2016年12月21日水曜日

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し

ややくどい気もするが、今回も日本経済新聞朝刊1面の「砂上の安心網~2030年不都合な未来」という連載を取り上げる。21日の「(3)認知症家族に迫る限界 介護保険には頼れない」では「2030年」にこそ触れていたものの、「介護保険には頼れない」との主張はご都合主義的で無理があった。今回も取材班にメールを送ったので、その内容を紹介したい。
震災後の熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

◇取材班に送ったメール◇

「砂上の安心網」取材班のみなさんへ

砂上の安心網~2030年不都合な未来(3)認知症家族に迫る限界 介護保険には頼れない」という記事に関して、意見を述べさせていただきます。

第2回では早くも「2030年不都合な未来」を描くことを放棄してしまいましたが、第3回では「30年」の文字が見えます。この点では第2回からの改善が感じられます。

しかし、「なぜ2030年に焦点を当てるのか」という、連載が始まって以来の問題は残っています。今回の記事では「認知症大国・日本。462万人(2012年)の認知症の人は、団塊の世代が80代になる30年、多いシナリオで830万人に。森さんが体験した介護の日々は、多くの人の日常になる」と書いています。

取材班では、内閣府の資料を基に「30年、多いシナリオで830万人に」と書いたのでしょう。この資料によると、「多いシナリオ」では2040年に953万人、2050年に1016万人、2060年に1154万人となっています。つまり何十年も増え続けます。そこで増加途上である2030年の「830万人」を取り上げて「森さんが体験した介護の日々は、多くの人の日常になる」と訴える意味はあるのでしょうか。

記事の書き方では、認知症患者の数が「462万人」ならば「多くの人の日常」ではないが、「830万人」だと「多くの人の日常」になるとも解釈できます。しかし、そうでしょうか。認知症患者の介護は、現時点でも「多くの人の日常」になっているはずです。

こうした問題が生じるのも「2030年不都合な未来」というタイトルのためです。「2030年」に触れなければ、連載の趣旨に合わなくなります。しかし、「2030年」を差し込もうとすると、今度は「なぜ2030年に特に焦点を当てるのか」という問題が出てきます。結局は、そこを乗り越えられないまま説得力の乏しい記事になってしまったというのが第3回でしょう。

他にも気になった点があるので指摘しておきます。

【日経の記事】

「物忘れがひどくなってきた。いずれは施設なのかな」。東京都世田谷区の奈良慶子さんは悩む。

生後半年の娘を抱え、認知症の父親(85)を介護する。「ダブルケアは負担が大きい」。施設を頼ろうにも、特別養護老人ホーム(特養)への入所には、父親の要介護度がネックになる。

今は生活の一部に介助がいる要介護1。15年の介護保険法改正で、要介護1と2は原則、入所対象外に。認知症の特例はあるが、区内には2000人近い待機者がおりメドがたたない。

「認知症は介護が大変なのに要介護度が低い」。青森県で特養を営む中山辰巳さん(64)は嘆く。

介護保険は身体機能の衰えへの支えを重視する。妄想や問題行動は体が元気でも出るため、要介護度と介護の大変さが一致しない例もある。「そもそも介護保険の成立時、認知症の激増は前提ではなかった」


◎疑問その1~取材班は「社会保障費抑制派」では?

取材班のみなさんは「痛みを伴う人がたくさんいるかもしれない」けれど、「自助が果たす役割」を重視して社会保障費を抑えていこうとの立場ではなかったのですか。

上記のくだりを読むと「認知症患者の介護認定をもっと甘めにしてあげるべきだ」と訴えているようにも感じます。取材班の立場を貫くならば、奈良慶子さんに関しては「大変だろうが、父親を施設に入れるのは諦めて、自分で頑張るべきだ」となりそうなものですが…。


◎疑問その2~父親の要介護度は低い?

奈良さんの父親に関しては「物忘れがひどくなってきた」「今は生活の一部に介助がいる要介護1」と書いてあるだけです。これだけだと、それほど大変そうには見えません。大変さを出すために「生後半年の娘を抱え」と入れているのでしょうが、85歳の父親がいる女性が「生後半年の娘を抱え」ているケースはかなり特殊です。奈良さんの事例では、情報が限られていることもあり、「父親の要介護度が低すぎる」とは思えませんでした。


◎疑問その3~なぜ「特養」限定?

最も気になったのが、なぜ「施設=特養」なのかです。グループホームであれば奈良さんの父親のような要介護1の認知症患者でも入所できます。記事の書き方だと、奈良さんには介護保険を利用して父親を施設に入れる道がないかのようです。

世田谷区でグループホームに空きがあるのかどうかは分かりませんが、特養以外にも選択肢がある点は記事中で触れるべきでしょう。待機者の多さで知られる特養だけを取り上げて「メドが立たない」と訴えても説得力はありません。一種の「騙し」です。


【日経の記事】

たとえ認知症でも、介護保険だけに頼るのはますます厳しくなる。そんな未来を見据え、自ら備える意識も広がる。太陽生命保険の「ひまわり認知症治療保険」。認知症になると300万円を給付する。3月の発売後、予想を上回る約14万6千件の契約を集めた。

◎疑問その4~なぜ宣伝みたいなことを?

記事の終盤に「ひまわり認知症治療保険」の“宣伝”が出てきたのは残念です。記事では保険料の水準にも触れず「認知症になると300万円を給付する」と、もらえる部分だけを前面に出しています。総合的に判断して「ひまわり認知症治療保険」が優れていると判断したのならば、その根拠を示すべきです。

そもそも記事では「認知症の人を1人介護するのに、年382万円も家族は無償で負担している」と書いています。「ひまわり認知症治療保険」で300万円を得ても1年分の負担も賄えません。保険料が極端に安いならば別ですが、「介護保険には頼れない」と不安を煽った上で、「ひまわり認知症治療保険」を“宣伝”してあげるのは頂けません。

さらに言えば「3月の発売後、予想を上回る約14万6千件の契約を集めた」との情報にもほとんど意味はありません。予想をどの程度上回っているのか触れていませんし、「14万6千件の契約」が多いのか少ないのかも一般の読者には判断できません。紙幅を割いてこの手の“宣伝”をしていては、読者の信頼を得るのは難しいでしょう(騙される読者も多いとは思いますが…)。

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※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

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