2021年6月11日金曜日

「女性にすべてのシワ寄せが来る」と東洋経済で訴えた上野千鶴子氏の誤解

週刊東洋経済6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』」という記事について、さらに問題点を指摘したい。まずは以下のくだりを見てほしい。

夕焼け空

【東洋経済の記事】

──育児と仕事を両立させる、「ワーキングマザー」が一般化しましたが、彼女らの毎日は過酷です。

その理由はハッキリしている。91年に育児休業法が成立すると、出産後も就労を継続する女性が増えた。今や該当者の女性の9割が育休を取得している。フルタイムで働く子持ち女性が、何を犠牲にしているかというと、自分の時間資源だ。結果、家事労働を含めた女性の総労働時間は、どんどん増えている。ネオリベラリズム改革において、女性の労働力化は必須。「産め、育てろ、働け」の要請に応える女性を、研究者の三浦まりさんは「ネオリベラリズム的母性」と呼んでいる。

諸外国でも女性の労働力化は進んでいるが、女性だけが負担を一身に受けてはいない。育児というケア労働をアウトソーシングする仕組みをつくったからだ。その1つが公共化、2つ目が市場化だ。


◎日本では「女性だけが負担を一身に」?

まず「彼女らの毎日は過酷です」という印南志帆記者の問いが引っかかる。「過酷」な人もいるだろうが、そうでない人も当然にいる。何を根拠に「過酷」と言っているのか。それに、働く男性の日々も「過酷」と言えば「過酷」だ。

2020年版の『過労死等防止対策白書』」を取り上げた日本経済新聞の記事によると、「15~16年度に労災認定された精神障害の事案のうち自殺した167件」に関して「男女別では男性97.0%、女性3.0%」となるらしい。子供がいない人の「事案」もあるだろうが、「ワーキングマザー」よりワーキングファーザーの方が「過酷」な「毎日」を送っている可能性は十分にある。

上野氏の発言にも、もちろん問題がある。

フルタイムで働く子持ち女性が、何を犠牲にしているかというと、自分の時間資源だ」という説明が引っかかる。「フルタイムで働く子持ち女性」は「自分の時間資源」を「犠牲」にして育児をやっているのか。

出産や育児を強制されたのならば「犠牲」と表現するのも分かる。しかし政府や勤務先が女性に出産を強制はできない。自分の意思で出産したのに、育児は「自分の時間資源」を「犠牲」にしていることになるのか。

犬が好きだからという理由で犬を飼っている人が、散歩などに時間を取られるからと言って「自分の時間資源」を「犠牲」にしていると見るべきなのか。

諸外国でも女性の労働力化は進んでいるが、女性だけが負担を一身に受けてはいない」という発言も問題ありだ。男性が「負担」を全く「受けて」いないならば、この説明でいいだろう。しかし、当然にそうではない。家事も育児も介護も担い手となっている男性は当たり前にいる。

保育園での送迎の様子を見て回るだけでも「女性だけが負担を一身に受けて」いる訳ではないと分かるはずだ。上野氏は社会の現状を知らなさすぎる。

上野氏の発言の続きを見ていこう。


【東洋経済の記事】

ケアの公共化によって、子どもは待機児童にならずに全員が保育園に入ることができる。その引き換えに、所得税や消費税など、非常に高い国民負担率を引き受ける必要がある。いわゆる、北欧の福祉先進国モデルだ。

ケアの市場化とは、ベビーシッターや家事使用人として安価な労働者を雇用すること。供給源は移民労働者だ。米国やシンガポールはこの市場化が進んでいる。

対して日本では、2つのオプションのどちらも使えない。日本社会は消費増税に否定的であり、外国人労働者に依存せざるをえない実態がありながら、長期的な移民政策すらない。そこで女性にすべてのシワ寄せが来る。

外国でスピーチをするとき、私がこう言うと、皆さんが非常に納得してくれる。「日本の女性の地位はなぜ低いか。それはあなた方の社会にある選択肢が日本の女性にはないからだ。労働市場において、ジェンダーが人種と階級の機能的代替物になっているのだ」と。


◎2つとも使えるが…

日本では、2つのオプションのどちらも使えない」と上野氏は言うが、実際はどちらも使える。まず「ケアの公共化」はかなり進んでいる。「待機児童」がいるからと言って「保育園」が全く利用できない訳ではない。「保育園」自体は存在している。当然に、それを利用している人もいる。

それに「待機児童」を抱える親には認可外の「保育園」という選択肢もある。認可外であっても公的支援による無償化の対象になるので「ケアの公共化」と言える。

ケアの市場化」も当然にある。「ベビーシッターや家事使用人」は日本にもいる。「外国人労働者」を派遣してくれる家事代行会社もある。なのに、なぜ「日本では、2つのオプションのどちらも使えない」となってしまうのか。

ベビーシッターや家事使用人として安価な労働者を雇用する」ことに上野氏がこだわっているのも気になった。最低賃金を下回る激安賃金で雇えるような「外国人労働者」が必要と言いたいのだろうか。これには賛成できない。「外国人労働者」も日本人も同じ人間だ。賃金で差別すべきではない。最低賃金の例外扱いするのならば、さらに差別が過ぎる。

百歩譲って「日本では、2つのオプションのどちらも使えない」としよう。だからと言って「女性にすべてのシワ寄せが来る」となぜ言えるのか。家事や育児の負担を分け合って乗り切ろうとする夫婦は皆無なのか。孫の面倒を祖父母が見る場合、負担は常に祖母100%なのか。少し考えれば上野氏にも分かるはずだ。

上野氏は事実を曲げた発言が多過ぎる。「女性だけが負担を一身に受けて」いるとか「女性にすべてのシワ寄せが来る」と訴えたいのならば、その根拠をしっかり集めるべきだ。客観的に見ていけば、そうした主張が現実からかけ離れていると気付くはずだ。

聞き手の印南記者にも問題がある。信者が教祖にインタビューするような内容になってしまっている。上野氏の発言におかしなところがないか疑ってみる姿勢が見えない。そこが記者として非常に重要な要素なのだが…。


※今回取り上げた記事「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27153


※記事の評価はD(問題あり)。印南志帆記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げた。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済「会社とジェンダー」で事実誤認発言を連発した上野千鶴子氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_10.html

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