2018年2月28日水曜日

冒頭から分かりにくい週刊ダイヤモンド「新・新エネ戦争」

週刊ダイヤモンド3月3日号の第2特集「EV到来で過熱する 新・新エネ戦争」には冒頭から意味のよく分からない説明が出てくる。筆者の堀内亮記者は以下のように書いている。
小長井駅(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

2016年、世界の再生可能エネルギーの年間導入量が初めてトップに立った。ここにきて、世界的な電気自動車(EV)ブームが到来し、その主力電源として期待される「再エネ」の周辺ビジネスに企業が群がっている。新たなエネルギー戦争の幕が開いた。 



◎何の中で「トップ」?

2016年、世界の再生可能エネルギーの年間導入量が初めてトップに立った」という最初の文でいきなり躓いてしまった。「世界の再生可能エネルギーの年間導入量」は何の中での「トップ」なのか謎だ。

日本の再生可能エネルギーの年間導入量が初めてトップに立った」と書いてあれば、「日本が国別で初めてトップに立った」と推測できる。しかし、記事では「世界」と明示している。「火力や原子力と比べた年間導入量で再生可能エネルギーがトップになった」との趣旨かもしれないが、そう断言できる材料もない。特集を最後まで読んでも謎は解けなかった。

この特集には、他にも引っかかる説明があった。「EVシフトでチャンス到来!企業が群がる“分散型バブル”」という記事の一部を見てほしい。

【ダイヤモンドの記事】

分散電源化──。今、エネルギー業界で注目を集めているキーワードだ。本特集では、分散型エネルギーと言い換えよう。

分散型エネルギーとは、文字通り、地域が分散したエネルギーのことをいう。ざっくり言えば、大手電力会社が手掛ける原子力発電や火力発電などの「大規模集中型エネルギー」以外のエネルギーを分散型エネルギーと呼ぶ。

具体的には、太陽光や風力といった再生可能エネルギーをはじめ、コージェネレーション(電気と熱を同時に発生するシステム)、蓄電池などが含まれる。蓄電池が搭載されているという意味では、はやりの電気自動車(EV)も立派な分散型エネルギーだ。

分散型と大規模集中型、それぞれに一長一短がある。

分散型の大きなメリットは、発電の際に二酸化炭素(CO2)を全く出さない“クリーンエネルギー”であること。また太陽光や風力といった自然エネルギーを活用するため、燃料調達費がゼロであることも挙げられる


◎蓄電池で「発電」できる?

発電」を辞書で調べると「電気を起こすこと。熱機関などにより発電機を回転させ、電力を発生させること。火力・水力・原子力・風力・潮力・地熱などが利用される」(デジタル大辞泉)と出てくる。広義では畜電池も「発電」しているのかもしれないが、普通に考えると他で「発電」した電力をためて使っているに過ぎない。

記事によると「蓄電池が搭載されているという意味では、はやりの電気自動車(EV)も立派な分散型エネルギー」であり「分散型の大きなメリットは、発電の際に二酸化炭素(CO2)を全く出さない“クリーンエネルギー”であること」らしい。

つまりEVは「発電の際に二酸化炭素(CO2)を全く出さない“クリーンエネルギー”」となる。畜電池にためた電力を使う時に限ればそうかもしれないが、火力発電所で生み出した電力を使って走る場合、「クリーンエネルギー」と呼ぶのは苦しい。

EVを含む「分散型エネルギー」ついて「太陽光や風力といった自然エネルギーを活用する」と断定しているのも疑問だ。火力や原子力で生み出した電力でEVを走らせることも当然あるだろう。それを「燃料調達費がゼロ」との考えるのもやや無理がある。

火力で発電して蓄電池に充電する場合、電気料金がかかるし、その電気を作るのに「燃料調達費」がかかる。「EVはCO2を全く出さない“クリーンエネルギー”であり、燃料調達費もゼロ」という記事の説明は、間違いではないとしても強引さを感じる。


※今回取り上げた特集「EV到来で過熱する 新・新エネ戦争
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22853

※特集全体の評価はC(平均的)。堀内亮記者への評価もCを据え置く。

2018年2月27日火曜日

84年は「バブル」? 土屋直也ニュースソクラ編集長への不安

土屋直也氏(ニュースソクラ編集長)については、同氏が日本経済新聞社の記者からだった頃から、書き手としての能力に疑問を抱いていた。そんな土屋氏が週刊エコノミスト3月6日号の「ネットメディアの視点~面接官はスマホの先のAI 志望者と企業がSNSで化かし合い」という記事の冒頭で以下のような説明をしていた。
若宮八幡宮(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

3月1日には、就職活動のエントリーシート受け付けを経団連が解禁する。本格的な就活シーズンが始まる。私が就職した1984年ごろのような、バブル以来の空前の売り手市場となっているのだという。



◎84年は「バブル」?

記事の最初の段階で「この人は大丈夫かな?」と心配になってしまう。土屋氏は自分が「就職した1984年ごろ」をバブル期だと信じているのだろう。バブルの端緒となったプラザ合意が85年。バブル景気は一般的に86~91年とされている。土屋氏が就職した84年も、就職活動をしたであろう83年もバブル以前だと考えるのが普通だ。

この辺りは、土屋氏も成人として(しかも就職後は記者として)経験しているので、間違える恐れは少ないと思えるが、しっかりと勘違いしている。これが怖い。


※今回取り上げた記事「面接官はスマホの先のAI 志望者と企業がSNSで化かし合い
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180306se1000000078000


※記事の評価はC(平均的)。土屋直也への評価は暫定でCとする。

2018年2月26日月曜日

男子の分析が欲しい日経「スピード有終の金 平昌五輪」

平昌五輪が閉幕した。それを受けて26日の日本経済新聞朝刊スポーツ1面に「スピード有終の金 平昌五輪 実った強化策、V字回復」という記事が出ている。この中に2つ引っかかる点があった。まず「V字回復」なのかという問題。もう1つは、なぜ「男子」に触れないのかだ。記事の全文は以下の通り。
久留米学園高校(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

スピードスケート陣は、競技最終日の24日に女子マススタートで高木菜那(日本電産サンキョー)が金メダルを獲得して有終の美を飾った。前回ソチ五輪のメダル0、入賞4から、メダル6(金3、銀2、銅1)を含む入賞15とV字回復を達成。今大会の日本選手団躍進の「主役」となった。

 日本スケート連盟は昨年末、今季前半戦の好成績を受け、メダルの目標を「金メダルを含むメダル4つ」から「複数の金を含むメダル4つ」へと上方修正した。結果は金3つを含む6個と、望外の好成績。湯田淳監督は「16人の最強の選手団が自分のベストパフォーマンスを発揮することに集中した。日本は世界1位になれるだけの、ポテンシャルを十分秘めた国であると再確認できた」と選手たちをたたえた。

日本連盟は惨敗したソチ五輪後に、所属先でバラバラに練習していたトップ選手を集めてナショナルチームを結成。小平奈緒(相沢病院)ら一部を除く約20人のトップ選手が切磋琢磨(せっさたくま)しながら、一緒に活動する体制に改めた。

また外国人指導者を招き、強国オランダからヨハン・デビット氏がコーチに就任。スポーツ科学に基づく年間トレーニング計画や徹底したデータ管理で選手の才能を開花させた。高木菜は2個目の金メダル獲得から一夜明けた25日の記者会見で、「ヨハンはオランダの中でもきつい練習をするコーチだけど、日本人は言われたことを最後までやる。オランダの練習の強さと、日本のよいところが、うまく組み合わさって今がある」と4年間の成長を振り返った。(金子英介)


◎バンクーバー五輪は好成績?

バンクーバー五輪で平昌並みの好成績を収めて、その後にソチで惨敗だったのならば「V字回復」でいいだろう。だが、バンクーバーでのスピードスケートは金なしのメダル3個と微妙な成績だった。「V字回復」はちょっと苦しい。

その上に、平昌での「男子」を完全に無視して話を進めている。記事では「湯田淳監督」の「16人の最強の選手団が自分のベストパフォーマンスを発揮することに集中した」とのコメントを紹介している。「16人」には男子も含む。「スピードスケート陣」の「16人」について論じるのならば、メダルゼロの男子にも触れるべきだ。

日本連盟は惨敗したソチ五輪後に、所属先でバラバラに練習していたトップ選手を集めてナショナルチームを結成」したことが、女子では好成績につながったのに、男子ではなぜ目立った効果を上げなかったのか。平昌五輪での「スピードスケート陣」を総括するならば、その分析は欲しい。


※今回取り上げた記事「スピード有終の金 平昌五輪 実った強化策、V字回復
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180226&ng=DGKKZO27375480V20C18A2UU1000


※記事の評価はC(平均的)。金子英介記者への評価も暫定でCとする。

2018年2月25日日曜日

「人件費が粗利を圧迫」? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者に問う

週刊ダイヤモンドの岡田悟記者には、これまで厳しい評価をしてきた。3月3日号に岡田記者が書いた「Inside~そごう・西武がPBから撤退 百貨店の衣料品販売は限界か」という記事も、やはり問題が多い。ダイヤモンド編集部には以下の内容で問い合わせを送っている。
今川沿いの菜の花(福岡県行橋市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 岡田悟様

3月3日号の「Inside~そごう・西武がPBから撤退 百貨店の衣料品販売は限界か」という記事についてお尋ねします。記事には「同社(=そごう・西武)によると、PBはNBと異なり自社の社員が販売を担うが、販売が伸び悩んだことで、その人件費が粗利を圧迫していた」との説明があります。

この説明を信じれば「販売にかかる人件費の増加は粗利益を押し下げる要因になる」と言えるはずです。しかし、百貨店の場合、人件費は販管費に含まれます。「粗利益-販管費=営業利益」との関係が成り立つので、人件費がどれだけ増えても粗利益には影響しません。

人件費が粗利を圧迫していた」との説明は誤りではありませんか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアの一員として責任ある行動を心掛けてください。

せっかくの機会ですので、さらにいくつか指摘させていただきます。

まず、そごう・西武のPBである「リミテッド エディション」について「販売が伸び悩んだ」と説明しているのが引っかかります。記事中の「年間売上高はピーク時100億円ほどだったが、現在は60億円程度まで落ちている」との記述と整合しません。

伸び悩む」とは「伸びが鈍化する」という意味です。販売が減少傾向ならば「販売が伸び悩んだ」と表現するのは不正確です。

次に、以下の記述についてです。

現在、都心の百貨店は、インバウンド客と国内富裕層の高額品需要で空前の好業績に沸いている。郊外店が多いそごう・西武はなお苦戦しているが、売り上げの多くを占める婦人服の販売不振という課題は共通している。その解決策としてPB強化が進められてきたわけだが、結果を出すことができず撤退することとなった

都心の百貨店は空前の好業績に沸いている」というのは本当ですか。1月の売上高を見ると、三越伊勢丹ホールディングスでは都心3店(伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店、三越銀座店)の合計で前年同月比1.2%増と、それほど伸びではありません。高島屋は新宿店こそ1.9%増ですが、日本橋店は4.1%減です。この数字を見る限りでは「空前の好業績」とは感じられません。

付け加えると「その解決策としてPB強化が進められてきたわけだが、結果を出すことができず撤退することとなった」というくだりは、「こと」を繰り返すなど冗長な印象を受けます。「進められてきた」と受け身にする必要もないでしょう。改善例を示してみます。

<改善例>

その解決策としてPB強化を進めてきたが、結果を出せずに撤退が決まった。


かなりスッキリしたと思いませんか。情報量に差はないはずです。記事を書くときは、できるだけ簡潔な表現を心掛けてください。


◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「Inside~そごう・西武がPBから撤退 百貨店の衣料品販売は限界か
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22835

 
※記事の評価はD(問題あり)。岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。岡田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの「おうちダイレクト」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html

こっそり「正しい説明」に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_96.html

肝心のJフロントに取材なし? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者の怠慢
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html

「井阪体制」批判が強引な週刊ダイヤモンド岡田悟記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_16.html

2018年2月24日土曜日

今の日本で「長期金利の低下鮮明」? 日経の記事に疑問

24日の日本経済新聞朝刊マーケット総合面に「長期金利の低下鮮明 国内投資家、円債に回帰」という記事が出ている。見出しを見て「日本の長期金利に『低下鮮明』なんてあり得るの?」と疑問が湧いた。記事の全文は以下の通り。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

長期金利の低下傾向が鮮明だ。指標となる新発10年物国債利回りは23日、前日比0.005%低い0.045%と、約2カ月ぶりの低水準を付けた。償還までの期間が長い超長期債も約1年ぶりの低水準にある。国内の投資家が米金利上昇で含み損を抱えた米国債を売却し、その売却資金を円債に投じているとの見方が出ており、金利低下圧力となった。

財務省の対内対外証券投資によると、国内投資家は今月11日から17日にかけて5531億円の外債(中長期債)を売り越した。売り越しは1月28日以来3週連続となり、合計額は約2.4兆円にのぼる。

売却資金の一部が円債に回帰していることが日本の金利低下につながっている。

国債需給の引き締まりも金利を押し下げている。日銀は1月の超長期債の購入減額以降、しばらく追加的な減額をしていない。「円高進行で日銀が当面国債買い入れの減額には動けなくなったとの見方が広がった」(メリルリンチ日本証券の大崎秀一氏)との指摘も出ており、国債の買い安心感につながっている。



◎「0.005%」でも「低下傾向が鮮明」?

日銀が長期金利を「ゼロ%程度」に誘導している中で、「長期金利の低下傾向が鮮明」になるとは考えにくい。「前日比0.005%低い0.045%と、約2カ月ぶりの低水準を付けた」と言うが、値動きはわずか「0.005%」。基本的に「ゼロ%程度」での横ばいだ。ほぼゼロ金利の中での極小の動きを捉えて「低下傾向が鮮明」と言うのは無理があるし、意味がない。

しかも、隣のマーケット総合1面の「<金利>10年債、0.045%に低下」という記事でも以下のように書いている。

23日の国内債券市場で長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは低下(価格は上昇)した。前日と比べ0.005%低い0.045%で取引を終えた。昨年12月以来約2カ月ぶりの低水準となった。年度末を控えて国内金融機関の債券需要が高まった

これで十分だろう。内容もかなり重なっている。「長期金利の低下鮮明」と無理して盛り上げて3段見出しを付けてまで記事を載せる必要は感じられない。

ついでに言うと「約2カ月ぶりの低水準を付けた」というくだりの「低水準を付けた」が気になった。個人的には、「水準」は「付ける」ものではないと思う。「高値を付ける」は問題ないが「高水準を付ける」には違和感がある。

マーケット総合2面の記事では「昨年12月以来約2カ月ぶりの低水準となった」と書いている。こちら方が好ましい。


※今回取り上げた記事「長期金利の低下鮮明 国内投資家、円債に回帰
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180224&ng=DGKKZO27341630T20C18A2EN2000


※記事の評価はC(平均的)。

2018年2月23日金曜日

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏

23日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)が「Deep Insight~誰も切望せぬ北朝鮮消滅」という記事を書いている。見出しの通り「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」 が記事のテーマだが、読んでみると「誰も切望せぬ」とは思えなかった。中国、米国、ロシアが「切望」しないのは分かる。ただ、日本と韓国に関して秋田氏の解説はどうも怪しい。「国家としての北朝鮮がいま崩壊し、地上から消滅してしまうことを、実はどの国も切望していないという『不都合な現実』」を日韓に関しても描けているかどうか検証してみたい。
鎮西身延山本佛寺(福岡県うきは市)
        ※写真と本文は無関係です

まずは日本。

【日経の記事】
 
米中だけでなく、日本にとっても、北朝鮮の消滅は必ずしも理想のシナリオとは言いがたい。半島が大動乱になれば、日本にも火の粉が降り注ぐ。仮に韓国主導の統一が実現したとしても、復興のために莫大な資金支援を日本は期待されるだろう。

さらに日本は地政学上、難しい環境に向き合うことになるかもしれない。新たに出現する「統一国家」は、より反日色が濃くなる可能性があるからだ。日本政府の安全保障ブレーンは予測する。

「南北が統一されれば、反日イデオロギーの教育を受けてきた旧北朝鮮の人々もやがて有権者となり、投票するだろう。そうして生まれる新国家が、今より親日的になるとは考えづらい」




◎話が変わってない?

どの国も切望していない」状況を描こうとしているはずだが、日本に関しては「理想のシナリオとは言いがたい」と書いており、話がややズレている。「理想のシナリオ」でなくても、悪い状況から良い状況に移れるのであれば、その変化を「切望」することは十分にあり得る。

秋田氏は政府関係者への取材も日常的にしているはずだ。だったら、「切望していない」という趣旨の政府関係者コメントでも使えば良さそうなものだが、なぜか、そうした証言は出てこない。「日本政府の安全保障ブレーン」の話を持ち出すのに、政府そのものの「切望していない」という意向を示せないのは、「切望していない」との前提に無理があるからではないか。

ついでに言うと、「半島が大動乱になれば、日本にも火の粉が降り注ぐ」と秋田氏は断言するが、それは状況によるはずだ。朝鮮戦争の時は「半島が大動乱」になったものの「日本にも火の粉が降り注ぐ」事態になったとは言い難い(「火の粉」の捉え方次第ではあるが…)。

さらに言えば、「新たに出現する『統一国家』は、より反日色が濃くなる可能性がある」といった程度では、北朝鮮消滅を「切望」しない理由としては苦しい。「統一国家」が今の韓国より反日的になるとしても、北朝鮮の核ミサイルの脅威がなくなるのならば全体で見てプラスが上回ると考える方が自然だ。

結局、日本政府の話なのに「切望していない」という直接的な根拠が欠けている。秋田氏の挙げる様々な材料も「切望していない」と判断する根拠としては、かなり弱い。

次に韓国について考えたい。

【日経の記事】 

では、最後に残った韓国はどうだろうか。文在寅政権は北朝鮮との融和に熱心だが、皆がいますぐ南北統一を実現したいと願っているわけではないようだ。昨年春に韓国政府の研究機関が実施した世論調査によると、統一は「必要」と答えたのは57.8%にとどまった。20代では「必要ない」との回答が6割を占めた。

こうした構図が正しいとすれば、日米韓中は北朝鮮に制裁を浴びせ、核を放棄させたいものの、少なくとも現時点では、国家が消えるまで追い込むつもりはないということになる。

北朝鮮は各国のそんな本音に気づいているのかもしれない。北朝鮮が抱える巨大な地政学リスクが彼らの一助になっているとすれば、極めて皮肉というほかない。


◎根拠は「世論調査」?

どの国も切望していない」とは「どの国(の政府)も切望していない」という意味だと思って読み進めてきた。韓国に関しても「文在寅政権は北朝鮮との融和に熱心だが、皆がいますぐ南北統一を実現したいと願っているわけではないようだ」とのくだりまでは、そう感じた。

しかし、その後に出てくるのは「世論調査」の数字だ。「世論調査」の数字では「文在寅政権」が北朝鮮消滅を「切望」しているかどうか判断できない。世論調査で原発反対が多いからと言って、政府が原発廃止に動くとは限らないのと同じだ。

しかも世論が「切望していない」と解釈するのも苦しい。「統一は『必要』と答えたのは57.8%にとどまった」と言うが、過半数は「統一が必要」と回答していることになる。ここから「(韓国国民も)切望していない」と読み取るのは強引すぎる。「20代」の数字を出しても、苦しさは変わらない。重要なのは、やはり国民全体の動向だ。

しかも、記事に付けた表では韓国について「悲願の統一は実現しても、莫大なリスクと経済負担」と説明している。「統一」が国としての「悲願」ならば、余計に「切望していない」とは受け取れない。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~誰も切望せぬ北朝鮮消滅
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180223&ng=DGKKZO27256380S8A220C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。

秋田浩之氏への評価もDを据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

2018年2月22日木曜日

働き方改革「政争している場合か」と日経 山口聡記者は言うが…

22日の日本経済新聞朝刊総合2面のトップ記事「働き方改革 足踏み~厚労省、裁量労働延期を検討 不適切データ 新たに117件」には「政争している場合か」という関連記事(筆者は山口聡記者)が付いている。この記事には色々と問題を感じた。中身を見ながら、具体的に指摘してみたい。
横浜ランドマークタワー(横浜市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

なぜこうも時間ばかりが費やされるのだろうか。政府は野党の反発を踏まえて働き方改革関連法案を修正し、裁量労働制の拡大など大半の制度の施行を1年遅らせる検討に入った。日本は人口減で働き手が減る。人工知能(AI)の登場で従来通りの働き方は通用しなくなる。一人ひとりの能力を最大限に生かし、生産性を高める多様な働き方ができる土俵づくりを急がなければならない。働き方改革を政争の具にしている場合ではない



◎「政争の具にしている場合」では?

見出しで「政争している場合か」と打ち出し、本文でも「働き方改革を政争の具にしている場合ではない」と訴えている。これは謎だ。重要法案に関して「政争」せずに、何で「政争」するのか。

例えば、五輪に選手団を送るかどうかで揉めている時に「五輪を政争の具にするな」と言うのは分かる。「五輪はスポーツの祭典であって政争の具にすべきものではない」との認識が広く共有されているからだ。

しかし「働き方改革」はそうではない。国会で活発に議論すべき「法案」になっているはずだ。大災害などが起きて「働き方改革」どころではないという状況でもない。しかも「裁量労働制の拡大も脱時間給制度導入も3年前の国会で提案されながら、審議もされずにずるずると今に至っている」と山口記者自身が書いている。つまり、国会での審議は全くできていない。なのに「政争の具」にせず、さっさと法案を成立させるべきなのか。

「国会審議なんて意味がない」と山口記者が考えているのならば分かる。そうではないとすれば、関連データが不適切だったとの問題も出ているのだから「今こそ、働き方改革を政争の具にすべき時だ」とでも訴えるべきだ。

記事の続きを見てみよう。

【日経の記事】

日本生産性本部によると、日本の1人当たり労働生産性は経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国の中で21番目と欧米諸国に劣後したままだ。そんな状況にもかかわらず、裁量労働制の拡大も脱時間給制度導入も3年前の国会で提案されながら、審議もされずにずるずると今に至っている。



◎「欧米諸国に劣後したまま」?

日本の1人当たり労働生産性」について「欧米諸国に劣後したまま」だと山口記者は言い切っている。しかし、この説明は不正確だ。チェコ、ポーランド、ハンガリーなど日本よりも下位の「欧米諸国」はいくつもある。
吉井駅周辺の菜の花(福岡県うきは市)
      ※写真と本文は無関係です

経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国の中で21番目」というのが、強い危機感を持つべき順位だと考える根拠も謎だ。例えば「10位以内なら問題なし」と考える場合、11位ではダメな理由は何なのだろう。

裁量労働制の拡大」や「脱時間給制度導入」が生産性向上に寄与するとの前提で記事を書いているのも気になる。こうした“改革”によって1人当たりの労働時間が増えるのならば「1人当たり労働生産性」は伸びるだろうが…(そうなる可能性はもちろんある)。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

野党などの「かえって長時間労働を助長する」といった批判が強かったためだ。そのような声には長時間労働を防ぎ、労働者の健康を守る仕組みづくりで対応するのが筋。「反対があるから延期する」では、あまりに稚拙ではないだろうか



◎「反対があるから延期する」?

大半の制度の施行を1年遅らせる検討に入った」ことを、山口記者は「反対があるから延期する」と理解したようだ。しかし、これは日経の報道内容とも食い違う。この日の朝刊1面の記事では「同省(=厚生労働省)の裁量労働制調査に不備が発覚し、先送りを余儀なくされた」と書いている。だとすると、「反対があるから延期する」ではなく「調査に不備が発覚したから延期する」だろう。

記事の終盤に移ろう。

【日経の記事】

仕事の進め方や労働時間を自分で工夫し、モチベーションを上げ、生産性を上げられる人は少なくないはずだ。そういう人たちには制度面で後押しし、日本の成長につなげる必要がある。マイナス面を是正し、プラス面を生かす議論こそが求められている

働き方改革の法案には長時間労働の是正や同一労働同一賃金なども盛り込まれている。「多くを詰め込んだ一つの法案にまとめるのは乱暴」との批判もあるが、世界的に進む大きな環境変化に、大きな対応の素地をつくっておくのは間違いではない。すべての世代が性別に関係なく、生き生き働ける環境は欠かせない。改革に「待った」をかけ続けるだけでは何も進まない。


◎「議論が求められている」ならば…

上記の説明には整合性の問題を感じる。「働き方」に関して「マイナス面を是正し、プラス面を生かす議論こそが求められている」と山口記者は言う。だったら「裁量労働制の拡大はマイナス面が大きい。法案から削除すべきだ」と野党が議論を求めてもいいのか。「マイナス面を是正し、プラス面を生かす議論」を国会の場できちんとやる場合は、結果的に「働き方改革」が「政争の具」になってしまう。

しかし、山口記者は「働き方改革を政争の具にしている場合ではない」とも訴えていた。これは「国会での議論なんてもういい。さっさと法案を成立させよう」という趣旨の主張だと思える。

裁量労働制の拡大も脱時間給制度導入も」何としても実現させたいから、早期に法案を成立させろと願う気持ちは分からなくもない。だが、今回のような雑な主張では、記事に説得力は生まれない。そのことを山口記者にはよく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「政争している場合か
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180222&ng=DGKKZO27219470R20C18A2EA2000


※記事の評価はD(問題あり)。山口聡記者への評価もDを据え置く。山口記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

山口聡編集委員の個性どこに? 日経「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_76.html

問題目立つ日経 山口聡編集委員の「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_29.html

「脱時間給」必要性の説明に無理あり 日経 山口聡記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_25.html

「年功序列」と関係ある? 日経「脱時間給で綱引き」への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_26.html

2018年2月21日水曜日

「33%出資は連結対象外」に関する日経ビジネスの回答

日経ビジネス2月19日号の「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携」という記事に関する問い合わせに回答があったので、その内容を問い合わせとともに紹介したい。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 佐伯真也様 庄司容子様

2月19日号の「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携」という記事についてお尋ねします。

(1)記事には「王子HD側の視点に立つと、連結対象にしない33.0%の出資比率は中途半端にも映る」との記述があります。一方で「王子HDが三菱製紙に約100億円を出資し発行済み株式の33.0%を取得、同社を持ち分法適用会社とする」とも書いています。持ち分法適用会社であれば、「連結子会社」ではないものの、王子HDの「連結対象」にはなります。

例えば、「三井物産、日鉄住金物産を連結対象に 出資比率20%に上げ」という日経の記事(2017月9月29日)では、日鉄住金物産への出資比率が「11%から20%になる」のを受けて「連結対象に」と見出しにもしています。

そうした点を考慮すると、今回の記事の「連結対象にしない33.0%の出資比率」との説明は誤りではありませんか。

(2)記事には「王子HDにとっても、出資比率を33.0%にとどめるのは好都合だ。三菱製紙の経営再建が道半ばのなか、王子HDへの業績影響を最小限にできる」との記述があります。

業績影響を最小限」にしたいのならば、出資比率20%未満の方が得策です。連結対象に加えるとの前提で「業績影響を最小限」にする場合、出資比率は20%となるはずです。「出資比率を33.0%にとどめる」と「業績影響を最小限にできる」との説明は誤りではありませんか。

(3)記事には「三菱製紙は三菱グループ中核企業が集まる『金曜会』の主要メンバーの1社」との記述がありますが、本当でしょうか。

週刊ダイヤモンドの「三菱グループの最高決定機関『金曜会』の知られざる権力構造と裏序列」という記事によると、金曜会には世話人会という組織があり、「三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の御三家」に加えて、「グループの主要企業である三菱地所、三菱電機、三菱UFJ信託銀行、東京海上日動火災保険、明治安田生命保険、日本郵船、三菱マテリアル、三菱化学、旭硝子、キリンホールディングスの10社のうち6社が世話人会に加わる」そうです。

そして、世話人会に加わる資格がないメンバー企業を「外様」と週刊ダイヤモンドは表現しています。「主要メンバー」を3社とするか13社とするかは微妙ですが、いずれにしても三菱製紙は外れます。同社を「『金曜会』の主要メンバー」と捉えるのは誤りではありませんか。

質問は以上です。記事の説明で問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですがよろしくお願いします。


【日経BP社の回答】

日経ビジネスをご愛読頂き、ありがとうございます。ご質問に回答させて頂きます。

1)「連結対象にしない33.0%の出資比率」について

今回の記事で「連結対象にしない」と表現したのは、「持ち分法適用会社にとどめ、連結子会社化にしない」という意味で書かせていただきました。記事中の関係者のコメントで「連結子会社にしない」と引用しているのはそのためです。ただ、ご指摘の通り、誤解を招く表現であったと反省し、今後の記事の参考にさせて頂きたく存じます。


2)「出資比率を33.0%にとどめる」と「業績影響を最小限にできる」について

業績影響を最小限にするなら0%出資になりますが、出資によって影響力を持ちたい王子ホールディングスにとっては、33%が最小限の比率だったという認識です。


3)「三菱製紙は金曜会の主要メンバー」について

週刊ダイヤモンド様と認識が異なると考えております。

以上です。

◇   ◇   ◇

基本的には、きちんとした回答だと思える。ただ(2)が苦しい。33%については「業績影響を最小限にできる」出資比率だと記事では書いていたのに、回答では「影響力」を持てる「最小限の」出資比率になってしまっている。記事では、そうは説明していない。

さらに言えば、33%ならば「影響力」を持てるが、32%になると「影響力」が持てないとは考えにくい。

(3)は“完璧”な回答とも言える。ただ「三菱製紙は金曜会の主要メンバー」との認識が、常識的な見方とはかけ離れているが辛い。「三菱製紙は金曜会の主要メンバー」と言える根拠が回答の中に入っていればベストだが、難しいだろう。


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/021300923/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。佐伯真也記者と庄司容子記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。

2018年2月20日火曜日

「東大生がスタートアップを選ぶ」に無理がある日経の記事

19日の日本経済新聞朝刊新興・中小企業面に載った「スタートアップ#東京大学(上) 勃興本郷バレー 省庁・大企業から人材シフト」という記事は強引さが目立った。冒頭で「省庁や大企業に優秀な人材を送ってきた東京大学。東大生の進路に変化が生じている。東大ブランドが通用しないスタートアップを選ぶ卒業生が増えている」と書いてあったので、東大生が就職先として 「スタートアップを選ぶ」ようになってきたのだと感じた。しかし、読み進めると話が違ってくる。
基山町役場(佐賀県基山町)※写真と本文は無関係です

記事に出てくるのは、財務省などから飛び出して起業したケースが多く「東大生の進路」とは話がズレている。「東大生の進路」というテーマと合っているのは、在学中に起業した「ネット旅行会社エボラブルアジアの吉村英毅社長(35)」の話ぐらいだ。

東大生の進路に変化が生じている」「スタートアップを選ぶ卒業生が増えている」と決め付けて記事を作ってしまったのだろう。「公務員就職率6%どまり」という関連記事に、その苦しさがよく表れている。記事を見ながら、問題点を挙げてみたい。

【日経の記事】

東大から大蔵省へ――。このキャリアがエリートの代名詞だった時代は過去のものになったかもしれない。東大生が就職先として公務員を選ぶ比率はこの20年間で低下傾向にある。大学資料から算出した学部卒業生の公務員就職率は2017年春に6%と20年前(9%)と比べ下がっている。法学部でも29%から23%に低下した。



◎なぜ「20年前」と比較?

記事に付けた「新興企業を就職先に選ぶ東大生が増えている」というタイトルのグラフを見ると、公務員就職率は09年に約4%まで落ち込んだものの、その後は回復傾向にある。「公務員就職率は2017年春に6%と20年前(9%)と比べ下がっている」かもしれない。ただ、期間を10年にすると話が変わってくる。東大生の公務員志向が弱まっていると伝えたいのだろうが、近年の傾向がそれに反しているのが苦しい。

さらに厳しいのがこの後だ。

【日経の記事】

東京大学新聞社がまとめた17年春卒の学部生の就職先一覧によると、就職者数でソフト開発のワークスアプリケーションズが11位、楽天が15位となっている。ワークスアプリは学部卒と院卒を合わせると2年連続で20人以上が選んだ。

メガバンク3行が17年学部卒ランキングの1~3位を占めるなど大手の人気も根強いが、全体ではスタートアップに就職先の幅が広がっている新興IT(情報技術)企業は00年代半ばから上位に顔を出している

マネックス証券の松本大社長は「官僚よりスタートアップ志向の学生も増えてきた」と話す。成功する先輩や友人が増え、「東大生の認識する成功パターンが変わってきている」と感じている。



◎「スタートアップ」への就職はどこに?

上記のくだりはかなり強引だ。「就職者数でソフト開発のワークスアプリケーションズが11位、楽天が15位となっている」と言うが、この2社は「スタートアップ」ではない。「新興IT(情報技術)企業は00年代半ばから上位に顔を出している」としても「新興IT(情報技術)企業=スタートアップ」ではない。

しかもグラフを見ると「新興IT企業への就職人数」は最も多い年でも50人程度。15年はゼロだ。「新興IT企業」の中で「スタートアップ」に限定すると、どの年もゼロに近いのではないか。それだと話が成立しなくなるので「スタートアップ」への就職者数にはしなかったのだと思うが、だとしたらやはり「騙し」だ。

記事の最後も苦しい。

【日経の記事】

経団連会長を輩出した名門企業、東芝の屋台骨が揺らぐ一方、人工知能(AI)スタートアップのパークシャテクノロジーにトヨタ自動車が出資した。東大スタートアップが増えるのは経済の主役が交代するパラダイムシフトが起きている反映ともいえる。



◎「パラダイムシフトが起きている」?

東芝の屋台骨が揺らぐ一方、人工知能(AI)スタートアップのパークシャテクノロジーにトヨタ自動車が出資した」ことを受けて「経済の主役が交代するパラダイムシフトが起きている」と筆者は感じているようだ。

これは無理がある。名門企業の没落も、大企業からの新興企業への出資も、10年前にも20年前にもあったことだ。強引に話をまとめようとしたのは分かるが、強引が過ぎる。


※今回取り上げた記事「公務員就職率6%どまり
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180219&ng=DGKKZO27045710W8A210C1TJE000

※記事の評価はD(問題あり)。

2018年2月19日月曜日

株式も「空前の低利回り」? 日経 滝田洋一編集委員の怪しい解説

日本経済新聞の滝田洋一編集委員が19日の朝刊オピニオン面にツッコミどころの多い記事を書いている。「核心~誰もがそれをやっていた 適温相場の幻想 市場踊る」という記事の中身を見ながら、気になった点を指摘してみたい。

今川沿いの菜の花(福岡県行橋市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

変動率の売りを組み込む金融取引は、ここ数年で広まった。空前の低利回りが世界を覆い、株式市場は波音ひとつ立てない。そんな感想を大多数の投資家が抱いたからだ。



◎株式市場は「空前の低利回り」? 

滝田編集委員は「空前の低利回りが世界を覆い、株式市場は波音ひとつ立てない。そんな感想を大多数の投資家が抱いた」と信じているようだ。だとしたら怖い。滝田編集委員は株式市場の動向をきちんと理解しているのだろうか。米国株に限っても「ここ数年」は順調に値を上げ、投資家はそこそこの「利回り」を得ているはずだ。

債券市場は「空前の低利回り」かもしれないが、株式には当てはまらない。株式相場がずっと横ばい圏で推移してきたのならば「株式市場は波音ひとつ立てない」と書くのも分かる。しかし、そうはなっていない。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

彼らはリスクを意識せず収益のかさ上げを狙った。米投資アドバイザー、ビニア・バンサリ氏らが2月6日に発表した論文「誰もがそれをやっている」の副題は「ボラティリティー売り戦略と影の金融保険」。代表的な取引に次のようなものを挙げている

価格変動の大きさであるリスク量に応じて資産を配分する「リスク均等ファンド」。株価の変動率が長らく低下傾向にあったため、リスク量が低水準となっていた株式への配分は多めになった。

設定したボラティリティーになるよう資産を配分する「ボラティリティー目標ファンド」。これまた株式のボラティリティー低下で、従来より多めに配分する結果に。

資産価格に生じたゆがみに目を付けた「リスクプレミアム収穫ファンド」。割安になった資産を買う戦略だが、株高を受け株式を買っていた

推計運用額はそれぞれ5000億ドル、3500億ドル、3000億ドルにのぼる。そのほか株高などの相場の流れを追う「トレンド・フォロワー」の運用額も3000億ドルに。

これらを積み上げると取引残高は1.5兆ドルにもなる。



変動率の売り」を組み込んでる?

変動率の売りを組み込む金融取引は、ここ数年で広まった」「代表的な取引に次のようなものを挙げている」と書いた上で、「リスク均等ファンド」「ボラティリティー目標ファンド」「リスクプレミアム収穫ファンド」を取り上げている。普通に解釈すれば、これらは「変動率の売りを組み込む金融取引」のはずだ。
キリンビール福岡工場(朝倉市)※写真と本文は無関係です

しかし、どうも怪しい。例えば「リスク均等ファンド」は「価格変動の大きさであるリスク量に応じて資産を配分する」だけだ。オプションの売りを組み込むケースもあるかもしれないが、一般的とは思えない。他の2つのファンドも同様だ。「設定したボラティリティーになるよう資産を配分する」だけならば、オプションの売りは必要ない。「割安になった資産を買う戦略」でもそうだろう。

リスクプレミアム収穫ファンド」に関する「割安になった資産を買う戦略だが、株高を受け株式を買っていた」という説明にも疑問が残る。「割安になった資産を買う」戦略ならば、基本は押し目買いを狙うはずだ。「株高を受け株式を買っていた」のであれば、戦略から外れているような気もする。

そのほか株高などの相場の流れを追う『トレンド・フォロワー』の運用額も3000億ドルに」と書いているが、これが「変動率の売りを組み込む金融取引」でないのは滝田編集委員も異論がないはずだ。なのに「リスク均等ファンド」「ボラティリティー目標ファンド」「リスクプレミアム収穫ファンド」に足して「これらを積み上げると取引残高は1.5兆ドルにもなる」と紹介して何の意味があるのか。どうせならば「変動率の売りを組み込む金融取引」の合計額を見せるべきだ。

また「1.5兆ドルにもなる」と単独でこの金額だけ出されても、多いのか少ないのか判断できない。市場全体との比較などがないと苦しい。

さらに記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

今回の米国株急落の引き金として、米国の株価変動率の売りを組み込んだ証券が脚光を浴びた。恐怖指数の異名を持つボラティリティーの指数(VIX)が急上昇し、この証券の損失が雪だるま式に拡大。たった1日でほとんど無価値になった。

投資家は損失の拡大を防ごうと株式先物市場で売りに走った。相場の流れを追う取引が下げに拍車をかけ、米国株は空前の下げ幅を記録した。

実はVIXそのものの売りを組み込んだ証券の残高は30億ドル、VIXに的を直接絞った取引も30億ドルにとどまるとバンサリ氏らは推計する。となると、2月の米国株急落は尻尾が犬の胴体を振り回したようなもので、最高値圏にあった株式市場の過剰反応にすぎないとの指摘も聞かれる。



◎VIX関連が「引き金」?

様々な報道から「米国株式相場の下落を受けてVIXが急上昇した」と理解していたが、滝田編集委員の解説によると逆のようだ。まずVIXが急上昇し、その関連の「証券の損失が雪だるま式に拡大」したことが「今回の米国株急落の引き金」らしい。

これが本当ならば「2月の米国株急落は尻尾が犬の胴体を振り回したようなもの」だが、滝田編集委員が書いているだけに信用する気にはなれない。VIXの急上昇が株式相場の下げを加速させる面はあったかもしれないが「引き金」ではないと思える。


※今回取り上げた記事「核心~誰もがそれをやっていた 適温相場の幻想 市場踊る
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27013890W8A210C1TCR000/


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。滝田編集委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_4.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_24.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_5.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_32.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_40.html

市場をまともに見てない? 日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_69.html

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_16.html

市場への理解が乏しい日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_9.html

2018年2月18日日曜日

「王子・三菱製紙の提携」週刊ダイヤモンドも記事に問題あり

王子ホールディングと三菱製紙の提携に関して日経ビジネスが問題の多い記事を書いていたので、同じ件を取り上げた週刊ダイヤモンドはどうかなと思ったら、似たようなレベルだった。筆者は池冨仁記者。以下の内容で問い合わせを送っている。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部  編集長 深澤献様 池冨仁様

2月24日号の「Inside~嫌がっていた王子を応諾させた 三菱製紙、粘り腰の大金星」という記事についてお尋ねします。記事では「2月6日、国内製紙最大手の王子ホールディングスは、実質的に経営再建中の三菱製紙に33%出資して持ち分法適用会社にする方針を発表した」と記した上で、以下のように解説しています。

以前から、業界首位の王子HD(2018年3月期の連結売上高予想1兆5000億円)と、同6位の三菱製紙(同2010億円)は業務提携を進めてきた。最近では、16年3月に国内最大級のバイオマス発電所を共同運営する新会社(19年7月に稼働予定)を立ち上げ、17年6月にはティッシュなどの家庭紙事業で新会社(19年4月に稼働予定)を設立している。鈴木社長は、業務提携の既成事実を積み重ね、粘りに粘って資本提携にまで持ち込んだ

これを信じれば、両社は「業務提携」のみの関係だったが、今回初めて「資本提携」に踏み込んだと解釈できます。しかし、現状でも王子は三菱製紙に2%強を出資しています。出資比率は高くないものの「資本提携」は既に実現しています。

業務提携の既成事実を積み重ね、粘りに粘って資本提携にまで持ち込んだ」というのは、不正確で誤解を招く書き方ではありませんか。

記事には、他にも理解に苦しむ記述がありました。まず以下のくだりです。

ここまでの道のりは、茨(いばら)の道だった。2000年より、三菱製紙は旧北越製紙(現北越紀州製紙)と合併する前提で業務・資本提携を進めていたが、05年に中越パルプ工業との合併に乗り換えて、結局は破談に至る。北越製紙との関係は冷え込んだが、14年になって今度は北越紀州製紙と販売子会社同士の合併協議が持ち上がった。ところが、警戒したライバルの大王製紙が三菱製紙との本体同士の統合をちらつかせて急接近したことから、三菱製紙の鈴木社長は揺れた。最終的に、北越紀州製紙と2度目の破談に至る(大王製紙の筆頭株主は北越紀州製紙なのだから、もとより無理な話である)

よく分からないのは「大王製紙の筆頭株主は北越紀州製紙なのだから、もとより無理な話である」との説明です。まず「無理な話」が「三菱&北越紀州」の件なのか「三菱&大王」の件なのか迷いました。普通に解釈すれば「三菱&北越紀州」です。なので、こちらの可能性をまず探りました。

しかし、北越紀州が三菱との提携交渉を進める上で、「北越紀州が大王の筆頭株主であること」が障害になるとは思えません。そこで、「三菱&大王」の件について「無理な話」と言っている可能性を考慮しました。例えば、北越紀州が大王の過半の株式を保有しているのであれば、大王が勝手に統合交渉を進めるのは「無理な話」です。

ただ、調べてみると、北越紀州の大王に対する出資比率は20%程度のようです。この場合、「もとより無理な話である」とは言い切れません。残りの株主次第です。仮に、「無理な話」と断言できる特別な事情があったのならば、記事中で説明すべきです。

 記事には、もう1つ不正確さを感じる記述がありました。「単独での生き残りが難しかった三菱製紙は、断続的なリストラに追われて死に体だったが、技術力だけはあったことから王子HDに近づく」というくだりです。

記事から判断すると、王子HDに近付いた時期は2016年頃でしょう。その頃、三菱製紙は自己資本比率で20以上を維持していました。また、15年3月期は最終赤字でしたが、その後は2期連続の黒字です。「死に体だった」との表現が適切だとは思えません。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが「資本提携」に関しては回答をお願いします。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアの一員として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「Inside~嫌がっていた王子を応諾させた 三菱製紙、粘り腰の大金星
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22769

※記事の評価はD(問題あり)。池冨仁記者への評価は暫定でDとする。

2018年2月17日土曜日

33%出資の三菱製紙は「連結対象外」? 日経ビジネスに問う

日経ビジネス2月19日号の「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携」という記事は色々と問題を感じた。特に「連結対象にしない33.0%の出資比率」との説明が引っかかった。日経BP社に送った問い合わせの内容は以下の通り。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 佐伯真也様 庄司容子様

2月19日号の「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携」という記事についてお尋ねします。

(1)記事には「王子HD側の視点に立つと、連結対象にしない33.0%の出資比率は中途半端にも映る」との記述があります。一方で「王子HDが三菱製紙に約100億円を出資し発行済み株式の33.0%を取得、同社を持ち分法適用会社とする」とも書いています。持ち分法適用会社であれば、「連結子会社」ではないものの、王子HDの「連結対象」にはなります。

例えば、「三井物産、日鉄住金物産を連結対象に 出資比率20%に上げ」という日経の記事(2017月9月29日)では、日鉄住金物産への出資比率が「11%から20%になる」のを受けて「連結対象に」と見出しにもしています。

そうした点を考慮すると、今回の記事の「連結対象にしない33.0%の出資比率」との説明は誤りではありませんか。

(2)記事には「王子HDにとっても、出資比率を33.0%にとどめるのは好都合だ。三菱製紙の経営再建が道半ばのなか、王子HDへの業績影響を最小限にできる」との記述があります。

業績影響を最小限」にしたいのならば、出資比率20%未満の方が得策です。連結対象に加えるとの前提で「業績影響を最小限」にする場合、出資比率は20%となるはずです。「出資比率を33.0%にとどめる」と「業績影響を最小限にできる」との説明は誤りではありませんか。

(3)記事には「三菱製紙は三菱グループ中核企業が集まる『金曜会』の主要メンバーの1社」との記述がありますが、本当でしょうか。

週刊ダイヤモンドの「三菱グループの最高決定機関『金曜会』の知られざる権力構造と裏序列」という記事によると、金曜会には世話人会という組織があり、「三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の御三家」に加えて、「グループの主要企業である三菱地所、三菱電機、三菱UFJ信託銀行、東京海上日動火災保険、明治安田生命保険、日本郵船、三菱マテリアル、三菱化学、旭硝子、キリンホールディングスの10社のうち6社が世話人会に加わる」そうです。

そして、世話人会に加わる資格がないメンバー企業を「外様」と週刊ダイヤモンドは表現しています。「主要メンバー」を3社とするか13社とするかは微妙ですが、いずれにしても三菱製紙は外れます。同社を「『金曜会』の主要メンバー」と捉えるのは誤りではありませんか。

質問は以上です。記事の説明で問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですがよろしくお願いします。

◇   ◇   ◇

回答があれば、その内容を紹介したい。

追記)回答に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「33%出資は連結対象外」に関する日経ビジネスの回答
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/33_21.html


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~33%出資に隠された『本心』 王子HDが三菱製紙と資本・業務提携
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/021300923/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。佐伯真也記者と庄司容子記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。

2018年2月16日金曜日

「金融緩和やめられない」はずだが…日経 菅野幹雄氏の矛盾

16日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~『モルヒネ経済』険しき退路」という記事には、日銀の金融緩和に関して矛盾する記述が出てくる。筆者の菅野幹雄氏(肩書は本社コメンテーター)はまず、以下のように書いている。
善道寺(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「リーマン・ショック以来、世界が続けた超金融緩和が限界に来た。米欧とも金融政策の正常化に動かざるを得ない」。中前忠・中前国際経済研究所代表は根本的な世界経済の局面変化を指摘し、こうも続ける。「日本が一番重症。金融緩和をやめたとたんにアウトだ。だから絶対にやめられない

同感だ。ここに日本経済が抱える本質的なもろさがある。

◇   ◇   ◇

日本が一番重症。金融緩和をやめたとたんにアウトだ。だから絶対にやめられない」という中前忠氏の考えに「同感だ」と応じているのだから、菅野氏は「日本に金融緩和をやめる選択はあり得ない」と考えているはずだ。しかし、記事の終盤になると話が変わってくる。

【日経の記事】

「手腕を信頼している」という首相の国会答弁に引き続き、全国紙は「黒田氏続投へ」と一斉に報じた。総裁人事は国会の同意が必要とはいえ、株価も円相場も振れが激しいいま、黒田氏を交代させるリスクは冒さないだろう。

だが米欧が徐々に金融政策を平時の姿に戻す中で、日本だけが超金融緩和を平然と続けるわけにもいかない。遠い「物価2%」へ共闘した安倍政権と日銀だが、第2幕は非常時の政策の幕引きをどう進めるかで摩擦が避けられない。険しい退路が迫りつつある


◎「絶対にやめられない」はずでは?

 今度は「米欧が徐々に金融政策を平時の姿に戻す中で、日本だけが超金融緩和を平然と続けるわけにもいかない」と述べている。「(金融緩和は)絶対にやめられない」という見方に賛意を示した菅野氏はどこへ行ってしまったのか。「日本だけが超金融緩和を平然と続けるわけにもいかない」のであれば、引き締めも選択肢としてあり得るはずだ。
大分県日田市の風景※写真と本文は無関係です

記事でも最後に「非常時の政策の幕引きをどう進めるかで摩擦が避けられない。険しい退路が迫りつつある」と記している。つまり金融緩和から引き締めに転じるタイミングが近付きつつあると菅野氏も見ている。だとすると「絶対にやめられない」という話はどうなったのか。

非常時の政策の幕引きをどう進めるかで摩擦が避けられない」との説明も、どういう形で「摩擦」が起きるのかよく分からない。

黒田氏続投」ならば、日銀が「非常時の政策の幕引き」を急ぐ展開は考えにくい。だとすると「安倍政権」が日銀に「非常時の政策の幕引き」を迫り、日銀が抵抗する形となるのか。しかし菅野氏は記事で以下のようにも書いている。

【日経の記事】

「モルヒネ経済」には3つの落とし穴がある。第1は金利の負担などの痛みを忘れ、目先の課題に楽観的になることだ。東短リサーチの加藤出社長は「5年前に比べて感覚がまひし、国債を発行しても日銀が買い支えるのは当然という感覚ができている」とみる。

茂木敏充経済財政・再生相の下、内閣府が1月に改定した中長期の経済財政試算にも緩みの痕跡がある。財政健全化計画の土台となる試算は実質2%、名目3%の高成長の楽観シナリオと、現状に近い低成長の慎重シナリオの2本立て。「現実味がない」と指摘される楽観シナリオは脇に置くが、慎重シナリオでも長期金利は2度にわたり下方修正された。

これで財政の持続可能性を示す債務残高の対国内総生産(GDP)比率は右肩下がりになる。1年前、債務が次第に膨れあがる「発散」を示した予測は「心配はない」といえる形に変質した。「財政健全化目標の柱だった基礎的財政収支よりも債務残高比率を格上にする布石ではないか」(SMBC日興証券の宮前耕也氏)との疑念は深い。日銀の長期金利押し下げが規律を緩ませる一因だ。


◇   ◇   ◇

上記の説明が正しいとすれば、「安倍政権」も金融緩和に頼った政策運営を続けているはずだ。なのに日銀との「摩擦」を起こしてまで「非常時の政策の幕引き」を迫るのか。だったら、金融緩和によって財政規律が緩む心配はあまりなさそうに思える。

非常時の政策の幕引きをどう進めるかで摩擦が避けられない」と菅野氏が信じているのであれば、それはそれでいい。ただ、どういう構図で摩擦が起きると見ているのかは記事で示してほしかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『モルヒネ経済』険しき退路」 
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180216&ng=DGKKZO26954860V10C18A2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。菅野幹雄氏への評価もDを据え置く。菅野氏については以下の投稿も参照してほしい。

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html

日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_11.html

英EU離脱は「孤立の選択」? 日経 菅野幹雄氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_30.html

2018年2月15日木曜日

「まとめ」に無理あり 日経「米アパレル市場 迅速配送で開拓」

記者が書くからなのか、デスクが求めるからなのか--。14日の日本経済新聞夕刊総合面に「米アパレル市場 迅速配送で開拓 『鎌倉シャツ』は現地に倉庫」という記事が載った。いわゆる「まとめ物」だ。一応は3社の動向をまとめているが、中身はスカスカだ。このレベルで世に送り出しても、記事の作り手としての能力の低さを証明するだけだ。
水天宮(東京都中央区)※写真と本文は無関係です

記事の全文を見た上で問題点を指摘してみる。

【日経の記事】

日本のファッション企業が倉庫を使った迅速な配送で米国市場を開拓する。メーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)は米国に設置する物流倉庫からの配送を3月に始める。カジュアル衣料店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングも物流施設の設立を検討する。米国ではアマゾン・ドット・コムが強敵だが、迅速な配送によるネット販売の強化で米国進出に本腰を入れる。

メーカーズシャツ鎌倉はニュージャージー州に倉庫を設ける。当初の広さは約330平方メートル。定番のドレスシャツを中心に幅広い商品を扱う。日本から空輸で2週間ほどかかっていたのが、米国の倉庫から直送することで、ニューヨークなど東海岸の近い場所なら最短で翌日に届くという。

倉庫などの初期投資額は1千万円弱を見込む。ネットの売上高は約10億円だが、数年内に15億~20億円に増やす計画だ。

バロックジャパンリミテッドも米国の倉庫を活用して短時間配送に取り組む。昨年11月に米国向けの通販サイトを立ち上げたが、注文から数日内に届けるようにする。ファーストリテイリングも将来的に米国で物流施設の設置を検討する。物流を強化して、米国のネット販売を増やす戦略だ


◎実質1社モノのような…

この記事は実質的には「メーカーズシャツ鎌倉」の1社モノだ。

バロックジャパンリミテッド」については、自社の倉庫なのかどうか不明だし、米国のどこに倉庫があるかも分からない。既に「米国の倉庫を活用」しているのか、これから「活用」するのかも判然としない。これでは情報としての価値が乏しい。

ファーストリテイリング」に関しては、さらに苦しい。最初の段落で「ファーストリテイリングも物流施設の設立を検討する」と出てきたので、第2段落以降で詳細な情報を提供するのかと思ったが「ファーストリテイリングも将来的に米国で物流施設の設置を検討する。物流を強化して、米国のネット販売を増やす戦略だ」と同じような話を繰り返しているだけだ。

では「メーカーズシャツ鎌倉」の話は凄いかと言うと、これも大したことはない。「当初の広さは約330平方メートル」で「初期投資額は1千万円弱」。1社モノならばベタ記事が精いっぱいだ。まとめ物にして扱いを大きくしようとの意図は理解できるが、無理があり過ぎる。

ついでに言うと「ネットの売上高は約10億円だが、数年内に15億~20億円に増やす計画だ」との説明にも問題を感じた。ここでは「メーカーズシャツ鎌倉」の国内も含むネット販売の話をしているのだろう(断定はできない)。だが、「倉庫を使った迅速な配送で米国市場を開拓する」というテーマなのだから、米国での「ネットの売上高」を説明すべきだ。非常に小さい金額になるかもしれないが、そこは仕方がない。

さらに言うと「約10億円」が年間の「売上高」ならば、その点は明示した方がいい。いつの「売上高」かも欲しい。「数年内」もできるだけ具体的な年数を入れたい。例えば「2017年3月期のネット販売は約10億円だったが、3~4年後には15億~20億円に増やす計画だ」となっていると「ちゃんと書いている感じ」がかなり出てくる。



※今回取り上げた記事「米アパレル市場 迅速配送で開拓 『鎌倉シャツ』は現地に倉庫
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180214&ng=DGKKZO26882330U8A210C1EAF000

※記事の評価はD(問題あり)。

2018年2月14日水曜日

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「モネータ 女神の警告~広がるきしみ」は問題が多い。14日の「(2)金融政策と財政、ずれる歯車 止まらぬ大盤振る舞い」という記事では、誤りと思える説明もあった。記事の当該部分と日経への問い合わせは以下の通り。
横浜ランドマークタワー(横浜市)
     ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

金融危機後の景気テコ入れを狙い、各国政府は財政のアクセルを強く踏んだ。お金をため込むばかりの企業・家計に代わる最大の使い手として振る舞い、マネーの奔流を勢いづかせた。

減税や財政出動へ借金を重ねられた底流には中央銀行の金融緩和がある。中銀が大量の国債を買って金利を低く抑え、政府は資金繰りの心配から解放された

国際金融協会によると世界の政府部門が抱える負債は昨年9月末時点で63兆ドル(約6800兆円)とこの10年で倍増した。政府部門の負債は金融機関を上回る。世界全体の国内総生産(GDP)に対する政府債務の比率は、金融危機前の6割から9割に上昇した。


【日経への問い合わせ】

モネータ 女神の警告~広がるきしみ(2)金融政策と財政、ずれる歯車 止まらぬ大盤振る舞い」という記事についてお尋ねします。記事には「金融危機後の景気テコ入れを狙い、各国政府は財政のアクセルを強く踏んだ。お金をため込むばかりの企業・家計に代わる最大の使い手として振る舞い、マネーの奔流を勢いづかせた」との記述があります。

しかし、日本の場合はGDPに占める個人消費の比率が約6割なので、政府が「企業・家計に代わる最大の使い手」にはなっていません。米国は個人消費が約7割を占めますし、他の主要国も多くは5割を超えているようです。政府が「企業・家計に代わる最大の使い手」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

他にも気になる点を指摘しておきます。

記事では「お金をため込むばかりの企業・家計」と断言していますが、記事に付けた「債務残高は政府が金融機関を逆転した」とのタイトルのグラフを見ると、「企業」の債務残高は2013年まで「政府」とほぼ同水準なのに、その後は「政府」を上回っています。「債務」を膨らませて政府が支出を増やしているとすれば、「企業」も同じか政府以上ではありませんか。

記事には「各国政府」に関して「減税や財政出動へ借金を重ねられた底流には中央銀行の金融緩和がある。中銀が大量の国債を買って金利を低く抑え、政府は資金繰りの心配から解放された」との説明もあります。だとすると、なぜ昨年からベネズエラでは債務問題が続いているのでしょうか。債務不履行の問題も起きているので「政府は資金繰りの心配から解放された」とは言えません。記事では、世界を単純に捉え過ぎていませんか。

ギリシャに関する「カネ余りを背にした国債発行で財政を再建し、国際支援から脱する腹づもりだった」との説明にも問題を感じました。基本的に「国債発行で財政を再建」とはならないはずです。可能ならば、日本も「国債発行で財政を再建」したいところです。

問い合わせは以上です。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~広がるきしみ(2)金融政策と財政、ずれる歯車 止まらぬ大盤振る舞い
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180214&ng=DGKKZO26844780T10C18A2MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

2018年2月13日火曜日

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」

13日の日本経済新聞朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~広がるきしみ(1)自動取引『1秒に10億回』 膨張に拍車 暴発のリスク」という記事は色々と分かりにくかった。記事を見ながら具体的に指摘してみたい。
横浜ワールドポーターズ(横浜市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

異次元の領域に達したマネーは危うさをはらみながら増幅への回転を続けている。マネーの流れは人々の欲望や打算と響き合いながら膨れあがり、そこかしこできしみを広げる。女神の警告は届いているのか。

突然だった。5日午後3時すぎ、米ダウ工業株30種平均が急落、15分で下げ幅は700ドルを超えた。「損切りだ!」。シカゴ・オプション取引所のフロアは被害を食い止めたいトレーダーの怒号に包まれた

金利の急上昇を起点とする変動率拡大を受け、コンピューターの自動取引が大量の売りを出した。1日の下げ幅は過去最大の1175ドルに達し、米国で1兆ドル(約110兆円)を超す株式時価総額が消えた。


◎どういう流れ?

上記の説明は流れが分かりにくい。「米ダウ工業株30種平均が急落、15分で下げ幅は700ドルを超えた」のが始まりだ。その後に「シカゴ・オプション取引所のフロアは被害を食い止めたいトレーダーの怒号に包まれた」という。なぜ「オプション取引所」なのか、どのオプションに関する「損切り」なのかの説明はない。

そして「金利の急上昇を起点とする変動率拡大を受け、コンピューターの自動取引が大量の売りを出した」結果、「1日の下げ幅は過去最大の1175ドルに達し」たらしい。

シカゴ・オプション取引所のフロア」にいたトレーダーの「損切り」と「コンピューターの自動取引」がどう関連しているかも謎だ。VIX指数が関係するのかもしれないが、記事は何も教えてくれない。

今回の記事は「自動取引が下げを増幅させた」という話が柱になっているが、「シカゴ・オプション取引所のフロア」にいた「トレーダー」が重要な役割を果たしたのならば、かなり話が変わってくる。しかし、その辺りにも記事では触れていない。「コンピューターの自動取引が大量の売りを出した」のがオプション関連か株式現物かも不明だ(株式だとは思うが…)。

この後の説明はさらに解釈に迷った。

【日経の記事】

1987年の「ブラックマンデー」もプログラム取引が背景にあった。だが今やその規模は当時と桁違いだ。JPモルガン・チェースのマルコ・コラノビッチ氏によると、米国の株式運用資産の6割は機械的な運用で、10年前の2倍に増えた。人が執行に関わる売買は1割にすぎないという。



◎残りの3割は?

米国の株式運用資産の6割は機械的な運用」で「人が執行に関わる売買は1割にすぎない」とすると、残りの3割は何なのか。
水天宮(東京都中央区)※写真と本文は無関係です

しかも「機械的な運用」が何を指すのか謎だ。文脈的には「機械的な運用=コンピューターの自動取引」と理解したくなる。しかし、記事に付けたグラフを見るとよく分からなくなる。

米国市場では機械的な運用が過半(株式運用資産に占める割合)」というタイトルが付いたグラフを見ると「コンピューター運用や指数連動型ファンド」が60%で「その他」が40%となっている。

記事を読んだ時は「米国の株式市場では売買の60%がコンピューターの自動取引」と理解した。しかし、グラフからは「売買」ではなく「資産残高」に関する比率で、しかも60%は「コンピューターの自動取引」を含むものの、それだけではないと取れる。

機械的な運用」だからと言って「人が執行に関わらない」とは限らないのかもしれない。だが、説明が不十分なので謎は解けない。

付け加えると、ブラックマンデーの時と比べて「プログラム取引」の規模が「桁違い」だと言うのならば「当時」はどの程度の規模だったのか明示してほしい。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

空前の金融緩和はあふれんばかりのマネーを市場に流してきた。2006年からの10年間で世界の通貨供給量は8割増え、世界の運用資産は80兆ドル超と04年の2倍に達した。マネーの水たまりは国債をはじめ様々な資産の利回りを低下させ、息の長い投資に対する展望を見失わせた

短期のサヤ取りの繰り返しに活路を見いだしたマネーは、速度と頻度を求めてコンピューターと結びつき「無機質なマネー」を増殖させた。アルゴリズムの高速売買が膨張に拍車をかける。処理能力は速いもので10億分の1秒。売買は人の手を離れていく。

だが近視眼的な売買は、ちょっとした潮目の変化にも一斉に反応する。米国から日本、欧州へと続いた自動取引の共振。乾いたまきに燃え移った炎のような勢いに市場は立ちすくんだ


◎「息の長い投資に対する展望を見失わせた」?

上記の説明も納得できなかった。国債の利回りは低下したかもしれないが、株式はこれまで順調に利回りを確保してきた。「株式に長期投資すれば今後もそこそこ利回りが得られる」との「展望」は持てたのではないか。本当に最近の市場環境は「息の長い投資に対する展望を見失わせた」のか。

ついでに言うと「市場は立ちすくんだ」との説明も苦しい。売買の中心が「コンピューターの自動取引」になっているのならば、市場は「立ちすくんだ」りしない。どんな大きな暴落が起きようと、プログラムに従って瞬時に売買注文を出すはずだ。「市場関係者は立ちすくんだ」ならば分かるが…。

記事の終盤も見ていこう。

日経の記事】

無機質マネーの奔流はあらゆる資産をのみ込む。17年6月26日、ニューヨーク金先物市場で、わずか1分間にフィンランドの金準備を上回る180万トロイオンス(約56トン)が取引された。誤発注とみられる売りに自動取引のマネーが群がり、売買が異様に増幅された。

米コロンビア大のスティグリッツ教授は自動取引の拡大を「変動率の上昇につながり、社会コストを増大させる」と警告した。低金利のぬるま湯で膨れあがった無機質なマネーは、緩和の「出口」を前に思わぬリスクをあらわにした。経済の実態から離れた膨張マネーがもたらすのは発展か、混沌か。市場は新たな問いをつきつけられている。


◎「フィンランドの金準備」で説明されても…


まず「わずか1分間にフィンランドの金準備を上回る180万トロイオンス(約56トン)が取引された」と言われても、その異常さがよく分からない。「フィンランドの金準備」が大きいのか小さいのかよく分からないからだ。例えば「通常の1カ月分に当たる取引がわずか1分間で~」といった比較なら、凄さを実感できる。

ついでに言うと、「つきつけられている」は「突き付けられている」と表記してほしかった。平仮名が続くと読みづらい。「膨れあがった」も「膨れ上がった」の方が個人的には読みやすい。


※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~広がるきしみ(1)自動取引『1秒に10億回』 膨張に拍車 暴発のリスク
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180213&ng=DGKKZO26811590S8A210C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

エーザイに厳しすぎない? 週刊ダイヤモンド土本匡孝記者

週刊ダイヤモンド2月17日号に載った「財務で会社を読む エーザイ~特許切れの崖から落ちたまま 次の認知症薬が復活の鍵を握る」という記事では、「特許切れの崖から落ちたまま」との状況認識に疑問が残った。筆者の土本匡孝記者はエーザイに関して「崖の下から這い上がれるか」「崖下に落ちた業績低迷の状態から抜け出るべく」などと記しているが、実際の業績を見ると「崖下に落ちた」とは言い難い。
善道寺(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。

【ダイヤモンドの記事】

今年で経営トップに就いて30年、創業家筋の内藤晴夫代表執行役CEO(最高経営責任者)が率いる同社の顔といえばアルツハイマー型認知症治療薬だ。この領域で世界初の薬「アリセプト(一般名ドネペジル)」を1997年に発売すると、ピーク時の10年3月期には世界で約3200億円を売り上げた。アリセプトはエーザイの名を一気に世界に広めた。

エーザイは武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共と並んで、国内大手製薬4社の一角に数えられる。業界最高水準の給与(17年3月期有価証券報告書で平均年間給与1039万円)、「日本製薬団体連合会」トップなどを務めてきた会社としての“格”──などを総合評価して、業界内でそう位置付けられてきた。

だが肝心の売上高はアリセプトが10年以降、米国など世界の主要マーケットで相次いで特許が切れると、他社から後発品が発売されて一気に落ち込んだ。いわゆる「パテントクリフ(特許の崖)」に突入したのだ

同じく主力製品だった消化性潰瘍治療薬「パリエット(一般名ラベプラゾールナトリウム)」もほぼ同時期に特許切れし、主力2製品の後退と歩調を合わせて売上高は減少。10年3月期は他の3社よりやや劣勢という程度だったが、今では3社と比べ2分の1~3分の1ほどだ。純利益も徐々に見劣り感が出てきた(図(2)、(3))。

収益性を測るROE(自己資本利益率)は、柳CFOが「いまだ十分な数字ではない」と認める通り、17年3月期で6.8%。こちらも徐々に低下してきた(図(4))。

大手製薬会社のある幹部は、「エーザイが座ってきた『国内大手』と呼ばれる席はいいかげん、好調な中外製薬に入れ替えるべき」と、“エーザイ切り”を言ってはばからない。それほど、エーザイの足元の業績は厳しい

製薬会社の業績はイノベーションによるところが大きい。製品の当たり外れで業績が乱高下するのは常である。

冒頭の柳CFOの発言のように、エーザイは手をこまねいているわけではない。崖下に落ちた業績低迷の状態から抜け出るべく、「アリセプト景気をはるかに超える頂を築き得る」とうわさされる新薬を仕込んでいる。

米バイオ医薬大手バイオジェンと共同開発中の次世代アルツハイマー型認知症治療薬3剤のことで、それらは2月2日時点で第2~第3相試験中だ。


◎「崖下に落ちた業績低迷」?

売上高はアリセプトが10年以降、米国など世界の主要マーケットで相次いで特許が切れると、他社から後発品が発売されて一気に落ち込んだ」のは分かる。しかし「崖下に落ちた業績低迷の状態」と言われるほどだろうか。

土本記者は「(大手3社に比べて)純利益も徐々に見劣り感が出てきた」というものの、純利益は10年3月期が403億円で17年3月期が394億円。18年3月期の見通しも398億円といずれも400億円前後だ。

崖下に落ちた業績低迷の状態」かどうかを見る上で重視すべきなのは売上高よりも利益だ。アリセプトの特許切れの後も利益水準をほぼ維持しているのであれば、健闘と評価してもいい。

しかも「13年3月期以降、研究開発費が売上高比率約21~24%と高い傾向にあり、業績を圧迫している」という。将来への投資を削って利益を確保しているわけでもない。これで「崖下に落ちた業績低迷の状態」と評するのは酷だ。


※今回取り上げた記事「財務で会社を読む エーザイ~特許切れの崖から落ちたまま 次の認知症薬が復活の鍵を握る
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22688


※記事の評価はD(問題あり)。土本匡孝記者への評価もDを据え置く。

2018年2月12日月曜日

小田嶋隆氏の「大手商業メディア」批判に感じる矛盾

日経ビジネスではいつも「小田嶋隆の『pie in the sky』~ 絵に描いた餅べーション」というコラムを最初に読んでいる。書き手としての小田嶋隆氏を高く評価しているからだが、2月12日号の「8100億円くらいじゃ驚かない」という記事のメディア批判は説得力がなかった。自己矛盾があると言ってもいい。
隅田川(東京都中央区・江東区)※写真と本文は無関係です

記事では「1月26日、東京都が2020年東京オリンピック・パラリンピックの大会関連経費として、新たに約8100億円を計上すると発表した」ことに関する報道の少なさを問題視。さらに「この先、東京五輪に関して、大手商業メディア経由では批判的な報道は期待できない、ということになってしまうのだろうか」と懸念を示している。だが、その懸念に無理がある。

記事の一部を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

で、このたび、その確定しているかに見えた大会経費とは別に、「大会関連経費」という予算が浮上して、その8100億円にのぼる金額が新たに都の負担に加算される旨が発表されたのが現在の状況だ。

しかも、誰も驚いていない。

というのも、メディアの扱いがずいぶんと小さいのだ。毎日新聞が比較的大きな行数を割いて伝えたことを別にすると、他の扱いはいずれも控えめだ。産経新聞は、8100億円のうち、30年度分の予算で計上される3200億円の部分をわざわざ切り出して引用し《東京都、五輪関連費3200億円計上 30年度予算案 小池知事「東京大会の成功とその先の未来に」》という見出しの記事を掲載している。テレビ各局は、私の観測範囲では、ほとんど時間を割いていない。

よそでも何度か書いたことだが、東京五輪については、新聞4社(読売新聞東京本社、朝日新聞社、日本経済新聞社、毎日新聞社)が、オフィシャルパートナー契約を締結している。本来、スポンサーシップは「1業種1社」が原則なのだが、国際オリンピック委員会(IOC)との協議の結果、特例として4社の契約が認められたカタチだ。言うまでもないことだが、テレビは、五輪の放送に関しては、完全なステークホルダー(利害関係者)だ。これはメディアにおける事実上の国家総動員体制、といっても差し支えないのではないか

となるとつまり、この先、東京五輪に関して、大手商業メディア経由では批判的な報道は期待できない、ということになってしまうのだろうか

繰り返して申し上げると、予算の膨張に驚いてはいない。その先までがあまりにも予想通りの展開すぎることに、ただただ驚いている。


◇   ◇   ◇

上記の説明に関する疑問点は3つある。

◎疑問その1~毎日にも「期待できない」?

毎日新聞は東京五輪について「オフィシャルパートナー契約を締結している」のに、今回の問題で「比較的大きな行数を割いて伝えた」と記している。だとしたら、少なくとも毎日には期待していいのではないか。「比較的大きな行数を割いて伝えた」毎日まで「メディアにおける事実上の国家総動員体制」の一員にしてよいのか。
平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です


◎疑問その2~雑誌にも「期待できない」?

テレビと新聞がダメならば「大手商業メディア経由では批判的な報道は期待できない」のだろうか。「大手」の定義次第ではあるが、雑誌に期待してもいいのではないか。そして、次に触れるが日経ビジネスもその1つだ。


◎疑問その3~日経にも「期待できない」?

日経ビジネスを発行している日経BP社は日本経済新聞社のグループ会社だ。なので、日経ビジネスに「期待できる」とすればグループとしての日経には期待していい。

そして今回、小田嶋氏は自らのコラムを通じて「大手商業メディア経由」で五輪予算に関する「批判的な報道」を展開しているとも言える。日経ビジネスの編集部が「メディアにおける事実上の国家総動員体制」に組み込まれているのならば、今回のような内容のコラムは掲載が許されなかったはずだ。しかし、実際には堂々と載っている。

自らが「大手商業メディア経由」で五輪関連の「予算の膨張」を批判しているのに「大手商業メディア経由では批判的な報道は期待できない、ということになってしまうのだろうか」と心配する方がおかしい。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』~ 絵に描いた餅べーション
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/257045/020500142/?ST=pc


※記事の評価はC(平均的)。これまでの記事のレベルの高さを考慮して、小田嶋隆氏への評価はA(非常に優れている)を据え置く。

2018年2月11日日曜日

「キャメロン発言が示唆に富む」? 日経ビジネス安藤毅編集委員

日経ビジネス2月12日号の「ニュースを突く~11年前のトラウマと改憲」という記事に辻褄の合わない説明が出てくる。筆者の安藤毅編集委員は英国の国民投票から得られる教訓として、キャメロン前英首相の発言を引用しながら以下のように解説している。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

国民投票のハードルの高さも相当なものだ。参考になるのが16年、英国やイタリアで国民投票が否決され、ともに首相が退陣に追い込まれたケースだ。欧州連合からの離脱を巡る国民投票が事実上信任投票になった末に敗北した英のキャメロン前首相が衆院憲法審査会議員団に語った言葉が示唆に富む。「人々は現状維持に傾きがち。現状を変更したい側は少なくとも60%程度の賛成者がいるような状況にしておく必要がある」


◎本当に「示唆に富む」?

上記の解説を読んで「キャメロン前首相の言葉は示唆に富むなぁ…」と思えただろうか。個人的には「えっ? どういうこと?」と混乱してしまった。

まず、「欧州連合からの離脱を巡る国民投票」の直前の状況を確認しておこう。2016年6月27日の日経ビッグデータの記事では以下のように記している。

【日経ビッグデータの記事】

報道で多く取り上げられている調査は、ユーガブ(YouGov)という調査会社が発表したものである。2014年のスコットランド独立住民投票の際に、ほぼ正確に結果を予想したことで注目された会社だ。ユーガブの調査は何回か行われているが、投票の前日に発表された投票前最後の調査の結果は残留支持が51%で離脱支持が49%、投票日に行われた調査では残留支持が52%で離脱支持が48%だったという。しかしながら、実際の投票結果は、残留支持が48.1%、離脱支持が51.9%というみなさんご存じの結果となった。

◇   ◇   ◇

英国では国民投票前に残留支持と離脱支持が拮抗しており、強いて言えば残留支持が優勢だった。しかし、投票結果は離脱支持が上回った。当然ながら「現状を変更したい側」に当たるのが離脱支持だ。そして、キャメロン前首相は残留(現状維持)を目指していた。

現状を変更したい側は少なくとも60%程度の賛成者がいるような状況にしておく必要がある」という発言が説得力を持つためには「直前の世論調査では離脱支持がやや優勢だったのに、結果としては残留派が勝利した」となる必要がある。しかし、結果は逆だ。

現状を変更したい側」の賛成者は直前まで50%弱だったのに、国民投票では勝利を得ている。なのになぜ「現状を変更したい側は少なくとも60%程度の賛成者がいるような状況にしておく必要がある」とのキャメロン前首相の言葉を「示唆に富む」ものとして受け止めたのか。安藤編集委員の気持ちが理解できない。

英国の国民投票から教訓を得るとしたら「現状を変更したくない側は少なくとも60%程度の賛成者がいるような状況にしておく必要がある」となるはずだが…。


※今回取り上げた記事「ニュースを突く~11年前のトラウマと改憲
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/092900002/020700136/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。日経ビジネスでこれまでに書いた記事の安定感を評価して安藤毅編集委員への評価はC(平均的)とする。

2018年2月10日土曜日

日経ビジネス「見えてきたクルマの未来」で見えなかったこと

人間がハンドルを握ってクルマを運転する光景は、遠からず消え去る」という大胆な予測から日経ビジネス2月12日号の特集「見えてきたクルマの未来」は始まる。衝撃的な予測ではある。これを実現するには、自動運転の技術進歩だけでは足りない。まず、新車販売は全てレベル4以上の自動運転車になる必要がある。つまり、運転を楽しむためにスポーツカーを買う人がいなくなることを意味する。
福岡空港(福岡市博多区)※写真と本文は無関係です

さらには、世に出回っている自動運転レベル3以下のクルマに乗る人もゼロにしなければならない。常識的に考えると、かなり時間がかかりそうだ。取材班(山崎良兵副編集長、佐伯真也記者、庄司容子記者、小笠原啓副編集長)は特集の中で「遠からず消え去る」と言える根拠を提示しているだろうか。

この問題に触れていると思われる「PART 3~走る5000万台 笑う業界、泣く業界 2030年、クルマと社会はこう変わる」という記事の一部を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

2030年には新車販売の半分が「レベル4」以上の自動運転車になる──。こんな予測を示すのは、米コンサルティング会社のPwC Strategy&だ。米国、欧州、中国といった世界の主要市場で、大半の場面でドライバーが不要になる完全自動運転のクルマが販売の主流になるという。



◎2030年でもレベル4以上は半分止まり…

2030年には新車販売の半分が『レベル4』以上の自動運転車になる」としても、半分は「人間がハンドルを握ってクルマを運転する」場合もあるレベル3以下だ。しかも、2029年までに販売されたクルマが色々なところを走り回っている。12年後でも「人間がハンドルを握ってクルマを運転する光景」が「消え去る」可能性はゼロに近い。

だとすると「消え去る」のはいつなのか。結局、取材班は答えを示してくれない。「見えてきたクルマの未来」とのタイトルを付けて「人間がハンドルを握ってクルマを運転する光景は、遠からず消え去る」と冒頭で言い切ったのは何だったのか。騙しだと言われても仕方がない。

ついでに、記事の中の「渋滞時間~全て自動運転なら解消 一部だけなら悪化も」という解説にも注文を付けたい。記事では以下のように説明している。

【日経ビジネスの記事】

自動運転車は交通規則を順守する。これが常識だ。全てのクルマが自動運転車になれば、車間距離を一定に保ち、ブレーキのタイミングなども完璧で、渋滞が起こらないとされている。



◎「全て自動運転なら渋滞解消」はあり得ない

全てのクルマが自動運転車になれば、車間距離を一定に保ち、ブレーキのタイミングなども完璧で、渋滞が起こらない」という考え方に取材班のメンバーは疑問を持たなかったのだろうか。少し考えれば、あり得ないと分かるはずだ。

100台しか収容できない駐車場に1000台の自動運転車が入ろうとしている状況を考えてみよう。「車間距離を一定に保ち、ブレーキのタイミングなども完璧」だとしても、駐車場の入口から車の列ができてしまう。この渋滞は自動運転では解決できない。

事故が起きた場合も同じだ。自動運転でも事故をゼロにはできない。路上で事故が起きたてクルマの流れが止まれば、必然的に渋滞が発生する。記事を書く上で、そうした可能性は考慮しなかったのだろうか。


※今回取り上げた特集「見えてきたクルマの未来
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/020600910/?ST=pc


※特集全体への評価はC(平均的)。山崎良兵副編集長への評価はCで確定とする。佐伯真也記者、庄司容子記者、小笠原啓副編集長への評価は暫定でCとする。

2018年2月9日金曜日

「肌着からデータ送信」が怪しい日経「ポスト平成の未来学」

タブレット端末に心拍数のデータを送ってくれるポリエステル繊維製の肌着」と聞いたら、どういうイメージが湧くだろうか。個人的には、何らかの機器を装着した「肌着」では「肌着がデータを送ってくれる」とは感じられない。
片の瀬公園(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

12日の日本経済新聞朝刊未来学面「ポスト平成の未来学 第4部 暮らし新潮流 体の信号感じる服~体調管理 感情もまとう」という記事では「データを送ってくるのは僕の上半身に密着した肌着」と言い切っていた。しかし、調べてみると「ポリエステル繊維製の肌着」そのものがデータ送信するわけではなさそうだ。

記事の最後には「ご意見や情報をmiraigaku@nex.nikkei.co.jpにお寄せください」と出ているので、意見を送ってみた。内容は以下の通り。


【日経に送ったメール】

日本経済新聞社 上阪欣史様 奥津茜様

12日の「ポスト平成の未来学 第4部 暮らし新潮流 体の信号感じる服~体調管理 感情もまとう」という記事について意見を述べさせていただきます。まず気になったのが最初の段落です。

 「1月下旬、僕(41)のタブレット端末に毎日、自分の心拍数がリアルタイムで表示されるようになった。データを送ってくるのは僕の上半身に密着した肌着。電気を通す直径700ナノ(ナノは10億分の1)メートルのポリエステル繊維製で、軽さは普通の肌着と変わらない。東レとNTTが開発したウエアラブル・センサー付き衣料『hitoe』だ

これには驚きました。「ポリエステル繊維製」の「肌着」が「タブレット端末」に心拍数の「データを送ってくる」と書いてあります。繊維がタブレット端末にデータを送信するなんて画期的な話です。「繊維の中に微細な機械を埋め込むのかな? でも、それじゃ洗濯できないのでは?」などと考えてしまいました。そこで調べてみると、謎が解けました。

データを送ってくるのは僕の上半身に密着した肌着」ではなくて「hitoeトランスミッター」という機器なのですね。記事を読んだ時は「肌着が心拍数を計測してデータを送信する」と思い込んでしまいました。

ひょっとしたら「ウエアラブル・センサー」が「hitoeトランスミッター」を指すのかもしれません。しかし、記事には肌着は「ポリエステル繊維製」と書いてあったので、「電気を通す直径700ナノメートルのポリエステル繊維」が「センサー」の役割を果たすと理解しました。

hitoeトランスミッター」という機器がデータを送ってくるのならば「データを送ってくるのは僕の上半身に密着した肌着」との説明は不正確であり、誤解を招きます。

ついでに言うと、41歳男性の「」には違和感を覚えました。記事中で使うとしても20代までではないでしょうか。

次に移りましょう。今回の記事では「hitoe」の話から以下のように展開していきます。

衣服を介した生体情報は企業にとっても大きな価値がある。例えばライブ会場や観光地などで、来場者がどれだけ楽しんでいるのかを把握できれば、サービスの改善や新企画の提案に生かせる。こうした未来を予見させるのが、日本IBMによる人工知能(AI)『ワトソン』を使った服づくりだ。昨年9月のファッションイベントに電装のドレスを出品。『カワイイ!』といった来場者のツイッターのやりとりをワトソンが解析し、感情の動きに合わせてドレスの色を変えた。吉崎敏文ワトソン事業部長(55)は『何十万通りの服と感情のデータをマッチさせれば“私だけの一着”が出てくるかもしれない』と話す

ワトソン」の話は「衣服を介した生体情報」に関する「未来」とはズレています。流れとしては「着ている服が生体情報を読み取り、その情報を企業が生かしていく」という事例を持ってくる必要があります。しかしワトソンは「来場者のツイッターのやりとり」から情報を得て、それを「電装のドレス」の「」に反映させているだけです。「衣服を介した生体情報」を読み取ってはいません。事例としては辛いと感じました。

ファストから『とがった』価値追求へ」という関連記事についても少し触れておきます。問題としたいのは「伸び悩み」の使い方です。記事では「国内の衣料品販売は伸び悩んでいる。直近の衣料品の国内市場は91年の3分の2の10兆円程度に落ち込んでいる」と記しています。

伸び悩む」とは「能力や勢いが盛んになろうとしているのにある段階で停滞してそれ以上になれずにいる」(大辞林)という意味です。基調としては伸びているが、その勢いが弱い時に用いる言葉です。「直近の衣料品の国内市場は91年の3分の2の10兆円程度に落ち込んでいる」のであれば、低迷が長く続いています。記事に付けたグラフでも、そうした傾向が読み取れます。だとすれば「国内の衣料品販売は伸び悩んでいる」との説明は不適切です。

グラフにも「衣料品の国内市場は伸び悩んでいる」とのタイトルが付いています。グラフと併せて見ると記事の作り手が「伸び悩み」の意味を理解していないのが容易に分かります。気を付けてください。

記事に関する意見は以上です。今後の参考にしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学 第4部 暮らし新潮流 体の信号感じる服~体調管理 感情もまとう
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180208&ng=DGKKZO26645530X00C18A2TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。上阪欣史記者への評価はDで確定させる。奥津茜記者は暫定でDとする。

2018年2月8日木曜日

「高齢者人口が急増」に関する日経ビジネスの回答に注文

日経ビジネス2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」の中に「猛スピードで進む高齢者の増加」という説明があった問題で、日経BP社から回答があった。その内容を紹介するとともに、回答に注文を付けておきたい。問い合わせと回答は以下の通り。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です


【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 武田健太郎様 武田安恵様

2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」の中の「PROLOGUE~2100年 日本はこうなる 人口・暮らし・社会を大胆予想」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

むしろ生まれる子供はもっと減り、76年の年間出生数は50万人を割り込むと予想されている。少子高齢化ならぬ『無子高齢化社会』が本格化するのだ。猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少。今後、100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来を統計から予想するとこんな姿になる

引っかかったのは「猛スピードで進む高齢者の増加」です。高齢社会白書(2017年版)によると、高齢者(65歳以上)人口は2016年が3459万人で、42年に3935万人とピークを迎え、65年には3381万人にまで減る見込みです。

記事からは「76年」の時点でも「高齢者の増加と人口減少」が「猛スピードで進む」ような印象を受けます。しかし、この頃には高齢者は減少傾向となっているはずです。

猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少」とは「100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来2100年ごろまで」に関する記述だとも解釈できます。その場合は約80年のうち60年近くも高齢者人口が減り続ける可能性大です。しかも65年には今より高齢者人口が少なくなるのです。

また、16年からピークの42年までの26年間でも、14%しか高齢者人口は増えません。この期間に限っても「猛スピードで進む高齢者の増加」とは言えないでしょう。

100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来を統計から予想する」場合、「高齢者人口は2040年代まで緩やかに増え続けるが、その後は減少に転じる」とでも書くのが適切ではありませんか。「猛スピードで進む高齢者の増加」が2100年頃に向けて進むとの記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「無子高齢化社会」との表現には問題を感じました。出生数が49万人であっても明らかに「無子」ではありません。少なくとも不正確であり、厳しく言えば誤りです。また、「50万人」で「無子」かどうかを線引きする根拠もないはずです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【日経BP社からの回答】

弊誌「日経ビジネス」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」に問い合わせいただいた件につきまして、回答いたします。

23ページの特集記事本文中、「むしろ生まれる子供はもっと減り、76年の年間出生数は50万人を割り込むと予想されている。少子高齢化ならぬ『無子高齢化社会』が本格化するのだ。猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少。今後、100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来を統計から予想するとこんな姿になる。」とのくだりにつきまして「76年」の時点でも「高齢者の増加と人口減少」が「猛スピードで進む」ような印象を受ける。しかし、この頃には高齢者は減少傾向となっているので、「猛スピードで進む高齢者の増加」は誤りではないかとのご指摘でした。

高齢社会白書によりますと高齢者人口がピークを迎えるのは42年と予想されており、その後、減少に転じるとみられているのはおっしゃる通りです。

 弊誌として「猛スピードで……」以下の部分で読者にお伝えしたかったのは、「今後、100歳近くまで生きる今の子供たち」が生きていくうえで「猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少」の両方を経験するということです。それ以前の記述も踏まえたもので、76年時点に限定しているわけではありません。

ただ、直前に76年について触れておりますため、ご指摘いただいたように、あいまいな面があったかもしれません。今後、より正確さを期すよう努めて参りたいと考えています。

◇   ◇   ◇

回答内容への不満は2つある。

◎「2100年ごろまで」を無視

確かに問い合わせでは「記事からは『76年』の時点でも『高齢者の増加と人口減少』が『猛スピードで進む』ような印象を受けます」と書いたが、さらに「『猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少』とは『100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来=2100年ごろまで』に関する記述だとも解釈できます」とも述べた。
大平山山頂からの風景(福岡県朝倉市)
     ※写真と本文は無関係です

つまり、問い合わせの時点から「76年時点の話ではない可能性がある」と明示している。にもかかわらず、回答では「それ以前の記述も踏まえたもので、76年時点に限定しているわけではありません」と説明している。これでは、きちんとした回答とは言えない。


◎2042年までは「猛スピード」?

問い合わせでは「16年からピークの42年までの26年間でも、14%しか高齢者人口は増えません。この期間に限っても『猛スピードで進む高齢者の増加』とは言えないでしょう」と指摘した。しかし、この問題には触れずに「『今後、100歳近くまで生きる今の子供たち』が生きていくうえで『猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少』の両方を経験する」と回答している。

「26年間で14%でも猛スピードでの増加だ」との判断ならそれでもいい(もちろん無理はあるが…)。そこはしっかり見解を示してほしかった。ちなみに「2042年までは高齢者人口が猛スピードで増加する」との前提ならば「『猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少』の両方を経験する」世代を「今後、100歳近くまで生きる今の子供たち」に限定する必要はない。今の30代や40代も過半数が2042年を生きるはずだ。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「人生100年」に無理がある日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100100.html

年金支給開始85歳でも「幸せ」? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/85-100.html

今世紀中は高齢者が急増? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100_7.html

2018年2月7日水曜日

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解

7日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~米中 ぶつかり合うDNA」で、筆者の秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)が「万里の長城」について誤りだと思える解説をしていた。秋田氏によると中国には「周辺に自前の影響圏(朝貢圏)を広げ、囲い込もうとする性質」があり、「その証しが万里の長城である」という。一般的な認識とは逆と言ってもいい説明だ。日経には以下の内容で問い合わせを送っている。
帆船日本丸(横浜市)※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

Deep Insight~米中 ぶつかり合うDNA」という記事についてお尋ねします。記事中で筆者の秋田浩之氏(本社コメンテーター)は中国に関して以下のように記しています。

一方の中国にも、独自のDNAがある。それは周辺に自前の影響圏(朝貢圏)を広げ、囲い込もうとする性質だ。その証しが万里の長城である。中国が一帯一路構想の実現に向けて疾走するのも、国力が増すにつれ、再び、遺伝子の働きが活発になってきたことの表れといえるだろう

秋田氏は中国に「周辺に自前の影響圏(朝貢圏)を広げ、囲い込もうとする性質」があり「その証しが万里の長城である」と言い切っています。これを信じれば「万里の長城」は歴史的に中国の拡大主義の象徴であったはずです。本当でしょうか。

朝日新聞では「万里の長城」について「中国北部を東西に走る城壁。紀元前から、北方からの異民族侵入を防ぐために築かれ、秦の始皇帝が大増築した」と解説しています。

デジタル大辞泉によると「中国本土の北辺に築かれた長大な城壁。春秋時代に斉(せい)・燕(えん)・趙(ちょう)・魏(ぎ)などの諸国が国境に築いたもので、秦の始皇帝が匈奴(きょうど)の侵入を防ぐために燕・趙の長城を用いて万里の長城とした。南北朝時代から位置を南に移し、現存のものはモンゴルの侵入に備えて明代に築かれたもの」となっています。

基本的には「北方からの異民族侵入を防ぐため」のもので、拡大主義の象徴というよりは防衛目的の建造物と考えるべきです。「(中国が)周辺に自前の影響圏を広げ、囲い込もうとする性質」の証しとして「万里の長城」を捉えるのは誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

回答は届かないだろう。

※追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「Deep Insight~米中 ぶつかり合うDNA
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26590380W8A200C1TCR000/


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価もDを据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

今世紀中は高齢者が急増? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」

2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」には色々と問題を感じた。その中でも、間違いだと思えたのが「猛スピードで進む高齢者の増加」という説明だ。2100年に向けて日本で高齢者が「猛スピードで」増加するとは考えにくい。そこで日経BP社に問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。
水天宮(東京都中央区)※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 武田健太郎様 武田安恵様

2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」の中の「PROLOGUE~2100年 日本はこうなる 人口・暮らし・社会を大胆予想」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

むしろ生まれる子供はもっと減り、76年の年間出生数は50万人を割り込むと予想されている。少子高齢化ならぬ『無子高齢化社会』が本格化するのだ。猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少。今後、100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来を統計から予想するとこんな姿になる

引っかかったのは「猛スピードで進む高齢者の増加」です。高齢社会白書(2017年版)によると、高齢者(65歳以上)人口は2016年が3459万人で、42年に3935万人とピークを迎え、65年には3381万人にまで減る見込みです。

記事からは「76年」の時点でも「高齢者の増加と人口減少」が「猛スピードで進む」ような印象を受けます。しかし、この頃には高齢者は減少傾向となっているはずです。

猛スピードで進む高齢者の増加と人口減少」とは「100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来2100年ごろまで」に関する記述だとも解釈できます。その場合は約80年のうち60年近くも高齢者人口が減り続ける可能性大です。しかも65年には今より高齢者人口が少なくなるのです。

また、16年からピークの42年までの26年間でも、14%しか高齢者人口は増えません。この期間に限っても「猛スピードで進む高齢者の増加」とは言えないでしょう。

100歳近くまで生きる今の子供たちが経験する未来を統計から予想する」場合、「高齢者人口は2040年代まで緩やかに増え続けるが、その後は減少に転じる」とでも書くのが適切ではありませんか。「猛スピードで進む高齢者の増加」が2100年頃に向けて進むとの記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「無子高齢化社会」との表現には問題を感じました。出生数が49万人であっても明らかに「無子」ではありません。少なくとも不正確であり、厳しく言えば誤りです。また、「50万人」で「無子」かどうかを線引きする根拠もないはずです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

◇   ◇   ◇

問い合わせは2月3日(土)に送っているが、6日(火)までに回答はなかった。回答があれば、その内容も紹介したい。

追記)回答に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「高齢者人口が急増」に関する日経ビジネスの回答に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_8.html


※特集全体への評価はD(問題あり)。武田健太郎記者と武田安恵記者への評価もDを据え置く。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「人生100年」に無理がある日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100100.html

年金支給開始85歳でも「幸せ」? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/85-100.html

2018年2月6日火曜日

AIに関する週刊ダイヤモンド深澤献編集長の珍説を検証

週刊ダイヤモンドの深澤献編集長が週刊ダイヤモンド2月10日号の「From Editors」という編集後記でAIに関する珍説を披露していた。記事の全文を見た上で、この説が妥当か検証してみたい。
巨瀬川と耳納連山(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

AIが進化したとはいえ、人間が当然身に付けている「常識」や「倫理観」を持たせるのは難しいそうです。

有名なAI開発プロジェクト「ロボットは東大に入れるか。」でも、「金属の棒に、バターで豆を張り付ける。棒の片方を火で炙ったら、どういう順番で豆が落ちるか」といった小学生レベルの理科の問題に、むしろ苦労したとか。

未来の戦争で戦場に出るロボット兵士には、敵か味方か、兵士か民間人かを正確に見分ける能力が必須となるでしょうが、そうすると「動くものなら全て撃て」と教えられた原始的なAIを搭載したロボットに完敗することになる

AI時代に人間が就くべき職業として「AIに常識と倫理を教える先生」というのはありかもしれません。


◎「動くものなら全て撃て」に負ける?

引っかかったのは「敵か味方か、兵士か民間人かを正確に見分ける能力」を持つ「ロボット兵士」が「『動くものなら全て撃て』と教えられた原始的なAIを搭載したロボットにに完敗する」という説明だ。色々考えてみたが、「完敗する」可能性は低そうだ。

ここでは、「正確に見分ける能力」を持つロボットを「先進ロボット」、「動くものなら全て撃て」とプログラムされているロボットを「原始ロボット」と呼ぶ。先進ロボットは敵味方の識別をするので、攻撃を仕掛けるタイミングが原始ロボットよりわずかに遅くなると仮定しよう。攻撃能力は互角とする。

まずは、先進ロボットと原始ロボットが集団で戦う場合を考える。広い草原で100体ずつに分かれて配備されているとする。ここで戦闘開始となったらどうなるか。まずは原始ロボット同士での戦いが始まる。原始ロボットは自らの近くで動く仲間の原始ロボットを見境なく攻撃するので、戦闘開始からすぐに大きく数を減らすだろう。そして、先進ロボットの集団と接近した時には、相手に敵だと識別されている上に、数の上では圧倒的な劣勢だ。原始ロボットの敗北は避けられそうもない。

では、1対1の場合はどうか。

双方の攻撃可能範囲が半径100メートルで、先進ロボットが200メートル以内ならば敵味方を識別可能だと仮定すれば、100メートルより離れた場所から戦いを始める場合、勝負の行方は五分五分だ。

100メートル以内では原始ロボットの勝ちかと言えば、そうとも限らない。例えば、周りに鳥がたくさん飛んでいる状況では原始ロボットが不利だ。原始ロボットはまず鳥に攻撃を仕掛けるので、その間に先進ロボットから攻撃を受けてしまう。

ここまでは、先進ロボットが原始ロボットについて学習していないとの想定で話を進めてきた。しかし、最新のAIを搭載した先進ロボットは原始ロボットの行動パターンを学習していると考える方が自然だ。

その場合、(1)自らはなるべく動かない(2)ダミーの動く物(風船など)を用意してそちらを敵に攻撃させる--といった対策を立ててくるだろう。そうなると、原始ロボットの勝ち目はさらになくなる。

他に動く物がない環境で、1対1でいきなり出くわして--といった状況を想定すれば、原始ロボットが勝つ場合もある。だが、かなり特殊な条件付きだ。基本的には先進ロボットが有利だと思える。

そもそも「未来の戦争で戦場に出るロボット兵士には、敵か味方か、兵士か民間人かを正確に見分ける能力が必須となる」とすれば、「『動くものなら全て撃て』と教えられた原始的なAIを搭載したロボット」は必須の能力を欠いていることになる。そんなロボットが戦場に出てくる可能性は限りなく低そうだ。味方も鳥も風船も無差別に攻撃するロボットでは、現実的には使い物にならない。

正常な判断ができる人ならば、そんな「ロボット」を戦場に送り込もうとは、まず考えないだろう。1体で敵を全滅させられるほどの圧倒的な強さを見せてくれるのならば話は別だが…。


※今回取り上げた記事「From Editors
http://dw.diamond.ne.jp/

※記事の評価はD(問題あり)。深澤献編集長への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。

2018年2月5日月曜日

「大東亜帝国は学食で男女別々」? 東洋経済「大学が壊れる」

週刊東洋経済2月10日号の特集「大学が壊れる」の中に出てくる「大学選びの5カ条 君たちはどう生きるか 大淘汰時代の大学選び」という記事は偏見を感じさせる内容だった。記事ではオバタカズユキ氏が学食に関して「大東亜帝国クラスだと男女席を同じゅうせず」などと語っているが、常識的には考えにくい。この記事には、他にも問題を感じた。順に見ていこう。
早稲田大学 戸山キャンパス (東京都新宿区)

【東洋経済の記事】

 大学にはカラーがある。偏差値が同じならどの大学も一緒、というわけではない。

たとえば慶応義塾大学。幼稚舎から上がってきた本当のお坊ちゃん、お嬢様の価値観のようなものが校風に影響を与えている。それを嫌うと浮いてしまうことがある。

一方、かつての早稲田大学はバンカラで、いろいろな地方の出身者が雑居していたが、今はアッパーミドル家庭、東京の中高一貫校の出身者ばかり。地方の県立トップ高出身者も入学しているが、そうとう減っている。


◎早大は「東京の中高一貫校の出身者ばかり」?

まず、早大についての「東京の中高一貫校の出身者ばかり」という説明が怪しい。大学のホームページで合格者の出身高校所在地別状況を見ると、東京の高校は3分の1程度だ。「中高一貫校」に限れば比率はさらに下がる。入学者の状況も似たようなものとすれば、早大の学生で「東京の中高一貫校の出身者」は3割に満たないと推測できる。だとすれば「東京の中高一貫校の出身者ばかり」は言い過ぎだ。「ばかり」と表現するならば、個人的には7~8割は欲しい。

続きを見ていこう。

【東洋経済の記事】

今はインターネットや情報誌などに、大学に関する情報があふれている。情報はたくさんあって選択肢が増えているように見えるが、ネット情報は玉石混淆で、スマートフォンで調べてわかった気になるのは危ない。冒頭で述べた大学のカラーのようなものも、インターネット情報だけではわからない。

いちばん大事なのは実際にキャンパスに足を運んでみることだ。最近は各大学がオープンキャンパスに力を入れている。こうした催しに参加することもプラスだが、それよりも志望大学を三つくらい、土曜日でもいいが、できれば学生の多い平日に訪問してみたい。高校を休んででも見学する価値がある。

「受験生です。大学見学に来ました」と言えば、守衛さんもまず入れてくれる。

図書館は原則入れないが、手始めに学生食堂でご飯を食べてみよう。キャリアセンターに行けば、就活の雰囲気も伝わってくる。部活の様子や大きな教室を外からのぞくのもよし。ピロティのような場所で、学生たちがどんな会話を交わしているか、耳を傾けてみるとよい。

学食は、お昼どきは混雑するので、午後2時以降が狙い目だ。学食で大学生たちはどんな会話をしているのか。授業のない学生がたむろしていると、本音を知ることができてなおよい。

その際、男女が一緒に和やかに歓談している率がポイント。男女の「和気あいあい度」「にこやかにキャンパスライフを楽しんでいる度」は意外なほど偏差値に比例する。この点、東京大学は例外。立教大学は少し温室ハウスのような空気だとか、中央大学は資格試験疲れの学生がちょっと目立つとか、大東亜帝国クラスだと男女席を同じゅうせず、だとか。学生気質や校風が高校生でも何となく感じ取れるはずだ。

キャンパスでは購買部、特に書籍コーナーもチェックしてみよう。偏差値の低い大学は漫画本メインだったりする。どんな本が並べられているのかを見れば、その大学の知的レベル、文化レベルを推し量ることができる。


◎色々と気になる点が…

オバタ氏は大学選びで「いちばん大事なのは実際にキャンパスに足を運んでみること」で、その際は「学食」で「男女が一緒に和やかに歓談している率」を見るように勧める。まず「男女が一緒に和やかに歓談している率」はそんなに大事なのか。大事だとすれば、その理由が知りたいところだが、記事では教えてくれない。
福岡大学(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

百歩譲って大事だとしよう。だが、「男女の『和気あいあい度』『にこやかにキャンパスライフを楽しんでいる度』は意外なほど偏差値に比例する」のであれば、わざわざ「キャンパスに足を運んでみる」までもない。オバタ氏が例外とする東大を除いて偏差値ランキングをチェックすれば「男女が一緒に和やかに歓談している率」が高いかどうかを判断できる。

偏差値に比例する」という話も信じ難い。「東京大学は例外」とオバタ氏は言うが、だったら東京工業大学やお茶の水女子大学には当てはまるのか。東工大は9割近くが男子学生で、お茶の水は女子大だ。「男女が一緒に和やかに歓談している率」は普通に考えれば低くなる。

中央大学は資格試験疲れの学生がちょっと目立つ」との説明も引っかかった。オバタ氏は中央大を訪れた際に、疲れた学生が多いなと感じてその理由を1人1人に尋ねたのかもしれない。だが、高校生がそういった事情を「何となく感じ取れる」かと言えば、難しいだろう。

そして最も気になったのが「大東亜帝国クラスだと男女席を同じゅうせず」との記述だ。これらの大学の学食で男女一緒に食事をしているグループは1日に1組いるかどうか--と言えるのならば、記事の説明で問題ない。それぞれの学食を訪ねたわけではないので断定はできないが、「男女席を同じゅうせず」は言い過ぎだと思える。しかも、それを偏差値と絡めているところに偏見の臭いがする。

オバタ氏の言う、大学選びで「二つ目に大事な」ことについても疑問を感じた。

【東洋経済の記事】

二つ目に大事なのは、ネット上の大学関連情報や雑誌のランキングのたぐいは極力見ないこと。大学に関する情報を見るくらいなら、勉強に集中したほうがよい。

教育熱心な親ほど、大学ランキングなどの数字に踊らされてしまう。しかし、子どもの志望校がどのレベルに位置づけられているかを大ざっぱに知る程度ならよいが、細かなランキングの上下を気にする必要はまったくない。親は自分の出身大学や受験経験のコンプレックスを反映し、つい感情的になってしまう。それらは「それは世間のうわさ話なのね」という程度に受け止めておくべきで、そうしたランキングに一喜一憂するのは有害無益だ。



◎どうやって志望大学を絞り込む?

オバタ氏は「ネット上の大学関連情報や雑誌のランキングのたぐいは極力見ないこと。大学に関する情報を見るくらいなら、勉強に集中したほうがよい」と助言する。「いちばん大事なのは実際にキャンパスに足を運んでみること」だとも述べていた。「志望大学を三つくらい、土曜日でもいいが、できれば学生の多い平日に訪問してみたい」とオバタ氏は言うが、だったらその「三つ」はどうやって選ぶのか。

大学関連の情報に極力触れないようにして「三つ」を選ぶのは難しい。「親や教師に選んでもらえ」と言いたいのか。謎だ。

今回の記事は最後に「(談)」となっている。つまり、オバタ氏に取材した内容を記者がまとめたものだ。雑な説明をそのまま記事にした記者の責任も重い。

因みに、今回の記事には早稲田大学大隈講堂の写真を使っていて、写真には「昔のイメージで大学を選ぶと失敗する(写真は本文と関係ありません)」という説明が付いている。早大についても記事中でしっかり触れているのだから「写真は本文と関係ありません」とは言えないだろう。

さらに言えば「自宅生の半数超は1時間以上かけて通学─大学生の片道通学時間─」とのタイトルが付いたグラフも気になった。このグラフは本文との関連性がほぼない。強いて挙げれば「自宅からキャンパスまでの交通の便も、実際に行ってみないと意外とわからないものだ」というくだりだが…。何のためにグラフを入れたのか、これも謎だ。


※今回取り上げた記事「大学選びの5カ条 君たちはどう生きるか 大淘汰時代の大学選び


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年2月4日日曜日

年金支給開始85歳でも「幸せ」? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」

日経ビジネス2月5日号の特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える」では、「ハッピーシナリオ~クラウドワーカーとして市役所から業務を受託 安価な公営住宅と年金で生活には十分」という記事で、2100年に「幸せ100歳」を達成した場合の例を示している。だが、この「ハッピーシナリオ」はあまりハッピーには見えない。
横浜ランドマークタワー(横浜市)
        ※写真と本文は無関係です

2100年、84歳になった青木陽人」に関してどう描いているのか見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

東京の家を売り払い、地方都市に移住した。45年以降、政府は人口減でスカスカになった日本列島をコンパクトで効率的な国に作り変えるべく、人口10万~20万人程度の地方都市にインフラや行政サービスなどを集約させた。低所得者でも暮らせる家賃1万円の公営住宅を整備。雇用も不足しないよう配慮し、クラウドワーカーが働きやすいように通信環境も重点的に整備された。この政策のおかげで、多くの人々が東京から地方に移り住んだ。

陽人は公営住宅に入居し、フリーで配線修理の仕事をしながら妻のリハビリに付き合った。幸い妻は回復し歩けるようになったことから、税理士の通信教育講座を受講し資格を取得。クラウドワーカーとして税理士事務所を立ち上げ、約25年がたった。

85歳となる来年からは年金受給が始まる。夫婦合わせて月10万円足らずだが、貯金を少しずつ取り崩し、税理士の仕事を週2回程度すれば、十分生活できると考えている


◎「バッドシナリオ」のような…

まず「年金受給が始まる」のが「85歳」では辛い。「2100年には年金受給が85歳からになる」と聞いたら「年金制度は実質的に破綻するんだな」としか思えない。筆者には「2100年には84歳でも元気に働ける人の割合が95%を超える」といった前提があるのかもしれないが、現実的ではない。

さらに、やっともらえる年金が「夫婦合わせて月10万円足らず」なのが厳しい。現在の物価水準が続くとの前提で「家賃1万円の公営住宅」に住むとしても、光熱費や通信費を差し引くと残るのは8万円程度だろう。

税理士の仕事を週2回程度すれば、十分生活できる」かもしれないが、逆に言えば85歳になっても仕事を続けないと「生活」が成り立たない。「青木陽人」さんが100歳まで生きる場合、「十分生活できる」だけの収入を得ようとすると、90代になっても働き続けるしかない。それが本当に「ハッピーシナリオ」なのか。

特集を担当した武田健太郎記者と武田安恵記者には、その辺りをもっと突き詰めて考えてほしかった。


※今回取り上げた特集「幸せ100歳達成法~長生きリスクを越える
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/013000903/?ST=pc


※特集全体への評価はD(問題あり)。武田健太郎記者と武田安恵記者への評価もDを据え置く。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「人生100年」に無理がある日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100100.html

今世紀中は高齢者が急増? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100_7.html

「高齢者人口が急増」に関する日経ビジネスの回答に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_8.html