上手い。

新型コロナウイルスワクチンに関して「副反応がきつい割に大した効果はない」と多くの人が気付いている。日経がワクチン推しを続けるのは勝手だ。ただ「これ以上の接種を望まない人も多い」という現実は受け入れないと、今後も無理のある記事を量産することになるだろう。


※今回取り上げた記事「高齢者3回目接種、6割止まり~『2月完了』想定より遅れ 小児向けは本格化へ

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220302&ng=DGKKZO58688640R00C22A3EP0000


※記事の評価はD(問題あり)