FACTAによる経営者批判は総じて品性と説得力に欠ける。10月号に載った「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」という記事もそうだ。冒頭で「前任と現任CEOの『自己チュー』で経営はガタガタ。創業100周年を迎えられるのか」と打ち出している。最後まで読んでも「前任と現任CEOの『自己チュー』」と「経営はガタガタ」について「なるほど」と思える材料が出てこない。
夕暮れ時の筑後川 |
中身を見ながら具体的に指摘したい。
【FACTAの記事】
今年で創立90周年を迎えたブリヂストンの迷走が止まらない。経営トップの悪政が2代続き、人心が離れているからだ。
「やはりトヨタ自動車系だったか」。昨年までブリヂストン常務執行役員として経営戦略を担っていた井出慶太が7月1日付でダイハツ工業へ転職した人事を見て、ブリヂストンの社内ではそんな声が広がった。
「うちでは豊田章男から最も信頼されている人物」。井出について、ブリヂストン社内ではそんな評価があった。国内のタイヤ販売を担っていた時にトヨタを担当して実績を上げ、モータースポーツを通じて章男と仲良くなった。広報部長時代にはマスコミともうまく付き合い、次世代の有力候補とも言われた。
そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である。石橋の社内評は「冷徹でパワハラ気質」。これに嫌気がさして、有能な幹部や社員が続々と社を去っているが、井出はその象徴ともいわれる。
◎それだけ?
「石橋の社内評は『冷徹でパワハラ気質』」らしい。「冷徹」は悪いことではないし「パワハラ気質」も単純にダメとは言えない。「パワハラ」の扱いは難しい。「部下に対して厳しい言葉でダメ出しをする上司」は「パワハラ気質」かもしれないが、ひたすら優しければいい訳でもない。
上記のくだりに「石橋」氏が「パワハラ」をしたと言える根拠は見当たらない。「そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である」と断定しているが、「石橋」氏と「井出」氏の間で具体的に何があったのかも不明。これでは苦しい。
「有能な幹部や社員が続々と社を去っている」という話についても、人数には触れていないし、「石橋」氏の「パワハラ」が原因だと断定できる根拠も示していない。まともな材料がないのに「石橋」氏を「パワハラ」社長のように描いてメディアとしての良心が痛まないのか。
続きを見ていこう。
【FACTAの記事】
「雰囲気が悪くなったのは石橋の前任の津谷正明がCEOとなってからだ」とベテラン社員は指摘する。以来、約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう。
荒川詔四が社長から会長となり、後任として津谷がCEOになったのは12年。交代にあたって津谷は「会長の荒川、COO(最高執行責任者)になる西海和久と共に三頭体制で経営に臨む」と宣言したが、翌年、荒川をあっさりと相談役に退かせた。当時、荒川が相談役に退いたのは健康上の理由とされたが、「本人は健康そのものだった。その証拠にその後、キリンホールディングスの社外取締役や日本経済新聞社の監査役になっている」と同社OBは言う。
津谷は16年にブリヂストンを指名委員会等設置会社に移行させた。指名委員会と報酬委員会のメンバーは全て外部、監査委員会も過半数を社外取締役にしたため、「先進的なガバナンス体制を築いた」と評価されたが内実は違う。「津谷は権力志向がことのほか強かったが、それゆえ社内に人望がなかった。3つの委員会ポストを何も知らない社外取締役に任せる方が楽だったに過ぎない」(同)
◎どこが「醜悪」?
「約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう」と言う割に最初から「醜悪」さが伝わってこない。「荒川をあっさりと相談役に退かせた」というだけでは「醜悪」かどうか判断できない。そもそも「権力闘争」があったのかも疑問だ。「健康上の理由」で退いた可能性も残る。退いたときは「健康上」の問題を抱えていて、その後に回復したのかもしれない。
「本人は健康そのものだった」という「同社OB」のコメントも使っているが、「健康」状態は外から見ているだけでは判断できない。
そして以下のように続いていく。
【FACTAの記事】
津谷の評判を貶めたのは妻で、慶応大学の教授を務めた典子の存在もあった。「典子は夫の海外出張にしばしば同伴した。しかし世話役に就いた社員が気にくわないと、すぐに告げ口した。社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」(同社幹部)
◎関係ある?
「醜悪な権力闘争」を見ていくのではなかったのか。話が脱線している。「社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」と言うのならば「夫人」が「醜悪な権力闘争」で果たした役割を描くべきだ。
さらに見ていく。
【FACTAの記事】
津谷は18年12月にCOOの西海を退任させ、後任に財務や経営企画で評価を上げた江藤彰洋を起用した。当初は津谷の「子飼い」とみられた江藤だが「今でも社内で評価が高い荒川の薫陶を受け、そもそも津谷とはそりが合わない」(ベテラン社員)。江藤も1年半後にCOOの座を追われた。
◎「醜悪な権力闘争」はまだ?
なかなか「醜悪な権力闘争」の話にならない。「江藤も1年半後にCOOの座を追われた」らしいが、それだけでは「権力闘争」があった根拠にならないし「醜悪」さも見えてこない。
長くなるが、続きを最後まで一気に見ていく。
【FACTAの記事】
その津谷よりも酷いという評判の現CEOはどのようにして上り詰めたのか。
ブリヂストンは創業者の石橋正二郎が1906年に父親から引き継いだ仕立物業が前身で、31年、福岡県久留米市に本社を置いた時が創業とされる。現CEOの石橋は創業家と同姓で、孫正義や堀江貴文などを輩出した福岡の名門、久留米大学付設高校を卒業している。だから創業家出身者と思われがちだが縁もゆかりもない。
静岡大学人文学部を卒業した石橋がブリヂストンに入社したのは77年。頭角を現したのは米国事業に携わってからだ。
ブリヂストンは88年に米ファイアストンを買収した。当時世界のタイヤ業界は米グッドイヤーと仏ミシュランが2強として君臨、ブリヂストンは3位につけていたが、上位2社には大きく差をつけられていた。
その穴を埋めるべく、3300億円という当時では巨額の資金を投じてファイアストンを手に入れたが、同社の経営は赤字の垂れ流し。そんなところへ89年に送り込まれたのが石橋だった。断行したのが人員整理などのリストラ。「かなり強引な手口だったようだが、それでファイアストンは持ち直した。これが石橋の成功体験となってしまい、現在の強権的な経営につながっている」と先のOBとは別のOBは振り返る。
石橋は03年に帰国、国内のタイヤ事業に従事した。しかし本人を中心とした「石橋軍団」によるパワハラで退職者が続出。これを見ていた当事社長の荒川が「石橋は許せない」と激怒、冷遇されるようになった。
これで前途は断たれたかにみえたが、前CEOの津谷が実権を握ったことで息を吹き返した。決め手になったのは、津谷がこだわった東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したことだ。
ブリヂストンは10年にF1のスポンサーから撤退しており、これで年間100億円近い費用が浮くことになった。津谷は代わりに10年契約で数百億円に及ぶといわれた五輪最高位スポンサーに色気を見せるようになった。社内ではF1よりも費用対効果が悪いとさんざんな評判だったが、石橋の奮闘で願いが叶い、その見返りとばかりに石橋CEOは誕生した。
実権を握った石橋がまず直面したのが業績悪化だ。20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ。
もっともファイアストンで強烈なリストラを断行した石橋にとって赤字転落はむしろ追い風。ブリヂストンで同じことをやればいいだけのことだからだ。実際、世界約160カ所にある生産拠点を4割減らすとぶち上げ、さっそくフランスや南アフリカの工場を閉鎖した。
石橋の追い風はもう一つある。赤字転落の責任を、自身を引き上げた津谷ら旧経営陣に押し付けられたことだ。実際、石橋は「コスト構造が問題。経費も膨らみ、企業体質が甘い」と言い放ち、今年3月には津谷を追い出した。「荒川さんと違って津谷さんは経済界での付き合いがほとんどなく、人脈も乏しい。社内ではあれだけやりたい放題だったのに、早くも過去の人になってしまった」と関係者は言う。
「石橋さんの愛読書が、稲盛和夫さんが利他の心や謙虚さの重要性を説いている『心。』というのはブラックジョーク以外のなにものでもない」
幹部はそう笑うが、自社の内情を他人事のように言うのは、石橋の最側近である現COOの東正浩が、「独善的な人物」とこれまた散々な評判で、諦観するしかないからだ。果たして創業100年にブリヂストンは存続しているのか。タイヤの名門がもぬけの殻になろうとしている。(敬称略)
◎どこが「自己チュー」?
やはり「醜悪な権力闘争」の話になっていない。「東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したこと」が「決め手」になって「石橋CEOは誕生した」のならば「醜悪な権力闘争」とは程遠い。
「今年3月には津谷を追い出した」とも書いているが、ここでも「権力闘争」があった根拠を示していない。当然に「醜悪な権力闘争」にも見えない。
冒頭で打ち出した「自己チュー」に関しても具体的な材料が見当たらない。「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラで退職者が続出」と言うだけで、「自己チュー」かどうか判断のしようがない。しかも「本人」の「パワハラ」ではなく「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラ」だ。さらに苦しい。
結局「前任と現任CEOの『自己チュー』」が記事からは浮かび上がってこない。
では「経営はガタガタ」なのか。8月10日付の日本経済新聞は以下のように伝えている。
「ブリヂストンは10日、2021年12月期の連結最終損益(国際会計基準)が3250億円の黒字(前期は233億円の赤字)になりそうだと発表した。2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する」
「20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ」とFACTAは言うが、今期は「7年ぶりに過去最高」の純利益となる見通しだ。「経営はガタガタ」な感じはない。
8月10日の発表なので10月号の記事で「2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する」という話をFACTAが盛り込むことは余裕でできたはずだ。
しかし、あえてそこには触れず「20年12月期」の「赤字」を強調している。都合の悪い事実は無視するご都合主義と批判されても仕方がない。
こんな雑な記事で「自己チュー」などと書かれた「前任と現任CEO」には心から同情する。
※今回取り上げた記事「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」
https://facta.co.jp/article/202110003.html
※記事の評価はE(大いに問題あり)
ネットでパワハラ、カスハラ、モラハラの記事も多いです。会社イメージがつくられてきつつありますね。
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