2019年5月1日水曜日

日経 井口哲也編集局長に贈る言葉「新しい日経を創ろう」

デフレスパイラル」を日本は「1990年代後半から」経験しただろうか。個人的には経験した記憶がない。しかし日本経済新聞の井口哲也編集局長は「デフレスパイラル」だと認識したようだ。「デフレスパイラル」に明確な基準はないので「とにかく自分はそう思った」と言われればそれまでだが、日経には以下の内容で問い合わせを送っておいた。
粟嶋公園(大分県豊後高田市)
   ※写真と本文は無関係です

令和」の時代を迎えたのを機に、日経にはミス放置の悪癖を改めてほしい。その願いも井口編集局長に託してみた。


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集局長 井口哲也様

1日の朝刊1面に載った「『新しい日本』を創ろう」という記事についてお尋ねします。記事には「企業は設備、人員、債務の3つの過剰の処理に追われ、1990年代後半からのデフレスパイラルを招く」との記述があります。しかし日本で年間の物価下落率が1%を超えたのは2009年だけです。消費者物価指数の推移を「1990年代後半」から見てください。ほぼ横ばいと言ってもいい動きです。

日本経済新聞出版社からも「『デフレ論』の誤謬~なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか」という本が出ています。この本では「なぜ日本でマイルドなデフレが続いたのか」を分析しています。「デフレスパイラル」に明確な定義はないでしょうが、「マイルドなデフレ」を「デフレスパイラル」と見なすのは無理があります。

1990年代後半からのデフレスパイラルを招く」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、今回の記事に絡めて意見を述べさせていただきます。記事の最後を井口様は以下のように締めています。

健全な危機感と困難を乗り越えようとする意志こそが未来を開く。将来の世代に誇れる『新しい日本』。今日、その一歩を踏み出したい

異論はありません。そう信じるのであれば、まずは自らがトップに立つ日経の編集局を変えてみませんか。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。記事中のミスの多くを放置しているのです。全ての間違いに関して訂正を出せば、訂正の数は今の10倍以上に増えるかもしれません。その現実を受け入れるのが難しいのも分かります。

しかし井口様は紙面で読者に呼びかけたのです。「健全な危機感と困難を乗り越えようとする意志こそが未来を開く」と。ならば、まず日経を「将来の世代に誇れる」メディアに変えませんか。「今日、その一歩を踏み出したい」と井口様ならば思えるはずです。

『新しい日経』を創ろう

令和の時代が幕を開けた。新時代の日本が豊かになるために私たちは何をすべきだろうか」と問題提起した井口様にこの言葉を贈ります。「古い日経」が引きずる悪しき伝統を断ち切れない編集局長が「『新しい日本』を創ろう」と訴えて説得力があるでしょうか。

平成は過去の成功体験にとらわれ、やるべきことから目をそらしてきた不作為の時代でもあった

記事中のこの言葉は日経にそのまま当てはまります。間違い指摘を当たり前のように無視するやり方を「令和」でも続けますか。編集局長として「やるべきことから目をそらし」て時が過ぎるのを待つのか、それとも「未来を開く」ための「一歩」を踏み出すのか。決めるのは井口様自身です。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「『新しい日本』を創ろう
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190501&ng=DGKKZO44376850R00C19A5MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。井口哲也編集局長への評価も暫定でDとする。

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