評論家の中野剛志氏がFACTA12月号に書いた「日本国債のデフォルトはあり得ない」という記事は財政破綻に関する説明に問題は感じない。しかし「デフレ」についての記述には明らかな誤りがある。そこを見ていこう。
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【FACTAの記事】
デマンドプルインフレは、経済成長と深い関係にある。というのも、成長する経済は、需要が供給をやや上回った状態にある。需要があるから、企業は設備投資や技術開発投資を行い、労働者は就業機会を得られる。新規設備、新技術、雇用は供給力を高め、経済は成長する。このように、成長する経済は「需要>供給」の状態だから、マイルドなインフレとなる。逆にデフレだと、経済成長は難しい。需要が不足し、企業が積極的な投資を行わないのだから、経済が成長するはずがない。
◎逆も成り立つのでは?
「成長する経済は、需要が供給をやや上回った状態にある」とは限らない。単純化のためにコメだけで成り立っている「経済」を考えてみよう。この国では年間100キロのコメを生産しており、需要も100キロだ(つまり「需要=供給」)。そこで品種改良に成功し、翌年には一気に150キロのコメを作れるようになった。しかし需要は140キロにしか増えず、残り10キロは売れ残って農家の倉庫に眠ったままだ。
この「経済」は「需要>供給」とはなっていない。供給超過だ。結果として「デフレ」になる可能性はあるが、実質ベースで見れば明らかに「成長する経済」だ。
中野氏は「需要」が増えて、それを追いかける形で「供給」が増えると思い込んでいるのかもしれないが、必ずそうなるとは限らない。「供給」増加と価格下落が先行して「成長する」パターンもあり得る。
さらに見ていこう。
【FACTAの記事】
マクロ経済運営上、絶対に避けるべきは、デフレである。デフレとは、言い換えれば、貨幣価値が上昇する現象である。貨幣価値が上昇するなら、誰も投資や消費を行わず、貨幣を貯蓄しておくのが合理的な経済行動となる。したがって、デフレになると、民間主導で投資や消費が増えることは期待できない。そこで、政府が投資や消費を拡大し、需要を増やして、デフレという異常事態を脱却し、マイルドなインフレにしなければならない。インフレになれば、企業や個人は消費や投資をいっそう増やすので、民間主導による正常な経済成長も可能となろう。
◎「誰も投資や消費を行わず」?
「貨幣価値が上昇するなら、誰も投資や消費を行わず、貨幣を貯蓄しておくのが合理的な経済行動となる」から「マクロ経済運営上、絶対に避けるべきは、デフレである」と中野氏は訴える。そうだろうか。
中野氏に言わせれば「平成十年から四半世紀にわたって日本はデフレ」らしい。同意はしないが、この前提で考えてみよう。「平成十年から四半世紀にわたって」日本で「合理的な経済行動」を選んだ人は「誰も投資や消費を行わず」に過ごしていたのか。だとしたら、そうした人の多くはスーパーで食料を購入することもできずに餓死しているだろう。それが「合理的」なのか。
「デフレ」なのにディズニーランドで楽しい時間を過ごした人たちは「合理的な経済行動」ができなかったと見るべきなのか。「貨幣を貯蓄しておく」よりもレジャーに使って人生を楽しみたいと考えるのは非「合理的」なのか。
「投資」に関しても同様だ。ゼロ金利下で物価下落率0.1%の時に株式の期待リターンが5%だとしよう。この状況で株式に「投資」するのは、なぜ「合理的な経済行動」から外れてしまうのか。0.1%の「デフレ」だと株式の期待リターンは自動的に0.1%を下回ると中野氏は考えているのか。
「デフレ」で「貨幣価値が上昇する」からと言って、企業も個人も「投資や消費」をやめてしまう訳ではないし、それが「合理的な経済行動」から逸脱するとは限らない。少し考えれば分かるはずだ。
日本は本当にずっと「デフレ」なのかについても考えてみよう。「日本は、過去二十年以上、デフレという異常事態にあったのであり、平時であったことなどない」と中野氏は言うが「デフレ」かどうかの判断基準には触れていない。
確かに2020年は年間ベースで消費者物価指数が下落した。しかし、総合指数でわずか0.2%。しかも下落は4年ぶりだ。つまり、19年までの3年間は物価はマイナスではなかった。だとすると、消費者物価指数が多少上がっても「デフレ」だと中野氏は認識しているのだろう。
「過去二十年」の消費者物価指数をグラフにしてみると分かるが、物価は下落と言うより横ばいだ。横ばい基調ならば「物価は安定」と見るのが素直だと思えるが、ずっと「デフレ」だったと見なし「異常事態」だと訴える。無理があると言うほかない。
※今回取り上げた記事「日本国債のデフォルトはあり得ない」https://facta.co.jp/article/202112019.html
※記事の評価はD(問題あり)
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