2018年9月30日日曜日

日経社説「無意識の偏見を克服しよう」に垣間見える「偏見」

女性活躍絡みで「無意識の偏見」を持ち出すと、おかしな話になりやすい。30日の日本経済新聞朝刊総合1面に載せた「『無意識の偏見』を克服しよう」という社説もそうだ。(1)本当に「無意識」なのか? (2)本当に「偏見」なのか--という疑問が拭えないし、社説の筆者の方に「偏見」を感じる記述もある。社説の中身を見ながら具体的に指摘したい。
グラバー園内の旧三菱第2ドックハウス(長崎市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経の社説】

働く女性の数は増え、仕事と子育ての両立支援も充実してきた。真の活躍につなげるうえで、欠かせないことがさらにある。「無意識の偏見」を克服することが、その一つだ。

無意識の偏見とは、誰もが気づかずに持っている、考え方、ものの見方の偏りのことだ。育った環境や経験などから培われたもので、必ずしも悪いものではない。だがときとしてそれが多様な人材の育成を阻害することがある

例えば「女性はリーダーに向いていない」「男性は常に仕事優先」などだ。管理職が先入観を持っていると、男性か女性かで部下への仕事の割り当てや期待のかけ方に違いが生じやすくなる。とりわけ育児期には最初から「女性は家庭が優先。負担の重い仕事はかわいそう」となりがちだ。



◎誰もが「偏見」を持ってる?

筆者の考えでは、誰もが「無意識の偏見」を持っていて、「それが多様な人材の育成を阻害することがある」という。しかし、そう断定できる根拠は示していない。仮に筆者が言うような因果関係があるとしても、立証はかなり難しそうだ。

無意識の偏見」の具体例として「女性はリーダーに向いていない」「男性は常に仕事優先」の2つを挙げている。

女性はリーダーに向いていない」に関しては、「偏見」とは限らない。「全ての女性はリーダーに向いていない」との考えは偏見かもしれないが「女性は男性に比べてリーダーに向いていない人が多い」との趣旨ならば、「偏見」ではない可能性も十分にある。何を以って適性を見るかでも結果は変わってくる。

男性は常に仕事優先」に関しては、そんな「偏見」を持っている人がいるのかとの疑問が湧く。「男性は総じて仕事優先」と思っている人はいるだろうが「男性は常に仕事優先」と信じている人は極めて稀ではないか。

育児期には最初から『女性は家庭が優先。負担の重い仕事はかわいそう』となりがち」なのも筆者にすれば「無意識の偏見」なのだろう。だが「女性は家庭が優先。負担の重い仕事はかわいそう」と考えているのであれば、それはもう「無意識」ではない。

そもそも、「育児期」の女性に「負担の重い仕事はかわいそう」と考えるのは「偏見」なのか。「生まれたばかりの子供を抱える女性の部下にもどんどん厳しい仕事をさせる。俺は偏見のない上司だから泊まり勤務もやらせるし、長期の海外出張にも何度も行ってもらう。覚悟しといてくれ」と言う人が正しいのか。

「私には無理です」と女性の部下が言ってきたら「それは君の中に巣くう『無意識の偏見』だ。一緒に克服しよう。厳しい仕事も必ずできるから」と説き伏せるべきなのか。

社説の続きを見ていこう。

【日経の社説】

一つ一つは小さなことでも、積み重なって女性の成長機会を奪い「自分は期待されていない」などと、意欲がそがれることがある。男性にとっても、管理職の思い込みが本意でないこともあろう。

大事なのは、誰もが無意識の偏見を持っていると自覚することだ。意識すれば慎重に判断できるようになる。属性ではなく一人ひとりにきちんと目を向けること、コミュニケーションを密にし、ときに背中を押すことも必要だ。


◎「意識すれば慎重に判断できる」?

大事なのは、誰もが無意識の偏見を持っていると自覚することだ。意識すれば慎重に判断できるようになる」との説明も納得できない。

例えば「背の高い人は仕事ができる」と判断してしまう「無意識の偏見」を持っている上司Aがいるとしよう。当然にこの「無意識の偏見」に気付いていない。しかし「誰もが無意識の偏見を持っている」とは自覚している。

この場合、Aが部下を評価する時に「無意識の偏見」を取り除いて「判断」できるようになるだろうか。外部からの働きかけがない限り、判断の歪みは修正できない気がする。A自身は「背の高い人は仕事ができる」という偏見が自分にあるとは全く思っていないのだから。

さらに続きを見ていこう。

【日経の社説】

一方、女性自身も「自分には管理職は無理だ」などと、最初から萎縮してしまうのは、良くない。これもまた、無意識の偏見の一つだ


◎それこそ「偏見」では?

この説明は明らかにダメだ。筆者の方に「偏見」を感じる。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
     ※写真と本文は無関係です

まず「自分には管理職は無理だ」との意識があるのならば「無意識」ではない。また、全ての人が「管理職」に向いている訳でもない。やらせてみたら悩み苦しんでうつ病になるケースもあるだろう。そういう人が「自分には管理職は無理だ」と言っていても「無意識の偏見」なのか。

人にはそれぞれ適性がある。管理職に向かない女性に対して「最初から萎縮してしまうのは、良くない」と決め付ける方が「偏見」だ。「案ずるより産むが易し」の人もいるだろうが、潰れてしまう人もいるはずだ。

社説の結論部分に移ろう。

【日経の社説】

日本企業の管理職に占める女性の比率は、まだ1割ほどだ。女性の育成・登用を着実に進めるには、職場をあげての意識改革が欠かせない。先駆的な企業の一つ、ジョンソン・エンド・ジョンソンは複数の研修を開いている。

少子高齢化が進む日本では、性別はもちろん、年齢、病気や障害の有無などにかかわらず、誰もが自分の力を発揮できる環境を整えることが大切だ。多様な人材を生かす土壌をどうつくるか。誰もがまさに当事者として考えたい。



◎「1割」ではなぜダメ?

日本企業の管理職に占める女性の比率は、まだ1割ほどだ。女性の育成・登用を着実に進めるには、職場をあげての意識改革が欠かせない」と筆者は言い切るが、「1割」ではなぜダメなのか。

海外に比べて低いからなのか。だとすれば、なぜ海外に追い付く必要があるのか。

それとも政府が比率を引き上げようと言っているからなのか。この場合、なぜ政府の方針に同調すべきなのかが知りたい。

例えば「『1割』を『3割』に引き上げると日本人の幸福度が大幅に向上する」と言えるのならば、頑張って引き上げたい。「女性管理職比率が100%になれば、日本の抱えるあらゆる問題が解決する」といった関係が成り立つのならば、100%への引き上げにも大賛成だ。

しかし、「海外より低いから」とか「政府もそう言ってるから」では納得できないし、今回の社説のように根拠を示さず「まだ1割ほどだ」「意識改革が欠かせない」と訴えられても同意する気にはなれない。


※今回取り上げた社説「『無意識の偏見』を克服しよう
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180930&ng=DGKKZO35929050Z20C18A9EA1000


※社説の評価はD(問題あり)。

2018年9月29日土曜日

「60代日本人男性」を強引に悪く描く東洋経済「少数異見」

週刊東洋経済10月6日号に載った「少数異見~海外体験を楽しめない 内向きなシニア男性」という記事は、掲載に値しない内容だった。簡単に言えば「一緒に食事をした60代男性3人がダメな奴らだった」という話だ。しかし、それほどダメな感じもないし、そこから何かを学べる訳でもない。「個人的な体験を綴るな」とは言わないが、今回の内容は飲み屋で語る愚痴のレベルだ。
龍門の滝(大分県九重町)※写真と本文は無関係です

記事を順に見ながら、問題点を列挙してみたい。

【東洋経済の記事】

筆者の前回のコラムでアジアの喫煙事情を紹介し、東京の状況に少し疑問を呈したのだが、先日台北でこんな光景を目にした。日本の地方都市から台湾に旅行に来た60代の日本人男性3人と、台湾人数人(40〜80代の男女)との会食に交ぜてもらったところ、途中から日本人だけが何となくもじもじし始めた。日本人と長年付き合いのある台湾人企業家はすぐに気がつき、「ああ、たばこなら、レストランでは吸えないから、外へ出てください」と伝えた。

結局、このテーブルでたばこを吸うのはこの日本人の男性3人だけだった。その内の一人は、日本でたばこを吸う場所がいかに少なくなったかを会食中に力説し始めたので、皆が目を丸くした。台湾人が日本へ行けば、「公共の場所でまだこんなにたばこを吸っているのか」と感じるはずだから、この男性がいかに他国の事情を知らないかが知れ渡ってしまった



◎「他国の事情を知らないか」判断できる?

日本でたばこを吸う場所がいかに少なくなったかを会食中に力説し始めた」のを見て、「この男性がいかに他国の事情を知らないかが知れ渡ってしまった」と筆者の「東えびす」氏は断定している。しかし、その根拠が謎だ。

日本でたばこを吸う場所がいかに少なくなったか」を力説したからと言って、「他国の事情を知らない」とは言い切れない。「他国の事情を知らない」と判断できる発言が別にあるのならば、それを記事で紹介すべきだ。

さらに言えば、「この男性」が台湾の喫煙事情を知らないとしても、恥ずべきことでもないだろう。海外に行く機会が少ない人ならば、喫煙に関する「他国の事情を知らない」のは当たり前だ。知っておくべき常識とも思えない。

記事の続きを見ていこう。

【東洋経済の記事】

たばこだけではない。会食では、日本人の酒の飲み方は恐ろしいという声も耳にした。「ちゃんぽん」という日本語を聞くと、麺ではなく酒の飲み方を思い浮かべる台湾人もいる。台湾人企業家は「まずはビールで、次は日本酒や焼酎、飲み屋を替えればウイスキーでは、付き合うこちらは体がおかしくなるよ」とつぶやきながら、日本人たちにビールを勧め、それから高級ワインを出し、秘蔵のウイスキーまで取り出して歓待していた。



◎脱線してない?

このくだりは「60代の日本人男性3人」の問題から外れて「日本人の酒の飲み方」全般に話題が移っている。やや脱線気味だ。

そして、話は「60代の日本人男性3人」に戻ってくる。

【東洋経済の記事】

初めはおとなしくしていた、台湾は初めてという日本人たちは、酒が回り始めると別人のように饒舌(じょう ぜつ)になった。こちらに通訳を求めてくるのだが、その話の内容はほとんどが駄洒落(だ じゃ れ)か内輪話で、どのように通訳しても台湾人には伝わらない。日本語のできる台湾人女性はどう反応してよいかわからず、しきりにこちらに目配せしてくるが、当方にもいかんともしがたい



◎「いかんともしがたい」?

まず「内輪話」は「通訳」できるのではないか。
長崎大学(長崎市)※写真と本文は無関係です

さらに言えば「日本語のできる台湾人女性はどう反応してよいかわからず、しきりにこちらに目配せしてくるが、当方にもいかんともしがたい」との説明も納得できない。

「駄洒落や内輪話は通訳しても伝わりませんよ。日本語が分かる台湾人女性が困っているので、もう少し話の内容を考えてもらえませんか」と助言すればいいではないか。それをせずに、後であれこれ不満を記事にする「東えびす」氏の姿勢の方に問題を感じる。

さらに続きを見ていく。

【東洋経済の記事】

テーブルには豪華な料理が並んでおり、台湾人は一つひとつ吟味して調理法などを議論していたが、日本人たちはあまり手をつけなかった。台湾料理に慣れていないのかと思って聞いてみると、「夜に酒を飲むとき、食べ物はつまみ程度でよい」という習慣だった。せっかく台湾まで来ているのに、その食事を味わうこともないのは惜しい。

宴もたけなわになった頃、日本人たちの会話ではしきりにカラオケが話題となり、「さあ、行くぞ」という雰囲気が満ちていた。台湾に行ったら、台湾料理と酒を食らい、その後はカラオケ。何だか30年前の台北を思い出し、時間が止まったような感覚になる。



◎結局、何が問題?

60代の日本人男性3人」について「東えびす」氏はあれこれと不満を述べるが、特に目立った問題は見当たらない。

(1)「日本でたばこを吸う場所がいかに少なくなったか」を力説した

(2)「駄洒落」や「内輪話」を通訳するように求めてきた

(3)出された台湾料理にあまり手を付けなかった

(4)食事の後にカラオケを楽しんだ


東えびす」氏の好みではないかもしれないが、「60代の日本人男性3人」の「発言や振る舞い」はごく普通だ。

これを踏まえて、記事の最後の段落を見ていこう。

【東洋経済の記事】

別にこの日本人男性たちを批判するつもりはないが、ステレオタイプの日本人は久しぶりに見た。国際社会を生きる今の若者たちには、こうした世代を反面教師とし、海外での発言や振る舞いに十分注意を払ってほしい。(東えびす)



◎偏見では?

別にこの日本人男性たちを批判するつもりはないが」という説明がまずおかしい。どう見ても「この日本人男性たちを批判」している。

「あなたはステレオタイプの日本人で、知っておくべき他国の事情をよく知らないんですね。今の若者には、あなたを反面教師にしてほしいです。でも、これはあなたへの批判ではありませんよ」と言われたら「東えびす」氏はどう感じるのか。「確かに批判ではないな」と納得できるのか。

問題はそれだけではない。「60代の日本人男性3人」と接した経験から「こうした世代を反面教師とし、海外での発言や振る舞いに十分注意を払ってほしい」と「世代」全体に話を広げるのは飛躍が過ぎる。

仮に「東えびす」氏が接した「60代の日本人男性3人」に問題があるとしても、そこから「こうした世代」に問題があると結論付けるのは早計だ。サンプル数が少な過ぎる。この手の主張は「偏見」になりやすいので注意が必要だ。「世代」全体を「反面教師」とすべきだと主張するのならば、統計的に有意な根拠が要る。

東えびす」氏に「少数異見」の筆者を任せ続けるべきか、東洋経済の編集部はよく検討すべきだ。


※今回取り上げた記事「少数異見~海外体験を楽しめない 内向きなシニア男性
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018100600


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2018年9月28日金曜日

農産物の「自由貿易」は望まない日経 藤井彰夫編集委員の矛盾

日本経済新聞は「自由貿易」の重要性を説くのが好きだ。しかし、実際には「自由貿易」の実現など望んでいないのだろう。28日の朝刊1面に藤井彰夫編集委員が書いた「日本は複眼の通商戦略を」という解説記事を読むと、そう思える。
グラバー園(長崎市)※写真と本文は無関係です

記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

反グローバル主義を公然と唱え、同盟国に安全保障を理由に高関税をかけようとする米大統領。関税引き上げ合戦を繰り広げる米中という世界第1と第2の経済大国。数年前は考えられなかった出来事が1年足らずで次々と現実となった。

「貿易戦争」を憂えてばかりいてもしかたがない。日本は新たな現実を見据え、したたかな戦略を描くときだ

日米首脳は26日、新貿易交渉入りで合意した。日本としては「自動車への追加関税の発動猶予」「農産物関税下げは環太平洋経済連携協定(TPP)の水準まで」という確認をしたことで、最悪の事態は回避した


◎農産物の「自由貿易」は回避したい?

農産物関税下げ」が「環太平洋経済連携協定(TPP)の水準」を超えるのは「最悪の事態」だと藤井編集委員は認識しているようだ。これは解せない。「自由貿易」が大事と訴えるならば「農産物関税下げ」と言わずに関税撤廃を求めるのが筋だ。

ついでに言うと「同盟国に安全保障を理由に高関税をかけようとする米大統領」という表現も引っかかる。まだ「高関税」をかけてはいないとも取れるが、鉄鋼とアルミニウムではすでに「同盟国に安全保障を理由に高関税をかけ」ているはずだ。読者に誤解を与える書き方と言える。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

米国のTPP復帰が最善だが、トランプ氏の翻意は絶望的だ。ならば危機管理としての2国間協議はやむを得ない

問題はその先だ。米国が求めるのは2国間の赤字削減の成果。韓国やメキシコとの交渉でも数量規制など管理貿易の手法をいとわなかった。日米協議では将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ



◎どんな「戦略」を描くべき?

日本は新たな現実を見据え、したたかな戦略を描くときだ」と藤井編集委員は言う。そして「2国間協議はやむを得ない」「問題はその先」「日米協議では将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ」と続ける。

しかし、具体的にどんな「戦略を描く」べきかは教えてくれない。藤井編集委員にも策はないのだろう。それで「したたかな戦略を描くときだ」と訴えても説得力はない。

将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ」という書き方も引っかかる。「将来に禍根を残さない管理貿易ならば容認できる」との含みがあるのか。それとも「管理貿易は将来に禍根を残すから回避すべきだ」との趣旨なのか。この辺りは明確に書いてほしかった。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

日米問題が一段落しても、世界を覆う貿易戦争の懸念が晴れるわけではない。時代錯誤にみえるトランプ氏の言動に惑わされがちだが、通商摩擦は世界経済の新たな現実を反映する面もある。

自由貿易、グローバル経済のいいとこ取りをしながら経済大国になった中国。国家資本主義で突き進む中国が、第4次産業革命で優位に立ち、米国の経済覇権を脅かすのではないか。こうした危機感はトランプ氏だけでなく、米議会、有識者にも共有され始めている。

米中の経済冷戦が激しくなれば、グローバルサプライチェーンが破壊され、日本企業にも悪影響は及ぶ。日本は、米中摩擦を多国間による解決に導く貢献をすべきだ。



◎今はまだ「経済冷戦」?

米中の経済冷戦」という表現が引っかかる。「関税引き上げ合戦を繰り広げる米中」と藤井編集委員は書いていた。なのに「経済冷戦」なのか。だとすれば「貿易戦争(あるいは経済戦争)」における“武力行使”とは何を指すのか。既に「熱い経済戦争」ではないのか。

「本当の武力行使ではないから『経済冷戦』」と言うのならば、「貿易戦争」は常に「冷戦」になってしまう。上記のくだりでは、普通に「米中の貿易戦争が激しくなれば」と書けば済む気がする。

世界を覆う貿易戦争の懸念が晴れるわけではない」とも書いているので、藤井編集委員は「まだ貿易戦争にはなっていない」と判断しているのかもしれないが…。

記事の終盤にも注文を付けておく。

【日経の記事】

中国の知的財産権侵害やデジタル保護主義への懸念は日欧も共有している。25日に日米欧の通商閣僚が、中国を念頭に世界貿易機関(WTO)改革で合意したのは重要な一歩だ。

安倍晋三首相は国連演説で自由貿易を守る旗手になると宣言した。それには機能する多国間の枠組みが重要だ。米国とうまくつきあいながら、自由な多国間主義を守る。日本には複眼志向の通商戦略が欠かせない。



◎矛盾してない?

自由貿易を守る旗手になる」には「機能する多国間の枠組みが重要だ」と藤井編集委員は訴える。そもそも「自由貿易」は実現していないので「守る」も何もないと思うが、取りあえず「自由貿易を守る」には「自由な多国間主義を守る」べきだとしよう。

ところが「危機管理としての2国間協議はやむを得ない」とも書いている。ならば「多国間主義」は捨てたと考えるべきだ(「自由な」が何を意味するのかはよく分からないが…)。

そもそも日本は2002年にシンガポールとEPA(経済連携協定)を締結するなど、「多国間主義」にはこだわっていない。「日本は複眼の通商戦略を」と見出しにも取っているが「二国間と多国間の『複眼』で通商戦略を」という趣旨なら、ずっと前からそうしているのではないか。


※今回取り上げた記事「日本は複眼の通商戦略を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180928&ng=DGKKZO35857800Y8A920C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。藤井彰夫編集委員への評価もCを据え置く。藤井編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現状は「自由貿易体制」? 日経 藤井彰夫編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html

北欧訪問の意味がない日経 藤井彰夫論説委員「中外時評」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_12.html

2018年9月27日木曜日

日経 竹内康雄記者はトランプ氏の主張を「ご都合主義」と言うが…

27日の日本経済新聞朝刊総合2面に載った「トランプ氏『米国第一』に猛進 国連演説 選挙・醜聞で強硬色/中国に譲れぬ覇権」というトップ記事に、竹内康雄記者が解説記事を付けている。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
      ※写真と本文は無関係です

ご都合主義では流れ止められず トランプ氏『グローバリズムを拒絶』」との見出しを付けたその記事では、トランプ氏に関して「グローバル化を拒絶するご都合主義はだれも受け入れないだろう」と結んでいるものの、メインの記事と話が食い違っている。

メインの記事(筆者は永沢毅記者)では以下のように説明している。

【日経の記事】

トランプ氏は演説で「海外援助は米国に敬意を払う者にしかやらない」と指摘したが、裏を返せば米国に余裕がなくなった証左でもある。こうした考えを米国民の多くも受け入れ始めている。

「16年の大統領選で米国民は腐敗したグローバリズムを拒絶する選択をした。私は米国の大統領であって地球の大統領ではない」。国連総会に先立つ20日、ネバダ州での政治集会での演説で、トランプ氏がこう訴えると会場からは大きな拍手がわいた



◎それなりの「支持者」はいるのでは?

少なくとも「グローバル化を拒絶する」姿勢には、それなりの支持がありそうだ。永沢記者もそう書いている。メインの記事と解説で整合性の問題が生じないように作ってほしかった。今回の場合、竹内記者の解説記事に問題がありそうだ。

付け加えると、この解説記事では何を以って「ご都合主義」と言っているのか分かりにくい。問題のくだりを見てみよう。

【日経の記事】

トランプ氏は環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、鉄鋼・アルミの輸入制限に続き自動車関税の引き上げを打ち上げた。急激にビジネスの舞台が世界に広がった今、世界で最も権力のある米大統領でもこの動きを止められない。

象徴するのが企業行動だ。トランプ氏は国際的な温暖化対策の枠組み「パリ協定」からの離脱を決めたが、米自治体や企業が独自にパリ協定を順守すると相次ぎ表明。最近ではエクソンモービルなど米国の石油大手も欧州企業などと気候変動リスクへの対策に動き始めた。トランプ氏が規制を訴える移民問題でもグーグルなどIT巨人は世界中で人材を集める。

中国の知的財産権侵害への対応など、トランプ氏の不満に理はある部分もある。しかしトランプ氏が批判する国連や世界貿易機関(WTO)は、地球規模の課題を解決する国際社会の知恵だ。米国も恩恵を受ける立場であり、米国の企業や自治体が政府の方針に反して行動するのはもっともだ。グローバル化を拒絶するご都合主義はだれも受け入れないだろう



◎そこそこ一貫しているような…

ご都合主義」とは「定見を持たず、その時、その場の都合や成り行きで、どのようにでも態度を変えること」(デジタル大辞泉)だ。トランプ氏が一貫して「グローバル化を拒絶」している場合、「ご都合主義」とは言い難い。

国連や世界貿易機関(WTO)」から「恩恵を受け」ている立場なのに、それらを「批判する」のは「ご都合主義」だと竹内記者は訴えたいのかもしれない。しかし、恩恵を与えてくれる相手を一貫して批判しているのならば、「恩知らず」かもしれないが「ご都合主義」ではない。

そもそも「グローバル化を拒絶するご都合主義」という書き方がおかしい。本当に「ご都合主義」ならば「グローバル化を拒絶したり受け入れたりするご都合主義」「選挙前になると急にグローバル化を拒絶するご都合主義」などとなるはずだ。

トランプ氏に「ご都合主義」の面がないとは言わない。ただ、今回の記事では「ご都合主義」だと納得できる材料を提示できていない。


※今回取り上げた記事「ご都合主義では流れ止められず トランプ氏『グローバリズムを拒絶』

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180927&ng=DGKKZO35797900W8A920C1EA2000


※記事の評価はD(問題あり)。竹内康雄記者への評価はDで確定とする。竹内記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

2018年9月26日水曜日

「労働生産性は先進国最下位」に関する日経ビジネスの回答

日本の労働生産性は先進国最下位」との説明は誤りではないかとの指摘に対して、日経ビジネス編集部から回答が届いた。回答に1週間以上を要したが、内容に大きな問題はない。問い合わせと回答はそれぞれ以下の通り。
浦上天主堂(長崎市)※写真と本文は無関係です



【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 古川湧様 広田望様 津久井悠太様

9月17日号の特集「凄い生産性アップ 人を動かす科学と技術」の中の
Prologue~社員のやる気は それじゃ湧かない 昇給、昇進、飲み会、運動会……」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

日本生産性本部は17年12月、16年の日本の労働生産性がまたしても主要7カ国(G7)中最下位を記録したと発表した(経済協力開発機構=OECDのデータで日本の時間当たり労働生産性は46ドル)。データが取得可能な1970年以降の46年間、先進国最下位から一度も抜け出せていない

主要7カ国(G7)中最下位」だとしても「先進国最下位」とは言えません。「日本生産性本部」の資料でも、「日本の労働生産性」は先進国の一角をなすニュージーランドを上回っています。

このことは2018年1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」でも指摘しました。「先進国中で最下位──。各種の統計が示すように、日本の産業全体の生産性は極めて低いと指摘されている」との記述に関して、「『先進国中で最下位』とするのは誤りではないかと問い合わせたところ「グラフのタイトルで明示したように、日本の生産性は主要7カ国で最下位で、冒頭リード文で『主要先進国で最下位』と記しましたが、本文中では読者の混乱を招きかねない表現になっていたこと、頂戴したご指摘を踏まえ、今後の編集作業の参考とさせて頂きます」との回答を頂きました。

今回もほぼ同じパターンです。改めて問います。「日本の労働生産性」が「データが取得可能な1970年以降の46年間、先進国最下位から一度も抜け出せていない」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、日本より下位にニュージーランドがいることをどう理解すればよいのか教えてください。

せっかくの機会なので、今回の特集に関する疑問を他にもいくつか挙げてみます。

<今のままではなぜダメなのですか?>

まず「なぜ生産性を上げる必要があるのか」を抜きに「生産性を上げるにはどうすれば良いのか」を論じているのが気になりました。特集では「豊かな日本では、粉骨砕身で働かなくてもそれなりの暮らしが保証される」とも書いています。この見方に同意はしませんが、仮にそうした状態にあるのなら、今のままでも良さそうです。

時間当たり労働生産性」で見れば日本はOECD加盟35ヵ国中20位です。世界全体では上位に入ると推測できます。OECD加盟国中20位だとなぜ問題なのかが知りたいところです。

G7の中では最下位なのでしょうが、日本生産性本部によると日本は「英国(52.7ドル)やカナダ(50.8ドル)をやや下回るあたりに位置している」そうです。つまりG7の中で特に劣後している訳でもありません。

時間当たり労働生産性」が「46ドル」ではなぜダメなのでしょう。そして、どこを目指せば良いのでしょうか。G7で6位ですか。それとも世界1位ですか。あるいは「時間当たり労働生産性で100ドル」ですか。


<説明になっていますか?>

次に以下のくだりを取り上げます

この労働生産性の国際基準をもって『日本の生産性が低い』とするロジックには、専門家から反論が多いのも事実。簡単に言えば、『国際比較で用いる労働生産性の計算式、GDP(国内総生産)÷労働量では、生産性の実態を正確に把握できない』という主張で、『だから日本人の働き方は非効率ではない』との指摘もある

これは説明になっていないと思えます。「国際比較で用いる労働生産性の計算式、GDP(国内総生産)÷労働量では、生産性の実態を正確に把握できない」と言える根拠を「簡単」でもいいので説明しないと、「労働生産性の国際基準」にどんな問題があるのか把握できません。


<「生産性の低さ」を示していますか?>

次は以下の記述です。

ただ、たとえそうだとしても、日本企業の生産性の低さを示す指標は労働生産性だけではない。例えば有給消化率。大手旅行サイト運営の米エクスペディアによる国際調査では、2017年の日本の有給消化率は約50%で、2年連続で世界30カ国中、最下位だった。また、OECDが公開するデータベースによると、日本人の1日の平均労働時間(最新集計値)は363分と調査対象31カ国中最長。男性だけで見れば毎日452分も働いている。働き方改革が叫ばれた後も残業時間は減らず、厚労省の毎月勤労統計によれば、17年は12カ月連続で『所定外労働時間』が前年を上回り続けた。『働き方改革は不発だった』といわれても仕方がない現状だ

生産性」の意味を調べると「生産のために投入される労働・資本などの生産要素が生産に貢献する程度。生産量を生産要素の投入量で割った値で表す」(大辞林)と出てきます。「有給消化率」や「平均労働時間」は「(日本の)生産性の低さを示す指標」とは言えないのではありませんか。

有給消化率」が低くても、「平均労働時間」が長くても、生産性は高くなり得ます。「生産要素の投入量」に対して「生産量」が多ければ良いのです。一方、「有給消化率」が100%で「平均労働時間」が短くても、何も「生産」しなければ「生産性」はゼロです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

お返事お待たせして大変申し訳ありませんでした。いつもご愛読いただき、ありがとうございます。この度お寄せいただいたご意見に回答いたします。

【1】「日本の労働生産性」が「データが取得可能な1970年以降の46年間、先進国最下位から一度も抜け出せていない」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、日本より下位にニュージーランドがいることをどう理解すればよいのか教えてください。

ご指摘いただいた表現の直前で「主要先進7カ国」と記載しておりますので、表現の重複を防ぐ目的で主要先進7カ国を「先進国」と表現いたしましたが、正確には「主要先進7カ国」と表現すべきでした。ご指摘の通り、2018年1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」で頂いたご指摘と同じパターンでございます。ご指摘以来、編集部内の情報共有と校閲作業を強化してまいりましたが、遺憾ながら同様の事態の発生に至ってしまいました。今後はさらに一段と編集部内の情報共有と校閲作業を強化し、読者の混乱を招きかねない
表現を排除するよう努めてまいります。

【2】今のままではなぜダメなのですか?

ご指摘を受けて、特集班も強い関心を持ちました。今後、日本及び日本企業が今後も活力を維持していく上で、日本の人口や経済規模から見て目指すべき「時間当たり労働生産性」はどのレベルなのか、世界何位を目指すべきなのか、今後の視点の一つとさせていただきたいと思います。貴重なご意見有難うございました。

【3】労働生産性の国際基準にどんな問題があるのか把握できません。

誌面スペースの都合もあり割愛しましたが、ご指摘の通り、どんな問題があるのか詳細を誌面にて知りたいとのご要望もあるかと思います。これにつきましても、今後の視点の一つとさせていただきます。重ね重ね、貴重なご意見有難うございました。

【4】「有給消化率」や「平均労働時間」は「(日本の)生産性の低さを示す指標」
とは言えないのではありませんか。

「仕事の効率」という意味で「生産性」という言葉を使用しましたが、ご指摘の通り、辞書にある生産性の定義とは厳密には異なり、読者の混乱を招きかねない表現でした。これにつきましても、今後、編集部内の情報共有と校閲作業を強化し、読者の混乱を招きかねない表現を排除するよう努めてまいります。

以上を持ちまして、ご意見への返答とさせていただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。


◇   ◇   ◇

日経ビジネスの今後に期待したい。


※今回取り上げた特集「凄い生産性アップ 人を動かす科学と技術
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/091101074/?ST=pc


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「労働生産性は先進国最下位」とまた間違えた日経ビジネス
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_10.html

2018年9月25日火曜日

日経「ANA、エアビーなど9社と連携」に見える「騙し」

日本経済新聞の企業ニュース記事に関して「日曜や休み明けは出来が悪くなりやすい」「『本格』の文字を見つけたら要注意」「『when』がやたらと抜ける」などと繰り返し指摘してきた。25日の朝刊企業面に載った「ANA、民泊でマイル エアビーなど9社と連携」という記事には、これらの要素が全て詰まっている。
平和公園の平和祈念像(長崎市)
       ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

ANAホールディングス(HD)は、民泊などシェアリングの利用を通じてマイルがたまるサービスを本格展開する。民泊大手エアビーアンドビーなど9社と連携し、旅先での宿泊やカーシェアと航空便を組み合わせて予約することを促す。シェアリングを通じて地方都市への誘客と国内線の利用拡大につなげたい考えだ

民泊のほかペット向け民泊、個人間のカーシェア、撮影機材のシェアリングなどを手掛けるスタートアップなどと連携する。ANAが各種シェアリングサービスを紹介するウェブサイトを開設し、同サイト経由で予約をすると200円に付き1マイルを付与する。一部企業とはすでにマイル分野で連携を始めているが、クーポンの配布などと合わせて利用を促進する。

民泊の解禁などにより、パッケージツアーではなくこれまでと違った宿泊や体験を好む個人客が増えている。マイルを通じてシェアリングサービスに関心がある顧客を囲い込む。

一方、大都市圏への人口集中や少子高齢化、格安航空会社(LCC)の台頭などにより、将来的に航空大手は国内線の利用減が懸念されている。地方への誘客につながるシェアリングサービスと連動させることで国内線利用の需要を喚起したい考えだ

◇   ◇   ◇

記事の問題点を列挙してみる。


(1)いつから「本格展開」?

ANAホールディングス(HD)は、民泊などシェアリングの利用を通じてマイルがたまるサービスを本格展開する」と打ち出しているのに、いつから「本格展開する」のかは最後まで読んでも分からない。「各種シェアリングサービスを紹介するウェブサイトを開設」するのならば、その時期を書けば済む。決まっていないならば、そう伝えるべきだ。


(2)新たにどこと「連携」?

民泊大手エアビーアンドビーなど9社と連携」と書いた後で「一部企業とはすでにマイル分野で連携を始めている」とも述べている。ならば、今回の「本格展開」で連携」先が何社増えて、それがどの企業なのかがこのニュースの肝だ。なのに、そこをボカしている。

唯一企業名が出てくる「エアビーアンドビー」でさえ新たに加わるのかどうか判断できない。「ペット向け民泊、個人間のカーシェア、撮影機材のシェアリングなどを手掛けるスタートアップなどと連携する」と書いて具体名を出さないのも感心しない。

最後の段落のような背景説明よりも「連携先は何社増えるのか」「どの企業と連携するのか」の方が重要だ。

そこに触れていないのは、書き手の力量がないのか。それとも後ろめたい部分があるのか。

ちなみに「エアビー、民泊+航空券で日本開拓 全日空とサイト」という2017年11月7日付の日経の記事では「(全日空とエアビーが共同運営する)サイトを通じてエアビーの宿泊先に泊まると、宿泊料金に応じて最大200マイルがたまる」と報じている。

この「連携」が今も続いているのならば、「一部企業とはすでにマイル分野で連携を始めている」という話は「エアビーアンドビー」を含むのだろう。なのに、それを明らかにせず記事を書き、見出しでも「エアビーなど9社と連携」と打ち出したとすれば、読者を騙していると言われても仕方がない。


(3)同じ話をなぜ繰り返す?

シェアリングを通じて地方都市への誘客と国内線の利用拡大につなげたい考えだ」と最初の段落で書いているのに、「地方への誘客につながるシェアリングサービスと連動させることで国内線利用の需要を喚起したい考えだ」と同じような話が最後にまた出てくる。

意味のない繰り返しであり、紙面の無駄遣いだ。実質的な情報量がどんどん少なくなってしまう。企業報道部のデスクは何も注意しないかもしれないが、プロと呼ぶに値する書き手を目指すならば、この手の繰り返しは避けるべきだ。


※今回取り上げた記事「ANA、民泊でマイル エアビーなど9社と連携
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180925&ng=DGKKZO35693850U8A920C1TJC000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2018年9月24日月曜日

「女性への成績操作 統計学から類推」に無理がある川口大司東大教授

週刊ダイヤモンド9月29日号に載った「数字は語る~統計学から類推 医学部受験での女性への成績操作」という記事は根拠に欠ける内容だった。「男女の間での合格率の差の一部は、女性の方が入試のハードルが高く設定されていたことによるものと類推されるのではないか」と筆者の川口大司氏(東京大学大学院経済学研究科教授)は述べているが、因果関係があると「類推」した理由を示していない。
高崎山自然動物園(大分市)※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。

【ダイヤモンドの記事】

仮に医学部が男女の受験生を差別なく取り扱っているとすると、入学後の平均的学力には男女差がないと予想される。そこで卒業時の学力を示すと考えられる医師国家試験における男女の合格率を見てみよう。

平成30年の医師国家試験の合格率は男性89.1%に対して女性は92.2%である。この数字の差はさほど大きくないと思われるかもしれないが、誤差の範囲といえるだろうか。

受験者が男性6685人、女性3325人であったという情報を合わせると、二項分布の平均値の差の検定を行うことができる。男性と女性の合格率の差は偶然生まれたものであるという仮説に対して、統計的検定を行ってみると、「t値はマイナス5.155、両側検定・有意水準1%で帰無仮説(きむかせつ)を棄却」ということになる。つまり、医師国家試験の合格率は女性の方が高いのである男女の間での合格率の差の一部は、女性の方が入試のハードルが高く設定されていたことによるものと類推されるのではないか



◎どこから「入試のハードル」が出てきた?

男性と女性の合格率の差は偶然生まれたものである」可能性が低いことは「統計的検定」によって確認できたのだろう。問題はその後だ。特に根拠を示さずに「男女の間での合格率の差の一部は、女性の方が入試のハードルが高く設定されていたことによるものと類推されるのではないか」と書いている。

そう「類推」しただけだと言われれば、それまでだ。ただ「統計学から類推」とは言い難い。川口氏が紹介した「統計的検定」は合格率の男女差が偶然かどうかを示しているだけで、「女性の方が入試のハードルが高く設定されていたことによるものと類推」できる材料は示していない。

例えば「医学部の女子学生は入学後に男子学生より真面目に勉強する傾向がある」とすれば、それが原因で「合格率の差」が生じているのかもしれない。「入試のハードル」が影響している可能性を排除はできないが、他の原因候補に比べて有力だと判断する理由も見当たらない。

川口氏の分析は、受験時の学力と「医師国家試験」の点数に強い相関関係があるとの前提に基づいている(ある程度の相関関係はありそうだが…)。しかし、受験時の難易度が最も高いとされる東京大学医学部の「医師国家試験」合格率は90%で、大学別で見ると51位に当たるようだ。

ちなみに、偏差値で東大を大きく下回る浜松医大の合格率は96%。両大学の合格率の差が統計的に有意と判断できる場合、「東大医学部では裏口入学で学力の低い学生を入学させているのではないか」と「類推」すべきだろうか。可能性の1つとして考慮するのは構わないが、有力候補とするには何か根拠が必要だ。

ついでに記事の書き方に2つ注文を付けておきたい。

◎「統計的検定」なしでも同じでは?

統計的検定」の結果を紹介した後で「つまり、医師国家試験の合格率は女性の方が高いのである」と結論付けている。そう言われると「『統計的検定』をしなくても分かっていることでは?」と聞きたくなる。「合格率は男性89.1%に対して女性は92.2%」と川口氏も書いている。

つまり、女性の医師国家試験合格率が高いのは偶然とは考えにくいのである」と伝えたかったのかもしれないが、そうは説明していない。


◎もう少し噛み砕いた方が…

これはダイヤモンド編集部の担当者の責任も大きいが「t値はマイナス5.155、両側検定・有意水準1%で帰無仮説(きむかせつ)を棄却」が何を意味するのかはもう少し丁寧に説明してほしい。それが無理ならば、ここは省いていい。

ダイヤモンドの読者の知的水準は平均より高いとは思う。それでも「t値はマイナス5.155、両側検定・有意水準1%で帰無仮説(きむかせつ)を棄却」と言われて、しっかり理解できる人は稀だろう。


※今回取り上げた記事「数字は語る~統計学から類推 医学部受験での女性への成績操作
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/24575


※記事の評価はD(問題あり)。川口大司 東京大学大学院経済学研究科教授への評価も暫定でDとする。

2018年9月23日日曜日

空飛ぶクルマ開発「法人化」済みでは? 東洋経済 冨岡耕記者に問う

最初は「有志で空飛ぶクルマを造ろう」という発想だったものの、話が大きくなるにつれてビジネス色が強まってきた。「空飛ぶクルマ開発活動”CARTIVATOR”(カーティベーター)」を取り巻く状況は、そんなところではないか。なのに、「企業人有志が手弁当で挑む」という当初のストーリーをカーティベーター側は捨て切れないし、記者もそれに合わせて記事を書いてしまった--。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です

推測ではあるが、週刊東洋経済9月29日号に載った「産業リポート~“空飛ぶクルマ”の夢実現へ 企業人有志が手弁当で挑む」という記事には、そんな事情が透けて見えた。でなければ「空飛ぶクルマ実用化に向け『株式会社 SkyDrive』を設立する」とまで発表しているのに、カーティベーターの福澤知浩氏が「非営利団体にこだわっている」と発言する理由が理解できない。

東洋経済編集部には以下の内容で問い合わせを送った。


【週刊東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 編集部 冨岡耕様

9月29日号の「産業リポート~“空飛ぶクルマ”の夢実現へ 企業人有志が手弁当で挑む」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは有志団体カーティベーターの福澤知浩氏の発言を紹介した以下のくだりです。

『法人化しないのかとよく言われるが、カーティベーターに来るのは勤務先でも第一線で活躍している人ばかりで辞められない。だからこそ誰もが参加しやすい非営利団体にこだわっている。日本中の知恵や支援を集めたオープンネットワークの形で進めていきたい』と言い切る

ここからは「カーティベーターは法人化していないし、その意思もない」と読み取れます。しかし、カーティベーターのサイトで2018年3月22日付の「CARTIVATOR、パナソニックからの支援が決定 −2020年の世界披露を目指し、空飛ぶクルマの開発を加速−」というタイトルのニュースリリースを見ると、「日本発の空飛ぶクルマ開発活動”CARTIVATOR”を運営する一般社団法人CARTIVATOR Resource Managementは、今回新たにパナソニック株式会社(以下、パナソニック)からの支援を受けることが決定したことをお知らせします」と出てきます。

これが事実ならば「日本発の空飛ぶクルマ開発活動”CARTIVATOR”」は「一般社団法人CARTIVATOR Resource Management」という「法人」が運営しています。パナソニックから支援を受けるのもこの「一般社団法人」です。

さらに8月30日付の「株式会社SkyDrive設立のお知らせ」というニュースリリースもあります。そこには「CARTIVATORは、有志団体による活動と平行して、2020 年以降の空飛ぶクルマ実用化に向け『株式会社 SkyDrive』を設立する運びとなりました」と書いてあります。

空飛ぶクルマ開発活動”CARTIVATOR”」は「法人化」されているのではありませんか。「法人化」されていないのならば、なぜ「一般社団法人CARTIVATOR Resource Management」がパナソニックから支援を受けるのでしょうか。

しかも「空飛ぶクルマ実用化に向け」株式会社の設立を決め、採用活動もしているようです。これで「非営利団体にこだわっている」と言えるでしょうか。

記事では福澤氏のコメントを忠実に再現しているのかもしれませんが、その内容は実態と大きく乖離している可能性が高そうです。

記事中で冨岡様は「カーティベーター」に関して「23年に市販化し、27年に先進国、30年に新興国での量産を開始することも視野に入れている」と書いています。法人化の意思がなく「非営利団体にこだわっている」のに「市販化」や「量産」を「視野に入れている」ことを疑問に思わなかったのですか。

有志団体」が消えてしまったとは言いません。ただ、「カーティベーター」のプロジェクトは「法人化」され「法人」主導で進んでいると理解すべきではありませんか。

付け加えると、福澤氏の肩書にも問題があります。記事では「一般社団法人CARTIVATOR Resource Management」には全く触れていません。「有志団体「カーティベーター」(CART!VATOR)」の説明の中で「代表理事を務める31歳の福澤知浩」と紹介しています。

しかし、ニュースリリースなどでは福澤氏は「一般社団法人CARTIVATOR Resource Management」の「代表理事」となっています。一方、「CARTIVATOR」の代表としては中村翼氏の名前がニュースリリースに出ています。福澤氏を「有志団体「カーティベーター」(CART!VATOR)」の「代表理事」とした記事の説明は誤りではありませんか。

問い合わせは以上です。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「産業リポート~“空飛ぶクルマ”の夢実現へ 企業人有志が手弁当で挑む
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018092900


※記事の評価はD(問題あり)。冨岡耕記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。冨岡記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済「GMS撤退戦が始まる」に足りない分析
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/10/blog-post_22.html

2018年9月22日土曜日

大西康之氏の問題目立つFACTA「盗人に追い銭 産業革新機構」

ジャーナリストの大西康之氏が書く記事は相変わらず問題が多い。FACTA10月号の「盗人に追い銭『産業革新機構』」という記事でも、おかしな説明が目立った。誤った報道をした自分の責任は果たそうとしないのに他者の責任には厳しいのも大西氏の難点だ。

姫島(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

FACTAに送った問い合わせの内容は以下の通り。

【FACTAへの問い合わせ】

大西康之様  FACTA 主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集長 宮﨑知己様

10月号の「盗人に追い銭『産業革新機構』」という記事についてお尋ねします。質問は以下の5つです。

◇質問その1~「事業会社を公的資金で救済した例」はあるのでは?

記事の中で大西様は「初代・産業再生機構が設立されたのは03年4月。ここが『再生マフィア』の出発点である。それまで事業会社を公的資金で救済した例はなく、その是非が問われた」と説明しています。

しかし、水俣病の原因企業であるチッソは1970年代に「公的資金で救済」されています。水俣市立水俣病資料館の資料では当時の状況を以下のように記しています。

昭和47年(1972)ごろから、水俣病認定申請が増加し始めたのにともない、認定患者も増加し、チッソは補償金の支払いと、石油危機などによる不況のため経営が苦しくなり、昭和52年度(1977)末の決算では、累積赤字が364億円余に上り、同社の経営の現状では、補償金の支払いに支障を生ずる恐れがある事態となっていました。そこで、これに対処するため、国では昭和53年(1978)6月20日に『水俣病対策について』の閣議了解が行われました。この閣議了解の中で、チッソに対する金融支援措置として、原因者負担の原則を堅持しつつ、水俣病患者に対する補償金の支払いに支障が生じないように配慮するとともに、あわせて地域の経済・社会の安定に資するために、熊本県が県債を発行して、チッソに貸し付け、補償金の支払いに充てることなどが決定されました

公的資金によるチッソ救済は広く知られた話です。これは明らかに「03年4月」より前に「事業会社を公的資金で救済した例」です。「それまで(03年4月まで)事業会社を公的資金で救済した例はなく」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◇質問その2~本当に4兆円を「好き放題に使え」ますか?

官製ファンドの産業革新機構が今秋、新組織『産業革新投資機構』に改組される。15年間だった設置期間は2034年まで9年間も延長された。事実上の『恒久化』である。経産、財務官僚たちは『緊急避難』『時限措置』と言いながら、ついに『いつまでも好き放題に使える4兆円の財布』を手に入れた」と記事の冒頭で大西様は書いています。

本当に「好き放題に使える4兆円の財布」と言えますか。時事通信は9月15日付の「海外政府ファンドと連携=投資力5兆円規模に倍増-破綻救済は除外・新産業革新機構」という記事で「産業革新投資機構」(JIC)の投資ルール案」の内容を報じています。この「投資ルール案」には「市場から退出すべき者の救済を目的とする資金供給は行わない」と記されているようです。

この「投資ルール案」が実際のルールとなれば「好き放題に使える4兆円の財布」とは言いにくいでしょう。まだ「」ですし、時事通信の報道が正しいと断定もできません。それでも、「好き放題に使える4兆円の財布」と断定するのは無理がありませんか。

大西様の説明通りならば、「4兆円」を使って海外で不動産を買ったり、高級絵画を買い集めたりもできるはずです。「産業革新投資機構」は本当にそんな権限を有しているのですか。

付け加えると、「9年間」の延長を「事実上の『恒久化』」と捉えるのも理解できません。延長期間が「1000年間」ならば「事実上の『恒久化』」かもしれません。しかし「9年間」だと「恒久化」と言うには短すぎます。「事実上の『恒久化』」と判断できる別の材料があるのならば、それを読者に提示すべきです。


◇質問その3~「盗人」と言える根拠は?

今回の記事では「官製ファンドの産業革新機構」を「盗人」と呼び、「今回の改組と併せて政府の出資金は2860億円が4460億円になるため、現在2兆円の保証枠は4兆円に迫ると見られる。納税者からみれば『盗人に追い銭』だ」と解説しています。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

しかし「産業革新機構盗人」と言える根拠は見当たりません。ファンドの資金をどこかから盗んできたのならば「盗人」でいいでしょう。盗んでいなくても、法律違反に近い方法で資金を引っ張ってきたのならば「盗人」と称するのも分かります。しかし、そうした記述は見当たりません。

盗人」と言える根拠にはならないと思いますが、「産業革新機構」が多額の損失を出しているから「盗人」と呼んだのかなとも考えました。ですが、記事では「産業革新機構の投資実績は黒字である。ルネサスの株式売却益で全ての損失を補ったからだ」と書いているので、当てはまりそうにありません。

何を根拠に「産業革新機構」を「盗人」と呼んでいるのですか。「盗人」と呼ぶのは、言ってみれば犯罪組織扱いです。こうした表現を用いるのならば、しっかりした根拠が欠かせません。なのに今回の記事ではそれができていません。問題を感じませんか。


◇質問その4~田中氏が「実務を切り盛りする」はずでは?

記事では「田中正明」氏に関して、まず以下のように記しています。

初代社長は三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)元副社長で金融庁参与を務める田中正明(65)。『再生マフィア』と呼ばれる人脈の頭目だ。田中のワントップでは税金を食い物にする魂胆が見え見えなので、取締役会議長にはコマツ相談役の坂根正弘(77)を据えた。坂根は『風よけ』、実務を切り盛りするのは田中だ

その後、次のような説明が出てきます。

とはいえ、志賀や勝又と同じく、田中や坂根も所詮は『雇われマダム』。4兆円を動かすのは彼らではなく、アベノミクスで我が世の春を謳歌する経産官僚だ

田中氏が「初代社長」として「実務を切り盛りする」のならば、「4兆円を動かす」メンバーの1人としか思えません。なのに「4兆円を動かす」のは「経産官僚」と書いています。矛盾していませんか。控えめに言っても「説明に問題あり」です。田中氏は「4兆円を動かす」ことと関係のない「実務を切り盛りする」のでしょうか。その可能性は残りますが、記事でそうは書いてません。


◇質問その5~大西様とFACTAはどう責任を果たしますか?

『原発のパッケージ型輸出』に駆り出された東芝がどうなったか。国家戦略に則って国内に大液晶工場を建てたシャープがどうなったか。業績悪化は一義的には判断を誤った経営者の責任だが、煽るだけ煽った経産省に責任がないとは言わせない」と大西様は今回の記事で書いています。

その大西様はFACTA2017年7月号の「時間切れ『東芝倒産』」という記事で「もはや行き着く先は決まっている。東芝の経営破綻だ」と書いていました。あれから1年以上が経過しています。「東芝がどうなったか」教えてもらえませんか。「経営破綻」ですか。

これまでも「もはや行き着く先は決まっている。東芝の経営破綻だ」と断定した報道を総括してほしいとお願いしてきました。しかし実現していません。

煽るだけ煽った経産省に責任がないとは言わせない」と言うならば、東芝の倒産が避けられないかのように「煽るだけ煽った」大西様やFACTAの「責任」はどうなるのでしょう。そこから逃げ続けている大西様やFACTAが他者の「責任」を問うのは悪い冗談にしか聞こえません。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を取っているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「盗人に追い銭『産業革新機構』
https://facta.co.jp/article/201810004.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html

「東芝に庇護なし」はどうなった? 大西康之氏 FACTA記事に矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/facta.html

「最後の砦はパナとソニー」の説明が苦しい大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_11.html

経団連会長は時価総額で決めるべき? 大西康之氏の奇妙な主張
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_22.html

大西康之氏 FACTAのソフトバンク関連記事にも問題山積
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/facta.html

「経団連」への誤解を基にFACTAで記事を書く大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/facta.html

「東芝問題」で自らの不明を総括しない大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_24.html

2018年9月21日金曜日

丸谷浩史政治部長の解説に難あり 日経「日本の針路決まる3年」

自民党総裁選の日程は分かっているのだから、内容を考える時間は十分にあったはずだ。なのに21日の日本経済新聞朝刊1面に載った「日本の針路決まる3年」という記事は完成度が低かった。筆者の丸谷浩史政治部長に1面の解説記事を任せるのは今回限りにすべきだ。説明は不正確だし、展開にも無理がある。
ネクサスももちレジデンシャルタワー
 (福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 政治部長 丸谷浩史様

21日の朝刊1面に載った「日本の針路決まる3年」という記事についてお尋ねします。最初の段落で丸谷様は以下のように記しています。

自民党総裁選に勝利した安倍晋三首相は、2021年9月まで向こう3年間の任期を手にした。任期いっぱい務めれば憲政史上最長の桂太郎をも超える。これより長い為政者は、黒船が来襲した徳川12代将軍にまで遡らなければならない

徳川12代将軍」を「為政者」とするのであれば、大日本帝国憲法下の天皇を含めて「為政」の期間を考えるべきです。大日本帝国憲法では、天皇が日本を統治すると明文化しています。昭和天皇の統治期間は約20年で「安倍晋三首相」を上回ります。

これより長い為政者は、黒船が来襲した徳川12代将軍にまで遡らなければならない」との説明は誤りではありませんか。

次に問題としたいのが以下の記述です。

黒船の危機を開国で乗り切り、戦後の日本は自由貿易体制の恩恵を受けて経済大国となった。明治維新以来、日本の繁栄は自由貿易とともにあった

日経の記事ではたびたび誤解が見られますが、「自由貿易」とは「国家が商品の輸出入についてなんらの制限や保護を加えない貿易。輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」(大辞林)を指します。

丸谷様は「明治維新以来、日本の繁栄は自由貿易とともにあった」と断定しています。しかし「輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」は現在でも実現していません。

例えば、日本では関税を払わずに誰もが自由にコメを輸入できますか。「自由貿易体制」が確立していれば可能なはずです。

9月8日の日経の記事では「米国が今後の協議で自由貿易協定(FTA)の締結や農業分野の市場開放などを強硬に求める可能性が高まってきた」と報じていました。「自由貿易体制」が実現しているのに「自由貿易協定(FTA)の締結」が政治問題になるでしょうか。日本が「自由貿易体制」の国ならば「農業分野の市場開放」も完全にできているはずです。

戦後の日本は自由貿易体制の恩恵を受けて経済大国となった。明治維新以来、日本の繁栄は自由貿易とともにあった」との説明は誤りではありませんか。

せっかくの機会なので、記事に関する感想も記しておきます。結論から言えば、説得力に欠けると思えました。第2段落を見てみましょう。

いま日本を取り巻く環境は黒船以来といってもよい状況にある。貿易戦争の言葉が飛び交い、世界では力による政治、ポピュリズムが横行する。この3年間は日本の針路が決まる期間となる

日本を取り巻く環境は黒船以来といってもよい状況」だとすれば、反政府勢力の武力行使による政権転覆が日本で起きてもおかしくないと丸谷様は考えているのでしょうか。あり得ないとは言いませんが、かなり非現実的です。「確かに『黒船以来』だな」と納得できる材料を記事では示せていません。

貿易戦争の言葉が飛び交い、世界では力による政治、ポピュリズムが横行する」ことを理由に丸谷様は「この3年間は日本の針路が決まる期間」と言い切っています。これも根拠薄弱です。例えば「中国との戦争に踏み切るかどうかを安倍首相は2021年までに決断する。この3年間は日本の針路が決まる期間となる」と書いてあれば納得できます。

もう1つ説得力に欠けるくだりを取り上げます。

だがこれからの3年間は、これまでの6年間とは大きく異なる。元外務次官の斎木昭隆氏は『世界は新しい帝国主義の時代になった』と指摘する。クリミア併合でロシアは武力による現状変更に踏み切り、冷戦後の国際秩序に挑戦した。中国は権益拡大に動き、米国はトランプ大統領の下で『自国第一』に突き進む

クリミア併合は2014年です。防衛省の資料によると中国は「2014年以降、南沙諸島の7地形において急速かつ大規模な埋立てを実施」しているようです。ロシアや中国の動きは4年前には起きていたのです。なのに、それらを根拠に「これからの3年間は、これまでの6年間とは大きく異なる」と言えるでしょうか。

記事を書く上では「世界は大きく変わっている。日本も岐路に立たされている」と訴えたくなる気持ちは分かります。しかし、それを裏付ける事実に乏しいので、強引な展開になってしまっています。日経の1面企画でよく見られるパターンです。

壮大な話をする必要はないのです。無理して大きく出れば、説得力を失い空虚な内容になってしまいます。今回はその典型です。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「日本の針路決まる3年
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180921&ng=DGKKZO35558330Q8A920C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。丸谷浩史政治部長への評価も暫定でDとする。

「人格攻撃やめて」と訴える週刊エコノミスト種市房子記者に贈る言葉

週刊エコノミストの記事に関して「PBRは代表的な株価指数」「自社株買い=株式希薄化」との説明は誤りではないかと問い合わせたところ、筆者の種市房子記者から「一部で訂正を出すので人格攻撃はやめていただけますか」との回答を得た。「人格攻撃」をした覚えはないので、種市記者に改めてメッセージを送っておいた。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

記事への問い合わせ、種市記者の回答、それに対する返信の順で内容を紹介したい。



【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 種市房子様  編集長 藤枝克治様  

9月25日の特集「商社 7社の野望 7つの不思議」の中の「不思議4 株価が上がらない~株主還元の強化でも市場の成長期待は低く」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下の記述です。

配当と並ぶ株主還元策である自社株買いについては、各社で対応が異なる。三井物産や伊藤忠は17年度に実施したが、三菱商事は否定的ニュアンスが漂い、未実施だった。自社株買いに否定的なIR(投資家向け広報)担当者の中には『自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる。長期投資家の利益になる株主還元策を実施したい』という思いがある。また、自社株買い=株式希薄化よりは、投資や有利子負債返済に回すことによって、株価を上げたいという姿勢も透けて見える

この中の「自社株買い=株式希薄化」との説明が引っかかります。株式の「希薄化」とは「時価発行増資や新株予約権の行使等による新株発行によって、発行済株式総数が増加し、一株当たり当期純利益等の減少をもたらすこと」(野村証券の証券用語解説集)です。「自社株買い」は増資とは逆に「発行済株式総数」が減少します。故に「希薄化」は起きません。

自社株買い=株式希薄化」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。誤りの場合、次号で訂正してください。

付け加えると「自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる」とのコメントは間違っていると思えます。「自社株買い期間の値上がり」が実現するとの前提に立てば、その恩恵は「長期投資家」にも及びます。10年前に1株100円で投資に踏み切った「長期投資家」がいるとしましょう。10年後に株価は200円になり、さらに「自社株買い期間」に250円まで上昇したところで売却に踏み切りました。この場合「自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる」でしょうか。

また、全体的に記事が冗長です。上記のくだりに関して改善案を示してみます。同一文中で「実施」を繰り返している点なども直しています。情報の内容自体は変わらないはずです。どちらが簡潔に書けているか比べてみてください。

配当と並ぶ株主還元策である自社株買いは各社で対応が異なる。三井物産や伊藤忠は17年度に実施したが、三菱商事は否定的ニュアンスが漂い、見送った。自社株買いに否定的なIR(投資家向け広報)担当者の中には『自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利する。長期投資家の利益になる株主還元をしたい』との思いがある。また、自社株買い=株式希薄化よりは、投資や有利子負債返済によって株価を上げたいという姿勢も透けて見える

見出しの「株主還元の強化でも市場の成長期待は低く」にも注文を付けておきます。この見出しには「株主還元を強化すれば、本来ならば市場の成長期待は高まるはずだ」との前提を感じます。しかし、「株主還元の強化」によって「市場の成長期待」を高めることは基本的にできないと思えます。

今回の記事でも「世界中で投資候補の資産価格が上昇しており『買いづらい』状況であること」が「余資を生み出し、株主還元に回っているのでは」という「SMBC日興証券の森本晃シニアアナリスト」のコメントを紹介しています。

株主還元の強化」とは、有力な投資対象がないことの裏返しでもあります。そうなれば「市場の成長期待」は高まらないのが当たり前です。「株主還元の強化」を受けて「成長期待」を高める投資家がいないとは言いませんが、そうならない方が自然です。

追加でもう1つ質問させていただきます。記事では「PBR(株価純資産倍率=株価÷1株当たり純資産額、または時価総額÷純資産額)は、株価の割安感を判断するのに使われる代表的な株価指数(バリュエーション)だ」と解説しています。本当に「PBR」は「株価指数」と言えるでしょうか。

SMBC日興証券の用語解説では「株価指数とは、取引所全体や特定の銘柄群の株価の動きを表すものです。株価指数はある時点の株価を基準に増減で表します。これによって時系列で見た場合に、連続性を保ちながら、対象とする取引所などの株価の動きを長期的に評価することができます。日本の代表的な株価指数としては、日経225(日経平均株価)やTOPIX(東証株価指数)などがあります」と説明しています。

これを信じれば「PBR」は「株価指数」ではありません。「PBR株価指標」ならば分かります。「株価指標」についてSMBC日興証券の用語解説では「代表的な株価指標には、株価収益率(PER)や、株価純資産倍率(PBR)などがあります」と記しています。

PBRは代表的な株価指数」との説明は誤りではありませんか。そうであれば、次号で訂正してください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を取っているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。


【種市記者からの回答】

「一部で訂正を出すので人格攻撃はやめていただけますか」

鹿毛様

ご指摘を受けて一部で訂正を出します。今、私は体調、精神的につらいところです。ご指摘は真摯に受けますが、あなたの個人攻撃にまいっています。


【種市記者への返信】

週刊エコノミスト編集部 種市房子様

回答ありがとうございます。納得できない点もあったので、思うところを述べてみます。

種市様からは「一部で訂正を出すので人格攻撃はやめていただけますか」とのタイトルでメールを頂き、その内容は「ご指摘を受けて一部で訂正を出します。今、私は体調、精神的につらいところです。ご指摘は真摯に受けますが、あなたの個人攻撃にまいっています」というものでした。

まず「人格攻撃」はしていません。問い合わせで記事の誤りを指摘しましたが、種市様の「人格」にそもそも言及していません。種市様に対して「人格攻撃」をしたと主張するのであれば、その根拠を示してください。
ヒシャゴ浦・姉妹岩(大分市)※写真と本文は無関係です

次に「個人攻撃」について考えましょう。ウィキペディアでは「個人攻撃とは、議論(何らかの係争関係にある会話・対話など)において相手を論駁しようとするとき、相手の発言ではなく、発言者である相手自身を話題にして目的を達しようとする行為である。論点のすり替えの一種」と定義しています。

これを基準にすれば、私は種市様に対して「個人攻撃」はしていません。記事の問題点を指摘しているだけです。

「記事の問題点を指摘するのは筆者に対する個人攻撃だ」との前提に立てば、「個人攻撃」と言えるでしょう。この場合、種市様が「個人攻撃」を受けるのは当然です。それが嫌ならば、署名入りで記事を書くのはやめるべきです。

「個人への批判は個人攻撃であり好ましくない」との価値観を持っているのならば、毎日新聞社も辞めた方がよいでしょう。毎日新聞は9月18日付の「自民党総裁選~発言・論点をはぐらかす 識者が指摘する安倍首相『ご飯論法』の具体例」という記事で安倍首相に対する「個人攻撃」を展開しています。

種市様はこうした報道を「個人攻撃であり、中止すべきだ」と思っているのですか。「毎日さん、個人攻撃はやめてください。今、私は体調も精神面も辛いんです」と安倍首相に言われたら、毎日新聞はあっさり「個人攻撃」を控えるのですか。そんなことをしたら、報道機関としての自殺行為です。

「自由で活発な批判が社会を良い方向に導く」と私は信じています。なので、批判が自らに向くことも厭いません。根拠のしっかりした批判であれば、むしろ大歓迎です。記事の問題点を指摘しているのも、それが報道機関の質を高め独善を防ぐ道だからです。

報道機関は「社会の公器」とも言われます。種市様はその「公器」を使って読者に記事を届けているのです。影響力は大きく、当然に相応の責任を伴います。批判を受け止める覚悟も要ります。「今、私は体調、精神的につらいところです」と言って逃げられるものではありません。

体調面、精神面で報道機関の一員として責任を負える状況にないのであれば、記事を書くのは避けるべきです。記事を読者に届けた以上は、弱音を吐かずに説明責任を果たしてください。

今回の回答も「ご指摘を受けて一部で訂正を出します」と書いているだけで、説明が不十分です。私は2つの間違いを指摘しました。「どちらに関して訂正を出すのか」「もう1つの間違い指摘に関して訂正を出さないとすれば、その理由は何なのか」は明らかにすべきです。

種市様には、8月7日号に関しても問い合わせを送っています。約1カ月半が経過した今も回答を頂いていません。なぜ無視しているのですか。質問を改めて送っておくので、無視した理由と共に回答をお願いします。


<8月7日号に関する問い合わせ>

8月7日号の「東京都集中の地方法人税 配分巡る国との政治力学」という記事についてお尋ねします。記事には「地方法人特別税は08年度に導入された。もし地方法人税に何の調整もしなければ、大企業の本社や外資企業が集積する東京都や愛知県が地方法人税収を独占してしまう」との記述があります。

これはあり得ないと思えます。まず「東京都や愛知県が地方法人税収を独占してしまう」としても、「地方法人税収」を得る主体が2つあるのであれば「独占」ではなく「寡占」です。また、「東京都や愛知県」が「独占」するのであれば、見出しは「東京都集中」ではなく「東京・愛知に集中」などとすべきです。

では「東京都や愛知県」を一体としてみれば「独占」は成立するでしょうか。これも考えられません。他の道府県に本社を置く企業は当然にあります。大企業数で見ると大阪府は愛知県を上回っているようです。なのに「地方法人税収」を「東京都や愛知県」が「独占」してしまうはずがありません。また、大企業が少ない県でも「地方法人税収」がゼロにはなりにくいでしょう。

もし地方法人税に何の調整もしなければ、大企業の本社や外資企業が集積する東京都や愛知県が地方法人税収を独占してしまう」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

--8月7日号に関する問い合わせは以上です。色々と書いていたら長くなってしまいました。申し訳ありません。この辺りで終わりにしましょう。

過ちて改めざる是を過ちという

種市様には最後にこの言葉を贈ります。人生何かと間違えてばかりの私自身も肝に銘じている言葉です。間違えてもいいのです。それを改めないのが問題なのです。そう思いませんか。

◇   ◇   ◇


今のところ、このメールに対する種市記者からの反応はない。あれば紹介したい。回答の内容に問題はあるものの、回答してきたこと自体は評価できる。「一部」とは言え訂正を出すのも好ましい。種市房子記者への評価はB(優れている)からD(問題あり)に引き下げるが、記事の書き手としては引き続き期待していきたい。


追記)結局、種市記者から追加の回答はなかった。また、「自社株買い=株式希薄化」については週刊エコノミスト10月9日号に訂正が出た。


※今回取り上げた記事「不思議4 株価が上がらない~株主還元の強化でも市場の成長期待は低く
https://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180925se1000000033000


※種市記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/04/blog-post_12.html

不足のない特集 週刊エコノミスト「固定資産税を取り戻せ」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/05/blog-post_6.html

英国EU離脱特集 経済4誌では週刊エコノミストに軍配
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_7.html

一読の価値あり 週刊エコノミスト「ヤバイ投信 保険 外債」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_20.html

これで「バブル」? 週刊エコノミスト「電池バブルがキター」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_7.html

「独占」への理解が不十分な週刊エコノミスト種市房子記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_17.html

「自社株買い=株式希薄化」? 週刊エコノミスト種市房子記者の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_19.html

2018年9月20日木曜日

「労働生産性は先進国最下位」とまた間違えた日経ビジネス

日経ビジネス編集部は失敗に学ばない組織なのだろう。9月17日号の特集「凄い生産性アップ 人を動かす科学と技術」で、日本の労働生産性を「先進国最下位」とまた書いていた。以前にも「G7で最下位=先進国で最下位」ではないと指摘したので、学んでくれたと思ったのだが…。
ベストアメニティスタジアム(佐賀県鳥栖市)
          ※写真と本文は無関係です

そう言えば「持分法適用会社連結対象外」という誤りも、指摘を受けたにもかかわらず繰り返していた。誌面の誤りを共有する仕組みがないか、あっても機能していないはずだ。そんな編集部に属する記者らに「生産性アップ」の手法を説かれてもとは思う。

筆者らには以下の内容で問い合わせを送った。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 古川湧様 広田望様 津久井悠太様

9月17日号の特集「凄い生産性アップ 人を動かす科学と技術」の中の
Prologue~社員のやる気は それじゃ湧かない 昇給、昇進、飲み会、運動会……」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

日本生産性本部は17年12月、16年の日本の労働生産性がまたしても主要7カ国(G7)中最下位を記録したと発表した(経済協力開発機構=OECDのデータで日本の時間当たり労働生産性は46ドル)。データが取得可能な1970年以降の46年間、先進国最下位から一度も抜け出せていない

主要7カ国(G7)中最下位」だとしても「先進国最下位」とは言えません。「日本生産性本部」の資料でも、「日本の労働生産性」は先進国の一角をなすニュージーランドを上回っています。

このことは2018年1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」でも指摘しました。「先進国中で最下位──。各種の統計が示すように、日本の産業全体の生産性は極めて低いと指摘されている」との記述に関して、「『先進国中で最下位』とするのは誤りではないかと問い合わせたところ「グラフのタイトルで明示したように、日本の生産性は主要7カ国で最下位で、冒頭リード文で『主要先進国で最下位』と記しましたが、本文中では読者の混乱を招きかねない表現になっていたこと、頂戴したご指摘を踏まえ、今後の編集作業の参考とさせて頂きます」との回答を頂きました。

今回もほぼ同じパターンです。改めて問います。「日本の労働生産性」が「データが取得可能な1970年以降の46年間、先進国最下位から一度も抜け出せていない」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、日本より下位にニュージーランドがいることをどう理解すればよいのか教えてください。

せっかくの機会なので、今回の特集に関する疑問を他にもいくつか挙げてみます。

<今のままではなぜダメなのですか?>

まず「なぜ生産性を上げる必要があるのか」を抜きに「生産性を上げるにはどうすれば良いのか」を論じているのが気になりました。特集では「豊かな日本では、粉骨砕身で働かなくてもそれなりの暮らしが保証される」とも書いています。この見方に同意はしませんが、仮にそうした状態にあるのなら、今のままでも良さそうです。

時間当たり労働生産性」で見れば日本はOECD加盟35ヵ国中20位です。世界全体では上位に入ると推測できます。OECD加盟国中20位だとなぜ問題なのかが知りたいところです。

G7の中では最下位なのでしょうが、日本生産性本部によると日本は「英国(52.7ドル)やカナダ(50.8ドル)をやや下回るあたりに位置している」そうです。つまりG7の中で特に劣後している訳でもありません。

時間当たり労働生産性」が「46ドル」ではなぜダメなのでしょう。そして、どこを目指せば良いのでしょうか。G7で6位ですか。それとも世界1位ですか。あるいは「時間当たり労働生産性で100ドル」ですか。


<説明になっていますか?>

次に以下のくだりを取り上げます

この労働生産性の国際基準をもって『日本の生産性が低い』とするロジックには、専門家から反論が多いのも事実。簡単に言えば、『国際比較で用いる労働生産性の計算式、GDP(国内総生産)÷労働量では、生産性の実態を正確に把握できない』という主張で、『だから日本人の働き方は非効率ではない』との指摘もある

これは説明になっていないと思えます。「国際比較で用いる労働生産性の計算式、GDP(国内総生産)÷労働量では、生産性の実態を正確に把握できない」と言える根拠を「簡単」でもいいので説明しないと、「労働生産性の国際基準」にどんな問題があるのか把握できません。


<「生産性の低さ」を示していますか?>

次は以下の記述です。

ただ、たとえそうだとしても、日本企業の生産性の低さを示す指標は労働生産性だけではない。例えば有給消化率。大手旅行サイト運営の米エクスペディアによる国際調査では、2017年の日本の有給消化率は約50%で、2年連続で世界30カ国中、最下位だった。また、OECDが公開するデータベースによると、日本人の1日の平均労働時間(最新集計値)は363分と調査対象31カ国中最長。男性だけで見れば毎日452分も働いている。働き方改革が叫ばれた後も残業時間は減らず、厚労省の毎月勤労統計によれば、17年は12カ月連続で『所定外労働時間』が前年を上回り続けた。『働き方改革は不発だった』といわれても仕方がない現状だ

生産性」の意味を調べると「生産のために投入される労働・資本などの生産要素が生産に貢献する程度。生産量を生産要素の投入量で割った値で表す」(大辞林)と出てきます。「有給消化率」や「平均労働時間」は「(日本の)生産性の低さを示す指標」とは言えないのではありませんか。

有給消化率」が低くても、「平均労働時間」が長くても、生産性は高くなり得ます。「生産要素の投入量」に対して「生産量」が多ければ良いのです。一方、「有給消化率」が100%で「平均労働時間」が短くても、何も「生産」しなければ「生産性」はゼロです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

16日(日)に問い合わせを送り「この度お問い合わせいただきました内容について
編集部担当者へ確認中でございます。回答が届き次第ご連絡いたします。恐れ入りますが、今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます」と返ってきたのが18日(火)。そして20日(木)午後8時の段階で回答はない。

追記)この件の回答は以下の投稿を参照してほしい。

「労働生産性は先進国最下位」に関する日経ビジネスの回答
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_39.html


※今回取り上げた特集「凄い生産性アップ 人を動かす科学と技術
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/091101074/?ST=pc

※特集の評価はD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

古川湧(暫定D)
広田望(暫定C→暫定D)
津久井悠太(暫定D→D)

※2018年1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」に関しては以下の投稿を参照してほしい。

日本の生産性は「先進国中で最下位」? 日経ビジネスに疑問
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_25.html


※「持分法適用会社=連結対象外」の誤りについては以下の投稿を参照してほしい。

33%出資の三菱製紙は「連結対象外」? 日経ビジネスに問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/33.html

「33%出資は連結対象外」に関する日経ビジネスの回答
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/33_21.html

「持分法適用会社=連結対象外」は日経ビジネスの癖?
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_87.html

米小売市場は「寡占」と誤解した相場研究家の市岡繁男氏

相場研究家の市岡繁男氏は「寡占」の意味を理解していないようだ。週刊エコノミスト9月25日号の「今よみがえるラビ・バトラの予測~トルコ危機とスペインへの波及」という記事からは、そう判断できる。「米アマゾン」が「全米の小売り売り上げ(約5・2兆ドル)の5%を握っている」のは「寡占以外の何物でもない」と市岡氏は言うが、とても同意できない。
有明海沿岸(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

エコノミスト編集部には以下の内容で問い合わせを送った。


【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト 編集長 藤枝克治様  相場研究家 市岡繁男様

9月25日号の「今よみがえるラビ・バトラの予測~トルコ危機とスペインへの波及」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

なかでも象徴的なのは先日、株価時価総額が1兆ドルを突破した米アマゾンの事例だろう。今年7月、米CNBCオンライン版は、昨年末の米通販業界におけるアマゾンの売り上げシェアは44%で、今年末は49%(2582億ドル)に達するという民間調査会社の予測を報じた。米商務省センサス局のデータによると、小売り全体に占める通販の割合は約1割なので、同社は全米の小売り売り上げ(約5・2兆ドル)の5%を握っていることになる。これは寡占以外の何物でもない

寡占」とは「少数の供給者が市場を支配している状態」(デジタル大辞泉)を指します。「米アマゾン」が「全米の小売り売り上げ(約5・2兆ドル)の5%を握っていること」を根拠に市岡様は「これは寡占以外の何物でもない」と言い切っています。しかし、それだけでは何とも言えません。「寡占」かどうかを判断するには「少数の供給者が市場を支配している」かどうかを知る必要があります。

調べてみると、全米小売業協会の会員企業だけで1万8000社に達するようです。常識的にも、米国の小売市場を「少数の供給者」が支配しているとは考えにくいでしょう。

米通販業界」に限っても「寡占」とは言えません。「米CNBCオンライン版」の記事では、シェア上位10社を紹介しています。つまり「米通販業界」には10社以上の「供給者」がいます。

米アマゾン」に関する「これは寡占以外の何物でもない」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。間違いであれば、次号での訂正を求めます。

せっかくの機会なので言葉の使い方にも注文を付けておきます。記事には「たとえトルコがデフォルト(債務不履行)したとしても、経済規模が小さいので国際金融危機に直結することはないという見方が一般的だ」との記述があります。

この中の「デフォルト(債務不履行)した」に違和感を覚えました。個人的には「デフォルトする」「債務不履行する」とは言わない気がします。例えば「トルコがデフォルト(債務不履行)に陥ったとしても」とすれば不自然さは感じません。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を取っているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「今よみがえるラビ・バトラの予測~トルコ危機とスペインへの波及
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180925se1000000065000


※記事の評価はD(問題あり)。市岡繁男氏への評価も暫定でDとする。

2018年9月19日水曜日

「自社株買い=株式希薄化」? 週刊エコノミスト種市房子記者の誤り

週刊エコノミストの種市房子記者には期待しているのだが、9月25日の特集「商社 7社の野望 7つの不思議」では問題が目立った。株式市場に関する基礎的な知識が欠けているのではとの疑念も浮かぶ。そうでなければ「PBRは代表的な株価指数」「自社株買い=株式希薄化」とは書かない気がする。
九州鉄道記念館(北九州市)※写真と本文は無関係です

エコノミスト編集部には以下の内容で問い合わせを送った。

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 種市房子様  編集長 藤枝克治様  

9月25日の特集「商社 7社の野望 7つの不思議」の中の「不思議4 株価が上がらない~株主還元の強化でも市場の成長期待は低く」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下の記述です。

配当と並ぶ株主還元策である自社株買いについては、各社で対応が異なる。三井物産や伊藤忠は17年度に実施したが、三菱商事は否定的ニュアンスが漂い、未実施だった。自社株買いに否定的なIR(投資家向け広報)担当者の中には『自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる。長期投資家の利益になる株主還元策を実施したい』という思いがある。また、自社株買い=株式希薄化よりは、投資や有利子負債返済に回すことによって、株価を上げたいという姿勢も透けて見える

この中の「自社株買い=株式希薄化」との説明が引っかかります。株式の「希薄化」とは「時価発行増資や新株予約権の行使等による新株発行によって、発行済株式総数が増加し、一株当たり当期純利益等の減少をもたらすこと」(野村証券の証券用語解説集)です。「自社株買い」は増資とは逆に「発行済株式総数」が減少します。故に「希薄化」は起きません。

自社株買い=株式希薄化」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。誤りの場合、次号で訂正してください。

付け加えると「自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる」とのコメントは間違っていると思えます。「自社株買い期間の値上がり」が実現するとの前提に立てば、その恩恵は「長期投資家」にも及びます。10年前に1株100円で投資に踏み切った「長期投資家」がいるとしましょう。10年後に株価は200円になり、さらに「自社株買い期間」に250円まで上昇したところで売却に踏み切りました。この場合「自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利することになる」でしょうか。

また、全体的に記事が冗長です。上記のくだりに関して改善案を示してみます。同一文中で「実施」を繰り返している点なども直しています。情報の内容自体は変わらないはずです。どちらが簡潔に書けているか比べてみてください。

配当と並ぶ株主還元策である自社株買いは各社で対応が異なる。三井物産や伊藤忠は17年度に実施したが、三菱商事は否定的ニュアンスが漂い、見送った。自社株買いに否定的なIR(投資家向け広報)担当者の中には『自社株買い期間の値上がり益は、利ざやを稼ぐ短期投資家だけを利する。長期投資家の利益になる株主還元をしたい』との思いがある。また、自社株買い=株式希薄化よりは、投資や有利子負債返済によって株価を上げたいという姿勢も透けて見える

見出しの「株主還元の強化でも市場の成長期待は低く」にも注文を付けておきます。この見出しには「株主還元を強化すれば、本来ならば市場の成長期待は高まるはずだ」との前提を感じます。しかし、「株主還元の強化」によって「市場の成長期待」を高めることは基本的にできないと思えます。

今回の記事でも「世界中で投資候補の資産価格が上昇しており『買いづらい』状況であること」が「余資を生み出し、株主還元に回っているのでは」という「SMBC日興証券の森本晃シニアアナリスト」のコメントを紹介しています。

株主還元の強化」とは、有力な投資対象がないことの裏返しでもあります。そうなれば「市場の成長期待」は高まらないのが当たり前です。「株主還元の強化」を受けて「成長期待」を高める投資家がいないとは言いませんが、そうならない方が自然です。

追加でもう1つ質問させていただきます。記事では「PBR(株価純資産倍率=株価÷1株当たり純資産額、または時価総額÷純資産額)は、株価の割安感を判断するのに使われる代表的な株価指数(バリュエーション)だ」と解説しています。本当に「PBR」は「株価指数」と言えるでしょうか。

SMBC日興証券の用語解説では「株価指数とは、取引所全体や特定の銘柄群の株価の動きを表すものです。株価指数はある時点の株価を基準に増減で表します。これによって時系列で見た場合に、連続性を保ちながら、対象とする取引所などの株価の動きを長期的に評価することができます。日本の代表的な株価指数としては、日経225(日経平均株価)やTOPIX(東証株価指数)などがあります」と説明しています。

これを信じれば「PBR」は「株価指数」ではありません。「PBR株価指標」ならば分かります。「株価指標」についてSMBC日興証券の用語解説では「代表的な株価指標には、株価収益率(PER)や、株価純資産倍率(PBR)などがあります」と記しています。

PBRは代表的な株価指数」との説明は誤りではありませんか。そうであれば、次号で訂正してください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を取っているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「不思議4 株価が上がらない~株主還元の強化でも市場の成長期待は低く
https://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180925se1000000033000


※記事の評価はD(問題あり)。種市房子記者への評価は間違い指摘への対応を見てから決めたい。

追記)その後、種市記者から回答があった。内容については以下の投稿を参照してほしい。

「人格攻撃やめて」と訴える週刊エコノミスト種市房子記者に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_21.html


※種市記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/04/blog-post_12.html

不足のない特集 週刊エコノミスト「固定資産税を取り戻せ」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/05/blog-post_6.html

英国EU離脱特集 経済4誌では週刊エコノミストに軍配
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_7.html

一読の価値あり 週刊エコノミスト「ヤバイ投信 保険 外債」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_20.html

これで「バブル」? 週刊エコノミスト「電池バブルがキター」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_7.html

「独占」への理解が不十分な週刊エコノミスト種市房子記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_17.html

2018年9月18日火曜日

「犯罪に手を染めた」と断定して大丈夫? 日経「政と官 細る人財」

18日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波」という記事は色々と問題が目に付いた。特に引っかかったのが「教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と言い切っていたことだ。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
農業公園ファームパーク伊都国(福岡県糸島市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

18日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

官を取り巻く環境はさらに厳しさを増している。息子の大学入学に絡む汚職で幹部が逮捕された文部科学省。若手官僚は『国からではなく、現場から教育を変えようという人材が増えるだろう』と嘆く。安倍政権が教育無償化の具体化を進めるなか、教育行政の担い手が犯罪に手を染めた衝撃は計り知れない

教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と断定していますが、まだ判決も出ておらず「犯罪に手を染めた」とは言い切れません。御紙も7月10日付の記事で「私立大支援事業を巡る文部科学省汚職事件で、同省の前科学技術・学術政策局長、佐野太容疑者(58)=受託収賄容疑で逮捕=が『息子の不正合格を依頼していない』と容疑を否認する供述をしていることが10日、関係者の話で分かった」と報じています。

推定無罪」の原則を無視して、本人が容疑を否認しているにもかかわらず「教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と断定するのは不適切ではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「若手官僚は『国からではなく、現場から教育を変えようという人材が増えるだろう』と嘆く」というくだりも引っかかりました。「現場から教育を変えようという人材が増える」のは、基本的に好ましい変化ではありませんか。この「若手官僚」は「現場から教育を変え」るのではなく「」頼みであるべきだと信じているのでしょうが、一般的な認識とは違う気がします。

他にも気になった点があるので指摘しておきます。

<「霞が関への批判を込めた」と読み取れますか?>

まず以下の冒頭部分です。

『労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる』。2017年夏に公表された経済財政白書は第1章で、雇用を守るために低賃金・長時間労働がはびこっていると問題提起した。内閣府で執筆に携わった森脇大輔氏。まだ30歳代だが『遺書のつもりで書いた』。年次と学歴ばかりを重視し、変化するリスクを拒む霞が関への批判を込めた

経済財政白書」の当該部分の前後を見てみましょう。

人手不足にもかかわらず賃金の伸びが緩やかなものにとどまっていることは、これまでにない現象であるが、賃金の伸びの低さは、労働生産性の伸びが低いことに加え、労働分配率も長期的に低下傾向にあること等を反映している。その背景には、労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる。ただし、今後、人手不足が一層深刻化するにつれて、企業は外部から多様な人材を受け入れる機会が増えることが見込まれ、そうした動きが、賃金決定のあり方にも影響してくる可能性がある

記事を最初に読んだ時は「労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる」というのは「霞が関」に関する記述なのかと思ってしまいました。しかし、実際は日本全体の話です。
芥屋海水浴場(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

森脇大輔氏」は「遺書のつもりで書いた」のかもしれません。「年次と学歴ばかりを重視し、変化するリスクを拒む霞が関への批判を込めた」つもりもあるのでしょう。しかし、「白書」の文章自体はごく普通の状況分析です。ここから「霞が関への批判」を読み取るのは拡大解釈が過ぎるでしょう。「雇用を守るために低賃金・長時間労働がはびこっていると問題提起した」とも感じられません。

白書は『遺書』」と見出しにも使っていますが、大げさすぎます。本人がそう言っているとしても、記事にする上では「『遺書』と呼ぶに値するか」を慎重に検討すべきです。


<霞が関に関する誤解がありませんか?>

次は以下のくだりを取り上げます。

総務省の若手チームは6月、省内の働き方改革を提言した。メンバーの橋本怜子さんは自ら希望し、鎌倉市役所に出向した。霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず、民間に比べ給料も低い。『優秀な若手が辞めていくのは当然』と思う

霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず」と書いていますが、違うでしょう。記事でも「メンバーの橋本怜子さんは自ら希望し、鎌倉市役所に出向した」と「外との交流」に触れています。

人事院のサイトで「平成30年度派遣研修実施計画」を見ると「行政官長期在外研究員制度」では、外国の大学院などに国家公務員153人を派遣するようです。研修期間は 原則2年で最長4年となっています。 外国の政府機関・国際機関などに派遣する制度もあります。それでも「霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず」と言えるでしょうか。


<「人材の流動化」を訴えていたはずでは?>

日本経済新聞は「人材の流動化を推進すべきだ」との立場のはずです。6月30日の社説でも「人が柔軟に仕事を移っていける流動性の高い労働市場づくりも急がねばならない」と訴えていました。なのに今回の連載では「止まらぬ頭脳流出。霞が関の25~39歳の行政職の離職者は16年度に1685人。ここ5年、じわじわ増えている」などと霞が関での人材流動化を否定的に捉えています。矛盾していませんか。

離職者」も多いが中途採用などで入ってくる人も多いというのが「人が柔軟に仕事を移っていける流動性の高い労働市場」なのではありませんか。


<今も昔も大して変わらないのでは?>

最後に以下のくだりです。

かつて社会保障分野では、首相経験者の橋本龍太郎氏ら大物政治家がボスとして強い力を持っていた。10年ほど前までは尾辻秀久元参院副議長ら『4人会』が政策決定の中心。いわゆる族議員の『密室政治』だが、政治家が決めた政策の方向性を官僚が制度に落とし込むという政と官の一種の役割分担があり『役人としてやりがいを感じた』(元厚労省首脳)。いまは安倍政権下で官邸主導が進む。農林水産省の若手は『政府が掲げる農産物輸出1兆円の目標も、目標設定のための分析は不十分。単に切りがいい数字を挙げただけとしか思えない』という。少人数で政策を決めるトップダウンが進むほど、大多数の政策立案に関われない官僚たちはいらだちを募らせる

今と「かつて」の差があまり感じられません。政治家が「少人数で政策を決め」て「官僚が制度に落とし込む」という点では同じではありませんか。「農産物輸出1兆円の目標」は「官邸主導」で決めたのかもしれませんが、それを実現するための「制度に落とし込む」には「官僚」の力を借りる必要があるでしょう。

それとも法案作成など細かい作業の全てを「官邸」の「少人数」の政治家がやっているのですか。ちょっと考えにくい気がします。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

筆者には「村木元厚労省局長に無罪判決 郵便不正で大阪地裁 」という2010年9月10日付の日経の記事を読んでほしい。逮捕された人物に関して判決前に「犯罪に手を染めた」と断定する怖さが分かるはずだ。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180918&ng=DGKKZO35362850U8A910C1MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

無理が目立つ週刊ダイヤモンド「新 価格の支配者メルカリ」

週刊ダイヤモンド9月22日号の特集「新 価格の支配者メルカリ」はタイトルからして力みが見える。「メルカリ」が世の中を大きく変えつつあるとの前提に立って特集を構成しているが、その根拠は乏しそうだ。なので、かなり無理のある解説も目立つ。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

ダイヤモンド編集部には以下の内容で問い合わせを送った。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 大矢博之様 山本輝様 野村聖子様 村井令二様 栃尾江美様

9月22日号の特集「新 価格の支配者メルカリ」についてお尋ねします。特集の冒頭で皆さんは以下のように記しています。

1000万人以上が使うようになったフリマアプリ『メルカリ』。日々100万点以上が出品され、あらゆるモノに値段が付く。そこで形成される相場は、消費者の声を具現化した現代の価値のバロメーターだ。そのデータをメルカリは握っている。本誌が独占入手したメルカリの取引価格データを基に、新たなモノの価値と、ユニコーン企業メルカリの実力を解き明かす

問題は2つあります。

ユニコーン企業メルカリの実力を解き明かす」と書いていますが、「メルカリ」は「ユニコーン企業」ではないでしょう。「ユニコーン企業」とは「企業評価額が10億ドル以上の非上場ベンチャー企業」を指します。特集でも触れているように「メルカリ」は「18年6月東証マザーズ上場」となったので「非上場ベンチャー企業」ではありません。

また、「フリマアプリ『メルカリ』」では「あらゆるモノに値段が付く」とも言い切っています。特集の中には「メルカリというマーケットの下では、服や家電、雑貨など、あらゆる所持品に資産価値が付く」との解説もあります。いずれも違うと思えます。

例えば、医薬品、たばこ、チケット類の「値段」がメルカリで付きますか。これらの商品をメルカリは「禁止されている出品物」に指定しています。

上記の2点に関して、記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ここからは「Prologue『買い物』の常識を変える~メルカリ経済の破壊力」という記事の問題点を指摘していきます。記事には以下の記述があります。

これまで商品の価格決定権をめぐってはメーカーと小売業が火花を散らし、消費者は一方的に提示された値段で買うしかなかった。しかし、メルカリの普及で『価格の支配者』は変わった。利用者1075万人のリアルな価値判断が反映された、『メルカリ相場』が形成されるようになったのだ。新品同様の商品も多数出品されており、消費者が店で買うより消費者間での売買を支持するにつれて、それが商品の“本当の値段”になっていく

まず「これまで商品の価格決定権をめぐってはメーカーと小売業が火花を散らし、消費者は一方的に提示された値段で買うしかなかった」という説明が間違っています。「メルカリ」がない2012年までの世界を考えてみましょう。

メルカリ」のない時代も、家電量販店や自動車ディーラーでは値引き交渉ができました。私もやったことがあります。そこでは「一方的に提示された値段で買う」必要はありませんでした。

今回の特集では「メルカリ」を「フリーマーケットアプリ」としています。だとしたら本来の「フリーマーケット」はどうだったでしょうか。「消費者は一方的に提示された値段で買うしかなかった」かどうかについては「メルカリ」も従来の「フリーマーケット」も違いは感じられません。

次は以下の記述です。

これまで個人の資産として計算できたのは、中古相場のある家やクルマなどに限られていた。メルカリというマーケットの下では、服や家電、雑貨など、あらゆる所持品に資産価値が付く

服や家電、雑貨」であれば「メルカリ」がない世界でも「資産価値」があったと思えます。例えば、中古品買取・販売の「ハードオフ」が1号店を出したのは1993年です。古着屋も2012年の時点では珍しくありません。

特集の中には「19年の歴史を誇るネットオークションサービス『ヤフオク!』で個人間取引市場を開拓したヤフー」との記述も出てきます。だとすれば「服や家電、雑貨など」に「資産価値が付く」のは「ヤフオク!」でも同じではありませんか。

今回の特集では「メルカリが日本の常識を一変させた」と訴えたいのでしょうが、それを裏付ける事実がないので無理のある説明になっています。「新 価格の支配者メルカリ」という特集のタイトルも同様です。

価格の支配者」と聞くと「価格決定権を持っている者」と理解したくなります。しかし「メルカリ」自身は価格決定権を持っていません。売買の場を提供しているだけです(価格を誘導する機能は持っているのでしょうが…)。例えば、圧倒的な存在感がある証券取引所があったとしても、その取引所が株式などの「価格の支配者」だとは言えません。

問い合わせは以上です。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた特集「新 価格の支配者メルカリ
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/24527


※特集全体の評価はD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

大矢博之(Dを維持)
山本輝 (C→D)
野村聖子(Dを維持)
村井令二(E→D)
栃尾江美(暫定D)


※大矢博之記者に関しては以下の投稿を参照してほしい。

セブン&アイ 反鈴木敏文派を「虫」と呼ぶ週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/05/blog-post_9.html

ヨーカ堂の失敗触れず鈴木敏文氏称える週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/05/blog-post_12.html

ぬる過ぎる週刊ダイヤモンドの鈴木敏文氏インタビュー
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_11.html

都内でも「地方店」と書く週刊ダイヤモンド大矢博之記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/12/blog-post_18.html

柳井正氏の責任問わぬ週刊ダイヤモンドのユニクロ特集
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_4.html

週刊ダイヤモンド特集「外食チェーン全格付け」に注文
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_81.html

冒頭から矛盾あり 週刊ダイヤモンド「1億総転落 新・階級社会」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/1.html


※山本輝記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンド「スバル社名変更の真意」に問題あり
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/06/blog-post_3.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_18.html

日産は「米国集中投資」? 週刊ダイヤモンドの記事に疑問
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_6.html

看板に偽りあり! 週刊ダイヤモンド「究極の省エネ英語」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_26.html


※野村聖子記者に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「学閥」に疑問残る 週刊ダイヤモンド特集「医学部&医者」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/06/blog-post_15.html

週刊ダイヤモンド特集「子会社族のリアル」に感じる矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_6.html

肝心の情報が欠けた週刊ダイヤモンド特集「がんと生きる」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/05/blog-post_7.html

冒頭から矛盾あり 週刊ダイヤモンド「1億総転落 新・階級社会」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/1.html

説明が雑な週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_19.html

「医学部への道」が奇妙な週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_54.html

3番手でも「2番手グループ」?  週刊ダイヤモンド医学部特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_73.html

近大は「医科大学」? 週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_18.html

今回も「学閥」に疑問 週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_82.html

週刊ダイヤモンド「不妊治療最前線」野村聖子記者に異議あり
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_16.html


※村井令二記者に関しては以下の投稿も参照してほしい

グラフに明白な誤り 週刊ダイヤモンドのソフトバンク特集
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_12.html

せっかくの「訂正とお詫び」が中途半端な週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_23.html

東芝メモリ買い手を「強盗と詐欺師」に見せる週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/10/blog-post_2.html

東芝メモリ売却の「教訓」に説得力がない週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/10/blog-post_69.html

2018年9月17日月曜日

日経 脇祐三特任編集委員「核心~中東、自由なき情報化」の残念な結び

日本経済新聞の脇祐三特任編集委員も「訴えたいことがない書き手」の1人のようだ。17日の朝刊オピニオン面に載った「核心~中東、自由なき情報化」という記事を読むと、そう実感できる。「アラブ諸国」でのインターネットの普及と規制に関してあれこれと書いた上で、脇特任編集委員は以下のように結論を導いている。
道の駅 大和のオートキャンプ場(佐賀市)
          ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

情報化の進展は、中東の政治状況とどういう関係にあるのか――。日本の産官学の有力者や中東専門家が毎年集まる「中東協力現地会議」でも、近年このテーマは焦点の一つになっている。

18年8月下旬にウィーンで開いた会合では、「サウジは世界でも屈指のモバイル情報社会になってきた」「ただし国民はみんな、どこまで許容されるか自分で判断しながら、ものを言っている」といった報告が続いた。

会場での立ち話では、「サウジのムハンマド皇太子について言及した現地駐在日本人のメールが、当局から警告を受けたらしい」という話もささやかれていた。日本語のやり取りも、今は翻訳ソフトですぐ英語に変換できる。事実上の最高権力者である皇太子への批判とみなされ、チェックが入ったのかもしれない。

サウジの検察当局は9月4日、公共の秩序の妨害や、宗教的価値への皮肉とみなされるコンテンツを、SNSに投稿したりシェアしたりすると、最長5年の禁錮刑や巨額の罰金を科すと、ツイッターで国民に知らせた。ネットでの発信に、これまで以上に厳格に対応するという宣言だ。

今のサウジで皇太子批判は影を潜め、忖度(そんたく)する発言ばかりが目立つ。足元の政治情勢は安定したように見えるが、ネットの言論と政治の状況は、中長期ではどうなっていくのだろうか



◎結局「成り行きに注目」では…

サウジアラビアでネット関連の規制が強まっていると記した上で、「ネットの言論と政治の状況は、中長期ではどうなっていくのだろうか」と記事を締めている。いわゆる「成り行きが注目される」型の結びだ。かなり長い記事を読んできて、最後に「筆者には特に訴えたいことがない」と明かされると徒労感が残る。

今回の記事を簡単にまとめると「アラブ諸国ではインターネットの普及は進んでいるが、規制は厳しい。これからどうなっていくんだろう」という話だ。脇特任編集委員がそういう疑問を持つのは勝手だが、記事にするのならば「なぜこの問題を取り上げるのか」をしっかり検討してほしい。

例えば「アラブ諸国でのネット規制の強化がいずれ紛争の危機を招く危険性が高い。そうなれば日本の安全保障にも脅威になる。そのことに日本人の多くは気付いていないので、記事で取り上げよう」といった具合だ。

中東が脇特任編集委員の関心領域なのだろうが、それは読者には関係ない。「この問題をなぜ読者に届けるべきなのか」を考えずに、あれこれアラブ諸国のネット事情を書いて、行数が埋まったところで適当な結論を付けて記事を締められても困る。

「記事を通じて何を訴えたいのか。それは『特任編集委員』の自分だからこそ可能な訴えなのか」を考える習慣を脇特任編集委員には身に付けてほしい。それが無理ならば、「特任編集委員」という大仰な肩書を付けて記事を書く意味はない。


※今回取り上げた記事「核心~中東、自由なき情報化
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180917&ng=DGKKZO35384210U8A910C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。脇祐三特任編集委員への評価はDを維持する。脇特任編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 脇祐三特任編集委員「核心~イスラエル 急成長の70年」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/70.html

「本社コラムニスト」の肩書に値しない日経 脇祐三氏の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/10/blog-post_7.html

北朝鮮のネット規制は中国より緩い? 日経 小柳建彦編集委員に問う

通信回線に明確な国境を設け、情報・データの往来を厳しく管理することでネット上の国家主権を確立していたのは、これまで(2018年5月まで)中国だけだった」と日本経済新聞の小柳建彦は記事に書いている。本当にそうだろうか。少なくとも北朝鮮は中国以上に規制が厳しそうなイメージがある。
三角西港(熊本県宇城市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 小柳建彦様

17日の朝刊企業面に載った「経営の視点~37億人のネットに『国境』 大手失策、国家の反撃招く」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは冒頭に出てくる以下の記述です。

国境も中央政府も存在しないという、インターネット最大の特徴が揺れている。通信回線に明確な国境を設け、情報・データの往来を厳しく管理することでネット上の国家主権を確立していたのは、これまで中国だけだった。ところが今年5月に欧州連合(EU)が一般データ保護規則(GDPR)を施行し、域外への個人データの持ち出しを原則禁止にした

今年5月」まで「通信回線に明確な国境を設け、情報・データの往来を厳しく管理することでネット上の国家主権を確立していた」のは「中国だけだった」というのは本当ですか。ネットに対する規制が厳しい国としてまず思い浮かぶのが北朝鮮です。

2017年10月19日付のブルムバーグの記事によると「孤立する北朝鮮には、アップルやサムスン電子といった世界的な大手ハイテク企業は存在せず、市民はスマートフォンのアプリやインターネットなどの基本的な技術へのアクセスが制限されている」そうです。

記事では「北朝鮮は長年、情報の自由な流入を防止するためにグローバルなインターネットへのアクセスが制限してきた。ほとんどの市民は、政府のメディアなど国内のウェブサイトのみを閲覧できる。選ばれた少数の人々は国際的なアクセス権を持つが、その活動は厳重に監視されている」とも書いています。他のメディアの報道などからも、北朝鮮ではネットを通じた「情報・データの往来を厳しく管理」していると判断できます。

通信回線に明確な国境を設け、情報・データの往来を厳しく管理することでネット上の国家主権を確立していたのは、これまで中国だけだった」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

追加で記事の問題点を指摘しておきます。

国境も中央政府も存在しないという、インターネット最大の特徴が揺れている」と小柳様は述べています。しかし、世界最大の人口を抱える中国で「国境も中央政府も存在」するのならば、「国境も中央政府も存在しないという」「特徴」はそもそも成立していないと思えます。

以下の記述にも問題を感じました。

アジアでも、インド政府が個人データの国内保存を義務づける法案を検討中で、年内にも成立する可能性が出てきた。インドネシアやベトナムでもデータの所在地規制を課しており、これにインドが加わると中国、EUと合わせ、世界の人口の半分にあたる約37億人が、ネット上のデータの往来に国境が存在する世界の住民になる


記事の最初の方を読むと「ネット上のデータの往来に国境が存在する」のは中国だけだったのに、「今年5月」にEUが加わったと理解したくなります。しかし上記のくだりでは「インドネシアやベトナムでもデータの所在地規制を課しており」と記しており、整合性の問題があります。「データの所在地規制を課して」いるからと言って、中国のように「通信回線に明確な国境を設け、情報・データの往来を厳しく管理」しているとは限らないといった事情があるのならば、それを説明すべきです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「経営の視点~37億人のネットに『国境』 大手失策、国家の反撃招く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180917&ng=DGKKZO35370950U8A910C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。小柳建彦編集委員への評価もDを維持する。小柳編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「インドの日本人増やすべき」に根拠乏しい日経 小柳建彦編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_32.html

2018年9月16日日曜日

鳥貴族の大倉忠司社長は「ランドクルーザー」を「質素」と言うが…

鳥貴族の大倉忠司社長は立派な経営者なのだと思う。日経ビジネスの連載「経営教室『反骨のリーダー』シリーズ4~大倉忠司社長(鳥貴族)の『うぬぼれ』てなんぼ」を読んでいても、その雰囲気は伝わってくる。「そんな優れた経営者が質素に努めようとしても、自分で気付かぬうちに質素から離れていくんだな」と9月17日号の「No.4 最終回~Lecture『王道経営』が幸福を広める」を読んで改めて感じた。

記事の中で大倉社長は以下のように述べている。

【日経ビジネスの記事】
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係

社長は社員から「見られる仕事」でもありますから、暮らし向きもつとめて質素にしてきました。ぜいたくと言えば、お店を4つ出した時に、三菱自動車のオフロード車「パジェロ」を買ったくらいです。今、私の愛車はトヨタ自動車の「ランドクルーザー」ですが、うちの専務なんて「レクサス」ですからね。社用車も1台ありますが、これは店舗開発の担当者用で、私はいつでも電車を使います。



◎ランドクルーザーは「質素」?

三菱自動車のオフロード車『パジェロ』を買った」のが唯一の「ぜいたく」と大倉社長は言う。今の「愛車」は「トヨタ自動車の『ランドクルーザー』」だそうだ。「パジェロ」を買うのはぜいたくなのに「ランドクルーザー」は違うのか。

ランドクルーザー」のメーカー希望小売価格(消費税込み)は515万~684万円と決して安くない。「暮らし向きもつとめて質素」と自ら宣言するならば、クルマに乗るにしても中古の軽自動車にしたい。「ランドクルーザー」で「質素」と言われても悪い冗談にしか聞こえない。

大倉社長もその辺りは多少気になるのか「うちの専務なんて『レクサス』ですからね」と言い訳している。「レクサス」より「ランドクルーザー」の方が安いかもしれないが、どちらも「質素」とは程遠いクルマだ。

自分が社員だったら「社長や専務はやっぱり高いクルマに乗ってるんだな。豪華な暮らししてそうだな」としか思えないが…。


※今回取り上げた記事「経営教室『反骨のリーダー』シリーズ4~大倉忠司社長(鳥貴族)の『うぬぼれ』てなんぼ No.4 最終回~Lecture『王道経営』が幸福を広める
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/051400034/091000017/?ST=pc


※記事の評価はC(平均的)。

2018年9月15日土曜日

DeNA加賀も「松坂世代で幸せだった」? 誤解与える日経の見出し

15日の日本経済新聞朝刊スポーツ2面の「DeNA後藤・加賀、今季で引退~『松坂世代で幸せだった』」との見出しを見て「DeNAには松坂世代の現役選手がまだ2人もいたのか」と思ってしまった。
芥屋海水浴場(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

DeNAの後藤武敏内野手(38)は14日、横浜市内の球団事務所で加賀繁投手(33)とともに引退記者会見に臨み「松坂世代の一人でいられたことは幸せだった」と語った。西武、DeNAでプレーして16年目での決断。「今年、駄目なら引退という覚悟で臨んだ1年。気持ちはすっきりしている」と話した。

神奈川・横浜高時代に松坂(中日)らと甲子園大会で春夏連覇。松坂が13日に甲子園球場で勝利投手となった後に、後藤ら同世代の名を挙げたことに「家でニュースを見て涙が出た。(今季残り試合で)対戦できなくても松坂の気持ちで十分」と感謝した。

救援で活躍した加賀は名勝負を演じたバレンティン(ヤクルト)との対戦を「いい思い出でも苦しい思い出でもあった」と振り返った。

◇   ◇   ◇

記事を読めば、「加賀」が松坂世代でないのは明らかだ。改善策は2つ考えられる。「DeNA後藤、今季で引退」「『松坂世代で幸せだった』」として「加賀」を見出しに出すのは諦めるのが1つ。「後藤」を柱に据えた記事なので、大きな問題はない。「加賀=松坂世代」と誤解させるより、はるかに好ましい。

加賀」も見出しに入れたいのならば「DeNA後藤『松坂世代で幸せだった』~加賀とともに引退会見」などとする手がある。


※今回取り上げた記事「DeNA後藤・加賀、今季で引退~『松坂世代で幸せだった』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180915&ng=DGKKZO35421460V10C18A9UU2000


※記事への評価は見送る。

2018年9月13日木曜日

「AIで犯罪予知」に問題目立つ日経「ポスト平成の未来学」

日本経済新聞朝刊未来学面の「ポスト平成の未来学」という連載は失敗がパターン化している。「大きく変わる未来」を強引に描いてツッコミどころを作ってしまう例を何度も見てきた。13日の「AIで高度監視 犯罪の兆候 見逃さない」という記事もその一例だ。
ナビオス横浜(横浜市)※写真と本文は無関係です

未来学面に載っている意見受け付け用アドレスに送ったメールの内容は以下の通り。

【日経に送ったメール】

日本経済新聞社 鈴木卓郎様

13日朝刊未来学面「ポスト平成の未来学 第11部 あすの安心・安全~AIで高度監視犯罪の兆候 見逃さない」という記事について意見を述べさせていただきます。

まず冒頭で取り上げた警備ロボットの「リボーグX」についてです。記事では「リボーグXは周囲の人にけがをさせないことを優先して腕がなく『不審者を止める』『不審物を拾う』など行動をとれない構造になっている」と書いています。

これだと「腕さえ付ければ不審者を止めることもできるが、あえてそうしなかった」との印象を持ちます。しかし記事によると「(リボーグXの)移動速度は人の歩く速度より少し遅い時速2キロメートル」です。これでは、腕を付けても「不審者を止める」役割はほとんど期待できないでしょう。

次に気になったのが以下のくだりです。

犯罪予知システムで殺人がゼロに――。スティーブン・スピルバーグが監督し、トム・クルーズが主演した米SF映画『マイノリティ・リポート』(2002年)は、殺人事件が無くなった2054年の首都ワシントンを描いた。ストーリーは超能力者たちが犯罪を予知。特殊捜査機関の犯罪予防局の刑事がその予知に従って将来殺人を起こす『容疑者』を逮捕し、事件を未然に防ぐ。この映画の制作当時は、肝心の予知の部分は超能力者に頼るというストーリーにせざるを得なかったが、今は違う。予知の部分は過去の犯罪のビッグデータを分析するAIが担い、世界中の捜査機関などが犯罪予知システムの開発でしのぎを削る

この映画の制作当時は、肝心の予知の部分は超能力者に頼るというストーリーにせざるを得なかった」という説明が引っかかりました。2002年当時はAIの技術が今ほど発達していなかったかもしれませんが、映画の「ストーリー」は既存技術に縛られる必要はありません。AIが犯罪を予知する「ストーリー」にもできたはずです。

例えば、火星への移住が現状では技術的に難しいからと言って、火星に移住する「ストーリー」を映画で描けない訳ではありません。これは鈴木様も異論ないでしょう。

記事で鈴木様は以下のように続けています。

同システムを開発している『SingularPerturbations』代表の梶田真実さんによると、使われるのは過去の犯罪発生状況のデータを数理モデルで分析する機械学習と呼ばれる手法だ。『ある家が空き巣に入られると、その後1週間は半径数百メートル内での発生率が増加する』。こうした犯罪発生確率の高い場所を割り出せれば、警察は巡回を強化できる。米国では60以上の警察が同システムを導入し、事前パトロールなどで犯罪認知件数の減少につなげている

今は違う」と宣言した割には、大した話が出てきません。「ある家が空き巣に入られると、その後1週間は半径数百メートル内での発生率が増加する」--。それはそうでしょうねとしか言えません。「空き巣が入ったから周辺地域は要警戒」ぐらいのことは20世紀の警察も分かっていたと思います。

今回の記事の流れで「今は違う」と言い切るならば「1年以内に殺人事件を起こす人物を今のAIは高い確率で特定できる」といった話が要ります。

次に取り上げたいのが以下の記述です。

将来はマイノリティ・リポートのような犯罪予知社会が実現するのか。梶田さんは『分析モデルの開発は日進月歩。情報公開やデータ蓄積が進めばもっと精緻な予知ができる』と指摘する。過去の犯罪者の属性や交友関係から『誰が犯罪をするのか』を予知することも可能になるが、過去の事例分析に頼るため人種や社会的地位が偏る恐れがあるという。AIが間違いをしないとは限らず、冤罪(えんざい)の可能性も残る

ここで問題としたいのは「冤罪(えんざい)の可能性も残る」についてです。

まず、AIが「精緻な予知」をするだけならば、AIに起因する「冤罪の可能性」はほぼなさそうです。例えばコンビニに入ってきた人物が万引きをするとAIが予知したとしましょう。AIの分析結果を知った店員はその客を監視して、万引きしたところを捕まえれば済みます。予知が外れれば捕まえないので「冤罪」とはなりません。

マイノリティ・リポート」のように「将来殺人を起こす『容疑者』を逮捕」するとなると、現行法を前提にすれば逮捕自体が違法です(殺人の準備行為はないと仮定します)。

では「将来殺人を起こすとAIによって判断された人物はそれだけで殺人未遂罪に問われる」と法律が変わったとしましょう。この場合も「冤罪」は起きそうにありません。正確に言えば「冤罪」かどうかを判断する術がありません。

「1年以内に殺人事件を起こす」とAIが判断したAさんを逮捕して3年間服役させたとしましょう。出所後にAさんが「あれは冤罪だ。普通に暮らしていても俺は人を殺したり絶対にしなかった」と訴えても、証明する術はありません。Aさんは1人しかいないので「逮捕しなかったらどうなっていたか」は検証できないのです。

結局、鈴木様はどういう判断で「AIが間違いをしないとは限らず、冤罪(えんざい)の可能性も残る」と書いたのですか。そこが読み取れませんでした。

ポスト平成の未来学」ではありがちですが、「未来は大きく変わる。今もすごい変化が起きている」と打ち出すとツッコミどころの多い筋立てになってしまいます。鈴木様もその罠にはまっていませんか。大きく変わる未来を描く必要はないのです。小さな変化でも、それを丁寧に分析すれば説得力のある記事に仕上がるはずです。

私からの意見は以上です、記事を書く上での参考にしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学 第11部 あすの安心・安全~AIで高度監視犯罪の兆候 見逃さない
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180913&ng=DGKKZO35269590S8A910C1TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。鈴木卓郎記者への評価も暫定でDとする。「ポスト平成の未来学」については以下の投稿も参照してほしい。

「シェア経済」に食傷を感じる日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_9.html

「ピクセルワーカー」が魅力的に映らぬ日経未来学面の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_16.html

日経 未来学面「2050年 オフィスが消える」に足りないもの
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/2050.html

「若者たちの新地平」を描けていない日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_24.html

悪い意味で無邪気な日経 未来学面「考えるクルマ 街へ空へ」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_26.html

「肌着からデータ送信」が怪しい日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_9.html

IT企業の社員は「林業ガール」? 日経 若狭美緒記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_23.html

「フリーアドレス制でダイバーシティー効果」が怪しい日経の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_88.html

中長期の正確な気象予測は可能? 日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_5.html

「海にゴミを捨てるのは合法」と解説する日経 未来学面の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_13.html

未熟さ感じる日経「ポスト平成の未来学~ ゴミはなくせる」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_21.html

「飛行機600人乗り」の予測は的中? 日経 鬼頭めぐみ記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/600.html

「障害者」巡る問題多い日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_10.html

治療で救える度合いが「がん生存率」で分かると日経は言うが…

がん生存率」は「がんと診断された際に治療でどれほどの人を救えたかの指標」と言えるだろうか。日本経済新聞の記者はそう信じているようだが、おそらく違う。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

12日の日本経済新聞朝刊社会面に載った「がん3年生存率71% 5年生存率は横ばい65% ~国立がんセンター 治療法開発に活用」という記事についてお尋ねします。記事では「がん生存率」について以下のように解説しています。

がんと診断されてから一定の期間後に生存している人の割合。国立がん研究センターなどが、がん以外の死亡の影響を除いた『相対生存率』を、がんの部位や治療法、進行度ごとに集計し、算出する。がんと診断された際に治療でどれほどの人を救えたかの指標となる

がん生存率」は「がんと診断された際に治療でどれほどの人を救えたかの指標」にはならないと思えます。今回の調査では、前立腺がんと診断された人の3年生存率が「99%」となっています。単純化のために「がん以外の死亡」はないと考えましょう。この場合、前立腺がんと診断された人が100人とすると、99人は3年後も生存しています。ここから「治療でどれほどの人を救えたか」を読み取れるでしょうか。

記事を書いた人は「治療で99人を救えた」と考えそうです。「治療しなければ3年後には100人が死亡する」との前提に基づけば、その判断でよいでしょう。しかし、実際は「治療しなくても生存していた人」がいそうです。

前立腺がんは進行が遅いことが知られています。ゆえに「治療で救えた」人は99人をかなり下回るでしょう。「治療でどれほどの人を救えたか」を確かめるには「治療あり」と「治療なし」でランダム化比較実験をする必要があります。「がん生存率」では「治療でどれほどの人を救えたかの指標」とはなり得ません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「がん生存率」について「がんと診断されてから一定の期間後に生存している人の割合」とするのも正確さに欠けます。記事では「がん生存率」を「相対生存率」だと書いています。だとすれば、がんと診断された100人のうち「一定の期間後」に40人が生存していても「がん生存率」40%とは基本的になりません。比較対象群の生存率が80%であれば「がん生存率」は50%に上がります。

今回の用語解説では「がん生存率がんと診断されてから一定の期間後も、がんによる死亡がなかった人の割合」とでもすれば、問題は解消しそうです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

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がん生存率」は「治療で救えなかった人がどれほどいるか」を知る手掛かりにはなるだろう。調査対象者が全て治療を受けているとすれば、「がん生存率」が低い場合、治療に多くを期待できないとは言える。

だが、「がん生存率」が高い場合に治療が有効と考えるのは早計だ。風邪薬で考えれば分かる。風邪薬を飲んで10日以内に風邪が治った人の割合が99%だとしよう。そこで「風邪薬は効く。ほとんどの人が風邪薬に救われている」と言えるだろうか。風邪薬を飲まなくても、ほとんどの人は10日以内に回復するはずだ。

がんでも似たようなことが言える。膵臓がんの3年生存率が15%で、前立腺がんでは99%だとしても、そこから「前立腺がんでは治療を受ける意味がある」とは判断できない。

記事を書いた日経の記者は、おそらくその辺りを理解していない。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「がん3年生存率71% 5年生存率は横ばい65% ~国立がんセンター 治療法開発に活用
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180912&ng=DGKKZO35251510R10C18A9CR8000


※記事の評価はD(問題あり)。