2018年11月15日木曜日

大腸がん検診「受けなければ大損」が罪深い中川恵一東大病院准教授

14日の日本経済新聞夕刊くらしナビ面に「がん社会を診る~大腸がん検診、未受診は割高に」という罪深い記事が載っている。筆者は東京大学病院准教授の中川恵一氏。「大腸がん検診は受けなければ大損」などと問題の多い解説をしている。専門家だから十分な知識があるとの前提に立てば、意図的に読者を騙しているのだろう。なぜそう判断できるのか記事を見ながら述べてみたい。
グラバー園内の旧長崎地方裁判所長官舎(レトロ写真館)
             ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

厚生労働省が推奨するがん検診は胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頸(けい)がん、乳がんに対するものです。特に大腸がん検診は便を2日採取するだけの簡単なものですが、死亡率を4割以下まで下げる効果が認められています。



◎「死亡率を4割以下」とは?

死亡率を4割以下まで下げる効果が認められています」との説明がまず分かりにくい。「大腸がんによる死亡率を60%以上下げる効果が認められています」と言いたいのだろう。ただ、普通に読むと「4割以下」は低下の幅ではなく「死亡率」の水準に見える(この解釈が正解かもしれない)。後で触れるが「死亡率」が「がん以外による死亡」も含むのかも不明だ。これでは情報として参考にできない。

ちなみに、週刊ポスト2017年3月17日号の記事では「大腸がん検診」を含むがん検診に関して以下のように記している。

【週刊ポストの記事】

昨年1月、世界的に権威のある『BMJ(英国医師会雑誌)』という医学雑誌に、「なぜ、がん検診は『命を救う』ことを証明できなかったのか」という論文が掲載された。その中で、「命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」という事実が指摘されたのだ。

たとえば、最も効果が確実とされている大腸がん検診(便潜血検査)では、4つの臨床試験を統合した研究で、大腸がんの死亡率が16%低下することが示されている。その一方で、がんだけでなく、あらゆる要因による死亡を含めた「総死亡率」が低下することは証明できていない。

◇   ◇   ◇

BMJ」に載った論文は他のメディアも取り上げており、中川氏も知っているはずだ。「この論文は誤りだ。総死亡率の低下を示す確かなエビデンスはある」と中川氏が考えるのならば、それを日経の記事で示すべきだ。なのに今回の記事では「大腸がん検診を受けると総死亡率が明らかに低下する」という話は出てこない。

あるいは「死亡率を4割以下まで下げる」というくだりの「死亡率」は「総死亡率」を指すのか。だったらそう書くべきだ(違うとは思うが…)。

代わりに出てくるのが以下の説明だ。これまた問題が多い。

【日経の記事】

今回、私たちは富士通健康保険組合と共同で大腸がんに関するレセプト(診療報酬明細書)と検診データを分析する大規模調査を行いました。

2014年度に大腸がん検診を受けた富士通健保加入者は約8万6千人、受診しなかったのは約3万4千人でした。受診した人でその後に大腸がんと診断されたのは約140人で、そのうち診断時に別の臓器などへの遠隔転移があったのは2.9%でした。未受診の人でその後に大腸がんと診断されたのは約60人。診断時に遠隔転移があったのはそのうち約23%でした。

大腸がんと診断された後、17年度までの4年間に必要となった患者1人あたりの総医療費は受診群が約200万円、未受診群は約460万円と2倍以上の差が出ました。

このように大腸がん検診を受けるメリットは明らかですが、これを集団の医療コストという視点で見てみます。



◎「検診を受けるメリットは明らか」?

大腸がん検診を受けるメリットは明らか」と中川氏は言い切るが、全くそう思えない。まず「富士通健康保険組合」との「大規模調査」はランダム化比較実験になっていないと推測できる。なので、そもそもエビデンスとしての信頼性に欠ける。それを踏まえた上で中川氏の言う「大腸がん検診を受けるメリット」を見ていこう。
藤蔭高校(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

受診群」で「大腸がんと診断された」人のうち「診断時に別の臓器などへの遠隔転移があったのは2.9%」。一方で「未受診群」では「その後に大腸がんと診断された」人のうち「遠隔転移」ありが「約23%」だという。

未受診群」では自覚症状が出てから検査を受ける人が多いはずなので、「遠隔転移」の率も高くなるだろう。それは分かる。だからと言って「検診を受けるメリット」があると判断するのは早計だ。

結局、「受診群」は長生きする確率が有意に高くなるのかが問題だ。その肝心な情報を中川氏は教えてくれない。「遠隔転移」していないがんを多く発見しても、それが長生きする可能性を高めてくれなければ意味はない。

患者1人あたりの総医療費は受診群が約200万円、未受診群は約460万円」という話にも受診のメリットは感じない。「受診群」では大して深刻ではないがんが多く見つかるはずなので「患者1人あたりの総医療費」が低くなるのは当然だ。

未受診群」の中には「隠れ大腸がん患者」がいると思われる。こうした人も含めて「患者1人あたりの総医療費」を見れば、「未受診群」の金額はかなり下がるだろう。

結局、「富士通健康保険組合」の話からは「大腸がん検診を受けるメリット」が全く感じられない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

検診費用がかかるものの早く見つかったため医療費が安く済む集団と、検診費用はかからないが進行したがんが多く、医療費が高くなる集団ではトータルの費用にどのような差が生じるでしょうか。

前述のデータを用い、未受診群で大腸がんになった人には治療費を、受診群では治療費に検診費を加え、1人あたりのコストを計算しました。がん患者ではない人のデータも含めたものです。その結果、受診群は未受診群に比べて4年間のコストが3千円以上安くなりました。検診費用を加えても受診した方が安く済むという結果は、保険組合や政府にとっても示唆的ではないでしょうか。



◎本当に「受診した方が安く済む」?

がん患者ではない人のデータも含めたものです」の解釈に迷ったが、ここでは「がん患者ではない人にかかった医療費も含めて計算したものです」との意味だとして話を進める。
都電荒川線 早稲田駅(東京都新宿区)
        ※写真と本文は無関係です

受診群は未受診群に比べて4年間のコストが3千円以上安く」なったからと言って「検診費用を加えても受診した方が安く済む」と判断するのは、やはり気が早い。まずランダム化比較実験ではなさそうという問題がある。

例えば「受診群は未受診群に比べて」健康に気を配る人が多いとすると、この要因が「コスト」に影響している可能性がある。だとすると「未受診群」が「受診」に切り替えても「安く済む」とは限らない。

最後に記事の結論部分を見ていこう。

【日経の記事】

今後、進行した大腸がんに「オプジーボ」などを用いた超高額ながん免疫療法が行われるでしょうから、この差はますます大きくなると思います。がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くするだけではありません。医療費の抑制につながり、社会全体にもプラスになります。大腸がん検診は受けなければ大損といえるでしょう



◎「大腸がん検診は受けなければ大損」?

がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くする」と中川氏は断定している。だが、がん検診にはデメリットもある。特に問題なのが「過剰診断」だ。国立がん研究センターのサイトでは以下のように解説している。

【国立がん研究センターの解説】

(がん検診の)もう1つの重大な不利益に、「過剰診断」があります。がん検診で発見されるがんの中には、本来そのがんが進展して死亡に至るという経路をとらない、生命予後に関係のないものが発見される場合があります。こうした「がん」は消えてしまったり、そのままの状況にとどまったりするため、生命を脅かすことはありません。また、精度が高いとされる検査で発見される前がん病変も、すべてががんに進展するわけではなく、むしろがんになるのはほんの数%にすぎません。しかし、実際にがん検診を受けて「がん」として見つかったものについては、多くの場合は通常のがんと同様の診断検査や治療が行われます。診断検査や治療には、経済的だけでなく、身体的・心理的にも大きな負担を伴います。場合によっては、治療による合併症のために、その後の生活に支障をきたすこともあります。早期発見されたがんの中には、一定の過剰診断例が含まれていますが、がんの種類や検査法によりその割合は異なります。現在の医療では、どのようながんが進展し、生命予後に影響を及ぼすかはわかっていません。

◇   ◇   ◇

過剰診断」の問題を中川氏が知らないはずはない。なのに完全に無視して「がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くする」と言い切るのは、あまりに無責任だ。

大腸がん検診は受けなければ大損」という中川氏の言葉を信じて検診を受ける人がいるかもしれない。結果として、「生命予後に関係のないものが発見され」ただけなのに「通常のがんと同様の診断検査や治療」を受けて「身体的・心理的にも大きな負担」が生じる場合もある。そうしたリスクを読者に伝えずに「大腸がん検診は受けなければ大損」と結論付けて、医療関係者としての良心は痛まないのか。


※今回取り上げた記事「がん社会を診る~大腸がん検診、未受診は割高に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181114&ng=DGKKZO37734190U8A111C1KNTP00


※記事の評価はE(大いに問題あり)。中川恵一氏への評価も暫定でEとする。

0 件のコメント:

コメントを投稿