2016年6月30日木曜日

東洋経済「健康格差」イチロー・カワチ氏の極端な言い切り

週刊東洋経済7月2日号の特集「健康格差」の中に「ハーバード大学教授が警告 命の格差を直視せよ」というインタビュー記事が載っている。この中でハーバード大学 公衆衛生大学院教授のイチロー・カワチ氏が極端な言い切りをしているのが気になった。カワチ氏を責めるつもりはない。編集サイドの責任だと思える。問題点を挙げていこう。
久留米百年公園(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

◎「あらゆる店にドライブスルー」?

肥満の原因は、運動不足にもある。米国は車社会で、あらゆる店にドライブスルーが設けられている。マクドナルド、銀行のATM、ドラッグストアの処方箋受付もそう。車から出て歩くことが少ない」とカワチ氏は述べている。米国の事情に通じているわけではないが、「あらゆる店にドライブスルーが設けられている」とは考えにくい。「多くの店に」ぐらいにすべきだろう。

◎「高学歴の人にしか響かない」?

たとえば禁煙を促すために、喫煙のリスクを訴えるとする。喫煙がいろいろな病気を引き起こすことが論理的にわかれば、おのずとたばこをやめるだろう、という考え方だ。だがこれは『合理的な脳』にしか訴えておらず、現実には高学歴で生活にゆとりがある人にしか響かない」というくだりも同様だ。

大きく間違っているわけではない。だが「高学歴で生活にゆとりがある人にしか響かない」と言い切るのは問題だ。中卒でも高卒でも、合理的な判断に基づき禁煙する人はいるだろう。例えば、サッカー日本代表の多くは「高学歴」ではない。だからと言って「『合理的な脳』に訴えて彼らの生活を改善させようとしても無駄だ」と判断すべきだろうか。

記事の表現を「現実には高学歴で生活にゆとりがある人でないと響きにくい」とすれば問題は解消する。

ついでに、以下のくだりに関して注文を付けたい。

【東洋経済の記事】

--所得格差を縮めるうえで何が重要でしょうか。

幼児教育だ。この重要性は、1960~70年代の米国で行われた大規模実験によって証明されている。調査対象は、社会・経済的状況に恵まれない黒人の子ども。対象となった子どもたちを半分に分け、一方の幼児グループにはスパルタ教育を行い、もう一方には何もしない。そして彼らが大人になったときの健康状態がどうであるかを調べた

スパルタ教育を受けた子どもはその後、成績の悪い生徒に必要な学習支援を受ける率が半分だった。大学への進学率も倍以上になった。健康面では、喫煙率が20%程度低くなった。経済面でも、スパルタ教育を受けた人たちは一定水準の収入を保ち、持ち家率が高かった。

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◎「スパルタ教育」を受けさせる?

まず「スパルタ教育を受けさせるの?」とは思う。「スパルタ教育」とは「現在では一般に、体罰を含む厳格な教育法の代名詞として使われる語」(世界大百科事典)だ。記事で使うならば、どんな「スパルタ教育」なのかは言及してほしい。いくら効果があっても、「テストの点数が悪かったらムチ打ち100回」といったスパルタ教育に前向きになれない。

カワチ氏の言う「1960~70年代の米国で行われた大規模実験」とは「ペリー就学前計画」と呼ばれるものではないかと推測できる。これは午前中は学校で教育を受けて、午後は先生が家庭で指導という内容だったようだ。これだと「スパルタ教育」的な要素は見当たらない。


◎「健康状態」はどうなった?

そして彼らが大人になったときの健康状態がどうであるかを調べた」とカワチ氏は述べているのに、結局は「彼ら」の「健康状態」に触れていない。「健康面では、喫煙率が20%程度低くなった」と言っているだけだ。喫煙していて健康な人もいれば、非喫煙者で重病を抱えている人もいる。「喫煙率が20%低い」というだけでは、スパルタ教育を受けた人の方が健康状態が良いのか悪いのか判断できない。肝心の部分が抜けている。


このインタビュー記事には他にも問題があるが、この辺りでやめておこう。ここからは、インタビューした相手が極端な言い切りをしてきた時に、編集部ではどう対応すべきかを説明したい。対応策はいくつかある。「健康に関する有用な情報を与えても、それを生かして生活を改善できるのは高学歴の人だけだ」と相手が発言した場合で考えてみたい。

対応その1~追加で質問する

「野球やサッカーの有名選手は高卒の人も多いですよね。そういう人もやはり理解できませんかね」などと聞けば、「『高学歴の人だけ』は言い過ぎたかもしれません」などと返ってくる可能性はある。そうやって修正してあげるのも、聞き手の役割の1つだ。

対応その2~記事にする段階で相談する

記事にする段階で「『高学歴の人だけ』を『高学歴でないと難しい』と言い換えてもいいですか。低学歴でも理解できる人がいないとは言い切れないので…」などと相談すれば、拒否する人は少ないだろう。

対応その3~記事で使わない

問題があると思える部分は文字にしなければいい。「その1」「その2」の対応をしても、極端な言い切りに相手が固執した場合は、その発言を使わないという形で対応したい。


※特集全体の評価はD(問題あり)。今回の特集の担当は杉本りうこ、中川雅博、印南志帆、高見和也、中原美絵子の各記者。評価は杉本記者をB(優れている)からC(平均的)に、中川記者、印南記者、中原記者を暫定Bから暫定Cに引き下げる。高見記者は暫定でDとする。間違い指摘を無視した件については、担当者の中に副編集長以上の者が見当たらないので、責任者不明と考えて今回は評価に反映させていない。

※今回の特集に関しては「『JTがたばこ増税で潤う』? 東洋経済『健康格差』に疑問」「東洋経済『健康格差』キャベツ1玉200円に驚く藤田和恵氏」も参照してほしい。

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