2019年2月26日火曜日

「ムダ排除」に説得力欠く日経「Neo economy 進化する経済(2)」

日本経済新聞朝刊1面に載った「Neo economy 進化する経済(2)『ムダ』排除が生む低温経済 摩擦ゼロに備えはあるか」という記事は説得力に欠ける内容だった。「摩擦」を減らしそうもない話を「摩擦ゼロ」に向かう動きと捉えてしまっている。まずは最初の事例を見ていこう。
長崎大学(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

モノ、時間、カネ。経済の価値を生む源なのに、意図せぬ摩擦も生む。摩擦ゼロの滑らかな経済は夢か。

1月、バンコク。カフェを訪れた会社員、マニーラット・テプラビパードさんは店員から小包を受け取ると、コーヒーも飲まずに更衣室に入った。小包の中の衣類3点を試着し、1点を買った。アパレルのネット通販ポメロは2018年末、利用者が指定したカフェやヨガスタジオなどに衣類を送り、「試着室」に変えるサービスを始めた。

空いた空間を「試着室」に転じる発想を支えるのは、ドライバーの位置を把握し、返品された衣類を別の「試着室」に転送するデジタル技術だ。カフェの従業員らの更衣室が1日の間に使われる時間はわずか。自宅の空き部屋、週末しか乗らないマイカー。どんな邸宅や高級車も使わなければ新たな価値を生まない。

需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減らせれば、大型店舗で大量販売するよりも細かな需要にきめ細かく応じる方が収益につながる。米国の文明評論家、ジェレミー・リフキン氏は「ビッグデータを分析することで在庫を極限まで減らし、生産性を劇的に高められる」と語る。

企業はより効率的な在庫管理に動く。主要10カ国の経済成長率を在庫増が押し上げた度合いをみると、1970年代の1.6%から足元は0.4%まで低下した。40カ月周期の景気循環を指す「キチンの波」を起こすとされる在庫が意図せぬ形で増えるのを防げば、景気の波は穏やかになる。


◎あまり変化ないような…

取材班は「アパレルのネット通販ポメロ」の「サービス」を「摩擦ゼロ」かそれに近いものと判断したのだろう。「需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減ら」すことで「在庫を極限まで減ら」している事例と見ているようでもある。

しかし、大きな変化はなさそうだ。「空いた空間」は有効活用できるかもしれないが、そのためには「衣類」を移動させなければならない。「空いた空間を『試着室』に転じる発想を支えるのは、ドライバーの位置を把握し、返品された衣類を別の『試着室』に転送するデジタル技術だ」と言うが、「デジタル技術」だけでは「転送」できない。

ドライバー」を使って「衣類を別の『試着室』に転送する」のに「摩擦ゼロの滑らかな経済」に近付けるだろうか。この手のサービスが広がって「バンコク」の道路渋滞が悪化する可能性も十分にある。

需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減らせれば、大型店舗で大量販売するよりも細かな需要にきめ細かく応じる方が収益につながる」とも書いているが、「ポメロ」が従来のアパレルよりも「需要と供給の動きを見極めて」いると取れる材料は見当たらない。消費者が購入する候補を見つけて試着するという流れは「大型店舗で大量販売する」場合と同じだ。

付け加えると「極力まで減らせれば」は日本語として不自然だ。「極限まで減らせれば」と書きたかったのだろう。

在庫」に関しても「ポメロ」の事例が「摩擦ゼロ」に近付くものとは思えない。「試着室」が点在しているのであれば、「大型店舗で大量販売するよりも」在庫は多く抱える必要がありそうだ。売れ残りも当然に出てくる。

需要と供給」や「在庫」の話は一般論で「ポメロ」とは関係ないとの主張もできなくはない。ただ、そうなるとなぜ最初に長々と「ポメロ」の事例を紹介したのかとの疑問が残る。記事の構成を見ると、「需要と供給」や「在庫」の話は、2番目の事例とは明確に切り離されている。

その2番目の事例も見ておこう。

【日経の記事】

経済の潤滑油、貨幣も摩擦の種だ。欧州で無店舗の銀行事業を展開するN26のバレンティン・シュタルフ最高経営責任者は「ひどい銀行サービスと高い料金に苦しむ人が世界中にいる」という。同社ではマスターカード加盟のATMで手数料なく現金を引き出せ、運営コストは既存銀行の6分の1。創業6年で230万人が利用する。


◎これが「Neo economy」?

欧州」の事情は分からないが、これが「Neo economy」の事例なのかとは思う。ただのネット専業銀行ではないのか。「ATMで手数料なく現金を引き出せ」るのは、そんなに新しい動きではない。日本であれば、多くの銀行では自行のATMだけでなくコンビニでも「手数料なく現金を引き出せ」るようにしている(回数制限ありの場合が多いが…)。「N26」をわざわざ取り上げる意味があるのか。

さらに苦しいのが3番目の事例だ。

【日経の記事】

世界のキャッシュレス取引は今後5年、年2桁のペースで伸びる見通しだ。フィンテック企業のペイミー(東京・渋谷)は給与の即日払いサービスを手掛ける。月1回の給料支給という「摩擦」が減れば、給料日後に潤う居酒屋、ボーナス狙いの年末商戦といった風景が消えるかもしれない。



◎「摩擦」が増えるような…

ペイミー」の「給与の即日払いサービス」を使うと「摩擦」が減るだろうか。給与を受け取る回数で見れば「摩擦」は増える。しかも「ペイミー」への手数料の支払いも発生する。なのに「摩擦」が減ると見たのが不思議だ。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

経済が「摩擦ゼロ」に近付いていくとすれば「ペイミー」は淘汰されるべき存在だ。

記事で取り上げた事例は以上の3つ。そして結論部分へ移っていく。そこも見ておこう。

【日経の記事】

あり余るモノをつくり続け、大量に資源を消費してきた結果、人類は地球環境の破壊という負の遺産を残し、産業革命前に比べて世界の気温は1度上昇した。経済から余計なモノをそぎ落とし、摩擦ゼロに近づけていけば、効率は高まり、社会の調和は増すだろう。

だがその半面、投資や生産は減り、物価が抑えられるデフレ圧力が強まる。見た目の成長が鈍る「低温経済」が続き、大量雇用という工業化社会の前提も崩れるかもしれない。仕事が人工知能(AI)やロボットに置き換わったとき、失業したと嘆くのか、それとも余暇や自由という新たな豊かさを手にしたと感じるのか。従来の延長線ではない、発想の転換への備えがあるのかが問われている。



◎「デフレ圧力が強まる」?

摩擦ゼロに近づけていけば、効率は高まり、社会の調和は増すだろう。だがその半面、投資や生産は減り、物価が抑えられるデフレ圧力が強まる」との見方には同意できない。「デフレ圧力」が弱まる可能性もある。「余計なモノをそぎ落とし」た「摩擦ゼロ」の世界で、在庫一掃のための安売りは起きるだろうか。「余計なモノ」を作るから需給バランスが崩れて「デフレ圧力が強まる」面もある。

やはり、この記事には説得力がない。


※今回取り上げた記事「Neo economy 進化する経済(2)『ムダ』排除が生む低温経済 摩擦ゼロに備えはあるか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190226&ng=DGKKZO41741840W9A220C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

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