昔話がやたらと多いのが日本経済新聞の政治コラム「風見鶏」の特徴だ。20日の朝刊総合3面に坂本英二編集委員が書いた「風見鶏~運河に並んだロシア国旗」という記事はその典型。今の政治を語るための材料としてきちんと機能しているならば、昔話が多少長くてもまだ許せる。しかし今回の記事もそうはなっていない。
夕暮れ時のうきは市 |
順に中身を見ていこう。
【日経の記事】
ロシア大統領の執務室があるクレムリンの建物を訪れたことがある。「赤の広場」に面した通用口から歩いて数分。1998年9月、首相を退いたばかりの橋本龍太郎氏に同行し、当時のエリツィン大統領がにこやかに出迎えた。
今年に入ってプーチン大統領は、白い美しい柱が印象的なその部屋で各国要人と相次いで会談した。平和への訴えを冷徹な表情で拒む姿は、旧ソ連時代への先祖返りを思わせた。
ロシア軍のウクライナへの全面侵攻は世界に衝撃を与えた。日本政府がかつてない危機感を示すのは、今回の事態が戦後外交の基軸である「国連中心主義」と「日米同盟」を共に揺さぶっているからだろう。
自民党の小野寺五典元防衛相は「米国が世界の警察官をやめてしまった。力による現状変更をやってはいけないという国際社会のルールをロシアが破り、しかも堂々とやり抜けている」と危機感を口にする。
与野党で日本有事の際に「核の傘」が機能するかが論争になっている。安倍晋三元首相は自国領域に米国の核兵器を配備し、共同運用する北大西洋条約機構(NATO)型の「核シェアリング(共有)」の議論もタブー視すべきではないとの立場だ。
自民党の高市早苗政調会長に非核三原則への考え方を尋ねた。持たず・つくらずは堅持しつつ、持ち込ませずに関して「有事に日本を守りにきた米軍に寄港を認めるとか、党としての議論を止めるべきではない」との答えだった。
◎何のための昔話?
冒頭の「クレムリンの建物を訪れたことがある」という話は丸々なしでいい。試しに第3段落から読んでみてほしい。この昔話が不要だと分かるはずだ。
昔話の後、一応は「自民党の小野寺五典元防衛相」や「自民党の高市早苗政調会長」に色々と語らせて今の状況と関連付けている。ここから坂本編集委員が日本の選ぶべき道を論じるのかと思いきや、再び昔話へと戻っていく。
【日経の記事】
日本は悲惨な敗戦を出発点とし、近隣国の脅威とならないよう努力してきた。それなのに気づけば核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされている。どこでボタンをかけ違ったのか。
外交取材の中で、記憶に残る光景がある。98年5月、英国バーミンガムで主要8カ国(G8)首脳会議が開かれた。ロシアが初めてサミットの正式メンバーとなり、祝賀のためのロシア国旗が春光まぶしい運河にずらりと並んでいた。
元外務省欧亜局長の東郷和彦氏は「旧ソ連崩壊後のロシアは民主主義や資本主義を学ぼうとし、日本への期待も大きかった」と証言する。懸案の北方領土交渉は92年に宮沢政権、98年に橋本政権、2001年に森政権でそれぞれ一時は前進するかに見えた。
東郷氏が米欧とロシアの対立を決定づけたと考えるのが、08年にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議だ。
アルバニアとクロアチアの加盟を決め、旧ソ連のウクライナとジョージアの参加を継続協議とした。「プーチン氏はレッドラインを越えるぞとはっきり言ったが、NATOの東方拡大は立ち止まらなかった」
主権国家が誰と協力し同盟を結ぶかは本来自由であるはずだ。一方で隣国の軍事的な動きを見過ごせないことは、米国の62年のキューバ危機への対応などが証明している。自壊する帝国の悲哀を味わったロシアは、強権的な行動を積み重ねていく。
◎「ボタンをかけ違っ」てる?
「気づけば核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされている。どこでボタンをかけ違ったのか」と坂本編集委員は問いかける。「ボタンをかけ違」えなければ「核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮に囲まれ、直接の脅威にさらされ」ることはなかったと信じているのだろう。しかし「中国、北朝鮮」に関しては何も語っていない。
「ロシア」については「08年にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議」で「ボタンをかけ違った」と見ているようだ。しかし「NATOの東方拡大」がなければ「ロシア」が「核兵器」を放棄したと思える根拠は示していない。
ソ連時代からずっと「ロシア」の「核兵器」は日本にとって「直接の脅威」だった。坂本編集委員は違う認識なのか。「NATOの東方拡大」をきっかけに「直接の脅威」になったと見ているのか。あるいは「NATOの東方拡大」がなければ「脅威」は消えていたはずだと言いたいのか。そう信じているのならば、せめて根拠は示してほしい。
しかし、そこを深掘りすることなく3つ目の昔話が出てくる。
【日経の記事】
プーチン政権が誕生した2000年ごろ、橋本元首相に対ロ外交を優先課題とした理由を聞いたことがある。即答だった。
「北方領土を取り戻したいと思った。でもそれだけじゃない。米国や中国と交渉するにしても、ロシアという外交カードが1枚増える意味は大きいんだ」
ロシアのウクライナでの蛮行は決して許されない。安倍政権の対ロ外交に期待してきた自民党幹部は「様々な努力もすべて水泡に帰した。仕方がない」と話す。日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない。
◎またもや要らない昔話が…
「2000年ごろ、橋本元首相に対ロ外交を優先課題とした理由を聞いた」というのも要らない昔話だ。この話を飛ばして「自壊する帝国の悲哀を味わったロシアは、強権的な行動を積み重ねていく」から最後の段落につなげてみてほしい。何の問題もないと分かるはずだ。
前後の話と関連が乏しい「浮いたエピソード」になってしまっている。どうしても昔話がしたかったのか。行数稼ぎのためなのか。いずれにしても感心しない。
そして結論が辛い。「日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない」という誰でも言えるような凡庸で当り障りのない結びとなっている。
こんな結論を導くために3つも昔話を持ち出したのか。だから「運河に並んだロシア国旗」という主張の見えない見出しになっているのだろう。見出しを付けた担当者の苦心がうかがえる。
「コラムを書く時には結論から考えよう。自分は何を訴えたいのか。それは独自性のあるものなのか。そこをしっかり検討した上で、結論に説得力を持たせるのに役立つ材料を選ぼう」
坂本編集委員にはそう助言したい。ウクライナ問題を取り上げたいという出発点は悪くない。そこでいくつも昔話を思い付いたのだろう。「昔話を並べて、適当に結びを考えればコラム一丁上がり」といった意識で記事を書いていないか。そういう考え方ではレベルの高いコラムにはならない。
「そうは言われても『日本は自ら防衛力を高め、米国や友好国との絆を太くするしか今は道がない』くらいのことしか主張が浮かんでこない」と感じるならば、そろそろ書き手としての引退を考えるべきだ。
※今回取り上げた記事「風見鶏~運河に並んだロシア国旗」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220320&ng=DGKKZO59255350Q2A320C2EA3000
※記事の評価はD(問題あり)。坂本英二編集委員への評価も暫定でDとする。
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