つづら棚田(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です |
まず、以前には投稿で以下のように説明した。
【投稿の内容】
「解雇の金銭解決制導入」が「転職しやすい環境」につながるとも思えない。解雇規制を緩めれば「やむなく転職市場に放り出される人」は増えるだろう。しかし「転職しやすい環境」になるかどうかは別だ。常識的に考えれば、転職市場での競争相手が増えるので、採用されにくくなるはずだ。
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これに関して、以下のコメントが届いた。
【コメントの内容】
>常識的に考えれば、転職市場での競争相手が増えるので、採用されにくくなるはず
労働市場がダブついてればそうですけど、タイトなら労働者側有利になるでしょう。
あなたが自分で直前に「>『転職しやすい環境』になるかどうかは別」と言っておられてこれは賛成。なのになぜ次の瞬間「>採用されにく(い環境になる)」と言い出すのか。「>別(問題)」なんじゃなかったのか。
転職しやすさは労働市場のタイトさ≒(自然失業率を基準にした)失業率の趨勢で決まると考えるのが経済学を踏まえた普通の見解でしょう。そしてこれは金融・財政政策で調整する話。
問題はタイトなのに転職がしやすくならない場合、解雇規制緩和で長期的に労働環境を変えるべきかもしれない(これはまた別の分析が必要で当該日経記事では説明しきれてないのは事実)。また労働市場がダブついた場合セーフティネットできちんと対応する必要は当然ある。
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◎労働市場がタイトならば解雇規制緩和は「労働者側有利」?
まず、労働市場がタイトな場合、解雇規制の緩和によって転職市場で「労働者側有利」になるかどうか考えてみよう。
求人100人に対し、転職市場のプレーヤーが90人しかいないタイトな状況だと仮定する。ここに解雇規制の緩和によって新たに解雇された30人のプレーヤーが登場するとどうなるだろうか。求人に変化がなければ、少なくとも20人があぶれてしまう。この場合、「労働者側有利」にはならない。
30人を解雇した企業が新たに30人を雇えば需給には中立だが、日本の現状では解雇規制の緩和は企業に「社内失業者」を吐き出させる方向に働くとみている。なので新規の雇用は見込みにくい。
需要(求人)と供給(転職希望者)の関係で見ると、供給は少なければ少ないほど「労働者側有利」になる。解雇規制の緩和によって新たな供給を生み出すことが「労働者側有利」に働くとは考えにくい。労働市場がタイトな場合、供給が増えても大きな混乱なく吸収されるかもしれない。だが、それは「労働者側有利」に傾いているわけではない。
例えば、大手新聞社のバブル入社組が年収1000万円前後を得ているとしよう。解雇規制の緩和を受けて、大規模な解雇が相次いだとする。年収200万~300万円の仕事ならば山ほどあるが、年収800万円超の転職先はわずかしかない場合、それでも「労働市場はタイト」とは言える。
だが、この前提において、大手新聞社を解雇される年収1000万円の労働者は転職しやすいだろうか。「転職しやすさ」の定義次第だが、自分だったら「ただでさえ少ない椅子を、さらに多くの人間で奪い合い、それに失敗したら一気に年収を落とすしかない。環境は厳しいな」と思うだろう。少なくとも「労働者側有利だ」と喜ぶ気にはなれない。
◎「別(問題)」なんじゃなかったのか」について
次は「やむなく転職市場に放り出される人が増えること」と「転職しやすい環境になるかどうか」は別だと書いた件について。これはやはり「別」だ。そして「常識的に考えれば、転職市場での競争相手が増えるので、採用されにくくなるはずだ」と続けた点にも問題は感じない。
今回の「別だ」とは「やむなく転職市場に放り出される人が増える=転職しやすい環境になる」ではないとの意味だ。「やむなく転職市場に放り出される人が増えることは転職のしやすさに影響を及ぼさない」と言っているわけではない。
以下の例文と構造は似ている。「自宅を何度も訪問して売り込めば熱意は伝わるだろう。だが、契約につながるかどうかは別だ。しつこい奴と思われて売り込みに失敗する可能性の方が高い」--。これで分かってもらえただろうか。
※追加での説明は以上。コメントしてくれた方が誰だか分からないが、拙文を読んでいただいたことには深く感謝したい。今回の件については「『転職しやすさが高成長を生む』? 日経の怪しい説明」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_75.html)、「『解雇規制の緩和』に関するコメントを受けてさらに説明」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_42.html)を参照してほしい。
返答ありがとうございます。
返信削除* * *
まず僕の立場は前のコメントで書いたように「転職しやすさは労働市場のタイトさ≒(自然失業率を基準にした)失業率の趨勢で決まる」です。
その上であなたの書いた二例、
①>求人100人に対し、転職市場のプレーヤーが90人~新たに解雇された30人のプレーヤー~20人があぶれてしまう
②>30人を解雇した企業が新たに30人を雇えば需給には中立
①は失業率が上がり、自然失業率を超えてしまっています。労働市場はゆるんでおり、当然労働者側不利な環境になります。②は失業率が変わっていません。
>解雇規制の緩和によって新たな供給を生み出すことが「労働者側有利」に働くとは考えにくい
繰り返しますが解雇規制は有利不利とは「別問題」なのであって、当然解雇規制を緩和することが(労働需給的に)労働者有利に働くことはありません(同様に、不利になることもありません)。そして肝心の失業率は、基本的に経済政策で短期的に調整するものであって、解雇規制のような長期的な構造変化をもたらす政策で調整すべきものではありません。政策割り当てを間違ってはいけない。
解雇規制を変えるべきか否かは、日本人の働き方をどうするかという視点で決めるべきです。そしてその議論に関係するのが次の話。
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>例えば、大手新聞社のバブル入社組が年収1000万円前後を得ているとしよう。
>解雇規制の緩和を受けて、大規模な解雇が相次いだとする。
>年収200万~300万円の仕事ならば山ほどあるが、
>年収800万円超の転職先はわずかしかない場合、
>それでも「労働市場はタイト」とは言える。
>だが、この前提において、大手新聞社を解雇される年収1000万円の労働者は
>転職しやすいだろうか。「転職しやすさ」の定義次第だが、
>自分だったら「ただでさえ少ない椅子を、さらに多くの人間で奪い合い、
>それに失敗したら一気に年収を落とすしかない。環境は厳しいな」と思うだろう。
>少なくとも「労働者側有利だ」と喜ぶ気にはなれない。
この例をご自分で書いて、違和感を感じないのが大問題です。
解雇規制が緩和されようが、会社にとって必要な社員はクビにするはずありません(適切な失業率下で雇用が流動的なことはむしろ、有能な社員にとっとと転職されては困るから、労働環境改善や賃上げするインセンティブになる)。
この例だと会社はこれまで、賃金1000万を払うに値しない社員を、強い解雇規制のせいで雇っていたことになる。1000万円分の能力に値しない人に、転職先でそれ以下の仕事しかないのは当たり前です。
そしてよく考えて欲しいのが次の点。仮にその人が本来800万円分の働きしかなかったとする。それでも1000万円で雇われていたとすると、別の人材から無用に200万円分奪っているのです。
1000万円もらい続けられる無能な社員には「やさしい環境」が、その分犠牲になってるスキルある人間にとっては、努力してるのに報酬をもらえない「厳しい環境」なのです。もしくは非正規でいいから200万円くらい稼ぎたい共働き主婦の働き口をひとつ奪っているかもしれません。
社会全体でこういうロスを抱える構造問題になっているなら、解雇規制緩和は、有能な社員に対して囲い込むための労働環境改善や賃上げをうながしうるし、また人々も、より正当な対価を得られるなら努力するインセンティブになるでしょう。
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もちろん現実には、一方的に目先の成果主義を助長すればいいという話にはならないでしょうし、セーフティネットも重要になってきます。それはそれで議論が必要です。
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日本人の働き方問題を議論する上でオススメの資料を添付しておきます。これが全て正しいと押し付ける気はありませんが、現状をより深く見据える視点を与えてくれる内容だと思います。ちょっと長いですが読みやすく非常に面白いとも思いますので、労働問題に興味がありましたら是非読んでみてください。
http://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/069.pdf