豪雨被害を受けた「あさくら堂」(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です |
紙面には「医療・健康面の記事やコラムに関するご意見、情報を募集しています」と出ていたので、そこにあったアドレス(iryo@tokyo.nikkei.co.jp)に意見を送ってみた。内容は以下の通り。
【日経へのメール】
日本経済新聞社 山口聡様
10日の朝刊医療健康面に掲載された「地方の医師不足 解消進まず 全国では年4000人増加も 医学部に『地域枠』効果まだ」という記事について意見を述べさせていただきます。
まず、書き出しの「医師が大都市部に集中し、地方の医師不足が深刻化している」という説明は不正確です。「大都市部」「地方」の定義が曖昧なので、取りあえずは「大都市部=三大都市圏」「地方=三大都市圏以外」との前提で考えてみましょう。
記事に付けた「医師数は都道府県間で格差がある」というタイトルの表を見ると、2014年末の人口10万人当たり医師数の上位5位までで「大都市部」に相当するのは1位の京都と2位の東京だけです。調べてみると3~14位を「地方」が占めています。
一方、表の下位5県には45位に千葉、47位に埼玉が入っています。こちらもさらに調べてみると、38位に愛知、39位に神奈川と「大都市部」の多くが下位でした。記事で示したデータからは「医師が大都市部に集中し、地方の医師不足が深刻化している」とは言えません。別のデータではそうした傾向が読み取れると言うのならば、その数字を記事に入れるべきです。
都道府県別の人口10万人当たり医師数から簡単に読み取れるのは「東京を除いて西高東低」という傾向です。国内の医師の偏在を論じるならば、この問題は避けて通れないと思えますが、なぜか記事では全く触れずに「医師が大都市部に集中し、地方の医師不足が深刻化している」という根拠の乏しい前提に基づいて話を進めています。
徳島県の事例に関しても、思うところを記しておきます。記事中で山口様は以下のように書いています。
「徳島県南東部に位置する勝浦郡。同郡には病院が1つしかない。その国民健康保険勝浦病院は常勤医4人で60床ある病棟と外来の診療をこなす。最年少医師で50歳前。定年延長して残った65歳の前院長と64歳の小西康備・現院長が月に6~7回も当直に入る。小西院長は『年休もとれない状態。いつ診療できなくなってもおかしくない』と語る。徳島県の人口当たり医師数は実は全国で3番目に多い。しかしその多くが徳島市周辺に集中し、少し離れただけで医療体制に不安が募る」
この事例も「医師が大都市部に集中し、地方の医師不足が深刻化している」という説明が不正確だと示唆しています。「徳島県の人口当たり医師数は実は全国で3番目に多い」と山口様自身が書いています。「その多くが徳島市周辺に集中」しているとしても、徳島市もその周辺も「大都市」ではないので「医師が大都市部に集中」している例とはなり得ません。「徳島市周辺は『地方』に属しているが、医師不足には陥っていない」と言えるのではありませんか。
ヒシャゴ浦・姉妹岩(大分市)※写真と本文は無関係です |
では「勝浦郡」では「医師不足が深刻化している」のでしょうか。記事の説明だけでは何とも言えません。「同郡には病院が1つしかない」とは書いてありますが、市民生活に支障が出ているかどうかは不明です。
「国民健康保険勝浦病院」は医師が足りないのかもしれません。ただ、勝浦郡から「少し離れただけ」の「徳島市周辺」に多くの病院があるのならば、市民生活に大きな支障はなさそうです。仮に国民健康保険勝浦病院が廃業したとしても、徳島市などの病院向けに送迎バスなどをきちんと用意すれば大きな問題は起きないのではありませんか。
「違う。勝浦郡では本当に医師不足が深刻なんだ」と山口様が認識しているのならば、それが読者に伝わるように情報を盛り込むべきです。勝浦郡の事例は、地方の医師不足の深刻さを伝えるためのものでしょう。どの地域を選んでもよかったのに、わざわざ勝浦郡を選んだのです。それは勝浦郡の事例が地方の医師不足を明確に伝えてくれるからではないのですか。記事を読む限り、少なくとも私には勝浦郡の医師不足の深刻さは伝わってきません。
せっかくの機会ですので、記事の書き方についてもう少し助言させていただきます。今回の記事を読んで気になったのが「誰が発言しているか分からないコメント」です。例えば以下のくだりです。
「政府などは医学部の定員増や地域勤務を義務づける『地域枠』を導入したが、効果はすぐに出ていない。『このままでは地域医療は崩壊する』。厚生労働省の検討会では医師に地域での勤務を半ば強制的に課す案も浮上した」
「このままでは地域医療は崩壊する」という思い切った発言ですが、誰が言ったのか謎です。「厚生労働省の検討会」で出た発言のようでもありますが、そうではないとの解釈も可能です。読者に「このままでは地域医療は崩壊するのかも…」と思わせてしまうコメントなのですから、匿名にするにしても「厚労省幹部」ぐらいの情報は盛り込んでほしいところです。
豪雨で流木が流れ着いた筑後川(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です |
記事では「地域医療の崩壊のスピードの方が早い恐れもあり、『地域枠だけでは遍在問題は解決できない』との指摘もある」とも書いています。これも誰の「指摘」なのか明らかにしていません。この手の記述が目立つと、記事への信頼性が低下してしまいます。
どういう状態になれば「地域医療の崩壊」と言えるのか記事では明らかになっていませんし、「崩壊」が起きつつあると納得できる事例も出てきません。「このままでは地域医療は崩壊する」と発言している人が誰かも謎です。なのに、「地域医療の崩壊」が進みつつあるとの前提で話は進んでいきます。そういう記事を信頼できると思いますか。今後はその辺りをしっかり検討した上で、記事を書いてください。
◇ ◇ ◇
※今回取り上げた記事「地方の医師不足 解消進まず 全国では年4000人増加も 医学部に『地域枠』効果まだ」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170710&ng=DGKKZO18595910X00C17A7TCC000
※記事の評価はD(問題あり)。山口聡記者への評価はDを据え置く。
0 件のコメント:
コメントを投稿