成田山新勝寺の釈迦堂(千葉県成田市)※写真と本文は無関係です |
中身を見ていこう。
【日経の記事】
「やあマーティ。僕らこうやって動くほうが効率的だよ!」。米デトロイト郊外のゼネラル・モーターズ(GM)の工場。フロントガラスを組み付けたり車体を溶接したりしているロボットが続々と話しかけてくる。消費電力を少なく、組み立て時間をもっと短く――。人工知能(AI)を備え自らカイゼンのアイデアをひねり出す。
これはGMが5年以内の実現を目指す「未来工場」の姿だ。世界のGM工場から集まる情報をもとにAIが早く安く造る方法を考えて提案する。生産性が加速度的に高まり「競争力を大幅に底上げできる」(ダグラス・マーティ・リン先進自動化技術部門主幹)。
◎無駄が多そうな「未来工場」
GMは本当に上記のような「未来工場」の実現を目指しているのだろうか。違う気もするが、取りあえず記事が正しいとの前提で考えてみよう。
この「未来工場」が実現するためには、「フロントガラスを組み付けたり車体を溶接したりしているロボット」1台1台にカメラを付けて人間の顔を認識させ、さらに音声を出すようにする必要がある。そして、「カイゼンのアイデア」を近くにいる従業員に口頭で伝えるわけだ。手間とコストの両面で恐ろしいほど無駄だと思える。
AIが「カイゼンのアイデア」を考えたら、それが必要な人のところへ文字情報で自動的に届くようにすれば済む。その方が情報の伝達や共有も容易だ。「車体を溶接したりしているロボット」に「マーティ」の顔を識別させる意味があるとは思えない。
続いてのくだりでは言葉の使い方で注文を付けたい。
【日経の記事】
2009年に米連邦破産法11条を申請したGM。大量の拠点閉鎖を余儀なくされた苦い経験は、従来の手法にこだわらず未来工場へ向かう原動力になった。ファナックやシスコシステムズと組み、世界で8500台強のロボットが90秒ごとに情報を共有する仕組みを導入。昨年は65台のロボットが「あと2週間で壊れてしまう」と声を上げ、事前に対応できた。
米国の自動車産業が機械による大量生産の手法を確立したのは約100年前。クルマの値段は大幅に下がり、庶民が買える時代が到来した。今始まっているのはAIによるものづくり革命だ。
◎舌足らずな「破産法11条を申請」
見出しならば「破産法を申請」といった表現でいい。見出し以外では「米連邦破産法11条を申請」ではなく、「米連邦破産法11条の適用を申請」と書いてほしい。そうしないと、舌足らずな印象を与えてしまう。
さて、ここまで記事を読んで「ものづくり革命」が始まったと感じただろうか。AIをものづくりに生かそうとしているのは確かだろう。しかし「革命」と呼ぶほどではない。AIの活用で生産コストが100分の1になったり、生産速度が100倍になるのならば「革命」と呼ぶに値する。しかし、起きているのは「ロボットが故障する前に素早く対応できるようになる」といった地味な変化だ。
続いて出てくる事例はさらに辛い。
【日経の記事】
そのビールはリンゴのいい香りがしたけれど、後味は少し苦かった。
「バージョン13はまた違う味になるよ。君の感想を聞いてAIがレシピを考えるから」。英インテリジェントXブルーイングのヒュー・リース共同創業者は言う。1年半前からすでに12回、AIがレシピを改良した。
商品棚に並ぶ限られた種類から選んで飲む――。そんな常識をAIは変える。フェイスブックで顧客からの感想や要望を集め、今求められている味やのどごしを割り出す。ホップの量や泡の出来やすさをAIが考えてレシピを作り替える。
リース氏は「顧客一人ひとりに合わせたものづくりが可能になる」と言う。料理店や個人で違うレシピのビールを短時間で開発し、作り分ける。オーダーメードのビールが当たり前になる時代が近い。
◎「オーダーメードのビール」に近付いてる?
顧客の感想を聞いて「AIがレシピを考える」のは分かる。だが「1年半前からすでに12回、AIがレシピを改良した」のであれば、同じ商品を多くの顧客に提供しているのだろう。開発担当者の代わりにAIが商品の味を考えてくれるだけの話だ。
なのになぜ「オーダーメードのビールが当たり前になる時代が近い」という結論になるのか。日本の大手ビールメーカーも多くの顧客の声を生かして、ビールの味を決めているはずだ。しかし、それが「オーダーメードのビール」に結び付くわけではない。
一方、「自分専用のビール」を作るだけならば、AIに頼らなくても今でもできる。サンクトガーレンという地ビールメーカーはタンク1本分のビールを完全オーダーメイドで作ってくれるようだ。結局、「英インテリジェントXブルーイング」の事例から、AIを活用すれば「オーダーメードのビールが当たり前になる時代」が来ると結論付けるのは無理がある。
記事の終盤もおかしな説明が出てくる。
【日経の記事】
不安はつきものだ。日本の素材大手で昨年、AIでデータを収集するコンピューターを社員が勝手に取り外す事件が起きた。情報流出を恐れた。
ゲント(ベルギー)で大破した自動車※写真と本文は無関係です |
AI導入による効果が分かっていても、どうしてもその副作用に目が行ってしまう。英国の産業革命の時代に機械の普及を恐れた人々が起こした「ラッダイト運動」と本質は似ている。
駒沢大学講師の井上智洋氏は「30年には工場の完全自動化が現実になる。流れは不可逆で早く対応した者が勝つ」と話す。未来のものづくりへのかかわり方は今と大きく違っているはずだ。再びラッダイト運動を起こしている暇はない。
◎「ラッダイト運動」と本質は似ている?
まず「素材大手」の話が分かりにくい。「日本の素材大手で昨年、AIでデータを収集するコンピューターを社員が勝手に取り外す事件が起きた。情報流出を恐れた」と書いてある場合、「情報流出を恐れた」のは、コンピューターを勝手に取り外した「社員」だと解釈するのが普通だ。しかし、常識的に考えると「情報流出を恐れた」のは「日本の素材大手」のような気もする。
説明が足りないので実際はどうなのか分からないが、いずれにしても「ラッダイト運動」とは似ていない。「機械の普及」で仕事がなくなると考えた人が機械を打ち壊したのが「ラッダイト運動」だ。しかし、「素材大手」の話では「AIに仕事を奪われるからAIを使えないようにしよう」という要素が見当たらない。
AI関連で現代の「ラッダイト運動」を探したものの、適当な事例が見つからなかったのだろう。その場合、「ラッダイト運動」と絡めることへのこだわりを捨てるべきだ。
※記事の評価はD(問題あり)。
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