8日の日本経済新聞朝刊1面に載った「男女の賃金格差、解消遅れ 日本女性、男性の74%~経済成長阻む一因に」という記事には色々と問題を感じた。筆者ら(天野由輝子記者と北爪匡記者)は「男女の賃金格差」を「解消」すべきものと信じており、その根拠として「経済成長阻む」と訴えたいようだ。しかし説得力はない。中身を見ながら具体的に指摘したい。
福岡県小郡市 |
【日経の記事】
男女の賃金格差が埋まらない。とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく、1年間で女性は男性の74%しか稼げていない。管理職や高収入の専門職に女性が少ないことが主因だ。8日は女性の社会進出のため国連が定める国際女性デー。危機感を抱く日本企業では格差を調べたり昇級の差をなくしたりする動きもある。
2020年にフルタイムで働いた日本の労働者の所定内給与は男性が33万8800円だったのに対し、女性は25万1800円にとどまった。
男性の1年分の収入を得るために女性がどれだけ追加で働く必要があるかを示す指標「イコール・ペイ・デイ」(18~19年)を計算すると、フルタイムで1月1日から働き始めた場合、男性の12月末の賃金に追いつくために日本の女性はさらに112日働かなければならない。格差が小さいノルウェーは17日だ。
◎国際比較が漠然としてるが…
「とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく」と書いているが、世界全体で見ても「格差」が大きいのかどうかは教えてくれない。記事に付けたグラフを見ると韓国は「イコール・ペイ・デイ」で150日を超えており、日本の「112日」を大きく上回る。となると「とりわけ日本は欧米に比べ格差が大きく」と見るのは苦しい。「とりわけ韓国は欧米に比べ格差が大きく」ならば、まだ分かる。
続きを見ていく。
【日経の記事】
格差の要因は複雑に絡み合う。「管理職のほか、医師や弁護士など高収入の専門職に女性が少ないことが響いている」(米シカゴ大学の山口一男教授)。例えば、医師の女性割合は21%と、経済協力開発機構(OECD)諸国で最低レベルだ。保育士など女性が9割以上を占める多くの職業は年収が全平均(487万円)を下回る。
さらに、女性の就業率は7割に達したものの、不安定で低賃金になりがちな非正規の比率が54%と男性の22%に比べ高く、格差を一段と広げる。
◎問題ないのでは?
そもそも「男女の賃金格差」はなくすべきなのか。女性が「高収入の専門職」を目指す上で差別があるのならば取り除くべきだ。差別がない前提で言えば「女性割合」は高くても低くてもいい。男性は「保育士」よりも「医師や弁護士」を目指したがり、女性は逆ならば、それはそれで問題ない。例えば「弁護士」を目指す割合が男女同数だとしても、司法試験などで成績上位者の男性比率が高いのならば、「女性割合」が低くなるのが道理だ。
自由に選択できて平等な条件で競えることが重要だ。その結果としての「男女の賃金格差」は放置でいい。
こうした考えに反論するために筆者らは「経済成長」との関連付けを考えたのではないか。「男女の賃金格差」を放置していたら「経済成長」できなくなると訴えて「賃金格差」解消へと向かいたいのだろう。そこも見ていく。
【日経の記事】
男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い。女性が能力開発できず、格差が生じる環境を放置することが経済成長を損ねる恐れがある。
米スタンフォード大学の研究者らの分析では、米国の1960~2010年の国内総生産(GDP)成長のうち20~40%は優秀な女性や黒人が労働市場に加わったことが寄与した。職業選択が自由にできなかった層の活躍が成長を押し上げた。
◎色々と問題が…
まず「男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い」と言えるのか。記事中に根拠は見当たらない。「男女の賃金格差が大きい国は生産性が低い」とタイトルを付けたグラフでは、米国とイタリアを除けば相関関係があるように見える。しかし13カ国の比較では苦しい。
「OECDのデータから算出」と言うが加盟38カ国の中から、なぜこの13カ国を選んだのか。「時間当たりの労働生産性」を2020年のデータで見ると、コロンビア、メキシコ、コスタリカ、チリ、ギリシャが加盟国の下位5カ国だ。しかし、これらの国はグラフに出てこない。
できれば世界全体で見て相関関係を確認したい。OECD加盟国に限るとしても13カ国だけを選ぶのは不自然だ。相関関係があるように見える国を恣意的に選んだのではないか。
百歩譲って「男女の賃金格差が大きい国ほど労働生産性も低い」としよう。だからと言って因果関係があるとは限らない。因果関係があるとしても「労働生産性」が「低い」と「男女の賃金格差」が大きくなるという方向での因果関係かもしれない。そこも譲って「男女の賃金格差」が大きいと「労働生産性」が低下するという因果関係が成立するとしよう。しかし、「労働生産性」が低下すると「経済成長を損ねる」とは限らない。
グラフでは「時間あたりの労働生産性」で見ている。「時間あたりの労働生産性」が低下しても、労働時間が増えれば1人当たりの「労働生産性」は向上できる。
「格差が生じる環境を放置することが経済成長を損ねる恐れがある」と筆者らが思うのならば、実質経済成長率と「男女の賃金格差」の関係を見る方が早い。なのに、なぜ「時間あたりの労働生産性」を選んだのか。経済成長率との比較では、筆者らにとって好ましい相関関係を見つけられなかったのではないか。
成長率の高い新興国で「男女の賃金格差」が日本と変わらないかそれ以上という状況は当たり前にありそうな気がする。
「米国の1960~2010年の国内総生産(GDP)成長のうち20~40%は優秀な女性や黒人が労働市場に加わったことが寄与した」という説明も苦しい。「優秀」かどうか、どうやって判断したのかとも思うが「米スタンフォード大学の研究者らの分析」は正しいとしよう。しかし、これは「優秀な女性や黒人が労働市場に加わった」話であり「男女の賃金格差」を縮小させた話ではない。
なのに、このデータを記事に差し込んだのは、筆者らにとって都合のいい「分析」が見当たらなかったからだと考えると腑に落ちる。
「男女の賃金格差」と経済成長にあまり関係がなさそうなのは、経験的にも分かるはずだ。高度経済成長期という時代が日本にあったのは筆者らも知っているだろう。この時期に「男女の賃金格差」は小さかったのか。「賃金格差」が拡大するにつれて成長率が落ちていったのか。
その関係をぜひ調べてほしい。「男女の賃金格差」が「経済成長」を「阻む」ものなのか。答えが見えてくるはずだ。
※今回取り上げた記事「男女の賃金格差、解消遅れ 日本女性、男性の74%~経済成長阻む一因に」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220308&ng=DGKKZO58875800Y2A300C2MM8000
※記事の評価はD(問題あり)。天野由輝子記者への評価はDを維持する。北爪匡記者への評価はDで確定とする。両記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「育児男女差→出生率低下に影響」が苦しい日経1面「チャートは語る」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/1.html
※天野記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。
女性議員を増やしたいと願う日経 天野由輝子記者に考えてほしい3つのことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/11/blog-post_8.html
0 件のコメント:
コメントを投稿