日本経済新聞の秋田浩之氏が26日の朝刊オピニオン面に「Deep Insight~抗うウクライナ、日本に教訓」という記事を書いているが、きちんと「教訓」を得ているとは感じられなかった。中身を見た上で具体的に指摘したい。
筑後川 |
【日経の記事】
ロシアに抗(あらが)うウクライナの戦いから教訓をくみ取り、安全保障政策に生かしていくことが大切だろう。
日本の当局者や識者らの見方をまとめると、とりわけ大事な教訓は次の3つに集約される。第1は、いくら多くの友好国に囲まれていても、有事に本当に頼りになるのは同盟国であるという厳然たる事実だ。米欧はウクライナに武器を渡しても、一緒には戦わない。軍事同盟であるNATOの加盟国ではないからだ。
◎同盟国であれば戦う?
「有事に本当に頼りになるのは同盟国」だという「教訓」を「ウクライナの戦いから」得られるだろうか。「米欧はウクライナに武器を渡しても、一緒には戦わない」のはその通りだ。しかし「同盟国」だったら「一緒に」戦ってくれたかどうかは分からない。「ロシアと戦えば第3次世界大戦になる。それは避けたい」と米国が考えるのならば同盟国を見捨てる手もある。「同盟国は守る」と米国が言明しても信用はできない。
しかし秋田氏は以下のように話を進めてしまう。
【日経の記事】
日本はオーストラリアやインド、英国、フランスと安全保障協力を深めてきた。日米豪印による4カ国「Quad(クアッド)」の枠組みも強めている。これらも大事な協力だが、日本に防衛義務を負う米国との同盟にとって代わることはできない。日米同盟をさらに強めることが先決だ。
◎それでも「日米同盟強化」?
「日米同盟をさらに強めることが先決だ」と相変わらずの主張を展開している。「日米同盟」があれば米国は日本を守ってくれるし、戦争のリスクを最小化できると言えるのならば分かる。
しかし台湾有事に米国が軍事介入すれば、日本は米国に強いられる形で中国の“内戦”に介入する可能性が高い。それが現実になりそうな時に日本はどうすべきか、秋田氏は自分の意見を明らかにすることから逃げているように見える。
「日米同盟をさらに強めることが先決」と信じているのならば、台湾有事の際に米国と一緒に中国と戦うべきなのかを明らかにしてほしい。特に、日本が攻撃を受けていない段階でどうするのかが鍵だ。
さらに見ていこう。
【日経の記事】
第2の教訓は、成句に例えるなら「天は自ら助くる者を助く」である。ウクライナを各国が支援するのは、国民が決してあきらめず、戦っているからだ。
ウクライナ軍がロシアへの抵抗をあきらめ、あっという間に崩れてしまったら、外国は助けようがない。この事実は、自力で防衛する体制を整えることがどれほど大切か、日本に教えている。
2010年代半ば、当時の安倍晋三首相は防衛省幹部らに内々、次のような趣旨の指示を伝えた。「尖閣諸島が侵攻された時、最もやってはならないのは即座に米国に連絡し、助けを要請することだ。まず、日本が自力で守ろうとしなければ同盟は働かない」
同じことは他の日本の領土・領海にも当てはまる。日本に自衛の意志と能力が乏しかったら、米国は大きな危険を冒してまで守ろうとはしないだろう。
◎やはり米国は同盟国も守らない?
「日本に自衛の意志と能力が乏しかったら、米国は大きな危険を冒してまで守ろうとはしないだろう」と秋田氏は言う。つまり「日本に自衛の意志と能力が乏しかったら」米国は「同盟国」を見捨てるということだ。「自衛の意志と能力が乏し」いかどうかを判断するのは米国だ。そんな頼りない「日米同盟をさらに強める」意味があるのか。
「尖閣諸島が侵攻された時、最もやってはならないのは即座に米国に連絡し、助けを要請することだ。まず、日本が自力で守ろうとしなければ同盟は働かない」という「安倍晋三」氏の発言も「日米同盟」の頼りなさを裏付けている。
「尖閣諸島が侵攻された時」に在日米軍はその動きを察知できない前提なのだろう。しかも日本がしっかり「自力で守ろう」とした後でないと「同盟は働かない」。そんな頼りない「日米同盟」のために、費用負担までして軍事基地を置かせる意味があるのか。
さらに記事を見ていく。
【日経の記事】
そして今後、課題になるのが、核抑止力のあり方だ。ロシアの核戦力は米国を威嚇し、ウクライナへの直接介入を阻んでいる。だが、米国の核はロシアを止められず、侵攻を防げなかった。
同じ構図を、台湾海峡に当てはめたらどうなるだろう。米国は中国との核戦争を恐れて介入できない一方で、中国は米国の核に抑止されず、台湾に侵攻する……。こんな事態も絵空事ではない。
オーストラリアの国防情報機関で副長官を務めた豪戦略政策研究所(ASPI)のマイケル・シューブリッジ部長も、こう語る。「ロシアの核抑止力は米国に効いているのに、NATOの核はプーチン氏のおぞましい侵略を止める抑止力を発揮していない。同じことが中国との関係で起きないよう、豪州や日本は米側と核抑止力の信頼性の強化策を考えるべきだ」
◎「絵空事ではない」?
「米国は中国との核戦争を恐れて介入できない一方で、中国は米国の核に抑止されず、台湾に侵攻する……。こんな事態も絵空事ではない」と秋田氏は言う。「絵空事ではない」のは当然だ。「ウクライナの戦いから教訓」を得なかったのか。同盟国でなければ米国は「一緒には戦わない」と認識したのではないのか。
「ウクライナの戦い」から「教訓」を得たのならば「台湾有事で米国は台湾を軍事支援するが対中戦争には踏み切らない」と見るのが自然だ。これをメインシナリオに据えたい。秋田氏は違う考えなのか。
「ロシアの核抑止力は米国に効いている」とすれば、中国の「核抑止力」も「米国に効いている」はずだ。つまり「尖閣諸島が侵攻された時」に米国が日本を助けない可能性はかなり高いと言える。
色々考えると「米国は頼りにならない。日米同盟は役立たず。属国路線は早期に修正を」となってしまう。秋田氏が違う考えならば、それはそれでいい。ただ「日米同盟をさらに強めることが先決」という主張は根拠が乏しすぎる。そこを改めて考えてほしい。
※今回取り上げた記事「Deep Insight~抗うウクライナ、日本に教訓」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220426&ng=DGKKZO60301930V20C22A4TCR000
※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。
日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html
「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html
「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html
「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html
話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html
ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html
中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html
「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html
「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html
日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html
偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html
問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html
「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html
「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html
「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html
米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html
中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html
「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html
「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_11.html
日経 秋田浩之氏「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」に見える矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/deep-insighttpp.html
台湾有事の「肝」を論じる気配が見えた日経 秋田浩之氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/11/deep-insight.html
「弱者の日本」という前提が苦しい日経 秋田浩之氏の「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/01/deep-insight.html
「大国衝突」時代に突入? 日経 秋田浩之氏「大国衝突、漂流する世界」の無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/blog-post_23.html
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